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平成28年(ネ)第153号損害賠償請求控訴事件(原審・仙台地方裁判
所平成25年(ワ)第822号)
平成29年4月27日仙台高等裁判所第2民事部判決
主文
1一審原告A及び一審被告の本件各控訴をいずれも棄却する。
2一審原告Aの控訴に係る費用は一審原告Aの,一審被告の控
訴に係る費用は一審被告の各負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1一審原告A
原判決主文2項のうち,一審原告Aに係る部分を取り消す。
一審被告は,一審原告Aに対し,1385万6543円及びこれ
に対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
2一審被告
原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。
一審原告Bの請求を棄却する。
第2事案の概要
本件は,平成23年3月11日午後2時46分に発生した「平成2
3年(2011年)東北地方太平洋沖地震」(以下,この地震を「本件
地震」といい,本件地震及びその余震による震災(東日本大震災)を「本
件震災」という。)後の津波(以下「本件津波」という。)により,一
審原告Aの母C(以下「C」という。),原審原告D(以下「原審原告
D」という。)の母及び一審原告Bの子E(以下「E」という。)が死
亡したことについて,各相続人である一審原告A及び一審原告B(以
下「一審原告ら」という。)並びに原審原告Dが,東松島市立野蒜小
学校(以下「本件小学校」といい,その校舎を「本件校舎」,その体育
館を「本件体育館」という。)を設置し運営するとともに,本件小学校
を災害時の避難場所に指定していた地方公共団体である一審被告に対
し,本件小学校の校長であるF(以下「本件校長」という。)には国家
賠償法上の過失があるなどと主張して,同法1条1項に基づき,各損害
賠償金及びこれに対する本件震災の日である平成23年3月11日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求
める事案である(なお,原審当初,原審原告Gが,同人の両親が死亡し
たことについて,一審被告に対し,前同様の訴えを提起したが,その後,
原審において取り下げた。)。
原審は、一審原告Bの請求を認容し,一審原告A及び原審原告Dの
請求をいずれも棄却したところ,これを不服として一審被告と一審原
告Aが控訴した。
したがって,原審原告Dの請求については,当審における審理の対
象外である。
1前提事実
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2
事案の概要」1(原判決3頁2行目から同7頁13行目まで)に記載さ
れたとおりであるから,これを引用する(原判決中,「原告A」とある
のは「一審原告A」と,「原告B」とあるのは「一審原告B」と,「原
告ら」とあるのは「一審原告ら」と,「被告」とあるのは「一審被告」
と,それぞれ読み替えられることになる。以下同じ。)。
原判決3頁8行目から13行目までを削除し,同14行目の「ウ」
を「イ」に,同17行目の「エ」を「ウ」に各改める。
原判決3頁20行目の「「東松島市」という。」の次に「平成17
年に桃生郡O町とP町の合併により発足。」を加える。
原判決5頁10行目及び同7頁1行目の「及びDの母」を各削除
する。
2争点及びこれに対する当事者の主張
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2
事案の概要」2(原判決7頁14行目から同19頁13行目まで)に記
載されたとおりであるから,これを引用する。
原判決7頁15行目及び同21行目の「及びDの母」,同11頁
2行目,同17頁10行目及び同19頁1行目の「,Dの母」を各削
除する。
原判決9頁1行目の「メートル)でも,」の次に「海岸から内陸側
に約1キロメートル位浸水し,」を加える。
原判決10頁2行目から3行目にかけての「なのであるから,」
の次に「津波の力の差は約9倍となるものであって,この津波情報と
本件防災マップによれば,本件津波が本件小学校に約3.6メートル
の浸水深の高さで押し寄せることが確実に予見でき,」を加える。
原判決11頁19行目の「教職員ら」から20行目の「様々な対
応に」までを「教職員らは毎分のように余震が続く緊迫した状況の中
で,困難な児童管理に加えて続々と避難してくる膨大な住民への対
応に」に改める。
原判決16頁2行目から7行目までを次のとおり改める。
注意義務違反
a一審原告らが,災害時児童引取責任者でない者に児童を引
き渡してはならない注意義務の根拠とするみやぎ防災教育基
本指針(以下「防災教育指針」ともいう。)はあくまでも「指
針」であり,災害時児童引取責任者の登録も同指針に基づいて
作成されたものにすぎず,これらが災害時の状況にかかわら
ず,本件小学校を拘束するものではない。本件震災当日の本件
小学校等の状況に鑑みれば,災害時児童引取責任者に引き渡せ
ば児童の安全が確保されるという状況にはなく,本件校長ら
は,そのような状況下において,児童の安全確保のために何が
安全か判断しなければならなかったのであり,当時の状況にか
かわらず,上記責任者でなければ引き渡せないという形式的判
断を求めることは相当ではない。
b災害時児童引取責任者の制度は,在校時又は登下校時の児
童を念頭においており,下校後の児童を想定したものではな
い。
c本件において,児童を災害時児童引取責任者に引き渡すか,
それ以外の者に引き渡すかによって,必ずしも児童の安全に関
する結果が異なるものではない。津波浸水域に含まれていない
自宅に帰ることが明らかな災害時児童引取責任者に引き渡す
行為と,同じく津波浸水域に含まれていない自宅に帰ることが
明らかなそれ以外の者に引き渡す行為とでは,いずれも本件に
おいて実際に生じた自宅で津波に巻き込まれるという結果と
の関係では差異がなく,安全が確認ができない限り災害時児童
引取責任者以外の者に引き渡してはならないという注意義務
は,本件における結果との関係において意味のあるものとはい
えない。」
原判決16頁20行目から17頁3行目までを次のとおり改め
る。
「イ一審被告の主張
災害時児童引取責任者以外の者に引き渡してはならないと
いう注意義務違反と本件津波によるEの死亡という結果との
関係が明らかではない。Eが自宅に送り届けられてから本件津
波に巻き込まれるまでに10分程度の時間があったと考えら
れ,その間に自宅のすぐ南側にある小さな山に避難することが
可能であったこと,Eを災害時児童引取責任者に引き渡したと
しても,Eは同責任者と一緒に自宅に戻っていたと思われるこ
となどに照らすと,Eの死亡という結果について一審被告に責
任を負わせることは相当性を欠くというべきである。
また,Eが自宅において本件津波に巻き込まれて死亡した
という結果・損害は,本件校長がEをKに引き渡した行為に
よって通常生ずべき損害ではなく,未曾有の大津波の到来とい
う特別の事情によって生じた損害であるから,その賠償責任を
負うのは,本件における特別の事情,すなわち,Eの自宅に本
件津波が到達することについて予見し得た場合に限られる。本
件校長は,本件津波浸水予測図において津波浸水域に含まれて
いないEの自宅に本件津波が到達することを予見することは
できなかったのであるから,仮に,本件校長に過失が認められ
るとしても,上記結果・損害との間には相当因果関係がない。
本件体育館にいた児童から犠牲者はでなかったものの,Eが
本件体育館に残っていれば生存できたとは必ずしもいえず,本件
校長の過失とEの死亡との間に相当因果関係はない。」
原判決17頁5行目から11行目までを次のとおり改める。
「ア一審原告らの主張
本件教育委員会教育長の過失
本件教育委員会の教育長(以下「本件教育長」という。)に
は,本件校長が防災業務を適切に行い,避難してきた住民の安
