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平成24年12月5日判決言渡同日原本受領裁判所書記官
平成24年(ネ)第10062号意匠権侵害差止等請求控訴事件
原審・東京地方裁判所平成23年(ワ)第10705号
口頭弁論終結日平成24年11月14日
判決
控訴人株式会社ユニックス
同訴訟代理人弁護士山﨑司平
柳楽久司
正岡有希子
星晶広
同補佐人弁理士大竹正悟
武田寧司
被控訴人西邦工業株式会社
同訴訟代理人弁護士冨永博之
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,原判決別紙物件目録記載1及び2の換気口を製造,販売しては
ならない。
3被控訴人は,その占有に係る前項の換気口及びその半製品を廃棄せよ。
4被控訴人は,控訴人に対し,4200万円及びこれに対する平成23年4月
12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
6仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,換気口の意匠権を有する控訴人が,被控訴人が原判決別紙物件目録
記載1及び同2の換気口(以下,「被告製品1」及び「被告製品2」といい,これら
を併せて「被告製品」という。)を製造・販売する行為が控訴人の意匠権を侵害する
と主張して,被控訴人に対し,意匠法37条1項に基づく被告製品の製造販売の差
止め並びに同条2項に基づく被告製品及びその半製品の廃棄を求めるとともに,不
法行為に基づく損害賠償として4200万円及びこれに対する不法行為の後である
平成23年4月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める事案である。
原判決は,被告製品の意匠が控訴人が意匠権を有する換気口の意匠に類似するも
のとは認められないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
そこで,控訴人は原判決を不服として控訴した。
2前提となる事実(証拠を掲記するほかは,当事者間に争いがない。)
(1)当事者
控訴人は,住宅,工場,事務所等の換気口,吸音材等の製造販売等を目的とする
株式会社である。
被控訴人は,空調機器,冷暖房機器の製造販売等を目的とする株式会社である。
(2)控訴人の意匠権
ア控訴人は,次の登録意匠(以下「本件意匠A」という。)に係る意匠権を有し
ている。
登録番号:第1222958号
出願日:平成15年12月8日
登録日:平成16年10月1日
意匠に係る物品:換気口
登録意匠:原判決別紙A意匠公報のとおり
イ控訴人は,本件意匠Aを本意匠とする関連意匠として,次の登録意匠(以下
「本件意匠B」という。)に係る意匠権を有している。
登録番号:第1223069号
出願日:平成15年12月8日
登録日:平成16年10月1日
意匠に係る物品:換気口
登録意匠:原判決別紙B意匠公報のとおり
ウ控訴人は,本件意匠Aを本意匠とする関連意匠として,次の登録意匠(以下
「本件意匠C」といい,本件意匠A及び同Bと併せて,「本件各意匠」という。)に
係る意匠権(以下,前記ア及びイに記載の各意匠権と併せて,「本件各意匠権」とい
う。)を有している。
登録番号:第1223070号
出願日:平成15年12月8日
登録日:平成16年10月1日
意匠に係る物品:換気口
登録意匠:原判決別紙C意匠公報のとおり
(3)本件各意匠の構成
ア本件意匠Aの構成は,原判決別紙「本件意匠Aの説明書」の「(1)構成」に記
載のとおりである(なお,本件意匠Aの基本的構成態様及び具体的構成態様の各構
成は,同説明書記載の符号に従い,「構成ア」のようにいう。)。
イ本件意匠Bの構成は,原判決別紙「本件意匠Bの説明書」の「(1)構成」に記
載のとおりである(なお,本件意匠Bの基本的構成態様及び具体的構成態様の各構
成は,同説明書記載の符号に従い,「構成ア」のようにいう。)。本件意匠Bの構成ア
ないしシは,本件意匠Aの構成アないしシと同一であり,その構成セ及びソが本件
意匠Aの構成スと異なる。
ウ本件意匠Cの構成は,原判決別紙「本件意匠Cの説明書」の「(1)構成」に記
載のとおりである(なお,本件意匠Cの基本的構成態様及び具体的構成態様の各構
成は,同説明書記載の符号に従い,「構成ア」のようにいう。)。本件意匠Cの構成ア
ないしシは,本件意匠Aの構成アないしシと同一であり,その構成タ及びチが本件
意匠Aの構成スと異なる。
(4)被控訴人は,遅くとも平成17年10月から現在に至るまで,業として,被
告製品を製造販売している。
(5)被告製品は,換気口であり,本件各意匠に係る物品と同一である。被控訴人
製品の意匠(以下「被告意匠」という。)は,原判決別紙被告意匠目録記載のとおり
であり,その構成は,構成nの「7本」を「7本又は9本」と改める(甲28)ほ
かは,原判決別紙「被告意匠の説明書」の「(1)構成」に記載のとおりである(なお,
被告意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様の各構成は,同説明書記載の符号に
従い,「構成a」のようにいう。ただし,控訴人は,構成bの「該差込筒部前端に設
けられた外向きのフランジ部でリベット止めされた円板部からなる」及び構成eの
「前方にやや突出しているため,正面視において前面筒状部の外形線を示す円の内
側に水溜め部の外形線の円弧が現れる「円の下20パーセントの円弧と円弧の両端
を結ぶ弦からなる形状」(以下この形状を「弓状」という。)」は,いずれも基本的構
成態様ではなく,具体的構成態様に分類すべきものであると主張する。)。被告製品
1及び同2の各製品の違いは,被告製品2の内部にはドレンコップと称する水溜め
用のシリコーンゴム製の容器が収納されていることであり,両製品の外観から把握
できる意匠は同一である。
3争点
(1)本件各意匠と被告意匠の類否(争点1)
(2)本件各意匠に係る意匠登録は意匠登録無効審判により無効にされるべきも
