弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人大塚喜一郎および同平岩新吾の上告趣意は憲法一一条違反をいうけれども、
その実質は採証法則違反、事実誤認の主張に帰するのであつて、刑訴四〇五条の上
告理由にあたらない。
 しかしながら、職権をもつて調査すると、第一審判決は証人A、同B、同Cおよ
び同Dの第一審公判における各証言、被告人の同公判における供述ならびに第一審
の検証調書を証拠として、被告人は昭和二九年三月二〇日午前一一時二〇分頃舞鶴
市a国鉄踏切附近路上でBが遺失した現金三〇〇〇円を拾つたが、ひよつと慾が出
て、それが他人の遺失したものであることを認識しながら、不法にこれを領得しよ
うと決意し、直ちに、自己に着服してこれを横領したという事実を認定し、原判決
もまたこの認定を維持している。そこで、本件認定に誤りがないかどうかを検討す
ると、右A証人は本件犯行を目撃したと称する女性、B証人は本件の被害者、C、
Dの両証人は被害者の友人でこれと同道していたものである。被告人は検挙以来終
始本件犯行を否認しており、本件で最も重要な証拠は右A証言(記録八二丁以下)
である。しかし、これとても、第一審判決判示日時場所で、中折帽をかぶり、眼鏡
をかけ、霜降りの背広上下を着た男が、自転車を止め、片足をついて、千円札三、
四枚を両手でポケツトに入れているのに気がついたというに過ぎず、その男が右札
を拾うのを見たとまでは証言していない。同証言と前示C、D、Bの各証言(記録
九二、一〇八、六二各丁以下)および被告人の第一審公判における供述(記録一三
丁裏)により、強いて、右男が被告人であることはこれを認めるとしても、第一審
判決挙示の前示諸証拠によつて認定できるのは、同判示日時場所で被告人が三、四
千円をポケツトに入れたという事実のみであつて、それ以上の認定、すなわち被告
人がポケツトに入れた三、四千円がBの遺失した金三〇〇〇円であるという事実ま
では到底これを認めることはできない。まして、論旨もいうとおり、前示A証言は、
第一審検証調書(記録四一丁以下)、舞鶴海洋気象台長および京都府舞鶴土木工営
所長の各回答書(記録三九丁、四〇丁、四九丁)ならびに原審証人Eに対する証人
尋問調書(記録二五二丁以下)の各記載と対照し当日の風向き、A証人の目撃の距
離等の関係よりして直ちに首肯できない点があるばかりでなく、Cの司法警察員に
対する第一回供述調書(記録一四一丁以下)の記載と対比して考えると、前示Cお
よびDの各証言にも虚構の跡があるやに見られる。また、前示検証調書および第一
審第三回公判における証人Fのアリバイに関する証言(記録一六五丁)を参酌すれ
ば、被告人の検挙以来の弁疏が悉く不実であるとも断じ難い。すなわち、第一審判
決挙示の証拠によつて同判示の如き事実を認定するには未だ十分または相当でない
ものがあり、結局、本件は判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑いがあるに
帰し、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
 よつて、刑訴四一一条三号、四一三条本文に則り、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
 検察官 松村禎彦出席。
  昭和三二年一二月二七日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

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