全を確保できるように災害対策基本法及びこれに基づく地域
防災計画及び本件防災マップの内容,意味並びに津波に関する
基本知識,強い地震があった場合に津波情報を直ちに入手すべ
きこと,津波災害が予想されるときは校舎の2階以上を利用す
るよう定められていることなどを指導,監督する義務があった
にもかかかわらず,これを怠った過失がある。
東松島市長の過失
東松島市長には,上記本件教育長と同様の過失がある。ま
た,本件防災マップには「野蒜海岸に3.3メートルを超える
津波が押し寄せると予想される場合には,このマップには従っ
てはならない。」旨が記載されていない欠陥があるところ,こ
の結果を見逃した一審被告総務部長らには市民にとって安全
な防災マップ作成を怠った過失があり,その責任はこれを見逃
し,適切な指導,監督をしなかった東松島市長にある。
上記各過失によってC及びEは死亡した。」
第3当裁判所の判断
当裁判所も,一審原告A及び一審被告が当審において改めて主張す
る諸点を考慮しても,一審原告Aの本件請求については棄却すべきで
あり,一審原告Bの本件請求については,これを認容すべきであると
判断する。その理由は,以下のとおりである。
1認定事実及び事実認定の補足説明
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3
当裁判所の判断」1及び2(原判決19頁15行目から38頁4行目ま
で)に記載されたとおりであるから,これを引用する。
原判決20頁7行目の「増大する。」の次に「陸上では,平坦部で
約1キロメートル浸水するごとに1メートル程度津波の高さが減少
し,切り立った地形では沿岸での津波の高さまで浸水する。地形によ
っては,より高いところまで津波が這い上がる場合もある。」を加え
る。
原判決21頁1行目の「災害時の」の次に「避難所及び」を加え
る。
原判決22頁6行目の「津波の高さ」の次に「(沿岸での高さに
換算した値)」を加え,同11行目の「されていた」の次に「。この
ようにして津波警報及び津波注意報として過去に発表された津波予
報区における予測値を観測値と比較すると,平均して1.8倍程度に
なっている。ただし,津波は,局所的な地形の影響で高さが大きく変
わる性質があるため,場合によっては,津波警報及び津波注意報とし
て発表する津波の予想高さよりも大きな津波になることもあり得
る」を加える。
原判決25頁3行目の「予想されていた」を「予想され,浸水面
積はP町が4.7平方キロメートルと,気仙沼市に次ぐ大きさを予
想されていた。」に,同9行目の「旧Q町」から12行目末尾までを
「旧Q町(現気仙沼市)で18.6メートル,旧R町(現S町)で
14.4メートル,旧T町(現石巻市)で12.6メートル,旧U町
(現石巻市)で11.0メートルといずれも10メートルを超える宮
城県沖地震(連動型)よりも高い津波が到達することが想定されてい
た。」に各改める。
原判決25頁22行目から26頁3行目までを次のとおり改め
る。
「a一審被告は,津波浸水予測図等を基に,避難場所,避難経路
等を明示した津波ハザードマップを作成し,それを基にした東松
島市の津波避難計画の策定を行う。
一審被告は,津波から迅速に避難できるよう,避難対象地域
及び避難場所,避難路の指定を行う。避難場所の指定が困難な地
域については,3階建て以上(地域によっては2階建て)のRC
又はSRC構造の建築物(避難ビル)等を一時的な避難場所とし
て指定する。
b大規模な地震による火災,津波等の災害から住民が一時避難
するための場所として,避難場所をあらかじめ定めておく。学校
等教育施設を避難場所として選定する場合は,あらかじめ当該施
設の管理者及び施設を所管する教育委員会等と災害時に的確な
対応がとられるよう十分協議する。この場合,「建物は十分な耐
震性を有すること。」「津波による浸水等の被害のおそれのない
場所であること(津波の危険性を考慮し短時間で十分な標高の位
置に避難できる場所であること)。」などの条件に留意する。
避難所については,地震,津波による家屋の倒壊,焼失等に
より住居を喪失した住民を収容するため,原則として公共建築物
をあらかじめ選定,確保しておく。学校等教育施設を避難所とし
て指定する場合は,あらかじめ当該施設の管理者及び施設を所管
する教育員会等と使用する施設の区分(校庭,体育館,教室等の
個別指定や使用順位等)や運営体制等について十分に協議する。
市が設定した避難所を所有し,又は管理する者は,消防団員
等と協力して避難所の開設及び避難した住民に対する応急の救
護に協力する。
c火災,地震,その他の災害からの避難場所及び避難所として,
本件小学校を指定する。
教育施設(小・中学校)の避難所は,各講堂(屋体)を指定し
ている。なお,被害が拡大,あるいは拡大が予想される場合にお
いては,校舎も含め利用するものとする。ただし,津波,高潮災
害については,校舎(2階以上)を利用するものとする。」
原判決27頁9行目の「要避難区域の」を「要避難区域から10
0メートル程度」に改め,同23行目の「移動するためには,」の次
に「要避難区域内を移動することになり,」を加える。
原判決28頁4行目から21行目までを次のとおり改める。
本件小学校における災害時児童引取責任者の登録等
ア防災教育指針
宮城県教育委員会が平成21年2月に発表した防災教育指
針では,学校における防災管理や災害時の体制整備について記
載があり,そのうち児童等の安全確保方策の欄には次のような
記載部分がある。(甲39)
学校においては,登下校中の児童等のうち自宅へ戻らず
学校に避難登校してくる児童等や学校に居残っていた児童
等を保護するものとする。
災害発生後,児童等を保護者に引き渡すことが適切であ
ると判断される場合には,児童等の安全を確認した後,あら
かじめ定めた方法で速やかに保護者と連絡をとる。
a児童等の引渡しを行う場合,保護者との連絡がとれな
いなどの理由で,引渡しができない児童等においては,学
校において保護するものとする。
b保護者に引き渡す場合は,カードに引渡しを受けた保
護者及び教職員が確認の署名を行う。
c引渡しができない児童等を確認し,校内で保護する。
イ災害時児童引取責任者の登録
本件小学校が作成し,児童の保護者に配布した家庭環境調
査票及び通学路図の提出について(お願い)と題する文書には,
災害時児童引取責任者に関して次のような記載部分がある。
「災害時引き取り者」とは,大規模地震等,児童が通学路
を安全に登下校できない状況の際,お子様を学校まで引き取
りに来ていただくことができる方です。
下記の場合は,学校からの連絡の有無にかかわらず,保護
者またはその代理人(引き取り者)は避難場所であるa小学
校校庭に児童を引き取りに来てください。引き取りに来られ
るまで,お子様は学校でお預かりしています。
a大規模地震が発生し,ラジオ等で「東松島市の震度が
6弱以上」であることが分かった場合。
bその他の大規模災害や事件等で,児童の安全な下校が
確保されないと保護者が判断した場合。
ウ一審原告Bは,Eの災害時児童引取責任者として一審原告
B,一審原告Bの母,弟及びその妻を登録しており,一審原告
Bの家族内では,災害時には自動車を持っている一審原告Bの
弟又はその妻が,一審原告Bの母を乗せて本件小学校にEを
引き取りに行き,Eと共にbかcに避難することに決めていた。
原判決29頁18行目の「午後3時14分以降」を「本件地震発
生後」に改め,同19行目の「68」の次に「,89,弁論の全趣旨」
を加え,同行目の末尾に改行して次のとおり加える。
本件地震発生直後の午後2時49分頃から,ラジオにおいて
も総合テレビ放送の音声が放送されるように切り替わり,ラジオ
とテレビの双方で,宮城県などに大津波警報が発表されているこ
と,宮城県の津波の予想高さが6メートルであること,これは目
安であるので実際にはこれより高い津波が来る場所もあること
を繰り返し放送した。」
に各改め,同16行目の「午後3時14分以降」の次に「も引き続き」
を,同17行目の「70」の次に「,弁論の全趣旨」を各加え,同3
