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         主    文
     原判決中上告人ら敗訴部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消す。
     前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。
     訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人横地秋二、同大塚利彦、同大野正男、同吉川精一の上告理由第一点に
ついて
 一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
 1 リベリア船籍の貨物船D号(総トン数八九五一トン)は、インド洋上を航行
中、昭和四八年七月九日午後二時五分ころその一番船倉で火災が発生し、同日午後
二時四〇分ころ右船倉で爆発が起こったため、南アフリカ共和国のダーバン港に避
難したが、同港において、同月一一日午後九時五分ころ及び同月一四日午前九時以
降更に数度にわたり、右船倉で火災が発生し爆発が起こった(以下、右一連の火災
と爆発を総称して「本件事故」という。)。本件事故により、D号の船体は損傷し、
その積荷にも被害が生じた。
 2(一) 被上告人は、船舶による物品の海上運送を主たる事業とする会社であり、
昭和四八年四月一七日、Eとの間で、その所有に係るD号についての定期傭船契約
を締結し、同年五月一七日に横浜港でD号の引渡しを受けて、本件事故当時、D号
を貨物運送のために航行させていた。
 (二) 上告人A1株式会社(以下「A1」という。)は、化学製品の製造、販売
を目的とする会社であり、本件事故当時、D号の一番船倉には、A1が製造、販売
した六〇パーセント高度さらし粉(以下「本件高度さらし粉」という。)が積載さ
れていた。
 (三) 上告人A2株式会社(以下「上告人A2」という。)は、A1の一〇〇パ
ーセント出資により設立され、A1が製造した化学製品等の販売を目的とする会社
であり、昭和四八年五月ころ、本件高度さらし粉をFトレーディングに販売した。
 (四) Fトレーディングは、昭和四八年五月ころ、被上告人に対し、本件高度さ
らし粉の海上運送を依頼した。
 3 被上告人は、昭和四八年五月一九日、横浜港において、D号に関し被上告人
を代表する積荷監督Gの監督の下で、D号の一番船倉の下部船倉に、まずヒノザン
乳剤を収納した大型鋼製ドラム缶(二〇〇リットル入り)一六六缶(総重量約四三・
七トン)を二段と一段に積み付け、次いで、右一段積みヒノザンドラム缶の上に本
件高度さらし粉を収納した鋼製ドラム缶(五〇キログラム入り)四四五缶(総重量
約二四・五トン)をおおむね三段に積み付け、さらに、その上にヒノザン乳剤を収
納した小型鋼製ドラム缶(二〇リットル入り)四六缶を一梱包として木製の枠で組
んだ木枠細一〇組(総重量約一〇トン)を積み、それらの周囲には、透き間をふさ
ぐ形でチューブ入りタイヤ一七五六本(総重量約八七・八トン)を積み付け、本件
高度さらし粉とヒノザン乳剤の鋼製ドラム缶及び木枠組を鋼製ワイヤー・ロープで
縛るなどして固定した。
 4 本件事故は、荒天などの影響により、ヒノザン乳剤がドラム缶から漏れて本
件高度さらし粉のドラム缶内に浸入し、又はヒノザン乳剤と本件高度さらし粉の双
方がドラム缶から漏れて混触し、発火して付近に積まれていたタイヤに延焼し、二
酸化炭素の注入により火災は一旦鎮静化したが、その後、タイヤに残存していた火
種が新鮮な空気に触れて発火し、その熱により本件高度さらし粉が急激に組織分解
して爆発的な燃焼を引き起こしたことによるものである。したがって、本件高度さ
らし粉が本件事故全体の原因というべきである。
 5 高度さらし粉は、次亜塩素酸カルシウムを有効成分とし、その余の成分とし
て塩化ナトリウム、塩化カルシウム、アルカリ類及びごく僅かな水分を含む化学薬
品であり、常温でも緩慢な自然分解を続け、酸素を放出し熱を発生させるが、特に
