弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原告P1、原告P2、原告P3、原告P4、原告P5、原告P6、原告P7、
原告P8及び原告P9の訴えをいずれも却下する。
二1 原告P10、原告P11、原告P12及び原告P13の請求一1記載の請求
に係る訴えを却下する。
 2 第一項及び第二項1記載の原告らを除く原告らと被告との間で、シングル編
成による二名編成機で予定着陸回数が一回の場合、連続する二四時間中、乗務時間
九時間を超えて、又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務に就く義務のない
ことを確認する。
 3 第一項及び第二項1記載の原告らを除く原告らの請求一1記載のその余の請
求を棄却する。
三 第一項記載の原告らを除く原告らと被告との間で、シングル編成で予定着陸回
数が二回の場合、連続する二四時間中、乗務時間八時間三〇分を超えて、又は勤務
時間一三時間を超えて予定された勤務に就く義務のないことを確認する。
四1 原告P14、原告P15、原告P16、原告P17、原告P18、原告P1
9、原告P20、原告P21、原告P22、原告P23、原告P24、原告P2
5、原告P26、原告P27、原告P28、原告P29、原告P30、原告P3
1、原告P32、原告P33、原告P10、原告P11、原告P12及び原告P1
3の請求一3記載の請求に係る訴えを却下する。
 2 第一項及び第四項1記載の原告らを除く原告らの請求一3記載の請求を棄却
する。
五1 原告P14、原告P15、原告P16、原告P17、原告P18、原告P1
9、原告P20、原告P21、原告P30、原告P31、原告P32及び原告P3
3の請求一4記載の請求に係る訴えを却下する。
 2 第一項及び第五項1記載の原告らを除く原告らの請求一4記載の請求を棄却
する。
六1 原告P22、原告P23、原告P24、原告P25、原告P26、原告P2
7、原告P28及び原告P29の請求一5記載の請求を棄却する。
 2 第一項及び第六項1記載の原告らを除く原告らの請求一5記載の請求に係る
訴えを却下する。
七1 原告P34、原告P35、原告P36、原告P37、原告P38、原告P3
9、原告P40、原告P41、原告P20、原告P21、原告P22、原告P2
3、原告P24、原告P25、原告P26、原告P27、原告P28、原告P2
9、原告P30、原告P31、原告P32、原告P33、原告P10、原告P1
1、原告P12及び
原告P13の請求一6記載の請求に係る訴えを却下する。
 2 第一項及び第七項1記載の原告らを除く原告らの請求一6記載の請求を棄却
する。
八1 第一項記載の原告らを除く原告らと被告との間で、右原告らが、乗務割上の
一連続の乗務にかかわる勤務を開始後その終了前に、既に着陸回数に応じた乗務時
間制限又は勤務時間制限を超える事態が発生しており、又は更に勤務を継続すれば
これを超えることとなる事態が発生した場合において、機長が他の運航乗務員と協
議し、運航の安全に支障がないと判断したときでない限り、右原告らがその勤務を
完遂しなければならないとの義務がないことを確認する。
 2 第一項記載の原告らを除く原告らの請求二記載の請求に係る訴えのうち、第
八項1で認容した部分を除く請求に係る訴えを却下する。
九1 原告P20及び原告P21の請求三記載の請求を棄却する。
 2 第一項及び第九項1記載の原告らを除く原告らの請求三記載の請求に係る訴
えを却下する。
一〇 第一項記載の原告らを除く原告らの請求四1記載の請求を棄却する。
一一1 原告P38、原告P39、原告P40、原告P41、原告P22、原告P
23、原告P24、原告P25、原告P26、原告P27、原告P28、原告P2
9、原告P10、原告P11、原告P12及び原告P13の請求四2記載の請求に
係る訴えを却下する。
 2 第一項及び第二項1記載の原告らを除く原告らの請求四2記載の請求を棄却
する。
一二1 原告P34、原告P35、原告P36、原告P37、原告P38、原告P
39、原告P40、原告P41、原告P22、原告P23、原告P24、原告P2
5、原告P26、原告P27、原告P28、原告P29、原告P30、原告P3
1、原告P32、原告P33、原告P10、原告P11、原告P12及び原告P1
3の請求四3記載の請求に係る訴えを却下する。
 2 第一項及び第三項1記載の原告らを除く原告らの請求四3記載の請求を棄却
する。
一三 第一項記載の原告らを除く原告らの請求四4記載の請求を棄却する。
一四1 原告P22、原告P23、原告P24、原告P25、原告P26、原告P
27、原告P28、原告P29、原告P30、原告P31、原告P32、原告P3
3、原告P10、原告P11、原告P12及び原告P13の請求五1記載の請求に
係る訴えを却下する。
 2 第一項及び第一四項1記載の原告らを除く原告らの請
求五1記載の請求を棄却する。
一五1 原告P38、原告P39、原告P40、原告P41、原告P42、原告P
43、原告P44、原告P45、原告P46、原告P47、原告P48、原告P4
9、原告P50及び原告P51の請求五2記載の請求を棄却する。
 2 第一項及び第一五項1記載の原告らを除く原告らの請求五2記載の請求に係
る訴えを却下する。
一六 第一項記載の原告らを除く原告らと被告との間で、国内線の乗務は連続三日
を超えないことを確認する。
一七1 第一項記載の原告らを除く原告らと被告との間で、国際線については、待
機(スタンバイ)に先立ち、あらかじめその対象便として指定された二つの便とそ
の間の便でない限り、乗務する義務のないことを確認する。
 2 第一項記載の原告らを除く原告らの請求七1のその余の請求及び請求七2記
載の請求をいずれも棄却する。
一八 訴訟費用は、原告P1、原告P2、原告P3、原告P4、原告P5、原告P
6、原告P7、原告P8及び原告P9と被告との間においては、第一事件から第五
事件を通じて被告に生じた費用の六分の一を右原告らの負担とし、その余は各自の
負担とし、右原告九名以外の原告四三名と被告との間においては、第一事件から第
五事件を通じて原告らに生じた費用と被告に生じたその余の費用とを七分し、その
四を右原告九名以外の原告四三名の負担とし、その余を被告の負担とする。
       事実及び理由
目次 別紙目次のとおり
第一 請求
 原告らと被告との間で、原告らの勤務について以下のことを確認する。
一1 シングル編成で予定着陸回数が一回の場合、連続する二四時間中、乗務時間
九時間を超えて、又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務に就く義務のない
こと。
 2 シングル編成で予定着陸回数が二回の場合、連続する二四時間中、乗務時間
八時間三〇分を超えて、又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務に就く義務
のないこと。
 3 シングル編成で予定着陸回数が三回の場合、連続する二四時間中、乗務時間
七時間三〇分を超えて、又は勤務時間一二時間を超えて予定された勤務に就く義務
のないこと。
 4 シングル編成で予定着陸回数が四回の場合、連続する二四時間中、乗務時間
六時間を超えて、又は勤務時間一〇時間を超えて予定された勤務に就く義務のない
こと。
 5 シングル編成で、連続する二四時間中、着陸回数が四回を超えて予定された
勤務
に就く義務のないこと。
 6 マルティプル編成の場合、連続する二四時間中、乗務時間一四時間を超え
て、又は勤務時間二〇時間を超えて予定された勤務に就く義務のないこと。
二 乗務割の一連続の乗務の実施中、機長が他の運航乗務員と協議の上決定した場
合を除き、着陸回数、乗務時間、勤務時間についての別紙請求二(ジェット機の連
続する二四時間中の乗務時間及び勤務時間制限)記載の制限を超えて、乗務又は勤
務する義務のないこと。
三 乗務時間が月間八〇時間、年間八四〇時間を超えて予定された乗務に就く義務
のないこと。
四1 あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かにかかわらず、宿
泊を伴う休養は、少なくとも一二時間を有すること。
 2 東京から連続して一二時間以上、デッドヘッドする(運航乗務員が乗務を目
的として、自社又は他社機により基地又は目的地に移動すること-以下同じ)場
合、次の乗務に先立ち少なくとも連続二四時間の休養時間を有すること。
 3 東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドについては、次の乗務に先立ち少
なくとも連続二四時間の休養時間を有すること。
 4 自宅スタンバイ(乗務割りの不時の変更に備え、休養施設において乗務に就
きうる状態を維持すること-以下同じ)終了後、次の乗務に先立ち、国際線におい
ては少なくとも一二時間の、国内線においては少なくとも六時間の休養時間を有す
ること。
五1 国際線において離基地日数一日の場合、一日の休日を受けること。
 2 国際線において、離基地日数九日の場合四日の休日、離基地日数一二日ない
し一四日の場合五日の休日を受けること。
六 国内線の乗務は連続三日を超えないこと。
七 待機(スタンバイ)の起用の場合、
 1 国際線については、待機(スタンバイ)に先立ち、あらかじめその対象便と
して指定された、別紙請求七1(路線群の区別)記載の区分による一便又は同一の
路線群に属し、かつ、出発時刻が四時間以内に予定された二便でない限り、乗務す
る義務のないこと。
 2 乗務以外の勤務に就く義務のないこと。
第二 事案の概要
 第二分冊の「第二 事案の概要」のとおり。
第三 当事者の主張(請求原因等)
 第二分冊の「第三 当事者の主張(請求原因等)」のとおり。
第四 当事者の主張(争点に関する主張)
 第二分冊の「第四 当事者の主張(争点に関する主張)」のとおり。
第五 当裁判所の判断
 第三分冊の「第五
 当裁判所の判断」のとおり。
第六 訂正
一 第二分冊の記載を次のように改める。
 一七頁一一行目の「(別紙)」を「(別紙「航空局技術部長通達(平成4年)別
表」)と、三五頁六行目の「瑞」を「端」と、三八頁一一行目の「支度科」を「支
度料」とそれぞれ改め、四〇頁三行目の「平成五年」の次の「年」を削除し、一〇
二頁五行目の次に行を改めて「(5) 本件就業規程の変更により一連続の乗務に
かかわる乗務時間制限及び勤務時間制限としたことに伴う着陸回数増加の変更の合
理性」を加え、同頁六行目の「(5)」を「(6)」と、三六二頁一〇行目の「お
よぴ」を「及び」と、三六三頁二行目の「闘始後」を「開始後」と、三六五頁三行
目の「乗務タイヤ」を「乗務ダイヤ」と、三八四頁五行目の「運航規定上の」を
「運航規程上の」とそれぞれ改め、四三九頁四行目の「一項)」の次に「。」を加
え、同頁五行目の「被告回数」を「飛行回数」と、四四一頁一行目の「おこなって
きた」を「行ってきた」と、四四四頁八行目の「於ける」を「おける」と、四四七
頁七行目から八行目にかけての「如何なる」を「いかなる」と、四四九頁三行目か
ら四行目にかけての「併せた」を「合わせた」とそれぞれ改め、四五一頁八行目の
「休養の制度」の次の「、」を削除し、四五四頁一行目の「自体」を「事態」と、
四五五頁一行目の「原告」を「原告ら」と、同頁六行目の「殆ど」を「ほとんど」
と、四五六頁五行目の「スタンドバイ」を「スタンバイ」と(以下随所にある「ス
タンドバイ」を「スタンバイ」と)、四五八頁一行目の「同条」を「同乗」と、同
頁一行目の「運航乗務員訓練・審査規程」を「運航乗務員訓練・審査就業規程」と
それぞれ改める。
二 第三分冊の記載を次のように改める。
 二二頁八行目の「43」を「43」と、「46」を「46」と、二九頁七行目の
「(第一、第二)」を(第一から第三)」と、七四頁四行目の「答える」を「こた
える」とそれぞれ改め、九四頁三行目の次に行を改めて「合計勤務時間一〇時間以
上」を、同頁六行目「◎羽田→伊丹→札幌→伊丹→羽田の乗務を一日で行うパター
ン」の次に行を改めて「合計勤務時間一〇時間二〇分」を、同頁七行目「◎福岡→
ソウル→小松→ソウル→福岡の乗務を一日で行うパターン」の次に行を改めて「合
計勤務時間一〇時間一〇分」をそれぞれ加え、一〇六頁一行目の「株式会社全日本
空輸」を「全日本空輸株
式会社」と改め、一〇八頁五行目及び六行目(いずれも「航空機内に適切な仮眠設
備を設けること」との記載)を削除し、一一三頁四行目の「OGZ-Y-010」
を「OGZ-Y-010」と、一二六頁四行目から五行目にかけての「主観的評価
が実施され」を「主観的評価を行い」とそれぞれ改め、一三七頁一行目から二行目
にかけての「削除することであった」の次に「(別紙「航空局技術部長通達(平成
4年)別表」参照)」を加え、一三八頁四行目の「在来三名編成機」を「在来型三
名編成機」と改め、一四〇頁一行目の「コクピット」の次に「(操縦席。以下「コ
クピット」又は「コックピット」という。)」を加え、一四八頁五行目の「&」を
「&」と、二五一頁一行目の「冬ダイア」を「冬ダイヤ」とそれぞれ改め、二三五
頁三行目の「細部の異同を捨象した。」の次に「なお、香港の勤務時間制限につい
ては、別紙「香港の勤務時間制限」を参照」を加え、二五九頁三行目の「とおりで
ある。」の次に「英国航空、ルフトハンザ航空、シンガポール航空及びカンタス航
空の勤務時間等の制限の詳細は、別紙「英国航空の乗務時間・勤務時間制限」、
「ルフトハンザ航空の勤務条件」、「シンガポール航空の勤務条件」及び「カンタ
ス航空の勤務条件」を参照」を加え、同頁一〇行目及び一一行目の各「マルチ編
成」をそれぞれ「マルティプル編成」と、二七七頁一〇行目の「橋」を「端」と、
三〇五頁一行目の「エアー・トランスポート・インターナショナル空港」を「エア
ー・トランスポート・インターナショナル航空」と、三二二頁八行目の「マルチ編
成」を「マルティプル編成」と、三四六頁六行目の「不足」を「不測」と、三九一
頁一行目及び三九四頁三行目の各「成田・」を「成田発の」と、三九七頁七行目の
「一二時間」を「一一時間」とそれぞれ改め、四〇〇頁六行目の「断ずることはで
きない。」の次に「また、改定後の本件就業規程の定めるシングル編成での三名編
成機の勤務時間制限は、最大一五時間に及び、他の航空会社の場合と比べるとかな
り長時間のものとなっていることは否定できないが、右のとおり、勤務時間の本体
である乗務時間を制限する規定の内容自体の合理性を肯定できることからすると、
乗務時間以外の拘束時間が長いことによって右の判断が左右されるものではな
い。」を加え、同頁七行目の「三名編成機の乗務時間制限」を「三名編成機での予
定着陸回数
が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限」と、四二二頁三行
目の「最大」を削除し、同頁三行目から四行目にかけての「一四時間」を「一一時
間」に改め、四五六頁一一行目の「自国建て」を「自国通貨建て」と、四六三頁九
行目の「手当」を「手当て」とそれぞれ改め、四七一頁八行目の「五・五パーセン
ト」の次に「の」を加え、四七五頁六行目の「(平成八年度込)」を「(平成八年
度見込み)」とそれぞれ改め、四八三頁一〇行目の「(第一〇回、第一一回)」を
削除し、五〇四頁一行目の「DC-八」を「DC八型機」と、五〇八頁九行目から
一〇行目にかけての「我が国航空企業の国際協力を図るための方策」を「我が国航
空企業の国際競争力の向上を図るための方策」と、五一二頁五行目から六行目にか
けての「98-2001年度中期計画」を「九八-二〇〇一年度中期計画」と、五
一三頁八行目の「保証」を「保障」と、同頁九行目の「ひいていは」を「ひいて
は」と、五三六頁八行目の「自国建て」を「自国通貨建て」と、五三八頁六行目の
「状況に」を「状況の」と、五五六頁三行目から四行目にかけての「93-94年
度サバイバルプランと九七年度までの中期展望」を「九三-九四年度サバイバルプ
ランと九七年度までの中期展望」と、同頁四行目から五行目にかけての「92-9
6年度展望と92-93年度事業計画」を「九二-九六年度展望と九二-九三年度
事業計画」と、同頁八行目の「94-95年度サバイバルプランと98年度までの
中期計画」を「九四-九五年度サバイバルプランと九八年度までの中期計画」と、
五五七頁九行目の「事件費」を「人件費」とそれぞれ改め、五六一頁三行目の
「(甲一二三)」の次に「など」を加え、同頁八行目の「カバーできなった」を
「カバーできなかった」と、五六二頁八行目の「要請」を「養成」とそれぞれ改
め、五六九頁五行目の次に行を改めて「また、改定後の本件就業規程の定めるシン
グル編成での三名編成機の勤務時間制限は、最大一五時間に及び、他の航空会社の
場合と比べるとかなり長時間のものとなっていることは否定できないが、そのこと
に伴う不利益は、主として運航業務に携わる乗務時間が長いことにあり、それ以外
の勤務時間に起因する不利益の具体的内容は、拘束時間が長いことを別にすれば、
必ずしも明らかでない。勤務時間の本体である乗務時間については、前記のとおり
これが他の航
空会社と比べて特に突出しているとはいえず、乗務時間制限を定める規定の内容自
体の合理性を肯定できることからすると、勤務時間制限を定める規定の内容自体の
合理性をも肯定できるというべきである。そうすると、本件就業規程を改定してシ
ングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての勤務
時間制限を最大一五時間にしたことは、そのことに伴う不利益を法的に受忍させる
こともやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとい
うことができる。」を加え、六〇七頁一〇行目の「いうことはできない。」の次に
「この点に関する勤務基準については、一八、7において述べたことと同様であ
り、各契約当事者の合理的意思として、暫定的に従前の勤務基準を存続させる意思
であると解するのが相当である。従前の勤務基準は、制度としては、国際線につい
て待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用対象について、あらかじめ指定さ
れていた二つの便とその間の便に起用対象の範囲を限定するというものであり、待
機(スタンバイ)は、待機(スタンバイ)すべき最初の便の出発予定時刻の四時間
前から始まり、最後の便の出発時刻の四時間後に終了するというものであったと解
するのが相当である。しかし、最後の便の出発時刻の四時間後に終了するという点
は待機(スタンバイ)の終了時刻に関するものに過ぎず、また、最初の便について
待機(スタンバイ)開始後四時間後の便であるという点は起用対象を限定するもの
であるが、原告らの請求はこの点の確認を求める趣旨ではない。原告らは、第二番
目の便については出発時刻が四時間以内に予定された便であることを要することの
確認を請求しているが、その根拠について何ら主張立証がない。また、原告らは、
別紙請求七1(路線群の区別)記載の区分による一便又は同一の路線群に属する便
を指定することを要すると主張するが、被告が運用として行っていたことはさてお
き、乗務機種及び路線室等に起因する制約以外には右のような制約が勤務基準とし
て(制度として)存したことを認めるに足りる証拠はない。また、被告が原告ら主
張のような運用を行っていたとしても、規範意識を持ってこれを反覆継続していた
ことまでを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告ら(確認の利益を有する
原告らに限る。)の請求は、国際線については、待機(スタンバイ)に先立ち、あ
らか
じめその対象便として指定された二つの便とその間の便でない限り、乗務する義務
のないことを確認する限度で理由があり、その余の請求は理由がない。」を加え
る。
東京地方裁判所民事第一九部
裁判長裁判官 高世三郎
裁判官 松井千鶴子
裁判官 植田智彦
第二 事案の概要
 定期航空運送事業者(航空会社)である被告は、従前、労働組合と協定を締結し
て運航乗務員の勤務基準を定めていたが、構造改革の一環として、国際コスト競争
力を強化する目的で、人員効率を向上させて人的生産性を高めるという観点と、路
線構成の変化や機材性能の向上に合った更に合理的な勤務基準にするという観点と
から勤務基準を改定すべく、労働組合と交渉したが、合意に至らず、協定破棄を通
告し、運航乗務員の勤務基準を定める就業規則を改定して新たな勤務基準を定める
に至った。
 本件は、被告に副操縦士又は航空機関士として勤務している原告らが、被告が行
った就業規則の変更は無効であり、従前の勤務基準の適用があると主張し、従前の
勤務基準を超える勤務基準に基づく勤務の義務がないことの確認を求める事案であ
る。
一 争いのない事実等(証拠に基づき認定した事実を含む。認定の根拠を示し、又
は参照の便宜のため適宜括弧内に証拠を掲げる。争いのない事実については特にそ
の旨は断らない。参照の便宜のため適宜法令を引用した。なお、横書きの文章を縦
書きに直す際に、漢数字に改める等の修正をした場合がある。)
1 当事者等
(一) 被告
 被告は、国際線及び国内線における定期航空運送事業等を目的とする株式会社で
ある。
(二) 原告ら
 原告らは、本件訴訟提訴当時、いずれも被告の副操縦士又は航空機関士として勤
務していた者である。
(三) 平成五年ころの被告における労働組合の組織状況
(1) 被告の従業員構成(平成五年当時)
 被告における平成五年四月当時の従業員の構成はおおよそ次のとおりであった。
 総従業員数            約二万一五〇〇名
 管理職数(乗務員の管理職を含む) 約  四七〇〇名
 運航乗務員数           約  一五〇〇名
 客室乗務員数           約  六三〇〇名
 地上職員数            約  九〇〇〇名
(2) 労働組合の組織状況(平成五年当時)
 被告には、後記(第二、一、4、(三))の本件就業規程の変更が行われた平成
五年ころ、次のアからカの労働組合が存在
し、それぞれ以下のような組織状況であった。
ア 日本航空乗員組合
 日本航空乗員組合(以下「乗員組合」という。)は、昭和四八年一一月二二日に
設立され、被告の副操縦士、航空機関士、セカンドオフィサー及びこれらの要員
(訓練生)のうち、管理職以外の者で組織された労働組合であり、平成五年九月一
七日現在では、副操綻士、航空機関士、訓練生一四七九名の全員が加入していた
(甲第一六二号証、第三五四号証)。
イ 日本航空機長組合
 日本航空機長組合(以下「機長組合」という。)は、昭和六一年八月一日に設立
され、被告の運航乗務員で被告が管理職扱いをしている機長で組織された労働組合
であり、平成五年七月三一日現在では、被告の日本人機長一〇四五名のうち九六八
名が加入していた(甲第一六二号証、第三五四号証)。
ウ 日本航空先任航空機関士組合
 日本航空先任航空機関士組合(以下「先任組合」という。)は、昭和六二年二月
一〇日に設立され、被告の運航乗務員で被告が管理職扱いをしている先任航空機関
士で組織された労働組合であり、平成五年七月三一日現在では、一三二名が加入し
ていた(甲第一六二号証、第三五四号証)。
エ 日本航空客室乗務員組合
 日本航空客室乗務員組合(以下「客乗組合」という。)は、昭和四〇年一二月二
三日に設立され、被告の客室乗務員の一部で組織された労働組合であり、平成五年
一〇月の時点では、一六〇九名が加入していた(甲第三五四号証、乙第四五号
証)。
オ 全日本航空労働組合
 全日本航空労働組合(以下「全日航労組」という。)は、昭和四四年八月二五日
に設立され、被告の地上職員及び客室乗務員の一部で組織された労働組合であり、
平成五年一〇月の時点では、地上職員八三一六名及び客室乗務員四三七二名が加入
していた(甲第三五四号証、乙第四五号証)。
カ 日本航空労働組合
 日本航空労働組合は、昭和四一年八月に設立され、被告の地上職員で組織された
労働組合であり、平成五年一〇月の時点では、三二九名が加入していた(甲第三五
四号証、乙第四五号証)。
(3) 過去の組合構成についての経緯
 また、前記アの乗員組合の設立については次の経過があった。
 昭和二六年一一月一七日、被告の労働組合としては初めて日本航空労働組合が設
立されたが、昭和二九年九月二七日、同組合から日本航空乗員組合が独立し、別個
の組合が形成された。昭和四一年七月一〇日、同組合から運航乗
員組合が分裂したが、同組合は昭和四八年一一月二二日に乗員組合と合併し、現在
の乗員組合が設立された(甲第三五四号証)。
2 運航乗務員による業務遂行の法規制
(一) 労働基準法による労働時間の規制との関係
 労働基準法三二条は、労働者の一週間の労働時間を四〇時間と規定し(同条一
項)、一日の労働時間を八時間と規定している(同条二項)が、その例外として、
同法三二条の二はいわゆる一箇月単位の変形労働時間制を採ることができる旨を定
めている。
 被告は、副操縦士及び航空機関士の労働条件の基準を定める就業規則として運航
乗務員就業規程(以下「本件就業規程」という。)を制定している。原告ら運航乗
務員の労働時間は、一日当たり八時間を超える場合もあるが、被告は本件就業規程
五条一項において、「運航乗務員の勤務は、労働基準法三二条の二によるものと
し、一ヶ月を平均し一週四〇時間一五分を超えない範囲で、特定の日において実労
働七時間を超えて、または特定の週において三七時間を超えて就業させることがあ
る。」と規定している。
(二) 航空法の規定
 航空法は、我が国が批准している国際民間航空条約に従って制定されたものであ
る。
 国際民間航空条約は、航空機の運航の方法について国際的に統一し、国際民間航
空の発達のため、各条約締結国が、航空規則の制定に当たっては、この条約及びこ
の条約に基づいて設定される規則にできる限り一致させることを約束する旨を定
め、さらに、航空に関する規則、手続等の統一により、航空を容易にするために、
国際民間航空機構(ICAO)が、国際標準並びに勧告方式及び手続を随時採択す
る旨を定めている(同条約一二条、三七条)。
 国際民間航空機構(ICAO)によって採択された付属書のうち、航空機の運航
につき直接規定した第六付属書(甲第四七九号証の一及び二)は「国際標準」及び
「勧告方式」とに別れる。「標準」は、その統一的適用が国際航空の安全又は正確
のため必要と認められる細則であり、締結国はこれを遵守し、遵守不可能の場合
は、理事会への通告が義務づけられているものであり、「勧告方式」は、その統一
適用が国際航空の安全、正確又は能率のために望ましいと認められる細則であり、
各締結国は、これを遵守するよう努力すべき義務を負うにとどまるものである。我
が国では、右付属書で定める国際標準の大部分が、航空法、同施行規則、告示等に
盛り込まれ
、あるいは法令の運用により具体化されている。
 航空法は、その旨及び同法の目的について、
第一条 この法律は、国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択さ
れた標準、方式及び手続に準拠して、航空機の航行の安全及び航空機の航行に起因
する障害の防止を図るための方法を定め、並びに航空機を運航して営む事業の秩序
を確立し、もつて航空の発達を図ることを目的とする。
と規定している。
 また、航空法六八条は、航空機乗組員の乗務について以下のように規定し、同法
一四五条一一号は、その違反者を一〇〇万円以下の罰金に処する旨規定している。
(乗務割の基準)
第六八条 航空運送事業を経営する者は、運輪省令で定める基準に従つて作成する
乗務割によるのでなければ、航空従事者をその使用する航空機に乗り組ませて航空
業務に従事させてはならない。
 同法施行規則は、同法六八条を受けて以下のように規定している。
(乗務割の基準)
第百五十七条の三 法第六十八条の運輸省令で定める基準は、次のとおりとする。
一 航空機乗組員の乗務時間(航空機に乗り組んでその運航に従事する時間をい
う。以下同じ。)が、次の事項を考慮して、少なくとも二十四時間、一暦月、三暦
月及び一暦年ごとに制限されていること。
イ 当該航空機の型式
ロ 操縦者については、同時に運航に従事する他の操縦者の数及び操縦者以外の航
空機乗組員の有無
ハ 当該航空機が就航する路線の状況及び当該路線の使用飛行場相互間の距離
ニ 飛行の方法
ホ 当該航空機に適切な仮眠設備が設けられているかどうかの別
二 航空機乗組員の疲労により当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間
及び乗務時間以外の労働時間が配分されていること。
 また、航空法一〇四条は、運航規程等の認可について次のとおり規定し、定期航
空運送事業者等が同条一項に規定する運航規程によらないで航空機を運航したとき
は、五〇万円以下の罰金に処する旨規定している(同法一五七条一号)。
(運航規程及び整備規程の認可)
第百四条 定期航空運送事業者は、運輸省令で定める航空機の運航及び整備に関す
る事項について運航規程及び整備規程を定め、運輸大臣の認可を受けなければなら
ない。これを変更しようとするときも同様である。
2 運輸大臣は、前項の運航規程又は整備規程が運輸省令で定める技術上の基準に
適合していると認めるときは、同項の認可をしなければならない。
 こ
れを受けた航空法施行規則では、
(運航規程及び整備規程の認可申請)
第二百十三条 法第百四条第一項の規定により、運航規程又は整備規程の設定又は
変更の認可を申請しようとする者は、次に掲げる事項を記載した運航規程設定(変
更)認可申請書又は整備規程設定(変更)認可申請書を運輸大臣に提出しなければ
ならない。
(一号から三号 略)
(運航規程及び整備規程)
第二百十四条 法第百四条第一項(法第百二十二条第一項において準用する場合を
含む。)の運輸省令で定める航空機の運航及び整備に関する事項は次の表の上欄に
掲げるとおりとし、同条第二項(法第百二十二条第一項において準用する場合を含
む。)の運輸省で定める技術上の基準は同表の上欄に掲げる事項についてそれぞれ
同表の下欄に掲げるとおりとする。
一 運航規程
 (中略)
ニ 航空機乗組員及び客室乗務員の乗務割並びに運航管理者の業務に従事する時間
の制限(客室乗務員の乗務割については、客室乗務員を航空機に乗り組ませて事業
を行う場合に限る。)
 航空機乗組員の乗務割は第百五十七条の三の基準に従うものであり、客室乗務員
の乗務割は客室乗務員の職務に支障を生じないように定められているものであり、
運航管理者の業務に従事する時間は運航のひん度を考慮して運航管理者の職務に支
障を生じないように制限されているものであること。
と定められている。
 運輸省は、右の基準の細目として、同省航空局技術部長作成の「定期航空運送事
業者の行う国際運航に従事する航空機乗務員の連続二四時間以内の乗務時間制限及
び編成に関する基準」(制定・空航第五七七号 平成二年六月二六日、一部改正・
空航第二○四号 平成四年三月三一日、一部改正・空航第九八五号 平成四年一二
月二一日、乙第八八号証)を定めており、右基準においては、具体的に次のとおり
乗務時間制限が規定されている。
3 乗務時間制限
(1) 事業者は、別表(別紙「航空局技術部長通達(平成4年)別表」)に定め
る時間を超えて、航空機乗組員の乗務予定時間を設定してはならない。(乗務予定
時間とは、時刻表の運航予定時間に基づき算定される当該便の出発時刻から到着時
刻までをいう。)
(2) 一二時間を超える乗務が予定されている場合には、航空機内に適切な仮眠
設備を設けること。
 運輸省航空局技術部長の定めた右の基準は、最少航空機乗員数が二名の操縦士で
ある航空機において、乗員編成が一名
の機長及び一名の操縦士である場合に、一二時間以下の乗務予定時間を定めること
並びに最少航空機乗員数が二名の操縦士及び一名の航空機関士である航空機におい
て、乗員編成が一名の機長、一名の操縦士及び一名の航空機関士である場合に、一
二時間以下の乗務予定時間を定めることが、いずれも、航空法施行規則一五七条の
三第二項に定める「航空機乗務員の疲労により当該航空機の航行の安全を害さない
ように乗務時間及び乗務時間以外の労働時間が配分されていること」の要件を満た
すものであることを示すものである。
(三) 運航規程
 被告は、航空法及び同法施行規則に基づき、運航規程を定め、その認可を受けて
いる。
 被告の現行の運航規程(乙第八五号証の二)には以下のとおり規定されている
(用語は一部改めている。)。
(1) 運航乗務員の勤務及び休養
 定義
ア 勤務時間
 勤務時間とは、運航乗務員が会社業務に従事する時間をいい、航空機便乗、地上
及び機上訓練並びに査察飛行等を含む。時間の算定は、次の各号の定めるところに
よる。
① 乗務の場合の勤務時間は、各自が所定の場所に出頭すべき時刻から始まり、飛
行終了後の業務完了時に終わる。ただし、航空機便乗の際の勤務時間の算定は別に
定める。
② 乗務以外の場合の勤務時間は、各自が所定の場所に出勤すべき時刻に始まり、
業務を完了した時に終わる。
イ 乗務時間
 乗務時間とは、運航乗務員が航空機に乗務する時間をいい、ブロック・タイムに
よる。
ウ 休養時間
 休養時間とは、運航乗務員がすべての会社業務から解放される時間をいい、休養
施設に到着した時から次の業務に就くため同施設を出発する時までとする。
エ 休養施設
 休養施設とは、運航乗務員が休養をとり得る設備を有する施設であって、自宅、
ホテル、その他これに代わるものをいう。
オ 休養地
 休養地とは、運航乗務員に所定の休養時間を与える地点をいう。
カ 仮眠設備
 仮眠設備とは運航乗務員が仰臥して休息をとることができる機内設備であって、
乗客より隔離されているものをいう。
キ 地上輸送時間
 地上輸送時間とは、空港と休養施設間の輸送のため、別に定めた時間であって、
休養時間に含まれない。
ク 航空機便乗(Dead Head)
 航空機便乗とは、運航乗務員が、会社の命により原則として航空機の客席を使用
して次の乗務予定地へ赴くことをいう。
(2) 乗務割の基準
 運航乗務員の乗務割は、運航
ダイヤに基づいて作成する。
 乗務割は、次の基準を超えるよう予定してはならない。
 国内線と国際線に連続して乗務する場合には、国際線の基準を適用する。ただ
し、国内線のみの乗務時間及び勤務時間が国内線の基準を超えるように予定しては
ならない。
ア 乗務時間及び勤務時間
 別紙(運航規程上乗務時間及び勤務時間の基準表)のとおり
イ 休養時間
 乗務のための勤務終了後、基地以外の休養地で少なくとも連続一二時間の休養を
与える。ただし、直前の休養以降の総乗務時間及び直後の休養までの総乗務時間の
いずれもが八時間以下の場合は連続一〇時間とすることができる。
 基地に戻った際、最後の休養地より基地までの総乗務時間の二倍又は一二時間の
いずれか長い時間以上の連続する休養を与える。
 連続する七暦日のうち少なくとも一暦日(外国においては連続二四時間)の休養
を与える。
(3) 乗務割の運用
ア 出頭時刻
 運航乗務員は、オペレーション・マニュアル第五章に定める場合を除き出発時刻
の一時間前までに所定の場所に出頭しなければならない。
イ 業務終了時刻
 乗務後の業務終了時刻はオペレーション・マニュアル第五章に定めるところによ
る。
ウ 勤務時間の中断
 運航乗務員が、休養施設で連続三時間以上の休養をとった場合には、その時間
は、勤務時間とはみなされない。
エ 乗務の中止
 運航乗務員は、その乗務割に従って、乗務を完了する。ただし、不測の事態(I
RREGULARITY)により前記の乗務割の基準を超える場合、機長(P.
