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平成12年(ネ)第4119号 秘密保持義務存在確認等請求控訴事件(原審・東
京地方裁判所昭和60年(ワ)第4131号)(平成14年1月30日口頭弁論終
結)
          判          決
       控訴人   ケービーエイ・ジオリ・エス・アー
          (旧商号)  ド・ラ・リュー・ジオリ・エス・アー
       訴訟代理人弁護士   花 水 征 一
       同          深 井 俊 至
       同          木 村 耕太郎
       訴訟復代理人弁護士  毛 利 峰 子
       補佐人弁理士     青 木   朗
       同          鶴 田 準 一
       被控訴人       国
       代表者法務大臣    森 山 眞 弓
       指定代理人      小野寺 雅 之
       同          中 園 浩一郎
       同          飯 田 幸 司
       同          中 川 勝 弘
       同          中 村 博 幸
       同          髙 杉   悟
       同          三 澤 勝 久
          主          文
      本件控訴を棄却する。
      控訴費用は控訴人の負担とする。
      この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
 (1) 原判決を取り消す。
 (2) 被控訴人と控訴人との間に、原判決別紙目録(二)記載の技術情報につき、
秘密保持義務が存在することを確認する。
 (3) 被控訴人は、原判決別紙目録(二)記載の技術情報を「自己の為にのみ利用
し」、これを将来にわたって第三者に開示してはならない。
 (4) 被控訴人は、訴外株式会社小森コーポレーション及びその他の第三者をし
て、訴外株式会社小森コーポレーションが「マルチ」、「カレンシーL832」及
び「カレンシーI332」との名称で製造している銀行券及び証券印刷機、並びに
その他訴外株式会社小森コーポレーション及びその他の第三者が日本国外において
販売する銀行券及び証券印刷機に、原判決別紙目録(二)記載の技術情報を利用せし
めてはならない。
 (5) 被控訴人は、控訴人に対し、226万9059.67スイスフラン及びこ
れに対する平成元年4月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
 (6) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
 2 被控訴人
   主文第1、2項と同旨
  (なお、被控訴人は、原審において、本件訴えの却下を求める本案前の答弁を
したが、当審においては上記のとおりの答弁をするにとどまるから、本案前の主張
は撤回したものと解される。)
第2 事案の概要
   本件は、控訴人が、控訴人又はその前身(オルガニザシオン及びエンジニア
リング社)において被控訴人(印刷局)に対して提供、開示した紙幣印刷機等に関
する秘密技術情報(本件技術情報)につき、契約、不正競争防止法の趣旨、信義則
又は覚書に基づいて、被控訴人が秘密保持義務を負担している旨主張し、被控訴人
に対し、その旨の確認及び本件技術情報の開示等の差止めを求めるとともに、当該
秘密保持義務違反を理由とする損害賠償を求めた事案であり、控訴人の請求をいず
れも棄却した原判決に対し、控訴人が取消しを求めている。
   本件の前提となる事実及び争点は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判
決「事実及び理由」欄の「第二事案の概要」のとおりである(ただし、前記本案前
の主張に係る59頁8行目~60頁3行目を除く。)から、これを引用する。
 1 原判決の訂正
 原判決9頁6行目及び7行目の「大蔵省」を「財務省」に、10頁1行目の
「ジオリ機構」を「ケーバウ社」に、41頁3行目の「甲一二」を「甲112」
に、53頁2行目及び3行目の「スーパーシミュルタン」を「スーパーシムルタ
ン」に、それぞれ改める。
 2 控訴人の主張
 (1) 被控訴人の秘密保持義務
    被控訴人が控訴人に対し本件技術情報につき秘密保持義務を負担している
ことは、以下の点から明らかである。
   ア 契約に基づく義務
     被控訴人が、「シムルタン型」紙幣印刷機、「インタリオカラー型」紙
幣印刷機、「ニューメロータ型」印刷機及び「ド・ラ・リュー・インタリオ・プレ
ス型」紙幣印刷機を購入するに当たり、契約書上は、契約の相手方を、原告又はそ
の前身であるオルガニザシオン若しくはエンジニアリング社とせずに、レイボルド
機工及び東西商事とされたことは原判決の認定のとおりであるが、両者が、控訴人
の日本における販売代理店であることは明らかであり、被控訴人(印刷局)もその
ことは十分に承知していた。一般に政府機関が契約をする場合、契約書に日本語が
用いられること等の理由から、外国の実質上の売主と直接契約することなく、日本
の代理店等を介在させることは、政府調達契約の慣行にすぎない。このような場合
に、実質上の売主が、自ら又は日本の代理店に代位して、当該契約上の権利を行使
し得ることは当然である。
     また、原判決は、売買契約に伴い秘密保持義務を負わせるにはその旨の
特約が必要であるとするが、転売を前提としないような特殊な取引にあっては、明
示の特約がなくとも、当事者の意思解釈として、買主は秘密保持義務を負うと解す
るべきである。そして、本件における売買契約の目的物は紙幣印刷機という特殊な
ものであることを考えると、売買の時点でその対象物に保護される技術情報が存在
していれば、買主に秘密保持義務を負わせるに十分である。
   イ 不正競争防止法に基づく義務
     原判決は、平成2年改正法の施行前日(平成3年6月14日)までに取
得された営業秘密には、不正競争防止法の下で秘密保持義務を負担することはない
とするが、平成2年改正法の附則2条は、同改正法の施行前に取得された営業秘密
の開示行為について、継続的な使用を除き、同施行後の開示行為を禁止しているか
ら、原判決の法令解釈には明白な誤りがある。
   ウ 信義則に基づく義務
     原判決は、控訴人と被控訴人とが「共通の技術情報を保有し、第三者に
開示しないことが有利であると相互に認識し、信頼することもあり得なくはない」
(104頁4行目~5行目)と、両者の特殊な関係を認定しながら、控訴人が被控
訴人に提供した技術情報が「秘密として管理し、秘密として保護される技術情報」
ということができないことを主たる理由として、信義則上の秘密保持義務の存在を
否定する。この判断は、不正競争防止法上の営業秘密の要件としての秘密管理性に
引きずられたものと考えられるが、信義則上の秘密保持義務を検討するに当たっ
て、このような概念を持ち出す必要はない。なお、控訴人において秘密として保護
される技術情報の提供がなかったとの点においても誤りがあることは後述する。
   エ 本件覚書に基づく義務
     本件覚書は、印刷局が研修のため派遣した技術者を控訴人において受け
入れる際に作成されたものであるが、その対象とする秘密情報は、控訴人が印刷局
に提供し又は将来提供される秘密技術情報のすべてを含むものであり、上記研修に
関連した秘密技術情報に限定されるものではない。すなわち、本件覚書が交わされ
たのは、小森が控訴人の製品である印刷機の模造品を製造するとの事件が昭和39
年(1964年)に発覚し、当該模造品の製造には、控訴人が印刷局に提供した秘
密技術情報の流出が関わっているとしか考えられなかったことから、今後そのよう
なことがないことを確認する趣旨でされたものであり、その趣旨は印刷局も認めて
いたところである。本件覚書の文言解釈としても、対象とする秘密技術情報を限定
するものとはいえないし、秘密として管理する技術情報に限定するものでもない。
 (2) 本件技術情報の秘密性
    控訴人が被控訴人に開示した本件技術情報の秘密性を判断するに当たって
は、当該技術情報を個々の要素に分断するのではなく、各要素を組み合わせた総体
を一体不可分の技術情報として取り扱わなければならない。技術というものは、細
かく分断して見れば一つ一つは公知ということになってしまうものであるが、そう
した技術を組み合わせることによって新しい技術が生まれるのであり、その創意工
夫こそが秘密の技術情報として保護されるべきものであるからである。以下、個別
の技術項目ごとに述べる(下記①以下の符号は、原判決別紙目録(二)の(一)以
下の数字に対応するものであり、欠番がある。以下、同目録(一)~(三二)記載