のと認められるか(争点2)
(3)控訴人の損害(争点3)
第3当事者の主張
1当事者の主張は,後記2に付加するほか,原判決「事実及び理由」の第2の
3に記載のとおりであるから,これを引用する。
2当審における主張(争点1について)
〔控訴人の主張〕
(1)ガラリ部と水溜め部との構成比率について
ア原判決は,「前面カバーのガラリ部が前面筒状部の前端面の上から約7/10
の高さを占め,上部ガラリ部の下側に略半円板状の水溜め部が残余の約3/10の
高さを占めるように形成されている構成」を本件各意匠の要部と認定した上で,「ガ
ラリ部と水溜め部との割合が,本件各意匠では約7対3であるのに対し,被告意匠
では8対2であること」において「大きく相違する」と判示する。
イ原判決が本件各意匠の要部として,ガラリ部と水溜め部との前記構成比率に
着目したのは,本件各意匠と本件公知意匠(乙1)とを対比したことによる。しか
しながら,本件各意匠は,上側に縦ガラリのガラリ部を有し,下側に水溜め部を有
する一方,本件公知意匠は,前面カバーの上部に葉脈状のガラリ部を有し,下側に
水溜め部を有するものであるから,本件公知意匠は,あくまでも「葉脈状のガラリ
部」を開示しているのであって,両者を対比して,公知意匠に対して新しい創作上
の美感を生じる構成態様を意匠の要部ととらえると,本件各意匠の要部は,「前面カ
バーが,その上側に縦ガラリのガラリ部を有し,その下側に水溜め部を有する基本
的な構成」にあるということができる。原判決が要部とするガラリ部と水溜め部と
の構成比率は,公知意匠が上側に縦ガラリのガラリ部があり,下側に水溜め部を有
する前面カバーの基本的構成態様を開示している場合に,要部か否かが検討される
べきものである。
したがって,本件各意匠の要部として,ガラリ部と水溜め部との構成比率を約7
対3として認定すること自体が誤りである。
ウ仮に,上記構成比率が本件各意匠の要部になるとしても,換気口の分野では,
建物のダクトの径に合わせて換気口のサイズが選択されるため,1つのモデルに複
数のサイズが用意されるのが通常であり(甲7~16),サイズに応じてガラリ部の
ガラリ桟の本数及びガラリ部と水溜め部との面積比率は,変わってくる。例えば,
本件意匠B及びCの実施品では,上記構成比率がサイズに応じて「7.97対2.
03」ないし「8.16対1.84」と異なるし(甲27,28),被控訴人製品で
も同じく「7.97対2.03」ないし「8.50対1.50」と異なる(甲9,
28)。しかるところ,換気口の分野においては,同一モデルのサイズの違いごとに
意匠登録をする例は,皆無であって,ガラリ桟の本数やガラリ部の構成比率が異な
るサイズ違いの製品については,いずれも1つの意匠権でカバーされている。換気
口のサイズは,ダクトの太さに合わせて選択されるのであるが,サイズの違いから
別の美感を受け取る需要者はどこにもなく,単に「同じデザインのサイズ違い」と
認識されている。すなわち,換気口の分野では,前面カバーの50%を水溜め部に
したような意匠は格別,20%と30%という程度の違いであれば,見た目の印象
は,変わらず,別異の意匠とはなり得ない。したがって,原判決が判示するような,
「ガラリ部と水溜め部との割合が,本件各意匠では約7対3であるのに対し,被告
意匠では約8対2であること」において「大きく相違する」などということは,当
業者の常識から明らかに逸脱した,非類似との結論ありきの過大評価であって,当
業者の間ではあり得ない。
(2)ガラリ桟の本数及び方向について
ア原判決は,「ガラリ部には,縦方向に伸長し列方向で並列に整列する10本の
ガラリ桟が形成され(縦ガラリ)」との点を本件各意匠の要部と認定した上で,「本
件各意匠は,10本のガラリ桟から成る縦ガラリであるのに対し,被告意匠は,7
本のガラリ桟から成る横ガラリである」点で「大きく相違する」ものであって,「む
しろ縦ガラリか横ガラリかの相違によって,看者に対し異なった美感を与えるとい
うべきである」とする。
イしかしながら,ガラリ桟が葉脈状の本件公知意匠(乙1)及び前面カバーに
水溜め部がなく,その全面に縦ガラリを掛け渡した公知意匠(乙5)との対比にお
いて本件各意匠の要部を認定するに当たり,ガラリ桟の具体的本数まで要部に含め
なければならない理由はなく,ガラリ桟の本数は,上側に縦ガラリのガラリ部があ
り,下側に水溜め部を有する前面カバーの基本的構成態様が公知意匠として開示さ
れている場合に検討すべきものである。そもそも,公知意匠(乙5)では,同一製
品の説明においてガラリ桟が10本のもの(製品写真)と7本のもの(図面)が開
示されているから,原判決は,公知意匠との対比が正しくされていない。また,前
記のとおり,換気口の分野では同一モデルに複数のサイズが用意されるのが通常で
あるところ,例えば本件意匠Bの実施品は,サイズによってガラリ桟が8本のもの
や11本のものもあるから,換気口の分野においてガラリ桟の本数が意匠の要部に
含まれることになれば,同一モデルのサイズ違いの製品がことごとく意匠の要部を
異にする製品であるという非常識な結論に至ってしまう。
以上のとおり,本件各意匠の要部に「10本」というガラリ桟の本数を盛り込ん
だ原判決の認定には重大な誤りがある。
ウ次に,実際に建物に設置される換気口のガラリの向きは,吹き出させたい風
の方向によって選択されるから,換気口メーカーは,1つの建物について全体の意
匠的統一感を損なわないように,同一モデルに縦ガラリと横ガラリの製品を用意し
てカタログ上はセットで紹介し,顧客に選択させるというのが換気口の分野での常
識であるし(甲7,8,10,13。以下,枝番の記載を省略する。),実際の納入
事例においても,1つの建物に縦ガラリと横ガラリの製品が納入されるのが通常で
ある(甲29~35)。すなわち,当業者は,縦ガラリと横ガラリとは,風の吹き出
し方向という機能的な理由に基づく違いにすぎず,デザインとしては同一のものと
して受け止めているから,原判決の言うような「縦ガラリか横ガラリかの相違によ
って,看者に対し異なった印象を与える」ということはあり得ず,だからこそ特許
