弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
       事実及び理由
第一 請求
1 被告は、別紙目録記載(一)の標章をいちご及びいちごの包装に付し、または
同標章を付したいちごを譲渡し、引渡し、又は譲渡もしくは引渡しのために展示し
てはならない。
2 被告は、原告らに対し、金一億三二七九万一八八〇円及びこれに対する平成五
年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、原告らが商標権に基づいて、被告がその出荷・販売するいちごについ
て使用する標章は原告らの商標権を侵害すると主張して、その使用差止めと、右使
用に伴う原告らの損害として原告らの登録商標の通常使用料相当損害金一億三二七
九万一八八〇円を請求した事件である。
二 争いのない事実
1 原告らは、次の商標権(以下、「本件商標権」といいその登録商標を「本件商
標」という。)を有している。
登録番号 第二二五八八三二号
出願日 昭和六一年七月一七日
出願公告日 平成元年一〇月二六日
登録日 平成二年八月三〇日
商品の区分 第三二類
指定商品 加工食料品その他本類に属する商品
商標の構成 別紙目録記載(二)のとおり
2 被告は、遅くとも平成二年七月ころから、別紙目録記載(一)の標章(以下、
「被告標章」という。)を印刷した透明樹脂フィルム(以下、「本件透明樹脂フィ
ルム」という。)を付した透明パック(以下、「本件透明パック」という。)に、
その出荷・販売するいちごを詰めたもの(以下、「被告商品」という。)を、業と
して全国的に譲渡し、引渡し、及び譲渡もしくは引渡しのために展示している。
3 本件透明パックの上面の大きさは縦約一六五ミリメートル、横約一一四ミリメ
ートルであり、本件透明樹脂フィルムの上部に、横書きの「ピュアフレッシュ」の
白色文字を肩書きにして、太字で大きく「博多とよのか」の白色文字が印刷され、
同フィルムの下部に、丸に囲まれた「糸」、デザイン化された「JA」及び「JA
糸島」の白色文字、「福岡」の文字を図案化し字抜きしてある図形並びに被告標章
が印刷されている。このうち「ピュアフレッシュ」はいちごの性質等を表示する一
般的な宣伝文句であり、「福岡」はいちごの産地の表示であり、丸に囲まれた
「糸」、デザイン化された「JA」及び「JA糸島」はいずれもいちごの出荷、販
売者の表示である。また、「博多とよのか」は、多数のいちごの出荷、販売業者が
使用する一般的ないちごの品種名であり、当該商品の内容を表示するものである。
4 被告標章は、縦約三三ミリメートル、横約二七ミリメートルの大きさであり、
いちごが頂部に配された地球儀を直感させる図形に、三段横書きに上から「天然カ
ルシウム」「カルゲン」及び「使用」の文字が配されている。右「天然カルシウ
ム」及び「使用」の文字は、縦横ともに約二ミリメートル程度の大きさの通常のゴ
シック体であるが、「カルゲン」の文字は縦横ともに約五ミリメートル程度の大き
さのデザインである。被告標章の配色は、無色透明の本件透明樹脂フィルム(いち
ごのパックに付される場合にはパックに詰められたいちごが透けて見えるため赤地
となる)上に、地球儀の図形及びいちごのへたが緑色、いちごの図形、「天然カル
シウム」及び「使用」の文字が白色で印刷され、「カルゲン」の文字が、右地球儀
の図形の中央部の幅約六・五ミリメートルの緑色の帯状の部分に白色で印刷されて
いる。
5 本件商標権の指定商品は、第三二類全体であり、いちごはその範囲に属する。
6 被告の本件商品の平成二年九月一日から平成五年六月三〇日までの販売総額
は、四四億二六三九万六〇〇〇円である。
三 争点
本件の争点及びこれに関する当事者双方の主張は次のとおりである。
1 被告標章における自他商品の識別機能の有無
(一) 原告らの主張
(1) 商標法(以下、「法」という。)二条一項の文理によれば、自他商品の識
