弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成29年6月14日判決言渡
平成28年(行ケ)第10037号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年4月12日
判決
原告DIC株式会社
訴訟代理人弁護士塚原朋一
訴訟代理人弁理士長谷川芳樹
同清水義憲
同吉住和之
同中塚岳
被告JNC株式会社
訴訟代理人弁理士石井良夫
同城所宏
主文
1特許庁が無効2014-800103号事件について平成27年12月28
日にした審決のうち,「特許第5196073号の請求項1ないし17に係る
発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
(1)原告は,平成23年12月15日,発明の名称を「重合性化合物含有液晶
組成物及びそれを使用した液晶表示素子」とする国際特許出願をし(特願2
012-517019号。優先日は平成22年12月24日,優先権主張国
は日本国。),平成25年2月15日,特許権の設定登録を受けた(特許第
5196073号。請求項の数は17。以下「本件特許」という。)(甲2
1)。
(2)被告は,平成26年6月16日付けで,特許庁に対し,本件特許(請求項
1~17全て)について無効審判請求をした(無効2014-800103
号事件・甲23)。
(3)原告は,平成27年7月6日付けで本件特許の特許請求の範囲について訂
正請求をした(甲22。以下「本件訂正」という。)。
(4)特許庁は,平成27年12月28日,本件訂正を認めた上,「特許第51
96073号の請求項1ないし17に係る発明についての特許を無効とする。」
との審決をし(以下「本件審決」という。),その謄本は,平成28年1月
8日,原告に送達された。
(5)原告は,平成28年2月5日,本件訴訟を提起した。
2特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲22。下線は
訂正部分を示す。以下「本件発明」といい,個別に特定するときは,請求項の
数字に従って「本件発明1」などという。また,本件訂正後の明細書〔甲22
添付の訂正明細書〕を「本件明細書」という。)。
「【請求項1】
第一成分として,一般式(I-1)から一般式(I-4)
【化1】
(式中,R1
及びR2
はそれぞれ独立して以下の式(R-1)から式(R-15)
【化2】
の何れかを表す。)で表される重合性化合物を一種又は二種以上含有し,第二
成分として,一般式(II)
【化3】
(式中,R3
は炭素数1から10のアルキル基を表し,R4
は炭素数1から10
のアルキル基又はアルコキシル基を表し,mは0,1又は2を表す。)で表さ
れる化合物を1種又は2種以上含有することを特徴とする重合性化合物含有液
晶組成物であって,
一般式(IV-1)
【化8】
(式中,R3
は前記R3
と同じ意味を表し,R4
は前記R4
と同じ意味を表す。)
で表される化合物を1種又は2種以上含有し,
塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない,
重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項2】
第一成分として,一般式(I-1)で表される重合性化合物を含有する請求項
1に記載の重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項3】
一般式(I-1)から一般式(I-4)において,R1
及びR2
がそれぞれ独立
して式(R-1)又は(R-2)である請求項1又は2に記載の重合性化合物
含有液晶組成物。
【請求項4】
一般式(I-1)から一般式(I-4)において,R1
及びR2
が式(R-2)
である請求項1から3のいずれか一項に記載の重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項5】
一般式(II)が,一般式(II-A)及び一般式(II-B)
【化4】
(式中,R5
,R6
,R7
及びR8
はそれぞれ独立的に請求項1記載のR3
と同じ
意味を表す。)である請求項1から4のいずれか一項に記載の重合性化合物含
有液晶組成物。
【請求項6】
第三成分として,一般式(III)
【化5】
(式中,R9
は請求項1記載のR3
と同じ意味を表し,R10
は請求項1記載のR

と同じ意味を表す。)で表される化合物を1種又は2種以上含有する請求項1
から5のいずれか一項に記載の重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項7】
一般式(III)が,一般式(III-A)
【化6】
(式中,R11
及びR12
はそれぞれ独立的に請求項1記載のR3
と同じ意味を表
す。)である請求項6に記載の重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項8】
一般式(IV-3)から一般式(IV-4)
【化9】
(式中,R3
は請求項1記載のR3
と同じ意味を表し,R4
は請求項1記載のR4
と同じ意味を表す。)で表される化合物を1種又は2種以上含有する請求項1
から7のいずれか一項に記載の重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項9】
一般式(I-1)から一般式(I-4)で表される化合物の含有量が0.01
質量%から2.0質量%である請求項1から8のいずれか一項に記載の重合性
化合物含有液晶組成物。
【請求項10】
一般式(II)で表される化合物の含有量が5質量%から35質量%である請
求項1から9のいずれか一項に記載の重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項11】
一般式(III)で表される化合物の含有量が5質量%から35質量%である
請求項1から10のいずれか一項に記載の重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項12】
一般式(I-1)で表される重合性化合物及び一般式(II-A)及び(II
-B)及び一般式(III-A)で表される化合物を同時に含有する請求項1
から11のいずれか一項に記載の重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項13】
25℃における誘電率異方性Δεが-6.0から-2.0の範囲であり,25℃
における屈折率異方性Δnが0.08から0.13の範囲であり,20℃にお
ける粘度(η)が10から30mPa・sの範囲であり,ネマチック相-等方
性液体相転移温度(Tni)が60℃から120℃の範囲である請求項1から1
2のいずれか一項に記載の重合性化合物含有液晶組成物。
【請求項14】
請求項1から13のいずれか一項に記載の重合性化合物含有液晶組成物を用い
たことを特徴とする液晶表示素子。
【請求項15】
アクティブマトリックス駆動である請求項14に記載の液晶表示素子。
【請求項16】
PSAモード又はPSVAモードである請求項14又は15に記載の液晶表示
素子。
【請求項17】
プレチルト角が85から89.9度である請求項14から16のいずれか一項
に記載の液晶表示素子。」
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,
本件発明は,いずれも甲1(国際公開第2010/084823号)に記載
された発明(甲1発明A又はB)と同一である(相違点は実質的な相違点で
はない)から,本件特許はいずれも新規性欠如(特許法29条1項3号)に
より無効とすべきというものである。
(2)本件審決が認定した引用発明,本件発明と引用発明との一致点及び相違点
は,以下のとおりである。
ア引用発明
(ア)甲1発明A
「第一成分として「式(1-7-1)」で表される化合物及び「式(1-
3-1)」又は「式(1-6-1)」で表される化合物あるいはそれらの
混合物などの式(1)で表される化合物の群から選択された少なくとも
1つの化合物又は混合物,
第二成分として「式(2-1)」ないし「式(2-6)」のいずれかで表
される化合物又はそれらの混合物などの式(2)で表される化合物の群
から選択された少なくとも1つの化合物又は混合物,及び
第三成分として「式(3-3-1)」又は「式(3-4-1)」で表され
る化合物などの式(3)で表される化合物の群から選択された少なくと
も1つの化合物を含有し,
第三成分を除く液晶組成物の重量に基づいて,第一成分の割合が10重
量%から60重量%の範囲であり,第二成分の割合が5重量%から50
重量%の範囲であり,そして第三成分を除く液晶組成物100重量部に
対して,第三成分の割合が0.05重量部から10重量部の範囲であり,
そしてネマチック相の上限温度が70℃以上であり,波長589nmに
おける光学異方性(25℃)が0.08以上であり,そして周波数1k
Hzにおける誘電率異方性(25℃)が-2以下である液晶組成物。
ここで,R1
およびR2
は独立して,炭素数1から12のアルキル,炭素
数1から12のアルコキシ,炭素数2から12のアルケニル,または任
意の水素がフッ素で置き換えられた炭素数2から12のアルケニルであ
る。
ここで,R3
およびR4
は独立して,炭素数1から12のアルキル,炭素
数1から12のアルコキシ,炭素数2から12のアルケニル,または任
意の水素がフッ素で置き換えられた炭素数2から12のアルケニルであ
る。
ここで,R5
およびR6
は独立して,炭素数1から12のアルキル,炭素
数1から12のアルコキシ,炭素数2から12のアルケニル,または任
意の水素がフッ素で置き換えられた炭素数2から12のアルケニル,ア
クリレート,メタクリレート,ビニルオキシ,プロペニルエーテル,オ
キシラン,オキセタン,またはビニルケトンであり,少なくとも1つの
R5
およびR6
はアクリレート,メタクリレート,ビニルオキシ,プロペ
ニルエーテル,オキシラン,オキセタン,またはビニルケトンであり;
Z2
およびZ3
は独立して,単結合,炭素数1から12のアルキレン,ま
たは任意の-CH2-が-O-で置き換えられた炭素数1から12のアル
キレンである。」
(イ)甲1発明B
「甲1発明Aの液晶組成物を含有するPSA動作モードのアクティブマ
トリックス駆動方式の液晶表示素子。」
(以下,甲1発明A及びBを併せて「甲1発明」という。)
イ本件発明と甲1発明Aとの対比
(一致点)
「第一成分として,一般式(I-1)から一般式(I-4)
【化1】
(式中,R1
及びR2
はそれぞれ独立して以下の式(R-1)から式(R-
15)
【化2】
の何れかを表す。)で表される重合性化合物を一種又は二種以上含有し,
第二成分として,一般式(II)
【化3】
(式中,R3
は炭素数1から10のアルキル基を表し,R4
は炭素数1から
10のアルキル基又はアルコキシル基を表し,mは0,1又は2を表す。)
で表される化合物を1種又は2種以上含有することを特徴とする重合性化
合物含有液晶組成物であって,
一般式(IV-1)
【化8】
(式中,R3
は前記R3
と同じ意味を表し,R4
は前記R4
と同じ意味を表す。)
で表される化合物を1種又は2種以上含有」する「重合性化合物含有液晶