2頁1行目の「以上」を「以上)」に改め,同17行目の「本件防災
計画上避難場所として表記された」を削除し,同21行目の「テレビ
やラジオはいずれも」を「テレビは」に改める。
原判決32頁25行目の末尾に改行して次のとおり加える。
「また,本件小学校で教務主任を務めていたI(以下「I主任」と
いう。)は,本件地震後に体育館の状況を確認して本件校長に報告
した後,体育館が避難所になるのに備えて,体育館のピアノの上に
東松島市が配布した電池式の防災ラジオ(以下「防災ラジオ」とい
う。)を設置し,電源を入れてAM放送局の周波数に合わせ,その
前にマイクを置き,ピアノの下にスピーカーを設置して,その旨を
本件校長に報告した。上記防災ラジオからは,地震関係のラジオ放
送が流れており,マイクとスピーカーを通して,近寄ると内容を聞
ける程度の音量でその後も流し続けていた。
I主任は,児童や近隣からの避難者への対応が一段落したとこ
ろで,自分の携帯電話をインターネットに接続したところ,大津波
警報が出ていることを知り,体育館にいた避難者に向けて,ハンド
マイクでその旨を3,4回知らせたが,それから間もなく本件津波
が本件小学校に到達した。」
⑾原判決33頁2行目の「証人H」の次に「,証人I」を加え,同4
行目の「及びDの母」を削除し,同行目の末尾に改行して次のとお
り加える。
「一審原告Aの子であるJは,祖母であるCと共に,本件小学校
に避難する途中で乗せてもらった車のカーナビゲーションシステ
ムにより津波情報を知り,避難のため本件校舎に入ろうとしたとこ
ろ,本件校長から,本件体育館に避難するように促されたため,C
と共に体育館に避難した。本件小学校に避難してきた住民らの中に
は,津波情報を知っていたために,教職員らが誘導する本件体育館
には避難せず,本件小学校東側のbからc方面に避難した者もい
た。(甲73,91,証人J)」
⑿原判決34頁19行目の「及びDの母」を削除し,同21行目か
ら24行目までを次のとおり改める。
「このとき,本件体育館には約340人がおり,本件津波に襲わ
れて,正確な人数は不明であるものの,本件体育館内で少なくとも
18人が亡くなり,老人ホームdの関係者を含めるとさらに多数の
22,45,49,証人F)」
⒀原判決36頁17行目の「午後3時40分頃」を「午後3時40
分頃(午後3時40分から45分の間)」に改める。
2Cを本件校舎の2階以上
に避難誘導しなかったという過失の有無)について
本件校長の住民に対する職務上の義務
一審原告らは,本件校長が,災害対策基本法7条1項にいう「防
災上重要な施設の管理者」に当たり,同条項に基づき,地方公共団体
が作成する地域防災計画を誠実に実施し,災害から住民を保護すべ
き法律上の責務を負っている旨主張する。そこで,以下,本件校長が,
本件震災当時に,本件小学校に避難してきた地域住民(本件小学校に
在籍する児童を除く。)に対して負っていた職務上の義務について検
討する(本件校長の児童に対する義務については,後記4において後
述する。)。
ア市立小学校を構成する物的要素としての学校施設は地方自治法
(平成23年法律第35号による改正前のもの。)238条4項に
いう行政財産であり,この教育財産を所管し,管理するのは市の教
育委員会である(学校教育法5条,2条,地方教育行政法23条2
号,28条,30条,32条本文)。
そして,災害対策基本法7条1項にいう「管理者」とは,施設
の所有者,占有者その他施設の管理につき権限を有する者を指すも
のと解されるから,同条項にいう防災上重要な施設である本件小学
校の管理者は,本件教育委員会であるというべきである。したがっ
て,本件校長が同条項に基づき,本件小学校に避難してきた地域住
民に対し,災害の危険から住民を保護すべき法律上の責務を負って
いる旨の一審原告らの上記主張は採用できない。
イもっとも,本件防災計画は,「学校等教育施設を避難場所とし
て指定する場合は,あらかじめ当該施設の管理者及び施設を所管す
る教育委員会等と災害時に的確な対応がとられるよう十分に協議
する」こと並びに「学校等教育施設を避難所として指定する場合は,
あらかじめ当該施設の管理者及び施設を所管する教育委員会等と
使用する施設の区分(校庭,体育館,教室等の個別指定や使用順位
等)や運営体制等について十分に協議」することとしており(甲5
1,乙13),本件防災計画においては,当該施設を所管する教育
委員会とは別に,施設を現実に管理する者を想定して,その現実の
管理者と事前に十分に協議することとされている。そして,市立小
学校の校長は,市町村に置かれる教育委員会の指揮監督に服すると
ともに,校務をつかさどり,所属職員を監督することとされている
から(地方教育行政法43条,37条1項,市町村立学校職員給与
負担法1条,学校教育法37条4項),本件防災計画にいう「当該
施設の管理者」としては,施設を現実に管理する校長を指すものと
解するのが相当である。
したがって,本件防災計画によれば,本件地震当時,指定避難
場所である本件小学校を現実に管理していた本件校長は,災害時に
は,一審被告との事前の協議に則って,避難場所である学校施設の
現実の管理者として対応し,避難所の開設や避難した住民に対する
応急の救護に協力する責務を負っていたということができる。
ウこれを具体的にみるに,本件校長は,平成22年6月13日に
実施された一審被告主催の防災訓練において,本件教育委員会から
の協力依頼を受けて,学校施設管理の一環として,本件校舎及び本
件体育館の鍵を解錠し,開放したこと,同年2月に発生したチリ地
震に伴って宮城県沖に大津波警報が発令された際には,日曜日であ
ったため,本件教育委員会から電話で,本件体育館を避難所として
開設するので,解錠するように指示を受けて本件体育館を解錠し,
避難所として使用できるように設営したり,避難者の具体的な要望
に対応したことが認められる(乙19の1,49,証人F)。
エ住民らは,児童とは異なり,災害が発生し,又はその発生の兆
候が認められる場合には,自らの生命,身体を守るために,自ら情
報を収集して分析,判断して行動する能力を有しているから,基本
的には,自己の責任において適切と思われる避難行動をとることが
可能である。実際,本件地震後に,大津波警報等の津波情報を得て,
本件小学校より更に標高が高い場所や,海岸から離れた場所へ避難
した住民もいたことは前記認定のとおりである。そして,災害が発
生した際,本件小学校にどの程度の避難者がどのような態様で避難
してくるかは,本件校長において予測が困難なものと考えられる。
本件校長の学校施設の現実の管理者としての責務は,このよう
な自ら適切な避難行動をとり得る住民らに対するものであるから,
本件校長の本来的かつ重要な義務である児童の生命,身体を保護す
べき義務とは本質的に異なるものというべきであり,避難場所又は
避難所として指定された学校施設を,避難場所又は避難所として使
用するために,使用上の問題がないことを確認して解錠,開放して,
避難者の使用に供することが主要なものであり,その他,市職員ら
と連携して,避難所の設営や運営に協力し,避難した住民に対する
応急の救護に協力することが含まれることになる。しかし,災害発
生時,学校施設内に児童らが存する場合においては,児童らに対す
る安全確保義務に加えて,当該施設の管理者の地位にあることから
当然に避難者らを誘導する義務まで負っていたと解することは相
当ではない(もとより誘導することが望ましいことはいうまでもな
い。)。
本件校長が負っていた義務の具体的内容
ア前記認定事実によれば,本件校長は,本件地震の後,大きな余
震が続いており,本件校舎の柱や壁にはひび割れが発生し,教室内
には机や学習用具が散乱したことなどから,本件小学校に残ってい
た児童らを本件体育館に避難させることを決め,その時点で本件体
育館を解錠しており,続々と避難してくる近隣住民の避難場所とし
て本件体育館を開放したことが認められる。一方,本件校舎につい
ては,本件津波が本件小学校に到達するまで,本件校長が避難場所
