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令和2年(行ツ)第28号,第6号,第16号,第29号,第30号,第32
号,第34号,第35号,第39号,第41号,第43号,第44号選挙無効
請求事件
令和2年11月18日大法廷判決
主文
本件各上告を棄却する。
各上告費用は各上告人らの負担とする。
理由
上告代理人升永英俊ほかの各上告理由について
1本件は,令和元年7月21日施行の参議院議員通常選挙(以下「本件選挙」
という。)について,別紙2記載の各選挙区(東京都選挙区ほか40選挙区)の選
挙人である上告人らが,公職選挙法14条,別表第3の参議院(選挙区選出)議員
の議員定数配分規定(以下,数次の改正の前後を通じ,平成6年法律第2号による
改正前の別表第2を含め,「定数配分規定」という。)は憲法に違反し無効である
から,これに基づき施行された本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効である
と主張して提起した選挙無効訴訟である。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
参議院議員選挙法(昭和22年法律第11号)は,参議院議員の選挙につい
て,参議院議員250人を全国選出議員100人と地方選出議員150人とに区分
し,全国選出議員については,全都道府県の区域を通じて選出されるものとする一
方,地方選出議員については,その選挙区及び各選挙区における議員定数を別表で
定め,都道府県を単位とする選挙区において選出されるものとした。そして,選挙
区ごとの議員定数については,憲法が参議院議員につき3年ごとにその半数を改選
すると定めていることに応じて,各選挙区を通じその選出議員の半数が改選される
こととなるように配慮し,定数を偶数として最小2人を配分する方針の下に,各選
挙区の人口に比例する形で,2人ないし8人の偶数の議員定数を配分した。昭和2
5年に制定された公職選挙法の定数配分規定は,上記の参議院議員選挙法の議員定
数配分規定をそのまま引き継いだものであり,その後に沖縄県選挙区の議員定数2
人が付加されたほかは,平成6年法律第47号による公職選挙法の改正(以下「平
成6年改正」という。)まで,上記定数配分規定に変更はなかった。なお,昭和5
7年法律第81号による公職選挙法の改正(以下「昭和57年改正」という。)に
より,参議院議員252人は各政党等の得票に比例して選出される比例代表選出議
員100人と都道府県を単位とする選挙区ごとに選出される選挙区選出議員152
人とに区分されることになったが,この選挙区選出議員は,従来の地方選出議員の
名称が変更されたものにすぎない。その後,平成12年法律第118号による公職
選挙法の改正(以下「平成12年改正」という。)により,参議院議員の総定数が
242人とされ,比例代表選出議員96人及び選挙区選出議員146人とされた。
参議院議員選挙法制定当時,選挙区間における議員1人当たりの人口の最大
較差(以下,各立法当時の「選挙区間の最大較差」というときは,この人口の最大
較差をいう。)は2.62倍(以下,較差に関する数値は,全て概数である。)で
あったが,人口変動により次第に拡大を続け,平成4年に施行された参議院議員通
常選挙(以下,単に「通常選挙」といい,この通常選挙を「平成4年選挙」とい
う。)当時,選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差(以下,各選
挙当時の「選挙区間の最大較差」というときは,この選挙人数の最大較差をい
う。)が6.59倍に達した後,平成6年改正における7選挙区の定数を8増8減
する措置により,平成2年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙区間
の最大較差は4.81倍に縮小した。その後,平成12年改正における3選挙区の
定数を6減する措置及び平成18年法律第52号による公職選挙法の改正(以下
「平成18年改正」という。)における4選挙区の定数を4増4減する措置の前後
を通じて,平成7年から同19年までに施行された各通常選挙当時の選挙区間の最
大較差は5倍前後で推移した。
しかるところ,当裁判所大法廷は,定数配分規定の合憲性に関し,最高裁昭和5
4年(行ツ)第65号同58年4月27日大法廷判決・民集37巻3号345頁
みを示した後,平成4年選挙について,違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著し
い不平等状態が生じていた旨判示したが(最高裁平成6年(行ツ)第59号同8年
9月11日大法廷判決・民集50巻8号2283頁),平成6年改正後の定数配分
規定の下で施行された2回の通常選挙については,上記の状態に至っていたとはい
えない旨判示した(最高裁平成9年(行ツ)第104号同10年9月2日大法廷判
決・民集52巻6号1373頁,最高裁平成11年(行ツ)第241号同12年9
月6日大法廷判決・民集54巻7号1997頁)。その後,平成12年改正後の定
数配分規定の下で施行された2回の通常選挙及び平成18年改正後の定数配分規定
の下で平成19年に施行された通常選挙のいずれについても,当裁判所大法廷は,
上記の状態に至っていたか否かにつき明示的に判示することなく,結論において当
該各定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえない旨の判断を示した
(最高裁平成15年(行ツ)第24号同16年1月14日大法廷判決・民集58巻
1号56頁,最高裁平成17年(行ツ)第247号同18年10月4日大法廷判決
・民集60巻8号2696頁,最高裁平成20年(行ツ)第209号同21年9月
30日大法廷判決・民集63巻7号1520頁)。もっとも,上記最高裁平成18
年10月4日大法廷判決においては,投票価値の平等の重要性を考慮すると投票価
値の不平等の是正について国会における不断の努力が望まれる旨の,上記最高裁平
成21年9月30日大法廷判決においては,当時の較差が投票価値の平等という観
点からはなお大きな不平等が存する状態であって,選挙区間における投票価値の較
差の縮小を図ることが求められる状況にあり,最大較差の大幅な縮小を図るために
は現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要となる旨の指摘がそれぞれされるな
ど,選挙区間の最大較差が5倍前後で常態化する中で,較差の状況について投票価
値の平等の観点から実質的にはより厳格な評価がされるようになっていた。
平成22年7月11日,選挙区間の最大較差が5.00倍の状況において施
行された通常選挙(以下「平成22年選挙」という。)につき,最高裁平成23年
(行ツ)第51号同24年10月17日大法廷判決・民集66巻10号3357頁
(以下「平成24年大法廷判決」という。)は,結論において同選挙当時の定数配
分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえないとしたものの,長年にわたる制
度及び社会状況の変化を踏まえ,参議院議員の選挙であること自体から直ちに投票
価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難く,都道府県が政治
的に一つのまとまりを有する単位として捉え得ること等の事情は数十年間にもわた
り投票価値の大きな較差が継続することを正当化する理由としては十分なものとは
いえなくなっており,都道府県間の人口較差の拡大が続き,総定数を増やす方法を
採ることにも制約がある中で,都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持しな
がら投票価値の平等の要求に応えていくことはもはや著しく困難な状況に至ってい
るなどとし,それにもかかわらず平成18年改正後は投票価値の大きな不平等があ
る状態の解消に向けた法改正が行われることのないまま平成22年選挙に至ったこ
となどの事情を総合考慮すると,同選挙当時の最大較差が示す選挙区間における投
票価値の不均衡は,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあった旨判示す
るとともに,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかる
べき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措
置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる上記の不平等状態を解消する必
要がある旨を指摘した。
平成24年大法廷判決の言渡し後,平成24年11月16日に公職選挙法の
一部を改正する法律(平成24年法律第94号。以下「平成24年改正法」とい
う。)が成立し,同月26日に施行された。同法の内容は,平成25年7月に施行
される通常選挙に向けた改正として選挙区選出議員について4選挙区で定数を4増
4減するものであり,その附則には,同28年に施行される通常選挙に向けて,選
挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする旨の
規定が置かれていた。
平成25年7月21日,平成24年改正法による改正後の定数配分規定の下での
初めての通常選挙(以下「平成25年選挙」という。)が施行された。同選挙当時
の選挙区間の最大較差は4.77倍であった。
平成25年9月,参議院において同28年に施行される通常選挙に向けた参
議院選挙制度改革について協議を行うため,選挙制度の改革に関する検討会の下に
選挙制度協議会が設置された。同協議会においては,平成26年4月に選挙制度の
仕組みの見直しを内容とする具体的な改正案として座長案が示され,その後に同案
の見直し案も示された。これらの案は,基本的には,議員1人当たりの人口の少な
い一定数の選挙区を隣接区と合区してその定数を削減し,人口の多い一定数の選挙
区の定数を増やして選挙区間の最大較差を大幅に縮小するというものであるとこ
ろ,同協議会において,上記の各案や参議院の各会派の提案等をめぐり協議が行わ
れたが,各会派の意見が一致しなかったことから,同年12月26日,各会派から
示された提案等を併記した報告書が参議院議長に提出された。
このような協議が行われている状況の中で,平成25年選挙につき,最高裁
平成26年(行ツ)第155号,第156号同年11月26日大法廷判決・民集6
8巻9号1363頁(以下「平成26年大法廷判決」という。)は,平成24年大
法廷判決の判断に沿って,平成24年改正法による前記4増4減の措置は,都道府
県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みを維持して一部の選挙区の定数を増減
するにとどまり,現に選挙区間の最大較差については上記改正の前後を通じてなお
5倍前後の水準が続いていたのであるから,投票価値の不均衡について違憲の問題
が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態を解消するには足りないものであった
といわざるを得ず,したがって,同法による上記の措置を経た後も,選挙区間にお
ける投票価値の不均衡は違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあった旨判
示するとともに,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をし
かるべき形で改めるなどの具体的な改正案の検討と集約が着実に進められ,できる
だけ速やかに,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置によ
って上記の不平等状態が解消される必要がある旨を指摘した。
ったが,各会派が一致する結論を得られなかったことから,平成27年5月29
日,各会派において法案化作業を行うこととされた。そして,各会派における検討
が進められた結果,各会派の見解は,人口の少ない選挙区について合区を導入する
ことを内容とする①「4県2合区を含む10増10減」の改正案と②「20県10
合区による12増12減」の改正案とにおおむね集約され,同年7月23日,上記
の各案を内容とする公職選挙法の一部を改正する法律案がそれぞれ国会に提出され
た。上記①の改正案に係る法律案は,選挙区選出議員の選挙区及び定数について,
鳥取県及び島根県,徳島県及び高知県をそれぞれ合区して定数2人の選挙区とする
とともに,3選挙区の定数を2人ずつ減員し,5選挙区の定数を2人ずつ増員する
ことなどを内容とするものであり,その附則7条には,平成31年に行われる通常
選挙に向けて,参議院の在り方を踏まえて,選挙区間における議員1人当たりの人
口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を
行い,必ず結論を得るものとするとの規定が置かれていた。
平成27年7月28日,上記①の改正案に係る公職選挙法の一部を改正する法律
(平成27年法律第60号。以下「平成27年改正法」という。)が成立し,同年
11月5日に施行された。同法による公職選挙法の改正(以下「平成27年改正」
という。)の結果,平成22年10月実施の国勢調査結果による人口に基づく選挙
区間の最大較差は2.97倍となった。
平成28年7月10日,平成27年改正後の定数配分規定の下での初めての
通常選挙(以下「平成28年選挙」という。)が施行された。同選挙当時の選挙区
間の最大較差は3.08倍であった。
最高裁平成29年(行ツ)第47号同年9月27日大法廷判決・民集71巻7号
1139頁(以下「平成29年大法廷判決」という。)は,平成27年改正法につ
き,単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず,人口の少ない選挙区につい
て,参議院創設以来初めての合区を行うことにより,長期間にわたり投票価値の大
きな較差が継続する要因となっていた都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の
仕組みを見直すことをも内容とするものであり,これによって,数十年間にもわた
り5倍前後で推移してきた選挙区間の最大較差は2.97倍(選挙当時は3.08
倍)まで縮小するに至ったのであるから,平成24年大法廷判決及び平成26年大
法廷判決の趣旨に沿って較差の是正を図ったものとみることができるとし,また,
その附則において,次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引
き続き検討を行い必ず結論を得る旨を規定しており,今後における投票価値の較差
の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されるとともに,再び大きな較
差を生じさせることのないよう配慮されているものということができるなどとし
て,平成28年選挙当時の定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均
衡は,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず,同規
定が憲法に違反するに至っていたということはできないとした。
平成28年選挙において,合区の対象となった4県のうち島根県を除く3県
では,投票率が低下して当時における過去最低の投票率となったほか,無効投票率
が全国平均を上回り,高知県での無効投票率は全国最高となった。全国知事会は,
平成28年7月29日,平成28年選挙において投票率の著しい低下など様々な弊
害が顕在化したなどとして,合区の早急な解消を求める「参議院選挙における合区
の解消に関する決議」を採択した。また,全国都道府県議会議長会,全国市長会,
