弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を清水簡易裁判所に差し戻す。
         理    由
 検察官の控訴趣旨は別紙記載のとおりで、これに対する当裁判所の判断は以下に
示すとおりである。
 論旨第二点について、
 論旨は本件においては告発の取消があつたものと見るべきではないというのであ
る。そこで、論旨の引用する収税官吏大蔵事務官Aの検察官に対する供述について
見ると、同人は最初昭和二十五年三月三十一日附で被告人を密造焼酎所持の事実に
ついて告発したが、その後被告人が自らこれを密造したという事実を自白したこと
を聞いたので、密造罪として改めて告発しようと思つて同年十一月三十日に前記告
発の取下を出し、その後さらに告発しようと思つているうちに被告人の所在が不明
になり、あまり遅くなつたので結局また前と同じ所持罪で告発した、というのであ
る。そして、記録によると、再度提出した告発書の日附は昭和二十七年四月十七日
になつていて最初に提出した告発書とは別個に作成されたものであることが明らか
であるから、本件告発に関する経緯は、一度提出した告発書を一時借り戻して再び
検察官に返却したというようなことではなく、最初の告発を一旦取り消して(「告
発の取下を出した」というのであるから、書面によつて告発取消の意思表示をした
ものと判断される。)後日別個の告発書を提出したものであることが認められる。
ところで、右に引用したAの供述からすると、論旨のいうとおり、同人としては被
告人の処罰をもはや求めないという趣旨で告発の取消をしたものではないことはわ
かる。また、それより重い罪で告発し直そうと思つて軽い罪の告発を撤回したとい
うのであるから、少くとも軽い罪による処罰を求める意思はあつたということもあ
る意味<要旨第一>ではいえるのであろう。しかしながら、同人はこの場合ともかく
密造酒所持罪で処罰を求めたのを一旦は検察官に対して取り消している
のである。その場合たとえ内心において終局的には処罰の希望を捨てず、後日再び
告発する意思をもつていたとしても、告発が一の意思表示である以上、告発の相手
方たる検察官に対しこれを取り消す意思表示をすれば、法律上は告発の取り消があ
つたとみるのほかはない。それゆえ、本件では昭和二十五年十一月三十日に一度告
発の取消があり、その後同一の事実につき再度告発がなされたものと見るべきこと
は疑のないところであつて、告発の取消がなかつたとする論旨は理由がないといわ
なければならない。
 論旨第一点について。
 論旨は、まず、国税犯則事件の告発は国税犯則取締法の規定によつてなすべきも
のであるのに、同法には告発の取消に関する規定がないから、同事件の告発はこれ
を取消すことができないと主張する。なるほど国税犯則事件における収税官吏、国
税局長又は税務署長(以下当該官吏ということにする。)の告発は国税犯則取締法
にその根拠を有するものともいえるし、その告発が一の訴訟条件とされているのも
同法の解釈によつてしかるのである。また、その告発に関し同法に特別の規定があ
ればそれによることも当然であろう。しかし、それだから右の告発には一切刑事訴
訟法の規定の適用がなく、しかも国税犯則取締法には告発の取消に関する規定がな
いから取消を許さないというのは論理の飛躍である。もともと国税犯則取締法に告
発に関する規定があるのは、収税官吏が一定の場合に告発をしなければならないこ
とを定めるためであつて、またそれだけのことである。そこに「告発」という概念
が用いられていることから見ても、それは当然刑事訴訟法にいう告発であることを
前提とし、特別の定のない限り刑事訴訟法の規定に従つてなさるべきことを予定し
ているものと解しなければならない。もし告発の根拠又はそれが訴訟条件となつて
いる根拠が特別法にある場合にはその告発には刑事訴訟法の規定の適用がないとい
うのならば、刑事訴訟法第二百三十八条の規定をどう説明するのであろうか。同条
には「告発を待つて受理すべき事件」についての規定があるのであるが、刑事訴訟
法自体には特定の罪につき告発を訴訟条件とする旨の規定は一つもないのである。
従つてその告発の根拠もしくはその告発が訴訟条件をなすことが他の法令に規定さ
れているということはなんら刑事訴訟法の適用を排除する理由にならないといわな
