弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
(当事者の求めた裁判)
第一 原告ら
一 本件許可処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 被告
一 本案前の申立て
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
二 本案の申立て
主文同旨
(原告らの請求の原因)
第一章 原告らの立場と本件許可処分の存在等
第一 当事者
原告らはいずれも本件許可処分にかかる本件原子炉の設置場所である福島県双葉郡
<地名略>、<地名略>並びにその周辺に居住し、本件原子炉の事故の発生の際は
もちろん平常運転時においても、大気や海水中に排出される放射能や海中への温排
水などによつて、生命、健康、生活等に重大な影響を受けることを免れないもので
ある。なお、原告らの居住位置の大略は別紙二のとおりである。
(中略)
(被告の答弁及び主張)
第一章 原告らの立場と本件許可処分の存在等
原告らの請求原因第一章第一のうち、原告らがいずれも本件許可処分にかかる本件
原子炉の設置場所である福島県双葉郡<地名略>、<地名略>並びにその周辺に居
住していることは認めるが、原告らが、本件原子炉の事故の発生の際はもちろん、
平常運転時においても、大気や海水中に排出される放射能や海中への温排水などに
よつて、生命、健康、生活等に重大な影響を受けることを免れないものであるとの
点は否認する。同章第二の事実は認める。
第二章 原告適格
当事者適格の問題は、抗告訴訟においては、民事訴訟におけるそれとは異なる重要
な意義を有している。すなわち、民事訴訟における当事者適格は、本案審理を開始
する要件であると同時に本案判決をするための要件であつて、本案審理の必要性の
ない訴えを整理して、裁判所の無駄な手数を省くとともに、そのような訴訟に対す
る応訴に煩わされることから被告を保護する機能を営むことに尽きるのであり、こ
のことは、民事紛争の解決があげて裁判所にゆだねられていることに由来する。こ
れに対し、抗告訴訟における当事者適格なかんずく原告適格は、右の機能に加え
て、行政権限の行使に関する紛争の解決における行政と司法の役割分担という見地
からの、司法による行政への関与の条件を設定するという重要な意義をも更に併せ
有するものである。
したがつて、本件取消訴訟においては、まず、原告らが、原告適格を有するもので
あるか否かについて、十分な吟味がなされなければならない。
原告らは、以下に述べるとおり、いずれも本件許可処分の取消しを求めるにつき行
訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」に当たらない者であるから、本件訴え
は、いずれも原告適格を欠く者の提起した不適法な訴えとして却下されるべきもの
である。
第一 法律上保護された利益の不存在
原告らが本訴において本件許可処分により侵害されると主張する利益は、法律上保
護された利益ではないから、原告らは、本件許可処分の取消しを求める原告適格を
有しない。
一 行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」の意義
1 取消訴訟の原告適格については、行訴法九条において「処分の取消しの訴え
は、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起するこ
とができる。」旨定めるところである。そして、同条にいう処分の取消しを求める
につき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分の取消しによつて回復すべき自
己の法律上の利益を有する者、すなわち、当該処分により自己の権利若しくは法律
上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解す
るいわゆる法的利益救済説(法律上保護された利益救済説)が判例上確立している
ことは周知のとおりである。
2 すなわち、抗告訴訟の原告適格について、いわゆる法的利益救済説の立場に拠
るべきことは、つとに、既存の質屋営業者の第三者に対する質屋営業許可処分の取
消訴訟の原告適格に関する最高裁判所昭和三四年八月一八日第三小法廷判決(民集
一三巻一〇号一二八六ページ)、既存の公衆浴場営業者の第三者に対する公衆浴場
営業許可処分の無効確認訴訟の原告適格に関する最高裁判所昭和三七年一月一九日
第二小法廷判決(民集一六巻一号五七ページ)等の裁判例により明らかにされてい
たところ、原告適格の拡大を志向、提唱する一部学説の影響を受けてか、昭和四〇
年代の末頃から五〇年代の初頭にかけ下級審段階において、いわゆる利益救済説
(法の保護に値する利益救済説)の立場による裁判例、あるいは、法的利益救済説
の立場に拠る解釈構成を採りつつ、行政法規の保護する利益を拡張し、伝統的な考
え方からすれば反射的利益ないし事実上の利益にすぎないとされていたものを法律
上の利益と解することにより、実質的に利益救済説の立場への接近の傾向を示す裁
判例(伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地方裁判所昭和五
三年四月二五日判決(行裁例集二九巻四号五八八ページ)は後者に属するものとい
うことができる。)が散見されたところである。
しかしながら、右のような下級審段階における若干の混乱は、伝統的な法的利益救
済説の立場を堅持することを確認し、同説のいう前記「法律上保護された利益」の
意義に関して、「法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的
利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障
されている利益であつて、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的と
して行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反
射的利益とは区別されるべきものである。」と判示し、法律上保護された利益と反
射的利益とは峻別されなければならないことを改めて明らかにした、いわゆるジユ
ース表示事件についての最高裁判所昭和五三年三月一四日第三小法廷判決(民集三
二巻二号二一一ページ、以下単にジユース判決ともいう。)によつて終止符が打た
れ、右判決以降現れた下級審裁判例は、右最高裁判決の判示するところに従い、す
べて法的利益救済説の立場に拠り、かつ、その殆どは行政法規の保護法益を厳格に
解釈する傾向を示しているのである。
もとより、先般言渡された森林法に基づく保安林指定解除処分の取消訴訟(いわゆ
る長沼ナイキ基地訴訟)についての最高裁判所昭和五七年九月九日第一小法廷判決
(民集三六巻九号一六七九ページ、以下単に長沼ナイキ判決ともいう。)も、保安
林の近隣居住者の右訴訟の原告適格につき、右の確立した判例の立場を踏襲し、法
的利益救済説に拠りその判断を示したものであることはいうまでもない。
3 以上のところから、原告らが本件許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利
益を有する者、すなわち、本件取消訴訟の原告適格を有する者であるか否かは、ま
ず、原告らが本訴において本件許可処分により侵害され又は必然的に侵害されるお
それがあると主張する生命、身体、健康等の利益が、法律上保護された利益、すな
わち、本件許可処分の根拠となつた行政法規である原子炉等規制法二三条、二四条
等の関係規定が原告らの個人的利益を保護することを目的として被告の右許可権限
の行使に制約を課していることにより保障されている利益、であるか否かによつて
決せられることになる。
二 法的利益救済説における行政法規の保護法益の解釈の方法
しかして、本件許可処分の根拠となつた右の原子炉等規制法の関係規定の保護法益
の解釈に当つては、次に指摘するいくつかの基本的事項に留意されなければならな
い。
1 そもそも、前掲各最高裁判決をはじめとする多数の裁判例によつて確立された
法的利益救済説の考え方は、法律上保護された利益と反射的利益との峻別と並ん
で、公益と個人的利益との峻別をその方法論的特徴とするものであり、右の概念の
区別は、法的利益救済説における基本的な意義、機能を有するものである。
もとより、公益といえども、その内包は、これに包摂されるところの現在及び将来
における不特定多数者に帰属する顕在的又は潜在的な利益の総体ということができ
るから、その限りにおいて、究極的にはこれを個々人の利益に還元して考えること
も論理的には不可能ではないといえよう。しかしながら、違法な行政処分に対する
国民の権利、利益の救済制度としての抗告訴訟における原告適格の問題は、つまる
ところこれを民衆訴訟といかに区別すべきかの問題ということができるのであつ
て、右の公益と個人的利益(更には法律上保護された利益と反射的利益)の概念
は、この抗告訴訟と民衆訴訟との区別の標準に関する法的利益救済説の考え方にお
ける基本的な判断枠組みを提供するものであり、その道具概念としての有効性はつ
とに判例によつて承認されてきたところである。右の公益と個人的利益との区別を
あいまいにすることは、とりもなおさず、法的利益救済説の提供する有効な道具概
念を無効化し、ひいては、法的利益救済説そのものを否定することにほかならな
い。行政法規が公益を保護している場合、これを個人の利益にまで還元して、これ
をもつて法律上保護された利益とみるべきものとすれば、あらゆる行政法規におけ
る公益保護規定は個人的利益をも保護したものと解することができることとなり、
ひいては、国民、住民はどのような行政庁の処分に対しても法律上保護された利益
を侵害されたものとして争訟を提起することが許されることとなり、事実上常に民
衆訴訟を認めるべきこととなつてしまうおそれがあるからである。
ちなみに、いわゆる利益救済説が、一部学説の唱道にもかかわらず、下級審段階に
おいても殆ど受け容れられるに至らなかつたのも、右利益救済説においては、どの
ような生活利益がそのいうところの「保護に値する利益」に該当するか否かについ
ての明確な判断基準を提供し得ず(現在のところ、要するに救済されなければなら
ないから原告適格を認めるべきであるという、結論をもつて前提に答えたような段
階にとどまつているように思われる、との指摘がある(最高裁判所判例解説・民事
篇・昭和五三年度・八三ページ参照)。)、民衆訴訟との区別の標準に関する道具
概念としての有効性の承認を得ることができなかつたからにほかならない。
2 一般に、公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分(本
件許可処分も、これに該当する。)が、その根拠となつた行政法規の規定に違反
し、法の保護する公益を違法に侵害するものであつても、右公益に包摂される不特
定多数者の個別的利益の侵害は単なる法の反射的利益の侵害にとどまるから、この
ような侵害を受けたにすぎない者は、右処分の取消し等を求めるについて行訴法九
条に定める法律上の利益を有する者には該当しない。そして、例外的に、特に行政
法規が、一般的公益と並んで、特定の者の個人的な利益をも、右の公益の中に包摂
ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこれを保護しているものと解
される場合に限り、右処分により右利益を違法に侵害された特定の個々人につき、
当該処分の取消し等を訴求する原告適格を肯認することができるのである。
3 本件における右の保護法益の解釈に当つては、前掲いわゆるジユース表示事件
についての最高裁判決及び長沼ナイキ基地訴訟についての最高裁判決の示すところ
に従い、本件許可処分の根拠となつた原子炉等規制法の関係規定の具体的な規定内
容に則して、権限行使の要件を定めその行使に一定の制約を課している法の趣旨、
目的等についての右関係規定の合理的な解釈を通じて行うという方法に拠るべきで
ある。
三 原子炉等規制法の関係規定の保護法益
以上の点を踏まえ、本件許可処分の根拠となつた原子炉等規制法の関係規定の保護
法益につき考察する。
1 原子炉等規制法は、原子炉の設置につき許可制を採り、原子炉を設置しようと
するものは内閣総理大臣の許可を受けなければならない(同法二三条一項)とする
一方、内閣総理大臣が右原子炉の設置許可処分を行うためには、当該申請が同法二
四条一項一号ないし四号所定の各要件に適合するものであることを要するとして、
内閣総理大臣の右許可権限の行使に制約を課している。
しかしながら、原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定は、専ら、同法
一条、二四条一項各号所定の一般的公益の保護を目的とするものであつて、右の一
般的公益と並んで原子炉施設の周辺住民等の個人的利益をも、右の公益の中に包摂
ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこれを具体的に保護しようと
する趣旨を窺わせる規定は何ら在しない。
2 (一)すなわち、そもそも、原子炉等規制法は、原子炉の利用が平和の目的に
限られ、かつ、これらの利用が計画的に行われることを確保し、あわせてこれらに
よる災害を防止して公共の安全を図るために、原子炉の設置及び運転等に関して必
要な規制を行うこと等を目的とする(同法一条)いわゆる規制法の範ちゆうに属す
るのであつて、右のような公益目的の実現のため、本来的には国民の自由な活動に
ゆだね得る原子炉の設置についても、許可制を採用する等の規制を行うこととして
いるものである。したがつてまた、当然のことながら、右許可の要件について定め
る同法二四条一項一号ないし四号の各規定も、以下に述べるとおり、いずれも専ら
公益の保護を目的とするものであつて、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保
護を目的とするものではないのである。
(1) 原子炉等規制法二四条一項一号は、「原子炉が平和の目的以外に利用され
るおそれがないこと。」を原子炉設置許可の要件とする。
同法が、右規定への適合性を要件としているのは、我が国における原子力の研究、
開発及び利用は平和の目的に限つて行われなければならない(基本法二条、原子炉
等規制法一条参照)からにほかならず、右一号への適合性の要求が、専ら右の公益
の実現を目的とするものであつて、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を
目的とするものではないことは明らかである。
(2) 原子炉等規制法二四条一項二号は、「その許可をすることによつて原子力
の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと。」を原子炉設置
許可の要件とする。
同法が、右規定への適合性を要件としているのは、原子力の開発及び利用の分野が
広範かつ多岐にわたつており、また、その成果が得られるまでには長年月と多額の
資金及び多数の人材を要するものであること等にかんがみ、原子炉の設置は長期的
視野に立つて計画的に行われなければならない(同法一条参照)からにほかなら
ず、右二号への適合性の要求が、専ら右の公益の実現を目的とするものであつて、
原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目的るものではないことは明らかな
ところである。
(3) 原子炉等規制法二四条一項三号は、「その者に原子炉を設置するために必
要な技術的能力及び経理的基礎があり、かつ、原子炉の運転を適確に遂行するに足
りる技術的能力があること。」を原子炉設置許可の要件とする。
同法が、右規定への適合性を要件としているのは、原子炉が高度の技術を集約して
設置、運転されるものであり、かつ、原子炉の設置には多額の資金を要するもので
あることにかんがみ、主として原子炉の利用による災害の防止を、原子炉を利用す
る者の人的、組織的及び資金的な面から担保し、もつて公共の安全を図ろうとする
(同法一条参照)ものにほかならず、右三号への適合性の要求が、専ら右の公益の
実現を目的とするものであつて、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益の保護を目
的とするものではないことは明らかなところである。
(4) 原子炉等規制法二四条一項四号は、「原子炉施設の位置、構造及び設備が
核燃料物質、核燃料物質によつて汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障
がないものであること。」を原子炉設置許可の要件とする。
同法が、右規定への適合性を要件としているのは、原子炉の利用は、何よりも安全
の確保を旨として、これによる災害を防止して公共の安全を図りつつ行われなけれ
ばならない(同法一条参照)ことにかんがみ、主として原子炉施設の設計面からこ
れを担保しようとするものにほかならず、右四号への適合性の要求が、専ら右の公
共の安全という公益の実現を目的とするものであつて、原子炉施設の周辺住民等の
個人的利益の保護を目的とするものではないことは明らかなところである。原告ら
主張のような原子炉施設の周辺住民等の個人的利益は、右四号の規定が保護する公
共の安全という一般的公益に完全に包摂されるものであり、右公益が実現されるこ
とによつて周辺住民等は均しく原子炉等による災害から必然的に保護されることと
なるのであるから、右周辺住民等の個人的利益はまさに反射的利益にすぎない。
したがつて、右四号の規定の存在をもつて、原子炉等規制法が右周辺住民等の個人
的利益をも、右の公共の安全という一般的公益と並んで、右の公益中に包摂ないし
は吸収解消されないところの個別的利益として具体的に保護しているもの、と解す
ることは到底できないのである。
(二) しかして、原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定中に、他
に、同法の保護する右の一般的公益と並んで原子炉施設の周辺住民等の個人的利益
をも、右の公益の中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこ
れを具体的に保護しようとする趣旨を窺わせる規定は何ら存しない。
(三) 前掲長沼ナイキ基地訴訟についての最高裁判決が、森林法の保護する自然
災害の防止等の一般的公益のみならず、これと並んで、森林の存続によつて不特定
多数者の享受する生活利益のうち同法二七条一項にいう「直接の利害関係を有する
者」の個人的な生活利益をも、右の一般的公益の中に吸収解消されないところの同
法の保護する個別的利益であると解し、右「直接の利害関係を有する者」につき保
安林指定解除処分の取消訴訟についての原告適格を肯認した理由は、同法が右「直
接の利害関係を有する者」に対し、保安林の指定又は解除についての申請権を付与
する等同法二七条一項、二九条、三〇条、三二条のような特別の規定を置いてその
利益保護を図つていること、並びに、旧森林法において、右の者に保安林指定の解
除処分についての訴願及び行政訴訟の提起を認めていた沿革が存在すること、の二
点に尽きるのであつて、仮に、右の森林法の各規定(並びに旧森林法時代からの沿
革の存在)がないものとすれば、右「直接の利害関係を有する者」につき、保安林
指定解除処分の取消訴訟についての原告適格を肯認するに由ないものといわなけれ
ばならない。
しかして、本件許可処分は、原子炉の利用が平和の目的に限られ、かつ、これらの
利用が計画的に行われることを確保し、あわせてこれらによる災害を防止して公共
の安全を図る、という原子炉等規制法一条所定の公益目的を実現するための方法と
して同法が採用した原子炉の設置に係る一般的禁止を、個別的に解除する性質の処
分であるから、保安林指定解除処分と同様、右最高裁判決のいう「公益保護のため
の私権制限に関する措置についての行政庁の処分」に該当するものであるところ、
原子炉の設置許可に係る原子炉等規制法の関係規定を子細に検討しても、行政庁の
右設置の許否の判断について、原子炉施設の周辺住民に対し、意見書等の提出権を
付与したり、聴聞手続等への参加を保障する趣旨の規定を見出すことはできない
し、いわんや、右許可後における当該許可の取消し(同法三三条参照)等について
の申請権を付与するような規定を見出すことはできないのである。
ひるがえつて、そもそも、前掲長沼ナイキ基地訴訟についての最高裁判決の原告適
格の判断において示された方法論における基本的特徴は、名宛人に対する授益的行
政処分ないしは公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分の
取消訴訟についての第三者であるいわゆる周辺住民ないし附近住民の原告適格に関
する判断を、当該行政処分の根拠実定法(森林法)に具体的に規定された概念
(「直接の利害関係を有する者」)を基礎として、これについての関係規定の解釈
を通じて行うという方法に拠つているところにあるということができる(園部逸
夫・右最高裁判例解説・法曹時報三五巻九号一七九四ページ参照)が、原子炉の設
置許可に係る原子炉等規制法の関係規定を精査しても、同法中にはこれに相当する
ような原告らの本件許可処分の取消しを求める原告適格を肯認する手懸かりとなり
得べき概念は、およそこれを見出し得ないところである。
(四) 付言するに、前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松
山地裁判決は、原子炉等規制法二四条一項四号の保護法益を解釈するに際し、「規
制法の付属法規である規則一条七号、一条の二第二項六、七号、一〇号、告示二
条、九条及び規制法二四条一項四号の解釈について、事実上重要な意義を有する安
全設計審査指針、原子炉立地審査指針、気象手引は、いずれも原子炉施設周辺にお
ける放射線被ばくを軽減し、かつ、原子炉施設周辺住民が原子炉事故による災害を
被ることを防止することを重要な目的としていると解される」と判示し(行裁例集
二九巻四号五九三ページ)、このことを同号が「公共の安全を図ると同時に、原子
炉施設周辺住民の生命、身体、財産を保護することを目的としている」と解する重
要な根拠とする。なるほど、右の立地審査指針等には「周辺の公衆」という言葉が
みられ、例えば「重大な事故の発生を仮定しても周辺の公衆に放射線障害を与えな
いこと。」という定め方をしているのであるが、右の「周辺の公衆」なる概念それ
自体既に個々の周辺住民等の個性を抽象化した法概念であり、森林法にいう「直接
の利害関係を有する者」のごとき、具体的な個々人に着目した法概念とは異質のも
のであることは明らかなところであつて、右のような指針等の定め方をもつて、原
子炉等規制法二四条一項四号の規定が原子炉施設の周辺住民の利益を個別的利益と
して具体的に保護しているものと解する論拠とすることはできないものである(ち
なみに、右指針及び手引の定め方は、放射線被曝が原子炉施設周辺に始まつて遠方
に及ぶ性質があることにかんがみ、原子炉施設周辺においてこれを監視し放射線を
一定のレベル以下に抑えるという方法を、右四号の許可要件適合性の審査の手法と
して採用したからにほかならない。)。
また、右指針及び手引は、もともと、「指針」あるいは「手引」といつた名称を使
用していることからも明らかなように、いずれも、内閣総理大臣の諮問機関である
原子力委員会において、いわゆる安全審査をする際の内部的な指針を定めた内規と
いうべき性質のものであつて、法の許容する範囲内であれば、そのような内規をも
うけることはもちろん、その具体的内容の決定及び規定の仕方についても行政庁の
裁量にゆだねられているというべきであるが、右のような性質の指針あるいは手引
の規定の仕方から、遡つて原子炉等規制法が原子炉施設の周辺住民等の個人的利益
をもその保護の対象としているとの結論を導き出すような法解釈の方法は誤りであ
る。これら内規にすぎない指針あるいは手引の規定の仕方いかんによつて、制定法
である原子炉等規制法の意義ひいては原告適格の存否が左右されるという不合理な
結果を生ぜしめることとなるからである。その他、同判決の示す原子炉等規制法二
四条一項四号の規定の保護法益の解釈の方法は、形式的にはともかく、実質的には
前掲ジユース表示事件についての最高裁判決及び長沼ナイキ基地訴訟についての最
高裁判決等確立した判例の採る解釈方法とは異質のものであつて、右保護法益の解
釈についての先例としての価値を有しないものというべきである。
四 以上のとおり、本件許可処分の根拠となつた原子炉等規制法の関係規定は、専
ら、同法一条、二四条一項各号所定の一般的公益の保護を目的とするものであつ
て、右の一般的公益と並んで、原子炉施設の周辺住民等の個人的利益をも、右の公
益の中に包摂ないしは吸収解消されないところの個別的利益としてこれを具体的に
保護しているものと解することのできないことは明らかであり、本件原子炉施設の
周辺に居住するとする原告らが本件許可処分によつて侵害されると主張する個人的
な利益は、原子炉等規制法上保護された利益ではなく、同法の保護する右の一般的
公益に包摂され、この公益の保護を通じて反射的に保護される利益にすぎないもの
であるから、原告らは、本件許可処分の取消しを求める原告適格を有しない者とい
わなければならない。
第二 利益侵害の不存在
原告らは、本件許可処分によりその主張の利益を侵害され又は必然的に侵害される
おそれがある者ではないから、原告らは、この点においても、本件許可処分の取消
しを求める原告適格を有しない。
一 法律上の利益を構成する「利益侵害」の意義
前述のとおり、処分の取消しを求めるにつき行訴法九条にいう「法律上の利益を有
する者」というためには、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利
益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある者でなければならない(前掲ジ
ユース表示事件についての最高裁判決参照)。
しかして、右の原告適格を基礎付ける法律上の利益を構成する「利益侵害」は、も
とより、処分の事実上の結果では足りず、処分の法律上の効果としてのそれである
ことを要するものであることはいうまでもない。このことは、前記の法的利益救済
説の立場からすれば自明のことであるが、例えば、前掲長沼ナイキ基地訴訟につい
ての最高裁判決も、このことを当然の前提としたところであり(判決理由三項参
照)また、農地法五条に基づく農地転用許可処分の取消訴訟につき、第三者である
隣接農地所有者の原告適格を否定した最高裁判所昭和五八年九月六日第三小法廷判
決(判例集未登載)の明示するところでもある。
二 原子炉設置許可処分の法律上の効果と利益侵害の不存在
1 そこで、これを本件についてみるに、前述のように、原子炉等規制法は、同法
一条所定の公益目的を実現するために、本来的には国民の自由な活動にゆだね得る
原子力利用の分野について所要の規制を行う、いわゆる規制法の範ちゆうに属する
ものであつて、原子炉の設置許可処分は、申請者に対し、原子炉の設置に関する一
般的禁止を申請に係る原子炉につき解除して、当該原子炉を適法に設置し得る自由
を回復せしめる法律上の効果を有するものにすぎず、それ自体としては、当該原子
炉施設の周辺住民等の第三者の法律上の地位に変動を及ぼす性質のものではない。
したがつて、原告らが、本件許可処分によりその主張の利益を侵害される者でない
ことは明らかである。
2 また、以下に述べるとおり、原告らは、本件許可処分によりその主張の利益を
必然的に侵害されるおそれがある者にも当らない。
(一) 原子炉設置許可手続は、発電用原子炉の利用に係る安全性を確保するため
に原子炉等規制法等が予定している規制手段のすべてではなく、同法等が定めてい
る一連の段階的安全規制の体系全体の冒頭に位置する一手続にとどまるものであ
り、原子炉設置許可が与えられても、右の許可を受けた者は、同許可のみでは、原
告ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当該原子炉の運転ができる地位を
取得するものではない(原告らが違法な原子炉設置許可処分によつて原子炉施設の
周辺住民に生ずると主張する被害は、右許可によつて直接生ずるものではなく、原
子炉設置者の原子炉運転行為という事実行為がなされることによつて初めて生ずる
おそれが出てくるという性質のものであることは、原告らも自認するところであ
る。)。
すなわち、(1)発電用原子炉を設置しようとする者は、内閣総理大臣の原子炉設
置許可(原子炉等規制法二三条)を受けた後においても、(2)工事に着手するた
めには、具体的な工事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならず
(原子炉等規制法二七条、七三条、電気事業法四一条)、そして、(3)原子炉の
運転を開始するためには、(a)工事の工程ごとに通商産業大臣の使用前検査を受
け、これに合格しなければならず(原子炉等規制法二八条、七三条、電気事業法四
三条)、また、(b)保安規定を定め、これにつき内閣総理大臣の認可を受けなけ
ればならず(原子炉等規制法三七条)、さらに、(4)運転開始後においても、一
定の時期ごとに定期検査を受けなければならない(原子炉等規制法二九条、七三
条、電気事業法四七条)のである。
(二) 右のような、発電用原子炉の利用に係る法的安全規制の体系から明らかな
とおり、法律は、発電用原子炉の利用について、これを段階的に区分し、それぞれ
の段階に対応して、設置の許可、工事計画の認可、使用前検査、同合格、保安規定
の認可、定期検査等の規制手続を介在せしめ、それぞれ原子炉施設の基本設計ない
し基本的設計方針に係る安全性の確保、原子炉施設の詳細設計に係る安全性の確
保、原子炉施設の工事に係る安全性の確保、原子炉施設の実際の運転管理に係る安
全性の確保等を図るものとしているのである。
(三) そして、前述のような本来的な法律上の効果を有する原子炉設置許可処分
を、右のような発電用原子炉の利用に係る安全性を確保するために原子炉等規制法
等が規定している一連の段階的規制手続の体系に位置付けてその法的性質を考察す
るならば、右処分は、安全規制の機能面においては、当該原子炉施設の基本設計な
いし基本的設計方針に係る安全性の確認にとどまるものであり、また、後続手続と
の関係においても、被許可者に対し、右の規制手続の次段階に進み得る地位、すな
わち、設置許可を受けた原子炉について当該原子炉施設の詳細設計に係る工事計画
の認可申請をなし得る地位を付与するという、前記の本来的効果に付随する一種の
手続的効果が認められるにとどまるのであつて、直接、これにより被許可者に当該
原子炉の運転という事実行為を行い得る地位を付与する性質のものではない。もと
もと、申請者は、右の設置許可を得たとしても、右にみた後続の行政処分等に際し
ての審査に合格しない限り、原告ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当
該原子炉の運転という事実行為を行うことができる地位を取得することはできない
ものである。
(四) これを要するに、原告ら主張のような利益侵害は、もともと原子炉設置者
の当該原子炉の運転という事実行為によつて初めて生じ得るものであること、原子
炉設置許可処分は、法的安全規制の機能面において、当該原子炉施設の基本設計な
いし基本的設計方針に係る安全性の確認にとどまるものであり、これにより被許可
者に対して、直接、当該原子炉の運転という事実行為を行い得る地位を付与する性
質のものではないこと、原子炉施設の工事計画の認可、使用前検査合格及び保安規
定の認可という後続の行政処分は、右にみた原子炉等規制法等による発電用原子炉
の利用に係る段階的安全規制の体系に照らすと、それぞれ原子炉設置許可処分とは
異なる独自の安全規制上の機能を有し、別異の要件に基づいてなされ別異の法律上
の効果を有する、別個の行政処分であること、等にかんがみれば、原子炉設置許可
処分がなされても、その段階においては、事実上も、原告ら主張のような利益侵害
なるものが発生するおそれがあるということはできず、その発生の蓋然性の有無、
程度及びその具体的内容は、前記の後続行政処分ないしは事実行為をまたなければ
確定することができない性質のものというべきである。いわんや、将来における右
のような利益侵害をもつて、原子炉設置許可処分の法律上の効果として必然的にも
たらされる結果であるとすることは到底できないところである。
付言するに、前掲伊方発電所原子炉設置許可処分の取消訴訟についての松山地裁判
決は、右の処分による利益侵害を積極に解しているが(行裁例集二九巻四号五九五
ページ参照)、その理由付けは分明を欠くのであつて(この判決が、少なくとも、
法律上の利益を構成する利益侵害とは、処分の事実上の結果では足りず、法律上の
効果としてのそれであることを要することについての明確な認識を欠如しているこ
とは、判文上明らかである。)、右の点についての先例としての価値を有しないも
のというべきである。
(五) 以上述べたところから、原告らが、仮に本件許可処分に何らかの瑕疵があ
つたとしても、本件許可処分によりその主張の利益を必然的に侵害されるおそれの
ある者にも当らないことは明らかである。
第三 公定力排除のための特別の訴訟手続たる取消訴訟制度と原告適格
原告らが、右にみてきたように、本件取消訴訟につき原告適格を有する者ではない
との結論の妥当性は、ひるがえつて、行政処分の公定力を排除するための特別の訴
訟手続たる取消訴訟制度の本旨に照らせば、疑問の余地はないところである。
一 1すなわち、そもそも取消訴訟は、行政処分が公定力を有するところから、違
法な行政処分によつて自己の権利、利益を侵害された者であつても、一般の民事訴
訟の手続によつては当該処分の法律上の効果の通用力を争うことが許されないた
め、そのような国民の権利、利益の救済のための制度として行訴法により特別に設
けられた、行政処分の公定力を排除するための訴訟手続である。
そうだとすれば、一般の民事訴訟の手続によらず、取消訴訟という行政処分の公定
力排除のための特別の訴訟手続によるべき法律上の利益を有する者は、当該処分の
法律上の効果を受け、当該処分の公定力により右の法律上の効果を受忍すべきこと
を命ぜられる者に限られるべきものである。けだし、当該処分の法律上の効果を受
け当該処分の公定力により右効果の受忍を命ぜられる者でなければ、敢えて右のよ
うな公定力を排除するための特別の訴訟手続である取消訴訟を提起すべき必要は何
ら認められないし、かつ、右のように解することが、右の取消訴訟という特別の訴
訟手続を設けた制度の趣旨によく適合するからである。しかして、既にみたよう
な、取消訴訟の原告適格を基礎付ける法律上の利益を構成する利益侵害における利
益とは、法律上保護された利益であることを要し、かつ、右の利益侵害とは、処分
の法律上の効果としてのそれであることを要する、との確立した判例の採る法的利
益救済説の考え方が、まさに右のような取消訴訟制度の本旨をその基礎におくもの
であることはいうまでもない。
2 そして、ここで留意すべきは、右の法的利益救済説の考え方に拠る限り、取消
訴訟の原告適格を基礎付ける法律上の利益を拡張して解釈しても、国民の権利、利
益の救済の方途の拡大に資することとはならない、という点である。なんとなれ
ば、法的利益救済説に拠る限り、ある者につき処分の取消しを求める法律上の利益
を肯認するということは、その者に対して当該処分の法律上の効果が及ぶことをそ
の論理的前提とするものであつて、その者には、当該処分の取消訴訟の提起が許さ
れる反面、処分の公定力によつて、当該処分の法律上の効果と抵触する内容の民事
訴訟の提起が許されないこととなる、というのが、右にみた行政処分の公定力を排
除するための特別の訴訟手続たる取消訴訟制度の趣旨の論理的帰結であり、また、
公定力理論の内実そのものであるからである(いわゆる「取消訴訟の排他的管
轄」)。
二 1これを本件についてみると、原子炉設置許可処分は、前述のように、申請者
に対し、原子炉の設置に関する一般的禁止を申請に係る原子炉につき解除して、当
該原子炉を適法に設置し得る自由を回復せしめる法律上の効果を有するにとどま
り、もとより、右設置許可に係る原子炉施設の周辺住民の個々人に対して、当該原
子炉の運転という事実行為から生じ得べき被害を受忍すべき義務を課するものでは
ないし、その他右周辺住民個々人の法律上の地位に何ら変動を及ぼすべき効果を有
するものではない。
そうとすれば、原告らは、本件許可処分により、その主張の利益侵害(仮に、発生
することが有り得るとしても)を受忍すべき義務を課せられる者ではなく、その
他、何ら本件許可処分の法律上の効果を受けて本件許可処分の公定力によりその法
律上の効果の受忍を命ぜられる者ではないのであるから、取消訴訟によつて本件許
可処分の公定力を排除すべき法律上の利益を有する者でないことは明らかなところ
である。
2 仮に、原子炉設置許可処分が、許可に係る原子炉施設の周辺住民の個々人に対
し、当該原子炉の運転から生じ得べき被害を受忍すべき義務を課す等、右周辺住民
個々人の法律上の地位に変動を及ぼすべき何らかの法律上の効果を有するものであ
ると解するとすれば、帰するところ、許可処分の公定力を排除するために、当該原
子炉施設の周辺住民に右許可処分の取消訴訟についての原告適格が肯認されること
となる反面、許可処分の公定力によつて、右許可処分の法律上の効果と抵触する内
容の民事訴訟の提起は許容されないこととなる。
しかして、原子炉設置許可処分の法律上の効果を右のように拡張して解釈すること
は、既にみたように、右許可処分がなされた段階においては、原告ら主張のような
利益侵害なるものは、後続の各種行政処分あるいは原子炉の運転等の事実行為をま
たなければ発生の蓋然性の有無、程度及びその具体的内容を確定することができな
い性質のものであることや取消訴訟についての出訴期間の制限(行訴法一四条)等
の諸点を考えるならば、実質的にも、原子炉施設の周辺住民の利益の救済に資する
結果とならないことは見易い道理というべきであろう。
(以下省略)
○ 理由
第一 本件許可処分の存在等
東京電力は昭和四七年八月二八日内閣総理大臣に対して本件原子炉についての設置
許可申請(本件許可申請)をしたところ、これに対し内閣総理大臣は昭和四九年四
月三〇日本件許可処分をしたこと、原告らは右許可処分に対して同年六月二八日行
政不服審査法所定の異議申立てをし、これに対し内閣総理大臣は同年一〇月一一日
右の異議申立てを棄却する旨の決定をしたこと及び原告らはいずれも本件許可処分
にかかる本件原子炉の設置場所である福島県双葉郡<地名略>、<地名略>並びに
その周辺に居住していることはいずれも当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によ
れば、本件原子炉と原告らの右居住地との地理的、距離的位置関係はおおよそ別紙
二記載のとおりであることが認められる。
第二 当事者適格
一 はじめに
行政処分取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有す
る者に限り提起することができる(行訴法九条)とされているところ、右にいう法
律上の利益を有する者とは、当該処分の名宛人か否かを問わず、右処分により自己
の個人的権利若しくは法律上保護された利益を侵害された者を指すということがで
きる。しかして、右の法律上保護された利益等の存否は、当該行政処分の根拠とな
つた行政法規(本件の場合は原子炉等規制法二四条一項)が右の利益等の保護を図
る趣旨を含むか否かによつて決せられるが、右の利益等は、当該行政法規上専ら保
護法益とされていることまでは必要でなく、一般的公益と合わせて保護されている
場合でも差し支えない。もつとも、その場合、個人的利益等が、一般的公益と併列
的に保護されているとみられるか、それとも公益の保護によつて生じる単なる反射
的利益とみられるかは、当該個人的利益等を、本来的に直接行政法規が公益という
一般的利益の中に完全に包摂解消せしめ得ない具体的な利益等として保護したと観
念される場合か、それとも行政法規が究極的な各個人の利益等として個別的に保護
するというのではなく、公益を一般的に保護することにより、それを通じて間接的
に各個人の利益等の実現を図ろうとし、右利益等は公益の中に完全に包摂解消され
るべきものと観念される場合か、によるものというべきである。
二 原子炉等規制法二四条一項の意義と原告適格
そこで、本件許可処分の根拠法規である原子炉等規制法二四条一項が、原告らの個
人的利益等を保護している規定と解されるか否かについて検討するに、同法一条に
よれば、同法律の目的は、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の利用による災害
を防止して公共の安全を図るために必要な規制を行う」というものであり、同法二
四条一項四号の規定も、「原子炉等による災害(ここにいう「災害」は、多数人の
生命、身体等に損害を及ぼすことをいうものと解される。)の防止」を目的として
いるから、同号が公共の利益を保護目的としていることは明らかであるが、このこ
とのみから同号が公共の利益(公益)のみを目的としていると解すべきではない。
すなわち、原子炉等の施設は、その安全が確保されない場合、周辺住民の生命、身
体等に重大な危険を及ぼす虞れがあり、現に、原告らは、本件原子炉施設周辺の住
民として、本件許可処分により、自己又はその子孫の生命、身体等かけがえのない
貴重な利益に著るしい被害を蒙る虞れが大きいと主張しているのであり、かつ原子
炉等の災害により公共の安全が害される危険が発生すると同時に多くの場合、右個
人的利益の侵害される虞れが生じると考えられる(これは本件記録上明らかであ
る。)ことから、原子炉施設周辺住民の右利益を抜きにして公益の保護を図ること
はできないというべきであるから、右住民の個人的利益は、公益の中に完全に包摂
解消せしめ得ないものとして右公益と合わせて原子炉等規制法二四条一項四号の保
護法益とされているものと解するのが相当である。このことは、同法の付属法規で
ある原子炉規則一条七号、一条の二第二項六、七号、一〇号、告示二条、九条及び
同法二四条一項四号の解釈について、事実上重要な意義を有する安全設計審査指
針、立地審査指針、気象手引はいずれも原子炉施設周辺における放射線被曝を軽減
し、右施設周辺住民が原子炉事故による災害を受けることを防止することを重要な
目的としていると解されることからも根拠づけられる。のみならず、右の結論は、
原子炉等規制法と公害対策基本法との対比上からもその根拠を見い出すことができ
るのである。すなわち、原子炉等規制法の目的及び同法二四条一項四号の目的は前
記のとおりであるところ、同法は原子力基本法の精神にのつとつて制定されたもの
であり(同法二〇条の「放射線による障害を防止し、公共の安全を確保するため、
放射性物質及び放射線発生装置に係る製造、販売、使用、測定等に対する規制その
他保安及び保健上の措置に関しては、別に法律で定める。」の規定を受けて、原子
炉等規制法が制定された。)、しかも、右両法は、国民の健康保護と生活環境とを
目的として制定された公害対策基本法八条(「放射性物質による大気の汚染、水質
の汚濁及び土壌の汚染の防止のための措置については、原子力基本法その他の関係
法律で定めるところによる。」)を受けて制定されたものであり、したがつて、以
上の各法規の制定の経緯を総合すれば、原子炉等規制法二四条一項四号の目的とす
るところは公害対策基本法の目的とするところと同一であると解されるところ、同
法は、いわば抽象的、一般的公益とも解される生活環境の保全という目的のほかに
国民の健康保護をも目的としているところからみて、右にいう「国民の健康」と
は、それを侵害されることにより具体的に健康を害される個々の国民たる個人の健
康、すなわち、抽象的、一般的な国民の健康という概念の中に包摂解消されてしま
うことのない個々具体的な国民個々人の健康と解するのが合理的であり、したがつ
て、同法上保護の対象とされているのは、公益のみならず具体的な個々人の権利、
利益にも及んでいると解されるから、原子炉等規制法二四条一項四号も、公害対策
基本法と同様一般的な公益のみならず個々住民の個人的利益すなわち原子炉施設周
辺の住民の生命、身体等をも保護目的としているとみるのが合理的だからである。
したがつて、原子炉施設周辺住民には原子炉設置許可処分の取消しを求める原告適
格があると解される。
もし、原子炉施設周辺住民に原子炉設置許可処分の取消しを求める原告適格を認め
ないとすれば、右の住民は原子炉の運転によつて被害が生じた場合人格権等を根拠
として電力会社を相手どり民事訴訟による操業の差止め等を求めることができる場
合もあり得ようが、原子炉の災害等による健康被害が生じる虞れというものは、住
民が事前にこれを予知することは殆ど不可能であり、実際上事故が起こつて現実に
健康被害が生じた後でなければ救済を受けられないという不都合が生じかねないの
である。
なお、原告らは、いずれも本件原子炉施設周辺の住民ではあるものの、別紙二のと
おり本件原子炉施設より数キロメートルから六十数キロメートルの範囲に居住して
おり、どこまでの範囲の者に本件訴えの原告適格を認めるかが問題とはなるが、原
子炉の平常運転時においても一定の量を超える放射性物質の放出が続けば(これが
あり得るかは本案の問題)、原告らのうち原子炉施設周辺に居住する者が放射線に
よる被曝の結果、健康を害する虞れのあること及び原子炉の炉心溶融や格納容器の
破壊等の災害が発生し、大量の放射線の放排出があれば(これがあり得るかは本案
の問題)、原告らの多くの者が放射線被曝により死亡もしくは発病する虞れのある
ことは、いずれも本件記録上明らかであり、このように当該周辺住民の多くの者に
原告適格が認められるような場合には、経験則上等から一見明白に原子炉等による
災害による被害を受けないと認められる者を除いては、当該周辺住民個人個人につ
いて逐一原子炉からの距離や災害等の態様等とを考慮するなどして原告適格の有無
を判定することなく、全体について原告適格を認めるのが相当であると解されると
ころ、本件原告らについては、本件原子炉から最も遠い者でも六十数キロメートル
の距離内に居住しているのであつて、右にいう経験則上等から一見明白に被害を受
けない者の範囲に含まれるとは認め難いから(なお、後記第七、一参照)、結局、
本件については原告ら全員について原告適格を認めるのが相当である。
三 なお、原子炉等規制法二四条一項三号(ただし、経理的基礎についての規制部
分を除く。)についても、その所定の要件の存否の判断に瑕疵があり、その結果な
された違法な行政処分によつて原告らの利益が侵害される虞れがある限り、かつ、
前述の同条一項四号の場合と同様に解されるが、同項一、二号及び三号の経理的基
礎についての規制部分の規定は、原子炉施設周辺住民の利益保護を目的とするもの
ではなく、専ら、原子力の研究、開発及び利用を平和の目的に限り、かつ、原子力
の開発及び利用を長期的視野に立つて計画的に遂行するとの我が国の原子力に関す
る基本政策に適合せしめ、もつて広く国民全体の公益の増進に資することにその趣
旨があるのであつて、原子炉施設周辺住民等の個人的利益の保護を目的とするもの
でないことは、その文理上からも明らかであるから、右一、二号及び三号の右部分
違反を理由として本件原子炉設置許可処分の取消しを求めることはできない。
四 被告の主張について(一)
被告は、本件許可処分を受けた者は右処分により直接原告ら主張のような利益侵害
発生の原因となるべき当該原子炉の運転ができる地位を取得するものではなく、後
続の行政処分ないし原子炉運転という事実行為を俟つて初めて右のような利益侵害
の蓋然性の有無、程度及びその具体的内容が確定するものであるから、仮に本件許
可処分に何らかの瑕疵があつたとしても、原告らは右処分によりその主張の利益を
侵害され若しくは必然的に侵害される虞れのある者にはあたらないと主張する。
確かに、原子炉設置許可処分のみによつて直ちに原子炉設置許可申請者に対し原告
ら主張のような利益侵害発生の原因となるべき当該原子炉の運転のできる地位が与
えられるものではなく、したがつて、本件許可処分自体によつて直ちに原告ら主張
のような利益侵害行為が行われるものでないことは被告主張のとおりである。しか
しながら、そもそも原子炉設置許可申請をする者で当該原子炉の運転を目的としな
い者はあり得ず、本件許可処分後右の運転に至るまでの後続処分等の手続は、本件
許可処分によつて必然的なものとして予想されるものであり、また、原告らの主張
するところは、あくまで本件許可処分の安全審査自体に瑕疵があることによつて主
張のような災害が生じ利益を侵害されるというものであるから、たとえ原告ら主張
の利益侵害が原子炉の運転という事実行為によつて直接発生するものであるとして
