弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 本件埋立免許処分の取消しを求める原告らの請求を棄却する。
二 本件埋立竣功認可処分の取消しを求める原告らの訴えを却下する。
三 訴訟費用は、原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
〔原告ら〕
一 被告が、昭和四八年六月二五日、参加人に対し、港湾二九号指令をもつてした
伊達市<以下略>、<以下略>及び<以下略>並びに国有鉄道用地の地先海面三
三、七九五・九〇平方メートル(被告の昭和五〇年五月一四日付変更許可により二
二、〇九二・四二平方メートルに縮小)の公有水面埋立免許処分を取り消す。
二 被告が昭和五〇年一二月一八日参加人に対してした第一項の公有水面埋立竣功
認可処分を取り消す。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
〔被告〕
(本案前の答弁)
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
(本案に対する答弁)
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
〔請求原因〕
一 原告a、同b(以下「伊達原告ら」という。)は、伊達漁業協同組合(以下
「伊達漁協」という。)の正組合員であり、その余の原告ら(以下「有珠原告ら」
という。)は、有珠漁業協同組合(以下「有珠漁協」という。)の正組合員であ
る。伊達漁協は、請求の趣旨第一項掲記の公有水面を含む海域に第一種区画漁業権
(海区四八号)及び第一ないし第三種共同漁業権(海共一三五号)を有し(別図
(一)参照)、有珠漁協は、右海域の北西側の海域に第一種区画漁業権(海区四七
号)及び第一ないし第三種共同漁業権(海共一三四号)を有し(別図(二)参
照)、原告らは、各所属漁業協同組合の漁業権行使規則により、前記各海域で漁業
を営む権利を有していたところ、本件埋立免許処分当時の各漁業権は、昭和四八年
八月三一日をもつて存続期間の満了により消滅し、同年九月一日、伊達漁協は、第
一種区画漁業権(伊海区一号)及び第一ないし第三種共同漁業権(胆海共七号、八
号)の免許を受け、有珠漁協は、第一種区画漁業権(伊海区二号)及び第一ないし
第三種共同漁業権(胆海共五号、六号)の免許を受けた。伊達漁協が同年九月一日
に免許を受けた右漁業権の漁場の区域には本件埋立海域が含まれていないが、本件
埋立免許は、後記のとおり違法であるから、伊達漁協が後日右埋立海域をも漁場の
区域に含むよう漁業権の免許を申請するなどの方法をとれば、右埋立海域は、当
然、右漁業権の漁場の区域に含まれる。したがつて、伊達原告らには、埋立免許の
取消しを求める訴えの利益がある。また、仮に、本件工事が完了したとしても、埋
立免許の取消しを求める訴えの利益がなくなるものではない。埋立免許が取り消さ
れれば、参加人は、埋立地を撤去して原状に回復する義務を負う(昭和四八年法八
四号による改正前の公有水面埋立法〔以下同じ。単に「公有水面埋立法」又は「埋
立法」という。〕三五条)。本件埋立地約二二、〇〇〇平方メートルの撤去は物理
的に不可能ではないし、経済的損失は、本訴提起にもかかわらず埋立工事を強行し
た参加人が受忍すべきものである。
二 被告は、昭和四八年六月二五日、参加人に対し、伊達火力発電所(以下「伊達
火発」ともいう。)新設工事に伴う取水口、取水路、物揚場、荷置場などの施設用
地の造成のため、港湾二九号指令をもつて、伊達市<以下略>、<以下略>及び<
以下略>並びに国有鉄道用地の地先三三、七九五・九〇平方メートルの公有水面に
つき埋立免許を与え、昭和五〇年五月一四日、当初の埋立面積を二二、〇九二・四
二平方メートルに変更する旨の許可をした。
なお、後記被告の主張第一項1及び2(ただし、取水口外かく施設が伊達火発の建
設及び操業に不可欠であること、被告が本件埋立ての漁業に及ぼす影響その他につ
き慎重かつ十分な調査、検討を行なつたとの部分を除く。)の事実は、おおむね認
める。
三 本件埋立免許処分は、次のとおり違法事由があるから、取り消されるべきであ
る。
1 本件埋立免許は、本件公有水面に権利を有する者がないことを前提としている
が、伊達漁協は、本件公有水面に共同漁業権を有する。
伊達漁協では、昭和四七年五月三一日に開催された総会で、漁業権放棄(別図
(三)参照)を賛成一〇三票、反対四三票で議決したが、この総会の決議は、次の
理由で当然無効である。
(一) 水産業協同組合法(以下「水協法」ともいう。)五〇条は、漁業協同組合
が漁業権を放棄するには、総会で総組合員の半数以上が出席し、その議決権の三分
の二以上の多数による議決を必要とする旨定める。しかし、漁業を営む権利は、漁
民にとつては生存の基礎をなす生活権的財産権である。前記法律の規定は、多数者
によつて少数者の生活権を奪う結果となることを認める点で、憲法二五条、二九
条、三一条に違反し、無効である。
(二) 仮にそうでないとしても、漁業協同組合がその有する漁業権の全部又は一
部を放棄するには、水協法五〇条による総会の特別決議だけでは足りず、漁業権行
使規則の変更の場合と同様、特定区画漁業権又は第一種共同漁業を営む組合員のう
ち、地元地区又は関係地区内に住所を有するもの(本件の場合は、伊達漁協の組合
員全員)の三分の二以上の書面による事前の同意が必要であると解すべきである
(漁業法八条五項、三項)。しかし、右伊達漁協の総会決議の場合には、この書面
による同意がないから、本件漁業権一部放棄の決議は、無効である。
(三) 伊達漁協の漁業権一部放棄の決議は、錯誤に基づく意思表示であるから、
無効である。
伊達火力発電所建設に伴う漁業への影響については、昭和四六年七月、日本水産資
源保護協会が伊達市から調査を依頼され、同年一二月「中間報告」を発表した。中
間報告は、(1)温排水の拡散範囲につき、七度C温度の高い温排水が毎秒二二立
方メートル放出された場合、海水より一度C温度が高くなる表層水(一メートルの
厚さ)は、半径七八〇メートルの半円形の範囲を超えて分布することはなく、潮流
による移動を考慮しても、放水口から海岸線の左右に一、五〇〇メートルの距離を
超えることはない旨、(2)冷却用水取水によるホタテガイ浮遊幼生の減耗は、
四・六パーセント以下となるなど、実際よりも影響が小さくなるとの誤つた見解を
打ち出していた。伊達漁協の組合員の大部分は、右中間報告を権威ある専門家の正
確な調査として受け入れ、漁業への影響は少ない旨誤信した結果、前記のような決
議に至つたものであり、この錯誤は、意思表示の重要な部分に関するから、前記決
議は、民法九五条により無効である。
四 右総会決議当時、賛成一〇三票の中には、第一種共同漁業(コンブ、ホタテガ
イなどの養殖)を営んでいない者、正組合員資格のない者が少なくとも二〇名はい
た。これらを賛成票から差し引くと、賛成者は、法定の三分の二に達しない。
2 本件公有水面の埋立てにより、有珠漁協は、その組合員の生活の基礎をなす漁
業権に重大な影響を受けるが、被告は、本件埋立免許を行なうに当たり、利害関係
人たる有珠漁協に告知聴聞の機会を与えていない。本件埋立免許は、憲法二九条、
三一条に違反し、無効である。
本件公有埋立水面の埋立てにより、有珠漁協の漁業権は、次のような各種影響を受
ける。
(工事中の被害)
(一) 本件工事海域の海底は、泥及び砂であり、時期によつてヘドロの推積もみ
られる。この海域に設置した刺し網の目にヘドロがつまることがあり、水深五メー
トルぐらいのところからは、砂には生えないゴムという藻が生えている。
(二) 本件工事海域の沿岸流は、北西流(北西に向かう流れ)が圧倒的に多く、
その流れの力も強い。
本件工事海域は、噴火湾の北東部に位置する。噴火湾全体は、直径約五〇キロのほ
ぼ円形状の内湾であり、南東方向に幅約二五キロの開口部によつて外洋(太平洋)
と連なつている。
噴火湾の海況は、四つの時期に分けられ、四月、五月は親潮系水流人期、六月から
八月は親潮系水滞留期、九月、一〇月は津軽暖流水流入期、一一月から三月は津軽
暖流水滞留期であり、沖合三、〇〇〇メートル以遠では、夏期には時計回り、冬期
には反時計回りの環状流となつている。しかし、沿岸流は、この環状流とは別に複
雑な流向を示す。沿岸流は、右の環状流の反流として反対方向に流れる場合もあ
り、風向きによつて決定される場合もある。また、太平洋からの波浪の入射方向に
よつて決定される場合もある。七月ころから一〇月ころまで太平洋における台風の
通過による大きなうねりが湾内に浸入した場合は、伊達地先の沿岸流は、強い北西
流となる。
長和地先の沿岸流は、少なくとも夏期には北西流が卓越しており、参加人は、この
最も北西流の卓越する四月から一〇月にかけて、しゆんせつ工事をしたのである。
(三) しゆんせつは、海の濁りの最大の原因である。
海の濁りは、日光をさえぎるため、藻場を死滅させ、また、赤潮の深刻化、頻発
化、悪性化の原因となる。
ノリ、ワカメ、コンブなどの海中植物も、海の濁りによる日射量の減少によつて生
育を阻害される。これら海中植物は、魚のように自由に移動できないから、大きな
被害を受ける。
しゆんせつによる浮泥が海底に堆積すると、タコ、ナマコその他各種貝類などの底
棲動物が死滅する。
魚貝草類は、毎年一定の時期に放種、放卵する。
種子や稚貝は、特に汚濁水に弱く、汚濁水の中では附着が悪くなり、生育も阻害さ
れ、窒息枯死する場合もある。逆に、有害な寄生虫が増えるおそれもある。放種放
卵期のような重要な時期にそれらが死滅すると、資源量の減少は、何代にも及ぶ。
しゆんせつ工事は、昭和四九年四月から同年一〇月まで行なわれたが、この間に放
種、放卵、採種するノリ、ワカメ、コンブ、ホタテガイなどは、汚濁水と海水自体
の夏期の温度上昇によつて壊滅的な被害を受けた。
有珠原告らの漁業は、のぞき箱で海底をのぞいてヤスで獲物をとる突磯漁業(獲物
は、ワカメ、コンブ、ナマコ、アワビ、エムシなど)とノリ、ワカメ、コンブ、ホ
タテガイなどの養殖漁業及び刺し網ではたはたなとの魚をとる漁業に大別され、そ
のうち、突磯漁業の漁獲高は、全漁獲高の七割以上を占める。伊達原告らの漁業
は、突磯を行なわず、養殖と網で魚をとる漁業を営んでいる。
海が濁ると、視界が悪くなるため突磯漁業ができなくなる、これは、突磯漁業の出
漁日数の減少だけでなく、採取の適期を失するという面でも損害をもたらす。
(四) 主な魚貝草類の海水汚濁による被害を以下にふえんする。
ノリ、ワカメ、コンブの被害
ノリは、伊達漁協の漁場では少なく、有珠漁協の漁場で多く養殖している。九月に
水温一八度Cになつてから、海中に網●を張る。干潮時に二ないし四時間干出する
水位にあるのが健全な生育をする。四〇ないし五〇日で摘採を始める。ワカメの養
殖は、伊達・有珠漁協いずれの漁場でも行なわれており、七月末から八月中ころま
での間に種網を海中に入れて育て、一〇月中ころから本網に種糸をまきつけ、潮通
しのよい水深二メートルぐらいにつり下げて養殖する。コンブの養殖も、伊達・有
珠両漁協の漁場で行なわれている。養殖の方法は、ワカメと同じであるが、一年生
と二年生とがあり、二年生コンブは、海底で養殖する。ワカメ養殖施設に多量のコ
ンブがつくので、ワカメの裏作として生産されている。
昭和四六年度の伊達漁協の生産高は、ワカメ四八トン、コンブ一トンであり、有珠
漁協のそれは、ノリ(生)五トン、(乾)一五五、四七〇枚、ワカメ(生)三五ト
ン、(乾)一八トン、コンブ三六トンである。
これらの養殖海草に懸濁物質が附着すると、芽いたみ、白腐れ病、どた腐れなどの
病害を発生し、糸状菌着生の原因ともなる。
ホタテガイの被害
ホタテガイは、伊達・有珠両漁協とも主力養殖漁業であつて、昭和四六年度の伊達
漁協の生産高は七二トン、有珠漁協のそれは四トンである。
ホタテガイの成・稚貝とも、懸濁水や低溶存酸素の環境に極めて弱い。懸濁濃度
〇・一パーセントでは、成貝の約五〇パーセント、稚貝では〇ないし二〇パーセン
トに減少してしまう。特に、殻長一七ないし一九ミリの底生生活移行直後の稚貝で
は、〇・〇五パーセントの含有で死滅する。しゆんせつによる懸濁濃度が、ホタテ
ガイに何らの影響も与えない値以下になるとの保障はない。
魚類に対する被害
伊達漁協の漁場では、さけ、ます、すけそ、いか、さば、かれいなどの魚類を、有
珠漁協の漁場では、さけ、ます、かれい、はたはたなどの魚類をとつている。
これらの魚類は、回遊魚であり、海洋が汚染された場合、汚染海域から逃避し、回
遊路を変更する。普通、回遊魚は群をつくつて海中を移動するので、汚染海域に
は、これらの魚類が姿を消してしまい、生産は、全く不可能となる。
(五) 参加人の行なう海水汚濁防止対策は、効果がない。
沈澱池は、しゆんせつ工事自体による海水の汚濁については効果がない。沈澱池に
泥土が堆積し、水深が浅くなるに従い、排出される汚濁水の濃度は高くなり、最終
的には、沈澱池は何ら意味をなさない。
そもそも、沈澱池といつても、埋立予定地の区画した部分にすぎず、しゆんせつし
た土砂まじりの海水を長時間滞留させておく仕組みのものではない。土砂まじりの
海水は、常時、沈澱池に流入され、そこを流れて排出されるのであるから、粒の大
きい砂は沈澱するが、微細な泥土は沈澱せず、かえつて、沈澱しかかつた土砂を流
れにまきこんで排出された。
また、海水汚濁防止シートは、その構造及び強度の両面で全く不完全であり、汚濁
防止の効果がない。
すなわち、シートをつけ下げて海面に浮かんでいるフロートとフロートとの間には
約五〇センチのすき間があり、少し高い波は防げない。海中のシートとシートとの
継ぎ目の網がゆるんで、五センチぐらいのすき間ができている箇所がある。シート
の下部は、海底に密着しておらず、一メートルぐらいのすき間がある。海面では、
一見、汚濁水がさえぎられているように見えても、海底のすき間から汚濁水が流出
した。シートの布の目にしても、水を通す以上、ごく微細な土砂も通すはずであ
る。逆に、シートの布の目が土砂でつまり、シートの用をなさなくなることもあつ
た。次に、シートの強度であるが、昭和四八年一〇月二八日の時化の際、シートが
無残に破損した事実を注目すべきである。詳述すると、フロートのカバーが壊れ、
フロートの中味(発泡スチロール)が飛び出して散逸し、シートの布が破れたし、
フロートとシート、シートとシート、シートと重りをつなぐロープないしワイヤー
が切れ、止め金部分も破損した。当日の長和地先の最大風速は、参加人の観測によ
つても毎秒二〇メートルというのであり、この毎秒二〇メートルの風も、最大瞬間
風速であり、長時間継続して、この風速の風が吹いていたわけではない。本件工事
海域のすぐ近くに設置してあつた養殖施設は、当日の時化でも全く壊れていないの
である。
工事の被害を問題にする場合、参加人は、自ら定めた海水汚濁防止対策すら完全に
は守らなかつたことを重視すべきである。例えば、昭和四八年七月から着手された
東護岸捨石工事で、参加人は、投石する前、石を水で洗うと言つていたが、泥のつ
いた石をそのまま投石したし、悪天候のときは工事をしないと言つていたが、同年
九月二四日、悪天候でシートのフロートを越える波が出ていたのに、石材投入工事
をしていた。
(六) 昭和四九年に入つてから、海が広範囲に濁つているため、有珠原告らの突
磯漁業の出漁日数は、従前の五割以下(ウニ漁では一割)に減少した。
海が濁つた原因は、参加人の本件工事及び本館工事に起因する。
昭和四八年七月から一〇月末まで行なわれた東護岸捨石工事により、本件工事海域
とその周辺に土砂が堆積した。
本館基礎工事に伴い、汲み上げられた大量(一日約七、〇〇〇トン)の地下水(淡
水)が、この海域に排出された。東護岸ができたため、従前、北西流に対して自然
の防潮防波堤の役割を果たしてきたエントモ岬の機能が失われ、長流用からの汚濁
水が北西流にのつて、直接、エントモ岬西側の有珠漁協の漁場に流入するようにな
つた。これまでも長流川の汚濁水が右漁場に流入したことはあるが、その濁りは、
数日で消え、昭和四九年に入つてからのように何日も続くことはなかつた。
漁民は、エントモ岬などの自然の地形を生かし、それに適つた漁法を行なつてき
た。本件埋立てに伴う東西の護岸の築造は、エントモ岬の消滅と同じ結果をもたら
す。
(七) ワカメの種糸やホタテガイ養殖施設の綱に泥がつき、ワカメの種子やホタ
テガイの稚貝の附着率が昭和四九年に入つてから特に悪くなつた。しかも、泥のつ
き方が例年になく下(東側つまり本件工事現場方向)の綱に目立つて多い。これ
は、下潮(有珠に向かう流れ)が多いことによるだけでなく、海の泥が本件工事に
起因していることを示している。
漁民、特に有珠原告らにとつては、海の濁り自体が被害なのである。
(八) 参加人は、昭和四九年七月三日に本件工事海域に海水汚濁防止シートを張
りめぐらしたが、その直後からシート内の海水が赤褐色に濁つた。この濁りは、右
海域の海底に堆積している微細な土砂と異常発生したプランクトン(赤潮)による
ものと考えられる。
本件工事海域には、し尿処理場の排水に含まれる窒素やリンなどの栄養塩が多く、
赤潮発生の素地があつたが、そこにシートを張つて表層海水を停滞させ、かつ、海
底のヘドロや土砂(長期間沈降しないところからみて、ごく微細な土砂である。)
が混合し、海水の夏期の温度上昇と相まつて、赤潮現象を惹き起こしたものと思わ
れる。同月五日には、赤褐色の濁水がシートの上部及び下部からシート外に流れ、
二筋の帯状をなして北西流にのり、エントモ岬を越え、有珠漁協の漁場に流入し
た。この濁りにより、シート内の東護岸や岩に生育していた天然のコンブは、どろ
どろに腐つた。
しゆんせつ工事の時期は、ワカメの種子やホタテガイの稚貝が育つ時期に当たり、
海水の温度が上昇する時期であり、北西流が一年で最も卓越する時期である点で、
漁民、特に有珠原告らにとつては、最も悪い時期であつた。
(工事完成後の漁業環境悪化)
(一) しゆんせつ部分は、自然の海底を七メートルの深さに掘り下げるものであ
るから、そこに漂砂かたまり、これを取り除くために、本件工事完成後も随時しゆ
んせつを繰り返さざるを得す、これが海水汚濁の原因となる。安定状態にあつた海
底が物理的に変形されると、不安定性が増し、ヘドロや土砂が乱れ移動し、海水汚
濁を生じる。
(二) 返し波は、自然の岩の海岸においても発生する。現に、エントモ岬南西側
の有珠漁協の漁場で、沖合五〇〇メートルぐらいにある養殖施設が返し波で引つく
り返される事故があつた。本件の護岸及び防波堤に消波ブロツクが使われるとして
も、返し波の発生を避けられない。