又は避難所として積極的に避難者に開放した事実は認められない
(ただし,本件津波が本件小学校に到達する直前に,本件校舎内に
駆け込んで避難した者は多数存した。)。すなわち,本件校舎の4
つの出入口は,教職員が出入りした後,施錠まではしていないので,
シリンダー錠(本締錠)及び防音装置の引き寄せハンドルはいずれ
も施錠されていない時間が長かったと思われるが,仮に施錠されて
いなかったとしても,引き寄せハンドルの特徴を知らない避難者に
は開閉が困難であったため,教職員らによる本件体育館への避難誘
導と相まって,避難してきた近隣住民は,本件校舎には容易に避難
できない状況にあった。(乙16,17,49,50,証人F,証
人H,証人I,証人J)
イ一審原告らは,本件防災計画における本件記載は,災害により
住居を喪失した住民を一定期間収容する施設としての避難所につ
いての記載ではなく,現に津波災害が予想されるときに避難者が目
指すべき場所としての避難場所についての記載であると理解すべ
きであるから,本件校長は,本件記載に基づき,避難者を本件体育
館ではなく本件校舎の2階以上に誘導すべき義務を負っていた旨
主張する。
そこで検討するに,前述したところ及び前記認定事実からして,
本件震災時における本件小学校の状況下において,本件校長が避難
者を誘導すべき義務まで負っていた旨の一審原告らの主張は採用
できない。そして,本件校長に,本件震災時,本件校舎2階を避難
場所として供する義務があったか,またあるとすればその義務違反
があったかについて検討するに,本件記載については,避難所につ
いて記載したものなのか,避難場所も含む趣旨なのかは,本件記載
のみからは判然としない。しかし,津波災害の場合には,津波の危
険から迅速に避難する必要があり,避難場所にはできるだけ標高の
高い場所が求められることからすると,本件記載については,避難
所のみならず,避難場所についても妥当する記載と解するのが合理
的である。
本件記載を上記の趣旨に解するとしても,地震からの避難場所
というだけであれば,一次的には本件体育館が指定されており,被
害の拡大が予想される場合に本件校舎も含め利用するものとされ
ていたから,津波が本件小学校まで到達することを予見することが
できない場合にまで,津波災害からの避難場所として本件校舎の2
階以上を避難場所として供する義務を負っていたとはいえないと
いうべきである。
したがって,本件校長が,本件校舎の2階以上を避難場所とし
て開放し,防音装置の引き寄せハンドルの操作を知らない避難者で
あっても容易に本件校舎に入れるような状態にしておくべき義務
を負っていたというためには,本件校長において,本件津波が本件
小学校に到達することを予見し得たことが前提となる(なお,この
点は,仮に本件校長が避難者を誘導すべき義務を負っていたと解す
るとしても同様に妥当する。)。
本件津波についての予見可能性
そこで,以下において,本件校長が,本件小学校に本件津波が到
達することを具体的に予見し得たかについて検討する。
ア前記認定事実によれば,災害時の情報収集に関する責任者であ
った本件教頭が本件津波に関する情報を得ておらず,本件校長も自
ら情報収集に当たることをしなかったため,本件校長や教職員ら
は,本件津波に関する情報を,本件津波が本件小学校に到達する直
前までほとんど得ていないか,得ていた情報についても,本件津波
が本件小学校にまで到達することはあり得ないという思い込みか
ら,重視することはなかった。すなわち,本件体育館に防災ラジオ
を設置したI主任は,防災ラジオをAM放送局の周波数にセットし
て,マイクやスピーカーを通じて周囲に聞こえるように設置しなが
ら,その放送内容に注意を払わなかったし,本件校長自身も,その
証人尋問において,避難者から津波が来るという話を聞いたことを
認めながら,本件津波が本件小学校に到達することはないという思
い込みから,それ以上津波に関する情報を収集しようとはしなかっ
た。
後記4のとおり,本件校長は,児童の生命,身体を保護すべき
義務を負っているのであるから,児童に対して適切な避難措置をと
るために,災害に関する情報を迅速かつ適切に収集することは必須
であり,本件地震の大きさやその後も余震が続いている状況に鑑み
ると,その優先度は高いものであって,本件校長や本件教頭が行っ
た情報収集は不十分なものであったというべきである。
イこの点につき,一審被告は,本件地震の発生直後に停電したた
め,職員室の電話やインターネット,テレビ,ラジオ等を使用する
ことができなかった上,本件教頭は,自身の携帯電話や防災行政無
線から情報収集を行ったが本件津波に関する情報は得られず,ま
た,教職員らは余震の続く緊迫した状況の中で様々な対応に追われ
ており,津波に関する情報を収集することは困難であったと主張す
る。
しかしながら,本件体育館ではI主任の設置した防災ラジオが
放送を続けていたことは前述のとおりであり,I主任を始め,教職
員の中には携帯電話をインターネットに接続し得る者がいたこと,
本件地震当時,本件教頭はテレビを視聴することができるカーナビ
ゲーションシステムを搭載した自動車で本件小学校に通勤してい
たこと,他の教職員らの多くも自動車で通勤していたこと,本件体
育館には多数の避難者が避難していたことが認められ,一方で本件
小学校の校門付近に設置されていた防災行政無線が本件地震当時
に故障していたなどの事情は認められないことからすると,仮に本
件教頭自身の携帯電話による情報収集が困難であったとしても,防
災ラジオや教職員らの自動車に搭載されていたテレビを視聴する
ことができるカーナビゲーションシステムやラジオ,他の教職員ら
や避難者の携帯電話のインターネットやワンセグ機能,防災行政無
線等を利用して,公表されていた気象庁の発表や各報道機関の報道
から本件津波に関する情報を入手することは十分に可能であった
ものと認められる。また,本件地震により緊迫した状況下にあって
も,当時,本件小学校には相当数の教職員がいたのであるから,本
件校長は,教職員らの役割を適切に分担して情報収集に当たらせる
ことが十分に可能であったというべきであり,実際にも,本件教頭
が情報収集の責任者として対応していたことからすると,教職員ら
が様々な対応に追われていたために情報を入手することができな
かった旨の一審被告の主張は採用できない。
ウしたがって,本件校長が本件小学校に本件津波が到達すること
を予見できたか否かを検討するに当たっては,本件津波が本件体育
館に到達するまでの間に,本件校長らが実際に入手していた情報だ
けでなく,本件校長が適切に情報収集を行っていれば当然入手する
ことができたラジオ,テレビ,インターネット,防災行政無線等で
公表されていた情報についても前提とするのが相当である。
エ前記認定事実によれば,本件小学校は,第三次調査における津
波浸水予測図等を基に作成された本件防災マップにおいて,津波浸
水域に含まれておらず,安全確保の観点から津波浸水域よりも広く
設定された要避難区域の外側に位置していたことが認められる。そ
して,本件防災マップで想定されている地震は,第三次調査におい
て東松島市に最も高い津波が到達すると想定された宮城県沖地震
(連動型)であるから,本件校長に本件津波が本件体育館に到達す
るという結果発生の予見可能性が認められるためには,少なくと
も,本件校長が適切に情報収集を行っていれば午後3時52分まで
に入手できたはずの情報(結果回避可能性との関係ではこの時点が
少し遡ることが考えられるが,この点はさておく。)に基づき,本
件津波が宮城県沖地震(連動型)が発生した場合にa海岸に到達す
ると想定されていた津波を上回る規模になることを予見し得るこ
とが必要である。
ところが,前記認定事実によれば,本件地震直後に発表されて
いた本件地震の規模の速報値はマグニチュード7.9であり,その
値は午後4時00分まで変更されなかったこと,東松島市で観測し
た震度は6強から6弱であったことが認められるところ,宮城県沖
地震(連動型)で想定されていた地震の規模はマグニチュード8.
