弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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 主文
本件各控訴を棄却する。
当審の未決勾留日数中被告人A対しては四十日、被告人B、Cに対しては各百二
十日を何れも原判決の刑に算入する。
当審の訴訟費用中国選弁護人林達也に支給した分は被告人Bの、国選弁護人田中
実に支給した分は被告人Cの各負担とする。
         理    由
 弁護人鶴和夫が陳述した控訴の趣意は自己及弁護人林達也並被告人B提出の各同
趣意書に記載の通りであり、弁護人田中実が陳述した同趣意は同人及被告人C提出
の各同趣意書に記載の通りであるから、これを引用する。
 鶴弁護人提出の趣意書第一点に付いて。
 本論旨の要旨は被告人Aは被害者Dとの闘争を予期せずEから伝聞したDの言動
の有無を同人に訊ねる本意であつたのだが被告人に同伴していた被告人CがDの不
誠意な態度に憤慨し若年血気の余、独断でDを叩いた為本件争闘が始つたものであ
り、被告人Bはその後被告人救援の為現場に来会し、これまた独断で被告人の急を
救う為出刃庖丁でDの横腹を刺したものであつてBが出刃庖丁を持ち出した事実の
如き素よりこれを知らない。斯様に被告人B、Cとしては或は被告人Aと共同して
Dに当る認識があつたかも知れないが被告人Aとしては徹頭徹尾被告人B等の行為
に共同加工する意思も認識もなかつたのであるからBの前示行為に基くDの死の結
果に付、共同正犯の責に任ずべき謂れがない。原判決には事実誤認、理由不備の違
法があると言うに帰する。
 よつて按ずるに右関係部分に関する原判決拳示の証拠特に証人F、同Gの各供述
記載によれば原判決に所謂喧嘩争闘の巷と化した当時既に被告人A、B、Cの三名
共その場にあり相協力してDに対峙争闘したものであること明であつて所論に援用
の各証言中右認定に反するものは措信できない。しからば被告人A、B、C間には
相互に相協力してDに侵撃を加える共同の認識(換言すれば最少限Dの身体に対し
暴行を加える共同認識)の存在したこと極めて明白であり右と同様の認定をしてい
る原判決にはその事実理由と証拠理由との間に何等間然するところなきは勿論事実
誤認の違法もない。勿論被告人Bが附近の金物店の店頭から出刃庖丁を持ち出して
来たこと及これを以てDの横腹を刺したことは被告人Aの予期しなかつたところで
はあつたろうが、凡そ傷害罪乃至傷害致死罪の成立する為には他人の身体に対し暴
行を加える意思の存在と傷害乃至死の結果の発生とを要し且これを以て足り行為者
において行為当時右結果発生に付いての認識を要しないこと言を須いないところで
ありこれ傷害罪乃至傷害致死罪が結果責任犯と謂われている所以である。そしてこ
の理は右犯罪が単独犯として行われた場合であると共犯として敢行された場合であ
るとを問わず妥当すること勿論である。なお詳論すれば数人共同して他人に対し暴
行をなす認識がある以上現実には共同者の一名において他人に暴行を加えその結果
傷害乃至死の結果を発生せしめた場合該結果の発生に付共同者の一部又は全員にお
いてこれを希望しないのは勿論予期さえしなかつたとしても共同者全員その結果に
対する刑事責任を負うべきこと共同正犯の法理と傷害罪乃至傷害致死罪が前示意味
における所謂結果責任犯たることからする当然の論理的帰結である。従つて本論旨
は総て理由がない。
 同第二点について。
 論旨は被告人が冒頭陳述において被告事件に対する陳述は弁護人に一任する旨述
べている場合でも其の後の審理の結果にょり前示のように被告人相互の間の認識そ
の他被害者に対する関係に付疑問を生ずるに至つた場合には(検証時における被告
人等の事件概要についての陳述はあつても)裁判所はこの点の審理を尽す為進んで
被告人訊問をなすべきであり、これその基礎になお職権主義を温存する現行刑事訴
訟法上当然の義務であると言うに帰する。
 <要旨>被告人が冒頭陳述において被告事件に対する陳述は弁護人に一任する旨を