庁は,本件各意匠のガラリ部を横ガラリにした意匠については拒絶査定をしたので
ある(甲17)。
(3)水溜め部の突出について
ア原判決は,「上部ガラリ部の下側に,前面筒状部の前端面の他の部分と同一の
平面上に略半円板状の水溜め部が残余の約3/10の高さを占めるように形成され
ている」ことを本件各意匠の要部と認定した上で,「略半円板状(弓状)の水溜め部
が,本件各意匠では前面筒状部の前端面の他の部分と同一の平面上に形成されてい
るのに対し,被告意匠では前面筒状部の前端面の他の部分から前方にやや突出して
形成されている」点において,本件各意匠と被告意匠とが「大きく異なる」とする。
イしかしながら,水溜め部が他の部分と「同一の平面上」に形成されているこ
とは,本件公知意匠(乙1)でも同じであるのに,本件各意匠ではこれが要部とし
て認定しなければならないのか,全く意味不明である。原判決には,本件各意匠の
要部の認定に重大な誤りがあるといわざるを得ない。
ウ原判決は,水溜め部がやや突出して形成されている点において本件各意匠と
被告意匠とが大きく異なると述べるだけで,理由を何も示していないばかりか,正
面から見た前面側の部分を要部として認定するといいながら,真横から見なければ
認識することが難しい水溜め部の僅かな突出を以て大きな相違としているのである
から,明らかな論理矛盾を示している。加えて,原判決は,控訴人が原審で指摘し
た「前面カバーの水溜め部の突出のある意匠とない意匠とが関連意匠として登録さ
れている例」(甲22)及びこのような突出の有無は関連意匠として登録される範囲
内の差異であって,意匠の要部を異にする差異であるとはされていないとの点につ
いては何ら考察を加えておらず,初めから控訴人の請求を棄却することだけを目的
として,理由も付さずに「似ていない」と述べているのである。
(4)以上のとおり,原判決は,要部の認定及び評価にいずれも誤りがあり,破棄
を免れない。
〔被控訴人の主張〕
(1)ガラリ部と水溜め部との構成比率について
ア本件公知意匠(乙1)のガラリ部は,葉脈状であってもガラリ部であること
に変わりはなく,正面から見ると,ガラリ桟の占める面積割合は,ごく小さいため,
ほとんどが開口部であるガラリ部と密閉されている水溜め部とは好対照をなし,そ
の構成比率の相違がはっきりと認識される。そして,本件各意匠(約7対3)及び
本件公知意匠(乙1。約8対2)のガラリ部及び水溜め部との構成比率の間の相違
から本件各意匠の要部を認定した原判決は,正当である。
イ控訴人は,1つの「モデル」に複数のサイズを用意するのが一般的である旨
を主張するが,「同一モデル」とは,サイズも形状も同一である場合をいう以上,正
しくは,1つの「シリーズ」に複数のサイズを用意するのが一般的であるというべ
きである。そして,換気口の分野に限らず,どの分野でも同じシリーズでサイズの
違うものがいくらでもあることは,周知の事実である。
また,控訴人の製品においても,サイズが大きくなってもガラリ部と水溜め部と
の構成比率は,約8対2とほぼ変化しておらず,仮に,サイズが大きくなれば当該
構成比率やガラリ桟の本数が変化するとしても,各シリーズのサイズが異なる場合
のデザインは,種々の要素を考慮して決められるのであり,同一のシリーズにおい
てサイズが異なると必然的に当該構成比率及びガラリ桟の本数が一定の方向に変化
するとはいえない。そもそも,意匠権の範囲は,出願時の願書の記載及び願書に添
付された図面により現された意匠(意匠法24条1項)に基づいて定められるので
あり,また,意匠とは,物品の形状,模様,色彩又はこれらの結合であって,視覚
を通じて美感を起こさせるもの(同法2条1項)であるから,需要者がその物品そ
のものを,商品名,形式及びシリーズ名等を度外視して見たときにどのように感じ
るかによって決まるものであって,控訴人の製品に基づいて美感を論じる控訴人の
主張は,根拠がない。
むしろ,本件訴訟においては,本件各意匠と被告意匠とが対比されているのであ
って,本件各意匠(水溜め部が約30%)と控訴人の製品(水溜め部が18.4%
ないし20.3%)を対比しているのではないし,仮に本件各意匠と被告製品とを
対比するにしても,被告製品で最も大きいサイズのものは,水溜め部の構成比率が
15%であるから,本件各意匠とは大きく異なる。
(2)ガラリ桟の本数及び方向について
ア本件各意匠の出願時の意匠図面には,10本のガラリ桟が明示されている以
上,要部の認定に当たってこれを無視することはできない。
イ意匠とは,物品の形状であって,視覚を通じて美感を起こさせるものであり,
縦ガラリと横ガラリとでは美感が異なることは,明らかであるから,同一シリーズ
の換気口が縦ガラリと横ガラリとのセットになっていたとしても,縦ガラリと横ガ
ラリとで美感が異なることに変わりはない。
(3)水溜め部の突出について
ア原判決は,本件各意匠の水溜め部が他の部分と同一平面上にあることを認定
しただけであり,それを超えて,水溜め部が他の部分と同一平面上にないものまで
含んで抽象化することは,到底許されない。
イ水溜め部が前端面の他の部分と同一平面内ではなく,やや前方に突出してい
るのは,被告意匠の特徴的構成であり,それにより水溜め部に蓄えられる水の量が
増える機能を備えるとともに,美観的にもその突出部分が前面端部の円のやや内側
にあるため,正面から見た場合であっても,明らかにその差異を視認できるもので
ある。
また,控訴人が指摘する関連意匠(甲22)は,他の部分は全て同じで水溜め部
がやや突出している部分のみが異なる意匠が関連意匠とされているのであり,原判
決とは矛盾しないことが明らかである。
(4)よって,控訴人の主張は,いずれも理由がない。
第4当裁判所の判断
1争点1(本件各意匠と被告意匠の類否)について
(1)本件各意匠の構成
前提となる事実に証拠(甲2,4,6)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件各
意匠の構成は,原判決別紙AないしCの各意匠公報のとおりであり,①本件意匠A