組成物。」
(相違点1)
「重合性化合物」につき,本件発明1では,「第一成分として,一般式
(I-1)から一般式(I-4)
【化1】(式は省略)
(式中,R1
及びR2
はそれぞれ独立して以下の式(R-1)から式(R-
15)
【化2】(式は省略)
の何れかを表す。)で表される重合性化合物」であるのに対して,甲1発
明Aでは,「第三成分として「式(3-3-1)」又は「式(3-4-1)」
で表される化合物などの式(3)で表される化合物の群から選択された少
なくとも1つの化合物」である点
(相違点2)
本件発明1では,「一般式(II)
【化3】(式は省略)
(式中,R3
は炭素数1から10のアルキル基を表し,R4
は炭素数1から
10のアルキル基又はアルコキシル基を表し,mは0,1又は2を表す。)
で表される化合物を1種又は2種以上」であるのに対して,甲1発明Aで
は,「第一成分として「式(1-7-1)」で表される化合物及び「式(1
-3-1)」又は「式(1-6-1)」で表される化合物あるいはそれら
の混合物などの式(1)で表される化合物の群から選択された少なくとも
1つの化合物又は混合物」である点
(相違点3)
本件発明1では,「一般式(IV-1)
【化8】(式は省略)
(式中,R3
は前記R3
と同じ意味を表し,R4
は前記R4
と同じ意味を表す。)
で表される化合物を1種又は2種以上」であるのに対して,甲1発明Aで
は,「第二成分として「式(2-1)」ないし「式(2-6)」のいずれ
かで表される化合物又はそれらの混合物などの式(2)で表される化合物
の群から選択された少なくとも1つの化合物又は混合物」である点
(相違点4)
本件発明1では,「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」の
に対して,甲1発明Aでは,「塩素原子で置換された液晶化合物」を含有
するか否か特定されていない点
ウ本件発明2及び5と甲1発明Aとの対比
(相違点1~4)
前記イと同じ
エ本件発明3及び4と甲1発明Aとの対比
(相違点1~4)
前記イと同じ
(相違点5)
本件発明3では,「一般式(I-1)から一般式(I-4)において,
R1
及びR2
がそれぞれ独立して式(R-1)又は(R-2)である」,本
件発明4では,「一般式(I-1)から一般式(I-4)において,R1

びR2
が式(R-2)である」であるのに対して,甲1発明Aでは,「「式
(3-3-1)」又は「式(3-4-1)」で表される化合物などの式(3)
で表される化合物」である点
オ本件発明6及び7と甲1発明Aとの対比
(相違点1~4)
前記イと同じ
(相違点6)
本件発明6では,「第三成分として,一般式(III)…で表される化
合物を1種又は2種以上含有する」及び本件発明7では,「一般式(II
I)が,一般式(III-A)…である」であるのに対して,甲1発明A
では,「第一成分として「式(1-7-1)」で表される化合物及び「式
(1-3-1)」又は「式(1-6-1)」で表される化合物あるいはそ
れらの混合物などの式(1)で表される化合物の群から選択された少なく
とも1つの化合物又は混合物」である点
カ本件発明8と甲1発明Aとの対比
(相違点1~4)
前記イと同じ
(相違点7)
本件発明8では「一般式(IV-3)から一般式(IV-4)・・で表
される化合物を1種又は2種以上含有する」のに対して,甲1発明Aでは,
「第二成分として「式(2-1)」ないし「式(2-6)」のいずれかで
表される化合物又はそれらの混合物などの式(2)で表される化合物の群
から選択された少なくとも1つの化合物又は混合物」を含有する点
キ本件発明9と甲1発明Aとの対比
(相違点1~4)
前記イと同じ
ク本件発明10及び11と甲1発明Aとの対比
(相違点1~4)
前記イと同じ
(相違点8)
本件発明10では,「一般式(II)で表される化合物の含有量が5質
量%から35質量%である」又は本件発明11では,「一般式(III)
で表される化合物の含有量が5質量%から35質量%である」のに対して,
甲1発明Aでは,「第一成分として「式(1-7-1)」で表される化合
物及び「式(1-3-1)」又は「式(1-6-1)」で表される化合物
あるいはそれらの混合物などの式(1-1)で表される化合物などの式(1)
で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物又は混合物」
である「第一成分の割合が」「第三成分を除く液晶組成物の重量に基づい
て」「10重量%から60重量%の範囲であ」る点
ケ本件発明12と甲1発明Aとの対比
(相違点1~4)
前記イと同じ
(相違点9)
本件発明12では,「一般式(I-1)で表される重合性化合物及び一
般式(II-A)及び(II-B)及び一般式(III-A)で表される
化合物を同時に含有する」のに対して,甲1発明Aでは,上記各成分を「同
時に」含有することにつき特定されていない点
コ本件発明13と甲1発明Aとの対比
(相違点1~4)
前記イと同じ
(相違点10)
本件発明13では,「(液晶組成物の)20℃における粘度(η)が1
0から30mPa・sの範囲であ」るのに対して,甲1発明Aでは,液晶
組成物の粘度につき特定されていない点
サ本件発明14ないし16と甲1発明Bとの対比
(相違点11)
本件発明14ないし16では,「請求項1から13のいずれか一項に記
載の重合性化合物含有液晶組成物を用いた」のに対して,甲1発明Bでは,
「甲1発明Aの液晶組成物を含有する」点
シ本件発明17と甲1発明Bとの対比
(相違点11)
前記サと同じ
(相違点12)
本件発明17では,「プレチルト角が85から89.9度である」のに
対して,甲1発明Bでは,「プレチルト角」につき特定されていない点
4取消事由
原告は,特許法29条1項3号に係る認定判断の誤りを主張する。具体的に
は,引用発明の認定,一致点の認定,特許性の有無に関する相違点の評価とそ
れに関する法令解釈をそれぞれ争っている(なお,原告は,当初,一致点の認
定,特許性の有無に関する相違点の評価とそれに関する法令解釈の誤り〔取消
事由1~3〕のみを主張しており,引用発明の認定を争うか否かについては態
度を明確にしていなかったが,後に「取消事由A」として引用発明の認定につ
いても争うことを明らかにした。本判決における表記も,便宜上,原告の表記
に倣うこととする。)。
第3取消事由に関する原告の主張
1引用発明認定の誤り(取消事由A)
「第一成分として「式(1-7-1)」で表される化合物及び「式(1-3
-1)」又は「式(1-6-1)」で表される化合物あるいはそれらの混合物」,
「第二成分として「式(2-1)」ないし「式(2-6)」のいずれかで表さ
れる化合物又はそれらの混合物」,「第三成分として「式(3-3-1)」ま
たは「式(3-4-1)」で表される化合物」は,甲1に記載された事項では
なく,甲1に記載されているに等しい事項でもない。
したがって,仮に,引用発明特定事項の記載から理解される甲1発明Aが,
「第一成分として「式(1-7-1)」で表される化合物及び「式(1-3-
1)」又は「式(1-6-1)」で表される化合物あるいはそれらの混合物」,
「第二成分として「式(2-1)」ないし「式(2-6)」のいずれかで表さ
れる化合物又はそれらの混合物」,あるいは「第三成分として「式(3-3-
1)」又は「式(3-4-1)」で表される化合物」を含有する液晶組成物の
発明であるとするならば,本件審決には,引用発明の認定を誤った違法(取消
事由A)がある。
2一致点認定の誤り(取消事由1)
(1)本件発明1と,本件審決の引用発明特定事項が意味するとおりの甲1発明
Aを対比しても,両者は「重合性化合物含有液晶組成物」である点で一致す
るにすぎない。すなわち,本件発明1の第一成分は,「一般式(Ⅰ-1)か
ら一般式(Ⅰ-4)…で表される重合性化合物を一種又は二種以上」(以下,
本件発明1の「一般式(Ⅰ-1)から一般式(Ⅰ-4)…で表される重合性
化合物を一種又は二種以上」,「一般式(ⅠⅠ)…で表される化合物を1種
又は2種以上」及び「一般式(ⅠⅤ-1)…で表される化合物を1種又は2
種以上」を,それぞれ,「重合性化合物(Ⅰ-1)等」,「化合物(ⅠⅠ)」
及び「化合物(ⅠⅤ-1)」ということがある。)であり,本件審決で認定
されている甲1発明Aの第三成分は,「…式(3)で表される化合物の群か
ら選択された少なくとも1つの化合物」であるから,甲1発明Aの「式(3)」
の概念それ自体が本件発明1の「一般式(Ⅰ-1)から一般式(Ⅰ-4)」
の概念を包含するとしても,甲1発明Aにおける「…式(3)で表される化
合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」が,本件発明1における
「一般式(Ⅰ-1)から一般式(1-4)…で表される重合性化合物」一種
又は二種以上を包含するとはいえない。甲1発明Aの「式(1)」及び「式
(2)」についても同様である。
したがって,本件審決はそもそも大前提に誤りがある。
(2)甲1の記載に接した当業者は,「…式(3)で表される化合物の群から選
択された少なくとも1つの化合物」の意味が,「MAC-B(2F)B-M
AC」(【0118】)等の意味と当然に同じであるとは理解しない。本件
発明1の「一般式(Ⅰ-1)から一般式(Ⅰ-4)…で表される重合性化合
物を一種又は二種以上」は,「液晶化合物(化合物(ⅠⅠ))との相溶性に
優れ,低い温度で析出しない」だけでなく「液晶化合物(化合物(ⅠⅠ))
の安定な配向制御(表示ムラ等が少ない)」のための技術的手段である。こ
れに対し,式(3)の記載から理解される化合物の群は,化学構造の異なる
多数の化合物の群(共通する化学構造すら有さない化合物を含んでいる。)
であるが,それらに共通する特性については甲1に記載がなく,化学構造か
ら,それらの化合物が重合させるための技術的手段であることがわかるにす
ぎない。しかも,「…式(3)で表される化合物の群から選択された少なく
とも1つの化合物」が,MAC-BB-MAC(本件特許の発明の詳細な説
明に記載された比較例1の重合性化合物含有液晶組成物に含まれる重合性化
合物に相当)のような「液晶化合物(化合物(ⅠⅠ))との相溶性に優れず
低い温度で析出」するものや,「液晶化合物(化合物(ⅠⅠ))の安定な配
向制御(表示ムラ等が少ない)」ができないものであってよい以上,「…式
(3)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」それ
自体は,本件発明1でいう「液晶化合物(化合物(ⅠⅠ))との相溶性に優
れ,低い温度で析出しない」,「液晶化合物(化合物(ⅠⅠ))の安定な配
向制御(表示ムラ等が少ない)」のための技術的手段とはいえない。そうす
ると,甲1発明Aの「…式(3)で表される化合物の群から選択された少な
くとも1つの化合物」は,本件発明1の「一般式(Ⅰ-1)から一般式(Ⅰ
-4)…で表される重合性化合物を一種又は二種以上」に相当しない。
同様に,甲1発明Aの「…式(1)で表される化合物の群から選択された
少なくとも1つの化合物…」は誘電率異方性を上げるための技術的手段であ
るから,「重合性化合物(Ⅰ-1)等との相溶性に優れ,低い温度で析出し
ない」,「重合性化合物(Ⅰ-1)等による安定な配向制御(表示ムラ等が
少ない)」及び「表示不良を生じない」のための技術的手段である本件発明