別機能を有することは商標の要件ではなく、またこのように解さなければ法三条及
び六条等との整合性を欠くこととなる。したがって、侵害商標が自他商品の識別機
能を果たす態様で用いられていることは、商標権侵害の一般的及び積極的要件では
ない。なお、例外的に、侵害標章の態様に関して、商標権の侵害と評価するのが明
らかに不当と認められる特別事情が存在する場合には、商標権の侵害を争う者が右
特別事情を主張立証した場合に限り、商標権の侵害が否定されると解すべきであ
る。
(2) 仮に、自他商品の識別機能が商標権侵害の積極要件であるとしても、被告
標章は、以下のとおり自他商品の識別機能を果たす態様で用いられている。
 被告標章は、本件パックの上面において相当程度の面積を占めるとともに、いち
ごが頂部に配された地球儀を直感させる図形を含み、しかも、その地球儀を直感さ
せる図形は、本件透明樹脂フィルム上唯一緑色が使用されている。したがって、被
告標章は、そのデザイン性と色合いにより、本件商品を見た一般消費者の目を惹き
付ける態様で使用されていることは明らかである。
 そして、商標の類似性を判断するに当たっては、当該商標の指定商品の一般購入
者によりその種の商品が購入される場合において普通に払われる注意力を基準とす
べきところ、一般消費者が被告商品を購入する際、例えば被告商品の包装に近付い
て観察するようなことは通常あり得ず、本件透明樹脂フィルムを一瞥し、その中で
特に目立つ、緑色の中に浮き出た「カルゲン」の文字と品種の表示である「とよの
か」の文字を読み、その後、いちご自体の色や新鮮さを確認する程度で購入するの
が一般的である。仮にいちごの一般消費者が被告商品に近付いて観察したとして
も、被告標章は、「天然カルシウム」と「使用」の文字を本件透明樹脂フィルムの
着色のない部分に白色で小さく配し、「カルゲン」の文字のみをデザイン化し、緑
色地に白色で格段に大きく配していることから、三段に横書きされた「天然カルシ
ウム」、「カルゲン」及び「使用」の文字を一連のものとして続けて読むことはな
く、「天然カルシウム」及び「使用」を続けて読み、「カルゲン」は他の二者から
独立した単独の表示と見るのが通常である。そして、被告が主張する土壌改良剤と
してのカルゲンについては、いちごの一般消費者の圧倒的多数が右土壌改良剤に関
する雑誌の記事、新聞広告、デパート等でのフェアに触れた経験を持たず、また右
土壌改良剤がテレビで宣伝がなされたこともないから、右土壌改良剤としてのカル
ゲン及びこれに関する知識がいちごの一般需要者に広く認識されているとは到底い
えず、しかもそもそもカルゲンという言葉が造語であるうえ、数多くのいちごの出
荷・販売業者のうち、被告のみが被告標章をいちごの包装に付しているものであ
る。そこで、右のような被告標章中の「カルゲン」という文字の表示態様及び土壌
改良剤であるカルゲンには周知性がないことに基づけば、被告標章中の「カルゲ
ン」という表示は、いちごの一般消費者により、いちごの生産方法の表示として一
般的に認識されるとはいえず、特定農家の栽培する特定種類のいちごの商品標或は
いちごの販売業者の法人名の略称である販売標として認識されるものであって、す
なわち、いちごの一般消費者に対する自他商品の識別機能を有するものである。な
お、本件透明樹脂フィルム上には、「JA糸島」等の被告を表す表示があるが、こ
れによって被告標章が自他商品の識別機能を喪失する訳ではない。商品の生産者等
が自らの会社名の表示の他にその取り扱う商品の商品標をつけて一般需要者の注目
を引こうとし、或は一つの商品に複数の業者が関与する場合に各業者が個々に標章
を付すことも通常のことである。そこで、原告らは本件商標を付した健康食品なら
びに野菜及び果物を販売しているので、右健康食品等を見たことがある者が被告商
品を見ると、仮に「JA糸島」の表示が存在するとしても、被告商品に原告らが販