I.C.)が運航状況、運航乗務員の疲労度その他の状況を十分考慮して安全上支
障があると判断したときには、その乗務を中止しなければならない。
オ 休養
(イ) 運航乗務員は、乗務を中止した場合には適当な休養をとらなければならな
い。
(ロ) 運航乗務員は、勤務時間又は乗務時間若しくは着陸回数の基準を超えて乗
務した場合には、少なくとも一二時間の休養をとらなければならない。
(ハ) 不測の事態(IRREGULARITY)により、前記の乗務割の基準に
定めた休養時間を確保できない場合は、連続一〇時間とすることができる。ただ
し、休養時間の短縮は連続して適用してはならない。
(4) 被告の運航規程のこれまでの改定経緯
 被告の運航規程の前記規定内容のうち、乗務時間、勤務時間の制限については、
昭和四一年八月一日に運航規程が労使協定の内容と切り離され別個に
定められたときに規定されたものであり、そのうち一暦月、一暦年の乗務時間制限
は現在まで全く変更がないが、連続する二四時間中の乗務時間・勤務時間制限は平
成二年八月一日付け改定、平成五年二月二〇日付け改定を経て現行の規定内容に至
っている。
 なお、シングル編成の着陸回数別の乗務時間・勤務時間制限は、前記昭和四一年
八月一日付け運航規程の改定時に運航規程から削除し、それ以降現在まで運航規程
には定められていない。
 また、昭和四〇年三月三〇日付け改定時には、休養の付与に関して、出発前の勤
務時間が五時間を超えて乗員の交替なく乗務するとき及び乗務又は勤務が時間制限
を超えたときの各休養時間(それぞれ少なくとも一二時間)を定めるのみであった
が、昭和四一年八月改定時に、乗務時間等の制限を超えて乗務した場合及び航空機
便乗の際に基準時間を超えて勤務する場合の各休養時間(それぞれ少なくとも一二
時間)、基地における休養及び休日並びにマルティプル編成時の休養時間が定めら
れた。
 また、平成五年二月二〇日付け改定による現行の運航規程は、おおむね昭和四一
年八月改定の内容を引き継いでいるが、乗務割の基準として、休養時間につき、
「乗務のための勤務終了後、基地以外の休養地で少なくとも連続一二時間の休養を
与える」との原則を初めて明確な形で定めるとともに、これを「連続一〇時間とす
ることができる」との例外を定め、かつ「連続する七暦日のうち少なくとも一暦日
(外国においては連続二四時間)の休養を与える」旨定めている。
 また、乗務の中止についての定めは、昭和四一年八月一日付け改定時に運航規程
に定められた。同年一〇月二二日に取り交わされた「運航乗員の勤務に関する協定
書」の解説(乙第二号証)には、「従来の協定では、国内線・国際線別に延長の限
度が定められていたが運用上弾力性に欠けていた面もあったので、今回の協定で
は、予定された乗務は運航の安全性に支障なき限り完遂することを原則とした。こ
の場合完遂の可否に際しては他乗員と協議の上機長の最終判断により決定される。
他方、乗務時間、勤務時間の制限内でも安全上支障ありと機長が判断する場合は乗
務の中止もあり得ることは勿論である。」と記載されている(二一頁から二二頁ま
で)。
 また、基地における一暦月中の休養及び休日数の原則は、昭和四一年八月一日付
け改定時に「基地における休養および休日数は一暦月に
七暦日とする」として運航規程に定められ、現在まで変更なく引き継がれている。
(四) 就業規則と勤務協定について
 被告は、昭和三八年一二月一八日に就業規則(甲第四号証)を制定し、昭和三九
年一月一一日から実施したが、労働時間、休憩及び休日等の労働条件についての規
定は運航乗務員には適用されず(六四条三項)、その後、昭和四六年三月一日(同
日実施)に「運航乗務員就業規程」(本件就業規程)が、昭和五五年三月一八日
(同月二〇日実施)に「運航乗務員訓練・審査就業規程」がそれぞれ制定された
が、その内容は、組合員の勤務条件は組合との協約がある場合には協約の定めると
ころによるというものであって、運航乗務員の労働時間、休憩、休日等の労働条件
の基準は、その勤務の特殊性に鑑みて、海外航空会社の例に倣い、被告と運航乗務
員により構成される組合との間の労働協約のみによって定められていた。
 運航乗務員の労働条件を定めた労働協約は、ジェット機の導入などを契機として
何度か改定が行われ、昭和四八年七月三一日、運航乗務員の労働条件を定める「運
航乗員の勤務に関する協定書」が取り交わされて労働協約が締結された(以下、こ
の昭和四八年七月三一日に被告と乗員組合との間に締結された勤務協定を単に「勤
務協定」又は「旧勤務協定」という。後者の呼称は改定後の本件就業規程と対比さ
せる際等に使用する。)。勤務協定は、被告の航空機の実際の運航における運航乗
務員の労働条件の基準(勤務基準)を定めるものであった(なお、「労働条件の基
準」と「勤務基準」の関係については第三分冊一頁参照)。
 昭和五五年三月二〇日、被告は、本件就業規程を改定し、運航乗務員の勤務基準
について勤務協定と同じ内容の規定を設けた。
 被告と乗員組合との間には、勤務協定以外にも労働協約が締結され、平成五年三
月ころには、被告と乗員組合との間に以下の期限の定めのない労働協約が存在し
た。
① 「運航乗務員の送迎に関する協定書」(昭和四八年五月二六日締結)
② 「LAX→NRT直行便に関する確認書」(昭和五三年七月三一日締結)
③ 「SFO→TYO直行便に関する確認書」(昭和五〇年一〇月三一日締結)
④ 乗員の支度料に関する「協定書」(昭和三八年四月二四日締結)
⑤ 「運航乗員の勤務に関する協定書」(昭和四八年七月三一日締結)
⑥ 東京・サンフランシスコ間デツドヘッド後の休養時間に関する「覚書
」(昭和四八年七月三一日締結)
⑦ 勤務協定中の機長に関する規定の取扱いに関する「覚書」(昭和四八年七月三
一日締結)
⑧ 路線別了解事項の適用に関する「確認書」(昭和五〇年三月三一日締結)
⑨ 休日数、デッドヘッドに関する「確認書」(昭和五二年一二月三一日締結)
⑩ 休日数に関する「確認書」(平成二年四月一日締結)
⑪ 「乗務手当に関する協定書」(平成二年四月一六日締結)
⑫ 「海外乗務旅費に関する協定」(平成四年四月二三日締結)
⑬ 昭和四八年四月二四日まで有効であった「教官等の勤務に関する協定書」及び
付帯覚書、細則等の取扱いに関する「覚書」(昭和四八年七月三一日締結)
⑭ ナパ運航乗員訓練所におけるP52教官の取扱いに関する「確認書」(昭和五
三年一〇月一日締結)
⑮ 仙台におけるP53教官の取扱いに関する「確認書」(昭和五八年一二月九日
締結)
⑯ 副操縦士のP81教官の勤務条件及び待遇に関する「協定書」(昭和五九年九
月二七日締結)
⑰ 副操縦士のP81教官の取扱いに関する「確認書」(昭和五九年九月二七日締
結)
 被告と乗員組合とは、右の各労働協約の他に毎年冬期(一一月一日から翌年三月
三一日まで)・夏期(四月一日から一〇月三一日まで)の各半期ごとに東京・ニュ
ーヨーク、東京・ワシントン等の長大路線(長距離国際線)について、各路線ごと
に路線別協定等を締結していた。
3 航空業界をめぐる状況及び被告の経営状況の推移、対応策
(一) 本件就業規程の変更以前の航空業界をめぐる状況
 昭和六〇年に国内航空三社の事業分野を定めたいわゆる「四五-四七体制」が廃
止され、さらに同年のプラザ合意に端を発した急速な円高が進行した。我が国の海
外旅行市場は急激な円高とバブル経済のもとで急成長を続け、平成元年度には日本
人出国者が一〇〇〇万人に迫り、世界有数のマーケットとなった。日本市場の旺盛
な需要と円高は外国航空会社にとって日本円収入の魅力を増大させ、アメリカン航
空、デルタ航空など海外の巨大航空会社が相次いで日本市場に新たに参入し、供給
は飛躍的に増大した。
(二) 被告の経営状況の推移
 被告の昭和五九年度以降平成四年度までの経常損益の推移は次のとおりであった
(△は損失を示す)。
昭和五九年度    二二〇億円
昭和六〇年度   △ 一六億円
昭和六一年度     三六億円
昭和六二年度    三二四億円
昭和六三年度    四三六億円
平成元年度     五二七億円
平成二年度     二四八億円
平成三年度    △ 六〇億円
平成四年度    △五三八億円
平成五年度    △二六一億円
(三) 被告の経営策
 被告は、平成三年二月二〇日、社長を委員長とする「構造改革委員会」を設置
し、平成四年六月一日、同委員会は、①国内線の充実など事業運営体制の再構築、
②路線の再編成など生産面の改革、③人件費効率の向上などコスト構造改革、④イ
ールドの向上など販売構造改革、⑤業務運営体制の見直しなど意識構造改革等、コ
スト競争力の強化を最重要課題とする構造改革施策を策定した。
 被告は、同年以降右施策に従い、シアトルへの乗り入れ休止、パリ直行便の増便
等を内容とする国際線路線の再編成、国内線の路線拡充、運航委託その他の運航形
態の多様化等、収入増強策及びコスト競争力の強化に着手した。
4 労働組合等との交渉及び本件就業規程変更に至る経緯
(一) 労使交渉の経過
 被告は、平成五年一月二九日、乗員組合に対し、「人件費関連施策について」と
題する書面(乙第一〇号証)をもって、被告の逼迫した経営危機の概況と企業構造
の見直しによる人件費効率向上の必要性を説明したうえ、同日付け「人件費関連施
策の具体策について」と題する書面(乙第一一号証)により、別紙に添付した「運
航乗員の勤務に関する脇定書」改定概要、「運航乗務員の通勤に関する協定」
(案)、「海外乗務旅費に関する協定」(案)、「支度料に関する協定」(案)の
とおりに勤務協定、通勤制度、諸手当、旅費制度及び支度料等を改める案等を提示
した。
 さらに、被告は、乗員組合に対し、同年二月一九日には、これらを具体化した
「人件費関連施策に基づく諸手当改定案の骨子について」を、同月二六日には、変
更後の本件就業規程の骨格となった「運航乗務員の勤務に関する協定(案)につい
て」と題する書面(乙第六〇号証)を各提示するなどした。
 被告の勤務協定等の改定の右申入れの後、同年二月一日に事務折衝が持たれ、同
年二月八日に団体交渉が行われたが、原告らが所属する乗員組合は「改悪のみの提
案は認められない」として、被告の右申入れを拒否した。
 以後、被告と乗員組合は同年一一月一日までの約九箇月の間に一九回の事務折衝
と二六回の団体交渉を含む各種協議、交渉を行った。
(二) 勤務協定等の労働協約の解約
 被告は、前記「運航乗務員の勤務に関する協定(案
)」に乗員組合が応じなかったので、平成五年三月二三日、乗員組合に対し、「通
勤制度の改定について」と題する文書(甲第一九三号証)で、同年六月三〇日限り
前記(第二、一、2、(四))①ないし③及び④の各労働協約を解約する旨の通告
をしたが、その後、解約日を同年一〇月三一日に延期した。
 被告は、同年七月二二日、乗員組合に対し、「運航乗務員の勤務に関する協定
(案)について」と題する文書(甲第一九四号証)で、同年一〇月三一日限り前記
(第二、一、2、(四))⑤ないし⑩及び⑪、⑫の各労働協約を解約する旨の通告
をした。
 被告は、同年八月三日、乗員組合に対し、「運航乗務員の訓練および審査に係わ
る勤務に関する協定(案)について」と題する文書(甲第一九五号証)で、同年一
〇月三一日限り前記(第二、一、2、(四))⑬ないし⑰の各労働協約を解約する
旨の通告をした。
 その後、乗員組合は被告の示した勤務協定の改定案を受け入れることなく、同年
一〇月三一日をもって前記(第二、一、2、(四))①から⑰の勤務協定等の労働
協約はすべて解約された。
(三) 就業規則の変更
 被告は、本件就業規程及び運航乗務員訓練・審査就業規程の一部を改定し、全日
本航空労働組合の意見を聞いたうえ、同年一一月一五日に所轄労働基準監督署長に
届け出た。
 本件就業規程の変更に関して、全日本航空労働組合は「運航乗務員を組織してい
ないので、意見は差し控える。」として意見を述べず、乗員組合、機長組合、先任
航空機関士組合など運航乗務員の組合は反対の意見を表明していた。
5 勤務基準の変更内容
(一) 乗務時間及び勤務時間制限関係
(1) 勤務協定の内容(甲第一号証七六頁以下。用語は一部改めた。)
Ⅰ 定義
 この協定において使用される用語の定義は下記各項の定めによる。
1 (略)
2 勤務
(1) 勤務時間
 勤務時間とは、運航乗員が会社業務に従事する時間をいい、DEAD HEA
D、地上及び機上訓練、並びに査察飛行等を含む。時間の算定は次の各号の定める
ところによる。
イ 乗務のための勤務時間は各自が指定の場所に出頭すべき時刻に始まり、飛行終
了後の業務完了時に終わる。ただし、DEAD HEADの際の勤務時間の算定は
本協定「適用」第一九項の定めるところによる。
ロ 乗務以外の勤務時間は各自が指定の場所に出頭すべき時刻に始まり、業務を完
了した時に終わる。
(2) 乗務時間
 乗務時
間とは運航乗員が航空機に乗務する時間をいい、ブロック・タイムによる。
3から6まで (略)
7 乗務ダイヤ
 乗務ダイヤは別途設立された委員会が既定路線にあっては前年度同一機種での月
別実績により、新路線にあっては双方の調査により、合意に達し、実行可能とみな
したダイヤをいう。
8 STAND BY(後記のとおり)
9 DEAD HEAD(後記のとおり)
10 シングル編成
 シングル編成とは機長一名、副操縦士一名、航空士一名、及び航空機関士又はセ
カンド・オフィサー一名、若しくは機長一名、副操縦士一名、及び航空機関士又は
セカンド・オフィサー一名による編成をいう。
11 マルティプル編成
 マルティプル編成とは、機長二名、副操縦士一名、航空士○ないし二名及び航空
機関士又はセカンド・オフィサー二名、あるいは航空機関士一名、セカンド・オフ
ィサー一名による編成をいう。
Ⅱ 適用
1から4まで(略)
5 乗務割
(1) 乗務割は公平を原則として、常にSTAND BYを保持し、更に年間乗
務に対しては乗員全員の有給休暇を考慮したものでなければならない。
(2) 乗務の予定は乗務ダイヤによる。
6 (略)
7 月間及び年間の乗務時間制限
(1) 月間及び年間の乗務時間は次の制限を超えて予定してはならない。別紙
「別表1」参照
(2) 3暦月とは一月から三月、四月から六月、七月から九月及び一〇月から一
二月の各四半期をいう。
8 乗務時間の算入方法
 一暦月、三暦月及び一暦年の乗務時間の算定に当たり、二暦月にまたがる場合の
乗務時間は当該飛行の到着日の属する暦月の分として算入するものとする。ただ
し、日本地方標準時による。
9 ジェット機の連続する二四時間中の乗務時間及び勤務時間
(1) シングル編成の場合、乗務時間及び勤務時間は次の制限を超えて予定して
はならない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに包含されればこの限りでな
い。別紙「別表2」参照
(2) マルティプル編成の場合、乗務時間及び勤務時間は次の制限を超えて予定
してはならない。ただし、乗務時間に関しては、乗務ダイヤに包含されればこの限
りではない。別紙「別表3」参照
 この場合、ON DECK DUTY CREW以外の運航乗員に対し仮眠設備
を用意しなければならない。
 これを満たさない場合の乗務時間及び勤務時間は、シングル編成の制限時間に準
ずるものとする。
(2) 改定前の本件就業規程の
規定内容(甲第三号証二一頁以下。用語は一部改めた。)
(定義)
第二条 この規程において用いる主な用語の定義は、次のとおりとする。
(1) 「就業時間」とは、運航乗務員が会社業務に従事する時間をいい、その算
定は第六条の定めるところによる。
(2) 「勤務時間」とは、この規程で別に定める場合を除き、運航乗務員がST
AND BY以外の会社業務に従事する時間をいい、その算定は第七条に定めると
ころによる。
(3) 「乗務」とは、運航乗員が航空機に乗り組んでその運航に従事することを
いい、その算定はブロック・タイムによる。
(4) 「乗務のための勤務」とは、前号の乗務及びその前後に必要な業務に従事
することをいう。
(5) 「STAND BY」とは、乗務割の不時の変更に備え、休養施設におい
て乗務等に就きうる状態を維持することをいう。
(6) 「DEAD HEAD」とは、運航乗務員が乗務を目的として、自社機又
は他社機により基地又は目的地に移動することをいう。
(7) 「地上勤務」とは、第三号ないし前号以外のすべての勤務をいう。
(8) 「乗務ダイヤ」とは、予定する乗務の時間算定に用いるダイヤをいい、前
年度実績等によりこれを別に定める。
(9) 「シングル編成」とは、機長一名、副操縦士一名、又は機長一名、副操縦
士一名、及び航空機関士若しくはセカンド・オフィサー一名による編成をいう。
(10) 「マルティプル編成」とは、機長二名、副操縦士一名、又は機長二名、
副操縦士一名及び航空機関士若しくはセカンド・オフィサー二名、あるいは航空機
関士一名、セカンド・オフィサー一名による編成をいう。
(11) 「ダブル編成」とは、機長二名、副操縦士二名による編成をいう。
(勤務時間の算定)
第七条 勤務時間の算定は、次の各号による。
(1) 乗務のための勤務
 乗務のため各自が所定の場所に出頭すべき時刻から乗務終了後の業務終了時まで
の時間とする。
(2) DEAD HEAD
 第一九条に定めるところによる。
(3) 地上勤務
 所定の場所に出頭すべき時刻から、業務終了時までの時間とする。
(DEAD HEADの勤務時間及び休養)
第一九条 1.前途乗務のためのDEAD HEAD
(1) DEAD HEADに引き続き乗務する場合のDEAD HEADの勤務
時間は、所定の場所に出頭すべき時刻(当該航空機の出発予定時刻の一時間前)か
らDEAD HEAD終了地
点到着時刻までの時間の一/二とし、乗務のための勤務時間との合計が第一〇条の
勤務時間制限を超えて予定しない。
(2) DEAD HEADに引き続き乗務に従事する場合は、DEAD HEA
D終了次第、運航管理室又は、これに代わる場所に出頭するものとし、この時刻よ
り乗務のための勤務が始まるものとする。この場合、出発までに時間的余裕がある
場合は、休養施設で休養をとらせるものとする。
(3) DEAD HEADに引き続き乗務する運航乗務員がDEAD HEAD
中、中間寄港地において休養をとり得る時間的余裕がある場合は、休養をとらせる
ものとする。
2 乗務終了後のDEAD HEAD
 乗務終了後引き続きDEAD HEADする場合は、前項を適用する。
(四週間、月間及び年間の就業時間・乗務時間制限等)
第八条 四週間、月間及び年間の就業時間・乗務時間は次の制限を超えて予定しな
い。
 別紙「別表4」参照
 なお、B七二七については、上記の制限に加え、三暦月の乗務時間は二二〇時間
を超えて予定しない。
2 年間を平均しての就業時間は月間一四五時間を基準とする。
 月間一四五時間(一月及び三月を除く大の月一四八時間五一分、小の月一四一時
間四四分、一月及び三月一四六時間二八分、二月一三二時間一七分、ただし、うる
う年の一月及び三月一四七時間一七分、うるう年の二月は一三七時間四七分)を超
える就業時間については特別就業手当の支給対象時間として月別に算定する。
3 三暦月とは一月から三月、四月から六月、七月から九月及び一〇月から一二月
の各四半期をいう。
4 自宅STAND BYの総経過時間と自宅STAND BY以外の業務の就業
時間の合計は四週を平均して一週四八時間を超えて予定しない。
(乗務時間・就業時間の算入方法)
第九条 一暦月、三暦月及び一暦年の乗務時間の算定に当たり、二暦月にまたがる
場合の乗務時間は当該飛行の到着日の属する暦月の分として算入するものとする。
ただし、日本標準時による。
(ジェット機の連続する二四時間中の乗務時間及び勤務時間)
第一〇条 シングル編成の場合、乗務時間及び勤務時間は、次の制限を超えて予定
しない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに包含されればこの限りではな
い。別紙「別表2」参照
2 マルティプル編成の場合、乗務時間及び勤務時間は、次の制限を超えて予定し
ない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに包含
されればこの限りではない。別紙「別表3」参照
 この場合、ON DECK DUTY CREW以外の運航乗員に対し仮眠設備
を用意する。これを満たさない場合の乗務時間及び勤務時間は、シングル編成の制
限時間に準ずるものとする。
(3) 改定後の本件就業規程の規定内容(甲第四号証一九頁以下。用語は一部改
めた。)
(定義)
第二条 この規程において用いる主な用語の定義は、次のとおりとする。
(1) 「就業時間」とは、運航乗務員が会社業務に従事する時間をいい、その算
定は第六条の定めるところによる。
(2) 「勤務時間」とは、この規程で別に定める場合を除き、運航乗員がSTA
ND BY以外の会社業務に従事する時間をいい、その算定は第七条に定めるとこ
ろによる。
(3) 「乗務」とは、運航乗務員が航空機に乗り組んでその運航に従事すること
をいい、その算定はブロック・タイムによる。
(4) 「乗務のための勤務」とは、前号の乗務及びその前後に必要な業務に従事
することをいう。
(5) 「STAND BY」とは、乗務割の不時の変更に備え、休養施設におい
て乗務等に就きうる状態を維持することをいう。
(6) 「DEAD HEAD(便乗)」とは、運航乗務員が乗務、路線飛行訓練
あるいは路線飛行審査に伴い、自社機又は他社機により基地又は目的地に移動する
ことをいう。
(7) 「地上移動」とは、運航乗務員が乗務、路線飛行訓練あるいは路線飛行審
査に伴い、航空機以外の交通機関により空港又はあらかじめ指定された場所相互の
間を移動することをいう。
(8) 「地上勤務」とは、第(3)号ないし前号以外のすべての勤務をいう。
(9) 「乗務ダイヤ」とは、予定する乗務の時間算定に用いるダイヤをいい、前
年度実績等によりこれを別に定める。
(10) 「シングル編成」とは、機長一名、副操縦士一名、又は機長一名、副操
縦士一名、及び航空機関士若しくはセカンド・オフィサー一名による編成をいう。
(11) 「マルティプル編成」とは、「シングル編成」に機長若しくは副操縦士
一名、又は機長若しくは副操縦士一名、及び航空機関士若しくはセカンド・オフィ
サー一名を追加した編成をいう。
(勤務時間の算定)
第七条 勤務時間の算定は、次の各号による。
(1) 乗務のための勤務
 乗務のため各自が所定の場所に出頭すべき時刻から乗務終了後の業務終了時まで
の時間とする。
(2) DEAD HEAD

 DEAD HEADのための出頭時刻(当該便出発時刻の一時間前)に始まり到
着時刻までの時間とする。
b 乗務とDEAD HEADが混在する勤務については、DEAD HEAD終
了後次の乗務のための出頭時刻までの間、また、乗務のための勤務終了後次のDE
AD HEADのための出頭時刻までの間は勤務時間として算定しない。
 なお、乗務とDEAD HEAD、又はDEAD HEADと乗務との間に時間
的余裕がある場合は、休養施設等にて休養をとらせるものとする。
c DEAD HEADに引き続き乗務する運航乗務員がDEAD HEAD中、
中間寄港地において休養をとり得る時間的余裕がある場合は、休養施設等にて休養
をとらせるものとする。
(3) 地上移動
a 移動区間に応じ、次に定める地上移動に要する時間を勤務時間として算定す
る。別紙「別表5」参照。
 その他の区間の地上移動に要する時間はその都度定める。
b 乗務と地上移動が混在する勤務については、乗務のための勤務時間に前aに定
める地上移動に要する時間を加えた時間とする。
(4) 地上勤務
 所定の場所に出頭すべき時刻から、業務終了時までの時間とする。
2 前項第(1)号における出頭すべき時刻及び業務終了時刻は第二一条に定める
ところによる。また、前項第(4)号の時間帯については、別途指示するところに
よる。
(月間及び年間の就業時間・乗務時間制限等)
第八条 月間及び年間の就業時間・乗務時間は次の制限を超えて予定しない。別紙
「別表6」参照
3 三暦月とは一月から三月、四月から六月、七月から九月及び一〇月から一二月
の各四半期をいう。
(乗務時間・就業時間の算入方法)
第九条 一暦月、三暦月及び一暦年の乗務時間の算定に当たり、二暦月にまたがる
場合の乗務時間は当該飛行の到着日の属する暦月の分として算入するものとする。
ただし、日本標準時による。
(一連続の乗務に係わる勤務における乗務時間及び勤務時間)
第一〇条 一連続の乗務に係わる勤務とは、連続する一二時間以上の休養を予定す
る地点における、乗務のための所定の場所への出頭から、次の連続する一二時間以
上の休養を予定する地点における業務終了までをいう。
2 シングル編成の場合、一連続の乗務に係わる乗務時間及び勤務時間は次の制限
を超えて予定しない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに包含されればこの
限りではない。なお、予定着陸回数にはD
EAD HEADは含まず、出頭時刻は出発時の現地時間による。別紙「別紙7」
参照
3 マルティプル編成の場合、一連続の乗務に係わる勤務における乗務時間及び勤
務時間は次の制限を超えて予定しない。ただし、乗務時間に関しては乗務ダイヤに
包含されればこの限りではない。別紙「別紙8」参照
 この場合、ON DECK DUTY CREW以外の運航乗員に対し仮眠設備
を用意する。これを満たさない場合の乗務時間及び勤務時間は、シングル編成の制
限時間に準ずるものとする。
4 前第2項及び第3項の適用において、遅延等により出頭時刻が変更となった場
合には、原則として新たな出頭時間帯の制限時間を適用するものとする。ただし、
出頭時刻の変更に伴い、乗員編成の変更が必要となる場合において、その実施が困
難である場合には当初予定した乗員編成にて運航するものとする。
 また、乗務終了後基地へ帰るためのDEAD HEAD及び地上移動について
は、やむを得ない場合には勤務時間の合計が前第2項及び第3項に定める勤務時間
制限を超える場合であっても予定することがある。
(二) 一連続の乗務に係わる勤務完遂について
(1) 勤務協定の内容(甲第一号証八四頁。用語は一部改めた。)
Ⅱ 適用
12 乗務時間及び勤務時間の延長
(1) 乗務割の一連の乗務の実施中における乗務時間、勤務時間、又は着陸回数
の延長及び中断は他の乗員と協議し、機長の決定による。
(2) 本協定「適用」第9項(1)及び(2)の乗務時間、勤務時間及び着陸回
数の制限を超えた場合は、少なくとも一二時間の休養をとらなければならない。
(2) 改定前の本件就業規程の内容(甲第三号証二六頁。用語は一部改めた。)
(勤務時間及び乗務時間の延長)
第一二条 乗務割の一連の乗務の実施中における乗務時間、勤務時間又は着陸回数
の延長及び中断は、機長が他の乗務員と協議し決定する。
2 第一〇条の乗務時間、勤務時間及び着陸回数の制限を超えた場合は、少なくと
も一二時間の休養を与える。
(3) 改定後の本件就業規程の内容(甲第四号証二五頁以下。用語は一部改め
た。)
(一連続の乗務に係わる勤務完遂の原則)
第一二条 乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務は、開始後完遂することを原則と
する。ただし、他の乗員と協議し、運航状況、乗員の疲労度その他の状況を考慮し
て運航の安全に支障があると機長が判断したときは中断しなければならな
い。
2 第一〇条の乗務時間、勤務時間及び着陸回数の制限を超えた場合は、次の一二
時間以上の休養を予定する地点で少なくとも一五時間の休養を与える。
(三) 休養時間について
(1) 休養に関する定義について
ア 勤務協定の休養に関する定義規定(甲第一号証七六頁、七八頁。用語は一部改
めた。)
1 定義
3 休養
(1) 休養時間とは運航乗員がすべての会社業務から解放される時間をいい、休
養施設に到達した時から次の業務につくため、同施設を出発するまでとする。
(2) 休養施設
 休養施設とは運航乗員が休養をとりうる設備を有する施設であって、自宅、ホテ
ル、その他これに代わるものをいう。
5 宿泊地
 宿泊地とはあらかじめ乗員交替地として定められた場所をいう。
イ 改定前の本件就業規程の休養に関する定義規定(甲第三号証二一頁、二二頁。
用語は一部改めた。)
(定義)
第二条 この規程において用いる主な用語の定義は、次のとおりとする。
(13) 「休養」とは、運航乗務員がすべての会社業務から解放される状態をい
い、その時間の算定は、休養施設に到達した時から次の業務につくため、同施設を
出発するまでとする。
(14) 「休養施設」とは運航乗務員が、休養をとりうる設備を有する施設であ
って、自宅、ホテル、その他これに代わるものをいう。
(16) 「宿泊地」とは、あらかじめ乗務員交替地として定められた場所をい
う。
ウ 改定後の本件就業規程の休養に関する定義規定(甲第四号証一九頁、二〇頁。
用語は一部改めた。)
(定義)
第二条 この規程において用いる主な用語の定義は、次のとおりとする。
(13) 「休養」とは、運航乗務員がすべての会社業務から解放される状態をい
い、その時間の算定は、休養施設に到達した時から次の業務に就くため、同施設を
出発するまでとする。
(14) 「休養施設」とは、運航乗務員が休養をとりうる設備を有する施設であ
って、自宅、ホテル、その他これに代わるものをいう。
(2) 宿泊地における休養時間について
ア 勤務協定の宿泊地における休養時間の規定(甲第一号証八六頁。用語は一部改
めた。)
Ⅱ 適用
16 休日及び休養
(2) 宿泊地における休養
 宿泊地における休養は、少なくとも一二時間とする。ただし、
イ 本協定「適用」第九項に示す連続する二四時間中の乗務及び勤務時間の制限を
超えない場合は、宿泊地において一二時間の休養をとらず飛行することが
できる。
ロ マルティプル編成の場合、運航乗員が運航状況、疲労度等について判断し、機
長が充分これを配慮して八時間とすることができる。
イ 改定前の本件就業規程の宿泊地における休養時間の規定(甲第三号証二七頁。
用語は一部改めた。)
(休日及び休養)
第一六条
2 宿泊地における休養
 宿泊地における休養は、少なくとも一二時間とする。ただし、
(1) 第一〇条の連続する二四時間中の乗務及び勤務時間の制限を超えない場合
は、宿泊地において一二時間の休養をとらずに飛行することができる。
(2) マルティプル編成又はダブル編成の場合、運航乗務員が運航状況、疲労度
等について判断し、機長が充分これを配慮して八時間とすることがある。
ウ 改定後の本件就業規程の宿泊地における休養時間の規定(甲第四号証二六頁。
用語は一部改めた。)
 改定後の本件就業規程では、宿泊地という概念がなくなり、代わりに「一連続の
乗務に係わる勤務」という概念が規定され、それを前提として、休養について以下
のような規定がある。
(休養)
第一六条 一連続の乗務に係わる勤務の前には連続一二時間の休養を予定する。ま
た、休養に先立ち予定する乗務が以下に該当するときは、一二時間の休養時間にそ
れぞれの時間を加算した休養時間を予定する。
(1) 予定乗務時間が九時間を超え一〇時間以内の場合は六時間
(2) 予定乗務時間が一〇時間を超え一一時間以内の場合は九時間
(3) 予定乗務時間が一一時間を超える場合は一二時間
(4) 予定乗務が出発地の時間で二二時〇〇分から翌日五時〇〇分に当たる場合
はその時間
2 前項の定めにかかわらず、航空機の遅延等やむを得ない事態が発生し前項で予
定した休養時間が次の一連続の乗務に係わる勤務の前に確保できない場合は、少な
くとも一〇時間の休養を与える。
 なお、休養時間が前項で定める予定した時間の一〇/一二に満たなかった場合に
は、第一七条に定める休日に加えて一日の休日を基地帰着後に与える。ただし、こ
の休日は第一七条第2項第(2)号cによる休日に包含される。
3 第1項ないし第2項の定めにかかわらず、休養の前後の乗務時間及び勤務時間
の合計が、第一〇条に定める制限時間内であれば、一〇時間の休養をとらず乗務を
継続させることができる。
(3) デッドヘッドの際の休養時間について
ア 勤務協定のデッドヘッドの際の休養時間の規定(甲第一号証九〇頁。用語は一
部改
めた。)
Ⅱ 適用
20 DEAD HEADの際の休養
 運航乗員が東京より連続して一二時間以上、航空機に便乗する場合、次の乗務に
