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令和2年9月29日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
口頭弁論終結日令和2年7月28日
判決
主文
1被告は,原告に対し,20万円並びにうち5万円に対する令和元
年11月16日から支払済みまで,うち10万円に対する同月17
日から支払済みまで,及びうち5万円に対する同年12月11日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを10分し,その1を被告の負担とし,その余を
原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,210万円並びにうち50万円に対する令和
元年11月15日から,うち110万円に対する同月17日から,及
びうち50万円に対する同年12月11日からそれぞれ支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,愛知県弁護士会所属の弁護士である原告が,外国人被疑者
の弁護人として弁護活動に従事した際,被疑者の留置場所である愛知
県昭和警察署(以下「昭和警察署」という。)の留置担当官が,①複
数回にわたり,原告が表紙に「弁護人との接見用」と記入して被疑者
に差し入れたノートの中身を確認し,②被疑者が取調べの内容を同ノ
ートに英語でメモすることを禁止し,③同ノート中の英語による記載
部分を破棄させ,又は日本語のローマ字表記に転記させた上で英語に
よる記載部分を黒塗りさせたことにより,原告の秘密交通権,接見交
通権又は弁護権が侵害されたとして,被告に対し,国家賠償法1条1
項に基づき,210万円並びにうち50万円に対する前記③の行為の
日である令和元年11月15日から支払済みまで,うち110万円に
対する前記①の一部及び②の行為の日である同月17日から支払済み
まで,及びうち50万円に対する前記①の一部の行為の日である同年
12月11日から支払済みまで,それぞれ平成29年法律第44号に
よる改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
る事案である。
2前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の
全趣旨により容易に認められる事実)
⑴当事者等
ア原告は,愛知県弁護士会に所属する弁護士であり,令和元年1
1月9日,訴外A(以下「本件被疑者」という。)の国選弁護人
に選任された者である。
イ本件被疑者は,グレートブリテン及び北アイルランド連合王国
の国籍を有し,英語を使用する者である。本件被疑者は,同月6
日に強盗致傷罪の被疑事実で緊急逮捕され,同月7日に勾留決定
を受け,少なくとも同年12月11日までの間,愛知県昭和警察
署留置施設に留置されていた。
ウ被告は,昭和警察署を置く地方公共団体である。
⑵事実経過
以下の日付は,いずれも令和元年中のものである。
ア原告は,11月8日,当番弁護士として本件被疑者と初めて接見
した。原告は,その際,本件被疑者に対し,後に差し入れるノート
に取調べの内容等を記入し,原告との接見の際には必ず接見室内
に持参し,原告に閲覧させるよう助言した。
イ原告は,同日の接見終了後,コクヨ製B5サイズの「Campu
s」と表書きされたノートの表紙に,黒色油性マジックペンで「弁
護人との接見用」と手書きで書き込んだ上で,本件被疑者に対し,
同ノート(以下「本件ノート」という。)を差し入れた。(乙4)
ウ昭和警察署留置担当官は,同月11日までの間に,取調べの内容
を本件ノートに英語でメモしようとしていた本件被疑者に対し,
英語でのメモは許さないと述べた(以下「本件英語禁止告知」とい
う。)。(甲4,乙5)
エ原告は,同月11日,通訳人を同伴し,本件被疑者と接見した。
その際,本件被疑者は,本件ノートを持参していたが,本件ノート
には書込みが一切なかった。本件被疑者は,本件ノートに書込みを
していない理由として,上記ウの事情を説明した。