売等の態様で関与していると解することとなる。すなわち、被告標章が自他商品の
識別機能を果たす態様で用いられているため、商品の出所について誤解を生じさせ
ることとなる。
(二) 被告の主張
(1) 商標制度の本質的機能である自他商品の識別機能及び法一条に定める法の
目的に基づけば、法二条一項に定める商標とは、自他商品の識別機能を有するもの
としての商標の概念が当然にその前提とされ、かつ含まれていると解される。そし
て、
法三条の商標登録の要件を定める趣旨及び商標の本質が自他商品の識別として機能
することにあることからすれば、法における商標の保護の趣旨は、商標が自他商品
の識別標識としての機能を果たすのを妨げる行為を排除し、その本来の機能を発揮
できるように確保することにあると解すべきである。そこで、登録商標と同一又は
類似の商標を商品について使用する第三者に対し、商標権者がその使用の差止等を
請求し得るためには、単に右第三者の使用する商標が形式的に商品等に表示されて
いるだけでは足らず、それが自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で用い
られていることを要し、かつ商標権の侵害を主張する者が右要件につきその主張立
証責任を負うというべきである。
(2) 被害標章は、「天然カルシウムカルゲン使用」という文字を要部として構
成され、本件透明樹脂フィルム上にいちごの名称、品質、出荷者、産地等の表示と
並んで表示されているところ、右標章は、被告商品がカルゲンと広く称されている
天然カルシウムを主成分とした粉状体又は粉粒体の土壌改良剤を使用して栽培され
たことを表示するために用いられているにすぎず、「カルゲン」という部分が独立
して自他商品の識別機能として用いられているものではなく、商標として使用され
ているのではない。
 カルゲンは、石膏を原料とした土壌改良剤であり、昭和五四、五年ころから、農
家や農業関係者に知られるようになった資材であるが、被告においても、昭和五六
年一一月出荷分以降のいちごにつき全面的に右カルゲンを使用することとした。そ
して、当時カルゲンを使用して栽培した野菜・果実等は、出荷した市場において良
質品として知られるようになっていたので、市場における差別化を図るため、いち
ごの容器に、右カルゲンを販売していたネオゲン株式会社の作成にかかる「天然カ
ルシウムカルゲン使用」と印刷されたシールを添付するようになり、昭和五七年こ
ろからは、右シールの貼付に替えて、被告標章を直接透明樹脂フィルムに印刷して
使用するようになった。カルゲンを使用して栽培された農産物は被告商品以外にも
存在し、それぞれの商品の生産者や販売者によって、カルゲンを栽培に使用した生
産物である旨の表示がなされて販売が行われている。このように、被告標章は、本
件商品が土壌改良剤カルゲンを使用して栽培されたものであることを表示するため
に用いられているものである。
 また、本件透明樹脂フィルムをパック詰めにしたいちごの上に付した場合、「博
多とよのか」の白文字及び白色の小さな円が連なった先に「福岡」の文字が抜き書
きされている図案がいちごの赤色に映えてまず目立つ結果となり、被告標章の緑色
地はかえって目立たなくなる。そして、被告標章中の「天然カルシウムカルゲン使
用」の文字は、「JA糸島」と同程度もしくはそれ以下の大きさであり、「博多と
よのか」よりは小さい。したがって、実際に小売店の店頭で被告商品を目にする一
般需要者は、まず「博多とよのか」「福岡」の文字標章に着目していちごの品種及
び産地を認識し、被告商品を購入しようとして手に取れるような距離まで近付くこ
とにより、丸に囲まれた「糸」、「JA」及び「JA糸島」の文字と共に被告標章
を観察することになるが、「JA」或は「JA糸島」は農業協同組合を意味する著
名な標章であるから、これらをいちごの出所表示と認識することは明らかであり、
