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平成22年11月17日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(行ケ)第10253号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年10月27日
判決
原告カプスゲル・ジャパン株式会社
同訴訟代理人弁護士熊倉禎男
渡辺光
佐竹勝一
同弁理士箱田篤
新谷雅史
被告クオリカプス株式会社
同訴訟代理人弁護士鮫島正洋
松島淳也
高見憲
同弁理士小島隆司
重松沙織
小林克成
石川武史
主文
1特許庁が無効2008−800146号事件につい
て平成21年7月14日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告が有する下記2の本件発
明に係る本件特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が,本件訂
正を認めた上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その
理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取
消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)本件特許(甲44,45)
本件特許は,特願平1−173668号(出願日:平成元年7月4日。以下「本
件基礎出願」という。)の分割出願(特願平10−136055号。出願日:平成
10年4月30日。以下,「本件親出願」という。)の分割出願として,特許出願
されたものである。
発明の名称:「ハードゼラチンカプセル及びハードゼラチンカプセルの製造方
法」
分割出願日:平成15年8月14日
請求項の数:2
登録日:平成20年3月28日
特許番号:第4099537号
(2)審判手続及び本件審決
審判請求日:平成20年8月11日(無効2008−800146号)
訂正請求日:平成20年11月7日(甲44。本件訂正。なお,本件訂正に係る
明細書を「本件明細書」といい,訂正前の明細書(甲45)を,「当初明細書」と
いう。)
審決日:平成21年7月14日
審決の結論:「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成21年7月24日(原告に対する送達日)
2本件発明の要旨
本件審決が判断の対象とした発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及
び2に記載された各発明(以下「本件発明1」及び「本件発明2」といい,総称し
て,「本件発明」という。)であって,その要旨は,次のとおりである。
【請求項1】ポリエチレングリコールをゼラチンに配合して得られるハードゼラチ
ンカプセルであって,前記ポリエチレングリコールとして#4000のポリエチレ
ングリコールを用い,かつその含有量がゼラチンに対して3∼15重量%であるこ
とを特徴とする吸水性又は吸湿性物質を充填するための非フォーム状ハードゼラチ
ンカプセル
【請求項2】ゼラチンを水に溶解した溶液に#4000のポリエチレングリコール
をゼラチンに対して3∼15重量%の割合で添加してジェリーを得た後,浸漬法に
より非フォーム状ハードゼラチンカプセルを製造し,このカプセルに吸水性又は吸
湿性物質を充填することを特徴とする水感応性物質充填ハードゼラチンカプセルの
製造方法
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,本件訂正を認めた上で,要するに,本件発明は,下記(1)な
いし(9)の引用例に記載された発明(以下,その順に従って,「引用発明1」など
という。)に基づいて,容易に発明をすることができたものということはできない
し,また,本件明細書に関して,サポート要件,明確性の要件等に違反するところ
もなかったとして,本件発明に係る本件特許を無効にすることができない,という
ものである。
(1)引用例1:昭和42年11月1日発行の月刊薬事第9巻第11号(甲1)
(2)引用例2:昭和58年6月発行のポリマーレビュー第24巻6月号(甲
2)(3)引用例3:特願2003―293373号に関する平成19年12月
25日付け意見書(甲3)
(4)引用例4:日本薬局方C−4178∼C4184(甲4)
(5)引用例5:昭和50年発行の「ゼラチンの物理的機械的性質に及ぼすポリ
エチレングリコールの変性効果」と題する論文(甲5)
(6)引用例6:昭和62年発行のハードカプセル進歩及び技術(甲6)
(7)引用例7:オランダ特許出願第7302521号明細書(甲7)
(8)引用例8:欧州特許公開第110502号明細書(甲8)
(9)引用例9:昭和46年7月10日発行の医薬品開発基礎講座XI薬剤製造
法(上)(甲9)
4取消事由
(1)本件訂正の適法性についての判断の誤り(取消事由1)
(2)進歩性についての判断の誤り(取消事由2)
ア引用発明2及び5の認定の誤り
イ引用発明2及び5に基づく進歩性についての判断の誤り
(3)サポート要件に係る判断の誤り(取消事由3)
(4)明確性の要件に係る判断の誤り(取消事由4)
第3当事者の主張
1取消事由1(本件訂正の適法性についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件訂正の目的について
ア本件審決は,本件訂正について,これを適法であるとし,また,本件発明は,
#4000のポリエチレングリコール(以下,ポリエチレングリコールを省略し,
「#4000」のようにいうこともある。)以外にも,「ハードゼラチンカプセル
の技術分野において,ゼラチンに含まれる成分として通常用いられるポリエチレン
グリコールの通常用いられる態様での使用」が許されるとする。
イしかしながら,本件審決の判断を前提とすると,本件発明は,#4000以
外のポリエチレングリコール(本件訂正により削除された#6000又は#200
00のポリエチレングリコール)を含む非フォーム状ハードゼラチンカプセルを包
含することになるから,#6000又は#20000について,含有量を定めてい
た訂正前の特許請求の範囲より,実質的に特許請求の範囲を拡張するものである。
また,当初明細書には,#4000以外のポリエチレングリコールも組み合わせ
て用いた場合に,#4000のみを添加した場合と同等の効果を奏し得ることを示
す試験データ等,具体的,合理的な説明はされていない。
したがって,当初明細書には,「#4000のポリエチレングリコール以外の成
分」として#4000以外のポリエチレングリコールを使用することは,何ら記載
されていないものである。
さらに,当初明細書には,任意成分としてゼラチンに含まれ得る#4000以外
のポリエチレングリコールを「ハードゼラチンカプセルの技術分野において,ゼラ
チンに含まれる成分として通常用いられるポリエチレングリコールの通常用いられ
る態様での使用」に限定する記載もない。
ウ本件発明は,ゼラチンに配合する特定の分子量のポリエチレングリコールに
ついて,その重量%(ゼラチンに対する重量割合。以下「重量」の記載を省略する
こともある。)を限定した点に特徴を有するのであって,その含有量がそれ以上で
も,それ以下でも,本件発明が意図する作用効果を奏しない。
本件審決は,当初明細書には,「#4000に限らず,#6000,#2000
0のポリエチレングリコールを使用した場合にも,ハードゼラチンカプセルの機械
的強度の脆弱化及びこれに伴う割れ等が防止されたことが実施例とともに記載され
て」いるとするが,当初明細書には,#6000や#20000をそれぞれ単独で
使用した場合に関する記載があるのみで,#4000のほかに,#6000や#2
0000を併せて使用したことについては一切記載されていない。
したがって,当初明細書の記載は,#4000以外のポリエチレングリコールを
ゼラチンに含むことを排除しているものというべきである。
(2)小括
以上からすると,本件訂正は,当初明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した
範囲内においてされたものといえず,また,実質上特許請求の範囲を拡張するもの
となることは明らかである。
〔被告の主張〕
(1)本件訂正について
ア本件訂正前の特許請求の範囲に記載された請求項1及び請求項2に記載の発
明には,その組成物に#4000,#6000又は#20000のいずれかのポリ
エチレングリコールを含むこと,#4000を選択した場合はその配合量をゼラチ
ンに対して3∼15重量%,#6000を選択した場合は3∼10重量%,#20
000を選択した場合は0.3∼5重量%としたことを特徴とするものであり,各
請求項において,選択的に3種類の発明を記載していたものである。
これに対し,本件訂正は,選択的に記載された3種類の発明のうち,#4000
のポリエチレングリコールに係る発明を単に選択したものであり,特許請求の範囲
を減縮するものであることは明らかである。
イ本件発明は,「#4000のポリエチレングリコール」を所定量配合した効