も、原告らは主張のような利益を侵害されるということを理由として本件許可処分
の取消しを求める適格があるというべきである。後記のとおり、原子炉の設置から
運転までの間には、本件許可処分以外に各段階に応じた各処分等が予定されてお
り、その都度それぞれの段階に応じた安全審査が行われるものであるところ、も
し、本件許可処分自体によつて直ちに原子炉の運転をなし得る法律上の効果が付与
されるものではないからとして原子炉施設周辺の住民が右処分に存する瑕疵を争う
ことができないとすれば、右住民がたとえ、直接原子炉の運転をなし得る法律上の
効果を付与する処分について処分取消しを求めうるものとしても、後記のとおり段
階的安全審査体制がとられていることからして、後続の処分の取消しを求める際に
前段階の処分の瑕疵を主張することができるかについては疑問なしとせず、したが
つて、一連の処分のうち最も重要かつ基本的な安全審査のなされるべき原子炉設置
許可処分に存する安全審査上の瑕疵についての主張をすることが不可能となること
もあり得るのであるから、この点からしても、原告ら主張の利益侵害は本件許可処
分の法律上の効果としてとらえることができると解するのが相当である。
なお、被告は、右被告主張にそう裁判例として、農地法五条の転用許可処分の取消
しにつき、第三者である隣接農地所有者の原告適格を否定した最高裁判所第三小法
廷昭和五八年九月六日判決を右の被告主張の趣旨にそう判決として引用している
が、同判決が、被上告人(右第三者たる原告)に原告適格を認めなかつたのは、原
告が当該許可処分の取消しを求めるについての原告適格を基礎づけるものとして主
張するところによつても、当該転用許可処分に存する瑕疵と主張の利益侵害との間
に直接の法律的効果の関係がないということをその理由としているものと解される
のであつて、本件許可処分の安全審査自体に存する瑕疵によつて主張のような利益
侵害があると主張する本件の場合と事案を異にすることは明らかである。また、被
告は、右の主張に関連して、ジユース判決や長沼ナイキ判決を指摘するが、前述の
ように、原告らが行訴法九条の取消しを求める法律上の利益を有するか否かは、当
該行政処分の根拠となつた行政法規が原告らの個人的権利又は利益をも保護してい
ると解されるか否かによつて定まり、右行政法規の解釈に当つては、当該行政法規
の明文の規定に従うのはもちろん、右規定のみでは必ずしも明らかでない場合に
は、関連する諸法規を参酌し、当該処分によつて原告らが公益保護の目的に基づく
法規によつて一般人として受ける利益以上に特別の利益を侵害される虞れがあるか
否かによつて決すべきものと解されるところ、右被告指摘の各判決の行政処分の根
拠となつた行政法規は、本件原子炉等規制法と規定とを異にし、右判決は本件には
適切でないと解される。
五 被告の主張について(二)
被告は、また、取消訴訟という行政処分の公定力排除のための特別の訴訟手続によ
るべき法律上の利益を有する者は、当該処分の公定力により右の法律上の効果を受
忍すべきことを命ぜられる者に限られるべきものであるところ、原告らは、本件許
可処分により、その主張の利益侵害(仮に、発生することがあり得るとしても)を
受忍すべき義務を課せられる者ではなく、その他、何ら本件許可処分の法律上の効
果を受けて本件許可処分の公定力によりその法律上の効果の受忍を命ぜられる者で
はないのであるから、右にいう公定力を排除すべき法律上の利益を有する者ではな
いし、仮に、本件許可処分につき原告らに原告適格を肯定すれば、許可処分の公定
力によつて、右処分の法律上の効果と抵触する内容の民事訴訟の提起は許されない
こととなるから、国民の権利、利益の救済の方途の拡大に資することにはならない
旨主張する。取消訴訟を提起する法律上の利益を有する者は、当該処分の公定力に
より右の法律上の効果を受忍すべきことを命ぜられるものに限られるべきであるこ
とは、被告主張のとおりであるが、原告らに本件許可処分について取消しの訴えを
提起する適格を肯認しても、原子炉等規制法は、原子炉施設周辺住民の行政手続参
加や権利収用に伴う損失補償等の規定を欠いているから、右住民に右処分による法
律上の効果を受忍すべき義務があるとしても、原子炉の操業によつて住民の生命、
身体等に危険が生ずる場合にまで右受忍義務を課しているとは解されず、原子炉設
置許可処分の周辺住民に対する公定力を認めるとしても、それは当該許可処分が有
効であつて、許可制度という手段を通しての法益保護は一応受けているという限度
のものというべきである。したがつて、原子炉設置許可処分の際の安全審査に瑕疵
があり、右処分が違法である(したがつて、右の保護を受けられない)と主張して
右処分の取消しの訴えを提起する場合には、右処分の法律上の効果と抵触する内容
の民事訴訟(処分の取消事由を主張しての設置工事の差止め等の民事訴訟)を提起
することはできないが、原子炉の操業により生命、身体等に危険が生ずるというこ
とを主張する場合は、右処分の法律上の効果と抵触しない範囲での民事訴訟(人格
権や財産権に基づく原子炉設置工事や操業の差止め等の民事訴訟)を提起できると
解されるから、被告の右主張は必ずしも当を得ていない。
六 結論
以上の次第で、原告らには本件訴えを提起しうる適格があるというべきであるか
ら、被告の本案前の申立ては理由がない。
第三 本件訴訟における司法審査のあり方
一 本件訴訟の審理、判断の対象となる事項1本件の如き行政処分の取消訴訟にお
いては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることは
できない(行訴法一〇条一項)ところ、右にいう「法律上の利益」は、原告適格を
基礎づける「法律上の利益」と同義であるから、先に(第二で)述べたとおり、原
告らは、原子炉等規制法二四条一項三号中の「技術的能力」及び四号に係る事項す
なわち安全審査の対象となる事項を理由としてのみ違法事由の主張をすることがで
きるにとどまる。したがつて、本件訴訟において、審理、判断の対象となる事項も
右の安全審査の対象となる事項に限られることとなる。
2 そこで、本件原子炉設置許可に際して安全審査の対象となる事項の範囲、内容
について検討するに、以下に述べるとおり、それは、原子炉施設自体の安全性に関
する事項であり、しかもその基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する
事項であるということができる。
3 すなわち、まず、本件安全審査の対象となる分野についてみるに、原子炉等規
制法は、核燃料物質、核原料物質及び原子炉の利用について、各種の分野に区分
し、それぞれの分野の特質に応じて、それぞれの分野毎に一連の所要の安全規制を
行うという体系となつており、原子炉の設置許可は、同法第四章「原子炉の設置、
運転に関する規制」のうち、原子炉の設置の項で規定されているのであるから、本
件原子炉設置許可に際して安全審査の対象となる分野は、原子炉施設の設置に関す
る分野であり、したがつて、原子炉施設自体の安全性に関する事項に限られるとい
うべきである。
原告らは、「原子力発電は、核燃料の生産、原子炉の運転、発電、平常運転時の放
射能、温排水の監視、処理及び事故時の防災、廃棄物の処理・処分、使用済燃料の
再処理、輸送、廃炉の処理・処分という全体のシステムにおいて完結するものであ
るところ、それぞれの場面においてたえず放射性物質を放排出し、人体及び生物、
環境に広範かつ長期にわたり多様な影響を与え続ける危険が存在し、現に事故が発
生している。原子力発電における「安全性」とは、これら全体システムのすべてに
わたつて実証され、科学的に究明されたのでなければ、その確保が十分であるとは
いえない。原子力発電所設置許可に当つての安全性審査に要請されているのは、こ
れら原子力発電の全体システム、全過程にわたつて総合審査がなされ、それが実証
と科学に裏打ちされているものであることが必要である。」と主張する。
確かに、原子炉の設置は、製錬、加工から再処理等の原子力発電の全過程中におい
て、その中核を占めるものであるから、原告らが主張するように、右の設置許可に
際し、原子力発電全過程の安全性を重復的かつ全体的に行うとすることも原子力発
電に伴う危険の大きさ等を考慮すると、一つの考え方として認めうる余地もないこ
とはない。
しかし、前記のとおり、原子炉等規制法の体系としては、各分野毎に安全性の審査
がなされることとされており、例えば、同法第二章の製錬の事業に関する規制のう
ち四条の指定の基準、第三章加工の事業に関する規制のうち一四条の事業の許可基
準と二四条の原子炉設置許可基準とを比較してみても、いずれも技術的能力の点や
災害の防止上支障がないものであることがそれぞれ右指定や許可の基準とされてい
るほか内閣総理大臣は右の指定や許可をするに際し予め原子力委員会の意見をき
き、これを尊重してしなければならないと規定されているのもいずれの場合も同様
であり、このように各分野毎にほぼ同様の安全審査体制がとられることとされてい
ることからみると、同法が原告ら主張のような安全審査体制をとつていると解する
ことはできない。
4 次に、本件安全審査の対象事項である原子炉施設自体の安全性に関する事項に
つきどのような内容にまで審査が及ぶべきかについて検討するに、以下に述べると
おり、それは、原子炉施設に関する基本設計ないし基本的設計方針に限られるもの
と解すべきである。
すなわち、発電用原子炉の利用に関する原子炉等規制法及び電気事業法による安全
規制の特色は、原子炉施設の設計から運転に至るまでの過程を段階的に区分し、そ
れぞれの段階に対応して原子炉施設の許可、工事計画の認可、使用前検査、同合
格、保安規定の認可、定期検査等の規制手続を介在せしめ、これら一連の規制手続
を通じて発電用原子炉の利用に係る安全確保を図る、という方法に基づくいわゆる
段階的安全規制の体系がとられていると解されるからである。これを敷衍するに、
(1)発電用原子炉を設置しようとする者は、内閣総理大臣の原子炉設置許可(原
子炉等規制法二三条)を受けた後においても、(2)工事に着手するためには、具
体的な工事の計画について通商産業大臣の認可を受けなければならず(同法二七
条、七三条、電気事業法四一条)、更に、(3)原子炉の運転を開始するために
は、(a)工事の工程毎に通商産業大臣の使用前検査を受け、これに合格しなけれ
ばならず(原子炉等規制法二八条、七三条、電気事業法四三条)、また、(b)保
安規定を定め、これについて内閣総理大臣の認可を受けなければならず(原子炉等
規制法三七条)、(4)運転開始後においても、一定の時期毎に定期検査を受けな
ければならない(同法二九条、七三条、電気事業法四七条)とされており、しか
も、原子炉設置許可以降の右で見た一連の手続の内容は、工事計画の認可において
は、(イ)電気工作物は、人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えないように
すること、(ロ)電気工作物は、他の電気的設備その他の物件の機能に電気的又は
磁気的な障害を与えないようにすること、(ハ)電気工作物の損壊により電気の供
給に著しい支障を及ぼさないようにすること、をその骨子とする通商産業省令で定
める技術基準に適合しないものでないこと等の安全審査を経たうえ認可がなされる
こと(電気事業法四一条、四八条)、使用前検査においては、認可を受けた工事計
画に従つて行われたものであるかどうか等の安全審査がなされることになつている
こと(同法四三条、四八条)、保安規定の認可においては、この認可を受けようと
する者は、原子炉施設の運転及び管理を行う者の職務及び組織、保安教育、運転に
関すること、等多数の事項につき保安規定を定め、これについて内閣総理大臣の認
可を受けることとされ、更に同大臣は、当該保安規定が原子炉等による災害の防止
上十分でないと認めるときは認可をしてはならず、必要があると認めるときは、原
子炉設置者に対し保安規定の変更を命ずることができるものとされていること(原
子炉等規制法三五条、三七条、原子炉規則一五条)、等の内容となつており、原子
炉設置から現実の運転に至るまでの各段階毎にそれぞれに応じた安全審査がなさ
れ、安全規制がなされていると認められるのであるから、このような段階的安全規
制の法体系がとられている以上、原子炉設置許可の際になされる安全審査の対象
は、複雑高度な総合技術の集大成たる原子炉の詳細な技術仕様を裏付けとした原子
炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関するものに限られるとい
うべきである。そして、その具体的内容は、設置許可申請書及び添付書類を定めた
規定(原子炉等規制法二三条一、二項、同法施行令六条、原子炉規則一条の二)並
びに後続の手続に関する規定等をも参酌したうえで(後続の続に関する部分は除か
れることになる。)決すべきものと考えられる。
これに対し、原告らは、原子炉設置許可においては、原子力発電のトータルシステ
ム全体についての安全審査を行い、後続の手続では、右の安全審査に基づいて事後
の計画や工事がなされたかどうかという観点からの行政規制がとられるべきであつ
て、そのような意味で原子力規制はダブルチエツクシステムが採用されていると解
すべきであつて、被告の主張するいわゆる基本設計論は実定法上の根拠を有しない
違法なものである旨主張し、その論拠として、(1)原子炉設置許可の段階とこれ
に後続する他の手続の段階とでは規制の形式を異にし、前者における規制手続は後
者のそれに比し極めて厳格であること、(2)基本設計(ないし基本的設計方針)
と詳細設計との区別が明確でないこと、等を挙げる。しかし、右(1)について
は、原子炉の設置許可はその後の手続の大枠を定める趣旨で全段階中最も重要かつ
基本的な事項についての安全審査を行うということから他の手続に比して特に厳格
な規制方式がとられているものと解されるのであり、また、(2)については、証
人Aの証言によれば、基本設計ないし基本的設計方針については、その定義づけや
それに関する基準は必ずしも明確ではないものの、設計工学の分野においては広く
一般的に認められた概念であり、本件安全審査においてもほぼ一致した概念として
とらえられていること及び実際の設計等の場面においては、基本設計(ないし基本
的設計方針)と詳細設計との区別が不明確となるものではないことが認められるか
ら、右原告らの主張はいずれも失当である。
5 原告ら主張の安全審査の対象について右3、4項で述べた安全審査のあり方に
基づき、原告らが設置許可の段階において安全審査の対象とされるべきであると主
張する具体的事由について、以下検討することとする。
(一) 原子力発電所従事者のいわゆる労働者被曝について
原告らは、原告ら周辺の地域住民が原発労働者特に下請労働者として原発労働に従
事して被曝することを通して原告ら周辺住民全体の被曝線量を増大させるという問
題について、安全審査がなされるべきであるのになされていない旨主張する。
しかし、原告らは、本件原子炉施設周辺の住民であると主張するにとどまつて、原
告らが自ら労働者として本件原子力発電所に立ち入ることの蓋然性があることを何
ら主張していないばかりか、原告らのいう下請労働者の被曝によつて原告ら自身が
直接どのような被害を受けるかということについては何ら明確な主張をしている訳
ではなく、いずれにしても原告らの主張する右労働者被曝に係る問題は、原告らの
具体的利益に係るものとはいえないから、原告らは右の点に関する本件安全審査の
違法を理由として本件許可処分の取消しを求めることはできない。
(二) 温排水の熱的影響等に関する主張について
原告らは、温排水の影響は原子炉等規制法二四条一項四号にいう原子炉による災害
に当るから、本件安全審査の対象となるべきである旨主張する。しかし、同法は、
大気の汚染、水質の汚濁等の公害のうち放射性物質によるものに限つて規定してい
るものであるところ(公害対策基本法八条参)、温排水の熱影響等の問題は原子炉
施設固有の現象ではないから、原子力の利用に係る固有の事項を規制の対象として
いると解される原子炉等規制法の対象とはされていないものであり、このことは、
原子炉設置許可の申請書及び添付書類の記載事項を定めた同法二三条二項、同法施
行令六条二項、原子炉規則一条の二の各規定に照らしても明らかである。
なお、原告らは、温排水による熱的影響等の問題を、放射性物質による水質の汚濁
及びその防止に関する問題としてとらえ、右熱的影響等の問題は水質汚濁防止法に
よる規制に服さず(同法二三条一項では、放射性物質による水質の汚濁及びその防
止については同法を適用しないと規定されている。)、原子炉等規制法二四条によ
つて本件安全審査の対象となる旨主張するかのごとくであるが、温排水中放射性物
質による被曝の問題が規制法二四条一項四号適合性の判断に際して審査されるもの
であることはいうまでもないことであり、原告らがいわゆる温排水による影響の問
題として主張しているものは、温排水中に含まれる放射性物質による被曝の問題を
除いた熱的影響の問題であつて、水質汚濁防止法二三条一項にいう放射性物質によ
る水質の汚濁及びその防止というのも原子炉等規制法上審査対象となる問題につい
てのものであるから、原告らの右主張は失当である。
ちなみに、右温排水の熱的影響等の問題については、公害対策基本法二条一項にい
う「公害」のうちの「水質の汚濁」に当るもの(水質汚濁防止法二条二項及び三条
一項参照)として、電気事業法の関係条項を含む公害規制法体系の中で規制される
こととなつている(なお、公害対策基本法八条においても、大気の汚染、水質の汚
濁等の「公害」のうち放射性物質によるものに限つては、原子力関係法律の定める
ところによるとして、右の旨を明らかにしている。)。
(三) 廃炉、解体に関する主張について
廃炉、解体に関する安全性については原子炉等規制法三八条、六五条、六六条等に
より別途規制されることとなつており、本件設置許可の際の安全審査の対象となつ
ていないことは、先に述べた発電用原子炉の分野別及び段階的安全規制の法体系か
らみて明らかである。
(四) 国、
県による放射能監視体制及び防災対策に関する主張について
右に関する事項が本件安全審査の対象となるものでないことは、前記の理由により
明らかなところである。
原告らは、右の主張の法的根拠として、原子炉規則一条の二1項チで「放射線管理
施設の構造及び設備」の記載が原子炉設置許可申請の際求められていることを挙げ
るが、これは、原子炉設置者の原子炉付属設備としての記載を求めているものであ
ることは明らかであつて、安全審査において右設置者の監視体制の内容を把握する
ための規定にすぎず、国や県の監視体制の内容を把握するために右の記載が求めら
れているものではないから、右の規定をもつて原告らの右の点についての主張を根
拠づけるものとはなり得ない。
(五) 集中化、大型化に関する主張について
「集中化」については、原告ら居住地域周辺に原子炉が集中化することにより平常
時に原告らが受ける被曝線量に影響が生じることとなるから、本件安全審査の際に
は、本件原子炉よりの被曝のみならず比較的近距離に存する他の原子炉からの被曝
をも考慮すべきものといえるところ、後記のとおり右の点の考慮が払われた安全審
査がなされている。
また、「大型化」については、本件原子炉の安全性を考慮するに際し必要な限度で
考慮されれば足りるものであつて、「大型化」自体が独立に審査対象とならなけれ
ばならないものではない。
(六) 使用済燃料の再処理の見通しと輸送に関する主張について
使用済燃料に係る安全性に関する事項については、原子炉設置許可に際しての安全
審査においては、前記のとおり、原子炉施設自体の安全性に関係のある事項につき
原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件に適合するかどうかが審査の対象となる
ことから、また、同法二三条二項五号(原子炉設置許可申請書記載の一つとして、
「原子炉及びその附属施設(原子炉施設)の位置、構造及び設備」が要求されてい
る。)及び原子炉規則一条の二第一項二号ニ(同法二三条二項五号を受け、「核燃
料物質の取扱施設並びに貯蔵施設の構造及び設備」が前記記載事項とされてい
る。)に照らすと、使用済燃料の当該原子炉敷地内における貯蔵設備が災害の防止
上支障がないものであるかどうかが審査対象となるにとどまるものと解すべきであ
つて、使用済燃料の再処理及び輸送に係る安全性については、別途原子炉等規制法
第五章(再処理の事業に関する規制)及び第六章(核燃料物質等の使用等に関する
規制)によつて規制されることとなつているから、本件安全審査の対象とならない
ことは明らかである。
原告らは、使用済燃料の再処理の見通しの有無が安全審査の対象となり、右再処理
をいかなる者にいかなる方法で行わせるか、すなわち、再処理方法の確立の有無及
び再処理能力の存否が原子炉等規制法二四条一項二号等の基準によつて審査されな
ければならない旨主張する。
しかしながら、まず、右の主張のうち、再処理方法の確立の有無及び再処理能力の
存否が同法二四条一項二号(「原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼ
すおそれがないこと」)の基準によつて審査されなければならないとする点につい
ては、前記のとおり、原告らは、同項三号中の「技術的能力」及び四号に係る事項
を理由としてのみ違法事由の主張をなしうるにとどまるのであるから、右の点に関
する主張が失当であることは明らかである。また、使用済燃料の再処理の見通しの
有無が安全審査の対象となるとの主張については、右の審査が同法二四条一項二号
の基準によつてなされなければならないと主張するのであれば、同主張は右で述べ
たと同様の理由により失当であり、たとえ、同項四号の基準によつて右審査がなさ
れなければならないと主張するものであるとしても、以下に述べるとおり失当であ
る。すなわち、原告らは、その根拠として、原子炉規則一条の二第一項五号におい
て、原子炉等規制法二三条二項八号の申請書記載事項として、処分等の相手方に加
え、処分又は廃棄の方法の記載が要求されていることを挙げるが、これは、同法二
四条一項一号の審査の観点から、使用済燃料の処分或いは廃棄の方法について使用
済燃料の非平和的利用への転用が防止されるものであるか否か、更には、同項二号
審査の観点から、使用済燃料に関する国の方針に沿つたものであるかどうかを判断
するという趣旨によるものであつて、それ以上に出るものではないと解すべきであ
るから、右の規定は原告らの右主張の根拠とはなり得ない(なお、右原子炉規則一
条の二第一項五号の規定の趣旨が右のとおりであることは、原子炉等規制法制定の
際付帯決議として「原子炉の運転に伴う使用済燃料又はその処理の結果生ずる核燃
料物質等については、軍事的利用に供せられる場合、これを外国に譲渡し又は輸出
しないこと。なお、原子炉の運転に伴う使用済燃料の処理に関しては、なるべく速
やかにその設備を完成すること。」が他二項の付帯決議事項と共に可決されている
こと及びその際の付帯決議事項の提案趣旨説明の内容に照らしても明らかである
((なお、右付帯決議等の内容については、第二六回国会衆議院科学技術振興対策
特別委員会議録第三八号等参照))。)。なお、本件原子炉の設置に係る公聴会陳
述意見に対する検討結果説明において、原子力委員会は、「政府は原子力の平和利
用と自主性確保との観点から、核燃料サイクルの確立をその基本方針としている。
このため、原子炉設置の審査に際しては、原子力の開発利用の計画的な遂行に支障
を及ぼすこととならないように、使用済燃料の再処理が適切に行われることの見通
しがある場合に限つて許可することとしている。」と述べ(これは甲三号証により
認められる。)、右再処理の見通しは、あくまで原子炉等規制法二四条一項、一、
二号要件との観点から審査されるにすぎないこととされているのである。
もつとも、本件安全審査においては、原子炉施設自体の安全性に関係のある事項の
みが審査対象とされ、使用済燃料については、本件原子炉敷地内におけるその貯蔵
設備が災害の防止上支障がないものであるかどうかが審査対象となるにとどまるも
のではあるが、使用済燃料の原子炉敷地内における貯蔵、保管が長期にわたる場合
には、原子炉施設周辺の住民らに対する災害の防止に支障を生ずるような事態が発
生することも考えられないことはない。そして、使用済燃料の再処理の見通しが立
たない場合には、原子炉敷地内における使用済燃料の貯蔵、保管が長期にわたるこ
とも起こり得るが、使用済燃料の再処理事業については、日本原子力研究所が日本
原子力研究所法二二条二項の認可を受けて行う以外は、動力炉・核燃料開発事業団
(以下動燃事業団という。)がこれを一手に行うこととされているところ(原子炉
等規制法四四条)、同法制定当時においては、使用済燃料の再処理については日本
原子力研究所が漸く研究に着手する予定の段階に至つたばかりであつて、動燃事業
団の再処理事業がいつ成り立つか、成り立つとしてもどの程度の処理能力を有する
ものとなるかについては殆ど予測しえない状況であり、また、当時としては使用済
燃料の再処理技術については外国に依存せざるを得ない事情でもあつたところか
ら、前記のような付帯決議が可決されたものであり(これは、前掲議録及び本件記
録上認められる。)、このような原子炉等規制法制定当時の事情を考えると、使用
済燃料の再処理の見通しが安全審査の対象とされ、したがつて、その見通しが立つ
ていない場合には原子炉の設置を許可しないという法体系になつているとは考えら
れないのである。また、右見通しの有無が安全審査の対象とされた場合には、その
有無の判断に際しては、原子炉設置許可の段階において、再処理事業成立の時期、
処理能力等の詳細が判明していることが必要であるが、これらは、国の原子力政策
や諸外国の事情等に依存するところが大であり、しかも右の事情等は流動的で不確
かなものであるため、将来にわたる予測は困難であり、たとえ予測したとしても不
確かなものとならざるを得ない。したがつて、当該原子炉施設の貯蔵能力との関係
で関連を有する程度の再処理の見通しの有無を明らかにさせたうえそのいかんによ
り原子炉設置を許可し或いは不許可とするといつた安全審査体制を原子炉等規制法
が予想しているとは到底解されない。
勿論、右の見通しの有無を安全審査の対象とし、右の見通しが確立している場合に
のみ原子炉設置許可を与えるという法体系もあり得るし、その方が原子力発電全体
の安全性確保の観点からみるとより好ましい方法であるといい得るかもしれない。
しかしながら、右の見通しの有無は、再処理に関する国の政策等に依存するところ
が大であつて不確定であるとして、これを原子炉設置許可の段階では安全審査の対
象とはせず将来の課題としたまま原子炉設置許可を与えるという法体系もまたあり
得るのであり、原子炉等規制法は後者の法体系を選んだものと解される。
(七) 固体廃棄物の処理、処分に関する主張について
固体廃棄物に係る安全性に関する事項については、原子炉設置許可に際しての安全
審査においては、固体廃棄物の当該原子炉の敷地内における貯蔵、保管等のための
設備の構造等が災害の防止上支障がないものであるかどうか等、原子炉施設自体の
基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関係のある事項につき、原子炉等規
制法二四条一項四号の許可要件に適合するかどうかが右審査の対象となるにとどま
るものであつて、固体廃棄物の海洋処分等の最終処分に係る安全性に関する事項が
右審査の対象にならないことは、先に述べた原子炉等規制法等による発電用原子炉
の利用に関する分野別及び段階的安全規制の法体系に照らして明らかである。
原告らは、固体廃棄物の最終処分の見通しの有無が安全審査の対象となり、したが
つて、右の見通しのある場合に限つて原子炉設置許可をすることとされるべきであ
る旨主張する。しかしながら、固体廃棄物の最終処分、特に深海処分等は単に一国
のみの問題ではないので、国際的な合意が得られるような方法でしか実施しえない
こと(これは甲三号証により認められる。)等我が国及び諸外国の原子力政策等に
依存する度合いが強く、最終処分方法の確立は困難なことであり、事実、原子炉等
規制法の制定当時及び本件許可処分当時はもとより現在に至るも右最終処分の見通
しは立つていない(これは、甲三号証、一七号証、一〇八号証、一八五号証、二〇
一号証等により認められる。)のであるから、同法が、原子炉設置許可に際しての
安全審査において、右の見通しの有無を審査し、右の見通しが立つている場合に限
つて設置許可を与えるという法体系となつているとは解しえない。
なお、原告らは、右の主張の根拠として、原子炉規則一条の二第一項二号ト、同条
二項九号等で固体廃棄物の「廃棄」という用語が使われていることを挙げるが、原
子力関係法令中における「廃棄」とは、必ずしも最終的な処分を意味するものでは
なく、例えば、安全確保上適切な方法によつて貯蔵、保管する等の措置を講じて管
理することも、また右にいう「廃棄」に該当するものである。すなわち、原子炉規
則一条の二第一項二号ト(ハ)にいう「固体廃棄物の廃棄設備」は、これが原子炉
等規制法二三条二項五号の「原子力施設の位置、構造及び設備の内容の一つとして
申請書への記載が要求されている事項であることからして、原子炉施設の敷地内に
貯蔵、保管するためのものとしての廃棄設備を意味することは明らかであり、ま
た、放射性廃棄物の廃棄に関する措置について規定する原子炉規則一四条が、固体
廃棄物の廃棄については、原則として、水の浸透しない腐食に耐える容器に封入し
て障害の防止の効果をもつた廃棄施設に廃棄し、管理することを予定しており(同
条四号から六号まで)、最終処分である海洋投棄は、あくまで例外的な措置として
予定されているにすぎない(同条五号及び七号)と解され、したがつて、同規則一
条の二第二項九号が添付書類として放射性廃棄物の廃棄に関する説明書を要求して
いるのも、右に述べた意味での「廃棄」に係る事項についての審査資料とする趣旨
であると解されるのである。この意味において、固体廃棄物の場合と、廃棄設備に
よつて直接最終的に環境に放出されることが通常である気体廃棄物及び液体廃棄物
の場合とは「廃棄」の意味を異にすると解される。
(なお、固体廃棄物の最終処分の見通しの有無が安全審査の対象とされないとした
場合、右の見通しが立たないまま原子炉設置許可がなされて原子炉の運転が開始さ
れると、多量の固体廃棄物が発生し、その量が固体廃棄物の貯蔵、保管のための廃
棄設備のための廃棄設備の収容能力を超えるに至る事態、すなわちいわゆる「トイ
レなきマンシヨン」に類する事態の出現することも考えられないことはなく、した
がつて、右最終処分の見通しが立つまでは原子炉設置許可を与えないとする考え
も、少くとも一つの立法政策に関するものとしては考慮に値するものといえよう。
しかしながら、右の見通しの有無にかかわらず原子炉設置許可がなされ、原子炉の
運転が開始され、発生した固体廃棄物の量がその廃棄設備の収容能力の限界に達し
ようとする事態が仮に生じたとしても、場合によつては右廃棄設備の増設をするこ
ともでき、或いは内閣総理大臣は、原子炉施設の使用の停止や原子炉の運転方法の
指定その他保安のための必要な措置を命じ、更には右保安規定上の変更を命ずるな
どの措置を講ずることにより右の事態に対処する方法も原子炉等規制法上必ずしも
不可能ではなく(右命令に違反した場合には、内閣総理大臣は原子炉設置許可を取
り消し又は一年以内の期間を定めて原子炉の運転の停止を命ずることができる。同
法三三条、三五ないし三七条、原子炉規則一四条、一五条参照。)、また、固体廃
棄物の最終処分方法の確立は前記のとおり困難なことであるから、原子炉設置許可
の段階では右の見通しの有無については安全審査の対象とはせず、右最終処分の方
法の確立は、その後の国の原子力政策等に俟つという法体系が合理的なものではな
いとは必ずしもいえず、原子炉等規制法は右のような立法政策のもとに制定された
ものと解される。

二 本件許可処分に対する司法審査の方法
1 本件許可処分の性質
(一) 本件許可処分は、内閣総理大臣によつて、本件許可申請が原子炉等規制法
二四条一項各号の要件に適合するとされた判断であるところ、右の要件を定める右
各号の規定の文言に照らし、また、許可権者である内閣総理大臣において検討すべ
き事柄の内容に照らすと、右の判断は、広汎かつ高度な原子力行政に関する政策的
事項についての総合的判断と原子炉の安全性に関する専門技術的事項についての総
合的判断とに基づいてなされるところの裁量処分と解すべきである。しかして、本
件訴訟における本案審理の対象は、本件許可申請が同法二四条一項四号及び同項三
号中の「技術的能力」に係る許可要件に適合するとした内閣総理大臣の判断に係る
違法性の存否であるところ、右の各要件適合性の判断は、右に述べた二つの裁量処
分性のうち後者の専門技術的裁量と解されるが、右の裁量には、具体的な審査基準
の策定についての専門技術的裁量及び審査過程についての専門技術的裁量とが含ま
れていると解される。すなわち、まず、専門技術的裁量の典型とみられる同項四号
所定の許可要件は、原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等による災害の防止
上支障がないものであること、という抽象的な規定にとどまつているが、これは、
原子炉設置許可の際原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性につ
いて問題とされる事柄が極めて複雑、高度の専門技術的事項に係るものであり、し
かもそれについての技術及び知見が不断に進歩、発展、変化しつつあることから、
右の許可要件について法律をもつてあらかじめ具体的な定めをしておくことは、か
えつて、判断の硬直化を招き適切な審査を行うことが困難となる虞れがあり相当で
はないとする趣旨に出たものと解される(因みに、原子炉等規制法の審議のため昭
和三二年五月八日開かれた第二六回衆議院科学技術振興対策特別委員会における委
員外の出席者の一人であるB原子力委員会委員の見解も右の趣旨である。同委員会
議録第三六号参照。)。したがつて、審査基準の具体的内容の確定については、合
理的な範囲内において、行政庁たる内閣総理大臣の専門技術的裁量に委ねられ、原
子炉施設は、時代の最先端を行く様々な高度の科学技術が動員された極めて複雑な
技術体系を有するものであるから、これに係る安全性の判断は、広汎な専門分野の
専門技術的知見を動員した個別的判断の集積を基礎とし極めて複雑多岐にわたる事
項についての検討、評価を総合してなされるものであり、したがつて、右審査過程
においては、行政庁たる内閣総理大臣の諸々の専門技術的裁量判断を伴うものと解
されるのである。
(二) このように、本件許可処分に裁量性が認められるとしても、それが行政庁
たる内閣総理大臣の全くの自由裁量に任されているとは解されない。蓋し、本件許
可処分に瑕疵があり、このため原子炉等による災害が発生した場合には、本件原子
炉施設周辺の住民らの生命、身体等に放射性物質の毒性による甚大な被害が生じか
ねないのであり、その放射性物質の毒性の人間に与える影響の深刻さと不可逆性等
からすると、右の裁量性の幅は、前記の専門技術的裁量性を考慮してもなお狭いも
のでなければならず、原子炉設置許可申請が告示や各指針に適合するのはもちろ
ん、許可処分当時の科学技術水準に照らして、専門的技術的審査によつて一定の基
準に適合していると認められるときでなければ、設置許可をすることができないと
いう裁量権の行使上の制約が存するものと解すべきである。
2 本件許可処分に対する司法審査の方法
右1で述べたような本件許可処分の性質を前提として考えるならば、本件許可処分
に対する司法審査の方法は、本件原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等によ
る災害の防止上支障がないものであること等を認めた内閣総理大臣の判断が、告示
や各指針に適合し右処分当時の科学技術水準に照らして一定の基準に適合し、合理
性を有しているかどうかが司法判断の対象となるものと解すべきであつて、右にい
う合理性が認められるときは本件許可処分は適法となり、右の合理性が認められな
いときは本件許可処分は違法として取り消されるべきものと解される。そして、本
件原子炉の安全審査資料はすべて被告の保持するところであり、原告らに比べてそ
の専門的知識等においても優位に立つと考えられること及び本件許可処分に瑕疵が
存することによつて生ずる虞れのある原告らの生命、身体等への影響の甚大さすな
わち、右処分に係る保護法益の重大性等を考慮すると、右の合理性の立証は被告が
負担すべきであると解するのが公平であり、条理上も妥当である。被告の引用する
裁判例は、当該処分に係る保護法益の重要性や裁量性の幅の大小等の点において本
件の場合と事案を異にすると解される。
第四 本件許可処分における手続的違法性について
一 手続的違法性の主張と本件許可処分についての違法主張事由との関係
被告は、原子炉等規制法には、原子炉施設周辺住民に対し原子炉設置許可手続への
参加を保障する趣旨の規定は何ら見い出し得ないから、同法は右住民個々人の原子
炉設置許可の際の安全審査それ自体に関する利益を個別的に保護しているものとは
解し得ず、したがつて、原告ら主張の本件許可処分に係る安全審査手続に関する違
法事由中、その手続に関する違法が安全審査の実体的な適法性を直接左右すべき性
質のものはともかく、単に右安全審査手続それ自体の違法をいうにとどまるもの
は、行訴法一〇条一項にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法」の主張とし
て、本件訴訟における審理、判断の対象とはならないものである旨主張する。
確かに、原子炉等規制法に、被告主張のような趣旨の規定を見い出し得ないことは
同主張のとおりであるが、しかしながら、本件許可処分についての安全審査が適法
に行われることによつて同法二四条一項四号及び三号中の「技術的能力」に係る許
可要件の適合性が保障されるものであるところ、そのためには、右安全審査の実体
的側面のみならず手続的側面も適法であつてこそよくなし得るものと解されるか
ら、原告らは、右両側面に関する違法事由をもつて本件許可処分に係る違法事由と
なし得るものであり、その手続的違法事由については、安全審査の実体的な適法性
を直接左右すべき性質のもののみならず、安全審査それ自体の違法をいうにとどま
るものについても、それが実体的適法性に影響を及ぼさないとはいえないものであ
る以上、原告らはこれを主張しうるものと解するのが相当である。
二 原子炉設置許可処分の手続
1 手続の概要
(一) 内閣総理大臣は、原子炉等規制法二三条に基づく原子炉設置許可申請を受
けた場合には、右申請の同法二四条一項各号所定の許可要件への適合性について原
子力委員会に意見を求める(同条二項)。
(二) 右意見を求められた原子力委員会は、委員長が、当該原子炉に係る安全性
に関する事項については、同委員会に置かれた安全審査会にその調査審議方を指示
し、それ以外の事項については原子力委員会において直接審議する(設置法二条、
一四条の二、原子炉等規制法二四条二項)。
(三) 安全審査会は、右指示に基づき、当該原子炉施設に係る安全性に関する事
項について調査審議し(設置法一四条の二)、更に、その所掌事務を分掌させるた
め、審査会に部会を置くことができる(安全審査会運営規程七条)。
(四) 安全審査会において、右の調査審議を終了したときは、同委員会の会長
は、その結果を原子力委員会委員長に報告する(安全審査会運営規程六条)。
(五) 原子力委員会は、右の報告を踏まえたうえ、当該申請の原子炉等規制法二
四条一項各号所定の許可要件への適合性について判断し、内閣総理大臣に対し、そ
の結果を答申し、右答申を受けた内閣総理大臣は、これを尊重し、あらかじめ通商
産業大臣の同意を得たうえで、当該申請の許否について最終的な判断を下す(同法
二四条二項、七一条一項、設置法三条)。
2 原子炉設置許可に係る審査体制
(一) 原子力委員会
(1) 原子力委員会は、その所掌事務が原子力に関する重要なあらゆる事項に及
び、内閣総理大臣は右委員会の決定については尊重しなければならず、更に、原子
力利用に関する重要事項について、内閣総理大臣を通じて関係行政機関の長に勧告
することができる等広汎、かつ、強大な権限を有している。
(2) そして、原子力委員会は、原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議す
るための安全審査会を置き(設置法一四条の二)、また、同委員会が定めた事項を
調査審議する参与及び専門委員をもつて構成する原子力委員会専門部会を必要の都
度置く(設置法施行令四条、専門部会運営規程一条)。
(3) 原子力委員会は、委員長及び委員六人をもつて組織され(設置法六条一
項)、委員長は科学技術庁長官たる国務大臣をもつて充てられ(同法七条一項)、
更に委員は両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する(同法八条一項)。
(4) 原子力委員会は、委員長が招集し(設置法一一条一項)、会議を開き、議
決をするには委員長及び三人以上の委員の出席を必要とする(同条二項)。委員会
の議事は、出席者の過半数でこれを決し、可否同数のときは、委員長の決するとこ
ろによる(同条三項)。また、会議には、毎週一回開かれる定例会議のほか、必要
に応じて開かれる臨時会議がある(設置法施行令一条一項)。
(二) 安全審査会
(1) 安全審査会は、原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議するために原
子力委員会に置かれるものであり、審査委員三〇人以内で組織され(設置法一四条
の三第一項)、審査委員は、学識経験のある者及び関係行政機関の職員のうちから
内閣総理大臣が任命し(同条二項)、非常勤とされる(同条三項)。安全審査会の
会長は、審査委員の互選によつて定められる(同法一四条の四第一項)。
(2) 安全審査会は、会長が招集し(安全審査会運営規程二条)、議事を開くに
は審査委員の二分の一以上の出席を必要とし(同規程三条一項)、決議を行う必要
があるときは、出席した審査委員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、会長
の決するところによる(同条二項)。なお、原子力委員会委員長への調査審議結果
の報告について議決をする必要があるときは、出席した審査委員の四分の三以上の
賛成により、これを決する(同条三項)。
3 本件許可処分の手続的経緯
甲二四号証の一、一四、二五号証の一ないし一三、二九号証、四三号証、四九号
証、乙六号証、七号証、八号証の一ないし三、九号証ないし一一号証及び証人Aの
証言によれば、次の事実が認められる。
(一) 東京電力は、昭和四七年八月二八日、内閣総理大臣に対し、原子炉等規制
法二三条に基づき本件許可申請を行い(右の事実は当事者間に争いがない。なお、
東京電力は昭和四八年七月二一日、昭和四九年二月一四日及び同年三月九日それぞ
れ最初の申請の際の申請書及び添付書類の一部を訂正した。)、右申請を受けた内
閣総理大臣は、その適否につき検討を開始するとともに、昭和四七年九月七日右申
請の同法二四条一項各号所定の許可要件への適合性について原子力委員会に意見を
求めたこと、
(二) 右意見を求められた原子力委員会は、右同日、本件原子炉に係る安全性に
関する事項について安全審査会に調査審議を指示し(右の事実は当事者間に争いが
ない。)、それ以外の事項については原子力委員会において直接審議したこと、な
お、本件許可処分に係る審査を行つた安全審査会の会議は、昭和四七年九月一一日
から昭和四九年二月一八日までの間に計一三回開催されたこと、
(三) 安全審査会は、本件許可申請に係る所要の調査審議のため昭和四七年九月
一一日の第一〇五回安全審査会において、第九二部会を設置したこと(右の事実は
当事者間に争いがない。)、同部会は、通商産業省「原子力発電技術顧問会」と合
同で審査を行うこととしたこと(右の事実は当事者間に争いがない。)、また、同
部会は、一一名の審査委員と七名の調査委員とをもつて構成されたが、右の各委員
は、原子炉工学、放射線物理学、気象学、地震学、土木工学等広汎な分野のそれぞ
れ専門家であること、右の各委員は、主として原子炉施設に係る事項を担当するA
グループ及び主として環境面に係る事項を担当するBグループとに分けられ、それ
ぞれの分野における諸問題を各グループにおいて検討する一方、随時部会全体とし
ての会合を開き、計八回にわたつて現地調査を行うとともに、適宜審査状況を安全
審査会に報告し、同会の審議に付したこと、なお、第九二部会における会合は、昭
和四七年九月一六日から昭和四九年二月一四日までの間に、全体会合が二二回、A
グループ会合が一四回及びBグループ会合が一〇回それぞれ開催されたこと、
(四) 第九二部会は、右のような調査審議を経て、昭和四九年二月一四日、部会
報告書をとりまとめたうえ、同月一八日第一二三回安全審査会にその旨を報告し、
同会は右の報告書を基に検討を行い、「本原子炉の設置に係る安全性は、十分確保
し得るものと認める。」との安全審査報告書を決定し、同日付で原子力委員会委員
長にその旨を報告したこと(以上の事実は当事者間に争いがない。)、
(五) 原子力委員会は、右の報告を踏まえたうえ、本件許可申請が原子炉等規制
法二四条一項各号所定の許可要件に適合するか否かについて検討し、昭和四九年四
月二七日の第一七回同委員会臨時会議において、本件原子炉の設置は許可してさし
つかえないと判断し、右同日同委員会委員長は内閣総理大臣に対し、本件許可申請
は、原子炉等規制法二四条一項各号に掲げる許可の基準に適合しているものと認め
る旨答申したところ、内閣総理大臣は右答申を尊重し、かつ、通商産業大臣の同意
を得たうえ、同月三〇日、同法二三条一項に基づき東京電力に対して本件許可処分
をしたこと(以上の事実は当事者間に争いがない。)、
4 本件許可処分の手続的適法
以上の1ないし3によれば、原子炉設置許可に係る審査体制は、慎重かつ厳正な審
査を確保し得るよう整備されており、本件許可処分手続も右の審査体制に沿つて行
われたのであるから、その手続は適法なものと認められる。
三 原告らの主張に対する判断
1 審査体制が不公平であるとの主張について
原告らは、原子力委員会は、原子力開発を推進する側と原子力開発を規制する側と
の両方の役割を同時に兼ねているため、安全審査体制自体に甚だしい不公正が生じ
ており、このような不公正な審査体制のもとになされた本件許可処分手続は違法で
ある旨主張する。
確かに、本件許可処分当時、原子力委員会は、原子力の研究、開発及び利用に関す
る行政の民主的な運営を図るため総理府に置かれ(設置法一条)、その所掌事務と
しては、原子力利用に関する政策に関すること及び関係行政機関の原子力利用に関
する事務の総合調整に関すること等いわば原子力行政の推進に関する分野がある一
方、核燃料物質及び原子炉に関する規制に関すること及び原子力利用に伴う障害防
止の基本に関すること等いわば原子力開発を規制する分野とがあり(同法二条)、
更に、同委員会内に原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議するための安全審
査会が置かれ(同法一四条の二)、原子力の利用、推進に関する業務と原子力の安
全確保に関する業務という性質の異なる二つの業務がいずれも原子力委員会の手に
委ねられていたものであつて、このことは、同委員会の安全審査体制の公正さを確
保するという観点からみると必ずしも好ましいものとはいえない。事実、甲六九号
証によれば、Bを座長とする原子力行政懇談会は、内閣総理大臣Cに対し、昭和五
一年七月三〇日、原子力行政体制の改革、強化に関する意見として、「これまでの
原子力委員会は、開発と安全規制の両面の機能を併せ持ち、両者を有機的に結合す
ることにより、原子力行政を進めてきた。しかし、最近の原子力行政は、多くの深
刻な問題に直面し、他方、国民の間では、安全規制面に比して開発面にウエイトを
かけすぎているという不信が生じており、原子力委員会は、今までのような進め方
では、このような情勢に対応できなくなつたと考える。このような情勢をふまえ、
わが国のエネルギー政策面から、わが国の原子力開発を一層推進しなければならな
い立場からすると、一方には整合性ある原子力開発体制を築くとともに、他方安全
確保については別途の体制を設け、両者を機能的に分離する必要がある。よつて、
現在の原子力委員会を、(新)原子力委員会と、原子力安全委員会の二つに分割
し、それぞれ独立して、企画・審議・決定・答申・勧告等の業務を行わしめること
が適当と考える。」との内容の答申をしたことが認められるのであり、そして、そ
の後設置法は右の答申にほぼ沿う内容の改正が行われ、名称も、「原子力委員会及
び原子力安全委員会設置法」と改称されるとともに、原子力の利用、開発に関する
業務を分掌する原子力委員会と、原子力の安全確保に関する業務を分掌する原子力