述べ弁護人において該陳述をした場合でも被告人の心裡に属する要証事項の
如き直接被告人の供述によるを妥当とする性質のもので且審理の経過に照らし現実
にその必要を生じた場合には裁判所に被告人に対し発問の権限あるは勿論真実発見
を生命とする刑事訴訟法においては弁論主義的色彩の強い現行法の下においてもな
お場合によつては発問の義務さえ生ずる場合があると思う。しかしこれはどこまで
も裁判所においてその必要を認めた場合の話であつて本件の場合の如く被告人間の
意思の連絡の点においては記録全部を通し終始一貫これを否認して居り又被害者に
対する関係についても他の証拠により十分心証を得られる場合においては毫も裁判
所において進んで被告人に対し発問をする必要を認めない。従つてかかる場合裁判
所に所論の如き義務のないこと勿論である。従つて本論旨もまたその理由がない。
 同第三点に付いて。
 所論は原審弁護人Hは第七回公判において証人I、Jの対質尋問の請求をしたの
に原審がこれに対する採否の決定をしないまま審理を終結し判決をしたのは判決に
影響のある手続違背の違法があると言うのである。
 原審第七回公判調書の記載によれば原審弁護人Hから所論のような対質尋問の請
求があつたこと明であるが同時に同第八回公判調書の記載によれば原審は同期日に
前記申請却下の決定をしていることもまた極めて明白である。弁護人は右決定は同
日H弁護人から前示対質尋問とは別個に更に右両証人の別個尋問の申請をなしこれ
に対する決定だと主張するのであるが右主張はこれを裏付ける何等の資料なく却つ
て右両公判調書の記載を対比(特にその請求順序の番号)すれば第七回公判におけ
る対質尋問の申請に対する却下決定を第八回公判においてなしたものであること一
見極めて明白であつて弁護人の右前提事実に関する主張は全く同弁護人の独断でな
ければ誤解に過ぎない。従つて本論旨もまた理由がない。
 同第四点に付いて。
 原判決は判示第五の恐喝の証拠の一として受託裁判官に対する証人Iの供述調書
を掲げている。そして憲法第三十七条第二項刑事訴訟法第百五十七条によれば被告
人は嘱託庁における証人尋問に立会う権利、反対尋問をする権利を有すること明で
ある。而して又本件被告人の如く身柄拘束中の被告人に対しては右権利を行使する
機会を与うる為身柄の拘束を解くか、身柄を押送するかしなければならないことも
当然である。然るに原裁判所は右の措置を採らず従つて右嘱託庁における証人尋問
は被告人に対し立会権、反対尋問権行使の機会を与えずしてなされた違法のもので
ある。と言うのである。
 なるほど記録によれば受託庁たる大垣簡易裁判所は被告人に対し証人調期日の呼
出をしていないし又原裁判所において同期日に被告人を出頭せしむる為身柄拘禁を
解いたり、身柄を押送する措置にでたような形跡もない。しかし同時に原審弁護人
Hに対しては大垣簡易裁判所から右期日の呼出状を発していること明である。され
ば所論の通り被告人において右期日に直接立会うことができなかつたとしても弁護
人は自由に右期日に立会い被告人の為十分反対尋問権を行使することはできた筈で
ある。即ち被告人は直接にではないが法律的知識及訴訟技術の点において被告人よ
り勝れる弁護人を通じ証人に対し審問する機会は十分与えられていたのであるから
して原審の手続には何等憲法第三十七条第二項刑事訴訟法第百五十七条に違反した
違法はない。
 同第五点に付いて。
 本論旨の(一)は原審が原審弁護人申請の証人K、I、Jの尋問、前記J、Iの
対質尋問申請を却下したことを以て審理不尽となすものであり(二)(三)は第八
回公判において第七回公判における対質尋問の申請とは別個に第八回公判において
同一証人の個別的尋問申請のあつたことを前提とし或は審理の不尽を或は憲法その
他の法令違背を主張するものであるが、
 (一)に付いては記録を精査すると右各証人の尋問は不用であること明であるか
ら何等審理不尽の違法なく、
 (二)(三)に付いては右前提事実の存在しないこと前段説明の通りである上に