自然の砂浜は、波を消す作用をする。本件埋立てにより、エントモ岬東側の約八〇
〇メートルの自然の砂浜がなくなり、五一九メートルの東護岸及び防波堤と一六五
メートルの西防波堤ができる。これによる返し波は、周辺の小型漁船の航行を困難
にし、養殖施設を破損流出させるおそれがある。有珠漁協の組合員の養殖施設は、
西防波堤からわずか一〇〇メートルぐらいのところから設置してある。
(三) 護岸及び東西の防波堤ができることによつて海岸の地形が変わり、潮流に
変化をきたす。
エツトモ岬は、自然の防潮防波堤の働きをしているが、護岸と東西の防波堤は、こ
の働きをなくしてしまい、強い北西流が直接エントモ岬西側の有珠漁協の漁場に浸
入してくるようになり、そこに土砂を堆積させる。土砂がたまると、底棲動物が被
害を受けるし、水深が浅くなつて養殖漁場としても不適になる。
現に、東護岸の西側の海岸に土砂が堆積している。
あるところに土砂がたまるのは、他の部分の土砂が運びとられることを意味する。
防波堤をつくると、海岸線の状態が変わる。
(四) 長和地先の海域は、もともと、混湾築造及び埋立てに不適な場所である。
この海域は、潮の流れが強く、また、流れが複雑なので、自然の海岸を人工的に変
えたり、防波堤を築造したりすれば、周囲の海岸及び海底に変化(浸食、堆積)を
きたす。
現に、本件埋立現場から東方約五キロの伊達市西浜に修築工事中の伊達漁港では、
潮流の変化で工事開始後しだいに砂浜が削り取られ、約二〇〇メートルの防波堤が
できた現在、四〇メートルも海岸線が後退した。
また、本件東護岸自体が全体として沈降している。
(取水による被害)
本件公有水面の埋立ては、伊達火力発電所の取水口、取水路、物揚場、荷置場など
の施設用地の造成を目的とする。取水する海水の量は、毎秒二二トン、一日約一、
九〇〇、〇〇〇トンに達する。冷却用に取水されて海水は、タービンの復水器を通
るときの急激な温度上昇(人ないし一四度C)、かく乱により、その中に生存する
プランクトン類やホタテガイの稚貝(浮遊幼生)の大半を死滅させる。ホタテガイ
養殖は、伊達・有珠両漁協の有力な漁業対象であり、噴火湾は、我が国のホタテガ
イ種苗の唯一の供給地である。プランクトン類の減少は、これを餌にしている漁貝
草類の生育に悪影響を及ぼす。大量の海水の取水は、周辺の漁業資源を減少させ
る。確かに、取水口は伊達漁協の漁場に建設されるが、取水口と有珠漁協の漁場と
の距離は、わずか四〇〇メートル程度であり、海水は常に流動しているから、取水
によつて有珠漁協の漁場の漁業資源が減少する。(温排水による被害)
取水された海水と同じ量一の温排水が海中に放出される。温排水は、タービンの復
水器を通るときに温度が上がり、伊達火発の放水口では、参加人の説明によつても
夏季五度C、冬季七度C、海水より温度が高くなる。魚貝草類は、一般に少しの温
度差にも敏感に反応する。温排水の放水口は、伊達漁協の漁場内に建設されるが、
その位置は、有珠漁協の漁場から約一、六〇〇メートルしか離れていないうえ、長
和地先の接沿岸流は、伊達から有珠方向に向かう北西流が卓越しているから、温排
水は、有珠漁協の漁場に達し、漁業環境に種々の悪影響を惹き起こす。室蘭地区水
産業改良普及所か実施した小苫牧共同火力発電所(昭和四六年五月運転開始、出力
五〇万キロワツト)放水口地先海域におけるホツキ貝資源調査によれば、温排水放
出前の昭和四五年一〇月の資源量に比べて、昭和四八年三月の資源量は約三二パー
セントに減少し、そのうち、特に年齢五歳以下の若令貝は、昭和四五年当時の約一
一パーセントと著しく減少している。
公有水面埋立法五条は、公有水面に権利を有する者の範囲を公有水面の占有権者、
漁業権者、入漁権者、法令又に慣習によつて公有水面より引水をし、又は公有水面
に排水をする者と列記するが、以上に述べた各種被害状況から考えると、有珠漁協
は本件公有水面において引水又は排水する者と同程度又はそれ以上に重大な利害関
係を有し、埋立法によつて保護される資格があると解すべきである。
3 本件埋立免許は、埋立てによる影響につき十分な事前調査をしないでなされ
た。
公有水面の埋立ては、単に、そこで漁業を営む者に影響を与えるだけでなく、自然
を破壊し、環境変化につながる。被告は、本件埋立免許を行なうに当たり、事前に
漁業及び自然環境に与える影響につき十分な科学的調査を尽くすべきであつたの
に、これを怠つた。行政は、環境保全につき責任を負う。環境権は、手続面から入
ると、行政に対し、環境に影響を与える行為をする場合には、事前に十分な科学的
調査をすることを義務づける。したがつて、これを怠つてなされた本件埋立免許は
違憲無効である。
4 環境権の侵害
環境権は、健康で快適な生活を営むために必要な条件を充足した良い環境を求め、
支配する権利であり、これらの環境の侵害を排除し得る権能をもつ排他的な権利で
あつて、強いてその根拠を憲法に求めれば、二五条の生存権、一三条の幸福追求
権、一一条の基本的人権の不可侵性に由来する。その客体は、空気、水、土壌、日
照、静穏、景観などである。実定法上も、国民の環境権は保護されている。行政
は、環境を保全する義務を負つており、行政が自ら環境破壊行為をしたり、他の環
境破壊を許容することは、当然違法となる。
本訴において、原告らが主張する環境権の内容は、エントモ岬周辺の自然の海岸、
海域、海水及びこれらを含む一体としての自然景観である。海域が埋め立てられ、
自然の海岸が失われ、海水が汚濁され、大量の温排水が排出されること自体、環境
の破壊である。生態系のバランスを乱すことである。海は、漁民だけのものではな
い。特に、有珠海岸は、島や岩礁に恵まれ、遠浅の海岸があり、良好な海水浴場、
キヤンプ場として名高く、釣客も多い。景観も勝れている。道民の保養地として保
存されるべき地域である。自然環境は、一定の広がりをもつ全体として存在して価
値がある。その一部の破壊も全体の価値を損う。大事なことは、自然環境は、一度
破壊されると元に回復させることが事実上不可能であり、金銭で評価するこ」とも
できないという点である。
5 本件埋立免許は、公益性の原則に反する。
一般に、公有水面埋立免許は、公益性の原則に適合していなければならないとされ
る。この要件は、土地収用法二〇条三号の「土地の適正且つ合理的な利用に寄与す
るものであること」と同趣旨である。被告は、本件埋立免許を行なうに当たり、最
も重視すべき原告らの漁業を営む権利及び住民の環境権を不当に軽視し、北海道の
保養地であり、農漁業の適地である伊達地方の自然的社会特性を看過し、国民に食
料を供給する農漁業の公共性を忘れ、電源開発を押し進める古い経済成長優先主義
にとらわれ、代替手段の比較検討も尺くさず、一営利企業だけが利益を受ける結果
となる埋立て(公共港湾になるのではない。)を認めた点で、公益性の原則に反す
る判断をした違法がある。
公益性の判断をする場合、本件埋立てが原告らを含む住民に何らの利益をもたらさ
ず、かえつて、不利益のみを強いるものであること及び本件埋立ては伊達火力発電
所の建設に必ずしも必要ではないことを重視すべきである。
すなわち、取水口設備のためだけであれば、本件埋立免許のごとき広大な海面の埋
立ては必要でない。例えば、導水管方式など埋立てによらない工法がある。機材陸
揚げのためには、約二〇キロ離れた室蘭港を使えないという理由はない。重量機材
を積載する超大型トレーラーなどの開発製作、途中の道路、橋などの補強は可能で
あるし、横断歩道橋は、一時的に取り外すこともできよう。費用を措しまなけれ
ば、陸上輸送も不可能ではないはずである。本件埋立地に機材を陸揚げしても、据
付場所まで更に一キロ以上いずれにしても陸上輸送しなければならないのである。
現に、被告は、昭和四七年七月二一日の道議会本会議で、伊達火発の伊達市立地の
理由の一つとして、建設用の重量物運搬のための港湾が近くにあることを挙げてい
る。これが室蘭港をさしていることは、明らかである。
ひるかえつて、そもそも陸上輸送さえ困難な大型重量機材を使う大容量の火力発電
所を建設することは、参加人にとつては採算上好都合かもしれないが、住民にとつ
ては、機材陸揚げという名目で埋立てを強いられ、公害の被害も大きくなる点で迷
惑この上ない。
四 被告は、昭和五〇年一二月一八日、参加人に対し、本件公有水面埋立竣功認可
をした。
五 本件埋立竣功認可処分は、次のとおり違法事由があるから、取り消されるべき
である。
1 既に詳細に主張したとおり、本件埋立免許自体が違法であるから、前提処分の
違法が承継され、後続処分たる本件埋立竣功認可も当然違法となる。
2 本件工事は、昭和五〇年一二月一八日当時、未だ竣功していなかつた。
六 よつて、原告らは、本件埋立免許処分及び本件埋立竣功認可処分の取消しを求
める。
〔本案前の抗弁〕
(伊達原告らについて)
一 伊達漁協は、所定の手続を適正に履践したうえ、昭和四七年七月四日、被告に
対し、本件公有水面を含む海域につき同漁協が有する区画漁業権(海区四八号)の
漁場の区域及び共同漁業権(海共一三五号)の漁場の区域から、伊達火力発電所の
取水口、取水路、物揚場、荷置場などの施設及び防波堤(以上の施設を総称して、
以下「取水口外かく施設」という。)並びに放水口施設に必要な区域(以上、別図
(三)の赤斜線の部分)を除く区域とすることを内容とする右各漁業権の変更免許
の申請を行ない、右申請を受けた被告は、所定の手続を経て、昭和四八年六月二五
日、伊達漁協に対し、申請どおり漁業権の変更を免許する旨の漁業権変更免許処分
を行なつた。
すなわち、本件公有水面における伊達漁協の各漁業権は、被告の漁業権変更免許処
分により、本件訴えの提起前においていずれも確定的に消滅し、これに伴い、右公
有水面における伊達原告らの「組合員の漁業を営む権利」も同様に消滅した。
したがつて、伊達原告らは、本件公有水面につき何らの権利も有しておらず、本件
訴えについての原告適格がない。
二 漁業法二一条は、漁業権の存続期間につき規定している。漁業権は、右規定に
定める存続期間が満了することによつて当然消滅し、たとえ存続期間経過後におい
て同一海域に同種の漁業権が設定されたとしても、漁業法上において漁業権の存続
期間の延長又は漁業権の更新についての規定が存しない以上、それは、新免許に基
づく漁業権が設定されたのであつて、従前の漁業権の存続期間が延長され、又は従
前の漁業権が更新されたのではない(昭和三七年法一五六号による改正前の漁業法
二一条参照)。
伊達漁協が有する前記各漁業権は、ワカメ養殖業、コンブ養殖業、ノリ養殖業及び
ホタテガイ養殖業(第一種区画漁業)を内容とする区画漁業権(特定区画漁業権)
並びに共同漁業権であるが、右区画漁業権の免許の日は昭和四三年九月一日である
から、同漁業権の存続期間は同日から五年後の昭和四八年八月三一日、また、右共
同漁業権の免許の日は昭和三八年九月一日であるから、同漁業権の存続期間は同日
から一〇年後の同じく昭和四八年八月三一日をもつて満了した。
したがつて、右各漁業権は、いずれも時の経過によつて当然に消滅したものである
から、現時点においては、被告のなした各漁業権の変更免許の適否につき論ずる必
要はない。
なお、昭和四八年九月一日に伊達漁協に対して新たに漁業権の免許がなされている
が、取水口外かく旅設及び放水口施設に必要な区域の公有水面については、右漁業
権の漁場の区域に含まれていない。
以上の次第で、伊達原告らは、本件処分の取消しによつても、右漁業権に基づく同
原告らの「組合員の漁業を営む権利」を回復することは法律上不可能であり、同原
告らには、本件訴えについての利益がない。
(有珠原告らについて)
一 有珠原告らは、参加人に対する本件処分の取消しを求めて出訴しているが、第
三者が他人に対してなされた行政処分を争つて出訴する場合に、その第三者の法益
が当該行政処分を行なう根拠法規によつて直接保護されていなければ原告適格は認
められず、その者が当該行政処分がなされる以前に享受していた利益は、当該法規
が行政権の行使に一定の法的制約を課している結果たまたま保護されている反射的
利益にすぎない。
1 公有水面の埋立てに関し、公有水面埋立立法は、四条において「埋立ニ関スル
エ事ノ施行区域内ニ於ケル公有水面二関シ権利ヲ有スル者」がある箱場合は、原則
としてその者の同意がないときは埋立免許をなし得ない旨規定し、五条において公
有水面に関し権利を有する者として一定の者を列挙し、六条において埋立ての免許
を受けた者は右権利者に補償し、又は損害防止の施設をなすべき旨規定し、更に、
その施行令五条において埋立免許の競願があつた場合の処置につき規定し、同令七
条において埋立免許に際して公益上又は利害関係人の保護に関し条件を附し得る旨
規定している。
右法条の趣旨及び公有水面の埋立ての免許が講学上の特許(設権行為)であること
にかんがみれば、埋立法が埋立免許処分についての私人の利益保護を考慮している
のは、同法五条列挙の者及び競願者のみと解し、訴訟上埋立免許の適否につき出訴
資格のある者は、これらの者に限られるものと解すべきである。
有珠原告らは、そのいずれにも該当する者でないから、本件訴えについての原告適
格がない。
2 有珠原告らの漁業を営む権利の母体である漁業権は、漁業法の規定上からも明
らかなとおり、公共の用に供する水面につき総合的高度利用を図り、漁業生産力の
発展と漁業の民主化を実現することを目的とし、漁場計画を基本として、行政処分
をもつて創設される権利である。したがつて、漁業法二三条において、旧漁業法と
同様に、漁業権を物権とみなしているとはいえ、公共の水面を利用することからす
る特質により、他の物権に比べて公的制約が極めて強く、その私権的性格は著しく
制限され、いわゆる公権的性格(公義務的性格を含む。)を併有している。漁業権
については、単純に土地所有権などと同一視することはできず、右のごとき基本的
性格を前提としてその余の問題が考えられなければならない。そして、漁業権と
は、特定の水域において水産動植物の採捕又は養殖の事業を行なうために当該水域
を利用し得る権利と観念されるとはいえ、その性質にかんがみ、漁業権者が右事業
を行なう水域を絶対的排他的に支配利用する権利、換言すれば、従来どおりあるが
ままの自然状態としての地形、海流、水質、水温などにおいて支配利用することま
で認める権利とは到底解することができない。右のような自然の状態の地形、海
流、水質、水温などにおいて海面を支配し得る利益は、漁業権によつて保護された
利益とはいえず、いわゆる反射的利益と解さざるを得ない。
二 また、行政処分の取消しを求めて出訴するには、当該行政処分自体によつて自
己の権利ないし法的地位に不利益を被る場合でなければならない。有珠原告らが主
張する被害なるものは、いずれも本件処分自体によるものではない。
まず、有珠原告らの主張する工事中の海水汚濁による被害なるものは、現在の科学
技術の水準をもつてするならば予防不可能ではないから、本件処分自体によつて必
然的に発生する被害ではなく、埋立工事などの工法が不完全な場合において生ずる
かもしれない被害であるにすぎない。しかも、本件工事は、昭和五〇年一二月五日
に竣功したので、もはや埋立工事によつて有珠原告らの権利ないし利益が害される
余地はない。次に、工事完成後の被害なるものも同様であり、まして、温排水によ
る被害のごときは、仮にそれがあるとしても伊達火力発電所の操業開始によつて生
ずる被害であつて、本件処分と全く関係がない。
仮に埋立てなどの工事又は伊達火発の操業によつて有珠漁協の漁場の区域が受忍の
限度を超える被害を被るとしても、それは、もはや本件処分自体による有珠原告ら
の権益に対する侵害ではなく、他の原因による被害の発生である。したがつて、有
珠原告らは、民事訴訟によつてその救済を求めるべきであり、右被害の原因となり
得ない本件処分について、その取消しを求めることは許されない。
(本件埋立竣功認可処分の取消しを求める訴えについて)
一 本件埋立竣功認可は、抗告訴訟の対象となる行政処分(行政事件訴訟法〔以下
「行訴法」ともいう。〕三条)に当たらない。
すなわち、埋立竣功認可は、埋立免許権者たる行政庁が、埋立免許をしたことに伴
い、埋立権者の行なつた埋立工事につき、それが完成したこと、完成の状態が埋立
免許の内容、免許に定めた条件、工事計画に適合することを認定判断する行為であ
り、埋立免許に伴い形成される一連の手続の最終手続に当たるものであつて、埋立
免許に適合する埋立ての完成を確認するだけの意味しかないのである。
もつとも、埋立権者に、竣功認可の日に埋立地の所有権を取得する(公有水面埋立
法二四条)が、これは、元来、埋立免許権者たる行政庁が、公有水面埋立ての竣功
認可を条件として、埋立地の所有権を埋立権者に取得させることを内容とする埋立
免許をなしたことから、竣功認可という条件の成就によつて、埋立権者が当然に所
有権を取得するのにすぎず、埋立法二四条は、右の趣旨の注意規定であつて、竣功
認可が埋立権者に埋立地の所有権を取得させる効果意思を何ら有しないことに留意
すべきである。
そうすると、埋立竣功認可は、行政庁の優越的地位に基づく権力的意思活動とはい
えず、更に、竣功認可という行為自体が、原告らの権利自由を侵害する可能性をも
つものでもないから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないというべきであ
る。
二 仮に埋立竣功認可が抗告訴訟の対象となる行政処分であるとしても、原告ら
は、本訴において既に本件埋立免許処分の取消しを求めている以上、これに合わせ
て右の竣功認可処分の取消しを求める訴えの利益はない。
原告らは、本件埋立免許処分が違法であると主張してその取消しを訴求していると
ころ、仮に本訴において右免許が取り消された場合を想定すると、右の取消判決
は、埋立権者たる参加人にも効力を及ぼす(行訴法三二条)のみならず、右免許は
失効するから、参加人は、原則として本件公有水面を原状に回復すべき義務を負う
こととなる(埋立法三五条)。
この原状回復義務は、本件埋立竣功認可処分の取消しをまつて始めて生ずる義務で
はなく、埋立免許の失効により、埋立法上、当然に参加人に生ずる義務であるか
ら、原告らが本件埋立地の原状回復をさせる利益のため、右の竣功認可処分の取消
しを訴求するというのであれば、埋立免許の取消しのほかに、合わせて竣功認可の
取消しを訴求することは不要な重複であり、埋立免許の取消しのみで足りるはずで
ある。
のみならず、埋立竣功認可処分は、先行処分たる埋立免許処分に伴い形成される一
連の手続、一連の処分の後続処分であり、埋立免許が違法であるときは、その違法
は後続処分たる竣功認可処分に承継されるから、先行処分が判決によつて取り消さ