の各技術情報を、その数字に対応して「本件技術情報①~」などと表記す
る。)。
   ① シムルタン印刷方式
     シムルタン印刷機に関して、控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、
甲70の1~4の記載内容である技術情報及びシムルタン印刷機自体に含まれる技
術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲70の1~4(同印刷機の図
面及び説明書)、甲70の5、6(同印刷機の写真)等を提出した。これに対し、
原判決は、甲70の1~6等が被控訴人に交付されたことは認めつつ、同印刷機の
構造等が定期刊行物(乙19の1~3)や宣伝用カタログ(乙74)に掲載されて
いることから、その技術情報が秘密として管理され、秘密として保護される技術情
報ということはできない旨認定する。しかし、この認定は、印刷機の製作用図面と
一般の書籍やカタログの略図とを同一視するもので誤っている。
     また、改良型シムルタン印刷機に関して、控訴人が秘密保持義務の対象
とするのは、甲74の記載内容である技術情報であって、控訴人は、これを特定す
るために甲73(同印刷機の写真)、甲74(同印刷機の図面)等を提出した。こ
れに対し、原判決は、甲74と同様の図面が宣伝用カタログ(乙74)に掲載され
ていることを理由に、その技術情報が秘密として管理し、秘密として保護される技
術情報ということはできない旨認定する。しかし、この認定は、印刷機の製作用図
面とカタログの略図とを同一視するもので誤っている。
   ② 2枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、凹版カラー印刷機自体に含ま
れる技術情報及び甲84の記載内容である技術情報であって、控訴人は、これを特
定するために甲84(技術文書及び付属図面)を提出した。これに対し、原判決
は、被控訴人が甲84と同様の図面(乙76)を受領したこと及び同図面には複写
等を禁ずる旨の記載があることを認めながら、雑誌(乙40の1、2、乙19の1
~3)に掲載された図面等に基づいて、本件技術情報②が秘密として管理し、秘密
として保護される技術情報ということはできない旨認定する。しかし、この認定
は、印刷機の製作用図面と雑誌に掲載された略図とを同一視するもので誤ってい
る。
   ③ 4枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、凹版カラー印刷機自体に含ま
れる技術情報及び甲85、86の記載内容である技術情報であって、控訴人は、こ
れを特定するために甲85(同印刷機の図面)、86(スーパーインタリオカラー
の図面)を提出した。これに対し、原判決は、被控訴人が甲85ないしはこれに類
する図面の交付を受けたことを認めつつ、カタログ(乙77)に掲載された図面等
に基づいて、本件技術情報③が秘密として管理し、秘密として保護される技術情報
ということはできない旨認定する。しかし、この認定は、印刷機の製作用図面とカ
タログに掲載された略図とを同一視するもので誤っている。
   ⑤ ドライオフセット用真鍮製刷版の製造方法
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の
(五)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲87(技術
文書)を提出した。これに対し、原判決は、被控訴人に対し当該技術情報が開示さ
れたと認めるに足りる証拠はないとした上で、上記技術情報と甲87記載の技術情
報は相互に相違し、また、米国特許2331772号(乙79)に照らせば、本件
技術情報⑤が秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはでき
ない旨認定する。しかし、上記技術情報と甲87記載の技術情報は相違するもので
はなく、また、乙79記載の製造方法は、画線部を形成する突出部の根本部に生じ
たくびれ部分にインキがたまり易く、本件技術情報⑤の意図する良好な印刷を可能
にするものではないから、これを無視した原判決の上記認定は不当である。
   ⑦ 硫酸ニッケル電着についての新たに開発された技術
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の
(七)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲88(技術
文書)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人又はオルガニザシオンが被控訴
人に対し、本件技術情報⑦を提供したことを認めるに足りる証拠はないとするのみ
で、その秘密性について何ら判示しない。この認定は、控訴人と被控訴人が本件技
術情報の秘密性について攻撃防御を尽くしてきた事実を無視するものであって、不
当である。
   ⑧ ガラス及び金属上に機械的に彫刻を行う技術
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の
(八)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲89(技術
文書)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人又はオルガニザシオンが被控訴
人に対し、本件技術情報⑧を提供したことを認めるに足りる証拠はないとした上
で、カタログ(乙23)の記載等に照らせば、本件技術情報⑧が秘密として管理
し、秘密として保護される技術情報ということはできない旨認定する。しかし、乙
23には、甲89の第4~第7段落に該当する部分の記載が欠落しているから、こ
れを無視した原判決の認定は不当である。
   ⑨ 硫酸ニッケル槽を浄化することによってニッケル銅製凹版印刷刷版のピ
ッチングを防止する方法
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の
(九)に記載の技術情報である。これに対し、原判決は、控訴人又はオルガニザシ
オンが被控訴人に対し、本件技術情報⑨を提供したことを認めるに足りる証拠はな
いとするのみで、その秘密性について何ら判示しない。この認定は、控訴人と被控
訴人が本件技術情報の秘密性について攻撃防御を尽くしてきた事実を無視するもの
であって、不当である。
   ⑪ 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第一段階)
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(一
一)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲64(図面)
を提出した。これに対し、原判決は、控訴人又はオルガニザシオンが被控訴人に対
し、本件技術情報⑪を提供したことを認めるに足りる証拠はないとした上で、当該
技術情報のうち、クリーニング・シリンダーのコーティング剤に関してジオリによ
り特許出願(乙202)されていることに照らせば、本件技術情報⑪が秘密として
管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない旨認定する。しか
し、乙202は、本件技術情報⑪のすべての要件を満たしたものではなく、その秘
密性を否定する根拠たり得ないから、これを無視した原判決の認定は不当である。
   ⑫ 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第二段階)
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(一
二)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲65の1~
5、甲66(図面)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対
し、本件技術情報⑫を提供したことを認めるに足りる証拠はないとするのみで、そ
の秘密性について何ら判示しない。この認定は、控訴人と被控訴人が本件技術情報
の秘密性について攻撃防御を尽くしてきた事実を無視するものであって、不当であ
る。
   ⑬ プレワイピング
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(一
三)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲79(図
面)、80(プレワイピング・ローラーに関する技術仕様及び取扱説明書)を提出