第八回公判調書の記載によれば同調書を証拠とすることに付いては被告人側におい
て同意していること明白であり従つてこれによつて所謂反対尋問権を放棄したもの
と解すべきこと勿論であるから原判決に所論の如き審理不尽又は憲法その他の法令
違背の違法のないこと説明を要しない。
 従つて本論旨もまた理由がない。
 同第六点に付いて。
 原判決拳示の証拠によつて同判決認定通の事実を認め得べく他に右認定を左右す
るに足る証左なく、又右認定事実が恐喝罪を構成すること勿論であるからして所論
は理由がない。
 同第七点に付いて。
 記録に現わしている一切の犯情に照らすと原判決の刑は相当であつてこれを不当
とする理由を発見し得ないから本論旨もまたその理由がない。
 林弁護人提出の趣意書に付いて。
 (一) 事実誤認の主張について。
 原判決挙示の証拠によれば被告人Bに関する同判決摘示の犯罪事実全部を認め得
べく右認定を左右するに足る証左はない。尤も弁護人は本件の出刃庖丁は正当防術
行為に供する為持ち出したもので防衛行為以外の別個の行為ではなく、又持出行為
自体緊急避難行為であり素より窃盗の意思はないのであるから窃盗罪を構成しない
と主張している。しかし後段(二)に説明の通りの理由により被告人BがDを刺し
た行為は正当防衛とは認められないから正当防衛行為の一内容だとの主張は既にそ
の前提において崩解の外ない。又集団的喧嘩争闘において自己又は自己側の人々の
生命身体に現在の危難の生ずる場合あるべきは当然であるが右危難は自から招いた
ものであつて該危険を避くる為に第三者の権利を侵害することは絶対に許されない
即ち刑法第三十七条の一要件である巳むことを得ざるに出でたる行為に該当しな
い。従つて緊急避難の主張もまたこれを容るるに由ない。又窃盗罪の一構成要件で
ある所謂領得の意思とは自己の物に対すると同様の心裡において物を処分する意思
を言うに過ぎない。被告人は出刃庖丁本来の用途の範囲を逸脱し人間を殺害する目
的を以て他人所有の物を持ち出しているのであるから最早通常の使用の範疇を越
え、処分の範囲に入るものと解するを相当とする。だとすれば被告人に領得の意思
のあつたこと明白であるからして窃盗罪の成立に何等欠くるところはない。
 (二) 正当防衛の主張に付いて。
 被告人Aの控訴に付既に説明したところ(鶴弁護人の趣意書に対する判断)によ
り明な通り被告人Bは同A、Cと一団をなし相手方D、Fの一団と所謂喧嘩争闘を
したものであり右Dが匕首を擬して被告人Aを攻撃したのは右争闘中の一駒に過ぎ
ない。喧嘩争闘は相互に攻撃、防衛を反復する経過をとるのが普通でありこのこと
は当事者において予め承知しているところである。然らば右の一駒に過ぎない相手
方の攻撃に対し正当防衛の主張をなし得ないこと当然である。
 (三) 量刑不当の主張に付いて。
 仮に本件の動機、被告人の家庭の状況が弁護人主張の通りだとしても記録によつ
て窺われる一切の犯情に照らすと被告人に対する原判決の刑は重きに失するとは思
われない。
 従つて論旨は全部その理由がない。
 弁護人田中実の趣意書について。
 同第一、二点(正当防衛の主張)に付いて。
 被告人Bの控訴(林弁護人の趣意書)中同一の点に対する判断と同一の見解によ
り本論旨を排斥する。
 同第三点(窃盗罪不成立の主張)前同中同一の点に対する判断と同一の見解に基
き本論旨を排斥する。
 従つて論旨は総て理由がない。
 被告人B同C提出の趣意書に付いて。
 原判決拳示の証拠中各該当部分を綜合すれば同判決認定通りの事実を認め得べく
右認定を左右するに足る証左はない。なお論旨中事実誤認以外の主張の謂れのない
ことは上来説明して来た各該当部分に対する判断によつて自から明かである。
 以上説明の通り本件各控訴は何れもその理由がないので刑事訴訟法第三百九十六
条、同法第百八十一条第一項、刑法第二十一条に則り主文の通り判決する。
 (裁判長判事 下川久市 判事 青木亮忠 判事 鈴木進)

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