ければならない。もつとも、論者あるいは告発については告訴に関する刑事訴訟法
第二百三十七条のごとき規定が同法中にないことを理由として、他の法令にかくの
ごとき規定がない以上告発の取消は許されないと主張するかもしれない。そして、
他方私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第九十六条に「第一項の告発
は、公訴の提起があつた後は、これを取消すことができない。」との規定のあるこ
とをその論拠とするかもしれない。しかし、もしこの議論を正しとするならば、特
別法に基かない一般の告発は取消すことができないという結論になつてしまうであ
ろう。そうではなくて、告訴及び告発の取消をなしうることは刑事訴訟法の当然前
提とするところで、同法第二百三十七条、第二百三十八条、第二百四十条、第二百
四十三条等はいずれもこれを前提として設けられたもの、なかんずく第二百三十七
条第一項はそれによつてはじめて告訴の取消が許されるのではなく、むしろ告訴の
取消について特に時期的制限を設ける趣旨の規定であると解するのが合理的であ
る。そして、前記独占禁止法第九十六条の規定も、特にそれによつて告発の取消を
許すという趣旨のものではなく、その取消の時期を制限する規定であることは、そ
の立言の形式からいつても、また同条の制定されたのが旧刑事訴訟法施行当時のこ
とで、告訴が第二審の判決のあるまで取消すことができた時代のことであることか
らいつても明らかだといわなくてはならない。それゆえ、国税犯則取締法に特別の
規定がないという理由で同法所定の告発が取消すことのできないものであるとする
所論は採用することができない。
 次に論旨は、国税犯則取締法上の告発の取消は許されないとする実質的な理由と
して、右の告発が義務的なものであるという点を挙げている。なるほど同法の規定
の文言から見ても告発は当該官吏の義務とされていると読めるし、もともと間接国
税に関する犯則事件において告発が訴訟条件と解されている理由は、右の事件には
通告処分の制度があり、犯則者が通告の旨を履行すれば同一事件について起訴して
はならないのであるから検察官としては、通告処分の権を有する当該官吏の告発が
なければ、はたして通告処分があつたかどうか、また通告の手続をする意思がある
かどうかもわからず、従つてもし告発を待たずに公訴を提起してよいものとすれ
ば、通告のあつたのにかかわらず検察官が公訴を提起することを保し難く、また場
合によつては犯則者から通告処分履行の機会を奪うことになるという点にあるわけ
であるから(明治三五年六月三〇日大審院判決、判決録八輯六巻二〇〇頁参照)、
この趣旨からすれば、当該官吏は法律所定の事由のある場合には必ず告発をする義
務があるものであつて、一般の場合のように他の事情を考慮して告発するかしない
かを決する裁量権はないと解するのが正しい。そして、かように解するならば、当
該官吏は、一旦なした告発を自由に取消すことも<要旨第二>できないというべき
で、所論はその点においては理由があるといえる。しかしながら、この告発をいか
なる場合にも取り消すことができないかとうかはなお問題であるといわ
なければならない。なんとなれば、告発について裁量権がないといつても、なお当
該官吏には告発の前提をなす犯則の有無についての認定権はあるのである。当該官
吏としては、犯則ありと考えた場合にこれを不問に附することは許されないと同時
に、犯則の嫌疑ないしは心証がない場合にはむしろ告発をしてはならないのであ
る。としてみれば、一旦告発をした後においても、もしなんらかの事由によりその
告発にかかる事実が存在せず又は犯則者が人違いであつたことを発見したような場
合(右の告発は一般のそれを異なり、対人的効力を有すると解する。)には、その
告発を取消すことは適法だといわなければならないのではなかろうか。少くとも告
発の取消を禁ずる明文のない現行法下にあつてはかく解するほかないと思われる。
としてみれば、右の告発の取消は事由のいかんによつては許される場合もあること
になるのであり、そして他方告発を取り消すにつき一々その理由を示すことは法の
要求するところではないから、たとえその取消が具体的には許されない場合であつ
たとしても、いやしくもこれを取り消した以上はこれをもつて無効のものとするこ
