弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
被告人を懲役2年6月に処する。
この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第1令和元年9月29日午前9時54分頃,普通乗用自動車を運転し,奈良県葛󠄀
城市ab番地c付近道路を同市d方面から同市e方面に向かい時速約60キロ
メートルで進行するに当たり,運転開始前に飲んだアルコールの影響により,
前方注視及び運転操作に支障がある状態で同車を運転し,もってアルコールの
影響によりその走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車
を運転し,その際,前方左右を注視し,道路の安全を確認しつつ進行すべき自
動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,前方左右を注視せず,進路の安
全確認不十分のまま漫然前記速度で進行した過失により,折から自車進路前方
を自車と同一方向に進行し,進路左側の路外施設駐車場に進入しようと減速走
行中のA(当時40歳)運転の普通乗用自動車(軽四)を前方約2.8メート
ルの地点に迫って認め,危険を感じ急制動の措置を講じようとするも間に合わ
ず,自車左前部を前記A運転車両右後部に衝突させ,その衝撃により,同車を
路外施設駐車場内に逸走させて,同駐車場内にいたB(当時4歳)に同車右前
部を衝突させて同人を転倒させ,さらに,同車を同駐車場内に設置されていた
パイロン等に衝突させて同パイロン等をはね飛ばさせ,これを同駐車場内にい
たC(当時43歳)及びD(当時39歳)に直撃させた上,同車を同駐車場内
に設置された看板に衝突させ,その衝撃で破損した看板を同駐車場内にいたE
(当時49歳)に直撃させ,さらに,同駐車場内にいたF(当時85歳)を,
逸走する同車から避難しようとする者の下敷きにさせ,よって,前記Aに加療
約5日間を要する胸部打撲等の傷害を,前記Bに加療約19日間を要する肝損
傷の傷害を,前記Cに加療約10日間を要する胸部打撲傷等の傷害を,前記D
に加療約1週間を要する左肘打撲傷等の傷害を,前記Eに加療約1週間を要す
る右腰背部打撲の傷害を,前記Fに加療約3週間を要する左肋骨骨折等の傷害
をそれぞれ負わせ,さらに,その頃から同日午後1時20分頃までの間,その
運転の時のアルコールの影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で,
事故現場から逃走して同県御所市(住所省略)被告人方で過ごすなどし,もっ
てアルコールの影響の有無又は程度が発覚することを免れるべき行為をした
第2同日午前9時54分頃,同県葛󠄀城市ab番地c付近道路において,前記車両
を運転中,前記のとおり,前記Aらに傷害を負わせる交通事故を起こし,もっ
て自己の運転に起因して人に傷害を負わせたのに,直ちに車両の運転を停止し
て,前記Aらを救護する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時及
び場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった
ものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
第1弁護人の主張
被告人が追突した相手方車両の運転手が追突事故後に同車両を走行させて負
傷させた歩行者らについては,被告人の追突行為と歩行者らの傷害の結果との
間に因果関係はない。
第2当裁判所の判断
1関係証拠によれば,次の事実が認められる。
被告人運転車両(以下「被告人車」という。)がA運転車両(以下「A車」
という。)と衝突した場所(以下「本件衝突現場」という。)は,奈良県葛󠄀城
市dと同市eとを結ぶ県道御所香芝線上にある。本件衝突現場付近は,片側
1車線のほぼ直線の道路であり,その左側(東)には,中央公民館・f公園
利用者駐車場(以下「本件駐車場」という。)がある。そして,被告人車及び
A車が走行していた南(葛󠄀城市e方面)向き車線の本件衝突現場付近の左側
歩道にはバス停があり,その歩道を切り開いてバス停車専用のスペース(バ
スベイとよばれているもの。以下上記スペースを単に「バスベイ」という。)
が設置されており,そのバスベイの左側中央部付近から南端付近にかけて本
件駐車場への進入口が設けられている。
本件当日,本件駐車場では,クラッシックカー等の集まるイベントが開催
されており,Aを除く本件の被害者ら多数の人が訪れていたが,Aは,本件
当時,f公園に行こうとし,時速50ないし60キロメートルで前記県道御
所香芝線を南進して本件衝突現場付近にさしかかり,本件駐車場に駐車する
ため,A車を時速10ないし20キロメートルに減速し左折のウインカーを
出しながら左に寄り,前記バスベイにA車を進入させていた。
被告人は,被告人車を運転し,A車に続いて時速約60キロメートルで県
道御所香芝線を南進していたところ,本件衝突現場付近にさしかかり,本件
駐車場で開催されていたイベントのクラッシックカーに気を取られて脇見を
し,前方左右を注視し,進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務を懈怠
して漫然同速度で進行したため,A車を前方約2.8メートルの地点に至っ