果として,低水分下でのカプセルの割れ発生を防止するものである。
しかしながら,本件発明は,#4000以外のポリエチレングリコールの含有を
完全に排除するものではなく,#4000を3∼15重量%含有することによって,
実質的に,有効な割れ防止効果が発現されているのであれば,#4000以外のポ
リエチレングリコールやその他の添加剤の含有が制限されるものではない。
本件明細書には,#4000を3%,4%,5%,10%,15%添加したカプ
セルを製造した例が明示され,特許請求の範囲に係る配合量を下限から上限までを
網羅する実施例が記載されている。
また,上記配合量範囲を逸脱した例(1%,2%,20%,25%)と,ポリエ
チレングリコール無添加の対照例とを比較し,本件発明の効果を明示している。
本件発明の上記要旨からすると,効果を示す試験データは#4000を所定量用
いた例が示されていれば十分であり,本件訂正の前後を通じて,#4000以外の
ポリエチレングリコールを含有する場合の試験データを示す必要はない。
(2)小括
以上からすると,本件訂正の前後において,#4000と#6000,#200
00の各ポリエチレングリコールとの併用は認められていたのであるから,本件訂
正により新規事項が追加されたものではないし,また,特許請求の範囲が実質上拡
張されたものでもない。本件訂正は,訂正要件を充足するものである。
2取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)引用発明2及び5の認定の誤りについて
ア引用発明2について
(ア)本件審決は,引用例2には,ゼラチン単独フィルムの耐衝撃強度の向上に
は,グリセリンよりも特定のポリエチレングリコールの方がよいことについて記載
されているとは認められないとするが,当業者であれば,引用例2の記載のみから,
かかる技術が開示されていることを理解し得るものである。
(イ)引用例2には,ゼラチンフィルムの可塑剤として,グリセリンやPEG−
300,PEG−3000,PEG−40000等のポリエチレングリコール(以
下,ポリエチレングリコールを省略し,「PEG−300」のようにいうこともあ
る。)が使用されること,グリセリンは,特に低湿度下ではゼラチンフィルムの衝
撃強度をほとんど改善しないが,ポリエチレングリコールは,低湿度下であっても
ゼラチンフィルムの衝撃強度を著しく向上させることが実験例とともに記載されて
おり,可塑剤としてグリセリンに代えてPEG−3000,PEG−40000等
をゼラチンに0.1ないし5%添加すると,ゼラチンフィルムの耐衝撃強度(特に
低湿度下における耐衝撃強度)が改善されることが記載されているものである。
また,引用例2の図18及び19は,いずれも「冷ゼラチンフィルムの耐衝撃性
の水蒸気圧に対する依存性」に関するグラフとされている以上,「冷ゼラチンフィ
ルム」の「耐衝撃性」を図示しているものであり,本件審決のように,耐衝撃性の
試料に複合フィルムを用いたものと理解することはあり得ない。
実際,引用例2が引用する文献には,図18及び19の実験に用いられた試料が
ゼラチン単独フィルムであることが記載されているのである。
仮に,実験手法について,本件審決と同様の前提に立つとしても,対比すべき測
定対象のいずれにおいてもセルロース・アセテートは共通しており,ゼラチン単独
フィルムのみが異なることから,当然,セルロース・アセテートの支持体の強度を
除外して,ゼラチン単独フィルムについてのみの強度の結果が測定されるような実
験方法を採用したものと解すべきである。
したがって,当業者は,引用例2には,ゼラチン単独フィルムの耐衝撃強度の向
上にはグリセリンよりも特定のポリエチレングリコールの方がよいことについて記
載されていると理解するものである。
イ引用発明5について
(ア)本件審決は,引用例5について,写真フィルムのゼラチン膜を主眼とした
論文であるとする。
しかしながら,引用例5は,「コロイドジャーナル」というロシアの一般的科学
ジャーナルに掲載された,ゼラチンの物理的機械的性質に及ぼすポリエチレングリ
コールの変性効果に関する論文であり,同文献により開示された「ゼラチンフィル
ムに低分子物質を導入すると,ゼラチンが十分な水分を含む場合は,その衝撃強度
が上昇する。ゼラチンにPEGを導入すると,その含水量に関係なく,機械的衝撃
作用に対してゼラチンフィルムの抵抗性が著しく上昇する」という知見は,すべて
のゼラチン製品に適用可能である。
また,ゼラチンは,用途を限定して製造されるものではなく,基本的な製造ライ
ンは同一であり,写真用ゼラチンと,医療カプセル用を含めた他用途のゼラチンと
の間において,物理的特性の多くは共通するものであって,ゼラチン技術者は,製
品の最終用途を越えて,それぞれの知見を当然共有するものである。
したがって,引用例5に開示された知見は,写真フィルムのゼラチン膜に関する
知見に限られず,広くゼラチン一般に適用可能である。
(イ)写真フィルムの分野で用いられるセルロース・アセテート支持体(厚さ約
110∼140μm:35mmフィルム)は,表面のゼラチンコーティング(厚さ
約10∼20μm)よりも格段に厚く硬いものであり,強度試験において,仮に支
持体とともに強度を測ったとすれば,支持体の強度が優位を示し,ゼラチンに関す
る有益な情報を得ることができないことは当業者にとって明らかである。
かかる当業者の常識から,支持体からゼラチンフィルムを剥がして試験を行って
も,論文には,あえてその旨を記載しないことも多いから,引用例5において,ゼ
ラチンフィルムのみを支持体から剥がして試料とした旨の記載がなくとも,ゼラチ
ン単独のフィルムを用いた耐衝撃試験が行われたことは明らかである。
したがって,引用例5には,「ゼラチン単独のフィルムの耐衝撃強度の向上には,
グリセリン等の低分子物質よりも特定のポリエチレングリコールの方がよいこと」
が開示されていることは明らかである。
ウ小括
以上からすると,本件審決の引用例2及び5に関する認定はいずれも誤りである。
(2)引用発明2及び5に基づく進歩性についての判断の誤りについて
ア引用例1について
硬カプセル剤に関する論文である引用例1には,「グリセリン等の可塑剤をゼラ
チンに配合して得られるハードゼラチンカプセルであって,吸水性又は吸湿性物質
を充填するための非フォーム状ハードゼラチンカプセル」「ゼラチンを水に溶解し
た溶液にグリセリン等の可塑剤を添加してジェリーを得た後,浸漬法により非フォ
ーム状ハードゼラチンカプセルを製造し,このカプセルに吸水性又は吸湿性物質を
充填することを特徴とする水感応性物質充填ハードゼラチンカプセルの製造方法」
及び,本件特許の出願前に,低湿度下におけるゼラチンカプセルの脆さが周知の技
術的課題であったことが開示されている。
イ引用例9について
カプセル剤及びその製造法に関する引用例9にも,引用例1と同様の非フォーム
状ハードゼラチンカプセル及び水感応性物質充填ハードゼラチンカプセルの製造方
法が開示されているとともに,「フィルムの粘性要素が小さいとカプセルはもろく,
外力によって破壊されやすくなり,たとえば硬・軟いずれのカプセルも,これを低
湿度の環境に保存すると,粘性要素が小さく,ガラス状となり,簡単に割れるよう
になる。またこれらの弾性要素が小さいと,硬カプセルでは薬剤の充てん工程の機
械的な衝撃によって変形を生じやすくな」ること,「カプセルは,普通,基剤であ
るゼラチンと可塑剤であるグリセリンやソルビトールと,これらの吸着水とからな
る。可塑剤の量は硬カプセルでは数%以下,軟カプセルでは10∼50%に及ぶが,
いずれもこの添加量によってカプセルの硬さが調節され」ると記載されており,本
件発明の課題も,グリセリンを使用した解決手段も周知であったものである。
また,引用例9には,カプセルの基本的強度は,カプセルと同一組成のシートの
粘弾性を,高分子フィルムの粘弾性測定装置によって測定する旨の記載もある。
ウ本件発明と引用発明1及び9との対比
(ア)本件発明1と引用発明1及び9とを対比すると,吸水性又は吸湿性物質を
充填するための非フォーム状ハードゼラチンカプセルである点において共通するが,
本件発明1は,#4000のポリエチレングリコールをゼラチンに対して3∼15
重量%の含有量で含むのに対して,引用発明1及び9は,グリセリン等の可塑剤を
含み,その含有量を特に規定していない点において,相違する。
(イ)本件発明2と引用発明1及び9とを対比すると,本件発明2は,ゼラチン
を水に溶解した溶液に,#4000のポリエチレングリコールをゼラチンに対して
3∼15%の含有量で添加するのに対して,引用発明1及び9が,グリセリン等の
可塑剤を添加し,その添加量を特に規定していない点において,相違する。
エ引用例2及び5について
(ア)引用例2について
引用例2は,固体ゼラチンの構造及び特性に関する論文であり,ゼラチンフィル
ムの性質,特に低湿度下でのゼラチンフィルムの脆性を改善する可塑剤の検討に関
するものである。
引用例2には,先に指摘したとおり,グリセリンやポリエチレングリコールのゼ
ラチンフィルムの低湿度下における衝撃強度に対する効果が開示されており,可塑
剤としてPEG−3000のポリエチレングリコールをゼラチンに1%,3%又は