0,東松島市での震度は6強から6弱であったのであるから,本件
校長において,午後3時52分までの時点で発表されていた本件地
震の規模に関する情報や体感できた震度からでは,本件地震が宮城
県沖地震(連動型)を上回る規模のものであることを認識すること
ができたとは認め難い。
オまた,前記認定事実によれば,ラジオ,テレビ,防災行政無線
等により,遅くとも午後3時20分頃までには,気象庁が宮城県に
大津波警報(10メートル以上)を発表していたこと,宮城県に1
0メートル以上の津波が到達したことが確認されたことをそれぞ
れ知ることができたものと認められる。
しかしながら,本件地震当時,気象庁が発表する津波警報は,
全国を66区域に分けた津波予報区ごとに発表され,予想される津
波の高さを8段階に区分し,当該津波予報区の複数の地点において
予想される津波のうち最も高い地点の津波の高さの予測値に基づ
波予報区は「宮城県」ただ一つであり,宮城県沖地震(連動型)に
おいて,旧V町(現気仙沼市)に到達する津波の最高水位が10メ
と,本件地震当時,仮に想定されていた宮城県沖地震(連動型)が
発生した場合にも,大津波警報(10メートル以上)が発令された
ことが推測されるから,本件地震発生後に大津波警報(10メート
ル以上)が発令されたことや宮城県で10メートル以上の津波が到
達したことが確認されたことをもってしても,本件津波浸水予測図
の事前の想定を上回る規模の津波が発生することを予見できたと
はいえない。
カさらに,前記認定
後3時30分までに,Wで午後3時20分に3.3メートルの津波
が観測されたこと,X町を襲った津波が約4メートルから5メート
ルの高さに達し,さらに波が高まっている様子であること,気仙沼
市の広田湾沖で6メートルの高さの津波が観測されたことなどを
報道していたことが認められる。
しかしながら,証拠(乙26)によれば,宮城県沖地震(連動
型)においても,石巻市では3.2メートルの津波が,X町では5.
3メートルの津波が,気仙沼市では7.6メートルの津波が予想さ
れていたことが認められるから,上記の報道は,これらの事前予想
とほぼ同程度の規模の津波の情報であったといえる。
キこれに対し,一審原告らは,本件防災マップの基となった第三
次調査における津波浸水予測図が前提とする津波の高さは,東松島
市の海岸において3.3メートルであるところ,本件地震後に予想
された津波の高さは10メートル以上であるから津波の力の差は
約9倍となること,気象庁が発表する津波警報における「予想され
る津波の高さ」とは,津波予報区における平均値であり,その予想
精度は2分の1から2倍程度の幅があること,本件防災マップや各
報道機関の放送等において,実際の津波の高さは予想よりも高くな
る場合があることが指摘されていたことなどからすると,本件津波
浸水予測図における津波浸水域に本件小学校が含まれていないか
らといって,本件体育館に本件津波が到達することを予見できなか
ったとはいえないと主張する。
しかしながら,津波の高さは海岸線の形状によっても左右され,
リアス式海岸は津波の高さが最も高くなるとされている(前記認定
岸と,牡鹿半島及び松島湾を除く仙台湾沿岸の緩やかな弧を描く砂
るから,宮城県に大津波警報(10メートル以上)が発表されたか
らといって,緩やかな弧を描く砂浜海岸を含む宮城県の全沿岸にあ
まねく10メートル以上の津波が到達することを予想して上記警
報が発令されたものとは理解できない。
また,気象庁のウェブサイト上の津波についての質問集におい
て,津波情報で発表する予想される津波の高さは津波予報区におけ
技術では,想定した断層モデルと実際に発生した地震の断層が必ず
しも一致せず,また,海岸付近の詳細な地形を単純化,平均化して
いるために誤差が生ずることは避けられず,そのため,気象庁が発
表する津波の高さは,上記誤差を考慮してより安全となるような数
値であること,気象庁では,単一の津波予報区内の複数の地点にお
ける津波の高さの予測値のうち最も高い値に基づき津波警報を判
定し,その最大の高さを併せて発表するものとされ,津波警報(大
津波)を発令した際に発表する情報文については,例えば,3メー
トルの津波警報(大津波)の場合,「高いところで3メートル程度
以上の津波が予想されますので,厳重に警戒してください。」など
と解説するものとされ,本件防災計画においても同旨の説明文を掲
載していたこと,本件防災計画には気象庁が発表する津波の高さに
2分の1から2倍程度の誤差がある旨の記載はなく,本件震災を踏
まえた気象庁の検討によれば,本件地震当時,気象庁が発表する津
波の高さに2分の1から2倍程度の誤差があることにつき必ずし
も十分な周知が行われていなかったことが認められ,以上の事実に
照らすと,上記の言及は,気象庁の予測には,科学技術上限界があ
り,発表された津波の高さの予測値と実際の津波の間に2分の1か
ら2倍程度の誤差が生じるため結果的に平均的な値となることも
あることを注意的に解説したとも解し得る上,上記認定の本件防災
計画における解説や,本件地震当時における気象庁の津波警報の意
味内容についての周知状況に照らすと,少なくとも,本件地震当時,
一般人において,気象庁が発表する津波の高さの予測値に上記した
程の誤差があり,予測値の2倍程度の高さの津波が到達することを
予見可能であったということはできない。
さらに,本件防災マップや報道機関の放送において,実際の津
波の高さは予想よりも高くなる場合があることが指摘されていた
を前提とする津波の想定や気象庁の予測には限界があり,これらを
超える規模の津波が発生する場合もあることを一般的抽象的に示
すものにすぎない。結果回避義務の前提となる予見可能性は,あく
までも過失責任を問われている主体が置かれている具体的な状況
に基づいて判断されるべきであって,事前の想定を超える津波が到
達することを予見できてはじめて,津波災害を前提として避難場所
を提供すべきかどうかが決まるのであるから,本件津波が,事前の
想定を上回り,本件小学校まで到達することを具体的に予見できた
どうかが問われなければならず,一般的な注意喚起だけではそのよ
うな具体的な結果を予見するに足りないというべきである。
クまた,一審原告らは,東松島市における他の小学校又は中学校
においては,校長等が避難者を各校舎の2階以上に誘導したため,
本件津波による犠牲者が一人も出なかったことを本件校長の過失
の根拠として挙げている。
しかしながら,本件小学校と他の小学校や中学校とでは,建物
の状況,海岸や河川からの位置関係,海抜,周囲の状況等が区々で
あるから(甲21の4・5,56,87,102,108の1ない
し3,乙2,3,8,33,37),同市の他の小学校や中学校に
おいて校長等が各校舎の2階以上に誘導し,避難者の中から本件津
波による犠牲者を出さなかったという事実が,本件校長が置かれた
具体的状況の下で判断されるべき予見可能性を基礎付ける直接の
根拠となるものではなく,本件校長が置かれた上記認定に係る状況
等に照らして予見可能性を判断するのが相当である。
ケ以上によると,本件校長が午後3時52分までに入手し得た本
件津波に関して発表されていた報道等の情報を前提としても,その
情報の内容は,事前に想定されていた宮城県沖地震(連動型)の地
震の規模や津波の高さ,それに伴って発令されることが予想された
津波警報を超える内容ではなかったのであるから,本件校長におい
て,本件津波が本件津波浸水予測図上の津波浸水域を超えて本件小
学校に到達するという結果を予見し得たと認めることは困難であ
る。
本件校長の過失の有無
したがって,本件校長には,本件津波が本件小学校に到達するこ
との予見可能性を認めることができないから,津波災害を前提とし
て,避難してきた住民に対し,本件校舎の2階以上を避難場所として
開放し,防音装置の引き寄せハンドルの操作を知らない避難者であ
っても容易に本件校舎に入れるような状態にする法的義務を負って
いたということはできず,本件校長が本件校舎をそのような状態に
しておかなかったことをもって,本件校長に国家賠償法1条1項に
いう過失があるということはできない。
この点,一審原告らの主張するように,本件校長が,過去の事例
を前提とする津波の想定や気象庁の予測には限界があり,これらを
超える規模の津波が発生する場合もあることに思いを致し,東松島
市の他の小学校や中学校におけるのと同様に,早い段階で本件校舎