全国市議会議長会,全国町村会及び全国町村議会議長会においても,合区の早急な
解消に向けた決議等が行われ,多くの地方議会でも同様の決議等が行われた。
平成28年選挙施行後の平成29年2月,参議院の各会派代表による参議院改革
協議会が設置され,同年4月,同協議会の下に参議院選挙制度改革について集中的
に調査を行う「選挙制度に関する専門委員会」が設けられた。選挙制度に関する専
門委員会は,参議院選挙制度改革に対する考え方について,一票の較差,選挙制度
の枠組みとそれに基づく議員定数の在り方,選挙区の枠組み等について協議を行っ
た上で,選挙区選出議員について,全ての都道府県から少なくとも1人の議員が選
出される都道府県を単位とする選挙区とすること,一部合区を含む都道府県を単位
とする選挙区とすること,又は選挙区の単位を都道府県に代えてより広域の選挙区
(以下「ブロック選挙区」という。)とすることの各案について検討を行ったほ
か,選挙区選出議員及び比例代表選出議員の二本立てとしない場合を含めた選挙制
度の在り方等についても議論を行った。しかし,これらの議論を経た上で各会派か
ら示された選挙制度改革の具体的な方向性についての意見の内容は,選挙区の単
位,合区の存廃,議員定数の増減等の点において大きな隔たりがある状況であっ
た。同委員会は,平成30年5月,参議院改革協議会に対し,これらの協議結果に
ついての報告書を提出した。
平成30年6月,参議院改革協議会において,自由民主党から,選挙区の単位を
都道府県とすること及び平成27年改正による4県2合区は維持した上で,選挙区
選出議員の定数を2人増員して埼玉県選挙区に配分すること,及び比例代表選出議
員の定数を4人増員するとともに,政党等が優先的に当選人となるべき候補者を定
めることができる特定枠制度を導入するとの案が示された。その後,各会派代表者
懇談会における協議等が行われたが,各会派間の意見の隔たりがある状況であった
ため,各会派が参議院に法律案を提出し,参議院政治倫理の確立及び選挙制度に関
する特別委員会(以下「参議院特別委員会」という。)において議論が進められる
こととなり,上記の自由民主党の提案内容に沿った法律案のほか,現在の選挙区選
出議員の選挙及び比例代表選出議員の選挙に代えてブロック選挙区による選挙を導
入することを内容とする法律案等が提出された。同年7月11日,参議院特別委員
会において,上記の自由民主党の提案内容に沿った公職選挙法の一部を改正する法
律案が可決すべきものとされ,その際,「今後の参議院選挙制度改革については,
憲法の趣旨にのっとり,参議院の役割及び在り方を踏まえ引き続き検討を行うこ
と」との附帯決議がされた。
平成30年7月18日,上記法律案どおりの法律(平成30年法律第75号。以
下「平成30年改正法」という。)が成立し,同年10月25日に施行された(以
下,同法による改正後の定数配分規定を「本件定数配分規定」という。)。同法に
よる公職選挙法の改正(以下「平成30年改正」という。)の結果,平成27年1
0月実施の国勢調査結果による日本国民人口に基づく選挙区間の最大較差は2.9
9倍となった。
令和元年7月21日,平成30年改正後の本件定数配分規定の下での初めて
の通常選挙として,本件選挙が施行された。本件選挙当時の選挙区間の最大較差は
3.00倍であった。本件選挙において,合区の対象となった徳島県での投票率は
全国最低となり,鳥取県及び島根県でもそれぞれ過去最低の投票率となった。ま
た,合区の対象となった4県での無効投票率はいずれも全国平均を上回り,徳島県
では全国最高となった。
憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙人
の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等を要求していると解され
る。しかしながら,憲法は,国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させ
るために選挙制度をどのような制度にするかの決定を国会の裁量に委ねているので
あるから,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準とな
るものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由と
の関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ,国会が具体的に定
めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,それによっ
て投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても,憲法に違反す
るとはいえない。
憲法が二院制を採用し衆議院と参議院の権限及び議員の任期等に差異を設けてい
る趣旨は,それぞれの議院に特色のある機能を発揮させることによって,国会を公
正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにあると解される。
議院議員について,全国選出議員(昭和57年改正後は比例代表選出議員)と地方
選出議員(同改正後は選挙区選出議員)に分け,前者については全国(全都道府
県)の区域を通じて選挙するものとし,後者については都道府県を各選挙区の単位
としたものである。昭和22年の参議院議員選挙法及び同25年の公職選挙法の制
定当時において,このような選挙制度の仕組みを定めたことが,国会の有する裁量
権の合理的な行使の範囲を超えるものであったということはできない。しかしなが
ら,社会的,経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口変動の結果,上記
の仕組みの下で投票価値の著しい不平等状態が生じ,かつ,それが相当期間継続し
ているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが,国会の裁量権の限界
を超えると判断される場合には,当該定数配分規定が憲法に違反するに至るものと
解するのが相当である。
以上は,昭和58年大法廷判決以降の参議院議員(地方選出議員ないし選挙区選
出議員)選挙に関する累次の大法廷判決の趣旨とするところであり,基本的な判断
枠組みとしてこれを変更する必要は認められない。
憲法は,二院制の下で,一定の事項について衆議院の優越を認める反面,参
議院議員につき任期を6年の長期とし,解散もなく,選挙は3年ごとにその半数に
ついて行うことを定めている(46条等)。その趣旨は,立法を始めとする多くの
事柄について参議院にも衆議院とほぼ等しい権限を与えつつ,参議院議員の任期を
より長期とすること等によって,多角的かつ長期的な視点からの民意を反映させ,
衆議院との権限の抑制,均衡を図り,国政の運営の安定性,継続性を確保しようと
したものと解される。そして,いかなる具体的な選挙制度によって,上記の憲法の
趣旨を実現し,投票価値の平等の要請と調和させていくかは,二院制の下における
参議院の性格や機能及び衆議院との異同をどのように位置付け,これをそれぞれの
選挙制度にいかに反映させていくかという点を含め,国会の合理的な裁量に委ねら
れており,参議院議員につき衆議院議員とは異なる選挙制度を採用し,国民各層の
多様な意見を反映させて,参議院に衆議院と異なる独自の機能を発揮させようとす
ることも,選挙制度の仕組みを定めるに当たって国会に委ねられた裁量権の合理的
行使として是認し得るものと考えられる。
また,具体的な選挙制度の仕組みを決定するに当たり,一定の地域の住民の意思
を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味する観点から,政治的に一つの
まとまりを有する単位である都道府県の意義や実体等を一つの要素として考慮する
こと自体が否定されるべきものであるとはいえず,投票価値の平等の要請との調和
が保たれる限りにおいて,このような要素を踏まえた選挙制度を構築することが直
ちに国会の合理的な裁量を超えるものとは解されない。
本件選挙は,平成29年大法廷判決の言渡し後に成立した平成30年改正法
による改正後の本件定数配分規定の下で施行されたものであるところ,同法は,総
定数を増やした上で,選挙区選出議員については,平成27年改正による4県2合
区を維持したまま,埼玉県選挙区を2人増員することを内容とするものであった。
平成27年改正により導入された合区は,総定数を大幅に増やす方法を採ること
にも制約があった中,半数改選という憲法上の要請を踏まえて各選挙区の定数を偶
数で設定しつつも選挙区間の較差を縮小することを可能にするものであったが,そ
の対象となった県における投票率の低下及び無効投票率の上昇と合区との関連性を
指摘し,その解消を強く望む意見も存在した。このような状況の下,平成28年選
挙施行後,参議院改革協議会の下に設置された選挙制度に関する専門委員会におい
て,一票の較差,選挙制度の枠組み,議員定数の在り方,選挙区の枠組み等につい
て議論が行われ,合区制度の是非や,都道府県を単位とする選挙区に代えてブロッ
ク選挙区を導入すること等の見直し案についても幅広く議論が行われた。しかしな
がら,選挙制度改革に関する具体案について各会派の意見の隔たりは大きく,一致
する結論を得ることができないまま,本件選挙に向けて平成30年改正法が成立し
たものである。このような経緯もあり,同法の内容は,選挙区選出議員に関する従
来からの選挙制度の基本的な仕組み自体を変更するものではないが,上記のとおり
合区の解消を強く望む意見も存在する中で,平成27年改正により縮小した較差を
再び拡大させないよう合区を維持することとしたのみならず,長らく行われてこな
かった総定数を増やす方法を採った上で埼玉県選挙区の定数を2人増員し,較差の
是正を図ったものである。その結果,平成27年改正により5倍前後から約3倍に
縮小した選挙区間の較差(平成28年選挙当時は3.08倍)は僅かではあるが更
に縮小し,2.99倍(本件選挙当時は3.00倍)となった。
次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い必
ず結論を得る旨を規定していること等を指摘した上で,平成27年改正は,長年に
わたり選挙区間における大きな投票価値の不均衡が継続してきた状態から脱せしめ
るとともに,更なる較差の是正を指向するものと評価することができるとし,この
ような事情を総合すれば,平成28年選挙当時の選挙区間における投票価値の不均
衡は,違憲の問題を生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえないと判
示した。本件選挙は,同判決の言渡しの後成立した平成30年改正法における本件
定数配分規定の下で実施されており,その投票価値の不均衡については,同判決の
判示した事情も踏まえた検討がされるべきである。
そこで検討すると,平成28年選挙後に成立した平成30年改正法の内容は,結
果として,選挙区選出議員に関しては1選挙区の定数を2人増員する措置を講ずる
にとどまっている。他方,同法には上記附則のような規定が設けられておらず,同
法の審議において,参議院選挙制度改革について憲法の趣旨にのっとり引き続き検
討する旨述べる附帯決議がされたが,その中では選挙区間における較差の是正等に
ついて明確には言及されていない。国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政
治の基盤であり,参議院議員選挙については直ちに投票価値の平等の要請が後退し
下に投票価値の平等が実現されるべきことは平成29年大法廷判決等でも指摘され
ているのであるから,立法府においては,今後も不断に人口変動が生ずることが見
込まれる中で,較差の更なる是正を図るとともに,これを再び拡大させずに持続し
ていくために必要となる方策等について議論し,取組を進めることが求められてい
るところ,上記のような平成30年改正において,こうした取組が大きな進展を見
せているとはいえない。
しかしながら,前記のような平成30年改正の経緯及び内容等を踏まえると,同
改正は,参議院議員の選挙制度について様々な議論,検討を経たものの容易に成案
を得ることができず,合区の解消を強く望む意見も存在する中で,合区を維持して
僅かではあるが較差を是正しており,数十年間にわたって5倍前後で推移してきた
最大較差を前記の程度まで縮小させた平成27年改正法における方向性を維持する
よう配慮したものであるということができる。また,参議院選挙制度の改革に際し
ては,憲法が採用している二院制の仕組みなどから導かれる参議院が果たすべき役
割等も踏まえる必要があるなど,事柄の性質上慎重な考慮を要することに鑑みれ
ば,その実現は漸進的にならざるを得ない面がある。そうすると,立法府の検討過
程において較差の是正を指向する姿勢が失われるに至ったと断ずることはできな
い。
以上のような事情を総合すれば,本件選挙当時,平成30年改正後の本件定
数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は,違憲の問題が生ずる程
度の著しい不平等状態にあったものとはいえず,本件定数配分規定が憲法に違反す
るに至っていたということはできない。
なお,各論旨は,憲法56条2項,1条,前文第1文前段等を根拠として,本件
選挙は憲法の保障する1人1票の原則による人口比例選挙に反して無効であるなど
というが,所論に理由のないことは以上に述べたところから明らかである。
4以上の次第であるから,本件定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するに
至っていたということはできないとした原審の判断は,是認することができる。論
旨はいずれも採用することができない。
よって,裁判官林景一,同宮崎裕子,同宇賀克也の各反対意見があるほか,裁判
官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官三浦守,同草野耕一の
各意見がある。
裁判官三浦守の意見は次のとおりである。
私は,結論において多数意見に賛同するが,本件定数配分規定の下での選挙区間
における投票価値の不均衡は,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあっ
たものと考えるので,意見を述べる。
1参議院議員選挙の定数配分規定の憲法適合性について,当裁判所大法廷は,
これまで,司法権と立法権の関係を踏まえた上で,①当該定数配分規定の下での選
挙区間における投票価値の不均衡が,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態
に至っているか否か,②上記の状態に至っている場合に,当該選挙までの期間内に
その是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるとして当該定数配分規
定が憲法に違反するに至っているか否かという2段階の判断枠組みを前提として審
査を行ってきており,その詳細は,平成26年大法廷判決等の判示したとおりであ
る。
2上記の判断枠組みを踏まえ,本件定数配分規定の憲法適合性について,ま
ず,本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が,違憲の問題
が生ずる程度の著しい不平等状態(以下「違憲状態」ともいう。)に至っているか
否かについて検討する。
るとおり,いかなる具体的な選挙制度によっ
て,二院制に係る憲法の趣旨を実現し,投票価値の平等の要請と調和させていくか
は,国会の合理的な裁量に委ねられており,参議院議員につき衆議院議員とは異な
る選挙制度を採用し,国民各層の多様な意見を反映させて,参議院に衆議院と異な
る独自の機能を発揮させようとすることも,選挙制度の仕組みを定めるに当たって