被告標章については、「カルゲン」の文字の上下の「天然カルシウム」「使用」の
文字に当然気付く筈であり、そして土壌改良剤カルゲンは農業関係者や青果市場等
の流通関係者に広く知られており、また昭和五五年ころから福岡県内の百貨店等で
一般消費者も対象としてカルゲンを使用して栽培した野菜や果実等の広告宣伝が行
われていたことから、「カルゲン」の表示を天然カルシウムの名称(商標)であっ
て、いちごの栽培に際し、ないしはいちごの添加物等として、良質ないちごを供給
するために使用された物質の表示であると認識することも明らかである。したがっ
て、一般需要者が、本件透明樹脂フィルム上のいちごの出所を表示する標章と共に
用いられている被告標章を見て認識する内容は、「カルゲン」という名称の天然カ
ルシウムが、いちごの栽培時から出荷時までのいずれかの時点で使用されていると
いう事実であり、被告標章中の「カルゲン」の文字のみが特別に注目され、「天然
カルシウム」及び「使用」の文字ならびにこれらの文字の意味から離れて天然カル
シウムの名称以外の何か特別の意味を有すると解されることはあり得ない。さら
に、被告標章は、当該商品であるいちごの生産に当たり「カルゲン」という天然カ
ルシウムを使用していることにより右いちごが良質な品質を有するという事実、す
なわち、「品質の表示」としても認識され得るものである。なお、本件商標を付し
て販売されている健康食品等を見たことがある者が被告標章を目にした場合、その
中の「カルゲン」の文字から本件商標を連想することがあり得るとしても、「カル
ゲン」の文字がいちごに使用された天然カルシウムの名称として理解されることは
明らかであるから、被告標章がいちご自体の生産者や販売者を表すものと解される
ことはないのであり、したがって被告標章が商品いちご自体の出所識別機能を果た
すものではない。
2 本件商標と被告標章の称呼上の同一性の有無
(一) 原告らの主張
 本件商標は、ローマ字で「CALGEN」と横書きされた構成から成り、右ロー
マ字と並べてその発音を表現した仮名文字の記載もないから、本件商標に接する取
引者ないしは需要者は、その語学知識に応じてそれぞれの読み方をするところ、我
国においては、義務教育の段階で英語が必須の教科になっており、また、日常用語
としての外来語も英語が圧倒的に多く、外国語の中では英語への理解度が最も高
く、外国文字の綴り方はまず初めにローマ字の綴り方を学習し、日本人はローマ字
綴りによる読み方に最も親しんでいることからすると、本件商標のうち、「CA
L」は英語の「CALCIUM」、「CALCURATE」等と同様に「カル」と
発音するのが一般的であり、また「GEN」は、ローマ字綴りにおいて「ゲン」と
発音されるから、本件商標は、「カルゲン」と称呼されるのが通常かつ自然であ
る。
一方、被告標章は、片仮名で「カルゲン」と横書きした構成から成り、「カルゲ
ン」と称呼されることは明らかである。
したがって、本件商標と被告標章は、日本国内を市場とし、日本の一般人を需要層
とする限り、称呼上同一である。
(二) 被告の主張
 本件商標は、ローマ文字で「CALGEN」と横書きされているところ、「C
A」は「k●」や「k●」とも発音され、「CAL」は「k●l」や「k●‥l」
とも発音され、また「CAL」のLを発音しないで次のスペルに連音することもあ
り、「GEN」は「d●en」とも発音されるから、本件商標が「カルゲン」と称
呼されるものとは断定できない。
3 被告標章が法二六条一項二号にいう商品の生産方法を普通に用いられる方法で
表示する商標に該当するかどうか。
(一) 被告の主張
 被告標章は、本件商品が土壌改良剤カルゲンを使用して栽培されたものであるこ
とを表示するために用いられており、他の生産者や販売者と同様に「天然カルシウ
ムカルゲン使用」という表現で、いちごの名称、品質、出荷者、産地等の表示と並
べて表示されている。したがって、被告標章は、前記1(二)のようなその表示態