先立ち、少なくとも連続二四時間を与える。
 ただし、便乗航空機遅延等、やむをえない場合には当該地到着後連続一八時間を
与えた後に乗務することができる。
イ 東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドの際の休養時間に関する覚書(甲第
一号証一五三頁)
 また、東京-サンフランシスコ間のデッドヘッドの際の休養時間に関して、昭和
四八年七月三一日付けの被告と乗員組合との「覚書」と題する合意文書(以下「東
京-サンフランシスコ間のデッドヘッドに関する覚書」という。)には、「日本航
空株式会社と、日本航空運航乗員組合は、日本航空乗員組合とは、「運航乗員の勤
務に関する協定書」「適用」第二〇項の規定にかかわらず、TYO-SFO間のD
EAD HEADについても次の乗務に先立ち、少なくとも連続二四時間を与える
ものとし、便乗運航機の遅延等やむをえない場合には、当該地到着後連続一八時間
を与えた後に乗務しうることにつき、合意する。」との記載があった。
ウ 改定前の本件就業規程のデッドヘッドの際の休養時間の規定(甲第三号証二九
頁。用語は一部改めた。)
(連続一二時間以上のDEAD HEADの際の取扱い)
第二〇条 運航乗務員が東京(羽田・成田)から連続して一二時間以上航空機にD
EAD HEADする場合、次の乗務に先立ち少なくとも連続二四時間を与える。
ただし、当該航空機遅延等やむを得ない場合には、当該地到着後連続一八時間を与
えた後に乗務させることがある。
エ 改定後の本件就業規程のデッドヘッドの際の休養時間の規定(甲第四号証二七
頁。用語は一部改めた。)
(休養)
第一六条
4 運航乗務員が連続して便乗する場合で勤務時間が一五時間を超える場合は、次
の乗務に係わる勤務の前に連続一五時間の休養を予定する。ただし、便乗する便の
遅延等やむを得ない場合には、到着後少なくとも一〇時間の休養を与える。
(4) 自宅スタンバイの際の休養時間について
ア 勤務協定のスタンバイの際の休養時間の規定(甲第一号証九〇頁。用語は一部
改めた。)
Ⅱ 適用
21 STAND BY
(1) 国際線
ハ STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の乗務についてはなら
ない。
(2) 国内線
イ 自宅STAND BY
(イ) 自宅STAND BYは一八時
間を限度とする。
(ロ) 自宅STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務につい
てはならない。
ロ 出社STAND BY
(イ) 出社STAND BYは指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時
間を限度とする。ただし、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便
を指定しなければならない。
(ロ) 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終
了後一二時間の休養を得なければ次の勤務につけない。
(ハ) STAND BY中に連絡を受けたときは、STAND BYすべき便に
遅延が生じた場合においても乗務するものとする。
イ 改定前の本件就業規程のスタンバイの際の休養時間の規定(甲第三号証二九
頁。用語は一部改めた。)
(STAND BY)
第二一条
1 国際線
(1) STAND BYは指定された便について行うものとする。
(2) STAND BYは連続する二四時間中は一二時間を限度とし、STAN
D BYすべき最初の便の出発予定時刻の四時間前から始まり、最後の便の出発予
定時刻の四時間後に終了する。
 ただし、四時間後の時刻が二四時(日本標準時)を超える場合は二四時に終了す
るものとする。
(3) STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ、次の乗務につけな
い。
2 国内線
(1) 自宅STAND BY
a 自宅STAND BYは一八時間を限度とする。
b 自宅STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務につけな
い。
(2) 出社STAND BY
a 出社STAND BYは、指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時間
を限度とする。ただし、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便を
指定する。
b 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終了後
一二時間の休養を得なければ次の勤務につけない。
c STAND BY中に連絡を受けた時は、STAND BYすべき便に遅延が
生じた場合においても乗務するものとする。
ウ 改定後の本件就業規程のスタンバイの際の休養時間の規定(甲第四号証二九
頁。用語は一部改めた。)
(STAND BY)
第一九条 自宅STAND BYは連続八時間を限度とし、指定された時刻に始ま
り指定された時刻に終了する。
 なお、第一六条に定める一連続の乗務に係わる勤務の前の連続一二時間の休養に
包含することができる。
 また、連続して予定
する場合は四暦日を限度とする。
2 出社STAND BY
 指定休養施設におけるSTAND BYをいい、連続八時間を限度とし、指定さ
れた時刻に所定の場所に出頭することにより始まり指定された時刻に終了する。
 なお、起用にあたっては、第一六条に定める一連続の乗務に係わる勤務の前の連
続一二時間の休養をとらずに勤務に就かせることができる。また、起用されなかっ
た場合は、終了後一二時間の休養を得た後でなければ次の勤務に就かせることはで
きない。
(四) 国際線基地帰着後の休日について
(1) 勤務協定の内容(甲第一号証八六頁。用語は一部改めた。)
 勤務協定には国際線基地帰着後の休日に関して、以下の規定があった。
Ⅱ 適用
16 休日及び休養
(3) 基地における休養
ロ 国際線(ジェット機)
(ロ) 基地を離れて国際線に乗務し、基地に帰投した場合は下記の休日を与え
る。休日に引き続き国際線に乗務する場合、出発前の休養は下記休日に含まれる
が、STAND BYは含まれない。
基地を離れた日数     連 続
(出発・帰着の日を含む) 休日数
一日又は二日        一日
三日から五日        二日
六日から八日        三日
九日から一一日       四日
一二日から一四日      五日
 日数計算は勤務時間の開始、又は終了の日を持ってその開始、又は終了とする。
(2) 改定前の本件就業規程の内容(甲第三号証二七頁、二八頁。用語は一部改
めた。)
(休日及び休養)
第一六条
3 基地における休養
(2) 国際線(ジェット機)
b 基地を離れて国際線に乗務し、基地に帰投した場合は、次の休日を与える。休
日に引き続き国際線に乗務する場合、出発前の休養は次の休日に含まれるが、ST
AND BYは含まれない。別紙「別表9」参照 日数計算は勤務時間の開始又は
終了の当日をもってその開始又は終了とする。
(3) 改定後の本件就業規程の内容(甲第四号証二七頁、二八頁。用語は一部改
めた。)
 改定後の本件就業規程には国際線基地帰着後の休日に関して、以下の規定があ
る。
(休日)
第一七条
2 基地における休日
(2) 国際線
a 基地を離れて国際線に乗務し基地に帰着した場合は、次の休日を与える。別紙
「別表10」参照
b 離基地期間中の最大時差が八時間以上の場合は、本号aの休日に連続して一日
の休日を与える。
 なお、離基地期間中の最大時差とは、離基地期間中
の寄港地間の時差及び基地と寄港地間の時差のうち年間最大のものをいう。ただ
し、その算定にあっては、一二時間を超える時差については、二四時間から当該時
差を減じたものとする。
c 離基地期間中の予定された総乗務時間を離基地日数で除した1日当たり乗務時
間が六時間以上の場合は、本号a及びbの休日に連続して一日の休日を与える。
 なお、離基地期間が二日移譲の場合で、その総乗務時間に分単位の端数があると
きは一時間単位で切り上げることとする。
(3) 第(1)号及び第(2)号にかかわらず、連続乗務日数又は離基地期間が
二日以内の乗務パターン(国際線の場合は最大時差四時間以内)を終えて基地(羽
田又は成田)帰着後、一回の乗務パターンを限度として引き続き乗務を予定するこ
とがある。
 この場合の休日は次のa又はbで定められる休日数のうち多い方を与える。
a 連続勤務期間を通算して離基地期間とみなした場合に第(2)号の規定により
基地帰着後付与される連続休日数。
b それぞれの乗務パターンにおいて第(2)号により規定される休日数を合算し
た日数。
(五) 国内線の連続乗務の制限について
(1) 勤務協定の内容(甲第一号証八六頁。用語は一部改めた。)
Ⅱ 適用
16 休日及び休養
(3) 基地における休養
イ 国内線(ジェット機)
 国内線の乗務は連続三日を限度とし、休日は次のとおりとする。
(イ) 連続二日の乗務を行った後は、少なくとも一日の休日
(ロ) 連続三日の乗務を行った後は、少なくとも二日の休日
(2) 改定前の本件就業規程の内容(甲第三号証二七頁から二八頁まで。用語は
一部改めた。)
(休日及び休養)
第一六条
3 基地における休養
(1) 国内線(ジェット機)
 国内線の乗務は連続三日を限度とし、休日は次のとおりとする。
a 連続二日の乗務を行った後は、少なくとも一日の休日
b 連続三日の乗務を行った後は、少なくとも二日の休日
(3) 改定後の本件就業規程の内容(甲第四号証二六頁。用語は一部改めた。)
(乗務に関する日数制限)
第一五条 国内線の乗務は連続五日を限度とする。
(六) 待機(スタンバイ)について
(1) 勤務協定の内容(甲第一号証七八頁、八六頁。用語は一部改めた。)
Ⅰ 定義
8 STAND BY
 STAND BYとは乗務割の不時の変更に備え、休養施設において乗務に就き
うる状態を維持することをいう。
Ⅱ 適用
21 STAND BY
(1
) 国際線
イ STAND BYは、指定された便について行うものとする。
ロ STAND BYは、連続二四時間中は一二時間を限度とし、STAND B
Yすべき最初の便の出発予定時刻の四時間前より始まり、最後の便の出発時刻の四
時間後に終了する。
ハ STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の乗務についてはなら
ない。
(2) 国内線
イ 自宅STAND BY
(イ) 自宅STAND BYは一八時間を限度とする。
(ロ) 自宅STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務につい
てはならない。
ロ 出社STAND BY
(イ) 出社STAND BYは指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時
間を限度とする。
 ただし、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便を指定しなけれ
ばならない。
(ロ) 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終
了後一二時間の休養を得なければ次の勤務についてはならない。
(ハ) STAND BY中に連絡を受けたときは、STAND BYすべき便に
遅延が生じた場合においても乗務するものとする。
(2) 改定前の本件就業規程の内容(甲第三号証二一頁、二八頁まで。用語は一
部改めた。)
 改定前の本件就業規程には、スタンバイに関して、以下の規定があった。
(定義)
第二条 この規程において用いる主な用語の定義は以下のとおりとする。
(5) 「STAND BY」とは、乗務割の不時の変更に備え、休養施設におい
て乗務に就きうる状態を維持することをいう。
(STAND BY)
第二一条 1 国際線
(1) STAND BYは、指定された便について行うものとする。
(2) STAND BYは、連続二四時間中は一二時間を限度とし、STAND
 BYすべき最初の便の出発予定時刻の四時間前より始まり、最後の便の出発時刻
の四時間後に終了する。
 ただし、四時間後の時間が二四時(日本標準時)を超える場合は二四時に終了す
るものとする。
(3) STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ、次の乗務につけな
い。
2 国内線
(1) 自宅STAND BY
a 自宅STAND BYは一八時間を限度とする。
b 自宅STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務につけな
い。
(2) 出社STAND BY
a 出社STAND BYは指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時間を
限度と
する。ただし、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便を指定す
る。
b 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終了後
一二時間の休養を得なければ次の勤務につけない。
c STAND BY中に連絡を受けたときは、STAND BYすべき便に遅延
が生じた場合においても乗務するものとする。
(3) 改定後の本件就業規程の内容(甲第四号証一九頁、二九頁。用語は一部改
めた。)
 改定後の本件就業規程には、スタンバイに関して、以下の規定がある。
(定義)
第二条 この規程において用いる主な用語の定義は以下のとおりとする。
(5) 「STAND BY」とは、乗務割の不時の変更に備え、休養施設におい
て乗務に就きうる状態を維持することをいう。
(STAND BY)
第一九条 自宅STAND BYは連続八時間を限度とし、指定された時刻に始ま
り指定された時刻に終了する。
 なお、第一六条に定める一連続の乗務に係わる勤務の前の連続一二時間の休養に
包含することができる。
 また、連続して予定する場合は四暦日を限度とする。
2 出社STAND BY
 指定休養施設におけるSTAND BYをいい、連続八時間を限度とし、指定さ
れた時刻に所定の場所に出頭することにより始まり指定された時刻に終了する。
 なお、起用にあっては、第一六条に定める一連続の乗務に係わる勤務の前の連続
一二時間の休養をとらずに勤務に就かせることができる。また、起用されなかった
場合は、終了後一二時間の休養を得た後でなければ次の勤務に就かせることはでき
ない。
3 起用対象
 STAND BY開始時刻以降、当該日の二四時までに開始する勤務とする。
 なお、当該日の勤務を指定された時点で当該日のSTAND BYは終了する。
二 争点
1 本訴請求における確認の利益の有無
(一) 提訴後機長に昇格している原告らは確認の利益を有するか。
(二) 本件就業規程の変更当時は運航乗務員訓練生であり、その後運航乗務員に
なった原告らは確認の利益を有するか。
2 航空機の航行の安全に関する法規制と運航乗務員の労働時間その他の労働条件
に関する法規制の関係
(一) 運航規程に定める乗務割の基準と航空機の航行の安全
(二) 運航乗務員の労働時間その他の労働条件と安全性
(三) 運航乗務員の労働条件の基準を定める就業規則の内容自体の合理性と不利
益変更の合理性
3 本件就業規程の定
める勤務基準の内容自体の合理性
(一) 本件就業規程中の一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間及び勤務
時間に関する勤務基準の内容自体の合理性
(1) シングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間
及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性
(2) シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間
及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性
(3) シングル編成による予定着陸回数が三回の場合の運航についての乗務時間
及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性
(4) シングル編成による予定着陸回数が四回の場合の運航についての乗務時間
及び勤務時間に関する勤務基準の内容自体の合理性
(5) マルティプル編成による運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤
務基準の内容自体の合理性
(二) 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準の内容自体の
合理性
(三) 本件就業規程中の一連続の乗務にかかわる勤務完遂の原則に関する勤務基
準の内容自体の合理性
(四) 本件就業規程中の国内線連続乗務日数に関する勤務基準の内容自体の合理

4 本件就業規程の変更の必要性の内容及び程度
5 本件就業規程の変更の合理性
(一) 本件就業規程改定に伴う一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間及
び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性
(1) シングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間
及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性
(2) シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務時間
及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性
(3) シングル編成による予定着陸回数が三回の場合の運航についての乗務時間
及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性
(4) シングル編成による予定着陸回数が四回の場合の運航についての乗務時間
及び勤務時間に関する勤務基準の変更の合理性
(5) 本件就業規程の変更により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務
時間制限としたことに伴う着陸回数増加の変更の合理性
(6) マルティプル編成による運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤
務基準の変更の合理性
(二) 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準の変更の合理

(三) 本件就業規程中の一連続の乗務にかかわる勤務完遂の原則に関する勤務基
準の変更の
合理性
(四) 本件就業規程中の国内線連続乗務日数に関する勤務基準の変更の合理性
(五) 本件就業規程中の休養時間に関する勤務基準の変更の合理性
(六) 本件就業規程中の国際線基地帰着後の休日に関する勤務基準の変更の合理

(七) 本件就業規程中の待機(スタンバイ)に関する勤務基準の変更の合理性
第三 当事者の主張(請求原因等)
一 請求の原因
1 原告らは、被告に雇用され、副操縦士又は航空機関士として勤務している運航
乗務員である。
2(一) 被告は、副操縦士及び航空機関士の労働条件の基準(勤務基準)を定め
る就業規則として本件就業規程を制定し、平成五年一〇月二二日にこれを改定し、
同年一一月一日施行した。
(二) この改定後の本件就業規程は、一連続の乗務にかかわる勤務における乗務
時間及び勤務時間に関する勤務基準(シングル編成による予定着陸回数が一回から
四回までの各場合の運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基準並びに
マルティプル編成による運航についての乗務時間及び勤務時間に関する勤務基
準)、月間及び年間の乗務時間に関する勤務基準、一連続の乗務にかかわる勤務完
遂の原則に関する勤務基準、国内線連続乗務日数に関する勤務基準、休養時間に関
する勤務基準、国際線基地帰着後の休日に関する勤務基準並びに待機(スタンバ
イ)に関する勤務基準について、第二、一、5のとおりに定めている。
(三) 被告は、改定後の本件就業規程の規定が原告らに適用されると主張してい
る。
3(一) 勤務協定及び改定前の本件就業規程は、2(二)の各点につき第二、
一、5のとおりに勤務基準を定めていた。
(二) 原告らの前記各点についての勤務基準は第二、一、5のとおりである。
4(一) 乗務時間制限及び勤務時間制限をはじめとする前記各点についての勤務
基準は、運航の安全、運航乗務員の生命、身体の安全にかかわるものである。
(二) したがって、被告は改定後の本件就業規程の規定中前記各点についての勤
務基準を定める部分について安全性の合理的根拠を主張立証することを要する。
5(一) 本件就業規程の改定による前記各点についての勤務基準の変更は、従前
の労働条件を不利益に変更するものである。不利益の具体的内容は第四のとおりで
ある。
(二) したがって、被告は本件就業規程の変更の必要性及び内容自体の合理性を
主張立証し、原告らが受ける不利益性を考慮してもなお本
件就業規程の変更に合理性があるということができなければならない。
6 よって、原告らは、前記各点について、第一、一から七までのとおり、改定後
の本件就業規程が定めている勤務基準に基づく勤務上の義務の不存在確認を求める
とともに、勤務基準の内容の確認を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実のうち、原告P5、原告P6、原告P7、原告P8及び原
告P9(以下「原告P5外四名」という。)が副操縦士であることは否認し、その
余の事実は認める。右原告五名は本件訴訟提起当時は副操縦士であったが、その後
機長に昇格している。
2 同2(一)及び(二)の事実は認める。(三)の事実のうち、被告が、原告P
5外四名に本件就業規程の規定が適用されると主張していることは否認し、その余
の事実は認める。
3(一) 同3(一)の事実は認める。
 (二) 同3(二)の事実は否認する。
4 同4の主張は争う。
5(一) 本件就業規程の変更により原告らのうちに一部不利益を受ける者がいる
ことは否定はしないが、本件就業規程の変更による勤務基準の変更内容は一様では
なく、不利益の内容とその性質を的確に認識する必要がある。これらの点は第四に
おいて主張する。
6 同6は争う。
三 抗弁
 被告は、平成三年以降、業績が悪化し、構造的な高コスト体質を改善して国際的
な競争力を強化するために、抜本的な企業構造の改革を行わなければならず、本件
就業規程の変更を行わなければならない差し迫った高度の必要性があった。本件就
業規程の変更によって一部労働負荷の増加が生じたが、それに見合うだけのコスト
削減が実現されているから、本件就業規程変更の合理性が認められる。詳細は第四
において主張するとおりである。
四 抗弁に対する認否
 第四において主張するとおりである。
第四 当事者の主張(争点に関する主張)
一 確認の利益の有無について
1 確認の利益についての総論的主張
(一) 原告らの主張
 原告らは、本件就業規程の変更後、別表「確認の利益-2 原告らが命じられた
具体的勤務」から「確認の利益-6 原告らが命じられた具体的勤務」までに記載
のとおり、各請求に該当する具体的勤務を命じられており、各請求に該当する乗務
及び勤務の義務がないことの確認を求める利益がある。
(二) 被告の主張
 原告らの右主張は争う。
2 変更前の勤務条件では実施できなかった乗務のうち争いのあるものにつ
いて
(一) 二名編成機導入後の取扱いについて
(1) 原告らの主張
 昭和六〇年の二名編成機の導入において、勤務協定上の「定義」は変更されなか
ったが、労使の認識としては、シングル編成、マルティプル編成を問わず、二名編
成機に乗務する組合員についても勤務協定の内容が適用されてきた。
 このことは、勤務協定の制限時間を超えた勤務が発生した場合、組合の請求に対
して会社から提出された報告書(甲第六号証の一ないし三)の中でも、これらB七
六七型機やB七四七-四〇〇型機の二名編成機についても、「結果として協定上の
制限を超えることとなりました」と報告していることからも、明らかである。
(2) 被告の主張
 前記のとおり、昭和六〇年ボーイング七六七型機を導入する際に被告は組合に対
して協定の改定を申し入れたが合意が得られなかったので、本件就業規程のシング
ル編成の定義(第二条9)が改められた同年一一月一日以後、二名編成機について
は本件就業規程のみに基づいて業務指示をしてきた。
3 原告らがこれまでに命じられたことのない勤務について
(一) 原告らの主張
 原告ら運航乗務員が特定路線の乗務を含む勤務を命じられるには、当該乗務員の
乗務機種がその路線を飛んでいること、乗員がその路線にかかわる空港について空
港経験を有していることが必要である。
 運航乗務員は、機種ごとにその運航のための免許を必要とする(パイロットの技
能証明は航空機の種類につき限定されている。)が、被告の運航乗務員は、安全上
の観点から、複数機種の免許を有していても同時期には複数機種の乗務をせず、単
一機種の乗務を行うことになっている。また、被告の運航乗務員は、乗務機種ごと
に「太平洋路線室」、「ヨーロッパ路線室」等に分類された「室」に所属してお
り、その「室」ごとに担当する路線郡が分かれている。
 現在、被告が就航している路線は七種類の航空機によって運航されており、定期
便については路線室ごとに担当機種が決められているが、その路線は必ずその航空
機のみで運航するということではなく、例えば、旅客が多いための増便や機材の故
障による代航の場合には、担当機種と異なる機種で運航することがある。機種には
それぞれ航続距離、離着陸性能上の特性があるため、すべての機種がすべての路線
を運航できるわけではないが、例えば、B七四七型機とB七四七-四〇〇型機は異
なる機種であっても、ほぼ同
等の性能を有しており、相互に代航が行われている。
 また、機種ごとの担当する路線も、被告の運航計画により入れ替わりがある。
 空港資格については、被告の制度としては、二時間程度の教育を行うことで三年
間有効な資格自体を取得することができ、実際に乗務を行えば、その日からさらに
三年間有効とされている。なお、この空港資格は航空機関士には求められていな
い。
 各請求に該当する乗務及び勤務が発生するか否かは、路線及び勤務パターンの組
み方による。定期便の勤務において、特定の運航乗務員にどのような制限超過勤務
が発生するかは、その乗員の職種、乗務機種、所属する路線室と大きな関連をも
ち、過去の原告の有している経験には、ある程度の片寄りが見られる。これは、前
述のように各原告の有している機種の資格、空港経験によって、また、その担当し
ている機材がどの路線に使われているかによって、担当する乗務が定まっているこ
とによるものである。
 原告らが所属する路線室は二年程度で被告の判断により異動が行われる。更に、
乗務する機種は、三年から五年程度で被告の指示により移行が行われるのが通常で
ある。
 原告らは、別表「確認の利益-2 原告らが命じられた具体的勤務」から「確認
の利益-6 原告らが命じられた具体的勤務」までに記載のとおり、各請求に該当
する具体的勤務を命じられているが、これまでまだ発生していない勤務であって
も、他の路線についての増便や代航便への勤務を命じられる可能性は常に存在する
し、また、被告による路線担当機種の変更、各原告の乗務機種の変更、他の路線室
への異動、更には被告の運航計画の変更などにより、変更後の本件就業規程により
組むことができる乗務はすべて、今後、被告から命じられる可能性が具体的に存す
る。
二 本件就業規程の変更当時は運航乗務員訓練生であり、その後運航乗務員になっ
た原告らと確認の利益について
1 被告の主張
 本件就業規程の変更当時運航乗務員訓練生で、その後に運航乗務員となった原告
らについては、その運航乗務員としての労働契約の内容は、最初から変更後の本件
就業規程に定める勤務基準によって規律されるのであり、労働条件に関する労働契
約内容の変更は全くなく、被告の現行勤務基準に基づく勤務指示に従う義務がない
とする根拠は存しない。
 運航乗務員訓練生採用確認書は、「訓練期間中…(の)賃金、労働時間その他の
労働条件」に
ついて定めるほか、「運航乗務員として勤務を開始した後の賃金、労働時間その他
の労働条件」についても、被告の定める諸規則による旨を定めているが、運航乗務
員訓練生としての採用時に被告から本件就業規程の交付を受けたということをもっ
て、訓練生当時には全く適用されない本件就業規程に定められている勤務基準が当
初から労働契約の内容になっているというのは、合理的解釈とは言い難い。
 訓練生として採用された者が運航乗務員となるためには、航空法上の操縦士又は
航空機関士資格を取得し、さらに被告の定める要件を具備して副操縦士又は航空機
関士として発令されることが必要であり、当然に皆が資格審査に合格して運航乗務
員として勤務するものではない。訓練生→副操縦士→機長、又は訓練生→航空機関
士という昇格過程は、それがほぼ確定した過程であるとはいえない。例えば昭和六
一年以降平成五年までの間の自社養成訓練生の実績を見ても、約五パーセントは運
航乗務員になれなかった。副操縦士から機長への昇格についても同様であり、機長
養成訓練を受けて航空法上の資格を取得し、さらに被告の定める要件を具備して発
令されることが必要であるが、定められた訓練期間内に訓練を消化することができ
ず訓練を中断せざるを得なかった者が平成一〇年四月現在で四三名に上る。また、
本件就業規程の内容も固定不変のものではない。このように、訓練生が運航乗務員
になることにも、またその時点における就業規程の内容にもそれぞれに不確定要素
があることを併せ考えれば、適用されないうちからその就業規程の内容を労働契約
の内容としなければならない必然性は全く認められない。
 勤務協定は、適用の対象とする「運航乗員」とは「会社が任命する機長、副操縦
士、航空士、航空機関士及びセカンド・オフィサーをいう」と定義しており、運航
乗務員訓練生はその適用対象外である。
 「訓練教官等の勤務に関する協定書」(昭和四八年四月二四日失効したが、同年
七月三一日付け覚書により、労使慣行として尊重し適用することが合意された。)
においても、同協定にいう訓練生とは「会社が任命した機長、副操縦士、航空士及
び航空機関士であって、会社の指令により訓練部において教育訓練を受けるものを
言う。」と定義されている。
 また、原告らの主張からすれば、「採用確認書」と併わせて交付された「ひと揃
い」の規程類に含まれている「管理職運航乗務
員就業規程」の内容も運航乗務員訓練生の労働契約内容になっていることにならざ
るをえないが、その荒唐無稽さは明らかであり、これを否定するというならば、本
件就業規程についても同様に解さなければ論旨が一貫しない。
 なお、訓練生が、営業路線上航行する旅客が搭乗し、貨物が搭載された航空機に
搭乗するのは、約四年間の訓練過程のうち最終段階の約七カ月であり、しかも訓練
生は無資格者であるから編成外である。
 以上によれば、本件就業規程に定める勤務基準が労働契約の内容になるのは、当
該運航乗務員訓練生が一般職運航乗務員として発令され勤務を開始する時点におい
てであるから、その時点で有効な本件就業規程によって規律されると解するのが、
契約当事者の合理的意思解釈というべきである。
2 原告らの主張
 被告は、運航乗務員を自社養成することを基本としているから、運航乗務員を採
用するには、まず、運航乗務員(操縦士若しくは航空機関士)訓練生として採用す
る。
 採用後、操縦士の場合、おおむね三年間の基礎訓練過程及びおおむね二年間の副
操縦士昇格訓練を受け、副操縦士資格試験に合格した後、副操縦士として乗務す