した。これに対し、原判決は、控訴人又はオルガニザシオンが被控訴人に対し、本
件技術情報⑬を提供したことを認めるに足りる証拠はないとした上で、当該技術情
報のうち、同目録(一三)2に記載の技術がジオリの特許出願に係る明細書(乙4
9)に従来技術として記載されていることに照らせば、本件技術情報⑬が秘密とし
て管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない旨認定する。しか
し、乙49は、本件技術情報⑬のすべての要件を満たしたものではなく、その秘密
性を否定する根拠たり得ないから、これを無視した原判決の認定は不当である。
   ⑮ ショート・インキング
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、甲69の1~14の記載内容
たる技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲69の1~14(図
面)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対し、本件技術情報
⑮を提供したことを認めるに足りる証拠はないとした上で、印刷局においてショー
ト・インキングの実用化を図っていたこと及び控訴人の特許出願に係る明細書(乙
55)に当該技術情報がほとんど開示されていることに照らせば、本件技術情報⑮
が秘密として管理し、秘密として保護される技術情報ということはできない旨認定
する。しかし、インキの速乾性に基礎をおく被控訴人の技術と、インキング装置の
機構上に特徴を有する本件技術情報⑮とは全く異なる技術であり、また、乙55
は、本件技術情報⑮のすべての要件を満たしたものではなく、その秘密性を否定す
る根拠たり得ないから、これを無視した原判決の認定は不当である。
   ⑯ 刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第三段階)
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(一
六)に記載の技術情報である。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対し、
本件技術情報⑯を提供したことを認めるに足りる証拠はないとするのみで、その秘
密性について何ら判示しない。この認定は、控訴人と被控訴人が本件技術情報の秘
密性について攻撃防御を尽くしてきた事実を無視するものであって、不当である。
   ⑱ 機械的強度の優れた凹版印刷用刷版を作成するための電鋳方法
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(一
八)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲90~92
(図面)、93(技術文書)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴
人に対し甲92と同様の図面を交付したことを認めつつ、控訴人から被控訴人に甲
90、91、93が開示されたこと及びこれらに本件技術情報⑱が記載されている
ことは認めることができないと認定するのみで、本件技術情報⑱の秘密性について
何ら判示しない。この認定は、控訴人と被控訴人が本件技術情報の秘密性について
攻撃防御を尽くしてきた事実を無視するものであるばかりでなく、甲92と同様の
図面の交付を認めながら、その記載の技術情報の秘密性について何ら検討しないの
は、不当である。
   ⑲ 高い耐熱性と耐久性を有するワイピング・シリンダコーティング用新配
合に関する情報
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(一
九)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲80(技術文
書)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対し、本件技術情報
⑲を提供したことを認めるに足りる証拠はないとするのみで、その秘密性について
何ら判示しない。この認定は、控訴人と被控訴人が本件技術情報の秘密性について
攻撃防御を尽くしてきた事実を無視するものであって、不当である。
   ⑳ 印刷のすべての段階において、各シートの端に印刷されたバーコードに
より機械的に各シートを追跡するシステム
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(二
〇)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲94(控訴人
の被控訴人宛書簡)、95(同)、96(被控訴人の控訴人宛書簡)を提出した。
これに対し、原判決は、甲95の開示の事実を認めつつ、本件技術情報⑳のほとん
どは控訴人の特許出願に係る明細書(乙235の1、2)に開示されているとし
て、本件技術情報⑳が秘密として管理され、秘密として保護される技術情報という
ことはできない旨認定する。しかし、乙235の1、2は、本件技術情報⑳のすべ
ての要件を満たしたものではなく、その秘密性を否定する根拠たり得ないから、こ
れを無視した原判決の認定は不当である。
    残余ワイピング液の処理に関する方法並びにそれに関連する装置の設置
方法
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(二
一)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲97(技術文
書及び付属図面)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対し、
本件技術情報を提供したことを認めるに足りる証拠はないとするのみで、その秘
密性について何ら判示しない。この認定は、控訴人と被控訴人が本件技術情報の秘
密性について攻撃防御を尽くしてきた事実を無視するものであって、不当である。
    真鍮製オフセット刷版の製作方法
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(二
二)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲112(技術
文書の表紙)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対し、本件
技術情報を提供したことを認めるに足りる証拠はないとした上、上記⑤のとお
り、本件技術情報が秘密として管理され、秘密として保護される技術情報という
ことはできない旨認定する。しかし、この認定が不当なことは、上記⑤で述べたと
おりである。
    銅を用いることなく凹版印刷用のマスタープレートを製作する方法
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(二
三)に記載の技術情報である。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対し、
本件技術情報を提供したことを認めるに足りる証拠はないとするのみで、その秘
密性について何ら判示しない。この認定は、控訴人と被控訴人が本件技術情報の秘
密性について攻撃防御を尽くしてきた事実を無視するものであって、不当である。
    刷版クリーニング・シリンダーの洗浄方法(第四段階)
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(二
五)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲67(技術文
書)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対し本件技術情報
を開示したことを認めるに足りる証拠はないした上で、控訴人の特許出願に係る明
細書(乙234)に本件技術情報が開示されているとして、本件技術情報が秘
密として管理され、秘密として保護される技術情報ということはできない旨認定す
る。しかし、乙234は、本件技術情報のすべての要件を満たしたものではな
く、その秘密性を否定する根拠たり得ないから、これを無視した原判決の認定は不
当である。
    インタリオセット方式
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(二
八)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するため甲74(図面)、
76(技術文書)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対し、