てようやく認め,急制動の措置を講じようとしたが間に合わず,A車の右後
部に被告人車の左前部を衝突させた。この衝突により,A車は,後部右側の
Cピラーからリアバンパー等が損傷し,リアバンパーが押し込まれて右後輪
タイヤの大部分が後方から見える状態になった。他方,被告人車は,フロン
トバンパー下の黒色プラスチックカバーやフロントバンパーの左側部が脱落
し,このバンパー部分がむき出しになるなどの損傷が生じた。なお,被告人
車とA車が衝突した際の音は,本件駐車場内にいた複数の被害者にも聞こえ
るほどの大きさであった。
A車は,被告人車と衝突した後,エンジン音を大きくうならせながら,バ
スベイ内を南進して本件駐車場の進入口から同駐車場内に進行し,左方向に
回りながら,進入路南側の溝の上に設置されたコーンとパイロンに沿って進
み,進入路突き当りの看板に衝突してその柱に乗り上げ進行を止めたが,そ
の後も前輪が勢いよく回り,タイヤと地面の接地面から白い煙が上がってお
り,その後に運転席が開けられてエンジンが止められるまでの間,そのよう
な状態が続いた。
本件衝突地点前後のA車の走行経路は,概ね別紙図面(添付省略)
被告人車と衝突後,A車が本件駐車場内を走行
したことにより,判示第1に記載のとおり,Aを除く本件の被害者らは,そ
れぞれ同記載の原因により判示の傷害を負った。
2ところで,Aは,当公判廷において,被告人車と衝突した後の運転状況等に
つき,次のとおり供述する。
別紙図面ⓐにいた人に声をかけようと思い,前に車を進めようとしたところ,
追突されてドーンと後ろから押されるようなかなり強い衝撃を受け,体が車の
シートに押し付けられるようになった。追突の衝撃により車が本件駐車場の方
に入っていったが,そのときは後ろから強い力で押されていると思っていた。
遠くに見えていた人だかりが急に目の前に来て,たくさんの人が逃げ惑う様子
が見え,はねてしまったと思った。そのときは,パニックでアクセルを踏んで
いるという認識はなく,ブレーキを踏まなければならないとも思えなかった。
ずっと押されていると思い,どうしようもできない,もう駄目だと思っていた
ところ,バーンと衝撃があって車が止まったという感じであった。
Aの供述は,衝突後の運転状況について,その時々の心境を交えながら具体
的かつ詳細に述べられている上,前記1で認定の被告人車とA車の衝突時の速
度,衝突後の両車両の破損状況や衝突音の大きさ等から推認される衝撃の大き
さ等に照らしても自然な内容であり無理なく首肯することができる。そして,
Aは,記憶にあることとないこととを区別しながら記憶にあることをできるだ
け正確に述べようとする真摯な供述態度がみられる上,ブレーキを踏もうと思
わなかったと述べるなど,本件駐車場内にいた被害者らに傷害を負わせてしま
ったことについて,自己に不利益なことも包み隠さず述べ,自分の車がなけれ
ばこれらの被害者につらい思いをさせることはなかったとするなど,自責の念
に駆られる心情も吐露しているのであって,殊更に虚偽の事実を供述して自己
の責任を軽減させようとしているとは考えられない。Aの上記供述は十分信用
することができるというべきである。
3前記1で認定の被告人車と衝突した後のA車の走行状況や看板に衝突して停
止した際のA車の状態等によれば,A車が被告人車と衝突後に本件駐車場内を
暴走してAを除く本件の被害者らに判示の傷害を負わせたのは,Aがアクセル
を踏んだためであると推認することができる。
そして,前記のとおり信用性の認められるAの供述によれば,Aは,バスベ
イに進入して本件駐車場に入ろうとした際,アクセルの上に足を置いていた可
能性もあるところ,被告人車と衝突したことによりパニックに陥り,動揺して
無意識のうちにアクセルを踏んでしまったため,A車を本件駐車場内で暴走さ
せてしまったと考えるのが相当である。
弁護人は,Aの上記供述によれば,追突されて精神的パニックになり,追突
の衝撃でA車が押し出されて駐車場内に入った後も,追突した被告人車に後ろ
から押されているという錯覚に陥り,それから逃れるためにアクセルを故意に
踏んでA車を急加速させ,縁石に乗り上げて停止するまでA車を走行させ続け
たと考えるほかないと主張する。しかし,Aは,追突された車に押されている
とは判断できなかったと供述し,後ろから押され続けている状態から逃れるた
め,必死で前に行こうとしたのではないかとの弁護人の質問に対し,そうでは
なかったと否定しているところ,前記認定の衝突後の被告人車とA車の破損状
況や衝突音の大きさ等からは,衝突時の衝撃は相当大きかったと推認でき,交
通事故を起こしたことがないというAに非常に大きな心理的動揺を与えるもの
であったと考えられるのであって,そのようなAが後ろから強く押されている
と感じた原因を考えることができず,アクセルを意図的に操作していなかった
としても何ら不自然ではないというべきである。Aの上記供述部分も信用する
ことができ,その供述によれば,被告人車と衝突した後,Aが故意に自車のア
クセルを踏んだとは認められないから,弁護人の主張は採用できない。
4そこで,被告人の運転行為とA以外の被害者らの傷害の結果との因果関係に
ついて検討するに,被告人が前方を注視するなど自動車運転上の注意義務を尽
くして被告人車を運転し,同車をA車に衝突させなければ,A車が暴走して本
件駐車場内にいた被害者らに判示の傷害を負わせることはなかったといえ,被
告人の運転行為と上記被害者らの傷害の結果との間に条件関係があることは明