様からすれば、普通に用いられる方法でいちごの生産方法を表示したものであるこ
とが明らかである。
(二) 原告らの主張
 法二六条一項二号の趣旨は、業務を行う者がその商品について同号に掲げる商標
を普通に用いられる方法で使用をする場合にまで商標権の効力を及ぼすのは妥当で
ないという点にある。そこで、業務を行う者が、当該商標を、特別の字体や相当程
度大きな文字、或は図案化された文字を使用する等あえて一般の注意を惹くような
特別顕著性を備える態様で使用した場合にまで、同号により商標権の効力を制限す
るのは妥当でない。したがって、商標権の効力が及ばない同号の商標に該当するか
否かは、生産方法を表示する標章の外観が特に一般需要者の注意を引くような書体
ないし図案により構成されているかどうか、及びその標章の表示態様が標章の付さ
れた場所や標章の大きさ等から特に一般需要者の注意を引くようなものになってい
るかどうかという観点から総合的に判断すべきである。
 被告標章は、本件パックの上面において相当程度の面積を占めるとともに、いち
ごが頂部に配された地球儀を直感させる図形を含み、しかも、その地球儀を直感さ
せる図形は、本件透明樹脂フィルム上唯一緑色が使用されており、そのデザイン性
と色合いにより、本件商品を見た一般消費者の目を惹き付ける態様で使用されてい
る。そして、被告標章中の「カルゲン」の文字は、「天然カルシウム」及び「使
用」の文字に比して格段に大きく、また「天然カルシウム」及び「使用」の文字と
異なり、特徴のあるデザイン文字が使用され、さらに緑色を背景として著しく人の
目を惹き付ける態様で表示されているから、およそ生産方法を普通に用いられる方
法で表示しているといえないばかりか、そもそも一般需要者にとって、「天然カル
シウム」の「カルゲン」を「使用」したという生産方法の表示とも認識し得ない。
したがって、被告標章は、本件商標権の効力が及ばないような態様で使用されてい
るということはできない。
4 被告が本件商標につき法三二条一項に基づく先使用権を有するかどうか。
(一) 被告の主張
 被告は、前記1(二)のとおり、昭和五六年から被告の商品であるいちごの生産
に土壌改良剤であるカルゲンを全面的に使用するようになり、同年一一月以降、い
ちごのパック詰め容器を覆う透明樹脂フィルムに「天然カルシウムカルゲン使用」
と記載したシールを貼付して、市場に出荷するようになった。昭和五七年には、カ
ルゲンを使用して栽培した被告のいちごは市場で高い評価を受けるようになり、当
時既に、需要者である市場関係者の間で、右シールに記載されている「天然カルシ
ウムカルゲン使用」の表示は被告のいちごを表示するものとして、広く認識されて
いた。被告は、昭和五七年ころから、右シールの貼付に替えて、同じく「天然カル
シウムカルゲン使用」との表示を行うために被告標章を直接透明樹脂フィルムに印
刷するようになった。右シールの表示と被告標章の表示とは、上部にいちごの形状
を模した図形を配しているか否かが相違するだけで、その要部である「天然カルシ
ウムカルゲン使用」の文字やその背景に描かれている地球儀の経緯度線様の図形は
共通している。被告は、右のとおりこれらの標章を昭和五六年一一月以後使用して
いるので、本件商標の登録出願日である昭和六一年七月一七日の時点において、被
告標章は、被告の販売するいちごを表示するものとして需要者の間に広く認識され
ていたものである。よって、被告は、本件商標の先使用権を有する。
(二) 原告らの主張
 法三二条一項は、本来的に過誤登録の場合の救済規定である。すなわち、同条項
所定の未登録商標がある場合、他人は、法四条一項一〇号によって、同一商標の登
録を受けることができないが、それにも拘わらず誤って右同一商標が登録された場
合に、あえて無効審判を経るまでもなく、当該未登録の周知商標を使用することを
認めるものである。したがって、法三二条一項の「広く認識されている」という要