1の「一般式(ⅠⅠ)…で表される化合物を1種又は2種以上」に相当しな
い。
また,甲1発明Aの「…式(2)で表される化合物の群から選択された少
なくとも1つの化合物…」の一部は粘度を下げる技術的手段であり,別の一
部は上限温度を上げる技術的手段であるから,「表示不良を生じない」のた
めの技術的手段である本件発明1の「一般式(ⅠⅤ-1)…で表される化合
物を1種又は2種以上」に相当しない。
そして,甲1には,甲1発明Aが「塩素原子で置換された液晶化合物を含
有しない」ことについて記載がない。
そうすると,本件発明1と甲1発明Aとは,やはり「重合性化合物含有液
晶組成物」である点で一致するにすぎない。
したがって,本件審決の一致点の認定は誤りである(なお,本件審決が認
定した一致点は,本件審決が認定した相違点1ないし4とも整合しない。)。
(3)以上のとおり,本件審決には,一致点の認定を誤った違法(取消事由1)
がある。
3特許法29条1項の法令解釈の誤り(取消事由2)
(1)本件発明1と甲1発明Aは,本件審決が認定するとおり,相違点1ないし
4において相違する。
そして,これらの相違点は,いずれも,表現上の相違であるとか,同じ課
題を解決する手段でありしかも周知技術の転換等であって効果の差異もない,
といった一応の相違点ではなく,実質的な相違点である。
すなわち,「広い温度範囲で析出しない,低い粘度,及び表示不良を生じ
ない」の同時解決を課題とする本件発明1の,「液晶化合物(化合物(ⅠⅠ))
との相溶性に優れ,低い温度で析出しない」,「液晶化合物(化合物(ⅠⅠ))
の安定な配向制御(表示ムラ等が少ない)」のための技術的手段である「一
般式(Ⅰ-1)から一般式(Ⅰ-4)…で表される重合性化合物を一種又は
二種以上」という構成と,上記3点の特性以外の特性を含む様々な特性のう
ち「少なくとも一つの特性を充足する液晶組成物」,「少なくとも2つの特
性に関して適切なバランスをとる液晶組成物」を課題とする甲1発明Aの,
せいぜい化合物を重合させるための技術的手段にすぎない「「式(3-3-
1)」又は「式(3-4-1)」で表される化合物などの式(3)で表され
る化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」という構成は,互い
に異なる課題を解決するための異なる技術的手段であるから,本件審決が認
定した相違点1は,表現上の相違であるとか,同じ課題を解決する手段であ
りしかも周知技術の転換等であって効果の差異もない,といった一応の相違
点ではなく,実質的な相違点である。
同様に,相違点2及び3も,実質的な相違点である。
また,引用発明特定事項では,「塩素原子で置換された液晶化合物」を含
有するか否か特定されていないが,引用発明特定事項の記載から理解される
甲1発明A全体(それ自体)は,塩素原子で置換された液晶化合物を含有し
ていてもよく,当然に「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」と
いうものではないから,本件発明1と甲1発明Aの相違点4は,表現上の相
違点ではない。
そして,「広い温度範囲で析出しない,低い粘度,及び表示不良を生じな
い」の同時解決を課題とする本件発明1の,「表示不良を生じない」ための
技術的手段である「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」と,「少
なくとも一つの特性を充足する液晶組成物」,「少なくとも2つの特性に関
して適切なバランスをとる液晶組成物」を課題とする甲1発明Aの「「塩素
原子で置換された液晶化合物」を含有するか否か特定されていない」は,互
いに異なる課題を解決するための異なる技術的手段であるから,相違点4は,
実質的な相違点である。
(2)ところが,本件審決は,上記のとおり実質的な相違点であるはずの相違点
1ないし4をいずれもそうでないと判断した。
これは,特許法29条1項の「次に掲げる発明を除き」を「次に掲げる発
明及び当該発明との相違点に選択による格別な技術的意義がない発明を除き」
と不当に拡大解釈し(同項の文理解釈・論理解釈からそのような解釈は導き
出されない。),「特許発明と刊行物に記載された発明との相違点に選択に
よる格別な技術的意義がなければ,当該相違点は実質的な相違点ではない」
との誤った大前提によって結論を導いたものにほかならない。
かかる大前提自体が誤りである以上,相違点1ないし4に格別な技術的意
義があるか否かに関係なく,本件審決の結論が論理的に正しいといえないこ
とは明らかである。
(3)したがって,本件審決には,特許法29条1項の法令解釈を誤った違法(取
消事由2)がある。
4特許性の有無に関する相違点の評価の誤り(取消事由3)
仮に,本件審決の大前提(特許法29条1項の法令解釈)が正しいとして,
相違点1ないし4について検討してみても,次のとおり,相違点1ないし4に
は格別な技術的意義があるから,これらの相違点が実質的な相違点であるとい
う結論に変わりはない。
(1)相違点1について
本件審決の認定した相違点1は,「「重合性化合物」につき,本件発明1
では,「第一成分として,一般式(Ⅰ-1)から一般式(Ⅰ-4)…で表さ
れる重合性化合物」であるのに対して,甲1発明Aでは,「第三成分として
「式(3-3-1)」又は「式(3-4-1)」で表される化合物などの式
(3)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」であ
る点」である。
そして,当業者は,甲1に,「さらに好ましい化合物(3)は,化合物(3
-2-1),化合物(3-3-1),化合物(3-4-1),化合物(3-
5-1),化合物(3-6-1),化合物(3-7-1),化合物(3-8
-1),化合物(3-9-1),化合物(3-10-1),化合物(3-1
1-1),および化合物(3-19-1)である」と記載され,MAC-B
(2F)B-MAC(3-3-1)やAC-B(F)-AC(3-4-1)
等を含有する液晶組成物が例示されていても,「第三成分として「式(3-
3-1)」又は「式(3-4-1)」で表される化合物などの式(3)で表
される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」として,化合物
(3-3-1)であるMAC-B(2F)B-MACや化合物(3-4-1)
であるAC-B(F)-ACを採用することはない。
すなわち,甲1のどこにも,「広い温度範囲で析出しない,低い粘度,及
び表示不良を生じない」の同時解決という課題について記載がなく,さらに,
本件発明1の重合性化合物(Ⅰ-1)等は,「液晶化合物(化合物(ⅠⅠ))
との相溶性に優れ,低い温度で析出しない」及び「液晶化合物(化合物(Ⅰ
Ⅰ))の安定な配向制御(表示ムラ等が少ない)」という技術的意義を有す
るものであるのに対して,甲1には,第三成分である「式(3)で表される
化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」の技術的意義について
全く記載がない。してみれば,甲1の記載に接した当業者は,「広い温度範
囲で析出しない,低い粘度,及び表示不良を生じない」の同時解決のために
甲1発明Aに着目することはそもそもないし,当然実施例18の液晶組成物
に含有される3-H1OB(2F,3F)-O2等の混合物との「相溶性に
優れ,低い温度で析出しない」及び当該混合物の「安定な配向制御」のため
の成分化合物として,甲1発明Aの第一から第三成分のうちの第三成分であ
る「式(3)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」
に着目し,その中からMAC-B(2F)B-MACやAC-B(F)B-
ACを採用することも当業者には全く思い付かないことである。
それどころか,甲1によれば,MAC-B(2F)B-MACを含有する
実施例5の液晶組成物やAC-B(F)B-ACを含有する実施例7の液晶
組成物のネマチック相の下限温度(Tc)は-20℃であるのに対し,MA
C-BB(2F,5F)B-MACを含有する実施例21の液晶組成物のそ
れは-30℃であるから,仮にネマチック相の下限温度を下げようとするな
らば,当業者は,MAC-BB(2F,5F)B-MACを採用するのであ
って,MAC-B(2F)B-MACやAC-B(F)B-ACを採用する
ことはない。
したがって,本件審決の「甲1発明Aにおいて,「第三成分として,本件
発明における「式(Ⅰ-1)」又は「式(Ⅰ-2)に相当する「式(3-3
-1)」又は「式(3-4-1)」で表される化合物を使用することは,単
なる選択を行ったにすぎないものと認められる。」は誤りである。本件特許
の優先日当時の当業者は,本件審決作成時の審判官合議体が本件発明1の内
容を知った後,式(3)で表される化合物の多くの例から意図的に採用した
「式(3-3-1)」又は「式(3-4-1)」で表される化合物」を採用
することはない。
さらに,甲1には,「「式(3-3-1)」又は「式(3-4-1)」で
表される化合物」を例とする「式(3)で表される化合物の群から選択され
た少なくとも1つの化合物」の技術的意義は記載されていない。
そうすると,相違点1には格別の技術的意義があるといえ,本件発明1は
甲1発明Aと比較して,「上記重合性化合物の種別選択により,特段の効果
を奏しているということ」ができるから,本件審決の「本件発明が,上記重
合性化合物の種別選択により,特段の効果を奏しているということはできな
い。したがって,甲1発明Aにおいて,第三成分として,「式(3-3-1)」
又は「式(3-4-1)」で表される化合物を選択使用することに格別な技
術的意義が存するものとは認められず,上記相違点1については,実質的な
相違点であるものとはいえない。」は誤りである。
(2)相違点2及び3について
本件審決の認定した相違点2は,「本件発明1では,「一般式(ⅠⅠ)…
で表される化合物を1種又は2種以上」であるのに対して,甲1発明Aでは,
「第一成分として「「式(1-7-1)」で表される化合物及び「式(1-
3-1)」又は「式(1-6-1)」で表される化合物あるいはそれらの混
合物」などの式(1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つ
の化合物又は混合物」である点」であり,相違点3は,「本件発明1では,
「一般式(ⅠⅤ-1)…で表される化合物を1種又は2種以上」であるのに
対して,甲1発明Aでは,「第二成分として「式(2-1)」ないし「式(2
-6)」のいずれかで表される化合物又はそれらの混合物などの式(2)で
表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物又は混合物」で
ある点」である。
当業者は,甲1に,「さらに好ましい化合物(1)は,化合物(1-1-
1),化合物(1-3-1),化合物(1-4-1),化合物(1-6-1),
化合物(1-7-1)である」と記載され,3-H1OB(2F,3F)-
O2(1-3-1)等を含有する液晶組成物が例示され,また,第二成分と
して「式(2-1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの
化合物」と記載され,3-HH-4(2-1-1)等の混合物を含有する液
晶組成物が例示されていても,3-H1OB(2F,3F)-O2等の混合
物及び3-HH-4等の混合物を採用することはない。
すなわち,甲1のどこにも,「広い温度範囲で析出しない,低い粘度,及
び表示不良を生じない」の同時解決という課題について記載がなく,さらに,
本件発明1の化合物(ⅠⅠ)は,「重合性化合物(Ⅰ-1)等との相溶性に
優れ,低い温度で析出しない」,「重合性化合物(Ⅰ-1)等による安定な
配向制御(表示ムラ等が少ない)」及びアルケニル基を有さないことによる
「表示不良を生じない」という技術的意義を有し,また,本件発明1のアル
ケニル基を有さない化合物(ⅠⅤ-1)は,「表示不良を生じない」という
技術的意義を有するものであるが,甲1には,第一成分である「式(1)で
表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」に関し,第三
成分である「式(3)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つ
の化合物」との相溶性及びこれによる配向制御については記載がなく,また,
第一成分である「式(1)で表される化合物の群から選択された少なくとも
1つの化合物」及び第二成分である「式(2)で表される化合物の群から選
択された少なくとも1つの化合物」と表示不良との関係についても全く記載
がない。
してみれば,甲1の記載に接した当業者は,「広い温度範囲で析出しない,
低い粘度,及び表示不良を生じない」の同時解決のために甲1発明Aに着目
することはそもそもないし,当然実施例5の液晶組成物に含有されるMAC
-B(2F)B-MAC等との「相溶性に優れ,低い温度で析出せず」,こ
れらによる「安定な配向制御」を受け,そしてアルケニル基を有さないこと
による「表示不良を生じない」成分化合物として,甲1発明Aの第一から第
三成分のうちの第一成分である「式(1)で表される化合物の群から選択さ
れた少なくとも1つの化合物」に着目して,その中から3-H1OB(2F,
3F)-O2等の混合物等を採用したり,また「表示不良を生じない」成分
化合物として,甲1発明Aの第一から第三成分のうちの第二成分である「式
(2)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」に着
目して,その中から3-HH-4等を採用することも当業者には全く思い付
かないことである。
それどころか,甲1には,第一成分である「式(1)で表される化合物の
群から選択された少なくとも1つの化合物」について,「特に好ましい化合
物(1)は,化合物(1-1-1),化合物(1-4-1),…である。」
(【0072】)と記載されているところ,甲1によれば,3-H1OB(2
F,3F)-O2等の混合物を含有する実施例18の液晶組成物等のネマチ
ック相の下限温度(Tc)が-20℃であるのに対し,化合物(1-1-1)
であるV-HB(2F,3F)-O2と,化合物(1-4-1)である5-
HHB(2F,3F)-O2,V-HHB(2F,3F)-O2及びV-H
HB(2F,3F)-O4の混合物を含有する実施例21の液晶組成物のそ
れは-30℃であるから,仮にネマチック相の下限温度を下げようとするな
らば,当業者は,化合物(1-1-1)であるV-HB(2F,3F)-O
2と,化合物(1-4-1)である5-HHB(2F,3F)-O2,V-
HHB(2F,3F)-O2,V-HHB(2F,3F)-O4の混合物を
採用するのであって,3-H1OB(2F,3F)-O2等の混合物を採用
することはない。
また,甲1には,「好ましいR3
またはR4
は,…,下限温度を下げるため
に炭素数2から12のアルケニルである。」(【0052】)と記載され,
実際甲1によれば,3-HH-4,3-HHEH-3,3-HHEH-5,
4-HHEH-3,4-HHEH-5の混合物を含有する実施例5の液晶組
成物等のネマチック相の下限温度(Tc)が-20℃であるのに対し,V-
HH-5,1V2-BB-1,V-HHB-1の混合物を含有する実施例2
1の液晶組成物のそれは-30℃であるから,仮にネマチック相の下限温度
を下げようとするならば,当業者は,炭素数2から12のアルケニルを有さ
ない3-HH-4,3-HHEH-3,3-HHEH-5,4-HHEH-
3,4-HHEH-5の混合物等を採用することもない。
したがって,本件審決の「甲1発明Aにおいて,第一成分として,本件発
明における「式(ⅠⅠ)」に相当する「式(1-3-1)」又は「式(1-
6-1)」で表される化合物又は混合物を使用すること及び第二成分として
「3-HH-4」などの「式(2-1-1)」で表される化合物を使用する
ことは,いずれも単なる選択を行ったにすぎないものと認められる。」は誤
りである。
さらに,本件発明1の「一般式(ⅠⅠ)…で表される化合物を1種又は2
種以上」,「及び「一般式(ⅠⅤ―1)…で表される化合物を1種又は2種
以上」の技術的意義は2(2)記載のとおりであるのに対し,甲1発明Aの「「式
(1-7-1)」で表される化合物及び「式(1-3-1)」又は「式(1
-6-1)」で表される化合物あるいはそれらの混合物」を例とする「式(1)
で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物又は混合物」
の技術的意義は,「誘電率異方性の絶対値を上げ,そして下限温度を下げる」
であり,「「式(2-1)」ないし「式(2-6)」のいずれかで表される
化合物又はそれらの混合物」を例とする「式(2)で表される化合物の群か
ら選択された少なくとも1つの化合物又は混合物」の技術的意義は,「粘度
を下げる,または上限温度を上げる」である。
そうすると,相違点2及び3には格別の技術的意義があるといえるから,
本件審決の「甲1発明Aにおいて,第一成分として「式(1-3-1)」又
は「式(1-6-1)」で表される化合物又は混合物を含むものを選択使用
すること及び第二成分として「3-HH-4」などの「式(2-1-1)で
表される化合物を含むものを選択使用することに,いずれも格別な技術的意
義が存するものとは認められず,上記相違点2及び3については,いずれも
実質的な相違点であるものとはいえない。」は誤りである。
(3)相違点4について
甲1のどこにも「広い温度範囲で析出しない,低い粘度,及び表示不良を
生じない」の同時解決という課題について記載がなく,さらに,本件発明1
が塩素原子で置換された液晶化合物を含有しないことには「表示不良を生じ
ない」という技術的意義があるが,甲1にはこれに関する記載が全くない。
してみれば,甲1の記載に接した当業者は,「広い温度範囲で析出しない,
低い粘度,及び表示不良を生じない」の同時解決のために甲1発明Aに着目
することはそもそもないし,甲1発明Aの必須成分でもない第四成分の一つ
である「X1
およびX2
は,一方がフッ素であり,他方が塩素であ」る「式(4
-1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」が表
示不良を生じる成分化合物であるなどと認識することもないから,当該化合
物を含有させないようにすることは当業者が全く思い付かないことである。
それどころか,甲1には,「下限温度を下げるためにX1
がフッ素でありX

が塩素である」(【0069】)と記載されているから,仮にネマチック相
の下限温度を下げようとするならば,当業者は,むしろ式(4-1)で表さ
れる化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物を含有させるという
べきである。
したがって,「甲1発明Aには,「塩素原子で置換された液晶化合物を含
有しない」態様をも包含されることが明らかである。」としても,当業者は,
甲1発明Aを「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」ものとする
ことはない。
また,本件審決は,「本件訂正明細書の記載を参酌すると,…本件訂正明
細書の記載に基づいて,本件発明が「塩素原子で置換された液晶化合物を含
有しない」ことにより,格別な効果を奏するものと認めることができない。
してみると,甲1発明Aにおいて,「塩素原子で置換された液晶化合物を含
有しない」態様を選択した点に格別な技術的意義が存するものとは認められ
ず,上記相違点4についても,実質的な相違点であるものともいえない。」
とするが,本件審決で認定されている相違点4は,「本件発明1では,「塩
素原子で置換された液晶化合物を含有しない」のに対して,甲1発明Aでは,
「塩素原子で置換された液晶化合物」を含有するか否か特定されていない点」
であるから,相違点4の格別な技術的意義の有無につき結論を導くには,当
然本件発明1の「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」による技
術的意義と,甲1発明Aでは,「塩素原子で置換された液晶化合物」を含有
するか否か特定されていないことによる技術的意義を対比する必要があるの
に,本件審決では,この対比は何らなされておらず,本件特許の発明の詳細
な説明の記載が検討されているにすぎないから,本件審決が検討不十分であ
ることは明らかである。
そして,本件発明1が塩素原子で置換された液晶化合物を含有しないこと
には,「表示不良を生じない」という技術的意義があるのに対し,甲1には,
その記載が全くないから,相違点4には格別な技術的意義があるといえ,本
件発明1は甲1発明Aと比較して,「塩素原子で置換された液晶化合物を含
有しない」ことにより,格別な効果を奏」している。また,本件発明の発明
の詳細な説明に記載された実施例3の液晶組成物と,当該液晶組成物の化合
物(ⅠⅠⅠ-A)を甲1(【0133】実施例20)に記載された3-HH
B(2F,3Cl)-O2に代えた液晶組成物とを対比すると,前者の重合
後のVHR(電圧保持率)は後者のそれよりも優れているから,この点から
しても,相違点4に格別な技術的意義があることは明らかである。
したがって,本件審決の「本件発明が「塩素原子で置換された液晶化合物
を含有しない」ことにより,格別な効果を奏するものと認めることができな
い。してみると,甲1発明Aにおいて,「塩素原子で置換された液晶化合物
を含有しない」態様を選択した点に格別な技術的意義が存するものとは認め
られず,上記相違点4についても,実質的な相違点であるものともいえない。」
は誤りである。
(4)したがって,本件審決には,特許性の有無に関する評価を誤った違法(取
消事由3)がある。
5本件発明2ないし17について
本件発明1を引用する本件発明2ないし14,本件発明14を引用する本件
発明15ないし17についても,本件審決には,一致点及び相違点の認定を誤
った違法があり,各相違点はいずれも実質的な相違点であるというべきである
から,これらの発明が甲1発明AないしBと同一であるとする本件審決は取り
消されるべきである。
第4被告の反論
1引用発明認定の誤り(取消事由A)について
原告の主張は争う。甲1の記載から,本件審決が認定する「第一成分として
「式(1-7-1)」で表される化合物及び「式(1-3-1)」又は「式(1
-6-1)」で表される化合物あるいはそれらの混合物」,式(2)で表され