安全委員会とに区分され、それぞれが独立に業務を担当することとなつた(前記同
法、就中、二条、一三条参照)のである。
しかしながら、本件許可処分当時の前記審査体制が理想的なものではなかつたにし
ても、問題は、原子炉の安全性を確保し得る公正な審査体制がとられていたか否か
ということであり、安全審査会の審査委員及び部会員の資格は法定され、原子力委
員会の委員の任免及びその服務についても厳格な規制がなされている(設置法八な
いし一〇条、一三条、一四条)など原子炉設置許可に係る安全審査体制は慎重かつ
厳正な審査を確保し得るよう整備されており、かつ、本件許可処分手続も右の体制
に沿つて行われたのであるから、原告ら主張のような審査体制がとられていたとい
うことから直ちに本件許可処分手続も不公正に行われた違法なものであるとはいえ
ない。
2 審査基準設定の違法性の主張について
原告らは、本件安全審査の基準の大半は、原子力委員会の通達により定められてい
るが、右通達は法律に根拠を有せず、法律と何らの関連をも持たないものであるか
ら、右のような基準設定の方法は憲法三一条に違反しており、右の基準に基づいて
審査された本件許可処分は違法である旨主張する。
しかしながら、本件許可処分当時審査の基準となつたもののうち、立地審査指針、
気象手引及び安全設計審査指針(ほかに線量目標値指針及びECCS安全評価指針
があるが、これらは右処分当時は未だ明文をもつて設けられてはいなかつたもの
の、実質的には右の指針の趣旨に沿つて本件安全審査が行われたことは、本件記録
上明らかである。)が原子力委員会のいわば内規ともいうべきものであることは原
告ら主張のとおりであるが、前記のとおり、原子炉等規制法二四条一項四号所定の
「原子炉施設の位置、構造及び設備が原子炉等による災害の防止上支障がないもの
であること」との許可要件に適合するものであるか否かについての審査、判断は、
高度の専門技術的裁量に係るものであるから、内閣総理大臣の専門技術的裁量に委
ねられ、具体的な審査基準の策定についても、右の許可要件について法律でもつて
あらかじめ具体的な定めをしておくことは、かえつて、判断の硬直化を招き適切な
審査を行うことを困難にする虞れがあるということから、審査基準の具体的内容の
確定については、合理的な範囲内において、行政庁の専門技術的裁量に委ねられて
いるのであり、ただ、右の審査、判断の客観性の担保、その確実性及び予測可能性
の確保等に資するため、可能な事項については一定の審査基準を明確にしておくと
いう趣旨から前記指針類及び許容被曝線量を定める件が定められたものであつて、
このような審査基準策定についての裁量性及び右基準策定の趣旨等に照らすと、右
の基準がすべて法律に根拠を有しなければならないというものではないことは明ら
かであり、のみならず、そもそも原子炉施設のような第三者に危害を及ぼす危険性
のある施設等の設置を許可するについて、法律に根拠を有する明確な基準を設ける
か、それとも本件安全審査方法の如く必ずしもそのような基準を設けることなく、
多数の専門家の判断に委るる方法をとるかは、当該安全性の判断がどの程度高度で
専門的であるか、当該施設等に基準を定立しうるだけの定型性があるか否か、右の
どちらの方法が安全性確保の見地から妥当であるか等を総合的に考慮したうえで立
法機関が判断すべき事項であるから、前記のとおりの本件許可要件該当性の判断か
らみて、原子炉等規制法二四条一項が抽象的な定めしかせず、その結果、許可要件
の具体的基準のすべてが法律によつて規定されないとしても、そのような定め方を
した立法機関に特に著しい不合理性を見い出すことはできず、したがつて、いずれ
にしても前記憲法三一条違反に関する原告らの主張は失当である。
3 審査基準自体の違法性の主張について
原告らは、本件許可処分当時の審査基準の内容が余りにも甘く、あいまいで、か
つ、内容が不足しており、そのため総合的な安全性の審査ができない状態にある旨
主張する。
しかしながら、本件安全審査は、その対象となる事項が、前記のとおり、原子炉施
設自体の安全性に関係する事項のみであつて、原告ら主張の如く原子力利用のシス
テム全体とか放射性物質の全サイクルとかに着目した安全審査である必要はないの
であり、しかも、右原子炉施設自体の安全性に関係のある事項のうち基本設計ない
し基本的設計方針に係る事項のみが安全審査の対象となるものであり、原子炉施設
の詳細設計に関する事項はその対象となるものではないから、審査基準も、原子炉
施設に関する技術的事項の細部にわたる事柄まで逐一具体的指示を与えるものであ
る必要はなく、安全審査会の委員ら専門技術的知見を有する者が、右の審査におい
て、申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が当該原子炉施設の基本設計ない
し基本的設計方針において原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置
されるものであるかどうかを他の一般的技術的基準や先例等と合わせ判断するため
の基本的な枠組を提供する内容を具備してさえいればよいものというべきであり、
しかして、本件許可処分当時の前記審査基準は右の要請を満たしていると認められ
る(乙一三ないし一五号証、なお、乙一六、一七号証も参照。)から、原告らの右
主張は失当である。
4 原子力基本法二条違反の主張について
原告らは、本件安全審査は、アメリカの資料を十分検討しないまま使用しているこ
と等自主性と科学性に欠けていること及び審査過程、審査資料が公開されていない
ことをもつて、基本法二条に違反する違法なものである旨主張する。
ところで、我が国における原子力の研究、開発及び利用は、基本法を頂点とする原
子力関係法令に基づき進められており、特に、基本法は、原子力の研究、開発及び
利用を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩
と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する
ことを目的とし(同法一条)、原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限
り、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進ん
で国際協力に資すること(同法二条)を基本方針として宣言することによつて、右
の趣旨を明らかにするとともに、同法は、原子力の研究、開発及び利用全般にわた
る包括的な法規範として機能しており、およそ原子力の研究、開発及び利用に関す
る法的規制はすべてこの法律を基本として行うことを明らかにする一方、それぞれ
の法的規制の具体的内容については、これを殆どすべて他の法律に委ねている(原
子炉の建設等の規制は同法一四条、放射線による障害の防止については、同法二〇
条でそれぞれ定められ、これを受けて原子炉等規制法等が制定されている。)。し
たがつて、基本法が他の法律を通さずに、原子力の研究、開発及び利用に関して直
接国民の権利義務に影響を及ぼしたり、国民と国家との間の具体的な法律関係を形
成することはないから、個々の原子炉設置許可手続を直接規制するものではない。
したがつて、これと異なり、基本法二条から直接前記公開等を求める権利が原告ら
に存することを前提とした右の主張は失当といわなければならない。
なお、付言するに、基本法二条は、我が国における原子力の研究、開発及び利用に
関するいわゆる三原則を明らかにしており、そのうちいわゆる民主の原則は、主と
して原子力における平和利用を担保するため、右原子力の研究等は民主的な機構と
運営の下に進められなければならない旨を定めたものであり、原子力委員会はこの
方針を具体化したものとして設置され(同法四条、設置法一条)、また、いわゆる
自主の原則は、右原子力の研究等が軍事利用を行つている他国からの干渉によつて
歪められたり支配を受けることなく自主的に進められなければならない旨を定めた
ものであり、更に、いわゆる公開の原則は、軍事利用の技術開発は、その性格上機
密保護法制又はその措置の下に育成されるものであることから、我が国の右原子力
の研究等に関する成果の公開によつて軍事的意義を有する研究等を阻止しようとし
て定められたものであり、結局、右の三原則は、いずれも原子力の平和利用を担保
するための原則であつて、原子力の研究等に係わりをもつすべての者が拠りどころ
とすべき基本的精神若しくは基本方針を宣言したものである。したがつて、右の原
則が個々の原子炉の設置許可処分手続を直接規制するものと解することはできな
い。
5 審査方法が違法であるとの主張について
原告らは、安全審査においては、申請者の提出する資料に基づき、その設計や考え
方が適切であるか否かを確認するだけでは足らず、申請者からの情報、データに対
抗すべき或いは裏付けるべき基礎となる自前のデータを備え、申請者の計算コード
や計算結果を自らチエツクすべきであり、また、原子炉による災害を防止するとい
う安全審査の目的からすれば、申請者の内容で安全が確保できるか否かという立場
でのみ審査すべきではなく、より安全な技術が存在する場合には、そのより安全な
技術への設計の変更を求めるべきであり、したがつて、その意味において、より安
全な技術との対比において申請にかかる技術の安全性を審査すべきである旨主張す
る。
しかしながら、原子炉の安全性の確保については、設置者がまずその責を負うもの
であることはいうまでもなく、原子炉設置許可申請の安全審査においては、設置者
の申請にかかる内容が災害防止上支障のないものであるかどうかを審査するもので
あるから、右の審査は、申請者の提出する資料に基づいて、当該原子炉の安全性確
保のための申請者の設計及び考え方が適切か否かを審査するという方法になるもの
と解すべきであるから、原告ら主張のようなより安全な技術との対比において申請
にかかる技術の安全性が審査されるべきものとは解されない(もつとも、新しい知
見等との対比上、申請にかかる技術についてもはや安全性に疑義があることが判明
した場合には、右申請にかかる技術自体に安全性を確認しえなくなることが生じる
ことはいうまでもない。)。
ところで、甲七八号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、本件
原子炉の安全性確認のため安全審査会自らが実験や解析をすることはなかつたこと
が認められるところ、このような安全審査の方法が望ましいものといえるかについ
ては疑問がないわけではなく、現に前掲各証拠によれば、昭和五五年以降の安全審
査においては、同年設立された原子力安全解析所が、安全審査会よりの指示によつ
て申請にかかる内容について実験し或いはデータを収集し、更には安全解析計算を
することもあることが認められるのである。しかしながら、証人Aの証言によれ
ば、本件安全審査当時の審査においては、審査委員の知見や従来の一般的技術等に
よつて当該申請にかかる設計が申請どおり実現可能と判断されたものについては申
請者に対し特段の指示、解析、実験は要求しないが、右の判断が困難な場合には、
その判断が可能となるまで申請者に対して類似の分野の実験等を要求することもあ
つたこと及び本件原子炉は当時既に設置され稼動していた東海第二原子力発電所及
び福島第一原子力発電所六号炉とその設計が殆ど同じであつたことが認められるう
え、安全審査においては、審査委員の有する知見のみならず従来の一般的技術水準
等をも総合して安全性の確認が行われるのであるから、本件安全審査の際、安全審
査会自らが実験や解析をすることがなかつたとしても、
本件安全審査が違法であつたとはいえない。
6 審査過程の実質的違法の主張について
原告らは、本件原子炉安全審査会の審査は、時間的回数的にみて実質的審査であつ
たとはいえず、また、同審査会に設けられた第九二部会は実質的に同審査会より審
査を任されているにもかかわらず独自の意思決定を行うものでなく、決議機関とし
ての性格を有せず、更に、同部会の委員はいずれも非常勤で、かつ、他の部会の委
員をも兼ねていたのであるから、以上の実質上の体制からみて、本件安全審査過程
は実質的に違法である旨主張する。
しかしながら、安全審査会に設置された第九二部会の審査状況は前記のとおりであ
つて、これによれば、同部会の審査状況が時間、回数の両面からみて特に不十分で
あつたとは窺えず、また、同部会のみが実質的審査をなし、安全審査会の審査は形
骸化していることを認めるに足りる証拠はなく、更に、同部会の委員が非常勤で、
かつ、他の部会の委員をも兼ねていたとしても、これのみから本件安全審査過程は
実質的に違法であるとは速断できない。
7 その他
原告らは、その他本件安全審査手続の違法性について縷縷述べるが、いずれも前記
1ないし6の主張に含まれるものか、仮にしからずとしても、右手続的違法性の主
張事由たりえず或いはそれを認めるに足りる証拠がなく、いずれにしても失当であ
る。
第五 本件許可処分の実体的適法性について(その一 原子炉等規制法二四条一項
三号要件の「技術的能力」の適合性)
申請者に原子炉等規制法二四条一項三号に規定する技術的能力があるか否かについ
ての審査は、申請書の添付書類のうち「原子炉施設の設置及び運転に関する説明書
(原子炉規則一条の二第二項五号)に基づき、原子炉を設置しようとする者に当該
原子炉を計画、建設していく上で十分な要員が確保されているかどうか、運転開始
までに原子炉の運転を適確に遂行していく上で十分な要員が確保されることとなつ
ているか否か等を中心に、人的、組織的な面において原子炉設置者としての適格性
の有無の観点からなされるべきであり、その技術的能力の程度は、少くとも当時稼
動している我が国の原子炉における技術者の能力に匹敵することを要し、その能力
の存否は、その技術の質や経験等を併せ考慮して判断される必要がある。
しかして、乙九号証によれば、本件安全審査において、東京電力に原子炉等規制法
二四条一項三号所定の技術的能力があるものと判断されたことが認められるとこ
ろ、乙七号証、八号証の二、九号証によれば、東京電力は既に福島第一原子力発電
所一号炉の建設と運転の実績を有しており、更に現在(右審査当時)二ないし六号
炉の建設を行つていること、本件原子炉施設の運転に当つては、運転開始時約一一
〇名の技術者を予定しているが、これらの技術者については、日本原子力研究所原
子炉研修所による研修、株式会社BWR運転訓練センターのシミユレータによる訓
練、日本原子力発電株式会社東海研修所による研修等国内及び海外の諸機関を活用
して養成訓練を行うほか、先行炉の運転を通じ、また、当該原子炉施設の試運転期
間中に所要の教育訓練を実施することになつていることが認められ、右により認め
られる東京電力の原子炉建設の経験、技術者の現状、養成計画等を考慮すると、本
件安全審査において、東京電力に本件原子炉施設を設置するために必要な技術的能
力及び適確に運転する技術的能力があるとした前記判断には合理性があると認めら
れる。
第六 本件許可処分の実体的適法性について(その二 原子炉等規制法二四条一項
四号要件適合性のうち、平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策につい
て)
一 はじめに
1 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、右四号要件適
合性の審査は、後記2の考え方に基づきなされたことが認められるところ、右の考
え方には合理性があると認められる。
2 本件許可申請が原子炉等規制法二四条一項四号の許可要件に適合するものであ
るかどうかということは、本件原子炉施設の位置、構造及び設備が、その基本設計
ないし基本的設計方針において、原子炉等による災害の防止上支障がないものであ
るかどうかということであるが、そのためには、第一に、原子炉施設の平常運転時
における被曝低減に係る安全確保対策がとられているかどうか、第二に、自然的立
地条件に係る安全確保対策を含め原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策がとら
れているかどうか、第三に、原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策がとら
れているかどうかの各観点からの検討が必要であると考えられる。
3 そこで、右第一ないし第三についての検討の前に、その前提となる発電用原子
炉の仕組み及び放射線被曝等並びにそれらに関する原告らの主張について検討し、
そのうえで右三つの観点からの検討(但し、本項では第一の観点からの検討のみ)
をすることとする。
二 発電用原子炉(BWR)の構造と発電の仕組み
原子力による発電は、ウラン二三五等の原子核に中性子を当て、それによつて起こ
る核分裂反応の際に発生する巨大なエネルギーを熱として取り出して行うものであ
り、発電用原子炉は、核分裂反応を制御しつつこれを継続的に起こさせることによ
り必要な熱エネルギーを得るための装置であること、発電用原子炉の役割は、火力
発電のボイラーに相当するものであり、そこから蒸気を取り出し、その力でタービ
ンを回転させて発電するという点では火力発電と同じであること、原子炉の中心
部、すなわち、炉心は、核分裂反応を起こして発生させる核燃料、核分裂反応によ
つて新たに発生する高速の中性子を次の核分裂反応を起こさせ易い状態にするため
の減速材、発生した熱を取り出すための冷却材、核分裂反応を制御するための制御
材等から成り立つていること、本件原子炉は、右の減速材及び冷却材の両者の役割
を果たすものとして普通の水(いわゆる軽水)を用い、更に、原子炉内で直接蒸気
を発生させ、これをタービンに送り発電する型の軽水型の沸騰水型原子炉(BW
R)であること、原子炉に用いる核燃料には、中性子が当たると核分裂反応を起こ
すウラン二三五を数パーセント含む二酸化ウランを円柱状に焼き固めたもの(これ
を燃料ペレツトという。)が使用されており、この燃料ペレツトは、両端を密封さ
れた金属(ジルコニウム合金であるジルカロイ)製の被覆管の中に縦に積み重ねら
れて燃料棒を構成していること、この燃料棒は、数十本ごとにまとめられて一つの
燃料集合体を形成しており、この燃料集合体数百体で炉心を構成していること、制
御材は、その内部に中性子吸収材が詰められている棒状のもの(これを制御棒とい
う。)が使用されており、この制御棒を炉心の下部から炉心に挿入し、これを出し
入れすることによつて炉心の中で生じた中性子の数を調整して核分裂反応を制御し
ていること、これら燃料集合体及び制御棒は、鋼鉄製の原子炉圧力容器の中に収め
られていること、原子炉圧力容器には、冷却材と減速材とを兼ねる水(軽水)が入
れられており、この水は、核分裂反応によつて生じた熱によつて高温の蒸気となる
こと、その蒸気は、気水分離器及び蒸気乾燥器を経て高温、高圧となつて主蒸気管
四本を通つてタービンに送られ、タービンにおいてその熱エネルギーの一部(約三
分の一)が機械的回転エネルギーに変換され、発電機により発電を行うこと、夕ー
ビンを駆動した蒸気は、復水器で海水により冷却されて水となるが、この水は再び
原子炉圧力容器内に戻されること及び原子炉内で発生した熱のうち約三分の二は右
の復水させる水(海水)によつて海中へ放出されること、以上の各事実は当事者間
に争いがない。
三 原子力発電と放射線被曝
1 原子力発電においては、原子炉の平常運転に伴つて、核燃料の核分裂反応によ
り発生する核分裂生成物等の放射性物質が環境に放出されることは、不可避である
こと、は当事者間に争いがない。
2 甲五号証、乙三号証、二三号証及び二八号証によれば、放射線被曝による障害
には、放射線を被曝した個人に現れる身体的障害と、その個人の子孫に現れる遺伝
的障害とがあり、前者には被曝後短期間(通常数週間以内)に現れる急性障害と、
かなり長い潜伏期間を経て現れる晩発性障害とがあること、急性障害は、短期間に
高線量の放射線を被曝した場合に生じ、被曝線量や被曝部位及び被曝者の年齢等に
よつて異なるが、神経系障害、造血機能の障害、皮膚障害及び生殖器障害等があ
り、極端な高線量被曝の場合には死に至ることもあること、晩発性障害は、被曝に
よる急性障害が回復した後或いは被曝時には何らの障害も生じない程の比較的低線
量の放射線被曝の後数年ないし十数年後に生じる障害であり、その症状としては、
白血病その他のガン等があること、遺伝的障害は、生殖細胞中の遺伝子や染色体が
放射線被曝により突然変異或いは染色体切断等の染色体異常を起こし、それが子孫
に伝えられて生じるものであり、不妊、流産及び死産等がその結果として生じるこ
とが指摘されていること、が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
3 寿命の短縮に関する原告らの主張について
原告らは、ワレン及びセルツアらの報告によれば、放射線被曝による障害として、
白血病、ガンその他の悪性腫瘍のほか、特にどの病気ということではなしに寿命の
短縮が起きるとされている旨主張する。
しかしながら、乙二三号証、五八号証、五九号証、六〇号証によれば、病理学者ウ
オーレンはアメリカ医師会雑誌の死亡広告を分析した結果を一九五六年(昭和三一
年)に発表し、放射線科医は一般内科医に比べて五・二年の寿命短縮があると発表
したこと、その後セルツアらも右同様の発表をしていること、しかし、右ウオーレ
ンの発表には、右の差は、放射線科医の集団が一般内科医の集団に比べて若い人が
多かつたための見せかけのものにすぎないとの指摘がなされていること、また、右
セルツアらの発表に関し、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCE
AR)報告書は、高線量を長期間にわたつて職業上被曝した者(特に放射線科医)
にガンの誘発以外による寿命の短縮が見られたことを示すデータがあるが、しかし
放射線防護施策が実施されるようになつてから後に被曝した放射線科医では、ガン
を伴わない寿命短縮という報告は姿をなくした、この事実の論理的帰結としていえ
ることは、被曝のあつた当時許容できるとされた線量域(すなわち、現在採択され
ているものより一〇倍高い線量限度)まで寿命の短縮は起こり得ないということで
あり、また放射線によるガンがあつても通常の分析の資料数(サンプル・サイズ)
の範囲内で、人に統計的に検知し得る程の寿命短縮をひき起こすには不十分であつ
たことになる、と結論づけていること、BEIRIII報告書及びUNSCEAR
の一九八二年報告書は、放射線被曝の結果、寿命の短縮は起こるものの、低、中線
量(率)の場合のその効果は、殆どガンの誘発によるものであり、老化(加令)そ
の他の非特異的な原因によるものではないと結論し(それは多くの動物実験データ
や広島、長崎の原爆被曝生存者に関する調査データに基づいている。)、更に、I
CRPも、一九七七年(昭和五二年)の勧告において、ガン以外の影響による寿命
短縮の証拠は決定的でなく、したがつて、定量的なリスク推定には用いられない、
としていること、が認められ、以上の事実によれば、少くとも中、低線量被曝によ
りガンの誘発以外による寿命の短縮があるとすることはできず、原告ら主張の如
く、僅か一ラド程度の被曝による寿命の短縮を定量的に論じることは到底できない
ものという外はない。
四 平常時被曝の前提事項に関する原告らの主張に対する判断
1 しきい値に関する主張について
高線量の放射線を短期間に被曝した場合については、その被曝線量とそれによつて
生じる障害との関係は比較的よく判明している(これは、乙三号証、二三号証、五
七号証により認められる。)が、低線量の放射線被曝と白血病その他のガン等の晩
発性障害及び遺伝的障害の各発生との関係については争いがある。
原告らは、(一)アリス・スチユアートらは、一九五八年(昭和三三年)数ラドか
ら数十ラドの極く少ない被曝線量でも白血病やガン等の悪性腫瘍が発生しているこ
とを確認したこと、(二)ICRPが、一ラドの放射線を浴びることによつて照射
後二〇年以内に白血病も含めたガン等の悪性腫瘍で死ぬ人が一〇〇万人について四
〇人程度生じることになると推定していること、(三)ジヨン・W・ゴフマンとア
ーサー・R・タンプリンは、あらゆる種類のガンと白血病の平均倍加線量は五〇ラ
ドより大きくはなく、一ラドの被曝によるガンと白血病の発生率は自然発生率の二
パーセントとなるとして、低線量被曝によつても放射線障害がもたらされる旨述べ
ていること、(四)ムラサキツユクサの雄しべの毛では、〇・二五ラドのエツクス
線や〇・一ラドの中性子という低線量被曝によつても突然変異率と線量との間に直
線的比例関係が存することが実験的に確認されていること、(五)一九三〇年(昭
和五年)、マーラーの弟子のオリバーは、動植物に関する実験によつて、放射線に
よつて起きる突然変異の発生率は、被曝線量に正比例して増加すること、線量が一
定であれば放射線の強度に関係なく一定量の突然変異が生じること、一回照射でも
分割照射でも総線量が等しければ突然変異率は等しいこと(すなわち、遺伝的効果
は蓄積されること)をそれぞれ確認していること、(六)以上(一)ないし(五)
によれば、放射線障害と被曝放射線量とはしきい値(これ以下の被曝線量では障害
が生じ得ないという線量値のこと)のない直線的比例関係にあることが判明してい
るから、本来被曝放射線量は、存在の確定されたしきい値以下であることが必要で
あることからすれば、本件原子炉よりの放射線の放出は許されないこととなり、し
たがつて、右の放出を認めた本件許可処分は違法である旨主張する。
そこで、検討するに、(一)については、乙六二号証、証人Dの証言及び弁論の全
趣旨によれば、(1)アリス・スチユアートらは、一九五八年(昭和三三年)原告
ら主張どおりの論文を、また、一九七〇年(昭和四五年)には、「誕生の少し前に
電離放射線によつて一レムの被曝を受けた一〇〇万人の子供からは放射線誘発によ
る癌により一〇歳以前に死亡する者が三〇〇人ないし八〇〇人超過して現れるであ
ろう。」として放射線量と一〇歳までのガンの超過発生のリスクの間の直線関係が
ある旨の内容の論文をそれぞれ発表したこと、(2)しかし、アメリカ放射線防護
測定審議会(NCRP)は、「職業上被曝する婦人における胚及び胎児に対するN
CRPの線量限度の再検討」と題する一九七七年報告において、右スチユアートら
の論文について、ジヤブロンと加藤が広島、長崎において子宮内で五〇〇ラド以下
の被曝を受けた一二五〇名の原爆被曝者の研究を行つて検討した結果では、原爆に
よつて子宮内で被曝を受けた子供からは本質的にガン死の超過発生はなかつたとさ
れたこと及び他の胎児被曝に関する研究や臨床観察によつても極低放射線量によつ
てすべての種類の小児ガンの相対的な発生頻度がスチユアートらによつて報告され
た大きさ(五〇パーセント)よりも増加するということは支持されていないので診
断による胎内被曝が小児ガンによる死亡の増大と関係しているかどうか或いはどの
程度胎内被曝が関係しているのかということには明らかに疑問点があることなどか
ら、右スチユアートらの論文に係る小児ガンの超過発生は、診断に用いられたエツ
クス線による被曝そのものというよりも、妊娠中に診断の手続きを必要とした理由
を有したような他の事情に起因する可能性は否定されないと報告していること、
(3)もつとも、右加藤とジヤブロンは、同人らとスチユアートらとの二つの研究
の不一致の原因として多くの可能性を提案しているところ、その一つとして、「線
量-効果の関係は極低レベルでは直線的であつて、より高い線量においては、放射
線によつて流産が競合するリスクとして誘発されるとすればそうなるように、下に
凹な曲線になるのかもしれない。」(放射線は低レベルの場合と高レベルの場合と
で線量-効果関係が異なる可能性があり、原爆被曝者のような高レベル被曝では流
産などの併発によつて出生に至らないために小児ガンの発現として観察されない
が、低レベルではスチユアートらが観察したようにほぼ線量に正比例して小児ガン
が発現する可能性があるという趣旨)ということを挙げていることが認められ、右
の認定事実によれば、スチユアートらの報告とジヤブロンらのそれとでは研究の内
容、性格に大きな相違があり(前者は、出生の少し前に母親の胎内で医療上のレン
トゲン撮影に起因する被曝を受けた小児という低レベル被曝についてであるのに対
し、後者は、子宮内で五〇〇ラド以下というかなり多量を一回で照射した被曝者に
ついてのものである。)、また、前記のように極低レベルの被曝ではスチユアート
らが観察したように線量と効果との関係は正比例の関係にある可能性もあること等
からすると、スチユアートらの前記報告の内容を完全に否定し去るわけにはゆかな
いものの、前記のような疑問点もまた指摘されていること等に照らすと、右報告の
内容をそのまま是認することも困難である。
(二) についてみるに、高線量の放射線を短期間に被曝した場合については、そ
の被曝線量とそれによつて生じる障害との関係が比較的よく判明していることは前
記のとおりであるが、甲五号証、乙二三号証、二四号証、五七号証によれば、放射
線被曝による身体的障害のうち、急性障害については、二五ラド以下では臨床症状
は殆ど発生せず、したがつて、しきい線量の存在がかなりの程度明らかになつてい
るものの、白血病、ガン等の晩発性障害の発生については争いがあるところから、
ICRPは、一九六五年(昭和四〇年)勧告において、低線量放射線被曝による人
体への影響については、しきい線量があるかもしれないことを認めつつも、安全を
極めて重視するという立場から、低線量でも障害の危険があると仮定するという方
針が放射線防護の基礎として最も合理的であるとして、すなわち、しきい線量の不
存在を仮定する扱いをしたことが認められるのであつて、右の認定事実によれば、
ICRPはしきい線量が実際に存在すると認めたものではないから、ICRPが原
告ら主張のような推定をしたとしても、それは、放射線障害にしきい値がないこと
が判明したことを前提としているものではない。
(三) についてみるに、乙六一号証によれば、ジヨン・W・ゴフマンとアーサ
ー・R・タンプリンは、低レベル放射線の身体に対する影響に関する「一般則」と
して、「法則I すべての種類のガンは電離放射線により確実に増加させることが
できる。この事象の記述には、個々のガンの自然発生率を二倍にするのに要する線
量によるか、或いは被曝一ラド当りのガンの発生率の増加かのいずれかによるべき
である。
法則IIすべての種類のガンに対する倍加線量は殆ど同じで、また、ラド当り発生
率の増加もよく似ている。」等を主張していることが認められるところ、右の主張
(「法則」)は倍加線量の考え方(放射線障害の発生率が自然発生率に対して二倍
になる放射線被曝線量をもとにして、ある被曝線量での障害の発生率を算定できる
とする考え方、これは乙二三号証及び弁論の全趣旨により認められる。)を前提と
するものであるが、右の考え方が適用されるためには、右のある被曝線量を含む線
量域において、線量と障害との発生率の関係が直線性を示すことが前提とされるべ
きところ、低線量域以下においては、右の直線性の関係が成立するのかそれとも成
立しないのか(すなわちしきい値が存在するのかしないのか)については後記のと
おりいずれとも断定するに足りる知見は得られていないのであるから、右の倍加線
量の考え方によつてガン等の発生率を算出すること自体問題があるのみならず、乙
六一号証によれば、右の考え方に対しては、アメリカ原子力委員会(AEC)及び
ICRPの作業グループ等から、各種のガンにおける自然発生率の大幅な変動を無
視するものであること等を理由として(例えば、胃ガンの発生率は、異なる五か国
の男女をとると、一〇〇万人当り六五人ないし七〇人と差があるから、ラド当りの
発生率を一定とすれば、倍加線量は一〇倍違うことになること等を理由として)、
科学的根拠がないことが明らかにされたと批判されていることが認められるのであ
り、また、原告ら主張のゴフマンらの(三)の主張も、前記倍加線量の考え方を前
提とするものであるから、右に述べたと同様の批判があり得ることとなる。
(四) についてみるに、甲二五五ないし二五八号証によれば、ムラサキツユクサ
の雄しべの毛の成長(細胞数の増加)は、主としてその頂端細胞の分裂の繰返しに
よるが、このような特徴をもつ雄しべの毛を実験材料に用いると、その成長中に何
らかの原因によつて、頂端又は頂端から二番目の細胞にある変化が起きると、それ
が細胞分裂能力の変化であれ、細胞の奇型化であれ、染色体異常であれ、或いは突
然変異であれ、開花時に個々の雄しべの毛で直接検出され、その誘発時期も知るこ
とができ、特に遺伝的影響を検出する場合、雄しべの毛の色を青色にする優性遺伝
子一つと、ピンク色にする劣性遺伝子一つを合わせもつもの(その雄しべの毛の色
は優性遺伝子の働らきで青色)を用いると、その優性遺伝子が突然変異を起こして
青い色素ができなくなつた時に、隠されていた劣性遺伝子の働らきが現われ、ピン
ク色の細胞が雄しべの毛の中に出現し、これによつて右特定遺伝子の突然変異を容
易かつ確実に検出でき、しかも、ムラサキツユクサは一個の花で数百本の雄しべの
毛を持つているため膨大な数の、標本について調整することが容易であるから、右
の実験によつて得られた突然変異率のデータは極めて精度の高いものであること、
ムラサキツユクサの雄しべと放射線の影響の研究は、一九六三年(昭和三八年)か
ら始まり、一九六五年(昭和四〇年)から一九六七年(昭和四二年)にかけて、ア
メリカブルツクヘブン国立研究所のスパロウと我が国の市川定夫及びインドのナヤ
ールらの間で研究が進められ、雄しべの毛の特徴と中、高線量域での反応が詳細に
解明され、また、雄しべの毛は、生物衛生の実験にも用いられてその優秀性が証明
され、更に、各種放射線の生物効果比(RBE)や化学物質の突然変異誘発能の調
査にも用いられたこと、このような多くの実験結果の蓄積を踏まえ、一九七〇年
(昭和四五年)頃からは、我が国、アメリカ及びインドでそれぞれ独自に微量放射
線の雄しべに与える影響についての調査が始まり、我が国では市川定夫によつて
〇・七レムまでの放射線量と突然変異との間に比例関係が成立することが発表さ
れ、アメリカでは一九七二年(昭和四七年)スパローにより、〇・二五レムまで右
の関係が成立する旨、また、インドではナヤールらが一九七〇年(昭和四五年)自
然放射線量の高い地域で毎時〇・〇八ないし一・三ミリレムという極低量線量率で
の体外被曝によつても突然変異率が一・七倍まで上昇する旨の各研究報告がなされ
たこと、が認められる。
右の認定事実によれば、ムラサキツユクサについてはしきい値は存在しない可能性
はかなり強いということはできるものの、乙三号証、二八号証によれば、植物の細
胞と人間の細胞とでは条件が異なること及びムラサキツユクサは放射線に特に敏感
な植物であること等から、右ムラサキツユクサの実験結果をそのまま人間の場合に
類推適用することには無理があるとの批判もあることが認められる。
以上によれば、人間の低線量被曝においてしきい値の不存在を肯定する資料もない
とはいい難い。被告は、右の低線量被曝に当る自然放射線とガン及び白血病死亡率
との間には有意な相関関係はないことを明らかにする趣旨で乙二六号証(いわゆる
粟冠論文)を提出しているところ、同号証によれば、環境放射線と白血病死亡率と
の間の関係について、東北大学教授粟冠正利は、全国二七道県四〇二地点で二二年
間にわたり五万七〇〇〇人以上の白血病死亡をとり上げて研究した結果、全悪性新
生物(ガン)死亡率と線量率との間には正の相関があるが、相関係数は〇・五まで
で余り大きくないこと、白血病死亡率と放射線との相関はこれより更に小さく、か
つ負の相関をもつものが多いことが判明したとしていることが認められるが、証人
Dの証言及び右証言により成立の認められる甲一六八号証、一七〇号証によれば、
粟冠論文は、その用いる線量率のデータのとり方が不十分であること(二七道県で
四〇二地点であり、一道県当り一五地点となり、この程度の数の地点のみで全道県
民の被曝線量を推定すると、極めて大きな誤差を伴うであろうこと、地中の天然の
放射性物質であるウランやトリウムの含有量に地域差があるはずなのに右の放射性
物質に由来する放射線被曝の地域差について考慮されていないこと、各地の白血病
死亡率のデータは、白血病という本来発生率の低いものについてはその統計につい
て本質的な誤差があり、この誤差が放射線の地域差による変動を覆い隠す可能性が
あるのに、粟冠論文では白血病のデータについては右のような統計学的な制約の問
題について考察を加えていないこと等)及び計算間違いが多いことなどからその内
容の信用性に疑問があるのみならず、粟冠論文のデータに依拠しても、少くとも全
ガンと放射線量との間の関係については有意な関係があり、また、白血病と放射線
との関係については、データ自体に非常に大きな変動要因が内包されていて有意性
の有無につきたやすく論じられないことがそれぞれ認められるのであつて、乙二六
号証は被告の右主張にそう証拠とは認められず、かえつて、前記原告らの主張(低
線量被曝線量についてのしきい値の不存在の主張)を裏づける資料といえなくもな
いのである。
しかしながら、前記のようにしきい値の不存在に疑問を抱かせる指摘もあるうえ、
乙三号証、五七号証、五八号証によれば、統計的にしきい値の存在を確認するに
は、膨大な標本数が必要であつて、しきい値の有無の確認は、その線量で著しい発
生数の増加がある場合以外、実際上不可能であること、現在のところ、人間に関
し、白血病やガンについておおよそ数十レムないし一〇〇レム以下の低線量におい
て、線量と発生率との間にしきい値が存在するかどうかについては、明確な知見は
ないとするのが一般であり、遺伝子の突然変異に対する放射線の影響についても、
人間についての実証データはなく、シヨウジヨウバエやマウス等の動物実験による
実験結果では、ある放射線量以上に対して放射線量と遺伝子突然変異の発生数は比
例することが確かめられているが、それ以下の低線量については確かな実験的根拠
がなく、人間については右動物実験等のデータを参考として推論せざるを得ない状
況であることが認められること等を総合考慮すると、人間の低線量放射線被曝に関
するしきい値については、これを積極的に肯定する知見はなく、他方原告ら主張の
ようなその不存在を肯認するに足りる資料もなく、未だその存否につき確定的な知
見はないものといわざるを得ない。
2 公衆の許容被曝線量の根拠等についての主張について
原告らは、許容被曝線量に関し、次のとおり主張する。すなわち、許容被曝線量等
を定める件にいう許容線量を〇・五レムとする規定は、ICRPの勧告に従つたも
のにすぎないところ、右ICRP勧告の数値は、職業人に対する線量限度五レムの
一〇分の一とした根拠が明確でないことやICRPの基本的考え方である利益と危
険のバランスの考え方をとつたとしても、公衆に直接の利益がないこと並びにIC
RPの歴史的経緯に照らしても何ら合理的な科学的根拠を有するものではなく、ま
た、本件処分後に定められた線量目標値指針で定められた線量目標値の年間五ミリ
レムも単なる努力目標値であつて安全規制の基準たり得ないから、右にみた我が国
の法的基準は極めて不十分なものとなり、したがつて、右不十分な基準に基づいた
本件安全審査は違法である。
そこで、以下に、我が国の法的基準や目標値の根拠となつたICRP設立の経緯を
はじめその勧告の趣旨、許容被曝線量の数値の定められた根拠、経緯等について検
討することとする。
甲五号証、一六三号証、乙一七号証、二三号証、二四号証、二八号証、三七号証、
五七号証、五八号証によれば、次の事実が認められる。
(一) ICRPは、一九二八年(昭和三年)スウエーデンのストツクホルムで開
かれた第二回国際放射線医学会議において「国際エツクス線及びラジウム防護委員
会」として設立され、その後、放射線利用の多様化や原子力開発利用の進展によ
り、急速に拡大する放射線防護の分野を一層効果的に網羅するため、一九五〇年
(昭和二五年)現在の名称と組織形態をとるに至つたこと、ICRPの委員は、放
射線医学、放射線防護、物理学、保健物理学、生物学、遺伝学、生物科学及び生物
物理学の諸領域における著名な実績を有する学識経験者によつて構成されており、
その最大の任務は、科学的立場から、適切な放射線防護方策の基礎となる基本原則
を検討し、その結果を勧告又は報告としてとりまとめ、公表することであつて、こ
のためICRPは、その母体である国際放射線医学会議と密接な関係をとりつつ、
放射線医学と医療一般に伝統的な接触を維持し続けるが、単にこれに留まらず、放
射線防護の分野全体について適切な指針を用意するため、必要な諸活動を行つてき
ていること、ICRPは、それ自身は国際機関ではないが、その任務を適確に遂行
するため、世界保健機構(WHO)及び国際原子力機関(IAEA)と公的な関係
を有するとともに、国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)、経済協力開発
機構原子力機関(OECD/NEA)等と仕事上の協力関係を保つていること、I
CRPの最初の勧告は一九二八年(昭和三年)に発行され、更に、一九三一年(昭
和六年)、一九三四年(昭和九年)及び一九三七年(昭和一二年)に報告書が刊行
されたが、一九五〇年(昭和二五年)に組織改正が行われて以降は、基本的な勧告
が一九五一年(昭和二六年)、一九五五年(昭和三〇年)、一九五九年(採択は一
九五八年・昭和三三年)に刊行されたが、その後も、最新の科学的知見に基づき、
数次にわたり、基本的勧告の見直しを続けてきているとともに、専門委員会の勧告
や報告を刊行してきていること、ICRPはその勧告を策定するに当つては、放射
線防護の基本的原則をとり上げるに留め、それぞれの国の国情に最も適した詳細な
技術的規則及び実施規則を採用することによつて、その国民を放射線から防護する
責任は、その国にあるという立場をとつていること、現実には、原子力の開発利用
を推進している世界各国及び関係国際機関は、ICRPの勧告を科学的に権威ある
ものとして受け止め、同勧告の趣旨を十分に尊重して、放射線防護対策を進めてい
ること、
(二) ICRPは、当初は職業人を対象に身体的障害発生防止を目的として規制
値を定めたが、その後遺伝的障害に注目して規制値を定めることの重要性が認識さ
れ、これを主にした規制体系が組み立てられると同時に、職業人のみならず一般公
衆の被曝量をも考慮した国民線量の規制へと視点が向けられたこと、
(三) ICRPの勧告の内容の経緯を見るに、一九五〇年(昭和二五年)には、
放射線作業従事者のみに対し遺伝的影響は考慮せず週〇・三レム、一九五八年(昭
和三三年)には、遺伝的影響をも考慮したうえ右従事者に対しては許容集積線量を
5(年齢-18)レム、公衆に対しては年〇・五レム、一九六五年(昭和四〇年)
には右従事者に対しては許容集積線量を年五レム、公衆に対しては右同様年〇・五
レム、一九七七年(昭和五二年)には、右従事者に対しては年五レム、公衆に対し
ては右同様年〇・五レムとそれぞれ勧告しているところ、一九五八年(昭和三三
年)の作業従事者に対する勧告値が年当り五レムに相当するレベルに変わり、以前
の三分の一になつた(ICRPでは一年を五〇週と考えることにしているので、年
五レムは週当り〇・一レムに相当する。)が、それは、以前の勧告値で放射線障害
の事例が現われたからではなく、それまでの勧告が職業上の被曝に関するもので、
しかもその人の生涯の安全を保障する数値を勧告していたのを、遺伝的影響も考慮
し、公衆に対する許容線量をも勧告し、更に、原子力利用の将来の拡大と放射線防
護に関する技術が向上したことを考慮したための許容線量の数値の引下げであり、
また、作業従事者に対する勧告に際しては、集積線量の考え方が次第に姿を消して
ゆくが、これは、過去の被曝総線量、すなわち、集積線量を重視することは、理論
的には当を得ているものの、各個人のそれを求めることは実際上極めて困難である
ので、一年間の線量を目安とすることが実務上適当であるとの理由からであつて、
勧告された許容線量の数値の使い方についての変化はあつたものの、数値自体は基
本的に変つていないこと、一九五八年(昭和三三年)のICRPの勧告の数値算出
には以下のような経緯があること、すなわち、一九五六年(昭和三一年)アメリカ
科学アカデミー(NAS)は放射線障害防止の原則として、国民全体にわたる遺伝
線量制限という新しい概念を導入し、平均生殖年齢に達するまでの総被曝線量を平
均一〇レム以下に抑えることを提案したこと、右の一〇レムという数字の根拠は、
「ヒトが一世代(三〇年)の間に受けている放射線量は、自然放射線として約三レ
ム、医療用として約二レム(当時の値)と見られる。今後原子力利用の代価とし
て、三〇年間に新たに五レム程度の被曝量を加えてもさしたる障害は認められない
であろう。」という見解であり、これにより将来発生するであろう障害量の増加
は、倍加線量を三〇レムとした場合は自然発生量に対し一六パーセント増、倍加線
量を一〇〇レムとした場合では五パーセント増と見積もられ(なお、ヒトの倍加線
量はおおよそ十数レムから一〇〇レムの間にあると考えられている。もつとも倍加
線量の考え方は、放射線による突然変異の誘発にはしきい値がないという仮定を前
提としているが、ヒトに右のしきい線量がないかどうかについては未だ確たる知見
のないことは、前記のとおりである。)、これは耐えられない数字ではないと考え
られたこと、そして、このNASの考え方をICRPは基本的に採用し、一九六六
年(昭和四一年)、国民一人当りの負荷増加量として三〇年間に五レムという枠の
中で、職業人の許容量を年五レムに引き下げ、一八歳から就業して三〇歳までの一
二年間に生殖腺に受ける線量として合計六〇レムを超えるべきでないとし、また、
公衆構成員の被曝線量限度を職業人の最大許容量の一〇分の一の年〇・五レムとし
たものであること、
(四) ICRPの勧告の趣旨の変遷を見るに、一九五五年(昭和三〇年)勧告で
は、「最大許容線量として勧告された値は、人生の他の危険性と比較して小さい危
険を伴うようなものであるとはいうものの、これらの値を導く基礎となつた証拠が
不完全なものであること及びある種の放射線の影響は非可逆的かつ蓄積的であるこ
とからみて、すべての種類の電離放射線に対する被曝を可能な最低レベルにまで
(to thelowest possible level)引き下げるあらゆ
る努力を払うべきであることを強く勧告する。」であり、一九五八年(昭和三三
年)には、「勧告される最大許容線量は最大の値であることを強調しておく。委員
会は、すべての線量を実行可能なかぎり低く(as low as practi
cable、いわゆるALAP)保つべきこと及びどのような不必要な被曝もすべ
て避けるべきであることを勧告する。」であり、一九六五年(昭和四〇年)では、
「どんな被曝でもある程度の危険を伴うことがあるので、委員会は、いかなる不必
要な被曝も避けるべきであること及び経済的社会的な考慮を計算に入れたうえ、す
べての線量を容易に達成できるかぎり低く(as low as readily
 achievable、いわゆるALARA)保つべきであることを勧告す
る。」となり、更に、一九七七年(昭和五二年)勧告では、「経済的及び社会的条
件を考慮に入れて、すべての被曝線量を合理的に達成できるかぎり低く保つべきで
ある。」と変遷し、許容線量を勧告する趣旨の表現は徐々に緩やかなものとなつて
きており、これについては、ICRPが何らかの圧力により影響を受けた結果では
ないかとの批判もあるが、勧告の数値自体は基本的に不変であり、右表現の変化
は、放射線及び原子力利用の拡大と、それに伴う放射線防護、管理の経験の積み重
ねの結果、表現をより具体的なものにする必要がでてきたという背景のもとになさ
れたにすぎず、基本的精神が変つたのではなく、表現をよりわかり易くしたためで
あるとの指摘もまたなされていること、
(五) ICRPは、公衆の許容線量を職業人のそれよりも低くした理由として
は、公衆には成人より大きい危険にさらされるかもしれない子供が含まれているこ
と、公衆には被曝するか否かについて選択の自由がないこと、公衆は被曝からの直
接的利益を何も受けず、放射線作業に必要な管理も受けず、更に、自分自身の職業
による危険にもさらされていることを挙げており、公衆の構成員に対する線量限度
を放射線作業者に対して定められたものよりどれだけ低くすべきかについては、そ
れは、一般に容認されるような数値では量的に表わすことのできない諸要因によつ
て決められるとしたうえ、計画の目的には、それを一〇分の一に決めることが適切
であるが、これに関する放射線生物学上の知見が十分でないので、この係数の大き
さには余り生物学的意義をもたせるべきではない、としていること、
(六) ICRPは、公衆に対する線量限度を勧告するに当つては、放射線による
障害について、しきい値があるかもしれないことを認めつつも、これを積極的に肯
定する知識がないので、どんな低い線量でも白血病その他の悪性腫瘍を含む身体的
効果及び遺伝的効果を発現させる危険があるという慎重な仮定が放射線防護の基礎