の構成は,構成アないしスに加えて,「前面筒状部の前端面のガラリ部の下側には,
略半円板状の水溜め部が前面筒状部の前端面の他の部分と同一の平面上に形成され
ている。」との構成(以下「構成ツ」という。)を有し,②本件意匠Bの構成は,構
成アないしシ,セ,ソ及びツを有し,③本件意匠Cの構成は,構成アないしシ,タ,
チ及びツを有することが認められる。
(2)被告意匠の構成
証拠(甲8,9,28)及び弁論の全趣旨によれば,被告意匠は,原判決別紙被
告意匠目録記載のとおりであり,その構成は,構成nの「7本」を「7本又は9本」
と改めるほか,構成aないしoに加えて,「前面筒状部の前端面のガラリ部の下側に
は,弓状の水溜め部が前面筒状部の前端面の他の部分から前方にやや突出して形成
されている。」との構成(以下「構成p」という。)を有することが認められる。
(3)本件各意匠と被告意匠との対比について
本件各意匠と被告意匠とを対比すると,次の共通点及び差異点1ないし7が認め
られる。
ア共通点:本件各意匠の構成ア,ウ,エ及びキないしケと被告意匠の構成a,
c,d,g,j及びkのほか,本件各意匠の構成イ及び被告意匠の構成bのうち背
面カバーが差込筒部を有するという点並びに本件各意匠の構成オ及び被告意匠の構
成eのうち前面カバーが前面筒状部の前端面におけるガラリ部の下側部分を閉塞す
る略半円板状(弓状)の水溜め部を有するという点
イ差異点1:本件各意匠は,前面カバーのガラリ部が前面筒状部の前端面の上
から約7/10の高さを占めるように形成され,その下側に略半円板状の水溜め部
が約3/10の高さを占めるように形成されているのに対し,被告意匠は,前面カ
バーのガラリ部が前面筒状部の前端面の上から約8/10の高さを占めるように形
成され,その下側に弓状(略半円板状)の水溜め部が約2/10の高さを占めるよ
うに形成されている点
ウ差異点2:本件各意匠は,ガラリ部が縦方向に伸長し列方向で並列に整列す
る10本のガラリ桟から形成されている(縦ガラリ)のに対し,被告意匠は,ガラ
リ部が横方向に伸長し行方向で並列に整列する7本又は9本のガラリ桟から形成さ
れている(横ガラリ)点
エ差異点3:本件各意匠は,略半円板状の水溜め部が前面筒状部の前端面の他
の部分と同一の平面上に形成されているのに対し,被告意匠は,弓状の水溜め部が
前面筒状部の前端面の他の部分から前方にやや突出して形成されている点
オ差異点4:本件各意匠は,背面カバーは円板形状で,前面カバーのフランジ
部が外周縁に筒状縁を有しているのに対し,被告意匠は,背面カバーの円板部が筒
状縁を有しており,この筒状縁の最下端に円板に平行な短い切り込み部があり,前
面カバーのフランジ部は,前面筒状部と同心状に斜め上後方にごく短く突出する縁
を有している点
カ差異点5:本件意匠Aのガラリは,左右吹き出し,本件意匠Bのガラリは,
左吹き出し,本件意匠Cのガラリは,右吹き出しであるのに対し,被告意匠のガラ
リは,下吹き出しである点
キ差異点6:被告意匠には,差込筒部の外周に3つのスプリングを有するが,
本件各意匠にはこれがない点
ク差異点7:被告意匠には,背面カバーの円板部の差込筒部の下側に背面視弓
状の突出部を有するが,本件各意匠にはこれがない点
(4)本件各意匠の要部について
ア本件各意匠は,その登録に係る物品が換気口であり,建物の外壁に設置され
て使用されるものであるから,使用時においては,背面側の部分は観察されず,も
っぱら正面から見た前面側の部分の形状が観察されることになる。
イ証拠(乙1,5)によれば,本件各意匠の登録の出願前において,次の各意
匠が公知であったことが認められる。
(ア)意匠登録第1176791号公報(乙1。平成15年6月23日発行)に
は,①建物の外壁に沿わせて設置する背面カバーと,背面カバーの前面側を覆う前
面カバーとを有し,②背面カバーは,建物の外壁に開口するダクトに挿入する差込
筒部を有し,③前面カバーは,背面カバーの前方に短く突出する前面筒状部を有し,
④前面カバーは,前面筒状部の前端面に通気用のガラリ部を有し,⑤前面カバーは,
前面筒状部の前端面におけるガラリ部の下側部分を閉塞する略半円板状の水溜め部
を同一の平面上に有し,⑥背面カバーは,円板形状であり,⑦背面カバーの差込筒
部は,背面カバーよりも小径の円筒形状であり,その後端の外周縁には断面山型で
二重の筒状縁があり,その筒軸は背面カバーの中心に対し上方に偏芯させて形成さ
れており,⑧前面カバーの前面筒状部は,円筒形状であり,⑨前面カバーの前面筒
状部の後端部には,背面カバーと重ね合わせて接合する外向きのフランジ部を有し,
⑩前面カバーのフランジ部の外周縁には,前面筒状部と同心状として後方に短く筒
状に突出する筒状縁を有し,⑪前面カバーのガラリ部は,前面筒状部の前端面の上
から約8/10の高さを占めるように形成されており,ガラリ部の下側には略半円
板状の水溜め部が残余の約2/10の高さを占めるように形成されており,⑫ガラ
リ部には,左右対称にVの字を描くように中央の縦方向に配置された1本の棒に左
右各7本のガラリ桟が接合する形態で平行に形成されており,⑬ガラリ部のガラリ
桟は,正面視で左右対称に形成されており,斜め下方向にやや傾斜を付けて形成さ
れている構成を有する換気口の意匠(本件公知意匠)が記載されている(以下,本
件公知意匠の構成態様の各構成は,上記の符号に従い,「構成①」のようにいう。)。
(イ)平成11年10月の被控訴人の換気口等のカタログ(乙5)には,前記(ア)
①ないし④及び⑥の各構成,⑦に係る構成のうち背面カバーの差込筒部が背面カバ
ーよりも小径の円筒形状であり,その筒軸は背面カバーの中心に対し上方に偏芯さ
せて形成されている点,⑧及び⑨の各構成を備えるほか,前面カバーのガラリ部に
は,縦方向に伸長し列方向で並列に整列する7本又は10本のガラリ桟が形成され
ている(縦ガラリ)構成を有する換気口の意匠が記載されている。
ウ前記アの本件各意匠に係る換気口の性質,用途及び使用態様に前記イの各公
知意匠の構成を併せ考慮すると,本件各意匠のうち,看者である需要者の注意を最
も惹きやすい部分は,正面から見た前面側の部分であり,特に,前面カバーが前面