の2階以上を避難場所として開放していたとすれば,結果論ではあ
るが,津波情報を知って本件校舎内に避難しようとしていたCが,
本件津波により命を落とすことはなかった可能性が高いといえるか
ら,避難場所である学校施設の現実の管理者である本件校長として
は,より安全な方向への配慮が足りなかったと批判されてもやむを
得ない面があるといえる。
しかしながら,本件校長に国家賠償法1条1項にいう過失がある
というためには,やはり,本件校長が,予見される結果に基づいてそ
の発生を回避するための措置を講じることを法的義務として負わせ
るに足りる程度に具体的に結果発生を予見し得ることが必要であ
り,津波に関する漠然とした不安や危惧では足りないから,前述のと
おり,本件津波が本件津波浸水予測図上の津波浸水域を超えて本件
小学校に到達するという結果を予見し得たと認められない以上,Cの
死亡について,本件校長の過失を認めることはできないというべき
である。

原判決48頁1行目の「及びDの母」を削除し,同8行目の末尾の
次に「なお,一審原告らは,本件防災マップに欠陥がある旨主張するが,
同マップは作成当時の知見に基づいたものと推認されることなどから
して,欠陥があるとはいえず,上記一審原告らの主張は採用できない。」
を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3当裁判所の判
断」4(原判決47頁23行目から48頁8行目まで)に記載されたと
おりであるから,これを引用する。
4Eを災害時児童引取責任者として登録されてい
た者以外の者に引渡後の安全を確認せずに引き渡したという過失の有
無)について
本件校長の義務
学校教育法は,児童の保護者に対して小学校に就学させる義務を
課しており(同法17条1項),反面,校長その他の教職員は,義務
教育に係る学校生活において,保護者に代わって児童の保護監督に
あたるものである。児童は,心身の発達が不十分で,災害等から自己
の身を守る能力も未熟であるから,その生命,身体の安全を保護する
ことは,小学校設置者の義務であり,同法37条4号により,校務を
つかさどり,所属職員を監督する職務を担う校長においては,児童の
生命,身体の安全を確保することについて,職務上の義務を負ってい
るというべきである。
一審被告が設置する市立小学校である本件小学校においては,本
件校長が本件小学校の児童に対して,その生命,身体の安全を保護す
べき義務を負っており,災害等により児童の身に危険が迫っている
ような場合には,児童の生命,身体の安全を確保するために適切な措
置をとるべき義務を負っているのであって,この義務に違反したこ
とにより,児童の生命,身体が侵害された場合には,国家賠償法1条
1項にいう過失があるとして,一審被告において,同条項に基づく賠
償責任を負うことになる。
本件校長が負っていた義務の具体的内容
そこで,以下,本件校長が,本件小学校の児童であるEに対して
とるべきであった行為義務について検討する。
アEは,本件地震発生当時,一旦下校して本件小学校近くのそろ
ばん教室にいたが,本件地震後に本件体育館に避難してきたもので
あるところ,防災教育指針では,災害発生後に学校に避難登校して
くる児童等についても,学校に居残っていた児童等と区別すること
なく保護することとされていたから,本件校長は,保護者の保護下
にない状況で本件体育館に避難してきたEについても,その生命,
身体の安全を確保するために適切な措置をとるべき義務を負って
いたというべきである。
イ上記指針によれば,災害発生後に児童を保護者に引き渡すこと
が適切であると判断される場合,あらかじめ定めた方法で速やかに
保護者と連絡を取り,引渡しができない児童については,学校にお
本件小学校は,大規模地震等の災害発生時に,責任をもって児童を
引き取る者を災害時児童引取責任者として事前に登録する制度を
設け,これを保護者に周知させ,その際配布した書面には,災害時
児童引取責任者は,大規模地震その他の大規模災害等が発生した場
合,学校からの連絡の有無にかかわらず本件小学校まで児童の引き
取りを求め,それまでは児童を学校で預かる旨明記されていたこと
引取責任者の登録制度は,大規模災害発生時における児童の保護者
への確実な引渡しを実現し,もって児童の安全を図るために,あら
かじめ保護者又は保護者から引取りを託された者を登録しておく
ことによって,災害時に保護者と直接連絡がつかない場合であって
も,その者に当該児童を引き渡すことが保護者の意思に適うもので
あって,保護者に引き渡したのと同視し得るものであることを,本
件校長又は引渡しにあたる教職員において,容易かつ明確に判断で
きるようにした制度ということができる。
Eは,本件震災当時9歳の子供であり,未だ判断能力が十分と
はいい難く,大規模地震が発生したような緊急事態下においては,
責任をもって安全を確保する保護者等の判断に基づいて行動する
のでなければ,適切な避難行動をとることが難しく,不測の事態か
ら自分の身を守ることができないから,本件校長は,Eがそのよう
な危険にさらされることを回避すべき義務を負っていたというべ
きである。
したがって,本件校長又は引渡しにあたる教職員が,保護者と
直接連絡がとれて意思が確認できた場合など,災害時児童引取責任
者として登録されていない者であっても,その者に引き渡すことが
保護者の意に適うことが確認できたとか,その者に引き渡す方が,
本件小学校において保護を継続するよりも安全であることが明ら
かであるといった特段の事情がない限り,災害時児童引取責任者以
外の者にEを引き渡してはならず,災害時児童引取責任者の引取
りがない間は,本件小学校において責任をもってEの保護を継続
すべき義務を負っていたというべきである。
ウこの点,一審被告は,防災教育指針はあくまでも「指針」にすぎ
ず,災害時児童引取責任者の制度も災害時の状況にかかわらず本件
小学校を拘束するものではない旨主張する。しかし,本件小学校は,
上記指針に基づき上記の制度を設け,前記のとおり保護者に交付し
た書面においても上記責任者が引き取りに来るまでは学校におい
て児童を預かる旨明記しており,保護者も児童がそのように取り扱
われることを当然期待すると考えられること,本件小学校が本件地
震後,極めて混乱した状況にあり,教職員らはその対応に追われた
ことは十分に考えられるところではあるが,まさにそのような場合
を想定して災害時児童引取責任者の制度が設けられたことからす
ると,上記状況にあることが上記制度によらない対応をとることを
正当化するものとはいえない。上記一審被告の主張が,大規模災害
時における児童の取扱いについて,本件小学校が広い裁量を有して
いる趣旨であるとすれば,上記主張は採用できない。
エまた,一審被告は,本件校長及び引渡しにあたったL教諭にお
いて,EをKに引き渡す時点において,Eを帰宅させた場合に同人
が本件津波により死亡することを予見できたとはいえないから,前
記義務の前提となる予見可能性がない旨主張する。
しかしながら,前述のとおり,大規模地震が発生したような緊
急事態下において,本件校長は児童に対して,災害時児童引取責任
者に確実に引き渡すか,又は,教職員の保護下におくことによって,
不測の危難から児童の生命,身体の安全を確保する義務を負ってい
ることに鑑みれば,過失の要件としての予見すべき対象は,大規模
災害発生時に発生し得る様々な危難(建物の倒壊,火災,津波,ガ
ス爆発等まさに不測の危難)に遭うことで足り,本件津波に巻き込
まれて死亡することまで具体的に予見する必要はないというべき
である(この点,不作為による過失が問題となるCの場合とは異
なる。ただし,予見可能性については,後記損害との相当因果関係
に関して再度検討する。)。
そうすると,本件校長に,本件津波によるEの死亡についての
予見可能性がないことをもって,前記義務がないという一審被告の
主張は採用できない。
本件校長の過失の有無
ア前記認定事実によれば,本件校長は,本件体育館内にいた教諭
らに対し,災害時児童引取責任者を記載した災害時児童引渡し用の
名簿を使用させることなく,児童らの引渡しを受ける者の名前と関
係が確認できれば児童らを引き渡してよい旨の指示を出し,これに
従って,Eの担任であったL教諭は,Eの同級生の父であるKか
ら,Eを同人の自宅に送り届ける旨の申出を受けて,災害時児童引
取責任者ではないKにEを引き渡したというのであり,L教諭が