件の意義は、法四条一項一〇号のそれと同じである。それ故、原告らの本件商標が
現に商標登録されている以上、一般的には、本件商標の登録出願の際に、「カルゲ
ン」という商標が被告の生産・販売するいちごを表示するものとして需要者の間に
広く認識されている事実は存しないものと推測される。
 また、法三二条一項にいう「広く認識されている」とは、商標登録出願の時にお
いて、全国にわたる主要商圏の需要者の間に相当程度認識されているか、あるい
は、狭くとも一県の単位に止まらず、その隣接数県の相当範囲の地域にわたって少
なくとも需要者の半ばに達する程度の層に認識されていることを要する。ところ
が、いちごの需要者は一般消費者であり、この一般消費者には、既に被告の生産、
販売するいちごを購入したことのある者だけでなく、今後被告の生産・販売するい
ちごを購入する可能性のある潜在的消費者も含まれるところ、被告は、単に「カル
ゲン」という表示の入った本件透明樹脂フィルムを本件パックに被せていちごを販
売しているだけであり、右のような潜在的消費者を含む一般消費者に対して「カル
ゲン」が被告の生産、販売するいちごの表示であることを広く伝えるための広告宣
伝活動を全くしていないのであるから、原告らが本件商標の登録出願をした昭和六
一年七月一七日当時、被告標章が被告の業務にかかる商品を表示するものとして、
全国にわたる主要商圏の一般消費者の間に相当程度認識されていたり、あるいは、
隣接数県の相当範囲の地域にわたって少なくとも一般消費者の半ばに達する程度の
層に認識されていたことは全くない。また、市場関係者は、カルゲンを土壌改良剤
と認識していたのであり、したがって、被告標章を被告の販売するいちごの表示と
して認識していたものではない。なお、昭和六三年七月に吉野石膏販売株式会社が
指定商品を食肉、卵、食用水産物、野菜、果実等として「カルゲン」の文字を商標
登録出願し、平成二年に株式会社坂田種苗本店が右商標登録を受ける権利を吉野石
膏販売株式会社から譲り受け、指定商品を野菜及び果実に減縮する補正を行った
後、平成四年三月三一日に、周知商標の有無の審査を経て、右商標が出願公告され
ており、右事実からも、原告らが本件商標の登録出願をした当時、被告標票が被告
の商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていなかったことが明らか
である。
5 本件商標権侵害による損害額
原告らの主張
(一) 主位的主張
 登録商標の使用に対する対価は、一般には当該登録商標を使用した商品の販売価
格の二パーセントないし三パーセントであるが、本件商標がいわゆるストック商標
ではなく、健康食品、野菜及び果実について原告らによって実際に使用されてお
り、また被告標章は自他商品の識別機能において大きな役割を果たしているから、
本件商標権の使用相当額は商品販売価格の三パーセントを下らない。そこで、被告
の本件商品の平成二年九月一日から平成五年六月三〇日までの販売総額は、前記の
ように四四億二六三九万六〇〇〇円であるから、本件商標の使用相当額はその三パ
ーセントである一億三二七九万一八八〇円となり、原告は、本件商標権の侵害によ
り右同額の損害を受けた。
(二) 予備的主張
 被告は、被告標章の入ったシールを一枚二円で購入し、商品の差別化、個性化の
ために右シールを使用しており、すなわち、被告標章につき自他商品の識別機能を
認め、被告標章一つにつき二円の使用料を支払っていたということができる。そし
て、被告の平成二年九月一日から平成五年六月三〇日までの販売数量は合計で四二
八三トンであり、これを三〇〇グラム入りのいちごパックに換算すると一四二七万
六六六六個分に相当するから、被告標章の使用料は合計二八五五万三三三三円とな
り、原告は、右同額の損害を受けた。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 被告標章は、前記第二の二4のとおりであって、文字、図形と色彩との結合で