筒状部の前端面におけるガラリ部の下側部分を閉塞する略半円板状(弓状)の水溜
め部を有するとともに,前面カバーのガラリ部が前面筒状部の前端面の上から約7
/10の高さを占めるように形成され,当該ガラリ部には,縦方向に伸長し列方向
で並列に整列する10本のガラリ桟が形成されている(縦ガラリ)一方,水溜め部
が前面筒状部の前端面の他の部分と同一の平面上に残余の約3/10の高さを占め
るように形成されている構成であり,この構成が本件各意匠の要部であると認めら
れる。
エ控訴人の主張について
(ア)控訴人は,本件公知意匠との関係を踏まえると,本件各意匠の要部は,ガ
ラリ部の全てのガラリ桟が一方向に直線状に伸張する形状で並列に架け渡された構
成であると主張する。
しかしながら,本件公知意匠のVの字を描くように配置されたガラリ桟の構成に
対して,本件各意匠のガラリ桟は,縦方向に伸長し列方向で並列に整列している(縦
ガラリ)点で相違するのであるから,控訴人の上記主張のようにガラリ桟の方向を
「一方向」として抽象化した構成をもって本件各意匠の要部として認定することは
できない。
よって,控訴人の上記主張は,採用できない。
(イ)控訴人は,本件公知意匠との関係ではガラリ部の態様に着目して要部が認
定されるべきであって,ガラリ部と水溜め部の存在を超えて,両者の構成比率が本
件各意匠の要部とはならない旨を主張するほか,本件公知意匠との対比では水溜め
部が他の部分と同一の平面上にあることが要部とはならない旨を主張する。
しかしながら,前記イに記載のとおり,本件公知意匠(乙1)に加えて,前端面
に水溜め部を備えない換気口の意匠も公知(乙5)となっている以上,両者を対比
すると,水溜め部の存否が需要者の注意を最も惹くことは,明らかであるところ,
換気口の前端面に水溜め部が存在する場合,換気口の性質及び用途に照らせば,ガ
ラリ部と水溜め部との構成比率に加えて,水溜め部の構成形態が需要者の視覚を通
じて起こさせる美感に影響を与えることもまた,明らかである。
したがって,前記ウに認定のとおり,ガラリ部と水溜め部との構成比率及びその
構成形態も,本件各意匠の需要者の注意を最も惹く部分である本件各意匠の要部で
あるというべきであって,控訴人の上記主張は,採用できない。
(ウ)控訴人は,公知意匠(乙1,5)との対比からガラリ桟の本数を要部とす
る理由がなく,むしろ公知意匠(乙5)及び本件意匠Bの実施品においてもガラリ
桟の本数が一定ではないから,ガラリ桟の本数が本件各意匠の要部とならない旨を
主張する。
なるほど,公知意匠(乙5)を含む換気口の性質及び用途に照らすと,換気口に
縦方向又は横方向のガラリ桟を備える場合に,その本数は,必ずしも一定しない(本
件出願日当時に公知であった換気口について,甲10~16,25,26,乙3,
5参照)ものの,ガラリ桟は,正面から見た場合に観察の対象となる換気口の最も
主要な部分を構成するものであるから,その本数それ自体もまた,需要者の視覚を
通じて起こさせる美感に影響を与えるものであるというべきである。そして,本件
各意匠の要部は,登録意匠の願書の記載及び願書に添附した図面に記載された意匠
に基づいて定めなければならないところ,原判決別紙AないしCに記載の本件各意
匠の図面には,いずれも10本のガラリ桟が明記されているから,本件各意匠にお
けるガラリ桟の本数(10本)は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に影響を
与えるものであり,需要者の注意を最も惹く部分とみるのが相当であって,控訴人
の上記主張は,採用できない。
(エ)控訴人は,前方に突き出した前面筒状部と背面カバーに対して差込筒部が
上方に偏芯しているという構成が要部である旨を主張する。
しかしながら,上記構成は,前記イで認定したとおり,いずれも公知意匠で開示
されている構成であるばかりか,換気口内部の構成であって,正面から見た場合に
観察の対象となる前面側の部分の形状に含まれるとはいい難い。
したがって,上記構成を需要者の注意を最も惹く部分である本件各意匠の要部と
して認めることはできず,控訴人の上記主張は,採用できない。
(5)本件各意匠と被告意匠の類否について
ア共通点及び差異点に係る美感について
(ア)本件各意匠と被告意匠には,前記(3)アに認定の共通点があるが,これらの
共通点は,本件各意匠の構成オ及び被告意匠の構成eのうち前面カバーが前面筒状
部の前端面におけるガラリ部の下側部分を閉塞する略半円板状(弓状)の水溜め部
を有するという点を除き,いずれも前記(4)イに認定の公知意匠(乙1,5)に認め
られる構成である。
(イ)本件各意匠と被告意匠との差異点1ないし7は,前記(3)イないしクに認定
のとおりであるが,そのうち,前記(4)ウに認定の本件各意匠の要部に係る差異点は,
次のとおりである。
a差異点1(ガラリ部と水溜め部との構成比率):ガラリ部と水溜め部の構成比
率が,本件各意匠では約7対3であるのに対し,被告意匠では約8対2である点
b差異点2(ガラリ桟の本数及び方向):本件各意匠は10本のガラリ桟からな
る縦ガラリであるのに対し,被告意匠は7本又は9本のガラリ桟からなる横ガラリ
である点
c差異点3(水溜め部の構成形態):略半円板状(弓状)の水溜め部が,本件各
意匠では前面筒状部の前端面の他の部分と同一の平面上に形成されているのに対し,
被告意匠では前面筒状部の前端面の他の部分から前方にやや突出して形成されてい
る点
(ウ)このうち,差異点1(ガラリ部と水溜め部との構成比率)及び差異点3(水
溜め部の構成形態)についてみると,前記(4)エ(イ)に認定のとおり,ガラリ部と水
溜め部との構成比率及び水溜め部の構成形態は,需要者の視覚を通じて起こさせる
美感に影響を与えるものというべきである。
しかしながら,本件各意匠と被告意匠との差異点1の相違は,両者の構成比率が
相対的に近似しており,また,差異点3の相違は,前端面の他の部分を構成する平
面からの突出が,被告意匠においては顕著なものではなく,他の部分を構成する平