オ原告は,同月13日,通訳人を同伴し,本件被疑者と接見した。
その際,本件被疑者は,本件ノートを持参しており,本件ノートに
は英語で書込みがなされていた。
カ昭和警察署留置担当官は,同月16日,本件ノートの内容を確認
した(以下「本件抗議前確認」という。)。
キ昭和警察署留置担当官は,同日,本件ノートに英語での書込みが
あることを指摘し,英語による記載は禁止されているため,日本語
のローマ字表記に転記した上で,英語による記載部分を黒塗りし,
又は破棄するよう求めた(以下「本件破棄要請」という。)。本件被
疑者は,これに従い,英語による記載の一部を日本語のローマ字表
記に転記した上で黒塗りするとともに,その余の英語による記載
部分を破って昭和警察署留置担当官に渡し,破棄するよう依頼し
た。(乙1,甲4)
ク原告は,同月17日,通訳人を同伴し,本件被疑者と接見した。
その際,本件被疑者は,本件ノートを持参していたが,同月13日
の接見において原告に閲覧させたページが破り取られていた。本
件被疑者は,当該ページが破り取られている理由として,上記キの
事情を説明した。
ケ原告は,上記クの接見終了後である同日午後4時50分頃,昭和
警察署留置担当官に対し,同署留置担当官が本件ノートの内容を
確認したことや本件ノートのページを破いたことが違法な接見交
通権侵害であるなどと抗議した。
コ昭和警察署留置担当官は,同日午後7時頃,本件被疑者が留置管
理係のロッカーに戻すために本件ノートを差し出した際,本件ノ
ートの内容を確認した(以下「本件抗議後確認①」という。)。
サ原告は,同月17日,愛知県警察本部長及び昭和警察署長宛てに,
本件に関する抗議書を送付した(同月18日到達)。
シ昭和警察署留置担当官は,12月11日,本件被疑者が洗顔をし
ている際,本件ノートの内容を確認した(以下「本件抗議後確認②」
といい,本件抗議前確認,本件抗議後確認①及び本件抗議後確認②
を併せて「本件各確認」という。)。
ス昭和警察署では,英語による記載は留置担当官が点検できない
という理由から禁止しており,過去に,英語により記載された文書
を発見した際には,被留置者に対し,英語による記載部分を日本語
のローマ字に転記させた上で黒塗り又は廃棄させた。(乙5,6)
3争点及びこれに対する当事者の主張
⑴本件各確認の違法性
ア原告の主張
弁護人との接見の際にやり取りするべき内容及び実際に接見
の際にやり取りした内容を記載した文書は,接見の内容そのも
のであり,接見交通権又は秘密交通権の対象となる。また,弁
護人との信書等のやり取りは,弁護人との接見の代替手段とし
ての意味を持つから,接見交通権又は秘密交通権の対象とな
る。
本件ノートは,弁護人から差し入れられ,弁護人からの助言
等,接見の際にやり取りした内容が記載されるなど,弁護活動
に用いられるものである。また,刑事収容施設及び被収容者等
の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)222
条3項は,弁護人等から受ける信書の検査については,特別の
事情がない限り,当該信書に該当することを確認するために必
要な限度において行うものとすると規定しているところ,その
趣旨は,刑事訴訟法上,被留置者には弁護人等と立会人なくし
て接見する権利が保障されていることに配慮するとともに,弁
護人等がその発する信書に不適切な記述をすることは通常想定
されないことにある。かかる規定の趣旨及び本件ノートの性質
からすれば,少なくとも,同項にいう「特別の事情」がない限
り,本件ノートの検査は外形的なものにとどめなければならな
い。
なお,接見交通権及び秘密交通権は,第三者から接見を妨害
したりその内容を知られたりすることがないよう保障するもの
であるから,捜査担当官との関係に限って保障されるものでは
なく,捜査を担当していない留置担当官との関係でも保障され
る。
本件各確認は,ノートの内容に目を通すものであったから,
違法である。
イ被告の主張
刑事収容施設法212条1項は,留置担当官は,留置施設の規
律及び秩序を維持するため必要がある場合には,被留置者につい
て,その身体,着衣,所持品及び居室を検査し,並びにその所持