として最も合理的であるとの考えのもとに、原子力の利用によつて得られる利益か
らみて、その人及び社会が容認できる程度の放射線量を線量限度とし、具体的に
は、エツクス線やラジウムその他の放射性物質の長い使用経験、人類その他の生物
の放射線障害に関する知見に照らして、身体的障害や遺伝的障害の発生する確率を
低く保つような数値を以て社会的に容認できる最大許容線量として勧告しているこ
と、もつとも、ICRPは、その際、容認できる危険の判断には、その行為のもた
らす利益又は必要性と、与えられる被曝の危険との比較及び社会における他の危険
の判断並びに被曝を制限することの困難さを考慮に入れたうえでなされなければな
らないが、現在の段階(一九六五年勧告当時)では、線量と危険との関係は精密に
は知られていないし、また、利益を数量的に評価することも普通は可能ではないも
のの、原子力発電所やその他の放射線施設の設計及び放射線廃棄物の廃棄計画作成
のための実際的な助言が引続き必要であるとの立場から、あえて線量の制限値を示
すとの姿勢を有していること、このように、ICRPの許容線量の定め方は、放射
線による危険と放射線或いは原子力利用によつてもたらされる利益とのバランスの
もとに決定されているが、この考え方に対しては、(1)公衆には利益がない、
(2)危険という生物学的な現象と利益という経済的な事柄とを同じ秤にかけるこ
とは不可能である、(3)右のいわゆるバランス論は悪用される虞れがある、
(4)バランスがとられているかどうかを誰が判断するのか疑問である、等との批
判があり、このうち、(1)に対しては、原子力発電は、国民経済の発展に不可欠
な電力確保のための国家的要請であり、その利用により経済の発展、国民福祉の向
上という間接的ながらも利益となつて公衆に還元される、(2)に対しては、バラ
ンス論は、許容線量の性格を伝える一つの方便であり、秤にかけることの難しさは
十分に承知したうえでの立論であつて、自然科学と社会科学との接点に置かれた議
論である、(3)に対しては、利益が大きければ大きい危険も我慢せよというよう
な無謀な主張は、当然社会の良識で抑えることができるであろう等との反論もまた
なされていること、なお、一九七七年(昭和五二年)勧告からは、従来のバランス
論に代り、リスクの相対的評価の考え方、すなわち、放射線を用いることによるマ
イナス面(リスク)を、人間生活における他のリスクと比較したうえで許容線量を
定める考え方が大幅に採用されているが、これは、右勧告では、発ガンと遺伝的影
響を確率的影響(その重篤度ではなく、その影響の起こる確率がしきい値のない線
量の関数とみなされる影響)として取り扱うこととした結果、これらについては絶
対的安全はなくなり、確率的影響の確率を容認できると思われるレベルにまで制限
することに放射線防護の目的を置くべきであるとし、そのレベルによつてもたらさ
れる危険度が、日常生活におけるその他の危険度に比べて受け入れることのできる
程度のものか否かという危険度の相対的な評価を取り入れたことによるものである
が、これに対しては、この考え方は既存の容認基準を前提としている点に問題があ
る等の批判もなされていること、
(七) ICRPが定めた許容線量は、アメリカ等世界各国で尊重されて使用され
ており、その勧告は世界の放射線防護に関して大きな影響力を有していること、我
が国もICRPの勧告した線量限度を採用して許容被曝線量等を定める件(告示)
二条にいう周辺監視区域外の許容被曝線量を年間〇・五レムとしたうえ、更にIC
RPの勧告の趣旨に従い(ALAPの考え方に従い)、昭和五〇年五月一三日原子
力委員会は、環境、安全専門部会からの「ALAPの原則の取り入れ方」について
の報告(昭和四九年一〇月)をもとに検討した結果、発電用軽水炉施設からの放射
性物質の放出に伴う周辺公衆の被曝線量を低く保つための指針としての線量目標値
指針を定め、通常運転時における努力目標値として、放射性希ガスからのガンマ線
による全身被曝線量(生殖腺又は造血臓器の線量当量)の評価値及び液体廃棄物中
の放射性物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値を年間五ミリレム、放射性
よう素に起因する甲状腺被曝線量の評価値を年間一五ミリレムと定めたが、これ
は、軽水型原子力発電所の運転経験から技術的実現の難易度を考慮したうえで定め
られた設計及び管理の際の目標値であること、以上のとおり認められ、これを覆え
すに足りる証拠はない。
右の認定事実によれば、ICRPが公衆に対して被曝線量限度を勧告するに当つて
は、放射線被曝による障害についてはしきい線量があるかもしれないことを認めつ
つも、積極的に肯定する知見は得られていないところからしきい値の不存在を肯定
するという慎重な態度をとつたうえ(しきい値が不存在であるといえるまでの知見
がないことは前記1のとおりである。)、原子力の利用により得られる利益(公衆
にも少くとも前記のとおり、間接的な利益は還元されていると認められる。)と与
えられる被曝の危険とのバランスの考え方の上に立ち、長年にわたるエツクス線や
ラジウムその他の放射性物質の使用経験、人間その他の生物の放射性障害に関する
知見に照らして、身体的障害や遺伝的障害の発生する確率を低く保つような数値を
以て社会的に容認できる最大許容線量(被曝線量限度)とすることとし、具体的な
数値としては、自然放射線及び医療用として被曝する放射線量等を参考として定め
た職業人の被曝線量限度の十分の一(しきい値として判明している線量値のおおよ
そ数十分の一)をもつて公衆の被曝線量限度として勧告し、同時にICRPは、放
射線被曝については右の線量を超えさえしなければよいというのではなく、いわゆ
るALAPの考え方をも併せて勧告しているのであり、右の認定事実によれば、公
衆にも間接的ながらも原子力発電による利益は還元されると認められること、公衆
と職業人の許容線量値の違いには合理的な理由があると認められること及び先に見
たICRP設立の経緯、目的、その人的組織や現に果たしている役割等をも合わせ
考慮すると、右のバランス論には前記のような批判もあり、また、右勧告の数値に
ついて必ずしも完全に科学的根拠が与えられていると断定できない点があるとして
も、右のICRPの考え方及びそれに基づいた勧告値はなお合理性を有するものと
いうべく、したがつて、右ICRPの考え方に立つて定められた告示二条の許容線
量を審査基準とした我が国の安全審査(したがつて、本件安全審査も)及び更にA
LAPの精神に基づき定められた線量目標値指針をも審査の実質的基準たる努力目
標値としてなされた我が国の安全審査(したがつて、本件安全審査も。もつとも、
本件安全審査当時右の指針は制定されていなかつたが、実質上右の指針をも考慮し
て本件安全審査がなされたことは本件記録上明らかに窺える。事実、本件許可申請
についての平常運転時の被曝評価値は、右の指針値をはるかに下回ることは後記の
とおりである。)は、合理的な方法と認めることができる。
甲一九八号証によれば、本件許可処分後である昭和五二年一月六日、アメリカ環境
保護庁(EPA)は、核燃料サイクル施設から環境へ放出される放射線の基準を定
め、現行の連邦放射線指針の一般個人の年間最大被曝線量である全身に対し五〇〇
ミリレム、甲状腺に対して一五〇〇ミリレム等に比しその二〇分の一に厳しくした
それぞれ二五ミリレム、七五ミリレムと定めたことが認められるが、右EPAの考
え方はまさにALAPの精神に基づいているともいえるのであつて、右の事実がI
CRPの考え方の不合理性を示すものといえないことはいうまでもない。
よつて、原告らの前記主張は理由がない。
原告らは、また、近年放射線被曝によるリスクは、ICRP等が従来採用してきた
推定値よりも大きい可能性があり、放射線によるリスク評価の面で最も重要な被曝
集団である広島、長崎の被曝者については、線量再評価がなされ、従来の推定値よ
りもかなり小さいものである可能性がある旨主張する。
甲一六七号証、乙五八号証、五九号証及び証人Dの証言によれば、(1)広島、長
崎の原爆被曝生存者についての経験は、電離放射線の晩発性身体的影響についての
主な情報源の一つであり、放射線生物学的な研究上、非常に有用な情報となつてお
り、その被曝線量は、一九六五年(昭和四〇年)アメリカオークリツジ国立研究所
によつて推計され(いわゆるT65D)、ICRP等の国際的な放射線防護基準設
定の基礎資料ともなつていること、(2)広島、長崎の被曝線量については、そこ
で使用された爆弾の構造や材料が軍事機密であるとの理由で十分な情報が研究者に
対して提供されていなかつたところから、一九七〇年代に入つてから従前の被曝線
量に対する疑問が投げかけられ、アメリカのローレンス・リバモア国立研究所のロ
イ及びメンデルゾーンら軍事係研究者によつて彼らのみが入手しうる軍の機密情報
に基づき広島、長崎での被曝の状況等についての研究が行われ、その結果、一九八
一年(昭和五六年)五月二二日付の科学雑誌「サイエンス」に、広島、長崎での被
曝線量は、従前考えられていたものと大幅に異なるとの研究結果が発表され、更
に、一九八三年(昭和五八年)二月我が国とアメリカの研究者が右両市での被曝線
量見直しのために開催された研究集会での検討の結果においても、その被曝線量は
従前の推計値と相当に異なる可能性があるとされたこと、が認められ、これを覆え
すに足りる証拠はない。
右の認定事実によれば、証人Dが証言するように、将来、原子力発電所等における
放射線防護に関する基準等の改訂につながる可能性もあり得ないことではない。し
かしながら、右の認定事実及び前掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、右T65
Dの再評価に関する日米の共同研究は、いまだその緒に着いたばかりであつて、今
後における被曝線量の再計算等に関する困難な、かつ、ぼう大な量の検討作業が残
されているなど右再評価の作業は完結している訳ではないことが認められるのであ
つて、したがつて、現時点においては、将来における放射線のリスク係数の再評価
に関する見通しや放射線防護に関する基準等の改訂の内容等について明確に論ずる
ことは困難といわざるを得ず、また、仮に、将来前記D証人が証言するような方向
での右基準等の改訂が行われたとしても、本件許可処分当時明らかにされていた被
曝線量値をもとにして作成されたICRPの勧告及びこれをもととした我が国の告
示等が不合理なものといえないことは明らかであり、したがつて、右の勧告や告示
等を基準としてなされた本件安全審査もまた合理性を失うものではない。
また、証人Dは、ジヨゼフ・ロートブラツトやアリス・スチユアートらの見解を援
用しつつ、広島、長崎における原爆被曝者の中からどれぐらいの障害が出るかとい
う調査の対象となつているのは一九五〇年(昭和二五年)の国勢調査のときに登録
された被爆者集団であり、これらの人々は相対的に放射線による被害に対しても強
い人であると考えられ、したがつて、右被爆者集団の観察による障害の発生率は過
小評価になる危険性が強い旨証言するが、乙五八号証、五九号証によれば、右ロー
トブラツトやスチユアートらの研究者が右のような強者生存の現象を主張する理由
は、(1)「あるべき」はずの遺伝的影響がみられていないこと、(2)線量に比
例しての寿命短縮がないこと、(3)胎児の被曝でガンが生じていないこと、
(4)被曝者によつて免疫能力が低下し、そのために感染症による死亡が多くなつ
たと考えられること等であるが、これに対しては、一九八〇年(昭和五五年)作成
された「低線量電離放射線の被曝によるヒト集団への影響」と題するBEIRII
I報告書において、BEIR委員会は(なお、BEIR委員会設立の経緯は、次の
とおりである。すなわち、放射線に関するICRPらの報告について一九七〇年頃
疑問を投げかける発表がなされたのをきつかけに、アメリカ環境保護庁(EPA)
は、放射線防護基準の改訂作業を進めることとし、それに先立ち、放射線の線量レ
ベル及び低線量放射線の生物への影響とそのリスク推定に関して、最新の知識を総
括し報告することをアメリカ科学アカデミーに要請し、その結果、アメリカ科学ア
カデミー・アメリカ研究審議会(NAS・NRC)が、「ヒトに対する放射線の危
険度(リスク)評価」の作業を行うため設立したのが、「電離放射線の生物学的影
響に関する委員会」すなわちBEIR委員会である。)、(1)広島、長崎の原爆
被曝生存者に係るデータが示すところは、スチユアートらによる胎児被曝と発ガン
に関する調査研究を除けば、いずれも経験的に他のデータとよく符合しているこ
と、(2)遺伝的影響が今までのところ認められないのは、そのような影響がある
としても、その大きさの程度についての推定によれば、これを容易に検出するには
標本集団が小さすぎる(対象人数が不足する。)ことによるものと考えられるこ
と、(3)「線量に比例した非特異的な寿命短縮」の考え方は、支持されていない
見解であること、(4)被曝当時、広島、長崎地方において特に感染症が大流行し
た事実は存在しないこと、等の理由により、広島、長崎の原爆被曝生存者に係るデ
ータは、放射線のリスクを推定するについて非常に有用な資料であるとしているこ
とが認められ、右認定事実に照らすと前記の証言(したがつて、ロートブラツトや
アリス・スチユアートらの見解も含めて)をたやすく採用することはできない。
五 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性について
1 (一)乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、本件原
子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性の審査は、後記(二)の
考え方に基づいてなされたことが認められるところ、右の考え方には合理性がある
と認められる。
(二) 原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉施設が、
その基本設計ないし基本的設計方針において、平常運転時における被曝低減対策に
係る安全性を確保し得るものであるかどうかを判断するに当つては、当核原子炉施
設について、第一に、原子炉施設の平常運転時に伴うて放出される放射性物質の量
を抑制できるものかどうか、すなわち、
(1) 放射性物質が冷却水中に現れることを抑制できるものかどうか、
(2) 冷却水中から原子炉冷却系設備に現れる放射性物質を、その形態に応じて
適切に処理し得る放射性廃棄物廃棄設備が設けられるものかどうか、
等を、
第二に、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質による公衆の
被曝線量の評価が適切になされ、かつ、その評価値が許容被曝線量年間〇・五レム
を下回ることはもちろんのこと、ALAPの考え方に基づき更に一層低く抑えられ
るものかどうかを、
第三に、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の放出量、環
境中における線量率等をそれぞれ適確に監視することのできる放射線管理設備が設
けられるものかどうかを、
それぞれみる必要がある。
2 乙四八号証によれば、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性
物質には、(一)アルゴン、チツソ、タンソ等の放射化生成物とクリプトン、キセ
ノン等の核分裂生成物からなる気体状放射性物質、(二)放射性よう素等の揮発性
放射性物質、(三)マンガン、コバルト、セシウム等の粒子状放射性物質等があ
り、これらによる公衆の被曝形態としては、(1)気体として放出された放射性物
質が空気中に拡散している間にこれから放出される放射線による外部被曝、(2)
気体として放出された後地表に沈着した放出性物質から放出される放射線による外
部被曝、(3)気体として放出された放射性物質を吸入したり、これらが付着した
農作物等を摂取することによる内部被曝、(4)液体として放出された放射性物質
から放出される放射線によつて遊泳中や漁業活動中に受ける外部被曝、(5)液体
として放出された放射性物質を取り込んだ海産物を摂取することによる内部被曝等
があること、これまでの軽水型原子炉の運転経験や放射線等に関する調査、研究に
よれば、軽水型原子炉の運転に伴つて放出される放射性物質のなかではアルゴン、
クリプトン、キセノン等の希ガスが量的に最も多いこと、右希ガスは、透過力の強
いガンマ線を放出するため全身にわたつて被曝させること、放出される放射性物質
中、よう素は、海藻等に濃縮したり、葉菜類に付着する等の性質があるとともに、
人体内部に取り込まれた場合には甲状腺に集まる特性があること、鉄、マンガン、
コバルト等は、気体廃棄物中には殆ど含まれていないが、液体廃棄物中に占める割
合は多く、また海産物中で濃縮する性質を有するため、その海産物を摂取した場合
には人体に比較的大きな被曝を与える可能性があること、人体が被曝することによ
つて受ける影響は、各臓器が個別的に被曝する場合よりも、全身にわたつて被曝す
る場合の方が大きいこと等が判明していること、したがつて、前記(1)のうち希
ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝が最も主要な被曝形態であり、次
に(3)及び(5)のうちのよう素に起因する内部甲状腺被曝及び(5)のうちの
内部全身被曝が主要な被曝形態であつて、他は無視し得る程度のものということが
できること、が認められる。
したがつて、右の主要な形態の被曝についての定量的な線量評価における公衆の被
曝線量が十分低い値であれば、公衆の被曝線量は、右以外の形態の被曝による寄与
分を考慮してもなお低く抑えられるものとの判断のもとに、右の主要な形態の被曝
についての定量的被曝線量評価の妥当性の審査に基づいて行われた本件安全審査は
(これは乙九号証により認められる。)、合理性を有するものと認められる。
3 被曝線量評価の妥当性
(一) 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査において、平常運転時
における放射性廃棄物について、原子炉施設周辺の公衆に対する放射線障害の防止
上支障がないものと認められたことが認められる。
(二) 環境への放射性物質放出の抑制
(1) 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査において、次の
(2)、(3)の検討を経たうえ、本件原子炉施設が、その基本設計ないし基本的
設計方針において、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の
量を抑制できるものとされていると判断されたことが認められる。
(2) 放射性物質の冷却水中への出現の抑制
イ 乙六号証、七号証、九号証、証人Aの証言及び弁論の全趣旨によれば、
(1) 原子炉の平常運転に伴い原子炉施設内に蓄積される主な放射性物質には、
燃料の核分裂反応によつて燃料被覆管内に生成される核分裂生成物等(主としてク
リプトン、キセノン等の希ガス)と、冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食に
よつて生じる腐食生成物等が中性子の照射を受けて放射化されることによつて生じ
る放射化生成物(主としてアルゴン、チツソ、タンソ等)の二種類があること、
(2) 右の放射性物質が冷却水中に漏洩することを防止するため、前者について
は、後記のとおり、燃料被覆管の健全性が維持されるような設計となつており、後
者については、冷却材の純度を高く保ち、腐食の生じ難い清浄な状態に保つための
原子炉冷却材浄化系及び復水脱塩装置等の水質管理を行う設備が設けられることに
なつていること、更には、冷却水が触れる原子炉圧力容器内面等を腐食に強いステ
ンレス鋼で内張りするなどの腐食対策が講じられることとなつていること、
(3) 本件安全審査においては、右(1)、(2)等が確認された結果、本件原
子炉施設は、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制できるものと判断されたこ
と、
以上の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イ(1)、(2)によれば、各放射性物質に対しそれぞれの方法で冷却水中
への出現を抑制する方策が講じられることとされているのであるから、これを踏ま
えて行われた右イ(3)の判断には合理性があると認められる。
(3) 冷却水中から原子炉冷却系設備外に現れる放射性物質の処理
イ 甲六号証、四八号証、一〇八号証、一一〇号証、一七一号証の一、二、一七二
号証の一、二(一七二号証の一及び同号証の二のうち書込み部分の成立は、証人D
の証言により認められる。)、一七三号証、乙六号証、七号証、八号証の一、九号
証、証人A、同D及び同Eの各証言によれば、
(1) 原子力発電所においては、前記(2)で述べたような燃料被覆管の健全性
を確保しても、多くの燃料被覆管のうちの極く一部のものにピンホール等の欠陥
(破損)が生じる可能性を完全に消去することは不可能であり、このため燃料被覆
管から核分裂生成物等が冷却水中へ極く少量ではあるが漏出することとなることも
また不可避であり、また、前記(2)の放射化生成物防止対策にもかかわらず、放
射化生成物を完全に消失させることは不可能なため、冷却水中に放射性物質が現れ
ることは不可避であること、これら冷却水中に現れた放射性物質の大部分は原子炉
冷却系設備内に閉じ込められるが、その一部は不可避的に右設備外に漏出すること
になるので、右設備外に現れた放射性物質の環境への放出をできる限り低く抑える
必要があること、これを気体、液体、固体の別に検討すると以下のとおりとなるこ
と、
(2) (イ)本件原子炉施設において発生する主な気体状の放射性物質には、平
常運転時に復水器内の真空を保つため復水器空気抽出器により連続的に抽出される
復水器内の空気中に含まれる放射性物質と、タービンの停止後短時間のうちにこれ
を再起動させる際に復水器内を真空にするために用いられる真空ポンプの運転によ
つて復水器内から間欠的に放出される空気中に含まれる放射性物質、の二種類があ
り、これらの気体状の放射性物質には、希ガスや粒子状放射性物質等が含まれるこ
と、
(ロ) 右(イ)のうち、前者は、空気抽出器を通つたうえ減衰管で約三〇分減衰
され、更に、粒子状放射性物質を補捉するフイルタ(ろ過器)で固型物が除去され
たのち、希ガス(希ガスは化学反応性が非常に低いので、他の化学的物質と化合さ
せて閉じ込めておくことが困難な物質である。)を長時間貯留してその濃度を低減
させる効用を有する希ガスホールドアツプ装置(昭和四六年以前の初期の方式に比
し、被曝線量を約一〇〇分の一に低減しうる装置。もつとも、半減期の長いクリプ
トン八五等についてはこの装置での補捉は殆ど不可能である。)並びに希ガスを拡
散、希釈するための排気筒を経て排気されることとなつており、また、後者は、右
排気筒を経て排気されることとなつていること、なお、前記真空ポンプの運転をタ
ービンの停止後長時間経えから行つた場合には、右停止中に復水器内の放射性物質
の放射能が十分に減衰しているから、復水器からの放射性物質の放出は殆どなく、
短時間ののちの放出でも最大で一回当り二五〇〇キユリーであり、また、右間欠放
出は年数回程度であること、そして、右の二つの経過で大気に放出される放射性物
質が本件原子炉において発生する気体状のものの主なるものであり、他に連続放出
として、タービングランドシール蒸気系及び換気系よりの放射性物質、間欠放出と
してドライウエルパージ系よりの放射性物質があるが、いずれも前記二つの経過よ
りのものに比し極めて少量であること、
(ハ) 本件安全審査においては、右(イ)、(ロ)等が確認された結果、本件原
子炉施設において発生する気体状の放射性物質について、これを適切に処理し得る
廃棄設備が設けられるものと判断されたこと、
(3) (イ)本件原子炉施設において発生する主な液体状の放射性物質として
は、(a)ポンプ、弁等の各機器よりの漏洩水、原子炉浄化系相分離器上澄水、サ
ンプルラインの排出液及び燃料取替作業の終了に伴い水圧試験に用いられた水の一
部等からなる廃液で化学的純度も放射能濃度も高い機器ドレン廃液、(b)床掃除
等によつて生じ、化学的純度は低く、放射能濃度は一定でない床ドレン廃液、
(c)復水脱塩装置の樹脂や廃棄物処理設備で使用された樹脂を再生する際に発生
する再生廃液等の化学的純度も放射能濃度も高い化学廃液、(d)発電所の従業員
の保護衣類等を除染する際に生じ、化学的純度も放射能濃度も低い洗濯廃液の四種
類があること、
(ロ) 右(イ)のうち、(a)の機器ドレン廃液は、収集タンクに集められたの
ち固形分を除去するためろ過装置へ送られるなどしたのちイオン状物質を取り除い
て水を浄化するための脱塩装置を経てその殆どは再使用のため復水貯蔵タンクへ送
られ、まれに一部分が放出路へ放出されることとなつており、(b)の床ドレン廃
液及び(c)の化学廃液は、収集タンクに集められたのち固形分を取り除くための
ろ過装置へ送られるなどしたうえ廃液を濃縮するための蒸気濃縮装置を経、同所で
生じた蒸留水は脱塩装置で脱塩処理をしたのち原則として原子炉で再使用するため
復水貯蔵タンクへ送られることとされており(なお、後記のとおり、濃縮廃液は、
固型廃棄物として処理される。)、更に、(d)の洗濯廃液は、収集タンクに集め
られたのち固形分を取り除くためのろ過装置を経たうえ放水路へ放出されることと
されていること、
(ハ) 本件安全審査においては、右(イ)、(ロ)等が確認された結果、本件原
子炉施設において発生する液体上の放射性物質について、その性状に応じ適切に処
理し得る廃棄設備が設けられるものと判断されたこと、
(4) (イ)本件原子炉施設において発生する主な固体状の放射性物質として
は、(a)浄化処理等のために使用される脱塩装置等から発生する使用済樹脂、
(b)原子炉浄化系及び燃料プール冷却系及び燃料プール冷却浄化系から出て~る
使用済紛未樹脂並びに液体廃棄物処理設備から出てくるセルローズ系のフイルタ・
スラツジ、(c)液体状の放射性物質の蒸発濃縮装置から発生する濃縮廃液、
(d)機器の点検や修理の際に冷却水に触れるなどして放射性物質が付着した布き
れや紙屑等の雑固体廃棄物があること、
(ロ) 右(イ)のうち、(a)の使用済樹脂は、放射能濃度が比較的低いので、
固化材と混合してドラム缶詰めする装置を設ける、(b)のうち原子炉浄化系から
出てくるフイルタ・スラツジは、放射能濃度が高いので、原子炉浄化系フイルタ・
スラツジ貯蔵タンクに約一〇年間貯蔵し、放射能を減衰させる、(d)のうち機器
ドレンフイルタから生じるフイルタ・スラツジも比較的放射能濃度が高いので、約
二年半の間機器ドレンフイルタ・スラツジ貯蔵タンクに貯蔵し、放射能を減衰さ
せ、固化材と混合してドラム缶詰めする、その他のフイルタ・スラツジは、比較的
放射能濃度が低いので、貯蔵しないでそのまま固化材と混合してドラム缶詰めす
る、(c)の濃縮廃液は、濃縮廃液貯蔵タンクに約二週間貯蔵したのち、吸収材、
固化材と混合してドラム缶詰めする、(d)の雑固体廃棄物については、圧縮減容
装置及びドラム缶詰め装置を設ける、以上の各ドラム缶詰めされた固化体は、安定
した固体上のものとなり、これは、ドラム缶詰一時置場に移され、その後フオーク
リフト又はトラツクで、約一年間分のドラム缶詰め固体廃棄物貯蔵能力を有し、鉄
筋コンクリート造りで床もコンクリート打ちされている固体廃棄物置場(必要ある
場合には増設も可能)に移し、保管する、以上のとおりの各計画が設定されている
こと、
(ハ) 本件安全審査においては、右(イ)、(ロ)等が確認された結果、本件原
子炉施設において発生する固体状の放射性物質について、これを適切に処理し得る
廃棄設備が設けられるものと判断されたこと、以上の事実が認められる。
ロ 右イによれば、右イ(2)ないし(4)の各(ハ)の判断は、各放射性物質の
各内容、性状及びそれらを処理するための廃棄設備が設けられることとされること
をいずれも確認のうえなされたものであるから、各放射性物質についてこれらを適
切に処理し得る廃棄設備が設けられるものとした右の各判断にはいずれも合理性が
あると認められる。
なお、右のうち、固体廃棄物の貯蔵、保管に関し、証人Eは、サイトの中にドラム
缶詰めの低レベル(固体)廃棄物を貯蔵し続ければ、ドラム缶中の固化体の安定及
び固化体を置く場所の地下水流等の問題が深刻になる旨証言するが、前記のとお
り、ドラム缶詰めされたものは、安定した固化体であるうえ、貯蔵場所がコンクリ
ート打ちされるものであること等からすると、本件原子炉施設の基本設計ないし基
本的設計方針において、放射性物質がドラム缶から侵出し、更には固体廃棄物貯蔵
設備から地下水に流入する等の事態が発生することはないものと考えられるから、
右証言をもつて前記判断を覆えすことはできないものといわなければならない。
(4) 右(2)、(3)によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設
は、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制できるものである旨及び冷却系設備外
に現れる各放射性物質についてそれらを適切に処理し得る廃棄設備が設けられるも
のである旨それぞれ判断され、右の各判断にはいずれも合理性があると認められる
のであるから、本件安全審査において、本件原子炉施設が、その基本設計ないし基
本的設計方針において、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物
質の量を抑制できるものとされているとした前記(1)の判断には合理性があると
認められる。
(三) 公衆の被曝線量の評価
(1) 前記(二)のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、その
基本設計ないし基本的設計方針において、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放
出される放射性物質の量を抑制できるものと判断され、右判断には合理性が認めら
れるのではあるが、乙九号証及び証人Aの証言によれば、右対策にもかかわらず環
境に放出されることとなる気体状及び液体状の放射性物質について、本件安全審査
においては、更に、これによる公衆の被曝線量の評価の妥当性の審査を行つたとこ
ろ、右の評価は適切になされていること及びその評価値は許容被曝線量年間〇・五
レムを下回ることはもちろんのこと、ALAPの考え方に基づき更に一層低く抑え
られるものと判断されたことが認められる。
(2) 被曝線量評価方法の妥当性
イ 甲一七一号証の一、乙八号証の一、二、九号証、証人Aの証言によれば、
(1) 本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線
量評価に当り、(イ) 本件原子炉施設から大気中に放出される気体状放射性物質
の放出量については、燃料の破損率を毎秒一〇〇〇ミリキユリー(三〇分減衰換算
値)と想定すると(なお、右の破損率は、先行炉である福島第一原子力発電所一号
炉の一年間の運転実績値の一〇倍以上大きい値である。)、平常運転時に復水器空
気抽出器系から連続放出される希ガスは、年間稼動率八〇パーセントとし、毎秒
一・七ミリキユリー(年間約四万三〇〇〇キユリー、これは先行炉の実績よりもか
なり大きい値である。)、復水器真空ポンプ排ガス系よりの希ガスは、年間五回の
ポンプ運転を想定して一回当り毎秒二五〇〇キユリー(年間一万二五〇〇キユリ
ー、右放出量及び年間の放出回数は先行炉の実績を踏まえて想定されている。)と
想定され、よう素は、放出経路は希ガスの場合とほぼ同じと考えられるものの、個
々の経路からの寄与分を定量的に評価することはかなり困難であるため、福島第一
原子力発電所一号炉での通常運転中と定期点検停止時における排気筒からのよう素
の実績をもとに算出したところ、毎秒3.0×10-2μci(年間〇・九五キユ
リー)と想定されたこと、
(ロ) 本件原子炉施設から大気中に放出された気体廃棄物の拡散、希釈の状況に
ついては、気象条件は、季節毎の変化を考慮して本件原子炉敷地における昭和四六
年四月から昭和四七年三月までの間一年間の気象観測で得られた実測値を用いて計
算されたこと、ただし、静穏時の年間線量率に対する寄与については、静穏の出現
頻度が少ないこと及び日本原子力研究所JRR-二において実施されたアルゴン四
一の放出実験の結果から静穏時の線量率が有風時の線量率を大きく上回らないこと
がわかつていたことから、計算値としては有風時の値を用いたこと、また、排気筒
の排気口の海面よりの高さは、一三二メートルであるが、風洞実験の結果によりそ
の有効高さは実際の高さ一三二メートルから六〇メートルを差し引いた七二メート
ルとして計算し、更に、線量評価地点は、一六万位に分けたうちの本件原子力発電
所周辺監視区域境界線上の九地点としたこと、なお、被曝線量計算については、放
射能の空間濃度分布として英国気象局方式による拡散式を用いてなされたこと、
(ハ) 本件安全審査においては、右(イ)、(ロ)でみた気体状の放射性物質の
放出量、放出後における大気中での拡散、希釈の状況等公衆の被曝線量の評価の前
提条件の設定等の評価方法は妥当なものと判断されたこと、
(2) 本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線
量評価に当り、
(イ) 本件原子炉施設から海水中へ放出される液体廃棄物の年間放出量について
は、トリチウム以外のものが一キユリー、トリチウムが一〇〇キユリーと想定され
たが、これは、先行炉における実績等からみて安全側に立つた放出量の想定である
こと、
(ロ) 海水中に放出された液体廃棄物の拡散、希釈等については、復水器冷却水
のみによつて希釈されるものとし、放出後の海水による混合希釈は考慮しないこと
とされ、また、海産物による濃縮係数は現在報告されているもののうち厳しい値を
用い、住民の海産物摂取量は一日当り魚類二〇〇グラム、海藻類四〇グラム、甲殻
類一〇グラム、軟体動物一〇グラムとし、この量を連続的に摂取するものと想定さ
れていること、
(ハ) 本件安全審査においては、右(イ)、(ロ)でみた液体状の放射性物質の
放出量、放出後における海水中での拡散、希釈の状況等公衆の被曝線量の評価の前
提条件の設定等の評価方法は妥当なものと判断されたこと、
が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、気体及び液体の各廃棄物の想定された放出量はいずれも先行炉
の実績を踏まえた安全側に立つたものであり、その拡散、希釈の状況等について
も、気体廃棄物については気象観測が季節毎の変化を考慮して一年間にわたつてお
り、液体廃棄物については、復水器冷却水放水口に放出された液体廃棄物は、当然
のことながら実際はその放出後前面海域において拡散、希釈することによつてその
濃度は低くなるにもかかわらず、その効果を無視し、右放出口における濃度をその
まま用いているなど被曝線量の評価の前提条件はいずれも厳しいものと認められる
から、本件安全審査における右(1)、(2)各(ハ)の判断には合理性があると
認められる。
(3) 被曝線量評価値の妥当性
イ 乙八号証の一、二、九号証及び証人Aの証言によれば、
(1) 本件安全審査において、右(2)のような各種の条件を設定して、本件原
子炉施設の平常運転時に伴う公衆の被曝線量を計算した場合、希ガスから放出され
るガンマ線による全身被曝線量が最大となる地点は、排気筒から南方約七〇〇メー
トルの敷地境界上であり、その線量は年間約〇・〇〇一三レムであること、なお、
本件原子炉は、先行炉である福島第一原子力発電所の南方約一二キロメートルに位
置するが、同発電所の一ないし六号炉の運転に伴つて放出される希ガスの寄与は前
記地点でガンマ線年間約〇・〇〇〇三レムであり、両者を合計すると年間約〇・〇
〇一六レムとなること、また、よう素については、敷地境界外でその濃度が最大と
なる地点は、排気筒から南方約七〇〇メートルの敷地境界で、その地点における年
平均濃度は、約7.7×10-15μci/cm3であること、なお、前記先行炉
から放出されるよう素の寄与分は、前記の地点で年平均濃度が約3.3×10-1
5μci/cm3であり、両者を合計すると約1.1×10-14μci/cm3
となり最大濃度地点における甲状腺被曝線量は、牛乳を摂取する幼児が最大で、年
間約〇・〇一二レムとなること、また、液体廃棄物中のガンマ線に起因する被曝線
量は年間約〇・〇〇〇三レム、よう素に起因する被曝線量は年間約〇・〇〇〇六レ
ムとなることがそれぞれ確認されたこと、
(2) 右(1)等の確認を踏まえた結果、本件安全審査においては、本件原子炉
施設は、その平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質に起因する公衆の被曝
線量の評価値が、許容被曝放量年間〇・五レムをはるかに下回ることはもちろんの
こと、ALAPの考え方に基づき更に一層低く抑えられるものと判断されたこと、
ロ 右イによれば、右(2)の判断には合理性があると認められる。
なお、乙一七号証、一八号証、七一号証によれば、本件許可処分後、本件原子炉施
設について原子炉施設の変更申請がなされたが、その際の東京電力の説明書におけ
る放出量の計算は次のとおりとされていたこと、すなわち、ALAPの考え方を具
体的に明示するために原子力委員会によつて定められた線量目標値指針及び線量目
標値の具体的な評価方法を明示するために定められた線量目標値評価指針に従つて
前記各廃棄物として放出される希ガス及びよう素の推定放出量を計算し直した結
果、希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝線量の最大値は年間約〇・〇〇
〇八レム、液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量は年間約〇・〇〇〇
二レム、合計した全身被曝線量が年間約〇・〇〇一〇レム、よう素に起因する甲状
腺被曝線量の最大値は年間約〇・〇〇二九レムと評価され、右各評価値は、線量目
標値指針における線量目標値を十分下回るものであることが確認されたことが認め
られる。
(四) 放射性物質の放出量等の監視
(1) 原子炉施設の平常運転に伴つて放射性物質を環境に放出するに際しては、
放射性廃棄物廃棄設備が正常に機能していること等を確認するために、その放出量
及び放出後における線量率等を適確に監視することのできる設備を設けることが必
要であると考えられるところ、乙六号証、七号証、九号証及び証人Aの証言並びに
検証の結果によれば、
イ 本件原子炉施設の気体廃棄物については、空気抽出器系排ガス、復水器真空ポ
ンプ系排ガス、原子炉建家、タービン建家等の換気系空気は、いずれも単独或いは
系統別に常時放射線モニタにより放射線量を連続的に監視されることとされてお
り、また、排気筒から大気への放出に際しては排気筒モニタにより放出量の連続監
視が行われることとされていること、更に、気体廃棄物の放出管理が行えるよう風
向風速の連続監視を行うこととされ、また、敷地境界付近及び周辺地域の放射能監
視としては、まず敷地境界周辺の敷地内に七か所のモニタリングポストを設け、空
間線量率及び積算放射線量の測定監視を行い、周辺一般公衆の被曝線量が法令で定
める許容線量を超えないことの確認に使用することとされ、また、敷地外の集落数
か所にモニタリング・ステーシヨンを設け、空間放射線量率を測定記録することと
され、定期監視としては、発電所を中心とする数キロメートルの範囲内、特に敷地
周辺の居住区域に重点を置き、空間線量率を定期的に測定監視することとされてい
ること、
ロ 液体廃棄物については、環境に放出する前に放射性物質の濃度が十分低いこと
を確認するため、いつたんサンプルタンクに貯留し、放射性物質の濃度をサンプリ
ングして測定する設備が設けられることとされるほか、復水器の冷却水放水路につ
ながる排水管には放出量を連続的に監視し得る放射性モニタが設けられることとさ
れていること、
ハ 右イ、ロの各事実等が本件安全審査において確認された結果、右審査におい
て、本件原子炉施設には、その平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の放
出量、環境中における線量率等をそれぞれ適確に監視することのできる放射線管理
設備が設けられるものと判断されたことが認められる。
(2) 右(1)によれば、
右(1)ハの判断には合理性があると認められる。
(五) 右(二)ないし(四)によれば、平常運転時における放射性廃棄物につい
て、敷地周辺の公衆に対する放射線障害の防止上支障がないものとした前記(一)
の本件安全審査における判断には合理性があるものと認められる。
(六) 原告らの主張に対する判断
(1) 放射性物質放出量の低減対策に関する主張について
原告らは、本件原子炉における放射性物質の放出低減化措置については、可能な改
善措置に関して本件安全審査時に具体的な代替技術の検討等をどれだけ試みたのか
疑わしい旨主張する。
しかしながら、本件安全審査においては、本件原子炉施設について、前記のとお
り、大気へ放出される放射性物質の大部分を占める希ガスの減衰方法として、初期
のガス減衰タンク方式から、更に減衰効率のよいガスホールドアツプ装置方式に改
良されることのほか、タービン軸封蒸気系からの排気に含まれる放射性物質を無視
し得る程度の極めて低いレベルに低減するため、従来採られていた方式、すなわ
ち、原子炉で発生した蒸気を送気し、タービン軸封部の封入蒸気として使用し、グ
ランド蒸気復水器を経て大気に放出される方式に代え、原子炉の蒸気系とは別の蒸
気発生器で生じた蒸気を送気し、同器への給水は放射能の低い水である復水貯蔵タ
ンク水を使用するいわゆるセパレート・スチーム・シール・システム(四S)が採
用されることとなつていること(右四S採用等の事実は、甲一七一二号証の一、乙
八号証の二、五六号証、七〇号証により認められる。)等、平常運転時における公
衆の被曝線量を可及的に低減するための諸方策が講じられていることが確認されて
いるのであるから、原告らの右主張は失当である。
(2) 被曝線量評価方法に関する主張について
イ 希ガス及びよう素以外の放射性核種の大気放出による被曝線量評価に関する主
張について
原告らは、本件安全審査においては、希ガス及びよう素以外の放射性核種(粒子状
放射性物質)の大気放出による被曝評価を行つていないが、長寿命の核種は土壌や
植物に蓄積され、長期の連続運転の過程で住民の被曝の原因となり得るものであつ
て、右粒子状放射性物質を審査対象から除外する理由はないから、先行炉で放出が
確認された長寿命粒子状核種の放出メカニズムを明らかにするなどして被曝評価の
対象とすべきである旨主張し、証人Dも右の主張にほぼそう証言をする。本件安全
審査において右の粒子状放射性物質による被曝線量について審査対象とされていな
いことは前記のとおりであるが、しかし、甲一七一号証の一、一七三号証、乙四八
号証、証人A及び同Dの各証言によれば、粒子状放射性物質は、そもそも塵埃等に
付着して挙動するので、気体状放射性物質や揮発性放射性物質と異なり、環境に放
出され易いものではなく、また、フイルタ等の設備を通して十分捕捉され得るもの
であつて、環境への放出量は、半減期の極めて短かい核種もあつて希ガスやよう素
に比し極めて少量である(過去の放出実績量をみても、前記想定された希ガスやよ
う素の放出量に比し殆ど無視し得る程度の量にすぎない。)ことが認められるので
あり、したがつて、希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝及びよう素に起
因する甲状腺被曝という主要な形態の被曝についての線量評価における公衆の被曝
線量が十分低い値であれば、公衆の被曝線量は右以外の核種による被曝による寄与
分を考慮してもなお十分低く抑えられるものと判断した本件安全審査の方法には合
理性があると認められること、前記のとおりであつて、原告らの右主張は失当であ
り、それにそう右証言もまた採用できない。
ロ 希ガス及びよう素の大気放出量に関する主張について
原告らは、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量評価における希ガス及
びよう素の大気への放出量について、換気系からの希ガスの環境への漏出量及び核
種組成の求め方が、本件許可処分後である昭和五一年九月二八日原子力委員会によ
つて定められた線量目標値評価指針におけるそれといずれも異なつており、本件安
全審査における被曝線量評価値は過小評価となつている、よう素の放出量の求め方
が、その前提となつた福島第一原子力発電所の放出実績の把握方法が合理性を欠い
ているため信頼性の乏しいものであつて過小評価となつており、また、線量目標値
評価指針における求め方と異なつている旨それぞれ主張する。
しかしながら、前記のとおり、本件安全審査における放射性物質の大気への放出量
の評価方法は、先行炉である福島第一原子力発電所における放出実績を参考とし、
これを上回る安全側に余裕のある線量を想定しているものであり、右の本件原子炉
における放出量の想定値のとり方に不合理性の認められない以上、たとえ、右の想
定値が、本件許可処分後に定められた線量目標値指針の計算方法に従つた場合より
も小さいものであるとしても、そのことだけから直ちに本件安全審査方法が不合理
となるものでないことはいうまでもない。
なお、乙七一号証によれば、本件許可処分において、線量目標値評価指針に従つて
環境への放射性物質(希ガス及びよう素)を算定したところ、その数値はいずれも
線量目標値指針における放出管理目標値と同一であつたが、その放出量をもとにし
て被曝線量を再評価した結果では、前記のとおり、その評価値は線量目標値指針に
おける線量目標値を十分下回るものであることが確認されていることが認められ、
また、乙七二号証によれば、昭和五七年度における本件原子炉施設から環境への放
射性物質の放出実績は、設備利用率九八・一パーセントという高い稼動状態におい
て、希ガスについては右年間放出管理目標値5.0×104ci(キユリー)に対
し1.1×10-2ciであり、よう素については右年間放出目標値二・一キユリ
ーに対し検出限界(2×10-13μci/cm3)以下となつていることが認め
られる。
ハ 希ガス及びよう素の拡散、被曝評価方法に関する主張について
原告らは、拡散と被曝計算方法において公衆被曝を過小評価する問題点として、
(1)風の殆どない静穏時の拡散を有風時に置きかえているが、その根拠が示され
ていない、(2)濃度分布の推定をパスキルの拡散式で行つているが、複雑な大気
状態と地形を考えると、このような計算値と実際の濃度との間には数倍の相違があ
り得るから、濃度及び被曝の評価値の信頼幅或いは考えられる変動範囲を提示すべ
きであるのに、これは全くなされていない、(3)ヒユーミゲーシヨンを全く無視
して年間の被曝評価が行われている、(4)雨の影響が全く考慮されていない、晴
天時には上空に拡散して影響しなかつた部分が、雨に洗い流されて地表に運ばれ、
牧草-牛-乳-小児甲状腺の食物連鎖に入るよう素の量を増大させる、(5)希ガ
スの被曝評価については、アングロ・クラウド計算コードを用いているが、線量再
生係数についての吟味が極めて不十分である、本件安全審査の際申請された式は、
ガンマ線エネルギーが〇・五ないし二・〇メガエレクトロン・ボルトにおいてのみ
適用可能であり、その範囲外エネルギーに対して外挿することは適当でないのに、
本件原子炉施設から実際に放出される希ガスのガンマ線エネルギーはその九六パー
セントが右の範囲外のものである、旨それぞれ主張し、証人Dもほぼ右各主張にそ
う証言をしている。
しかしながら、右各主張はいずれも以下に述べるとおり失当であり、右の証言もた
やすく採用できない。
すなわち、
(1) 右(1)については、甲一七一号証の一、乙七号証によれば、現地の観測
データによると、敷地内の標高一〇〇メートル及び敷地外の標高二〇メートルにお
ける静穏状態(風速毎秒〇・四メートル以下のとき)の年間出現頻度はそれぞれ
二・二パーセント、六・三パーセントにすぎず、また、右静穏状態の継続時間の出
現頻度としては、一時間程度にとどまることが右各標高でそれぞれ七九パーセン
ト、七四パーセントと圧倒的に多いこと及び前記のとおり日本原子力研究所JRR
-2において実施されたアルゴン(Ar)四一の放出実験の結果によれば、静穏時
の線量率が有風時の線量率を大きく上回らないことが認められるのであるから、本
件安全審査における被曝評価の計算に際し、静穏時における拡散を有風時のそれに
置き換えて評価した方法(右の方法が採られたことは、乙七号証、九号証及び弁論
の全趣旨により認められる。)には合理性があると認められる。