本件技術情報を提供したことを認めるに足りる証拠はないとするのみで、その秘
密性について何ら判示しない。この認定は、控訴人と被控訴人が本件技術情報の秘
密性について攻撃防御を尽くしてきた事実を無視するものであって、不当である。
    物理的な接触を伴わず電子的なプリントコントロールによってナンバリ
ングヘッド及びナンバリングホイールの連続的な切換えを検査するシステム
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(三
〇)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲106~10
8(図面)を提出した。これに対し、原判決は、被控訴人がレイボルド機工から甲
106の交付を受けたことを推認することができるとしながら、同号証には「ホー
ル素子を用いて」番号の切換えが行われたことを検出する技術が記載されていない
として、控訴人が被控訴人に対し本件技術情報を開示したことを認めるに足りる
証拠はないとした。しかし、ナンバリング・シリンダーの一部品にすぎない「ホー
ル素子」が全体図である甲106に表示されていないのは、図面の性格上当然であ
るから、進んで本件技術情報の秘密性について何ら判示しない原判決は不当であ
る。
    凹版印刷用プラスチック製型を高周波溶接によって組み立てる方法
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(三
一)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するため甲109(技術文
書及び付属図面)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に対し、
甲109を提供したことを認めるに足りる証拠はなく、また、同号証には本件技術
情報の記載はない旨認定する。しかし、甲109記載の高周波溶接プレス装置
は、単なる高周波溶接装置ではなく、紙幣のプレートまで製造できるような高い溶
接精度を備えたものであるから、原判決は不当である。
    銅メッキされた凹版印刷用スリーブに画像を移すための自動トランスフ
ァ装置の構造
     控訴人が秘密保持義務の対象とするのは、原判決別紙目録(二)の(三
二)に記載の技術情報であって、控訴人は、これを特定するために甲110、11
1(技術文書及び図面)を提出した。これに対し、原判決は、控訴人が被控訴人に
対し本件技術情報を開示したことを認めるに足りる証拠はないとした上で、甲1
11と同一の図面が論文(乙131)に掲載されていることに照らして、本件技術
情報が秘密として管理され、秘密として保護される技術情報ということはできな
い旨認定する。しかし、甲111は、操作説明書(甲110)と一体のものであ
り、他方、乙131の図面は、甲111の図面の一部にすぎないものであるから、
乙131は、本件技術情報の秘密性を否定する根拠たり得ず、これを無視した原
判決の認定は不当である。
 (3) 本件技術情報の提供、開示
    被控訴人が当審で提出した乙284~293(ジオリと市川の間でやり取
りされた書簡等)は、控訴人と市川ら印刷局関係者との通信が、私的な交流に関す
るものではなく、印刷局の職務に関するものであることを示すとともに、本件技術
情報の被控訴人への提供、開示を基礎付けるものである。すなわち、乙287は本
件技術情報⑬、⑳、、に、乙288は同に、乙290は同⑬に、乙291は
同に、乙292は同⑫、にそれぞれ関連するものであり、被控訴人において、
これらに関する技術情報の提供、開示を受けていたことを裏付けるものである。
 3 被控訴人の主張
 (1) 被控訴人の秘密保持義務について
   ア 契約に基づく義務について
     控訴人は、本件印刷機の調達に係る実質的な売主は控訴人又はその前身
であるオルガニザシオン若しくはエンジニアリング社である旨主張するが、その調
達契約書の文言を離れて、契約の実質的な当事者がオルガニザシオン若しくはエン
ジニアリング社であるとか、契約書に記載されていない合意が存在するというよう
な控訴人の主張は、会計法等法令に定める手続遵守の厳格性が要求される同契約の
形式的明確性から考えて、理由のないことは明らかである。控訴人は、レイボルド
機工及び東西商事が控訴人の販売代理店であるとも主張するが、販売代理店の取引
の実体の大部分は自己名義の売買であるから、販売代理店であることが控訴人の主
張を何ら基礎付けるものでないし、そもそも販売代理店関係の存在自体、控訴人に
おいて立証しているものでもない。
     さらに、控訴人は、本件印刷機が紙幣印刷機という特殊なものであるこ
とを理由として秘密保持義務が発生する旨主張するが、本件印刷機は、技術的には
本来のオフセットないし凹版印刷の域を出ない印刷機であって、紙幣専用印刷機で
はなく、その用途が紙幣印刷機であるにすぎないのであるから、本件印刷機の調達
契約の性格自体は、通常の私法上の契約と変わるところはない。
   イ 不正競争防止法に基づく義務について
     控訴人は、平成2年改正法の適用に関する原判決の誤りを主張するが、
同法の施行前日までに保有者から示された営業秘密や、これを開示する行為につい
て、同法による改正後の不正競争防止法が適用になる余地のないことは、その旨の
特別規定のない限り当然である。
   ウ 信義則に基づく義務について
     信義則により秘密保持義務を負うのは、契約等の法律関係が存在し、か
つ、秘密保持義務を負担させることが公正で合理的といえる特段の事情の存在する
ことが前提となる。ところが、本件においては、控訴人ないしオルガニザシオンは
本件印刷機の調達契約の当事者でないばかりか、印刷局は、控訴人の申込みに係る
共同事業ないし技術提携を拒否しており、信義則が作用するような関係はない。
     また、控訴人は、信義則上の秘密保持義務については秘密管理性の要件
を考える必要はない旨主張するが、秘密保持義務を負担する要件として、秘密管理
の存在が前提となることは当然である。
   エ 本件覚書に基づく義務について
     本件覚書は、印刷局の小林製造部長及び岡田製造部印刷課課長補佐の欧
米における印刷事情視察に際して、印刷局の大澤業務部長が作成したものである
が、大澤業務部長が上記両名の視察について一般的、抽象的な秘密保持義務の負担
を内容とする命令ないし指示を行う権限はなかったし、印刷局長を代理してこれを
行う権限もなかった。印刷局の職員の法令に定める権限及び手続に違反した行為に
より被控訴人が秘密保持義務を負担することを認めることは、法治行政の原則等か
ら多大の問題が生ずるというべきであり、被控訴人は本件覚書に基づいて何らの秘
密保持義務も負担するものではないと解すべきである。
 (2) 本件技術情報の提供、開示及び秘密性について
   ア ある技術情報につき秘密保持義務の発生を主張するには、当該秘密保持
義務を発生させる法的根拠が存在しなければならないのは当然であるが、それとと
もに、対象となる技術情報の提供(相手方が利用できる状態にすること)、開示
(相手方に分かるように示すこと)と、当該技術情報が法的に保護に値する秘密で
あること、すなわち秘密として管理されていることを要する。そして、原判決は、
本件技術情報中、本件技術情報①~③及び⑳を除くその余の各技術情報について
は、その提供、開示を否定したものであり、秘密管理に関する判示は付加説示にす
ぎないところ、控訴人の当審における主張立証は、上記各技術情報の提供、開示自
体を何ら基礎付けるものではない。すなわち、控訴人は、被控訴人が当審で提出し
た控訴人と市川ら印刷局関係者との通信(上記2(3))は上記各技術情報の提供、開
示を裏付けるものである旨主張するが、根拠を欠く単なる憶測にすぎない。
   イ 本件技術情報①~③及び⑳は、控訴人において秘密として管理していた
技術情報であるとはいえない。控訴人は、本件技術情報の秘密性を判断するに当た
っては、当該技術情報を個々の要素に分断するのではなく、各要素を組み合わせた
総体を一体不可分の技術情報として取り扱わなければならない旨主張するが、特定
の技術情報全部の要件が満たされないような個々の公知資料に表れた技術情報であ
っても、これにより当該技術情報の要部を認識し得るものであれば、その秘密性が
失われることは当然である。被控訴人は、そのような意味において本件技術情報の
公知性を主張するものであり、控訴人の批判は当たらない。
     具体的には、まず、本件技術情報①(シムルタン印刷方式)について、
控訴人は、甲70の1~6をもって特定される旨主張するが、当該技術情報中、シ
ムルタン印刷機(型式3/2TOⅢ)に関する部分は、その構造及び配列については
乙19の1~3により、各構成部分の技術は乙19の4、乙21、24~37、7
