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平成13年(行ケ)第185号 審決取消請求事件
平成13年5月16日口頭弁論終結
            判       決
        原        告    有限会社彩光
       原        告    渡辺通商株式会社
        両名訴訟代理人弁護士    荒  木  孝  壬
      同             福  屋     登
      両名訴訟代理人弁理士    武  田  賢  市
      同             武  田  明  広
        被        告    A
        訴訟代理人弁理士      鎌  田  文  二
        同             東  尾  正  博
        同             鳥  居  和  久
        同             田  川  孝  由
        同             北  川  政  徳
          主       文
   1 特許庁が無効2000-35415号事件について平成13年3月21
日にした審決を取り消す。
   2 訴訟費用は被告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
  主文と同旨
2 被告
 原告らの請求を棄却する。
   訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  被告は,発明の名称を「カレンダー帳等の製本方法」とする特許第3054
512号の特許(平成5年3月12日出願,平成12年4月7日設定登録。以下
「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
  原告らは,平成12年7月31日,本件特許を無効にすることについて審判
を請求し,特許庁は,この請求を無効2000-35415号事件として審理し,
その結果,平成13年3月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審
決をし,その謄本を同年4月4日に原告らに送達した。
2 特許請求の範囲(別紙図面(1)参照)
 重ね合わせた複数枚の紙片の上辺に沿って貫通孔を複数個形成し,この貫通
孔内にホットメルトタイプの接着剤を溶融状態にして流し込んで各紙片を接合し,
この流し込んだ接着剤によって,紙片の上辺に,厚紙よって形成した背カバーを接
着するカレンダー帳等の製本方法。
3 審決の理由
  審決は,別紙審決書の写しのとおり,本件発明が実願平4-74118号の
願書に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書」という。別紙図面(2)参照。)
に記載された考案(以下「先願考案」という。)と同一であると認められるから,
本件特許は無効である,との原告ら主張の無効事由を,そのように認めることはで
きないとして排斥した。
第3 原告ら主張の審決取消事由の要点
  審決の理由中,「1.手続の経緯・本件発明」及び「2.請求人の主張」は
認める。「3.当審の判断」の「3-1.先願明細書等に記載された考案」につい
ては,審決書4頁17行ないし23行及び4頁35行ないし5頁5行を争い,その
余は認める。同「3-2.対比・判断」については,同5頁18行ないし25行を
認め,その余を争う。「3-3.むすび」は争う。
 審決は,本件発明と先願考案との一致点・相違点についての認定・判断を誤
り,一致点である事項を相違点であるとした結果,本件発明が先願考案と同一であ
るとすることはできないとしたものであって,この誤りが結論に影響を及ぼすこと
は明らかであるから,取消しを免れない。すなわち,審決は,本件発明と先願考案
とが,「本件発明が,「貫通孔内にホットメルトタイプの接着剤を溶融状態にして
流し込んで各紙片を接合し,この流し込んだ接着剤によって,紙片の上辺に,厚紙
よって形成した背カバーを接着する」のに対し,先願考案では,綴り部21の表面