る。副操縦士はおおむね一〇年間の乗務の後、機長昇格訓練(おおむね一年)・機
長昇格試験を経て、機長として乗務する。航空機関士の場合、おおむね一年間の基
礎訓練過程及びおおむね一年間の航空機関士昇格訓練を受け、航空機関士資格試験
に合格した後、航空機関士として乗務する。その後、管理職として発令された後は
管理職航空機関士として乗務する。操縦士の場合の機長昇格訓練・資格試験に相当
する過程はない。
 運航乗務員訓練生とは、右の基礎訓練過程から副操縦士(又は航空機関士)昇格
訓練及び副操縦士(又は航空機関士)資格試験に合格するまでの期間を言う。基礎
訓練課程では、入社教育、地上業務実習を経て、事業用操縦士(又は航空機関士)
資格取得を中心とする基礎訓練を行う。副操縦士(又は航空機関士)昇格訓練で
は、大型旅客機の副操縦士(又は航空機関士)の資格取得のための訓練を行う。こ
の期間、訓練生は、訓練のため、営業路線上航行する旅客が搭乗し又は貨物が搭載
された航空機に搭乗し、資格を持った運航乗務員とともに実際に運航する。
 右の訓練生から副操縦士(又は航空機関士)・機長(又は管理職航空機関士)の
資格を取得し乗務を開始する過程において、副操縦士(又は航空機関
士)・機長(又は管理職航空機関士)としての新たな採用行為(採用契約)がある
のではなく、また職種が変更されるわけでもなく、これらの過程はいわゆる昇格で
あって、会社から発令行為があるだけである。
 ちなみに被告の賃金規程上も、運航乗務員訓練生及び運航乗務員(副操縦士・航
空機関士)の二者が同じ類型に区分されている。
 被告においては、訓練生→副操縦士→機長、又は訓練生→航空機関士という昇格
過程は、それがほぼ確定した過程である。とりわけ、訓練生で副操縦士(又は航空
機関士)資格試験を受験しこれに合格しない者はほとんど皆無である。副操縦士で
機長に昇格しない者も極めて僅少である。
 運航乗務員訓練生が採用される場合、会社との間で締結される労働契約は、以上
の運航乗務員自社養成の方針に見合った内容となっている。
 また、運航乗務員訓練生が採用される際に交付される運航乗務員訓練生採用確認
書、本件就業規程、運航乗務員訓練・審査就業規程、管理職運航乗務員就業規程、
運航乗務員訓練生就業規程は、被告の就業規則と一体となるものであり、訓練生と
して採用された者が、被告から交付された採用当時有効であった「就業規則」「本
件就業規程」「運航乗務員訓練・審査就業規程」「管理職運航乗務員就業規程」
「運航乗務員訓練生就業規程」の労働条件は、それぞれ「運航乗務員訓練生採用確
認書」が示す、訓練期間における労働条件及び運航乗務員として勤務を開始した後
の労働条件として、具体的に明示されたものであり(労働基準法第一五条第一
項)、いずれもその労働契約の内容となった事項である。
 さらに、会社乗員組合に加入した者は、その時点からその当時有効であった同組
合と会社とが締結した労働協約が適用され、労働条件に関する協約の内容は、その
者の労働契約の内容となっている。
 以上によれば、平成五年一一月一日以前に効力のあった旧勤務協定及び本件就業
規程に定める運航乗務員としての勤務基準は、各原告が運航乗務員訓練生として採
用された当初から、労働契約の内容となっていたものである。
三 就業規則の変更の有効性判断についての法的主張
1 原告らの主張
 本件就業規程の変更は、運航乗務員の労働条件を不利益に変更するものであり、
運航の安全性を低下させる。運航の安全性の低下は乗客のみならず、航空機に乗務
する原告ら運航乗務員にとってもその生命の危険につながる重大問題であるか
ら、運航の安全性の低下は航空労働者が受ける不利益そのものである。安全性の低
下によって原告らが受ける直接的、かつ、深刻な不利益は、使用者にとっての経済
活動上の必要性の程度をはるかに凌駕する。
 運航乗務員の労働条件の不利益変更は航空機の安全の低下に直結する問題であ
り、また、運航の安全性の維持向上は航空会社の社会的使命である以上、安全性の
検討は勤務条件の改定の際の最優先の必要条件である。
 運航乗務員の労働条件の不利益変更について検討するに際しても、安全性の確保
は合理性の検討以前の前提となる問題である。安全性の低下が危ぶまれるような労
働条件の変更は、合理性について検討するまでもなく認められるべきではない。国
民の足として多大な公共性を有する航空会社の労働条件変更問題として自明の理と
いえる。
 例外的に不利益変更が認められる場合があるとしても、従前の就業規則に定めら
れた労働条件は原告らの労働契約の内容になっていたのであるから、不利益変更の
可否には多数の労働者が変更に同意しているか否かが重要であり、多数従業員が変
更に反対しているときには、事業経営上の必要性が極めて高度で、かつ、従業員の
不利益が僅少であって、多数従業員の反対に合理的理由が認められないという変更
でない限り、拘束力は認められないと考えられるべきである(菅野労働法(第四
版)一〇六頁)。
 本件では、航空運送という何よりも運航の安全の確保を最優先の課題とされる業
務の特性から、運航に係わる乗務員の同意は、この安全性確保の上でも極めて重要
な要素である。
 今回の労働条件の変更については、乗員組合に所属する一般職乗務員はもとより
管理職乗務員の組合である機長組合、先任航空機関士組合に所属する運航乗務員、
すなわち運航乗務員のほぼ一〇〇パーセントが反対している。したがって、不利益
変更を認めうる例外的な場合であるか否かを判断するとしても、被告が引用するよ
うな諸要素を検討するに当たっては、その「変更の必要性」については高度なもの
が、また「従業員の不利益性」は僅少であることが必要であるばかりか、「変更の
社会的相当性」についても極めて高度なものが要求されるべきである。
 本件の「変更の内容」についてはその不利益性が極めて大きい。同業他社におけ
る労働条件との比較においても、原告らの労働条件は世界の最低レベルにある。
 運航乗務員の労働条件の低下が航空機の
運航の安全の低下に直結する問題であり、したがって、乗務員の乗務割は乗務員の
疲労により航空機の運航の安全を害することのないように作成されることを要する
とされていることからすれば、本件労働条件の不利益変更については、原告ら運航
乗務員の乗務割の作成に責任を負う被告こそが、この不利益変更による乗務員の疲
労の増加が航空機運航の安全を低下をせるものではないことを主張立証しなければ
ならない。
 本件労働条件の改悪は、乗務時間の延長(例えばシングル編成で九時間を一一時
間に延長)一つとってみても、運航乗務員に多大な疲労の増加・蓄積を強いるもの
であることは明らかである。被告は、こうした疲労の増加・蓄積が航空機の運航の
安全低下をもたらすものでないことを主張立証しなければならないし、そうした主
張立証がなされないならば、本件労働条件の不利益変更は無効とされなければなら
ない。
 被告は、安全性の問題を、消極的チェック項目の一つの要素として論じようとし
ており、また、「運航の安全性の低下如何は、労働者が受ける不利益とは別個の問
題」としているが、これは明らかな論理のすり替えといわざるを得ない。
 被告の主張は、運航の安全性こそを最優先の大前提として考えねばならない航空
運送業の特殊性を無視し、運航の安全を一般的な「社会的相当性」の範ちゅうに組
み入れることによって、「補完的な判断基準」としようとするものといわざるを得
ない。被告の主張は安全性論議を矮小化しようとするものであり、到底是認できな
い。運航の安全性の低下が乗員乗客の生命を奪う事故に直結する航空産業におい
て、安全性の評価が補完的な判断基準、すなわち被告が引用する「消極的なチェッ
ク項目」(菅野和夫 諏訪康夫「判例で学ぶ雇用関係の法理」)であろうはずがな
い。安全性の保持は、合理性判断以前の大前提である。
2 被告の主張
(一) 本件就業規程の変更の有効性について
 本件就業規程の変更の有効性は、確立した最高裁判所の判例が判示している、就
業規則の不利益変更の要件としての合理性の判断枠組みによって判断されるべきで
ある。被告は、業績が悪化し、構造的な高コスト体質を改善して国際的な競争力を
強化するために、本件就業規程を変更した。本件就業規程の変更によって一部労働
負荷の増加が生じたが、それに見合うだけのコスト削減が実現されているから、本
件就業規程変更の合理性が認められる。

二) 本件就業規程の定める勤務基準(特に乗務時間制限及び勤務時間制限)と航
空機の航行の安全性との関係について
(1) 運航に関する安全基準は、その時点における知見を基とした社会通念に照
らして多くの人々に納得される安全確保のための基準であり、労働の量、密度が一
定限度を超えた場合には運航乗務員の疲労が運航の安全を阻害する危険があるとい
う意味での限界を定めているものであり、その基準を守っていれば事故の発生が完
全に防止されるというものではない。右に述べた正しい意味での運航に関する安全
基準は、運航規程が乗務時間及び勤務時間の基準と休養の基準について定めてい
る。運航規程が定める右基準は、平成二年技術部長通達並びに経験及び実績に照ら
して適正な内容のものである。本件就業規程の定める勤務基準は、本来的には労働
条件であり、運航乗務員に対して運航の安全を阻害するような過度の疲労をもたら
す内容であるか否かという点において運航の安全性に関係するが、運航規程の基準
の内側に定められており、何ら安全基準に反するものではない。
(2) 本件就業規程の定める勤務基準(特に乗務時間制限及び勤務時間制限)
は、最高裁判所の判例が判示している、就業規則の不利益変更の要件としての合理
性の要素である社会的相当性を備えているか否かという観点から検討されるべきで
ある。
 被告は、諸外国の基準や内外他社の基準等に関する資料の収集に努めてきた。そ
れが昭和六一年三月作成の「欧州航空各社の勤務条件調査報告」(乙第一〇四号
証)であり、昭和六二年三月二六日付け「運航乗員の勤務についての他社比較」
(乙第一〇五号証)、平成元年一二月四日乗員組合に提示した外国他社の勤務基準
比較資料(甲第七九号証)、平成五年一〇月一九日付けで乗員組合に提示した全日
空等各社の乗務時間・勤務時間制限内容比較資料(甲第五七号証)等である。現在
の諸外国の基準や他社の基準については乙第一五八号証及び第一五九号証によって
把握できる。
 本件の最大の争点であるシングル編成による二名編成機での予定着陸回数一回の
場合の乗務時間制限及び勤務時間制限についていうならば、三名編成機と二名編成
機とで区別しない国が多数である。その区別をしている国は米国と英国だけであ
る。三名編成機についての本件就業規程の基準は、オーストラリア以外の他国の基
準の範囲内かあるいはほぼ同程度である。二名編成機に
ついては、米国とオーストラリア以外の大多数の国と比較すれば、右と同様のこと
がいえる。また、各航空会社の基準と比較すると、本件就業規程の基準は、三名編
成機については他社の基準の範囲内ないし同等程度となっている。二名編成機につ
いては、たしかに、本件就業規程の基準と同等程度の乗務時間制限によって運航し
ている航空会社は少ないが、被告や全日空は、国際線の中でも太平洋路線や欧州路
線を主要な路線とせざるを得ない地理的環境下にある。また、新世代二名編成機の
ワークロードの大幅軽減の実態、安全性の向上等を総合的に考慮すれば、二名編成
機についても三名編成機と同様の乗務時間制限及び勤務時間制限をもって運航する
ことが社会的相当性を欠くものとは考えられない。
(三) 労働協約の締結によって獲得された労働条件は労働協約の失効によって消
失する。
 原告らの航空機の乗務にかかわる労働条件は、本件就業規程の変更以前は、勤務
協定によって規律されていたが、勤務協定は適法に解約されたのであるから、当該
労働条件に関する基準の効力も失効したことは明らかである。本件就業規程の変更
はこの勤務協定の失効に伴う新たな労働条件の設定であって、単純に就業規則の不
利益変更として論じ得ないものである。本件就業規程等は、労働基準法九三条に定
める効力を有し、したがってその変更の効力も協約のそれとは別個に判断すべきで
あると一応いい得るものの、原告らの勤務に関する基準が実質的には前記勤務協定
等により規律され、労使も勤務協定等が実質的な規範であるとの認識を有していた
ことからすれば(現に原告らも、旧協定と変更後の本件就業規程を比較して不利益
を論じている)、本件就業規程等の変更の合理性を判断する上でその淵源となった
協定等が正当な手続を踏んで解約されたこと及びその解約の理由は無視できない。
 仮に、形式的に就業規則の不利益変更に該当するとした場合、本件就業規程の変
更は改定前の本件就業規程に照らすと原告ら労働者にとって不利益な変更を一部含
むものであるが、本件就業規程の変更は、「その必要性及び内容の両面から見て、
それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお、当該労使
関係における当該条項の法規範性を是認できるだけの合理性を有するもの」(大曲
農協事件・最高裁判所昭和六三年二月一六日判決)である。本件就業規程の変更
は、原告らが運航乗務員と
いう高度の技術的労務に従事し、その故に世間水準に比較して高い労働条件が保障
されるべきことを考慮にいれても、その必要性及び内容の面からみて当該条項の法
的規範性を十分に是認できるだけの合理的内容を有するものであり、原告らがこれ
に同意しないからといって、その適用を免れることはできない。
 ところで、判例上確立された就業規則不利益変更の合理性判断基準は、「当該変
更の内容(不利益の程度・内容)と、変更の必要性との比較衡量を基本とし、不利
益の程度・内容の酌量において変更との関連で行われた労働条件の改善の有無・内
容を十分に考慮に入れると共に、変更の社会的相当性や、労働組合との交渉経過、
他の従業員の態度などをも勘案しているといえる」とされ(菅野和夫「労働法(第
四版)」一〇六頁)、そのような合理性判断基準の考え方を前提とすべきである。
 原告らは、不利益の程度が極めて大きい旨を主張するけれども少しも明確な主張
にならず、そのため、主張の力点を不利益の程度から勤務基準の変更の性質に移し
て、その勤務条件の不利益変更により疲労が蓄積しあるいは疲労回復が阻害され、
その結果として運航の安全が損なわれる旨を強調している。
 航空運送事業者にとって運航の安全確保は至上命題である。被告は、路線構成の
変化とか機材性能の向上とかというものに合った、より合理的な勤務基準をつくろ
うという観点と、人的生産性を向上させようという二つの観点から勤務基準改定の
検討を進めたが、その際、その変更内容が運航の安全を低下させることがないかど
うかをも視野において検討を重ねたことはいうまでもない。
 しかし、そうだからといって、やみくもに安全性論議を重ねるべきものとは考え
ない。本件は、原告らが取り上げる勤務基準改定部分の合理性が争われているので
あるから、安全性低下論議が合理性判断基準の中でどういう位置づけを与えられる
ものであるかを的確に見極め、合理性判断に結びつく必要かつ十分な論議が行われ
るべきである。
 勤務基準の変更によって、どれだけ運航乗務員の疲労が蓄積されるか、あるいは
疲労回復が妨げられてどれだけ健康保持に影響を生じるかは不利益の内容・程度の
問題であるが、運航の安全性低下いかんは、労働者が受ける不利益とは別個の問題
である。
 しかし、航空運送事業者にとっての運航の安全確保の意義からして、その勤務基
準の変更が運航の安全性を損なうもので
あるとすれば、その変更は社会的に容認されないことになる。すなわち、そのよう
な変更は社会的相当性を欠くものと評価されることになろう。ただ、合理性判断に
おいては、使用者にとっての必要性の程度と労働者にとっての不利益性の程度・内
容(変更の内容)の比較衡量こそが最も重要であり、変更内容の社会的相当性はい
わば補完的な判断基準というべきものである。これを図式的にいえば、変更の必要
性の程度が高く、不利益性の程度が低ければ、変更の合理性が容易に認められ、そ
の反対は合理性が否定されることになり、両者が均衡しているときに諸般の事情の
一つとして変更内容の社会的相当性も勘案されることになる。
 本件勤務基準変更の必要性は極めて高く、これに対して不利益性は仮に生じたと
しても、その程度は決して大きいといえない。
 社会的相当性という判断要素については、「理論的に言えば、社会的相当性自体
があっても、当該企業にとって必要性もないのに就業規則変更が行われた場合、そ
のときにもなお変更に合理性があるとは言わないでしょう。そうではなくて、当該
企業にとって必要性、合理性があると判断をしたときに、それが社会的に見てなお
かつ相当性があるかどうかを考慮するのだと思います。そして相当性がなければ、
不利益変更の効力がないと見られる可能性が出てくる。そういう消極的なチェック
項目ではないかと思います」(菅野和夫、諏訪康雄「判例で学ぶ雇用関係の法理」
四七頁)という有力な学説がある。
 社会的相当性の観点から安全性を論ずるにしても、本件就業規程の変更のすべて
にわたって安全性を論ずる必要はない。本件では、原告らが合理性を否定する勤務
基準の変更部分の効力が争われているから、原告らが争っている変更部分が何ら運
航の安全性を低下させたり損ねたりするものではないことを明らかにすることをも
って足りる。
四 本件就業規程変更の必要性の内容及び程度について
1 被告の主張
(一) 被告の業績の悪化、航空業界の状況に照らした本件就業規程変更の必要性
 被告は、以下に述べるとおり、平成三年以降、その業績が非常に悪化したことに
より、本件就業規程の変更当時、コスト競争力を強化して赤字体質を克服し、業績
を長期的に安定させ、企業を存続させ、雇用を維持し、さらに航空業界をめぐる状
況の変化に対応するために、抜本的な企業構造の改革を行わなければならなかった
のであり、本件就業
規程の変更を行わなければならない差し迫った高度の必要性があった。
(1) 平成三年以降の業績悪化の状況及びその原因
 昭和五九年度以降、平成二年ころまでの被告の業績は、好調な経済に支えられた
未曾有の旺盛な需要の伸びと原油価格の下落などの好材料に支えられて順調に推移
しており、当時、政府機関をはじめ各種の経済研究機関は、平成元年度以降も我が
国のGNPについて毎年およそ三ないし五パーセント内外の伸びを想定しており、
被告は、航空需要もこれに伴って増加していくものと予測していた。
 しかし、この間、円高やこれに伴う外国他社の大規模な国際線参入などにより、
日本発着国際線の被告の供給シェアは昭和六一年度に三二・一パーセントだったも
のが三年後の平成元年度には二六・四パーセントにまで落ち込んだ。また、円高に
よって、自国通貨建ての割合の大きい人件費においてコスト競争力が顕著に低下
し、これを一人当たり人件費で比較すると昭和五九年度においては米国他社より一
割程度低位に位置していたものが平成元年度には四ないし五割高位に位置するとい
う世界的にみても突出した状況となり、被告の競争力は著しく低下してきていた。
 平成二年度競争力の低下傾向はさらに強まり、総需要が国際旅客で四パーセント
の増加を示したのに対し、被告の有償旅客キロ(RPK、有償搭乗旅客数に大圏距
離を乗じたもの)は逆に三・五パーセントも低下し、前記国際線供給シェアも二四
パーセントにまで低落した。
 そして、平成三年ころ、旧ソ連邦の崩壊や東欧諸国の政治経済的混迷を迎える中
で世界経済は低迷を深め、それらの状況は世界の航空需要に多大な影響を与えた。
特に国際線における状況は世界的に深刻であり、平成三年度の有償旅客キロ(RP
K)はICAO発足以来(第二次大戦後)初めて対前年度マイナス三・七パーセン
トを記録し、世界の主要国際線航空会社はおしなべて赤字に苦しむこととなった。
 この状況は日本に関しても例外ではなく、個人消費と民間設備投資の減退は景気
減速の度を強め、いわゆるバブルの崩壊をもたらすことになり、湾岸戦争による国
際旅客需要の低迷は、その終結後順調に回復すると予測されていたのが伸び悩むこ
ととなった。特に国際線ビジネス旅客と日本発国際貨物の落ち込みは甚大であっ
て、これらの大幅な減収などにより平成三年度の営業収益は前年対比〇・四パーセ
ント滅、羽田沖事故があった昭
和五七年度決算以来始めて営業損益の赤字が一二九億円も生じ、経常損失は六〇億
円となり、昭和六二年の完全民営化後初めての経常損失となった。しかも当時の経
済状況から、営業収益の増加は簡単には期待できないと考えられたが、営業収益の
落ち込みは予想以上で、翌平成四年度には営業損失が四八一億円、経常損失が五三
八億円というオイルショック時の赤字幅を大幅に上回る創業以来最も巨額の赤字を
出し、またその翌年も連続して巨額な営業損失および経常損失を計上せざるをえな
かった。被告において、平成二年度以前でも営業損益の赤字を出したことは第一
次、第二次の各オイルショック時、羽田沖事故の直後と三回あるが、いずれも短期
に業績が回復していた。平成三年度以降のように巨額の赤字が連続するのは極めて
重大な危機的状況といわなけれげならなかった。
(2) 営業収入の減少及びその原因
 被告における売上げの内訳は、国際線の旅客収入・貨物収入が営業収入全体の六
五パーセントを占め、国内線が二五パーセント、手荷物収入・郵便収入・付帯事業
収入等が残りの一〇パーセントに当たり、被告にとっては国際線収入の動向が極め
て重要な意味を持つものである。
 ところが、昭和五五年以降右肩上がりで順調に伸びてきた被告の国際線収入は、
平成二年以降一転して顕著な下降傾向を示し、平成二年度は二・七パーセントとそ
れまでより鈍化したものの、なお対前年度の伸びを見せたが、平成三年度になると
対前年度マイナス比となり、以後平成五年度まで対前年度マイナス一一・〇パーセ
ント、マイナス七・一パーセントとマイナス比を続けた。この収入の落ち込みは必
ずしも旅客数の減少によるものといえない。旅客数については昭和六〇年以降には
高い伸びを示し、それが平成二年以降は低迷傾向を示すものの、平成五年度、平成
六年度には昭和五五年以降当時より多いだけでなく、最も高い営業収入水準に達し
た平成二年度、平成三年度よりも大幅に増加している。ところが、収入の方は落ち
込んだままで回復していない。平成二年度と対比してみると、平成五年度は旅客数
は一〇八パーセントと増えているが、収入は八三パーセントに過ぎなく、平成六年
度に至っては旅客数は一二〇パーセントにまで増加しているのに収入は九〇パーセ
ント程度にとどまっている。
 このように旅客数が増加したにもかかわらず、それが収入の増加に結びつかない
のは、価格に問題が
あるためであり、収入を有償旅客キロ(PPK)若しくは有償トンキロ(RTK、
有償の搭載物(旅客、貨物等)の重量に大圏距離を乗じたもの)で除したイールド
(単位当たり収入を示し、需要規模の指標となる。)の推移からも明らかである。
被告の国際線における昭和六一年から平成六年に至る間のイールドの推移をみる
と、旅客、貨物ともに平成二年をピークとして以降急激に下降し、旅客の平成六年
度イールドは平成二年度に比しマイナス二八パーセントとなっている(同様に貨物
はマイナス三〇パーセント)。イールドが三割低下するということは同じ旅客数、
貨物量だった場合の収入が三割低下するということであり、平成二年度の国際線収
入が七二五〇億円だったから、二一〇〇億円の収入減という計算になる(現実には
旅客数、貨物量ともに増加しているので、約九七〇億円の減少にとどまった。)。
コストが年々増加傾向にある中でこのような大幅なイールドの低下は、被告にとっ
てその存亡にかかわる重大な影響をもたらすものである。
 こうしたイールドの低下原因は、①消費者の低価格志向、②ファーストクラス、
ビジネスクラス等高額商品の需要の減少、③価格競争の激化-需要と供給のギャッ
プと円高の三点にある。
 すなわち、平成三年以降の需要の低迷により空席を抱えた各航空会社は、価格政
策を大きく転換させ、低価格を全面に押し出して需要の喚起とシェアの維持に努め
たが、特に外国航空会社は、この間も進行する円高によって一層の価格値下げ余力
を獲得し、市場で激しい価格攻勢を続け、これらにより市場では海外旅行の低価格
での「値頃感」が定着し、需要の減退とともに一人当たりの運賃単価も低下した。
また、景気回復が遅れる中で各企業は出張、渡航費用の削減に努めたため、運賃単
価の高いファーストクラスやビジネスクラスの旅客は大幅に減少した。
 しかも、これらの低下原因は一過性とは言い得ないものであった。なぜならば、
航空輸送は完全に日常の交通手段になっており、低価格志向という一般的な消費行
動の埒外でありえないし、羽田空港沖合展開、関西空港建設、成田空港二期工事
(以下「三大プロジェクト」という。)が完成すると、外国航空会社の乗り入れ急
増と航空運賃を含めた規制緩和の進展等から、価格競争の激化は必至だからであ
る。
(3) 営業外収支の悪化
 航空運送事業は、航空機の購入をはじめ巨額の設備費を必要とし、そ
の借入金に対する支払金利が巨額の営業外損失となるという構造的体質を持ってい
る。被告は、平成元年度まで毎年二〇〇億円台の巨額の営業外損失を計上している
が、その大部分は金融収支の損失であり、航空機の売却等で営業外収益を計上でき
る場合にその赤字幅が小さくなったり、黒字に転化したりしてきた。平成二年度、
平成三年度では受取利息及び配当金が三四五億円、三〇一億円と膨れ上がっていた
ため、営業外損失も小幅の赤字ないし黒字になっていたが、平成四年度以降では受
取利息および配当金が半減する一方、支払利息は四〇〇億円台から四七〇億円台と
急増し、金融収支は二六〇億円台から三五〇億円台の赤字となり、平成四年度に所
有株式の売却等により二六〇億円の営業外収益を、平成五年度に二六六億円の航空
機材売却益をそれぞれ計上して、営業外損益を五七億円の赤字ないし三一億円の黒
字に戻したという実情であった。したがって、平成四年度の経常損失は五三八億円
となっているが、実質の赤字は八〇〇億円に近いものであった。
 このように資産売却等の決算対応をしない限り、営業外損失を埋めうる程度に営
業利益を挙げなければならないという収支構造は、他の航空会社も被告と全く同様
である。
(4) 経営状況の悪化に対して被告の行った対策
 被告は、平成四年二月に「九二-九六年度展望と九二-九三年度事業計画」と題
する中期展望と事業計画を発表した。これは、平成三年度において、湾岸戦争によ
り需要が低迷する中、被告の企業競争力の低下傾向が強まり、一人当たり生産量
(ATK生産性)、販売量が前年度比でマイナスを記録するとともに国際線旅客便
の供給シェアが昭和六二年の三四パーセントから二四パーセントに低下したこと、
この航空会社を取り巻く環境の厳しさはなお引き続くと予測されたことから、ブレ
ークイーブン(損益分岐利用率)が高い赤字体質(高B/E体質)から脱却し、コ
スト競争力を高めることを最重要経営課題の一つに掲げ、社長を委員長とする構造
改革委員会を設置して収益の極大化、徹底したコストの削減等に取り組んでいくこ
ととした。
 被告は、右事業計画に従い、平成四年二月二〇日、社長を委員長とする「構造改
革委員会」を設置し、同年六月一日、構造改革委員会は検討を重ねた結果を構造改
革委員会報告にまとめて発表した。その内容は、構造改革の目標を低ブレークイー
ブン体制の構築に置き、①国内線
の充実など事業運営体制の再構築、②路線の再編成など生産面の改革、③人件費効
率の向上などコスト構造改革、④イールドの向上など販売構造改革、⑤業務運営体
制の見直しなど意識構造改革等、コスト競争力の強化を最重要課題とするものであ
った。本件に関わりのあるコスト構造の改革においては、投資の見直し、人件費効
率の向上、コストの外貨化が主要構造改革項目と定められ、そのうち人件費効率の
向上に関しては人員効率の向上と単価水準の一層の適正化を図る施策を講じるもの
とされた。
 被告は、同年以降右施策に従い、シアトルヘの乗り入れ休止、パリ直行便の増便
等を内容とする国際線路線の再編成、国内線の路線拡充、運航委託など運航形態の
多様化等収入増強策及びコスト競争力の強化に着手するとともに営業費用の削滅に
ついても努力した結果、前期比四・〇パーセント滅の一兆八二〇億円に抑制するな
どしたが、前記低価格指向などによる収入の低下はいかんともし難く、同年度の損
益は五三八億円の未曾有の経常損失を余儀なくされた。平成五年度においてもこれ
らの施策はさらに継続して実行され、特に前記③人件費効率向上などコスト構造改
革は、同年度以降の経営の最重要課題として地上職、客室乗務職及び運航乗務職な
ど被告の全部門にわたって実施されることとなった。
 具体的には、地上職に関しては、平成四年度の定員に対し同五年度は七〇〇名の
定員削減を実施したほか、整備作業等の一部を海外に展開することによりコストの
外貨化を図り、これによって人件費効率の向上を実現し、さらに特別早期退職優遇
措置の実施、管理職進路選択制度及び管理職転進援助休暇制度を各導入して管理職
等の削減を図り、賃金等の面においては日曜祝祭日手当の定額化、シフト手当の解
消、冬季手当の減額、通勤制度の見直しなどにより人件費効率の向上を図った。客
室乗務職に関しても、外国人客室乗務員比率を増加させることによりコストの外貨
化を図ったほか客室業務の委託化推進、前記特別早期退職優遇措置の実施による人
員削減を実現し、通勤制度を見直し通勤費の削減を図り、さらに賃金面においては
特別乗務手当の見直しなどを実施した。
 また、右の施策とは別に、被告は役員賞与の不支給はもとより、役員報酬の減
額、役員専用車の廃止、役員数の削減、顧問の勇退、広報宣伝販促費、日常交通費
等の大幅削減、さらには管理職月例賃金の減額、賞与の減額など
あらゆる面にわたり、およそ考えられるすべての経費の削減に努めてきた。例え
ば、役員賞与は平成三年度決算以降不支給となっていることはもちろん、報酬は現
在一三ないし三〇パーセントの減額が行われている。役員専用車は平成四年度以降
代表取締役を除きすべて廃止された。平成五年度には役員数を三名削滅し、また二
〇名の顧問に勇退を願った。
 平成五年度以降の原告ら運航乗務員の勤務基準の見直し等人件費効率の向上施策
は、このような経費削滅努力の上に行われたのである(なお、客室乗務員に関して
も、原告ら運航乗務員と同様に客室乗務員組合との勤務協定の改定により生産性の
向上を図ったことはいうまでもない。)。
 このように被告が平成四年六月の構造改革委員会報告以来進めてきた構造改革施
策は、運輸大臣の諮問機関である航空審議会に設けられた競争力向上委員会が平成
六年六月に行った「我が国航空企業の競争力向上のための方策について」という答
申の内容にも合致するもので、当を得た施策であることが明らかである。
(5) 航空業界をめぐる状況
 定期航空運送業は平成六年八月一日をもって雇用調整助成金の対象業種としての
指定を受けるなど、被告に比べ円高や国際線における競争激化の影響をさほど強く
受けない他の国内航空各社も含め、国内経済の深刻な不況の影響を受けたため、各
社とも人件費効率の向上等一連の構造改革に取り組んだ。
 また、世界的に見ても、英国航空以外の欧米各社は九〇年代に入ってから軒並み
大赤字に苦しんだ後、レイオフを含む大幅な人員削減や賃金制度の改革等の合理化
策に積極的に取り組み、コスト競争力を強めた結果、平成六年度に黒字化してい
る。英国航空については、既に昭和五五年から昭和五八年にかけて一万七〇〇〇名
もの人員削減という大きな経営改革を実施したため、九〇年代には好調な業績を上
げるに至っていた。
 世界的に主要な航空会社が経営苦境に陥り、これから脱しようとして積極的に合
理化施策を実施している中で、円高とバブル経済崩壊のためこれらの外国他社に比
し一層深刻な状況下にある我が国の航空会社として、被告が外国航空会社に劣らな
い経営改革を進め、競争力を強めなければ生き残っていけないと判断し、これに取
り組んだことは当然であった。
 しかも、需要の低迷と収支の悪化が続く中で、我が国においては、三大プロジェ
クトの完成がまじかに迫っていた。これに伴い、被
告は、その事業展開や機材更新、増強などにより新たな投資と費用の拡大を余儀な
くされることになるが、同時に、発着枠の拡大に伴う外国他社の参入などにより他
社との競争の激化は必至の情勢であって、これらは、コスト競争力の低い会社にと
っては致命的な経営圧迫要因となることは明らかであった。そして、当時の被告の