5%添加すると,得られるゼラチンフィルムの低湿度下(P/Po(水蒸気圧。以
下同じ。)<0.5∼0.6)における耐衝撃強度が著しく改善されるのに対し,
グリセリンには低湿度下における耐衝撃強度改善効果がほとんどなく,低湿度下に
おける耐衝撃強度の改善にはグリセリンよりもPEG−3000がはるかに優れて
いることを記載している。
特に,PEG−3000による耐衝撃強度改善効果は,1%,3%及び5%にお
いて観察されているが,中でも水蒸気圧が0における耐衝撃強度改善効果は,PE
G−3000の添加量が1%のときは乏しく,その添加量を3%又は5%とするの
がより好ましいとされている。
また,水蒸気圧が0及び0.1の低湿度の場合,耐衝撃強度改善効果はPEG−
3000の添加量に応じて向上しているから,5%を超える濃度で添加した場合で
あっても,同様に低湿度下での衝撃強度が得られることが推測される。
そして,引用例2における「PEG−3000」との記載は,分子量3000の
PEGを意味するものであるところ,被告は,「ポリエチレングリコール#400
0」が,日本薬局方等に規定されている平均分子量2600∼3800の「ポリエ
チレングリコール4000」を意味すると主張するのであるから,引用例2におけ
るPEG−3000は,被告が主張する#4000に相当するものである。
(イ)引用例5について
引用例5には,種々の分子量,含有量のポリエチレングリコールを添加した場合
のゼラチンフィルムの耐衝撃強度及び熱物理的性質について研究し,これらの性質
が,低分子物質を添加したゼラチンフィルムの性質とは著しく異なっていること,
その原因は,ゼラチンとポリエチレングリコールからなるフィルムでは異相系を形
成し,最適濃度における耐衝撃強度の増大とゼラチンの温度遷移及び熱収縮に特異
的変化をもたらすことによるものであること,ポリエチレングリコールの添加によ
る固体状ゼラチンの亀裂形成の防止メカニズム等が開示されている。
引用例5には,具体的なポリエチレングリコールの分子量及び含有量について,
分子量3000のPEGを1%,3%,5%及び10%添加した場合,添加しなか
った場合と比較し,湿度0%において,衝撃強度が向上したことが開示されている。
また,引用例5には,ゼラチンが十分な水分を含まない場合,ゼラチンフィルム
にグリセリン等の低分子物質を添加した場合に比べ,PEGを添加すると機械的衝
撃耐性が上昇することを開示している。
したがって,引用例5には,被告が主張するポリエチレングリコール#4000
に相当する分子量3000のポリエチレングリコールをゼラチンに1∼10%加え
ると耐衝撃強度が改善されること,10%を超えて加えても,耐衝撃強度の改善が
期待できること,かかる改善効果は,低湿度下においてはグリセリンによる効果よ
りも高いことを開示しているものである。
オ引用発明1と引用例2及び5に記載された知見との組合せ
(ア)引用例1及び9には,硬カプセルが低湿度下では水分を放出して脆くなる
との課題が記載されているところ,引用例2には,低湿度及び高温下におけるゼラ
チンの脆性とその改善策が,引用例5には,湿度が低下した条件下で,耐衝撃性を
上昇させることの必要性及び改善策が,それぞれ記載されているのであるから,引
用例1の課題を解決するため,同じ課題を有し,その改善方法が記載されている引
用例2及び5を組み合せることは,当業者が極めて容易に着想することである。
(イ)引用例2には,低湿度下における衝撃強度の向上には#4000が好適で
あり,グリセリンは効果がないことが明確に記載され,引用例5にも,ゼラチンに
グリセリン等の低分子物質を添加しても低湿度下における耐衝撃強度の向上は期待
できないが,ポリエチレングリコールを添加すれば低湿度下における耐衝撃強度の
向上を期待できること,#4000が好適であることが記載されている。
硬カプセルのゼラチンに可塑剤としてグリセリンを添加しても,低湿度下の機械
的強度の向上には有効ではないことは,引用例2のほか,特開平1−121213
号公報(甲13)にも記載されている。
したがって,引用例1及び9において,硬カプセルの低湿度下における機械的強
度の問題に直面した当業者が,グリセリンに代えて,引用例2及び5記載の#40
00のポリエチレングリコールを添加することを想到することは当然である。
被告も,本件親出願の拒絶査定不服審判において,引用例5の記載によると,ハ
ードカプセルの耐衝撃強度の向上のためには,PEG−3000(#4000のポ
リエチレングリコール)を使用することが自然であるとしている。
(ウ)引用例2には,#4000を1%,3%又は5%添加すると低湿度下にお
ける耐衝撃強度が向上することころ,特に3%又は5%が好適であることが記載さ
れ,かつ,5%を超えて添加しても,耐衝撃強度が向上することも示唆されている。
引用例5には,#4000を1%,3%,5%又は10%添加すると低湿度下に
おける耐衝撃強度が向上することが記載され,かつ,10%以上添加することも示
唆されている。
したがって,#4000のポリエチレングリコールの添加量の下限を3%,上限
を15%にすることは,当業者が添加量を適宜変えて実験することにより容易に想
到することができる事項にすぎない。
特に,下限については,添加量が1%よりも3%の方が好適なことが引用例2に
明記されているから,当業者が3%を選択することは容易である。しかも,本件特
許の出願経過にかんがみると,かかる下限には格別の意義を認めることはできない。
15%という上限についても,本件明細書によると,#4000の添加量が多す
ぎると,均一なカプセル皮膜を形成することはできないことから導き出されたにす
ぎず,低湿度下におけるゼラチンフィルムの脆性改善効果の観点からの意義がある
わけではない。引用例5には,#4000を多量に添加すると,ゼラチンとの相容
性がなくなり,分離すること,少なくとも添加量10%については,機械的強度向
上の効果が認められることが記載されているから,これらの記載から,#4000
の添加量について,相容性のある上限を見出すために,実験を適宜行うことで,当
業者が15%という上限に想到することは容易である。
(エ)本件発明の効果は,製造時及び吸水性賦形剤である低分子ポリエチレング
リコール等の水感応性物質を充填した場合の使用時における割れの発生が少ない非
フォーム状ゼラチンハードカプセルを得るというものである。
引用例1及び9には,低湿度下における硬カプセルの脆弱性の問題が指摘され,
引用例2及び5には,特に低湿度下におけるゼラチンフィルムの衝撃強度が,#4
000のポリエチレングリコールを添加すると格別に向上することが記載され,そ
の結果として,ゼラチン物品やゼラチンフィルムの脆弱性が改善され,破壊や亀裂
が抑制されることが開示されている。
したがって,本件発明に顕著な作用効果は全く認められない。
なお,本件明細書に記載された試験結果は,皮膜柔軟性が低下して極めて脆くな
るという10%以下の水分量において試験をしていないなど,信頼性に欠けるもの
である。しかも,可塑剤を含まないハードゼラチンカプセルや,最も近い先行技術
と思われるグリセリンを添加したハードゼラチンカプセルとの対照試験すらしてお
らず,本件明細書には,本件発明の効果を示す記載は全くないというほかない。
(オ)引用例2には,同文献により開示された知見について,写真フィルムに限
定する旨の記載はなく,当業者は,すべての固体状のゼラチン物品・製品に適用で
きるものと認識するものである。実際,ハードカプセルに関する総説的な論文であ
る引用例6において,引用例2が引用されているものである。
引用例5についても,同様である。
しかも,本件基礎出願に関する特許異議の決定(甲59)において,特許庁は,
ポリエチレングリコールの添加による耐衝撃性の向上というゼラチン皮膜の性質の
改善にあって,医療用ゼラチン又は写真用ゼラチンを用いた場合とで相違があると
する格別の根拠が認められないとしており,さらに,本件親出願に関する拒絶査定
(甲60)において,特許庁は,ゼラチンをフィルムとした場合の強度とカプセル
とした場合の強度とが,ある程度相関することは予測できるとしている。
したがって,当業者が,引用例2及び5から得られる知見について,引用発明1
に適用する動機付けが認められ,また,阻害事由は格別認められない。
以上からすると,引用発明1に,引用例2又は5において開示された知見を組み
合わせて本件発明に到ることは,当業者にとって容易であり,本件発明は,いずれ
も無効とされるべきである。
〔被告の主張〕
(1)引用発明2及び5の認定の誤りについて
ア引用発明2について
(ア)引用例2の図18及び19は,ゼラチンのハードゼラチンカプセルへの適
用に当たり,グリセリンよりもポリエチレングリコールが優れていることを示すも
のではない。上記各図によると,低湿度下においても,グリセリンの含有量によっ
ては,PEG−3000よりも優れた値を示していることもあるから,引用例2に
は,ゼラチンフィルムがグリセリンを含有する場合には,耐衝撃特性には問題がな
い,すなわち,ゼラチンフィルムの耐衝撃特性との課題が開示されていないと解す
ることも可能である。
(イ)原告は,引用例2には,「疎水性物質のマイクロカプセル化」や医薬の分