および裏面にホットメルトタイプの熱融着剤3を塗布し,綴り部21に塗布した余
剰の熱融着剤3を空隙部41および貫通孔24に充填し,綴り部21に塗布した熱
融着剤3によって綴り部材4を紙葉20の上辺に接着し,貫通孔24に充填した熱
融着剤3によって各紙葉20を接合する点で構成が相違している。」(審決書5頁
26行~33行)と認定したが,誤りである。
1 審決は,上記の相違点の認定に先だって,先願明細書に,「重ね合わせた複
数枚の紙葉20の上辺部近傍に設けた綴り部21に,複数の貫通孔24を穿孔し,
該綴り部21の表面および裏面にホットメルトタイプの熱融着剤3を塗布し,固定
金型53,54でカレンダー本体2を固定した後,上金型52で綴り部材4を折り
曲げ成形しながら綴り部21の表裏面を綴り部材4で挟持し,綴り部21に塗布し
た余剰の熱融着剤3を,空隙部41および貫通孔24に充填して熱融着剤3を硬化
し,綴り部21に塗布した熱融着剤3によって綴り部材4を紙葉20の上辺に接着
し,貫通孔24に充填した熱融着剤3によって各紙葉20を接合するカレンダー帳
の製本方法・・・が記載されている」(審決書4頁35行~5頁5行)と認定して
いる。
 しかし,先願明細書(甲第3号証)の図2,図4は,貫通孔24と空隙部4
1とが接する部分における貫通孔24の断面図を示しているものの,同図3(a)
(綴り部21の平面図)は,貫通孔24が綴り部21の図面上の右側と左側の2列
に設けられていること,すなわち,左側の列の貫通孔24は,図2,図4が図示す
るように空隙部41と接し,右側の列の貫通孔24は,空隙部とは連通せずに,専
ら綴り部材4に接していることを示している。したがって,右側の貫通孔24内の
熱融着剤3は,各紙葉20を接合するとともに,綴り部材4と接着しているのであ
る。
 したがって,審決は,先願考案を,審決書5頁2行ないし4行及び同頁31
行ないし32行において,前記のとおり,「綴り部21に塗布した熱融着剤3によ
って綴り部材4を紙葉20の上辺に接着し,貫通孔24に充填した熱融着剤3によ
って各紙葉20を接合する」ものであると認定することにより,先願考案における
上記右側の列の貫通孔24内の熱融着剤3が上下の紙葉20を綴り部21と接着し
ていることを看過した誤りがある。
2 審決は,前記のとおり,「本件発明が,「貫通孔内にホットメルトタイプの
接着剤を溶融状態にして流し込・・・(む)」のに対し,先願考案では,綴り部2
1の表面および裏面にホットメルトタイプの熱融着剤3を塗布し,綴り部21に塗
布した余剰の熱融着剤3を空隙部41および貫通孔24に充填」(審決書5頁26
行~30行)する点で相違すると認定した。
 しかし,本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)
の特許請求の範囲においては,接着剤をどのような方法で流し込むかについては,
「貫通孔内に・・・接着剤を溶融状態にして流し込んで各紙片を接合し」としてい
るだけで,それ以上の限定はしていない。また,本件明細書の他の部分をみても,
接着剤をどのようにして貫通孔内に流し込むのかについての具体的方法や構成は何
ら開示されていない。接着剤をどのような方法で貫通孔内に流し込むかについての
本件明細書の記載がこのようなものである以上,本件発明は,接着剤を貫通孔内だ
けに直接流し込む方法も,貫通孔の設けられた紙片上に接着剤を塗布することによ
り,その一部を貫通孔内に流し込む方法も含むものであるということができる。そ
うすると,本件発明における貫通孔内に接着剤を溶融状態にして流し込むという方
法は,接着剤を貫通孔内だけに流し込む方法も,貫通孔のある紙片表面に接着剤を
塗布することにより,その一部を貫通孔内に流し込むという先願考案の方法等も含
む,これら個々のものより上位の概念として把握された方法であると解する以外に
ないというべきである。審決の前記相違点の認定は誤りである。
 被告は,本件発明で採用されているのは,貫通孔内に流し込んだ接着剤によ
って厚紙の背カバーを接着する方法,すなわち,貫通孔内に流し込んだ接着剤だけ
で背カバーの接着が可能となる方法のみである,と主張する。
 しかし,本件明細書をみても,その特許請求の範囲に,「この流し込んだ接