あり、被告が業として生産及び販売する商品であるいちごについて使用するもので
あるから、法二条一項に定める商標に該当する。
 ところで、法二五条は、商標権の効力として、商標権者が指定商品又は指定債務
について登録商標の使用をする権利を専有する旨定めているから、法三六条一項及
び三七条にいう商標権の侵害とは、登録商標の使用権の侵害を意味すると解され
る。そして、法三条は、自他商品の識別機能を有しない商標は登録できない旨定め
ているのであるから、法三六条一項により保護されるべき登録商標とは、このよう
な要件に適合したものであり、また商標の本質は自己の営業にかかる商品を他人の
営業によるそれと識別するための標識として機能することにある。そこで、右条項
は、右のような登録商標が他の商標により自他商品の識別機能を妨げられ又はその
虞れがある場合に、商標権者等がその侵害の停止又は予防を請求し得る旨を定めた
ものと解される。したがって、自他商品の識別機能を有しない商標の使用もしくは
自他商品の識別機能を有しない態様による商標の使用は、登録商標の使用権を侵害
するものということはできない。
2 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号証、第二号証、
第三号証の一、二、第四号証の一、二、第五号証の一、三、第六号証の一、二、第
八号証ないし第一二号証、第一四号証の一ないし三、第一五号証ないし第一八号
証、第二〇号証の一、二、第二七号証及び第二八号証並びに証人【A】及び同
【B】の各証言によれば、カルゲンは天然カルシウムとしての石膏を原料とした土
壌改良剤であり、吉野石膏株式会社が昭和四〇年代後半から製造、販売を始め、一
袋一五キログラム入りのものを昭和五二年には約三六万八〇〇〇袋、昭和五三年に
は約五二万六〇〇〇袋、昭和五四年には約七四万七〇〇〇袋を販売するに至り、
(なお、昭和六三年以後は、年間三〇万袋未満のことが多い。)、多くの種類の野
菜等の栽培に使用されるようになり、被告は、昭和五一、二年ころ、カルゲンを使
用した農作物が良質品として農家や農業関係者に評判になっていたので、これを販
売していた株式会社坂田種苗本店からカルゲンを購入して試験生産をしたところ、
収穫量の増加、品質の向上等の効果があったため、昭和五六年の生産年度以降、被
告の生産するいちごに全面的にカルゲンを使用することにし、これに伴い、市場に
おいて右使用を表示するため、右坂田種苗本店から別紙目録記載(三)のようなシ
ールを購入し、いちごを詰めたパックのセロハン上に右シールを貼り、カルゲンを
使用している旨表示して販売していたこと、右シールは吉野石膏株式会社がカルゲ
ンの使用を表示するために作成したもので、一辺約三、六センチメートルの菱形
で、緑色で枠取りし、銀色の地色に緑色で地球儀を直感させる図形を描き、その上
に紺色で「天然カルシウム」「カルゲン」「使用」と三段に印刷し、「カルゲン」
の字体は他より数倍太く大きいこと、被告は、昭和五八年から、右シール貼付の手
間を省くため、坂田種苗の了解を得て右シールの態様を修正して被告標章を作成
し、これをセロハンに直接印刷することにしたこと、なお吉野石膏株式会社は、昭
和五二年五月ころから右シールばかりでなく、カルゲンが使用される野菜や果物に
応じ数種類のシールを作成しており、直径約二、六センチメートルの円形で、緑色
で枠取され、その内側は金緑色の地色で、地球儀を直感させる図形があり、その上
に「天然カルシウム」「カルゲン」「使用」と三段に印刷されており、「天然カル
シウム」「使用」の文字は紺色で、「カルゲン」の文字は紺色の帯状の部分に型抜
の形で表示され、「天然カルシウム」「使用」より数倍の大きさのシール、右シー
ルと同一態様であるが直径約一、五センチメートルの丸型シール、右シールと同一