国会に委ねられた裁量権の合理的行使として是認し得るものと考えられる。
他方で,両議院の選挙制度の変遷をみると,いずれも,政党に重きを置いた選挙
制度を旨とする改正が行われている上,都道府県又はそれを細分化した地域を選挙
区とする選挙と,より広範な地域を選挙の単位とする比例代表選出議員の選挙との
組合せという類似した選出方法が採られ,その結果として同質的な選挙制度となっ
てきており,急速に変化する社会の情勢の下で,議員の長い任期を背景に国政の運
営における参議院の役割がこれまでにも増して大きくなってきている。
このような状況において,参議院の性格や機能等をどのように位置付け,これを
選挙制度にいかに反映させていくかについては,憲法上その具体的な内容や方向性
が示されているものではなく,様々な政治的,政策的考慮の下に判断されるべきこ
とであり,その一方で,投票価値の平等が憲法上の直接の要請であることからする
と,選挙制度の合理性については,実質的により慎重な検討及び評価が必要であ
る。
憲法上,参議院は,衆議院と共に国権の最高機関として適切に民意を国政に
反映する責務を負っていることは明らかであり,参議院議員の選挙であること自体
から,直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難
い。
また,参議院においては,憲法上3年ごとに議員の半数を改選することとされ,
各選挙区に偶数の定数を配分することが想定されるなど,議員定数の配分に当たり
考慮を要する固有の要素があり,それが制度設計上の技術的な制約となり得るにし
ても,そのことが衆議院に比して格段に大きな投票価値の不均衡を許容する理由と
なるものではない。
そして,衆議院については,投票価値の平等の要請に対する制度的な配慮とし
て,選挙区間の人口較差が2倍未満となることを基本とする旨の区割りの基準が定
められていることにも照らせば,参議院についても,更に適切に民意が反映される
よう投票価値の平等の要請について十分に配慮することが求められるところであ
る。
以上の考え方に基づき,本件定数配分規定について検討する。
選挙区間の較差の程度について
参議院議員選挙においては,長年にわたり,選挙区間の最大較差が5倍前後で推
移してきたものであるところ,選挙区間における投票価値の不均衡が違憲状態にあ
ったとする2度の当裁判所大法廷判決を経て,平成27年改正は,人口の少ない一
部の選挙区について,参議院の創設後初めての合区を行い,これによって選挙区間
の最大較差が3倍程度にまでに縮小した。そして,平成30年改正は,長らく行わ
れてこなかった総定数を増やす方法を採った上で,1選挙区の定数を増員し,その
結果,選挙区間の最大較差は僅かながら更に縮小した。
しかし,選挙区間の最大較差が5倍前後から3倍程度に縮小したといっても,そ
のことによって,このような投票価値の不均衡が当然に正当化されるというもので
はない。現に,平成27年改正法附則7条は,選挙区間における較差の是正等を考
慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しに取り組む旨を明記しており,これを踏まえ
て,平成29年大法廷判決も,平成27年改正が更なる較差の是正を指向するもの
と評価できること等を指摘して,投票価値の不均衡が違憲状態にあったものとはい
えないとした。これらは,いずれも,選挙区間の最大較差が縮小したといっても,
国会において,更なる較差の是正を図る取組を進めることが必要であり,その意味
において,是正されるべき投票価値の不均衡がなお存在することを前提としたもの
と理解することができる。
そもそも,投票価値の3倍程度という不均衡は,それ自体,1人1票という選挙
の基本原則に照らし,また,投票価値の平等が国民主権及び議会制民主政治の根幹
に関わるものであることに鑑み,なお大きいといわざるを得ない。これは,主権者
たる国民の権利行使に関する平等観,公平感の問題といってもよい。
しかも,本件選挙当時,選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差(以
下,各選挙当時の「選挙区間の較差」というときは,この選挙人数の較差をい
う。)が3倍を超えるのは1選挙区であるが,選挙区間の較差が2.9倍を超える
のは4選挙区であって,その選挙人数の合計は全体の約21.6%を占めている。
これは,決して無視することのできない大きな偏りというべきである。そして,こ
の数字を平成28年選挙と比較してみると,同選挙当時の選挙区間の較差が2.9
倍を超えていたのは3選挙区で,その選挙人数の割合は全体の約9.4%であり,
今回の半分以下にとどまる。そうすると,平成30年改正にもかかわらず,選挙区
間の較差に関する2.9倍超という水準でみると,投票価値の不均衡はむしろ広が
っており,今後,更に拡大する事態も予想される。
そして,前記のとおり,参議院は,衆議院と共に国権の最高機関として適切に民
意を国政に反映する責務を負っており,衆議院については,投票価値の平等の要請
に対する制度的な配慮として,選挙区間の人口較差が2倍未満となることを基本と
する旨の区割りの基準が定められていることにも照らすと,参議院について,投票
価値の平等という憲法上の要請に関し,数十年を経てなおこのように大きな不均衡
が継続していることは,是正されるべき明らかな不平等状態であり,それを正当化
すべき合理的な事情のない限り,違憲の問題を生じさせるというべきである。
そこで,以下,本件選挙当時の選挙区間の較差の程度を正当化すべき合理的な事
情の有無について検討する。
イ選挙区の単位について
都道府県を各選挙区の単位として定数を定めるという選挙制度の仕組みについて
は,都道府県が歴史的にも政治的,経済的,社会的にも独自の意義と実体を有し,
政治的に一つのまとまりを有する単位として捉えられることに照らし,それを構成
する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味しようとするも
のと解される。そして,これは,都道府県が地方におけるまとまりを有する行政等
の単位であるという限度において相応の合理性を有していたことは否定できない。
この点について,平成29年大法廷判決は,具体的な選挙制度の仕組みを決定す
るに当たり,都道府県の意義や実体等を一つの要素として考慮すること自体が否定
されるべきものではないとして,投票価値の平等との調和が保たれる限りにおい
て,このような要素を踏まえた選挙制度を構築することが直ちに国会の合理的な裁
量を超えるものとは解されないとした。問題は,投票価値の平等との調和が保たれ
ているかどうかであり,その判断に当たっては,是正されるべき投票価値の不均衡
がなお継続する状況において,これを正当化すべき合理的な事情があるかという観
点から,慎重な検討を行う必要がある。
ところで,昭和22年制定の参議院議員選挙法は,地方選出議員の各選挙区の議
員定数については,半数改選という憲法上の要請を踏まえ,各選挙区を通じてその
選出議員の半数が改選されることとなるように配慮し,定数を偶数としてその最小
2人を配分する方針の下に,昭和21年当時の総人口を定数150で除して得られ
る数値で各選挙区の人口を除し,その結果得られた数値を基準とする各都道府県の
大小に応じ,これに比例する形で2人ないし8人の偶数の議員定数を配分したもの
である。
昭和25年制定の公職選挙法の定数配分規定は,上記の定数配分をそのまま引き
継いだものであるところ,その後の人口変動により,都道府県間の人口較差が著し
く拡大したため,その定数配分が人口に比例しないものになっていったが,国会
は,定数の偶数配分を前提とした上で,人口の少ない選挙区についても2人の定数
を維持したまま,他の選挙区について個別に定数を増減するなどの調整を繰り返し
てきた。
その結果,本件選挙当時の各選挙区の議員1人当たりの選挙人数を全国の議員1
人当たりの選挙人数で除した数値をみると,その最大は約1.36(宮城県)で,
1.35を超えるのがこの1選挙区であるのに対し,その最小は約0.45(福井
県)で,0.5未満が3選挙区(福井県,山梨県,佐賀県),0.5以上0.65
未満が6選挙区に上るなど,現在の定数配分は,全体として,選挙人数の少ない選
挙区に偏っているということができる。特に,上記数値が0.5未満の3選挙区
は,人口ないし選挙人数に比例する定数配分という意味では,本来,定数1人分に
も満たないのであるから,これらの選挙区にも画一的に1人分を上乗せして,2人
の定数を配分していることが,前記のような投票価値の不均衡を生じさせる主要な
要因となっていることは明らかである。同時に,このことは,国会が較差の更なる
是正を図る上でも,その実現を著しく困難にする要因となっているといわなければ
ならない。
そして,投票価値の平等は,憲法の直接の要請であって,国民主権及び議会制民
主政治の根幹に関わるものであり,その一方で,都道府県を各選挙区の単位としな
ければならないという憲法上の要請はない。また,半数改選という憲法上の要請が
あり,各選挙区に偶数の定数を配分することが原則的な方法として想定されるもの
の,それ自体は必ずしも憲法上の要請とまではいい難い。
したがって,人口の特に少ない選挙区にも2人の定数を配分することを前提に,
都道府県を各選挙区の単位とする基本的な仕組みを維持することによって,是正さ
れるべき不平等状態がなお継続し,その是正にも著しい困難を伴うという状況にあ
っては,その不平等状態を正当化すべき合理的な事情があるとはいえない。
ウ合区について
平成27年改正は,人口の少ない一部の選挙区を合区するというこれまでにない
手法を導入したものであり,これにより選挙区間の最大較差が相当程度縮小した。
これは,平成29年大法廷判決の指摘するとおり,都道府県を各選挙区の単位とす
る選挙制度の仕組みの一部を見直したものであるが,その内容は,4選挙区を2選
挙区に合区するものであって,その他の43選挙区の区割りは従前のとおりである
から,見直しといっても,その範囲は極めて限られた部分にとどまる。これは,上
記の選挙制度の仕組みを基本的に維持しながら,その一部の選挙区について部分的
な修正を加えたというべきものである。
都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みは,前記のとおり,都道府県
の有する意義と実体等に照らし,その住民の意思を集約的に反映させるという意義
ないし機能を加味しようとするものと解されるところ,選挙区を合区すること自
体,その限りで,制度の前提である都道府県の単位性を否定することになる。そし
て,単位としての都道府県の意義等は,本来その人口の多寡に左右されるものでは
ないし,現在の合区に係る地域が,相互に隣接する数多くの都道府県の中で,取り
分け,都道府県という単位に準ずるほどの独自の意義や実体を有するものともいい
難い。したがって,このような合区は,選挙区間における投票価値の不均衡を是正
するための政策的な措置であるにしても,都道府県の意義や実体等に照らしその住
民の意思を集約的に反映させるという制度の基本的な考え方とは本来整合していな
いように思われる。
また,本件選挙において,選挙人数が最も少ない福井県選挙区の選挙人数は64
万6976人であったが,徳島県及び高知県参議院合同選挙区のうち徳島県の選挙
人数は63万6739人,高知県の選挙人数は61万0498人であった。そうす
ると,同じ都道府県という単位であって,ほぼ同じ程度の選挙人数であるにもかか
わらず,その僅かな差によって,住民の意思を集約的に反映させるという点で,そ
の取扱いに制度上の差が設けられている。このような取扱いも,上記のような制度
の基本的な考え方との関係で合理的な説明は困難である。
これらの点は,投票価値の平等を実現する方法として,都道府県という固定的な
枠組みを前提としながら部分的な手当てをすることの限界を示すものである。そし
て,現在の合区に係る県が全国で最も人口の少ない4県であることから,このよう
な措置が,その住民にとって,人口の少ない地方の切り捨てと受け止められること
にも理由があり,また,合区の解消を強く望む意見が多く存在することも,十分理
解できるところである。国会が較差の更なる是正を図る上でも,その他の選挙区に
関し合区を拡大することについては相当な困難があるものと考えられる。
そうすると,このような合区の導入は,前記の当裁判所大法廷判決の趣旨に沿っ
て較差の是正を図ろうとしたものであるにしても,選挙制度の仕組みを部分的,暫
定的に改めるにとどまるものであって,今述べたような問題も認められることか
ら,平成27年改正により導入された合区が維持されたからといって,3倍程度の
較差を正当化すべき合理的な事情があるとはいえない。
エ較差の是正に関する国会の姿勢等について
平成29年大法廷判決は,平成27年改正法附則7条の規定によって,今後にお
ける投票価値の較差の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されるとと
もに,再び大きな較差を生じさせることのないよう配慮されている旨を指摘して,
平成27年改正が更なる較差の是正を指向するものと評価することができるとした
上で,平成28年選挙当時の投票価値の不均衡が違憲状態に至っていたということ
はできないと判示した。そこで,このような判示を踏まえ,平成30年改正におけ
る国会の姿勢等をもって,3倍程度の較差を正当化すべき合理的な事情とみること
ができるか否かについて検討する。
まず,平成30年改正は,前記のとおり,選挙区選出議員の選挙(以下「選挙区
選挙」という。)については,都道府県を各選挙区の単位とすることを基本とする
選挙制度の仕組みの下で,一部の選挙区の定数を調整するという,従来から繰り返
されてきた法改正と基本的に同様のものということができ,これが選挙制度の基本
的な仕組み自体を変更するものといえないことは明らかである。
また,平成30年改正法の法案の発議者は,国会における審議の中で,この法案
による措置が,平成27年改正法附則に規定する選挙制度の抜本的な見直しに当た
ると考えている旨を答弁して,その理由として,比例代表選出議員の選挙(以下
「比例代表選挙」という。)に係るいわゆる特定枠の導入を挙げている。この特定
枠は,比例代表選挙について,現行の非拘束名簿式を基本的に維持しつつ,政党等
が優先的に当選人となるべき候補者を定めることができる制度であるが,法案の発
議者は,この特定枠について,合区の解消を強く望む多くの意見を踏まえ,都道府
県単位の地方の声を国政に届けること等を目的として,合区対象県のように人口的
に少数派ともいうべき地域の声を国政に届けるという活用を想定している旨を繰り
返し答弁している。しかし,比例代表選挙と選挙区選挙は,公職選挙法上,二つの
異なる選挙として規定されるものであり,特定枠は,比例代表選挙における政党等
の候補者の中の区分にすぎない。このような特定枠の候補者の当選は,その政党等
による特定枠の利用を前提とする,全国の選挙人による投票の結果であり,必ずし
も特定の地方の選挙人の意思が集約されるものではない。
したがって,平成30年改正を踏まえても,較差の是正を含む選挙制度の見直し
に関する課題が依然として残されたままであることは明らかである。
さらに,平成24年改正法及び平成27年改正法は,それぞれの附則に,期限を
定めて,選挙制度の抜本的な見直しについて検討を行い,結論を得る旨の規定を置
いていたのに対し,平成30年改正法は,同様の規定を置いていない。また,参議
院特別委員会における附帯決議も,較差の是正や選挙制度の抜本的な見直しに言及
しておらず,極めて抽象的かつ緩やかな内容にとどまる。国会は,選挙制度の抜本
的な見直しについて,自ら2度にわたって期限を定めた上で,約6年に及ぶ検討及
び協議を続けながら,相応の結論を得ることができないまま,平成30年改正法に
おいては,改めて自らを義務付ける規定を設けないこととしたものである。その姿
勢の変化は著しいといわなければならない。