着剤によって・・・背カバーを接着する」との記載はあるものの,貫通孔内に流し
込んだ接着剤だけで背カバーの接着が可能となるとの記載は,特許請求の範囲の欄
にも,発明の詳細な説明の欄にもない。本件明細書には,貫通孔内に接着剤をどの
ようにして流し込むのかについて,接着剤を貫通孔内にノズルのようなもので流し
込むのか,あるいは,貫通孔が設けられた紙面に接着剤を塗布することにより流し
込むのかという具体的方法・手段については,何ら開示されていないのである。こ
のように,本件発明を,貫通孔内に流し込んだ接着剤だけで背カバーの接着を可能
とするものに限定して解釈すべき具体的根拠は,本件明細書のどこをみても見出す
ことはできない。したがって,本件発明をこのように限定することはできない。
 被告は,ホットメルト接着剤を塗布する実験の結果(乙第1,第2号証)を
提出して,貫通孔を設けた複数枚の紙片の表面及び裏面にホットメルト接着剤を塗
布しても,当然には貫通孔内に接着剤が充填されないと主張する。
 しかし,被告が実験したホットメルト接着剤の塗布方法は,ホットメルト接
着剤の数ある塗布方法のうちで,ホットメルト接着剤を貫通孔内へ円滑に充填でき
ない一例であるにすぎず,このような実験例を提示したからといって,貫通孔のあ
る紙片の表面にホットメルト接着剤を塗布するすべての方法において,ホットメル
ト接着剤を貫通孔内へ充填することができないという証明にはならない。ホットメ
ルト剤を塗布する方法として,ホイール方式,ローラー方式,刷毛などで塗り付け
る面状塗布方式がある(甲第4,第5号証参照)。これらの塗布方式の場合には,
貫通孔の部分に塗布された接着剤が当然に貫通孔内に流し込まれることは明らかで
ある。
3 以上のとおり,先願発明は,綴り部材4が綴り部21に塗布された熱融着剤
3によって紙葉20の上辺に接着され,貫通孔24に充填された(流し込まれた)
熱融着剤3が,各紙葉20を接合するとともに,この充填された熱融着剤により綴
り部材4を紙葉20の上辺に接着しているものである。したがって,本件発明の構
成及び作用効果が先願発明の構成及び作用効果と同一であることは,明らかであ
る。審決の本件発明と先願考案との相違点の認定は誤りである。
4 審決は,本件発明と先願考案との間には,前記相違点があるとした点で,こ
れについて,「「貫通孔内にホットメルトタイプの接着剤を溶融状態にして流し込
んで各紙片を接合し,この流し込んだ接着剤によって,紙片の上辺に,厚紙よって
形成した背カバーを接着する」こと,すなわち,まず,溶融状態の接着剤を貫通孔
内に流し込んで各紙片を接合し,次に,この流し込んだ接着剤によって背カバーを
接着することは,製本分野において周知・慣用技術とはいえず,しかも,先願考案
は,綴り部21に塗布した余剰の熱融着剤3を空隙部41に充填することにより,
「空隙部で硬化する熱融着剤によって綴り部の強度が確保され,撓みを防止する」
という効果を奏するものであり,本件発明と先願考案とは,その効果においても相
違する。したがって,上記相違点が当業者が適宜できる程度の構成の微差であると
はいえず,本件発明が先願考案と同一であるとすることはできない。」(審決書5
頁34行~6頁6行)と判断した。
しかし,審決の上記相違点の認定自体が誤りであることは,前記のとおりで
あり,これを前提とした審決の上記判断は誤っている。また,本件発明と先願考案
との作用効果を比較検討する際には,両者の同一性のある共通の構成部分につい
て,すなわち,先願明細書において,貫通孔内に充填された熱融着剤が各紙葉を接
合すると同時に,綴り部材を接着しているかどうかを判断すればよいのであって,
先願考案には存在するが,本件発明には存在しない,先願考案の空隙部41による
作用効果を本件発明の作用効果と比較しても意味がない。それゆえ,審決が,先願
考案の空隙部41を取り上げて,先願考案が「綴り部21に塗布した余剰の熱融着
剤3を空隙部41に充填することにより,「空隙部で硬化する熱融着剤によって綴
り部の強度が確保され,撓みを防止する」という効果を奏するものであり,本件発
明と先願考案とは,その効果においても相違する。」と判断したことは,本件発明