れれば、その取消判決は、竣功認可処分をした行政庁を拘束し(行訴法三三条)、
右取消判決の判断内容と矛盾抵触する違法な竣功認可処分につき、行政庁は、これ
を取り消すなどの適当な措置を採らなければならないこととなる。
したがつて、原告らにとつては、既に埋立免許の取消しを訴求している以上、これ
のみによつて竣功認可処分を取り消す目的を達することができるのであり、新たに
竣功認可処分の取消しを追加して訴求することは、屋上屋を重ねる不要の訴訟であ
つて、訴訟経済にも反し、訴えの利益がないといわなければならない。
〔請求原因に対する被告の認否〕
一 請求原因第一項のうち、「本件埋立免許は、後記のとおり違法であるか
ら・・・・・・」以下の事実を争い、その余の事実を認める。取水口外かく施設及
び放水口施設に必要な区域の公有水面における漁業権は、昭和四八年六月二五日、
被告の漁業権変更免許処分によつて消滅した。
二 間第二項の事実を認める。
三 同第三項の事実を争う。
四 同第四項の事実を認める。
五 同第五項の事実を否認する。
〔被告の主張〕
一 本件処分に至る経緯
1 埋立免許の出願
参加人は、昭和四五年ころから伊達市<以下略>に出力七〇万キロワツト(出力三
五万キロワツト二基)の伊達火力発電所の建設を計画していたが、建設工事計画の
一環として、発電用冷却海水の取水口、取水路、物揚場、荷置場などの施設用地と
して、エントモ岬東側の同市<以下略>、<以下略>及び<以下略>並びに国有鉄
道用地の地先三三、七九五・九〇平方メートルの公有水面を埋め立て、取水口外か
く施設を建設し、かつ、<以下略>地先の公有水面に放水口施設を建設する必要を
生じたので、かねてより右各公有水面を含む海域に区画漁業権及び共同漁業権を有
する伊達漁協に対し、別図(三)のとおり右各漁業権の変更(漁業権につき右各公
有水面部分を消滅させること。)を要請した。
右要請を受けた伊達漁協は、昭和四七年五月三一日の第二三回通常総会において、
水産業協同組合法四八条、五〇条の規定に基づき、右区画漁業権及び共同漁業権の
漁場の区域を、従前の区域から取水口外かく施設に必要な区域及び放水口施設に必
要な区域を除く区域とする漁業権の変更につき審議を行ない、議決権を有する全組
合員一四六名(本人出席一二五名、委任状出席二一名)の無記名投票の結果、賛成
一〇三票、反対四三票をもつて漁業権の変更を議決した。
更に、右総会においては、伊達火発の建設に伴う公害防止に関する基本的協定事項
及び漁業補償に関する基本的協定事項についても、組合員全員の賛成をもつて議決
された。
そこで、伊達漁協は、右総会の決議に基づき、昭和四七年六月三〇日、伊達市長を
立会人として、参加人との間に、伊達火発の建設に伴う漁業に対する影響の緩和、
被害の防止及び漁業補償などに関する協定を締結した。
右協定では、漁業補償などに関する条項として、参加人は、伊達火発の建設に必要
とする海域につき、伊達漁協又はその所属組合員が受ける漁業損失に対する補償金
として金四億五、〇〇〇万円及び温排水利用の研究開発に対する協力金として金
二、〇〇〇万円を支払うものとすること及び伊達漁協は協定締結後すみやかに法令
に基づく漁業権変更免許の申請を行ない免許を受けるものとすることが取り決めら
れた。
次いで、伊達漁協は、総会の決議及び右協定の締結に基づき、昭和四七年八月一四
日、参加人に対し、エントモ岬東側における取水口、取水路、物揚場、荷置場など
の施設用地の造成を目的とする本件公有水面の埋立てにつき同意した。
以上の経緯を経て、参加人は、昭和四七年八月一四日、公有水面埋立法二条の規定
により、被告に対し、取水口、取水路、物揚場、荷置場などの施設用地の造成のた
め、伊達市<以下略>、<以下略>及び<以下略>並びに国有鉄道用地の地先三
三、七九五・九〇平方メートルの公有水面についての埋立てを行ないたい旨出願し
た。
2 埋立ての免許
本件埋立免許の出願を受けた被告は、昭和四七年九月八日、埋立法三条の規定によ
り、伊達市議会に対し諮問を行ない、同年一〇月五日、可とする旨の答弁を受け
た。
右答申を受けた被告は、(一)伊達火発の建設計画が既に国の電源開発基本計画案
に組み入れられており、その後電源開発調整審議会の承認を経て、昭和四七年一一
月一七日、内閣総理大臣が右計画案のとおり基本計画を決定し、告示した(電源開
発促進法三条)こと、(二)一方、参加人においても、伊達火発の建設のための電
気工作物の変更許可を申請し(電気事業業八条)、同年一一月二四日、これが通商
産業大臣によつて許可基準に適合するものとして許可され(同法五条)、その建設
期間を同日から三年以内として指定され、その結果、参加人は、右指定期間内に伊
達火発を建設して操業しなければならない義務を負つている(同法八条四項、七条
一項)こと、(三)取水口外かく施設は、伊達火発の建設及び操業に不可欠である
ことから、本件埋立ての必要性、公益性を認めるとともに、右埋立ては、伊達漁協
の区画漁業権及び共同漁業権に係る漁場の区域内の一部を埋め立てるものであるこ
とから、埋立法四条一号の同意の有無についてはもちろん、その漁業に及ぼす影響
その他についても慎重かつ十分な調査、検討を行なつたうえ、昭和四八年六月二五
日、埋立法二条の規定により、本件埋立ての免許の出願に対する免許処分を行なつ
た。
なお、伊達火発建設工事の一環として行なう取水口外かく施設の建設工事のうち、
防波堤築造工事については、北海道沿岸水域の工事取締条例(昭和二四年北海道条
例七四号)四条の規定により、被告の許可を必要とするので、参加人は、本件埋立
免許出願の日、被告に対して右工事の許可申請をなし、被告は、本件埋立免許処分
の日にその許可処分を行なつている。
3 埋立面積の縮小
参加人は、昭和五〇年三月一二日、被告に対し、埋立面積を当初の三三、七九五・
九〇平方メートルから二二、〇九二・四二平方メートルに縮小することを内容とす
る本件埋立免許の変更許可を出願した。
右出願を受けた被告は、その内容を検討した結果、出願に係る埋立面積の縮小につ
き次の事実を確認した。
(一) 本件埋立ての当初計画においては、伊達火発一号機及び同二号機の主要機
材を並行して搬入することを予定し、これに必要な荷置場面積を確保することとし
ていたところ、その後、産業経済など諸般の情勢の変化によつて二号機の機材搬入
計画を繰り延べることとなつたことに伴い、荷置場の所要面積についても減少させ
得る状況となり、また、海底地質などを考慮して取水口の位置を陸側寄りに変更し
たため、埋立地内に設置することを予定していた取水口及び取水路用地の一部が減
少し、その結果、埋立面積の縮小が可能となつたこと。
(二) 埋立面積縮小後における取水口外かく施設は、東護岸及び東防波堤の位置
が当初計画にほぼ相似的に陸側寄りに移動し、また、取水口の位置が当初計画より
も若干陸側寄りに移動するのみであるから、その規模及び位置についてみれば、当
初計画の範囲内において建設されるものであることはもとより、形状についてみて
も、全体的には当初計画と大きく異なるものでないことが明らかであり、本件埋立
免許の変更は、その実態において埋立面積の縮小に尽きるものであること(別図
(四)参照)。
(三) 埋立面積を縮小しても、本件工事の工法などに特段の変更はなく、したが
つて、埋立工事は、変更許可後においても従前からの海水汚濁防止対策を含めて当
初計画どおり施工されること。
(四) 以上の埋立面積縮小の実態、その後における工事施工方法などからみて、
新たな漁業への影響などの問題が発生するおそれはないのみならず、埋立面積の縮
小は、工事量の減少をもたらし、工事施工に伴う漁業への影響を極力軽減するとの
当初からの基本方針にもより適うものであること。
被告は、埋立面積の縮小について、以上のごとき事実に基づき、その適否を検討し
た結果、参加人の本件埋立免許の変更許可の出願は相当であると判断し、昭和五〇
年五月一四日、参加人に対し、本件埋立免許を変更し、埋立面積を三三、七九五・
九〇平方メートルから二二、〇九二・四二平方メートルに縮小することを内容とす
る本件埋立免許の変更を許可した。
4 埋立竣功認可
被告は、昭和五〇年一二月一五日、竣功検定を行ない、本件工事の竣功を確認した
うえ、同月一八日、参加人に対し、右工事の竣功認可を行なつた。
二 伊達漁協の漁業権変更決議及び本件埋立てに対する同意
1 漁業権の変更と漁業法八条の同意
漁業法八条五項、三項の書面による事前の同意(以下「漁業法八条の同意」とい
う。)が必要とされるのは、特定区画漁業権又は第一種共同漁業を内容とする共同
漁業権に係る漁業権行使規則の変更又は廃止についてであつて、漁業権の変更又は
放棄について必要とされるものではない。漁業権の変更又は放棄については、水産
業協同組合法五〇条による総会の特別決議が存すれば足りる、したがつて、漁業法
八条所定の手続の欠如をもつて伊達漁協の漁業権変更決議を無効とする主張は、そ
の前提において既に失当である。
すなわち、漁業法は、共同漁業権の保有主体を漁業協同組合又はこれを会員とする
漁業協同組合連合会に限定し(一四条八項)、また、その漁業を営む権利は組合員
が有するものとし(八条一項)、両者を明確に区別しており、水協法においても、
漁業権の得喪変更と行使規則につきこれを区別して規定している(五〇条四号、五
号)。更に、漁業法八条三ないし五項は、明文をもつて「行使規則」の制定、変更
の場合についてのみ規定している。したがつて、漁業権の変更によつて仮に組合員
の漁業を営む権利を失わしめる結果となつても、この一事をもつて、行使規則の変
更につき定める漁業法八条所定の手続と同じ手続が漁業権の変更についても必要で
あるとするのは、立法論としてはともかく、解釈論としては、現行法体系上、容認
することができない。
漁業権を変更する場合、現に漁業を営む者の権利の保護につき、漁業法は、漁業権
の変更につき知事の免許を要することとして、知事の後見的監督によつてこれを保
障している(八条五項、四項)。
組合員の有する漁業を営む権利を、私法上の例えば共有持分権などと同一視して、
漁業権の変更の場合にも行使規則の変更の場合と同様の手続を要するとすれば、行
使権者の意思によつて漁業協同組合の有する漁業権の処分、管理権能を侵害し、漁
業権から行使権が派生するという漁業権の基本的性質に反するだけでなく、更に、
漁業権自体が、その保有主体たる漁業協同組合が適格性を喪失したとき(漁業法三
八条一項)や、漁業に関する法令の規定に違反したとき(同法三九条二項)、漁業
調整その他公益上必要があるとき(同法三九条一項)に取り消されること(この場
合、当然に組合員の漁業を営む権利も消滅する。)、また、漁業権が永久のもので
なく、存続期間内だけのものであり、共同漁業権にあつても一〇年間で消滅する
(同法二一条)などの規定と対比するときは、漁業権以上に組合員の漁業を営む権
利を重大視する矛盾した結果に陥る。
また、実体規定にあつては、正義ないし公平の観点から他の規定を類推適用するこ
とはあるが、手続規定は極めて技術的なものであつて、その手続の実行は、明文の
規定に従つて行なわれるべきであり、かつ、それをもつて足りるというべきであ
る。したがつて、他の手続規定は、明文で準用されない限り、これを適用する余地
はない。
以上のとおり、いかなる点からしても、漁業権の変更の場合に漁業法八条の手続が
必要であるとする見解は、不当である。
2 漁業権変更決議及び本件埋立てに対する同意の有効性
(一) 伊達漁協は、昭和四七年五月三一日、伊達市社会福祉センターにおいて、
第二三回通常総会を開催した。右総会は、冒頭、組合長から人員報告が行なわれ、
正組合員総数一四七名、正組合員本人出席一二六名、委任を受けた代理人出席二一
名、計一四七名、すなわち、正組合員が全員出席しており、総会が成立しているこ
とを確認のうえ、あらかじめ定められた議事次第に従つてとり進められた。
右総会には、伊達火発建設に関する事項として、次のとおり報告一件、議案三件が
上程された。
(1) 報告一号 伊達火力建設に伴う交渉成果について
(2) 議案四号 伊達火力建設着工同意書の提出に伴う共同漁業権(海共一三五
号)及び区画漁業権(海区四八号)の変更について
(3) 議案五号 伊達火力建設に伴う公害防止に関する基本的協定事項について
(4) 議案六号 漁業補償に関する基本的協定事項について
以下、伊達火発建設に関連する事項につき、右総会における審議状況などを説明す
る。
まず、伊達漁協を代表して公害防止対策及び漁業補償につき、参加人との交渉に当
たつた交渉委員長から、交渉経過及び交渉結果の報告(報告一号)が行なわれ、前
記議案四ないし六号が一括提案され、各議案の内容説明が行なわれた。引き続き、
活発な質疑応答が行なわれ、審議した結果、採決に入ることとなつた。採決方法
は、一括提案された議案四ないし六号のうち、議案四号は無記名投票によることと
し、議長から指名された投票立会人四名の立会いのもとに投票が行なわれた。
投票に当たつては、まず、正組合員の名前を一人ずつ呼びあげ、出席者と組合員名
簿とを照合し、本人であることを確かめたうえ投票用紙を交付し、その後で委任状
出席の代理人に委任状と引換えに投票用紙を交付し、賛成は○、反対は×を右用紙
に記入して投票が行なわれた。
以上の手順を経て、全員の投票が終了した後、開票した結果、当該議案四号すなわ
ち共同漁業権(海共一三五号)及び区画漁業権(海区四八号)の変更については、
投票総数一四六票、有効投票一四六票、うち賛成一〇三票、反対四三票で、水協法
五〇条に定める特別決議が有効に成立した。
なお、引き続き、前記の議案五号、六号についての採決方法は起立によることと
し、各議案ごとに採決の結果、いずれについても反対する者が一名もなく、全員賛
成のもとに承認可決された。
(二) 前記総会における決議に基づき、伊達漁協は、昭和四七年八月一四日、参
加人に対し、本件埋立てに対する同意を行なつた。
すなわち、伊達漁協の前記総会における漁業権変更の議案は、本件埋立予定区域が
埋め立てられれば、右区域に存した漁業権が消滅することとなるため、伊達火発に
よる公害防止、漁業補償の交渉が参加人と同漁協の交渉委員との間で合意をみたこ
とを契機として、あらかじめ参加人に対し埋立ての同意を与えて埋立免許の要件を
得させるとともに、参加人が埋立免許を取得した時点で、右埋立予定区域に存する
漁業権を消滅させることにつき、組合員の事前の承諾を得ることを内容としてい
た。
したがつて、以上に述べたことからも明らかなとおり、右決議に基づきなされた伊
達漁協の本件埋立てに対する同意は、適法有効である。
3 伊達漁協の場合における漁業法八条の同意
(一) 大分地方裁判所昭和四六年七月二〇日判決、これの控訴審たる福岡高等裁
判所昭和四八年一〇月一九日判決は、特定区画漁業権及び第一種共同漁業を内容と
する共同漁業権の一部放棄をする場合においては、水協法五〇条、四八条に規定す
る特別決議のほかに、漁業権行使規則を変更する場合と同様、漁業法八条の同意又
はこれと同程度の明確な同意が必要である旨、また、特定区画漁業権者及び第一種
共同漁業を内容とする共同漁業権者が公有水面埋立法四条一号の同意をする場合に
おいても、水協法五〇条、四八条に規定する特別決議のほかに、右同様の同意が必
要である旨判示する。
大分地裁判決及び福岡高裁判決が右のごとく判示する理由は、要するに、特定区画
漁業権及び第一種共同漁業を内容とする共同漁業権の一部を放棄する場合、これを
水協法五〇条、四八条に規定する特別決議のみに委ねるとすれば、これら漁業権の
内容たる漁業を営む少数の組合員の地位が、当該漁業権の内容たる漁業に関係のな
い多数の正組合員の意思のみによつて不当に脅かされることとなり、更に、特定区
画漁業権者及び第一種共同漁業を内容とする共同漁業権者が埋立ての同意をする場
合についてみても、それは同様の理である、というにある。
そこで、大分地裁判決及び福岡高裁判決の認定した事実によれば、臼杵市漁業協同
組合(以下「臼杵漁協」という。)の場合は、その正組合員数は七二六名であり、
そのうち、漁業権の一部放棄に係る公有水面につき第一種共同漁業を営む者であつ
て関係地区の区域内に住所を有するものは一二九名である。そして、右漁業権の一
部放棄に係る公有水面における年間漁獲高は、これを昭和四五年度についてみれ
ば、共同漁業権関係で金二五六万円、知事許可漁業関係で金一、四〇一万円に達し
ていたのである。したがつて、臼杵漁協の場合においては、漁業権の変更決議であ
れ、埋立ての同意であれ、仮に右一二九名の全員が反対したとしても、それが正組
合員総数の三分の一を超えない以上、第一種共同漁業を営む者全員の意思に背いて
も、その漁業を営む権利を失わせることができることとなる。すなわち、大分地裁
判決及び福岡高裁判決が、特定区画漁業権の内容たる漁業(以下「特定区画漁業」
という。)又は第一種共同漁業を営む少数の組合員の地位が、これら漁業に関係の
ない多数の正組合員の意思のみによつて不当に脅かされるとするのは、まさしく右
のごとき場合をいうにほかならない。
ひるがえつて、伊達漁協の場合についてみるに、同漁協が漁業権変更決議を行なつ
た際における正組合員数は、一四七名である。そして、漁業権の変更に係る公有水
面につき特定区画漁業を営む者であつて地元地区の区域内に住所を有するものは、
右一四七名のうちの一四二名であり、第一種共同漁業を営む者であつて関係地区の
区域内に住所を有するものは、一四七名全員である。しかも、右漁業権の変更に係
る公有水面の伊達漁協の漁場の区域に占める割合は僅少であり、加えて、同漁協の
組合員であつて右公有水面において現に特定区画漁業を営んでいたものは一名もな
かつたのであり、第一種共同漁業を営むものもほとんどなかつたのである。すなわ
ち、右のごとき伊達漁協の場合においては、そもそも、大分地裁判決及び福岡高裁
判決にいう、特定区画漁業又は第一種共同漁業を営む少数組合員の地位が、これら
漁業と関係のない多数の正組合員の意思のみによつて不当に脅かされるということ
自体あり得ないのである。とすれば、伊達漁協の行なつた漁業権変更決議及び埋立
てに対する同意については、水協法五〇条、四八条に規定する特別決議のほかに、
漁業法八条五項、三項を類推適用すべき実質的理由が存しないといわざるを得な
い。
なお、大分地裁判決及び福岡高裁判決が認定した事実によつて臼杵漁協の場合にお
ける漁業権変更決議につきみる限り、右決議は、出席組合員数、賛否者数などにつ
き必ずしも明らかでなく、また、その議決過程においてもかなりの混乱があつたこ
とが容易に推察される。これに比べて、伊達漁協の場合においては、出席組合員