ちなみに、乙四九号証によれば、本件許可処分後である昭和五二年六月一四日原子
力委員会によつて定められた気象指針においては、静穏時でも感度のよい微風向、
微風速計では毎秒〇・五メートル以上の風速を示していることが多く、また、静穏
時における放射性雲からのガンマ線被曝も極端に高い実測値が得られていないこと
から、静穏時においても大気による拡散状希釈は行われているものと考えられると
して、静穏時の風速は毎秒〇・五メートルとして有風時の拡散式を適用することと
したことが認められる。
(2) 右(2)については、乙七号証、九号証、七二号証及び弁論の全趣旨によ
れば、本件安全審査における被曝評価においては、原告ら主張のとおりパスキルの
拡散式(英国気象局法ともいう。)が使われているところ、右の方式は、原則とし
て周囲が平坦地の場合に適用されるものではあるが、たとえ平坦地でなくても、排
気筒の高さを適切に補正することによつて平坦地以外にも適用できる方式であるこ
と、右本件被曝評価に際しては、風洞実験の結果によつて気体廃棄物の放出の高さ
の補正を行つたが、その結果、本件原子炉の排気筒の高さは実際の高さから六〇メ
ートルを差し引いた高さとしてパスキルの拡散式で濃度分布を計算すれば、安全側
の計算であると評価されたこと及び気象としては、本件敷地における一年間の気象
観測の結果得られた実測値を用いて右パスキルの拡散式を使用していることが確認
されたことが認められるのであつて、右のような補正を行つたうえで右の式を利用
している以上右の式の利用について原告ら主張の不合理性を認めることはできな
い。
(3) 右(3)については、甲一七一号証の二、乙七号証及び証人Dの証言によ
れば、ヒユーミゲーシヨンというのは、排気筒の上方に近い所でいわゆる温度の逆
転層の下限が存在している場合、すなわち、排気筒の上方に安定な気層があり、そ
の下層が不安定な状態のときに発生し、この場合にはパスキルの拡散式で使われた
AないしFの大気安定が発生した場合よりも放出された放射性物質が上方に拡散し
ないで頭打ちとなるため地上濃度が高くなることが起こること、本件安全審査にお
いては、標高一三〇メートル(地上高一二〇メートル)の本件原子炉の排気筒出口
付近に逆転層の境界が存在してヒユーミゲーシヨンの発生する頻度を求めるため、
本件原子炉施設周辺において、昭和四六年四月から昭和四七年三月までの一年間の
気象鉛直分布を測定した結果、右一年間のヒユーミゲーシヨン発生頻度は年平均で
五・八パーセントと低いこと等を確認したこと等から、平常運転時における被曝線
量評価に際してはヒユーミゲーシヨンの影響を考慮する必要はないものと認め、右
評価方法を妥当なものと判断したことが認められるのであるから、右の判断には合
理性があると認められる。
もつとも、後記のとおり、重大事故と仮想事故を想定して万一の事故の際の周辺公
衆への被曝の影響を評価するに際しては、右ヒユーミゲーシヨンが事故後二日間は
発生するものとしているが、平常運転時における安全解析は、通常、原子炉施設周
辺における一年間等の長期間の被曝線量を評価するものであるから、気象データ等
を考慮した現実的な解析を行うものとなるのに対し、想定事故時における安全解析
は、想定事故が任意の時刻に起こること及び実効的な放出継続時間が短かいことを
考慮して平均的な気象条件より厳しい条件を用いる必要があると考えられるなど、
右両者の安全解析には性質の相違等があるのであるから、右の想定事故時における
安全解析の際ヒユーミゲーシヨンを考慮しているとしても、平常運転時における被
曝線量評価に際しヒユーミゲーシヨンの影響を考慮しなかつた本件安全審査が不合
理なものとなるものでないことは明らかである。
なお、乙四九号証によれば、本件許可処分後原子力委員会で定められた気象指針で
は、平常運転時における被曝線量評価のみならず、想定事故時におけるそれに際し
ても、ヒユーミゲーシヨンを考慮に入れないこととしたが、その理由は、ヒユーミ
ゲーシヨンの発生は、垂直方向の気温を観測して判断されるので、気温差の高度別
出現頻度、気温逆転の高度別出現頻度、気温逆転の継続時間等を調査した結果、排
気筒真上で放出物質が閉じ込められるようなヒユーミゲーシヨンの発生は比較的少
ない現象であると推定されること及びヒユーミゲーシヨン発生時の地表空気中濃度
を非常に厳しい前提(排気筒のすぐ上にふたがあるように考える。)を用いて得た
計算値は、気象指針の拡散式によつて得た値と比較して極端に大きくはなかつたこ
と、したがつて、ヒユーミゲーシヨンの発生は、比較的少ない現象であつて、たと
え発生してもそれ程大きな濃度を示さないと考えられることであつたことが認めら
れる。
(4) 右(4)については、乙一八号証によれば、本件許可処分後原子力委員会
によつて定められた線量目標値評価指針においては、陸上食物摂取等による甲状腺
被曝線量の計算に関し、空気中の放射性よう素が葉菜に移行する割合を計る要素の
一つである沈着速度(空気中に浮遊している放射性物質が、地上の沈着面に付着す
る度合を示すもの。)について、欧米の野外実験で得られた結果を参考にし、更
に、降水沈着の影響(降水時における沈着率はchamberlainの研究報告
を用いて計算すると乾燥時の二、三倍大きい値となる。)を考慮し、牧草への年間
平均沈着速度を毎秒〇・五センチメートルと定め、これから葉菜に対する年間平均
沈着速度を毎秒一センチメートル(牧草と葉菜の差異を考慮し、牧草に対する沈着
速度の二倍を葉菜の沈着速度とする。
)としたこと及び空気中の放射性よう素が牛乳に移行する割合を計算するについ
て、牧草に対する沈着速度を前同様毎秒〇・五センチメートルとしたことが認めら
れるところ、甲一七一号証の一によれば、本件安全審査においては、空気中のよう
素と葉菜との関係を計る要素の一つとしての右沈着速度を前記同様毎秒一センチメ
ートルとして甲状腺被曝計算をしていることが認められるのであり、右及び前記の
各認定事実によれば、線量目標値評価指針における右沈着速度と本件安全審査にお
けるそれとは全く同一であるところからみて本件安全審査においても線量目標値評
価指針におけると同様よう素について降水による影響を考慮したうえで被曝評価を
したものと推認でき、仮にそうでないとしても、本件安全審査における沈着速度の
数値が線量目標値評価指針におけるそれと全く同一であるから、大気中のよう素に
よる甲状腺被曝線量の評価においては、降水に関し具体的な不合理性を認めること
はできないといわなければならない。もつとも、証人Dは、右の沈着速度の数値に
ついても、本件原子炉施設周辺の実測データに基づき評価すべきである旨の証言を
するが、前記線量目標値評価指針における沈着速度のとらえ方は、全く恣意的にな
されているのではなく、欧米の野外実験で得られた結果を参考にしたうえでなされ
ているのであり、本件原子炉施設周辺の実測データを基本とした場合と右欧米の実
験結果を参考とした場合とで、沈着速度が著しく異なるという事情も認められない
以上、本件安全審査における前記方法が不合理であるとすることはできないといわ
なければならない。
(5) 右(5)については、甲一七一号証の一、乙八号証の一、一八号証、証人
Dの証言によれば、再生係数(ビルドアツプ係数)とは、空気中の放射性物質から
のガンマ線による外部被曝線量を評価する際に用いられる係数であり、大気へ放出
されたガンマ線が空気中で散乱を受け、地表の人間の地点にまで到達する割合を示
すガンマ線の減衰計算の際の散乱による補正係数であること、右ガンマ線の再生係
数は、ガンマ線のエネルギーが〇・五ないし二・〇メガエレクトロンボルトの範囲
内でのみ適用可能なものであるところ、本件原子炉施設から実際に放出される希ガ
スのガンマ線エネルギーはその約九割が右の範囲外のものであるにもかかわらず、
本件安全審査においては、右の再生係数を利用してガンマ線の外部被曝線量を評価
していること、しかし、ガンマ線による被曝線量はガンマ線のエネルギーにほぼ比
例するところから、被曝線量評価においては、右ガンマ線のエネルギーを暫定的に
〇・五メガエレクトロンボルトで代表して被曝線量を求めたうえ、その結果を右ガ
ンマ線の代表エネルギーと実効エネルギーとの比により換算する方法がとられてい
ること、右のような方法がとられている理由は、様々なエネルギーを持つたガンマ
線を個別的に評価することは繁雑であるうえ、右個別評価方法と前記換算方式とで
は被曝線量の評価において大差がないものとされていることによるものであること
が認められるから、本件安全審査における前記換算方式を以て不合理とすることは
できない。
二 評価値の信頼性の欠如の主張について
原告らは、評価結果の信頼幅が解析されておらず、本件原子炉と同型炉である中部
電力浜岡原子炉の場合、炉辺周辺の平常運転に伴うガンマ線の線量について、安全
審査の際の予測値と実際に炉が運転した後の実測値とでは、線量値が最大となる地
点は予測されていた地点より一キロメートル以上も炉より遠く、かつ、その線量数
値も予測値より約一〇倍も多いことが判明しており、このような実例からみても、
本件安全審査においても大幅な過少評価となつていて信頼性に欠ける旨主張する。
しかしながら、甲一六九号証、一七二号証の一、乙五三号証、証人Dの証言によれ
ば、浜岡原子力発電所周辺の環境放射線量は、中部電力による測定値と県衛生研究
所による測定値とでは、後者が前者より測定年毎でいずれも約一ないし四ミリレン
トゲン多く、右両者とも昭和四七年から昭和五〇年まではほぼ年々上昇していた
が、昭和五一年には明確に下降線を示していること、右発電所周辺における地点別
積算線量(一九七四年から一九七六年の間)は、発電所より二、三キロメートルの
地点が最も多く、約七ないし一〇ミリレントゲンであること、ところで、浜岡原子
力発電所は、昭和四九年五月末に燃料装荷を開始し、同年八月中旬より発電試運転
を始めたが、同年一〇月上旬から昭和五〇年三月中旬まで右試運転は中断され、昭
和五一年三月本運転が開始されたことが認められ、右の認定事実によれば、右の環
境放射線量の測定値の上昇傾向は、浜岡原子力発電所の試運転や本運転とは必ずし
も関係なく認められるのであるから、右の測定放射線量のすべてが右発電所の原子
炉運転によるものと速断することはできず、したがつて、右原告らの右発電所に関
する主張は、その前提を欠き失当であり、その余の主張についてもこれを裏付ける
に足りる証拠がなく、失当である。
4 使用済燃料の貯蔵、保管の安全性
(一) 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査において、使用済燃料
の貯蔵、保管については、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針におい
て、災害の防止上支障がないものと判断されたことが認められる。
(二) 乙六号証、七号証、八号証の二、九号証、五四号証、証人A、同D及び同
Eの各証言並びに検証の結果によれば、
(1) 燃料はおおよそ一年に一度の割合で約四分の一づつ取り替えられるとこ
ろ、右取り替えられた使用済燃料は、原子炉建家内に設けられ、水を張つた使用済
燃料貯蔵ラツクへ移され、チヤンネルボツクスを取りはずされたうえ約四か月間冷
却されたのち、使用済燃料輸送容器(キヤスク)に右燃料を積み込む専用の場所
(キヤスク・ピツト)から積み込まれて再処理工場へ搬送されることになつている
こと、(2)使用済燃料プールは、全炉心及び一回取替量以上の燃料(約一三〇パ
ーセント炉心分の燃料)等を貯蔵することが可能であり、放射化された機器等の取
扱いが可能なスペースを有するものとされ、更に、右燃料プールは、耐震設計Aク
ラスの強固な鉄筋コンクリートの構造物で、壁の厚さは遮へいを考慮して十分厚く
とられ、内面はステンレス鋼でライニングされていて漏水を防ぎ、保守を容易にす
るようにされていること、(3)使用済燃料貯蔵プールには、燃料の崩壊熱による
水温上昇を防止し、プール水の浄化及び水位調整を行うため、燃料プール水冷却浄
化系が設けられ、冷却水温度が摂氏五二度を超える場合は残留熱除去系を用いて冷
却が可能となるようにされていること、(4)燃料貯蔵ラツクは、厳しい所要の耐
震設計(Aクラス)の強固な構造とされ、貯蔵燃料の臨界を防止するため必要な燃
料間距離を保持する設計となつていること、すなわち、ラツクは燃料体の間隔を十
分とり、涌常状態では実効増倍率は〇・九〇以下、また万一の異常時にも〇・九五
以下となるよう設計されること、(5)燃料プールの底部には、排水口を設けない
こととされ、万一の漏洩に備えて水位警報装置及び漏水検知装置がつけられること
になつていること、それにもかかわらず燃料プールより水の漏洩があつた場合にも
直ちに右漏洩水が地下水となるのではなく、床ドレンサンプへ集められることとな
つているなど多重防護の思想が取り入れられた設計方針がとられていること、
(6)キヤスクの運搬、原子炉遮へい体並びに原子炉格納容器のふた及び原子炉圧
力容器のふた等の取外し運搬及び取付中に使用される原子炉建家クレーンには、重
量物を吊した状態では使用済燃料プール上を通過できないようにインターロツクが
設けられること、(7)使用済燃料の取替え等には、燃料取替機が使用されるが、
取替作業中の燃料落下防止対策として、燃料つかみ器、クレーン等の耐震設計も十
分考慮され、また、燃料つかみ器は空気作動式であり、かつ、空気圧が供給されて
いなければ燃料集合体をはずせないというフエイル・セーフ設計になつており、更
に、燃料取替作業は自動化され、電源喪失時にも燃料を落とさないような構造とさ
れること、(8)使用燃料は、燃料被覆管に用いられるジルカロイー二が耐食性に
優れた材料であることなどから、使用済燃料貯蔵プールにおける貯蔵が非常に長期
間にわたる場合であつても、その腐食が進行することはなく(因みに、アメリカで
は一五年間健全貯蔵の実績の例がある。)、また、本件原子炉施設につき破損の大
きな燃料が発生した場合を考慮して右破損燃料を燃料集合体毎に密封して収容する
ための容器が用意されることとされていること、(9)なお、本件原子炉施設に最
も近い飛行場は、約一〇〇キロメートル離れた仙台飛行場であり、また、敷地から
約三キロメートル及び一〇キロメートル離れた位置の上空にそれぞれ国際線航空路
があり、敷地上空は、前者の保護空域に含まれており、同空域は計器誤差等による
影響等により航空機を保護するため設けられた空域であること、なお、航空機は通
常七〇〇〇ないし八〇〇〇メートルの高度で水平飛行していること、以上のとおり
認められる。
もつとも、証人Eは、使用済燃料が必ずしも全部健全ではなく、このような燃料を
使用済燃料プール内に貯蔵した場合には、さらに腐食が進行して破損が広がること
もあり、その結果、右プール水が汚れ、また、貯蔵が長期にわたると右プール自体
の水漏れが生じ、地下水を汚染せしめる可能性がある旨証言する。
しかしながら、前記のとおり、本件原子炉施設における燃料被覆管に用いられるジ
ルカロイー二は耐食性に優れた材料であること等から、殆どの使用済燃料について
は、使用済燃料プールにおける貯蔵が非常に長期間にわたる場合であつても、その
腐食が進行することはなく、また、破損の大きな燃料が発生した場合を考慮して右
破損燃料を燃料集合体毎に密封して収容するための容器が用意されることとされて
おり、かつ、使用済燃料プールには燃料プール水冷却浄化系が設けられることとさ
れていること等使用済燃料プール水の汚染防止対策が講じられており、また、前記
のとおり、本件原子炉施設の使用済燃料プールは、遮へいを考慮して壁の厚さは十
分厚くとられた鉄筋コンクリート造の構造物で、内面は漏水防止のためステンレス
鋼でライニングされるうえ、右プールの底部には排水口を設けないこととされてい
ること等右プール水の漏洩防止対策が講じられ、更に、万一の漏洩に備えて漏水検
知装置等が設置されることとされているほか、万一漏洩した水は床ドレンサンプへ
集められる構造とされていること等右プール水の環境への漏洩防止対策が講じられ
ているのであるから、右証言部分はたやすく採用できない。
また、証人Eは、使用済燃料プールは、原子炉建家の中にあるため、原子炉格納容
器に比較して強度がずつと落ち、したがつて地震や航空機の墜落による破損を慎重
に考慮しなければならない旨証言する。
しかしながら、前記のとおり、右使用済燃料プールは、厳しい所要の耐震設計(A
クラス)の強固な構造とされ、また、航空機の墜落による破損のおそれの点につい
ても、前記のとおり、本件原子炉施設に最も近い飛行場でも約一〇〇キロメートル
離れた仙台飛行場であること等の事実に照らすと、右証言部分もたやすく採用でき
ない。
他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(三) 右(二)によれば、使用済燃料プール水の汚染発生の防止、右プール水の
環境への漏洩の防止、右プールの強度等の確保等に関する基本設計ないし基本的設
計方針についてなされている配慮に鑑みると、本件安全審査における右(一)の判
断には合理性が認められる。
第七 本件許可処分の実体的適法性について(その三 原子炉等規制法二四条一項
四号要件適合性のうち、原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策について)
一 原子炉における事故の危険性
甲六号証、八号証、九五証、九六号証、二五四号証、乙三号証、一九号証、証人
A、同F及び同Eの各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原子炉における核分裂反応により巨大なエネルギーが発生する(ウラン二三五
 一グラムの分裂により約二〇〇億カロリーの熱量、すなわち、発熱量が一グラム
当たり六七〇〇カロリーの石炭三トンが完全燃焼した場合と同等の熱量が発生す
る。)が、同時にその際、極めて毒性の強い核分裂生成物やプルトニウム二三九等
の放射性物質が大量に生まれ、中でもプルトニウム二三九は特に毒性が強く、半減
期は約二万四〇〇〇年と長く、アルフア線を放出し、人間の体内に侵入した場合体
外からの検出及び体外への排出が困難であること、プルトニウム二三九は、原子力
発電所から取り出される使用済燃料に約〇・七パーセント程度が含まれているが、
それ自体核燃料となり、また、核兵器の原料ともなるのでその扱いには慎重さが要
求されること、
2 電気出力一〇〇万キロワツト(本件原子炉のそれは一一〇万キロワツト)の原
子力発電所を一年間運転すると、運転停止直後で約二一〇億キユリー、一日後で約
二五億キユリーの放射性物質が発生し、また、右放射性物質は放射線を放出すると
同時にエネルギーを放出するため、炉の運転停止後も、直後で運転出力の約七パー
セント、二時間で約一パーセント、一日後で約〇・五パーセントの各崩壊熱が発生
すること、
3 電気出力一〇〇万キロワツトの原子力発電所を一日運転すると、ウラン二三五
約三キログラムが核分裂し、ほぼこれと同量の放射性物質ができるが、広島市に投
下された原爆が核分裂を起こしたウラン二三五の量は約〇・六ないし〇・八キログ
ラムに過ぎなかつたこと、しかし、原子爆弾では、含有量がほぼ一〇〇パーセント
に近いウラン二三五又はプルトニウム二三九を二箇所以上に分散させておいたうえ
同時にこれらを一箇所にまとめて一定量にしたのち核分裂の連鎖反応を起こさせる
仕組みであるのに対し、原子炉で使用するウラン二三五は含有量が二ないし四パー
セントにすぎないなど原子炉と原子爆弾とは構造が異なることから、たとえ原子炉
が制御不能に陥つたとしても、爆発を起こすことはないこと、
4 原子炉の中に蓄積した前記大量の放射性物質が原子炉の事故等により環境へ放
出された場合には、炉周辺の住民の生命、健康及び財産等に甚大な損害を与えるこ
とになること、すなわち、現在までになされた原子炉事故災害の研究についてみる
に、一九五七年(昭和三二年)アメリカ原子力委員会のブルツクヘブン研究所の報
告(WASH-七四〇)によると、大都市から三〇マイル(約四八キロメートル)
の距離で運転される熱出力五〇万キロワツト(電気出力約一六万キロワツト、本件
原子炉は電気出力一一〇万キロワツト)の原子炉を想定し、安全装置が故障した重
大事故の場合、一定の事故条件のもとでは、三四〇〇人の死亡、四万三〇〇〇人の
障害、七〇億ドル(約二兆一〇〇〇億円)の損害が推定され、一九六四年(昭和三
九年)から一九六五年(昭和四〇年)に改めて推定し直した評価でも右の認定を上
回つたこと、また、日本原子力産業会議が科学技術庁から調査委託を受けて昭和三
五年四月まとめた「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試
算」によると、いわゆるWASH-七四〇の解析方法を参考にし、熱出力五〇万キ
ロワツト(電気出力約一六万キロワツト)の原子炉について検討した結果では、原
子炉に内在する全放射性物質の約五〇〇〇〇分の一にあたる105キユリーが環境
へ放出された場合、人的損害は殆ど生じないが、低温で放出粒子が小さいとき、温
度逆転乾燥時には数千人から一万人程度の要観察者が生じ、立退、農業制限等の物
的損害は零から数十億ないし二〇〇億円に及び、全内蔵放射能の約五〇分の一に相
当する107キユリー放出の場合、人的損害は、低温放出ではかなり生ずる場合が
あり、放出粒子が小で逆転時には、数百名の致死者、数千人の障害者、一〇〇万人
程度の要観察者が生じ、高温放出では、人的損害は常に零であり、物的損害は最高
では農業制限地域が幅二〇ないし三〇キロメートル、長さ一〇〇〇キロメートル以
上に及び、損害額は一兆円以上に達し得るとされていること、更に、ラスムツセン
教授によつて行われた発電用原子炉の安全性研究(WASH-一四〇〇、アメリカ
原子力規制委員会(NRC)、一九七五年(昭和五〇年)、いわゆるラスムツセン
報告)でも、PWRの事故を1から9までの九つのカテゴリーに、BWRの事故を
1から6までの六つのカテゴリーに分け、そのそれぞれについて内蔵している放射
性核種の放出割合を計算し、事故の態様に応じて右放出開始までの時間、放出継続
時間等を想定するなどして被害を想定したところ、PWR2の事故についての推定
被害は、早期死亡者が約三〇〇〇人、急性障害者が約五〇〇〇名であつたこと、
以上のとおり認められる。
二 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性
原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性についての判断は、その自然的立地条件
に対応して、当該原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、工
学的、技術的に安全なものとして設計、建設され得ることとされているかどうかに
関する総合的な審査に基づいてなされるべきものであるところ、右の審査において
自然的立地条件として考慮すべきものには、地盤、地震、気象、海象等の問題があ
るが、証人Aの証言によれば、中心的な検討課題とされるのは、事柄の性質からし
て、地震及び地盤の問題であり、本件安全審査においても右の点を中心に審査がな
されたことが認められるので、以下、地盤及び地震の問題を中心にして検討するこ
ととする。
1 地盤
(一) 乙七号証、八号証の一、二、九号証、証人Aの証言、検証の結果及び弁論
の全趣旨によれば、
(1) 本件原子炉敷地は、標高約五〇メートル以下の低い丘陵及び海岸段丘から
なり、ほぼ平坦な地形として発達し、西方約五キロメートルに双葉断層帯が縦断し
ており、その西側地域一帯は平均五〇〇ないし七〇〇メートルの緩やかな山岳地帯
が形成され、右断層帯の東側地域一帯は標高一〇〇ないし二〇〇メートルのなだら
かな丘陵地帯が発達していること、本件原子炉施設は、富岡層の泥岩からなる岩盤
上に設置されるが、この岩盤の性状等に関して行われたボーリング調査、試堀坑調
査及び地表踏査等の結果によれば、富岡層は層厚が約四〇〇メートルで、その地質
である泥岩は全体に均質で良く固結しているなど、岩盤には原子炉施設の基礎とし
て問題となるような規模の断層又は破砕帯はみられなかつたこと、また、右岩盤
は、試堀坑内の岩盤で実施したジヤツキによる載荷試験の結果によると、一平方メ
ートル当り七〇〇トン以上の極限支持力を有し、原子炉施設の自重は常時で一平方
メートル当り約六〇トンで、これに地震時の荷重を組み合わせても一平方メートル
当り約一〇〇トンと推定されるので、支持力として十分な余裕を有していること、
なお、前記調査等によれば、前記双葉断層は、新第三紀(およそ二六〇〇万年前か
ら二〇〇万年前まで)鮮新世の相馬層群の堆積前から堆積後にかけて生成されたも
のであり、右相馬層群上には、段丘層が堆積しているが、これは、航空写真による
調査及び現地踏査の結果によると、殆ど水平に成層しており、断層運動の影響を受
けておらず、また断層に沿つた地表面では低断層崖等新規の活動を示唆する地形は
もとより、地すベり、崩落の現象も見られず、したがつて、右双葉断層は、段丘層
堆積以後、活動的でないと認められたこと、
(2) 本件安全審査においては、右(1)等を確認した結果、本件原子炉敷地の
地盤は、本件原子炉施設に損傷を与えるような大規模な地すベりや山津波が発生す
る虞れはなく、また、原子炉施設を支持するうえで必要な地耐力を有するととも
に、地震による地盤破壊や荷重による不等沈下を起こす虞れはないものと判断さ
れ、その結果、本件敷地は本件原子炉敷地として安全確保上問題がないと判断され
たこと、以上の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。
(二) 右(一)によれば、右(一)(2)の判断には合理性があると認められ
る。
2 地震について
(一) 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、地震及び
これに伴う事象が本件原子炉施設における大きな事故の誘因とならないものと判断
されたことが認められる。
(二) 乙七号証、八号証の一、二、九号証、六三号証、証人Aの証言及び弁論の
全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべ
き地震
イ 日本古来(西暦五九九年頃から)の地震被害に関する資料をもとにして各地震
の規模、震央、被害状況等をまとめた理科年表(地震編、東京天文台編、昭和四七
年度)及びこれをもとに各地震の規模、震源位置を地図上に記入して整理した「日
本古来の大地震の震央分布図」によれば、福島県周辺の地震は、その震源を盤城、
三陸沖の外洋にもつものと、猪苗代湖周辺の内陸にもつものとの二つのグループに
大別できること、また、日本古来の地震を震害等から判断して作成された強震以
上、烈震以上及び激震以上と想定される地震の度数分布とその再来年数の等価線
(但し、激震を除く。)を示した図面によれば、福島県周辺においては、強震以上
のものは約一五〇年に一度、烈震以上のものは約四〇〇年に一度の割合でしか起こ
つてなく、激震以上のものは一度も起こつてなく、福島県周辺は、会津付近を除い
ては、殆ど顕著な地震被害が生じておらず、全国的にみても地震活動性の低い地域
の一つとみられること、福島県及びその周辺に発生した地震のうち、被害記録の残
つているものを前記理科年表より抽出すると、(1)震源を盤城、三陸沖の外洋に
もつものとしては、(a)仙台の地震(一六四六年、マグニチユード七・一、震央
距離七二キロメートル)、(b)盤城沖地震(一九三八年、マグニチユード七・
一、震央距離七六キロメートル)、(c)福島県東方沖地震(一九三八年、マグニ
チユード七・七、震央距離六四キロメートル)等があり、(2)震源を猪苗代湖周
辺にもつものとしては、(a)会津の地震(一六一一年、マグニチユード六・九、
震央距離一一九キロメートル)、(b)岩代国桑折の地震(一七三一年、マグニチ
ユード六・六、震央距離七五キロメートル)等があること、
ロ 本件安全審査においては、右イでみた各地震のマグニチユードと震央距離との
関係等に照らして、本件原子炉敷地周辺に最も大きな地震動を与えたものは右イ
(1)(c)の地震であると推定され、したがつて、本件原子炉敷地内周辺におい
て将来発生することがあり得るものと考えるべき地震のうち、本件原子炉敷地に及
ぼす影響が最も大きいものは右イ(1)(c)の福島県東方沖地震であると確認さ
れたこと、
(2) 設計用地震動(耐震設計に際し、動的解析を行う場合に入力として設定さ
れる地震動)
イ 地震が原子炉施設に及ぼす影響は、当該地震が原子炉の敷地基盤にどのような
地震動を与えるかによつて異なるが、右地震動は、物理的には、最大加速度や周期
特性等によつて示されること、本件原子炉敷地周辺において将来発生することがあ
り得るものと考えるべき右福島県東方沖地震による敷地基盤における地震動の推定
最大加速度は一五〇ガルであるところ、本件原子炉施設を設計するに当たつての敷
地基盤における設計用地震動の最大加速度は、右の一五〇ガルを上回る一八〇ガル
とされていること、また、本件原子炉施設は、原則として剛構造としたうえ直接岩
盤上に設置されることとされているため、右施設の固有周期は〇・五秒以下の短周
期振動系となるところ、敷地基盤における設計用地震動の波形としては、広く一般
的に重要施設の耐震設計に用いられている過去の代表的な強震記録波形(エル・セ
ントロ一九四〇年NS成分、タフト一九五二年EW成分)及び現地において観測さ
れた地震(一九七一年九月八日、マグニチユード四・三、震央距離四八キロメート
ル)の記録波形(右三つの波形はいずれも周期が〇・五秒ないし〇・一秒であつ
て、構造物に大きな応答を与えるものである。)を用いることとされていること、
ロ 本件安全審査においては、右イ等を確認し、本件原子炉施設の耐震設計上考慮
すべき設計用地震動の設定に当つては、前記福島県東方沖地震による地震動の推定
最大加速度に対して余裕のある最大加速度を採用するとともに、周期特性について
は、本件原子炉施設を構成する構築物や機器等のそれぞれについて余裕のある大き
な加速度応答が生じるように厳しい条件を設定されることとなること等が確認され
た結果、本件原子炉の敷地基盤における設計用地震動は余裕をもつて設定されてい
るものと判断されたこと、
(3) 耐震設計
イ 本件原子炉施設は、原則として剛構造としたうえ、重要な建物、構築物は直接
又はコンクリートを介して岩盤に設置されること、また、本件原子炉施設は、地震
に対する安全性を考慮した重要度に応じてA、B、Cの三クラスに分類され、それ
ぞれの重要度に応じた耐震設計が行われることとされ、主要な設備(Aクラス)、
すなわち、その機能喪失が原子炉事故を惹き起こす虞れのあるもの及び原子炉事故
の際に放射線障害から周辺公衆を守るために必要なもののうち、建物、構築物につ
いては、基礎岩盤における最大加速度が一八〇ガルである地震波により動的解析を
行い、これから求められる水平地震力並びに建基法施行令八八条に定める水平震度
の三倍から定まる水平地震力を下回らない値、垂直震度は基礎底面の水平震度の二
分の一を下回らない値とし、それぞれ水平震度と同時に不利な方向に作用するもの
とされること、Aクラスの機器、配管系については、運転時の応力と地震力による
応力を加え合わせて耐震設計が行われるが、この場合の水平地震力は前記の地震波
(一八〇ガル)に対する動的解析によつて求められる値で、かつ、据付け位置にお
ける支持構造物の水平震度の一・二倍から定まる地震力を下回らない値が用いられ
ること、垂直震度は、建家、構造物に対する値をとり、水平及び垂直方向の地震力
は、同時に不利な方向に作用するものとしていること、また、これらの地震力によ
つて生ずる変位変形があつても、機能保持に支障をもたらさないように設計される
こと、更に、Aクラスのうち、原子炉格納容器、制御棒駆動機構等のように安全対
策上特に緊要な施設は、基礎岩盤における最大加速度が二七〇ガル(一八〇ガルの
一・五倍)の地震波に対しても全体としての機能が保持されることとされているこ
と、
ロ 本件安全審査においては、右イが確認された結果、本件原子炉施設の耐震設計
は余裕のあるものと判断されたこと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(三) 右(三)(1)ないし(3)の各イによれば、右各ロの判断にはいずれも
合理性が認められ、したがつて、右(一)の判断にも合理性があると認められる。
3 その他(気象、海象等)
(一) 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、本件原子
炉施設は、気象、海象に係る安全性が確保されていると判断されたことが認められ
る。
(二) 乙六号証、七号証、九号証によれば、気象については、本件原子炉敷地よ
り南方約四〇キロメートルの地点にあり、距離、地形条件等から本件敷地と類似の
条件をもつと考えられる小名浜測候所の一九四〇年(昭和一五年)から一九七〇年
(昭和四五年)までの間で観測された気象極値を参考として設計されること、海象
については、小名浜港における潮位記録により既往最高潮位とされているチリ地震
津波の三・一メートル(小名浜工事基準面プラス三・一メートル)をはるかに上回
る潮位一二メートルと設計されること及び福島第一原子力発電所観測結果による最
大波高は一九六五年(昭和四〇年)の台風二八号の際の約八メートルであるが、本
件原子炉敷地前面に防波堤が構築されるので高波浪の影響は防止されることとなつ
ていること、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
(三) 右(二)によれば、右(一)の判断には合理性が認められる。
4 右1ないし3によれば、本件安全審査において、本件原子炉施設は、その基本
設計ないし基本的設計方針において、自然的立地条件に係る安全性を確保し得るも
の、すなわち、自然的立地条件との関連において、原子炉等による災害の防止上支
障がないものとして設置されるものであるとされた判断(これは、乙九号証と証人
Aの証言により認められる。)には、合理性があると認められる。
三 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性
1 原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての審査
(一) 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、本件原子
炉施設の事故防止対策に係る安全性の審査は、後記(二)の考え方に基づいてなさ
れたことが認められるところ、右の考え方には合理性があると認められる。
(二) 原子力発電における安全性の確保の問題は、放射性物質の有する潜在的危
険性をいかに顕在化させないか、という点に尽きると考えられるところ、原子炉の
運転に伴い原子炉施設内に蓄積される放射性物質は、これを右の安全性の確保とい
う観点からみると、(1)燃料の核分裂反応によつて生じる核分裂生成物等の燃料
被覆管の内部に存在するものと、(2)右核分裂生成物のうち、燃料被覆管から冷
却水中に浸出してきたもの及び冷却水が接する配管の内面等の腐食によつて生じる
腐食生成物等が中性子により放射化されることによつて生じる放射化生成物等の冷
却水中に存在するものとに分けて考えることができるから、原子炉施設において
は、右のようにして発生する放射性物質を、前者は燃料被覆管内に、後者は、平常
運転時には圧力バウンダリを含む原子炉冷却系統設備内に、異常事態発生時には圧
カバウンダリ内に、それぞれ閉じ込めることによつて環境への放出を防止し、その
安全性を確保することとすべきものと解され、それゆえ、原子炉施設においては、
平常運転時はもちろんのこと、異常事態発生時においても、燃料被覆管及び圧力バ
ウンダリの健全性が維持されることが重要となる。
したがつて、原子炉施設の安全性の確保のためには、第一に、放射性物質の環境へ
の放出をもたらす事態につながるような燃料被覆管や圧力バウンダリ等における異
常状態の発生を未然に防止すること、第二に、仮に右のような異常状態が発生した
場合においても、その異常状態が拡大したり、更には放射性物質を環境に放出する
虞れのある事態にまで発展することを防止すること、第三に、更に、仮に右のよう
な事態が発生した場合においても、なお、放射性物質の環境への異常放出という結
果を防止すること、がそれぞれ必要であり、
いわゆる多重防護の考え方に基づいた各種の事故防止対策が右安全性の確保のため
には講じられることが必要である。
そこで、原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉施設が、
その基本設計ないし基本設計方針において、右の事故防止対策に係る安全性を確保
し得るものであるかどうか、を判断するに当つては、当該原子炉施設について、第
一に、所要の異常状態発生防止対策が講じられるものかどうか、第二に、所要の異
常状態拡大防止対策が講じられるものかどうか、第三に、所要の放射性物質異常放
出防止対策が講じられるものかどうか、等をみることが必要となる。
(三) 原告らは、TMI事故は、いわゆる多重防護が不完全であることを明らか
にしたと主張し、多重防護の考え方が安全確保上不適当であるかのように主張し、
証人Fは、右の考え方は、前段否定の思想につながり、完成された技術ではあり得
ない考え方である旨、同Gは、多重防護とは違つたもう一つの安全性確保の考え
方、すなわち、航空機産業でとられているような、一つ一つの部品等の基礎的な研
究についてもつと深い研究をすることが重要である旨それぞれ証言し、また、乙三
五号証によれば、ソ連を始めとする東欧諸国においては、多重防護という第三レベ
ルの工学的安全系は、これを設置することにより必然的に原子炉プラントの複雑さ
を増し、プラント全体の信頼性を低下させる可能性があるということを理由とし
て、その設置に反対していることが認められる。
しかし、証人Gは、多重防護の考え方に全面的に反対している訳ではなく、同時
に、右の考え方が万能であるかのようにいわれることがおかしいと述べておきたい
旨証言しており、右の考え方自体を否定したり或いは否定されるべきであるとして
いるのではなく、また、甲一四〇号証によれば、原子炉等の大きなシステムに安全
の設計を取り入れる方法としては、一つには、システムを十分冗長かつ多様にし
て、いくつかの相互に独立な故障が生じない限り大きな事故が生じないようにする
方法(この方法は、多重防護の考え方に通じる。)があり、他の一つは、航空機産
業で採用されている方法で、欠陥のない航空機づくりを目指し、一つ一つの部品自
体の安全性を深く追及し、その完全性を求めようとする考え方であることが認めら
れ、更に、乙三五号証によれば、前記東欧諸国の考え方も安全確保のための一つの
考え方であり、現在西欧圏を始めとする各国の原子炉に関する安全確保の考え方
は、右東欧諸国の考え方を十分念頭におきながらも三つのレベルをもつた多重防護
の考え方を原則としていることが認められるのであつて、前記証人Fの証言をもつ
て多重防護の考え方自体が不合理、不適切なものとは到底認められず、他に右の考
え方が不合理であると認めるに足りる証拠はなく、かえつて、以上によれば、多重
防護の考え方は原子炉のような大きなシステムについての安全性確保のための一つ
の有力な合理的な考え方であることは明らかである。もつとも、右の考え方自体が
万能でないことは証人Gも指摘するとおりであり。安易な多重防護の考え方は危険
性すらはらむものであるが、それは各レベルにおける技術のより安全な研究を怠ら
ないこと等によつて克服し得るものであつて、結局、右多重防護の考え方自体を不
合理、不適切なものとして排斥すべき理由を見い出すことはできないから、原告ら
の前記主張は失当である。
2 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性
(一) 異常状態発生防止対策
(1) イ 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、本件
原子炉施設について、所要の異常状態発生防止対策が講じられるものかどうか、つ
まり、放射性物質の環境への放出をもたらす事態につながるような燃料被覆管や圧
力バウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止できるものかどうか、を判断
するに当つては、後記ロの考え方に基づいてなされたことが認められるところ、前
記多重防護の考え方等に照らすと右の考え方には合理性があると認められる。
ロ 右の異常状態発生防止対策が講じられるものかどうかを判断するに当つては、
(1)燃料の核分裂反応を確実かつ安定的に制御することができるものかどうか、
(2)核分裂生成物等を閉じ込めるべき燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影響
によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものかどうか、(3)放射
性物質を閉じ込めるべき圧力バウンダリは、機械的、化学的影響によつてその健全
性が損なわれることのない余裕のあるものかどうか、(4)燃料被覆管及び圧力バ
ウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備は、燃料被覆管及び圧力バウンダ
リの健全性を損なうような異常状態の発生を防止し得る信頼性が確保されるものか
どうか、等をみる必要がある。
(2) 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、本件原子
炉施設は、放射性物質を環境へ放出する事態につながるような燃料被覆管や圧力バ
ウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止するため、その基本設計ないし基
本的設計方針において、所要の異常状態発生防止対策が講じられるものと判断され
たことが認められる。
(3) 燃料の核分裂反応の確実かつ安定的な制御
イ 乙六号証、七号証、八号証の一、九号証、二一号証、五六号証及び証人Aの証
言によれば、
(1) 本件原子炉施設において使用される燃料の濃縮度(燃料中の全ウラン量に
対するウラン二三五の占める重量の割合)は、炉心平均で約二・二パーセントと低
濃縮度のものであり、また、本件原子炉は、軽水型原子炉であつて、核分裂反応の
割合が増大して燃料及び冷却水の温度が上昇すれば、それに伴つて核分裂反応が抑
制されるという性質、すなわち、核分裂反応に対して固有の自己制御性を有するも
のとされていること、
(2) 本件原子炉施設には、燃料の核分裂反応を安定的に制御するための原子炉
出力制御設備が設けられること、
(3) 本件安全審査においては、右(1)、(2)等が確認された結果、本件原
子炉施設は、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することができるものと
判断されたこと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、イ(3)の判断には合理性があると認められる。
(4) 燃料被覆管の健全性の維持
イ 乙六号証、七号証、八号証の一、九号証、二一号証及び証人Aの証言によれ
ば、
(1) 燃料の核分裂反応によつて発生する熱に比べて冷却材によつて除熱される
熱が少ない場合、燃料被覆管は温度が上昇して焼損することが起こるが、これの防
止対策として、本件原子炉では、燃料棒の中で発生する熱の量と冷却材の除熱の量
とのバランスがとれるような設計、すなわち、本件原子炉における定格出力運転時
における最小限界熱流束比(熱流束は、燃料被覆管から冷却水に伝達される単位時
間、単位面積当りの熱量を指し、限界熱流束とは、直ちに燃料破損と結びつくもの
ではないが、保守的にみて燃料被覆管が焼損する虞れがあるとみなされる熱流束を
いい、これを、当該原子炉において想定される熱流束で除した値の全燃料集合体の
うちの最小のものを最小限界熱流束比という。)が一・九以上に維持し得るよう
(最小限界熱流束比を一・〇としたときの出力は一二四パーセント、つまり、過出
力に対する余裕二四パーセントとするよう)設計されること等本件原子炉の運転時
に予想される燃料被覆管表面の熱流束は燃料被覆管を焼損させる虞れのある熱流束
の限界値を十分に下回ることとされていること、
(2) 本件原子炉のような軽水型原子炉の燃料棒は本質的に自立型で、全出力の
ときにのみ被覆管に接触するように設計され、したがつて、燃料被覆管の強度の設
計は、燃料ペレツトが被覆管に接触して接触力を及ぼすことがないという条件で行
われているところ、燃料ペレツトは、照射量が高くなるとともに線出力密度(燃料
棒の単位長さ当りの熱出力)が増大し、ペレツト内部が溶融して外部に膨張し、ま
た、ガス状核分裂生成物等の発生によりペレツトの体積の増加(スウエリング)が
起こり、更には、割れ等のためにペレツトが外側へ押し出されることなどが生じ、
このためペレツトは被覆管に対して接触力を及ぼすことがあり、このようにして被
覆管がペレツトによつて受ける強制的歪みが被覆管の機械的強度(全伸び率)を超
えると被覆管の破損が生じることとなるところ、本件原子炉においては、右歪みの
限界を、ペレツト被覆管のギヤツプと照射された試料についての試験結果から安全
と判断された一パーセントとし、これと右ギヤツプの大きさとから被覆管が損傷を
起こす虞れを生じる線出力密度とされる約〇・九二キロワツト毎センチメートルを
十分に下回る約〇・六一キロワツト毎センチメートル以下に抑えられることになつ
ていること、
(3) 燃料ペレツトから浸出した主としてガス状の核分裂生成物等による内圧や
冷却水による外圧等により燃料被覆管が機械的に損傷することに対する防止対策と
して、本件原子炉においては、使用される燃料被覆管が十分な強度をもつて設計さ
れることとされていること、すなわち、ペレツトから放出される核分裂生成物等に
よつて燃料被覆管に過大な圧力がかかるのを防止するため、燃料棒上部にプレナム
(空間)が設けられるところ、右プレナムの体積は、設計寿命中の核分裂生成物等
の蓄積により過大な圧力上昇をもたらさないよう十分大きくとられており、また、
燃料被覆管には、高温下、照射下で強度を保ち、かつ、物理的に安定な性質をもつ
ジルカロイー二が使用され、更に、外圧、内圧及び曲げによる応力等の解析に用い
られるジルカロイー二の機械的性質は、照射された沸騰水型原子炉用燃料被覆材に
ついての引張試験の結果得られたものを使用するほか、疲労解析は、燃料寿命中に
予想される温度、圧力及び出力サイクルに基づいてなされること、
(4) 燃料被覆管の冷却水中の不純物等による化学的腐食の損傷防止について
は、本件原子炉においては、使用される燃料被覆管は高温水での耐食性に優れた金
属であるジルカロイー二が使用されることになつていること、
(5) 本件安全審査においては、右(1)ないし(4)等が確認された結果、本
件原子炉施設において使用される燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影響によつ
てその健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断されたこと、が認めら
れる。
ロ 右イによれば、イ(5)の判断は、本件原子炉施設において使用される燃料被
覆管について、熱的、機械的及び化学的影響による損傷防止対策が講じられること
とされていることを確認した結果なされたものであるから、右の判断には合理性が
あると認められる。
ハ 原告らの主張に対する判断
(1) 原告らは、本件原子炉においては、燃料ペレツトに焼きしまり現象が生じ
ることが予想され、その結果、燃料被覆管が扁平化し或いは燃料ペレツトと被覆管
の間の熱伝導率が低下する旨主張する。
しかしながら、甲一三六号証及び乙二九号証の二によれば、一九七〇年(昭和四五
年)の初め、PWRの一部で燃料棒の部分がつぶれているのが発見されたが、これ
は、燃料ペレツトの焼きしまりによるものとわかり、この焼きしまり現象に対して
は、その後実験データも蓄積されて実態もかなり判明し、焼きしまりモデルの開発
も進展を見せたうえ、燃料ペレツトの焼結温度を高めるなど焼きしまり防止のため
の製造上の配慮もなされるに至つていることが認められるのであつて、右の認定事
実と弁論の全趣旨によれば、本件原子炉においても、燃料ペレツトは右の配慮のも
とに設計されることとされたことが推認されるから、右の主張は失当である。
(2) 原告らは、本件原子炉においては、燃料ペレツトの膨張現象(スウエリン
グ)が生じることが予想され、それが、応力腐食割れの原因となり、また、ペレツ
トの割れや変形が生じる旨主張するが、前記のとおり((4)イ(2))、本件原
子炉においては、被覆管は、ペレツトのスウエリング及び割れ等によつて強制的歪
みを受けても損傷を起こすことのないよう設計されているのであるから、原告らの
右主張は失当である。