る化合物の例である「「式(2-1)」ないし「式(2-6)」のいずれかで
表される化合物又はそれらの混合物」,式(3)で表される化合物の例である
「「式(3-3-1)」又は「式(3-4-1)」で表される化合物」,並び
にこれらの例の組合せが,甲1に記載された事項及び甲1に記載されているに
等しい事項であることは明白である。
すなわち,甲1の請求項1には「第一成分として式(1)で表される化合物
の群から選択された少なくとも1つの化合物,…」,請求項2には「第一成分
が式(1-1)から式(1-7)で表される化合物の群から選択された少なく
とも1つの化合物である…」が記載され,更に【0072】には,「さらに好
ましい化合物(1)は,化合物(1-1-1),化合物(1-3-1),化合
物(1-4-1),化合物(1-6-1),および化合物(1-7-1)であ
る。」が記載されているから,化合物としての式(1-7-1),式(1-3
-1),式(1-6-1)のいずれかが選択される場合も記載されていること
になる。第二成分,第三成分も同様である。
したがって,本件審決が認定する引用発明に誤りはなく,原告主張の取消事
由Aは成り立たない。
2一致点認定の誤り(取消事由1)について
原告の主張は争う。甲1には,式(1),式(2)及び式(3)で表される
化合物を全て包含する液晶組成物が記載され,これらの式(1),式(2)及
び式(3)で表される化合物を単独若しくは2種類以上組み合わせた態様も記
載されているのであるから,例えば,式(1)で表される化合物に含有される
個々の化合物は,全て式(2)及び式(3)で表される化合物と組み合わせて
使用されることとなる。
したがって,技術的に組み合わせることができないなどの特別の事情が存在
しない限り,甲1には,式(1),式(2)及び式(3)で表される化合物に
含有される個々の化合物同士の全ての組合せが記載されているといえる。
対比する甲1発明Aを本件審決のとおり正しく理解すれば,本件発明1と甲
1発明Aの一致点が「重合性化合物含有液晶組成物」のみになるということは
あり得ない。
よって,本件審決が認定する一致点に誤りはなく,原告主張の取消事由1は
成り立たない。
3特許法29条1項の法令解釈の誤り(取消事由2)について
原告の主張は争う。本件審決は,甲1発明A及びBとして甲1に記載されて
いる事項及び甲1に記載されているに等しい事項から把握される発明を適正に
認定し,本件発明と甲1発明Aとを対比して,一致点と一応の相違点(外形上
の相違点)を認定し,一応の相違点が実質的な相違点であるか否かを判断した。
そして,一応の相違点が実質的な相違点でないと判断できたから,本件発明は
甲1に記載された発明(甲1発明A)であると結論付けたにすぎない(すなわ
ち,本件発明1も甲1発明Aも事実上の選択肢を有する発明であり,両者の構
成を対比してみても全てが一致するものではないから,本件審決は,その当該
選択肢中のいずれか一の選択肢を対比した結果を一応の相違点とし,その一応
の相違点が実質上相違点でない旨判断したものである。)。
この点において,本件審決が結論を導くに適用した特許法29条1項の法令
解釈に誤りはなく,原告主張の取消事由2は成り立たない。
4特許性の有無に関する相違点の評価の誤り(取消事由3)について
原告の主張は争う。本件明細書の記載を検討しても相違点1ないし4に格別
な技術的意義があるとはいえず,本件発明1と甲1発明Aは,両者とも同じ構
造の化学式を持つ重合性化合物,同じ構造の化学式を持つ液晶化合物を組み合
わせた負の誘電率異方性を有する液晶組成物に関する発明であって,当該液晶
組成物を液晶分子のプレチルト角を制御するためにセル内にポリマー構造物を
形成した構造を有し,高速応答性や高いコントラストを備えるPSA(Polyme
rSustainedAlignment)型液晶表示素子として用いるのであるから,両者は
実質的に同じ技術的思想を有する発明である。
(1)相違点1について
甲1発明Aは,「第三成分として「式(3-3-1)」又は「式(3-4
-1)」で表される化合物などの式(3)で表される化合物…」と認定され
たものであり,「式(3-3-1)」又は「式(3-4-1)」で表される
化合物を省いて認定された発明ではない。そして,式(3)に含まれる下位
の「式(3-3-1)」又は「式(3-4-1)」で表される化合物が,本
件発明1での第一成分として,一般式(I-1)又は一般式(I-2)で表
される重合性化合物に相当しており,これらの化合物を選択使用することに
格別な技術的意義はない。甲1発明Aには,本件発明1の重合性化合物,液
晶化合物としての一般式(ⅠⅠ)で表される化合物,一般式(ⅠⅤ-1)の
組合せから成る液晶組成物が記載されているから,本件発明1と同じ効果を
奏しているはずである。
したがって,相違点1は実質的な相違点ではない。
(2)相違点2及び3について
甲1発明Aには,第一成分として「式(1-3-1)」又は「式(1-6-
1)」で表される化合物又は混合物を含むものを選択使用すること及び第二成
分として「3-HH-4」などの「式(2-1-1)」で表される化合物を
含むものを選択使用することが記載されている。また,前記のとおり,甲1
発明Aには,本件発明1の重合性化合物,液晶化合物としての一般式(ⅠⅠ)
で表される化合物,一般式(ⅠⅤ-1)の組合せから成る液晶組成物が記載
されているから,本件発明1と同じ効果を奏しているはずである。
したがって,相違点2及び3は実質的な相違点ではない。
(3)相違点4について
甲1発明Aには,塩素原子で置換された液晶化合物の含有の有無について
の記載はないが,甲1において,塩素原子の置換が開示されるのは第四成分
としての式(4-1)から式(4-3)で表される化合物についてであって
(請求項22),第一成分から第三成分の化合物を含有する液晶組成物とし
て認定される「甲1発明A」においては,塩素原子の置換が開示されていな
い。そして,甲1の実施例2ないし9,11ないし17,19,21ないし
24,28ないし30,35ないし52は,塩素原子で置換された液晶化合
物を含有しない液晶組成物の例である。塩素原子で置換された液晶化合物を
含有しない液晶組成物の例は52例中41例であり,塩素原子の有無は液晶
組成物の物性を大きく変えるものではない。
また,一般的に,液晶化合物において,「フッ素原子の代わりに塩素原子
がラテラル位に置換した化合物も報告されている。大きな負のΔεを示すが,
同時に極めて大きな粘性も示した。」(甲3:14頁右欄8~10行),「二
つのフッ素原子と一つの塩素原子が置換したメトキシ基(OCF2Cl基)も
報告されている。塩素原子の導入が粘性を著しく上昇せしめている。」(甲
3:17頁左欄6~9行)といわれており,粘性を考慮して,塩素原子で置
換された液晶化合物を含有しないようにすることも通常のことである。
そうすると,甲1発明Aには,本件発明1と同様,「塩素原子で置換され
た液晶化合物を含有しない」液晶組成物が記載されているといえ,そうであ
る以上,本件発明1と同じ効果を奏しているはずである。
したがって,相違点4は実質的な相違点ではない。
5本件発明2ないし17について
原告の主張は争う。これらの発明が甲1発明AないしBと同一であると認め
た本件審決の認定判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1本件審決の判断構造と原告の主張の理解
本件審決が認定した本件発明と引用発明(甲1発明)は,いずれも多数の選
択肢から成る化合物に係る発明であるところ,本件審決は,両発明の間に一応
の相違点を認めながら,いずれの相違点も実質的な相違点ではないとして,本
件発明と甲1発明が実質的に同一であると認定判断し,その結果,本件発明に
は新規性が認められないとの結論を採用した。
その理由とするところは,本件発明1に関していえば,相違点に係る構成は
いずれも単なる選択を行ったにすぎず,相違点に係る化合物の選択使用に格別
の技術的意義が存するものとはいえない(相違点1ないし3),あるいは,引
用発明(甲1発明A)が相違点に係る構成態様を包含していることは明らかで
あり,かつ,その構成態様を選択した点に格別な技術的意義が存するものとは
認められない(相違点4)というものであり,本件発明1を引用する本件発明
2ないし14,本件発明14を引用する本件発明15ないし17についても,
それぞれ,引用発明(甲1発明A又はB)との間に新たな相違点が認められな
いか,新たな相違点が認められるとしても,各相違点に係る構成が甲1に記載
されているか,その構成に格別な技術的意義が存するものとは認められないか
ら,いずれも実質的な相違点であるとはいえないというものである。
要するに,本件審決は,引用発明である甲1発明と本件発明との間に包含関
係(甲1発明を本件発明の上位概念として位置付けるもの)を認めた上,甲1
発明において相違点に係る構成を選択したことに格別の技術的意義が存するか
どうかを問題にしており,その結果,本件発明が甲1発明と実質的に同一であ
るとして新規性を認めなかったのであるから,本件審決がいわゆる選択発明の
判断枠組みに従って本件発明の特許性(新規性)の判断を行っていることは明
らかである。
これに対し,原告は,取消事由として,引用発明認定の誤り(取消事由A)
や一致点認定の誤り(取消事由1)を主張するものの,本件審決が認定した各
相違点(相違点1ないし4)それ自体は争わずに,本件審決には,「特許発明
と刊行物に記載された発明との相違点に選択による格別な技術的意義がなけれ
ば,当該相違点は実質的な相違点ではない」との前提自体に誤りがあり(取消
事由2),また,仮にその前提に従ったとしても,相違点1ないし4には格別
な技術的意義が認められるから,特許性の有無に関する相違点の評価を誤った
違法があると主張している(取消事由3)。
これによれば,原告は,本件審決が採用した特許性に関する前記の判断枠組
みとその結論の妥当性を争っていることが明らかであり,取消事由2及び3も
そのような趣旨の主張として理解することができる。
また,本件発明2ないし17はいずれも本件発明1を更に限定したものと認
められるから,本件発明1の特許性について判断の誤りがあれば,本件発明2
ないし17についても同様に,結論に重大な影響を及ぼす判断の誤りがあると
いえる。
以上の観点から,まず,本件発明1に関し,本件審決が認定した各相違点(相
違点1ないし4)を前提に,各相違点が実質的な相違点ではないとして特許性
を否定した本件審決の判断の当否について検討することとする。
2本件発明について
(1)本件明細書の記載
甲22によれば,次の記載が認められる。
ア技術分野
【0001】本発明は重合性化合物含有液晶組成物及びそれを使用し
た液晶表示素子に関する。
イ背景技術
【0002】PSA…型液晶表示素子は,液晶分子のプレチルト角を
制御するためにセル内にポリマー構造物を形成した構造を有するものであ
り,高速応答性や高いコントラストから液晶表示素子として開発が進めら
れてきた。
【0003】…このPSA型液晶表示素子の表示不良である焼き付き
の原因としては,…液晶分子の配向の変化(プレチルト角の変化)が知ら
れている。
【0004】プレチルト角の変化の原因として,重合性化合物の硬化
物であるポリマーが柔軟であると,…同一パターンを長時間表示し続けた
ときにポリマーの構造が変化し,その結果としてプレチルト角が変化して