数、賛否者数などにつき明確であることはもちろん、議決過程も平穏かつ整然とし
たものであることを附言する。
(二) 漁業権の変更及び埋立てに対する同意につき、仮に漁業法八条を類推適用
する必要があるとの立場にたつてみても、伊達漁協の漁業権の変更及び本件埋立て
に対する同意については、以下に述べるとおり、漁業法八条の同意があつたものと
いうべきである。
まず、伊達漁協の第二三回通常総会において、漁業権の変更に係る議案四号が提出
されるに至つたのは、本件埋立予定区域が埋め立てられた場合は、右区域に存した
漁業権が消滅することとなるため、同漁協の交渉委員と参加人との間において既に
行なわれていた漁業補償などの交渉が合意をみたことを契機として、「北海道電力
株式会社伊達火力発電所の建設着工同意書の提出に伴う、海共第一三五号および海
区第四八号の各漁業権の一部」を放棄することにつき、組合員の事前承認を得るこ
とを内容としていたものである。したがつて、右の事実からすれば、伊達漁協の漁
業権変更決議に参加した組合員は、漁業権の変更についてはもちろん、本件埋立て
についても十分に熟知していたものというべきであり、しかも、右決議は、投票用
紙を使用する方法によつて行なわれたものであるから、このような状況のもとに行
なわれた決議は、当然に漁業権の変更及び本件埋立てに対する同意についての漁業
法八条の同意の効力をも併有していたものと解するのが相当である。けだし、従前
の漁場の区域の一部につき漁業権を放棄することを内容とする漁業権変更決議に賛
意を表する組合員が、その原囚たる本件埋立てに対する同意についてはもちろん、
その前提となる漁業法八条の同意について反対するということはあり得ないことだ
からである。
もつとも、漁業法八条三項は、右の同意に関し「総会の議決前
に・・・・・・・・・同意を得なければならない。」ものとしているが、右の「議
決前に」という文言は、「議決後」の同意を除くという趣旨に解されるから、議決
に先行し、又は遅くとも議決と同時になされた同意であれば足りるというべきであ
る。
次に、伊達漁協の組合員のうちの特定区画漁業又は第一種共同漁同な営む者であつ
て地元地区又は関係地区内に住所を有するもの(以下「同意権者」という。につい
てみれば、特定区画漁業権については、正組合員一四七名のうちの一四二名であ
り、第一種共同漁業を内容とする共同漁業権については、正組合員一四七名の全員
である。したがつて、伊達漁協の漁業権変更決議及び埋立てに対する同意について
は、これを特定区画漁業権についてみれば、その同意権者は一四二名であるから、
一四二名の三分の二すなわち九五名以上の同意をもつて足り、第一種共同漁業を内
容とする共同漁業権についてみれば、その同意権者は一四七名であるから、同様に
して九八名以上の同意をもつて足りるのである。伊達漁協の漁業権変更決議は、既
に述べたとおり、正組合員一四七名が全員出席した総会において、一〇三名の賛成
によつて可決されたものであつてみれば、特定区画漁業権については、右漁業を営
んでいない組合員五名が右一〇三名に含まれていたとしても、なお、賛成は九八名
であつて同意権者の三分の二を上回り、第一種共同漁業を内容とする共同漁業権に
ついては、右一〇三名の賛成は、とりもなおさず同意権者の三分の二を同様上回
る。
三 取水口外かく施設
取水口外かく施設は、取水口設備(取水口及び取水路)、物揚岸壁、東護岸、取付
護岸、東防波堤、西防波堤などによつて構成される。
1 取水口外かく施設の設置場所並びに各施設の配置及び構造
取水口外かく施設は、附近海域における漁業の実態及び海岸地形からみて適切な位
置たるエントモ岬東側に設置され、更に、その配置及び構造についても、水理模型
実験及び海流の数値計算を行ない、周辺への影響をできるだけ少なくするように配
慮したうえ、低気圧時に発生する高い波をも対象として検討した結果に基づき決定
された。
すなわち、取水口外かく施設が設算されるエントモ岬東側一帯は、漁場としての利
用価値が極めて低い海域であること及び右岬の懐ともいうべき海岸地形を呈してお
り、この地形を巧みに利用することによつて、附近海域の海流などにほとんど影響
を及ぼすことなく構築物を設置し得る海域であることから、右施設を設置するのに
適した場所である。そして、取水口外かく施設の配置は、エントモ岬東側の自然の
地形を生かして、流れを乱さないスムーズな形を採用し、海岸地形、波向き及び反
射波(返し波)による影響を考え、護岸及び防波堤の方向を決定した。更に、東護
岸、取付護岸、東防波堤及び西防波堤は、石材による傾斜堤(捨石堤)を消波ブロ
ツクで被覆し、消波効果を高める構造としている。
2 取水口外かく施設の築造工事
まず、東護岸を陸地側から築造し、次いで、東防波堤及び取付岸壁を築造する。こ
れに並行して、取水口設備及び物揚岸壁を建設して埋立地を囲む。その後、右埋立
地にしゆんせつ土砂を流送して埋立てを行なう。また、しゆんせつ埋立てと並行し
て、西防波堤を築造する。
以下、右各工事につき、その概略を述べる。
(一) 東護岸、取付護岸、東防波堤及び西防波堤の築造工事
いずれも、その基礎をなす石材をダンプトラツクで運搬し、これをトラクターシヨ
ベル、クローラクレーンなどによつて海底から積み上げ、仕上げのうえ、その上層
にコンクリート製の消波ブロツク(テトラポツトなど)を二層に積み上げて被覆
し、更に、その天端にコンクリートを打設して築造する。
(二) 取水口設備及び物揚岸壁の建設
鋼矢板を打ち込んで埋立地を囲み、その陸地側に建設する。
(三) しゆんせつ埋立工事
取水口前面から、東・西両防波堤開口部外側にかけての海底は、しゆんせつ船によ
つて水深七メートルにしゆんせつされる。そして、東護岸、取付護岸及び鋼矢板に
よつて囲まれて外海と遮断された埋立地は、右しゆんせつによつて生ずるしゆんせ
つ土砂を、しゆんせつ船の排砂管を通して流送し埋め立てられる。
四 本件埋立ての必要性
伊達火力発電所は、将来の西胆振地区及び北海道全体における電力供給の安定を図
ることを目的として建設される。本件埋立ては、必要性、公益性の極めて大である
伊達火発の建設及び操業に必要不可欠な取水口、取水路、物揚場、荷置場などの施
設用地の造成のために行なわれる。以下、伊達火発にとつて右各施設が必要不可欠
であることを明らかにし、本件埋立ての必要性につきふえんする。
(荷揚施設)
火力発電所は、多数の巨大な機材を必要とするので、これら機材の輸送もまた重要
な問題である。この点は、伊達火発の建設においても同様であり、その輸送、搬入
される機材は、主要なもののみに限つてみても、夕ービン関係をはじめ数十種類、
総重量にして約一五、〇〇〇トンにも達する。そのうちには、タービン低圧外部ケ
ーシング(四〇トン)、タービン低圧ローター(四二トン)、給水加熱器(七四ト
ン)などの重量物のほか、ドラム(一七五トン)、発電機ステーター(二三〇ト
ン)、変圧器(二六〇トン)などの超重量物が含まれており、その大きさも、右タ
ービン低圧外部ケーシングについてみても、長さ・幅・高さは、それぞれ八・五メ
ートル、五・五メートル、二・六メートルにも達し、発電機ステーターについて
は、同じく八・四メートル、四・八メートル、四・四メートル、変圧器に至つて
は、同じく八メートル、五メートル、六メートルにも達する巨大物件である。しか
も、重量機材は、その構造、工作精度などの点から分解して輸送することは不可能
である。
そして、重量機材を含む主要磯材は、いずれも道外から伊達火発の建設現場まで輸
送されるが、そのすべてを鉄道又はトレーラーなどを利用して陸上輸送すること
は、全く不可能である。鉄道による輸送は、その距離の長短を問わず、貨車、線路
などの構造及び強度の点から不可能であり、トレーラーによる輸送についてみて
も、道路、橋梁などの構造及び強度の点から不可能である。また、海上輸送による
としても、既存の港湾施設を利用する限り、荷揚港から建設地点までの輸送は、不
可能である。
したがつて、伊達火発の建設に必要な主要機材の輸送については、直接、建設地点
への海上輸送の方法に頼らざるを得ず、このために伊達火発の建設現場直近に物揚
場、荷置場などの荷揚施設を設置する必要がある。そして、本件埋立ては、伊達火
発の建設に必要不可欠な右荷揚施設たる物揚場、荷置場などを設置する用地を造成
することを目的の一つとしている。
以上に述べたとおり、伊達火発の建設は、建設現場直近における荷揚施設なしには
到底不可能であり、右施設用地の造成を目的とする本件埋立てなしには、伊達火発
の建設はあり得ないといつても過言ではない。
(取水口設備)
火力発電所における発電は、ボイラーで発生させた蒸気をタービンの羽根に吹きつ
けて回転させ、これに直結する発電機を作動させることによつて行なわれるが、羽
根を回転させた後の蒸気は、復水器(蒸気を水とする装置)によつて冷却されて水
となり、ボイラーに戻つて再び加熱されて蒸気となつて前同様の過程をたどる。そ
して、復水器で蒸気を冷却させるためには、冷却水が必要となるが、伊達火発で
は、右冷却水として毎秒二二立方メートルの海水を使用する必要がある。
このように、火力発電所にとつて、冷却水は絶対不可欠なものであり、本件埋立て
は、まさに伊達火発にとつて絶対不可欠な発電用冷却海水の取水口及び取水路を設
置する用地を造成することをも目的としている。
右発電用冷却海水の取水方法については、沿岸部に取水口を設置する方法と沖合に
取水口を設置し海岸まで取水管(引水用パイプ)によつて引水する方法の二通りが
考えられるが、そのいずれの場合についてみても、冷却効果などからして、水深約
三メートル層以深から低温な冷海水を取水する必要がある。仮に伊達火発につき後
者の方法によるとすれば、取水によつて海水層に乱れが生じて海表面近くの温暖な
海水が吸い込まれることを防止するため、取水口呑口(海水取入口)上端部は、少
なくとも海面下約六ないし七メートルに設置しなければならない。また、構造上、
取水口呑口上端部から海底までは約四ないし五メートルを要するから、結局、取水
するには、約一〇ないし一二メートルの水深が必要である。
更に、取水口は、その呑口上部に約三メートル程度の附属物を附設する必要がある
から、全体としての高さが約七ないし八メートルになる。したがつて、船舶の航行
に対する安全性などを考慮すれば(右水深一〇ないし一二メートルの海底に取水口
を設置した場合、その最上端から海面までは約一二メートル程度しかない。)、そ
の設置には、更に相当の水深が必要となる。仮に伊達火発において沖合から取水す
る方法をとるとすれば、以上に述べた点からして、長和地区地先海域の沖合約九〇
〇ないし一、五〇〇メートルの海底に取水口を設置しなければならず、また、これ
に伴い、沿岸から取水口設置地点までの海底に九〇〇ないし一、五〇〇メートルに
も及ぶ取水管を設置しなければならないことになる。
しかし、長和地区地先海域における主要漁場は、その大部分がほぼ沖合九〇〇ない
し二、〇〇〇メートルの間に存在する。したがつて、伊達火発において沖合から取
水するとすれば、それがいかなる地点であるにせよ、右主要漁場の存する海域中に
取水口を設置し、長大な取水管をも設置せざるを得ないことになるのみならず、こ
れに伴い、右海域中においてしゆんせつ工事などを含む海工事を行なわなければな
らないことにもなる。すなわち、仮に伊達火発が沖合から取水する方法をとるとす
れば、長和地区地先海域においては、取水口及び取水管の設置自体によることはも
ちろん、その工事によつて漁業に及ぼす影響も決して小さいものではなくなるので
ある。
また、水深一〇メートル以上の海底に設置される取水管の保守(主として附着生物
の除去)を人力で行なうことは危険であるため、冷却海水中へ塩素を混入すること
は避けられないこととなる。
他方、長和地区地先海域の沿岸寄りの海域は、漁場として利用価値が低く、主要漁
場は存在しない。また、沿岸部(海岸)に取水口を設置すると、取水路も含めて、
人力による保守、点検が十分に可能である。
したがつて、以上のことから、耐達火発においては、沿岸部に取水口を設置して取
水するのが最良かつ唯一の方法であり、このために、取水口及び取水路施設用地の
造成を目的の一つとする本件埋立てもまた必要不可欠なのである。
五 海水汚濁防止対策
被告は、本件埋立免許を行なうに当たり、本件工事の施工及び工事完成後の取水口
外かく施設によつてもたらされる各種影響を極力軽減するため、工事方法などにつ
き検討するとともに、参加人とも十分な協議を行ない、特に、本件工事の施工によ
る影響を最小限にするため最も重要な問題たる海水汚濁の防止につき再三にわたり
参加人と協議を重ね、必要な指導を行なつた。その結果、本件工事は、以下に述べ
るとおり、現在におけるこの種工事としては、海水汚濁防止上、最良の工事方法、
設備、施設などのもとに行なわれたものであり、海底の地質がほとんど砂質である
ことと相まつて、本件工事によつて附近海域の海水が汚染され、これによつて漁業
被害が生ずるような事態は、全く起こらなかつた。
1 東護岸、取付護岸、東防波堤及び西防波堤の築造工事並びに取水口設備及び物
揚岸壁建設工事の海水汚濁防止対策
東護岸、取付護岸、東防波堤及び西防波堤の基礎をなす石材は、陸上に設置された
洗石設備によつて洗石のうえ、海中に投入した。更に、右東護岸などの築造工事及
び取水口設備などの建設工事の施工に際しては、工事の進行状況に合わせて、順
次、工事施工箇所を後述する海水汚濁防止シートで取り囲み、汚濁海水が本件工事
海域外へ流出、拡散し、附近海域の海水を汚染することを防止した。
なお、従来から、この種工事において海中に投入する石材の附着土を洗石によつて
除去するということは、ほとんど行なわれていない。石材の附着土による汚濁は、
ごく小規模、局部的なもので、これを無視しても何ら問題がないからである。
右捨石工事による海水汚濁の程度については、投石箇所直近傍で一時的に多少濁り
が発生した程度であり、一〇メートルぐらい離れたところでは、海水の濁りは、ほ
とんど認められなかつた。
2 しゆんせつ埋立工事の海水汚濁防止対策
(一) ホイール・カツター式ポンプしゆんせつ船の使用
しゆんせつ時には、しゆんせつによる汚濁の発生が最も少ないホイール・カツター
式ポンプしゆんせつ船(以下「ポンプしゆんせつ船」という。)を使用した。右の
方式は、バケツトが縦に回転して土砂を掘削すると同時に、その土砂の全部をホイ
ール内に海水とともに吸引するので、汚濁がほとんど生じない。しかも、右しゆん
せつ埋立工事についても、海水汚濁防止シートが設置された。
(二) 沈澱池及び排水浄化設備の採用
埋立地は、ポンプしゆんせつ船によつてしゆんせつした土砂を、同船の排砂管を通
じて海水とともに流送して埋め立てた。その際、右海水は、直接、外海へ排出せ
ず、沈澱池によつて含有する土砂を十分に沈降させたうえ、排水浄化設備によつて
浮遊物質を除去して排出した。
3 海水汚濁防止シート
本件工事は、汚濁防止に効果がある海水汚濁防止シートを設置したうえ、施工され
た。更に、埋立工事の施工に際しては、本件工事海域のすべてを囲む右シートのほ
かに、排水浄化設備から排出される海水の排水口の前面にもシートを設置した(別
図(五)参照)。
ところで、東護岸などの築造工事に際し、波高一・五メートル、水深七メートル、
風速毎秒二〇メートルを設計条件として設置したシートが、昭和四八年一〇月二八
日に発生した低気圧による異常な風波によつて一部破損するに至つた。そこで、参
加人は、被告と十分に協議、検討した結果、波高二・九メートル、水深七メート
ル、風速毎秒二〇メートルを設計条件として、新シートを設置した。この新シート
は、フロートとフロートの間隙に別個のフロートを取り付け、更に、この部分をフ
ロート部キヤンバスで覆うことによつてフロート間の間隙をなくしたこと、シート
とシートの継ぎ目は、各シートの継ぎ目をつきあわせ、この部分をラツキングロー
プによつてできる限り密着したうえ、約一メートル間隔に連絡金具によつて密着さ
せたこと、シートの下部は、海底深度に応じて一メートル以上の余裕がある長さの
ものを使用し、シート下端部が海底から遊離しないようシート下端全幅にわたつて
シート浮き上がり防止用重り(鎖)を取り付けたことなど、全般にわたつて改良を
加えたものである。
六 有珠漁協に告知聴聞の機会を与えていない本件埋立免許は憲法二九条、三一条
に違反するとの主張について
原告らが主張する被害のうち、「工事中の被害」及び「工事完成後の漁業環境悪
化」と称するものは、後に述べるとおり発生しなかつたし、「取水による被害」及
び「温排水による被害」と称するものは、そもそも、本件埋立免許に基づく埋立工
事によつて発生する被害ではない。したがつて、これら被害に基づく原告らの主張
は、その前提において既に失当である。次に、憲法三一条の法定手続の保障が仮に
行政手続についてもその趣旨を類推適用すべきものとしても、埋立免許を行なうに
当たり、どのような範囲の者にどのような方法で告知聴聞の機会を与えるかは、立
法政策の問題である。仮に原告ら主張のような被害の発生が明白に予見されるとい
うのであれば、私法上の請求権ないし法益侵害に基づく事前、事後の救済手続が存
在するのであるから、本件埋立免許を行なうに当たり、公有水面埋立法に明文の規
定を欠く利害関係人として、あえて有珠漁協に告知聴聞の機会を与えるべきいわれ
はない。しかも、埋立法は、その三条において、埋立ての免許は「地元市町村会ノ
意見ヲ徴シ」たうえで行なわなければならない旨規定している。これは、埋立てに
地元民の意見反映の機会を保障しているものであり、本件埋立免許に当たつては、
被告は、右法条に則り、地元伊達市議会の意見を徴して適法に処分したものであ
る。
七 原告ら主張の「工事中の被害」に対する反論
1 沿岸流
長和地先の沿岸流は、南東流が卓越している。このことは、既に行なわれた海流調
査などから明らかである。また、北西流の場合であつても、汚濁海水のSSは、附
近海域において原海水とほとんど同じになるので、有珠漁協の漁場まで漁業被害が
及ぶことは到底考えられない。
2 藻場
藻場とは、ホンダワラ、アマモ類その他の大型海藻類が密生する場所をいうが、海
洋調査を専門とする株式会社東京久栄が行なつた調査によれば、取水口外かく施設
前面の海域には、そのような大型海藻類が密生している場所は見当たらず、ごくわ
ずかのアマモ類の点在している場所が数箇所存在しているにすぎなかつた。右のよ
うなわずかのアマモ類が点在している場所を漁業生産に影響を与える藻場と評価す
べきものではない。
3 赤潮
本件工事による海水汚濁は、ほとんど発生しない。また、本件工事は、ごく小規模