と先願考案との同一性についての判断手法を誤っているというべきである。
第4 被告の反論
 審決の認定判断はいずれも正当であって,審決には取り消すべき理由がな
い。
1 先願考案は,綴り部21の表面及び裏面に熱融着剤3を塗布し,次に折り曲
げ成形前の綴り部材4を配置した下金型51の上に,このカレンダー本体2をセッ
トし,固定金型53,54でカレンダー本体2を固定した後,上金型52で綴り部
材4を折り曲げ成形しながら綴り部21の表裏面を綴り部材4で挟持すると,綴り
部21に塗布した余剰の熱融着剤3が,貫通孔24及び空隙部41に充填されるこ
ととなる方法である。したがって,先願考案では,綴り部の表面及び裏面に綴り部
材を接着するために,まず,綴り部の表面及び裏面に熱融着剤を塗布するものであ
って,熱融着剤を貫通孔24だけに充填して,カレンダーを製造することはできな
い。これに対し,本件発明は,貫通孔内に接着剤を流し込んで各紙片を接合し,こ
の後,貫通孔内に流し込んだ接着剤によって,紙片の上辺に厚紙によって形成した
背カバーを接着する方法である。したがって,本件発明は,先願発明とは,各紙片
を接合し,背カバーを接着する手順が異なるのである。
2 本件発明は,上記のとおり,貫通孔内の接着剤によって,綴り部21の表面
及び裏面に位置する背カバーを接着するものであって,貫通孔内に流し込んだ接着
剤だけで背カバーの接着が可能となるものである。これに対し,先願考案では,上
記のとおり,カレンダー本体の綴り部21の表面及び裏面に熱融着剤3を塗布し,
綴り部材4を接着するものである。
 また,先願考案では綴り部21の表面及び裏面に接着剤を塗布するだけで
は,接着剤の表面張力により,当然には貫通孔に熱融着剤が充填されないため,綴
り部21の表面及び裏面を綴り部材4で挟持して,貫通孔内に熱融着剤3を押し込
むという方法を使用したのである。このことは,貫通孔を空けた複数枚の紙片の上
辺にホットメルト接着剤を塗布する実験を行ったところ,塗布によってはホットメ
ルト接着剤が貫通孔内に充填されなかったという実験結果(乙第1号証,乙第2号
証の1・2)から裏付けられる。
3 本件発明は,貫通孔内に流し込んだ接着剤だけで背カバーの接着が可能とな
るものであるから,背カバーの接着のために紙片の表面及び裏面に接着剤を塗布す
る必要がなく,接着剤の量を貫通孔内だけに必要な最小限とすることができるとと
もに,貫通孔内に接着剤を流し込むことによって,紙片間をより確実に接合できて
落丁の発生も抑制できるという顕著な効果を奏する。
 これに対し,先願考案では,綴り部の表面及び裏面に塗布した余剰の熱融着
剤を,綴り部材の挟持により貫通孔及び空隙部に充填する方法であるから,綴り部
の表面及び裏面にそれだけ多くの熱融着剤を塗布しなければならないことにより熱
融着剤の使用量が多くなるという問題があり,これとは反対に綴り部の表面及び裏
面に塗布する熱融着剤の使用量を少なくすると,貫通孔に充填される熱融着剤の量
が少なくなって落丁が発生しやすくなるという問題が発生する。
 本件発明と先願考案とは,紙片の表面及び裏面に接着剤の塗布を必要とする
かどうか,貫通孔内の接着剤だけで背カバーを接着できるかどうかという点におい
て異なることにより,その効果においても上記のように相違するから,明らかに別
の発明である。
4 以上のとおりであるから,本件発明と先願考案との相違点についての審決の
認定(審決書5頁26行~33行)に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 審決の相違点の認定について
 審決は,「本件発明と先願考案とを対比すると,先願考案の「紙葉20の上
辺部近傍に設けた綴り部21に,複数の貫通孔24を穿孔し」及び「綴り部材4」
は,本件発明の「紙片の上辺に沿って貫通孔を複数個形成し」及び「背カバー」に
それぞれ相当しているので,両者は,重ね合わせた複数枚の紙片の上辺に沿って貫
通孔を複数個形成し,溶融状態にしたホットメルトタイプの接着剤によって,各紙
片を接合するとともに,紙片の上辺に,厚紙によって形成した背カバーを接着する
カレンダー帳等の製本方法で一致し」(審決書5頁18行~25行),「本件発明