品を取り上げて一時保管することができると定めている。留置担
当官は,同項に基づき,被留置者の所持する文書図画の記載内容
に目を通して,留置施設の図面,他の被留置者の氏名等,遺書の
ような自殺企図をうかがわせる事情又は逃走や暴動等の計画に関
する事情が記載されているかどうかを確認している。なお,留置
担当官は,犯罪の捜査には従事せず,業務が厳密に分掌されてお
り(刑事収容施設法16条),留置担当官による所持品検査は,捜
査の実質を伴うものではない。
本件ノートは被留置者の所持品たる文書図画に該当し,留置施
設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる記載がされるおそれ
があるのであるから,「留置施設の規律及び秩序を維持するため必
要がある場合」(同項)に当たる。したがって,本件各確認は適法
である。
⑵本件英語禁止告知の違法性
ア原告の主張
本件被疑者において,その認識,疑問,意見等を最も正確に原告
に伝え,かつ,原告の説明を最も正確かつ速やかに記録するため
に不可欠の行為である。また,被告は,留置担当官が本件被疑者
に任意の協力を求めたにすぎないと主張するが,本件被疑者は,
不本意ながら英語での書込み禁止の指示に従ったものであるか
ら,任意の協力をしたものではない。
したがって,本件英語禁止告知は,実効的な接見を不可能又は
著しく困難にするものであり,原告の接見交通権を侵害する。
イ被告の主張
留置担当官は,文書図画への書込みが外国語による場合には,
留置施設の図面,他の被留置者の氏名等,遺書のような自殺企図
をうかがわせる事情又は逃走や暴動等の計画に関する事情が記載
されているかを確認することができない。また,留置担当官は,
本件被疑者に対し,外国語による書込みをめぐって,任意の協力
を求めたにすぎない。なお,外国語による信書については,被留
置者の費用により翻訳して検査するものとされているところ(刑
事収容施設法228条2項,3項),本件ノートも,後に原告に対
し宅下げされることが予期され,その際には翻訳の上検査するこ
とになる。
したがって,本件英語禁止告知は,強制を伴わない上,刑事収
容施設法212条に基づく必要かつ相当な行為であり,国家賠償
法上違法であるとの評価を受けない。
⑶本件破棄要請の違法性
ア原告の主張
ある出来事を他人に伝達するためには文書に残すことが有用であ
る。また,刑事収容施設法148条及び刑事施設及び被収容者の
処遇に関する規則84条は,外国語の信書であっても国費で翻訳
した上で発信を許すことを原則としている。また,同法228条
はそもそも外国語による文書の作成に関する規定ではないから,
同条を根拠に外国語による文書の作成が禁じられていると解する
ことはできない。
したがって,本件破棄要請は,本件ノートを用いた効率的かつ
実効的な接見を不可能にするものであり,原告の接見交通権を侵
害する。
イ被告の主張
昭和警察署留置担当官は,外国語が記載された文書図画を発見
した際には,所持品検査や外国語による信書の発受との関係上,
文書図画のうち外国語で書き込まれた部分を日本語のローマ字表
記に転記するよう指示して,被留置者の了解のもと,転記しても
らっていた。また,被留置者が前記部分を記載された外国語の意
味内容に沿って正しく日本語のローマ字表記に転記しない危険性
を考慮して,被留置者に対し,その趣旨を説明の上,被留置者自
ら前記部分を破棄したり黒く塗りつぶしたりしてもらっていた。
本件被疑者は,本件破棄要請の後も,母国語である英語を用い
でその認識を伝え,原告においても本件被疑者の発言を理解する
ことができていたから,本件ノートは記憶喚起のツールとして機
能していた。また,留置担当官は,本件被疑者の求めに応じて英
和辞典を貸し出し,任意に,英語記載部分をローマ字に転記さ
せ,本件被疑者に任意に本件ノートの英語記載部分を破らせたの
であるから,強制の契機を伴わない。
そして,外国語による信書については,被留置者の費用により
翻訳して検査するものとされているところ(刑事収容施設法22
8条2項,3項),本件ノートも,後に原告に対し宅下げされるこ