しまうことがある。このためポリマー構造が変化しない剛直な構造を持つ
ポリマーを形成する重合性化合物が必要となる。
【0005】従来,ポリマーの剛直性を向上させることにより焼き付
きを防止するために,環構造と重合性官能基のみを持つ1,4-フェニレ
ン基等の構造を有する重合性化合物を用いて表示素子を構成すること…や,
ビアリール構造を有する重合性化合物を用いて表示素子を構成すること…
が検討されてきた。しかし,これらの重合性化合物は液晶化合物に対する
相溶性が低いため,重合性化合物含有液晶組成物を調製した際に,該重合
性化合物の析出が発生する等の問題があり,液晶組成物との相溶性の改善
が必要であった。
【0006】また,ポリマーの剛直性を向上させることにより焼き付
きを防止するため,2官能性の重合性化合物と,ジペンタエリスリトール
ペンタアクリレイト,ジペンタエリスリトールヘキサアクリレイト等の3
官能以上の重合性化合物の混合液晶組成物を用いて表示素子を構成する
こと…が提案されている。しかし,ジペンタエリスリトールペンタアクリ
レイト及びジペンタエリスリトールヘキサアクリレイトは,分子内に環構
造を持たないため,液晶化合物との親和力が弱く,配向を規制する力が弱
いことから,十分な配向安定性が得られない問題があった。また,これら
の重合性化合物は重合において重合開始剤の添加が必須であり,重合開始
剤を添加しないと重合後に重合性化合物が残存してしまうものであった。
【0007】また,応答速度の改良方法として液晶組成物と重合性化
合物の組み合わせ…が種々開示されている。しかしながら,プレチルト角
と応答速度の関係は一般に知られており,顕著な改良効果が確認されたと
は言えるものではなく,アルケニル基や塩素原子を含む液晶化合物を使用
しているため,表示不良を引き起こす可能性が高く,実用的ではない。
【0008】これらのことから,広い温度範囲で析出が発生しないこ
と,応答速度が速いこと,焼き付きを発生しないこと等を同時に解決した
重合性化合物含有液晶組成物及びこれを用いた液晶表示素子が望まれてい
た。
ウ発明が解決しようとする課題
【0010】本発明が解決しようとする課題は,広い温度範囲におい
て析出することなく,高速応答に対応した低い粘度である,焼き付き等の
表示不良を生じない重合性化合物含有液晶組成物及びこれを用いた表示ム
ラ等のない表示品位に優れた液晶表示素子を提供することにある。
エ課題を解決するための手段
【0011】本発明者は…特定の構造を有する重合性化合物及び液晶
化合物で構成される重合性化合物含有液晶組成物が前述の課題を解決で
きることを見出し,本発明を完成するに至った。
【0012】~【0018】すなわち,第一成分として,一般式(I)
【化1】
(式中,R1
及びR2
はそれぞれ独立して以下の式(R-1)から式(R-
15)
【化2】
の何れかを表し,X1
からX8
はそれぞれ独立してトリフルオロメチル基,
トリフルオロメトキシ基,フッ素原子又は水素原子を表すが,少なくとも
一つはフッ素原子を表す。)で表される重合性化合物を一種又は二種以上
含有し,第二成分として,一般式(II)
【化3】
(式中,R3
は炭素数1から10のアルキル基又は炭素数2から10のア
ルケニル基を表し,これらの基中に存在する1個又は2個以上の水素原子
はフッ素原子に置換されてもよく,R4
は炭素数1から10のアルキル基
又はアルコキシル基,炭素数2から10のアルケニル基又はアルケニルオ
キシ基を表し,これらの基中に存在する1個又は2個以上の水素原子はフ
ッ素原子に置換されてもよく,mは0,1又は2を表す。)で表される化
合物を1種又は2種以上含有することを特徴とする重合性化合物含有液晶
組成物及びこれを用いた液晶表示素子を提供する。
オ発明の効果
【0019】本発明の重合性化合物含有液晶組成物は液晶化合物と重
合性化合物との相溶性が優れているため,低い温度で長時間放置した場合
でも析出することなくネマチック状態を維持するため,実用上非常に広い
駆動温度範囲が保証される。また,本発明の液晶組成物は粘度が低いため,
液晶表示素子とした場合の応答速度が速く,3D表示などへの適用も可能
である。更に,本発明の重合性化合物は光重合時の重合速度が速すぎたり
遅すぎたりせず,適度であるため,均一かつ安定な配向制御が得られ,焼
き付きや表示ムラ等が少ないか全くない液晶表示素子を提供することがで
きるため,本発明の液晶組成物は非常に有用である。
カ発明を実施するための形態
【0020】~【0024】本発明の重合性化合物含有液晶組成物は,
第一成分として,一般式(I)
【化4】
…で表される重合性化合物を一種又は二種以上含有し,第二成分として,
一般式(II)
【化5】
で表される化合物を1種又は2種以上含有することを特徴とする。
【0025】~【0027】一般式(I)において,R1
及びR2
はそ
れぞれ独立して以下の式(R-1)から式(R-15)
【化6】
の何れかを表し,X1
からX8
はそれぞれ独立してトリフルオロメチル基,
トリフルオロメトキシ基,フッ素原子又は水素原子を表すが,少なくとも
一つはフッ素原子を表す。
【0029】一般式(I)において,X1
からX8
はそれぞれ独立的に
トリフルオロメチル基,トリフルオロメトキシ基,フッ素原子又は水素原
子を表すが,フッ素原子であることが特に好ましい。
【0030】~【0032】一般式(I)におけるビフェニル骨格の
構造は,式(I-11)から式(I-14)であることがより好ましく,
式(I-11)であることが特に好ましい。
【化7】
式(I-11)から式(I-14)で表される骨格を含む重合性化合物
は重合後の配向規制力がPSA型液晶表示素子に最適であり,良好な配向
状態が得られることから,表示ムラが抑制されるか,又は,全く発生しな
い。
【0034】一般式(II)において,R3
は炭素数1から10のア
ルキル基又は炭素数2から10のアルケニル基を表し,これらの基中に存
在する1個又は2個以上の水素原子はフッ素原子に置換されてもよく,R

は炭素数1から10のアルキル基又はアルコキシル基,炭素数2から1
0のアルケニル基又はアルケニルオキシ基を表し,これらの基中に存在す
る1個又は2個以上の水素原子はフッ素原子に置換されてもよく,mは0,
1又は2を表すが,R3
は直鎖状であり,炭素数1から10のアルキル基
を表すことがより好ましく,炭素数1から5のアルキル基を表すことが特
に好ましく,R4は直鎖状であり,炭素数1から5のアルキル基又はアル
コキシル基を表すことがより好ましく,炭素数1から5のアルコキシル基
を表すことが特に好ましく,mは0又は1を表すことがより好ましい。
【0035】一般式(II)で表される化合物を1種又は2種以上を
含有する…。また,一般式(II)で表される化合物の含有量は5から3
5質量%であることが…好ましい。
【0036】~【0038】更に詳述すると,一般式(II)は一般
式(II-A)及び一般式(II-B)が特に好ましい。
【化8】
(式中,R5
,R6
,R7
及びR8
はそれぞれ独立的にR3
と同じ意味を表す。)
【0038】~【0040】本発明の重合性化合物含有液晶組成物は,
更に一般式(III)
【化9】
(式中,R9
はR3
と同じ意味を表し,R10
はR4
と同じ意味を表す。)で
表される化合物を1種又は2種以上含有することがより好ましい。
【0041】一般式(III)で表される化合物を1種又は2種以上
を含有する…。一般式(III)の含有量は5から35質量%の範囲であ
ることが好ましい…。
【0042】~【0044】更に詳述すると,一般式(III)は一
般式(III-A)であることが特に好ましい。
【化10】
(式中,R11
及びR12
はそれぞれ独立的にR3
と同じ意味を表す。)
【0044】本発明の重合性化合物含有液晶組成物に含まれる液晶化
合物において,-O-O-,-O-S-及び-S-S-等のヘテロ原子同
士が直接結合する部分構造をとることはない。また,アルケニル基を有す
る化合物を含まないことが好ましく,全ての液晶化合物の側鎖がアルキル
基又はアルコキシル基であることがより好ましい。また,焼き付きや表示
ムラ等の表示不良を抑制するため,又は,全く発生させないためには,液
晶化合物の構造中にはシクロヘキサン環,ベンゼン環又はフッ素で置換さ
れたベンゼン環であることが好ましく,同じハロゲン原子であっても塩素
原子で置換される化合物を含有することは好ましくない。塩素原子で置換
された液晶化合物を用いることは表示不良の原因にもなるため,実用的で
はない。
【0045】一般式(I),(II)及び(III)を含む液晶組成
物を使用し作成した液晶表示素子は,低粘性であり,高速応答化が可能で
ある。
【0046】本発明において,ネマチック相-等方性液体相転移温度
(Tni)は60から120℃であることが…好ましい。また,25℃にお
けるΔεは-2.0から-6.0であることが…好ましい。25℃におけ
るΔnは0.08から0.13であることが…好ましい。更に詳述すると,
薄いセルギャップに対応する場合は0.10から0.12であることが好
ましく,厚いセルギャップに対応する場合は0.08から0.10である
ことが好ましい。20℃における粘度は10から30mPa・sである
ことが…好ましい。
【0047】~【0049】本発明の重合性化合物含有液晶組成物は,
上述の化合物以外に,通常のネマチック液晶,スメクチック液晶,コレス
テリック液晶,酸化防止剤,紫外線吸収剤,重合性モノマーなどを含有し
ても良い。例えば,一般式(IV-1)から一般式(IV-12)で表さ
れる化合物を含有しても良い。
【化11】

【0050】本発明の重合性化合物含有液晶組成物は,重合開始剤が
存在しない場合でも重合は進行するが,重合を促進するために重合開始剤
を含有していてもよい。…また,保存安定性を向上させるために,安定剤
を添加しても良い。…本発明の重合性化合物含有液晶組成物は,液晶表示
素子に有用であり,特にアクティブマトリクス駆動用液晶表示素子に有用
であり,PSAモード,PSVAモード,VAモード,IPSモード又は
ECBモード用液晶表示素子に用いることができる。
【0051】本発明の重合性化合物含有液晶組成物は,これに含まれ
る重合性化合物が紫外線照射により重合することで液晶配向能が付与され,
液晶組成物の複屈折を利用して光の透過光量を制御する液晶表示素子に
使用される。液晶表示素子として,AM-LCD(アクティブマトリック
ス液晶表示素子),TN(ネマチック液晶表示素子),STN-LCD(超
ねじれネマチック液晶表示素子),OCB-LCD及びIPS-LCD(イ
ンプレーンスイッチング液晶表示素子)に有用であるが,AM-LCDに
特に有用であり,透過型あるいは反射型の液晶表示素子に用いることがで
きる。
キ実施例
【0058】~【0060】…以下の実施例及び比較例の組成物にお
ける「%」は『質量%』を意味する。
実施例中,測定した特性は以下の通りである。
Tni:ネマチック相-等方性液体相転移温度(℃)
Δn:25℃における屈折率異方性
Δε:25℃における誘電率異方性
η:20℃における粘度(mPa・s)
【0060】~【0063】(実施例1)
以下に,調製した重合性化合物含有液晶組成物とその物性値を示す。
【化13】
実施例1に示す重合性化合物含有液晶組成物は,上記液晶組成物を99.