コスト競争力をみると、円高等の影響を受けて会社の有効トンキロ(ATK、貨客
の搭載可能乗量に大圏距離を乗じたもの)当たりのコストは外国他社より三〇パー
セント程度高く、同単位当たりの人件費を比較しても世界の主要国際線航空会社の
中ではルフトハンザ航空を除き被告がもっとも高い状態で、これら人件費効率を含
めた生産性は極めて低い状態にあった。
(6) コスト競争力強化の必要性
 航空輸送はあくまで手段に過ぎず、安い方がよいというのいうのが顧客の要望で
あるから、国内外の価格競争に負けないだけのコスト競争力を作り上げることは被
告が今後存立して行くための絶対条件であった。すなわち低価格競争の中で、営業
収入を伸ばすために低価格商品を提供しても利益を出せるように、あらゆる分野で
コストを削減して行く必要があるということであるが、特に重要なことは、被告独
自で努力できるコスト削減については一刻の猶予もなく削減を図る、あるいは費用
の効率化を実現することであった。
 そこで、被告における営業費用の内訳及びその推移を見てみると、昭和六〇年こ
ろまでは半分以下であった固定費(機材費、人件費、不動産賃借料、広報宣伝費
等)が平成二年になると逆転し、変動費(燃油費、販売手数料、整備費等)が四三
パーセントで、固定費が五七パーセントまでを占めるに至った。基本的には、営業
費用の中の変動費は生産量に応じて拡大するし、固定費の中の機材費も同様といえ
るが、その余の固定費、すなわち人件費や不動産賃借料・広報宣伝費・一般事務費
等のその他固定費は生産量よりも落ち着いた増勢を示し、その結果生産量一単位当
たりのコストは低減して行くものである。ところが昭和六〇年以降は固定費が生産
量の伸びを上回って拡大している。これは健全なコスト構造とはいえず深刻な問題
であった。外国社とドル建てコストを比較してみると、八〇年代前半は被告の方が
コストが低く有利であったが、その後半以降は欧米の航空会社より三割ないし五割
高いという状況であった。
 コストの削減なくして赤字か
らの脱却はありえないということを端的に示すのはブレークイーブン(損益分岐利
用率)とロードファクター(利用率)の相関である。昭和六二年度以降ブレークイ
ーブンは六五パーセントを超え、平成四年度には六八パーセントに近い値になって
いた。それでもバブル経済の最盛期で未曾有の強い需要に支えられ、七〇パーセン
ト前後という極めて高いロードファクターを得ていた時期には黒字になっていた
が、もはやバブル期のようなロードファクターは期待困難であるから、どうしても
ブレークイーブンを六〇パーセント台半ばまでにとどめる必要があった。そのよう
な危機意識が、「92-96年度展望」において、「高B/E体質からの脱却」を
最重要経営課題の一つに挙げた所以であり、そのためには「収益の極大化と徹底し
たコスト削減」、とりわけ固定費の削減が不可避であった。
 被告と外国他社との単位コスト(費用を有効座席キロもしくは有効トンキロで除
したもの、有効座席一席若しくは許容搭載重量一トンを一キロ輸送した場合にかか
る費用)を比較しても、コストの削減が急務であることは明らかである。すなわ
ち、平成二年度以降の経費削減努力の結果、被告の円建て単位コストは低下したも
のの、急速な円高によりドル建て単位コストは大幅に上昇し、米国他社の自国建て
コストが上昇しているにもかかわらず、ドル建てで被告のコストと比較すると、平
成四年ころ、被告のコストは外国他社より二ないし三割高くなってしまった。これ
を被告の平成三年度における有効トンキロ(ATK)当たりの人件費実績を一ドル
一三三円として換算して外国他社と比較すると、ルフトハンザ航空を除き最も高か
った。
 ところで、被告において、その運航乗務員の総数は、平成四年度末で二四八〇名
で、二〇年前の約一・五倍に相当する一方、この間の総生産量(有効トンキロ)は
約三・七倍に拡大しており、単純計算すれば運航乗務員の一人当たりの物的生産性
は約二・五倍に向上したことになる。しかし、この生産性の向上は、決して人件費
効率の向上によってもたらされたものではなく、主として、世界でも例をみないジ
ャンボ機保有比率の拡大と国際路線の長大化に伴う一回当たりの飛行距離の伸び、
さらには昭和六〇年以降の二名編成の大型機の積極的導入によってもたらされたも
のである。ジャンボ機保有比率の拡大と長大路線の増加は乗員一人当たりの生産量
を引き上げ、B七四七
-四〇〇やMD一一等二名編成の機材の登場はこれに拍車をかけ、乗組員の数を変
えないで、あるいはむしろこれを減らしつつ船体を巨大化させて一回当たりの積荷
を増加させ、かつ長距離を往復する航路が増加した結果の生産性向上であり、正に
物的生産性は生産手段の改良とその長距離使用により向上したのである。しかし、
大型機の保有比率や平均飛行距離の拡大は既に限界に達しており、今後この面での
生産性の向上は期待しがたい状態であり、コスト競争力増強のためには、もはや人
件費効率を含めた生産性の向上を図ることが不可避となったのである。
(二) 旧勤務協定が現状に適合しないために生じた本件就業規程変更の必要性
 右のとおり、本件就業規程の変更は、被告の営業実績や航空業界の状況等に照ら
し、高度の必要性を有するものであるが、それにとどまらず、旧勤務協定の内容が
現状に適合しなくなってきたことからも、極めて必要性が高い。
 旧勤務協定は、被告が日本航空運航乗員組合と昭和四一年に締結した「運航乗員
の勤務に関する協定書」とほぼ同内容の勤務基準を定めるものであって、実質的に
は制定後二○年以上を経過した昭和六〇年代以降、航空運送業界の実情に合わない
面が多々痛感されるに至った。
 既に述べたように、この間に機材性能の飛躍的向上を背景に昭和四〇年代には稀
であった長時間乗務の路線が大幅に増加したほか、一方で二名編成の大型機の導入
など旧勤務協定が予想もしなかった勤務形態が増えつつある。このように機材の性
能向上により乗務員の勤務の内容や形態が変化してきているにもかかわらず、その
勤務の基準だけが旧態依然とした内容であるのは基準として不合理であるばかりか
人的生産性を損なうこと甚だしいものがあるといわなければならないのであって、
安全性を十分熟慮した上でこれらの変化に適応した新たな勤務の基準を設けること
は人的生産性の向上のために不可欠であり、当該基準を機材性能の向上等の実態に
即した合理的な内容とするためにも必要なことであった。
 すなわち、平成五年一〇月末日をもって失効した旧勤務協定の原形は、昭和三六
年に設定されたジェット協定であるところ、当時はいわばジェット機の黎明期(第
一世代機といわれるDC八が導入された時代)であって、機材の構造、性能がその
後登場し現在も主力機となっている第三世代機、第四世代機とは格段の差があり、
めざましい技術革新のもと
に開発され、性能が大幅に向上した新鋭機の導入に伴って長距離路線の直行便化が
進められる等、路線便数も当時とは大きく変化した。他社はこうした運航環境の変
化に対応してシングル編成による乗務の制限時間を延長する等の措置を採ったりし
ていたが、被告ではこのような路線便数や機材構成の変化に対応した勤務基準の見
直しがなされないまま運航乗務員の勤務が続けられてきたため、運航乗務員の効率
的な運用の障害になっているという認識が高まってきた。
 例えば、昭和六一年当時には乗務時間制限に関する国の具体的基準が定められて
いなかったという状況の下で、全日空はその運航規程を改定して三名編成機シング
ル編成の乗務時間制限を一二時間とした上で、一一時間を超えるロサンゼルス線の
シングル編成による運航を始めたり、昭和六〇年から、欧州線直行便の開設、米国
との航空協定による他社の太平洋路線への参入等により競争が激化する中で、米国
他社が太平洋線をシングル編成で運航し、あるいは欧州線直行便をマルチプル編成
で運航したりしているのに対して、被告は太平洋線をマルチプル編成で、あるいは
欧州直行便をダブル編成で運航しているということでは、競合他社との編成の差に
よる非効率・低生産性が明らかであった。したがって、非効率、低生産性の運航体
制を漫然と維持していることは業績維持の面から許されないし、乗員養成能力を勘
案した乗員計画上から見ても適切ではないという認識が高まった。
 そこで、昭和六二年二月策定された「六二-六五年度中期計画」のⅢ・(3)
「運航維持能力向上施策」に「健康問題に配慮しつつ編成数を含む運航乗務員の勤
務条件の総合的見直しを検討する」とされて以降、被告の運航本部の業務部業務グ
ループ、運航乗員企画部業務グループと労務部運航乗務職グループの各担当者によ
って運航乗務員の勤務条件総合見直しの検討が始められた。その検討において採り
上げられた主な項目は、編成別の乗務時間・勤務時間制限、国内線の連続乗務日
数、休日・休養制度の内容、スタンドバイ制度の内容、デッドヘッドや地上移動等
の勤務時間算定基準、マルチプル編成における乗員構成等であった。その後「昭和
六三-六六年度中期計画」を受けて、平成元年二月に役員レベルの検討委員会を設
置し、勤務協定を見直す改定案の検討を行うことになったが、その際別にアドバイ
ザリー・グループを設置し、乗員を含む現場の
意見収集を図るため、このアドバイザリー・グループ・ミーティングを適宜開催
し、関係部長会への提出資料を作成することも決定された。アドバイザリー会議は
平成元年三月から六月の間六回開催され、種々の項目について検討がなされたが、
結局勤務協定の改定案としてまとまる以前に運航乗員のマンニングが逼迫する中で
運航を維持する必要があるところから、被告は勤務協定の抜本的改定を先送りし、
平成二年二月に、当時の協定の下での路線別了解等を提案せざるをえなかった。そ
の提案内容の主なものは、マルチプル編成で運航していた路線のシングル化に伴う
路線別了解、暫定的にダブル編成で運航していた南米線、欧州・シカゴ直行便のマ
ルチプル編成化等であったが、乗員組合はこれに強く反発し、乗務拒否等もなされ
た結果、被告は運航能力維持のため片道四万円の「暫定手当」を支払うことにし
て、マルチプル編成化のみを実現した。
 このような状況を経て平成四年六月構造改革施策が発表され、その施策の一つで
あるコスト構造の改革の一環として人件費効率の向上施策を推進することになった
ため、労務部の運航乗務職グループ長以下と運航本部運航企画部の業務グループ長
以下が一緒になって、人件費効率向上のため運航乗務員の勤務基準改訂実施に向け
て検討を進めることになったのである。
(三) 本件就業規程の変更による経済的効果及び人員削減効果
 本件就業規程の変更は、機材の性能が飛躍的に向上し、二名編成機の乗務や長距
離路線が拡大しているという状況下での勤務の実態も踏まえ、人件費効率の向上と
いう合理化施策実施の必要から行われたものであり、被告の逼迫した経営状態から
すればその必要性の程度は極めて高いものといわなければならない。
 規制緩和は労働力の効率的な活用を可能とし、人件費効率の向上をもたらす。例
えば、予定着陸回数一回の場合の乗務時間、勤務時間の規制を二時間緩和するだけ
で、これまでカバーできなかった長距離路線を通常の勤務で包摂することが可能と
なるし、指定便スタンドバイを廃止するという規定の変更によってスタンドバイの
起用範囲が拡大され、当該要員の効率化が図られることも多言を要しないところ、
本件就業規程による時間制限の緩和は、平成六年度四月段階でのマンニング計画上
で機長で約五〇人(会社在籍機長数の約四パーセント)、副操縦士で約七〇人(同
副操縦士数の約九パーセント)、航空機
関士で約三〇人(同航空機関士数の約六パーセント)、合計約一五〇人の削減効果
が期待できるものであり、生産性の向上を図ることが至上命題となっている被告に
とっては極めて必要な見直しであった。
 本件就業規程の変更に伴う運航乗務員の削減効果が一五〇名という右主張は、平
成六年度夏季の路線便数計画に基づき算出したもので、九三年度冬期ダイヤに基づ
く削減数よりも効果が大きくなっている。この内容は九三年三月一八日「平成五年
度実行委員会」説明会において、乗員組合に説明した。
 なお、原告らは、被告が組合との団交の席上、本件就業規程の変更を行わなくと
も人員計画上、事業計画が遂行できる旨発言しているとも主張する。
 原告の主張自体具体的な内容を伴わない主張であるが、平成五年度についてはと
もかく平成六年度について原告主張のような説明をした事実はない。本件就業規程
の変更がなければ、航空機関士については直近の平成六年にも補充が必要であった
というのが事実である。
2 原告らの主張に対する反論
(一) 被告の全従業員及び運航乗務員の生産性が高いとの主張について
 原告らは、被告の全従業員一人当たりの生産性は世界でもトップクラスにある
し、運航乗務員についてみても欧米各社の中ではトップクラスの生産性を上げてい
る旨主張する。しかし、原告らが引用する一人当たり生産量は平成五年度の実績で
あって、既に被告が本件人件費効率向上をはじめとする一連の構造改革に着手した
後の実績を半数近く含むものであり当を得ていない。しかも、右実績にしてもトッ
プクラスの生産性と言えるものではない。機材の大型化により物的生産性を向上さ
せる余地がある外国他社に対し、既に機材の大型化を完了し、物的生産性の向上を
期待できない被告においてはむしろ人的生産性の向上に一層努力する必要がある。
 運航乗務員生産量単位当たりの人件費(=運航乗務員総人件費/有効トンキロ)
及び運航乗務員一人当たり人件費(=運航乗務員総人件費/運航乗務員数)を外国
他社と比較すると、平成五年度における運航乗数員の生産単位当たりの人件費は、
外国他社と比較し被告が最も高く、また、一人当たりの人件費はキャセイパシフィ
ックを除き被告が最も高い。
(二) 事業拡大計画の失敗が業績悪化の原因であるとの主張について
 まず、本件就業規程の変更の必要性を判断するに当たり業績悪化の原因が被告の
誤った経営判断にあっ
たかどうかを論ずることは法律的に意味がない。構造改革の必要性の有無は、責任
や原因の所在とは別に客観的に判断されるべきだからである。現に収支の悪化が客
観的に認められ、その改善と構造改革の手段の一つとして本件就業規程の変更が有
効で合理的な手段であると認められるなら、業績悪化の責任、原因がどうであれ勤
務条件変更の必要性があることは明らかである。このことは、収支の改善や構造改
革に関して他に有効な手段があったとしても何ら変わるものではない。それら有効
な手段とともに本件就業規程の変更を実施することはいささかも不合理な措置では
ないからである。
 原告らは、被告の事業拡大計画の失敗を非難し、具体的に不要だとする投資を挙
げるが、これらの投資が会社の収支に具体的にどのように影響を与えたかは全く不
明であるし、まして、これをどのように是正すれば本件勤務条件の変更を含む人件
費効率向上施策が必要性を欠くことになるのか、その根拠は明らかではない。ま
た、原告らが非難する事業等は、当時の経済状況下では適切な措置と判断されて進
められたものであり、それが当初の予測に反した結果を生じたとしても、そのこと
の故に経営責任が問われるべきものとは到底言い得ないし、構造改革施策の一環と
して行われた人件費効率向上施策の当否が争われている本件においては、論議する
限りではない。勿論、業績が悪化した状況下で緊急性・必要性に劣る投資を漫然と
継続するとすれば、その妥当性が問われても当然といえようが、構造改革施策の中
で投資の見直しが謳われ、平成五年度のサバイバルプランでは前年度計画に比し各
年一〇〇〇億円の投資削減を計画し、さらに平成六年度にはその計画に対して投資
規模を半減し四年間で四四〇〇億円規模に縮減した。現に平成四年度は一部航空機
導入の取りやめ・延期等を決定し、平成五年度は三大プロジェクト関連投資の大幅
見直し等により一〇〇〇億円の投資削減、平成六年度は地上資産のリース化等によ
り一五〇〇億円の投資削減を行っている。
 次に、原告らの主張に対し、具体的に反論する。
(1) 機材投資について
 原告らは、被告が甘い需要見通しのもとに企業体力を超えた過大な事業規模拡大
計画を進めたことが収支悪化の真の原因である旨主張するが、例えば国内他社と比
べても被告は決して過大な拡大を行ってきたわけではない。すなわち、昭和六〇年
度から平成二年度の機材費の伸
びを見ても、被告の伸びが一・八六倍であるのに対し、全日空は一・九七倍、JA
Sは一・九八倍であり、旅客便総生産量(ASK)の伸びも平成元年度以降被告は
他の二社に劣っている。
 また、そもそも生産性の向上のためには適切な規模の拡大が必要であり、平成二
年当時、以下の三つの理由から拡大が必要と判断された。
 すなわち、①当時の景気低迷に対してはここまで深刻な事態になろうとは受け止
められておらず、一、二年で景気は回復に向かうであろうと考えられており、、被
告の見通しが特に甘かったわけではなく(景気の見通し)、②ボーダーレス化、根
強い海外渡航需要、アジア地区を中心とした人・物の流れの拡大から、中長期的に
見た我が国の海外渡航需要は順調であろうと見られ、現に国際旅客の需要は平成三
年ないし平成六年の各年平均増加率が六パーセントで、平成七年は一〇パーセント
に迫る勢いであったのであり、そういう情勢の中で、日本発着の国際旅客に対する
被告の供給力は他社に比し相対的に弱体化し、昭和六一年には三三パーセントあっ
たシェアが五年後の平成三年には二四パーセントにまで落ち込んだのであるが、シ
ェアが大きければ販売力、価格支配力が強くなる等から、成長している市場では、
シェアキープは大事な経営政策であり(マーケットシェア確保の必要性)、③航空
事業では、路線・便数等の行政の認可を得て始めて生産量の拡大が可能であるが、
その権益配分の際に適切に対応できる体制がなければ他社に権益を確保されてしま
う。三大プロジェクトはかつてない大きなビジネスチャンス(現に関西空港開港に
より関西圏の国際供給量は二・一倍に拡大された。)であり、これに適切に対応し
て将来の発展に繋げることは企業経営の重要な要素であるが、航空機・運航乗務員
の手当にはかなりの年月が必要なので、前広に対応を進めなければならなかった
(三大プロジェクトに対する対応)。
 このように、適正な規模拡大は必要であるとの考えは正しい考えなのであるが、
目下収支の改善が必要不可欠なので、投資規模を大幅に見直したことは前述したと
おりである。
(2) 特別販売促進費について
 原告らは、特別販売促進費をダンピングであり、不明朗な支出であると非難する
が、これは定着した消費者の低価格志向、不況による高額商品の低迷、円高による
外国他社の価格競争等の厳しい販売環境下で、売上げを確保するためにはやむをえ

い値引きないし売上割戻しであり、これを控除した上で売上げを計上することは会
計上の処理として認められているところである。格安航空券が出回る中で、被告が
その趨勢に抗した販売を行ったときに売上げを確保できる保証は全くない。特別販
売促進費の支払を廃止すべきだなどというのは無責任な空論にすぎないし、いわん
や「低収入単価は会社自らが作り出したもの」などというのは全く根拠がない。ま
た、原告らの主張によっても、特別販売促進費の増加が会社の収支に具体的にどの
ような影響を与えたのか、これをどのように改善すれば本件人件費効率の向上施策
などが不要となるのか明らかではない。
(3) 外国人乗務員の導入及び運航委託について
 被告は、年度毎の具体的な事業計画とは別に毎年度末に翌年度から五か年度にわ
たる事業展望を策定しているが(例えば平成三年三月には、平成三年度から七年度
にわたる五カ年度の展望と三年度及び四年度の具体的な事業計画が策定され
た。)、平成二年度及び同三年度の各年度末に策定された五か年度の事業展望は、
各五年間の事業拡大規模を年度平均六パーセントとしていた。その根拠は、既に述
べたとおり政府機関や各種経済研究機関が平成三年度以降もGNPは三ないし五パ
ーセントの成長を続けることを予測していたことをもとに、三大プロジェクトの完
成による需要の拡大を想定すれば、平成三年度から七年度までの間の総需要は各年
国際線で九パーセント、国内線で六パーセント拡大すると予測されたこと、一方、
被告のイールドの伸びが将来期待できないことや円高、物価上昇を前提に収益率を
維持するためには年五・五パーセントの規模拡大が必要であったこと等である。
 ところで事業を継続する限り収入の多寡にかかわらず支出は確実に増加してい
く。特に固定費の多くを占める人件費は、毎年の昇給、ベースアップ等により確実
に増加する。これら費用の増加を吸収し、事業が健全な発展を続けるためには、一
定の規模の拡大が必要である。被告は、平成二年度から四年度にかけてその事業規
模の拡大を年平均六パーセントと想定したのである。これは当時のGNP成長予測
などに照らし決して過大なものではなかった。そして、事業規模六パーセントの成
長を達成していくためには、直接的な機数増と乗員の増加は避けられないことであ
った。日本人乗員の養成は最大限に行っても相当の期間を要することから、運航維
持能
力の補完のために既成外国人乗員と運航委託は必要な措置である。原告らの主張は
事業運営を正解しないものというほかはない。
 原告らの主張は、これらが被告の収支に具体的にどのような影響を与えたのか又
本件勤務条件の見直し前にこれら外国人乗員の導入と運航委託をどのようにすれば
本件施策が不要であったというのか明らかではない。
(4) ドル先物予約について
 被告が昭和六〇年八月から翌年三月にかけて最長一○年にわたる長期の為替買入
予約を行ったことは事実であるが、これは決して投機のための予約ではない。為替
が変動相場制の下では、外貨取引の非常に多い企業は常に為替リスクにさらされて
いるので、将来為替の変動によって被りかねない損失に備え、リスクヘッジのため
一般的に為替予約を行っているが、被告も航空機の購入等により恒常的に大量のド
ルを必要としているので、リスクヘッジのため将来必要とされるドル需要の三分の
一について為替予約を行った。将来必要とされるドル需要の三分の一について行っ
たのは、投機ではなくリスクヘッジのためであったからであり、為替相場が予約条
件に照らし不利な方向に進んでもそれは三分の一に止まり、残り三分の二は逆に有
利になるからである。その後円高に進み、結果として為替予約をしなかった場合に
比して一〇年間で二〇〇〇億円程度の増加があったのは事実であるが、しかし、そ
れは結果論であって事業拡大計画の失敗とは関係がなく、それを損だとする認識は
ない。結局、それらのドルは航空機購入の支払に充てられたので、減価償却費が拡
大したという形になったが、それも平成二年度以降で約六〇億円程度であり、昭和
六〇年度から平成二年度までの固定費の拡大は二三〇〇億円程度なので、為替予約
の結果としての減価償却費の拡大は九〇年度の固定費六一八三億円の中の〇・〇一
程度相当のものである。
(5) JUST(日本ユニバーサル航空、国内航空貨物輸送会社)について
 会社設立時の予測では、早朝・深夜時間帯における貨物需要、宅配貨物の伸長な
どから貨物便の運航は充分な需要があると予測されていたが、バブルの崩壊による
景気の落ち込みにより収支が低迷し、さらに千歳空港における二便運航計画が空港
利用時間制限により頓挫したため、出資会社との合意により平成四年一〇月をもっ
てJUSTは当面運航を休止し、再開を待つこととしたのである。結果として生じ
た余剰機は、ス
トレージ(保管)を行った。
 原告らの主張は、要するに運航休止に追い込まれた右会社への投資などが被告の
経営の失敗であると非難するものであるが、それが被告の収支にどの様な影響を与
えたのか明らかではなく、また、これをどの様に是正すれば本件施策が不要となる
のかは明らかでないから、その主張は失当と言わなければならない。
(6) CAC(シティ・エアリンク株式会社)について
 CACは、都市間の新しい高速公共交通機関として、本業とのネットワーク効果
を考慮して開始した事業である。しかし、運航上の諸規制が媛和されない限り抜本
的な収支改善は困難との判断から平成三年一一月に運航を休止した。運航休止の条
件として、運航中の実績をもとにヘリ・コミューター事業の成立の要件、事業再開
の方策等を検討するよう運輸省当局から要請されていることもあって、地方自治体
の協力等による事業再開の可能性を模索している状態であり、最終的な結論は出し
ていない。
(7) エセックスハウスホテルに代表される日本航空開発(JDC)事業展開に
ついて
 原告らは、エセックスハウスへの投資が不要・不急のものであった旨主張する
が、同ホテルはニューヨーク・マンハッタン地区の「四つ星」ホテルにランクされ
数年後には黒字化が達成できる見通しである。ホテル事業は装置産業であり、黒字
化には長期間を要する事業である。日航開発が投資、運営するホテルにおいても、
パリの「ニッコー・ド・パリ」など黒字化には時間を要している。原告らが所属す
る組合は、いずれに関しても黒字化するまでは不要・不急の投資として非難してい
た。本件もその例に漏れないが、エセックスハウスが失敗であって不要、不急の投
資であったと断定する根拠は全くない。
(8) 常電導磁気浮上式鉄道(HIGH SPEED SURFACE TRA
NSPORT(HSST))について
 旧HSSTの債務に関しては、平成四年一二月の債権者会議において新会社の設
立と債権の一部放棄の組み合わせによるHSST再建策が承認され、債務処理は全
て完了している。なお、新会社は、五一社から出資を受けて具体的な活動を再開し
ている。原告らの非難は当を得ていない。
(9) PPH(PAN PACIFIC HOTELIERS INC)につい

 コオリナ・リゾートはハワイの旅行商品価値を高める目的で開発が行われたもの
であり、ゴルフ場の売上高はリゾート
コースとしてはトップクラスであり、イヒラニホテルの運営も軌道に乗りつつあ
る。原告らの非難は当を得ていない。
3 原告らの主張
 まず、本件就業規程の変更は、賃金を除く基本的な労働条件(乗務によって生ず
る疲労、眠気、睡眠障害、体内リズム障害等を適切に規制し、安全に運航すること
に専念できるよう保障した勤務基準、条件)の一方的な不利益変更であり、それは
労働者の健康、ひいては運航の安全性に重大な悪影響を及ぼすものである。このよ
うに不利益変更が運航の安全性に重大な悪影響を及ぼすものである場合、不利益変
更の「必要性」の有無にかかわらず、その合理性が否定されるべきである。
 仮に「必要性」の要件を判断するとしても、本件は「労働者にとって重要な権
利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更」に当たるも
のである。よって、本件の就業規則変更の必要性の判断は、「不利益を労働者に法
的に受認させることを許容できるだけの高度の必要性」の有無により判断されるべ
きである。
 後述するように、本件就業規程の変更当時、そもそも被告が経営危機の状況にあ
ったとはいえないが、仮に被告が経営危機に瀕していたとしても、それは、抽象
的、一般的な被告の経営危機による経費削減の必要性の有無ではなく、本件就業規
程の変更の具体的必要性の有無こそが判断されるべきである。すなわち、本件就業
規程の変更による経費削減を行うことによって、どのように会社の経営危機が回避
できるかについての会社の具体的な立証がない限り、「高度の必要性」は否定され
るべきである。なぜならば、抽象的、一般的な会社の経営危機による経費削減の必
要性だけでは、「不利益を労働者に法的に受認させることを許容できるだけの高度
の必要性」があるとは言えないからである。
 そして、高度の必要性があるというためには、被告は、①本件就業規程変更時
に、これによって具体的にいくらのコスト削減効果があると予測していたか、②本
件就業規程変更後、現実にどれほどのコスト削減効果が得られたのか、③本件就業
規程変更によるコスト削減効果が、被告の財政全体との関係でいかなる比率を占め
るものか、④本件就業規程変更以外に、より打撃的でない取りうる施策は他になか
ったこと、⑤本件就業規程の変更を行うべき緊急性があったことを主張立証しなけ
ればならない。
 しかし、①に関し、被告は、当時、「特定経費で年間
三億円」の削減効果があると予測していた旨主張するが、これは本件就業規程の変
更後に判明した数字であり、しかも、その後の各決算年度における検証も一切行っ
ておらず、真面目に被告が本件勤務基準切り下げによる費用削減効果を検討してい
たとは言えないことは明らかであり、また、被告は、マンニング削減数に関して
も、「新基準では二〇ないし三〇組余裕が出る」と予測していた、運航乗務員必要
数削減効果を、改定当時平成五年下期一〇〇名と見込んでいたとするが、それらの
数字がいかなる根拠に基づくものであるか不明であり、実際には、マンニング削減
数というレベルでさえ、被告が本件就業規程の変更に際し真摯な検討を行っていた
とは到底評価できない。それに、被告の主張した数字が効果をもたらすのは、「マ
ンニング削減数」分の乗員が退職、又は解雇された場合であるはずであるが、乗員
数は改定前後に変化は無く、被告は、本件就業規程の変更に伴い、一体、いくらの
費用削減が可能なのかさえ全く検討していなかった。
 ②に関し、被告は、「特定経費削減」の効果について、現実には事後的な検証を
実施しておらず、また、マンニング削減効果についても不明である。③に関しては
一切不明であり、むしろ、被告は、平成四年度決算で五三八億円の経常損失を出し
ながらも多額の内部留保を抱えるなど強固な企業体力を有しており、被告の主張す
る年間三億円という数字を前提にしても本件就業規程の変更による費用削減効果は
被告全体の企業会計からすれば微々たる数字である。④に関し、被告は、色々と手
を尽くした旨主張するが、後述するように、被告においては、数々の放漫経営が放
置された状態にあり、到底、本件就業規程の変更以外のより打撃的でない取りうる
施策が他になかったとは言えない。⑤に関し、本件就業規程の変更を早急に一方的
に実施しなければ目的が実現できないという時間的な意味での緊急性は全く認めら
れない。
 これらを踏まえ、以下に具体的に主張する。
(一) 被告の経営状況について
 被告は、平成四年度決算で五三八億円の経常損失を出したことが被告にとって
「危急存亡の危機」であり、しかも、平成四年度決算の五三八億円の経常損失が、
所有株式の売却で営業外収益を特別に計上した上での数字であることから、実質的
には八〇〇億円近い赤字であり、資本金一八〇〇億円の会社にすれば「倒産の危
機」にあった旨主張している。
 しかし、およそ企業の収益状況は、恒常的に利益を実現しているというような性
格のものではなく、時期的に大きく変動するという性格のものである。したがっ
て、被告の経営状況に対する判断を行う際に単年度の会計からのみ判断することは
不適切である。現に、被告は、その後、平成六年は二六一億円の経常損失を出した
ものの、平成七年は二八億円、平成八年は四三億円の経常利益を上げ、平成九年に
は再び一六九億円の経常損失を出したが、平成一〇年は七六億円、平成一一年には
三二五億円もの経常利益を上げている。
 また、利益又は損失の大きさは、その金額のみを取り上げてあれこれ評価するこ
とは適当ではなく、投下した資本に対してそれがどれだけの割合になっているかに
よって計られるべきである。問題となっている平成四年度の赤字は営業損失で四八
一億円、経常損失で五三八億円と、近年にない大きな赤字であるが、投下した資本
額に対する割合でみると、平成四年度の落ち込みは、営業損失でマイナス三・二パ
ーセント、経常損失ではマイナス二・八パーセントにとどまっており、この水準
は、営業損失では昭和五〇年のマイナス九・七パーセント、昭和五八年のマイナス
四・三パーセントを下回る値であり、経常損失では昭和五〇年のマイナス八・二パ
ーセントを大幅に下回り、昭和五八年のマイナス一・三パーセントを若干超える水
準の赤字であって、被告の資本利益率からすれば平成四年度の五三八億円の経常損
失は微々たる数字である。
 さらに、今日の企業、特に大企業の「公表上の利益」は、一般的には会計制度に
よって実際よりも小さく計算されるので、企業の本当の実力(体力)を正確に評価
するためには、「公表された会計数値」の裏に隠された「実質上の利益」を考慮し
なければならない。被告が「危急存亡の危機」であるとした平成四年の決算も実質
的には、資本利益率はマイナス一ないし二パーセントの水準でしかなく、それにも