野などにも広く使用される旨が記載されていると指摘するが,マイクロカプセルと
カプセル剤とは全く異なるものであり,「医薬」という広範な指摘から,直ちにハ
ードゼラチンカプセルへの適用が記載されているということもできない。
イ引用発明5について
引用例5において試料として用いられているのは,セルロース・アセテートの支
持体とその上に形成されたゼラチン層との複合フィルムである。
引用例5には,被験試料を支持体から剥がした旨の記載はない以上,引用例5に
おいては,ゼラチン層を支持体から剥がしていないことを前提に理解すべきである。
確かに,ゼラチンフィルムを引き伸ばして,その特性や構造を測定検査するので
あれば,支持体から剥がしたゼラチン単独フィルムを用いるのが自然ではあるが,
引用例5に記載された衝撃強度試験であれば,支持体上に積層した状態のゼラチン
フィルムであっても,その積層状態におけるゼラチンフィルム(ゼラチン層)の衝
撃強度を測定することは十分可能である。
しかも,引用例5は,写真フィルム又は写真技術の研究者によるものであること,
実験に用いられた試料は,写真フィルムの支持体として用いられるセルロース・ア
セテート上に,写真フィルムと同様の方法でゼラチンフィルムを作製したものであ
ることから,写真フィルムへの適用のみを念頭に置いたものである。このような写
真フィルムへの適用を前提とした引用例5においては,むしろゼラチン層を支持体
上に積層した複合フィルムのまま衝撃強度試験に供されたと解するのが妥当である。
また,原告は,論文においては,あえて支持体からゼラチンフィルムを剥がした
旨を記載しないことも多いなどと主張する。
しかしながら,原告が指摘する実験は,衝撃強度試験とは異なる引張り応力試験
であるから,実験方法,試料が異なるものであるし,そもそも支持体から剥がして
試料とするならば,わざわざ3種類もの支持体を用いてゼラチンフィルムを作製す
る必要はなく,少なくとも,「剝がしたこと」が記載されていると同視できる程度
に自明であるということはできない。
さらに,引用例5には,グリセリンとポリエチレングリコールとを比較する記載
も,両者の優劣を示す実験データも存在しない。
(2)引用発明2及び5に基づく進歩性についての判断の誤りについて
ア引用例1及び9について
引用例9には,カプセルの機械的性質が,含有水分などの影響を受けて変わるこ
と,基本的には,基剤のゼラチンフィルムのレオロジー的な性質によって変化する
ことは記載されているが,原告が主張する,ハードゼラチンカプセルの機械的強度
の低下が低水分下におけるゼラチンフィルムの機械的強度の低下に起因することは,
全く記載されていない。「カプセルの機械的性質」といっても様々であり,いかな
る「カプセルの機械的性質」がゼラチンフィルムのいかなる「レオロジー的な性
質」によって変化するかについては,明らかではなく,引用例9は,ごく抽象的な
傾向を示したものにすぎないものであって,発明が容易想到であると判断するため
に必要な示唆などを与えているものではないことは明らかである。
イ引用例1又は9と引用例2又は5を組み合わせる動機付けについて
(ア)引用例2及び5は,いずれも写真フィルムに関する文献であり,ハードゼ
ラチンカプセルへの適用についての記載も示唆も存在しない。
(イ)引用例2及び5における衝撃強度は,それぞれ振子式衝撃試験機,KML
振子式衝撃試験機により測定されているが,いずれも,所定の位置まで持ち上げた
ハンマーを振り下ろして試験片に打撃(衝撃)を加える試験方法である(衝撃試
験)。
これに対し,本件明細書の実施例における「静圧試験」とは,加圧試験器を用い
て,静圧荷重5キログラムをカプセル全体に徐々に加えたものある。
このように,静圧試験と衝撃試験とは,①荷重の負荷時間(負荷後10−2
∼1
0−3
秒以内か1∼数秒か),②荷重様式(曲げ・剪断荷重か引張荷重か),
③対象物(カプセルかフィルムか),④対象物が吸水性物質を含有するか否か,の
いずれにおいても全く異なっており,力学的には全く異なる荷重態様である。
しかも,引用例2及び5では,フィルムを,本件明細書の実施例では,カプセル
を,それぞれ実験対象としており,試料の構造や荷重の分類の観点から,フィルム
に対する衝撃荷重と,カプセルの脆さとは無関係であることは明らかである。
このように,衝撃試験(衝撃荷重)と静圧試験(静荷重)とは全く異なる試験
(荷重)であるから,各実験により評価される「耐衝撃性」と「静圧荷重耐性」と
は全く異なる特性であり,耐衝撃性が強い材料が必ずしも静圧荷重耐性が強いとい
う関係にはない。また,ハードゼラチンカプセルには,衝撃強度は要求されていな
いから,ハードゼラチンカプセルに関し,衝撃強度を計測することは無意味である
し,衝撃強度のデータから静圧荷重耐性を予測することも不可能である。
(ウ)ハードゼラチンカプセルにおいては,製造工程から使用に至るまでの間,
衝撃荷重が加わることはない。
これに対し,本件発明,引用例1及び9は,いずれもハードゼラチンカプセルに
おける静圧荷重に対する脆さを指摘するものである。特に,ハードゼラチンカプセ
ルをいわゆるPTP包装から指で押して取り出す際に,カプセルが割れるという問
題が生じ易い。本件発明は,PTP包装を当然の前提とするものではないが,カプ
セルにおける割れが生じる典型的な場合としては,PTP包装からの取り出しが想
定されるのであり,かかる技術常識について,本件明細書に記載する必要はない。
したがって,静圧荷重とは全く異なる態様の荷重である衝撃荷重に関する文献で
ある引用例2及び5は,引用例1及び9と組み合わせる動機付けは存在しない。
ウ本件発明の顕著な効果について
本件明細書実施例には,ゼラチン溶液に#4000のポリエチレングリコールを
それぞれ3%,4%,5%,10%,15%加えたジェリーを用いて浸漬法により
得たハードゼラチンカプセルは,横方向に置いて加圧試験機で静圧荷重5kgをカ
プセル全体に徐々に加えるカプセル割れ試験において,その割れ数が50個中0個
であり,#4000を添加していない場合(割れ数50個中27個)に比べて格段
に優れた効果を示したこと,当該ハードゼラチンカプセルは,皮膜中の含有水分が
適正値(13∼15%)より少なくなっても皮膜の割れが全く認められなかったこ
と,上記のポリエチレングリコール添加量が5%,10%及び15%であるハード
ゼラチンカプセルは,ポリエチレングリコールを添加しない場合に比べて,溶解時
間の遅延が認められなかったことが記載されており,かかる本件発明の効果は,引
用例1,2,5,9には全く記載されておらず,これらから予測し得ない効果であ
るから,顕著な効果というべきである。
本件発明において,#4000の含有量を3%以上としたのは,3%以上である
と割れの発生をなくすことができるからである。
また,含有量を15%以下としたのは,20%及び25%では,ゼラチンとの相
溶性がないが,15%以下とすることにより,ゼラチンとの相溶性が得られるから
である。これらは,引用例1及び9並びに引用例2及び5には全く記載されておら
ず,これらから予測し得ない効果であるから,顕著な効果である。
そもそも,先行技術(引用例1,2,5,9)には,#4000のポリエチレン
グリコールをハードゼラチンカプセルに配合することは開示されていないのである
から,本件発明は#4000の含有量を限定したにすぎないものではなく,本件発
明における数値限定には,臨界的意義が必要とされるものではない。
以上からすると,本件発明の効果は,引用例2及び5から当業者が予測し得るも
のではない。
3取消事由3(サポート要件に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
本件発明に包含される#4000以外のポリエチレングリコールを含有する非フ
ォーム状ハードゼラチンカプセルついて,当初明細書,特許請求の範囲又は図面に
記載した範囲内のものということはできない。
また,本件明細書の実施例における実験データは,#4000のみを含有し,そ
の他の分子量のポリエチレングリコールを含まないから,#4000とその他のポ
リエチレングリコールを添加した例において同様の効果が得られることの実験が行
われていない以上,実施例には「#4000以外のポリエチレングリコールを含有
する場合の試験データ」が記載されているとは評価できない。
したがって,本件発明は,#4000以外のポリエチレングリコールの含有を排
除するものではないとすれば,特許法36条6項1号の要件を満たすものではなく,
同要件を満たすとした本件審決の認定は誤りである。
〔被告の主張〕
本件発明は,「#4000のポリエチレングリコール」を所定量配合することに
よって低水分下での割れを防止することを要旨とするものであり,#1000,#
1500,#6000,#20000等の含有を排除するものではない。
本件明細書には,#4000について,特許請求の範囲における配合量を下限か
ら上限まで網羅する実施例が記載され,また,配合量の範囲を逸脱した例とポリエ
チレングリコール無添加の対照例とを示し,本件発明の効果を明確に示している。
サポート要件については,特許請求の範囲に包含されるすべての発明が実施例と
して記載されていることが要求されているわけではなく,当業者が,発明の構成か