が,「貫通孔内にホットメルトタイプの接着剤を溶融状態にして流し込んで各紙片
を接合し,この流し込んだ接着剤によって,紙片の上辺に,厚紙よって形成した背
カバーを接着する」のに対し,先願考案では,綴り部21の表面および裏面にホッ
トメルトタイプの熱融着剤3を塗布し,綴り部21に塗布した余剰の熱融着剤3を
空隙部41および貫通孔24に充填し,綴り部21に塗布した熱融着剤3によって
綴り部材4を紙葉20の上辺に接着し,貫通孔24に充填した熱融着剤3によって
各紙葉20を接合する点で構成が相違している。」(審決書5頁26行~33行)
と認定した。
 審決は,上記のとおり,本件発明と先願考案との相違点を,第1に,本件発
明では,貫通孔内にホットメルトタイプの接着剤を溶融状態にして流し込むのに対
し,先願考案では,綴り部21に塗布したホットメルトタイプの熱融着剤3の余剰
分を貫通孔24に充填するものであること,第2に,本件発明では,貫通孔内に流
し込んだ接着剤により,各紙片を接合し,紙片の上辺に背カバーを接着するのに対
し,先願考案では,綴り部21に塗布した熱融着剤3によって綴り部材4を紙葉2
0の上辺に接着し,貫通孔24に充填した熱融着剤3により,各紙葉20を接合す
ること,の2点において相違しているものと認定したものである。第1の点は,貫
通孔への接着剤の充填方法の差異である。第2の点は,貫通孔へ充填された接着剤
の機能の差異に係るものであり,本件発明では,背カバーを紙片の上辺に接着する
のが,貫通孔内に充填した接着剤であるのに対し,先願考案では,綴り部材4を紙
葉の上辺に接着するのが,綴り部21に塗布された接着剤であって,貫通孔へ充填
された接着剤でない,とするものである。また,この第2の相違点については,審
決が,相違点についての検討の中で,「「貫通孔内にホットメルトタイプの接着剤
を溶融状態にして流し込んで各紙片を接合し,この流し込んだ接着剤によって,紙
片の上辺に,厚紙よって形成した背カバーを接着する」こと,すなわち,まず,溶
融状態の接着剤を貫通孔内に流し込んで各紙片を接合し,次に,この流し込んだ接
着剤によって背カバーを接着することは,製本分野において周知・慣用技術とはい
えず」(審決書5頁34行~39行)と判断していることからすれば,審決は,本
件発明は,貫通孔内に流し込まれた接着剤のみによって,背カバーと紙片の上辺を
接着するものであると解釈しており,貫通孔内に流し込まれた接着剤と紙片の上辺
に塗布された接着剤の双方により,背カバーを紙片の上辺に接着するものは,本件
発明に含まれないと判断しているものというべきである。
2 先願考案について
 甲第3号証によれば,先願明細書には,卯木の記載があり,これに対応する
図1ないし4もあることが認められる(別紙図面(2)参照)。
「まず,印刷された各紙葉20を所定枚数用意して,1年分の1セットと
し,きれいに重ね合わせ,カレンダー本体2を形成する。次に,このカレンダー本
体2にミシン目23を設けて,紙葉20の主面22と綴り部21とを区切る。つい
で,この区切られた綴り部21に,複数の貫通孔24を穿孔し,該綴り部21の表
面および裏面に熱融着剤3を塗布する。この際,熱融着剤3は・・・図3に示すよ
うに,ミシン目23から所定間隔を隔てた塗布領域31に塗布する。そして,図4
に示すように,折り曲げ成形前の綴り部材4を配置した下金型51の上に,このカ
レンダー本体2をセットし,固定金型53,54でカレンダー本体2を固定した
後,上金型52で綴り部材4を折り曲げ成形しながら綴り部21の表裏面を綴り部
材4で挟持する。すると,綴り部21に塗布した余剰の熱融着剤3が,貫通孔24
および空隙部41に充填されることとなる。その後,綴り部材4を挟持する上金型
51および下金型52(判決注・「下金型51および上金型52」の誤りであ
る。)を加熱して熱融着剤3を硬化させる。すると,カレンダー本体2を構成する
各紙葉20は,紙葉20と綴り部材4との間および貫通孔24で充填硬化した熱融
着剤3によって綴じ固められることとなる。また,空隙部41で硬化した熱融着剤
3によって,綴り部21が撓むことなく補強されることとなる。」(段落【002
1】~【0025】)
 先願明細書の上記記載とその図1ないし図4が図示するところによれば,先