とが予期され,その際には翻訳の上検査することになる。
したがって,本件破棄要請は,強制をともなわず接見交通の実
効性を失わせるものではないので,国家賠償法上違法であるとの
評価を受けない。
⑷法益侵害の有無(各行為によって弁護人である原告の秘密交通
権,接見交通権又は弁護権が侵害されたか否か)
ア原告の主張
接見交通権及び秘密交通権は,弁護人と被疑者との間で,接見
等の内容を第三者に知られたり,妨害されたりすることがないこ
とを保障しているのであり,当該第三者が現に捜査を担当してい
るか否かとは全く無関係である。
そして,本件ノートは,弁護人との接見の際にやり取りするべ
き内容及び実際に接見の際にやり取りした内容を記載した文書で
あって接見の内容そのもの,又は接見の代替手段としての意味を
持つ文書であるから,接見交通権及び秘密交通権の保障を受け
る。したがって,本件各行為は,原告の接見交通権及び秘密交通
権を侵害する。
イ被告の主張
原告は,本件各行為にもかかわらず,本件被疑者と立会人なく
接見し,物を授受することができていた。また,原告が,11月
17日の接見に通訳人を同席していたこと(前記前提事実⑵ク)
からすれば,本件破棄要請があった場合となかった場合とを比べ
て,原告が本件被疑者から得られた情報量に,無視しえないほど
の差異があったとは思われない。したがって,刑事訴訟法39条
1項が保障する弁護人としての原告の権利が侵害されたとの事実
はない。
⑸損害額
ア原告の主張
原告は,本件各行為により精神的苦痛を被った。これを慰謝す
るに相当な金額は,本件抗議前確認及び本件英語禁止告知との関
係で各30万円,本件抗議後確認①,同②及び本件破棄要請との
関係で各50万円の合計210万円である。
イ被告の主張
争う。
第3当裁判所の判断
1本件各確認の違法性(争点1)について
⑴刑事収容施設法212条1項は,留置担当官は,留置施設の規律及
び秩序を維持するため必要がある場合には,被留置者について,その
所持品を検査することができると規定しているところ,その趣旨は,
留置施設の規律及び秩序を害する事態(逃走,凶器を用いた殺傷事案,
不正物品の製作・授受等)の発生を未然に防止することにあると解さ
れる。そして,このような規定の趣旨からすれば,被留置者の所持品
が文書である場合には,留置担当官は,被留置者以外の者の所持品に
対する検査とは異なり,文書の内容の検査,すなわち,留置施設の規
律及び秩序を害する行為の徴表となる記載(例えば,他の被留置者の
連絡先,逃走・暴動の計画に関する記載等)の有無の検査を行うこと
も許されると解される(同条3項,4項参照)。
ところで,刑事訴訟法39条1項が定める被疑者と弁護人等との
接見交通権及び秘密交通権は,憲法34条の保障に由来し,身体の拘
束を受けている被疑者が弁護人等と相談し,その助言を受けるなど
弁護人等から援助を受けるための基本的権利に属するものである
(最高裁平成11年3月24日大法廷判決・民集53巻3号514
頁参照)。そして,被疑者である被留置者が,弁護人等との接見に備
えて取調べの内容や疑問点,意見等を記載し,あるいは接見の内容を
記載した文書(以下,便宜的に「被疑者ノート」ということがある。)
を作成することは,接見行為そのものではないものの,面会時におけ
る口頭の意思疎通を補完し,又はこれと一体となって弁護人等の援
助の内容となるものである。
このような接見交通権及び秘密交通権の重要性,被疑者ノートの
性質に照らせば,刑事収容施設法212条1項に基づき留置担当官
が被留置者の所持品を検査する場合であっても,その対象が被疑者
ノートである場合には,被疑者ノートの秘密の保護のための可能な
限りの配慮をすることが職務上義務付けられていると解するのが相
当である。
⑵これに対し,被告は,被疑者ノートも被留置者の所持する文書に含
まれることや,留置施設の規律及び秩序を維持するための必要性が
あることなどから,被疑者ノートの内容の検査は適法であると主張
するが,上記のような接見交通権及び秘密交通権の重要性,被疑者ノ
ートの性質を踏まえると,被告の主張する理由をもって,直ちに内容
の検査までもが無制限に許容されると考えることは相当ではない。