85%及び一般式(I-11)で表される重合性化合物を0.15%含有
するものであり,Tni:75.5℃,Δn:0.107,Δε:-3.0,
η:17.5mPa・sであった。
この重合性化合物含有液晶組成物をセルギャップ3.5μmでホメオト
ロピック配向を誘起するポリイミド配向膜を塗布したITO付きセルに真
空注入法で注入し,周波数1kHzで1.8Vの矩形波を印加しながら,
320nm以下の紫外線をカットするフィルターを介して高圧水銀灯によ
り,セル表面の照射強度が15mW/cm2
となるように調整して600秒
間照射し,重合性化合物含有液晶組成物中の重合性化合物を重合させた垂
直配向性液晶表示素子を得た。この液晶表示素子(PSVAモード)は高
いコントラストを示し,高速応答が可能であった。また,重合性化合物の
液晶化合物に対する配向規制力をプレチルト角の測定により確認した。
【0063】~【0066】(実施例2)
以下に,調製した重合性化合物含有液晶組成物とその物性値を示す。
【化14】
実施例2に示す重合性化合物含有液晶組成物は,上記液晶組成物を99.
8%及び一般式(I-11)で表される重合性化合物を0.2%含有する
ものであり,Tni:75.5℃,Δn:0.107,Δε:-3.0,η:
17.5mPa・sであった。
この重合性化合物含有液晶組成物を使用した液晶表示素子(PSVAモ
ード)は高いコントラストを示し,高速応答が可能であった。また,重合
性化合物の液晶化合物に対する配向規制力をプレチルト角の測定により確
認した。
【0066】~【0069】(実施例3)
以下に,調製した重合性化合物含有液晶組成物とその物性値を示す。
【化15】
実施例3に示す重合性化合物含有液晶組成物は,上記液晶組成物を99.
65%及び一般式(I-11)で表される重合性化合物を0.35%含有
するものであり,Tni:75.4℃,Δn:0.107,Δε:-3.0,
η:17.5mPa・sであった。
この重合性化合物含有液晶組成物を使用した液晶表示素子(PSVAモ
ード)は高いコントラストを示し,高速応答が可能であった。また,重合
性化合物の液晶化合物に対する配向規制力をプレチルト角の測定により確
認した。
【0069】~【0072】(実施例4)
以下に,調製した重合性化合物含有液晶組成物とその物性値を示す。
【化16】
実施例4に示す重合性化合物含有液晶組成物は,上記液晶組成物を99.
6%及び一般式(I-11)で表される重合性化合物を0.4%含有する
ものであり,Tni:75.4℃,Δn:0.107,Δε:-3.0,η:
17.5mPa・sであった。
この重合性化合物含有液晶組成物を使用した液晶表示素子(PSVAモ
ード)は高いコントラストを示し,高速応答が可能であった。また,重合
性化合物の液晶化合物に対する配向規制力をプレチルト角の測定により確
認した。
【0072】~【0074】(比較例1)
以下に,調製した重合性化合物含有液晶組成物とその物性値を示す。
【化17】
比較例1に示す重合性化合物含有液晶組成物は,実施例1の液晶組成物
を99.8%及び特開2003-307720号に記載の重合性化合物を
0.2%含有するものである。
【0075】~【0076】実施例1から4及び比較例1の液晶組成
物を低温保存試験したところ,-40℃及び-25℃のいずれの温度にお
いても,実施例1から4は2週間又は3週間ネマチック状態を維持したの
に対し,比較例1はネマチック状態を1週間しか維持せず,2週目には析
出が確認された。このことから,実施例1から4は広い温度範囲でネマチ
ック状態を維持し,比較例1と比較して,2倍又は3倍の長期に渡り低温
での安定性が維持される非常に有用な重合性化合物含有液晶組成物である
ことが確認された。
【表1】
【0077】~【0079】(比較例2)
以下に,調製した重合性化合物含有液晶組成物とその物性値を示す。
【化18】
比較例2に示す重合性化合物含有液晶組成物は,本発明の一般式(II
-A)及び(II-B)で表される化合物を含まない液晶組成物を99.
8%及び特開2003-307720号に記載の重合性化合物を0.2%
含有するものであり,Tni:76.4℃,Δn:0.107,Δε:-2.
9,η:21.2mPa・sであった。粘度が大幅に上昇しているため,
液晶表示素子にした場合,応答速度が顕著に悪化しているであろうことは
容易に推測される。この重合性化合物含有液晶組成物を使用した液晶表示
素子(PSVAモード)は高いコントラストを示したが,応答速度が緩慢
であり,実用的なものではなかった。また,重合性化合物の液晶化合物に
対する配向規制力をプレチルト角の測定により確認した。
【0079】~【0082】(実施例5)
以下に,調製した重合性化合物含有液晶組成物とその物性値を示す。
【化19】
実施例5に示す重合性化合物含有液晶組成物は,上記液晶組成物を99.
8%及び一般式(I-11)で表される重合性化合物を0.2%含有する
ものであり,Tni:76.4℃,Δn:0.092,Δε:-2.9,η:
18.6mPa・sであった。
この重合性化合物含有液晶組成物を使用した液晶表示素子(PSVAモ
ード)は高いコントラストを示し,高速応答が可能であった。また,重合
性化合物の液晶化合物に対する配向規制力をプレチルト角の測定により確
認した。
【0082】~【0085】(実施例6)
以下に,調製した重合性化合物含有液晶組成物とその物性値を示す。
【化20】
実施例6に示す重合性化合物含有液晶組成物は,上記液晶組成物を99.