のものであつて、かつ、しゆんせつ工事期間もわずか数か月間にすぎなかつたの
で、本件工事による海水汚濁は、赤潮の深刻化、頻発化、悪性化の原因とは到底な
り得ない。
4 ノリ、ワカメ、コンブなど
ノリ、ワカメ、コンブなどの養殖施設は、そのいずれについてみても、本件工事海
域から離れた海域に設置されているので、本件工事による汚濁海水が、これら養殖
施設に達すること自体考えられない。
5 ホタテガイ
原告らは、懸濁水とホタテガイとの関係につき、懸濁濃度〇・一パーセントでは、
成貝の約五〇パーセント、稚貝では〇ないし二〇パーセントに減少してしまい、特
に、底生生活移行直後の稚貝では、〇・〇五パーセントの含有で死滅する旨及びし
ゆんせつによる懸濁濃度がホタテガイに何らの影響も与えない値以下になるとの保
障はない旨主張する。
しかし、原告らの右主張は疑問があるのみならず、懸濁濃度〇・一ないし〇・〇五
パーセントというのは、一、〇〇〇ないし五〇〇PPmに当たる著しい高濃度であ
る。これに比べて、しゆんせつ埋立工事の施工に伴う汚濁海水は、排水口において
SS日平均二〇PPm前後の低濃度で排出されるから、ホタテガイに悪影響を及ぼ
すことはあり得ない。
6 魚類
本件工事海域の附近海域は、海水の交換性が良好であるうえ、本件工事自体がごく
短期間で、かつ、海水汚濁防止上、最良の工事方法、設備、施設などのもとに行な
われたものであるから、本件工事による汚濁海水が漁業生産に悪影響を与えたこと
はない。
7 原告らは、昭和四九年に入つてから、海が広範囲に濁つているため、有珠原告
らの突磯漁業の出漁日数が減少した旨主張する。
しかし、有珠漁協の突磯漁業の漁場は、アルトリ岬近辺から西の虻田側海域におけ
る岩礁地帯であり、エントモ岬附近には存在しない。したがつて、原告ら主張のよ
うに本件工事によつて突磯漁業に被害が発生したとすれば、海水汚濁防止シート内
に発生した汚濁海水がシート外海域へ流出し、更に本件工事海域から二、〇〇〇メ
ートル以上も離れた漁場にまで到達して、突磯漁業が不可能なほどに海水を汚染さ
せたことになるが、このような事態は、少しも起こらなかつたのである。
昭和四九年に入つてから突磯漁業の出漁日数が減少した事実があるとすれば、それ
は、ヤマセ(南東の風)の吹く日が例年より多く、時化の日も多かつたためと推認
される。
8 東護岸捨石工事によつて土砂が堆積した事実はない。
9 地下水の汲み上げは、原告ら主張のとおり本館基礎工事に伴うものであるか
ら、本件工事とは直接関係がない。しかし、これについても附言すれば、地下水
は、もともと濁りのないきれいなものであり、参加人は、これを河川(無名川)及
び農業用かんがい用水路に排出している。この排出地下水が海の濁りの原因となる
ことはあり得ない。
10 原告らは、東護岸ができたため、北西流に対して自然の防潮防波堤の役割を
果たしてきたエントモ岬の機能が失われ、長流用からの汚濁水が北西流にのつてエ
ントモ岬西側の有珠漁協の漁場に流入するようになつた旨主張するが、取水口外か
く施設築造後の周辺海域の流れへの影響はほとんどない。
元来、長流用の汚濁水が北西流にのつてエントモ岬西側の有珠漁協の漁場に流入す
ることは、東護岸などの築造以前からみられる自然現象であり、東護岸などの築造
によつて特に顕著になつたものではない。
11 原告らは、ワカメの種糸やホタテガイ養殖施設の綱に泥がつき、ワカメの種
子やホタテガイの稚貝の附着率が昭和四九年に入つてから特に悪くなつた旨主張す
る。
しかし、伊達漁協の漁場では、昭和四九年は濁りが増加しているにもかかわらず、
ホタテガイの稚貝の附着率は、右漁場全面にわたつて例年になく非常に良好であ
る。また、ワカメの種糸に珪藻などが附着することは、毎年みられる現象であつ
て、昭和四九年に限り、特に泥が附着したという事実もない。原告らの右主張は措
信できない。
12 原告らは、海水汚濁防止シート内の海水の濁りをもつて赤潮の発生である旨
主張する。
しかし、右海水の濁りは、それ自体赤潮の発生としてとらえ難い状態であつたのみ
ならず、右シート内にのみ限られた現象であり、しかも、その浄化については、有
効、適切な措置が講じられたので、海水の濁りによつて漁業被害が発生した事実も
ない。
八 原告ら主張の「工事完成後の漁業環境悪化」に対する反論
1 取水口外かく施設は、エントモ岬東側の自然の地形を利用して、流線形状に設
置すべく、水理模型実験の結果に基づき、周辺の地形、海流などに大きな変化を及
ぼすことのないよう設計されたものである。
なお、海底地形の変化については、取水口外かく施設直近の海底の地形に大きな影
響のないことは、右水理模型実験で明らかであり、また、取水口外かく施設から離
れた海底についてみても、講学上、水深一〇メートル以深の海底の砂に対しては、
波の作用は、ほとんどその影響を及ぼさないものとされている。したがつて、取水
口外かく施設の設置によつて、仮に波などに何らかの影響があつたとしても、それ
によつて水深一〇メートル以深の海底地形に変化を及ぼすことはない。
このように、水理模型実験の結果によれば、原告ら主張のような漂砂現象が起こ
り、これによつてしゆんせつ部分が埋没するようなことは考えられない。
また、仮に漂砂現象によつてしゆんせつを必要とする場合が生じたとしても、その
しゆんせつ土砂は、量的に限られ、その際は、海水汚濁防止対策を講じたうえで、
しゆんせつを行なうので、何ら問題とするに足りない。
2 返し波
海中に直立壁を有する一般の防波堤は、入射波高の約九〇パーセント程度が反射さ
れるが、東護岸、東防波堤、西防波堤などの構造は、石を積み重ねた傾斜堤にし、
しかも、その斜面に二層に消波ブロツクを設置するので、この場合の反射率は、三
〇パーセント以下となる。ちなみに、自然の海浜における反射率は、海岸地形の相
違によつて多少異なるが、一般には、一〇ないし二〇パーセント程度とされてい
る。したがつて、春加入が築造する防波堤の反射率は、自然海浜における反射率と
ほとんど差異はなく、返し波の発生など到底あり得ない。
仮に防波堤などが設置されたため返し波によつて小型漁船の転覆事故が発生するな
どの影響が生じるものであれば、我が国においては、その種事故が続発しているは
ずであるが、返し波の影響を受けて被害が生じたということは聞いていない。この
ことからみても、取水口外かく施設の護岸、防波堤による返し波の影響は、ほとん
ど問題とするに足りない。
3 伊達漁港の海岸浸食の原因は、修築工事中の同漁港内の汀線部分が、防波堤築
造工事未了のため港内に入射してくる波浪によつて後退することにあり、漁港の修
築工事によつて附近一帯の海流が変化したことによるものではない。
すなわち、伊達漁協前浜においては、昭和五二年度完成を目標として、西防波堤
(八〇メートル)、東防波堤(一〇〇メートル)及び南防波堤(三〇〇メートル)
の築造を主体とする伊達漁港修築工事が施工されているが、現在までに築造された
防波堤は、海岸線とほぼ直角に沖へ八〇メートルの西防波堤及び右防波堤先端から
海岸線にそつて南東方向へ三〇〇メートルの南防波堤のうちの西防波堤先端から一
一一メートルの部分であり、伊達漁港南東側の東防波堤築造予定箇所には老朽化し
た約六〇メートルの突堤が残つているだけなので、現在の伊達漁港は、南防波堤先
端以南方向から入射する波浪を防ぐ構造には未だなつていない。伊達漁港内の伊達
漁協事務前浜の汀線の後退は、右のごとき状況のもとにおいて、主として昭和四九
年四月二二日の低気圧の影響に伴う時化の際の波浪によつて発生したものであり、
同漁港の修築工事中の局所的、一時的現象である。したがつて、これをもつて、附
近一帯の海流が変化し、海岸及び海底の地形が変化したものとは到底認められな
い。このことは、右港内における変化のほかに、附近一帯の海岸線に特に異常が認
められない事実に照らしても明らかである。
4 原告らは、現に、東護岸の西側の海岸に土砂が堆積している旨主張する。
しかし、もともと、エントモ岬東側から東護岸取付部附近までの海岸は、毎年小規
模な海岸線の後退(浸食)、前進(堆積)が繰り返されており、現在みられる砂の
移動、堆積も従来の海岸線の変化の範ちゆうに入る。また、現に、右護岸などの築
造による土砂の堆積によつて、附近一帯の海岸地形などが大きく変化している事実
もない。
九 原告ら主張の「取水による被害」及び「温排水による被害」に対する反論
原告らは、伊達火力発電所の操業に伴う取水及び温排水による被害についても主張
する。
しかし、原告らの右主張は、本件処分による被害とはなし得ない被害の発生をもつ
て、本件処分の取消しを求めるものであり、理由がない。すなわち、右取水及び温
排水は、公有水面の埋立てに通常伴うものではなく、かつ、本件処分自体も、参加
人に対して体件埋立ての権限を附与したのみであつて、取水及び温排水の許否につ
きなされたものではない。したがつて、仮に取水及び温排水によつて原告ら主張の
ような被害が発生するとしても、本件処分は、右被害につき直接の原因をなすもの
ということができない。
一〇 環境権の侵害を理由とする主張について
もともと、良好な環境の保全のみならず、その育成は、国政上、最大の努力を払う
べき事項である。そのために種々の公害防止立法がなされているが、現代の人類
は、自然と文化の調和の中に生存しているのであるから、環境権の存在を認めると
しても、これの意義内容を定めるに当たつての環境とは、高度に発達した今日の社
会において健康で文化的な生活を営む要件を満たすものたることを要し、清浄な空
気、水、土壌、日照、静穏な環境に恵まれた牧歌的生活環境だけをさすものではな
く、物質的に恵まれた生活環境をも包含するものとされなければならない。したが
つて、近代科学の賜物である医療施設、交通機関、通信機能、電気、ガス、水道な
どの恵みを無視して、環境権の意義を考えることはできない。
また、原告ら主張のような権利が住民の権利であるといつてみても、具体的には、
どのような範囲の住民にどの程度の自然環境の変更ないしそのおそれある場合で、
それが住民のどの程度の権利、利益に影響を及ぼすときに、争訟手段をもつて争い
得るのか、権利行使の要件、方法自体も明らかでない。このように、原告らの定義
する環境権の内容自体問題であり、環境権の内容は、不確定なものといわざるを得
ない。したがつて、現代行政法制下において、個々の住民が、一般的にその主張の
ような環境権の侵害を理由に取消訴訟を提起し得る訴権があるとは到底考えられな
い。もし、これを容認するならば、住民は、自己の個人的権利、利益とかかわりな
く行政の適否を争うこともでき、行政事件訴訟法九条の規定を潜脱して取消訴訟を
客観訴訟たらしめ、あるいは民衆訴訟化してしまうことになる。
原告らの唱える環境権が憲法二五条、一三条を根拠とするとしても、二五条の規定
は、いわゆるプログラム規定又は綱領的規定であり、一三条の規定についてみて
も、何ら具体的内容のないものであるから、これらのブログラム綱領を具体的に実
施すべきことを定めた立法をまたない限り行使できない。ゆえに、憲法上、環境権
を是認するとしても、それは、抽象的な内容しか有しない綱領的権利であつて、民
法、行政法などの実定法上は、何ら具体的権利として存在するものではない。単
に、環境権を根拠として行政処分によつて自然環境が変更されることを阻止するた
めに出訴することは、許されない。
第三 証拠(省略)
○ 理由
第一 本件処分に至る経緯
被告の主張第一項1及び2(ただし、取水口外かく施設が伊達火力発電所の建設及
び操業に不可欠であること、被告が本件埋立ての漁業に及ぼす影響その他につき慎
重かつ十分な調査、検討を行なつたとの部分を除く。)の事実は、原告らにおいて
明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。
当事者間に争いのない事実の一部、成立に争いのない乙第八一号証の一ないし六、
第八二号証(以下、成立に争いのない書証については、その旨を特に附記しないこ
ととする。)、弁論の全趣旨によつて成立を認める同第八七号証、第八八号証、第
八九号証の一ないし三、弁論の全趣旨によつて被告主張のとおりの写真であること
を認める同第八九号証の四によれば、(一)参加人は、昭和五〇年三月一二日、被
告に対し、埋立面積を当初の三三、七九五・九〇平方メートルから二二、〇九二・
四二平方メートルに縮小することを内容とする本件埋立免許の変更許可を出願した
こと(別図(四)参照)、(二)右出願を受けた被告は、その内容及び適否を検討
した結果、参加人の本件埋立免許の変更許可の出願は相当であると判断し、同年五
月一四日、参加人に対し、その出願のとおり本件埋立免許の変更を許可したこと、
(三)被告は、北海道土木部港湾課主任技師cを検定員、同課管理係長d及び同課
主事eを検定補助員に任命して同人らを本件埋立地へ派遣し、同年一二月一五日、
竣功検定を行ない、同月一八日、参加人に対し、本件工事の竣功認可をなつたこと
が認められる。
第二 本案前の抗弁について
一 本件埋立免許処分の取消しを求める訴えの利益の有無
1 行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求め
るにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる旨規定している。同
条にいう当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは、国民の権
利、利益の保護を全うする見地から行政処分によつて権利又は法律上の保護に値す
る利益を侵害される者をいうものと解すべく、そのような侵害を生ずる場合であれ
ば、その者が当該処分の相手方であると第三者であるとを問わず、これに取消訴訟
の原告適格を認めるのが相当である。
2 当事者間に争いのない事実の一部、甲第一ないし第一〇号証の各一ないし三、
乙第一号証の一、五ないし一一、第四号証、第七号証の一・二・五ないし九、第九
号証の一ないし六、第一〇号証の一ないし四、第一三ないし第一九号証によれば、
(一)本件埋立免許には、埋立地を免許を受けた目的以外の目的に使用しようとす
るときは、あらかじめ被告の許可を受けなければならない旨及び埋立てに関する工
事は、免許の日から三〇日以内に着手し、昭和五〇年一二月三一日までに竣功する
ものとする旨の附款が附されていること、(二)本件埋立免許に基づき参加人が行
なう本件工事は、参加人が建設を予定している伊達火力発電所新設工事に伴う取水
口外かく施設を築造するためになされるもの(別図(四)参照)であつて、埋め立
てられる面積は、三三、七九五・九〇平方メートル(被告の昭和五〇年五月一四日
付変更許可により二二、〇九二・四二平方メートルに縮小)であるが、施設全体
(延長四一〇メートル〔当初の計画による。〕の東護岸、取付護岸、延長一〇九メ
ートルの東防波堤、取水口、取水路、物揚場、荷置場及び延長一六五メートルの西
防波堤など)としては、エントモ岬東側海岸沿いの海域一帯に及び、その範囲は、
約一二〇、〇〇〇平方メートルであること、(三)伊達原告らは、伊達市内(有珠
地区を除く。)に居住する漁民を構成員とする伊達漁協の正組合員であり、同漁協
がエントモ岬東側の本件工事海域を含む海岸沿いの海域(海区四八号)に有する第
一種区画漁業権及び右海域とその沖合側の海域とを合わせた海域(海共一三五号)
に有する第一ないし第三種共同漁業権(ただし、これらの漁業権は、昭和四八年八
月三一日をもつて存続期間の満了により消滅し、同年九月一日、これらに相当する
新たな漁業権として、本件工事海域など〔別図(三)の赤斜線の部分〕を除く海域
につき、伊海区一号及び胆海共七号、八号の各漁業権の免許がなされた。)に基づ
き、同漁協の定める漁業権行使規則により、右各海域で現実に漁業を営んでいるこ
と(別図(一)参照)、なお、本件工事海域は、右海区四八号区画漁業権及び海共
一三五号共同漁業権の対象たる海域であつたが、伊達漁協の漁業権変更決議に基づ
き、被告が昭和四八年六月二五日にした漁業権変更免許処分により、これから除外
されたこと、(四)有珠原告らは、伊達市内有珠地区に居住する漁民を構成員とす
る有珠漁協の正組合員であり、同漁協がエントモ岬西側海岸沿いの海域(海区四七
号)に有する第一種区画漁業権及び右海域とその沖合側の海域とを合わせた海域
(海共一三四号)に有する第一ないし第三種共同漁業権(ただし、これらの漁業権
も、昭和四八年八月三一日をもつて存続期間の満了により消滅し、同年九月一日、
これらに相当する新たな漁業権として、伊海区二号及び胆海共五号、六号の各漁業
権の免許がなされた。)に基づぎ、同漁協の定める漁業権行使規則により、右各海
域で現実に漁業を営んでいること(別図(二)参照)、(五)本件埋立免許当時、
伊達漁協の海区四八号が存する海域と有珠漁協の海区四七号が存する海域及び伊達
漁協の海共一三五号が存する海域と有珠漁協の海共一三四号が存する海域は、それ
ぞれ相接しており、その境界線は、エントモ岬の先端からほぼ南西方向(噴火湾の
中心方向)に向かう直線であること、したがつて、有珠漁協の海区四七号及び海共
一三四号が存する海域のうち、右境界線附近の海域は、本件工事海域から至近距離
にあること(本件埋立地の一画たる沿岸部に設置される取水口からの最短距離は、
約四〇〇メートルにすぎない。)、(六)本件工事は、本件工事海域内において盛
土、捨石、コンクリート・ブロツク、ドレーンマツト、しゆんせつを行なうので、
その実施方法の如何によつては、右海域内においてかなりの海水汚濁を生ずるおそ
れのあることが認められる。
3 漁業権は、特定の水域において排他的に一定の漁業を営むことができる権利で
あつて、知事の免許によつて発生し(漁業法一〇条)、物権とみなされ、土地に関
する規定が準用されており(同法二三条一項)、漁業協同組合又はこれを会員とす
る漁業協同組合連合会に帰属するが、その構成員たる個々の組合員は、組合又は組
合連合会の定める漁業権行使規則に従つて漁業を営む権利を有するにすぎない(同
法、条一項)。したがつて、漁業権自体は、個々の組合員に帰属するものではない
が、組合員が有する漁業を営む権利は、漁業権から派生する権利であるから、それ
自体法律上の保護に値する内容を有するものというべきである。本件工事の規模、
態様及び本件工事海域と原告らが現実に漁業を営んでいる各海域との位置関係から
みれば、本件工事によつて本件工事海域に海水の汚濁を生じた場合、現在の科学技
術の水準をもつてしても、その汚濁が右海域の範囲内だけにとどまらず、更に拡散
して周辺の海域の海水までも汚濁するおそれがあり、その汚濁が及ぶ海域の範囲
も、伊達漁協の海区四八号、海共一三五号が存する海域内だけにとどまらず、本件