災害時児童引取責任者ではないKにEを引き渡すに際して,Eの
保護者である一審原告Bと連絡がついて,その意思が確認できた
ような事情はなく,Kが災害時児童引取責任者であるEの祖母か
らEの引取りを依頼されていた事実もなく(甲20の13・17,
65,証人N),Eの自宅は東名運河よりも海側の海抜1.9メー
トルの地点に位置しており,EをKに引き渡す方が,本件小学校
において保護を継続するよりも安全であることが明らかであると
いった事情も認められないから,Eを災害時児童引取責任者ではな
いKに引き渡すことが例外的に許容されるような特段の事情があ
ったということはできない。
したがって,L教諭が本件校長の包括的な指示のもと,Eを災
害時児童引取責任者ではないKに引き渡した行為は,本件校長が
負っていた前記義務に違反する行為というべきである。
イこの点,一審被告は,前記義務違反があったとしても結局Eは
自宅には送り届けられたのであり,その後に本件津波に巻き込まれ
て死亡したのであるから,その結果との関係では変わりはなく,安
全が確認できない限り災害時児童引取責任者以外の者に引き渡し
てはならないという注意義務は,本件における結果との関係におい
て意味のあるものとはいえない旨主張する。
上記主張の趣旨は必ずしも明らかではないが,EがKに引き渡
されなければ,災害時児童引取責任者が引き取りに来るまでは本件
小学校による保護が継続されるのであり,また,災害時児童引取責
任者が本件小学校においてEを引き取った後,自宅に向かうかど
うかは分からないのであるから,義務違反があったとしても結果と
の関係で変わりがないとはいえず,前記注意義務が結果との関係に
おいて意味がないとはいえない。この点を具体的に検討してみて
も,前記認定事実によれば,一審原告Bの家庭では,自宅が海岸か
ら約700メートルの距離にあり,海抜約1.9メートルであった
ことから,災害時児童引取責任者がEの引渡しを受けたら,bか
cに避難することとしており,実際,本件震災当日にEを本件体
育館に迎えに行った従兄弟のM(当時高校1年生)は,Eと共に祖
母と母親(一審原告Bの義妹)が迎えにくるのを待つつもりでい
たというのであって(甲54,116,一審原告B本人),災害時
児童引取責任者に引き渡していた場合,一緒に自宅に戻ったかどう
かは明らかではない。
また,上記の点はおいても,Kは,本件地震発生後,娘を捜し
てEの自宅を訪れた際にも,その後にEを自宅に送り届けた際に
も,未成年であるEの従兄弟らにしか会っておらず,災害時児童
引取責任者である祖母らを見かけていないから(甲20の13・1
7,65),一審原告Bの家族内で予め申し合わせていたとおり,
Eの祖母は,一審原告Bの義妹の運転する車で本件小学校に向か
っていた可能性もあり(甲54,116),Eの自宅に災害時児童
引取責任者である祖母らがいたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,Eが,自宅に着いて保護者又は災害時児童引取責任者
の保護下に入り,その判断の基で避難行動をとれる状況に至ったと
認めることもできず,Eが本件津波に巻き込まれて死亡したという
結果との関係で,本件校長の前記義務違反を過失として問うことが
意味がない旨の一審被告の主張は採用できない(結果との因果関係
については後述する。)。
ウ以上によれば,本件校長は,大規模地震が発生し,大きな余震
が続く緊急事態下において,当時9歳の子供であり,未だ判断能力
が十分とはいえず,自らの判断で不測の危難から自分の身を守るこ
とができないEを,災害時児童引取責任者ではない者に引き渡し
た場合には,大規模災害発生時に発生し得る様々な危難に対して適
切な避難行動をとることができず,Eの生命又は身体に危険が及ぶ
ことを予見し得たにもかかわらず,このことを考慮せずに,L教諭
らに対し,災害時児童引渡し用の名簿を使用しなくとも,児童らの
引渡しを受ける者の名前と関係が確認できれば児童らを引き渡し
てよい旨の児童引渡しについての一般的指示を出し,同指示を受け
たL教諭を通じて,Eを災害時児童引取責任者ではないKに引き
渡したことが認められる。
したがって,本件校長には,本件小学校に避難していたEを,
特段の事情がない限り,災害時児童引取責任者以外の者にEを引
き渡すことは許されず,災害時児童引取責任者の引き取りがない間
は,本件小学校においてEの保護を継続すべき義務に違反した過
失が認められるというべきである。
5Eの死亡との因果関係)について
事実的因果関係
アEは,本件校長の上記過失によってKに引き渡されたことによ
り,本件体育館よりも海側の土地にあり,かつ本件津波浸水予測図
上の津波浸水域及び要避難区域に四方を囲まれているEの自宅ま
で移動し,その直後に自宅及びその周辺を襲った本件津波に巻き込
まれて溺死した(上記認定事実EをK
に引き渡すことなく,本件小学校において保護していたならば,E
が本件津波によって死亡しなかった蓋然性が高いから,本件校長の
上記過失とEの死亡との間に因果関係が認められることは明らか
である。
イこの点について,一審被告は,Eが本件体育館に留まっていれ
ば生存できたとは必ずしもいえないから,本件校長の上記過失と
Eの死亡との間には因果関係が認められない旨主張する。
しかしながら,訴訟上の因果関係の立証は,経験則に照らして
全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係
を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通
常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るもので
あることを必要とし,かつ,それで足りるものである(最高裁昭和
50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁)。
すなわち,本件校長が本件小学校に避難していた児童であるE
を災害時児童引取責任者ではないKに引き渡し,本件小学校にお
ける保護を継続しなかった過失によって,Eの実際の死亡時点にお
ける死亡を招来したことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれ
ば,本件校長の上記過失とEの死亡との間の因果関係は肯定され
るものと解すべきである。
ウまた,一審被告は,Eが自宅に到達した後に10分程度の時間
があったと考えられるから,自宅のすぐ南側にある小さな山に登る
などして避難することが可能であったから,本件津波に襲われずに
生存できる可能性があったことを指摘して,Eの死亡という結果に
ついて一審被告に責任を負わせることは相当性を欠くから因果関
係がないと主張する。
この一審被告の主張の趣旨も必ずしも明らかではないが,上記
最高裁判決(最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決)に照
らし,本件校長がEをKに引き渡したという過失とEの実際の死
亡との間に事実的因果関係が認められることは上記説示のとおり
である。なお,仮に,自宅に到着した後のEの避難行動が適切でな
かったとしても,Eが災害時児童引取責任者の保護下に入ったこと
を認めるに足りる証拠がないのは前述のとおりであり,適切な避難
行動をとれないような状況に陥らせたこと自体,本件校長の行為義
務違反に起因するものであるから,因果関係の中断を認める余地も
ない。
相当因果関係(損害賠償の範囲)
ア一審被告は,Eが自宅において本件津波に巻き込まれて死亡し
たという結果・損害は,本件校長がEをKに引き渡した行為によ
って通常生ずべき損害ではなく,未曾有の大津波の到来という特別
の事情によって生じた損害であるから,その賠償責任を負うのは,
本件における特別の事情,すなわち,Eの自宅に本件津波が到達す
ることについて予見し得た場合に限られるところ,本件校長は,本
件津波浸水予測図において津波浸水域に含まれていないEの自宅
に本件津波が到達することを予見することはできなかったのであ
るから,本件校長の過失と上記結果・損害との間には相当因果関係
がない旨主張するので,以下検討する。
イ前記認定事実によれば,L教諭がEをKに引き渡した午後3時
30分頃までに,気象庁が,本件地震の規模につきマグニチュード
7.9の速報値を発表し,宮城県に大津波警報(10メートル以上)
