弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人前堀政幸の上告趣意のうち、憲法違反を主張する点について。
 所論は、第一審判決の事実認定に用いられた被告人の司法警察員に対する供述調
書(昭和四〇年一一月九日付警部補A作成)中の被告人が妻Bと共謀して本件拳銃
および実包を所持した旨の自白は、刑訴法三一九条一項の「その他任意にされたも
のでない疑のある自白」にあたり、証拠とすることができないものであるのにかか
わらず、右自白に任意性があるとした原判決の判断は、憲法三八条一、二項の解釈
を誤り、憲法三一条にも違反するというのである。
 よつて検討するに、原判決が認定した所論供述調書の作成経過は、次のとおりで
ある。すなわち、当初伏見警察署での取調では、被告人の妻Bは、自分の一存で本
件拳銃等を買い受けかつ自宅に隠匿所持していたものである旨を供述し、被告人も、
本件拳銃は妻Bが勝手に買つたもので、自分はそんなものは返せといつておいた旨
を述べ、両名共被告人の犯行を否認していたものであるところ、その後京都地方検
察庁における取調において、検察官増田光雄は、まず被告人に対し、実際はBがそ
のような自供をしていないのにかかわらず、同人が本件犯行につき被告人と共謀し
たことを自供した旨を告げて被告人を説得したところ、被告人が共謀を認めるに至
つたので、被告人をBと交替させ、Bに対し、被告人が共謀を認めている旨を告げ
て説得すると、同人も共謀を認めたので直ちにその調書を取り、更に同人を被告人
と交替させ、再度被告人に対しBも共謀を認めているがまちがいないかと確認した
うえ、その調書を取り、被告人が勾留されている伏見警察署の警部補Aに対し、も
う一度被告人を調べ直すよう指示し、同警部補が被告人を翌日取り調べた結果、所
論主張の被告人の司法警察員に対する供述調書が作成された、というのである。
 思うに、捜査手続といえども、憲法の保障下にある刑事手続の一環である以上、
刑訴法一条所定の精神に則り、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全
うしつつ適正に行なわれるべきものであることにかんがみれば、捜査官が被疑者を
取り調べるにあたり偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れ自白を獲得するような尋問方
法を厳に避けるべきであることはいうまでもないところであるが、もしも偽計によ
つて被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場
合には、右の自白はその任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を否定すべきで
あり、このような自白を証拠に採用することは、刑訴法三一九条一項の規定に違反
し、ひいては憲法三八条二項にも違反するものといわなければならない。
 これを本件についてみると、原判決が認定した前記事実のほかに、増田検察官が、
被告人の取調にあたり、「奥さんは自供している。誰がみても奥さんが独断で買わ
ん。参考人の供述もある。こんな事で二人共処罰される事はない。男らしく云うた
らどうか。」と説得した事実のあることも記録上うかがわれ、すでに妻が自己の単
独犯行であると述べている本件被疑事実につき、同検察官は被告人に対し、前示の
ような偽計を用いたうえ、もし被告人が共謀の点を認めれば被告人のみが処罰され
妻は処罰を免れることがあるかも知れない旨を暗示した疑いがある。要するに、本
件においては前記のような偽計によつて被疑者が心理的強制を受け、虚偽の自白が
誘発されるおそれのある疑いが濃厚であり、もしそうであるとするならば、前記尋
問によつて得られた被告人の検察官に対する自白およびその影響下に作成された司
法警察員に対する自白調書は、いずれも任意性に疑いがあるものといわなければな
らない。
 しかるに、原判決は、これらの点を検討することなく、たやすく、本件において
は虚偽の自白を誘発するおそれのある事情が何ら認められないとして、被告人の前
記各自白の任意性を認め、被告人の司法警察員に対する供述調書を証拠として被告
人を有罪とした第一審判決を是認しているのであるから、審理不尽の違法があり、
これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものというべきである。よつて、
その余の上告論旨について判断するまでもなく、刑訴法四一一条一号により原判決
を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により本件を原裁判所
に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官松田二郎は、退官のため評議に関与しない。
 検察官横井大三、同内田實 公判出席
  昭和四五年一一月二五日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    石   田   和   外
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    飯   村   義   美
            裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    関   根   小   郷
 裁判官 草鹿浅之介は、退官のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    石   田   和   外

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