弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
       原判決及び第1審判決を破棄する。
       被告人は無罪。
         理    由
 弁護人椎木緑司の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,本件と事案を異にする
判例を引用するものであって,前提を欠き,その余は,単なる法令違反の主張であ
って,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
 しかしながら,所論にかんがみ,本件における業務上過失致死傷罪の成否につい
て,以下,職権をもって検討する。
 第1審判決が認定し,原判決が是認した犯罪事実は,起訴状記載の公訴事実と同
旨である。その内容は,「被告人は,平成11年8月28日午前零時30分ころ,
業務としてタクシーである普通乗用自動車を運転し,広島市a区bc丁目d番e号
先の交通整理の行われていない交差点をfg丁目方面からbh丁目方面に向かい直
進するに当たり,同交差点は左右の見通しが利かない交差点であったことから,そ
の手前において減速して徐行し,左右道路の交通の安全を確認して進行すべき業務
上の注意義務があるのにこれを怠り,漫然時速約30ないし40キロメートルの速
度で同交差点に進入した過失により,折から,左方道路より進行してきたA運転の
普通乗用自動車の前部に自車左後側部を衝突させて自車を同交差点前方右角にある
ブロック塀に衝突させた上,自車後部座席に同乗のB(当時44歳)を車外に放出
させ,さらに自車助手席に同乗のC(当時39歳)に対し,加療約60日間を要す
る頭蓋骨骨折,脳挫傷等の傷害を負わせ,Bをして,同日午前1時24分ころ,同
区ij丁目h番k号県立D病院において,前記放出に基づく両側血気胸,脳挫傷に
より死亡するに至らせたものである。」というにある。過失の存否に関する評価の
点を除き,本件における客観的な事実関係は,以上のとおりと認められる。
 また,1,2審判決の認定によれば,次の事情が認められる。すなわち,本件事
故現場は,被告人運転の車両(以下「被告人車」という。)が進行する幅員約8.
7メートルの車道とA運転の車両(以下「A車」という。)が進行する幅員約7.
3メートルの車道が交差する交差点であり,各進路には,それぞれ対面信号機が設
置されているものの,本件事故当時は,被告人車の対面信号機は,他の交通に注意
して進行することができることを意味する黄色灯火の点滅を表示し,A車の対面信
号機は,一時停止しなければならないことを意味する赤色灯火の点滅を表示してい
た。そして,いずれの道路にも,道路標識等による優先道路の指定はなく,それぞ
れの道路の指定最高速度は時速30キロメートルであり,被告人車の進行方向から
見て,左右の交差道路の見通しは困難であった。
 このような状況の下で,左右の見通しが利かない交差点に進入するに当たり,何
ら徐行することなく,時速約30ないし40キロメートルの速度で進行を続けた被
告人の行為は,道路交通法42条1号所定の徐行義務を怠ったものといわざるを得
ず,また,業務上過失致死傷罪の観点からも危険な走行であったとみられるのであ
って,取り分けタクシーの運転手として乗客の安全を確保すべき立場にある被告人
が,上記のような態様で走行した点は,それ自体,非難に値するといわなければな
らない。
 しかしながら,他方,本件は,被告人車の左後側部にA車の前部が突っ込む形で
衝突した事故であり,本件事故の発生については,A車の特異な走行状況に留意す
る必要がある。すなわち,1,2審判決の認定及び記録によると,Aは,酒気を帯
び,指定最高速度である時速30キロメートルを大幅に超える時速約70キロメー
トルで,足元に落とした携帯電話を拾うため前方を注視せずに走行し,対面信号機
が赤色灯火の点滅を表示しているにもかかわらず,そのまま交差点に進入してきた
ことが認められるのである。このようなA車の走行状況にかんがみると,被告人に
おいて,本件事故を回避することが可能であったか否かについては,慎重な検討が
必要である。
 この点につき,1,2審判決は,仮に被告人車が本件交差点手前で時速10ない
し15キロメートルに減速徐行して交差道路の安全を確認していれば,A車を直接
確認することができ,制動の措置を講じてA車との衝突を回避することが可能であ
ったと認定している。上記認定は,司法警察員作成の実況見分調書(第1審検第2
4号証)に依拠したものである。同実況見分調書は,被告人におけるA車の認識可
能性及び事故回避可能性を明らかにするため本件事故現場で実施された実験結果を
記録したものであるが,これによれば,①被告人車が時速20キロメートルで走行
していた場合については,衝突地点から被告人車が停止するのに必要な距離に相当
する6.42メートル手前の地点においては,衝突地点から28.50メートルの
地点にいるはずのA車を直接視認することはできなかったこと,②被告人車が時速
10キロメートルで走行していた場合については,同じく2.65メートル手前の
地点において,衝突地点から22.30メートルの地点にいるはずのA車を直接視
認することが可能であったこと,③被告人車が時速15キロメートルで走行してい
た場合については,同じく4.40メートル手前の地点において,衝突地点から2
6.24メートルの地点にいるはずのA車を直接視認することが可能であったこと
等が示されている。しかし,対面信号機が黄色灯火の点滅を表示している際,交差
道路から,一時停止も徐行もせず,時速約70キロメートルという高速で進入して
くる車両があり得るとは,通常想定し難いものというべきである。しかも,当時は
夜間であったから,たとえ相手方車両を視認したとしても,その速度を一瞬のうち
に把握するのは困難であったと考えられる。こうした諸点にかんがみると,被告人
車がA車を視認可能な地点に達したとしても,被告人において,現実にA車の存在
を確認した上,衝突の危険を察知するまでには,若干の時間を要すると考えられる
のであって,急制動の措置を講ずるのが遅れる可能性があることは,否定し難い。
そうすると,上記②あるいは③の場合のように,被告人が時速10ないし15キロ
メートルに減速して交差点内に進入していたとしても,上記の急制動の措置を講ず
るまでの時間を考えると,被告人車が衝突地点の手前で停止することができ,衝突
を回避することができたものと断定することは,困難であるといわざるを得ない。
そして,他に特段の証拠がない本件においては,被告人車が本件交差点手前で時速
10ないし15キロメートルに減速して交差道路の安全を確認していれば,A車と
の衝突を回避することが可能であったという事実については,合理的な疑いを容れ
る余地があるというべきである。
 以上のとおり,本件においては,公訴事実の証明が十分でないといわざるを得ず
,業務上過失致死傷罪の成立を認めて被告人を罰金40万円に処した第1審判決及
びこれを維持した原判決は,事実を誤認して法令の解釈適用を誤ったものとして,
いずれも破棄を免れない。
 よって,刑訴法411条1号,3号により原判決及び第1審判決を破棄し,本件
事案の内容及びその証拠関係等にかんがみ,この際,当審において自判するのを相
当と認め,同法413条ただし書,414条,404条,336条により被告人に
対し無罪の言渡しをすることとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決す
る。
(裁判長裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷
 玄 裁判官 滝井繁男)

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