被疑者ノートの内容の検査がどの程度許容されるかは,留置施設
の規律及び秩序維持の必要性と,秘密交通権の保障の必要性とが衝
突する場面であるから,留置施設の規律及び秩序を維持するための
必要性の程度と,侵害される利益の内容・程度等とを比較衡量して決
することが相当である。
⑶そこで検討すると,被疑者ノートは,それ以外の文書と同様に,被
留置者によって留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる
記載がされる可能性があり,そのような記載の有無を確認するため
に,被疑者ノートの内容の検査をする必要があることは否定できな
い。
もっとも,留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる記
載のうち,それが信書の発信等の方法で留置施設外の他人に伝達さ
れることにより具体的な弊害が生じるもの(例えば,罪証隠滅の指示
や逃走の協力要請等)については,弁護人等に発信される場合には,
発信の相手方の弁護人等による弊害の発生阻止が期待でき(弁護人
等との接見においても罪証隠滅の指示等がなされる抽象的な可能性
はあるものの,秘密交通権が保障されている。),弁護人等以外の第三
者に発信される場合には,発信時の検査及びそれに伴う発信差止め
等の措置(刑事収容施設法222条,224条)による弊害の発生阻
止が期待できる。
また,留置施設外の者に伝達されなくても記載されていること自
体が問題となるもの(例えば,逃走・自殺・暴動の計画等)について
は,逃走や自殺等を企図する被留置者が,必ずしもその所持する被疑
者ノート中に逃走や自殺等を計画する記載をするとは限らないこと
からすれば,内容の検査をすれば,必ず弊害の発生を阻止することが
できるという関係にはない。仮に被疑者ノートに逃走や自殺等を計
画する記載をすることがあり得るとしても,被留置者の言動等には
そうした計画の徴表がなくて,被疑者ノートの内容を検査しなけれ
ば弊害の発生を阻止し得ない場合は極めて限定的なものと考えられ
る上,被疑者ノートは弁護人等が接見時点においてその内容を確認
することが想定されているから(乙10),その際に弁護人等によっ
て逃走や自殺等の計画を認識することが可能である。このようにみ
ると,結局,被疑者ノートの内容の検査をする必要性は,高度である
とはいえない。
他方で,上記のような被疑者ノートの性質からすれば,その内容の
検査をすること自体が,秘密交通権の侵害になり得るものである。そ
して,被疑者ノートの内容が留置担当官,ひいては捜査関係者に知ら
れる可能性があるというのでは,被留置者及び弁護人等において,十
分に防御権又は弁護権を行使することができないこととなるから,
内容の検査により被留置者及び弁護人等が受ける不利益の程度は大
きい。
以上によれば,被疑者ノートの内容の検査により生じる不利益は
大きい一方,留置担当官による内容の検査は,留置施設の規律及び秩
序を害するわずかな可能性を捉えて実施されるものにすぎず,その
必要性が必ずしも高いとはいえないから,秘密交通権を侵害してま
で,内容の検査を優先させることは許されないというべきである。
なお,秘密交通権は,被留置者と弁護人等の間の接見内容が第三者
に知られないことを保障するものであるから,留置担当官が犯罪の
捜査に従事することは禁じられているとしても(刑事収容施設法1
6条3項),留置担当官が被疑者ノートの内容の検査を行うことが秘
密交通権の侵害に当たることに変わりはない。
したがって,被留置者の所持品が被疑者ノートである場合には,被
疑者ノートに対する刑事収容施設法212条1項の検査は,原則と
して検査対象文書が被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確
認する限度で許容されるものであり,外形上,被疑者ノートに該当す
ることが確認された場合には,被留置者の言動等から,留置施設の規
律及び秩序を害する行為の徴表となる事項が記載されるおそれがあ
り,留置施設の規律及び秩序を維持するための高度の必要性が認め