面に近接していることから,差異点1及び同3は,需要者の視覚を通じて起こさせ
る美感に影響を与えるものの,それら自体で当該美感に大きな相違をもたらすもの
とまではいえない。
(エ)差異点2(ガラリ桟の本数及び方向)についてみると,前記(4)エ(ウ)に認
定のとおり,ガラリ桟の本数は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に影響を与
えるものというべきである。
しかしながら,本件各意匠(10本)及び被告意匠(7本又は9本)のガラリ桟
の本数は,比較的近似しているから,差異点2のうちガラリ桟の本数に係る部分は,
需要者の視覚を通じて起こさせる美感に影響を与えるものの,それ自体で当該美感
に大きな相違をもたらすものとまではいえない。
他方,差異点2のうちガラリ桟の方向についてみると,本件各意匠は,縦ガラリ
であるのに対して,被告意匠は,横ガラリであって,両者は,ガラリ桟の方向が全
く異なるために外観を大きく異にしている。しかも,本件各意匠及び被告意匠のガ
ラリ部は,看者である需要者の注意を最も惹きやすい部分である正面から見た前面
側の部分のうちいずれも約7割ないし8割という大きな割合を占めており,縦方向
又は横方向のガラリ桟は,それ自体が単純な意匠であるために看者に強い印象を与
えることに加え,ガラリ桟の向きと水溜め部との組合せから生じる美感をも考慮す
ると,本件各意匠と被告意匠とを対比した場合に,上記の縦ガラリと横ガラリとい
う差異点は,これが本件各意匠の具体的構成態様に係る部分であるとしても,看者
に対して大きく相違する美感を与えているというべきである。
(オ)以上のとおり,本件各意匠と被告意匠とでは,特に差異点2のガラリ桟の
方向に関する部分が看者に対して大きく相違する美感を与えているところ,本件各
意匠と被告意匠とでは,前記(ウ)及(エ)に記載のとおり,差異点1のガラリ部と水
溜め部との構成比率,差異点3の水溜め部の構成形態及び差異点2のガラリ桟の本
数に関する部分は,いずれもそれら自体で当該美感に大きな相違をもたらすものと
まではいえないものの,差異点2のガラリ桟の方向に関する部分と相俟って,全体
として看者に対し大きく相違する美感を与えることに貢献しているものといえる。
他方,本件各意匠と被告意匠の共通点は,前記(ア)に記載のとおり,その多くが
公知意匠に認められる構成であるほか,看者である需要者の注意を最も惹きやすい
部分である正面から見た前面側の部分を占めるものではないから,本件各意匠の要
部となるものではない。また,本件各意匠の要部であり被告意匠にも共通する水溜
め部の存在も,これが基本的構成態様に係る部分であることを考慮しても,上記の
差異点1ないし3から生じる全体としての美感の相違を凌駕するものとはいえない。
イ控訴人の主張について
控訴人は,縦ガラリか横ガラリかの相違は,換気口の意匠の分野ではその機能に
基づく極めてありふれた相違にすぎず,デザインとしては同一のものとされている
から,別異の意匠的印象を発揮する要素になることはないのであって,現に本件各
意匠のガラリ部を横ガラリにした意匠については拒絶査定を受けている旨を主張す
る。
そこで検討すると,証拠(甲8~16,乙5)によれば,換気口のカタログ類に
おいては,換気口には前端面が縦ガラリであるもの,横ガラリであるもの又は網状
であるものなどがあるが,縦ガラリの製品と横ガラリの製品とが排気方向を異にす
る関連商品として並べて記載されているものも少なくない。しかしながら,縦ガラ
リと横ガラリの各換気口が機能に基づく相違であって,これらがいずれも換気口の
意匠の分野ではありふれたものであるとしても,前記ア(エ)に説示のとおり,両者
がガラリ桟の方向が全く異なるために外観を大きく異にしていることなどから看者
に対して相違する美感を与える以上,このことは,本件各意匠と被告意匠との類否
の判断に直ちに影響を与えるものではない。
よって,控訴人の上記主張は,採用できない。
(6)小括
以上のとおり,本件各意匠の要部と被告意匠とは,差異点2のガラリ桟の方向に
関する部分に,差異点1のガラリ部と水溜め部との構成比率,差異点3の水溜め部
の構成形態及び差異点2のガラリ桟の本数に関する部分が相俟って,全体として看
者に対して大きく相違する美感を与えており,被告意匠は,本件各意匠と類似した
意匠であるとは認められず,控訴人の請求には,いずれも理由がない。
2争点2(本件各意匠に係る意匠登録は意匠登録無効審判により無効にされる
べきものと認められるか)について
前記のとおり,被告意匠は,本件各意匠とは類似しないから,控訴人の請求には
いずれも理由がないが,なお念のため,争点2についても以下に判断を示すことと
する。
(1)本件各意匠と本件公知意匠との共通点及び差異点について
本件公知意匠(乙1)は,前記1(4)イ(ア)に記載のとおりであるところ,本件公
知意匠と本件各意匠とを対比すると,次の共通点及び差異点AないしDが認められ
る。
ア共通点:本件各意匠の構成アないしカ,クないしコ及びツと前記1(4)イ(ア)
に記載の本件公知意匠の構成①ないし⑥及び⑧ないし⑩のほか,本件各意匠の構成
キと本件公知意匠の構成⑦のうち背面カバーの差込筒部が背面カバーよりも小径の
円筒形状であり,その筒軸は背面カバーの中心に対し上方に偏芯させて形成されて
いる点及び本件各意匠の構成サと本件公知意匠の構成⑪のうち前面カバーのガラリ
部の下側には略半円板状の水溜め部を有する点
イ差異点A(ガラリ部と水溜め部との構成比率):本件各意匠は,前面カバー部
のガラリ部が前面筒状部の前端面の上から約7/10の高さを占め,下側には水溜
め部が残余の約3/10の高さを占めるように形成されているのに対し,本件公知
意匠は,前面カバー部のガラリ部が前面筒状部の前端面の上から約8/10の高さ
を占め,下側には水溜め部が残余の約2/10の高さを占めるように形成されてい
る点
ウ差異点B(ガラリ部の形状):本件各意匠のガラリ部は,縦方向に伸長し列方
向で並列に整列する10本のガラリ桟が形成されている(縦ガラリ)のに対し,本