願明細書には,カレンダー帳として製本する本体において,図3(a)が図示する
綴り部21の塗布領域に熱融着剤3を塗布し,固定金型53,54でこのカレンダ
ー本体2を固定した後,上金型52で綴り部材4を折り曲げ成形しながら綴り部2
1の表面及び裏面を綴り部材4で挟持すると,綴り部21に塗布した余剰の熱融着
剤3が貫通孔24に充填されること,並びに,貫通孔24は,同図3(a)の図面
上,左右に2列に配置されており,左側の列の貫通孔は,その一部が空隙部41に
面し,その一部が綴り部材4に面しているものの,ミシン目23に近い右側の貫通
孔24は,その全部が綴り部材4に面していること,及び,貫通孔に充填される熱
融着剤3が,貫通孔24内全体に充填されたのみでなく,貫通孔24の上方まで盛
り上がって,貫通孔24が空隙部41に面しているものにおいては更に空隙部41
に膨出するものも含むものとされていることが認められる。これらのことからすれ
ば,先願明細書には,貫通孔24に充填された熱融着剤3が,各紙葉20を相互に
接合するとともに,綴り部材4と綴り部21とを相互に接着する,との構成も示さ
れており,同時に,その構成のカレンダーを製造する方法も開示されている,とい
うことができる。結局,先願考案においては,綴り部21に塗布された熱融着剤3
と貫通孔内に塗布された熱融着剤3の双方が,綴り部材4と紙葉の上辺を接着して
いると認められるのである。
 審決は,先願考案の貫通孔24内に充填された熱融着剤3が各紙葉20を接
合すると認定しているだけで,この熱融着剤3が,綴り部材4と綴り部21とを相
互に接着するとの機能をも有することは認定しておらず,この点を看過している。
審決による本件発明と先願考案との相違点の認定が,上記看過の下になされたもの
であることは,その説示自体から明らかである。
3 本件発明について
 本件発明を特定する特許請求の範囲の記載は,前記(第2の2)のとおり,
「重ね合わせた複数枚の紙片の上辺に沿って貫通孔を複数個形成し,この貫通孔内
にホットメルトタイプの接着剤を溶融状態にして流し込んで各紙片を接合し,この
流し込んだ接着剤によって,紙片の上辺に,厚紙よって形成した背カバーを接着す
るカレンダー帳等の製本方法。」というものである。この特許請求の範囲の記載に
よれば,本件発明においては,貫通孔内に溶融状態の接着剤を流し込む手段・方法
については,何も限定していないことが明らかである。また,この特許請求の範囲
には,上記のとおり,貫通孔内に流し込んだ接着剤が各紙片を接合し,背カバーを
紙片の上辺に接着することは記載されているものの,貫通孔内に流し込んだ接着剤
のみで,背カバーを紙片の上辺に接着することまでは記載されていない。そうであ
る以上,本件発明は,貫通孔内に流し込んだ接着剤によって,各紙片を接合し,背
カバーを紙片の上辺に接合するものであれば足りるのであり,紙片の上辺の貫通孔
以外の部分に接着剤が塗布されているかどうかは,これを問わないものと解すべき
である。したがって,先願考案のように,綴り部21に塗布する接着剤の量を,余
剰が,貫通孔内に充填されるのみならず,その上方に盛り上がるに十分なほどに
し,この綴り部21に塗布した接着剤と貫通孔内に充填した接着剤により,綴り部
材4を綴り部21に接着するものも,本件発明に包含されるというべきである。
 このことは,本件明細書の発明の詳細な説明の記載からも明らかである。本
件明細書の発明の詳細な説明の欄には,「カレンダー帳の紙片を再製使用する場
合,カレンダー帳の上端には綴じ金具があるため,この綴じ金具を除去しなければ
ならない。」(甲第2号証【0006】),「ところが,カレンダー帳の上端の綴
じ金具をいちいち除去することは,非常にコストがかかる・・・」(【000
7】),「また,綴じ金具があると,それによって手を傷付けるおそれもあり,安
全性の点でも問題があった。」(【0008】),「そこで,この発明は,カレン
ダー帳のように,紙片の枚数が少なくても,綴じ金具を使用することなく,各紙片
をしっかりと綴じることができ,また安全性の高い製本構造を提供しようとするも
のである。」(【0009】),「【課題を解決するための手段】この発明に係る