られるなどの特段の事情がない限り,内容の検査を行うことは国家
賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。
⑷これを本件についてみると,本件ノートは,原告がその表紙に「弁
護人との接見用」と書き入れて本件被疑者に差し入れたものである
から,昭和警察署留置担当官は,その外形からして,被疑者ノートに
該当するものと確認することができた。そして,本件被疑者の動静,
処遇等に関する申出の記録(乙1)によれば,本件被疑者の言動中に,
逃走,自殺,通謀その他の罪証の隠滅等の徴表があるとはいえず(被
告においても,こうした徴表の存在を具体的に指摘してはいない。),
本件被疑者について,留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表
となる事項を記載するおそれがあるなどの特段の事情があったとは
認められない。
したがって,昭和警察署留置担当官が本件ノートの内容の検査を
した本件各確認は,職務上の法的義務に違反したものであり,違法で
ある。
2本件英語禁止告知の違法性(争点2)について
⑴刑事収容施設法には,被留置者が,所持品に外国語による記載をす
ることを禁じる旨の規定はない。むしろ,同法228条2項は,被留
置者又はその信書の発受の相手方が国語に通じない場合その他相当
と認める場合には,外国語による信書の発受を許すものとしており,
外国語による信書の発受の前提として,被留置者が所持品に外国語
による記載をすることを想定し,許容しているものと解するのが相
当である。そうすると,留置担当官は,被留置者に対し,所持品に外
国語による記載をすることを禁じることはできないというべきであ
る。
⑵本件被疑者は,原告との接見の際に通訳人を介しており(前記前提
事実⑵),令和元年11月16日に英語による記載の一部をローマ字
表記に転記した際には,「文章が難しいので辞書を貸してください」
と申し出て英和辞書を借りているから(乙5),日本語を一部理解す
ることができたとしても,母国語の英語と比較すれば日本語との理
解や表現の能力に相当程度の差異があり,英語の使用を禁じられる
ことで,本件ノートに取調べの内容や疑問点,意見等を記載する上で
一定程度の支障を生じるものと認められる(本件被疑者の陳述書(甲
4ないし6)についても,本件被疑者は,通訳人ないし日本国籍を有
する本件被疑者の妻の通訳によりその内容を確認している。)。
したがって,本件被疑者において,本件ノートに記載する際に英語
を用いる必要性,相当性があったものというべきである。
⑶以上によれば,昭和警察署留置担当官による本件英語禁止告知は,
被留置者が所持品に外国語による記載をすることを禁じる法的根拠
がないのに,これを禁じたものであり,違法である。
なお,被告は,昭和警察署留置担当官は,本件被疑者に対し,母国
語による書込みをめぐって任意の協力を求めたにすぎず,外国語に
よる記載を強制的に禁止したわけではないと主張する。
しかし,留置担当官と被留置者である本件被疑者の関係性に照ら
せば,昭和警察署留置担当官が外国語による書込みをしないように
指示をすれば,本件被疑者が,かかる指示に反した行動をとることは
困難であるといえるし,昭和警察署では,英語による記載は留置担当
官が点検できないという理由から禁止していたこと(前記前提事実
⑵ス)を踏まえると,本件英語禁止告知が任意の協力を求めたにすぎ
ないものであるとは認められない。
3本件破棄要請の違法性(争点3)について
上記1のとおり,本件ノートは,その外形から被疑者ノートに該当す
ることが確認できるものであり,かつ,本件被疑者について,留置施設
の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項を記載するおそれがあ
るなどの特段の事情があったとは認められない。
したがって,昭和警察署留置担当官が,本件ノートの内容を検査して,
その一部の破棄を求めた本件破棄要請は,職務上の法的義務に違反す
るものであり,違法である。
なお,被告は,本件破棄要請が本件被疑者の任意の協力を求めたもの