工事海域と至近距離にある有珠漁協の海区四七号、海共一三四号が存する海域まで
にも及ぶおそれが全くないとはいえず、これら海域の海水に汚濁が及んだときは、
その汚濁の性質、範囲及び程度の如何によつては、前記各海域において原告らの営
む漁業に対して各種影響を与え、漁獲が減少するなどの被害を生ずるおそれがあ
る。また、本件工事完成後においても、取水口外かく施設の存在などによつて漁業
環境が悪化することも考えられないわけではない。
4 以上に認定、判断したところによれば、前記各海域において現実に漁業を営ん
でいる原告らは、本件埋立免許処分によつて権利又は法律上の保護に値する利益を
侵害される者に当たると解される。したがつて、伊達漁協の漁業権変更決議の無効
を主張して本件埋立免許処分の取消しを求める伊達原告らはもちろん、有珠原告ら
も、本件埋立免許処分の取消しを求めるにつき訴えの利益を有するというべきであ
る。
二 本件埋立竣功認可処分の取消しを求める訴えの利益の有無
公有水面の埋立免許(公有水面埋立法二条)は、特定の公有水面を埋め立てて土地
を造成させ、その埋立工事の竣功認可を停止条件として埋立地の所有権を埋立権者
に取得させる講学上の特許たる性質を有する行政処分であり、埋立竣功認可は、埋
立工事及びその完成の状態が埋立免許並びにこれに附した条件に定める埋立て及び
その工事に適合することが認定判断する一種の確認行為である。埋立権者は、埋立
工事の竣功の認可を受けることにより、原則として竣功認可の日に当然に埋立地の
所有権を取得する(同法二四条)。
本件埋立竣功認可処分は、それ自体として原告らの権利又は法律上の保護に値する
利益を侵害するものではなく、仮に本訴において右竣功認可のみが取り消されて
も、埋立権者たる参加人に対する所有権附与の法的効果が生じないだけであつて、
参加人は、竣功認可前においても、埋立工事を行なうために必要な限度にとどまら
ず、本件埋立地を完全に支配し、埋立ての目的に反しない限り、これを自由に使用
収益し得る(同法二三条)のである。したがつて、原告らは、たとえ本件埋立免許
によつてその権利ないし利益を侵害されるとしても、竣功認可の取消しを得ただけ
では、その侵害を回復ないし防止することはできない。本訴において原告らが主張
するような権利ないし利益の侵害を排除するためには、原告らにとつて本件埋立免
許処分自体を取り消す判決を得ることが必要にして不可欠であり、かつ、次に述べ
るとおり、これをもつて足りるのである。すなわち、原告らは、本件埋立免許処分
の取消しを求めているところ、仮に本訴において右免許が取り消されるならば、そ
の取消判決は、埋立権者たる参加人に対しても効力を及ぼす(行政事件訴訟法三二
条一項)のみならず、右免許は失効する。そのため、参加人は、原則として本件公
有水面を原状に回復しなければならないこととなる(埋立法三五条)。しかも、埋
立竣功認可処分は、埋立免許処分に伴い形成される一連の手続の一環をなすもので
あり、埋立免許が違法であるとすれば、その違法は後続処分たる竣功認可処分には
承継されるから、埋立免許処分が判決によつて取り消されると、その取消判決は、
竣功認可処分をした被告を拘束し(行訴法三三条一項)、被告は、右取消判決の判
断内容と矛盾抵触する違法な竣功認可処分を取り消すなどの適当な措置を採らなけ
ればならないこととなる。以上のように、原告らは、本件埋立免許処分を取り消す
ことのみによつて、本訴提起の目的を十分に達することができ、これに合わせて竣
功認可処分の取消しを求めることは不要であるし(後者の取消しを得ただけでは、
その目的を達することはできないのである。
したがつて、原告らは、本件埋立竣功認可処分の取消しを求めるにつき訴えの利益
を有しないというべきである。
第三 本案について
本件埋立免許処分が違法であるとの原告らの主張につき順次判断する。
一 伊達漁業権変更決議及び本件埋立てに対する同意
1 伊達漁協が、昭和四七年五月三一日の第二三回通常総会において、水産業協同
組合法四八条、五〇条の規定に基づき、同漁協の有する区画漁業権及び共同漁業権
の漁場の区域を、従前の区域から取水口外かく施設に必要な区域及び放水口施設に
必要な区域を除く区域とする漁業権の変更につき審議を行ない、議決権を有する全
組合員一四六名(本人出席一二五名、委任状出席二一名)の無記名投票の結果、賛
成一〇三票、反対四三票をもつて漁業権の変更を議決したこと、次いで、伊達漁協
は、右総会の決議に基づき、同年八月一四日、参加人に対し、エントモ岬東側にお
ける取水口、取水路、物揚場、荷置場などの施設用地の造成を目的とする本件公有
水面の埋立てにつき同意したことは、前記第一、本件処分に至る経緯(被告の主張
第一項1の事実の一部)において記載したところである。
ところで、公有水面埋立法四条は、埋立てに関する工事の施行区域内における公有
水面に関して権利を有する者があるときは、その者の埋立てについての同意があれ
ば埋立ての免許をなし得る旨規定するので、右公有水面に係る権利の放棄が埋立て
についての同意と同時になされなければならないものではない。本件埋立免許は、
伊達漁協の本件埋立てについての適法な同意があつたことを前提としてなされたも
のであるから、同漁協の漁業権変更決議の無効をいう原告らの主張は、要するに、
伊達漁協の本件埋立てについての同意は、同漁協の総会における漁業権変更の特別
決議に基づきなされたものであるが、右特別決議は原告らの主張する理由によつて
無効であるから、これに基づく同漁協の本件埋立てについての同意もまた無効であ
り、したがつて、これを前提とする本件埋立免許も違法であるとの主張に解され
る。
2 原告らは、漁業協同組合が漁業権を放棄するには、総会で総組合員の半数以上
が出席し、その議決権の三分の二以上の多数による議決を必要とする旨定める水産
業協同組合法五〇条の規定は、多数者によつて少数者の生活権を奪う結果となるこ
とを認める点で、憲法二五条、二九条、三一条に違反し無効である旨主張する。
しかし、漁業権は、漁業法の規定によつて明らかなとおり、漁業者及び漁業従事者
を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に利用し、もつて漁業生産
力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ることを目的とし(一条)、漁場計画制
度を基盤として、行政庁の設権処分によつて与えられる権利であり、同法二三条一
項において物権とみなされ、土地に関する規定が準用されているとはいえ、公共の
水面を利用するという特質により、一般の財産権と異なり、その私権的性格を著し
く制限される反面、公権的性格(公義務的性格を含む。)を併有するものであり、
漁業協同組合又はこれを会員とする漁業協同組合連合会に帰属し、その構成員たる
個々の組合員は、組合又は組合連合会の定める漁業権行使規則に従つて漁業を営む
権利を有するにすぎない(八条一項)のである。そして、漁業法が個々の組合員に
漁業を営む権利を与えたのは、組合又は組合連合会の有する漁業権の具体的な内容
としてこれを法定したにすぎないから、このような組合員の権利は、組合又は組合
連合会たる団体の構成員としての権利にほかならない。水協法五〇条の規定は、組
合又は組合連合会なる団体に与えられた漁業権の設定、得喪又は変更につき、団体
の意思決定原理である多数決原理を採用したもの(しかも、同条は、少数者の利益
の保護をも考慮して、総組合員の議決権の三分の二以上の特別多数による議決を必
要とする旨定めている。)であつて、憲法二五条、二九条、三一条に違反するとは
解されない。
3 原告らは、漁業協同組合がその有する漁業権の全部又は一部を放棄するには、
水協法五〇条による総会の特別決議だけでは足りず、漁業権行使規則の変更の場合
と同様、特定区画漁業権又は第一種共同漁業を営む組合員のうち、地元地区又は関
係地区内に住所を有するものの三分の二以上の書面による事前の同意が必要である
と解すべきである(漁業法八条五項、三項)旨主張する。
しかし、漁業法は、漁業権の帰属と組合員の漁業を営む権利とを明確に区別して規
定し(一四条八項、八条一項)、水協法も、総会の特別決議事項として、漁業権の
設定、得喪又は変更と行使規則の制定、変更及び完止とを区別して規定している
(五〇条四号、五号)。そして、漁業法八条五項、三項は、明文をもつて、行使規
則の変更又は廃止の場合についてのみ、地元地区又は関係地区内に住所を有する組
合員の三分の二以上の書面による同意を得なければならないことを加重的に要求し
ているにすぎない。したがつて、法文の文理上、漁業権の変更などについては、単
に水協法五〇条による総会の特別決議があれば足り、そのほかに、漁業法八条所定
の手続を経ることは必要でないと解すべきである。しかも、漁業法の建前として
も、漁業権は、漁業協同組合又はこれを会員とする漁業協同組合連合会に帰属し、
その構成員たる個々の組合員は、漁業権が組合又は組合連合会に帰属するとの前提
のもとで行使規則に従つて漁業を営む権利を有するにすぎない(八条一項)のであ
つて、漁業権の変更などについては、地元地区又は関係地区内に住所を有する組合
員の権利は及ばず、一種の反射的利益にすぎないのである。組合員の漁業を営む権
利は、漁業権の存在を前提とするものでこそあれ、漁業権自体の管理処分権能をそ
の内容とするものではない。したがつて、漁業権の変更などにつき、漁業法八条所
定の手続を要するものと類推解釈することは、漁業権から行使権が派生するという
漁業権の本質に反する。更に、このような類推解釈は、漁業権自体が、その保有主
体たる組合又は組合連合会が適格性を喪失したとき(漁業法三八条一項)や、漁業
に関する法令の規定に違反したとき(同法三九条二項)、漁業調整その他公益上必
要があるとき(同法三九条一項)に取り消されること(この場合、当然に組合員の
漁業を営む権利も消滅する。)、また、漁業権が永久に与えられるものではなく、
その存続期間内に限つて設定される権利であつて、共同漁業権にあつても一〇年で
消滅する(同法二一条)ことなどを定めた諸規定と対比するとき、漁業権以上に組
合員の漁業を営む権利を重大視する矛盾した結果に陥る。漁業法八条五項、三項
は、特殊な利害関係を有する少数者に対してこれらの者が本来有しない権能(行使
規則の変更などは、組合又は組合連合会の固有する漁業権自体の管理処分権能の一
部である。)を特に与えた例外規定であるから、これを漁業権の変更などの場合に
類推適用することは、解釈論として許されない。
以上のとおり、漁業権の変更については、水協法五〇条による総会の特別決議があ
れば足り、そのほかに、漁業法八条所定の手続を経ることは必要でないから、この
手続の欠如をもつて本件漁業権変更決議を無効とする原告らの主張は、その前提に
おいて既に失当である。
4 原告らは、伊達漁協の漁業権一部放棄の決議は、錯誤に基づく意思表示である
から、民法九五条により無効である旨主張する。
しかし、本件漁業権変更決議は、前記のとおり無記名投票の方法によつて行なわれ
たものであるが、およそ、投票とは、議案の表決などにつき投票者が票を入れて自
らの選択についての意思を表示する行為であつて、団体における議決のための投票
は、団体構成員のいわゆる合成行為の性質を有するものであり、その性質上、一般
に形式を重んずべきものである。したがつて、原則として、これに民法九五条の適
用又は準用を認めることはできない。換言すれば、投票は、表示主義により、その
表示に従つて投票者の意思と責任とを確認するものであつて、たとえ投票者の錯誤
によつてなされた場合であつても、その投票の効力に影響を及ぼすものとは解され
ない。原告らの前記主張は、その主張自体失当である。のみならず、伊達漁協の組
合員の大部分が原告ら主張のような錯誤に陥つて本件漁業権変更決議をしたもので
あることを認めるに足りる何らの証拠はない。
5 原告らは、前記総会決議当時、賛成一〇三票の中には第一種共同漁業を営んで
いない者、正組合員資格のない者が少なくとも二〇名はいた旨主張するが、これを
認めるに足りる証拠はない。
二 有珠漁協に告知聴聞の機会を与えていない本件埋立免許は憲法二九条、三一条
に違反するとの主張について
有珠漁協の組合員たる有珠原告らは、法令又は慣習によつて本件公有水面より引水
をし、又は右公有水面に排水をする者ではないから、公有水面埋立法五条三号、四
号所定の公有水面に関して権利を有する者に当たらない(したがつて、本件埋立免
許を行なうに当たり、有珠漁協の埋立てについての同意〔同法四条三項一号〕を必
要とするものではない。)。
思うに、憲法三一条の法定手続の保障が仮に行政手続についてもその趣旨を類推適
用すべきものとしても、身体の自由などに対して重大な制限を加えるような行政処
分については格別、単に財産権を侵害するにすぎない行政処分についてまで、その
趣旨が及ぶものと解することは困難である。特に、公有水面埋立免許処分について
いえば、埋立免許の要件は、制裁的な処分などと異なり、権利者が何人であるかに
よつてその判断が左右される余地が少なく、また、意見の聴取なども必ずしも決定
的な役割を果たし得ないことを考えると、告知聴聞の機会を与えない埋立免許の手
続が直ちに違憲という重大な結果をもたらすと解することは、更に困難である。埋
立免許を行なうに当たり、どのような範囲の者にどのような方法で告知聴聞の機会
を与えるかは、立法政策の問題であつて、埋立法三条は、公有水面の埋立てに関し
て地域住民の意見を反映させ、その利益を守るための配慮として、埋立免許を行な
う前に「地元市町村会ノ意見ヲ徴」すべき旨規定しており、前記第一、本件処分に
至る経緯(被告の主張第一項2の冒頭の事実)において記載したとおり、被告は、
右意見聴取手続を履践している。右三条の規定が存するほか、埋立法に何らの規定
も存しない以上、被告が有珠漁協に告知聴聞の機会を与えていないからといつて、
本件埋立免許が憲法二九条、三一条に違反するとは解されない。
ところで、原告らは、本件公有水面の埋立てによつて有珠漁協の漁業権が各種影響
を受けるとして、工事中の被害、工事完成後の漁業環境悪化、取水及び温排水によ
る被害をるる主張するところ、本件埋立ての漁業に及ぼす影響の如何は、本件埋立
免許が公益性の原則に反するものであるかについての後記判断に関連性をもつか
ら、便宜、以下においてこの点につき判断しておくこととする。
1 海水の濁りなどについて
原告本人fは、(一)取水口外かく施設の築造工事によつて多量の泥が本件工事海
域から流出したこと、(二)この泥がエントモ岬、アルトリ岬間の海底に厚さ一な
いし一・五メートル、長さ二、〇〇〇メートル、幅八〇メートル(もつとも、原告
fは、幅八〇〇メートルとも供述している。)にわたつて推積しており、このよう
な現象は、昭和四八年以前には見られず、時化のときには移動、かく乱されて海水
の透明度を低下させていること、(三)本館工事の際に地下水を汲み上げて海中に
排出したため、それが五〇ないし六〇センチの厚さで有珠海域に流れ込んだこと、
(四)これらによつて漁業に被害を与えた旨供述している。
しかし、原告fの右供述は、たやすく措信できない。その理由は、次のとおり。
(一) 本件工事海域の海底土質は、すべて砂質であつて(証人gの証言によつて
成立を認める乙第二八号証、証人hの証言によつて成立を認める同第二九ないし第
三五号証)、ほとんど泥分が存在しないうえ、参加人は、本件工事に伴う有効な海
水汚濁防止対策として、海中に投入する石材の洗石設備による洗浄、しゆんせつに
よる汚濁の発生が最も少ないポンプしゆんせつ船の使用、沈澱池、排水浄化設備及
び海水汚濁防止シートの設置などを実施したもの(別図(五)参照)である。もつ
とも、右シートは、昭和四八年一〇月二八日(東護岸などの捨石工事中)、時化の
ため、その相当部分が破損して工事を中断したけれども、参加人は、昭和四九年五
月二四日、東護岸側から波高二・九メートル、水深七メートル、風速毎秒二〇メー
トルを設計条件として改良補強された新シートの展張りを開始し、同年七月三日、
展張用メインワイヤーをエントモ岬(西防波堤側)に定着し、引き続き、メインア
ンカー及びサブアンカーなどをすえつけてシートの下端を海底に定着させ、同月一
〇日、シートの設置を完了して工事を再開し、その後、シートのフロートなどが一
部破損したこともあるが、遅滞なく補修している(証人hの証言によつて成立を認
める乙第三六号証、第三七号証、第四一号証、第四四号証、第四八号証、第六八号
証、第六九号証、第七三号証、証人gの証言によつて成立を認める同第七八号証の
一ないし三〔ただし、原本の存在とその成立〕、第八〇号証、弁論の全趣旨によつ
て成立を認める同第七九号証の一ないし三、昭和四八年一一月一〇日付、昭和四九
年六月一日付、同年九月二六日付各検証調書)。ちなみに、右工事中断時に行なつ
た伊達海域及び有珠海域における海水の水質調査において、長和地先海域の海水の
浮遊物質量SSは、一ないし一三PPm程度、有珠地先海域のそれは、一ないし一
一PPm程度であつた(前掲乙第六八号証の九ページ表1(b)、一三ページ表2
(d)が、本件工事再開後(西防波堤の投石作業時)に行なつた海水の水質調査に
よれば、シート外側海域の海水の浮遊物質量SSは、二ないし一三PPm程度であ
り(前掲乙第六九号証の九ページ表3)、工事再開前後の海水の浮遊物質量SSに
変化は見られない。
(二) そうすると、仮に原告fが供述するとおり多量の泥が有珠海域に推積して
いるとしても、それが本件工事によるものと断ずることはできない。しかも、原告
fの供述によつても、泥の堆積がどのような調査によつて確認されたものか不明で
あり、その記録もないというのであるから、多量の泥が堆積しているとの供述は、
それ自体疑わしいばかりか、その供述するとおり泥が堆積しているとすれば、その
量は、およそ一六〇、〇〇〇立方メートル(幅八〇〇メートルとすれば、およそ
一、六〇〇、〇〇〇立方メートル)となり、埋立完成時のしゆんせつ全土砂量約七
〇、〇〇〇立方メートル(乙第八一号証の一)の二倍以上(幅八〇〇メートルとす
れば、二〇倍以上)にも達する。原告fが泥を発見したという昭和四九年九月当時
までには、参加人は、捨石工事及びしゆんせつの一部(しゆんせつの開始は、同年
八月二七日である。)を実施していたにすぎない(甲第三六号証の六四・八四・八
六)。
(三) 本館工事は、本件埋立免許と直接の関係がないけれども、仮に原告fが洪
述するとおり参加人が本館工事に当たつて一日約二〇〇、〇〇〇リツトルの地下水
を長和地先海域に排出したとすれば、右水量は、毎秒に換算すると約〇・〇〇二三