っぱら経営の責任から生じた為替差損による利益の縮小額をも考慮すれば、マイナ
ス〇・五パーセントと、ほぼ収支が見合う状況である。これらの事実からして、被
告の実質上の利益は公表上の利益をはるかに上回るものである。
 加えて、被告においては、近年の収益性の低下にもかかわらず、それまでに蓄積
してきた利益は、極めて高い水準にあり、多額の内部留保が存在しており、十分な
企業体力があると評価できることなどか
ら総合すれば、到底、平成四年度の五三八億円の経常損失は、「危急存亡の危
機」、「倒産の危機」というようなものではない。
(二) 被告の経営状況を悪化させた原因
 被告の経営状況を悪化させた原因は、以下に述べるとおり、旅客需要を大幅に越
えた航空機材設備導入及びそれによる減価償却費、航空機材賃借料、支払利息の急
激な増加であり、それが固定費上昇の要因となっているのであり、人件費は固定費
の中で過大な負担とはなっていない。
(1) 被告の過大投資
 被告は、平成三年度、経営方針として供給の拡大を目指し、大量の航空機材を購
入し、外国人乗員を導入し、他社への運航委託を次々と行った。バブル崩壊によ
り、その事業計画の前提が崩れたにもかかわらず、被告は拡大基調を改めなかっ
た。拡大基調は二期連続で五〇〇億円を超える経常赤字を計上した平成四年度、平
成六年度直前まで続けられたが、それはバブル経済の崩壊後も事業規模拡大を正当
化するような経済想定、需要想定が行われたからである。平成四年から平成八年の
五年間での総投資額は一兆六〇〇〇億円であり(年平均三二〇〇億円、内訳は航空
機二五〇〇億円、地上施設、設備七〇〇億円)、被告グループ内で五五機(B七四
七-四〇〇型機四〇機、MD一一型機一○機、B七七七型機五機)の機材購入が計
画されたが、平成三年度期末での被告の資産が総額一兆五八〇二億円であったこと
からしても、この五年間の設備投資は過大なものである。
 被告は平成四年になって投資削減を行う旨を明らかにし、五年間での投資を一兆
円にするとしたが、投資の適正化が若干行われたに過ぎない。その結果、一機当た
り一億数千万ドル(百数十億円)といわれる高価な航空機が遊休資産化し、B七四
七-四〇○型機三機及びB七四七型貨物機一機の合計四機がのべ八二か月間、アメ
リカ合衆国のウイチタ及びエバレットに保管されたが、その保管料は三五〇万ドル
に上った。
 こうした被告の過大な設備投資により有利子負債は増加し、それが営業外収支を
悪化させ、また、減価償却費も増大させた。
 一方、被告の全従業員の一人当たりの生産性は世界でもトップクラスにあり、被
告において、人件費は、固定費の中で過大な負担とはなっていない。運航乗務員に
ついても、欧米各社との比較ではトップクラスの生産性を上げている。平成四年度
の破告の人件費率は二五パーセントで、欧米のエアラインと比較して極
めて低いだけでなく、その割合はほぼ一定しており、固定費上昇の原因とはなって
いない。また、被告の賃金水準は低く、運行乗務員について基本賃金をモデルで比
較すると、全ての年齢において被告よりも全日空の方が高くなっており、乗務手当
も、全日空、日本エアシステムより低い。
 このように、被告は他社と比較しても高い生産性を示しており、被告の人件費率
が極めて低いことからすれば、たとえ「構造改革の必要性」があるにしても人件費
削減の一環として本件就業規程の変更を行う必要性は全く認められない
 なお、被告は、航空審議会競争力向上小委員会の答申「我が国航空企業の競争力
向上のための方策について」を引用し、被告の構造改革施策の正当性を主張する
が、航空審議会や競争力向上小委員会の構成メンバーには被告及び全日空、日本エ
アシステムの各社長、専務等航空輸送事業の利益代表者が加わっており、その一方
で、航空企業で働く労働者の意見は答申に反映されておらず、この答申は公正さを
欠くものである。
(2) 被告の過大な投資の影響
 前記のとおり、被告は、大型機の相次ぐ導入によってその企業規模を拡大してき
ており、旅客を対象とした航空機の営業機数をみると、平成二年以降、機数では大
きな拡大はみられないものの、大型化が進み一機当りの座席数の拡大によって総座
席数は、着実に増加してきている。
 ところが、被告では、導入された航空機が効率的に営業活動に投下されることな
く放置されてきた。例えば、最も代表的な機材で、被告の国際線長距離用のB七四
七-四〇〇型機の一機当たりの一日二四時間中の平均稼働時間は、平成四年度のI
ATAのデータによれば、世界の主要航空会社中最低の七時間三三分であり、最高
のルフトハンザ航空の一五時間〇九分の半分以下という低稼働状況である。各社と
も航空機の新規導入に当たっては、当初稼動が低い水準にある傾向はあるものの、
おおよそ二四時間中一三ないし一四時間の水準となっているが、被告では導入当初
の平成二年には六時間四七分、その後次第に上昇したものの平成六年でも九時間三
八分と最低の水準にあり、被告では航空機材を有効に利用した座席提供がなされて
いない。
 被告において、航空機の座席提供が効率的に行われないことの要因の一つに座席
利用率の低下の問題がある。被告の座席キロと旅客人キロの推移をみると、前述の
B七四七型機のような大型航空機の導入に
よって、総座席数が拡大するとともに提供席数が拡大している。また、旅客人キロ
も増加している。しかし、座席利用率(旅客人キロ/座席キロ)は、国際線、国内
線ともに平成二年以降低下し、特に国内線について利用率の低下が著しい。さらに
座席一席当りの旅客人キロをみると、とくに平成二年以降低下し、平成五年、平成
六年には最も低い水準にある。
 このように、被告では、平成二年以降、大型航空機、総座席数の急激な増加にも
かかわらず、これらの機材が効率的な座席提供に至らず、さらに提供された座席の
利用率が低下した。すなわち、需要に対応した設備の拡充と運用となっていないこ
とが明らかである。
 そして、こうした需要に対応した設備の拡充及び運用となっていないことは、損
益分岐点分析による経営分析からも明らかである。
 損益分岐図表は利益図表ともいい、費用の線と売上高の線からなっており、その
交点が、損失になるか利益になるかの分岐点を示している。総費用は、固定費と変
動費に分けられる。固定費は減価償却費、資本利子費、業務費の一部などで、操業
度とは無関連に一定して発生する費用である。これに対して、変動費は操業度の変
化に応じて増減する材料費、燃料費である。それぞれ、これらの費用額を縦軸とし
て、操業度(操業度を売上額として把握する)を横軸として、変動費線、固定費
線、総費用線を表す。また、売上線を、費用線と同様に、縦軸に売上額とし、横軸
を操業度として引く。この際、操業度を売上額とするため、四五度の角度で引く
と、売上線と総費用線の交点より高い操業度(売上額)のもとでは、費用より売上
高が多くなり、利益があがるが、交点より低い売上高では逆となって損失となる。
この分析によると、収益と費用を単に比較して利益を認識するのみでなく、収益
(売上高)との関わりで、売上高に比例して発生する費用と、売上高の大きさとは
無関連に発生する費用、すなわち変動費と固定費が収益とどのように関わっている
かという視点から分析することができる。特に、今日の大企業においては、生産が
大規模化し、単価当りの原価を小さくするが、一方では、このことが使用資産のな
かで固定的な資産が増大し、年度当りの利益率を低下させることになる。すなわ
ち、大規模化に伴って、売上高にかかわりなく発生する固定費の重圧が問題となっ
てくる。このため、今日の大企業では、大規模化によって単位当りの原価
を低下させるとともに、固定費を削減して合理化を進めることが、収益性を確保す
る上で重要な課題となっている。
 ところで、被告は、その経営分析の手法として、損益分岐利用率(ブレークイー
ブンロードファクター)を使用することを前提として、昭和六一年以降、固定費を
中心とした費用の拡大により損益分岐利用率が六五パーセントを超えて年々上昇
し、平成二年のバブル経済崩壊以降の低価格化が定着した状況では、分母のイール
ドが高まるのを想定するのは困難で、分子の単位当たりコストを引き上げるのが最
重要課題となるとの論理を展開する。
 しかし、そもそも損益分岐利用率とは、実際の利用率との対比によって、どのよ
うに座席利用率を確保するか、また合理的な座席供給量を確定していくかという経
営政策的な視点から利用されるという性格のものである。この分析方法では営業レ
ベルでの利益や費用しか評価されず、営業外の損益評価はなされないため、被告の
ように営業外収益や営業外費用が数百億円の単位で生ずる会社の収益構造を正確に
分析することは不可能であり、被告が強調した損益分岐利用率による分折は会社の
収益構造の分析方法としては不適切である。
 このような性格の損益分岐利用率に対して、損益分岐点分析は、企業の収益構造
を分析するために、一般的に使用されている。例えば日本銀行の「主要企業経営分
析」においても、航空運輸業の大手二社について、この分析を行っており、主要企
業との比較分析に利用されている。
 そこで、被告の損益分岐点を、日本銀行の「主要企業経営分析」に準じて、固定
費を人件費、減価償却費、販売費及び一般管理費、営業外差損(営業外費用-営業
外収益)、さらに航空機材賃借料を挙げて(定期路線を運航する日航では、営業収
入(売上高)、また座席の利用率には基本的にはかかわりなく、人件費、また航空
機等の減価償却費、支払利息(ここでは営業外差損として現れる。)、さらに航空
機材賃借料などの費用が発生すると考えられる。)分析すると、固定費合計は、一
貫して上昇傾向にあることが判明し、これらの固定費中の特に航空機の大幅導入に
かかわる減価償却費と航空機材賃借料のうち、減価償却費は航空機材のリース化ま
た償却方法の変更などが進むに従って縮小しているが、航空機材賃借料は拡大して
きており、両者の合計は、昭和五五年以降、上昇傾向を続けている。また、営業外
差損についても、
特に昭和六〇年以降には高い水準となっており、このうち支払利息を中心とする営
業外費用は、顕著に増加している。
 右のとおり、減価償却費、航空機材賃借料、支払利息といった資本の上昇による
固定費の負担が被告の損益分岐点を上昇させ、平成五年三月期、平成六年三月期に
は、分岐点の位置はそれぞれ一一〇・二パーセント、一〇五・二パーセントとなっ
た。言い換えると、平成五年、平成六年三月期では、実際の事業収益よりも、さら
に一〇・二パーセントまた五・二パーセント多くなければ収益が均衡しない収益構
造となったということである。
 結局、被告では、資本費の上昇によって固定費は上昇傾向にあり、平成二年以降
被告の事業収益が低迷する中で、大きな負担となり、赤字に落ち込むこととなった
のであり、固定費に占める人件費の割合がほぼ一定であることに照らせば、被告の
赤字は、旅客需要を大幅に超えた航空機材を中心とした設備の導入に主な要因があ
ることが明らかである。
(三) その他の被告の経営状況悪化の原因
 被告の経営状況悪化の原因は、前記旅客需要を大幅に越えた航空機材を中心とし
た設備投資にとどまらず、不明朗な特別販売促進費の存在、不必要な運航委託費の
支出、ことごとく失敗に終わった経営の多角化などの数々の放漫経営が挙げられる
のであり、以下この点について主張する。
(1) 不明朗な特別販売促進費の存在
 被告が真摯な営業努力を怠り、エコノミークラスの集客を、安易な安売りという
形に頼った結果、特別販売促進費(以下「特販費」という。)は異常に増加したも
ので、被告は、その原因として、価格破壊とか、消費者の低価格指向、値頃感等を
主張するが、低収入単価は被告自らが作り出したのである。したがって、被告は、
わずか三億円程度の人件費削減のために安全上問題のある本件就業規程の変更を強
行する前に、この巨額の特販費の問題を解決すべきである。
 すなわち、特販費は、航空会社が直接航空券のダンピング販売をすることができ
ないため、旅行社などを通じて安売りが行われ、航空券販売額に対応したキックバ
ックをするという方法で支出されるのが一般的であり、券面売上額と実収入との差
額として生じるものである。被告もこの計算値が特販費であることを認めており、
その具体的金額は以下のとおりである。(なお、平成六年度以降について被告は額
についての説明を拒否し続けているため、公表されて
いる代理店手数料率を用いた推計となっている。平成三年度から平成五年度の被告
公表と推計が重なる期間については平成六年度以降の推計の仕方で下段に併記し
た。)
昭和六一年度   六五一億円
昭和六二年度  一〇〇七億円
昭和六三年度  一七〇〇億円
平成元年度   一七〇〇億円
平成二年度   二二〇〇億円
平成三年度   二三〇〇億円    一四〇〇億円
平成四年度   一五〇〇億円    二三〇〇億円
平成五年度   二五〇〇億円    二〇〇〇億円
平成六年度   二一〇〇億円
平成七年度   二五〇〇億円
平成八年度   二九〇〇億円
平成九年度   三一八八億円
平成一〇年度  三二五〇億円
 右のとおり、特販費の金額は年々必ず売上高の伸びを超える増加を続け、ついに
平成九年度には三〇〇〇億円を超える巨額となっている。この額がどの帳簿にも載
らない形で処理されており、しかも被告内全体の特販費を一〇〇パーセント把握し
ている部署はどこにもなく、経理上は「無かった収入」とされ、その実態は闇の中
である。しかも、これは税務上も追及されていないのである。このような、被告が
額と使い道の説明を拒否する年間三〇〇〇億円を上回る大金が存在すること自体が
極めて異常である。
 被告の経常レベルでの赤字は最も大きかった平成四年度では売上高の五・二パー
セント、また収支が均衡すると考えられる損益分岐点が売上高を超える額は売上高
の一〇・二パーセントであった。一方、特販費の売上高に占める割合は二二・二パ
ーセントにもなる。言い換えると、経常損失は、支出された特販費の二三・四パー
セント(五・二パーセント÷二二・二×一〇〇)が節約されれば、黒字に転換する
ということであり、損益分岐点の視点からみれば、約五〇パーセントの費用(変動
費)をかけて支出された特販費の四五・九パーセント(一〇・二÷二二・二×一〇
〇)が節約されれば、収支は均衡していたということができる。また、被告の特販
費は、平成二年前後には、異常に増加しているが(なお、これは、全くといってよ
いほど公表されていない。)、平成五年三月期の大幅な赤字であってさえ、特販費
の少なくとも三〇パーセントを節約することによって、解消されたであろうレベル
のものであることが明らかである。
(2) 外国人乗員と運航委託
 平成二年から平成七年までの間、被告は有効トンキロベースで年六パーセントの
事業規模拡大を
行うため、被告の運航維持能力を超える部分の補完として、新たな既成外国人運航
乗務員の導入と他社への運航委託を行い、被告の企業体力を超えた事業規模拡大を
行った。この間の現実の事業規模の拡大は、実質的には三パーセント程度であり、
被告本来の運航維持能力で十分賄えるものであって、運航維持能力の補完の名の下
で行った既成外国人乗務員の導入・運航委託は不要・不急のものであった。
 被告が運航委託にかけた費用は、以下のとおり巨額のものである。
運航委託費   平成四年度  平成五年度
エバーグリーン 一八五億円  一二〇億円
カンタス航空   九九億円   九〇億円
JUST     一一億円   二一億円
JAZ      二八億円   二八億円
(合計)    三二三億円  二五九億円
 また、被告は、運航委託について、遅くとも平成五年には見直せるはずであった
が、六パーセント成長論が既に破綻している現実を直視せず、最初から杜撰であっ
た計画をただ闇雲に実行し続けていった結果、既に十分手遅れになった段階で成長
率を見直さざるを得ない状態に陥って、運航委託をようやく打ち切った。これらの
運航委託は、何か月かの予告で違約金なしで解約できるものであるが、被告はこれ
を行わなかった。
(3) ドル先物予約について
 被告は昭和六〇年八月から翌年三月にかけて最長一〇年間にわたる長期為替買入
予約を行った。被告が行った先物予約は一一年間で平均一ドル=一八四円で、合計
約三六億六〇〇〇万ドルとなっている。一〇年間もの長期予約は異例であり、監査
役が「極めて危険」と警告していたのを無視して行ったものである。監査役の警告
どおり、ドル相場は被告の行った予約開始から約二か月後のプラザ合意を機に長期
の円高に転じたため、被告は莫大な損失を被った。各年度に発生した為替差損は以
下のとおりであり、決済の終わった平成六年度分も含め、確定した実損の総額は約
一七六三億円、平成七年、八年年度の損失額の見込みも加えて、損失は二二〇〇億
円に達する。
予約年度 ドル予約額 レート 実勢レート 為替損益推計
(百万ドル)(円) (円) (億円、未満四捨五入)
昭和六〇    三  一八四  二二一・六八  ///
  六一  二八七  一九五  一五九・八八  一〇一
  六二  三二三  一九一  一三八・四五  一七〇
  六三  三三一  一九二  一二八・二七  二
一一
平成 元  三三一  一九二  一四二・八二  一六三
   二  三三二  一九一  一四一・五二  一六四
   三  三二六  一八六  一三三・三一  一七二
   四  三三一  一八六  一二四・七三  二〇三
   五  三九三  一八四  一〇七・七九  三〇〇
   六  三四七  一七九   九八・五九  二七九
   七  四八八  一七一  //////  四三九
                   (平成八年度込)
   八  一六八  一五五  ////// 
 被告は昭和六一年度から為替予約したドルで航空機を購入することにし、円換算
では他社より高い買い物をしている。ドルで航空機を購入すると、帳簿上は差損が
表面化しないため、実損額も決算報告されていない。被告は現在においても、その
経営責任を取らないばかりか、ドル支払額の三分の二は先物予約をしていないの
で、全体的に見れば円高メリットを甘受しているとの主張を繰り返している。この
ような経営感覚の下で、円高によるコスト競争力が失われているのである。これを
棚上げにして安全性に影響のある本件就業規程を変更することは、多くの国民の理
解・納得が得られるものではなく、許されるものでもない。
 被告は、為替予約は、経営の安定化を目的とするものであって、為替変動を利用
して差益を取得する事を目的としたものではないとの主張をする。
 しかし、被告では、昭和五六年度にドル建て・マルク建てで長期為替予約を行
い、これにより五四億円の差益を得たが、その当時の社内報において、「長期為替
予約差益を含め六一億の特別損益を計上し、二億の計上損益とあわせ六三億円の税
引前利益をだし配当を実施する」こととしたと、長期為替予約差益によって配当が
可能となった旨述べている。右年度では羽田沖事故による需要減退があったため経
常利益が二億円しかなかったにも関わらず、ドル建て・マルク建て長期為替予約差
益が五四億円生じたため、配当が可能となった。問題の長期ドル先物予約が、右に
述べた五四億円の差益を得た後である昭和六〇年八月から翌年三月にかけて行われ
たこと、監査役の警告を無視したことなどからすると、被告が昭和五六年度のドル
建て・マルク建ての長期為替予約差益に味をしめ、差益をあげることを意図して新
たにドル先物予約を行ったことは想像に難くない。被告は、今後も機材の購入を予

しているから、それらについてもその三分の一についてはリスクヘッジのためにド
ル先物予約を行うことになるはずであるが、現在はドル先物予約を中止している旨
主張する。これは、被告自身が今後についてはドル先物予約を行うことが「経常の
安定化」にならないことを自認していることの証明である。
 その後、他社よりも一機当たり八〇億円も高い航空機を買うことになるこの増額
分は、航空機の減価償却費として毎年費用として会計処理される。こうして初めて
損失分が形を変えて出てくるのである。しかも今後二〇一七年までこうした費用増
が続くことになるのである。この失敗のツケは余りにも大きく、損失の責任を一切
とらず、その穴埋めを労働者へのリストラのみで行おうとする被告経営の姿勢は絶
対に許されるものではない。
(4) JUST(日本ユニバーサル航空、国内航空貨物輸送会社)
 日本ユニバーサル航空は、早朝・深夜の旅客便に搭載されない、いわゆる「オー
バーフロー貨物」の摘み取り、宅配貨物の航空移転を見込んで、平成三年一月一一
日に被告、日本通運、ヤマト運輸の合意に基づき設立された(同年一二月時点での
被告の出資率は六九・三パーセント、出資額は七億〇五〇〇円)。そして、同年一
〇月一六月から専用貨物機を羽田=札幌線に就航させ、運航を開始したが、新千歳
空港の二四時間運用化の遅れにより、当初計画していた早朝・深夜の一日二便往復
体制が、一日一便往復での運航になったのに加え、貨物需要が当初の見込みを大幅
に下回ったことから計画どおりの運航ができず、平成四年九月に日本通運とヤマト
運輸から、同年一〇月からの積み荷保証の打ち切り通告を受け、運航開始からわず
か一年後の平成四年一〇月一日に運航休止となった。この運航休止に至る間に生み
出された赤字補填のため、被告はJUST社に対し約八億円の追加投資を行ってい
る。また、JUST社設立に当たり貨物用航空機が必要となったため、被告は、急
遽、海外他社から中古旅客機を購入し、貨物機への改造を行い機材を仕立てた。こ
の購入の際の事前調査が不十分であったため、予定を大幅に上回る改造費を要する
ことになり、新品を購入するよりも高額の二〇〇億円をかけることになった。それ
にもかかわらず、当該改造貨物機は、JUST社の不振からJUST社に購入させ
ることができず、遊休機材として米国に保管されることとなった。
 その後、利用率が四〇
パーセント台と低迷していたJUST社は、わざわざ旅客便に搭載予定の貨物をま
とめて輸送するなど、JUST社の成績を上げるための工作まで行われた。当時の
組合の指摘に対し経営は「いずれ良くなるから見守ってほしい」と繰り返していた
のである。また、JUST社の乗員はほとんど外国人運航乗務員に頼るというもの
であったため、運休になった後も、免許維持のために、飛ばない外国人運航乗務員
に賃金の支払を続けていたのである。
 こうした経営の甘い見通しのために、被告から五〇名、AGS(エアポートグラ
ンドサービス、貨物積み卸しなどを請け負う、被告の下請け会社)から一〇〇名の
出向者が杜撰な計画に転勤などで振り回された。
 結局、その後免許も失効し、運航不可能な状況で会社だけが存続していたが、平
成九年度決算で一六億九八〇〇万円の損失を計上し、資産価値は五億三二〇〇万円
まで下落している。事業再開の計画がないまま会社だけが存続する異常な状態も、
ようやく平成一一年三月の解散によって解消された。被告の説明によると、JUS
Tの累積損失は約二四億円に達するが、平成一〇年三月期にJUSTの株式の評価
替えを実施、それに伴う特別損失約一七億円を計上済みで、「今期の業績に影響は
ない」としているが、会社の収支に多大な悪影響を与えたことは明白である。
(5) CAC(シティ・エアリンク株式会社)
 CACは主として、羽田=成田空港間のヘリコプターによる旅客輸送を行う目的
で、昭和六二年六月三日に設立されたが、ヘリポートの設置や、飛行経路・飛行方
式の技術上の問題が解決されないままの実績作り狙いの運航開始は、当初からその
事業体としてのあり方が疑問視されていた。結局、就航率、ヘリポートの設置、空
港内のアクセス・発着枠・運用時間帯などの事業を左右する技術上の諸問題が一切
解決されず、累積損失は膨れ上がり、営業を続ける意味が見いだせず、平成三年一
一月運休となった。そして、この膨れ上がった累積損失を解消するため、平成四年
度に被告は、CACに対し約一三億円の追加投資を行い、併せて約三億円の債権放
棄を行った。しかし、現在でも右の諸問題は解決されておらず、運航再開のめどす
ら立っていない。
 平成四年の段階でその経営状況に関し、組合から問題点を指摘されていたにも関
わらず、被告は、株式を一三億七八〇〇万円で取得しながら平成七年度に清算し、
一三億一一〇〇万
円の損失を出した。
(6) エセックスハウス・ホテルに代表される日本航空開発(JDC)の事業展

 日本航空開発(JDC)は資本金一二〇億円、被告が六七・一パーセントの株式
を有する子会社である。昭和六二年三月二〇日付けの「JDC監査の報告」には、
JDCについて、同時並行的な急激なホテル展開により、JDCは早晩、財務的に
破綻に瀕するほどの経営状況にあり、JDCの招く経営破綻は、その規模からいっ
ても、単に一子会社の問題にとどまらず、親会社の大きな負担となり、その経営に
も重大な影響を及ぼすおそれが多分にあるもので、事業運営の意義は全くない旨指
摘されている。さらに、この監査報告書では、エセックスハウス・ホテルの問題解
決なくしては、JDCの経営の建て直しはあり得ず、同ホテルについては、経営の
メドが立たない場合には、たとえ、現在、損失を被ることがあっても、エセックス
ハウス・ホテルを売却し撤退を行ってでも、今後被る莫大な損失を防止すべきであ
る旨指摘されている。同ホテルはニューヨークにあり、昭和六〇年、JDCが、マ
リオネット社から一億七五〇〇万ドル(当時の為替レート一ドル=二四〇円で換算
すると四二〇億円)で購入したものであるが、その際、JDC自ら不動産鑑定機関
の正式鑑定書を取得することなく、ファースト・ボストン社の略式鑑定のみで、マ
リオネット社の破格の言い値で購入している。また、有効な資金調達が確保されな
いまま、無謀にも見切り発車した結果、日本生命その他から合計一億七五〇〇万ド
ルの多額かつ高利(八〇パーセントに当たる一億四五〇〇万ドルを日本生命から平
均年利一二パーセントで借入れ)の借入債務を背負うことになった。こうして購入
したエセックスハウス・ホテルの損益分岐点は一〇〇パーセントを超え、年中満室
でも(昭和六二年当時の客室稼働状況は七〇パーセント程度)赤字で、資金的にも
借入金返済どころか、営業を続ければ続けるほど借金と損失が増大するのみで、事
業経営の意味は全く見あたらない状況であった。
 ところが、この監査報告の指摘・提言は全く無視され、JDCは、平成元年に
は、五四〇〇万ドルの見積もりで同ホテルの改修工事を行い、超過分としてさらに
一億四一〇〇万ドルの費用をかけており、その総コストは購入価格の倍以上にも上
った。
 また、被告は、平成元年に米国へのホテルへの投資会社としてPWC社(PAC
FIC 
WORLD CORPORATION)を、米国に資本金二〇〇ドルで設立した。
被告は存亡の危機と叫びながら、他方でPWC社設立当時に約一九一億円の投資を
行い、平成四年にはさらに約六二億円もの投資を行っている。被告の説明によれ
ば、この六二億円の投資の目的は、主にエセックスハウス・ホテルの改装資金及び
米国の高利返済に充てるというものである。つまり、PWC社は、このホテルの赤
字補填のためのトンネル会社なのである。
 このようなおよそ不要・不急の投資活動を改めることを組合が指摘しているにも
関わらず、被告は真摯にその努力をせずに、安全性に影響を及ぼす本件就業規程の
変更をいとも安易に強行しているのである。
 被告は、日航開発(JDC、現ジャルホテルズ)が「ホテルを世界的に展開しよ
うとするならアメリカでの知名度を得ることが不可欠」として、自己資金も用意で
きないのに、今後も不動産価格が上昇し資産価値が高くなると見込み、短期間にエ
セックスハウス(ニューヨーク)、日航サンフランシスコ、日航シカゴ、日航香港
などを所有直営方式でホテル事業を展開してきた。中でもエセックスハウスは莫大
な資金を投入し、大きな損害を受けた買い物であった。高級ビルでも一平方メート
ル当たり三二〇〇ないし五四〇〇ドル(五番街のティファニーでも六五〇〇ドル)
が相場と言われる中で、場所的にも劣り、建物も老朽化(一九三二年建設)してい
るものを、マリオネット社の言い値で、一平方メートル当たり、一八〇〇〇ドルで
購入したのである。一室二〇〇ドルで年中満室としても五九三室のエセックスハウ
ス・ホテルでは年間収入は五〇億円程度であるのに、高金利の米国では、三億七〇
〇〇万ドルの借入利息だけで五〇億円に達することになり、ホテルの維持管理費や
人件費を捻出できず、運営すればするほど赤字が膨らむばかりであることは、監査
役が指摘するまでもなく、明らかである。他の米国のホテルも同様である。米国の
日航ホテルが総じて日本の日航ホテルよりも稼働率が低い実績を見ても、アメリカ
を中心とするホテル展開は、採算を度外視する無謀なものである。
 なお、監査役の指摘どおり、その後エセックスハウス・ホテルは赤字を出し続
け、被告は、平成九年六月二七日、JDCに対し、なおも三一九億円に上る財務支
援を行い、その他修理、運営維持費用を合わせて九〇〇億円以上もかけながら、結
局平成一一年一月
二四日に米ホテル運営会社に二億五〇〇〇万ドル(二八五億円)で売却することを
発表した。
(7) 常電導磁気浮上式鉄道(HIGH SPEED SURFACE TRA
NSPORT(HSST))
 被告は、昭和四七年から都心=成田空港間のアクセスとして、HSSTを開発し
てきが、昭和六〇年に、それまで約五二億円を投下していたHSSTの一切の技術
等を、一億二〇〇〇万円で株式会社エイチ・エス・エス・ティに譲渡した。しか
し、エイチ・エス・エス・ティは事業化のメドがたたず、しかも開発資金の大半を
借入金に頼っていたために、負債は平成四年九月頃の時点で約九〇億円にまで膨れ
上がり、その経営は行き詰まった。その結果、平成五年一月同社の負債を整理し、
同社の営業権・特許権を引き継ぐ新会社エイチ・エス・エス・ティ開発株式会社を
設立した。同社の設立に当たって、被告は、二五億八〇〇〇万円を出資した上、エ
イチ・エス・エス・ティ社が抱えていた債務のうち、約八億四〇〇〇万円の債権を
放棄した。
 かかる巨額の投資を行ったことについて、被告は、「新会社エイチ・エス・エ
ス・ティ開発株式会社は、愛知県東部・横浜ドリームランド線などの大型誘致案件
を中心に、受注・建設を推進し、実現性の高い国内プロジェクトへの技術販売・建
設請負による収入を前提とし、平成八年度には単年度黒字化、二〇〇〇年には累損
一掃、さらに二〇〇一年には五パーセント程度の配当を開始する計画である」旨の
説明をしている。
 しかし、HSSTそのものの技術については運輸省からの事業認可という形での
承認は得ているものの、実際に運行させるとなると、軌道の設置等について建設省
や自治体の承認が必要となることから、そのまま事業化するには多くの問題を解決
しなければならず、この事業が被告に貢献利益をもたらすような事業体になるまで
に長期間を要するのは明らかであり、被告の主張する「未曾有の経営危機」という
事態のもとで、さらに巨額の追加投資を必要とする事業計画を続けながら、他方に
おいて、安全性に深刻な影響をもたらす本件就業規程を変更する合理的必要性は存
在しない。
 なお、国内誘致の案件について、被告は、平成四年、HSSTについて「新技術
の優位性は既に多くの関係者から高く評価されており、(愛知県東部丘陵線と横浜
ドリームランド線については)HSSTの採用を既に正式に決定しています」と文
書で説明
している。しかし、東部丘陵線について、愛知県は、「現在機種選定委員会でHS
ST、新交通システム、モノレールの三機種で選定作業を行っている。夏頃決定さ
れる予定」(企画部交通対策課平成一一年四月時点)と説明しており、「既に正式
に決定」などされていない。
 また、ドリームランド線について、横浜市は、「数年前にドリーム開発からドリ
ームランド線(以前はモノレールが走っていた)をHSSTに施設変更したいとい
う申請があった。しかし、ドリーム開発の親会社のダイエーは経営が厳しく新規投
資ができない状態で、計画は足踏み状態」(都市計画企画調査課)としており、実
用化のメドは全く立っていない。
 そして、平成九年度決算では、エイチ・エス・エス・ティは二〇億五〇〇〇万円
の損失を計上し、その資産価値は五億三〇〇〇万円まで低下している。これこそ事
業としての将来展望がないことを示している。
(8) PPH(PAN PACIFIC HOTELIERS INC)
 被告は、米国ハワイ州オアフ島西海岸のコオリナ・リゾートの開発・経営を目的
として、昭和五三年四月一八日設立のPPHを昭和六三年三月に買収して、同社を