で強制の契機を伴わないと主張するが,上記2⑶と同様に,留置担当官
と被留置者である本件被疑者との関係性等に照らし,本件破棄要請が
任意の協力を求めたにすぎないものであるとは認められない。
4法益侵害の有無(争点4)について
⑴本件各確認は,昭和警察署留置担当官が,原告と本件被疑者との間
の情報伝達の内容を確認するものであるから,原告の秘密交通権の
侵害に当たる。また,本件破棄要請は,本件被疑者との間の接見交通
を効率的に行うことを阻害するものであるから,原告の接見交通権
の侵害に当たる。
他方で,本件英語禁止告知については,本件被疑者が,その後,本
件ノートに英語で書込みをし,原告との接見に臨んでいる(前記前提
事実⑵オ)ことに照らし,原告の接見交通権を侵害するものであった
とは認められない。
⑵これに対し,被告は,仮に本件各行為が違法であるとしても,原告
は,本件被疑者との間で,立会人なく接見することができていたこと
や,本件破棄要請があったとしても原告が得た情報量に無視し得な
いほどの差異があったとは思われないことなどから,刑事訴訟法3
9条1項が保障する弁護人としての原告の権利は侵害されていない
と主張する。
しかし,刑事訴訟法39条1項は,弁護人等と被疑者との間の接見
交通権及び秘密交通権について,弁護人にとって固有権の重要なも
のの一つとして保障する趣旨であるから(最高裁昭和53年7月1
0日第一小法廷判決・民集32巻5号820頁等参照),仮に実際の
接見に支障が生じなかったとしても,上記1⑶記載の特段の事情な
く被疑者ノートの内容を確認すること自体が秘密交通権の侵害に当
たると解するのが相当である。
また,本件破棄要請の影響についてみると,前記2⑵のとおり本件
被疑者が日本語のローマ字表記を正確に理解できない可能性がある
ことを前提とすると,接見においては,原告が日本語のローマ字表記
を読み取って本件被疑者に確認し,本件被疑者において説明を加え
るなどの手間が必要になるのであり,本件破棄要請がなかった場合
と比べて,情報伝達の迅速性が害されるとともに,伝達される情報量
も減少した蓋然性がある。こうした事情に加え,憲法34条が,被疑
者が弁護人等に相談し,その助言を受けるなど弁護人等から援助を
受ける機会を持つことを実質的に保障していること(前記最高裁平
成11年3月24日大法廷判決)をも踏まえれば,本件破棄要請は,
原告の接見交通権を侵害するものであったと認めるのが相当である。
5損害額(争点5)について
上記のとおり,原告は,本件各確認により秘密交通権を侵害され,本
件破棄要請により効率的な接見の実施を阻害されたものと認められる。
もっとも,原告の業務に具体的な支障が生じたとまでは認められない
こと(弁論の全趣旨)を考慮すると,本件各確認及び本件破棄要請によ
る原告の精神的苦痛を填補するのに必要な慰謝料の額は,本件抗議前
確認,本件抗議後確認①,本件抗議後確認②及び本件破棄要請のそれぞ
れにつき5万円と認めるのが相当である。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,被告に対し,20万円並びにうち5万
円に対する令和元年11月16日(本件破棄要請のあった日)から支払
済みまで,うち10万円に対する同月17日(本件抗議前確認のあった
日の翌日かつ本件抗議後確認①のあった日)から支払済みまで,及びう
ち5万円に対する同年12月11日(本件抗議後確認②のあった日)か
ら支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると認め
られるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきである。なお,
仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととする。
よって,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第7部
裁判長裁判官前田郁勝
裁判官今城智徳
裁判官白鳥葵

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