(3) 原告らは、冷却水が複雑な構造の炉心部を高速で通過することによつて生
じる流体振動により、燃料棒は、応力腐食割れや破損を起こす旨主張し、甲一三〇
号証中及び証人Gの証言中には右主張にそう部分がある。
しかしながら、前記のとおり((4)イ(3))、本件原子炉においては、使用さ
れる燃料被覆管は十分な強度をもつて設計されることとされており、また、応力腐
食割れについても後記のとおりの対策がとられているのであるから、右の事実に照
らすと、右主張にそう証拠はたやすく採用できず、右主張も失当である。
(4) 原告らは、局所水素化(サン・バースト)によつて燃料被覆管は膨張し、
或いは破損する旨主張する。
しかしながら、乙三〇号証、三一号証、五五号証によれば、被覆管の水素化物形成
は、一九七〇年(昭和四五年)代初期に多くのBWRで経験され、現在までのBW
R燃料損傷の大半はこれによるものであるが、これは、燃料棒の製造工程中に燃料
棒内に混入した湿分が、原子炉運転中、高温照射下の条件で内部から被覆管内部で
ジルカロイー二と反応して水素化ジルコニウムという脆い化合物を生成し(サン・
バースト)、被覆材の内面から外面へと局所的に進転しながらピンホール等の損傷
に至るものであるところ、一九七〇年(昭和四五年)より、その防止対策として
は、燃料の製造工程において、厳重な湿分除去措置、すなわち、燃料被覆管に詰め
込む前のペレツトを十分乾燥させ、ついで、ペレツトを装填した燃料棒を真空中で
高温に加熱して乾燥させたのち、両端に端栓を溶接して密封するという措置及び仮
に製造工程において湿分が残留したとしても、それを効果的に吸着除去する目的で
燃料棒内に水素ゲツタを封入する等の措置が講ぜられたため、その後水素化物生成
による漏洩は検出されていないことが認められ、右の認定事実及び弁論の全趣旨に
よれば、本件原子炉施設においても、右水素化物生成の防止対策が講じられている
ものと推定されるのであるから、右の主張は失当である。
(5) 原告らは、燃料棒が曲がることにより局所的に冷却効率が低下し、温度が
上昇して燃料棒破損の原因になる旨主張する。
しかしながら、乙二九号証の二、三〇号証、三一号証、五五号証、証人F及び同G
の証言によれば、BWR燃料における過去の燃料損傷経験とその対策をみるに、B
WRの初期の段階(およそ一九七〇年((昭和四五年))以前)においては、設
計、製作上の配慮が十分でなかつたことに起因する燃料損傷が幾例か経験されてお
り、その主なものは、燃料棒の曲がり、端栓の欠陥、フレツテング、被覆管製造欠
陥、腐食生成物の蓄積であるが、いずれも早期に解決され、それ以降は問題となつ
ていないこと、右のうち、燃料棒の曲がりについては、BWRにおいては、ドレス
デン一号炉の初期の燃料棒の一部に僅かに発見されただけであり、これは、当時は
長尺燃料棒の製作が困難であつたため短尺燃料棒が使用され、その組立てに使用し
た板バネ式スペーサーでは熱膨張と照射による燃料被覆管の相対伸びを十分許容で
きなかつたことと、燃料被覆管の製造中に残留応力除去をしていなかつたことが原
因であると判明し、それ以降は、長尺燃料棒とそれに適したスペーサーが採用さ
れ、燃料被覆管は応力除去焼鈍されていること、また、燃料棒の軸方向の伸びが拘
束されないような構造とされ、更に、燃料棒自体、材料力学上曲がりにくいもので
あるから、曲がりを起こす可能性は小さく、現に発見もされていないこと、なお、
PWRにおいては、ノズル干渉型の曲がりは、燃料棒とノズルの間隙を十分とるこ
とにより解決され、非ノズル干渉型の曲がりについても、その原因は、燃料棒の初
期的曲がり、支持格子による燃料棒の伸びの拘束、燃料被覆管の偏肉或いはペレツ
トとの干渉等が重なりあつて、徐々に燃料棒に曲がりが生じたものであると解明さ
れており、支持格子の拘束力を弱めるとか、支持格子の数を増加させて燃料棒が曲
がりにくいような構造にするとかすることによつてその発生を防止できるうえ、右
の曲がりが被覆管の健全性にいかなる影響を与えるかの確認試験の結果が明らかに
なるまでは我が国では念のため運転中に接触する可能性のある燃料は再使用しない
という慎重な措置がとられていること、が認められるのであるから、
右の主張は失当である。
(6) 原告らは、ペレツト被覆管との相互作用(PCI)に関しては、未だにそ
の原因を本質的に除去することはできない状況にある旨主張する。
しかしながら、甲一一六号証、一三六号証、乙二九号証の二、三〇号証、三一号
証、五五号証、六四号証、証人F及び同Gの各証言によれば、(イ)燃料ペレツト
が原子炉運転中に熱膨張すると、元の直円柱形が鼓状に熱変形し、その変形が著し
い場合には、変形した燃料ペレツトの端部が燃料被覆管を内部から押し上げる結
果、ペレツト被覆管とが強い機械的な相互作用(PCI)を起こし、燃料被覆管の
局部に応力が生じ、右応力の生じた被覆管の局部が過度の塑性歪を受け、延性が不
十分な箇所では右の応力に加えて燃料ペレツトから放出されたよう素等による腐食
環境が重なり、応力腐食的な作用によつて燃料被覆管にひび割れやピンホールが生
じることがあり、そのため右同所より放射性物質が漏洩することがあること、
(ロ)右のPCIは、一九七一年(昭和四六年)、ドレスデン一号炉(BWR)で
確認されたが、同炉は燃料集合体が六×六の配列であつたこと、(ハ)右PCIの
現象に対する設計面の対策としては、PCIの発生を生じないようにするのではな
く、生じたとしても燃料被覆管に発生する応力が許容値以下になるか、又はペレツ
トによる強制変形が許容値以下になるように設計するのが第一とされるが、同時
に、右相互作用を軽減するために、(a)燃料ペレツトの長さを短かくし、かつ、
端部の面取り(チヤンフアー)を行つてペレツト端部の変形を最少にし、(b)燃
料被覆管をより高温で焼鈍することにより、伸び率を増加させ、被覆管の健全性を
向上させ(本件原子炉においても、右(a)(b)の方策が講じられる設計とされ
ている。)、これによる強度の低下に対しては被覆管の厚さを厚くして補うととも
に、一九七三年(昭和四八年)よりは、七×七型燃料を取り入れ(本件原子炉も本
件許可処分当時は七×七型燃料であり、通常運転時0.61KW/cm以下の線出
力密度で使用され、被覆管の塑性歪を一パーセントとして設計されているので、こ
れに相当する初期の線出力密度は0.92KW/cmとなり、通常運転の状態にお
いては、かなりの余裕を有している。)、更に、燃料の健全性を向上させ、安全設
計の余裕を増すため、一九七四年(昭和四九年)より、八×八型燃料が使用されて
いるが、これは、外周寸法を従来のままに維持し、燃料棒を細くして八行八列の正
方格子に配列したもので、伝熱面積が増大し、これに伴い、最高線出力密度は従来
の0.61KW/cmから0.44KW/cmへと大幅に下がることになること
(現に、本件原子炉も、本件許可処分後である昭和五二年九月一二日設置変更許可
により、右の八×八型に改良されている。)、(ニ)また、PCIの現象に対する
運転管理面での対策としては、原子炉の運転に際し、一九七三年(昭和四八年)頃
より出力の上昇速度を抑えるいわゆるならし運転の方法が取り入れられており(も
つとも、この方法では、負荷追従運転が困難になり、経済上その対策が考慮される
べきであるとの指摘もなされてはいる。)、これらの諸対策によつて、PCIによ
る応力腐食割れの事象はこれを防止することができるものとされていること、が認
められるのであり、右の認定事実によれば、PCIの原因を本質的に除去し得てい
るか否かはともかくとして、本件原子炉においては、PCI及びPCIを原因とす
る応力腐食割れ事象に対する対策が講じられることとされているのであるから、燃
料被覆管の健全性に関する本件安全審査の前記判断の合理性が失われるものでない
ことは明らかである。
(5) 圧力バウンダリの健全性の維持
イ 甲一一八号証の二、乙六号証、七号証、八号証の一、九号証、証人A、同F、
同G及び同Hの各証言によれば、
(1) 原子炉圧力容器内の圧力等が過大となつて圧力バウンダリが機械的に損傷
することを防止するため、本件原子炉施設においては、原子炉圧力容器内の圧力
を、圧力制御装置によつて自動的にほぼ一定に保てるような措置がとられるほか、
圧力バウンダリは、原子炉圧力容器内の圧力に対しては、運転上の異常な過渡変化
を含む通常運転時にその設計条件を超えることがないよう適切な余裕をもつて設計
される(例えば、圧力容器についてみれば、約八八キログラム毎平方センチメート
ルとするなど通商産業省の「発電用原子力設備に関する構造等の技術基準を定める
告示」に従つて設計される。)ほか、予想される過渡現象に起因する圧力変化によ
る原子炉冷却材圧力バウンダリの破損防止策がとられていること、
(2) 原子炉圧力容器は、核分裂反応により中性子照射を受け続けることによつ
て脆性遷移温度が高くなるが、そのような状態で低温加圧を受けると脆性破壊を起
こす虞れがあるところ、右圧力容器を含む圧力バウンダリの脆性破壊防止策とし
て、本件原子炉施設においては、(イ)圧力容器の母材には、靭性の高い原子力発
電用マンガンモリブデンニツケル鋼板二種相当品及び原子力発電用鍛鋼品二種相当
品を使用し、その内張には延性の高いステンレス鋼を使用することとされているこ
と、(ロ)右材料としてフエライト系鋼材が使用される機器等は、最低使用温度を
脆性遷移温度より摂氏三三度以上高くすることとして余裕をもたせていること、
(ハ)特に中性子照射が問題となる原子炉圧力容器母材については、中性子照射に
よる脆性遷移温度の変化を監視するために試験片を炉内に挿入することとされてい
ること、
(3) 圧力バウンダリの化学的腐食による損傷防止について、本件原子炉施設に
おいては、(イ)原子炉圧力容器内壁等に腐食に強いステンレス鋼を使用すること
とされていること、(ロ)腐食の原因となる冷却水中に含まれる塩素の濃度、PH
等を管理する等冷却水についての適切な水質管理を行い得るように設計されるこ
と、
(4) 本件原子炉施設の圧力バウンダリを構成する機器及び配管は、製作時及び
運転開始前の検査並びに供用期間中の検査によつてその安全性の維持についての確
認が行われることとされていること、
(5) 本件安全審査においては、右(1)ないし(4)等が確認された結果、本
件原子炉施設の圧力バウンダリは、機械的、化学的影響によつてその健全性が損な
われることのない余裕のあるものと判断されたこと、が認められる。
ロ 右イによれば、イ(5)の判断は、本件原子炉施設において使用される圧力バ
ウンダリについて、これを損傷させるに至るような機械的、化学的影響による事象
に対して余裕をもたせた設計がなされることとされていることを確認した結果なさ
れたものであるから、右の判断には合理性があると認められる。
ハ 原告らの主張に対する判断
(1) 原告らは、圧力容器の照射脆化の問題は、最近重視されるようになつてき
たものであり、したがつて、本件原子炉施設の安全審査段階では十分な検討がなさ
れていなかつたものとみなければならず、現に、最近のものである昭和五六年八月
になされた島根二号炉(BWR)における設置許可についての安全審査において
は、推定照射量は、炉心中央部の圧力容器内壁(いわゆるベルトライン部分)で
8.5×1017nvtであつて、本件原子炉に係るそれ(3.6×1017nv
t)の約二倍であり、最近の推定では右照射量は増えており、また、右島根二号炉
では、遷移温度は、遷移関連温度(RTNDT)として、初期が摂氏零下二〇度、
末期が摂氏八度であり(本件原子炉におけるNDTは、初期が摂氏四度、末期が摂
氏三二度)、しかも、RTNDTはNDTより大きくはなつても小さくはならない
のであるから、本件原子炉の原子炉圧力容器にはより新しい島根二号炉のそれより
脆性破壊に対して劣つた材料が用いられており、この点からも本件原子炉における
照射脆化の審査が不十分であつたことが窺われる旨主張し、証人Gは右主張にそう
証言をする。
しかしながら、甲一一八号証の二、乙四三号証、証人Gの証言及び弁論の全趣旨に
よれば、原子炉圧力容器鋼材の中性子照射に寄与するものは、一Mev以上のエネ
ルギーをもつ高速中性子であり、核分裂反応により生じる中性子が圧力容器壁に届
くまでの間に通過する減速材の層が厚い程中性子が減速されて高速中性子の量が減
少するため、推定照射量は、炉心最外周と圧力容器内壁との距離の長短により異な
ること、本件原子炉と島根二号炉の各推定照射量は原告ら主張のとおりであるが、
右両原子炉の各圧力容器を比較すると、圧力容器の胴内径が前者が約六・三七五メ
ートルであるのに対し、後者は約五・六メートルしかなく、全重量も前者が約七五
〇トンであるのに対し、後者は約五五〇トンしかないなど全体として後者が前者よ
り小さいことに照らすと、炉心最外周と圧力容器内壁との距離も後者の方が前者よ
り短かいことが推認されること、が認められ、右の認定事実によれば、右の距離の
長短の差違により後者(島根二号炉)の推定照射量が前者(本件原子炉)のそれよ
り多くなつていることが十分推定されるのであるから、右の推定照射量の差違のみ
から、右照射量が本件審査当時より現在の方が一般に増えているなどと速断するこ
とはできないものといわなければならず、この点に関する原告らの右主張及び右主
張にそう右証言はいずれも採用できない。また、発電用原子力設備に関する構造等
の技術基準(昭和四五年九月三日通商産業省告示第五〇一号及び昭和五五年一〇月
三〇日同省告示第五〇一号)に照らすと、本件原子炉に係るNDTによる表示の意
味するところと、島根二号炉に係る関連温度RTNDTとは概念自体全く異なるも
のであることが窺われ、右両者の差違を看過してなされた前記証人Gの証言の採用
できないことは明らかである。なお、この点に関する原告らの主張は甲二六五号証
にもその根拠を置いているが、同号証にいうRTNDT、TNDT及びNDTの概
念は我が国におけるそれと同一のものでないことが同号証自体より窺われるのであ
つて、したがつて、同号証に基づいてなされた前記主張もまたたやすく採用できな
いところである。以上により、前記原告らの主張はいずれも失当といわなければな
らない。
また、原告らは、原子炉圧力容器鋼材の中性子照射による脆化について、いまだ右
鋼材における中性子照射量と不安定破壊を起こす限度温度(脆性遷移温度)との定
量的解明は十分でない旨主張し、証人Fは右主張にそう趣旨の証言及びあるデータ
では、中性子照射により不安定破壊が起こる温度の限界が摂氏一〇〇度くらいまで
上昇することが知られている旨の証言をする。
しかしながら、甲一一八号証の二によれば、原子炉圧力容器胴体部の鋼材として使
用される原子力発電用マンガンモリブデンニツケル鋼板二種相当品に関しては、国
内外における種々の実験等により、右鋼材の脆性遷移温度の上昇が著しくなるのは
高速中性子照射量が1×1018個毎平方センチメートルを超える場合であるこ
と、中性子照射による脆性遷移温度の上昇の傾向は、鋼材中に含まれる不純物であ
る銅やりんの量により大きく異なることが認められるのであり、右の認定事実によ
れば、中性子照射に伴う脆性遷移温度の上昇の問題についてはほぼ解明されている
と認めることができ、また、甲一一八号証の二によれば、アメリカのPWRの原子
炉圧力容器に脆性遷移温度が摂氏一〇〇度程度上昇するものが存したことはある
が、これは、高速中性子照射量が1×1019個毎平方センチメートルに達し、か
つ、鋼材中の銅やりんの含有量が高かつた初期のものについてであることが認めら
れるから、右の事実をもつて右主張にそう事実を裏づける資料となし得ないことは
明らかである。
なお、乙七号証によれば、本件原子炉圧力容器については、高速中性子照射量は、
3.62×1017個毎平方センチメートル(四〇年間)と推定され、かつ、脆性
遷移温度の上昇は摂氏二八度程度と見込まれていることが認められ、右の認定事実
によれば、本件原子炉圧力容器鋼材は不純物制限が十分施されるものが使用される
こととされていることが推認できる。以上により、原告らの右主張及び右主張にそ
う証言はいずれも採用できない。
(2) 原告らは、一般に原子炉圧力容器はECC水の注入の際の熱衝撃により破
壊する危険性があるかのように主張し、証人Fも右主張にそう証言をする。
しかしながら、甲一一八号証の二及び証人Fの証言によれば、右証言にいう事象は
一般に加圧熱衝撃(PTS)といわれる事象であるところ、右の事象は、PWR、
特に、原子炉圧力容器鋼材中の不純物である銅やりんの含有量が高かつたアメリカ
の初期のPWRについてのみその危険性が問題とされているものであり、BWR
は、飽和状態で圧力容器内部に大量の冷却水を保有して運転しているため、急激な
冷却は蒸気を凝縮させ、その結果、圧力が低下するので、高圧と低温とが同時に発
生することがあり得ないこと及びBWRは、PWRに比べて、圧力容器内壁におけ
る照射量がより少ないこと等の理由により、本件原子炉のようなBWRにおいては
問題となる事象が起こり得ないことが認められるから、右の認定事実に照らすと、
右原告らの主張にそう証言はたやすく採用できず、他に右主張を認めるに足りる証
拠もなく、右主張は失当である。
(3) 原告らは、圧力バウンダリの応力腐食割れ(SCC)に関し、次のように
主張する。すなわち、(イ)本件安全審査においては、SCCについての審査がな
されていない、(ロ)本件原子炉施設の圧力バウンダリとして使用されている三〇
四ステンレス鋼にSCCが多発しており、現在これを解決する技術的見通しがな
く、また、SCCを検出する技術も確立されていない、(ハ)よつて、本件安全審
査は違法である。
(イ) ところで、被告は、SCCの問題は、そもそも原子炉施設の詳細設計や具
体的な運転管理において対処すれば足りる事柄であつて、原子炉施設の基本設計な
いし基本的設計方針に係る安全性に関する事項ではない旨主張する。SCCは、後
記のとおり、いくつかの条件が重なつた場合に発生するものであるところ、その条
件の一つである材料の鋭敏化には、いかなる性質(例えば、耐食性の高低等)を有
する金属を使用するかが当然関連を有することであり、しかして、圧力バウンダリ
にいかなる性質を有する金属を使用するかということは、圧力バウンダリの健全性
の維持と基本的な面で密接かつ重要な関連性を有する事項であつて、原子炉施設の
基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事項と解され(現に、前記の
とおり、圧力バウンダリの健全性の維持をはかるための基本設計ないしは基本的設
計方針の一つとして一定の性質を有する金属を使用することが挙げられてい
る。)、したがつて、右の事項は本件安全審査における審査対象となり、右の事項
と密接かつ重要な関連を有するSCCの事象の問題もまた右審査の対象となると解
すべきである。」かして、本件安全審査において、SCCの事象に関し十分な審
査、検討がなされなかつたことは乙九号証及び証人Aの証言により認められるが、
以下に述べるとおり、SCCの事象は具体的な工事方法及び具体的な運転管理にお
ける対処によつても防止しうるものであつて、専ら原子炉施設の基本設計ないしは
基本的設計方針に係る安全性に関する事項ではないうえ、本件原子炉施設において
は、詳細設計以降の段階においてSCC対策として諸々の対策が講じられているの
であるから、右の審査の不十分さをもつて本件安全審査の違法をいうことはできな
いものというべきである。
(ロ) 甲一一二号証、一四四ないし一五六号証(ただし、一四六号証、一四七号
証、一四八号証、一四九号証及び一五五号証については、証人Hの証言により成立
が認められる。)、一五八号証の一ないし三、乙三二ないし三四号証、四四ないし
四六号証、六五号証の三、四、証人F及びH(ただし、後記認定に反する部分を除
く。)の各証言によれば、次の事実が認められる。
(a) 圧力バウンダリにおけるSCCは、主とヒてオーステナイト系ステンレス
鋼のうち、SUS三〇四鋼を使用した溶接熱影響部に集中して発生した事象であ
り、一九六五年(昭和四〇年)アメリカのドレスデン一号炉巧再循環系のバイパス
ラインに始まり、世界各国の比較的初期のBWRで発見され、その後、一九七四年
(昭和四九年)アメリカのドレスデン二号炉の再循環系バイパス配管など比較的新
しい型のBWR再循環系バイパス配管にも見られ、我が国でも福島第一原子力発電
所一号炉や浜岡一号炉の再循環系バイパス配管を始めとして同様の事象が見られた
こと、
(b) SCCは、金属材料の耐食性劣化(鋭敏化)、高引張応力、腐食環境の三
因子があるレベル以上で重畳した場合に発生するものであること、すなわち、
(i)右三因子のうち最も重要な因子は金属材料の耐食性劣化であり、それは、材
料の結晶粒内に固溶されている炭素が、溶接熱等により摂氏五五〇度ないし七五〇
度に加熱された場合、結晶粒界にクロム炭化物(Cr23C6)として析出し、耐
食性に重要な役割を有する結晶粒内クロムが減少し、結晶粒界に沿つて腐食され易
い状態となるものであり、(ii)第二の因子は、原子炉の運転により発生する運
転荷重による応力、起動停止及び運転中の過渡変化に伴う応力変動等に加え、溶接
による残留応力が引張応力として加わつた結果、ステンレス鋼に生じる過渡の引張
応力であり、(iii)第三の因子は、冷却水中の溶存酸素が高い場合、金属材料
の耐食性が低下して生じる腐食環境の状態であり、以上三つの要因の重畳によりS
CCは発生するものであること、
(c) したがつて、SCC対策としては、右の三つの因子のうち、少くとも一つ
の因子を十分に除くか或いは右の三つの要因をそれぞれに一定程度抑制することで
あること、すなわち、(i)ステンレス鋼の耐食性が低下することを防止するため
に、材料面からの対策として、従来使用されていた前記SUS三〇四ステンレス鋼
(炭素の含有量約〇・〇八パーセント)に代え、SUS三〇四Lや三一六L等の低
炭素鋼(炭素の含有量約〇・〇三パーセント)等を使用すること、溶接工法上の対
策として、溶接時に入熱量の制限や溶接鋼管の酸洗いの制限等の施工法に関する厳
重な管理を行うこと、溶接加工等で鋭敏化した組織を改善するため、再度固溶体化
熱処理を行うこと(但し、この方法は、現場溶接部に適用するのは困難で、主とし
て工場での溶接に適用性がある。)、溶接で熱影響を受ける管内表面に、あらかじ
め耐食性のある溶接金属を肉盛溶接しておくこと(これは、現場における配管の突
合せ溶接として提案されている。)等の諸対策を、(ii)ステンレス鋼に過度の
引張応力が発生することを防止するために、配管中の引張成分の応力水準を極力低
減させること、例えば、積極的に圧縮応力を残留させるなどして、また、適正な配
管合わせ、溶接継手形状の改良、溶接工法の適正な管理をして右の低減をはかるこ
と(ただし、配管の応力を許容し得る程度の低い水準にまで確実に低減し得るよう
な方法についてはなお検討の余地がある。)、溶接により管溶接部の内表面に生じ
た高い軸方向引張応力を圧縮応力状態となるようにするため高周波加熱応力改善法
(IHSI、配管内面を冷却しながら外面を高周波誘導加熱法により加熱し、板厚
方向に生じる熱応力により表面側高温層を圧縮塑性変形させるもの)或いは管内面
水冷溶接法(HSW、初層溶接の後管内表面を冷水でスプレイするか管内に満たし
た状態でその後の溶接を行うもの)等の方法をとること(ただし、右の二方法につ
いては、現場溶接への適合性、既存配管への適用の可否、大口径配管の有効性等な
お検討すべき項目がある。)、(iii)ステンレス鋼の腐食環境条件を緩和する
ために、SCCの主要な環境因子となつている冷却水中の溶存酸素濃度の低減化を
はかる方法として、例えば、原子炉起動前に十分な排気と脱酸素を行つて、停止中
に大気開放によつて室温飽和値付近になつている原子炉水中の高溶存酸素濃度を低
下させること(いわゆる脱気運転)、復水系及び復水貯蔵タンクを連続的に真空に
して脱気をはかり補給水中の溶存酸素濃度を低下させること、原子炉配管系内の低
流量域又は停滞水域の部分をできる限りなくすこと、再循環系バイパス管について
は、これを撤去し又はバイパス弁を運転中「開」にすること、停止中原子炉水が大
気に触れないよう原子炉格納容器内にN2ガス等を封入すること等の措置をとるこ
と、等の対策をそれぞれ講じることによつて、圧力バウンダリにおけるSCCの発
生を防止し得ること、そして、現に、右の諸対策のうち、脱気運転は昭和五二年頃
からBWRにおいて実行されているほか、耐食性対策や応力対策も昭和五三年頃か
ら各BWRで実行されつつあること、
(d) SCCの通常の発生状況は、管内面にまず発生し、その後管壁を外表面に
向かつて進展し、その間容器、配管に小さな貫通孔が生じるという経過を辿るもの
であるが、ステンレス鋼は、延性の極めて高い金属材料であるところから、その割
れが急速に進展することはなく、不安定破壊に至る前に検出可能な漏洩を伴うう
え、供用期間中の超音波検査法等の検査によつて漏洩(リーク)に至らない微小な
ひび割れすら検知し得るものであつて、このような検査等によつてSCCはその不
安定破壊に至る前の措置が十分講じ得る余裕を有するものであること、
(e) 本件許可処分当時には確立されていなかつたSCC対策も、昭和五三年頃
には前記のような対策がほぼ確立したので、昭和五二年五月の格納容器の開始をも
つて機械側の工事が本格的に開始した本件原子炉についても、右の成果を取り入れ
てその徹底をはかつたこと、例えば、原子炉圧力容器については、ノズルのセイフ
エンド等のステンレス鋼を使用していた部分は、原子力用三一六L、三〇四Cの低
炭素オーステナイト系ステンレス鋼を採用し、配管及び弁については、オーステナ
イト系ステンレス配管については全面的にSCC対策を施し、工場溶接後固溶体化
熱処理(SHT)を行い、現地溶接部に関しては内面肉盛溶接法(CRC)を行
い、また、小口径配管についてはSUS三一六Lを用いる等したこと、
以上のとおり認められ、証人Hの証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし
てたやすく採用できず、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。
右の認定事実によれば、圧力バウンダリにおけるSCCは、既にその原因や機構が
明らかになつており、具体的な鋼種の選択、具体的な溶接工法の採用、具体的な運
転方法の実施の各段階における所要の対策が講じられている事象であり、また、S
CCを検出する技術も確立されていると認められるから、原告らの前記(ロ)の主
張は失当である。
(ハ) したがつて、原告らの前記(ハ)の主張も失当である。ちなみに、本件原
子炉においても、右にみたとおり、詳細設計以降の段階において諸々のSCC対策
が講じられていると認められる。
(6) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備の
信頼性の確保
イ 乙六号証、七号証、九号証、証人Aの証言及び弁論の全趣旨によれば、
(1) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備と
しては、燃料棒を支持し、位置決めをするとともに燃料棒への冷却水の流路を形成
する炉心シユラウド等からなる炉内構造物、燃料の核分裂反応によつて発生する熱
を除去するための原子炉冷却系統設備、原子炉の出力を制御する原子炉出力制御設
備があるが、右の各設備は、
いずれも燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼさないようにするた
め十分な性能や強度等に余裕を有するように設計されること、(2) 本件原子炉
施設においては、運転員の誤操作を防止するため、(イ)原子炉冷却系統設備、原
子炉出力制御設備等については、右各設備の状態を正確に把握することができるよ
うに圧力、温度、流量等を測定する計測装置が設けられること、(ロ)右原子炉出
力制御設備については、運転員が制御棒を誤つて引き抜こうとしても原子炉内の中
性子の数がある定められた値以上であつた場合には引き抜けなくするなどのインタ
ーロツクがかかる装置が設けられること、すなわち、出力運転中に誤操作によつ
て、万一、制御棒一本が連続引抜きされる場合には、高出力運転時においては制御
棒引抜き阻止装置がその制御棒近傍の局部中性子束の異常を検知し、熱量が損傷限
界に達する前に引抜きを阻止し、また、零出力時及び低出力時においては、制御棒
価値ミンマイザが引き抜かれる制御棒の反応度価値を一定以下になるように制御棒
手順が定められ、右手順以外の制御棒の引抜きは阻止されることになつているこ
と、
(3) 本件原子炉施設においては、原子炉の運転状態が正常な状態からずれた場
合においても、その運転を安全に継続するため、これを自動的に修正する自動制御
装置が設けられること、例えば、出力運転中タービン蒸気加減弁の開度を自動制御
し原子炉圧力容器内の圧力を一定に保つようにする圧力制御装置、蒸気流量、水
位、給水流量の三要素制御方式によつて、あらかじめ定められたある水位を保つよ
うにする水位制御装置が設けられること、
(4) 本件安全審査においては、右(1)ないし(3)等が確認された結果、本
件原子炉施設における燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れ
のある設備は、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を損なうような異常状態の
発生を防止し得る信頼性が確保されるものと判断されたこと、以上のとおり認めら
れ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、イ(4)の判断には合理性があると認められる。
(7) 結論
右の(3)ないし(6)によれば、異常状態発生防止対策が講じられているかどう
かの判断に当つて必要とされた各検討事項についての判断にいずれも合理性が認め
られるのであるから、
本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において所要の異常状態発生防止
対策が講じられるものとした本件安全審査における判断(前記(2))には、合理
性があると認められる。
(二) 異常状態拡大防止対策
(1) イ 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、所要
の異常状態拡大防止対策が講じられるものかどうか、つまり、前記(一)の対策に
もかかわらず、仮に異常状態が発生した場合においても、その異常状態が拡大した
り、更には、放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態にまで発展するこ
とを防止できるものかどうか、が審査されたが、この点を判断するに当つては、後
記ロの考え方に基づいてなされたことが認められるところ、右の考え方には合理性
があると認められる。
ロ 右の異常状態拡大防止対策が講じられるものかどうかを判断するに当つては、
(1)燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼす虞れの
ある設備に軽微な異常状態が発生した場合に所要の措置が採れるように、その異常
状態を早期にかつ確実に検知し得るものかどうか、(2)燃料被覆管及び圧力バウ
ンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備に発生した異常状態が大きなもので
ある場合等その異常状態に対し迅速な措置を講じなければ燃料被覆管及び圧力バウ
ンダリの健全性が損なわれる虞れのある事態に備え、所要の安全保護設備が設置さ
れるものかどうか、(3)右の安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮
し信頼性が確保されるものかどうか、(4)安全保護設備等の設計の総合的な妥当
性に関する解析評価によつても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保で
きるものとなつているかどうか、等を見る必要がある。
(2) 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、本件原子
炉施設は、仮に放射性物質の環境への放出をもたらす事態につながるような異常状
態が発生した場合においても、右の異常状態が拡大したり、更には放射性物質を環
境に異常に放出する虞れのある事態にまで発展することを防止するため、その基本
設計ないし基本的設計方針において、所要の異常状態拡大防止対策が講じられるも
のと判断されたことが認められる。
(3) 異常状態の早期かつ確実な検知
イ 乙六号証、七号証、九号証及び証人Aの証言によれば、(1) 燃料被覆管及
び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備に軽微な異
常状態が発生した場合に所要の措置が採れるようにするため、本件原子炉施設にお
いては、燃料被覆管の損傷を探知するため冷却水中の放射能レベルを測定監視する
計測装置、圧力バウンダリを構成する機器等からの冷却水の漏洩を検知する漏洩監
視装置、原子炉圧力容器及び原子炉構造材料の中性子照射による機械的性質の変化
を監視するための試験片等の圧力容器内壁取付け装置、原子炉の出力や原子炉冷却
系設備等の圧力、温度、流量等を測定監視する計測装置がそれぞれ設置されるこ
と、
(2) 本件原子炉施設には、異常状態の発生を検知した場合に、すなわち、中性
子束及び温度、圧力、流量等のプロセス変数が異常になつた場合、主蒸気管又は空
気抽出器排ガスの放射能が異常に高くなつた場合、或いは原子炉の安全性に関連す
る設備が作動した場合等に、原子炉の停止等所要の措置が採れるように直ちに警報
を発する警報装置が設けられること、
(3) 本件安全審査においては、右(1)、(2)等が確認された結果、本件原
子炉施設は、右の異常状態の発生を早期にかつ確実に検知し得るものと判断された
こと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、イ(3)の判断には合理性があると認められる。
(4) 安全保護設備の設置
イ 乙六号証、七号証、九号証及び証人Aの証言によれば、
(1) 安全保護系は、原子炉の安全性を損なう虞れのある過渡状態や誤動作が生
じた場合、或いはそのような事態の発生が予想される場合に、原子炉等の保護のた
めの動作を行う機能を有するものであるところ、本件原子炉施設には、(イ)原子
炉冷却系統設備等に何らかの異常が発生し、原子炉圧力容器内の圧力の上昇や水位
の低下等が起こつた場合に、原子炉を緊急に停止させるために全制御棒が自動的に
かつ瞬間的に(全制御棒の九割挿入までに要する平均時間は約五秒)挿入される原
子炉緊急停止装置、(ロ)何らかの異常により原子炉への給水が停止し、かつ、原
子炉が主復水器から隔離されている時に、自動的に原子炉圧力容器へ給水が行われ
ることにより原子炉圧力容器内の水位を維持するための原子炉隔離時冷却系及び右
原子炉隔離時に炉心崩壊熱により発生する原子炉の蒸気を残留熱除去系の熱交換器
を用いて冷却凝縮する蒸気凝縮系等の各設備、(ハ)圧力バウンダリ内の圧力が異
常に上昇するような場合、例えば、主蒸気止め弁閉鎖で原子炉がスクラムし、更に
タービンバイパス弁不動作の時、或いは主蒸気止め弁閉鎖で原子炉がスクラムせ
ず、中性子束高でスクラムし、更にタービンバイパス弁不動作の時等の場合に、過
圧による圧力バウンダリの破損を防止するために内包する蒸気をサプレツシヨン・
プールに吹き出すことによつて圧力バウンダリ内を減圧する主蒸気系の安全弁機能
を有する逃がし安全弁等がそれぞれ設けられること、
(2) 本件安全審査においては、右(1)が確認された結果、本件原子炉施設に
は、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす虞れのある設備に発生
した異常状態に対し迅速な措置を講じなければ燃料被覆管及び圧力バウンダリの健
全性が損なわれる虞れのある事態に備え、所要の安全保護設備が設置されるものと
判断されたこと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、イ(2)の判断には合理性があると認められる。
(5) 安全保護設備の信頼性の確保
イ 前掲(4)イの各証拠及び乙八号証の一によれば、
(1) 本件原子炉施設に設置される前記安全保護設備は、いずれも信頼度を高め
るべく、所要の法令、規格及び基準等に適合させて品質管理を十分にし、かつ、設
計上の余裕を十分に見込んだ設計とされ、また、重復性(多重性)と独立性とを有
する設計とし、実際に起こると考えられるいかなる単一故障によつてもその安全保
護機能が妨げられないような設計とされ、更に、安全保護系のしや断、駆動源の喪
失等においても、安全上許容される状態になるよう(フエイル・セイフ)設計され
るとともに、その信頼性を常に保持するため、運転中にも性能が確保されているこ
とを確認するための試験が可能となる設計であること、
(2) 前記安全保護設備のうち、原子炉緊急停止装置については、右装置用の電
源が何らかの原因で喪失した場合においても自動的に制御棒が炉心内に挿入され、
原子炉を停止させる能力を有するように設計され、最大反応度価値を有する制御棒
が完全に引き抜かれていても、その他の制御棒の全挿入によつて炉心を未臨界とす
ることのできる設計とされること、
(3) 原子炉隔離時冷却系設備等については、外部電源が喪失した場合において
も、炉心の崩壊熱により原子炉圧力容器内で発生する蒸気の一部を用いてタービン
駆動のポンプを作動させることにより、原子炉停止後の崩壊熱等の除去及び原子炉
圧力容器内の水位の維持を行う能力を有するように設計されること、
(4) 主蒸気系の逃がし安全弁については、我が国の法規を満足するように設
計、製作及び検査されることとされ、駆動方式は逃がし弁としては空気式、安全弁
としてはバネ式とされること、
(5) 本件安全審査においては、右(1)ないし(4)等が確認された結果、本
件原子炉施設に設置される安全保障設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信
頼性が確保されるものと判断されたこと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、イ(5)の判断には合理性があると認められる。
(6) 安全保護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価(過渡現象解析)
イ 前掲(5)イの証拠によれば、
(1) 本件安全審査においては、前記安全保護設備等の設計の妥当性を評価する
ため、本件原子炉施設の種々の異常状態(過渡現象)を想定し、その事象の解析評
価に際しては、評価結果が厳しくなるように前提条件を設定して解析した結果、例
えば、次の(2)、(3)で見るように((2)、(3)の事象は、想定された異
常状態のうち、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に密接に関係する代表的な
事象である。)、本件原子炉施設は、右の異常状態においても、前記安全保護設備
等が有効に作動して燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保できるものとな
つていることが確認され、その結果、本件原子炉施設の安全保護設備等の設計は、
総合的にみて妥当なものであると判断されたこと、
(2) 給水加熱源の喪失については、右事象の解析に際し、本件原子炉は再循環
流量自動制御範囲の上限の定格出力の一〇五パーセントで運転を行つていることと
し、また、六段ある給水加熱器のうち、最終段の加熱器に供給される加熱用蒸気が
入らないものとし、給水温度が摂氏五五度下降するものとするなどの厳しい条件を
付して解析した結果、給水温度低下に伴い、原子炉出力は上昇することになるが、
結局、最小限界熱流束比は約一・二にとどまり、燃料被覆管の破損には至らないこ
とが判明したこと、
(3) 高速力運転中のタービン・トリツプ(タービン・トリツプとは、タービン
発電機系等の何らかの異常によりタービンが急速に停止する事象をいう。)につい
ては、タービン・トリツプ信号によりタービン入口に設けられている主蒸気止め弁
が急速に閉鎖され、主蒸気止め弁の開度検出によつて原子炉はスクラムし、主蒸気
系の圧力制御装置によつてタービンバイパス弁が開くものであるが、右の事象の解
析に当つては、定格出力の一〇五パーセントで運転していること及びタービンバイ
パス弁が作動しないことをそれぞれ仮定したところ、右タービン・トリツプ時にお
いても、原子炉圧力容器内の最高圧力は八五・八キログラム毎平方センチメートル
にとどまり、本件原子炉圧力容器の設計圧力である約八八キログラム毎平方センチ
メートルを超えることはないから、原子炉圧力バウンダリの健全性は維持されるこ
と及び燃料被覆管表面熱流束は最大一一三パーセントまで上昇するが、最小限界熱
流束比は約一・三にとどまり燃料被覆管の破損には至らないことがそれぞれ判明し
たこと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、異常状態として想定される代表事象につき、その解析評価の前
提条件を厳しくとり、評価した結果においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの
健全性が確保できることを確認したうえ、右イ(1)の判断がなされたのであるか
ら、右の判断には合理性があると認められる。
(7) 結論
右(3)ないし(6)によれば、異常状態拡大防止対策が講じられているかどうか
の判断に当つて必要とされた各検討事項についての判断にいずれも合理性が認めら
れるのであるから、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において所要
の異常状態拡大防止対策が講じられるものとした本件安全審査における判断(前記
(2))には、合理性があるものと認められる。
(三) 放射性物質異常放出防止対策
(1) イ 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、所要
の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものかどうか、つまり、前記(一)及
び(二)の対策にもかかわらず、仮に放射性物質を環境に異常に放出する虞れのあ
る事態が発生した場合においても、なお、放射性物質の環境への異常放出という結
果を防止することができるものかどうか、が審査されたが、この点を判断するに当
つては、後記ロの考え方に基づいてなされたことが認められるところ、右の考え方
には合理性があると認められる。
ロ 右の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものかどうかを判断するに当つ
ては、(1)圧力バウンダリを構成する配管の破断等の放射性物質を環境に異常に
放出する虞れのある事態の発生に備え、所要の安全防護設備が設置されるものかど
うか、(2)右の安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信頼性が確
保されるものかどうか、(3)安全防護設備等の設計の総合的な妥当性に関する解
析評価によつても放射性物質の異常放出を防止できるものとなつているかどうか、
等を見る必要がある。
(2) 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、本件原子
炉施設は、仮に放射性物質を異常に環境に放出する虞れのある事態が発生した場合
においてもなお、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止し公共の安全を
確保するため、その基本設計ないし基本的設計方針において、所要の放射性物質異
常放出防止対策が講じられるものと判断されたことが認められる。
(3) 安全防護設備の設置
イ 乙六号証、七号証、八号証の一、九号証、証人Aの証言によれば、
(1) 本件原子炉施設には、圧力バウンダリの配管が破断し、冷却材喪失事故
(LOCA)が発生した場合等を想定し、(イ)燃料の過熱による燃料被覆管の大
破損を防ぎ、更にこれに伴うジルコニウムー水反応を無視し得る程度に抑えるだけ
の冷却水の容量をもち、右事故後長期間にわたつて炉心冷却を可能とする高圧炉心
スプレイ系一系統、自動減圧系一系統、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系
統からなる非常用炉心冷却設備(ECCS)が設けられること、すなわち、例え
ば、圧力バウンダリの配管が破断した場合、破断口から高温、高圧の冷却水が原子
炉圧力容器から格納容器の中へ噴出して圧力容器内の水量が減少するので、前記安
全保護設備の一つである緊急停止装置が働らいて原子炉は停止されるが、原子炉運
転中に燃料の核分裂反応に伴つて生成、蓄積された放射性物質からの崩壊熱による
発熱が続くので、冷却水の減少により燃料棒が露出した場合、右崩壊熱による温度
上昇によつて燃料被覆管が壊れ或いは更に放置した場合には燃料自身が溶融するな
どの事態に至りかねず、その際には、右核分裂生成物が大量に格納容器中に出てく
ることとなり、その結果、右放射性物質が環境に異常に放出される虞れのある事態
が発生することとなるところ、右の事態に対処するための安全防護設備として、復
水貯蔵タンク或いはサプレツシヨン・プールの水を炉心上部より炉心にスプレイし
て炉心を冷却する高圧炉心スプレイ系一系統、サプレツシヨン・プールの水を炉心
上部に取り付けられたスパージヤー・ヘツドのノズルから燃料集合体にスプレイし
て炉心を冷却する低圧炉心スプレイ系一系統、原子炉蒸気をサプレツシヨン・プー
ルへ逃がし、原子炉圧力を速やかに低下させて低圧炉心スプレイ系或いは低圧注水
系による注水を早期に可能とする自動減圧系一系統及び炉心スプレイ系から独立
し、サプレツシヨン・プールの水を直接炉心シユラウド内に注水して炉心を冷却す
る低圧注水系三系統からなるECCSが設けられること、(ロ)圧力バウンダリか
ら放出される放射性物質を閉じ込めるための原子炉格納容器が設けられること、す
なわち、LOCAの場合、格納容器内に放出された蒸気と水の混合物はベント管を
通つてサプレツシヨン・チエンバ内のプール水中に導かれたうえ、同所で右蒸気が
プール水で冷却されて凝縮することによつて右容器内の内圧上昇が抑制され、一
方、放出された放射性物質は格納容器内に保留されることとなるものであるとこ
ろ、右格納容器は、LOCAの中でも最も苛酷な再循環回路一本の完全破断が生
じ、破断両端口から冷却水が最大流量で放出されても耐えられるように設計され、
また、右格納容器は漏洩率一日当り〇・五パーセント以下を確保する高い気密性を
有するほか、主要機器及び配管の配置もドライウエルに対する飛散物を考慮して設
計され、更に、右格納容器には、LOCA時に発生する水素の酸化反応を防止する
ため原子炉運転時には窒素ガスが充てんされること、(ハ)圧力バウンダリから高
温の蒸気等が放出された場合に、格納容器内の温度、圧力を低減し、右容器内に浮
遊している放射性物質を洗い落とすため原子炉格納容器スプレイ冷却系設備が設け
られること、(ニ)原子炉格納容器から原子炉建家内に漏洩した放射性物質を捕捉
する放射性物質除去フイルタ等からなる非常用ガス処理系設備が設けられること、
(2) 本件安全審査においては、右(1)等が確認された結果、本件原子炉施設
には、放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態の発生に備え、所要の安
全防護設備が設置されるものと判断されたこと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、イ(2)の判断には合理性があると認められる。
(4) 安全防護設備の信頼性の確保
イ 前掲(3)イの各証拠によれば、
(1) 本件原子炉施設に設置される右(3)の安全防護設備は、いずれも、各種
法令、規格、基準等に準拠して十分な強度等を有するように設計されるとともに、
原子炉設定時はもちろん、運転開始後も定期的な試験、検査を実施してその性能を
確認し得るような設計上の配慮がなされること、
(2) 右安全防護設備のうち、ECCSは、その機能を確実に発揮し得るよう
に、圧力バウンダリを構成するいかなる口径の配管の破断の際にも、互いに独立し
た二系統以上が作動するように設計されること、すなわち、(イ)圧力バウンダリ
の配管の小口径破断から再循環回路配管の完全破断のような大口径破断に至るまで
のすべての破断時に作動するものとして高圧炉心スプレイ系一系統、(ロ)中小口
径配管破断時に作動するものとして、右高圧炉心スプレイ系の外に、自動減圧系一
系統及び低圧注水系三系統、(ハ)大口径破断時に作動するものとして、右高圧炉