加えて,選挙制度の整備に当たっては,事柄の性質上慎重な考慮と検討を必要と
し,漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも,国会の裁量
に係る現実的な選択といえるが,平成30年改正の経緯及び内容等から明らかなと
おり,較差の更なる是正については,その具体的な内容も方向性も何ら定まってお
らず,およそ不透明な状態にあり,その是正を指向する漸進的な過程にあると評価
することもできない。そして,このような較差の更なる是正は,較差を再び拡大さ
せないということにとどまらない課題であり,平成30年改正により合区が維持さ
れて選挙区間の最大較差が僅かに縮小されたとしても,そのことは上記の判断を左
右しない。
これらの事情を総合すると,平成27年改正法附則7条によって示された,較差
の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が,平成30年改正においても,引
き続き維持され,較差の更なる是正を指向するものと評価することは到底できない
というべきである。このような国会の姿勢等が前記のような投票価値の不均衡を正
当化すべき合理的な事情とならないことは明らかである。
なお,以上の点は,平成27年改正法附則7条に関する平成29年大法廷判決の
前記判示を踏まえて特に検討したものであるが,平成30年改正法には較差の更な
る是正の内容や方向性等を示す規定も存在しない中で,国会におけるこの間の様々
な検討や取組の状況をどのように評価するにせよ,投票価値の不均衡が違憲状態に
至っているか否かを判断するに当たり,こうした国会の裁量に属する事柄について
の評価を重視することは,客観的な不平等状態の評価とはいい難い上,冒頭に述べ
たとおり,司法権と立法権の関係を踏まえ,判断の枠組みを2段階に分節する趣旨
に照らしても相当でないと考えられる。
以上に述べたとおり,平成30年改正は,これまでの選挙制度の基本的な仕
組みを維持して一部の選挙区の定数を調整するにとどまるものであって,現に選挙
区間の最大較差は,同改正の前後を通じてなお3倍前後の水準が続いており,その
不均衡は,投票価値の平等の重要性に照らし,看過し得ない程度に達していた。ま
た,このような不均衡を正当化すべき合理的な事情も見いだせない。
したがって,本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は,
違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものというほかない。
3そこで,次に,本件選挙までの期間内に,違憲の問題が生ずる程度の著しい
不平等状態の是正がされなかったことが,国会の裁量権の限界を超えるといえるか
否かについて検討する。
平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決において,選挙区間における投
票価値の不均衡が違憲状態にあり,その解消のために選挙制度の仕組み自体の見直
しが必要であるとする判断が示され,国会としては,その状態を是正すべき責務を
負うに至ったということができる。また,平成24年改正法及び平成27年改正法
の各附則においても,選挙制度の抜本的な見直しについて検討を行い,結論を得る
旨の規定が設けられた。
これらを踏まえて,国会においては,数年にわたり,選挙制度改革に関し,幅広
く様々な検討及び協議が行われたが,その議論がなお続けられている中にあって,
平成29年大法廷判決は,平成27年改正が,平成24年大法廷判決及び平成26
年大法廷判決の趣旨に沿って較差の是正を図ったものとみることができるなどとし
て,選挙区間における投票価値の不均衡が違憲状態にあったものとはいえず,当該
定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできないとの判断を示し
た。その際,上記の判断について特段の明確な留保を付すこともなく,また,当裁
判所として,選挙制度の仕組みの見直しや較差の更なる是正の必要性について,具
体的な指摘をすることもなかった。
本件選挙は,その直後に成立した平成30年改正法による改正後の本件定数配分
規定の下で施行されたものであるから,上記のような平成29年大法廷判決を前提
にすると,国会において,本件選挙までの間に,本件定数配分規定の下での選挙区
間における投票価値の不均衡が,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあ
ったことを具体的に認識する事情があったと認めることは困難であるといわざるを
得ない。
そうすると,本件選挙までの期間内に,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等
状態の是正がされなかったことが,国会の裁量権の限界を超えるものということは
できず,本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない。
4最後に付言すると,参議院議員の選挙制度については,これまで,限られた
総定数の枠内で,半数改選という憲法上の要請を踏まえて定められた定数の偶数配
分を前提に,都道府県を各選挙区の単位とする仕組みの下で,人口の都市部への集
中による都道府県間の人口較差の拡大に伴い,長期にわたり投票価値の大きな較差
が続いてきた。
国会においては,累次の当裁判所大法廷判決を踏まえつつ,平成16年以降,十
数年間にわたって継続的に,参議院選挙制度改革や投票価値の不均衡の是正につい
て検討及び協議が行われてきた。そして,一部の選挙区の定数を増減させるととも
に,人口の少ない選挙区を合区するなどの法改正が行われてきたが,これらの改正
によっても,なお是正されるべき投票価値の不均衡が解消されていない。
しかしながら,平成30年改正後は,本件選挙後も含めて,2年以上にわたり,
国会において,この問題に関する具体的な検討及び協議が行われていない状況にあ
ることがうかがわれる。そして,平成30年改正法には,較差の更なる是正に向け
ての方向性等を示す規定も置かれなかったこと等を考え併せると,今後,この問題
に関する具体的な議論が進展しないまま推移することが懸念される。
他方,前記のとおり,平成30年改正にもかかわらず,選挙区間の較差に関する
2.9倍超という水準でみると,投票価値の不均衡はむしろ広がっている状況にあ
ること等からすると,本件定数配分規定が基本的に維持されたまま次回以降の通常
選挙が行われる場合,選挙区間における投票価値の不均衡が更に拡大することも予
想される。
国民の意思を適切に反映する選挙制度は,国民主権及び議会制民主政治の根幹で
あり,投票価値の平等が憲法上の要請であることや,先に述べた国政における参議
院の役割等に照らせば,今後も不断に人口変動が生ずることが見込まれる中で,よ
り適切な民意の反映が可能となるように,国会において,都道府県を各選挙区の単
位とすることを基本とする現行の方式を改めるなど,較差の更なる是正を図るため
の方策の検討と集約が着実に進められ,できる限り速やかに,必要な立法的措置に
よって違憲の問題が生ずる前記の不平等状態が解消されなければならない。
裁判官草野耕一の意見は次のとおりである。
私は多数意見の結論に賛同するものであるが,それに至る理由は多数意見とはい
ささか異なるので,以下,私の思うところをつまびらかにしたい。
1投票価値の不均衡問題に関してこれまで当審が用いてきた主たる指標は「最
大較差」である。確かに,最大較差は簡明な概念であり,しかも,当審と立法府の
いずれもがこの指標を使ってこれまで様々な議論を進めてきたという経緯を踏まえ
ると,当審と立法府の間の相互作用の歴史に鑑みて合憲・違憲の判断を行おうとす
る場合には取り分け有用な指標であるといえるであろう。しかしながら,最大較差
は,最も大きな投票価値を与えられている有権者と最も小さな投票価値しか与えら
れていない有権者の違いのみに着目した概念であるがゆえに,最も小さな投票価値
しか与えられていない有権者がいかに自分が不利益を受けているかを訴えるための
指標として用いるのであれば格別,選挙制度全体における投票価値の配分の不均衡
を論ずるための指標としてはいささか精度を欠いているといわざるを得ない。そこ
で,最大較差を補完する分析概念として,利益配分の不均衡を評価する指標として
統計学上広く使われているジニ係数を用いることを考える。
投票価値に係るジニ係数の計算は以下の方法によって行う。
①全選挙区を有権者1人当たりの議員数の少ない選挙区から順に並べた表(以
下「基礎表」という。)を作り,各選挙区について,基礎表の最初の選挙区からそ
の選挙区に至るまでの有権者数を足し合わせた数を全選挙区の有権者総数で除した
値(以下「累積有権者度数」という。)を計算する。
②各選挙区について,基礎表の最初の選挙区からその選挙区に至るまでの議員
数を足し合わせた数を全選挙区の議員総数で除した値(以下「累積議員度数」とい
う。)を計算する。
③累積有権者度数を横
軸,累積議員度数を縦軸にと
ったグラフを作り,各選挙区
におけるこの二つの数の組合
せに対応する点を当該グラフ
上に書き込む。
④上記の各点を順次線で
結び,投票価値に係るローレ
ンツ曲線を得る。図1は以上
の方法によって作成した本件
選挙のローレンツ曲線を表し
ている。
⑤ローレンツ曲線と図1の点aと点bを結んだ直線によって囲われた半月状の
図1
ac

部分の面積が図1の点a,点b及び点cを結んだ三角形に占める割合を求める。こ
の値がジニ係数であり,ローレンツ曲線が図1の点aと点bを結んだ直線と一致し
た場合のジニ係数は0となり,他方,ローレンツ曲線が図1の点a,点c及び点b
を順次結んだ線と一致した場合のジニ係数は1(100%)となる。図1のジニ係
数は0.1422(14.22%)であり,よって本件選挙のジニ係数は14.2
2%であったことになる(以下,ジニ係数,最大較差の数値は概数である。)。
ジニ係数は投票価値の不均衡の程度を評価するという目的に適した分析概念であ
る。なぜならば,合理的と評価し得る次の二つの仮定だけから,「ジニ係数が大き
いほど全有権者が得る効用の総量は減少する」という結論を論理則のみによって導
き出し得るからである。
①有権者1人当たりの議員数が少ない選挙区の有権者ほど選挙権を保有するこ
とによって得る効用は減少する。
②その減少率は有権者1人当たりの議員数が少ないほど逓増的に高まる(換言
すれば,有権者1人当たりの議員数が多いほど有権者が得る効用は増加するもの
の,その増加率は逓減的である。)。
加えて,ジニ係数の変化に注目すれば,いかなる選挙制度の改善案が効率的で,
いかなる選挙制度の改善案が非効率的であるのか識別することも可能となる(この
以上の理由により,以下では,ジニ係数を主たる指標として用いながら分析を進
めていくこととする。
2当審が参議院の議員定数の不均衡が違憲状態にあると認定した平成22年選
挙と平成25年選挙のジニ係数はそれぞれ22.97%と20.55%である(図
2は平成25年選挙のローレンツ曲線を示している。)。これらの値と比べると1
4.22%という本件選挙のジニ係数はかなり低い数字であり,本件選挙における
議員定数の不均衡状態は,平
成22年選挙時や平成25年
選挙時の状態に比べればかな
り改善されているといえる。
しかるに,現在の選挙区選
挙の総定数,選挙区割り及び
各選挙区に最低2人の定数を
配分することを前提とする限
り,本件選挙当時の各選挙区
への定数の配分は投票価値の
不均衡に最大限配慮したもの
であり,これ以上のジニ係数の改善を望むことは非現実的である。なぜならば,有
権者1人当たりの議員数が非常に多い都道府県(福井県や佐賀県)の議員定数を2
人未満とすることが憲法上許されないと解する限り(この点について異なる解釈を
たりの議員数が慢性的に少ない都道府県(神奈川県,東京都,大阪府等)の議員定
数を増やすしかないが,それを行うためには議員定数が4人か6人の都道府県の定
数を減らすしかなく,そのような選挙区であって有権者1人当たりの議員数が比較
的多い選挙区はほとんど残っておらず,強いてそれを実行すれば,確かにジニ係数
は僅かに改善するものの,他方において,本件選挙で宮城県や新潟県において起き
たように有権者1人当たりの議員数が更に少ない都道府県を生み出してしまう結果
となるからである。
3しからば,選挙制度をどのように変更すれば投票価値の不均衡を改善するこ
とが可能となるのか。また,考え得る改善案を踏まえて当審としていかなる判断を
下すことが適切であるのか。これらの点について,以下検討を加える。
まず,投票価値の不均衡をほとんど完全に解消し得る改善案として現実的に
図2
考え得るものは以下に述べる二つだけであろう。
その一つは,都道府県別の選挙区を統合して大ブロックの選挙区とする方法であ
る(以下,この案を「大ブロック選挙区案」という。)。例えば,平成30年に日
本維新の会が提出した法案(参議院議員の総定数を218人に減少させた上で全国
を11の選挙区に分割して選挙を行うとするもの)は典型的な大ブロック選挙区案
であるが,この改善案が本件選挙時に実施されたと仮定した場合,ジニ係数は1.
61%にまで減少する(図3はそのローレンツ曲線を示している。)。
もう一つの改善案は,都道府県を地域区分の基本単位とするという発想を捨てて
自由に選挙区の区割りを行うというものである(以下,この案を「自由区割り案」
という。)。徹底した自由区割り案を実施すれば全ての選挙区を小選挙区としたと
しても大ブロック選挙区案と同様に投票価値の不均衡状態をほぼ完全に解消するこ
とができるであろう。
しかしながら,大ブロック選挙区案と自由区割り案のいずれに関しても,その実
施を国会に求めることには問題があるといわざるを得ない。まず,大ブロック選挙
区案が実施されれば参議院議員選挙は大選挙区,それも相当に多数の定数から成る
大選挙区のみによって実施さ
れることになる。小選挙区と
大選挙区にはそれぞれに長所
と短所があることはよく知ら
れているところであり,この
二つの選挙制度の組合せに大
きな変更を加えることは立法
府ひいては国の在り方に重大
な変化をもたらすものであ
る。次に,自由区割り案が実
施された場合,有権者が新た
図3
に設定された選挙区に対して帰属意識を持ち得るかがそもそも疑問であるが,この
点に加えて,自由区割り案は国政と地方政治の関係,特にこの二つの政治の紐帯と
しての機能を果たしている政党の在り方に重大な変更を及ぼすものである。
以上の点に鑑みるならば,大ブロック選挙区案と自由区割り案のいずれに関して
も,その実施は立法府が憲法上与えられている裁量権の範囲内において自律的に決
定すべきことであり,それを立法府が実施しないことを理由に当審が違憲判断を下
すことは,選挙制度の立案を国会の裁量に委ねた憲法47条の趣旨に反するといわ
ざるを得ない。
次に,投票価値の不均衡を解消することはできないものの,状況を大幅に改
善し得る改善案,より具体的にいえば,ジニ係数を現在の半分以下とする程度の改
善を見込める案について考える。思うに,そのような改善案は理論上はいくつか考
え得るが,そのうちで,国民の一定割合以上の支持が得られるであろうものは次の
二つだけではないであろうか。その第一は,現在の比例代表選挙を廃止し(あるい
はその定数を大幅に減少させ),廃止(又は大幅な減少)によって生じた余剰定員
を有権者1人当たりの議員数が少ない選挙区から優先的に割り当てていくというも
のである(以下,この案を
「比例区廃止案」とい
う。)。例えば,比例代表選
挙を全廃し,これによって生
ずる100人の余剰定員を
(本件選挙の各選挙区の有権
者数を前提とした上で)上記
のように割り当てた場合,ジ
ニ係数は6.19%に減少す
る(図4はそのローレンツ曲
線を示している。)。
図4
もう一つの改善案は,現在の選挙区割りを前提として1人を含む奇数の議員定数
から成る選挙区を作り出すというものである(以下,この案を「奇数定数案」とい