4により、それぞれ公表されている周知の技術であるし、改良型シムルタン印刷機
に関する部分は、その開示、提供の事実及び秘密管理性を否定した原判決の判断に
何ら不合理な点はない。
     次に、本件技術情報②(2枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機)
について、控訴人は、甲84をもって特定される旨主張するが、同号証記載の技術
情報は、乙19の1~3、乙21、29、33、39、40の1、2、乙41~5
7によって公知となっている技術情報にすぎない。
     また、本件技術情報③(4枚の刷版により印刷する凹版カラー印刷機)
について、控訴人は、甲85、86をもって特定される旨主張するが、同号証記載
の技術情報が公知の技術情報であることは、乙19の1~3、乙21、29~3
1、39~57、77から明白である。
     さらに、本件技術情報⑳(印刷のすべての段階において各シートの端に
印刷されたバーコードにより機械的に各シートを追跡するシステム)は、そのほと
んどが乙235の1、2に開示されている。この点について、控訴人は、乙235
の1、2は当該技術情報の秘密性を否定する根拠たり得ない旨主張するが、これに
より当該技術情報の要部を認識し得るから、その秘密性が失われることは上記のと
おりである。
     以上の詳細及びその余の本件技術情報についての被控訴人の主張は、原
判決別紙「被告の反論」のとおりである。
第3 当裁判所の判断
 1 前提事実
   本件印刷機を購入した前後の経緯については、原判決「事実及び理由」欄の
「第三争点に対する判断」の二1(61頁末行~74頁10行目)のとおりである
(ただし、63頁5行目の「ジオリ機構」を「オルガニザシオン」に、66頁9行
目の「印刷局局長」を「印刷局長」に、73頁9行目の「大蔵省」を「財務省」
に、それぞれ改める。)から、これを引用する。これに、前記引用に係る原判決の
「前提となる事実」(5頁10行目~10頁末行)及び証拠(甲63、71、16
3、168、177、乙63~65)を総合すれば、以下の事実を認めることがで
きる。
 (1) オルガニザシオンは、銀行券及び証券の印刷に関する技術開発及び技術指
導等を目的としてジオリの設立したスイス法上の一人法人であり、ケーバウ社は世
界で最も古い歴史を有する印刷機械メーカーといわれるドイツ法人であるところ、
両社は、昭和27年(1952年)以降、業務提携関係を結び、オルガニザシオン
がケーバウ社に印刷機の製造を委託するようになった。この両社の業務提携に基づ
いて製造された印刷機には、「KOEBAU-GIORI」との標章が使用されて
いた。
 (2) その後、ジオリは、当時、世界最大の銀行券及び証券印刷所を所有してい
た企業集団であるド・ラ・リューグループとの提携を図るため、昭和40年(19
65年)3月30日、同グループ傘下のインターナショナル社との折半出資によ
り、スイス法人として、控訴人(当時の商号はド・ラ・リュー・ジオリ・エス・ア
ー、代表者ジオリ)及びテクニーク社の合弁会社2社を設立した。その際、ジオリ
とインターナショナル社は、インターナショナル社において、エンジニアリング社
がそれまで行ってきたすべての種類の商業的取引を上記合弁会社2社に譲渡するこ
とを約束すること、ジオリ及びインターナショナル社において、自己の名義(ジオ
リ個人のほかオルガニザシオン名義のものを含む。)で行ってきた紙幣印刷機の製
造販売等の業務を中止し、同日以後、現存する又は進行中のすべてのプロセス、図
面、特許、発明等は、テクニーク社の独占的な権利となること等を合意した。その
後、テクニーク社が昭和42年(1967年)7月1日に控訴人に吸収合併された
結果、控訴人が、オルガニザシオン、インターナショナル社及びエンジニアリング
社の有していた上記の権利を承継した。
 (3) 印刷局は、昭和32年(1957年)から昭和41年(1966年)まで
の間に、レイボルド機工との間の「印刷局機械製造請負契約」に基づき、5色のオ
フセット印刷用のシムルタン印刷機(型式3/2TOⅢ、以下「本件シムルタン印刷
機」という。)計11台、3色の凹版印刷用のインタリオカラー双プレート印刷機
(型式3/OLgⅢ、以下「本件2P凹版印刷機」という。)1台、3色の凹版印刷用
のインタリオカラー4プレート印刷機(型式3/OLgⅢ/4、以下「本件4P凹版印
刷機」という。)12台及び2色の番号付け用のニューメロータ印刷機12台を購
入した。上記各印刷機は、いずれも、前記の業務提携関係に基づいて、ケーバウ社
が、オルガニザシオンの技術供与を受けて製造したものであり、「KOEBAU-
GIORI」との標章のプレートが付されている。
    また、印刷局は、昭和36年(1961年)ころから昭和39年(196
4年)ころまでの間に、東西商事との間の「印刷局機械製造請負契約」に基づき、
エンジニアリング社製の紙幣印刷機27台を購入した。
 (4) 印刷局が本件印刷機の導入を進めている間、印刷局と控訴人ないしオルガ
ニザシオンとは、技術的な交流を深めるようになり、例えば、昭和39年(196
4年)1月以降、数回にわたり印刷局の職員がオルガニザシオン又は控訴人を訪れ
てその施設を視察したり、また、ジオリらが来日して印刷局を視察したり、印刷局
技術部長であった小林や市川においてジオリらと書簡を交換したり、その他技術情
報の提供、意見交換等を行うなどした。なお、その間の昭和41年(1966年)
3月ころ行われた印刷局の小林製造部長らの視察に先だって、印刷局の大澤業務部
長は、昭和40年(1965年)9月27日付けで本件覚書を作成し、控訴人に送
付した。
 (5) 小森は、レイボルド機工からの調達に係る上記各印刷機の点検及び修理等
を行っていたところ、昭和39年ころ、小森印刷機(L-832、I-332及び
マルチⅠ)を製造し、昭和40年ころにはラテンアメリカ諸国に対して紙幣印刷機
として輸出することを計画した。これに対し、ケーバウ社及び原告は、小森印刷機
は本件印刷機の模倣品であるとして、それぞれ小森及び印刷局長に対し、その輸出
を禁止するよう求めるという事態が発生し、これを受けて、小森は、印刷局からの
指導に基づいて、上記輸出はせず、当面問題の印刷機の製造もしないことを回答し
た。
 (6) 控訴人は、昭和44年(1969年)及び昭和48年(1973年)こ
ろ、印刷局に対し、技術提携の申入れをしたが、印刷局はこれをいずれも拒否して
おり、結局、昭和42年(1967年)以降、被控訴人が控訴人から印刷機を購入
したことはなかった。また、控訴人は、昭和48年(1973年)ころ、印刷局に
対し、現在又は将来にわたって提供したすべての情報、デザイン、ノウハウ等は印
刷局のみで使用し、控訴人の承諾を得ることなく他に利用しないことの確認を求め
ようとしたが、その旨の書面は作成されなかった。
 2 本件技術情報の提供、開示について
 (1) 控訴人は、被控訴人が本件技術情報について秘密保持義務を負担する根拠
として、契約、不正競争防止法の趣旨、信義則及び覚書を挙げるところ、本件にお
ける控訴人の主張が、これらのいずれにおいても、控訴人又はその前身であると主
張するオルガニザシオンから、被控訴人に対する本件技術情報の提供、開示がされ
たことを前提とするものであるから、まず、本件技術情報の被控訴人への提供、開
示の有無について検討する。
 (2) 本件技術情報①について
   ア 本件技術情報①は、本件シムルタン印刷機に関する部分(原判決別紙目
録(二)の(一)1項)と、その改良型であるスーパーシムルタン印刷機に関する
部分(原判決別紙目録(二)の(一)2項)の両者を含み、その特徴的な構成とし
て、同目録記載のイ~ホの構成をもって特定されているものであるところ、控訴人
の主張による本件技術情報①の提供の具体的な態様は、本件シムルタン印刷機に関
する部分については、本件シムルタン印刷機の販売時にこれに関する資料として提
供したものであるというのに対し、スーパーシムルタン印刷機に関する部分につい
ては、昭和45年(1970年)11月26日に印刷局製造部長の市川にG-0
6.006号図面(甲74)を提出したというものである。
   イ そこで、控訴人の主張する上記の技術情報の提供、開示がされたかどう
かを見るに、前者の本件シムルタン印刷機に関する部分については、本件シムルタ
ン印刷機がオルガニザシオンの技術供与を受けてケーバウ社において製造されたも
のであり、印刷局が、これをレイボルド機工を通じて購入したことは上記のとおり
であるから、当該印刷機自体により、又はこれに関連した資料等を通じて、本件シ
ムルタン印刷機に関する技術情報が、控訴人又はオルガニザシオンから被控訴人に
対し、直接又は間接に提供、開示がされたこと自体は認められるというべきであ
る。
     しかし、後者のスーパーシムルタン印刷機に関する部分については、甲