水分を吸収したとき、酸・有機物・還元性物質が混入したとき、加熱されたとき、
強い衝撃を受けたときなどには、急激に組織分解を起こし、その放出する酸素と熱
のために可燃物と共に爆発的に燃焼する性質を有している。また、ヒノザンは病害
虫防除を目的とした農薬であり、D号に積まれていたヒノザン乳剤(有機溶剤のキ
シレンを約四〇パーセント含む五〇パーセントヒノザン)には自然発火の危険性は
ほとんどないが、これに含まれる揮発性成分のキシレンは、その引火点が摂氏二五
度前後で、後記イムココードでは危険物の一つとして引火性液体のうち高引火点グ
ループに位置づけられ、一般的にもその保管には火気厳禁とされている。
 そして、本件事故発生当時、(1) 我が国の危険物船舶運送及び貯蔵規則(昭和
三二年八月二〇日運輸省令第三〇号。以下「省令第三〇号」という。)では、高度
さらし粉は「水又は空気と作用して危険となる物質」に分類され、船倉内に積み付
けるときには上積みとし、その上部に他の積荷を積んではならない旨積載方法が規
定され、(2) 国際危険物海上運送規則(国際機関である政府間海事諮問機構が作
成した危険物海上輸送のモデル法規。以下「イムココード」という。)では、高度
さらし粉は「酸化性物質」(容易に酸素を遊離し、他の物質の燃焼を刺激し、その
火勢を増大させるおそれのある物質)に分類され、引火性液体等との隔離を初めと
する積付け上の注意事項が詳細に規定され、(3) 危険物船舶運送の手引として国
際的に権威のある英国の危険物船舶運送取扱要領青本(以下「ブルーブック」とい
う。)も、酸化性物質と引火性液体との隔離積付けを指示していた。
 6 ところで、D号に関し被上告人を代表する積荷監督Gは、本件高度さらし粉
のD号への積付けの際に、荷送人Fトレーディングの代理人Hから、「当該貨物(
晒粉)は有機還元剤(油、カーボン、硫黄など)に接触させてはならない。」旨が
記載されている危険物・有害物事前連絡表(以下「連絡表」という。)の交付を受
け、被上告人の船舶代理店の訴外I物産からも、さらし粉に関する注意として「強
力な酸化剤。可燃性物質と接触すると急激な燃焼が起こる。」旨の注意事項が記載
されている化学辞典の頁の写し(以下「化学辞典」という。)の交付を受けていた。
そこで、同人は、本件高度さらし粉のD号への積付け当時、Fトレーディングから
依頼された運送品が高度さらし粉であること及び酸化剤である本件高度さらし粉が
発火の危険性を有することは認識していたが、科学的知識がなく、高度さらし粉を
船積みした経験もなかったため、他の原因で火災が生じ加熱されたときに危険があ
るものと理解して、水や火のない場所に積み付ける必要を感じたに止まった。なお、
本件高度さらし粉が積み付けられた当時、D号には、イムココード及びブルーブッ
クが備え付けられていた。
 また、A1は、原則として、工場からの出荷の段階で、高度さらし粉缶に危険物
であることを標示するものとして、(1) 製品ラベル(乙第一一号証)、(2) 「
水とあって危険」との日本語及び英語の注意ラベル(乙第四六号証)、(3) 「火
気、熱、酸、グリース類、油、ボロ布、およびその他の可燃物と直接接触させない
で下さい。」との日本語の注意ラベル(乙第一二号証)等の各ラベル(以下、右三
種類のラベルを「各危険物標示ラベル」という。)を貼付することとし、各危険物
標示ラベルが貼付されていない場合には、高度さらし粉缶の保管を担当していたH
において、これを補充して貼付するシステムが採られていた。そして、D号への積
付け当時、本件高度さらし粉を収納した鋼製ドラム缶につき、各危険物標示ラベル
が貼付されていなかった事実は認められない。
 7 Eは、「発火性又は危険性を有する貨物を船積みしないこと、これに反して
船積みした貨物によりD号に生じた損害を賠償する」旨の定期傭船契約の約定に基
づき、被上告人に対し、本件事故による損害賠償請求をし、昭和五二年六月一四日、
ロンドンで、損害賠償金二九万七八四三・〇九スターリングポンド及びこれに対す
る利息の支払を命じる仲裁裁定が下された。被上告人は、右仲裁裁定に従い、同日、
右損害賠償金及び同日までの利息の合計三六万九六五四・〇三スターリングポンド