被告の子会社にした(これらのために平成二年度に三五億円、平成三年度にも九五
億円もの巨大な投資をしている。)。ところが、コオリナ・リゾートについては、
コオリナ・ゴルフ場(平成二年)とイヒラニ・リゾート&スパホテル(平成五年)
のみ完成したものの、ショッピングセンターについては着工さえ未定となったまま
事実上放置され、有効な投資活動になっていない。
 被告は、運営も軌道に乗りつつあると主張するが、利用者が増えることはなく、
PPHは平成九年度決算で、二一〇億三四〇〇万円を損失として計上し、被告とし
ての資産価値はゼロとなった。そして、平成一〇年の一月に機長組合・先任航空機
関士組合との合同経営協議会の席上、P54副社長は「PPHは下血状態だ。」と
説明するに至った。「JDC監査報告」を蔑ろにしてのこの失敗は、厳しく追及さ
れねばならない。
(四) 被告の放漫経営のその後の実態
 乗員組合や監査役の指摘、警告を無視し続け、一度計画したら周りを見ることな
く突っ走る無為無策の経営の果てに待ち受けていたものは、一五〇〇億円を越える
巨額の内部留保の取り崩しによる、累積損失の一掃である。
 平成一〇年三月一九日に経営協議会が行われ、被告は、平
成九年度業績を下方修正し、併せて「98-2001年度中期計画」を発表した。
その内容は、ホテル・リゾート等の関連事業損失九七〇億円を特別損失として計上
し、被告本体の累積損失五七六億円と合わせて、一五四六億円の損失を資本準備金
等を取り崩し一掃するというものである。平成九度損益計算書をみると、損失処理
計算書で任意積立金、利益準備金、資本準備金を合計で一五一七億円取り崩してい
ると表示されている。これに伴い関連事業の見直し・整理を行い本業集中を図ると
いう計画であった。
 被告は、資本準備金について、「株主から預かった資金であり勝手に取り崩せな
い」等と主張していたが、自己資本として扱われ、配当義務もないことから、株主
が払い込んだ資本の一部というよりも、株式で得た利益の内部留保というべきで、
平成九年度決算でその性格が明確になったと言えよう。このことは図らずも、これ
ほどの損失をたった一回で一掃してしまうほどの経営体力を「危急存亡の危機」
「倒産の危機」の中にあるはずの被告が持っていたことを図らずも証明することと
なった。
 しかも、平成九年度の有価証券報告書をみると、「関連事業評価損」と記載され
ており、この損失は本業での失敗ではなく、関連事業での失敗が原因であることが
明らかである。例えば、右有価証券報告書に掲載された子会社・関連会社における
評価損によれば、一〇社に上る各関連会社の損失金額は、合計六〇七億三〇〇〇万
円にも上っている。被告はこうした数々の放漫経営の失敗のツケを巨額の内部留保
の取り崩しで帳消しにしたのであるが、子会社・関連会社を乱立させ、そのほとん
どを経営不振に陥らせた被告の責任は重く、従業員へのしわ寄せなど許されるもの
ではない。
五 乗務時間・勤務時間について
1 変更の必要性の内容及び程度
(一) 総論的主張
(1) 被告の主張
 被告は、業績が悪化し、構造的な高コスト体質を改善して国際的な競争力を強化
するために、本件就業規程を変更した。勤務協定の定める勤務条件は、当初の協定
締結以降の路線便数や機材構成の変化に対応した見直しが全く行われないままであ
ったため、実情に馴染みにくく、硬直化しており、運航乗務員の効率的な起用の障
害となっていた。そこで、制限を緩和することによって、より弾力的、効率的な運
航乗務員の活用を可能にし、生産性を高めてコスト競争力の強化を図ろうとしたも
のである。
(2) 原
告らの主張
 右被告の主張は争う。
2 変更後の不利益性の内容及び程度並びに変更後の内容自体の相当性
(一) 不利益の内容及び程度
(1) 総論的主張
ア 原告らの主張
 乗務時間・勤務時間制限についての本件就業規程の変更の内容は、前記(第二、
一、5)のとおりである。変更後の本件就業規程の乗務時間・勤務時間制限は、運
航乗務員の疲労という観点から安全性に著しい影響を及ぼす点で問題があり、その
内容自体が相当ではない。
 変更後の本件就業規程では、前記のとおり、連続する二四時間の枠がなくなった
うえ、単純にみても一日の労働時間の延長となる点がある。
 勤務協定における乗務時間又は勤務時間制限は、ジェット機導入時に中央労働委
員会の斡旋案(昭和三六年三月三〇日)に基づいて締結された。当時に比べ航空機
の性能の進歩はあるものの、乗務時間に大きく影響する巡航速度は、それほど向上
しておらず、逆に航続距離が延びているため、従来途中の経由地で休養を取ること
ができた路線でも直接目的地に向かういわゆる直行便が増加している。したがっ
て、時差の影響を受ける度合いが高く、また一回の乗務当たりの勤務時間が長くな
っている。さらに、航空機の性能向上により、より悪天候下での運航が可能となっ
ており、特に離着陸時に乗員が受けるストレスは増大している。このような観点か
らも、今回の乗務時間又は勤務時間の延長は、乗員の健康に与える影響が大きく、
運航の安全性に直接影響を与えることが危惧される。
 運航の安全性の低下は航空労働者が受ける不利益そのものである。
イ 被告の主張
 今回の改定によって制限が緩和されたのは、シングル編成の予定着陸回数が一回
及び二回の場合の乗務時間及び勤務時間、同四回の場合の勤務時間とマルティプル
編成の乗務時間である。シングル編成においても予定着陸回数が三回の場合の乗務
時間及び勤務時間、同四回の場合の乗務時間については何ら変更はないし、マルテ
ィプル編成の勤務時間についても変わりはない。また、シングル編成の予定着陸回
数一回及び二回の場合であっても、その出頭時間帯が二二時から五時五九分につい
ては従来の制限と同じである。
 本件就業規程の改定により乗務時間及び勤務時間の制限が緩和され、従前に比べ
れば、より長時間の乗務及び勤務を命ずることができるようになったこと等はある
が、その変更の本質は、月間の所定就業時間も休日も何ら変わって
いない中で、服務の態様や休日の付与の態様等に関する基準に変更が生じたという
ものであって、子細に見ればその不利益性はほとんど問題にならない。
 不利益性の有無及び程度については、問題とされる乗務及び勤務が当該運航乗務
員に対してどの程度一過性及び累積性の疲労の増大をもたらすのか、それに対する
配慮がどのようにされているのか、そのような乗務及び勤務がどの程度現実にある
のか等を総合的に判断すべきである。その観点から見ると、原告らの主張は不利益
性を過大に見せかけようとしているといわなければならない。
(2) 従来の路線別協定における上乗せ条件について
ア 原告らの主張
 従来、乗務・勤務時間の制限を超える長大路線については、個別の労働協約によ
り上乗せの条件を付して乗務したり(「路線別了解」)、完全な交替要員を乗務さ
せるダブル編成にしたりするなどの方策(「路線別協定」)をとっていたが、変更
後の本件就業規程は、従来の路線別協定をすべて満足しているものではなく、休養
時間削減のみならず、乗務パターンによっては、基地帰着後の休日が減少する場合
もある。被告は乗務時間・勤務時間制限の延長により、これらの上乗せ条件もすべ
て否定することができるようになる。すなわち、長距離路線の場合、勤務協定の基
本取り決めである一二時間の休養のみが確保されていたのではなく、従来から路線
別協定等により別途休養が確保されていた(ニューヨーク、ヨーロッパ等では二
泊、サンフランシスコや冬期のホノルルでは二四時間等)が、本件就業規程の変更
により休養時間が削減された。この点での不利益も大きい。
 例えば、成田→ニューヨーク便の乗務に就く場合、過去はアンカレッジ経由とな
っていた。運航乗務員は、成田→アンカレッジ便の乗務後、アンカレッジで休養を
取り、翌日以降のアンカレッジ→ニューヨーク便の乗務に就く乗務パターンとなっ
ていた。この場合、乗務員は成田→アンカレッジ間の時差六時間をアンカレッジの
休養で、アンカレッジ→ニューヨーク間の時差四時間をニューヨークの休養で調整
していた。ところが、航空機の航続距離の向上により、成田→ニューヨーク直行が
可能になり、運航乗務員は、成田→ニューヨーク間の時差一〇時間をニューヨーク
の休養で調整することになる。このニューヨーク直行便が開始された際に締結され
た路線別協定では、乗務時間の長さやこの時差等の影響を考慮して
、「いずれか一方(成田→ニューヨーク又はニューヨーク→成田)を乗務する場合
のニューヨークにおける休養は、原則として二泊とするものとする」と規定されて
いた。したがって、往路又は復路が乗務、デッドヘッドに係わらず、ニューヨーク
における休養は二泊(通常四六から四八時間)が確保されていたが、変更後の本件
就業規程では、乗務時間が九時間を超える場合、その時間に応じて一二時間に加え
て六時間ないし一二時間の休養時間を予定すると規定されているが、この規定及び
深夜乗務に係る規定を適用すると、往復乗務の場合、ニューヨークにおける休養時
間は、現在(平成六年冬期ダイヤ)の運航スケジュールで二六時間から二七時間と
なり、運航スケジュールの設定の仕方によっては、ニューヨーク一泊で折り返し可
能となる。また、右規定はデッドヘッドの場合には適用されないため、往路又は復
路が便乗の場合、ニューヨークにおいて一二時間の休養時間で折り返し乗務又はデ
ッドヘッドが可能となる。さらに、改定後の本件就業規程では、遅延等が発生した
場合は一〇時間の休養で次の勤務を可能としている。これらは明らかに不利益な変
更である。
イ 被告の主張
 改定後の本件就業規程は、休日数や休養時間など従来の路線別了解、路線別協定
の基本内容が維持されるように配慮されている。
(3) 二四時間の枠がなくなったことの不利益性
ア 原告らの主張
 従来はたとえ休養地又は宿泊地で一二時間以上の休養を取ったとしても、休養時
間を挟んだ前後の勤務がきつい場合、任意の連続する二四時間で制限にかかるため
必然的に前日の勤務を前にずらすか又は、翌日の勤務を後ろにずらさなければなら
なかった。その結果、きつい勤務ほど一二時間に上乗せされた休養時間が確保され
た。しかし、改定就業規程では、この連続する二四時間の制限が削除され、一二時
間の休養時間(イレギュラー時は一〇時間)の前後の勤務は、時間制限を適用する
に当たり通算されないため、この上乗せ分の休養時間が削減されることになった。
 この「二四時間中の乗務時間の制限」は、被告が主張するとおり、休養時間の付
与自体を意図したものではないが、任意の連続する二四時間の中で最大乗務時間九
時間・勤務時間一三時間(シングル編成の場合)以上の勤務には就かせることがで
きないという制限によって、乗務員の一過性の疲労の蓄積を防止するための枠であ
り、それ以上の乗務に
就けないということから休養時間が発生していたことは事実であって、そのこと自
体、乗員の健康と航空の安全にとって極めて重要なことであった。
 被告は予定着陸回数一回の場合を例に挙げて、「九時間の乗務を行った場合の勤
務時間はプラス二時間で一一時間(であり)、それに前後の地上輸送時間(各三〇
分)を加算しても・・・二四時間の中で一二時間の休養を確保できていた。」とし
て、この「二四時間枠」が「一二時間の休養」と関連しているかのごとき説明をし
ているが、これは正しくない。すなわち、乗務前の勤務時間(ブリーフィングタイ
ム)、乗務後の勤務時間(デブリーフィングタイム)は、空港及び路線ごとに決め
られており、例えば成田→サンフランシスコ線の場合、乗務前一時間四五分、乗務
後三〇分と決められており、合計で二時間一五分となる。これに協定上の乗務時間
制限の上限である乗務時間九時間の便に乗務した場合の勤務時間は一一時間一五分
となって、被告の理論によれば、前後の地上輸送時間(各三〇分)を加えた場合、
従来から連続する二四時間の中で一一時間四五分の休養時間しか確保できていなか
ったことになる。
 さらに、従来の勤務時間制限は一三時間であるため、被告の理論では一三時間の
勤務を行った場合、前後の地上輸送時間(各三〇分)を考慮すると、初めから一〇
時間の休養時間しか確保できないことになる。
 これらのことから明らかなように、被告の乗務時間制限を一一時間に延長するに
あたって従来保護されていた一二時間の休養が削減されるのを避けるために「連続
する二四時間中の制限を廃止した」とする説明は根拠がない。
 従来から次の乗務につく前に与えられていた一二時間の休養時間(路線によって
は二泊あるいは二四時間)は、乗務、勤務時間制限によって与えられていたのでは
なく、それ以外の規定によって確保されていたのである。すなわち、従来の協定で
は、「宿泊地における休養は少なくとも一二時間とする」(路線によっては、路線
別協定等により二泊とする等)と決められており、これによって最低限の休養時間
が確保されていた。
 さらに被告は、「休養時間については長時間乗務・深夜乗務を考慮した休養時間
の加算措置を講じているので、上乗せ分の休養がなくなったとしても、それをもっ
て不利益ということはできない」と主張するが、これも論理のすりかえである。
 原告らが問題としているのは、主に
短距離国際線あるいは国内線の乗務についてであり、これらの乗務については会社
の主張する「休養時間の加算措置」は適用されない。又、「休養時間の加算措置」
が適用される長距離国際線あるいは徹夜便の乗務については、従来から路線別協定
や確認書等により一二時間ではなく、二泊や二四時間等の休養が確保されていた。
 二四時間の枠づけの下での従前の乗務時間・勤務時間のために「それ以上の乗務
につけないことから発生する休養」は、それ自体、前述のように極めて重大な意味
を持っている。被告の主張する「休養時間の加算措置」は何らこれに代替・補完し
うるものにはなっていない。
 被告は「旧協定上可能であった(予定の段階で)一二時間未満の休養を挟む勤務
の中には、変更後の本件就業規程では実施できないものもあり、結果的に休養時間
を増加させる方向に働くものもあり得る」と主張するが、これは誤りである。
 この「一二時間未満の休養」の根拠として、被告は勤務協定Ⅱ-16(2)の但
着イを挙げて、(勤務協定においても)「宿泊地での休養時間の最低基準は設けら
れていない」などと主張しているが、後記のとおり、本ただし書は、その「ただし
書」としての規定の仕方からも、制定の経緯からも、規定の内容からしても、イレ
ギュラーの場合を想定しての規定であることは明らかであり、従来の勤務協定の下
では、予定の段階から「一二時間未満の休養を挟む勤務」など認められるべきもの
ではなかった。
 以上述べて来たように、被告が「連続する二四時間」の制限を廃したのは、二四
時間制限のためにそれ以上乗務につけない制限を外し、一二時間の休養をとれば、
いかなる過密な勤務でも予定できるようにすることが目的であるといわざるを得な
い。
 また、被告は「運航規程上の『連続する二四時間』の枠は従来と変わりがなく、
(略)就業規程の改正後もこれに反しない運用をしている」と、運航規程に反しな
ければ問題はないかのように主張するが、運航規程のみでは到底安全の確保はでき
ない。ゆえに、従前、会社とと組合間で協議をつみ重ね、就業規程や各種の協定を
結び、より細かな枠組を作って安全確保に努めて来た。被告はこれらの協定等を一
方的に破棄し、機長組合、乗員組合、先任航空機関士組合の反対を無視して本件就
業規程の改定を強行した。
イ 被告の主張
 本件就業規程の変更により、規制対象となる一連の乗務のとらえ方について、
旧協定では「連続する二四時間中の乗務・勤務」とされていたものを、前後に予定
された「連続する一二時間以上の休養」によって枠付することに変更された。すな
わち、一二時間休養から一二時間休養までを「一連続の乗務に係わる勤務」とし
て、乗務時間・勤務時間を規制することとなった。
 このような変更を行ったのは、従来の「連続する二四時間中の乗務・勤務」とい
う基準のままで時間制限の緩和を行うと、長時間の乗務後に短時間の休養をとった
上でなお連続して乗務を予定することが可能となるため、次の一二時間の休養を予
定する地点までの勤務を一連続の勤務として制限対象の枠付をすることによって、
それを回避するためのものであって、この変更そのものがもたらす実質的な不利益
はない。
 例えば、シングル編成で予定着陸回数が一回の場合、従来の乗務時間制限は九時
間であるから、九時間の乗務を行ったとすると勤務時間はプラス二時間で一一時
間、それに前後の地上輸送時間(各三〇分)を加算しても、その一連の勤務開始か
ら二四時間の中で一二時間の休養時間を確保できる。すなわち、九時間乗務を引き
続き行っても、連続する二四時間の中で一二時間の休養が確保できていた。ところ
が、乗務時間制限が一一時間まで緩和された結果、一一時間の乗務を行うと、勤務
時間は一三時間となり、休養施設への地上輸送時間を考えれば一連の勤務開始から
二四時間の中では一〇時間の休養しか予定できないことになる。そして一〇時間の
休養をとったままで引き続き一一時間の乗務に係わる勤務を予定しても、「連続す
る二四時間」の制限には違反しないことになる。
 すなわち、従来の連続する二四時間中の制限のままで、乗務時間・勤務時間制限
を緩和すると、休養時間が削滅され得ることとなるのである。よって「連続する二
四時間」という枠組みを止め、乗務時間・勤務時間制限の対象を前後の一二時間以
上の休養で枠付することとし、一連の乗務が終了した後、次の乗務につく前には、
スケジュール上で一二時間以上の休養が確保されるシステムに改定した。
 これに対して原告らは、「連続する二四時間」の枠が廃止されたことによって、
従来と比較して不利益となる旨を主張するが、原告らがいう休養時間の「上乗せ」
とは、一連の乗務における時間制限のためにそれ以上の乗務に就けないことから発
生する休養に過ぎず、休養の付与自体を意図したものではない。変更後
の本件就業規程では、時間制限を緩和する一方で、休養時間につき後述のように長
時間乗務・深夜乗務を考慮した休養時間の加算措置を講じていることを併せ考えれ
ば、原告らのいう「上乗せ分」の休養がなくなったとしてもそれをもって不利益と
いうことはできない。
 また、「連続する二四時間」の枠を「一連続の乗務に係わる勤務」の枠に変えた
ことによって、運航乗務員が従来実施可能であった勤務から免れ得る場合もあり、
不利益性のみを論ずる原告らの主張は一方的であると言わざるをえない。例えば、
旧協定上可能であった一二時間未満の休養を挟む勤務の中には、変更後の本件就業
規程では実施できないものもあり、結果として休養時間を増加させる方向に働く場
合もあり得る。
 なお、この「連続する二四時間」に関連し、原告らは、休養時間は「宿泊地」で
あれば一二時間以上が必要であると主張するが、後記のとおり、宿泊地での休養時
間の最低基準は設けられていない。
(4) シングル編成一回着陸の場合
ア 原告らの主張
 被告は、シングル編成で予定着陸回数一回の場合の乗務時間制限を九時間から最
大一一時間に、勤務時間制限を一三時間から最大一五時間に延長したことにより、
従来交替要員を乗務させマルティプル編成で運航させていた太平洋及びオセアニア
のほとんどの路線をシングル編成にして、交替要員を削減している。
 これによって、サンフランシスコ→東京の場合、従来はマルティプル編成であっ
たことから交替要員がおり、交互に飛行中三時間ないし三時間三〇分程度の休息が
得られていたが、本件就業規程の改定後はシングル編成で全く休息なしに乗務時間
一一時間、勤務時間一五時間もの勤務を強いられることになった。
 平成六年度冬期ダイヤにおけるサンフランシスコ→成田線(〇〇一便)は乗務時
間制限一一時間に該当し、その乗務ダイヤは一〇時間五五分であり、成田→オーク
ランド線は乗務時間制限一〇時間三〇分に該当し、その乗務ダイヤは一〇時間二五
分であり、オークランド→成田線は乗務時間制限一一時間に該当し、その乗務ダイ
ヤは一〇時間四五分であり、それぞれ、乗務ダイヤでぎりぎりの乗務が行われ、実
際の乗務ではかなりの割合で、右乗務時間制限をオーバーしている。
 被告が行った制限時間の改定は、こうした交替要員を削減することを意図したも
のであり、交替要員の削減は前述のような労働強化、労働時間の延長を生み出す

 この乗務時間中は、乗員は常に操縦に従事しており、休息を取ることは許されな
い。
 NASAの研究・調査においては、乗組員三名による九時間乗務においてすら、
マイクロスリーブが多くみられ、かつ反応時間が確実に遅れるといった疲労の実態
が明らかにされているのであって、これと比較しても、一一時間に及ぶ乗務が、疲
労により覚醒度の点でも反応等の能力の点でも大きな低下をもたらすことは明らか
である。疲労がたまって来た最後に乗員にとって一番神経を集中させる着陸を行わ
なければならない(航空機の事故発生率は離着陸に集中している)ことを考えれ
ば、今回の乗務時間延長が、単に「時間延長」という以上に、乗員に対する不利益
と運航の安全にもたらす危険が大きいことが明白である。このことは、長距離路線
の事故発生率が短距離路線のそれに比べて二・八三倍との報告(甲第五号証)や過
去のアメリカ国家運輸委員会の事故調査委員会の報告書(甲第七三号証)からも明
らかである。
 被告によるこれら制限時間の延長は、前述のように太平洋路線及びオセアニア路
線に交替要員を乗務させずに運航させることを目指していて、科学的かつ客観的な
データに基づいて求められたものではない。
イ 被告の主張
 予定着陸回数(一回ないし四回)別に、着陸回数が増えるにつれて制限時間が縮
小される決め方は変わりないが、最大の時間枠である予定着陸回数一回の場合につ
いて、乗務時間九時間、勤務時間一三時間をそれぞれ一一時間、一五時間に変更
し、これに伴い、各予定着陸回数に対応した制限時間を見直したこと、これに加え
て各予定着陸回数ごとに出頭時間帯別の制限時間をきめ細かく設定することにした
のが主な変更内容である。この結果として、予定着陸回数一回の場合最大で二時
間、同二回の場合で一時間の枠拡大(緩和)が生じたが、全く変更をみないパター
ンもある。すなわち、予定着陸回数が三回の場合には乗務時間、勤務時間とも全く
変りなく、同四回の場合も乗務時間には変わりが無く勤務時間が一時間緩和された
ということであるし、予定着陸回数一回、二回の場合でも出頭時間帯が二二時~五
時五九分では従来と変わりが無い。
 ところで、規程上でも、これらの時間制限は二名編成機か三名編成機かの編成の
別に拘わりない定め方になっており、その点外形上には変更がないのであるが、運
航規程の定めにより従来二名編成機の場合には乗務時間八
時間、勤務時間一三時間という制限が定められていたので、二名編成機にかかわる
実質的変更幅は乗務時間で三時間、勤務時間で二時間の緩和になる。
 なお、時間規制の対象となる一連の乗務のとらえ方を「連続する二四時間中の乗
務・勤務」から「連続する一二時間以上の休養(予定)」によって前後を画された
乗務・勤務に変更されたが、この変更そのものがもたらす実質的な差異はない。
(5) シングル編成二回以上着陸
ア 原告らの主張
 シングル編成の場合の予定着陸回数二回以上の場合の乗務時間・勤務時間制限の
延長(勤務協定Ⅱ-9(1)。就業規程一〇条2項)は、従来一回しか予定できな
い主に中距離路線の乗務を二回に、従来三回しか予定できない主に短距離路線の乗
務を四回予定することができるようにすることを意図している。
 これによって、例えば香港路線の場合、従来片道の乗務で香港に宿泊し、一日日
の勤務時間七時間〇〇分、二日日の勤務時間が五時間五五分であったものが、今回
往復乗務とされ、一日の勤務時間は一二時間二〇分(JL七三一/〇六四又はJL
七三三/七三四の場合)もの勤務を強いられるのであり、これらは労働時間の延長
そのものである。
 香港線以外でも、例えば成田→マニラ線の乗務に就く場合、成田マニラの乗務時
間が四時間四〇分、マニラ→成田が三時間五五分(平成五年冬期ダイヤ)のため、
往復乗務を取った場合、乗務時間八時間三五分、勤務時間一二時間二五分(勤務開
始〇八時一五分、勤務終了二〇時四〇分)となり、乗務時間制限八時間三〇分を超
えるため、従来はマニラで宿泊し翌日マニラ→成田の乗務に就く乗務パターンとな
っていた(この場合の勤務時間は、六時間四〇分及び六時間一〇分)。ところが改
定された規定では、乗務時間制限が延長されたため、往復の乗務が可能となり、一
日当たりの労働時間がほぼ倍増したことになる。
 さらに予定着陸回数が四回の場合、乗務時間制限六時間は変更されていないが、
勤務時間制限が一○時間から一一時間に延長されている。これにより、従来実施不
可能であった福岡→ソウル→小松→ソウル→福岡等の四回着陸の乗務パターン(平
成六年夏タイヤ)が可能となった(乗務時間五時間四五分、勤務時間一〇時間五
分)。
 以上見て来たことからも、これらの時間延長の基準が、科学的、客観的なデータ
に基づいて求められたものではなく、その発想の出発点が、予定着陸回数二
回の時は、主に東南アジアの中距離路線で往復又は二区間の乗務を可能とするため
に、予定着陸回数四回の時は、国内線及び韓国線で四区間乗務を可能とする基準と
して得られていることは明らかである。
 被告は、原告らが、香港路線など従来片道の乗務で宿泊していたものが今回の改
悪で往復乗務とされたことを指摘し問題にしているのに対して、「当該日の勤務の
みを微視的に抜き出してみれば労働時間が増えたことになるかもしれないが、変形
労働時間制の下で特定の日の労働時間の長短を論じても何の意味もない」などと主
張するが、例えばマニラ路線のように従前不可能であった一日での往復乗務パター
ンが可能となり行われるようになったということは、単に一日当たりの労働時間の
増加に止まらず、月間乗務時間等の枠はあるものの、その枠の範囲内での労働密度
の強化、労働時間の増加につながることは当然である。それに、たとえ「特定の日
の労働時間」が長くなるだけだと主張しても、その一日の長時間の労働・乗務によ
る疲労により運航の安全性が低下する危険があるのであって、それを「何の意味も
ない」などと片付けられるものではない。
 また、被告は、「法が明確に規制しているのは連続する二四時間中の乗務時間制
限である。被告においても、安全基準として予定着陸回数別の乗務時間制限が必要
とは考えていない。」と述べているが、その根拠とするものは、「法の規制を受け
ていない、だから運航規程にも定めがない。よって安全の基準とはならない。」と
いう、全く実質的な検討を何一つ行おうとも考えておらず、およそ根拠ともいえな
いものである。
 以上見て来たことからも、これらの時間延長の基準が、科学的、客観的なデータ
に基づいて求められたものではなく、その発想の出発点が、予定着陸回数二回の時
は、主に東南アジアの中距離路線で往復又は二区間の乗務を可能とするために、予
定着陸回数四回の時は、国内線及び韓国線で四区間乗務を可能とする基準として得
られていることは明らかである。
イ 被告の主張
 本件就業規程の変更により、何らの変更を見ない深夜の出頭時間帯以外では、出
頭時間帯が八時から一四時五九分のパターンにおいて乗務時間、勤務時間が各一時
間長い九時間三〇分、一四時間になり、その余は各三〇分長くなったが、法が予定
着陸回数ごとの制限の強化を求めていない中で、乗務時間に関する最大基準の一一
時間が、前述のとお
り安全上何ら問題のないことが明らかであるからには、着陸回数が一回増えたこと
によって出頭時間帯の各パターンごとに乗務時間で一時間三〇分、勤務時間で一時
間それぞれ制限したという内容の妥当性には疑問の余地がないというべきである。
ちなみに、変更以前においては、予定着陸回数一回の場合と、二回の場合との差
は、乗務時間で三〇分、勤務時間で○分であった。
 原告らは、香港路線その他を例に挙げて、従来は一日に片道ずつの勤務であった
ものが本件改定によって往復乗務を命じ得るようになったが、これは労働時間の延
長そのものであるとともに、これらの時間延長は、科学的・客観的データに基づく
ものではなく、乗務員の労働を強化し、航空の安全を危うくするものであると主張
する。
 被告は、合理的根拠もなくやみくもに乗務時間・勤務時間の制限を緩和したとい
うものではなく、客観的に妥当な水準を見極めて行ったものである。時間制限を緩
和したのは運航乗務員のより弾力的、効率的活用を可能にするものであるから、そ
の目的にかなった運用が現実になされていても異とするには当たらない。その結
果、従来に比べて変わったパターン、あるいは時間が延びたパターンについて、当
該日の勤務のみを微視的に抜き出してみれば、労働時間が増えたことになるかもし
れないが、変形労働時間制の下で特定の日の労働時間の長短を論じても何の意味も
ないことであり、休日数の付与や、勤務の実際を見れば、「乗務員の労働を強化
し、労働時間を延長して航空の安全を危うくするもの」などというのは本件改定の
本旨をゆがめるものである。
 シングル編成三回及び四回着陸については、ここで変更を見ているのは予定着陸
回数四回の場合の勤務時間が一時間増えて一一時間となった点のみで、予定着陸回
数三回の乗務時間・勤務時間と同四回の乗務時間には全く変更がなく、しかもその
結果、予定着陸回数三回の乗務時間は同二回に比べて二時間ないし一時間半短くな
った(深夜の出頭時間帯を除く)のであるから、全く問題視する余地がない。
(6) マルティプル編成
イ 原告らの主張
 マルティプル編成の乗務時間制限一四時間から一五時間の延長(勤務協定Ⅱ-9
(2) 就業規程一〇条3項)は主に従来ダブル編成で運航していたアメリカ東海
岸に対応するための改定である。
 乗務時間一四時間三〇分の乗務を例にとって説明すれば、従前の協定であれば、
ダブル編成に
よればパイロット一人当たり七時間一五分の乗務と機内の寝台を使用して実質約六
時間以上の休息時間が与えられていた(離着陸は可能な限り操縦室で着席するよう
に定められているため、このうち約一時間は休息できない)。しかし、今回の改定
ではマルティプル編成に変更されたため、一〇時間の乗務と実質約三時間半程度の
休息となった。このような乗務時間の延長はシングル編成における乗務時間の延長
と同様、覚醒度の低下を引き起こし、安全に影響を与えるものであることは明らか
である。
イ 被告の主張
 マルティプル編成に関しては、旧協定下において乗務時間が一四時間・勤務時間
が二〇時間と定められていた制限を、乗務時間について一五時間と一時間長くした
(勤務時間制限は変わらず)ものである。二名編成機におけるマルティプル編成に
ついては旧勤務協定に定めがなかったので、現実には運航規定上の乗務時間一二時
間、勤務時間一七時間の制限に基づいて勤務が行われていたが、これと対比する
と、乗務時間三時間、勤務時間三時間の緩和となった。
 右の変更後の内容は、平成五年二月二〇日付けで改定された運航規程と同一内容
であるが、後記のとおり二名編成機と三名編成機のワークロードに差が認められな
いこと、シングル編成における乗務時間が一一時間まで許容され、安全上問題がな
いこと前述のとおりであることを考え合わせれば、交替要員を追加した編成におけ
る一五時間以内の乗務に安全上の不安を認めなければならない要因は全く見当たら
ない。
 原告らは、従来ダブル編成で運航していたアメリカ東海岸の路線がマルティプル
編成に変更されたため、従来は実質六時間以上の休息時間が与えられていたのに現
在は実質三時間半程度の休息になったとし、このような変化が「覚醒度の低下を引
き起こし、安全に影響を与えるものであることは明らかである」と主張しているの
は正しくない。
 なお、原告らが再々援用する前記NASAのP55らの調査では、九時間前後の
フライト中に与えられた四〇分の休憩に大きな効果を指摘している。
(二) 変更後の規定の内容は安全性に問題がないとする被告の主張と原告らの反

(1) 総論的主張
ア 被告の主張
 本件就業規程の変更後の乗務時間、勤務時間制限は、国の安全基準を踏まえて定
められたものであり、国の認可を受けた運航規程の基準の範囲内の内容である。そ
のうち、三名編成機の基準に関しては国際
的に実績がある。
 また、いわゆる新世代二名編成機における運航乗務員のワークロードが在来型三
名編成機におけるそれと比べて同等程度を超えるものでないことは経験上から実証
されているところである。
 これに対して、心理的側面から三各編成の場合より二名編成の場合の方が、より
疲労が高まりやすい旨の主張が出されたりするが、そのような主張には何らの客観