74の図面が市川に交付されたことを認めるに足りる証拠はなく、その記載内容で
ある技術情報が被控訴人に提供、開示されたことを認めるに足りない。すなわち、
印刷局の職員川合淳郎が昭和53年に「印刷雑誌1978(Vol.61).11」(甲
75)に寄稿した論文に、同図面とほぼ同一の図面を「スーパーシムルタン印刷
機」として掲載されていることが認められるが、顧客に頒布された同印刷機の宣伝
用のカタログ(乙74)にもこれとほぼ同一の図面が掲載されていることからすれ
ば、上記論文掲載の事実をもって、控訴人から被控訴人に甲74の図面が提供、開
示されたことを推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
   ウ 次に、本件技術情報①のうちの本件シムルタン印刷機に関する部分につ
いて、その特徴的な構成とされる上記イ~ホの構成のすべてが開示されたかどうか
を見るに、イ~ニの構成については、本件シムルタン印刷機と同じ型式の記載され
ている図面である甲70の1~4からその提供、開示を認めることはできるもの
の、ホの構成「インタリオセット方式を前記オフセット印刷機に組込むこと」に関
しては、被控訴人も主張するとおり(原判決369頁10行目以下参照)、そもそ
も「インタリオセット方式」の技術的意義が明確でない上、控訴人が本件技術情報
①(本件シムルタン印刷機に関する部分)を特定するものであると主張する甲70
の1~4からもその記載を読み取ることができない。そうすると、上記ホの構成に
ついては、被控訴人に対して提供、開示された技術情報に含まれないものといわざ
るを得ない。
   エ したがって、本件技術情報①については、本件シムルタン印刷機に関す
る部分で、その特徴的な構成とされるイ~ニに限り、被控訴人に対する提供、開示
を認めることができ、その余の部分は、これを認めることができない。
 (3) 本件技術情報②について
    本件技術情報②は本件2P凹版印刷機に関する技術情報であるところ、本
件2P凹版印刷機がオルガニザシオンの技術供与を受けてケーバウ社において製造
されたものであり、印刷局が、これをレイボルド機工を通じて購入したことは上記
のとおりであるから、当該印刷機自体により、又はこれに関連した資料等を通じ
て、本件2P凹版印刷機に関する技術情報が、控訴人又はオルガニザシオンから被
控訴人に対し、直接又は間接に提供、開示されたこと自体は認められるというべき
である。
    そこで、その特徴とされる構成が甲84に開示されているかどうかを見る
に、ハの構成「版胴に取付けられた刷版表面から残りの余分なインキを取除くため
に版胴と接触しつつ回転するクリーニングシリンダの外周表面上にゼラチンをコー
ティングし、このクリーニングシリンダを版胴の周速度よりも速い周速度で版胴と
同一方向に回転させ、このクリーニングローラをトリクロロエチレンで洗浄するこ
と」のうち、「クリーニングシリンダを版胴の周速度よりも速い周速度で・・・回
転させ」る構成については、その開示を認めることはできないが、その余の構成に
関しては、甲84から開示を認めることができる。
 (4) 本件技術情報③について
    本件技術情報③は本件4P凹版印刷機に関する技術情報であるところ、本
件4P凹版印刷機がオルガニザシオンの技術供与を受けてケーバウ社において製造
されたものであり、印刷局が、これをレイボルド機工を通じて購入したことは上記
のとおりであるから、当該印刷機自体により、又はこれに関連した資料等を通じ
て、本件4P凹版印刷機に関する技術情報が、控訴人又はオルガニザシオンから被
控訴人に対し、直接又は間接に提供、開示されたこと自体は認められるというべき
である。
    そして、その特徴とされる構成についても、甲85、86からその開示を
認めることができるから、本件技術情報③については、その被控訴人に対する提
供、開示を認めることができる。
 (5) 本件技術情報⑤以下について
   ア 控訴人は、本件技術情報⑤以下について、同⑤は甲87、同⑦は甲8
8、同⑧は甲89、同⑪は甲64、同⑫は甲65の1~5、甲66、同⑬は甲7
9、80、同⑮は甲69の1~14、同⑱は甲90~93、同⑲は甲80、同⑳は
甲94~96、同は甲97、同は甲112、同は甲67、同は甲74、7
6、同は甲106~108、同は甲109、同は甲110、111を被控
訴人に提供するなどして、これを被控訴人に提供、開示した旨主張する。
   イ そして、上記甲号各証中、本件技術情報⑱に関する図面(甲92)につ
いては、これとほぼ同一と認められる図面(乙72)が、印刷局製造部長であった
市川の保管していたものとして被控訴人から提出されていること、本件技術情報⑳
に関するジオリから市川宛の昭和52年(1977年)3月12日付け書簡(甲9
4)及び同じく同年5月4日付け書簡(甲95)については、甲94と同一の書簡
(乙287)がやはり市川の保管していたものとして被控訴人から提出されている
ことから、これらが控訴人から被控訴人側に提供、開示されたこと自体は認められ
る(ただし、当該技術情報の開示として十分かどうかは後述する。)が、これらを
除き、上記アの甲号各証の書面が、控訴人から被控訴人に対して交付されたことを
認めるに足りる証拠はなく、また、当該書面を交付する以外の方法で、その記載内
容である技術情報が提供、開示されたとも認めることはできない。
     なお、本件技術情報に関し、控訴人から市川宛の昭和52年(197
7年)2月15日付けの書簡(甲40)には、インタリオセットのプレートの製造
方法に関する記述を別送する旨の記載があるが、この記載と本件技術情報との関
連性を明らかにするに足りる証拠はないから、これをもって、本件技術情報の提
供、開示を認めることはできない。同様に、本件技術情報に関し、控訴人から印
刷局製造部長の川合淳郎宛の昭和57年(1982年)11月11日付け書簡(甲
33)には、ハイ・フリークエンシー溶接の装置に関する書面を同封する旨の記載
があるが、同封された書面の記載内容は明らかでなく、これをもって、本件技術情
報の提供、開示を認めることはできない。
     また、本件技術情報は、ナンバリング機械に関する技術情報であるこ
とから、被控訴人が購入した2色の番号付け用のニューメロータ印刷機との関連性
が問題となり得るが、その関連性を具体的に明らかにする証拠がない上、かえっ
て、控訴人の主張によれば、本件技術情報は、昭和54年(1979年)に被控
訴人に開示したとされるものであるから、昭和41年(1966年)までに購入さ
れた上記ニューメロータ印刷機の導入に伴って同印刷機に関して提供、開示された
ものとも認められない。
     さらに、控訴人は、乙284~293(控訴人と市川との間でやり取り
された書簡等)は、本件技術情報の被控訴人への提供、開示を基礎付けるものであ
る旨主張する。確かに、ジオリから市川宛の昭和52年(1977年)3月21日
付け書簡(乙287)中には、「ワイピング・システム」、「放流に関する問
題」、「インタリオセット方式」等に、同じく昭和50年(1975年)4月2日
付け書簡(乙288)中には「スーパーインタリオ機用のウォーターワイピング槽
の図面」に、市川からジオリ宛の昭和51年(1976年)10月20日付け書簡
(乙290)中には、「PVC・ワイピング・ローラ」に、同じく同年6月30日
付け書簡(乙292)中には、「水性ワイピング」に、それぞれ言及されているこ
とは認められるものの、その具体的な技術的内容は、これを知る手掛かりさえない
ものであって、本件技術情報に関連するものと認めることはできず、したがって、
その被控訴人に対する提供、開示を裏付けるものということはできない。
   ウ 控訴人は、当審において、本件技術情報の提供、開示を立証するため、
文書提出命令の申立てをし、当審における主要な攻撃防御の訴訟活動が同申立ての
採否をめぐって行われた経緯にかんがみ、この点について付言する。
     上記文書提出命令の申立ては、昭和51年(1976年)10月から昭
和57年(1982年)11月までの間の控訴人又はジオリから市川ら宛の書簡
(甲27、31、33、40、44、95)(その背景については上記1参照)中
で言及されている会合記録その他の資料及び本件印刷機に関する包括的な資料をそ
の対象文書とし、文書の所持者を被控訴人又は市川とするものである。しかし、そ
もそも上記の対象文書の主要なものは、控訴人の主張に従えば、控訴人が秘密性の
ある本件技術情報に関するものとして特に被控訴人に提供したとされるものであっ
て、本来的には控訴人側で作成され、保管されているべき資料にほかならない。上
記申立ては、そのような秘密技術情報の開示に係る資料を、本訴の提起から16年
余りを経過した当審において、自らが保管、所持していないからとの理由で被控訴