トンにすぎない。参加人が右地下水を排出した場所は、発電所本館敷地前面海域で
あるから、右海域から原告fが有珠漁協における突磯漁業の主要漁場であるという
アルトリ岬附近までは、およそ三・五キロ離れている(乙第一号証の六)。そうす
ると、わずかの排出水が約二・五キロ先の海域にまで達する間には、風波によつて
絶えず流動している周囲の海水と当然に混合希釈するから、右排出水が五〇ないし
六〇センチの厚さで有珠海域に流れ込むなどということは、自然現象としてあり得
ない。仮に原告fが供述するように本館工事に伴う排出水が原因となつて有珠漁協
の突磯漁業が困難になつたとするならば、それの数千倍に相当する毎秒九トン弱の
長流川の河川水(原告fの供述による。)により、同漁協の突磯漁業は、既に壊滅
的な損害を受けているはずである。
2 赤潮について
原告fは、昭和四八年八月、九月ころ、アルトリの養殖漁場内に赤潮が発生した
旨、その規模は従前の赤潮と比べて大であつた旨、また、その原因は参加人の本館
工事及び埋立工事である旨供述している。
しかし、右時期に赤潮が発生したのは、アルトリ海域だけでなく、室蘭港から伊達
市沿岸一帯にかけてであり、胆振地区水産業改良普及所の見解によれば、その原因
として、(一)工場などから有機物の多量に混じつた排水が海に流れ込んだこと、
(二)昭和四八年八月一七日、一八日の豪雨で、川から栄養豊富な土砂が流れたこ
と、(三)同年七月、八月の海水温度が例年より一、二度C高く、塩分の量も多か
つたことなどが挙げられている事実(丙第三号証)に照らし、前記赤潮の発生は、
本件工事などによるものとは考えられない。なお、右赤潮につき、証人iも、室蘭
から豊浦までの範囲で見られた旨供述している。
更に、原告fは、昭和四九年七月三日ころから本件工事海域に設置された海水汚濁
防止シート内に赤潮が発生し、その赤潮は、同月七日ころまでが最もひどく、同月
一七日ころまで消えず、右シートから帯状をなして有珠海域まで流出した旨供述し
ている(なお、原告ら主張のとおりの写真であることに争いのない甲第三七号証の
一一ないし一九参照)。そして、甲第三九号証の一四ないし二二によれば、「伊達
火発絶対反対有珠住民と海を守る会」のj会長ら住民組織代表五名は、同月二四
日、環境庁などに対し、有珠漁協の漁場に本件工事によつて赤潮が発生したため漁
業に被害が生じたとして即時工事中止の行政措置を求め、同月二六日、環境庁、通
産省、水産庁などから成る政府調査団が現地で実情を調査したことが認められる。
他方、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第七〇ないし第七二号証、第七四号
証、第七五号証、証人hの証言によつて成立を認める同第七三号証、第七六号証に
よれば、次の事実を認めることができる。
すなわち、海水汚濁防止シート再設置中の昭和四九年七月四日午後から、右シート
内海域の海水の濁度が増加し、同月五日から七日にかけて、右海水の一部が時化に
よる波浪の影響を受け、シートのサブアンカー設置未了部分からシート外海域へ流
出した。被告は、直ちにシート内海域の海水の状況の監視などを十分行なうよう参
加人に指示するとともに、同月六日及び一一日の二回にわたり、右海水の状況及び
影響につき調査した。右調査の結果によれば、(一)シート内海域の海水は、し尿
処理排水の影響を強く受けて、無機窒素、リンを多く含み、植物性プランクトンが
増殖しやすい状態となつていること、(二)シート内海域の海水中のプランクトン
の優占種は、いずれも植物性プランクトンの珪藻類であり、赤潮の発生原因とはな
り得ないリゾソレニア及び一般に漁業被害を発生させることは少ないが、時には大
発生して赤潮を構成するスケレトネマであること、(三)スケレトネマの密度は、
海水一立方センチ当り一、九二〇ないし二一、一二〇個体であるのに対し、広島
湾、伊勢湾、三河湾における赤潮発生時には、海水一立方センチ当り三〇、〇〇〇
ないし六一六、〇〇〇個体であり、このことからみても、プランクトンの大発生と
いう異常現象とはとらえ難いが、その兆候的現象はあると考えることが確認され
た。被告は、同月二七日付文書をもつて参加人に対し、シート内海域に排出されて
いるし尿処理排水をシート外海域へ排出するよう措置するとともに、排水浄化設陥
などによつてシート内海域の海水を浄化するよう指導した。参加人は、右指導の趣
旨に従い、排水浄化設備を稼動させてシート内海域の海水の浄化に努めるととも
に、排水口を仮付替えすることにつき、かねて交渉中であつた胆振西部衛生組合及
び伊達漁協の承諾を得て、同年八月六日、右仮付替工事を完了し、翌七日からし尿
処理排水を濾過したうえ、シート外海域へ排出する措置を講じた。被告は、シート
内海域の海水に濁りが発生した後である同年七月二二日及び翌二三日、右海水につ
き調査し、参加人が前記対策を講じた後である同年八月九日及び九月五日にも、右
海水につき調査した。右各調査の結果によれば、シート内海域の海水に濁りが発生
している時点においても、シート外海域の海水に異常が認められないことが確認さ
れたほか、九月五日の調査では、シート内海域の海水の化学的酸素要求量COD
は、一・八ないし二・四PPm、平均二・三PPmであつて、シート外海域の海水
のそれに近い状態となつていることが確認された。
右認定の事実によれば、原告fが供述する海水汚濁防止シート内に発生した赤潮な
るものは、それ自体赤潮の発生としてはとらえ難い状態の海水の濁りであるが、こ
れが一時的に右シートから有珠海域まで流出したことにより、同海域の海水が濁
り、有珠漁協の突磯漁業に短期間ある程度の支障を生じさせたであろうことを推認
できる。しかし、そのため、どれだけ漁獲の減少があつたかは明らかでなく、ま
た、シート内海域の海水中のプランクトンの優占種が赤潮の発生原因とはなり得な
いリゾソレニア及び一般に漁業被害を発生させることの少ないスケレトネマであつ
たことに照らし、有珠漁協の漁場に恒常的な漁業被害を生じさせたものとは考えら
れないし、そのような漁業被害発生の事実を認めるに足りる証拠ももとよりない。
3 ホタテガイの稚貝の斃死について
原告fは、昭和四九年八月、エントモ岬、アルトリ岬間の六分エントモ岬寄りで陸
から約四〇〇メートル沖に設置されていたk、l、m及びnの採苗カゴに泥が附着
し、ホタテガイの稚貝が死滅した旨、その原因は本件工事海域からの泥の流出であ
る旨供述している。そして、ホタテガイの稚貝が死滅したことは、甲第三六号証の
六五ないし六七・七七、検証(第三回)の結果により、これを認めることができ
る。
しかし、北海道水産部の調査報告(弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第八三号
証)は、右斃死事故の原因として、(一)エントモ岬、アルトリ岬間の海域におけ
る海水の水質状態は、良好であること、(二)ホタテガイの稚貝の斃死事故が発生
した附近一帯は、微粒泥を含んだ海水の収斂域に近く、水深が一〇メートル前後の
浅海域であるため、採苗漁場として必ずしも良好な環境といえない水域であるこ
と、(三)右海域中の海水の流動状況からみて、本件工事海域からの流出物が斃死
事故が発生した附近一帯の水域に蓄積される可能性は少なく、エントモ岬とアルト
リ岬のほぼ中間において施工された護岸工事現場からの流出物が右水域に集積され
る可能性が大であること、(四)試料の附着物は、貝類などの水棲動植物が多いこ
と、(五)斃死事故の原因は、右水域において採苗を行なうに際して要求される慎
重な配慮及び管理の面につき欠けるものがあつたことによるものと思われること、
以上の点を挙げている。右の事実に、原告fは、当時有珠漁協においてエントモ
岬、アルトリ岬間でホタテガイの養殖を行なつていた漁民が約六〇名もいたと供述
しているのに、ホタテガイの被害を受けた者は、わずか四名にすぎなかつたこと及
び斃死事故が発生した場所は、エントモ岬の西方一、〇〇〇メートル以上も離れた
養殖施設であつて(甲第三六号証の六五ないし六七)、本件工事海域から遠く離れ
ていることを考え合わせると、前記斃死事故の原因は、本件工事によるものとは考
えられない。
4 返し波について
原告fは、昭和四九年四月二二日から翌二三日にかけて時化の際、ニントモ岬南西
側における有珠漁協の養殖施設が本件取水口外かく施設からの返し波も原因となつ
て破損流出し、被害を受けた旨供述している。
ところで、昭和四九年四月ころは未だ西防波堤は存在していない(同年六月一日付
検証調書添付写真7、44、49及び検証見取図(一))ので、原告fの右供述
は、東護岸、東防波堤からの返し波(反射波)によるとの趣旨に思われる。しか
し、波の反射は、光の反射と同様、反射を生じ存物体に対して入射角と等しい反射
角度で反対方向に出て行くものであり、しかも、波の不規則性や散乱などによつて
数波長程度で識別困難となる(甲第二一号証の三)。原告fの供述によれば、同年
四月二二日から翌二三日にかけての時化は、南東の時化であり、その風が南南東か
ら南に変わり、更に西に回つていつたというのであるから、この風によつて生ずる
波が東護岸、東防波堤に達して反射する場合、主として伊達前浜ないし伊達漁港方
向に反射するものと思われ、エントモ岬南西側に設置されている有珠漁協の養殖施
設に達するものとは思われない。右の時化は、低気圧の通過に伴う異常な海象条件
であつたため、有珠漁協の養殖施設だけでなく、胆振西部一帯の各漁業協同組合の
養殖施設にも被害が発生しており(弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第八五号
証)、東護岸、東防波堤からの返し波によつて有珠漁協の養殖施設が破損流出した
とは考えられない。
そもそも、東護岸など及び東・西両防波堤は、ケーソンによる直立堤とは異なり、
捨石による傾斜堤の前面を更にテトラポツトなどの消波ブロツクによつて被覆した
構造になつており、波の反射率は、三〇パーセント以下に設計されている。これ
は、自然の海浜における波の反射率一〇ないし二〇パーセントに比べて格別高いも
のではなく、よほどの荒天時に防波護岸や防波堤の至近距離を通らない限り、小型
船の転覆などは起こり得ない(証大hの証言によつて成立を認める乙第二六号証。
乙第七号証の二・五・八・九、第五八号証、第五九号証、第八一号証の五・六)の
である。
5 流れの変化について
原告fは、エントモ岬が潮流に対して自然の防潮防波堤の機能を果たしていたとこ
ろ、東護岸(東・西両防波堤)の築造によつてエントモ岬の防潮機能が失われ、潮
の流れが強くなつて、直接、エントモ岬、アルトリ岬間の有珠海域に流入するよう
になつたため、有珠漁協の養殖施設が破損するなどの被害を受けた旨供述してい
る。
エントモ岬の防潮機能を論ずるためには、右の潮の流れが汀線から沖合方向何メー
トルまでの範囲を流れているものか明らかでなければならない。原告fは、その供
述において、「主流」、「沿岸流」、「接沿岸流」、「上潮」、「下潮」なる用語
によつて説明しているけれども、それぞれの流れの汀線からの距離関係、流れの幅
が不明であるうえ、各流れの相互関係もあいまいである。
仮に原告fが供述するようにエントモ岬の優れた防潮機能によつて有珠漁協の養殖
漁業が成り立ち、それが失われることにより、エントモ岬、アルトリ岬間の同漁協
の養殖施設が破損するものとすれば、このような防潮機能を果たす岬が存在しない
海域(証人gの証言によつて成立を認める乙第二七号証)に設置されている伊達漁
協の養殖施設は、潮の流れによつて著しく破損しているはずである。
また、エントモ岬に、汀線から沖合へ約二〇〇メートル突出しているだけにすぎな
いのに対し、エントモ岬附近における有珠漁陽の養殖施設の設置幅は、沖合方向
一、五〇〇ないし二、〇〇〇メートルである(前掲乙第二七号証)。そうすると、
仮に伊達海域から有珠海域へ向かう潮の流れがエントモ岬によつて沖合方向へ曲げ
られたとしても、せいぜい幅二〇〇メートルにすぎない。この流れは、エントモ岬
の先端から沖合にかけて、しだいに水深が深くなる海域を流れている膨大な量の他
の潮の流れを食い止めたり、ゆるめたりするには、余りにも微弱である。
参加人は、本件取水口外かく施設の築造に当たり、その配置、構造及び周辺に及ぼ
す影響を把握するため、北海道大学工学部o教授の指導のもとに水理模型実験を行
なつた(証人hの証言によつて成立を認める乙第二五号証)が、原告fは、o教授
が現地で右実験の模型が間違つていたと述べた旨洪述している。しかし、o教授が
昭和四八年一二月二五日付で作成した意見書(三)(甲第二一号証の三)の三、模
型実験の結果についての項を精読しても、模型や実験に用いた波向きにつき間違い
があつた旨の記述は見られない。
6 海岸地形の変化について
原告fは、小型港湾の出現によつて海底の砂が移動し、東護岸のそばが一尋半ぐら
いまで浅くなつた旨供述し、甲第三六号証の九二、原告本人aの尋問の結果中に
も、右供述に沿う部分がある。
一般に、砂浜海岸は、海水の流動によつて砂が移動し、海岸線附近が侵食された
り、そこに砂が堆積したりする現象がみられる(乙第六一号証)。長流用河口から
エントモ岬に至る伊達海岸は、古い時代に形成された長流用の河口デルタの一部で
あつて、全般的に海底勾配が大きい内浦湾に直面しており、前浜の平均的な海底勾
配も六〇分の一前後とかなり急であり、また、湾口からのうねりの浸入と冬期の西
方向からの風波に見舞われるため、全般的に浸食されつつある海岸ということがで
き、早くから護岸及び多数の防砂突堤による海岸保全事業が行なわれている(証人
hの証言によつて成立を認める乙第二五号証、第五六号証、第六〇号証、昭和四九
年九月二六日付検証調書添附写真42)。エントモ岬東側附近の海岸も、本件工事
開始前から海岸線の前進(堆積)、後退(浸食)が毎年繰り返され、春から夏にか
けては砂が堆積し、秋から冬にかけては砂が浸食されるという現象がみられる(前
掲乙第六〇号証)。
原告fが供述する砂の移動は、海岸線の自然の変化としてとらえるべきものと思わ
れるが、仮にそうではなく漂砂現象によつてしゆんせつを必要とする場合が生じた
としても、そのしゆんせつ土砂は、量的に限られ、その際は、被告の主張によれ
ば、海水汚濁防止対策を講じたうえでしゆんせつを行なうというのであるから、本
件工事に伴うしゆんせつの実施状況に照らし、そのしゆんせつによつて有珠漁協の
漁業に影響を与えるような海水の汚濁が生じるとは考えられない。
以上のとおり、原告本人fの尋問の結果を中心として、原告らが工事中の被害、工
事完成後の漁業環境悪化として主張する事実の存否につき判断した。これによれ
ば、昭和四九年七月、海水汚濁防止シート内に発生した汚濁水が一時的に右シート
から有珠海域まで流出したことにより、同海域の海水が濁り、有珠漁協の突磯漁業
に短期間ある程度の支障を生じさせたであろうことを推認できるだけで、そのほか
には、原告らが本件工事に起因して漁業被害を受けたことについても、また、工事
完成後に漁業環境が悪化して漁業被害を受けることについても、いずれもこれを認
めることはできない。甲第三六号証の一ないし九二(原告ら作成の陳述書など。そ
のうち、同号証の二・一一・一三・二三・(三)・三四・三八・三九・四七ないし
五二・六一・六三・七三は、原告f作成の陳述書である。)には、本件工事によつ
て漁業被害が生じた旨、海水汚濁防止シートが破損してシート内海域の汚濁水が有
珠海域へ流出した旨、赤潮が発生した旨、参加人が右材の洗浄を十分に行なつてい
ない旨、返し波の発生、海岸の浸食、ホタテガイの死滅、シート破損部品の漂着な
どにつき、るる記載されている。しかし、その記載内容は、原告fの供述内容とほ
ぼ同一であるから、その部分については前記と同一の理由によつてこれを排斥する
ほかはなく、右甲第三六号証の一ないし九二その他本件全証拠によつても、本件工
事及びこれによつて完成した取水口外かく施設の存在による漁業被害の発生又はそ
のおそれがある事実を認めることはできない。
なお、甲第三一号証の三・四は、有珠漁協作成の業務報告書であるが、これによれ
ば、昭和四七年度(昭和四七年四月一日から昭和四八年三月三一日まで)及び昭和
四八年度(昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日まで)に同漁協が販売事
業として取り扱つた水産物の数量の比較において、昭和四八年度は、その前年度に
比べて、ワカメ、コンブ、ナマコ、はたはたなとの取扱高が著しく減少し、逆に、
ホタテガイのそれが著しく増加したことが認められる。しかし、原告本人fの尋問
の結果によれば、有珠漁協の組合員のうち、伊達火力発電所の建設に条件付で賛成
する者は、しだいに組合を通じて水産物を出荷しなくなつたので、その分だけ同漁
協の取扱高が減少していること、ホタテガイの取扱高の増加は、その採取方法が変
わつたことやホタテガイ養殖者が増えたことにもよることが認められる。そうだと
すれば、右甲第三一号証の三・四をもつて、有珠漁協の漁場における漁獲が減少又
は増加したことを証することはできない。のみならず、仮に有珠漁協の漁場におい
て漁獲の減少があつたとしても、それが本件工事によるものであることを認めるに
足りる証拠ももとよりない。
次に、取水及び温排水による被害につき判断するに、甲第四〇号証、乙第一号証の
七・八・一〇、第七号証の七、第九及び第一〇号証の各一、第一五号証、第八一号
証の二ないし四・六、前掲乙第八九号証の三によれば、(一)伊達火力発電所が完
成し、その操業が開始されると、本件埋立地の一画たる沿岸部に設置される取水口
から冷却用海水がとり入れられ、これが温水となつて右埋立地の南東約一、〇〇〇
メートル余りの海岸(エントモ岬の南東約一、六〇〇メートルの地点)に設置され
る放水口から海中に排出されること、(二)この排出される温水は、周辺の水温に
比べて、夏季は最高五度C、冬季は最高七度C高く、その排水量は、二基合計最大
毎秒二二立方メートルに達することが予想されていること、(三)伊達市から昭和
四六年七月に調査を依頼された社団法人日本水産資源保護協会が昭和四七年六月に
発表した伊達火発建設に伴う漁業調査報告書によると、ホタテガイ浮遊幼生の死亡
率は、一二ないし一六度Cまでの急激な水温の上昇でも特に高くなる現象はなかつ
たが、取水中に含まれる浮遊幼生の生存可能率については明らかでないので、すべ
てそれが死滅するとの可能性を考慮に入れたうえ、浮遊幼生の浮遊期間三五日間に
おける総取水量六六、五三〇、〇〇〇立方メートル中に含まれる浮遊幼生総数五