(同日の為替相場で、日本円にして合計一億七四一〇万七〇四八円相当)を支払っ
た。
 二 原審は、右事実関係の下において、次の理由で、上告人らには、本件高度さ
らし粉の危険性の内容、程度及び適切な運搬、保管方法等の取扱上の注意事項をそ
の流通関与者に対して周知させるべき義務に違反した過失があるとして、被上告人
の上告人らに対する損害賠償請求を一部認容した。
 1(一) 危険物を製造、販売する者は、その危険が現実化することを避けるため
に、その危険性の内容、程度及び適切な運搬、保管方法等の取扱上の注意事項をそ
の流通関与者が容易に知り得るようにする義務、すなわち危険性及び取扱上の注意
事項を周知させる義務を負うものと解すべきである。もっとも、一般人の知識水準
に照らし、流通関与者が当然知っていなくてはならない事項については、周知させ
る義務の対象とはならないし、また、衡平上、現実に流通関与者が既にその危険性
の内容、程度及び取扱上の注意事項を十分に知っている場合には、周知義務違反の
責任は問われるべきではない。
 (二) 本件高度さらし粉は、強力な酸化剤であって、不適切な取扱いによっては
火気なしに爆発的な燃焼を生じて火災の原因になる危険性を有していたから、これ
を製造、販売したA1は、一般人が既にそれを知っていたといえない限り、その危
険性の内容、程度及び運搬、保管方法等の取扱上の注意事項をその流通関与者に対
して周知させるべき義務があったというべきである。
 2(一) ところで、本件高度さらし粉がD号に積み付けられた昭和四八年五月当
時、本件高度さらし粉輸出のための海上輸送の関与者の一般的認識において、本件
高度さらし粉が、熱、有機物等との混触により急分解して発火し、ときに爆発的燃
焼に至る事実はほとんど知られていなかった。
 (二) また、被上告人の積荷監督Gは、荷送人Fトレーディングから運送の依頼
を受けた本件高度さらし粉が酸化剤であって、発火の危険性を有することは認識し
ていたが、化学的知識がなく、高度さらし粉を船積みした経験もなかったため、他
の原因で火災が生じ加熱されたときに危険があるものと理解して、水や火のない場
所に積み付ける必要を感じたに止まるから、被上告人側が、本件高度さらし粉の危
険性の内容、程度及び適切な取扱いのための注意事項を十分に認識していたとはい
えない。もっとも、被上告人は、危険物としての本件高度さらし粉につき省令第三
〇号に定める法令上の規制を遵守すべき義務があり、D号には、イムココード、ブ
ルーブックが備え付けられ、被上告人側には連絡表及び化学辞典も交付されていた
から、これらによって調査をすれば、本件高度さらし粉の危険性を具体的に知り、
適切な積付けをし、あるいは危険物として積付けを拒否することにより、本件事故
の発生を未然に防止することも可能であったとみることもできるが、これらの事実
をもって、被上告人が本件高度さらし粉の危険性を知っていたのと同視することは
できない。
 (三) 以上によれば、A1は、流通関与者に対し、本件高度さらし粉の危険性の
内容、程度及び運搬、保管方法等の取扱上の注意事項を周知させるべき義務を負っ
ていたものというべきである。
 3(一) ところが、A1は、高度さらし粉の危険性を知っていたし、その危険性
に対する流通関与者の認識が低く不適切な取扱いがされている実情も知り又は知り
得たのに、これを周知させる努力をほとんどしなかった。また、A1が、本件高度
さらし粉の出荷に際し、各危険物標示ラベルを鋼製ドラム缶に貼付していたとして
も、各危険物標示ラベルは危険性に対する注意喚起としては不十分なものであった。
したがって、A1には、本件高度さらし粉に関する周知義務を尽くさなかった過失
がある。
 (二) また、上告人A2は、前記のとおり、A1の一〇〇パーセント出資によっ
て設立された会社で、本件高度さらし粉を荷送人Fトレーディングに販売したもの
であるから、危険物である本件高度さらし粉の危険性をその流通関与者に周知させ
る義務を負っていたものというべきであるところ、これを怠り、本件高度さらし粉
に関する周知義務を尽くさなかった過失がある。
