弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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(主文)
被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中50日をその刑に算入する。
(罪となるべき事実)
被告人は青森県上北郡a町b丁目c番地d木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建家屋床,(
面積合計129.17平方メートル)に実母及び実弟とともに居住していたもので
あるが,自己の借金の返済に困窮し,実母所有の同家屋について競売による売却手
続が開始されたことに対して何もできない自分がふがいなく,情けなく思い,同家
,,屋に放火して自殺することを決意し平成17年11月28日午後9時20分ころ
同家屋1階6畳間のFF式ストーブの給油用のコックからゴムホースを外し,コッ
ク及びゴムホースから流れ出た灯油を同室内の絨毯に撒いた上,簡易ライターで絨
毯及び同室内のベッド上から垂らしていたバスタオルに点火して火を放ち,その火
を柱,天井等に燃え移らせ,よって,上記実母らが現に住居に使用する同家屋1階
の被告人の居室,玄関,廊下,便所及び脱衣所等約21.06平方メートルを焼損
したものである。
(弁護人の主張に対する判断)
1弁護人は,被告人が,本件犯行当時,焼酎の水割りを8杯から10杯飲んでい
るが,その飲酒量は被告人の適量を大幅に超えていること,犯行前後の広範囲の
記憶が欠落していること,普段利用していないFF式ストーブへ灯油を給油する
コックからホースを抜いて灯油を撒くという不自然な犯行態様をとっているこ
と,自己の借金のために実家が競売されるとの自責の念から精神的に不安定な状
況にあったことから,心神耗弱状態にあった旨主張するので,この点について判
断する。
2確かに,被告人の普段の飲酒量は,概ね,焼酎水割りで四,五杯程度であると
ころ,本件犯行当日,午後6時30分ころから,稼働先の事務所で焼酎の水割り
を四,五杯程度飲み,その後帰宅してからも,自室でさらに焼酎の水割りを四,
五杯飲んだことが窺える。
3しかしながら,関係各証拠によれば,被告人は,判示のとおり,自己の借金の
,,,ため母親所有の本件家屋が競売されることに思い悩み自分をふがいなく感じ
本件家屋に放火して自殺しようとしたものであって,被告人の供述する本件犯行
の動機は了解可能であること,また,本件犯行の態様は,判示のとおり,本件家
屋1階6畳間のFF式ストーブのコックからゴムホースを外し,コック及びゴム
ホースから流れ出た灯油を同室内の絨毯に撒いた上,簡易ライターで絨毯及び同
室内のベッドから垂らしていたバスタオルに点火して火を放ったというものであ
るところ,被告人はベッド上から手を伸ばしてFF式ストーブのコックからゴム
ホースを抜き,中の灯油を撒いたのであって,コックが外のホームタンクに連結
していたことと併せ考慮すれば,ベッドから立ち上がり,他のストーブからカー
トリッジを取り出して同カートリッジ内の灯油を撒くよりも容易であるとも言え
るから,犯行態様は特に不自然ではないこと,犯行後の行動も,実母に自分が放
火したので逃げるように告げ,自分は自殺するので室内に残ると述べるなど,合
理的な行動を取っていること,犯行直後の被告人の様子に特に異常なところはな
く,言葉も冷静であり,会話にも特に不自然な点はなかったこと,被告人は,本
件犯行直後に,消防隊員に対し,本件犯行について「自分の部屋のFFストー,
ブ配管を抜きゴムホースから灯油をバスタオルに振りまいて,使い捨てライター
で火を付けた」と話すとともに,警察官に対してもFF式ストーブのゴムホース
に関する話をし,検察官に対する弁解録取時から,コックからゴムホースを外し
たこと,コックやゴムホースから流れ出る灯油を室内の絨毯に撒いた上,ライタ
ーで点火したことなどの本件犯行の重要部分について供述しており,この内容は
捜査段階において一貫していること,供述内容が,時を追うにつれて特に詳細に
,,,なったり内容が変遷したということも認められないこと本件犯行に至る経緯
犯行の動機,犯行態様等について,供述内容は全体として具体的で詳細であり,
記憶のある部分とない部分を明確に分けて供述していることを総合考慮すれば,
飲酒量が普段より多かったことは窺えるものの,被告人が本件犯行当時心神耗弱
の状態にあったとは認められず,被告人の責任能力には何ら問題はないと言うべ
きである。
4したがって,弁護人の主張は採用することができない。
(量刑の理由)
,,,本件は自己の借金のため実母所有の土地家屋が競売されることになったため
何もできない自分をふがいなく思った被告人が家屋に放火して自殺することを決意
し,上記家屋内の自室において,FF式ストーブのゴムホース内の灯油等を同室内
の絨毯等に撒いた上,簡易ライターで火を放って放火し,上記家屋の一部を焼損さ
せた事案である。
被告人は,平成2年ころから消費者金融会社などから借金をするようになり,飲
食代,パチンコ代,生活費等のために次々と借金を重ね,平成13年7月にはそれ
までの借金を一本化するために実母所有で実母及び実弟と共に居住していた土地家
屋に抵当権を設定したものの,期待どおりに借金を一本化することはできず,借金
はさらに膨らみ,借金返済のためにさらに借金をするという状況に陥り,平成15
年初めころにはさらなる借金ができなくなったために借金返済が不可能となり,平
成17年10月末ころ,実母所有の上記土地家屋について競売による売却手続が開
始される旨知るに至ったことから,何もできない自分に情けなさ,ふがいなさを感
じ,精神的に追い詰められて本件家屋に放火して自殺することを決意して,本件犯
行に及んだもので,その動機は自己中心的で安易である。被告人は,本件家屋内の
自己の居室に設置してあるFF式ストーブのコックからゴムホースを外し,屋外に
置いてあるホームタンクと繋がっているコックから流れ出た灯油及びゴムホース内
の灯油を同室内の絨毯に撒いた上,簡易ライターで絨毯及び自己のベッドから垂れ
下がっていたバスタオルに火を放っており,犯行態様は悪質である。加えて,本件
家屋は築25年以上経過した木造家屋であり,本件犯行時,本件家屋内には実母及
び実弟が在宅していたこと,本件家屋の外に置かれていたホームタンクには約20
0リットルもの灯油が入っていたこと,本件家屋の北側の隣家とは数メートルしか
離れていなかったことからすれば,一歩間違えば大惨事となりかねない危険な犯行
で,近隣住民に与えたであろう不安感も無視できない。また,一部焼損にとどまっ
,,,たとはいえ被告人の犯行により本件家屋の継続使用は必ずしも可能とは言えず
現に実母及び実弟は本件家屋から転居していること,被害額が約83万円と高額で
あることからすれば,結果も重大である。被告人から実母に対する被害弁償も,当
然のことながら全くなされていない。以上によれば,被告人の刑事責任は重いとい
うべきである。
他方で,被告人は,突発的に本件犯行に及んだものであること,焼損した部分の
,,面積も約21平方メートルと建物の総床面積の約6分の1にとどまっていること
被告人は,今後,借金について法的整理も含めてしっかり対応する旨述べるなど本
件犯行について反省の情を示していること,被告人が公判請求されるのは今回が初
めてであることなど被告人にとって有利な事情も認められる。
そこで,これらの諸事情を総合考慮した上で,主文掲記のとおりの刑を科すのが
相当であると判断した。
(求刑懲役5年)
青森地方裁判所刑事部
裁判長裁判官髙原章
裁判官室橋雅仁
裁判官香川礼子

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