を発表したこと,東松島市で震度6強から6弱の揺れが観測された
こと,NHK,東日本放送及び仙台放送が,気象庁が宮城県につい
て大津波警報(10メートル以上)を発表したことを放送したこと,
東北放送や東日本放送が宮城県で10メートル以上の津波の到達
が確認されたことを放送したことなどの事実が認められる。
そして,本件校長が適切に情報収集を行っていればこれらの情
報を当然入手することができたことは前述のとおりである。
これらの情報と本件防災マップで想定されていた宮城県沖地震
(連動型)を比較すると,本件地震と宮城県沖地震(連動型)の地
震の規模と震度はほぼ同じである上,宮城県沖地震(連動型)で
想定されていた最大の津波は,旧V町(現気仙沼市)における高さ
10メートルのものであるから,本件地震により,宮城県において,
大津波警報(10メートル以上)が発表され,10メートル以上の
津波が到達したという事実が報道されていたことに照らすと,本件
校長は,午後3時30分頃までに,上記認定に係る情報等に基づき,
事前に想定されていた宮城県沖地震(連動型)と同程度の地震が発
生したことを認識し,宮城県沖地震(連動型)による津波と同程度
の規模の津波が短時間のうちに東松島市にも到達し,少なくとも,
本件津波浸水予測図上の津波浸水域に,そこで想定されている水深
の津波が到達するという結果の発生を予見することができたとい
うべきである。
そうすると,①Eが本件体育館から自宅に戻るためには,本件
津波浸水予測図における津波浸水域を必ず通過しなければならず,
場所によっては,本件津波浸水予測図における想定浸水深が0.5
メートルから1メートル未満の津波浸水域を通過しなければなら
ル程度の津波であっても,船舶や木材などの漂流物の直撃によって
③県や市町村等による津波避難計画の策定等に当たって留意すべ
き事項についてまとめた国の報告書によれば,避難経路を定めるに
あたっては,津波が発生した場合に避難対象地域の外に避難が可能
であれば,津波の進行方向と同方向へ避難する道路を指定ないし設
定し,海岸方向に高台等がある場合であっても,できる限り海岸方
④そもそもEの自宅は,本件防災マップの要避難区域を画するラ
イン付近にあり,要避難区域に含まれるのか否かも判然としないほ
ど要避難区域に接着した場所にあり,避難を十分に検討すべき場所
にあるにもかかわらず,Eの引渡時において,Eの自宅に保護者等
がいるかどうか客観的に確認されておらず,Eが,当時判断能力が
十分とはいい難いわずか9歳の子供であったことからすると,自宅
に送り届けられたとしても,津波の危険を察知できなかったり,津
波の到来を知っても,避難の要否の判断や避難ルートの選定を的確
にすることができず,津波浸水域に移動するなどの行動を取る可能
性も十分に考えられることなどの諸点に鑑みれば,本件校長におい
て,午後3時30分頃の時点で,EをKに引き渡して本件体育館
から自宅に帰宅させると,帰宅途中ないし帰宅後に本件津波に巻き
込まれ,Eの生命又は身体に危険が及ぶという結果を予見すること
ができたというべきである。
ウこれに対し,一審被告は,本件津波が本件津波浸水予測図にお
ける津波浸水域を超えてEの自宅まで到達することは予見できず,
また,Eの自宅が,海抜20メートルを超える小さな山のすぐ北側
に位置し,本件津波浸水予測図における津波浸水域に含まれていな
かったことに照らすと,EをKに引き渡した時点において,Eを帰
宅させると同人が津波により死亡することを予見できたとはいえ
ないと主張する。
しかしながら,本件津波が本件津波浸水予測図における津波浸
水域を超えて到達することが予見できなくとも,本件津波が同津波
浸水域と同程度の範囲に到達することを予見できたことは上記説
示のとおりである。
また,前記認定事実によれば,Eの死亡した場所は不明であり,
Eが自宅に到着してから本件津波が到来するまでに10分程度時
間があったことからすると,必ずしもEが自宅にいるときに本件
津波に襲われたとは限らない。
以上の事実を踏まえると,本件校長がEをKに引き渡すに当た
って予見すべき結果は,本件津波がEの自宅まで到達することで
はなく,Eの安全が確保されるまでに本件津波に巻き込まれてその
生命又は身体に危険が及ぶことで足りるというべきところ,本件小
学校からEの自宅に移動するためには本件津波浸水予測図の津波
浸水域を必ず通過しなくてはならない上,Eが自宅に辿り着いたと
しても確実に災害時児童引取責任者により保護される保証はなく,
未だ判断能力が十分とはいい難いわずか9歳の子供であったEが
津波から身を守るために最善の行動を取ることを期待することは
できないことその他上記イで説示したところによれば,EをKに
引き渡して本件体育館から自宅に帰宅させると,帰宅途中ないし帰
宅後に本件津波に巻き込まれ,Eの生命又は身体に危険が及ぶこと
を予見することができたというべきであるから,一審被告の上記主
張は理由がない。
以上によれば,本件校長の過失と,Eが本件津波に巻き込まれて
死亡した結果及び損害との間には,事実的因果関係のみならず,相当
因果関係も認められる。

Eを本件体育館に留め置いた場合の救命可能性について

旨によれば,本件体育館で本件津波に襲われた者は約340人いた
が,そのうち亡くなったのは少なくとも18人であること,本件体
育館にいた児童の中で本件津波により死亡した者はいなかったこ
と(なお,本件体育館で本件津波に巻き込まれた児童の正確な人数
は明らかではないが,本件地震発生時点で本件小学校にいた児童は
件校長が,引渡しの人数は約半分であった旨証言していること(証
人F)などからすると,本件津波が本件体育館に到達した時点で,
少なくとも20から30名程度の児童が残っていたものと推認で
きる。),Eの運動能力や健康状態に特段の問題はなく,Eは4年
近く水泳を習っていたことが認められる。
そうすると,本件体育館で本件津波に襲われた者のうち,約9
5%(本件体育館における死亡者数について43人という一審原告
らの主張を前提としても約87%であり,そのうち半分以上が高齢
者の施設関係者である。)が生存し,特に児童の犠牲者が1人もい
なかった中でEの運動能力や健康状態に特段の問題がなかったこ
と,普段から水に親しみ,泳力を有していたことからすると,仮に
Eが本件体育館に残っていたとしたら,生存し得たものと認めるの
が相当である。
イしたがって,Eを本件体育館に留め置いたとしても同人は死亡
していたとして,当該事由を損害額の算定に当たって考慮すること
は相当ではないというべきである。
逸失利益2836万0818円
345万9400円(平成22年賃金センサス女子労働者学歴計
全年齢平均賃金)×11.7117(18.8195(E死亡時の9
歳から67歳までの58年に対応するライプニッツ係数)-7.10
78(9歳から18歳までの9年に対応するライプニッツ係数))×
(1-0.3(生活費控除割合))=2836万0818円
慰謝料2000万円
本件に顕れた一切の事情を考慮し,2000万円を相当と認める。
損益相殺なし
損益相殺に関する判断については,原判決の「事実及び理由」欄
行目まで)に記載されたとおりであるから,これを引用する。
上記4836万0818円
一審原告Bの法定相続分2分の12418万0409円
弁護士費用241万8040円
1割である241万8040円が相当である。
2659万8449円
よって,一審被告は,国家賠償法1条1項に基づき,Eを2分の
1の割合で相続した一審原告Bに対し,2659万8449円及び
これに対するEが死亡した日である平成23年3月11日から支払
済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負
う。
7以上によれば,一審原告A及び一審被告の本件各控訴はいずれも理
由がないので,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
仙台高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官古久保正人
裁判官男澤聡子及び裁判官杉森洋平は転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官古久保正人

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