う。)。徹底した奇数定数案を実施すれば,比例区廃止案と同等か,場合によって
は,それ以上にジニ係数の引下げを見込むことができる。
しかしながら,上記二つの改善案のいずれに関しても当審がその実施を立法府に
求めることには問題があるといわざるを得ない。第一に,比例区廃止案は大選挙区
の長所を最大限に有している比例代表選挙を廃止(あるいは定数を大幅に減少)す
るという重大な政策判断を伴うものであり,司法府が,立法府が比例区廃止案を実
施しないことをもって違憲状態であるとの判断をし,その実施を立法府に強いるこ
とは憲法47条の趣旨に反する。第二に,私は奇数定数案の実施は憲法上可能であ
り,その実施が国政に及ぼす影響はこれまでに論じたいずれの改善案よりも小さい
と考えるものではあるが,全ての選挙区の議員定数を偶数としている現行の制度が
憲法46条の趣旨に最もかなうものであることは否定し難く,そうである以上,司
法府が,立法府が奇数定数案を実施しないことをもって違憲状態であるとの判断を
し,その実施を立法府に強いることもまた憲法47条の趣旨に反するといわざるを
得ない。
では,投票価値の不均衡の大幅な改善はできないものの,現状に少なからぬ
改善を加え得る案としてはいかなるものがあるか。最初に思い至るのは,有権者1
人当たりの議員数が多い選挙区に関して合区を実施することであろう。合区は既に
実施されており,合区を増やすことは,これまでに述べた各改善案とは異なり現行
の選挙制度に重大な変更を加えることなく実現し得るものである。しかしながら,
合区を増やしてもジニ係数に著しい変化は生じない。なぜならば,議員定数の変動
がジニ係数に及ぼす影響という点において最も効率的な改善方法は有権者1人当た
りの議員数が少ない選挙区の議員定数を増やすことであり,最も非効率的な改善方
法は有権者1人当たりの議員数が多い選挙区の議員定数を減らすことであるところ
(この点は1項に記した①と②の合理的仮定から必然的に導き出される結論であ
る。),有権者1人当たりの議員数が多い選挙区に関して合区を実施して当該選挙
区の議員定数を減少させることはこの最も非効率的な改善方法の実施に他ならない
からである(合区を実施することのもう一
る。)。この点を示す例として,平成27年に民主党・公明党等が提案した改正案
(20の県を二つずつ併せて10の合区を作り,合区の対象となった選挙区全体で
の議員定数を合計で12削減し,これを有権者1人当たりの議員数が少ない選挙区
に増員するというもの)を取り上げる。合区を作り出すことの現実的難しさを考え
るとこの改正案は合区を用いたものとしてはほとんど限界に近いものであると思わ
れるが,この改正案の下で本件選挙が実施されたと仮定した場合,確かに最大較差
は2.02倍にまで減少するものの,ジニ係数は12.31%であって(図5はそ
のローレンツ曲線を示している。),本件選挙のジニ係数(14.22%)からの
著しい改善は見られない。1項で述べたジニ係数の性質を踏まえていえば,合区を
作って対象選挙区の議員数を減少させても有権者が得る効用の総量はさほど増加し
ないのである。
他方において,合区には,①対象選挙区の有権者の政治参加意識に悪影響をもた
らす,②対象選挙区の間に大き
な人口差がある場合,より人口
の少ない選挙区の住民に被差別
感が生ずるなどの弊害が生ずる
ことがつとに指摘されており,
しかも,合区の対象となる選挙
区の多くは過疎化対策に腐心し
ている地域である。これらの諸
点を比較衡量すると,合区を増
やすことを怠っているがゆえに
現行制度は違憲状態にあるとす
図5
ることが適切な判断であるとはいい難い。
もっとも,合区を増やせば余剰定員が発生するのでそれを有権者1人当たり
の議員数が少ない選挙区の議員定数の増加に充てることが可能となり,これは前項
で論じたところの最も効率的なジニ係数の改善方法に当たる(図1のローレンツ曲
線と図5のローレンツ曲線がジニ係数において2%弱の差しか生じていない一つの
理由は,本件選挙において,有権者1人当たりの議員数が少ない主要な都道府県に
〔選挙区選挙の総定数を2人増やすことを含む。〕を通じて達成しているからであ
る。)。
そうすると,効率的にジニ係数の改善を図り,しかも,一部の選挙区の住民に疎
外感や被差別感を与えることなくそれを達成するには,総定数を若干名増員し,こ
れを有権者1人当たりの議員数が少ない選挙区の議員定数の増加に充てる方法が有
効であることが分かる。例えば,本件選挙時において東京都と神奈川県と大阪府に
おいて各2人ずつ議員定数を増やしていたとすれば(すなわち,本件選挙の対象と
なる議員数を合計で3人増やしていたとすれば),それだけで本件選挙のジニ係数
は11.76%となり,実際(14.22%)より約2.5%の改善を達成し得て
いたのである。増加される議員数が少数である限り,その実施を国会に求めること
が憲法43条2項等の趣旨に反することもないであろう。
ただし,総定数を増加させる方法は,国民に一定の負担を求めるものであるとい
う問題をはらんでいる。もとより,増員された議員は国民の福利向上のために尽力
するであろうし,国会も運営コストの増加を可及的に回避すべく努力するであろう
が,議員数の増加は結果として国会の運営コストを高める公算が大きい。このこと
を踏まえて考えると,当審が議員定数の増加により投票価値の不均衡の改善が可能
であることを理由に違憲判断を下すためには,投票価値に不均衡があるからという
抽象的理由だけでは不十分であり,新たな負担を求めることについて国民の理解を
得るに足る具体的事実を司法の場において明らかにすることが必要であろう。
4以上の検討によれば,総定数を若干名増加する方策により投票価値の不均衡
を効率的に改善することが可能であるといい得るものの,この方策が国会の運営コ
ストを高める可能性があることからすれば,この方策を十分に講じていないことを
もって本件選挙時における投票価値の不均衡が違憲状態であるとの判断を直ちに下
すことは困難であるといわざるを得ない。
ただし,上記の考えに一定の修正を加えればこれを実践的問題解決能力を備えた
見解となし得るように思われる。それは,投票価値の現状における不均衡状態を一
応合憲とは認めるものの,投票価値の不均衡が存在することによって一定の人々が
不利益を受けているという具体的かつ重大な疑念(以下「不利益疑念」という。)
の存在が示された場合にはこれを違憲状態と捉え直すというものである(以下,こ
の考え方を「条件付き合憲論」という。)。条件付き合憲論が求める不利益疑念の
立証は,決して投票価値の不均衡と一定の人々が被っている不利益の間の因果関係
の厳密な証明を求めるものではない(そのような証明はそもそも不可能であろ
う。)。ただし,問題とされている不利益の発生に影響を及ぼし得る他の要因も考
察の対象に加えてもなお投票価値の不均衡と当該不利益との間に有意な相関関係が
存在することを示すことは必要であり,かつ,それで十分である。
益疑念が立証されれば,追加の負担をしてでも投票価値の不均衡を改める必要があ
ることについて国民の理解を得ることが可能となろう。さらに,条件付き合憲論の
下では,不利益疑念を払拭し違憲状態を解消するためには議員数を何人程度増やす
べきであるのかが明らかになるため,議員数を何人程度増やせば違憲状態を解消し
得るかを当審として示すことが可能となる(この点について敷衍すれば,例えば,
不利益疑念の立証手段として,一定数の有権者〔又は「一定数の住民」〕当たりの
議員数を説明変数の一つとする重回帰分析を用いれば,当該説明変数の回帰係数が
有意な値でなくなるためにはどの選挙区の議員定数をどれだけ引き上げたらよいか
を考えることにより不利益疑念の払拭に必要な議員増加数を特定することができ
る。)。不利益疑念の立証がなされることによって初めて,当審は,いかにすれば
違憲状態を解消し得るかを理由中で示した判決を下し得るのである。
以上の理由により,私は条件付き合憲論こそが当審の採るべき立場であり,本件
においては不利益疑念が立証されていないがゆえに,現状における投票価値の不均
衡が違憲又は違憲状態にあるとはいえないと考えるものである。なお,不利益疑念
が発生する状態は二つに大別して考えることができる。その一つは有権者1人当た
りの議員数が少ない選挙区の住民がひとしく不利益を受ける場合であり,もう一つ
は,一定の政治的信条を有する人々が,各自が居住する選挙区のいかんにかかわら
ず不利益を受ける場合である。前者の不利益が発生するとすればそれは国の都道府
県に対する交付金や補助金の配分など,計測が容易な事象に関するものである場合
が多いであろうから,(不利益が実際に生じている限り)伝統的な統計学の技法に
よって疑念を立証することができるであろう。後者の不利益は,例えば一定の政治
的信条を有する国民が有権者1人当たりの議員数が多い選挙区に偏在していると仮
定した場合において,当該信条が過度に国政に反映されることの結果として当該信
条にくみしない国民に関して発生するものである。このような不利益に関しても実
証分析の手法を工夫すれば(不利益が実際に生じている限り)不利益疑念の証明は
可能であると思料する。
裁判官林景一の反対意見は次のとおりである。
私は,以下に述べる理由から,多数意見には与し得ず,本件定数配分規定は違憲
であると判断するものである。
1まず,平成29年大法廷判決に付した私の意見について,最大較差がどこま
で許容されるかという基本的論点に関する限り,大きな変更はない。すなわち,私
は,一人一票の原則及び投票価値の平等原則に照らした場合,一の選挙区の有権者
の投票価値が別の選挙区の有権者の投票価値の約3倍に達する状態について,合憲
状態との評価を明言することには「ためらいがある」という表現により違憲状態で
あるという判断を示したものであるが,平成28年選挙と本件選挙とでは,最大較
差については有意な差がないので,本件選挙も違憲状態であると判断する。
ただし,前回は,多数意見も指摘した国会の対応を高く評価して,結論として合
憲という判断に至ったことから,合憲状態との評価を明言することには「ためらい
がある」という控え目な表現を用いたが,以下にみるとおり,今回は,国会の対応
について,そのような評価ができないことから,違憲状態であると言い切ることが
できる。
2多数意見の背景には,参議院の独自性(衆議院との関係で期待されるチェッ
ク機能や半数改選制度等を含む。)や参議院発足当時の最大較差が2.62倍であ
ったこと等を理由として,3倍程度の最大較差をもって,直ちに著しい不平等があ
るとまでいわなくてもよいという考え方があるのかもしれない。しかしながら,私
には,投票価値の平等という民主代表制の根幹に関わる平等について,3倍の較差
を著しい不平等と考えないというのは,常識からの乖離があるとしか思えない。例
えば,国が,金員を支給する目的が全く同一であるにもかかわらず,ある県の住民
への支給額を別の県の住民への支給額の3倍とすれば,たちまちそのような格差は
許容できない不平等であるとの声が上がるであろう。ましてや,民主代表制の根幹
であり,国会の正統性を担保する国政選挙における主権者たる国民の1票の価値と
なればなお更であって,憲法上の特段の理由がない限り,このような不平等が著し
いとはいえないとする判断が世の中に通用しないことは明白である。そして,私の
みる限り,大きな較差の一つの要因となっている各選挙区への偶数定数の配分の点
も,それ自体憲法上の要請とはいえず,他に憲法上の特段の理由は存在しない。こ
のように,1対3は憲法上許容されない著しい不平等なのであるから,早急に是正
されるべきである。
一方,多数意見は,参議院選挙制度の改革は,「事柄の性質上慎重な考慮
を要する」ことに鑑みて,「その実現は漸進的にならざるを得ない面がある」とす
る。確かに,民主主義における重要な意思決定には一定の時間を要することは事実
であり,特に投票価値の不平等状態の解消は,大きな投票価値を享受してきた者の
いわば既得権をなくすということであるから,政治的に困難な問題があることは否
定できない。したがって,その意思決定に向かうプロセス,方向性をも考慮して,
憲法適合性の評価をすることはあり得るところである。
私が,平成28年選挙について,違憲状態と評価しながらも結論において合憲と
いう多数意見に同調したのも,史上初めての合区を含む措置によって,最大較差を
(平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決によって違憲状態と判断され
た)約5倍から約3倍に縮小した国会の努力を高く評価したものであり,また,平
成27年改正法附則において,(本件選挙に向けて)「較差の是正等を考慮しつつ
選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,必ず結論を得るものとす
る」として,国会が更に踏み込んだ較差是正の努力を自らに義務付けたことへの期
待と併せた,いわばプロセスや方向性の総合評価を行ったものである。
平成27年改正法附則については,「検討」をして「結論」を出しさえすれ
ばよいのであって,付随的な意味しかないという見解もあり得るが,私としては,
最高裁は,その点も織り込んだ上で,あえて同附則を高く評価したものと考えてい
る。すなわち,最高裁は,約5倍から約3倍にすることには大きな政治的困難があ
ったところ,国会が,その成果の上に,自ら期限を切って,「較差の更なる是正に
向けての方向性と立法府の決意」を示したことを素直に評価したものである。仮
に,最大較差が約3倍になったことのみをもって事足れりということであれば,こ
の点を殊更評価する必要はなかったのであって,同判決は,更に踏み込んだ較差是
正が必要であるという認識が背景にあったとみるべきである。
すなわち,平成29年大法廷判決は,最大較差を約3倍に縮小したことだけで直
ちに合憲という評価ができるとしたものではなく,較差の更なる是正に向けた努力
を次回の通常選挙までに行うという方向性と国会の決意をも「総合」して合憲と評
価したものである。
しかるところ,多数意見も指摘するように,平成28年選挙以降の国会にお
ける較差是正の努力は,「抜本的な見直し」を検討して結論を出すことを法的義務
として約束し,最高裁がそれを期待した割には内容が乏しいことは明らかである。
確かに,地方を中心として合区への強い反発があるという現実があり,また更な
る合区の対象とするのに適当な選挙区が容易に見当たらない実情もある。多数意見
は,これらを勘案し,現状の合区を維持しつつ埼玉県選挙区の定数を2人増員した
ことをもって,国会が,平成27年改正における較差是正の「方向性を維持するよ
う配慮」したものということができ,「較差の是正を指向する姿勢が失われるに至
ったと断ずることはできない」と評価し,総合的にみれば,違憲の状態が生ずる程
度の著しい不平等状態にあったものとはいえないと結論付けている。
しかしながら,私のみるところでは,今回,国会において,様々な見直し案
について幅広く議論が行われたとはいえるとしても,平成29年大法廷判決の合憲
判断も念頭にあったのか,あるいは合区への反発を考慮したのか,「抜本的な見直
し」による具体的な選択肢に合意するための踏み込んだ検討にまで至った形跡はう
かがえず,その結果が平成30年改正という微々たる成果にとどまったと評価せざ
るを得ない。「抜本的な見直し」というレベルでの検討の成果が較差の是正という
観点においては何もなかったに等しい平成30年改正の結果をもって,最高裁がな
お合憲であると判断することは,平成29年大法廷判決が示した「較差の更なる是
正に向けての方向性と立法府の決意」を含めた総合評価を実質的には放棄して,約
3倍という較差の維持自体を評価することで,この較差をいわば「底値」として容
認し,あとは現状を維持して較差が再び大きく拡大しなければよいというメッセー
ジを送ったものと受け取られかねない。これにより,今後の国会における較差是正
の努力が止まり,3倍もの較差が永続するような結果となることが懸念される。
私はこのような観点から,遺憾ながら,今回は,違憲状態ではあっても結論とし
て合憲という考えには立ち得ないと考えるものである。