らみて,その目的や効果を容易に理解し,実施できる程度の記載を求めているので
あるから,本件発明については,#4000のポリエチレングリコールを所定量用
いた例が示されていれば発明の開示として十分であり,それ以外のポリエチレング
リコールを含有する場合の試験データを示す必要は特にない。
したがって,本件明細書の記載は,#4000以外のポリエチレングリコールの
含有を排除するものではないとしても,サポート要件を満たしているものである。
4取消事由4(明確性の要件に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)#4000の意義について
ア本件発明の特許請求の範囲や本件明細書には,「#4000」と記載されて
いるが,本件明細書中には,「分子量」との記載もあり,「#」の意味に関する説
明がされていないことからすると,「#4000」の意味は不明である。
イ本件基礎出願の公開特許公報(甲11)には,「分子量4000のポリエチ
レングリコール」という記載もあり,分子量を表す記号として,「#」が使用され
ているから,本件発明における「#4000のポリエチレングリコール」とは,
「分子量4000のポリエチレングリコール」を意味するものであるとも解される。
したがって,「#4000のポリエチレングリコール」は,日本薬局方に記載さ
れている,平均分子量2600∼3800のポリエチレングリコールを意味すると
いう被告の主張は,かかる出願の経緯と明らかに矛盾しており,「#4000のポ
リエチレングリコール」の意義は,不明確であるというほかない。
(2)日本薬局方について
ア本件審決は,日本における医薬品の製造において使用する原料は医薬品の品
質の規格基準書である日本薬局方に規定されるものが使用されることが通常である
として,本件発明の「#4000のポリエチレングリコール」について,「日本薬
局方に収載されたポリエチレングリコール4000」と解すべきであるとする。
しかしながら,特許請求の範囲及び本件明細書には,「#4000のポリエチレ
ングリコール」が日本薬局方に規定の「ポリエチレングリコール4000」を意味
するとは記載されていないし,かかる技術常識も存在しない。
医薬品の原料としては,日本薬局方に規定されるものが使用されることが通常で
あるからといって,本件発明における「#4000のポリエチレングリコール」が
日本薬局方に収載の「ポリエチレングリコール4000」を意味するとは限らない。
イ確かに,日本薬局方に記載された「マクロゴール4000」は,平均分子量
2600∼3800のポリエチレングリコールを意味するようであるが,ほかの薬
剤規格書(甲17∼19,34,39)においては,数字「4000」を付したポ
リエチレングリコールには,様々な分子量の規格ないし商品が存在するものである。
この点について,被告は,これらの商品の大半が,日本薬局方の#4000のポ
リエチレングリコールと同一範囲の分子量を有するなどと主張するが,様々な分子
量の規格を有する「4000」番を付したポリエチレングリコールが存在すること
自体,本件発明における「#4000のポリエチレングリコール」が不明確である
ことを意味するものである。
したがって,「#4000」が,「#」の一般的な意義から,「4000番」を
意味するとしても,「4000番のポリエチレングリコール」が日本薬局方に収載
された「ポリエチレングリコール4000」であるとは限らない。
(3)小括
以上からすると,本件特許の「#4000のポリエチレングリコール」が,いか
なる分子量のポリエチレングリコールを意味しているのか不明確であり,本件発明
は,特許法36条6項2号の要件を満たすものではない。
〔被告の主張〕
(1)#4000の意義について
ア医薬品製造に使用する原料は,日本薬局方及び医薬品添加物規格に規定され
ているものが一般に使用される。本件発明も,医療用カプセル剤への適用が主用途
であり,本件明細書でも,日本薬局方の溶状試験を行った旨が記載されている。
日本薬局方には数種類(400,1500,4000,6000,20000)
のポリエチレングリコールの規格が定められているが,「#4000」の「#」は,
物品の番手を示す記号であり,「#4000のポリエチレングリコール」や「ポリ
エチレングリコール#4000」と記載されていれば,日本薬局方に収載された
「4000番のポリエチレングリコール」又は「ポリエチレングリコール4000
番」として認識されることは明らかである。
イ本件基礎出願では,非常に広い分子量範囲のポリエチレングリコールを用い
得るものであり,発明の対象も,広く「ゼラチン皮膜組成物」とされていたところ,
本件発明では,発明の対象を,「吸水性又は吸湿性物質を充填するための非フォー
ム状ハードゼラチンカプセル」及びその製造方法に限定するとともに,ポリエチレ
ングリコールについても,日本薬局方に収載されている#4000,#6000及
び#20000のポリエチレングリコールに限定して分割出願したものであり,さ
らに,本件訂正により,ポリエチレングリコールを日本薬局方に収載されている
「#4000のポリエチレングリコール」に限定したものである。
本件明細書において,内容物の吸湿性物質として例示されたポリエチレングリコ
ールについては,分子量でその種類を特定する旨の記載はあるが,カプセル皮膜中
に配合されるポリエチレングリコールについては,「#4000」で統一されてお
り,「#」の意味が不明確になることはない。
(2)日本薬局方について
ア「#」が番手を示すものであること,本件発明においては,「#」が付され
た番号が日本薬局方に収載されたポリエチレングリコールの番手を意味するもので
あることは,先に指摘したとおりである。
イポリエチレングリコールは,平均分子量により製品分類するのが一般常識で
あり,製品名称も,一般に平均分子量に類似した数字で呼ばれるものである。
原告は,「4000」を付したポリエチレングリコールには,様々な分子量の規
格ないし商品が存在し,一義的に定まるものではない等と主張する。
しかしながら,原告が指摘する各商品のうち,日本薬局方に収載された「ポリエ
チレングリコール4000」の分子量範囲2600∼3800を逸脱する分子量を
有するのはむしろ少数で,大半は日本薬局方が規定する分子量の範囲内であり,
「#4000のポリエチレングリコール」が,日本薬局方収載の「ポリエチレング
リコール4000」であることと矛盾するものではない。これらは,むしろ,種々
の規定や商品において,番手によるポリエチレングリコールの区分が日本薬局方の
規格基準に準じて行われていることを示しており,「#4000」が日本薬局方に
収載されたポリエチレングリコールの番手「4000」を意味する根拠となる。
(3)小括
以上からすると,「#4000のポリエチレングリコール」が日本薬局方に収載
された「ポリエチレングリコール4000」を意味することは明確である。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(本件訂正の適法性についての判断の誤り)について
(1)本件訂正前の特許請求の範囲及び当初明細書(甲45)の記載について
ア本件訂正前の特許請求の範囲は,以下のとおりである。
【請求項1】ポリエチレングリコールをゼラチンに配合して得られるハードゼラチ
ンカプセルであって,前記ポリエチレングリコールとして#4000,#6000
又は#20000のポリエチレングリコールを用い,かつその含有量がゼラチンに
対して下記割合であることを特徴とする吸水性又は吸湿性物質を充填するための非
フォーム状ハードゼラチンカプセル
(イ)ポリエチレングリコール#4000の場合:3∼15重量%
(ロ)ポリエチレングリコール#6000の場合:3∼10重量%
(ハ)ポリエチレングリコール#20000の場合:0.3∼5重量%
【請求項2】ゼラチンを水に溶解した溶液に#4000,#6000又は#200
00のポリエチレングリコールをゼラチンに対して下記割合で添加してジェリーを
得た後,浸漬法により非フォーム状ハードゼラチンカプセルを製造し,このカプセ
ルに吸水性又は吸湿性物質を充填することを特徴とする水感応性物質充填ハードゼ
ラチンカプセルの製造方法
(イ)ポリエチレングリコール#4000の場合:3∼15重量%
(ロ)ポリエチレングリコール#6000の場合:3∼10重量%
(ハ)ポリエチレングリコール#20000の場合:0.3∼5重量%
イ当初明細書の記載について
当初明細書(甲45)の記載を要約すると,以下のとおりである。
(ア)カプセル剤に使用するハードゼラチンカプセルは,一般にゼラチン皮膜中
の含有水分が少なくなると極端にその機械的強度が低下するという欠点がある。
そのため,従来,ゼラチンを基剤として,グリセリン又はソルビトール等の可塑
剤を添加する対策がされていたが,添加量によっては,カプセル皮膜が柔らかくな
りすぎるなどの問題が生じていたところ,かかる問題解決のため,グリセリンに代
えて,ポリオキシエチレンソルビトール若しくはポリエチレングリコール又はその
両方を添加する方法が既に提案されていた。
(イ)平均分子量200∼600の範囲にある常温で液状のポリエチレングリコ
ールは,優れた溶解作用と吸収性を有し,賦形剤として好適なものであるが,それ