九、八五〇、〇〇〇個体は、その幼生期における自然減耗を無視して〇・一ないし
一・〇パーセントの歩どまりで附着稚貝になるとすれば、およそ六〇〇、〇〇〇個
体に相当すると仮定し、かつ、その数量は、伊達地先の昭和四二年から昭和四五年
までの年間平均採苗稚貝数約一三、〇七〇、〇〇〇個体の四・六パーセントに当た
ると推算していること、四また、右漁業調査報告書によると、伊達火発の放水口か
ら海水より七度C温度の高い温排水が毎秒二二立方メートルで海中に排出された場
合、温排水拡散の予測範囲は、一メートルの厚みで一度Cの温度差をとるとき、放
出点を中心に半径七八〇メートルの範囲、更に、これが両側に移動すると、海岸線
に沿つて放出口を中心にそれぞれ両側に七二〇メートルの範囲に拡がること、した
がつて、南東側は長流川河口附近、北西側はエントモ岬南東側の範囲となること、
(五)この温排水拡散の予測範囲は、平野式によつて計算されたものであるが、拡
散分布に関する計算式には、ほかに坂本式、新田式、和田式などがあること、
(六)しかし、環境庁において火力発電所の温排水拡散分布につき航空機による赤
外線スキヤンニング法の検討が実施されたが、その結果をみると、いずれの計算式
も赤外線スキヤンニング法の結果より広い拡散域を示したが、平野式による計算の
結果がこれに最も近い値を示し、この平野式は、三重県芦浜の原子力発電所(予
定)、香川県坂出火力発電所などの温排水の拡散分布の予察に用いられた実績を有
することが認められる。
日本水産資源保護協会の伊達火力発建設に伴う漁業調査報告書の見解は、その記述
内容(甲第四〇号証)に照らし、合理的な根拠に基づく推論であると思われる。し
かし、この見解や温排水の拡散分布に関する平野式の理論に対する疑問、批判的見
解も発表されていること(甲第一五ないし第一七号証、第二〇号証の一ないし三、
第三〇号証、第三五号証)などを考え合わせるときは、ホタテガイ浮遊幼生の死亡
率が実際には予想よりも高くなることや温排水拡散の実際の範囲が平野式によつて
計算された予測範囲よりも更に拡がり、そのため、取水口及び放水口周辺の伊達原
告らが漁業を営む海域における漁業が影響を受けるばかりでなく、取水口からは約
四〇〇メートル、放水口からは約一、六〇〇メートルの距離はあつては、有珠原告
らが漁業を営む海域における漁業にも、その影響が及ぶおそれが全くないとはいえ
ない。
三 本件埋立免許は埋立てによる影響につき十分な事前調査をしないでなされたと
の主張について
被告が、本件埋立免許を行なうに当たり、昭和四四年九月ころから埋立てによる影
響につき、参加人に対する指導などを通じて事前調査をしていることは、例えば、
証人hの証言によつて成立を認める乙第二〇ないし第二二号証、第二三及び第二四
号証の各一・二、第二五号証、第二九号証、第五三号証、証人gの証言によつて成
立を認める同第五四号証などの存在からも明らかである。原告らは、被告が事前に
漁業及び自然環境に与える影響につき十分な科学的調査を尽くさなかつた旨抽象的
に主張するのみで、いかなるなすべき調査を怠つたものであるか、そのことにより
本件埋立免許の許否についての被告の判断にいかなる影響を及ぼしたものであるか
を具体的に主張していない。このような主張は、本件処分の違法事由についての主
張としては、それ自体無意味である。
四 環境権の侵害を理由とする主張について
原告らは、環境権は、健康で快適な生活を営むために必要な条件を充足した良い環
境を求め、支配する権利であり、これらの環境の侵害を排除し得る権能をもつ排他
的な権利であつて、強いてその根拠を憲法に求めれば、二五条の生存権、一三条の
幸福追求権、一一条の基本的人権の不可侵性に由来し、その客体は、空気、土壌、
日照、静穏、景観などである旨主張する。
しかし、仮に原告ら主張のような環境権という権利が存在するとしても、行政処分
の取消しの訴えにおける審判の対象は、環境権の侵害の有無自体ではなく、当該処
分の適法性であり、行政処分は、それが行政活動の要件、手続及び効果などを定め
る行政行為規範に違反して客観的な違法性を帯びるに至つた場合にのみ、違法とし
て取り消し得るものとなるのである。したがつて、環境権という主観的な権利を侵
害したというだけの理由で、他に違法性のない公有水面埋立免許などの行政処分が
直ちに違法となるものではない。原告らは、本訴において環境権の侵害という主観
的な権利侵害性を主張するだけで、直ちにそれが本件埋立免許の違法事由を構成す
るものとして主張するが、このような主張は、それ自体理由がないといわざるを得
ない。
五 本件埋立免許は公益性の原則に反するとの主張について
公有水面の埋立てが公益に合致するかどうかを判断するに当たつては、埋立地の用
途が公益の増進に役立つことのみならず、環境保全、埋立てによつて漁業に及ぼす
影響、近隣海域において漁業を営む漁民や地域住民との調和、融合などの見地をも
十分に考慮して判断すべきである。しかし、電源開発も環境保全もともに重要な社
会的利益であつて、右両者の相克は、常に一方が他方に優先するといつた単純な性
質の問題ではない。結局、公共性と環境とをいかに調和させるかという妥協と選択
の問題であつて、その調和点を求めることは、高度に政治的、経済的な価値判断を
要する事項であり、開発利益と環境利益との対立、その間の調整をめぐる比較考量
の結果は、開発の公共性に対する認識や環境保全に対する態度などによつて結論を
異にするし、本質的には、国民の政治的な判断に委ねるべき問題である。公有水面
埋立免許は、国の機関としての知事が行なういわゆる自由裁量行為であるから、裁
判所は、公益性についての知事判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたか
どうかを審査するにとどまるべく、それをこえて、この問題に対する自己の見解を
代置すべきものではない。
前記第一、本件処分に至る経緯(被告の主張第一項1及び2の事実の一部)によれ
ば、伊達漁協は、昭和四七年五月三一日の第二三回通常総会において、前記のとお
り漁業権の変更を議決した後、更に、伊達火力発電所の建設に伴う公害防止に関す
る基本的協定事項及び漁業補償に関する基本的協定事項につき、組合員全員の賛成
をもつて議決したこと、そこで、伊達漁協は、右総会の決議に基づき、同年六月三
〇日、伊達市長を立会人として、参加人との間に、伊達火発の建設に伴う漁業に対
する影響の緩和、被害の防止及び漁業補償などに関する協定を締結したこと、右協
定では、漁業補償などに関する条項として、参考人は、伊達火発の建設に必要とす
る海域につき、伊達漁協又はその所属組合員が受ける漁業損失に対する補償金とし
て金四億五、〇〇〇万円及び温排水利用の研究開発に対する協力金として金二、〇
〇〇万円を支払うものとすること及び伊達漁協は協定締結後すみやかに法令に基づ
く漁業権変更免許の申請を行ない免許を受けるものとすることが取り決められたこ
と、次いで、伊達漁協は、総会の決議及び右協定の締結に基づき、同年八月一四
日、参加人に対し、エントモ岬東側における取水口、取水路、物揚場、荷置場など
の施設用地の造成を目的とする本件公有水面(埋立面積縮小前のもの)の埋立てに
つき同意したこと、以上の経緯を経て、参加人は、同月一四日、公有水面埋立法二
条の規定により、被告に対し、右公有水面についての埋立てを行ないたい旨出願し
たこと、本件埋立免許の出願を受けた被告は、同年九月八日、埋立法三条の規定に
より、伊達市議会に対し諮問を行ない、同年一〇月五日、可とする旨の答申を受け
たこと、右答申を受けた被告は、(一)伊達火発の建設計画が既に国の電源開発基
本計画案に組み入れられており、その後電源開発調整審議会の承認を経て、同年一
一月一七日、内閣総理大臣が右計画案のとおり基本計画を決定し、告示した(電源
開発促進法三条)こと、(二)一方、参加人においても、伊達火発の建設のための
電気工作物の変更許可を申請し(電気事業法八条)、同月二四日、これが通商産業
大臣によつて許可基準に適合するものとして許可され(同法五条)、その建設期間
を同日から三年以内として指定され、その結果、参加人は、右指定期間内に伊達火
発を建設して操業しなければならない義務を負つている(同法八条四項、七条一
項)こと、(三)取水口外かく施設は、伊達火発の建設及び操業に不可欠であるこ
と(この事実は、乙第六五号証、証人hの証言によつて成立を認める同第六三号
証、第六六号証、弁論の全趣旨によつて成立を認める同第六四号証により、これを
認めることができる。)から、本件埋立ての必要性、公益性を認め、昭和四八年六
月二五日、埋立法二条の規定により、本件埋立ての免許の出願に対する免許処分を
行なつたことが明らかである。
他方、本件埋立てによつて漁業に及ぼす影響については、海水汚濁防止シート再設
置中の昭和四九年七月、前認定のとおり一時的に右シートから有珠海域まで流出し
た海水の濁りによつて有珠漁協の突磯漁業に短期間ある程度の支障を生じさせたで
あろうことは推認できるが、その程度が著しいものであつたとはいえず、漁獲の減
少は営業上の被害にすぎないものであり、このように一時的で有限な営業上の被害
は、後日、漁業補償などの方法によつて金銭的に調整し得るものである。また、原
告らが工事完成後の漁業環境悪化として主張する事実については、本件証拠によつ
ても、原告らが懸念するような漁業被害が生ずることを認めることはできない。取
水及び温排水による被害については、前認定のとおり、取水口及び放水口周辺の伊
達原告らが漁業を営む海域における漁業が影響を受けるばかりでなく、有珠原告ら
が漁業を営む海域における漁業にも、その影響が及ぶおそれが全くないとはいえな
い。しかし、そもそも、取水及び温排水は、公有水面の埋立てに通常伴う効果では
なく、埋立完成後の土地の利用から生ずる問題であり、本件埋立免許自体も参加人
に対して埋立ての権限を附与したのみであつて、取水及び温排水の許否につきなさ
れたものではなく、被告には、取水及び温排水の許否を決定する権限もないのであ
る。この点をしばらくおくとしても、取水及び温排水によつて影響が及ぶかもしれ
ない漁業被害の程度は、前掲甲第一五ないし第一七号証、第二〇号証の一ないし三
(東京水産大学p氏の意見は、取水のすベてが沖合表層又は沖合三メートル層の海
水から成るとの前提に立ち、ホタテガイ浮遊幼生の自然減耗を全く無視しており、
取水中の自然減耗分をもすべて取水による死滅として計算したうえ、取水による著
しい被害を結論するものであるから、たやすくこれを採用することはできな
い。)、第三〇号証、第三五号証によつても、受忍の限度をこえるような大幅な漁
獲の減少をもたらすものとは考えられない。そして、乙第一五号証によれば、伊達
漁協、参加人間の伊達火発の建設に伴う漁業に対する影響の緩和、被害の防止及び
漁業補償などに関する協定では、前記のとおり、漁業補償などに関する条項とし
て、参加人は、伊達火発の建設に必要とする海域につき、伊達漁協又はその所属組
合が受ける漁業損失に対する補償金として金四億五、〇〇〇万円及び温排水利用の
研究開発に対する協力金として金二、〇〇〇万円を支払うことのほか、漁業被害防
止対策などとして、(一)温排水は、排水量二基合計最大毎秒二二立方メートルと
し、漁業に及ぼす影響範囲を最小限にとどめるため、深層取水方式などの技術を採
用し、放水口における温度差を夏季五度C以下、冬季七度C以下とすること、
(二)温排水の排出に当たつては、漁業に悪影響を及ぼさないよう排出方法を考慮
し、海底に変化が生じないようにすること、(三)冷却水には、塩素ガスを注入し
ないこと、ただし、復水器管、取排水管に附着する生物を除去するため、やむを得
ず塩素ガスを使用しなければならないときは、放水口において残留塩素が零となる
よう注入時に濃度を測定して確認し、適切に管理すること、四海域の水質を保全す
るため、日常排水及び一時的排水はすべて分離、中和などの物理的、化学的処理を
行なうこと、(五)発電所の建設工事期間中又は運転中に補償区域(沖合方向六〇
〇メートル×汀線方向二、〇〇〇メートル及び航路)以外の海域において漁業に被
害が発生した場合、その被害状況、原因などを調査して処理するため、関係者によ
る調査委員会をあらかじめ設置すること、(六)参加人は、発電所の運転に伴い漁
業に及ぼす影響を的確に把握するため、必要な測定機器を設置して常時監視すると
ともに、その測定結果を組合に報告すること、(七)参加人は、漁業に関係がある
事項の調査につき、組合から要請があつたときは、これに協力することとし、組合
長の指定する者の立入調査を認めること、(八)発電所の運転に伴い温排水その他
によつて補償区域以外の海域で漁業に被害が発生したとき又はその発生のおそれが
あると認められたときで、応急措置その他施設の一部改善などによつても、なお、
緩和若しくは防止できないような事態が発生した場合、参加人は、すみやかに状況
に応じて発電所の操業短縮、一時停止などの措置を講ずること、(4)参加人は、
温排水その他を含めて公害防止の技術開発を積極的に進めるとともに、将来、技術
が開発されたときは、すみやかにこれを採用することとし、設備改善を行なうこ
と、(10)参加人は、組合の漁業振興に積極的に協力するため、温排水利用に関
する試験研究施設を併設して、漁業関係者の指導と援助のもとに試験研究を行な
い、その成果を組合に提供すること、(二)その他補償区域以外の海域において漁
業被害が発生した場合の損害賠償などにつき、詳細に取り決められていることが認
められる。また、弁論の全趣旨によつて成立を認める丙第二号証の一・二によれ
ば、有珠漁協も、本件埋立免許後のことではあるが、昭和四九年六月一七日、伊達
市長を立会人として、参加人との間に、伊達火発の建設及びその運営に関する協定
及び覚書を締結したこと、右協定では、漁業被害防止対策などとして、伊達漁協、
参加人間の右(一)、(二)及び(四)と同旨の条項のほか、復水器管に附着する
微生物及び取排水管に附着する生物の除去に際しては、塩素ガスを注入しないこ
と、参加人は、発電所の運転に伴い漁業に及ぼす影響を的確に把握するため、必要
な測定機器をエントモ岬を起点とする伊達・有珠両漁協海域の境界線上三〇〇メー
トル及び六〇〇メートルの位置に設置して常時監視するとともに、その測定結果を
組合に報告すること、参加人は、漁業に重大な関係がある事項の調査につき、組合
から要請があつたときは、これに協力することとし、発電所の運転に支障のない範
囲において、組合長の指定する者の構内立入調査を認めること、参加人は、漁業振
興に協力するため、温排水利用に関する積極的な試験研究を行ない、その成果を組
合に提供すること、その池漁業被害が発生した場合の損害賠償などにつき、詳細に
取り決められたこと、右覚書では、参加人は、有珠漁協に対し、漁業振興資金とし
て金三億六、〇〇〇万円及び再建助成金として金六、〇〇〇万円を支払うことが取
り決められたことが認められる。これらによれば、取水及び温排水による漁業被害
については、それを未然に防止するため、参加人と伊達・有珠両漁協との間に、施
設内立入調査、発電所の操業短縮、一時停止などの措置を含む厳しい内容の公害防
止協定が締結されており、それだけでは未だ万全の措置とまではいえないにして
も、その成果をかなり期待し得るものと評価できる。更に、排出水による海水汚濁
の防止については、通商産業大臣による規制が別途に講じられることとなつてい
る。すなわち、一般には、水質汚濁防止法によつて規制されるが、同法二三条二項
は、電気事業法二条七項に規定する電気工作物から排出水を排出する者に関して
は、当該特定施設につき、水質汚濁防止法に定める行政取締規定(五条から一一条
まで及び一三条一項)を適用せず、電気事業法の相当規定の定めるところによるこ
ととしているため、電気事業法四一条三項による工事計画の認可によつて電気工作
物の設置自体につき規制がなされるばかりでなく、同法四八条、四九条により、そ
の維持についても、電気事業者は、電気事業の用に供する電気工作物を一定の技術
基準に適合させることを義務づけられ、これが遵守されないときは、通商産業大臣
は、電気事業者に対し、その技術基準に適合するように電気工作物を修理し、改造
し、若しくは移転し、若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使
用を制限することができる。したがつて、取水及び温排水による被害の防止につい
ては、取水及び温排水の許否を決定する権限のない被告において、通商産業大臣の
専門技術的な判断に基づく規制に委ねるのが当然であり、かつ、これをもつて足り
るのである。
証人iの証言よれば、本件工事海域には、以前から藻場はなく、工事前に延べなわ
や刺し網による漁獲が若干行なわれていた程度で、漁場としての利用価値に乏しか
つたことが認められる。また、前掲乙第八九号証の四、検証(第一、第二及び第四
回)の結果によれば、本件埋立地附近の海面及び海岸一帯は、し尿処理場や工場及
び鉄道護岸の存在などにより、自然環境として噴火湾沿岸の各地方と比べて格段に
良好であるとはいえないし、築造された東・西両防波堤及び埋立地上には、特に景
観や自然環境を損うような構築物が存在しないことが認められる。
以上に認定、判断したところの本件処分に至る経緯、本件埋立てによつて漁業に及
ぼす影響の性質、範囲及び程度、伊達漁協と参加人との間に締結された伊達火発の
建設に伴う漁業に対する影響の緩和、被害の防止及び漁業補償などに関する協定の
内容、取水口外かく施設の存在が附近の景観や自然環境に与える影響、原告らの所
属する伊達・有珠両漁協や市民の意見を代弁する伊達市議会の伊達火発の建設に対
する態度などを勘案すれば、本件埋立てを公益に合致するものとした被告の判断に
は無理がなく、これが不合理であつて裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたも
のとは到底いえない。
第四 結論
以上の次第で、本件埋立免許処分には、これを取り消すべき違法事由が存在しない
から、その取消しを求める原告らの請求を失当として棄却することとし、本件埋立
竣功認可処分の取消しを求める原告らの請求は、訴えの利益がなく不適法であるか
ら、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴
訟法八九条、九三条一項本文、九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安達 敬 佐々木一彦 古川行男)

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