心スプレイ系の外に、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系三系統がそれぞれ
設けられることとされ、また、これらの各系統は、外部電源が喪失した場合に備え
て、高圧炉心スプレイ系は専用のデイーゼル発電機、低圧炉心スプレイ系及び低圧
注水系の一ループは一台のデイーゼル発電機、低圧注水系の二ループは他の一台の
デイーゼル発電機、自動減圧系は蓄電池の各非常用電源を設け、これらにより作動
させ得るように設計されること、
(3) 右安全防護設備のうち、原子炉格納容器スプレイ冷却系設備及び非常用ガ
ス処理系設備は、単一動的機器の故障を仮定した場合でも、その機能を確実に発揮
し得るようにいずれも独立した二系統が設けられ、かつ、外部電源が喪失した場合
に備えて、いずれもデイーゼル発電機等の非常用電源を設け、これにより作動させ
得るように設計されること、
(4) 原子炉格納容器は、脆性破壊防止の観点から、平常運転時及び試験状態で
の最低使用温度を使用材料の脆性遷移温度より摂氏一七度以上高い温度となるよう
にして設計されること、
(5) 本件安全審査においては、右(1)ないし(4)等が確認された結果、本
件原子炉施設に設置される安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し信
頼性が確保されるものと判断されたこと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、イ(5)の判断には合理性があると認められる。
(5) 安全防護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価(事故解析)
イ 前掲(3)イの各証拠並びに乙一六号証によれば、
(1) 本件安全審査においては、前記安全保護設備等の設計の妥当性を評価する
ため、現実に起こる確率は非常に低いが、万一発生した場合には、放射性物質を環
境に異常に放出する虞れのある事態をもたらす事象の代表的なものをいくつか想定
し、その事象を解析評価したが、右解析評価に際しては、評価結果が厳dくなるよ
うな前提条件を設定して解析した結果、例えば、次の(2)、(3)で見るよう
に、本件原子炉施設は、右の異常事象が発生した場合においても、右の安全保護設
備等が有効に作動して、放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなつて
いることが確認され、その結果、本件原子炉施設の安全防護設備等の設計は、総合
的にみて妥当なものであると判断されたこと、
(2) 冷却材喪失事故(LOCA)については、LOCAが発生すると、燃料被
覆管の過熱及び水-ジルコニウム反応による酸化現象により燃料被覆管に大破損が
生じる虞れがあり、また、右破損箇所により原子炉格納容器内への冷却水の放出及
び燃料被覆管における水-ジルコニウム反応により発生する水素ガス等により格納
容器内の圧力が上昇し、その結果、原子炉格納容器が損傷するに至る虞れがあると
ころ、右の事象に対処するため設置されるECCSの機能を評価するため、次の前
提、すなわち、(イ)冷却水の喪失量が最大となり、燃料被覆管の温度上昇及び水
-ジルコニウム反応の割合が最大となり、炉心の冷却にとり最も厳しい条件をもた
らす原子炉圧力容器に接続されている最大口径の配管である再循環回路配管一本が
瞬時に完全破断し(いわゆる両端ギロチン破断)、破断した両端より冷却水が相互
干渉なく流出する、(ロ)本件原子炉施設においては、平常運転時には、定格出力
を超えて運転することはないが、定格出力の一〇五パーセントの出力で運転してい
る。(ハ)事故発生と同時に常用電源がすべて喪失し、非常用炉心冷却系の作動
は、非常用デイーゼル発電機の電力が供給されるまでの間遅延する、(ニ)事故発
生と同時に非常用デイーゼル発電機を含む工学的安全施設についての単一動的機器
の故障(三台あるデイーゼル発電機のうち、低圧炉心スプレイ系につながるデイー
ゼル発電機の故障)が起こる、以上(イ)ないし(ニ)の厳しい条件をそれぞれ設
定したうえ右の事象を解析した結果、右LOCAにおいても、(イ)燃料被覆管の
最高温度は摂氏一〇一八度であり、また、水-ジルコニウム反応による燃料被覆管
の酸化によつて影響されない部分の割合は、燃料被覆管の厚さの九八パーセント以
上であつて、これらは、本件安全審査における本件原子炉施設の性能評価について
の実質的な評価基準として用いられたECCS安全評価指針の限界値(制限値)で
ある燃料被覆管温度の計算値の最高値摂氏一二〇〇度及び燃料被覆管の全酸化量の
計算値たる酸化前の燃料被覆管の厚さの一五パーセントをいずれも下回ること、
(ロ)破断口からの冷却水の急速な流出により原子炉容器内の圧力は上昇するもの
の、事故後約一二秒で最高圧力二・六キログラム毎平方センチメートルにとどまり
(その後二・三キログラム毎平方センチメートルに落ち着く。)、本件原子炉格納
容器の設計圧力である二・八五キログラム毎平方センチメートルを超えることはな
いこと、(ハ)燃料被覆管の損傷が発生する燃料棒数は全燃料棒数の約七パーセン
トにとどまること、(ニ)事故時の燃料被覆管における水-ジルコニウム反応の割
合は、全燃料被覆管の約〇・一二パーセント以下と小さいこと、がそれぞれ判明
し、その結果、燃料被覆管の延性が極度に失なわれることはなく燃料棒は冷却可能
な形状に維持され、燃料の冷却は可能であり、また、水-ジルコニウム反応により
発生する水素ガス等による圧力上昇に対しても原子炉格納容器の健全性が損なわれ
ることのないことが確認されたこと、
(3) 主蒸気管破断事故、すなわち、何らかの原因で主蒸気管の破損が生じて破
断口から冷却水が流出する事象の結果、炉心の核及び熱的特性の変化のため燃料被
覆管が過熱して損傷に至る虞れが生じるところ、主蒸気管に設備されている冷却材
流出のための防護施設の機能を評価するため、右の事象について、次の条件、すな
わち、(イ)四本の主蒸気管のうち一本が原子炉格納容器の外部で瞬時に完全破断
する、(ロ)事故発生後自動的に閉鎖して主蒸気を原子炉圧力容器内に閉じ込める
主蒸気隔離弁の閉鎖時間は、設計上は三秒ないし四・五秒の範囲内に設定されるこ
ととなつているが、破断箇所における冷却水の流出量を大きく見積るためにこれを
五秒とする、(ハ)事故の発生と同時に外部電源が喪失し、冷却材再循環ポンプが
即時停止して、炉心流量の急減により燃料被覆管からの除熱が低下する、(ニ)事
故時の冷却水の流出量を制限するため主蒸気管の蒸気流量を流量制限器によつて定
格流量の二〇〇パーセント以内に抑えるように設計されているが、右事故による主
蒸気管からの冷却水流出量を右制限値一杯の定格流量の二〇〇パーセントに制限さ
れる、(ホ)単一動的機器の故障として、八個の主蒸気隔離弁のうち一個が閉じな
い、以上(イ)ないし(ホ)の各厳しい条件を前提として右事象の解析をしたとこ
ろ、主蒸気隔離弁の閉鎖までに破断口から流出する蒸気量は一万三一七〇キログラ
ム、水量は二万二二五〇キログラムとなり、本件原子炉は設計上、炉心が露出する
ためには八万一二〇〇キログラムの冷却水が流出しなければならないとされている
ことからして、右の事象時においても炉心の露出には至らないこと、また、最小限
界熱流束比は一・五以上に保たれ、燃料被覆管の健全性は確保されること、がそれ
ぞれ判明したこと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
ロ 右イによれば、放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態として想定
された代表事象につき、その解析評価の前提条件を厳しくとり、評価した結果にお
いても、前記安全保護設備等が有効に作動して、放射性物質の環境への異常放出を
防止できるものとなつていることを確認したうえ、右イ(1)の判断がなされたの
であるから、右の判断には合理性があると認められる。
ハ 原告らの主張に対する判断
(1) 原告らは、本件原子炉におけるLOCAの際、ECCSが不作動又は有効
な作動をしないときは、格納容器の破壊をきたし、原子炉内の放射能が大量に環境
に放出されるものであり、現に、アメリカにおけるロフトの第四段階の実験八〇〇
シリーズにおいて、冷却水が炉心に注入されなかつたし、また、アメリカブラウン
ズ・フエリー原子力発電所一号炉において、火災によつてすべてのECCSが機能
しなかつたのであるから、右不作動等の事態は事故解析上必要な事象であるにもか
かわらず、本件安全審査における事故解析においては、右のECCSの不作動等の
想定はなされていない旨主張する。
しかしながら、そもそも、本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての
本件安全審査の方法は、前記のとおり、多重防護の考え方に基づき、第一に所要の
異常状態防止対策が講じられるものかどうか、第二に、仮に、第一の対策にもかか
わらず異常状態が発生した場合においても、所要の異常状態拡大防止対策が講じら
れるものかどうか、第三に、仮に、右第一、第二の対策にもかかわらず放射性物質
を環境に異常に放出する虞れのある事態が発生した場合においても、所要の放射性
物質異常放出防止対策が講じられるものかどうか、について検討することとされて
おり、しかして、右の多重防護の考え方に基づく審査方法の合理性については先に
みたとおりであり、また、右第一、第二の各対策が講じられるものとした本件安全
審査の判断に合理性の認められることも前記のとおりであり、更に、右第三の対策
についても、本件安全審査において、本件原子炉施設には、圧力バウンダリを構成
する配管の破断等の放射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態の発生に備
え、所要の安全防護設備が設置されること、右の安全防護設備はいずれも確実に所
期の機能を発揮し信頼性が確保されるものであることが確認されたうえ、念のた
め、これらの安全防護設備等の設計の総合的な妥当性を判断するために、あえて放
射性物質を環境に異常に放出する虞れのある事態の発生を想定して本件の事故解析
が行われているのであり、そして、右前二者の判断及び右後者の念のために行われ
たECCSの機能評価を含む事故解析について判断が合理性を有することは先にみ
たとおりである。
原告ら主張のような全ECCSの不作動等の想定は、右のECCS等の設計の総合
的な妥当性を判断するための事故解析自体を不能ならしめるものであるのみなら
ず、たとえ、右全ECCSの不作動等を想定した事故解析をすることが不可能では
ないとしても、そのような考え方を押し進めると、格納容器の破壊、爆発等を想定
した事故解析にまで進まないとも限らず、そのような想定のもとでは事実上どのよ
うな原子炉の設置でも不可能に近いものとなり、そのような想定の積重ねにより、
かえつて、原子炉施設の安全性が弱まる虞れがあるとの指摘もなされおり(これは
乙三五号証より窺える。)、いずれにしても、右にみた本件安全審査において採ら
れた事故解析の方法が合理性を有することに変りはない。
なお、原告らが右主張の論拠とする各事故について付言するに、まず、ロフト実験
中の事例は、乙三号証、四二号証によれば、一九七一年(昭和四六年)アメリカ原
子炉実験所でのPWRのECCSに関するいわゆるロフト計画中の一連の実験のう
ち、初期に行われた本実験を行う前の電気加熱による模擬燃料を使用した小規模の
基礎実験の際、配管破断後注入された水が炉内に入らず、ECCSの冷却の働らき
が不十分という結果が生じたという事象であつて、右の実験に使用された模型は極
めて簡略なもので実際の原子炉を模擬していないうえ、冷却ループの数も一つであ
り、ECCSも蓄圧タンクのみという実際の原子炉のそれとはかけ離れたものであ
ることが認められるのであるから、右の実験の内容を正しく理解せずに右の結果の
みから直ちに実用発電用原子炉施設においても冷却水が炉心に注入されない虞れが
あるなどと速断することはできない。現に、乙三号証、四二号証によれば、その
後、実用発電用原子炉とほぼ同じ構造を設け、より実際に近い実験装置で行われた
口フト計画の実験においては、ECCSは有効に作動し、相当量の冷却水が圧力容
器内に蓄積して炉心が再冠水し(ECCSの目標は、炉心の再冠水を実現し、事故
を収束させることである。)、燃料被覆管の最高温度も計算による予測値よりも低
い温度にとどまることが確認されたことが認められるのである。
もつとも、前掲各証拠によれば、右のその後の実験の際、冷却水の一部が炉心をバ
イパスする現象のみられたことが認められるが、甲一二一号証、乙七号証、三五号
証、四二号証によれば、RWRにおいては、蓄圧注入系からの注入水が炉心部の外
側のダウンカマ部に注入される構造となつているため、低温側配管、いわゆるコー
ルドレグの両端破断を想定した場合、右注入水が、ブロウダウン期に破断口から向
かう激しい水の流れと混合してダウンカマ部の頂部を通過し炉心を通らずに破断口
から流出することがあり、これをバイパス現象というが、この現象も、ブロウダウ
ンの末期に近づくと右の注入水は、ダウンカマ部での上向きの流れに打ち克つて落
下し始め、炉心下方の下部プレナムを満たし、やがて炉心に侵入を開始し、再冠水
が始まること及び本件原子炉のようなBWRにおいては、ECCSによる注水は、
炉心シユラウドの炉心部に直接注入される構造となつているため右のバイパス現象
は起こり得ないことが認められる(したがつて、この点に関する証人F及び同Gの
各証言はいずれもたやすく採用できない。)。
また、ブラウンズ・フエリー原子力発電所一号炉の火災の事例は、甲一七九号証、
乙六九号証によれば、右の事故は、一九七五年(昭和五〇年)三月二二日、右発電
所一号炉で発生したものであるところ、右事故の発生原因は、原子炉の運転中、原
子炉建家へのケーブル貫通部でケーブル引替作業後の貫通部シール作業中の作業者
がシール効果を調べるためにローソクの炎を近づけたため、これが高度の可燃性を
持つポリウレタン材に着火したうえ原子炉建家側のケーブルに延焼したというもの
であるところ、火災検知が遅れたこと、消火活動のための接近が困難であつたこ
と、電気火災ということで注水をためらつたこと等のため消火に手間取り、最終的
に水をかけて消火するまで約六、七時間を経、ケーブル約一六〇〇本等が損傷した
が、その際、制御棒スクラムによる原子炉の停止後の炉心の過熱を防ぐために作動
すべきものの一つとされていたECCSが右ケーブルの損傷等のため作動せず、逃
がし安全弁による炉内の減圧と多重に設けられていた炉内給水用のポンプによつて
冷却されたことが認められ、右の認定事実によれば、右の火災事故は、作業上の初
歩的な施設管理が十分に行われていなかつたことのほかに消火活動の不手際が重な
つたことによるものであり、その発生原因は、主として基本設計以降の運転管理等
の保安規定に係る事由に由来するものであるうえ、右の不作動はケーブルの損傷等
というECCS自体の欠陥以外の事由によるものと認められる。したがつて、原告
ら主張の二つの事故をもつて原告ら主張の論拠とすることはできないものといわな
ければならない。
(2) 原告らは、ECCSの有効性は仮想のものであるから、その有効性を前提
とした本件安全審査は違法である旨主張し、右仮想性の具体的事由の一つとして、
ECCSの実証的安全性については数多くの疑問が投げかけられており、ECCS
は実験による検証を経ていない単なる紙上の安全装置にすぎない旨主張する。
しかしながら、乙三五号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査において本件
原子炉施設のECCSの性能を評価するに当つて用いられた手法は、解析モデルを
用いて行うものであるところ、これは、LOCAという極めて複雑な現象のすべて
を数学モデルとして記述することは不可能であるため、右LOCAという物理現象
を可能な範囲で数式であらわして数学モデルを作り、これでカバーし切れない部分
については、個別効果実験を行い、その実験結果によつてその妥当性が実証し得る
ものについてはそのまま解析モデルに組み込み、いまだ実験によつては十分な確証
が得られない部分(十分に解明し切れない現象部分)については、厳しい条件を設
定し、安全側な答えが出るように解析モデルを作成するという厳しい方法で作成さ
れた解析モデルに基づきECCSの性能の評価をするという審査方法であり、この
ような解析モデルの作成方法及び右モデルを用いて設備等の性能評価を行い、その
有効性を確認するという手法は、今日の科学技術分野一般に広く承認され、用いら
れている方法であること(すなわち、ECCS性能評価の解析コードは、評価結果
が保守的なものとなる限りその解析の目的に適合するのであつて、必ずしも実際の
現象を完全に模擬する必要はないこと)が認められ、右の認定事実に加え、原子炉
施設については実際に事故状態を発生させて実験することのできないことを考え合
わせると、本件安全審査において、右にみたような解析モデルによる評価方式を採
つたことには合理性があると認められるから、原告らの右主張は失当である。
(3) 原告らは、本件原子炉施設のECCSの性能評価に際して実質的な基準と
して用いられたECCS安全評価指針に関連し、LOCA現象そのものがいまだ十
分に解明されていないため、たとえ右指針が満たされたとしても、LOCA時に被
覆管の崩壊が防げるか疑問である旨主張し、証人F及び同Gは右主張にそう趣旨の
証言をする。
(イ) 確かに、証人Gの証言により原本の存在と成立の認められる甲一二五号
証、右の各証人及び同Aの各証言によれば、LOCA現象及びECCSの作動した
際の現象は、いずれも複雑な現象であつて、未だに十分に解明し切れていない部分
のあることが認められる。
しかしながら、前記のとおり、本件原子炉施設に設置されるECCSの性能評価に
用いられた解析モデルは、全体として安全上厳しい結果となるように作成されたも
のであるから、たとえ右のような未解明な部分があつたとしても、そのことのゆえ
に直ちに右解析モデルの信頼性を低下させるものとはいえない。
(ロ) また、原告らは右(3)の主張要旨からも窺えるように、実質上本件安全
審査の基準とされたECCS安全評価指針自体につきその基準等に疑問を提起して
いる。
しかしながら、右指針の制定経過等は次のとおりであり、右指針は、燃料被覆管の
健全性に関しては、LOCA時に右管が酸化によつてその延性を極度に失うことな
く炉心の冷却が可能な形状を保持し続けることを保証するとの観点から、それまで
の実験及び解析結果等を踏まえて定められたものであること及び右指針の適用に関
する解析に際しての要求事項の厳しいこと(これは乙一六号証により認められ
る。)等を合わせ考慮すると右指針を実質上の審査基準としてなされた本件安全審
査に合理性の認められることは明らかである。
すなわち、甲一二一号証、乙一六号証、二一号証、三五号証、六七号証、六八号
証、証人A及び同Gの各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ
る。
(a) LOCAとECCSに関する研究は、日本及びアメリカでは、主として一
九六〇年(昭和三五年)代から開始され、右研究の結果、多くの知見が得られた。
例えば、燃料被覆管の脆化については、ジルコニウム合金(ジルカロイ)と水との
反応及び右反応についてのべ-カージヤストの研究等が知られており、右反応は発
熱反応であること、右反応によつて発生する水素の再燃焼によつて格納容器への影
響が生じること、右反応の進行と共に燃料被覆管の脆化が起こり、ECCSによる
冷却の過程で破砕する可能性が指摘されるに至つたこと、被覆管は、温度が摂氏八
〇〇ないし九〇〇度になるとふくれて部分的に裂ける可能性があり、
その裂け目から蒸気が被覆管内部に進入すると内面でも反応が生じる可能性のある
こと等の知見が得られたこと、(b) このような知見の蓄積によつて、LOCA
とECCSに対する理解は次第に深まり、同時に右の知見をどのように組み合わせ
てLOCAとECCSの評価を行うべきかが考えられ始め、アメリカでは一九七一
年(昭和四六年)六月、USAEC(アメリカ原子力委員会)が、まずECCSの
暫定認可基準(IAC)を公布し、次いでECCSの性能評価に関する公聴会での
長い討論を経て、一九七三年(昭和四八年)一二月現行の指針を制定したが、一
方、この当時のアメリカでの原子力研究、特に安全性研究の多くは公表されておら
ず、このため日本ではECCSに関するアメリカでの研究の進展状況は十分に把握
できなかつたが、IAC以降の急速な事態の変化に直面して我が国の原子炉安全専
門審査会は、可能な限りの情報を収集して、取りあえず内部の意見を取りまとめて
暫定的な指針(以下、単に暫定指針という。)を昭和四七年一〇月に作成し、これ
に更に検討を加えて、昭和四九年五月二四日付及び昭和五〇年四月一五日付でEC
CS評価指針を定め、右指針についての原子炉安全専門審査会の報告を受けて、同
年五月一三日原子力委員会はECCS安全評価指針を決定したこと、なお、右の指
針に基づいて、既に設置許可のなされていた原子炉施設に対してECCSの再評価
が命ぜられ、提出された解析結果を検討して安全性の再確認がなされ、したがつ
て、本件原子炉設置許可申請についての本件安全審査当時には右の指針は決定され
てはいなかつたため、本件安全審査においては暫定指針に基づいて審査がなされ、
右申請は同指針を満足しているものと判断され、その後なされた右のような再審査
によつても本件原子炉施設はECCS安全評価指針を満足しているものと判断され
たこと、
(c) 暫定指針当時の解析に用いられた計算コード及びその入力データを作成す
るための原子炉のモデリングは、IACに準拠して行われ、右の解析モデルは、そ
の後の知見からみれば不十分とはいえ、例えば、事故発生と同時に外部電源は喪失
し、非常用デイーゼル発電機は二台中一台しか起動できないと仮定するなどという
保守的な評価を指向していたことが窺えること、なお、金属-水反応による酸化量
の許容限界に関しては、IACでは被覆管温度を華氏二三〇〇度以下と規定してい
たが、暫定指針では明確な値は定めていなかつたこと、もつとも、右暫定指針に関
し、安全審査会で集約されつつあつた意見は次のようなものであつたこと、すなわ
ち、IACの許容最高限度華氏二三〇〇度については、ECCSの実験結果のばら
つきや解析の確度を考え、これに若干の(例えば、華氏一〇〇度程度)余裕を見込
むのが適当である、被覆管の内面酸化については、BWR-FLECHT-ZR二
K実験(FLECHT実験とは、実物大非常用冷却材熱伝達実験のこと)などから
みて、外面の二〇ないし三〇パーセント程度の酸化があると考えるのが適当であ
る、などであつたこと、
(d) 右暫定指針当時、安全審査会は、被覆管の脆化に関してホブソンらの唱え
る方法、すなわち、ジルカロイの内外両面から金属-水反応を起こさせ、その結
果、被覆管の中で良好な特性をもつ結晶組織がどれだけ残存するかを調べ、これか
ら、もとの管の肉厚の中での良好な部分の割合(Fw)を、反応温度と反応時間の
関数として実験式にして表現し、次に右の管について、リング圧縮試験を行い、ど
の程度の温度で脆い特性を示すか(右の温度をZDTという。)を調べたうえ、F
wとZDTとを関係づける方法に特に興味を示し、右の方法に従うと、酸化量の制
限については他の実験等と比較して最も保守的な評価を与えると考えられたが、当
時未だ右の方法を直接支持し或いは反対する論文がなく、これのみで公式の基準と
するにはやや尚早の感もあつたため、右審査会としては、出力密度、内面酸化量、
肉厚減少等について、かなり広範囲にわたつてパラメータ・サーペイ(感度解析と
もいう。各パラメータを任意に変化させたときに、結果にどの位の差が生じるかを
調べること。)を行う方法について検討した結果、被覆管が溶融に至るというよう
な極端なパラメータの組合せの場合を除いては、いずれもZDTは華氏零度(摂氏
マイナス一七・八度)以下に留まることが判明したので、右審査会は右の評価方式
を一応採用することとしたこと、なお、アメリカの現行指針の制定に当つては、当
時、最高燃料被覆管温度と酸化量に関しては、被覆管の脆化傾向には、反応温度や
反応の時間が複雑に寄与していることは判明していたが、研究者によつて実験デー
タの整理の方法が異なり、簡単に相互比較が行いにくい状態であつたため、アメリ
カAEC(原子力委員会、現NRC(原子力規制委員会))は、実験値の最も多い
リング圧縮試験のデータを集め、その反応温度と反応時間から、ベーカー・ジヤス
トの式によつて酸化量を計算してデータの整理を行つた結果、最高燃料被覆管温度
を華氏二二〇〇度(摂氏一二〇四度)、被覆管の全酸化量を一七パーセント以下の
範囲にそれぞれ抑えれば、問題となる程の脆化は起こらないとされ、右の数値がア
メリカの現行指針の基準とされたこと、一方、我が国でも、アメリカと同様の手法
でデータを検討したところ、実験と実際のLOCAでの被覆材の条件、特に高温状
態から低温に移行する速さ等に差があること及びやや特殊な条件下での実験におい
て酸化量一七パーセント以下でも脆化傾向を示したデータが一点存したこと等をも
考え合わせ、前記のとおりアメリカの現行指針より更に厳しい基準として制定され
たものであること、
(e) 右にみた暫定指針といういわば過渡的な段階を経て制定されたECCS安
全評価指針は、配管破断想定後の冷却材の喪失及びその後の非常用炉心冷却系の注
入による冷却過程において、燃料被覆管が酸化によつてその延性を極度に失うこと
なく、炉心の冷却可能形状を保持し続けることを保証することを目的として、
(i)燃料被覆管温度の計算値の最高値は、摂氏一二〇〇度以下でなければならな
い、(ii)燃料被覆管の全酸化量の計算値は、酸化前の燃料被覆管の厚さの一五
パーセント以下でなければならない、とする基準が定められたほか、(iii)炉
心で、燃料被覆管が水と反応して発生する水素の量は、格納容器の健全性を確保す
るために十分低くしなければならない、(iv)炉心形状の変化をも考慮して、長
半減期核種の崩壊熱の除去が、長期間にわたつて行われることが可能でなければな
らない、とする計四つの基準が定められたこと、そして、右(i)、(ii)の基
準制定の経緯は、燃料被覆管は、蒸気中で金属-水反応を起こし、摂氏約九〇〇度
以上にさらされると著しい酸化が始まり、摂氏一二〇〇度ないし一三〇〇度以上で
は右の反応はかなり急激となり、右の反応は発熱反応であるところから、更に温度
が上昇して反応量も増加してゆく(正帰還効果)ため反応が極度に加速されるもの
であるところ、その後の再冠水過程での冷却で右の酸化の進展は終結するが、右の
過程で、表層から順に、二酸化ジルコニウム(Zro2)、α相ジルコニウム及び
β相ジルコニウムとなつている燃料被覆管は、その健全性の確保を、高温でβ相で
あつた部分の延性に期待されるものであるため、このβ相の割合及びその中での酸
化濃度を限定するため制定されたものであり、右指針当時までに得られている実験
結果では、高温で酸化した燃料被覆管の延性は、酸化した温度及びある温度以上に
さらされている時間に関係することが判明しており、したがつて、右の基準値決定
に当つては、ORNL(アメリカオークリツジ国立研究所)の前記ホブソンらの報
告等及びそれまで行われてきたLOCAとECCS系の解析結果から示される燃料
被覆管の温度と時間との関係を考慮して、前記の制限温度(摂氏一二〇〇度)及び
制限酸化量(一五パーセント)以下とすれば、LOCA期間中燃料被覆管は延性を
極度に失うことはないと判断されたこと、なお、右制限酸化量はベーカー・ジヤス
トの式を用いてデータを整理して定められたものであるところ、右の式は、反応
量、したがつて反応熱を若干多目に見積り、また、一般に金属-水反応は蒸気の供
給量によつて敏感に変化するものであるところ、右の式は無制限に蒸気を供給した
場合(すなわち、反応量最大)のものであつて、いずれも保守的な効果をもたらす
と考えられ、また、金属-水反応が著しくなり、被覆管がふくれて裂ける場合は、
右ふくれ分だけ肉厚が減少したものとして右減少した厚みに対して一五パーセント
の基準を適用することとされているが、一般に右のような変形の場合には、塑性流
動と呼ばれる現象が起こつてふくれた分程には肉厚は減少しないものであるところ
から、この点でも保守性が用意されていること、
(f) なお、昭和五三年九月、原子炉規制の体制の改正によつて新たに発足した
原子力安全委員会は、同年一一月八日、他の指針等と合わせてECCS安全評価指
針を用いることを決定するとともに、これに最新の科学的知見を加えて逐次見直し
を行うことを決定し、昭和五六年七月二〇日右の方針にしたがつて見直しを行い、
中小破断LOCAに関する要求を明確にすること等の各点に対する配慮が払われた
うえ、新指針が決定されたが、ECCS安全評価指針の前記四項目にわたる基準は
右指針以降の知見等による見直しを踏まえてもなお安全余裕を有すと判断され、新
指針の基準も従前と同様とされ、特に、温度制限及び酸化量制限については、従前
の指針制定以降新たに発見された水素吸収による脆化の重畳の点について日本原子
力研究所等の実験の結果を慎重に検討した結果、右水素脆化の影響を考慮しても、
なお、従来の基準は安全余裕を含むと認められたこと、
以上のとおり認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
もつとも、甲一二一号証、乙三五号証によれば、アメリカの現行指針や我が国のE
CCS安全評価指針については、右指針の制定に至るまでの検討期間中及び制定後
において、その技術的内容の妥当性について多くの意見等が出されてきたが、その
うち、指針全般についてのものとして、アメリカ物理学会(APS)の研究グルー
プによつてなされた次のような指摘、すなわち、右の指針は、評価モデルの各部分
がすべて保守的に規定されていれば、その各部分毎の結果を合わせて計算したシス
テム性能も全体として保守的に規定されるであろうとの暗黙の仮定のもとに、評価
モデルの各部分を別々に保守的に指示することとされているが、右の暗黙の仮定を
最終的に実証することは極めて困難である、との指摘があること及び指針の各項目
毎の部分的な保守性の積上げによつて果たして全体的な保守性が確保されたことに
なるかということは、保守的な仮定というものは、多くの場合、人為的、非自然的
なものであり、このような仮定が局部的には保守的であつても、全く別な部分に反
対の影響を与える可能性は皆無ではなく、しかも、仮定が非自然的なものである
と、それが全体としても保守的であるということを実証することはかなり困難であ
ることが認められる。
しかしながら、まず、前記のとおり、ECCSの性能を評価するには、個別効果試
験を踏まえたうえ安全余裕を有する信頼性の高い解析モデルを用いる方法が採られ
ているのみならず、甲一二一号証、乙三五号証、四二号証及び証人Gの証言並びに
弁論の全趣旨によれば、個別効果試験で確認されるべき個々の現象が、実際のLO
CA時に相互にどのように結びつき、干渉し、系統全体としてどのように振る舞う
かを調べるため、すなわち、ECCSの有効性を総合的に確認するためシステム効
果実験ということが行われるところ、PWRについてはいわゆるロフト計画におけ
る一連の実験が行われ、一九七六年(昭和五一年)以降に行われた実用発電用原子
炉により近い形に模擬した小型原子炉を用いた右ロフト計画の実験においては、最
高被覆管温度等について、開発された最適推定モデルの計算結果と右の実験結果と
が極めて近似し、また、右実験で使われたECCSのための評価モデルと右実験結
果とを比較すると、右評価モデルには相当に大きい安全余裕が認められるなどして
右の実験は成功し、また、BWRについても、日本原子力研究所によつて昭和五三
年から昭和五七年にわたつて実施されたROSA-III等の実用発電用原子炉に
近い形に模擬したシステム効果実験によつても、燃料被覆管の最高温度等につい
て、従来の解析結果を超えるような実験結果は生じておらず、例えば、ROSA-
IIIの実験のうち、昭和五五年中になされた実験結果に関しては、日本原子力研
究所は、ECCSの炉心冷却能力はLOCA時の被覆管表面温度をECCS安全評
価指針より十分低く抑える能力があり、現在のECCSは設計基準事故に対する有
効な防護系であると評価していること(なお、原告らは、ROSA-IIIの模擬
実験は、実炉とその試験装置の大きさ等の差違から実炉の事故現象を示すものとは
ならず、したがつて、右の実験はECCSの有効性を実証するものではないかのよ
うに主張し、証人Gも右主張にそう証言をする。しかし、甲二六四号証、乙三五号
証によれば、試験装置の大きさ等による模擬の限界のために試験のデータは現実の
実炉の事故現象とかなり違つてしまうことがあるが、そもそも実験における模擬の
良さとは、着目する自然法則と法則間の相関の度合いを明らかにできるということ
であつて、ある部分の温度、圧力或いは流量等が実物と同じくなるということを必
ずしも意味しないし、必要でもなく、いわんや、実験装置の各部分が実物の構造に
類似しているかどうかだけでその実験の価値を判断することはできず、右の模擬の
限界を克服して実炉の挙動を推測するために総合試験のデータの外各種の計算コー
ドを用いた解析を行うなどしていることが認められるのであるから、右の認定事実
に照らすと右の証言はたやすく採用できず、右の主張も失当といわなければならな
い。)、解析モデルの個々の要素を保守的に指示すれば、その結果、全系(体)の
性能の評価が保守的な評価になるという仮定を実証するに有効とされるシステム効
果実験についての広汎な数値パラメーターの感度解析も行われていること及びEC
CSの性能の妥当性を定量化することが不可能であるとしても、そのような定量的
知見がなければ現在の評価モデルが保守的であると判断することが不可能であると
いうことにはならず、ECCSの妥当性の定量化ができないことが安全余裕のない
ということを必ずしも意味しないのであり、事実、原子炉専門家の大多数は、系統
の安全余裕が適切であると判断するための強い定性的根拠があると確信している状
況にあることがそれぞれ認められるのであり、右の認定事実に照らすと、前述の指
摘された問題点は十分克服され得るし、事実、克服されてもいると認められる。
(ハ) 原告らは、LOCA現象が十分に解明されていないとする論拠としていく
つかの事項を挙げるので、そのうち主要なものについて検討することとする。
(a) 燃料被覆管の脆化と金属-水反応との度合を定量的に関係づけた論文も少
ないとの点及び燃料集合体の急冷時における応力の状態についても殆ど判つていな
いとの点について
右の点については、前記のとおり、暫定指針及びECCS安全評価指針当時、既に
ORNL(アメリカオークリツジ国立研究所)における実験結果(乙二一号証、六
七号証によれば、右の試験は、燃料被覆管の内外面のみを高温の水蒸気中で加熱し
酸化させた後水中で急冷することにより熱衝撃を加えたうえ、リング状に供試体を
切り取り、LOCAの間に蒸気爆発、流体力学的な力、被覆管の破裂によつて生じ
る応力状態を模擬し、延性の度合をみるため、更にその供試体に各種の温度状態で
衝撃荷重を加えるという実験であることが認められる。)等により解明されてお
り、しかも、当時としては、右実験結果が酸化量の制限につき他の実験等と比して
最も保守的な評価を与えると考えられていたことなどから、右の実験結果の解析結
果から示される燃料被覆管の温度と時間との関係を考慮して右の各指針の基準が制
定されたものであるから、右の主張は失当である。
なお、証人Fは、この点に関し、非等温酸化条件におけるジルコニウムの挙動につ
いてのデータが不十分であり、安全審査において、等温酸化過程を基礎としたベー
カー・ジヤストの式を用いてLOCA時の燃料被覆管最高温度の評価(すなわち、
燃料の挙動に関する評価)を行うことの合理性に疑問があるかのように証言する。
確かに、甲一二三号証、一二六号証、証人F及びGの各証言によれば、ベーカー・
ジヤストの式は等温酸化過程を基礎としているところ、LOCA時においては非等
温下の酸化過程が進行すると推測できることが認められるが、しかしながら、前記
のとおり、ECCS性能評価の解析コードは、評価結果が保守的なものとなる限り
その解析の目的に適合するのであつて、必ずしも実際の現象を完全に模擬する必要
はないところ、ベーカー・ジヤストの式は、水-ジルコニウム反応の反応速度を多
く見積るものであり、その評価結果は保守的なものであるから、右条件の差違を考
慮しても、右の式を採用したことに不合理があるとは認められない。よつて、前記
Fの証言部分はたやすく採用できない。
また、証人Gは、ECCSの性能評価基準の一つである燃料被覆管最高温度摂氏一
二〇〇度以下という値は、リング圧縮試験によつて決められたものであるが、右の
値を決定するに当つては、落重試験等衝撃を加える試験を行う必要があるのに、そ
れがなされていない旨証言するが、前記のとおり、右の値を決定するに際しては、
ORNL(アメリカオークリツジ国立研究所)のホブソンらが行つたリング圧縮試
験を基礎としているところ、右の試験は衝撃試験と認められるのであるから、右の
証言は失当である。
(b) 燃料内の温度分布についてのデータが不足しているとの点について
右の点については、乙一六号証によれば、ECCS解析においては、燃料被覆管の
温度上昇計算の前提となる熱源の大きさを仮定するに当つて、(i)事故発生前原
子炉は少くとも定格出力の一〇二パーセントで運転されているものとすること、
(ii)アクチニド以外の放射性分裂生成物の崩壊熱については、無限大の運転時
間を仮定して生成量を求めたANS(アメリカ原子力学会)標準式の与える値の
一・二倍の値が、G・E社の計算方式による場合は、適切な安全余裕を見込むこ
と、等の保守的な条件を設計するなどして計算することとしていることが認められ
るから、たとえ、右のデータが不足していたとしても、ECCS安全評価指針の基
準値の合理性には影響は及ばないものというべきである。
(ニ) 原告らは、本件安全審査においては、LOCA時の水-ジルコニウム反応
により生成される水素化合物による燃料被覆管の脆化が考慮されていない旨主張
し、証人Gは右主張にそう証言をするところ、甲一二三号証、乙一六号証、六八号
証及び証人Gの証言によれば、高温下で被覆管が膨れて破裂した場合、管内へ水が
入り込み、内面で酸化反応が起こり、そこで生じた水素をジルカロイが吸収してジ
ルカロイ水素化合物が生じ、このためジルカロイの脆化が酸素吸収による脆化と重
畳的に進むこと、しかし、右の現象については、本件安全審査当時には判明してお
らず、その後行われた日本原子力研究所等の実験結果から初めて発見されたことで
あつたため、本件安全審査においては右水素脆化の点は考慮されていなかつたこ
と、しかしながら、昭和五六年の前記新指針制定の際、右の水素脆化による影響を
確認し、追加試験等も行われたが、右水素脆化の影響を考慮しても、なお、本件許
可処分の実質的審査基準とされたECCS安全評価指針は、燃料被覆管がLOCA
の過程でその延性を極度に失うことなく、炉心の冷却可能な形状を維持し得るにつ
き、なお安全余裕を有するものであることが確認されたこと、が認められるから、
右水素脆化の点が本件安全審査において考慮されなかつたことから本件安全審査の
違法を主張することはできないものというべきである。
(6) 結論
右(3)ないし(5)によれば、放射性物質異常放出防止対策が講じられているか
どうかの判断に当つて検討が必要とされた各事項についての判断にいずれも合理性
が認められるのであるから、本件原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針にお
いて所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるものとした本件安全審査にお
ける判断(前記(2))には、合理性があると認められる。
第八 本件許可処分の実体的適法性について(その四・・・・・・原子炉等規制法
二四条一項四号要件適合性のうち、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保
対策について)
一 原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性についての審査
1 原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、原子炉等による
災害の防止上支障がないものであるかどうか、をみるには、第一に、原子炉施設の
平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策がとられているかどうか、第二
に、自然的立地条件に係る安全確保対策を含め原子炉施設の事故防止に係る安全確
保対策がとられているかどうか、第三に、原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確
保対策がとられているかどうかの各観点からの検討が必要であるとの考え方に基づ
きなされた本件安全審査の方法に合理性が認められることは前記(第六、一)のと
おりであるが、乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、右
第三の安全確保対策がとられているかどうかについては、後記2の考え方に基づき
なされたことが認められるところ、右の考え方には合理性があると認められる(た
だし、後記三1参照)。
2 本件安全審査においては、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計
方針において、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性及び自然的立地条件
との関連をも含め事故防止対策に係る安全性が確認されたが、更に、念には念を入
れ、安全性につき万全を期するため、右の各安全対策は十分有効なものであること
を前提としたうえ、後記3の立地審査指針に基づき、本件原子炉が、その安全防護
設備との関連において十分に公衆から離れている、との立地条件を満たしているか
どうか、すなわち、公衆との離隔に係る安全性を確保し得るものかどうか、を審査
することとすべきである(このように、立地審査指針に基づき原子炉の公衆との離
隔に係る立地条件の適否を検討することを、災害評価という。)。
3 立地審査指針
乙一三号証によれば、立地審査指針は主として次のような内容のものであることが
認められる。
(一) 基本的目標
万一の事故時にも、公衆の安全を確保し、かつ、原子力開発の健全な発展をはかる
ことを方針として、この指針によつて達成しようとする目標は次の三つである。
(1) 敷地周辺の事象、原子炉の特性、安全防護施設等を考慮し、技術的見地か
らみて、最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故(以下、重大
事故という。)の発生を仮定しても、周辺の公衆に放射線障害を与えないこと、
(2) 更に、重大事故を超えるような技術的見地から起こるとは考えられない事
故(以下、仮想事故という。例えば、重大事故を想定する際には効果を期待した安
全防護施設のうち、いくつかが動作しないと仮想し、それに相当する放射性物質の
放散を仮想するもの)の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射線災害を与え
ないこと、
(3) なお、仮想事故の場合には、国民遺伝線量に対する影響が十分に小さいこ
と、
(二) 立地審査の指針
立地条件の適否を判断する際には、前記の基本的目標を達成するため、少なくとも
次の三条件が満たされていることを確認しなければならない。
(1) 重大事故の発生を仮定した場合に、そこに人が居続けるならば、その人に
放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離の範囲内が非居住区域(公衆が
原則として居住しない地域)となつていること、
(2) 仮想事故の発生を仮想した場合に、何らの措置も講じなければ、その範囲
内にいる公衆に著しい放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離の範囲内
であつて、右非居住区域の外側の地帯が低人口地帯(著しい放射線障害を与えない
ために、適切な措置を講じ得る環境にある地帯をいう。)となつていること、
(3) 右仮想事故の発生を仮想した場合、全身被曝線量の積算値が国民遺伝線量
の見地から十分受け入れられる程度に小さい値になるような距離だけその敷地が人
口密集地帯から離れていること、
(三) 右(二)の各距離を判断するためのめやすの線量として、右(二)(1)
の場合に関しては、甲状腺(小児)被曝について一五〇レム及び全身被曝について
二五レム、右(二)(2)の場合に関しては、甲状腺(成人)被曝について三〇〇
レム及び全身被曝について二五レム、右(二)(3)の場合に関しては、全身被曝
線量の積算値として二〇〇万人レムがそれぞれ用いられること、
二 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性
1 乙九号証及び証人Aの証言によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施
設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、公衆との離隔に係る安全性を
確保し得るもの、すなわち、公衆との離隔に係る立地条件との関連において、原子
炉等による災害の防止上支障がないものとして設置されるものであると判断された
ことが認められる。
2 本件原子炉施設の設置位置等
乙六号証、七号証、八号証の二、九号証、検証の結果によれば、本件原子炉施設は
福島県双葉郡<地名略>及び<地名略>に跨り、太平洋に面した敷地内に設置され
ること、右敷地の形は別紙第十図のとおりおおよそ正方形をなし、その面積は約一
五〇万平方メートルであり、本件原子炉から敷地境界までの最短距離は約五〇〇メ
ートルであること、本件原子炉から、半径五キロメートル以内の人口は約一万二五
〇〇人、半径一〇キロメートル以内の人口は約二万五七〇〇人、半径三〇キロメー
トル以内の人口は約一二万人であること、本件原子炉から敷地境界までの距離は、
北方約九〇〇メートル、西方約九五〇メートル、南方約五〇〇メートルであるこ
と、また、敷地付近のやゝまとまつた集落としては、北方約一・二キロメートルに
毛萱(人口約一九〇人)、南方約〇・八キロメートルに波倉(人口約三〇〇人)、
西方約一・三キロメートルに太田(人口約二二〇人)等があり、半径三キロメート
ル以内に七地区、半径五キロメートル以内に一四地区があることが認められる。
3 本件災害評価とその結果
(一) 乙六号証、七号証、八号証の一、九号証によれば、本件安全審査において
なされた災害評価及びその解析の結果の内容は次のような((二)以下)ものであ
つたことが認められる。
(二) 重大事故
(1) 冷却材喪失事故
イ 解析条件
(1) 原子炉は定格出力の一〇五パーセントで運転しているものとする。
(2) 炉心から原子炉格納容器内に放出される放射性物質の放出量としては、炉
心に蓄積されている核分裂生成物のうち、希ガス二パーセント、よう素一パーセン
トとする。
(3) 格納容器内の希ガス及びよう素は、事故後格納容器内圧が大気圧に戻るま
での三三日間は、一日当り〇・五パーセントの割合で原子炉建家内に漏洩するもの
とする。
(4) 原子炉建家内に漏洩したよう素を除去する非常用ガス処理系設備のフイル
タのよう素除去効果は九五パーセントとする。
(5) 大気中の拡散に用いる気象条件としては、事故発生後二日間はヒユーミゲ
ーシヨンが続くものとし、排気筒高さで均一拡散、残りの三一日間は大気安定度B
型が続くものとし、いずれの場合も水平方向拡散幅は三〇度、有効拡散風速は毎秒
四メートルとする。
なお、現地の地形を模擬した風洞実験の結果から、敷地境界に対して排気筒実効高
さは六〇メートルとする。
ロ 解析の結果
イの各条件を用いて事故解析を行つた結果、大気中に放出される放射性物質は、希
ガス1.36×104ci及びよう素二五一キユリーであり、敷地外において被曝
線量が最大となるのは、排気筒から南方約六九〇メートルの敷地境界であつて、そ
の地点における線量は、甲状腺(小児)に対して約三・七レム及び全身に対してガ
ンマ線約〇・〇一六レムとなる。
(2) 主蒸気管破断事故
イ 解析条件
(1) ピンホールのある燃料棒から冷却水中に放出される放射性物質の量は、よ
う素については、約四万キユリーが原子炉圧力容器の圧力の低下に伴つて冷却水中
に徐々に追加放出されるものとする。
(2) 事故時、主蒸気管に設けられた八個の主蒸気隔離弁のうち、一個は閉鎖し