人又は市川に対してその提出を求めるものであるから、そのこと自体からしても、
当該対象文書に秘密として管理されている情報が記載されていることは期待し難
く、また、証拠の偏在を是正するという文書提出命令の本来の機能にはそぐわない
申立てといわざるを得ない。換言すれば、控訴人において、当該文書を保
管していないという事実自体、その記載内容が秘密として管理されている情報でな
いことを強く推認させるものというべきである。当裁判所は、念のため、被控訴人
に対し、当該申立てに係る文書中被控訴人又は市川において現に所持している文書
の任意提出を促し、被控訴人より、これが乙290~292として提出されたが
(その余の文書については、甲184にも照らすと、被控訴人又は市川において所
持していることを認めるに足りない。)、本件技術情報の提供、開示を何ら裏付け
るようなものではなかったことは、上記イのとおりである。
     以上のような審理経過の下で、当裁判所は、上記文書提出命令の申立て
につき、証拠調べの必要性を欠くことを理由として却下したものであるが、このよ
うな経過に照らしても、上記イの認定はやむを得ないというほかない。
   エ 以上のとおり、本件技術情報⑤以下については、同⑱に関する甲92、
同⑳に関する甲94、95が被控訴人に提供されたことが認められるが、その余の
各技術情報の被控訴人に対する提供、開示の事実を認めることはできない。
     そこで、甲92、94、95からそれぞれ本件技術情報⑱、⑳の提供、
開示が認められるかどうかを見るに、本件技術情報⑳については、甲95に記載さ
れていることが認められるが、本件技術情報⑱については、甲92のみによって
は、その提供、開示を認めることができない。すなわち、甲92は、何の説明記載
もない図面であって、控訴人の主張によっても、甲90、93の技術文書及び甲9
1の図面と併せて本件技術情報⑱が特定されるものとされているところ、甲90、
91、93が被控訴人に提供、開示されたことを認めるに足りる証拠がないことは
上記のとおりであるから、結局、甲92が被控訴人に提供されたという事実のみか
ら本件技術情報⑱の提供、開示がされたことを認めるに足りず、他にその的確な証
拠はない。
     したがって、本件技術情報⑳については被控訴人に対する提供、開示は
認められるものの、本件技術情報⑤~⑲、~については、そもそも、被控訴人
に対するその提供、開示が認められない以上、その余の点について判断するまでも
なく、その秘密保持義務の確認、差止め等及び同秘密保持義務違反を理由とする損
害賠償請求のいずれも理由がないというべきである。
 3 本件技術情報の秘密性について
 (1) 進んで、被控訴人に対する提供、開示が認められる本件技術情報①(ただ
し、本件シムルタン印刷機に関する部分で、特徴的構成イ~ニの部分に限る。)、
②(ただし、クリーニングシリンダの周速度に関する構成を除く。)、③及び⑳の
秘密性について判断する。
   ア 本件技術情報①について
     本件技術情報①は本件シムルタン印刷機に関する技術情報であるとこ
ろ、控訴人は、その特徴とする構成として、「イ 互いに圧接されつつ互いに反対
方向に回転する同一の径を有する一対のゴム胴を使用すること、ロ 紙幣の表面お
よび裏面の背景を構成する全ての色を夫々対応するゴム胴上に集めること、ハ シ
ートを一対のゴム胴間を通過させることによりシートの両面に前記背景を一度で印
刷すること、ニ ゴム胴に向けてシートを送り込むために揺動するスインググリッ
パ装置を使用すること、又はゴム胴に向けてシートを送り込むために急速な回転と
停止とを交互に繰り返すストップドラムを使用すること」との各点を挙げる(イン
タリオセット方式に係るホの構成を除く。)。
     しかし、ニの構成(スインググリッパ装置又はストップドラム)につい
ては、昭和29年(1954年)1月印刷学会出版部発行の「印刷雑誌1954年
1月号」(乙40の1、2)、昭和34年(1959年)10月10日印刷学会出
版部発行の「印刷機械」(乙21の1、7)、昭和39年(1964年)2月にド
イツ国内で発行された定期刊行物「フォルムウントテヒニク」(乙19の4)及
び同年3月に同様に発行された定期刊行物「フォルムウントテヒニク」(乙19
の1~3)の各記載から、遅くとも昭和39年(1964年)以前に、給紙装置に
関する周知慣用の技術とされていたことが認められる。そして、本件シムルタン印
刷機自体については、前掲乙19の2において、その構造を示す略図とともに紹介
されており、その記載によれば、本件技術情報①のその余の構成についても、これ
を看取することができる。
     そうすると、本件技術情報①のうちの被控訴人に提供、開示された技術
情報は、昭和39年(1964年)ころまでには刊行物によって公知となった技術
情報にすぎないというべきであるし、また、前掲乙19の2中の本件シムルタン印
刷機の紹介記事が、控訴人の意思に反してその秘密として管理する技術情報を漏泄
したものであることをうかがわせる事情は見いだせないから、上記技術情報につい
ては、控訴人が秘密として管理していた情報であるということもできず、いずれに
せよ、その秘密性を認めることはできない。
   イ 本件技術情報②について
     本件技術情報②は本件2P凹版印刷機に関する技術情報であるところ、
控訴人は、その特徴とする構成として、「イ 圧胴と版胴間に向けてシートを送り
込むために揺動するスインググリッパ装置を使用すること、ロ 版胴に取付けられ
た刷版表面から余分なインキを取除くために版胴と接触しつつ回転するプレワイピ
ング装置を使用すること、ハ 版胴に取付けられた刷版表面から残りの余分なイン
キを取除くために版胴と接触しつつ回転するクリーニングシリンダの外周表面上に
ゼラチンをコーティングし、このクリーニングシリンダを版胴と同一方向に回転さ
せ、このクリーニングローラをトリクロロエチレンで洗浄すること、ニ 版胴にイ
ンキを供給するための複数のインキローラ列を夫々別個の駆動モータにより駆動す
ること、ホ 印刷されたシートをシートスタッカーに搬送するためにチェーン搬送
装置を使用すること、ヘ 印刷を完了したシート間に中間紙を挿入するために中間
紙供給装置を設けること」との各点を挙げる(ハの構成中のクリーニングシリンダ
の周速度に関する部分を除く。)。
     しかし、イの構成(スインググリッパ装置)が周知慣用の技術にすぎな
いことは、上記アで述べたとおりであるし、その余の構成については、ジオリの特
許出願に係る特許公報(特公昭39-5116号公報、乙48)、前掲乙19の2
中の「ケーバウ枚葉凹版輪転印刷機」を紹介、説明する記載及び前掲乙40の2の
「ケーバウ・ジオリ3色凹版印刷機」の略図に開示されていることが認められる。
なお、これらの本件2P凹版印刷機の紹介記事等が、控訴人の意思に反してその秘
密として管理する技術情報を漏泄したものであることをうかがわせる事情を見いだ
せないことは、上記アと同様である。
     そうすると、本件2P凹版印刷機に関する技術情報である本件技術情報
②(クリーニングシリンダの周速度に関する部分を除く。)は、その一部に、周知
慣用の技術(イの構成)を含むほか、ジオリ自身の特許出願に係るものとして特許
出願公告され、あるいは、本件2P凹版印刷機を紹介する刊行物において、その特
徴的な構成として理解し得る内容で公表されているのであるから、これを全体とし
て見た場合、控訴人が秘密として管理していた技術情報であるということはでき
ず、その秘密性を認めることはできない。仮に、控訴人において上記技術情報を秘
密として管理していた時期があったとしても、遅くとも、上記各刊行物の発行され
た昭和39年(1964年)ころまでにはその秘密管理性は失われていたというべ
きである。
   ウ 本件技術情報③について
     本件技術情報③は本件4P凹版印刷機に関する技術情報であるところ、
控訴人は、その特徴とする構成として、「イ シートを圧胴に移送して圧胴と版胴
間で印刷を行うために急速な回転と停止とを交互に繰返すストップドラムを使用す
ること、ロ 版胴に取付けられた刷版表面から余分なインキを取除くために、版胴
と接触しつつ回転するクリーニングシリンダと、版胴と接触しつつ回転するプレワ
イピングシリンダとを使用すること、ニ 版胴にインキを供給するインキローラ列
において、ダクトローラを具えたインキダクトを用いると共に、一つの硬質ローラ
にインキを交互に移送する二つの振動体を用い、この硬質ローラがインキを二つの
ゴムローラに移送し、次いでこれら二つのゴムローラが刷版と接触する着肉ローラ
にインキを移送し、インキングキャリッジがこのような型式の三群のローラ列を具
えていること、ホ 印刷されたシートを重ねておくために一対のシートスタッカを
使用すること」との各点を挙げる。