製本方法は,重ね合わせた複数枚の紙片の一辺に沿って貫通孔を複数個形成し,こ
の貫通孔内に溶融状態の接着剤を流し込んで各紙片を接合するようにしたのであ
る。」(【0010】),「上記のように,重ね合わせた紙片の貫通孔内にホット
メルトタイプの接着剤を溶融状態にして流し込んで各紙片を接合し,貫通孔内の接
着剤が固まると,貫通孔内の接着剤が各紙片を固定する柱のような働きをするの
で,各紙片がしっかりと綴じ合わされる。・・・」(【0011】),「綴じ合わ
された6枚の紙片1の表裏両面の上辺には,厚紙によって形成した背カバー4が貼
り合わされている。この背カバー4は,貫通孔2内に流し込む接着剤3の量を多く
して,貫通孔2の両面に少し盛り上がるようにして,接着剤3によって接着す
る。」(【0015】)との記載がある。
 本件明細書の発明の詳細な説明の欄のこれらの記載によれば,本件発明の目
的は,綴じ金具を用いることなく,カレンダー帳の各紙片をしっかりと綴じること
にあり(本件発明の目的が綴じ金具の使用による不都合を避けること以外にもある
ことを述べる記載も,このことを示唆する記載も,本件明細書に存在しないこと
は,甲第2号証により明らかである。),そのために,本件発明では,貫通孔内に
溶融した状態でホットメルト対応の接着剤を流し込み,この接着剤により,各紙片
を接合するとともに,各紙片の上辺と背カバーとをしっかりと綴じ合わせるもので
あることが認められる。そして,本件明細書の発明の詳細な説明の欄の記載をみて
も,貫通孔に接着剤を流し込むための手段・方法については何らの開示も示唆もな
く,また,紙片の上辺の貫通孔以外のところに接着剤を塗布することを排除するこ
とを述べる記載もこれを示唆する記載もない。
 以上によれば,本件発明は,貫通孔内に接着剤を流し込む手段・方法につい
ては何も限定していないというべきである。また,貫通孔内の接着剤により背カバ
ーを紙片に接着することをその要件としているといっても,それは綴じ金具の除去
を実現するという目的を達成するためであるにすぎず,この目的が達成される限
り,貫通孔内に充填する接着剤以外の接着剤が貫通孔周辺に存在し,貫通孔内の接
着剤と協働して,背カバーを紙片に接着する構成のものを排除するものではないと
いうべきである。
 審決は,本件発明と先願考案との相違点を,前記のとおり,第1に,貫通孔
への接着剤の充填方法が相違する,と認定した。しかし,本件発明は,上記のとお
り,貫通孔への接着剤の充填方法ないし手段については,何らの限定も付していな
いのであるから,本件発明には,先願考案のような方法,すなわち,綴り部21に
塗布した余剰の熱融着剤3が貫通孔内に充填されるとの方法も,貫通孔内に十分な
量の接着剤が流し込まれるものである限り,これに含まれると解すべきである。そ
して,本件発明においては,貫通孔の上面に接着剤が少し盛り上がる程度に流し込
まれることが必要である,という点についても,先願考案においても,貫通孔の上
面に盛り上がる程度に十分な量の熱融着剤3が貫通孔24内に充填されるものであ
ることは,前記のとおりであるから,両発明間に相違はないことになる。
 審決は,前述のとおり,本件発明と先願考案との相違点として,第2に,本
件発明では,背カバーを紙片の上辺に接着するのが,貫通孔内に充填した接着剤の
みであるのに対し,先願考案では,綴り部材4を紙葉の上辺に接着するのが,綴り
部21に塗布された接着剤であって,貫通孔へ充填された接着剤は,上記接着の機
能を有しないことを認定している。
 しかし,先願考案においては,貫通孔に充填された接着剤が各紙葉20を綴
じ固めるとともに,綴り部21と綴り部材4とを接着するものでもあり,この点
で,本件発明とは,相違しないものであることは前記のとおりである。また,本件
発明は,貫通孔内の接着剤により背カバーと紙片の上辺部を接着するものであれば
よいのであって,紙片の上辺部の貫通孔以外の部分に接着剤が塗布され,これも協
働して背カバーと紙片の上辺部を接着している構成のものを排除しているものでは
ないことも,前記のとおりである。したがって,審決が本件発明と先願考案との相
違点とした第2の点の認定は,審決が,先願考案の貫通孔に充填された接着剤が綴
