弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 被告人Aの弁護人小泉英一、同桝井雅生の上告趣意第一点、第二点及び第三点に
ついて。
 原判決の認定するところによれば、被告人Aは、かねて自宅に保管していた本件
麻薬を自宅から持ち出し、これを二個に分割し、その一部たる所論第一の起訴(第
一審判決第一の(一)摘示)にかかる塩酸モルヒネ注射液八十六本及び阿片末約六
十八瓦を第一審相被告人Bらに交付し、残余の第二の起訴(第一審判決第一の(二)
摘示)にかゝる塩酸モルヒネ注射液約二百五十本を留保すると共に、これを自宅外
の他の場所たるC方に一旦隠匿した上、更に相被告人Dに預けて、DがAのためそ
の自宅にこれを保管したというのである。
 論旨第二点は、原判決が右の両者を別箇独立の二つの所持と解したことを以て判
例違反と主張するけれども、原判決はむしろ所論判例の趣旨に従つて右のような結
論に到達したものであること判文自体によつて明らかであつて、その判断は正当で
ある。
 論旨第一点及び第三点はいずれも単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告
理由とならない。のみならず論旨第一点は、右両者(尤も追起訴状には、所持の場
所が被告人Aの自宅と記載されているけれども、それが結局右第二の所持を指すも
のと解すべきこと、後に述べるところによつて明らかである)が一箇の所持である
ことを前提として、本件は二重起訴であり、公訴は棄却さるべきであると主張する
けれども、その前提においてすでに誤つていること前記のとおりである。
 また論旨第三点は、右第二の起訴事実と第一審判決の認定事実とは所持の場所を
異にするが故に不告不理の原則に違背すると主張する。なるほど本件所持罪におい
ては、所持の場所はかなり重要な訴因の内容をなすことではあるが、所持の目的物
が同一である限りその場所に多少の変更があつたとしてもその一事を以て直ちに公
訴事実の同一性が失われると解すべきではないから、第一審判決が公訴事実と全然
別箇の事実を認定したものということはできないとした原判決の判断は相当である。
(なお原判決は、前記第一と第二の所持は、場所を異にするというのみの理由によ
つて別箇の所持だと判断したのではないから、この点において所論のような自家撞
着はない。)
 同第四点について。
 論旨は、第一審判決が被告人Aの自白のみによつてその有罪を認定したことを前
提として憲法三八条三項の違反ありと主張する。しかし第一審判決は被告人Aの自
白の外、証人E及び同Fの第一審公判廷における供述をも証拠として挙げており、
これ等の証拠は被告人の自白の真実性を裏附けるに足り補強証拠たり得るものであ
るから、論旨はその前提を失い、採用することができない。
 同第五点について。
 量刑不当の主張であつて適法な上告理由とならない。
 被告人Dの弁護人松永芳市の上告趣意第一点及び第二点について。
 記録を調べてみると被告人から控訴趣意書が適法に提出されているにかかわらず、
原判決はこれに対する判断を示しておらず、また右趣意書が撤回されまたは公判期
日にこれを陳述しない旨の明確な意思表示のあつた形跡も記録上認められないこと
は所論のとおりである。しかし原判示はあえて所論援用の判例に反する判断を下し
ているわけではないから判例違反というのはあたらず、単に判断遺脱の違法あるに
過ぎない。しかして本件のような判断遺脱は単なる訴訟法違反であつて、刑訴四〇
五条の定める上告理由に該当しない(昭和二六年(あ)第三一三〇号同二七年一月
一〇日第一小法廷判決参照)。なお所論控訴趣意書を検討してみると、なるほど所
論のように事実誤認を指摘するが如き口吩もないではないが、その前書きに、「こ
の控訴の要旨は原判決が量刑過重に失するを不服とするにあり、よつて刑の執行猶
予を御願いする次第であつて控訴の理由を左に述べます」とあるところから考えて
みると、この控訴趣意は結局量刑不当の主張に帰着するものと認められる。ところ
が量刑不当の主張は同被告人の弁護人金井重男の控訴趣意第二点においてなされて
おり、これに対しては原判決は、「記録を精査すると、所論の被告人に有利な事情
も認められないではないが、本件犯行の動機、罪質、態様を併せ考察すると原審の
刑の量定は相当である」との判断を示している。従つて被告人の控訴趣意に対して
も実質的には判断がなされたと同様であり、所論の違法は判決に影響なきものと解
されるから、刑訴四一一条を適用して原判決を破棄しなければ著しく正義に反する
ものとは認められない。(昭和二五年(あ)第一四四号同年七月六日第一小法廷判
決、昭和二六年(あ)第二三六〇号、同二七年七月一二日第二小法廷判決等参照)
 また記録を調べてもその他の点においても刑訴四一一条を適用すべき事由は認め
られない。
 よつて同四〇八条により裁判官小林俊三の補足意見を除く裁判官全員一致の意見
で主文のとおり判決する。
 裁判官小林俊三の補足意見は次のとおりである。
 被告人Dの弁護人松永芳市の上告趣意第一点及び第二点について。
 私は右論点に関する判決理由に結論において賛成である。しかし同理由前段の判
示に明らかにされていない部分があるから、私かぎりの意見を補足しておきたい。
すなわち同理由前段の判示するところが、判断遺脱は一般的にいかなる場合でも単
なる訴訟法違反に過ぎず、上告審が刑訴四一一条を自から適用する場合のほか、常
に同四〇五条に当らないとして棄却される性質のものであるという趣旨を含むとす
れば、その限りにおいて(判示引用の判例をも含めて)賛同することはできない。
もちろん判示は「本件のような」という制限を附けているから、必しも広くすべて
の判断遺脱を通じていう趣旨ではないと解したいのであるが、なお大きな疑問を残
していないとはいえない。もし仮りに控訴趣意において重大な事項(例えば憲法違
反)に関する理由が論点として提出されたのにかかわらず、控訴審が全くこの判断
をなさず他の論点のみの判断によつて控訴を棄却したような場合、この判断遺脱は
なおかつ単なる訴訟法違反に過ぎないものであろうか。かかる場合上告審は必ず刑
訴四一一条を適用するから差支ないという解釈は、独善のそしりを免れないのであ
つて、かかる理由の重要性についてなんらの解決を与えるものではない。いうまで
もなく本来の上告理由をいかに定めるかは立法政策の問題であるから、現在刑訴四
〇五条が上告理由を原判決の憲法違反又は判例違反に限定した以上、上告審の責務
としては右の理由があるかどうかを審査すれば足りるのであるが、そのためには先
ず原審で控訴趣意が適法に提出され、原審がこれについて判断をしたことを前提と
するのであつて、いいかえれば憲法違反というも判例違反というも、原審の判断が
あつての話であり、このことはいわば刑訴四〇五条以前の問題ともいえるのである。
従つて右のような判断遺脱があつた場合は、その理由はもはや単に刑訴四一一条に
当る事項として上告審の職権の発動に止める問題ではないと考える。なおかかる判
断遺脱をいかに解すべきかの詳細については他の機会に譲りたい。
  昭和三〇年七月一九日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    河   村   又   介
            裁判官    島           保
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
            裁判官    垂   水   克   己

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