弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     被告人等の本件控訴はいづれもこれを棄却する。
     原判決中被告人Aに関する部分を破棄する。
     被告人Aを罰金拾万円に処する。
     右の罰金を完納することができないときは金二百五十円を一日に換算し
た期間被告人を労役場に留置する。
     原審における訴訟費用は同被告人と原審相被告人等との負担とする。
         理    由
 被告人等の弁護人安田幹太の控訴趣意及び検察官の控訴趣意は、記録に編綴され
ている同弁護人名義並びに佐賀地方検察庁検察宮西春英夫名義の各控訴趣意書に記
載のとおりであるから、いずれもこれをここに引用する。
 弁護人安田幹太の控訴趣意第一点(法令適用の誤)について、
 公職選挙に立候補の意思ある者の日常の準備的活動が、常に公職選挙法に禁止せ
ちれた所謂事前選挙運動に該当するものとはなし得ず、従つて公職の選挙に立候補
を意図する者の為に、少数の近親者、知友が集り、限られた少数の同志に呼びかけ
て所謂後援会を組織して、その支持、宣伝をする活動は、日常の政治活動として、
公職選挙法の取締りの対象とならないのが通例であること所論のとおりであるとし
ても、それが叙上の程度を逸脱し、広範囲の多数の有権者に呼びかけるものであ
り、その手段、方法において、諸々の観点からして現実の選挙運動と何等選ぶとこ
ろなく、しかも、一般世人の間に国会の解散が近い将来に行われ、総選挙が施行さ
れることがほぼ確定的に予想される時期において、該選挙に立候補を意図する特定
人のためにその当選を得るにつき必要且つ有利な行為と見られる限り、も早や一般
に公認された後援会活動又は通例の立候補準備活動と見るべきではなく、特定選挙
を志向する事前選挙運動としてこれを取締ることが選挙の自由と公正を確保しよう
とする同法の立法の趣旨に合致するものと解すべきである。ところで、本件におい
て、衆議院の解散による総選挙は昭和二十七年十月一日施行されたのであるが、わ
が国と多数連合国との間に講和条約が調印された直後の同年初頭においてすでに、
該条約の実施という新しい事態に対応するため、成るべく速に衆議院を解散し総選
挙が行われるべきであるとの議論が世上に現われ、昭和二十七年度の予算成立を機
会に、少くとも同年四、五月頃には衆議院を解散し、総選挙が行われるものとの観
測が政界における大勢であり、国民一般にもしばしばの内閣総理大臣の言明にも拘
らず昭和二十八年一月の議員任期一杯内閣が継続するものとは信じられていなかつ
たところであるが、講和条約の発効後に至つては政府の諸施策殊に講和条約、日米
安全保障条約の実施をめぐる諸問題に関連して、野党の内閣不信任案提出の動き等
その攻撃は一段と加わり、政府の与党たる自由党の内訌も漸く表面化し、かくてわ
が国会内外の諸情勢は漸次内閣の更迭、又は政界再編成の気運を醸成し次回の選挙
を目ざす者の動きは愈々活溌となつて来たので、大多数の国民において遅くとも同
年秋頃迄には国会の解散は避け難いものと予想していたことは裁判所に顕著な事実
であるのみか、被告人Aの司法警察員Bに対する第一回供述調書及び副検事C同D
に対する各供述調書の記載によつても推認されるところであつて、昭和二十七年五
月頃において、近い将来に国会解散による衆議院議員総選挙が行われるであろうこ
とは、国民多数の間に現実的にほぼ確定した予想であつたものと認め得られ、その
後行われた解散が抜打的であつたとの見解もないではないが、右は政府の解散に対
する態度を批判したものであるに止まり、右認定を否定する資料とはなし得ない。
 そして原判決が挙示する証拠に徴すると、判示Eが同年五月頃既に右のごとく予
想される総選挙に佐賀県から立候補する意思を有していたことは明白である上に、
被告人Aは右Eのために、同人の小学校同窓生等により発起され、同年一月頃結成
された後援会の会長に就任して以来同後援会の拡大に奔走し、同年三月下旬頃曾て
海軍在勤中同被告人から恩義を蒙つたFに対し、同郷a町方面における後援会の結
成を依頼し、また同年六月頃旧知のGに対し同郡b村において、Eのため地盤を獲
得することを依頼し、さらに同年七月頃F同様に恩義を蒙つたHに対し、Eの為協
力方を依頼し同年五月十九日頃から同年八月中旬頃に亘つて、同人等をして、また