4以上により,私は,本件選挙当時の投票価値の不均衡は,最大較差の観点か
ら違憲状態にあり,かつ,その合理的是正期間は経過していると考えられることか
ら,本件定数配分規定は違憲であると判断するものである。そうすると,本来は本
件選挙の無効を宣言すべきところではあるが,その場合に無効の範囲をどのように
考えるかなどの困難な問題があることや,国会の苦慮したあとも考慮して,事情判
決の法理によって,違憲の宣言にとどめるとの立場を採ることとしたい。
裁判官宮崎裕子の反対意見は次のとおりである。
私は,多数意見とは異なり,本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価
値の不均衡は違憲状態にあり,本件定数配分規定は違憲と考える。以下その理由を
述べる。
1判断枠組みについて
昭和58年大法廷判決以降累次の大法廷判決において示されてきた参議院(地方
選出議員又は選挙区選出議員)選挙における定数配分規定の憲法適合性に関する基
本的な判断枠組みについては,異議はない。
2本件定数配分規定が定める選挙制度とその合理性について
制度の基本構造という観点からみると,本件定数配分規定が定める選挙制度
は,(合区導入後の)全選挙区数45の95%以上に当たる43選挙区(これらの
選挙区の選挙人数は本件選挙当時の選挙人総数の97.8%)について,都道府県
を各選挙区の単位とする制度(以下「都道府県単位選挙区制」という。)を維持す
るものであるから,平成27年改正前の選挙制度と基本構造を同じくするものとい
える。平成27年改正以降を含め,昭和22年の最初の参議院地方選出議員の選挙
が行われて以来,都道府県を各選挙区の単位とする理由は,都道府県が地方におけ
る一つのまとまりとして歴史を有する行政等の単位であることから,都道府県を単
位として住民の意思を集約させることに意義を有するものと説明されてきた。
平成24年大法廷判決は,この理由について,都道府県が行政等の単位として政
治的に一つのまとまりを有するという限度では相応の合理性を有していたものの,
都道府県を各選挙区の単位としなければならないという憲法上の要請はなく,むし
ろ,都道府県を各選挙区の単位として固定する結果,その間の人口較差に起因して
投票価値の著しい不平等状態(当時は最大較差5倍前後)が長期にわたって継続し
ていると認められる状況の下では,その仕組み自体を見直すことが必要になる旨判
示し,さらに,参議院についての憲法の定めからすれば許容されるとされた,議員
定数配分を衆議院より長期にわたって固定するとの立法政策も,ほぼ一貫して人口
の都市部への集中が続いてきた状況の下で,数十年間にもわたり投票価値の大きな
較差が継続することを正当化する理由としては十分なものとはいえない旨も判示し
て,同判決の判断対象であった選挙制度の下で行われた選挙に関し違憲状態である
と判断した。平成26年大法廷判決もほぼ同旨の判断をしている。平成24年大法
廷判決及び平成26年大法廷判決の判断対象であった選挙制度は平成27年改正前
のものであり,最大較差は,それぞれ5.00倍,4.77倍であった。なお,全
選挙区を都道府県単位とするという選挙制度の仕組みを維持する限り,各選挙区の
定数を振り替える措置により較差の是正を図ったとしても,較差を4倍以内に抑え
ることには相当の困難があることは,平成24年大法廷判決よりも更に7年遡る平
成17年10月に参議院議長の諮問機関である参議院改革協議会の下に設けられた
選挙制度に係る専門委員会が提出した報告書において既に指摘されていた。
本件選挙は,平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決の判断を受けてな
された平成27年改正による合区制採用後2度目の選挙であり,最初の選挙の最大
較差は3.08倍,2度目である本件選挙の最大較差は3.00倍であった。それ
以前は最大較差4倍を大きく超える5倍前後又はそれ以上の最大較差が続いていた
から,合区の導入は最大較差を3倍程度まで縮小させる効果があったということに
なる。
これまでの当審判決に付された個別意見の中で,十指に余る数の裁判官が,
投票価値の平等という観点からは,2倍以上又は2倍を超える較差は著しく不平等
であるという意見を表明している。これらの意見は,2倍以上又は2倍を超える投
票価値の不平等は,民主主義社会における社会常識に照らして容認できないという
趣旨において共通するものがあると思われ,その趣旨には私も同調する。また,先
進各国における投票価値の平等実現の取組においては,(最大較差よりも偏差が指
標として使用されている例も多いようであるが,それを最大較差に引き直して比べ
ると)2倍を超えるような不平等を起こさないように法制度が作られている例が多
いのも,2倍という数値が,著しい不平等の目安となるものであることが国際的に
も民主主義社会における市民の社会常識として受け入れられていることを示してい
るといえよう。翻ってみるに,本件選挙の最大較差は3.00倍であるから,これ
は,2倍をはるかに上回る著しい不平等である。議会においては1票の差であって
も過半数の賛成票を得れば決議は成立し,1票足りなくても決議は否決されるとい
う極めて厳格な多数決が支配する民主主義のルールの下では,ある選挙区の選挙人
の投票価値に比べて隣の選挙区の選挙人の投票価値が3分の1しかないという状態
は,単に不平等というだけでなく著しい不平等であることは否定できないと考え
る。
本件選挙の最大較差3.00倍という数値がいかに投票価値の著しい不平等
を示すものであるかは,衆議院との比較という視点からも説明できる。
衆議院に小選挙区制が導入された平成6年の衆議院選挙制度改正までは,衆議院
と参議院の選挙制度は異なる方式であった。同年以降の両院の選挙制度は,類似す
る選挙方法を採用するものとなっており,その結果として同質的な選挙制度となっ
ていることは,平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決でも指摘されてい
るとおりであるところ,なかんずく,衆議院小選挙区選出議員選挙と参議院選挙区
選出議員選挙はいずれも基礎となる定数配分を都道府県単位で行うという点がよく
似ており,それがいずれにおいても投票価値の不均衡を生じさせる原因になってい
る。
しかるに,平成24年大法廷判決も平成26年大法廷判決も,参議院議員の選挙
であること自体から,直ちに投票価値の平等の要請が衆議院より後退してよいと解
すべき理由は見いだし難い旨判示している。これらの判決の時点でも,衆議院小選
挙区選出議員選挙における人口較差については,2倍未満という基準が法律に規定
されていたが,その後,平成27年改正と平成30年改正の間の時期に当たる平成
28年5月と平成29年6月の2回にわたってなされた衆議院議員選挙区画定審議
会設置法及び公職選挙法の改正により衆議院小選挙区選出議員選挙において人口較
差2倍未満を実現する時期と方法を具体的に定める法律が成立している。そして,
その後行われた衆議院選挙である平成29年10月の選挙における選挙区間最大較
差は2倍を下回る1.979倍となった。さらに,上記の法改正の結果,令和2年
の国勢調査の結果を踏まえた選挙区割りが施行された暁には,最大較差は更に縮小
することが期待できる。
これを参議院の場合と比較してみると,上記のような類似性があるにもかかわら
ず,衆議院に比べて参議院においては投票価値の平等の要請が長期にわたって継続
して著しく後退していることは明らかである。もちろん,両院の選挙制度が類似し
ているとはいえ全く同じわけではないから,両院で同一の最大較差が実現されなけ
ればならないとまで直ちにはいえないが,衆議院と参議院は共に憲法で定められた
議会であり,いずれの議員も憲法上国民の代表であるという共通の地位を有してい
ることを踏まえ,投票価値の平等が憲法上の要請であり,参議院における投票価値
の平等の要請を衆議院より後退させてよい理由はないという平成24年大法廷判決
の視点からみれば,本件選挙における最大較差3.00倍という数値は,最大較差
2倍未満という衆議院で具体的に達成されつつある数値と比べても著しい不平等と
いえる。
さて,累次の当審判例は,投票価値の平等は,唯一,絶対の基準となるもの
ではなく,国会がその裁量により選挙制度を決定するに当たり正当に考慮すること
ができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきもの
であり,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するも
のである限り,それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められること
になっても,憲法に違反するとはいえないと判示してきた。そこで,この観点か
ら,4県2合区・43都道府県単位選挙区という選挙制度を決定した国会の裁量に
合理性があるかを検討しなければならない。私は,その合理性の有無の判断は,こ
とが国会の裁量によって投票価値の平等という憲法上の要請を著しい不平等を容認
するところまで後退させてもよいかどうかという問題である以上,厳格になされる
べきであると考える。
以上の考え方を前提にして,平成27年改正後の4県2合区・43都道府県単位
選挙区という制度をその裁量によって決定するに当たり国会が都道府県を各選挙区
る理由は,同改正前において都道府県が各選挙区の単位とされていた理由と同じ
く,都道府県を単位として住民の意思を集約させることに意義を有するからという
ものであるが,国会としては,平成24年大法廷判決においても指摘されていたと
おり都道府県を選挙区の単位とすることは憲法上の要請ではないことを認識した上
で,合区の対象となった4県においては県という行政単位を民意集約の単位としな
くても選挙制度として成り立つと判断したことからすると,他の43都道府県も行
政単位であるという点では何も変わらない以上,全体として,都道府県単位での民
意集約の意義ないし必要性は,それほど強いものではなく,他の単位(平成27年
改正では合区がこれに当たるが,それに限られるものではない。)での民意集約で
代替可能であることを国会自身も否定していないと考える方が理にかなっている。
そして,より重要なのは,4県2合区・43都道府県単位選挙区という制度は,9
5%以上の選挙区において都道府県を各選挙区の単位として固定するものであると
いう点で平成24年大法廷判決の判断対象とされた選挙制度と基本構造を同じくす
るがゆえに,同判決が指摘した意味での都道府県間の人口較差に起因した投票価値
の著しい不平等状態を潜在的には長期にわたって継続して生じさせるメカニズムを
内包するものであり,現に同制度の下で行われた2回の選挙では連続して最大較差
3倍以上という投票価値の著しい不平等状態が生じたという事実である。平成24
年大法廷判決を踏まえ,かつ,最大較差3倍は投票価値の著しい不平等であると考
える私の立場を前提としてこれらの事実をみる限り,都道府県を単位として住民の
意思を集約させることに意義を有するという上記理由には,投票価値の著しい不平
等を正当化するほどの合理性がないことは明らかであるといえる。
もちろん,何十年も続けられてきた従前の選挙制度を前提として作られてきた選
挙のための手続,組織,人的関係などを,制度の抜本的変更に伴って実務的,政治
的な意味で作り変えることには困難が伴うであろう。しかし,その困難は制度の抜
本的変更に必然的に伴う負担ではあるものの,国会の裁量の合理性の有無の判断,
すなわち本件定数配分規定が違憲であるか否かの判断の理由にはなり得ない。結
局,都道府県単位での民意集約が全都道府県で行われているわけでもなく,行われ
ているところではそれなりの意義はあるというだけでは,4県2合区・43都道府
県単位選挙区という仕組みを決定した国会の裁量に投票価値の平等に係る憲法上の
要請を著しい不平等を容認するところまで後退させることを正当化するほどの合理
性があるとはいえないと考える。
また,参議院については,3年ごとの半数改選という憲法上の要請による制約が
あるために,各選挙区の定数を偶数にしなければならず,最大較差が大きくなると
いわれるが,その憲法上の要請があるというだけで最大較差3倍という投票価値の
著しい不平等が生ずるわけではない。むしろ,投票価値の著しい不平等を長期にわ
たって生じさせてきた要因は,都道府県を各選挙区の単位として固定してきたこと
にあったことは,平成24年大法廷判決が指摘するとおりであり,その点を抜本的
に改めることによって,上記の憲法上の要請による制約が投票価値の平等の要請を
大きく後退させる要因にならないように制度設計することが可能となることは,累
次の当審判例に付された複数の個別意見や本判決に付された他の裁判官の個別意見
において指摘されているとおりである。よって,3年ごとの半数改選という憲法上
の要請も,3倍という較差を生じさせていることとの関係で,国会の裁量の合理性
を基礎付けるものとはいえない。
以上の理由から,私は,本件選挙当時,選挙区間における投票価値の不均衡は,
違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたと考える。
3平成30年改正の評価について
これに対し,多数意見は,平成30年改正が,選挙区選出議員の定数を2人増員
し,これを平成28年選挙で最も議員1人当たりの選挙人数が多かった埼玉県に配
分した結果,最大較差が僅かではあるが是正されたことをもって,平成27年改正
における方向性を維持するよう配慮したものであるとして,平成30年改正を合憲
状態との結論を導く事情として積極的に評価しているが,私は次の理由でその評価
には賛成できない。
平成30年改正における選挙制度は,平成27年改正により作られた4県2合区
・43都道府県単位選挙区制であるところ,確かに,平成27年改正による合区の
採用は,都道府県よりは広い地域(合区)を単位とする選挙区を作る方向への第1
歩を踏み出したと捉え得るものであったことは否定できない。他方で,平成27年
改正後の選挙制度は,都道府県単位選挙区制であるという点で同改正前の選挙制度
の基本構造と同じであり,その基本構造が95%以上の選挙区(97.8%の選挙
人)について維持されていることに注目すると,従前の選挙制度の下では,選挙区
間の定数の入れ替えのみによっては最大較差を4倍以内に縮小させることはできな
いという制約がある中で,基本構造を維持しつつ最大較差を縮小させなければなら
ないという要求に対し,人口最少選挙区のサイズを大きくして最大較差を3倍まで
縮小させるための方策として,あえて人口最少県に対象を絞って合区とするという
4県2合区制が採用されたものであるという捉え方もでき,その場合には,この合
区の採用は,都道府県単位選挙区制の抜本的な見直しを指向するものとはいい難い
と評価することもできるのである。このような見方に立てば,そもそも平成27年
改正法の方向性が維持されたというのみでは,平成24年大法廷判決が要請してい
た抜本的な見直しがされたことにはならない。
次に,平成30年改正の内容及び経緯等をみても,同改正では,選挙区選出議員
については,①4県2合区・43都道府県単位選挙区制という平成27年改正によ
って作られた制度を維持し,②選挙区選出議員の定員を2人増やしてそれを埼玉県
に配分するという改正が行われたのであるが,①は,都道府県単位選挙区制という
基本構造にメスを入れることなく平成27年改正前の選挙制度と基本構造が同じ選
挙制度を維持したということであり,②は,手法としては,選挙区間の定数の入れ
替えのみでは最大較差を縮小させることができないことから,平成28年選挙にお
いて最大較差3.08倍を記録した埼玉県の定数だけを増員して最大較差を手っ取
り早く3倍未満に近付くように縮小させる,という最大較差縮小のための弥縫策と
いう印象を免れない。①及び②のほかに,比例代表選出議員の定員を4人増員し,