件公知意匠のガラリ部は,左右対称にVの字を描くように中央の縦方向に配置され
た1本の棒に左右各7本のガラリ桟が接合する形態で平行に形成されている点
エ差異点C(ガラリ桟の傾斜):本件意匠Aのガラリ桟は,左右吹き出し,本件
意匠Bのガラリ桟は,左吹き出し,本件意匠Cのガラリ桟は,右吹き出しであるの
に対し,本件公知意匠のガラリ桟は,いずれも斜め下方向にやや傾斜を付けて形成
されている点
オ差異点D(背面カバーの差込筒部の筒状縁):本件公知意匠の背面カバーの差
込筒部後端の外周縁には断面山型で二重の筒状縁があるのに対し,本件各意匠には
これに相当するものがない点
(2)本件公知意匠の要部について
ア本件公知意匠は,換気口であり,建物の外壁に設置されて使用されるもので
あるから,使用時においては,背面側の部分は観察されず,もっぱら正面から見た
前面側の部分の形状が観察されることになる。
イ前記アの本件公知意匠に係る換気口の性質,用途及び使用態様に前記1(4)
イ(イ)に認定の公知意匠(乙5)の構成を併せ考慮すると,本件公知意匠のうち,
看者である需要者の注意を最も惹きやすい部分は,正面から見た前面側の部分であ
り,特に,前面カバーが前面筒状部の前端面におけるガラリ部の下側部分を閉塞す
る略半円板状の水溜め部を有するとともに,前面カバーのガラリ部が前面筒状部の
前端面の上から約8/10の高さを占めるように形成され,当該ガラリ部には,左
右対称にVの字を描くように中央の縦方向に配置された1本の棒に左右各7本のガ
ラリ桟が接合する形態で平行に形成されている一方,水溜め部が前面筒状部の前端
面の残余の約2/10の高さを占めるように形成されている構成であり,この構成
が本件公知意匠の要部であると認められる。
(3)本件各意匠の新規性について
ア本件公知意匠と本件各意匠には,前記(1)アに認定の共通点があるが,これら
の共通点は,本件公知意匠の構成⑤と本件各意匠の構成オ及びツに係る点(前面カ
バーは,前面筒状部の前端面におけるガラリ部の下側部分を閉塞する略半円板状の
水溜め部を同一の平面上に有する点)並びに本件公知意匠の構成⑩と本件各意匠の
構成コに係る点(前面カバーのフランジ部の外周縁には,前面筒状部と同心状とし
て公報に短く筒状に突出する筒状縁を有する点)を除き,いずれも前記1(4)イ(イ)
に認定の公知意匠(乙5)に認められる構成である。
イ本件公知意匠と本件各意匠との差異点AないしDは,前記(1)イないしオに認
定のとおりであるが,そのうち,前記(2)イに認定の本件公知意匠の要部に係る差異
点は,差異点AないしCである。
ウ差異点A(ガラリ部と水溜め部の構成比率)について
差異点Aは,ガラリ部と水溜め部との構成比率に係るものであるが,本件出願日
当時において,前端面に水溜め部を備えない換気口の意匠も公知(乙5)となって
いる以上,水溜め部の存否が需要者の注意を最も惹くことは,明らかであり,換気
口の前端面に水溜め部が存在する場合,換気口の性質及び用途に照らせば,ガラリ
部と水溜め部との構成比率が需要者の視覚を通じて起こさせる美感に影響を与える
ことは,明らかである。
しかしながら,本件公知意匠と本件各意匠との差異点Aの相違は,両者の構成比
率が相対的に近似していることから,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に影響
を与えるものの,それ自体で当該美感に大きな相違をもたらすものとまではいえな
い。
エ差異点C(ガラリ桟の傾斜)について
差異点Cは,ガラリ桟の傾斜に係るものであるが,ガラリ桟の傾斜は,前面端か
ら換気口の内部に入った部分の構成であって,正面から見た場合に必ずしも識別が
容易ではないことから,看者の美感に与える影響も,ごく限定的なものである。し
かも,本件出願日当時に公知であったカタログ類(甲12~16)によれば,換気
口のガラリ桟は,排気を的確に行うという用途に照らして,その風向を調節するた
めに一定の傾斜を付するのが通常でありふれたものであると認められるから,本件
公知意匠と本件各意匠との差異点Cの相違は,需要者の視覚を通じて起こさせる美
感に影響を与えるものの,その影響が限定的であるというべきである。
オ差異点B(ガラリ部の形状)について
(ア)差異点Bは,ガラリ部の形状に係るものであるが,ガラリ部は,換気口の
最も主要な部分を構成するものであるから,その形状が需要者の視覚を通じて起こ
させる美感に影響を与えることは,明らかである。
すなわち,本件公知意匠及び本件各意匠のガラリ部は,看者である需要者の注意
を最も惹きやすい部分である正面から見た前面側の部分のうちいずれも約7割ない
し8割という大きな割合を占めているところ,本件公知意匠では,ガラリ桟が左右
対称のVの字を描くように中央の縦方向に配置された1本の棒に左右各7本のガラ
リ桟が接合する形態で平行に形成されている点で,本件各意匠の縦ガラリに比較し
て複雑で特有な構成を備えている。そのため,本件公知意匠と本件各意匠とでは,
ガラリ部の形状が全く異なり,外観を大きく異にしていると認められるから,差異
点Bは,看者に対して大きく相違する美感を与えているといえる。
(イ)なお,この点に関し,被控訴人は,公知意匠(甲10~16)には縦ガラ
リ及び横ガラリが周知のありふれた形態として示されているから,本件公知意匠の
ガラリ部と本件各意匠の縦ガラリが類似すると主張する。
しかしながら,本件公知意匠のガラリ部の形状は,本件各意匠の縦ガラリに比較
して複雑で特有な構成である以上,縦ガラリ及び横ガラリが周知のありふれた形態
であるとしても,本件公知意匠のガラリ部が縦ガラリを採用する本件各意匠と類似
しているということはできない。
よって,被控訴人の上記主張は,採用できない。
カ本件公知意匠と本件各意匠との類否について
以上のとおり,本件公知意匠と本件各意匠とでは,特に差異点Bのガラリ部の形
状が看者に対して大きく相違する美感を与えているところ,本件公知意匠と本件意
匠とでは,前記ウに記載のとおり,差異点Aのガラリ部と水溜め部との構成比率は,
それ自体で当該美感に大きな相違をもたらすものとまではいえないものの,差異点