自体の吸湿性により,カプセル皮膜から水分を奪うため,経時的に割れを発生する
おそれが多々ある。
(ウ)本発明は,吸水性又は吸湿性物質を充填した場合におけるハードゼラチン
カプセルにおいて,皮膜の低含有水分下での機械的強度の脆さ及びこれらの物質の
充填製剤化の困難性といった不都合を解消することを目的とする。
本発明は,かかる課題解決の具体的手段について検討し,ゼラチンを水に溶解し
た溶液に,#4000,#6000又は#20000のポリエチレングリコールを,
ゼラチンに対して特定の割合で添加したジェリーを用いて,浸漬法にて非フォーム
状ハードゼラチンカプセルを製造すると,課題を解決し得ることを見いだした。
(エ)一般に使用されるポリエチレングリコールの分子量が大きくなるほど,そ
の添加量は少なくてよい。特許請求の範囲所定のポリエチレングリコールの最適添
加量を越えてポリエチレングリコールを使用すると,ゼラチン溶液は白濁してその
粘度が急激に低下し,均一に混合することができなくなる。
また,最適添加量に満たないポリエチレングリコールの使用量では,目的とする
カプセル皮膜の割れ防止効果を十分には発揮することができない。
なお,本発明の非フォーム状ハードゼラチンカプセルには,従来のハードゼラチ
ンカプセルと同様,所望によりその他の添加剤,例えば薬事法あるいは食品衛生法
等で指定された食用色素や不透明化剤等を適宜添加することができる。
(オ)実施例としては,#4000,#6000又は#20000のポリエチレ
ングリコール各1種類ずつを異なる割合で添加して製造したカプセルに,分子量4
00のポリエチレングリコールを充填し,7日間保存した後,加圧試験機を用いて
割れの発生の有無を確認する試験について記載されている。
(2)本件訂正の適否について
ア本件訂正前の発明は,吸水性又は吸湿性物質を充填した場合におけるハード
ゼラチンカプセルにおいて,皮膜の低含有水分下での機械的強度の脆さ及びこれら
の物質の充填製剤化の困難性といった不都合を解消することを目的とし,ゼラチン
を水に溶解した溶液に,#4000,#6000又は#20000のポリエチレン
グリコールを,ゼラチンに対して特定の割合で添加したジェリーを用いて,浸漬法
にて非フォーム状ハードゼラチンカプセルを製造するものである。
本件訂正は,本件訂正前の特許請求の範囲が,添加するポリエチレングリコール
の添加割合について,#4000の場合には3∼15重量%,#6000の場合に
は3∼10重量%,#20000の場合には0.3∼5重量%とされていたところ,
#6000及び#20000のポリエチレングリコールに関する部分を削除したも
のであるから,特許請求の範囲の減縮に当たり,当初明細書,特許請求の範囲又は
図面に記載した範囲内においてされたものということができる。
イ本件審決も,本件訂正について,特許法134条の2第1項及び第5項で準
用する126条3項及び4項の規定に適合するので,これを認めると判断している
が,その判断は,前記説示したところからして,これを是認することができる。
ウもっとも,本件審決は,本件訂正を適法と認めたものの,特許法36条6項
1号(サポート要件)の判断において,本件発明は,#4000のポリエチレング
リコール以外の成分をゼラチンに含み得ることを前提として,#4000以外の成
分とは,ポリエチレングリコールを含め,「ハードゼラチンカプセルの技術分野に
おいてゼラチンに含まれる成分として通常用いられる成分の,通常用いられる態様
での使用」を意味するものであるとしたため,原告は,本件審決のかかる判断を前
提とすると,本件発明は,#4000以外のポリエチレングリコール(本件訂正に
より削除された#6000又は#20000のポリエチレングリコール)を含む非
フォーム状ハードゼラチンカプセルを包含することになるから,#6000又は#
20000について,含有量を定めていた訂正前の特許請求の範囲より,実質的に
特許請求の範囲を拡張するものであるなどと主張する。
しかしながら,本件審決の前記判断の是非はさておき,その判断によって本件訂
正が訂正要件に適合するとした判断それ自体が是認し得なくなるものではないから,
原告の主張は,本件訂正を認めた本件審決の判断が違法であるという意味では,こ
れを採用する余地がない。
(3)小括
したがって原告主張の取消事由1は,理由がない。
2取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
(1)本件発明について
ア本件明細書(甲44)の記載を要約すると,以下のとおりである。
(ア)医薬品の固形製剤の1つとして,ハードゼラチンカプセル剤があり,通常,
ゼラチン皮膜で形成された,互いに一端の開いた帽状容体の内部に粉末,顆粒又は
液状(油状)の医薬又は食品を所定量充填後,容体を同軸的に結合して完成する。
カプセル剤に使用するハードゼラチンカプセルは,通常,カプセル皮膜中に約1
3∼15%程度の水分を保有しているが,10%以下になると皮膜の柔軟性が低下
し,極めて脆くなるため,カプセル成形後における内容物充填作業でのカプセルの
機械的取扱の際,ひび,割れ又は欠け等,カプセル皮膜に損傷を生じることがある。
かかる不都合を防止若しくは抑制する方策としては,ゼラチンを基剤とし,グリ
セリン又はソルビトール等の可塑剤を添加することが知られているが,これらの可
塑剤をハードゼラチンカプセルの製造時に添加すると,その添加量によっては当該
カプセル皮膜が柔らかくなりすぎたり,乾燥速度が遅くなることもあり,現実の使
用に当っては種々の間題が残されているところ,その問題解決のためには,グリセ
リンに代えて,ポリオキシエチレンソルビトール若しくはポリエチレングリコール
又はその両方を添加する方法が既に提案されていた。
(イ)平均分子量200∼600の範囲にある常温で液状のポリエチレングリコ
ールは,優れた溶解作用と吸収性を有し,賦形剤として好適なものであるが,それ
自体の吸湿性により,カプセル皮膜から水分を奪うため,経時的に割れを発生する
おそれが多々ある。
また,ハードゼラチンカプセルは,水分に対して不安定な薬物を充填する場合,
安定性確保のために水分を低めに保つ必要があるが,低水分下のゼラチン皮膜は割
れを発生し易く,製剤化が困難である。
(ウ)本発明は,吸水性又は吸湿性物質を充填した場合におけるハードゼラチン
カプセルにおいて,皮膜の低含有水分下での機械的強度の脆さ及びこれらの物質の
充填製剤化の困難性といった不都合を解消することを目的とする。
本発明は,かかる課題解決の具体的手段について検討し,ゼラチンを水に溶解し
た溶液に,#4000のポリエチレングリコールをゼラチンに対して,3∼15重
量%の割合で添加したジェリーを用いて,浸漬法にて非フォーム状ハードゼラチン
カプセルを製造すると,課題を解決し得ることを見いだした。
この最適添加量を越えてポリエチレングリコールを使用すると,ゼラチン溶液は
白濁してその粘度が急激に低下し,均一に混合することができなくなる。
また,最適添加量に満たない使用量では,目的とするカプセル皮膜の割れ防止効
果を十分には発揮することができない。
なお,本発明の非フォーム状ハードゼラチンカプセルには,従来のハードゼラチ
ンカプセルと同様,所望によりその他の添加剤,例えば薬事法あるいは食品衛生法
等で指定された食用色素や不透明化剤等を適宜添加することができる。
(エ)実施例としては,#4000のポリエチレングリコールを,ゼラチンに対
して1%,2%,3%,4%,5%,10%,15%,20%,25%の各重量%
で添加して製造したカプセルに,分子量400のポリエチレングリコールを充填し,
7日間保存した後,加圧試験機により5Kgの荷重をかけて,割れの発生の有無を
確認する試験を実施したところ,1%では割れ数3個,2%では割れ数1個,3%
ないし15%が割れなし,20%及び25%では,ゼラチンとの相溶性がなく,分
離してしまい,カプセル皮膜を成形することができなかった結果が記載されている。
イ本件発明の技術内容
以上の本件明細書の記載によると,本件発明は,吸水性又は吸湿性物質を充填し
た場合におけるハードゼラチンカプセルにおいて,皮膜の低含有水分下での機械的
強度の脆さ及びこれらの物質の充填製剤化の困難性といった不都合を解消するため,
ゼラチンを水に溶解した溶液に,#4000のポリエチレングリコールを,ゼラチ
ンに対して3∼15重量%の割合で添加したジェリーを用いて,浸漬法にて非フォ
ーム状ハードゼラチンカプセルを製造することをその技術内容とするものである。
(2)引用発明9について
ア引用例9(甲9)の記載を要約すると,以下のとおりである。
(ア)カプセルの機械的性質は,可塑剤の種類とその添加量・含有水分などの影
響を受けて変わるが,基本的には,基剤のゼラチンフィルムのレオロジー的な性質
によって変化する。フィルムの粘性要素が小さいと,カプセルは脆く,外力によっ
て破壊されやすくなる。また,低湿度の環境に保存すると,粘性要素が小さく,ガ
ラス状となり,簡単に割れるようになる。弾性要素が小さいと,硬カプセルでは薬
剤の充填工程の機械的な衝撃によって変形を生じやすくなる。
(イ)実際に作られたカプセルの機械的性質の測定については,カプセルに与え
る荷重を連続的に増加させた場合のカプセルの変形量から,軟カプセルの柔軟性や