は同人等と共同して、同村の選挙権者I外多数人を招待して饗応し、又はそのため
金員を供与したもので、それ等の席に招待された選挙人等はいずれもE及びAとは
親族、友人等の縁故関係がないのは勿論面識さえもなかつたし、同人等に対して
は、E後援会組織のことについては触れることなく、唯近く衆議院が解散となつた
ら、Eが立候補するから、その節はよろしく頼むとの趣旨の挨拶がなされて判示の
ような酒食の饗応があつたことが明かであ<要旨>る。してみると、被告人等はいづ
れも、次回の総選挙に立候補を意図するEのため、同人の後援会を作つて、
その活動方針を協議するべく少数の近親者のみを集めたその席上で、儀礼的に酒食
を提供したものではなく近い将来に行われることが予想された特定の選挙を目標と
して、少数の特定人以外の一般有権者を対象としてなされた選挙運動と見るのが至
当であり、すなわち右選挙に際し、Eのため選挙権を有する者に対し、投票並びに
選挙運動を依頼し、その報酬として金員を供与し又は酒食を饗応したものであると
いわざるを得ないのであつて、所論のように、被告人等の所為が後援会結成の名の
もと且つ現実の総選挙に先だつこと六ケ月に近い時期においてなされたということ
により、一概に選挙運動に該当しないと論定するは当を得ない。されば原審が、以
上と同趣旨の事実を認定し、被告人等の所為を事前選挙運動に該当するものとして
公職選挙法第二百二十一条第一項第一号又は第四号ともに第二百三十九条第一号、
第百二十九条をも適用処断したことはまことに相当であつて、原判決には所論のよ
うな違法はなく、論旨は理由がない。
 弁護人安田幹太の控訴趣意(量刑不当)について、
 しかし本件記録及び原裁判所において取調べた証拠に現われた本件の主観的並び
に客観的諸事情を考究し、なお所論の情状を参酌しても、原審の被告人等に対する
刑の量定が重きに過ぎ科刑が不当であるとする事由を発見することはできないの
で、論旨は採用することはできない。
 よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り、被告人等の本件控訴はいずれもこれを
棄却すべきものとする。
 検察官の控訴趣意(被告人A関係)について、
 よつて本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた事実並びにその
他の情状に照すと、原審の同被管人に対する科刑はいささか軽きに過ぎ、量刑が不
当であると認められるので、同被告人に対する原判決は刑事訴訟法第三百九十七条
により破棄を免れない。論旨は理由がある。
 そして当裁判所は本件記録及び原裁判所において取調べた証拠によつて、直ちに
判決をすることができるものと認められるので原判決を破棄した上、刑事訴訟法第
四百条但書に従い更に判決をすることとする。
 そこで、原判決が同被告人関係において確定した事実(原判示第一の一(一)、
(二)、(三)、(四)及び第四)に法令を適用すると、被告人の原判示各所為
は、公職選挙法第二百二十一条第一項第一号と同時に、第二百三十九条第一号、第
百二十九条及び罰金等臨時措置法第二条(但し以上のほか判示第一の(三)及び第
四については、刑法第六十条)に該当し、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる
場合であるから刑法第五十四条第一項前段、第十条に則り最も重い供与、饗応の罪
の刑を以て処断することとし、その所定刑中いずれも罰金刑を選択すべきところ、
右は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第一項により、各罪
につき定めた罰金の合算額の範囲内において同被告人を主文の刑に処し、右の罰金
を完納することができないときは、同法第十八条を適用し金武百五拾円を一日に換
算した期間被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十
一条第一項に従い、被告人をして、原審相被告人等とともに負担させることとす
る。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

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