Bのガラリ部の形状と相俟って,全体として看者に対し大きく相違する美感を与え
ることに貢献しているものといえる。
他方,本件公知意匠及び本件各意匠には,前記(1)アに認定の共通点があるが,こ
れらの共通点の多くは,前記1(4)イ(イ)に認定の公知意匠(乙5)に認められる構
成であるか,看者である需要者の注意を最も惹きやすい部分である正面から見た前
面側の部分を占めるものではないから,本件公知意匠の要部となるものではない。
また,本件公知意匠の要部と認められ,本件各意匠にも共通する水溜め部の存在も,
これが基本的構成態様に係る部分であることを考慮しても,上記の差異点A及び同
Bから生じる全体としての美感の相違を凌駕するものとはいえない。
キ小括
よって,本件公知意匠と本件各意匠とは,差異点Bのガラリ部の形状に,差異点
Aのガラリ部と水溜め部との構成比率が相俟って,全体として看者に対し大きく相
違する美感を与えており,本件各意匠は,本件公知意匠と類似した意匠であるとは
認められない。
(4)本件各意匠の容易創作性について
本件公知意匠と本件各意匠との差異点AないしDは,前記(1)イないしオに認定の
とおりであるが,その容易創作性について検討すると,次のとおりである。
ア差異点A(ガラリ部と水溜め部との構成比率)の容易創作性について
差異点Aは,ガラリ部と水溜め部との構成比率の相違に係るものであるが,両者
の構成比率が相対的に近似していることに加えて,水溜め部の形状も共通している
ことに照らすと,本件各意匠の差異点Aに係る構成は,本件公知意匠のガラリ部と
水溜め部の構成比率を当業者にとってありふれた手法で変更したものにすぎず,当
業者は,本件公知意匠に基づき,当該構成を容易に創作することができたものと認
められる。
イ差異点B(ガラリ部の形状)の容易創作性について
(ア)差異点Bは,ガラリ部の形状の相違に係るものであるが,ガラリ桟が縦ガ
ラリである換気口は,本件出願日当時,多くのカタログ類や複数の意匠公報に多数
のものが広く記載されており,そのガラリ桟の本数も,おおむね5本ないし10本
であり,特に7本ないし10本のものが多くみられる(甲10~16,25,26,
乙5)ことに照らすと,本件各意匠のガラリ部の形状は,これらのごく一般的な意
匠を採用したものであって,当業者に周知であったものと認められる。したがって,
本件各意匠の差異点Bに係る構成は,本件公知意匠のガラリ部の形状を当業者にと
ってありふれた手法により他の公然知られた意匠に置き換えて構成したにすぎない
ものと認められる。
(イ)なお,この点に関し,控訴人は,差異点Bに係る相違が,本件公知意匠と
本件各意匠とで大きく異なる印象を与えるほか,他の公知意匠(乙3)の縦ガラリ
を横ガラリに変更し,さらにこれを本件公知意匠に組み合わせるという多段階の創
作行為を経なければ本件各意匠の縦ガラリに到達しないから,創作が容易ではない
旨を主張する。
しかしながら,差異点Bに係る相違が看者に対して大きく異なる美感を与えるも
のであるとしても,前記(ア)に認定のとおり,本件各意匠が備えるガラリ部の形状
は,本件出願日当時,多くのカタログ類や複数の意匠公報に多数のものが広く記載
されていた以上,本件公知意匠のガラリ部の形状を本件各意匠のものに置き換える
ことは,他の横ガラリを採用している公知意匠の存在を考慮するまでもなく,創作
が容易であったというべきである。
したがって,控訴人の上記主張は,採用できない。
(ウ)よって,当業者は,本件公知意匠に基づき,本件各意匠の差異点Bを容易
に創作することができたものと認められる。
ウ差異点C(ガラリ桟の傾斜)について
差異点Cは,ガラリ桟の傾斜の相違に係るものであるが,本件出願日当時に公知
であったカタログ類(甲10~16)によれば,換気口のガラリ桟は,排気を的確
に行うという用途に照らして,その風向を調節するために一定の傾斜を付するのが
通常であると認められる。したがって,本件公知意匠のガラリ桟について,これを
風向調節のために適宜変更することは,ガラリ桟の傾斜が有する機能に照らしても,
当業者にとってありふれた手法で配置を変更したものであるにすぎず,当業者が容
易に創作することができたものであると認められる。
エ差異点D(背面カバーの差込筒部の筒状縁)について
差異点Dは,背面カバーの差込筒部の後端の外周縁に設けられた断面山型の二重
の筒状縁の存否に係るものであるが,本件出願日当時に公知であったカタログ類(甲
10~16)によれば,当該構成に相当するものを備えていない換気口が一般的で
あったものと認められる。したがって,本件公知意匠の上記構成を除いて本件各意
匠の構成を採用することは,当業者にとってありふれた手法により他の公然知られ
た意匠に置き換えて構成したものにすぎず,当業者は,本件公知意匠に基づき,本
件各意匠の構成を容易に創作することができたものと認められる。
オ小括
以上によれば,当業者は,本件公知意匠に基づき,本件各意匠の差異点Aないし
Dに係る構成をいずれも容易に創作することができたものと認められるから,本件
各意匠は,意匠法3条2項に違反して登録されたものとして,同法48条1項1号
に基づき意匠登録無効審判により無効とされるべきものであって,控訴人は,意匠
法41条が準用する特許法104条の3第1項により,被控訴人に対して本件各意
匠権を行使することができないものというべきである。
よって,控訴人の請求は,いずれにせよ理由がないものというほかない。
3結論
以上によれば,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は,結論において相当で
あって,本件控訴には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判
決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官土肥章大
裁判官井上泰人
裁判官荒井章光

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