硬カプセルのボディ底部の抵抗力を測定した例がみられる。
(ウ)ゼラチンは,水との親和性が大きく,カプセルは通常,9∼15%の水分
を含有し,保存湿度によってはこれが変化する。高湿度下に保存すると,カプセル
は吸湿して軟化・変形し,また,カプセル剤同士やカプセル剤と容器壁との間に付
着を生じたり,軟カプセル剤では継ぎ目が分離しやすくなる。内容薬剤が吸湿性の
場合,カプセルや外気の水分が薬剤に移行してその分解を招き,さらにカプセル剤
の崩壊が延長することもある。低湿度下に保存すると,カプセルは水分を失って柔
軟性が減少し,脆く,壊れやすくなる。
(エ)カプセルは,通常,基剤であるゼラチンと,可塑剤であるグリセリンやソ
ルビトールと,これらの吸着水とからなる。可塑剤の量は,硬カプセルでは数%以
下,軟カプセルでは10∼50%に及ぶが,いずれも添加量によってカプセルの硬
さが調整される。カプセル製造において,種々の添加剤を用いるが,カプセルの成
形及び品質に最も重要な役割を果たすのは可塑剤である。
(オ)カプセルの基本的強度は,カプセルと同一組成のシートを作り,このシー
トの粘弾性を,高分子フィルムの粘弾性測定装置によって,硬カプセルの底部の衝
撃に対する抵抗力や軟カプセルの柔軟性などを測定する。
イ引用発明9の技術内容
(ア)以上の引用例9の記載によると,引用例9には,「グリセリン等の可塑剤
をゼラチンに配合して得られるハードゼラチンカプセルであって,吸水性又は吸湿
性物質を充填するための非フォーム状ハードゼラチンカプセル」(引用発明9)が
開示されており,本件発明1とは,吸水性又は吸湿性物質を充填するための非フォ
ーム状ハードゼラチンカプセルである点において共通しているが,本件発明1は,
#4000のポリエチレングリコールを特定の含有量で含むのに対し,引用発明9
は,グリセリン等の可塑剤を含み,その含有量を特に規定していない点において,
両者は相違するものである(以下「本件相違点」という。)。
(イ)また,以上の引用例9の記載によると,引用例9には,ゼラチンカプセル
の機械的性質は,可塑剤の種類とその添加量・含有水分などの影響により変化する
が,基本的には,基剤のゼラチンフィルムのレオロジー的性質によること,フィル
ムの粘性要素が小さいとカプセルは脆くなるところ,低湿度下では,粘性要素が小
さくなって,外力によって破壊されやすくなること,カプセルの粘弾性のような基
本的強度は,カプセルと同一組成のシートによって測定されるという知見が開示さ
れている。
そして,当業者であれば,かかる知見に接した場合,低湿度の環境下ではゼラチ
ンカプセルは外力によって破壊されやすくなること,粘性に優れたシートを与える
ゼラチン基剤から製造されたゼラチンカプセルは,外力によって破壊されにくいこ
とに加え,機械的強度を測定する粘弾性測定装置により硬カプセルの底部の衝撃に
対する抵抗力を測定する記載等から,カプセルの外力による変形や破壊は,ゼラチ
ン基剤の粘弾性と関連するものであると理解するものということができる。
したがって,当業者は,引用例9から,カプセルが外力により破壊されるか否か
という耐衝撃性等の機械的強度も,カプセルと同一組成のフィルムで試験すること
ができることを理解することができるというべきである。
この点について,医薬用硬質カプセルに関する特開昭61−100519号公報
(甲22)においても,衝撃強度や引張り強度等の機械的強度について,ゼラチン
基剤フィルムの状態で測定されているものであり,本件審決が「カプセルの機械的
強度はフィルムの粘性要素と関連性を有しており,カプセルの機械的強度はカプセ
ルと同一組成のフィルムで試験するものである」とするとおり,当業者における技
術常識であったものということができる。
(3)引用発明2について
ア引用例2(甲2)は,昭和58年6月,旧ソビエト連邦において,雑誌「ポ
リマーレビュー」に掲載された,「固体ゼラチンの構造と特性及びそれらの改質の
原理」と題する論文であるが,引用例2の記載を要約すると,以下のとおりである。
(ア)ゼラチンは,各種の物品及び材料の製造において,広く使用されるポリマ
ー製品として特別な重要性を有する。
ゼラチンには,固有の有用な特性が数多くあるものの,望ましくない温度及び湿
度条件下で発生する重大な欠点もある。その中には,低湿度及び高温下における固
体ゼラチンの大きな脆性がある。かかる脆性は,ゼラチン物質の早期破壊を招くた
め,固体ゼラチンの性質改質の問題,第1に,可塑化の問題は,多くの検討がされ
た課題であるが,未だに完全に解決されていない。そこで,過酷な環境条件下での
ゼラチン材料の脆性を減少させる能力を概説する。
(イ)ゼラチン高分子の立体構造が,ゼラチン製品の機械的特性に対して与える
影響は,通常及び低湿度下でゼラチンがガラス状態であると,ゼラチン高分子中の
らせん程度の減少が,常に固体ゼラチンの機械的特性を劣化させることを示唆する。
(ウ)可塑剤を含み,水を含有しないゼラチンフィルムの衝撃耐性及び吸着特性
に関する最近の詳細な研究から,図18(ゼラチンフィルムの可塑剤として,グリ
セリン等を含む冷ゼラチンフィルムの衝撃耐性の水蒸気圧に対する依存性を測定し
た図)から明らかなとおり,水分含量に依存する可塑化ゼラチンフィルムの衝撃耐
性は,常に極大値を示す。どのような低分子量化合物のタイプ及び濃度並びにその
吸着能力であろうと,極大値は同一の領域で起こる。研究した低分子量化合物のい
ずれもが,P/Po<0.5∼0.6において可塑化作用を有さないこと,すなわ
ち,これらの化合物を含むフィルムの衝撃耐性が,可塑剤を含まないゼラチンフィ
ルムの衝撃耐性よりも低いか,あるいはせいぜい同等であった。低分子量化合物が
可塑化作用を示し,ポリマー可塑化の典型的パターンが観察されるのは,限定され
た水分含量(∼12%水分)においてのみである。水分の最低%は,ゼラチンに導
入された低分子量化合物の性質に依存せず,研究した低分子量化合物のいずれもが,
無水のゼラチンに対して,改質作用を有さない。
(エ)親水性ポリマーによるゼラチンの改質は,限定された混和性を有するゼラ
チンとの混合物を形成するポリエチレングリコール(PEG)を用いて研究された。
図19(ゼラチンフィルムの可塑剤として,PEG−300,3000,4000
0のポリエチレングリコールを含む冷ゼラチンフィルムの衝撃耐性の水蒸気圧に対
する依存性を測定した図。添加量は,PEG−300がそれぞれ0%,5%,1
0%,20%,30%,PEG−3000がそれぞれ0%,1%,3%,5%,P
EG−40000がそれぞれ0%,0.1%,1%である。)から明らかなとおり,
水蒸気圧の関数として,PEG含有ゼラチンフィルムの衝撃耐性は極大値を示す。
極大値の位置は,PEGの分子量及び濃度に依存し,系の最適なミクロ脱混合の度
合いに対応する。水分含量が増加すると(P/Po>0.7),濁度から明らかと
なるマクロ脱混合及び衝撃耐性が低下するが,衝撃耐性の濃度依存性は,高さや位
置が,ポリマーの化学的性質及び分子量に依存する極大値としても示される。
(オ)改質されたゼラチンは,技術的応用として,固相沈着法による写真乳剤の
製造,疎水性物質のマイクロカプセル化,医薬及び各種産業において広く使用され
る。
本論文は,広範囲の温度及び湿度下における固体状態のゼラチンの構造と特性の
解析から,ゼラチンの物理,機械的特性すべてに関わる特定の特徴を明らかにした
ものである。
イ引用発明2の技術内容
(ア)引用例2の図18,19には,ゼラチンフィルムの可塑剤として,グリセ
リンやPEG−300,3000,40000のポリエチレングリコールが使用さ
れることが開示されている。
そして,図18には,グリセリンを10%又は20%配合したゼラチンフィルム
は,低湿度(P/Po<0.5∼0.6)下において,フィルムの衝撃耐性が,グ
リセリン等の可塑剤を含まないものより低いか,せいぜい同等であることが開示さ
れている。
他方,図19には,PEG−3000を1%,3%又は5%配合したゼラチンフ
ィルムは,水蒸気圧が0から約0.8の範囲において,衝撃強度が向上することが
開示されている。
(イ)引用例2の図18及び19において,耐衝撃性を測定しているゼラチンフ
ィルムが,ゼラチン単独のフィルムか,支持体上にゼラチン層を積層した複合フィ
ルムであるかについては,当事者間に争いがある。
もっとも,被告は,衝撃強度試験であれば,支持体上に積層した状態のゼラチン
フィルムであっても,その積層状態におけるゼラチンフィルム(ゼラチン層)の衝
撃強度を測定することは十分可能であることを認めており,複合フィルムの状態で
あっても,支持体より強度が劣るゼラチン層の衝撃強度を評価することは,技術的
に可能であると考えられる。
したがって,引用例2には,低湿度下(P/Po<0.5∼0.6)では,可塑
剤としてグリセリンを10%又は20%配合したゼラチンフィルムと比較して,可
塑剤としてPEG−3000を1%,3%又は5%配合したゼラチンフィルムの方
が,耐衝撃強度が改善されることが開示されているといえる。
なお,図18には,グリセリンを30%配合したフィルムの耐衝撃性についても
記載されているが,引用例9において,可塑剤の量は,硬カプセルでは数%以下,