8%及び一般式(I-11)で表される重合性化合物を0.2%含有する
ものであり,Tni:76.3℃,Δn:0.091,Δε:-2.7,η:
18.4mPa・sであった。
この重合性化合物含有液晶組成物を使用した液晶表示素子(PSVAモ
ード)は高いコントラストを示し,高速応答が可能であった。また,重合
性化合物の液晶化合物に対する配向規制力をプレチルト角の測定により確
認した。
以上のことから,本発明の重合性化合物含有液晶組成物は,広い温度範囲
でネマチック状態を維持し,また,その液晶表示素子は高速応答であるこ
とが確認された。
ク産業上の利用可能性
【0086】液晶表示素子用の液晶組成物として有用である。
(2)本件発明の概要
本件訂正後の特許請求の範囲の記載(前記第2の2)及び本件明細書の記
載(前記(1))によれば,本件発明は,次の特徴を有すると認められる。
ア技術分野
本件発明は重合性化合物含有液晶組成物及びそれを使用した液晶表示
素子に関するものである(【0001】)。
イ背景技術
広い温度範囲で析出が発生しないこと,応答速度が速いこと,焼き付き
を発生しないこと等を同時に解決した重合性化合物含有液晶組成物,及び
これを用いた液晶表示素子が望まれていた(【0008】)。
ウ発明が解決しようとする課題
広い温度範囲において析出することなく,高速応答に対応した低い粘度
である,焼き付き等の表示不良を生じない重合性化合物含有液晶組成物,
及びこれを用いた表示ムラ等のない表示品位に優れた液晶表示素子を提供
する(【0010】)。
エ課題を解決するための手段
特定の構造を有する重合性化合物及び液晶化合物で構成される重合性化
合物含有液晶組成物が上記ウの課題を解決できることを見出し,本件発明
を完成するに至った(【0011】)。すなわち,第一成分として,一般
式(I-1)から一般式(I-4)
(式中,R1
及びR2
はそれぞれ独立して以下の式(R-1)から式(R-
15)
の何れかを表す。)で表される重合性化合物を一種又は二種以上含有し,
第二成分として,一般式(II)
(式中,R3
は炭素数1から10のアルキル基を表し,R4
は炭素数1から
10のアルキル基又はアルコキシル基を表し,mは0,1又は2を表す。)
で表される化合物を1種又は2種以上含有することを特徴とする重合性化
合物含有液晶組成物及びこれを用いた液晶表示素子を提供する(【請求項
1】,【0012】~【0018】)。
ここで,一般式(Ⅰ-1)から一般式(Ⅰ-4)におけるビフェニル骨
格の構造は,式(I-11)から式(I-14)であることがより好まし
く,式(I-11)から式(I-14)で表される骨格を含む重合性化合
物は重合後の配向規制力がPSA型液晶表示素子に最適であり,良好な配
向状態が得られることから,表示ムラが抑制されるか,又は,全く発生し
ない(【0030】~【0032】)。
また,一般式(ⅠⅤ-1)
(式中,R3
は前記R3
と同じ意味を表し,R4
は前記R4
と同じ意味を表す。)
で表される化合物を1種又は2種以上含有する(【請求項1】,【004
7】~【0049】)。
さらに,焼き付きや表示ムラ等の表示不良を抑制するため,又は,全く
発生させないために,塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない(【0
044】)。
オ発明の効果
本件発明の重合性化合物含有液晶組成物は,液晶化合物と重合性化合物
との相溶性が優れているため,低い温度で長時間放置した場合でも析出す
ることなくネマチック状態を維持するため,実用上非常に広い駆動温度範
囲が保証される。また,本件発明の液晶組成物は粘度が低いため,液晶表
示素子とした場合の応答速度が速く,3D表示などへの適用も可能である。
さらに,本件発明の重合性化合物は,光重合時の重合速度が速すぎたり遅
すぎたりせず適度であるため,均一かつ安定な配向制御が得られ,焼き付
きや表示ムラ等が少ないか全くない液晶表示素子を提供することができる
ため,本発明の液晶組成物は非常に有用である(【0019】)。
3甲1発明Aとの対比(包含関係の有無)
(1)本件審決が認定した甲1発明Aの内容及び本件発明と甲1発明Aとの相違
点(相違点1ないし4の内容)は,それぞれ,前記第2の3(2)ア(ア)及び同
イのとおりである。
(2)相違点1ないし3に関し,①甲1発明Aの第一成分として式(1)で表さ
れる化合物は,本件発明1の第二成分として一般式(II)で表される化合
物に,②甲1発明Aの第二成分として式(2)で表される化合物は,本件発
明1の一般式(IV-1)で表される化合物に,③甲1発明Aの第三成分と
して式(3)で表される化合物は,本件発明1の第一成分として一般式(Ⅰ
-1)から一般式(Ⅰ-4)で表される重合性化合物にそれぞれ対応するも
のであり,かつ,甲1発明Aの化合物に本件発明1の化合物の全部又は一部
が包含されている関係にあると認められる。
相違点4に関し,甲1発明Aは,第一成分として式(1)で表される化合
物,第二成分として式(2)で表される化合物,及び第三成分として式(3)
で表される化合物を含有するものであるところ,甲1には,これらの化合物
として,塩素原子を含むものは記載されていない。しかし,甲1発明Aは,
第一成分ないし第三成分の化合物を「含有する」と特定するのみで,それ以
外の化合物が含まれることを排除しておらず,また,甲1には,誘電率異方
性の絶対値を上げるために,第四成分として,式(4-1)で表される,塩
素原子で置換された液晶化合物を含むことができる旨が記載されているほか
(【請求項22】,【0052】,【0053】,【0056】),甲1発
明Aに対応する実施例として,「塩素原子で置換された液晶化合物」を含有
しない液晶組成物(実施例21)と,これを含有する液晶組成物(実施例2
0)の両者が記載されているものと認められる(【0133】,【0134】)。
そうすると,かかる甲1の記載からみて,甲1発明Aには,「塩素原子で置
換された液晶化合物」を含有するものとしないものの二つの態様が包含され
ているといえるから,相違点4に関しても,甲1発明Aには,本件発明1に
おける「塩素原子で置換された液晶化合物」を含有しない態様が包含されて
いるということができる。
(3)以上によれば,本件発明1は,甲1発明Aの下位概念として包含される関
係にあると認めるのが相当である。
4特許性の有無について
(1)特許に係る発明が,先行の公知文献に記載された発明にその下位概念とし
て包含されるときは,当該発明は,先行の公知となった文献に具体的に開示
されておらず,かつ,先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特
有の効果,すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果
とは異質の効果,又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合
を除き,特許性を有しないものと解するのが相当である。
ここで,本件発明1が甲1発明Aの下位概念として包含される関係にある
ことは前記3のとおりであるから,本件発明1は,甲1に具体的に開示され
ておらず,かつ,甲1に記載された発明すなわち甲1発明Aと比較して顕著
な特有の効果を奏する場合を除き,特許性を有しないというべきである。
そして,甲1に本件発明1に該当する態様が具体的に開示されているとま
では認められない(被告もこの点は特に争うものではない。)から,本件発
明1に特許性が認められるのは,甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を
奏する場合(本件審決がいう「格別な技術的意義」が存するものと認められ
る場合)に限られるというべきである。
(2)この点に関し,本件審決は次のとおり判断した。
ア相違点1について
本件審決は,相違点1について,甲1発明Aの「第三成分」として,本
件発明1の「式(I-1)」に相当する「式(3-3-1)」又は本件発
明1の「式(I-2)」に相当する「式(3-4-1)」で表される重合
性化合物を使用することは,単なる選択を行ったにすぎないとした上で,
甲1発明Aの「第三成分」として,「式(3-3-1)」又は「式(3-
4-1)」で表される重合性化合物を選択することに格別な技術的意義が
存するものとは認められないから,相違点1については,実質的な相違点
であるとはいえないと判断した。
イ相違点2及び3について
本件審決は,相違点2及び相違点3について,甲1発明Aの「第一成分」
として,本件発明1における「式(II)」に相当する「式(1-3-1)」
又は「式(1-6-1)」で表される化合物を使用すること,及び「第二
成分」として,「3-HH-4」(本件発明1における「一般式(IV-
1)」に相当する。)などの「式(2-1-1)」で表される化合物を使
用することは,いずれも単なる選択を行ったにすぎないとした上で,甲1
発明Aの「第一成分」として「式(1-3-1)」又は「式(1-6-1)」
で表される化合物を選択すること,及び引用発明Aの「第二成分」として
「3-HH-4」などの「式(2-1-1)」で表される化合物を選択す
ることに,格別な技術的意義が存するものとは認められないから,相違点
2及び3については,いずれも実質的な相違点であるとはいえないと判断
した。
ウ相違点4について
本件審決は,相違点4について,甲1発明Aには,「塩素原子で置換さ
れた液晶化合物を含有しない」態様をも包含されることが明らかであると
した上で,甲1発明Aにおいて,「塩素原子で置換された液晶化合物を含
有しない」態様を選択することに格別な技術的意義が存するものとは認め
られないから,相違点4についても,実質的な相違点であるとはいえない
と判断した。
エ以上によれば,本件審決は,
①甲1発明Aの「第三成分」として,甲1の「式(3-3-1)」及び
「式(3-4-1)」で表される重合性化合物を選択すること,
②甲1発明Aの「第一成分」として,甲1の「式(1-3-1)」及び「式
(1-6-1)」で表される化合物を選択すること,
③甲1発明Aの「第二成分」として,甲1の「式(2-1-1)」で表さ
れる化合物を選択すること,
④甲1発明Aにおいて,「塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない」
態様を選択すること,
の各技術的意義について,上記①の選択と,同②及び③の選択と,同④の
選択とをそれぞれ別個に検討した上,それぞれについて,格別な技術的意
義が存するものとは認められないとして,相違点1ないし4を実質的な相
違点であるとはいえないと判断し,本件発明1の特許性(新規性)を否定
したものといえる。
(3)本件審決の判断の妥当性
本件発明1は,甲1発明Aにおいて,3種類の化合物に係る前記①ないし
③の選択及び「塩素原子で置換された液晶化合物」の有無に係る前記④の選
択がなされたものというべきであるところ,証拠(甲42)及び弁論の全趣
旨によれば,液晶組成物について,いくつかの分子を混ぜ合わせること(ブ
レンド技術)により,1種類の分子では出せないような特性を生み出すこと
ができることは,本件優先日の時点で当業者の技術常識であったと認められ
るから,前記①ないし④の選択についても,選択された化合物を混合するこ
とが予定されている以上,本件発明の目的との関係において,相互に関連す
るものと認めるのが相当である。
そして,本件発明1は,これらの選択を併せて行うこと,すなわち,これ
らの選択を組み合わせることによって,広い温度範囲において析出すること
なく,高速応答に対応した低い粘度であり,焼き付き等の表示不良を生じな
い重合性化合物含有液晶組成物を提供するという本件発明の課題を解決する
ものであり,正にこの点において技術的意義があるとするものであるから,
本件発明1の特許性を判断するに当たっても,本件発明1の技術的意義,す
なわち,甲1発明Aにおいて,前記①ないし④の選択を併せて行った際に奏
される効果等から認定される技術的意義を具体的に検討する必要があるとい
うべきである。
ところが,本件審決は,前記のとおり,前記①の選択と,同②及び③の選
択と,同④の選択とをそれぞれ別個に検討しているのみであり,これらの選
択を併せて行った際に奏される効果等について何ら検討していない。このよ
うな個別的な検討を行うのみでは,本件発明1の技術的意義を正しく検討し
たとはいえず,かかる検討結果に基づいて本件発明1の特許性を判断するこ
とはできないというべきである。
以上のとおり,本件審決は,必要な検討を欠いたまま本件発明1の特許性
を否定しているものであるから,上記の個別的検討の当否について判断する
までもなく,審理不尽の誹りを免れないのであって,本件発明1の特許性の
判断において結論に影響を及ぼすおそれのある重大な誤りを含むものという
べきである。
したがって,本件発明1の特許性に関する本件審決の判断は妥当でない。
(4)被告の主張について
被告は,本件審決と同様に,本件明細書の記載を検討しても相違点1ない
し4に格別な技術的意義があるとはいえず,本件発明1と甲1発明Aは実質
的に同じ技術的思想を有する発明であると主張する。
しかし,各相違点(相違点1,同2及び3,同4)をそれぞれ個別に検討
するのみで各相違点に係る選択を併せて行った際に奏される効果等について
何ら検討するものでない点は,やはり本件審決と同じであるから,被告の主
張は,その余の点について検討するまでもなく,採用できないというべきで
ある。
5本件発明2ないし17について
上記のとおり,本件審決は,本件発明1の特許性の判断において結論に影響
を及ぼすおそれのある重大な誤りを含むものである。そうである以上,本件発
明1を更に限定する本件発明2ないし17についても,それらの特許性の判断
において結論に影響を及ぼすおそれのある重大な誤りを含むものであることが
明らかというべきである。
したがって,本件発明2ないし17の特許性に関する本件審決の判断も妥当
でない。
6結論
以上の次第であるから,取消事由3は理由があるというべきであり,その余
の取消事由について判断するまでもなく,本件審決(ただし,本件訂正を認め
た部分を除く。)は全部取り消すのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴岡稔彦
裁判官
大西勝滋
裁判官
寺田利彦

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