態様の直径約二、一センチメートルの丸型シール、縦約四、五センチメートル、横
約六、五センチメートルの長方形の中に地球儀を直感させる図形を描き、その上
「天然」「カルシウム」「カルゲン使用」(「カルゲン」という文字が他の文字よ
り大きく強調されている)の文字を印刷したシール等があり、これらシールは、野
菜等の生産者あるいは販売者等において、その商品であるトマト、西瓜、メロン等
に貼付して使用しており、また百貨店がカルゲンを使用して栽培された野菜を販売
するに当たり「カルゲン野菜」と表示している事例や、カルゲンを使用して米を生
産する農家の中には、その生産米に「カルゲン米」という表示をしているものがあ
ることが認められる。
3 そうすると、土壌改良剤であるカルゲンは、昭和四〇年代後半から生産され、
多数の種類の野菜等の栽培に使用されており、昭和五二年五月以後はカルゲンを使
用して栽培された野菜等を表示するため、これらの商品に「天然カルシウムカルゲ
ン使用」と表示したシールが一般に貼付されており、右シールにおいて右表示のう
ち「カルゲン」という文字が強調されており、被告においても、昭和五六年にカル
ゲンを使用し始めて以後、その商品に右のようなシールの一種を使用し、被告標章
は、右シールを修正して作成したものであり、そして、「カルゲン」等の文字を含
む被告標章の大きさ(標章は、縦約三三ミリメートル、横約二七ミリメートル、
「天然カルシウム」及び「使用」の文字は、縦横ともに約二ミリメートル程度、
「カルゲン」の文字は縦横ともに約五ミリメートル程度)、態様、本件透明樹脂フ
ィルムの大きさ(本件透明パックの上面の大きさは縦約一六五ミリメートル、横約
一一四ミリメートルであり、本件透明樹脂フィルムの大きさはこれに準ずることは
明らかである。)、態様等は、前記第二の二3及び4のとおりであり、被告標章は
いちごが頂部に配されているが、地球儀を直感させる図形に「天然カルシウム」
「カルゲン」及び「使用」という文字を表示し、そのうち「カルゲン」という文字
を強調していることは、吉野石膏株式会社が作成している各シールと共通性があ
り、しかも本件透明樹脂フィルムの上部にはいちごの品種名である「博多とよの
か」の文字が、下部には被告商品の出荷及び販売者の表示である、丸に囲まれた
「糸」、デザイン化された「JA」及び「JA糸島」の文字、並びに被告商品の産
地の表示である「福岡」の文字を図案化し字抜きしてある図形が印刷されているの
であるから、これら事実に基づけば、被告標章は、被告商品に天然カルシウムであ
るカルゲンを使用していることを表示しているものであって、被告の商品であるこ
とを識別させるための商標として被告商品に付されているものでないことは明らか
である。
4 ところで、原告らは、被告標章中の「カルゲン」の文字が、「天然カルシウ
ム」及び「使用」の文字と独立した単独の表示として自他商品の識別機能を有する
旨主張するが、被告標章はいちごのパックに付した本件透明樹脂フィルム上に表示
されており、前記のような本件透明樹脂フィルムの大きさ、同フィルム上の各表示
内容、その態様、被告標章及び「カルゲン」「天然カルシウム」「使用」の文字の
大きさ、その態様を考慮すると、「カルゲン」「天然カルシウム」「使用」という
文字はいずれも特別に大きく表示されている訳ではなく、接着して一体として表示
されており、したがって「カルゲン」という文字だけが独立した単独の表示である
ということはできず、右各文字が一体となって地球儀を直感させる図形とともに一
の標章を構成し、天然カルシウムであるカルゲンを使用していることを表示してい
るものと解することができる。
二 よって、原告らの本訴請求は、その他の点を判断するまでもなく理由がないか
ら、いずれも失当として棄却することとする。
別紙
目録
<29898-001>

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