ないと仮定しており、また、閉鎖した七個の右隔離弁全体からの漏洩率は、原子炉
圧力容器内の蒸気相体積に対し一日当り一二〇パーセント(一時間当り五パーセン
ト)と仮定し、その後は原子炉圧力容器内の圧力に依存するものとする。
(3) 主蒸気隔離弁閉鎖後に、主蒸気隔離弁を通して大気中に漏洩する放射性物
質の大気拡散条件としては、地上放散、大気安定度F型、水平方向拡散幅三〇度と
し、有効拡散風速は毎秒一・五メートルとする。
ロ 解析の結果
イの各条件を用いて事故解析を行つた結果、大気中に放出される放射性物質は、よ
う素が二三三キユリー、ハロゲン3.36×103ci及び希ガス3.2×103
ciであり、敷地外において被曝線量が最大となるのは、タービン建家から南方約
五二〇メートルの敷地境界であつて、その地点における線量は、甲状腺(小児)に
対して約八三レム及び全身に対してガンマ線約〇・〇四九レムである。
(三) 仮想事故
(1) 冷却材喪失事故
イ 解析条件
(1) 前記(二)(1)イの条件の外、
(2) 炉心に蓄積されている核分裂生成物の原子炉格納容器内への放出量につい
ては、炉内蓄積量に対し、希ガスについては一〇〇パーセントが、よう素について
は五〇パーセントがそれぞれ放出されるものとする。
(3) 格納容器内から原子炉建家内への漏洩は一定の漏洩率(一日当り〇・五パ
ーセント)で無限時間継続するものとする。
ロ 解析の結果
右イの各条件を用いて事故解析を行つた結果、大気中に放出される放射性物質は、
希ガス7.04×105ci及びよう素1.32×104ciであり、敷地外にお
いて被曝線量が最大となるのは、排気筒から南方約六九〇メートルの敷地境界であ
つて、その地点における線量は、甲状腺(成人)に対して約四八レム及び全身に対
してガンマ線約〇・七九レムである。
(2) 主蒸気管破断事故
イ 解析条件
(1) 前記(二)(2)イの条件の外、
(2) 主蒸気隔離弁八個のうち、一個の故障を仮定し、閉鎖した主蒸気隔離弁か
ら原子炉圧力容器中の放射性物質の漏洩は無限時間続くものとし、漏洩は原子炉圧
力容器の蒸気相体積に対して一日一二〇パーセント(一時間五パーセント)の漏洩
率とするが、原子炉圧力及び温度の低下には依存せず、無限時間一定であるとす
る。
(3) 主蒸気管隔離弁閉鎖後追加放出される放射性物質の全量が瞬時に原子炉圧
力容器中に放出されるものとする。
ロ 解析結果
右イの各条件を用いて事故解析を行つた結果、大気中に放出される放射性物質は、
よう素六六五キユリー、ハロゲン5.45×103ci及び希ガス1.12×10
4ciであり、敷地外において被曝線量が最大となるのは、タービン建家から南方
約五二〇メートルの敷地境界であつて、その地点における被曝線量は、甲状腺(成
人)に対して約三二レム及び全身に対してガンマ線〇・〇七九レムである。
(四) 国民遺伝線量の評価(仮想事故時における全身被曝線量の積算値の評価)
(1) 冷却材喪失事故
イ 解析条件
(1) 大気に放出される放射性物質の量については、前記仮想事故の冷却材喪失
事故について解析された量を用いる。
(2) 拡散条件は、排気筒実効高さ六〇メートル、風速毎秒一・五メートル、大
気安定度F型、水平方向拡散幅三〇度とする。
(3) 拡散方向は、最も人口密度の高い方向とする。
(4) 人口については、一九七〇年(昭和四五年)の国勢調査の人口のほか、二
〇二〇年(昭和九五年)における推定人口を用いる。
ロ 解析結果
右イの各条件により解析した結果、希ガスによる全身被曝線量の積算値は、一九七
〇年の人口に対し約二三万人レム、二〇二〇年の推定人口に対して約三〇万人レム
である。
(2) 主蒸気管破断事故
イ 解析条件
(1) 大気に放出される放射性物質の量については、前記仮想事故の主蒸気管破
断事故について解析された量を用いる。
(2) 拡散条件としては、地上放散とする以外は、前記(1)の冷却材喪失事故
の場合と同じとする。
ロ 解析結果
右イの各条件により解析した結果、希ガスによる全身被曝線量の積算値は、一九七
〇年の人口に対し約〇・六五万人レム、二〇二〇年の推定人口に対して約〇・八五
万人レムである。
4 本件災害評価方法の合理性
(一) 重大事故及び仮想事故想定の妥当性
本件災害評価において、重大事故及び仮想事故としてそれぞれ想定された冷却材喪
失事故及び主蒸気管破断事故は、前者は原子炉格納容器内に放射性物質が放出され
る事故として、また、後者は直接原子炉格納容器外に放射性物質が放出される事故
として、そのそれぞれにおいて最大の放射性物質の放出が想定される事故である
(これは乙八号証の一により認められる。)から、右の各事故の想定は妥当なもの
であるとした本件安全審査の判断(これは、乙九号証により認められる。)には合
理性があると認められる。
(二) 災害評価条件設定の合理性
前記災害評価条件の設定は、以下に述べるごとくいずれも厳しいものであるから、
右条件の設定は妥当なものであるとした本件安全審査の判断(これは乙九号証によ
り認められる。)には合理性があると認められる(なお、以下においてあらたに認
定した事実は、乙六号証、七号証、八号証の一、九号証により認められるものであ
る。)。
(1) 前記(二)(1)(重大事故の冷却材喪失事故)イ(1)については、本
件原子炉施設においては、平常運転時には定格出力を超えて運転することはないに
もかかわらず、その一〇五パーセントで運転しているものとしたこと、(2)につ
いては、希ガス、よう素の原子炉格納容器内への各放出量は、燃料被覆管の損傷割
合を一〇〇パーセントとして求めた値であり、前記の再循環回路配管一本が完全破
断し、作動すべきECCS系に最悪の単一動的機器の故障が生じた場合の事故解析
の結果生じるとされた燃料被覆材の損傷割合七パーセントと比較すると著しく厳し
い条件であること、(3)については、希ガスやよう素の原子炉格納容器からの漏
洩率は、原子炉格納容器スプレイ冷却系設備の作動等により原子炉格納容器の圧力
が事故後三三日後には大気圧にまで低下するので、原子炉格納容器内の圧力に依存
し漸減するにもかかわらず、この間原子炉格納容器の設計圧力における漏洩率であ
る一日当り〇・五パーセント一定と仮定することにより漏洩量を多く見積つている
こと、(4)については、非常用ガス処理系設備におけるフイルタのよう素除去効
率は、九九パーセント以上のものとなるように設計されるにもかかわらず、これよ
りも低い九五パーセントと仮定して、よう素の環境への放出量を多く見積つている
こと、(5)については、大気中に放出された希ガス及びよう素の拡散、希釈につ
いても、風向が変動することに伴う拡散、希釈の程度及び風速をいずれも厳しく見
積つていること、
(2) 前記(二)(2)(重大事故の主蒸気管破断事故)イ(1)については、
ピンホールを有する燃料棒から冷却水中に放出されるよう素の最大量は二万キユリ
ーと想定されるにもかかわらず、余裕をみてその値の二倍の値を見積つているこ
と、(2)については、事故時、破断箇所からの冷却水の流出を抑制するために、
自動的に閉鎖する八個の主蒸気隔離弁は、原子炉施設の運転開始後もその作動性を
実証するための試験ができるようになつていること等信頼性確保の措置が講じられ
ているにもかかわらず、隔離弁一個の閉鎖失敗を仮定していること及び閉鎖した七
個の隔離弁全体からの漏洩率は、原子炉圧力容器内の蒸気相体積に対し閉鎖弁一個
当り一日一〇パーセント(弁全体で一日三〇パーセント)以下に制限することがで
きる設計であるにもかかわらず、弁全体で一日当り一二〇パーセントと仮定してい
ること、(3)については、大気中に放出された希ガス及びよう素の拡散、希釈に
ついても、風向が変動することに伴う拡散、希釈及び風速による拡散、希釈の程度
をいずれも厳しく見積つていること、
(3) 前記(三)(1)(仮想事故の冷却材喪失事故)イ(1)については、重
大事故の冷却材喪失事故に係る災害評価に当つて設定されたと同様の厳しい評価条
件が設定されているほか、(2)については、炉心に蓄積されている核分裂生成物
の原子炉格納容器内への放出量については、炉心内の全燃料棒が溶融したと仮定し
た場合に放出される放射性物質の量に相当する量としていること、(3)について
は、希ガス、よう素の原子炉格納容器から原子炉建家内への漏洩は、原子炉格納容
器内の圧力が大気圧に戻る事故後三三日間だけ継続する設計となつているにもかか
わらず、これを無視して一定の漏洩率で無限時間継続するとしていること、
(4) 前記(三)(2)(仮想事故の主蒸気管破断事故)イ(1)については、
前記重大事故の主蒸気管破断事故による災害評価に当つて設定されたと同様の厳し
い条件が設定されているほか、(2)については、閉鎖した七個の隔離弁全体から
の漏洩は、原子炉圧力容器内の圧力の低下に伴い漸減し、原子炉圧力容器内の圧力
が大気圧にまで低下する一日後には停止するにもかかわらず、これを無視して一定
の漏洩率で、かつ、無限時間継続するものとしていること、(3)については、燃
料棒から冷却水中に追加放出される放射性物質については、事故後の原子炉圧力容
器内の圧力の低下に伴い徐々に放出されるものであるにもかかわらず、これを無視
して一度に全量が放出されるという苛酷な仮定をしていること、
5 立地審査指針適合性
立地審査指針に基づき、重大事故に備えての公衆との離隔に係る立地条件に関して
行う安全審査は、前記(一2、3)のとおり、重大事故の発生を仮定した場合に、
そこに人が居続けるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断され
る距離の範囲内が非居住区域となつているかどうかをみるものであり、右距離を判
断するためのめやすの線量として、甲状腺(小児)被曝については一五〇レム及び
全身被曝については二五レムがそれぞれ用いられ、また、立地審査指針に基づき、
仮想事故に備えての公衆との離隔に係る立地条件に関して行う安全審査は、前記
(一2、3)のとおり、仮想事故の発生を仮想した場合に、何らの措置も講じなけ
れば、その範囲内にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断され
る距離の範囲内であつて、非居住区域の外側の地帯が低人口地帯となつているかど
うか、及び、右の場合、全身被曝線量の積算値が国民遺伝線量の見地から十分受け
入れられる程度に小さな値になる距離だけその敷地が人口密集地帯から離れている
かどうか、をそれぞれみるものであり、右距離を判断するためのめやすの線量とし
て、前者に関しては甲状腺(成人)被曝について三〇〇レム及び全身被曝について
二五レムが、後者に関しては二〇〇万人レムがそれぞれ用いられる。
しかして、本件原子炉敷地外における前記重大事故の場合の被曝線量の最大値は、
前記(二3)のとおりであり、右各事故のいずれの場合においても、右のめやす線
量に比べてそれぞれ十分小さく、非居住区域であるべき範囲は右敷地内に含まれ、
また、本件原子炉敷地外における前記仮想事故の場合の被曝線量の最大値は、前記
(二3)のとおりであり、右各仮想事故のいずれの場合においても、右のめやす線
量に比べてそれぞれ十分小さく、低人口地帯であるべき範囲は右敷地内に含まれ、
更に、全身被曝線量の積算値も、右めやす線量に比べて十分小さい。
したがつて、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る立地条件は立地審査指針に適合
するものであるとした本件安全審査における判断(これは、乙九号証及び証人Aの
証言により認められる。)には合理性があると認められる。
6 結論
前記3ないし5によれば、本件災害評価方法が妥当なものであるとした本件安全審
査における判断及び本件原子炉施設の公衆との離隔に係る立地条件は立地審査指針
に適合するものとした本件安全審査における判断にいずれも合理性が認められるの
であり、加えて、後記のとおり右立地審査指針のめやす線量値に特に不合理のない
こと及び前記2の事実を合わせ考慮すると、本件安全審査において、本件原子炉施
設には公衆との離隔に係る安全確保対策が講じられるものとした前記1の判断には
合理性があると認められる。
三 原告らの主張に対する判断
1 災害評価における技術因子の有効性を考慮している態度の違法性に関する主張
について
原告らは、前記一2の本件安全審査の考え方について、本件原子炉施設に対し安全
防護の技術因子の有効性を考慮に入れている態度(例えば、ECCSの不作動等を
仮定していない態度)は問題であるとし、そのような態度に基づきなされた本件安
全審査の違法性を主張するかの如くである。
しかしながら、既にみたとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設につい
て、平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策及び自然的立地条件に係る安
全確保対策を含めた原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策がいずれも講じられ
ているものと判断され、右の判断にはいずれも合理性が認められたのであるから、
前記一2の本件安全審査における考え方の如く、右の各安全対策は十分有効なもの
であることを前提として(技術因子の有効性を考慮して)原子炉施設の公衆との離
隔に係る安全確保対策の有無を検討するという方法が合理性を有するものであるこ
とは明らかである。
もつとも、甲六六号証及び証人Aの証言によれば、原子炉施設の安全確保対策は三
つの柱からなつており、第一の柱は平常時被曝対策、第二の柱は事故防止対策、第
三の柱が原子炉施設と公衆との離隔であることが認められるところ(本件安全審査
においても、右三本の柱につきそれぞれ検討するという方法を採つていることは前
記のとおり。)、右第一の柱と第二の柱とは、その性質上安全確保対策としてはそ
れぞれが別個独立に確保されることが必要であると解されるが、右第一、第二の二
本の柱と第三の柱との関係については、第三の柱が念には念を入れるといういわゆ
る多重防護的考え方に基づいて設定されるものであることからすると、第一、第二
の柱が確保されない場合を想定し、つまり第一、第二の各安全対策が有効なもので
ないことを想定し(いわゆる技術因子の有効性を考慮に入れないで)たうえで第三
の柱が確保されているかどうかを審査する方法も十分考えられる方法ではあり、現
に、甲一三三号証、一三八号証、証人Gの証言並びに弁論の全趣旨によれば、原子
炉施設の運転により内部に内蔵される大量の放射性物質から放出される放射線は、
たとえ放射線を減衰させるための物的障壁がなくても、離隔によつて十分減衰し得
るものであり、原子炉開発の初期においては、安全対策の唯一のものが距離因子で
あつたこと、AEC(アメリカ原子力委員会)が一九六二年(昭和三五年)に発表
した立地基準は、一〇〇パーセントの炉心溶融を内容とする最大想定事故を考え
る、安全装置をECCSのような事故防止装置と格納容器のような影響限定装置に
分け、後者の効果のみを認めるなどというものであつたことが認められるのであ
る。
しかしながら、前掲各証拠によれば、AECの右立地基準も一九六七年ECCS等
の安全防護施設の有効性を考慮に入れることを認める方向に緩和されたことが認め
られるうえ、原子炉施設の安全性確保対策は、そもそも総合的なものとも考えられ
るから、距離因子のみをその対策とするか、それとも他の安全防護施設との関連で
距離因子を考えるか、その場合でもどの安全防護施設にどの程度の有効性があるこ
とを前提とするか等は、各施設の重要性、有効性を裏づけるデータや知見等技術的
進歩の程度等を総合考慮して定められるべきものと考えられるから、我が国におけ
る前記のとおりの第三の柱の安全確保対策が講じられているかどうかの審査方法が
合理的なものであることは明らかである。
なお、原告らは、WASH-七〇〇(ブルツクヘブン報告)、ラスムツセン報告等
によれば、原子力発電所の事故による災害の規模は広範囲で深刻なものであるにも
かかわらず、本件安全審査においては、この本質的な危険性に何らの検討を加える
ことなく、意図的な事故評価によりことさら事故を過小評価している旨主張する
が、右の各報告は、いずれもそもそも損害額の算定や公衆のリスクの評価を目的と
したもの(これは、本件記録上明らかである。)であつて、立地基準の適否を検討
するための災害評価とは目的を異にするから、右の各報告等で扱われた事故内容等
をそのまま本件災害評価においても検討しなければならないものではない。
付言するに、原告らは、本件安全審査における災害評価に際し、仮想事故の場合
に、「炉心内の全燃料の溶融」を仮定しながら、「格納容器の健全性」は保持され
るとしているのは、自然科学上の法則に反するものである旨主張するが、これは原
告らの誤解に基づくものである。すなわち、本件安全審査における災害評価におい
て仮定したのは、ECCSの有効性は認めつつ、炉心内の全燃料が溶融したと考え
た場合に相当する燃料から放出される放射性物質の量についてのみであつて、決し
て、炉心が溶融した場合にはどのような状況に立ち至るかを推論し(例えば、EC
CS不作動のため炉心加熱→炉心崩壊し、原子炉容器の中でひとかたまりになる→
圧力容器の溶融貫通→圧力容器が溶融貫通して、格納容器の底にひとかたまりにな
る等)、その結果生じるであろう災害の評価をし、これによつて原子炉の立地条件
の適否を検討することとしているのではないのである。
2 原告らは、立地審査指針に示されためやす線量は、平常時被曝の許容限度と比
べても大きすぎ、周辺公衆の安全確保のためには規制的意義を有しない旨主張し、
証人F及び同Gは右主張にそう証言をする。
しかしながら、前記のとおり、立地審査指針は、原子炉設置許可に際しての安全審
査において、申請に係る原子炉施設につき、その基本設計ないし基本的設計方針に
関して、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性及び事故防止対策に係る安
全性がそれぞれ確保されるものであることを確認したうえ、原子力発電の安全性の
確保には念には念を入れるとの考え方から要求される、原子炉の公衆との離隔に係
る立地条件の適否の判断基準となるものであり、右指針が定めるめやす線量は、そ
の基本計画ないし基本的設計方針からみて現実的には発生する蓋然性のない事故を
想定した場合においても、当該原子炉はその安全防護設備との関連において十分に
公衆から離れている、との立地条件を満たすかどうかを判断するための一方法とし
て、その判断の際に用いられるめやすとしての線量にとどまるものであつて、公衆
がその線量を現実に被曝する蓋然性があることを前提として設定されたものではな
い。もつとも、このように、右のめやす線量と許容被曝線量とは、その意義、制定
目的等を異にするものではあるものの、右めやす線量が著しく極端に大きな量(例
えば、現行のめやす線量の数百倍ないし数千倍)であつたならば、立地指針にいう
距離を判断するためのめやす線量としての意義を実質上失うに至ることもあり得る
とはいえる。しかし、乙一三号証によれば、現行の立地指針のめやす線量は、指針
制定当時(昭和三九年当時)における放射線の影響に関する知識、事故時における
原子炉からの放射性物質の放散の型と種類及びこの種の諸外国における例等を比較
検討して行政的見地から定められたものであること、右のめやす線量については、
特に放射線の生体効果、国民遺伝線量等については、まだ明確でない点もあるので
今後とも我が国における右の方面の研究の促進をはかり、世界のすう勢をも考慮し
て再検討を行うこととする、との方針が確認されていたことが認められるところ、
右指針で示されためやす線量の数値が特に右の諸点等からみて不合理であることを
認めるに足りる証拠もないのであるから、右原告らの主張はいずれも失当である。
第九 TMI事故について
一 はじめに
原告らは、TMI事故に関し縷縷主張しているところ、同事故は後記のとおりの内
容をもつた事故であつて、原子力発電所における事故としては、かつてない程の規
模と影響力を有するものということができる(これは当裁判所に顕著な事実であ
る。)。
そこで、以下、同事故の内容を明らかにし、同事故と本件安全審査との関係を検討
したうえ原告らの同事故に関する主張のうち特に重要と思われる事項について判断
することとする。
二 事故の概要
甲六五号証、六六号証、乙五号証、三八号証、三九号証の一、二によれば、次の事
実が認められる。
一九七九年(昭和五四年)三月二八日TMI発電所の二号炉(B&W(バブコツ
ク・アンド・ウイルコツクス)社設計のPWRである。以下、TMI二号炉とい
う。なお、PWRの構造については別紙第十一図参照。)において発生した事故
(TMI事故)の概要は、次のとおりである。
1 TMI二号炉の事故前の状況
TMI事故が発生したのは、TMI二号炉の初臨界から約一年後、営業運転開始か
ら約三か月後のことであるが、同炉については右の約一年間に数多くのトラブルが
発生しており、それにもかかわらずそれらを完全には解決しないまま運転を継続し
ていた。右トラブルのうち、TMI事故に直接関連するものとして、例えば次の事
象があつた。
(一) 加圧器逃し弁又は安全弁から毎時約一・四立方メートルもの一次冷却材の
漏洩があつたが、そのまま長期間運転を続けていたこと。
(二) 主給水喪失時に、直ちに蒸気発生器に給水するための補助給水系の弁が二
個とも閉じられたままの状態で運転を続けていたこと。
なお、右(一)、(二)は、いずれもTMI二号炉の運転条件を規定した技術仕様
書に違反した行為であつた。
2 TMI事故の経過
(一) TMI二号炉の事故発生直前の状況は、前記1(一)、(二)の事象の
外、復水脱塩系の樹脂移送ラインが詰まり、事故前約一一時間にわたつて樹脂を移
送すべく作業が行われており、定格の約九七パーセントの出力で運転されていた。
(二) 事故の発端は、右樹脂移送用の水が空気系に入り、復水脱塩系の弁が閉ま
り、この結果、主給水ポンプ(復水器を通過して水に戻つた二次冷却水を蒸気発生
器へ給水するために二次冷却系に設けられているポンプ)二台が突然停止したこと
である。これと殆ど同時にタービンが停止し、その結果、一次冷却系の温度、圧力
が上昇したが、加圧器逃し弁が開き、八秒後には原子炉は自動的に緊急停止したた
め、一次冷却系の圧力は急速に低下し、加圧器逃し弁の閉設定圧力(閉止すべき圧
力)以下となつたが、右弁は開放状態のまま固着し、閉止しなかつたため、一次冷
却水が、加圧器逃し弁から一次冷却材ドレンタンク、更には、原子炉格納容器内へ
と流出し続けることとなり、いわゆる小破断LOCAの状態となつた。
一方、二次冷却系では、主給水ポンプ停止により補助給水ポンプが三台とも自動起
動したが、前記のように出口側の弁が閉じられていたため、蒸気発生器に二次冷却
水を注入することができず、蒸気発生器における一次冷却系の除熱能力が急速に低
下したが、八分後に運転員がこれに気づき、弁を開き、これ以降蒸気発生器の除熱
能力は回復した。
(三) 一次冷却系では、前記のとおり、加圧器逃し弁からの一次冷却材の流出が
続いたが、中央制御室における弁の開閉状態の表示が不適切であつたため、運転員
はこの弁が開放のままであることに気づかなかつた。すなわち、中央制御室におけ
る右逃し弁の開閉表示は、現実の弁の開閉状態を直接検出してこれを表示するもの
ではなく、弁の開閉を指示する空気信号の状態を表示することにより弁の開閉状態
を間接的に表示する方式のものであり、したがつて、この表示が正確なのは、弁に
故障がない場合に限られるところ、現実には弁は開放固着していたにもかかわら
ず、中央制御室における表示は閉を指示する電気信号に従い「閉」となつていたと
ころから、運転員は、加圧器逃し弁が開放のままであることに気づかなかつたので
あつた。
やがて、二分二秒後、一次冷却水喪失の事態に対処するために設けられているEC
CSの一つである高圧注水系のポンプが二台とも自動的に起動した。しかし、蒸気
発生器の除熱能力が低下していたため一次冷却水が局所的に沸騰し、発生した蒸気
泡が一次冷却水を加圧器に押し上げて加圧器の水位を上昇させ、加圧器水位計の表
示上一見一次冷却水の量が増加しているかの如き現象を呈したので、常々加圧器を
満水にして圧力制御不能になる状態を回避するよう教育されていた運転員は、EC
CSによる冷却水の過度の注水によつて加圧器が満水となり圧力制御が不能になる
虞れがあるものと判断し、手動操作によつて約四分三〇秒後(ECCS自動起動後
約二分三〇秒後)二台の高圧注水ポンプの一台を停止し、残りの一台の流量を最低
限にまで絞つたうえ、抽出量を最大にした(なお、TMI二号炉の緊急手順書によ
れば、高圧注水ポンプの停止は、加圧器水位だけでなく、一次系の圧力も条件とさ
れており、右の運転員の措置は緊急手順書に違反した行為である。)。この結果、
炉心の冷却に必要な一次冷却水の量が不足することとなり、やがて、炉心の上部が
一部蒸気中に露出して過熱状態となり、ついに炉心損傷の事態に至つた。
(四) 約二時間二〇分後、運転員は、加圧器逃し弁の開放固着に気づき、同弁の
元弁を閉して一次冷却水の流出を止めたが、依然として高圧注水ポンプを全開にし
て冷却水を注入することをしなかつたので、炉心の水は蒸発し、炉心は上部三分の
二程度が露出し、このため燃料は更に温度上昇し、重大な損傷が生じて大量の放射
性物質が一次冷却系に放出され、また、燃料被覆管と蒸気が反応して大量の水素が
発生した(この水素の一部はのちに格納容器内に放出されたのち、水素爆発を起こ
した。)。三時間二〇分後、運転員は手動によりECCSを再起動させて一次冷却
系内に注水し、炉心を再冠水させて炉内の水量を確保し、一五時間五〇分後一旦停
止されていた一次冷却材ポンプを再起動させて一次冷却水の強制的な循環を再開さ
せ、一次冷却系の除熱を行い、徐々に安定的な停止状態に移行させた。
(五) 右に述べたような燃料の損傷により、大量の放射性物質が一次冷却水中へ
漏出し、その一部が環境へ放出されたが、その量については、いくつかの推定がな
されており、最も確からしい推定値は、放射性希ガスは、約二五〇万キユリー(N
RCによる算出値は約一三〇〇万キユリーであつたが、その後ケメニー委員会のタ
スクフオースの調査により排気ダクト付近のエリアモニタの指示値が放射性希ガス
の放出量の推定に役立つことがわかつたので、そのエリアモニタの指示値をもとに
推定された放出量が二五〇万キユリーであつた。)、放射性よう素のうちよう素一
三一(よう素一三三、一三五は短期間で減衰するので、よう素一三一のみを推定)
が約一五キユリー(推定値の幅は一〇ないし三二キユリー)である。これらによる
TMI発電所周辺公衆の外部全身被曝線量は、事故発生の一九七九年(昭和五四
年)三月二八日から同年四月一五日までの期間について、個人の最大被曝線量の推
定値は約七〇ミリレム(TMI発電所北門付近において事故発生から数日間連続し
て屋外に衣服なしでいたと仮定した場合は約一〇〇ミリレム。右の推定値は、我が
国における自然放射線による平均的な年間被曝線量(約一〇〇ミリレム)以下であ
る。)、TMI発電所から半径八〇キロメートル以内の住民約二一六万人について
の集団被曝線量は、右同期間の累積で、いくつかの異つた計算値が存するも、最も
確からしいとされる推定値は、家屋の遮へい効果等を考慮した場合約二〇〇〇人レ
ム(個人の被曝線量は平均約一ミリレム)であり、また、TMI発電所周辺住民七
六〇人について全身計測を行つた結果、有意な体内汚染は検出されなかつたし、こ
れらの被曝によつて生じ得る健康への影響(発ガンなどの身体的影響と遺伝的影
響)は、例えば、半径八〇キロメートル以内の約二一六万人の住民のうち今後ガン
によつて死亡する者の数は、約三二万五〇〇〇人と推定されるのに対し、TMI事
故によつて増加するガンによる死者は一名未満と推定されるなど、これらの被曝が
なかつた場合に比べて無視し得る程度であつた。
三 事故の評価
1 右二によれば、TMI事故を単なる主給水喪失という事態から炉心損傷等にま
で拡大、発展させ、TMI事故たらしめた決定的要因は、第一に、加圧器逃し弁が
開固着していることに運転員が二時間半近くも気づかず、この間元弁を閉めなかつ
たこと、第二に、加圧器逃し弁からの一次冷却水の流出による一次冷却系の圧力の
低下に伴つて自動起動したECCSを、運転員が、原子炉圧力の低下に留意しない
で加圧器水位の上昇のみを見て一次冷却水量に関する判断を誤つて事故後約三時間
近くにわたつて停止させ、流量を最低限にまで絞つたりしたことであると認めら
れ、したがつて、TMI事故の直接の決定的要因は、主として人的要因、すなわ
ち、人為ミスであるということができる。
2 しかし、TMI事故の直接の決定的要因が主として人為ミスにあるとしても、
前掲二の各証拠によれば、そのような人為ミスの背景には、主として次のような要
因のあることが、我が国の原子力安全委員会の米国原子力発電所事故調査特別委員
会等の調査等の結果判明したことが認められる。
(一) 設計に係る面
(1) 制御室の設計
制御盤、計器、操作器等の配置は適切とはいえず、事故発生後短時間に一〇〇を超
える警報が出るなどして運転員の判断を困難ならしめ、また、問題となつた加圧器
逃し弁の開閉表示も前記のとおり不適切で、弁が開放しているにもかかわらず、あ
たかも閉じているような表示になつていた。
(2) 格納容器の隔離
他の多くの原子力発電所では、格納容器の隔離は、内圧上昇のみならず、ECCS
を含む工学的安全施設の作動信号及び放射線レベルでもなされる設計であるのに対
し、TMI二号炉の格納容器は内圧上昇のみによつてしか隔離信号が出ない設計で
あつたため、長時間にわたつて格納容器が隔離されず、このため、加圧器逃し弁か
ら流出して格納容器にたまつた一次冷却材をサンプポンプが汲み上げて補助建家に
送るなどのことがなされ、汚染が拡大した。
(二) 運転管理
(1) 運転規則等の不備、欠陥
TMI二号炉においても、他の原子炉と同様、NRC(アメリカ原子力規制委員
会)の認可にかかる技術仕様書に基づき運転手順書、緊急手順書及び保守点検手順
書等(運転規則等)が作成されていたが、これらの整備は十分でなく、かつ、定期
的な見直しも実行されていなかつた。
(2) 運転規則等の違反
前記のとおり、加圧器の逃し弁又は安全弁からの漏洩を放置していたことは重大な
運転規則等の違反である。TMI二号炉の緊急手順書によれば、右の弁の出口につ
いている温度計が摂氏五四度(華氏一三〇度)以上になつたときは、加圧器逃し弁
の元弁を閉じ、かつ、温度計の指示値を連続記録しなければならないと規定されて
いるところ、事故前の右の指示値は摂氏八二度(華氏一八〇度)以上を示していた
のに運転員はこれを怠つていた(もし、右の手順書の規定に従い、元弁を閉じてい
れば、加圧器逃し弁が故障して開固着することはなく、また、右温度計の指示値は
右の弁が完全に閉つていないことを示す最も確実な情報であり、更に、連続記録さ
れていれば、運転員は右の弁の開固着により早く気づいていた可能性はある。)。
更に、前記のとおり、補助給水系の弁が閉められたまま運転されていたのも技術仕
様書の明白かつ重大な違反であつた。
(3) 不適切な指示
TMI二号炉では、事故前ECCSの一つである高圧注水ポンプに何度か誤起動が
起こつていたところから、運転員は、右高圧注入系等の工学的安全施設の起動信号
が発信した時は、プラントの状況を確認する前に、まず第一に右起動信号をバイパ
スするように指示されていたため、事故の途中、起動信号が発信される都度右指示
に従つて忠実にバイパスの措置をとつた。TMI二号炉の設計上は、右信号の発信
中高圧注水ポンプの停止や流量の絞り等の措置はとれないようになつていたが、右
のバイパスによつてECCSの手動操作が可能となるため、事故の途中でなされた
バイパスの後、運転員は、前記のとおり、せつかく起動したECCSを手動で停止
するなどしたものである。右の指示は、原子炉施設の安全上の設計の考慮を無視
し、無効にするものであつて、甚だ不適切なものであつた。
(三) 運転経験の反映と教育訓練
TMI事故の発生する以前に、これと類似の事象がいくつか発生し、また、右のよ
うな事象が重大な結果になることを警告した報告等があつた。すなわち、一九七四
年(昭和四九年)八月スイスのベズナウ発電所では、タービントリツプに続いて加
圧器逃し弁が開固着し、加圧器水位が上昇するという事象が、また、一九七七年
(昭和五二年)九月TMI二号炉と同型式のデービス・ベツシー炉では、給水系の
異常から加圧器逃し弁が開固着し、補助給水も不調であつたところ、加圧器水位の
上昇を見た運転員が自動起動した高圧注水ポンプを停止するという事象が、それぞ
れ発生した。前者の事象については、二、三分後に運転員が弁の開固着に気づいて
元弁を閉じて事象は収拾され、後者の事象については、運転員が約二二分後に逃し
弁の開固着に気づいて加圧器逃し弁の元弁を閉じて収束した。技師Iは、TMI二
号炉と同型のB&W社の炉の小破断LOCAについて考察した報告書を作成し、そ
の中で、加圧器逃し弁が開放状態となつた場合、水位の上昇によつて運転員が高圧
注水ポンプを停止してしまう可能性があると警告し、また、WASH-一四〇〇
(ラスムツセン報告)は、給水喪失を含む過渡変化から加圧器逃し弁開固着が、他
の系統の動作状況によつては重大な結果となり得ることを予告していた。
TMI二号炉でも、事故の約一年前電源異常から加圧器逃し弁が開固着するという
事象を経験し、このときの経験から右の弁の開閉表示を制御室に設けたが、右の表
示方法は、前記のとおり弁が故障したときには必ずしも実際の状況を指示しなくな
るという不完全なものであつた。
以上の事象や警告の外にも類似の事象や右同様の警告があつたにもかかわらず、T
MI二号炉については適切な考慮が払われず、実際の運転への反映もなされなかつ
た。また、事故当時制御室にいたTMI二号炉の運転員は、原子力の経験、運転員
資格の試験の成績等からみて、アメリカの平均水準以上とみられていたが、彼らに
対する教育訓練の内容には問題があつたとの指摘もなされていた。
3 まとめ
以上を要するに、TMI事故を重大なものとした直接の決定的要因は主として人為
ミスであるが、右人為ミスを惹起した背景的要因としては、設計上の不備、運転管
理の不備、過去の事故等から有益な教訓を学ぶという組織の欠如等種々の要因があ
つたということができる。
四 TMI事故と本件安全審査との関係
前記のとおり、本件安全審査の対象となる事項は、本件原子炉施設の基本設計ない
し基本的設計方針に係る事項に限られるのであつて、原子炉施設の詳細設計や運転
管理に係る事項がこれに含まれるものではないから、TMI事故が本件安全審査と
係りをもつには、同事故の要因が原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係
る事項に属するものであることが必要である(したがつて、右に述べた安全審査の
対象に関するいわゆる基本設計論が安全評価の面では意味をなさない旨の原告らの
主張は、たとえ同事故によつてそのようなことが判明したとしても、右基本設計論
を前提とする現行法体系への批判もしくは立法政策上の問題提起としての意味をも
つにとどまり、現行の原子炉等規制法等の体系の解釈論として右基本設計論を認め
る限り(右の解釈の妥当なことは前記のとおり)、失当な主張である。)。
しかして、前記のとおり、TMI事故は、その直接の決定的要因及び背景的要因の
殆どは具体的な運転管理に係る事項に属するものと認められるが、右背景的要因の
一部である制御室の設計の不備(加圧器逃し弁の開閉表示の不適切さ等)及び格納
容器の隔離の不十分さ等は、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事
項に属しないとは必ずしもいえず、したがつて、TMI事故が本件安全審査と全く
係りを有しないとはいえないというべきである。
なお、右にみたように、TMI事故を炉心損傷という重大事故たらしめた重要な契
機は、一次冷却水が沸騰し、加圧器水位計の表示が正確に一次冷却系内の冷却水量
を示さない状態であつたのに、表示上は一見冷却水量が増加したかの如き現象を呈
したため、運転員が右表示どおりに一次冷却水の量を判断したことにあるというべ
きところ、本件原子炉のようなBWRは、そもそも平常運転時において冷却水が沸
騰し、常に液相部(水)と気相部(蒸気)とが共存しており、また、水位計は直接
原子炉圧力容器に設置されている(これは、本件記録上明らかである。)のである
から、この点において、TMI二号炉のようなPWRとその構造を異にしており、
したがつて、TMI二号炉で生じた、冷却水量について表示上と実際の水量との差
違の生じるという現象は、BWRである本件原子炉においては、少くともTMI事
故におけると全く同様の経緯(一次冷却水の沸騰による水位計の表示上の誤りとい
う経緯)を辿つては起こり得ないということができる。しかし、このことから直ち
にBWRにおいてはTMI事故でみた炉心損傷の如き事象は起こり得ないとは速断
できず、TMI事故において明らかとなつた人為ミス及びその背景的要因如何によ
つては同様の事故が起こり得ないとはいえないのであるから、BWRである本件原
子炉の安全審査に関し、PWRであるTMI二号炉の事故を論拠としてその審査の
違法を主張することはできないものではない。
五 原告らの主張に対する判断
1 設計基礎事故に関する主張について
原告らは、TMI事故は、いわゆる設計基礎事故((DBA)を超えた事故であ
り、本件安全審査を含む従前の安全審査段階では想定されていなかつた異常発生過
程が現に存在することを明らかにした事故であるから、右の異常発生過程を想定せ
ずに行われた本件安全審査の信頼性には重大な疑問がある旨主張する。
確かに、甲六六号証、証人A及び同Gの各証言によれば、TMI事故がいわゆるD
BAを超えた事故かどうかについては議論のあるところであり、原子炉専門家の間
にはこれを肯定する見解もあつて、従来の想定事故を考え直す必要性があるとの意
見もあることが認められるが、現在に至るも、従来の想定事故が明らかに誤つてい
たとしてそれに代る新しい想定事故の内容につき統一的な見解が生れていることを
認めるに足りる証拠はないのであり、のみならず、TMI事故は、前記のとおり主
として運転管理という詳細設計以降の段階にその発生原因があるのであり、未だ右
事故が発生する以前である本件安全審査において、たとえDBAを想定して安全評
価をしたとしても、これが合理性を欠くものではないと認められるから、原告らの
右主張は失当である。
2 単一故障指針に関する主張について
原告らは、TMI事故の発生によつて、本件を含む従来の原子炉設置許可の際の安
全審査において用いられている単一故障指針の妥当性に根本的な疑問が生じた旨主
張する。
ところで、証人Aの証言によれば、本件を含む原子炉設置許可に際しての安全審査
において用いられているいわゆる単一故障指針とは、原子炉の主要な施設における
異常事象の発生時に原子炉施設の安全性を確保するために作動することが要求され
ている安全保護設備や安全防護設備等の安全上重要な設備については、右設備を構
成している機器のうち原子炉施設の安全上最もその結果が厳しくなるような機器の
一つが単一の事象に起因して故障し(ただし、単一の事象に起因して必然的に起こ
る多重的故障を含む。また、右の事象には運転員の誤操作が含まれる。)、それに
伴う安全上の機能が発揮されない事態を仮定しても、なお、前記異常事象発生時に
おける原子炉施設の安全確保機能が損なわれないように設計されなければならな
い、とする原子炉施設の安全設計上の考え方の一つであることが認められる。とこ
ろで、前記のとおり、TMI事故は、複数の機器の故障や複数の誤操作が原因とな
つて発生した事故であるが、右証言及び甲六六号証によれば、右の複数の故障等が
右にいう重要な機器の故障等といえるかそれとも詳細設計以降の機器の故障といえ
るかは議論のあるところであるうえ、たとえ前者に該当するとしても、その場合の
安全評価の方法としては、(1)従来の安全評価の方法を変え、安全上重要な複数
の系統が故障する場合を想定して評価する(ただし、この方法によると、現在行わ
れている設計は成り立ち得ないことになる。)、(2)詳細設計以降の段階で機器
の品質保証や信頼度向上の努力をはかり、安全上重要な系統が複数故障することの
ないようにする、(3)確率論的な手法に従つて故障等の計算をする方法をとる、
等種々の方法があつて、いずれの方法が最も適切かにつき現在に至るも専門家の間
で明確な合意ができている状況ではないことが認められ、そうであるとすれば、T
MI事故の発生以前に、単一故障指針に基づき行われた本件安全審査の合理性が失
われるものとは到底いえないから、原告らの右主張は失当である。
3 過渡現象解析に関する主張について
原告らは、TMI事故の発生を論拠として、本件安全審査における過渡現象解析
は、動的機器の故障、誤動作及び運転員の誤操作が重なり合つた場合の検討が極め
て不十分である旨主張する。
TMI事故が右主張のような故障等が重なり合つて生じたものであることは前記の
とおりであるが、しかしながら、原子炉設置許可に際しての安全審査における過渡
現象解析は、当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針において採用される
安全保護設備のそれぞれについて、いずれも確実に所期の機能を発揮しその信頼性
が確保されるものであることを前提としたうえで、念のため、更にそれら安全保護
設備等の設計が、異常状態拡大防止対策上総合的にみて妥当なものであるかどうか
を判断するために行うものであるうえ、前記のとおり、本件安全審査において採ら
れた単一故障指針の考え方自体の合理性が失われるものでもない以上、右のような
意義、目的を有する過渡現象解析を右の単一故障指針の考え方に基づき行われた本
件安全審査が合理性を有するものであることは明らかであるから、原告らの右主張
は失当である。
4 人為ミスの主張について
原告らは、TMI事故を論拠として、人為ミスを計算に入れない従来の安全評価方
法、すなわち、プラントを十分安全に製造すれば人為ミスがあつても大事に至らな
いとの考え方のもとになされた本件安全審査は安全上問題である旨主張する。
しかしながら、本件安全審査でとられた単一故障指針の考え方においても、一個の
人為ミスを想定しているのであり、また、証人Aの証言によれば、本件安全審査を
含む原子炉設置許可に際しての安全審査においては、通常のレベルの運転管理が行
われることを前提としたうえで基本的な安全設計が確保されているかどうかの審査
をするという方針が貫かれており、もし、どのような人為ミスがあつても、また、
どのような運転管理能力であつたとしても基本的な安全設計が確保されるというよ
うな設計は、技術的に極めて困難もしくは殆ど不可能であり、運転員に一定レベル
以上の運転管理能力を期待することは現在の技術水準では不可避であること、が認
められる。したがつて、フエイルセーフ、フールプルーフの機構が備えられている
とはいつても、それは、運転員の一定のレベル以上の運転管理能力が前提となつて
はじめてその有効性が発揮されるのであるから、運転員がより多くの誤操作をして
も安全が保たれるようにとの観点からの見直しをすることは必要であるとしても、
また、運転員の具体的な運転管理という詳細設計以降の段階の問題をより幅広く基
本設計の段階に取り込むことの技術的可能性を検討すべきではあるとしても、その
ことの故をもつて、単一故障指針の考え方に基づいてなされた本件安全審査が合理
性を欠くものといえないことは明らかである。
5 マン・マシーン・インターフエイスに関する主張について
原告らは、TMI事故を論拠として、マン・マシーン・インターフエイス(人と機
械との接点)を安全評価の対象としなかつた本件安全審査の信頼性には疑問がある
かのように主張する。
甲六五号証、六六号証、乙三八号証、三九号証の一、二、証人A及び同Gの各証言
によれば、TMI事故の後、原子炉専門家の間で、同事故のように事故への発展が
遅い過渡事象については運転員の係る割合が大きくなるとして、マン・マシーン・
インターフエイスの問題が大きな課題として取り上げられ、我が国の安全審査会が
昭和五五年六月一〇日TMI事故に関し、「我が国の安全確保対策に反映させるべ
き事項」について取りまとめた事項の中で、制御盤等のレイアウトの設計に関して
人間工学的観点からも検討を行う必要がある旨が指摘されていることが認められ
る。
このように、原子炉施設の設計において、マン・マシーン・インターフエイスの観
点からの検討の必要性は認められるとしても、そもそも右の観点を踏まえた原子炉
施設の設計が基本設計ないし基本的設計方針に係る事項であるかについては必ずし
も定かでなく、仮にこれを肯定するとしても、特にマン・マシーン・インターフエ
イスの問題がTMI事故を契機にクローズアツプされてきた問題であることにかん
がみると、未だ右事故発生以前になされた本件安全審査の合理性が失われるもので
ないことは明らかである。
6 災害評価における放射性物質の放出量に関する主張について
原告らは、TMI事故時における希ガスの環境への放出量が本件安全審査における
災害評価に際しての仮想事故に係る希ガスの放出量約七〇万キユリーを上回つたこ
とを根拠として、右災害評価の不合理性ひいては本件安全審査の不合理性を示すも
のであると主張するもののようである。
しかしながら、前記のとおり、TMI事故において大量の放射性物質が環境に放出
されることとなつた直接の決定的要因は主として人為ミスにあり、このような主と
して具体的な運転管理上の問題に基因したTMI事故における希ガス放出量と、原
子炉設置許可に際しての安全審査において、原子炉の公衆との離隔に係る立地条件
の適合を判断するための媒介として観念的に想定するにすぎない災害評価に係る仮
想事故におけるそれとを単純に比較して、右災害評価の合理性を論じることは失当
である。
なお、前記のとおり、TMI事故における希ガスの環境への放出量の最も確からし
い推定値は約二五〇万キユリーであり、右事故による被曝によつて生じ得るTMI
発電所周辺住民の健康への影響は、被曝がなかつた場合に比べて、無視し得る程度
であるとされているものである。
7 原子炉格納容器の健全性との関連に関する主張について
原告らは、BWRの原子炉格納容器はPWRのそれと比べ容積が小さいため、TM
I事故において発生したような水素爆発がBWRの原子炉格納容器内で生じれば、
原子炉格納容器が破損し、大量の放射性物質が環境に放出される虞れがある旨主張
する。
しかしながら、前記のとおり、主として人為ミスという具体的な運転管理上の問題
に基因したTMI事故において発生したような水素爆発を引き合いに、BWRにお
ける原子炉格納容器の健全性を云々する右主張には、疑問なしとせず、加えて、前
記のとおり、本件安全審査においては、厳しい条件が設定された事故解析により、
冷却材喪失時故時においても水-ジルコニウム反応の結果発生する水素ガスの量は
低く抑えられ、原子炉格納容器の健全性は確保される旨判断され、右判断に合理性
が認められ、また、乙七号証によれば、LOCA時の水-ジルコニウム反応によつ
て発生する水素ガスと酸素との反応により多量の熱が発生する虞れがあることか
ら、本件原子炉施設においては、予め格納容器内の空気を窒素ガスに置換しておく
不活性ガス系設備が備えられていることが認められるのであるから、原告らの右主
張は失当である。
なお、乙七四号証によれば、本件許可処分後の昭和五一年八月の本件原子炉施設に
ついての原子炉設置変更申請及びこれに対する許可により、右の設備に併わせ、L
OCA時に格納容器内の水素或いは酸素濃度を燃焼限界に達しないようにするた
め、水素濃度を四パーセント以下或いは酸素濃度を五パーセント以下に維持できる
ように設計される可燃性ガス濃度制御系設備が設置されることとされたことが認め
られる。
第一〇結論
一 本件許可処分における手続的違法性の有無
前記(第四)のとおり、本件許可処分手続には、これを取り消すべき違法は認めら
れない。
二 本件許可処分における実体的適法性の有無
前記(第五ないし第九)によれば、本件安全審査において、本件許可申請は原子炉
等規制法二四条一項三号(ただし、「技術的能力」の点のみ)及び四号の各要件に
適合するものと判断され、かつ、右判断には合理性があると認められるから、右申
請が右の各号に適合するとして内閣総理大臣によつてなされた本件許可処分にも合
理性があり、適法なものと認められる。
三 結語
よつて、本件許可処分は適法であるから、同処分の取消しを求める原告らの請求は
理由のないことに帰する。よつて、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八
九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 後藤一男 鈴木敏之 金子順一)
(第一図~第九図及び第十二図省略)

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