 4 他方、海上物品運送業者である被上告人は、危険物を船積みするに際しては、
その危険性の内容、程度及びその適切な積付け方法について調査すべき義務があり、
また、危険物の運送の規制に関する法令を遵守すべき義務もある。しかるに、被上
告人は、本件高度さらし粉が危険物であることを認識していながら、何らの調査も
することなく、漫然と酸化性物質である本件高度さらし粉と引火性液体のキシレン
を含むヒノザン乳剤とを上下に重ねて積み付けたものである。したがって、被上告
人にも、危険物である本件高度さらし粉の危険性についての調査義務に違反し、結
果的に法令にも違反する極めて不適切な積付けをした過失がある。以上の事情を総
合的に考察すると、被上告人の損害につき、五割の割合による過失相殺をするのが
相当である。
 5 そこで、上告人らは、被上告人がEに支払った損害賠償金の合計額一億七四
一〇万七〇四八円の五割に相当する八七〇五万三五二四円及びこれに対する右支払
の日である昭和五二年六月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による
遅延損害金を支払う義務がある。
 三 しかしながら、原審の右判断は、これを是認することができない。その理由
は、次のとおりである。
 1 海上物品運送業者は、危険物であることを知りながら、これを運送する場合
には、船舶及び積荷等の安全を確保するため、当該危険物の危険性の内容、程度及
び運搬、保管方法等の取扱上の注意事項を調査し、適切な積付け等を実施して、事
故の発生を未然に防止すべき注意義務を負っている。したがって、右の場合におい
て、海上物品運送業者が、通常尽くすべき調査により、当該危険物の危険性の内容、
程度及び取扱上の注意事項を知り得るときは、当該危険物の製造業者及び販売業者
は、海上物品運送業者に対し、右の事項を告知する義務を負わないものというべき
である。
 2 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、海上物品運送業者であ
る被上告人は、荷送人Fトレーディングから交付された連絡表等により、本件運送
品が高度さらし粉であって、発火の危険性を有することを認識していた上、危険物
海上輸送に関し国際的に権威のあるイムココード等を参照して調査することにより、
その危険性の内容、程度及び取扱上の注意事項を容易に知り得たものというべきで
ある。したがって、上告人らは、危険物の製造業者及び販売業者として、被上告人
に対し、右の事項を告知する義務を負っていたということはできない。
 四 そうすると、右と異なる解釈の下に上告人らには被上告人に対して本件高度
さらし粉の危険性の内容、程度及び取扱上の注意事項を周知させるべき注意義務を
怠った過失があるとした原審の判断には、本件高度さらし粉の製造業者及び販売業
者である上告人らの注意義務に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、その違
法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この趣旨をいう論旨は理由
があり、他の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人ら敗訴部分は
破棄を免れない。そして、前記説示に徴すれば、被上告人の上告人らに対する本訴
各請求はいずれも理由のないことが明らかであるから、第一審判決中右部分を取り
消した上、右部分に関する被上告人の請求を棄却すべきである。
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    味   村       治
            裁判官    大   堀   誠   一
            裁判官    橋   元   四 郎 平
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    三   好       達

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