     しかし、上記の構成中、ニの二つの振動体による硬質ローラへのインキ
の交互移送に関する部分を除くほか、そのほとんどは、被控訴人に提供、開示され
た本件技術情報②と共通するものであり、周知慣用の技術(イの構成)以外の構成
は、前掲乙19の2、乙40の2及び乙48に開示されていることが認められる。
そして、本件2P凹版印刷機とは異なる構成である、ニの構成中の二つの振動体に
よる硬質ローラへのインキの交互移送に関する部分に関しては、控訴人の特許出願
に係る特開昭60-42044号公報(乙54)に開示されていることが認められ
るから、結局、本件4P凹版印刷機に関する技術情報である本件技術情報③は、こ
れを全体として見ても、控訴人が秘密として管理していた技術情報であるとはいえ
ず、その秘密性を認めることはできない。仮に、控訴人において上記技術情報を秘
密として管理していた時期があったとしても、遅くとも、前掲乙54の公報の公開
された昭和60年(1985年)ころ(ニの構成中の二つの振動体による硬質ロー
ラへのインキの交互移送に関する部分を除くと、昭和39年(1964年)ころ)
までにはその秘密管理性は失われていたというべきである。
   エ 本件技術情報⑳について
     本件技術情報⑳は、控訴人の特許出願に係る特開昭58-107341
号公報(乙235の1)及び特公平2-54225号公報(乙235の2)に実質
的に開示されていると認められるから、控訴人が秘密として管理していた技術情報
であるとも、非公知の技術情報であるともいえず、その秘密性を認めることはでき
ない。なお、控訴人は、乙235の1、2は本件技術情報⑳のすべての要件を満た
したものではなく、その秘密性を否定する根拠たり得ない旨主張するところ、確か
に、同号証の公報には、「シートに付されたコード」としてバーコードを使用する
ことは明記されていないが、バーコードを使用する技術自体は周知慣用のものにす
ぎないから(平成6年6月30日日本工業出版株式会社発行の「知っておきたいバ
ーコードの知識」〔乙236〕、平成8年10月25日財団法人日本規格協会発行
の「バーコードのおはなし」〔乙237〕)、上記の認定判断を左右するものとは
いえない。
 (2) 控訴人は、信義則上の秘密保持義務を検討するに当たって、不正競争防止
法上の営業秘密の要件としての秘密管理性を持ち出す必要はない旨主張するが、本
件において、控訴人が秘密として管理するとはいえないものや公知となった技術情
報についてまで、その保持義務を被控訴人に負わせるべき信義則上の根拠は見いだ
せないから、上記主張は採用することができない。なお、控訴人の主張する契約に
基づく義務及び本件覚書に基づく義務に関しても、実質的な秘密か否かを問うこと
なく特定の技術情報について保持義務を課するといった合意があるような場合であ
れば格別、本件において、そのような合意を認めるに足りる証拠はない上、そもそ
も控訴人の主張自体において、契約に基づく義務の根拠とするのは、本件印刷機等
の売買契約における当事者の意思解釈による黙示的な合意であるし、本件覚書に基
づく義務の根拠とするのは、本件覚書(甲8)中の「秘密として扱われるべきも
の」ないし「秘密情報」との抽象的、包括的な条項であるから、その主張を前提と
しても、秘密として管理されている技術情報とはいえないものや公知の技術情報ま
でがその対象となると解することはできない。また、控訴人主張の不正競争防止法
に基づく義務については、平成2年改正法の施行前日(平成3年6月14日)まで
に保有者から示された営業秘密を、その施行後に使用、開示する場合にも、同法に
よる改正後の旧不正競争防止法(昭和9年法律第14号)の適用はあるが(平成2
年改正法附則2条)、上記のとおり秘密性を欠く情報までその対象となるものでな
いことは当然である。
    さらに、控訴人は、本件技術情報の秘密性を判断するに当たり、当該技術
情報を個々の要素に分断することなく、各要素を組み合わせた総体を一体不可分の
技術情報として取り扱う必要があり、公知技術の組合せに係る秘密技術情報も保護
されるべきである旨主張する。確かに、秘密性の要件としての非公知性に関する限
り、個別には公知の要素の組合せに係る技術情報であっても、これを全体として見
た場合に、当然には非公知性を失うものでないということはできるが、自ら又は第
三者を通じて公開している技術と周知技術のみから成るような技術情報が、全体と
して秘密管理性を認めることのできないことは当然である。本件において、被控訴
人に対する提供、開示が認められるもの、すなわち、本件技術情報①(ただし、本
件シムルタン印刷機に関する部分で、特徴的構成イ~ニの部分に限る。)、②(た
だし、クリーニングシリンダの周速度に関する構成を除く。)、③及び⑳は、いず
れも、その構成中に周知慣用の技術にすぎないものが含まれているほか、控訴人又
はジオリにおいて特許出願の上公開され、あるいは本件印刷機自体の構成として雑
誌等に紹介されるなどして控訴人が秘密として管理するとはいえないものであるか
ら、これを総合的に検討した場合に、全体としての当該技術情報の秘密管理性を否
定せざるを得ないのであって、控訴人の上記主張は、上記の認定判断を左右するも
のではない。
 (3) 以上のとおり、本件技術情報①(ただし、本件シムルタン印刷機に関する
部分で、特徴的構成イ~ニの部分に限る。)、②(ただし、クリーニングシリンダ
の周速度に関する構成を除く。)、③及び⑳は、いずれも刊行物等によって公知と
なった技術情報であるか、又は控訴人が秘密として管理する技術情報とはいえない
ものであるから、その余の点について判断するまでもなく、当該技術情報について
の秘密保持義務の確認及びその開示等の差止めを求める控訴人の請求は理由がな
い。
 4 損害賠償請求について
 (1) 控訴人は、損害賠償請求の原因となる本件技術情報に係る秘密保持義務違
反の具体的な内容として、昭和39年以降に行われたという被控訴人から小森に対
する本件技術情報の開示、漏泄を主張する(原判決51頁末行~53頁1行目参
照)ので、本件技術情報①(ただし、本件シムルタン印刷機に関する部分で、特徴
的構成イ~ニの部分に限る。)、②(ただし、クリーニングシリンダの周速度に関
する構成を除く。)、③及び⑳に関して、刊行物等によって公知となり、又は秘密
管理性を失う以前に、上記主張に係る本件技術情報の開示、漏泄がされたかどうか
を、以下検討する。
 (2) まず、本件技術情報①、②については、本件技術情報の開示、漏泄がされ
たという昭和39年ころまでには、被控訴人に提供、開示された技術情報が公知と
なり、又は秘密管理性を失っていたことは上記3のとおりであるから、その小森に
対する開示、漏泄を原因とする損害賠償請求は理由がない。
    また、本件技術情報③については、ニの構成中の二つの振動体による硬質
ローラへのインキの交互移送に関する部分を除き、昭和39年ころまでには、控訴
人においてその秘密管理性を失っていたことは上記3のとおりである。そして、ニ
の構成中の二つの振動体による硬質ローラへのインキの交互移送に関する部分に関
しては、小森印刷機の構成を示す原判決別紙図面一(甲150)、三(甲15
2)、五(甲60の2)によっても、その構成を読み取ることはできず、他に小森
印刷機が上記構成を備えていたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、上
記二つの振動体による硬質ローラへのインキの交互移送に関する構成に係る技術情
報が、小森に対して開示、漏泄されたことを認めることはできず、その余の構成に
ついては、本件技術情報の開示、漏泄がされたという昭和39年ころまでには、秘
密管理性を失っていたのであるから、結局、本件技術情報③についても、その小森
への開示、漏泄を原因とする損害賠償請求は理由がない。
    さらに、本件技術情報⑳については、そもそも小森に対する開示、漏泄を
認めるに足りる証拠がないから、その開示、漏泄を原因とする損害賠償請求も理由
がない。
 5 結論
   以上のとおり、控訴人の被控訴人に対する請求は、その余の点について判断
するまでもなく理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴
は理由がない。
   よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担並びに上告及び上告
受理申立てのための付加期間の指定につき民事訴訟法67条1項本文、61条、9
6条2項を適用して、主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠 原 勝 美
    裁判官 長 沢 幸 男
    裁判官 宮 坂 昌 利

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