とはできない筋合である。本件における告発の取消がはたして正当な事由に基くも
のといえるかどうかについてはなお論議の余地があろうけれども、右に述べた理由
によつてその取消はいずれにしても有効なものと見るほかはない。従つて本件告発
の取消が無効であるとする所論は結局採用し難く、この点の論旨も理由がないこと
に帰着する。
 論旨第三点について。
 <要旨第三>原判決は、前記告発の取消が有効なものであることを前提として、刑
事訴訟法第二百三十七条第二項の類推適用により再度の告発が禁止され
ると解し、再度の告発に基く本件公訴を棄却したのである。そこで問題は、本件の
ごとく告発を待つて受理すべき事件の告発に右の規定の類推適用があるかとうかと
いうことになる。ところで、この点については、論旨も指摘するように、前記条文
の次に位置する同法第二百二十八条との関係を顧慮しなければならない。すなわ
ち、同条第二項には、第一項の規定を告発又は請求を待つて受理すべき事件につい
ての告発若しくは請求又はその取消について準用する旨の明文があるのに対し、第
二百三十七条第三項は、前二項の規定を請求を待つて受理すべき事件についての請
求について準用するだけで、告発についてはこれを準用していないのである。従つ
て、いわゆる反対解釈の論理からすれば、ここに問題となる第二百三十七条第二項
の規定は、告発を待つて受理すべき事件の告発には準用がないと解するほかはな
い。これに対し、原判決は、この場合告発の取消と請求の取消とを区別して取り扱
うべき理由はない、というのであるけれども、いわゆる請求の代表的なものは刑法
第九十二条所定のそれであつて、これはその本質からいえばむしろ親告罪の告訴と
同一のものであり、告発を待つて論ずる罪の告発が公益の見地からなされるのとは
趣を異にすることを思えば、一概にこれを理由のない差別とすることもできないの
である(もつとも、同じく請求を待つて論ずる罪である労働関係調整法第三十九条
の罪における労働委員会の請求は、本件の場合の告発と同様の性質のもので、この
請求に関する限りは区別の実質的理由があるとはいえない。しかし、これは本来
「告発」とすべきものを「請求」と規定したところに問題があるというべきであろ
う。)。あるいはまた、前記のように解すれば、前記第二百三十七条第二項のみな
らず第一項もまた準用されないこととなつて、告発取消の根拠規定がないこととな
るのみならず、告訴は公訴の提起後は取り消すことができないのにかかわらず、告
発はなんときでも取り消せることにもなつて不当な結果を生ずる、との議論もある
であろう。しかしながら、論旨第一点についての判断中て述べたように、告訴につ
いても同条第一項の規定がその取消の根拠規定となるのではないと解するならば、
その準用がなくとも告発の取り消が禁止されているということにはならない筈であ
る。また、告発の取り消の時期に制限がないことになるのは、その当不当にはやや
疑問がないわけではないけれども、これとても前記の解釈を覆すほどの強い理由と
なりうるものではない。むしろ刑事訴訟法中の相接する二個の規定の一つについて
は明文で請求と告発との二者が規定されており、他の一については請求のみが規定
されているとすれば、その立法の理由が奈辺にあつたかはともかくとして、後者に
おいて告発は明らかに意識的に除外されていると解するほかはないのである。はた
してしからば、本件におけるがごとく一度告発の取消をした後ふたたび告発して
も、その再度の告発は有効であるというべく、その他本件において右の告発を無効
とすべき理由は見出すことができないので、本件公訴提起の手続は違法のものとは
いえない。しかるに原判決は右公訴を刑事訴訟法第二百三十八条第四号により棄却
したものであつて、要するに不法に公訴を棄却したことになるから、論旨はこの点
において理由があるとしなければならない。
 以上の次第であるから、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第二号に従い
原判決を破棄し、同法第三百九十八条により本件を原裁判所である清水簡易裁判所
に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)

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