いわゆる特定枠を設けるという改正もなされたが,これは都道府県単位選挙区制と
いう基本構造の見直し,変更につながるものとはいえない。更にいえば,合区をめ
ぐっては否定的な議論が噴出していたこと,合区を増やしていくという選択肢は全
く議論の対象にされなかったこともうかがわれることからすると,今後合区という
方法を拡大していくという方向のコンセンサスを目指す兆候は,平成30年改正を
めぐる国会の議論からは全くうかがわれない。
このように,平成30年改正には,平成24年大法廷判決が要請していた抜本的
な制度の見直しがなされた,あるいはなされつつあることを示す要素を見いだすこ
とができない。もし,最大較差3倍程度から徐々にではあっても最大較差を限りな
く1に近付けていける潜在的な可能性を少しでも示唆する内容の改正がされたので
あれば,私としても,そこに一縷の望みをかけて,平成27年改正は抜本的な見直
しへの足がかりを作ったものであり,平成30年改正は平成24年大法廷判決が指
摘した問題の解消へ向けて更に一歩を進めた改正であると評価することもできたか
もしれないとは思う。しかしながら,現実には,平成30年改正の内容は,都道府
県単位選挙区制という基本構造を変更せずに,最大較差を3倍未満に押さえ込むこ
と(改正時の試算では,2.99倍であったが,実際には3倍未満にはならなかっ
た。)だけを意図した改正であったという評価に親和的といわざるを得ず,平成3
0年改正後本件選挙までの期間に目を向けてみても,この評価を変更すべき事情を
見いだすことはできない。最大較差3.00倍は,確かに平成28年選挙よりは
0.08縮小しているが,最大較差3倍は投票価値の著しい不平等であるという私
の立場からすると,この程度の較差縮小では,平成30年改正が平成27年改正で
積み残された抜本的な見直しの方向性を維持したものと評価することはできない。
ここで目を転じて,「次回の通常選挙」(本件選挙のことを指している。)に向
けて,選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き「検討」し,必ず「結論」を得
る旨を定めて国会が自らに課した平成27年改正法附則7条に定めた義務を国会が
履行したかを検証すると,国会において「検討」がなされたことは確かに認められ
る。そして,平成30年改正は,そのタイミングに照らして,上記附則にいう「検
討」の結果得られた「結論」であったと考えるのが自然であるから,その意味では
上記附則の義務は履行されたということになる。しかし,「結論」である平成30
年改正は,平成24年大法廷判決が要請していた都道府県単位選挙区制の抜本的な
見直しの成果とはいえず,基本的に,その制度の基本構造を維持し,継続するもの
であって,同判決の要請に応える内容とはいい難いことは既に述べたとおりであ
る。国会は「検討」して「結論」を得たとはいえても,国会が出した「結論」は,
平成24年大法廷判決が指摘した制度の構造の抜本的な見直しに本格的には手を着
けずに問題を先送りするというものであったと評価するほかない。
以上のとおり,私は,平成30年改正の評価について,較差の是正を指向する姿
勢が失われていないとした多数意見とは意見を異にしており,平成30年改正をも
ってしても,上記2の結論は左右されない。
4平成24年大法廷判決が指摘した制度の構造問題の継続性と国会の裁量権の
限界について
平成27年改正後の選挙制度は同改正前のそれと基本構造を同じくするもの
であるところ,既に行われた2回の選挙では連続して最大較差3倍以上という著し
い不平等が生じている。しかも,投票価値の不平等は,最も議員1人当たり選挙人
数の多い選挙区においてだけ生ずるものではなく,相対的に人口の多い選挙区(例
えば,人口500万人以上の9都道府県に係る選挙区)においては,較差が最大較
差に近いところに張り付く傾向が顕著に認められ,投票価値の著しい不平等状態が
長期にわたって継続的に生じている。この現象は,平成27年改正前後を通じて変
わっていない。この状態を総合的に観察するならば,平成30年改正により,国会
は,数十年にわたって合理的な理由なく著しい不平等状態を生じさせていたメカニ
ズムを継続させ,合理的な理由なく,違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい
不平等状態(違憲状態)を継続的に生じさせるという結果を生み出したものと評価
すべきである。
これは,国会が,平成30年改正の機会に,数十年前から継続していた投票価値
の不平等の継続を断ち切る方向を示すことなく法改正を行うことで問題を先送りし
たことによって,その不平等を更に継続させたということにほかならない。このよ
うに考えてくると,数十年にわたる投票価値の著しい不平等をこれ以上長引かせて
よいという結論を出すことは困難であるし,衆議院における投票価値の平等の要請
に応える措置が既に法制化されていることとの均衡という観点からも,一刻も早く
あるべき姿にして選挙を行えるようにすることの必要性は極めて高いといわざるを
得ない。なぜならば,都道府県の人口分布の現状と傾向を前提にすると,都道府県
を各選挙区の単位として固定することは,投票価値の平等に,短期的・一回的にで
はなく,長く,確実に悪影響を及ぼし,取り分け人口の多い選挙区の選挙人の権利
を奪い続けることになるが,その奪われた権利を後になってから補填すること(行
使させること)は不可能だからである。
そして,平成24年大法廷判決は,国会が投票価値の著しい不平等状態(違
憲状態)を解消すべき義務を負っていることを明確に指摘したものである上,同判
決の前に言い渡された平成21年大法廷判決においても,平成24年大法廷判決と
同じ問題の指摘と国会に検討を促す判示がなされていた。更に遡ると,都道府県単
位選挙区制を維持する限り最大較差の縮小には限界があることは,前述の平成17
年の専門委員会の報告書で明確に指摘されていたのであるから,従前と同じ基本構
造の選挙制度を維持する限り最大較差を大きく縮小することには限界があること,
4県2合区の導入により最少人口選挙区のサイズを若干大きくする程度の弥縫策で
はその問題は根本的には解消しないことは,同報告書の内容から国会も国会議員も
十分に予測できていたといえる。これらのことから,国会は,遅くとも平成24年
大法廷判決により,本件選挙までに何をすべきかをその間十分に認識できていたと
いってよく,そうであるからこそ,国会は平成27年改正法附則7条において自ら
に検討義務を課したものと考えられる。
そうすると,国会が,平成24年大法廷判決の言渡しから約7年後である本件選
挙までの間に,数十年にわたって継続してきた違憲状態を是正する法改正をせず違
憲状態を継続させたことは,参議院の選挙制度に係る国会の裁量権の限界を超える
ものとの評価を免れないものと考える。
これに対し,平成27年改正による合区の採用によって最大較差4倍を超え
ることはなくなった(あるいは平成24年大法廷判決で指摘されていた最大較差5
倍前後という著しい不平等が生ずることはなくなった)から,一旦そこで平成24
年大法廷判決が指摘していた投票価値の著しい不平等状態は解消しており,平成2
7年改正後の選挙制度については,4県2合区・43都道府県単位選挙区制の下で
改めて数十年とはいわないまでもある程度の長期にわたって最大較差3倍程度が継
続するかどうかを見極めなければ国会の裁量権の限界を超えたと判断することはで
きないとの考え方もあり得るのかもしれない。しかし,その考え方には同意できな
い。
なぜならば,上記3で述べた平成30年改正に対する私の評価を前提とし,か
つ,最大較差3倍は投票価値の著しい不平等であって,国会が本件定数配分規定に
係る選挙制度を定めたことにつき投票価値の平等に係る憲法上の要請を最大較差3
倍まで後退させることを正当化する合理的な理由は認められないという上記2で述
べた私の考え方に立つと,平成27年改正の前に生じていた最大較差5倍前後が同
改正後に3倍程度に縮小しているとしても,いずれの時点でも都道府県単位での民
意集約の理由には合理性がない(同改正前は,平成24年大法廷判決が判示した理
著しい不平等状態が合理的な理由なく継続していることに変わりはないと評価せざ
るを得ないからである。
なお,平成29年大法廷判決において平成28年選挙について合憲判断がな
されたことが,平成24年大法廷判決で指摘された問題に関する国会の「検討」の
正当な中断事由になるといえるかという問題があるかもしれない。しかし,平成2
9年大法廷判決は,平成24年大法廷判決で指摘された問題が平成27年改正によ
って解決されたと認められるという趣旨の合憲判断をしたわけでも,最大較差3倍
程度でさえあれば投票価値の不均衡について違憲の問題はないという判断をしたわ
けでもなく,国会に対して,本件選挙までに,更に議論を尽くして都道府県単位選
挙区制の抜本的な見直しを継続することを期待するという趣旨のものであったこと
は判決文から優に読み取れるというべきであるから,平成29年大法廷判決の存在
は,正当な検討中断事由になるとはいえないと考える。
5結語
以上の理由から,私は,本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の
不均衡は,依然として投票価値の平等に係る憲法上の要請が有する重要性に照らし
て到底看過することができないと認められる程度の数十年前から続く著しい不平等
状態を脱しているとはいえないにもかかわらず,国会が,合理的な理由なく,平成
30年改正において都道府県単位選挙区制を,選挙区数にして95%以上に当たる
43選挙区(選挙人総数の97.8%に当たる選挙人)について維持し,問題を先
送りして,投票価値の著しい不平等を更に長く継続させたことは,国会の裁量権の
行使として許される限界を超えているという評価を免れず,本件定数配分規定は全
体として憲法14条1項に違反するに至っていたと考える。
ただし,現時点においては,選挙制度については最終的には国会の議決による法
改正を要するという憲法の仕組みを尊重し,本件選挙を無効とするのではなく,い
わゆる事情判決の法理により,選挙を無効とする旨の判決を求める請求を棄却する
とともに,判決主文において上記選挙の違法を宣言するにとどめることを相当と考
える。
最後に付言すると,都道府県という単位が行政単位として有用であることには全
く異議はないが,社会における様々な変化や人々の価値観の多様化は,都道府県単
位で起きているわけではなく,行政区画の境界を意識することもなく広がってい
る。この現象はインターネットの普及によってますます加速している。国として多
角的な視点から厚みをもって民意を集約する必要性は従前にまして高まっているこ
とは誰にも否定できない。国会においては,議員としての立場からだけではなく,
選挙権を行使する国民の立場にも立って,より高次の視点から投票価値の平等に係
る憲法上の要請に十分に応えるよう,選挙制度の抜本的な見直しを速やかに行うこ
とを強く望みたい。
裁判官宇賀克也の反対意見は次のとおりである。
私は,多数意見とは異なり,本件定数配分規定は遺憾ながら違憲であるといわざ
るを得ないと考える。その理由は,以下のとおりである。
1国民主権の基礎としての選挙権
憲法は,選挙権の内容の平等,すなわち,議員の選出における各選挙人の投票の
有する影響力の平等を要求していることはいうまでもない。しかも,この平等の要
請は,極めて強い要請であって,資格制度のように能力に応じた異なる取扱いが正
当化されるのとは異なり,政治に関する知識や社会経験等を問わず,一定の年齢に
達していれば,1人1票を等しく保障しなければならない。これは,選挙権の平等
が,国民主権,民主主義の根幹を成すものであるからである。したがって,投票価
値の平等の問題は厳格な司法審査に服さなければならず,選挙権平等原則からの逸
脱は真にやむを得ない場合でなければ認められないと考える。もし居住する場所に
よって1票の価値が異なれば,実質的に居住する場所による複数選挙を認めること
になる。それは,憲法14条1項の平等原則に違反すると同時に,平等性を内包し
た選挙権の侵害という憲法15条1項違反の問題を生ぜしめる。
2国会の立法裁量
確かに,国会は,参議院について,定数を何名にするか,全国単位の選挙と選挙
区選挙のいずれを採用するか,あるいは双方を組み合わせるか,組み合わせる場合
に双方の定数をどのように配分するか,全国単位の選挙を比例代表制にするか否
か,選挙区をどのような単位にするかなどについて,立法裁量を有する。国会はそ
の立法裁量を行使して,二院制の意義を発揮できるように,衆議院とは異なる選挙
制度を参議院について設けることが可能である。その意味で国会に広範な裁量権が
あるという言い方ができるかもしれない。しかし,国会が有するこの立法裁量は,
憲法の枠内で与えられているものであるから,1票の価値をできる限り等しくする
ようにするための最大限の努力を前提にした上での裁量であって,1票の価値の平
等は,他の諸要素と総合考慮される際の一つの考慮要素にとどまるものではなく,
最優先の考慮事項として立法裁量を制約するものと考えられる。
3国会の説明責任
選挙権が国民主権の基礎になる極めて重要な権利であることに照らせば,国会
は,1票の価値の較差がない状態をデフォルトとして制度設計しなければならず,
技術的・時間的制約から,1票の価値に不均衡が生ずるやむを得ない事情があるの
であれば,国会がそのことについて説明責任を負い,合理的な説明がされない場合
には,違憲状態にあるといわざるを得ないと考える。
それでは,本件選挙が平成30年改正法に基づいて行われたことに関し,1票の
価値になおかなり大きな較差があることに係るやむを得ない事情の存在について,
国会により説明責任が果たされているかであるが,実質的に1人が3票持つ場合が
生ずる選挙権の価値の不平等を正当化する根拠を示し得ていないといわざるを得な
いと思われる。合区が政治的に困難なことは理解できるが,政治的困難さがあるか
ら,憲法の定める選挙権の平等が犠牲にされてよいことにはならないし,後述する
ように,合区以外の方法によって選挙権の平等に向けた改善を実現する方法も存在
し,現行の選挙区を維持したまま,選挙権の平等に向けた改善を実現することすら
可能であると考えられるからである。
4参議院議員選挙制度における1票の価値の不均衡を衆議院議員選挙制度にお
けるそれより緩やかに認める根拠の不存在
確かに,憲法は,二院制の下で,一定の事項について衆議院の優越を認める反
面,参議院議員については任期を衆議院議員よりも長くし,かつ,参議院について
は解散がないので,参議院においては,衆議院よりも安定的・長期的な基盤の下で
の審議が可能になっている。しかし,このことは,1票の価値の均衡の問題と直接
に関わるものではない。実質的に考えても,いわゆる「ねじれ国会」となり,衆議
院で可決された法律案を参議院が否決した場合,衆議院が出席議員の3分の2以上
の多数で再び可決できなければ,法律案を成立させることは不可能になるから,参
議院の権能は大きい。したがって,衆参両院の上記のような制度の相違が,参議院
議員選挙における1票の価値の不均衡を衆議院議員選挙におけるそれよりも大きく
することの正当化根拠にはならないと思われる。
また,参議院議員は3年ごとにその半数について選挙を行うことも憲法で定めら
れているが,これも,選挙区を設けた場合,必ず各選挙区に偶数の議員定数を配分
することを義務付けるものとはいえない。例えば,現在,全国単位で行われている
比例代表選挙に参議院議員の総定数の半数,選挙区選挙に残りの半数をそれぞれ配
分し,ある選挙の年には比例代表選挙のみを行い,その3年後には選挙区選挙のみ
を行うことにより,参議院議員の総定数の半数が3年ごとに改選されるようにすれ
ば,憲法の要請を充たすと解されるので,選挙区の議員定数配分を必ず偶数にする
必要はないと考えられる。
そして,選挙区の議員定数を奇数にすることにより1人区を設け,1人区の選挙
区選挙の機会を6年に1回とし,複数区では3年に1回,選挙区選挙を行うような