軟カプセルでは10∼50%とされていることからすると,当業者が,ハードゼラ
チンカプセルの製造において,当該記載に着目することはないものと考えられる。
ウ小括
以上からすると,本件審決が,引用例2には,ゼラチン単独フィルムの耐衝撃強
度の向上には,グリセリンよりも特定のポリエチレングリコールの方がよいことに
ついて開示されているとは認められないとした判断は誤りといわざるを得ない。
この点について,被告は,引用例2に応用分野として例示されている「マイクロ
カプセル」は,カプセル剤とは全く異なるものであり,「医薬」という広範な指摘
についても,直ちにハードゼラチンカプセルへの適用が記載されているということ
もできないなどと主張する。
しかしながら,引用例2は,「固体ゼラチンの構造と特性及びそれらの改質の原
理」と題する論文で,ゼラチン自体の物理,機械的特性に関する一般的な知見を開
示するものであって,特定の用途におけるゼラチンの性質に限定して記述されてい
るものではない。実際,引用例2は,ハードゼラチンカプセルに関する専門書であ
る引用例6(甲6)にも引用されており,ゼラチンカプセルの技術分野に属する文
献であるということができる。被告の主張は採用できない。
(4)引用発明9に引用発明2を組み合わせることについて
ア組合せの容易性について
(ア)引用例2には,低湿度下(P/Po<0.5∼0.6)では,可塑剤とし
てグリセリンを10%又は20%を配合したゼラチンフィルムと比較して,可塑剤
としてPEG−3000を1%,3%又は5%配合したゼラチンフィルムは,耐衝
撃強度が改善されることが開示されており,ポリエチレングリコールは,平均分子
量で分類することが技術常識であること(甲34)からすると,PEG−3000
のポリエチレングリコールとは,平均分子量3000のポリエチレングリコールを
意味するものと認められる。
そして,引用発明9は,ゼラチンカプセルを低湿度下に保存した場合,カプセル
が破壊されやすくなるという課題を有するものであり,また,引用例2は,前記の
とおり,ゼラチンカプセルの技術分野に属する文献ということもできるから,引用
発明9と同じ技術分野に属するものといって差し支えない。
したがって,引用発明9の,ハードゼラチンカプセルの低湿度環境におけるカプ
セルの破壊を改善する目的で,引用例2により開示された技術的知見に基づき,ハ
ードゼラチンカプセルを製造するために用いるゼラチン基剤の可塑剤として,グリ
セリンに代えて,グリセリンよりも低湿度下において優れた耐衝撃強度を与えるP
EG−3000,あるいはそれに類似するポリエチレングリコールをゼラチンに対
して1∼5%程度添加することは,当業者が容易に行い得ることであるものと認め
られる。
かかる添加割合は,本件発明における#4000のポリエチレングリコールの添
加割合(3%∼15%)と重複する範囲であり,可塑剤の量は,硬カプセルでは
数%以下とされていること,ゼラチンフィルムの衝撃耐性は,添加されるポリエチ
レングリコールの平均分子量及び濃度に影響されることは,引用例2及び9に開示
されているのであるから,添加量の上限及び下限は,当業者が実験等により,適宜
設定し得る事項であるということができる。
(イ)被告は,本件発明の「#4000のポリエチレングリコール」とは,日本
薬局方収載のポリエチレングリコール4000(マクロゴール4000)であると
主張し,本件審決も同様の認定をするところ,本件明細書には,#4000のポリ
エチレングリコールが日本薬局方収載のポリエチレングリコール4000であるこ
とは明記されておらず,また,本件基礎出願の公開特許公報(甲11)には,分子
量によりポリエチレングリコールを特定する旨の記載があることなどからすると,
本件明細書における「#4000のポリエチレングリコール」については,明確性
の要件を充足しているかなお疑問が残るものであり,原告も,取消事由4として主
張するものである。
もっとも,明確性の要件を充足するか否かはともかくとして,被告の主張を前提
とすれば,「#4000のポリエチレングリコール」とは,日本薬局方(甲38)
収載の,平均分子量が2600∼3800のポリエチレングリコールであるから,
PEG−3000,すなわち,平均分子量3000のポリエチレングリコールに類
似するものとして,化学構造が共通し,平均分子量において重複する#4000の
ポリエチレングリコールを用いることは,当業者が容易に行い得ることである。
(ウ)以上からすると,本件審決が,本件相違点について,グリセリン等の可塑
剤に代えて引用例2又は5記載の特定のポリエチレングリコールを配合してみるこ
とは,当業者が容易に想到し得たとはいえないとした判断は誤りである。
イ被告の主張について
(ア)被告は,カプセルの静圧荷重試験とフィルムの衝撃試験は,全く異なるな
どと主張する。
しかしながら,先に指摘したとおり,カプセルの機械的強度は,支持体から分離
して試験したか否かにかかわらず,カプセル基剤をゼラチンフィルムとした状態で
評価できることは,当業者の技術常識といえるから,引用例2において,耐衝撃性
の評価がフィルムでなされていることは,引用発明9に,引用例2に開示された技
術的知見を結び付けることを阻害するものではない。
(イ)被告は,本件発明において,カプセルで問題とされる機械的性質は,静圧
荷重特性であって,耐衝撃特性ではないなどと主張する。
この点について,本件明細書には,本件発明が解決しようとする課題は,吸水性
又は吸湿性物質を充填した場合におけるハードゼラチンカプセルにおける皮膜の低
含有水分下での機械的強度の脆さといった不都合を解消することとされており,
「機械的強度」とは,「カプセル成形後における例えば内容物充填作業でのカプセ
ルの機械的取扱に際して,ひび,割れ又は欠け等のカプセル皮膜に損傷」が生じな
いための強度を意味すると記載されている。
そうすると,本件発明が問題とする「機械的強度」には,被告が強調するPTP
包装からの取り出し時における静圧荷重のほか,「内容物充填作業でのカプセルの
機械的取扱」の際,カプセル同士の接触,カプセルと充填装置の部品と接触するこ
となどにより,カプセルに衝撃力が加わることをも当然想定しているものというこ
とができるから,むしろ,本件発明は,カプセルの耐衝撃性の向上も目的とするも
のと解される。
そして,本件明細書の実施例においては,静圧荷重を加える加圧試験機を用いて,
カプセル割れ試験を行っているが,当該試験により評価される「カプセル割れ試
験」も,引用例9に記載される粘弾性測定装置を用いて評価される「硬カプセルの
底部の衝撃に対する抵抗力」も,いずれもカプセルに対して外力を加えた際に生じ
るカプセルの破損について評価する点において共通するものである。
引用例9には,カプセルの機械的性質は,基剤のゼラチンフィルムの性質による
ことも開示されているのであるから,当業者は,形状がフィルムの状態であったと
しても,衝撃強度という外力を加えた際の強度に優れる材料であれば,当該基剤か
ら形成されたカプセルについて,加圧試験機で測定されるカプセルの強度も,粘弾
性測定装置を用いて評価されるカプセルの強度も,ある程度良好な結果となること
を想定するものと解される。
(ウ)被告は,本件発明と引用例9との相違点は,そもそも#4000のポリエ
チレングリコールをハードゼラチンカプセルに配合しているか否かという点であっ
て,数値限定の有無のみではないから,臨界的意義は要求されないとも主張する。
しかしながら,先に指摘したとおり,引用例2による技術的知見を適用すれば,
ハードゼラチンカプセルの基剤であるゼラチンに#4000のポリエチレングリコ
ールを1∼5%程度添加することは,当業者が容易に行い得ることである。
そして,本件発明において特定される#4000のポリエチレングリコールの配
合割合「3∼15重量%」は,引用例2により教示される1∼5%の範囲と重複す
るものであり,本件明細書の実施例は,その添加効果の評価手段として,静圧荷重
をかける加圧試験機を採用し,外力によるカプセルの破損が少ないことを確認した
ものにすぎない。
被告の主張はいずれも採用できない。
ウ小括
以上からすると,低湿度下におけるハードゼラチンカプセルの機械的強度を向上
するために,可塑剤として,#4000のポリエチレングリコールを3∼15重
量%の割合で添加することは,当業者であれば容易に想到し得るものということが
できる。
同様に,ゼラチンを水に溶解した溶液に,かかる割合で#4000のポリエチレ
ングリコールを添加してジェリーを得た後,浸漬法により非フォーム状ハードゼラ
チンカプセルを製造する方法の発明である本件発明2も,当業者が,引用例9と引
用例2により開示された技術的知見を組み合わせることにより,容易に想到し得る
ものということができる。
したがって,本件発明の進歩性を認めた本件審決の判断は誤りというほかなく,
原告主張の取消事由2は,理由がある。
3結論
以上の次第であるから,その余の取消事由について検討するまでもなく,本件審
決は取り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官本多知成
裁判官荒井章光

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