らかである。
もっとも,上記被害者らの傷害の結果は,直接的にはA車の暴走行為に起因
するものであり,被告人の運転行為と上記被害者らの傷害の結果との間にはA
の運転行為が介在している。しかし,前記認定のとおり,本件当時,本件駐車
場には多数の人が来場していたところ,A車は本件駐車場の進入口の方に向け
て低速ではあるが走行していたのであり,そのようなA車に後方から時速約6
0キロメートルの高速で被告人車が追突すれば,A車に相当強い衝撃があり,
追突されたAにおいて非常に大きな心理的動揺が生じるであろうことは容易に
想像でき,同人が供述するように,ブレーキを踏むなどして事故を回避するこ
とを思い付かず,無意識のうちにアクセルを踏んでしまい運転する自動車を暴
走させることにより,A車が本件駐車場内に進入してその場にいた人に傷害を
負わせる事態が生じることも,常識的にみて十分想定できるところである。
以上の事実関係のもとにおいては,被告人の運転行為とAを除く被害者らの
傷害の結果との間にも因果関係があると認めるのが相当である。
(法令の適用)
罰条判示第1の所為自動車の運転により人を死傷させる行為等の
処罰に関する法律4条(被害者ごと)
判示第2の所為救護義務違反の点は道路交通法117条2項,
1項,72条1項前段
報告義務違反の点は同法119条1項10号,
72条1項後段
科刑上一罪判示第1及び第2の各罪について
いずれも刑法54条1項前段,10条(観念的競合)
判示第1の罪は1個の行為が6個の罪名に触れる場合である
から,犯情の最も重いFに対する罪の刑で処断
判示第2の罪は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるか
ら,重い救護義務違反罪の刑で処断
刑種の選択判示第2の罪につき所定刑中懲役刑を選択
併合罪加重刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑
に法定の加重)
刑の執行猶予刑法25条1項
訴訟費用刑事訴訟法181条1項本文(負担)
(量刑の理由)
本件は,被告人が飲酒の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態
で自動車を運転した上,脇見をして前方の自動車に追突し,その自動車の運転手に
傷害を負わせるとともに,同車を暴走させて5名の者に傷害を負わせたが,救護報
告義務を尽くすことなく逃走し,飲酒運転の発覚を免れる行為に及んだ事案である。
被告人は,友人たちと本件前日から当日にかけて夜通し酒を飲み,その後仮眠をと
ったものの,アルコールの残った状態で自動車を運転したもので,本件後に飲酒検
知した結果を踏まえて推定した本件事故時のアルコール濃度は,呼気1リットルに
つき0.53ミリグラムと推定され,酒気帯びの程度はかなり高く,非常に危険な
状態で自動車を運転していたといえる。現に,被告人は,判示のとおり人身事故を
起こしているが,前方左右を注視し,進路の安全を確認するという自動車運転者と
して最も基本的な注意義務を懈怠しており,過失の態様は悪い。この交通事故によ
り幼児や高齢者を含む6名の被害者に判示の傷害を負わせた結果も軽いとはいえな
い。しかも,被告人は,これらの被害者に傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,
飲酒運転の発覚をおそれて救護報告義務を尽くすことなく逃走し,アルコールが抜
けるのを待つため,帰宅後警察官が来るまで2時間程度自宅で過ごしたもので,被
害者らの生命身体の安全を一顧だにしないまことに身勝手な行為であり,その動機
に酌量の余地はない。本件以前に速度超過等の複数の交通違反歴が被告人にあるこ
となどにも照らすと,その規範意識は甚だ希薄というほかない。
以上によれば,被告人の刑事責任を軽視することはできないのであって,被告人
を厳罰に処することも考えられる事案であるが,追突した自動車を運転していた被
害者については被告人車に掛けられた保険により,また,その他の被害者について
は被告人が追突した自動車に掛けられた保険により,それぞれ各被害者の損害が補
填される見込みがあること,被告人が追突した自動車を運転していた被害者に直接
謝罪をするとともに,公判廷において,他の被害者にも謝罪の意を表し,当時の生
活態度が芳しくなかった旨述べるなどし,反省の態度を示していること,父が公判
廷で被告人の態度を見ながら監督していく旨誓約し,その更生に助力する姿勢を示
していること,被告人には前記のとおり交通違反歴はあるものの前科がないこと,
本件が大きく報道され,スポンサー契約が打ち切られるなどし,一定の社会的制裁
を受けたといえることなど,被告人のために酌むことのできる事情も認められ,こ
れらの事情も併せ考慮すると,悪質ではあるが幸い被害者らに後遺症が残るほどの
重篤な傷害の結果が生じていない本件において,被告人を実刑に処するのはいささ
か酷に過ぎ,被告人に対しては,厳しい自戒のもとに社会内で更生の機会を与える
のが相当と思料されるので,主文のとおり刑を量定するとともに,その執行を猶予
した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑懲役2年6月)
令和2年10月29日
裁判官奥田哲也

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