制度設計をしたと仮定すると,1人区では選挙区選挙の機会が複数区のそれに比し
て少なくなるが,これは人口比例選挙の結果であり,憲法に反するものとはいえな
いであろう。
上記のように,参議院についての半数改選制も,参議院議員選挙制度における1
票の価値の不均衡を衆議院議員選挙制度におけるそれより緩やかに認める根拠には
ならないと思われる。そして,上述の奇数選挙区の導入は,現行の選挙区割りの下
でも可能である。
以上述べてきたように,参議院議員選挙制度については,二院制の意義に照ら
し,衆議院と異なる選挙制度を構築する立法裁量を国会が有するとはいえ,参議院
では衆議院よりも投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき憲法上の根拠は
見いだし難いと思われる。
5地域代表の必要性を理由とする投票価値の不均衡の正当化の困難性
現行の参議院の選挙区は,一部で合区が行われたとはいえ,基本的には,都道府
県を単位とするものになっている。確かに,我が国において都道府県が歴史的に重
要な地域であり,政治的・社会的に住民の帰属意識があることは疑いない。しか
し,昭和22年に参議院に都道府県を単位とする選挙区制度が導入されたのは,都
道府県代表を選出する趣旨ではなく,当時,交通手段も情報通信手段も,今日と比
較すれば格段に遅れていた状況の下で,地域の実情に精通した議員を確保する手段
として,都道府県を単位とする選挙区が適切であると判断されたことによる。交通
手段も情報通信手段も飛躍的に発展した今日においては,国会が地域の実情を調査
することははるかに容易になっており,都道府県単位の選挙区を維持する必要性
は,実際上も希薄になっているといえる。そして,憲法において,都道府県代表を
重視する根拠を見いだすことは困難であると思われる。
そもそも,憲法には,地方公共団体という文言は用いられているものの,都道府
県や市町村という文言は用いられておらず,普通地方公共団体を都道府県と市町村
とするということは,地方自治法のレベルで定められているにすぎない。そうであ
るからこそ,今日では一般に,都道府県を廃止して道州制を導入することが現行憲
法上も可能であると解され,内閣府の地方制度調査会においても道州制促進に向け
た答申が行われたことがある。
このように,参議院において都道府県代表を重視する根拠を憲法上見いだせない
のみならず,より一般的に地域代表的性格を参議院に持たせるために1票の価値の
不均衡を正当化することも,憲法上は困難ではないかと考える。すなわち,憲法4
3条1項は,「両議院は,全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と
定めており,衆議院議員のみならず参議院議員も,地域の代表ではなく全国民を代
表するものでなければならない。この規定は,国会議員が,一たび選挙で選ばれた
以上,地域の代表としてではなく全国民の代表として行動すべきであるとする行為
規範を示すのみならず,最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日
大法廷判決・民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)
が判示するように,選挙制度の設計に当たっても,全部又は一部の議員に地域代表
的性格を付与するために1票の価値の均衡を犠牲にすることを許容しないことをも
意味していると考えられる。同判決は,衆議院の1人別枠方式に関するものである
が,「地域性に係る問題のために,殊更にある地域(都道府県)の選挙人と他の地
域(都道府県)の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があ
るとはいい難い」という判示は,参議院の選挙区選挙にも妥当すると考えられる。
都道府県を選挙区とすることにより,過疎地域の代表者の声を国政に届きやすくす
べきであるという被告の主張については,確かに,過疎対策は国政の重要課題であ
り,人口が少ないからといって,過疎地域を軽視してよいわけではないという点で
は首肯できる。しかし,平成23年大法廷判決が「議員は,いずれの地域の選挙区
から選出されたかを問わず,全国民を代表して国政に関与することが要請されるの
であり,相対的に人口の少ない地域に対する配慮はそのような活動の中で全国的な
視野から法律の制定等に当たって考慮されるべき事柄」であると判示しているよう
に,過疎対策が重要であることは,過疎地域における投票価値を高める理由にはな
らないと思われる。また,世の中には様々なマイノリティが存在し,そのようなマ
イノリティの声を国政に届きやすくすることは重要であっても,そのためにそれら
の者の1票の価値を高めることが認められない以上,過疎地域の声が国政に届きや
すくすることは国政の重要課題であるとはいえ,そのために過疎地域の住民の1票
の価値を上乗せすることの正当化は困難であると思われる。
もっとも,平成29年大法廷判決が判示しているように,政治的に一つのまとま
りを有する単位である都道府県の意義や実体等を一つの要素として考慮すること自
体は,私も否定するものではない。しかし,それは飽くまで投票価値の平等の要請
と両立可能であるという条件の下においてであって,投票価値の平等の要請を損な
ってまで都道府県代表の要請を重視することはできないと考える。
6違憲状態にあること
以上の理由から,私は,本件定数配分規定については,なお看過し難い投票価値
の不平等があり,かつ,それがやむを得ないものであることについての合理的な説
明が国会によってなされていない以上,遺憾ながら違憲状態にあったといわざるを
得ないと考える。なお,本件定数配分規定が違憲状態にあったと判断することは,
国会の立法裁量を否定し,特定の選択肢の採用を国会に迫るものではないことを念
のため付言しておきたい。選挙区選挙は憲法上の要請ではないので議員総定数全部
を全国区の比例代表選挙により選出する制度とすることも可能であるし,選挙区選
挙を維持する場合であっても,選挙区をブロック制にすること,合区を増加させる
こと,選挙区選出議員総定数を増加させ1票の価値が小さい選挙区の議員定数を増
加させること(参議院議員総定数を増加させる方法のほか,比例代表選出議員総定
数を減少させ,その分を選挙区選出議員総定数に振り替える方法もある。),1人
区を設けること等のほか,以上の方法を適宜組み合わせることも可能であり,憲法
の要請する投票価値の平等の実現に向けて,国会が立法裁量を行使できる範囲は,
決して狭くないと考える。
7違憲状態を是正するための合理的期間を経過していること
私は,合理的期間の経過の有無は,国家賠償請求訴訟における過失の有無の判断
においては問題にならざるを得ないが,選挙無効訴訟においては,違憲状態にあれ
ば,合理的期間の経過の有無を問わず,違憲と判断してよいのではないかという疑
問を抱いている。しかし,以下においては,この点をおき,当審の確立した判断枠
組みである合理的期間論によっても,本件では違憲と考える理由を述べることとす
る。
当審は,既に最高裁平成20年(行ツ)第209号同21年9月30日大法廷判
決・民集63巻7号1520頁において,既存の選挙制度の仕組みを維持する限
り,最大較差の大幅な縮小を図ることは困難であり,この仕組み自体の見直しが必
要になることは否定できない旨を指摘して,国民の意思を適正に反映する選挙制度
が民主政治の基盤であり,投票価値の平等が憲法上の要請であることに鑑みると,
国会において,速やかに,投票価値の平等の重要性を十分に踏まえて,適切な検討
が行われることが望まれると判示していた。また,当審は,平成24年大法廷判決
において,投票価値の不均衡が違憲状態にあることを認め,かつ,都道府県を単位
とする選挙制度自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに
違憲の問題が生ずる不平等状態を解消する必要がある旨を判示していた。他方にお
いて,平成29年大法廷判決は,平成27年改正法に基づいて行われた平成28年
選挙が依拠した定数配分規定について,違憲状態にないと判示した。これらの関係
をどのように理解すべきかが問題になる。
私は,平成29年大法廷判決の結論にかかわらず,平成27年改正により選挙区
間の投票価値の最大較差が約3倍まで縮小したことのみをもって違憲状態が解消さ
れたわけではないことを,国会は認識可能であったと考える。なぜならば,平成2
9年大法廷判決は,選挙区間の投票価値の最大較差が約3倍まで縮小したことのみ
ならず,平成27年改正法附則が,次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見
直しについて引き続き検討を行い必ず結論を得る旨を定めており,これによって,
今後における投票価値の較差の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が示さ
れたこと等をも指摘した上で,同附則の規定も総合考慮して,違憲状態にないと判
示しているからである(なお,前記1ないし6からも明らかなとおり,私自身は,
定数配分規定の合憲性を判断するに当たり,立法府の将来に向けた努力の決意を考
慮要素とする立場にくみするものではない。)。この平成27年改正法附則は,当
時,国会自身も,平成27年改正のみでは,憲法による投票価値の平等の要請に完
全に応えるにはなお不十分であると認識していたことを示しており,最高裁として
も同様に考えつつ,ただ,上記のような国会の決意表明を重要な考慮要素として勘
案して,違憲状態にないと判示したものとみるべきであると思われる。
それでは,実際に行われた平成30年改正はどうであったかというと,比例代表
選出議員における特定枠制度の導入は,既存の合区を維持することへの不満に対応
するという意味を持つものであり,1票の価値の不均衡の縮小を図るものではな
く,投票価値の平等の実現に向けて国会が行ったのは,埼玉県選挙区の定数を2名
増員することのみである。これによる不均衡の縮小はごく僅かにとどまる以上,平
成30年改正によっては,平成27年改正法附則の「選挙制度の抜本的な見直し」
が実現していないことは,国会も認識できたはずである。
以上の事情によれば,国会は,遅くとも平成24年大法廷判決の時点から,参議
院議員選挙における投票価値の最大較差を大幅に縮小しなければ違憲状態を解消で
きないことを認識できたはずであるし,上記のような事情に照らせば,平成29年
大法廷判決も,その認識を改めることを正当化する理由にはならないと考える。
参議院発足以来定着している選挙制度を抜本的に改正することが政治的に相当に
困難なこと,国会も拱手傍観していたわけではなく,平成28年選挙後も,参議院
改革協議会の下に選挙制度に関する専門委員会を設置して熱心に議論をしてきたこ
とは認められるが,結局,平成27年改正法附則で国会が自らに対して課した次回
の通常選挙に向けての選挙制度の抜本的な見直しが実現しなかったことにも鑑みる
と,既に合理的期間は経過しているというほかなく,本件定数配分規定は,遺憾な
がら違憲であるといわざるを得ないと考える。
8本件選挙の効力
本件定数配分規定を違憲と判断する以上,憲法98条1項に照らして,本件定数
配分規定に基づいて行われた本件選挙を無効とするのが原則ということになる。し
かし,私は,公職選挙法204条の規定に基づく1票の価値の不均衡訴訟は,本
来,同条が予定した訴訟でないにもかかわらず,参政権という国民主権の基本を成
す権利について司法救済の道がないことは不合理であることから,同条の規定を形
式的に利用して,実質的には,判例法として特別の憲法訴訟を創出したものである
と考えている。したがって,判決の在り方についても,一般の場合と異なり,司法
府と立法府との役割分担を踏まえて,柔軟に判断することが例外的に許容されると
考える。
無効判決を出しても,国政の混乱が生じないような対応を可能とする解釈はあり
得るし,既に当審の個別意見においても,幾つかの案が提示されている。もっと
も,現時点では,どの範囲の議員がその地位を失うのか等について,様々な議論が
されてはいるものの,この点について,なお学界においても,議論の蓄積が十分と
は必ずしもいえない。このような中で,違憲宣言にとどめず無効であることまで判
示して,後は国会での対応に委ねるという判決を行うことはなお時期尚早であり,
現時点では違憲を宣言する判決にとどめて,国会の対応を期待し,もはやそのよう
な判決では実効性がないことが明確になれば,無効判決への対応の仕方も示して無
効判決を出すという過程を経ることが適切であると考える。
(裁判長裁判官大谷直人裁判官池上政幸裁判官小池裕裁判官
木澤克之裁判官菅野博之裁判官山口厚裁判官戸倉三郎裁判官
林景一裁判官宮崎裕子裁判官深山卓也裁判官三浦守裁判官
草野耕一裁判官宇賀克也裁判官林道晴裁判官岡村和美)
(別紙1)
1東京高等裁判所令和元年(行ケ)第27号選挙無効請求事件について同裁判所
が令和元年10月30日に言い渡した判決
2広島高等裁判所松江支部令和元年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について同
裁判所が令和元年11月6日に言い渡した判決
3福岡高等裁判所那覇支部令和元年(行ケ)第3号選挙無効請求事件について同
裁判所が令和元年11月13日に言い渡した判決
4名古屋高等裁判所金沢支部令和元年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について
同裁判所が令和元年10月29日に言い渡した判決
5福岡高等裁判所令和元年(行ケ)第2号選挙無効請求事件について同裁判所が
令和元年11月8日に言い渡した判決
6仙台高等裁判所秋田支部令和元年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について同
裁判所が令和元年10月25日に言い渡した判決
7広島高等裁判所令和元年(行ケ)第2号選挙無効請求事件について同裁判所が
令和元年11月13日に言い渡した判決
8広島高等裁判所岡山支部令和元年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について同
裁判所が令和元年10月31日に言い渡した判決
9名古屋高等裁判所令和元年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について同裁判所
が令和元年11月7日に言い渡した判決
10大阪高等裁判所令和元年(行ケ)第4号選挙無効請求事件について同裁判所が
令和元年10月29日に言い渡した判決
11福岡高等裁判所宮崎支部令和元年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について同
裁判所が令和元年10月30日に言い渡した判決
12仙台高等裁判所令和元年(行ケ)第3号選挙無効請求事件,同年(行ケ)第4
号選挙無効請求事件について同裁判所が令和元年11月5日に言い渡した判決
(別紙2)
東京都選挙区,茨城県選挙区,栃木県選挙区,群馬県選挙区,埼玉県選挙区,千葉
県選挙区,神奈川県選挙区,新潟県選挙区,山梨県選挙区,長野県選挙区,静岡県
選挙区,鳥取県及び島根県参議院合同選挙区,沖縄県選挙区,富山県選挙区,石川
県選挙区,福井県選挙区,福岡県選挙区,佐賀県選挙区,長崎県選挙区,熊本県選
挙区,大分県選挙区,秋田県選挙区,広島県選挙区,山口県選挙区,岡山県選挙
区,愛知県選挙区,岐阜県選挙区,三重県選挙区,滋賀県選挙区,京都府選挙区,
大阪府選挙区,兵庫県選挙区,奈良県選挙区,和歌山県選挙区,宮崎県選挙区,鹿
児島県選挙区,宮城県選挙区,青森県選挙区,岩手県選挙区,福島県選挙区及び山
形県選挙区

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◎業務に関する質問等可能
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