り部21と綴り部材4とを接着することを看過したことと,本件発明では,貫通孔
に流し込まれた接着剤のみによって,背カバーと紙片の上辺部を接着するものであ
ると認定したこととが相まって生じた誤りというべきである。
 被告は,貫通孔を空けた複数枚の紙片の上辺にホットメルト接着剤を塗布す
る実験を行ったところ,塗布によってホットメルト接着剤が貫通孔内に充填されな
かったとの結果が得られたとして,この事実により,貫通孔を上辺に設けた複数の
紙片の表面及び裏面にホットメルト接着剤を塗布しても,貫通孔には当然にはホッ
トメルト接着剤は充填されないことが裏付けられた,と主張する。
 しかし,被告の実験結果を示す乙第1号証,第2号証の1・2によっても,
被告の実験において採用された方法では,ホットメルト接着剤を貫通孔内へ円滑に
充填することができない,ということが明らかになるにすぎない。紙片の上辺に接
着剤を塗布する方法や塗布する接着剤の粘性を適宜工夫・調節することにより,貫
通孔に接着剤を充填することが十分に可能であることが,これにより否定されるわ
けではない。したがって,被告の実験結果は,先願考案についての前記認定を左右
するものではない。
4 作用効果上の差異について
 審決は,先願考案の「空隙部41」を取り上げて,「先願考案は,綴り部2
1に塗布した余剰の熱融着剤3を空隙部41に充填することにより,『空隙部で硬
化する熱融着剤によって綴り部の強度が確保され,撓みを防止する』という効果を
奏するものであり,本件発明と先願考案とは,その効果においても相違する。」
(審決書5頁末行~6頁4行)と判断した。しかし,この空隙部41は,先願考案
にあって,本件発明にはない構成である。本件発明と先願考案との同一性を判断す
るに当たっては,本件発明の構成と同一のものが先願考案において示されているか
どうかのみが問題なのであり,本件発明のすべての構成が先願考案において具備さ
れていることは前記のとおりである。空隙部41のような,先願考案における,本
件発明との対比において付加的な構成を取り上げて,本件発明と先願考案との相違
点を論じるのは,誤りである。
 被告は,先願考案で採用されているのは,綴り部の表面及び裏面に塗布した
余剰の熱融着剤を,綴り部材の挟持により貫通孔及び空隙部に充填する方法である
から,綴り部の表面及び裏面に,それだけ多くの熱融着剤を塗布しなければならな
いために熱融着剤の使用量が多くなり,これとは反対に綴り部の表面及び裏面に塗
布する熱融着剤の使用量を少なくすると,貫通孔に充填される熱融着剤の量が少な
くなって,落丁が発生しやすくなると主張する。しかし,本件発明の目的及び作用
効果は,前記のとおり,綴じ金具を使用しないということであり,接着剤の塗布量
については,本件明細書において何も開示,示唆がされていないのである。被告の
主張は,本件明細書の特許請求の範囲の記載には溶融状態の接着剤を流し込むため
の具体的な方法については何も限定がないのに,本件発明について貫通孔内のみに
接着剤を流し込むと限定した場合の消費量と,先願明細書に記載された発明全体に
ついての接着剤の消費量とを比較するもので,その前提において既に失当である。
5 以上のとおりであるから,審決は,本件発明と先願考案との相違点の認定・
判断を誤ったものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであ
るから,取消しを免れない。
第6 結論
 以上によれば,原告らの本訴請求は,理由があることが明らかである。そこ
で,これを認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事
訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
       東京高等裁判所第6民事部
         裁判長裁判官    山  下  和  明
        
            裁判官     設  樂  隆  一
 
            裁判官    高  瀬  順  久

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