的根拠が認められない。乗務時間が八時間、九時間の範囲ならば、三名編成と二名
編成とで心因的疲労に差違が生じないのに、これが一〇時間、一一時間になると、
その差が生じてくるという科学的データはない。
 被告は、本件就業規程の変更に当たり乗務時間・勤務時間の制限をどのレベルま
で緩和してよいかという点については、これまでの制限の水準、運輸省航空局技術
部長通達による二名編成機の乗務時間制限の緩和とこれに基づく運航規程の改定、
他社の水準等を総合勘案して定めた。
 変更後の基準は運航規程の範囲内のものである。運航規程は安全の基準である。
運航規程は運輸省航空局の示している基準を満たしている。運輸省航空局の基準は
JAPAの報告に基づくものである。三名編成機については国際的に実績がある。
二名編成機についてはJAPAが疲労度の検証を行っており、それは信頼すべきも
のである。また、被告は、変更に当たり乗務員の声も参考にしている。
 勤務条件の変更が運航の安全に影響を及ぼすかどうかは個々の変更内容に即し、
科学的、客観的に検討して判断されるべきことであって、原告ら主張のように一般
的、抽象的におよそ勤務条件の変更は運航の安全に深刻な影響を与えると即断する
ことは合理的な根拠を欠くと言わなければならない。
 また、航空機の性能の向上によって長距離であっても直行が可能になったことは
事実だが、直行便だと必ず時差の影響が大きいとは限らない。直行便の増加が勤務
時間の増加をもたらすとしても、その分休養も長く与えられる。また、乗員の健康
及び安全性への悪影響が大きくなるともいえない。
イ 原告らの主張
 被告は、労働条件変更に伴う具体的な路線における運航検証を一切行っていな
い。
 被告が実際に行ったと主張する検討とは、海外及び国内の同業他社のそれぞれの
基準を極めて限定的に比較したものに過ぎない。
 被告が安全の根拠としているのは、変更後の基準が国の基準の内側であることと
職制乗員から問題とする意見が出され
なかったことでしかなく、客観的・科学的な基準に基づく検証ではない。
 労働協定は安全運航の担保の役割を果たしてきたといえる。そうした労働協約を
一方的に破棄した以上、安全性の低下がないことを被告が証明しなければならない
し、それができない以上、労働条件の変更は認められるものではない。
 運輸省航空局技術部長通達は、連続二四時間中の乗務時間について一二時間とい
う制限時間を設定したに過ぎず、被告が行った勤務時間の延長や、二回着陸時の乗
務時間、四回着陸時の勤務時間、国内線の連続乗務日数の延長等の項目については
一切触れられていない。また運航規程の安全性に関する妥当性の根拠となるものも
示されていない。なお、その際行われたとされるJAPAの検証についても同様で
ある。
(2) 社団法人日本航空機操縦士協会(JAPA、以下第二分冊においては「J
APA」という。))の行った検証は安全性を実証したものといえるか
ア 原告らの主張
 航空局通達の根拠とされたのはJAPAの報告であるが、これについてはその調
査について、次のような問題点がある。
 まず、JAPAでは、三名編成機の乗務時間制限を一二時間と決定した平成二年
の中間報告を出すに当たり、国内の航空会社において、乗務時間一〇時間以上の運
航を行った実績がないにもかかわらず、独自に何の実証的調査も行わずに、依頼を
受けたわずか一箇月後にアメリカの基準に従って右報告を行っている。
 さらに、二名編成機の時間延長の根拠とされた平成五年の最終報告、またそれを
受けて航空局から発行された航空局技術部長通達については、その調査方法、結論
をめぐって国外の研究機関からも疑問・批判がされている。
 本件就業規程の変更による乗務時間制限の変更に至る経過と、JAPAの調査の
問題点等とを併せて考えると、被告は、既に平成二年以前から、シングル編成によ
る二名編成機及び三名編成機の乗務時間をともに一一時間以上に設定しようと計画
し、「JAPAの報告」を根拠に、乗務時間制限の延長を実現すべく、措置を執っ
てきたと推測することができる。
 被告が制限時間の延長のための働きかけを始めたのは、違くとも平成元年末ない
し平成二年一月と考えられるのであり、この時期はバブル期であり、被告の収支も
黒字の時期であった。
イ 被告の主張
 JAPAの「長距離運航にかかわる乗員編成についての検討委員会」は、在来型
三名編成機と
新世代二名編成機をそれぞれの運航乗務員のワークロードや疲労度をほぼ同程度の
長距離運航について調査した結果、両者の間に有意の差は認められないとの結論を
得た。これは十分信頼しうる判断である。
① 原告らが批判の主たる論拠とする論文は三名編成機に対する我が国の乗務時間
制限が一二時間とされている点については何ら批判しようとせず、専ら二名編成機
に対する乗務時間制限の基準を三名編成機のそれと同一にした点を批判しているも
のである。ヨーロッパにおいては乗員と航空会社の代表者との意見が大きく分かれ
たのは二名編成機の飛行制限時間に関する論議であるが、これまでヨーロッパ統合
航空局飛行時間制限研究会(JAA-FTLSG)は二名編成機の飛行時間の制限
を一一時間と提案している旨を報じている。
② 同論文は、JAPAの報告が「新世代2マン機は3マン機と比較して、ワーク
ロードは同等以下であり、疲労については、(略)全体的には有意の差がないこと
が確認された」としていることに関して何の批判もすることなく、「最小の二名編
成での運航においては、二名の乗員が常に操縦に従事し続け、気を張った状態を持
続させることを要求されることになる。そして、交代要員を割り当てることができ
ない長大路線においては、単調になり身体的に不活発な状態を誘発し、問題を生じ
させる恐れがある」などと三名編成機における二名の操縦士と特段変わりもない内
容を挙げる等した上で、「シングル編成二名の乗務員での通常の乗務時間は一〇時
間を超えてはならない」と結論づけているのであるが、そこでは、乗務時間の制限
が何故九時間でもなければ一一時間でもなく、一〇時間なのかについての根拠は示
されていない。
③ 原告らは、国内の航空会社において、三名編成機による乗務時間一〇時間以上
の運航を行った実績がないと主張するが、全日空においては、それまで三名編成機
の乗務時間制限が一〇時間であったのを昭和六一年九月運航規程を改定して一二時
間とするとともに、シングル編成による一一時間を超える乗務(例えば平成元年夏
ダイヤにおけるロサンゼルス→成田の一一時間一〇分)を行っているという事実が
ある。
④ また原告らは、JAPAが独自に何の実証的調査も行わずに、米国の基準に従
って三名編成機の乗務時間制限を一二時間とする中間報告を出したと非難するが、
米国の長い実績を考えればこの非難は全く的外れのもので
ある。
⑤ NASAのエイムズ研究所に所属するP55らによる調査研究(甲第八九号
証)は九時間の乗務継続がかなりの疲労をもたらすことを明らかにしたものとはい
えない。
 また、原告らは、平成二年二月以前に、日本の航空会社六社の集まりである定期
航空協会が運輸省航空局に乗務時間制限変更の働きかけをした旨主張するが、定期
航空協会の設立は平成三年一二月であるから時期が合わない。また、航空会社が安
全基準の適正化を求めるのはむしろ当然のことであり、これを問題視するのはおか
しい。
(3) 運輸省航空局技術部長が示している基準は安全性を担保するものか
ア 被告の主張
 運輸省航空局技術部長名による平成四年一二月二一日付け「定期航空運送事業者
の行う国際運航に従事する航空機乗組員の連続二四時間以内の乗務時間制限及び編
成に関する基準」は、二名編成機の乗務時間制限も三名編成機と同様に、シングル
編成で「一二時間以下」、マルティプル編成で「一二時間超」と定めている。被告
の運航規程もこれに合わせて改定され、結局、シングル編成では一二時間、マルテ
ィプル編成では一五時間という二名編成機三名編成機共通の乗務時間の制限となつ
た。
 本件就業規程の変更後の乗務時間・勤務時間の制限は右技術部長の示した基準の
範囲内であり、安全性に問題はない。
イ 原告らの主張
 航空局技術部長通達による乗務時間制限は安全を保障するものではなく、法的な
根拠からも運航規程が運輸大臣の認可を受けている事は安全を保障する基準でな
い。
(4) 運航規程の基準は安全性を担保するものかどうか
ア 原告らの主張
 航空法施行規則は、乗務時間制限について「路線の状況及び飛行場相互間の距
離」等を考慮して定めるよう規定しているが、被告の運航規程は多種多様な路線状
況を個別に考慮して乗務時間制限を設けているものでもなければ、どのような路線
状況、困難な運航環境であろうと疲労が運航の安全を害することのない基準として
設定されているものでもない。運航規程は安全の必要条件ではあるが、十分条件で
はない。
 また、運航規程は、その制定主旨からも現場の運航関係者が意見を述べ、それら
が反映されたものでなくては十分な安全基準にはなり得ない。しかし、被告は昭和
四一年に第二組合を使って運航規程を会社独自に定めるように変更しており、それ
以降、運航規程は乗員の勤務に関して会社を規制する安全基準としての役割
を果たすものではない。
 このような運航規程だけでは満足し得ない不足点を補い、多種多様な路線状況を
考慮して運航の安全性を担保してきたものは、労使間の協定と路線別了解であっ
た。運航規程の内側で勤務協定が定められ、その労使協定の基準によって安全に対
する実績が築きあげられてきた。こうしたことからも労働条件変更に先立ち、被告
が運航乗務員の意見を聞くこともなく一方的に、独自に変更してきた運航規定が、
安全の面で、被告を規制する規程として何ら効力を持たないことは明らかである。
イ 被告の主張
 争う。
(5) 外国の基準及び世界の主要航空会社の基準との比較
ア 被告の主張
① 三名編成機についての外国の基準について
 三名編成機についてみると、最大乗務時間一一時間、勤務時間一五時間という基
準は欧米を通じての国際水準といえるものである。
 すなわち、各国の法的規制をみると、米国連邦航空規則は乗務時間を一二時間以
下に(フィンランドも同様)、英国航空局通達は飛行勤務時間を一一時間から一四
時間以下に定めている外、飛行勤務時間を一四時間以上とする国々には、カナダ、
ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、スイス、ベルギー等
がある。
② 二名編成機についての外国の基準について
 原告は、二名編成機の乗務時間制限を取り出して、被告の制限に相当する外国他
社の例を知らない旨主張するが、甲第七五号証(JAPAの報告書)の九頁では、
一二時間ないしほぼこれに相当する時間の飛行時間制限を定めている国は九箇国に
上ることが指摘されている。
 二名編成機について各国の法的規制を見ると、カナダ、ドイツ、オランダ、デン
マーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドにいずれも三名編成機と二名編
成機とで飛行勤務時間に差を設けていないが、差を設けている国のうち米国は乗務
時間八時間、英国は飛行勤務時間九時間三〇分から一二時間三〇分、ベルギーが同
一四時間と定めている。
 問題になるのは長距離国際線に就航する新世代二名編成機であるが、米国の右八
時間という規制は長距離国際線への就航を全く考慮に入れずに定められた基準であ
ることから、この法的規制をそのまま安全性の基準を裏付けるものとするわけには
いかない。
③ 二名編成機の主要航空会社の基準について
 外国航空会社の実績としては、一〇時間前後の乗務時間を予定する新世代二名編
成機の例もあるが、必ずし
も多いとはいえない。こういう状況の下で、前記のとおり、「長距離運航にかかわ
る乗員編成についての検討委員会」は在来型三名編成機と新世代二名編成機をそれ
ぞれの運航乗務員のワークロードや疲労度を略々同程度の長距離運航について調査
した結果、両者の間に有意の差は認められないとの結論を得たというのである。こ
れは十分信頼しうる判断である。すなわち、二名編成機のシングル編成に関して
も、この乗務時間制限の変更は何ら安全上問題になるのではない。
④ 全日空について
 全日空の勤務協定では、国際線において、シングル編成では着陸回数一回の場
合、乗務時間が一一時間、勤務時間が一四時間、同二回の場合、それぞれ八・五時
間、一三時間という制限(着陸回数か三回、四回については被告と同じ)であり、
マルティプル編成においては着陸回数一ないし二回で乗務時間一五時間、勤務時間
二〇時間という制限である。
 原告らは、全日空が平成五年五月から勤務協定を改定して乗務時間・勤務時間の
制限を緩和したことは認めながら、現実にはその改定内容を適用した運航を行って
いないと主張するが、事実に反する。
 シドニー→関西国際空港の運航は改定協定の適用(二名編成機で九時間を超える
シングル編成)である。
 二名編成機での東京→ロサンゼルスの乗務は九時間三〇分の乗務でマルティプル
編成であるが、これは復路のロサンゼルス→東京の乗務が一一時間を超えてマルテ
ィプル編成になると言う事情が絡んでいるというべきである。また、「三名編成機
でも一〇時間を超えて運用される実態はない」というが、全日空では、三名編成機
で一〇時間を超えて一一時間以内の路線そのものがない。
 なお、全日空も出資し全日空の運航乗務員が転籍して乗務している日本貨物航空
では、サンフランシスコ→東京について三名編成機でのシングル編成による乗務を
実施している。
イ 原告らの主張
 被告が実際に行ったと主張する検討とは、海外及び国内の同業他社のそれぞれの
基準を極めて限定的に比較したものに過ぎない。
 例えば、乗務時間制限について、ごく限られた国のごく限られた条件の下で、か
つ、三名編成機でしか行われていない乗務時間一二時間という運航をとらえて、被
告の運航規程の妥当性を主張してみたり、月間、年間の乗務時間制限を適用するに
当たり、海外のほとんどの国で採用されているクレジットアワー制度を考慮せずに
単純に制限時間の
みを比較してみるなど、極めて恣意的な検討しか行っていない。
(6) 被告の外国人運航乗務員の実績について
ア 被告の主張
 被告における外人乗員は旧勤務協定の適用を受けず、運航規程の規制を受けるの
みであるから、平成二年(一九九〇年)八月一日運航規程の乗務時間・勤務時間基
準が改定された以後、三名編成機において、乗務時間一二時間、勤務時間一五時間
という基準にのっとった乗務を重ねてきているが、安全上の不安は一切ない。
イ 原告らの主張
 被告は、被告における外国人乗員の実績なるものを引き合いに出しているが、被
告において二名編成機に外国人が乗務したことはない。
(7) 被告の行ったその他の安全性についての検証について
ア 原告らの主張
 被告は、JAPAの報告に基づく国の基準について、独自の検証を一切行わずに
安全の根拠としている。
 勤務協定破棄後の平成九六月の団体交渉において「九時間を超えるような長大路
線をシングル(交替要員なし)で運航しているが、具体的な問題となっている路線
を実運航で検証したことがあるのか」という組合側の問いに対し、就業規程改定の
以前から運航の最高責任者であった巌運航本部長は「特定の路線で検証したと言う
ことはないですが、OMを改定する以前に検証フライトがあって国のルールが一二
時間に決まった」と答え、運航の責任者自らが日本航空が本来行うべきであった安
全検証を行っていなかったことを認めている。
イ 被告の主張
 右原告ら主張の団体交渉における運航本部長の発言の主張については争わない
が、その余の主張は争う。
(三) 変更後の規定の内容は安全性に問題があるとする原告らの主張と被告の反

(1) 総論的主張
ア 原告らの主張
 運航乗務員の労働条件の低下は、乗務員の疲労をもたらし、それは航空機の安全
性の低下に直結する事柄である。であるからこそ、航空法施行規則は、乗務員の乗
務割について、(イ)航空機乗組員の乗務時間が、当該航空機の型式及び飛行の方
法、路線の状況及び起点、終点、寄港地間の距離、他の乗組員の数及び仮眠設備の
有無等を考慮して少なくとも二四時間、一月、三月及び一年ごとに制限されている
こと、(ロ)乗務員の疲労により航空機の運航の安全を害さないように、乗務時間
以外の労働時間が配分されていることを要するとしている(同規則一五七条の三)
のであり、「乗務割に関する航空法の規則は、航空運航の性質にか
んがみ、公共の安全を確保するためのものであ(り)・・・労働基準法に定める労
働時間の制限とは、性質を異にする」「公共の安全を確保する公共上の必要に基づ
くものであ」る(山口真弘「航空法規詳説」二三六頁)とされている。被告の主張
は、こうした運航の安全の問題と運航乗務員の労働条件の問題をことさらに切り離
して見せようとするものであって、到底是認できるものではない。
イ 被告の主張
 争う。
(2) 乗務の実情関係
ア 原告らの主張
 運航乗務は、騒音、振動、低酸素、そして時差等といった種々の厳しい状況の中
で、一瞬たりとも気の抜けない極めて強い緊張、重い疲労をもたらす。航空機の運
航が乗員乗客の生命に直結し、また、その乗務が高い疲労をもたらすものであるこ
とから、各一連の乗務は運航の安全を害する危険のないよう疲労を蓄積させない範
囲のものでなければならず、また、一連の乗務の後は、その都度十分に疲労を回復
させなければならず、さらに一暦月、三暦月、一暦年の間に蓄積されてくる疲労を
防ぎ、回復させるものでなければならない。
 被告は、本件就業規程の改定について集中勤務、集中レストの観点を主張してい
るが、乗員、乗客の安全を最大の使命とし、安全を脅かすような疲労の蓄積は決し
て許されない運航乗務員の乗務において集中勤務、集中レストという発想は本来な
じまない。
 時差、徹夜飛行、空気密度が低く騒音がある機内で、時差調整のために十分な休
養時間も与えられず、しかも交替要員のいないシングル編成で、全くの休憩なしに
最大乗務時間一一時間・勤務時間一五時間の乗務を繰り返すことは、乗員の健康に
悪影響を与えることは明らかであり、さらに航空機の運航にとって一番事故が発生
する可能性が高い着陸時がその一一時間にも及ぶ乗務の最後にくることを考えれ
ば、運航の安全性に直接影響を与えることは、明らかである。このことは、過去の
事故率の統計で、長距離飛行の着陸時の事故率が短距離飛行のそれに比べて二・八
三倍(甲第五号証の一、二頁)という数値からも明らかである。
イ 被告の主張
 争う。
(3) 現場の運航乗務員の意見について
ア 原告らの主張
 安全性についての検討を行うための情報はまさに運航の現場に存在する。現場で
従事する運航乗務員が合意して取り決められる勤務協定は、その時点において予見
される不安全要素を一つ一つ取り除いた結果築き上げられてきた基準を定める
ものである。これこそが安全を担保し得る基準に他ならない。勤務協定が破棄され
た後、被告には、安全を担保し得る基準は存在していない。まさに運航の現場の至
る所に不安全要素が放置された状態である。このような状態こそが、原告らの主張
する「安全が切り下げられた状態」なのである。
 運航の実態を直接知る運航乗務員は誰でも、被告の勤務基準が異常で安全上も大
きな問題を含んでいると認識している。乗員組合が実際に平成五年以降勤務に就か
ざるを得ない運航乗務員を対象に行ったアンケートにおいて実に九五パーセントの
回答者が「現在の勤務基準は安全上問題ある」と指摘している。原告らで組織する
乗員組合だけではなく、被告の管理職であり運航の最終責任者である機長で組織す
る機長組合、同じく管理職の航空機関士で組織する先任航空機関士組合が本件就業
規程の改定に反対している。被告に在籍するほとんどすべての運航乗務員が本件就
業規程に反対している。更に日本国内の定期航空会社のほとんどの運航乗務員が所
属する日本乗員組合連絡会や世界八十ヶ国、十万人のパイロットが所属する国際航
空操縦士協会(IFALPA)からも裁判所に対して、公正で迅速な判決を求める
要望書が提出されている事実は、被告の勤務基準が劣悪で不安を抱かせるものであ
ることが運航に従事する者の共通認識となっていることを示している。
イ 被告の主張
 争う。
(4) 疲労と事故との関係
ア 原告らの主張
 NTSBの航空セーフティ・レポート・システムに報告される軽度の事故のうち
二一パーセントの事例が乗員の疲労が要因となっている。
イ 被告の主張
 原告らが引き合いに出している平成五年八月発生のアメリカンインターナショナ
ル航空DC八型機の事故事例は、被告においては就業規程上も運航規定上も実施し
得ないような勤務において起きた事故であり、このような特殊事例を本件の論議に
おいて参考にしようとすることは不適切である。
(5) NASAの研究結果
ア 原告らの主張
 NASAのヒューマン・ファクター研究部で航空機乗務員の疲労について研究が
重ねられており、その研究結果によれば、人間は、睡眠不足の度合いがある限界点
まで達すると、たとえその時点の状況が生死を分かつような危険な状況であったと
しても、脳が出す睡眠指令に意思の力でうち勝つことができなくなるとされてい
る。
 また、同研究部が、実際に、それぞれ約九時間の
フライトであるホノルル大阪、ホノルル成田、大阪ホノルル、成田ロサンゼルス便
の航空機において、三名の乗務員が一二日間の離基地日数の間に八回の乗務を行う
乗務パターンのうちの中間の四回の乗務に研究者を同乗させて行った調査によれ
ば、それぞれ乗務員は、乗務の前に二四時間の休憩が与えられていたが、巡航中に
休憩を許されずに継続して仕事をしていたグループでは、五秒以上の間意識を失う
マイクロ・スリープが全体で一二〇回記録され、しかも、そのうち二二回は降下、
着陸段階のものであり、休憩なしグループの四人のベテランパイロットは、仕事を
続けるように指示されていたにもかかわらず、睡眠要求が大きいために、五回にわ
たって眠り込んでしまった。それも電極をつながれて、部外者である二名の研究者
が肩越しにのぞき込んでいる状態でである。また、能力測定でも乗務中の休憩なし
に仕事を継続していたグループでは反応時間が確実に遅くなったことが明らかにさ
れ、約九時間の乗務により、パイロットの自己覚醒度の主観的評価では疲労がなく
とも、客観的には能力の点でも覚醒度の点でも確実に低下していることが明らかに
された。
 原告らの乗務においても、巡航中に休息をとることは許されておらず、右調査
は、三名の乗務員で九時間の乗務における調査であるが、原告らは今回の勤務条件
の変更によって、二人で九時間を大きく超える最大一一時間の乗務を行わなければ
ならないのであるから、右NASAの調査に比べても疲労度は高く、マイクロスリ
ープに陥る危険が高い。そして、疲労の最後に最も危険な着陸が行われるところに
運航乗務の特質がある。
 NASAの調査を行った科学者たちにより、右調査に基づく「民間航空における
運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成についての『原則』と『ガイドライ
ン』」が出されている(甲第一〇二号証)。
 この「原則とガイドライン」を作成した科学作業グループは「個人としての会合
であり」、この見解は「必ずしも何らかの団体の見解を反映するものではない」と
されているが、その基礎となった調査はNASA(アメリカ航空宇宙局)によって
組織され、FAA(アメリカ連邦航空局)が協賛し、正式に承認して行われたもの
であり(甲第八九号証)、右「原則とガイドライン」もNASAにより発表された
ものである。
 これによると、勤務時間は、二四時間中一四時間を超えないように勧告されてお
り、「飛行勤務時間」は二四時間中一〇時間を超えないよう勧告されている。
 注意を要するのは、この「飛行勤務時間」は、日本航空の「乗務時間」とは異な
ることである。「飛行勤務時間」とは、「乗員が飛行を含む勤務のために、出頭す
ることを求められている時間に始まり、最終飛行区間の到着時間で終わる時間帯」
とされている。従って、「乗務時間」との比較で考えるには、国際線の場合、一時
間一五分から一時間四五分を差し引いて見ておく必要がある。
 このように見るときは、標準飛行時間勤務の限度として勧告されている「飛行時
間」一〇時間は「乗務時間」で言えばおおよそ八時間半となり、また「補償のオフ
デューティー時間」「着陸回数制限一回」「最大累積延長飛行勤務時間」の設置を
条件とされる延長飛行勤務の限度一二時間は、「乗務時間」で言えばおおよそ一〇
時間半である。延長飛行勤務時間の制限は、(出頭してから)一二時間経過以降に
能力を低下させる疲労の傾向が著しく増加したことを証明する科学的研究結果を根
拠にしているとあり、今回被告が延長を強行した一一時間の乗務時間、一五時間の
勤務時間が、運航上の安全を危うくするものであることは、右のガイドラインから
見ても明らかである。
イ 被告の主張
 NASAの研究・調査は、太平洋線の定期便のフライトに同乗しておこなわれた
もので、「一二日間の離基地日数の間に八回の乗務をおこなう勤務パターンのう
ち、中間の四回の乗務についてこの調査が行われた。各フライトは、およそ九時間
の乗務時間で、乗務の前には二四時間の休憩(宿泊)が与えられた」とされている
が、このときの離基地日数一二日間の勤務というのは、シアトル→成田→ホノルル
→大阪→ホノルル→成田→ロサンゼルス→ソウル→シアトル(現地ですべて各一
泊)という内容の勤務で、その三便目から六便目までの四つのフライトにおいて調
査が行われたものである。これらの各フライトは、おおむね九時間前後の乗務時間
のものであり、それが八回も連続するパターンなどというものは被告においては考
えられないものであり、被告の勤務をこれと同列に論じることはできない。
 また、NASAがこの調査をもとにどういう結論を出したかが重要であるが、N
ASAが運航の安全上問題があるとしてそのようなフライトの禁止等を提言したと
いう事実はない。
 本件に関連して、九時間までの乗務とこれを超えた一一時間ま
での乗務とで具体的にどのような違いがあったか等も明らかになっていないのであ
るから、このデータをそのまま本件にあてはめるわけにはいかない。
(6) 乗務員の健康被害と乗務中断の状況
ア 原告らの主張
 航空法二八条は、運航乗務員は技能証明の外に、航空身体検査証明を有するもの
でなけれはならないとし、三一条から三三条で航空身体検査証明について規定して
いる。身体検査基準に適合しない者は航空身体検査証明を出されず、乗務に就くこ
とはできない(航空法施行規則六一条の二、別表第四)。これは言うまでもなく乗
務員は健康体でなければならず、健康体での乗務が安全運航の基本だからである。
 疲労を乗務に持ち込むことは運航に大きな不安全要素を持ち込むことになるので
ある。そのためには、十分な休養によって乗務後の疲労を完全に回復させて次の乗
務に臨むことが求められている。運航乗者員の労働時間などについては、労働基準
法の定めの外に、航空法は、運輸省令の定める基準に従って作成する乗務割による
のでなければ、航空従事者をその使用する航空機に乗り組ませて航空業務に従事さ
せてはならない(法六八条)と定めている。
 これをうけて航空法施行規則は、一般的な労働時間とは別に乗務時間(航空機に
乗り組んでその運航に従事する時間)を明確にし、乗務時間は少なくとも二四時
間、一暦日、三暦日及び一暦年ごとに制限すること、及び航空機乗組員の疲労によ
り当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間及び乗務時間以外の労働時間
が配分させることを定めている(施行規則第一五七条の三)。
 これは乗務による疲労を蓄積させてはならす、乗員の健康体での乗務は安全運航
に不可欠だからである。
 長時間乗務後の両足はむくみ、立ち上がろうとするとふらつくことすらある。し
かし、乗務員はその疲労を回復するために十分な休養を取ることが困難である。乗
員は、時差を抱え、自宅とは全く違う環境で、次の乗務に万全の体調で望むため
に、半ば強制的に、睡眠を取らなけれはならない。長時間のフライトの後はすぐに
も眠りたい。しかし、ホノルルの例で分かるように、到着後熟睡すれば、出発前に
ぐっすり眠れなくなる。日本時間で考えれば、徹夜後、朝から昼過ぎまで眠り、再
び夕刻から眠って夜中より勤務するのである。時差調整のため、歩いたり、運動し
たり、あるいは、現地時間を無視して日本時間で生活しようとしたり、逆
に無理やりその宿泊地の時差に合わせようとして夜まで起きていたりするなど、各
人なりに工夫している。それでも時差調整に失敗すれば、うまく眠れず、出発前に
なって眠気が起こり、無理やりシャワーを浴びて出かけることもある。
 食事についても、体が受け付けない事もある。一日や二日で人間の生理のリズム
は適応できない。
 体調を整えて乗務に望むためには、いずれにしても十分な休養時間を確保するこ
とが求められている。
 以上見てきた運航乗務員の労働現場、勤務の特徴のもとで勤務してきた結果、運
航乗務員の健康破壊が進行している。
 昭和六一年三月の資料が示すところによると、機長のうち七八・六パーセントの
者が要治療者及び要経過観察者とされている。全体的に見ても、機長・副操縦士・
セカンドオフィサー・航空機関士・訓練士の全運航乗務員の七〇パーセントの者が
要治療者及び要経過観察者とされている(甲第六四号証)。
 昭和五九年に日本航空の退職機長六二名を対象として行われたアンケートによる
と、ハッピーリタイヤー(乗務員として現役で退職できること)について、二〇名
の者(約三分の一の者)が操縦桿を握れない(乗務に就けない)まま退職に至って
いる(甲第七一号証)。
 右は、運航乗務員の勤務は好むと好まざるとにかかわらす、乗務員の健康にマイ
ナスの景況を及ほすものであることを物語っている。
 健康に大きな影響を与える運航乗務員の勤務条件の変更は、何よりも運航乗者員
の疲労蓄積につながってはならないこと、良好な身体の状況を保障するに足りる休
養を削減してはならないことが求められている。
イ 被告の主張
 原告らは、要治療者と要経過観察者とを合わせて議論しているが、後者は健康人
であって、万一の異常発生を早期に発見する目的で定期的に(三箇月とか六箇月と
かの周期で)経過を観察されている者である。要治療者に対して、要経過観察者の
方が数の上では圧倒的に多いので、両者の合計数で運航乗務員の健康状態を議論す
るのは適切でない。
 また、運航乗務員については、身体検査に関する検査項目が極めて多岐にわたる
のであるが、それらに関する異常のすべてを直ちに労働環境や勤務の特殊性が原因
であるとすることができないことはいうまでもないところである。
 原告らは、機長の約三分の一が乗務につけないまま退職に至っていると主張する
が、昭和五九年の退職者へのアンケートによる組合調査に
基づいて主張しており、その内容を無条件に受け入れる訳にはいかない。平成四年
四月から一九九五年三月まで三年間の退職機長について被告がした調査の結果で
は、一〇二名中一三名が乗務不可の状態であった。
六 月間・年間の乗務時間について
1 変更の内容について
(一) 被告の主張
 月間・年間の乗務時間制限に関する本件就業規程の変更の具体的内容は、前記
(第二、一、5、(一))のとおり、一暦月の最大乗務時間を八〇時間から八五時
間へ、一暦年の最大乗務時間を八四○時間から九〇〇時間へ変更するものであり、
一暦月で五時間、一暦年で六〇時間、乗務時間制限を緩和するものである。
 この乗務時間制限は、一般の勤務形態のもとでの労働時間の定めとは意味合いを
異にしている。一般の所定労働時間は、仕事が閑であったとしてもその時間中は使
用者の指揮監督下にあって労務に服する義務を負っているのに対し、運航乗務員に
おける乗務時間の制限は、被告がこの制限を超えて乗務を予定しない、言い換えれ
ば被告はこの制限を超えない範囲で乗務指示を発することができる、ということで
あって、運航乗務員が当然に月間及び年間の制限として定められた時間を乗務する
というわけではない。すなわち、一般の所定労働時間の拡大は確定的に労働の増加
を意味するか、運航乗務員の乗務時間制限の緩和は常に旧制限を超えた乗務が予定
されることを意味するものではない。
 一暦月で五時間ということは、一暦月一〇日の休日が付与されることからすれ
ば、平均して一日当たり一五分の乗務時間増が可能になるということを意味するに
とどまり、これに加えて運用上の規制の結果、連続する三暦月でみれば一暦月の平
均乗務時間は従来どおり八〇時間を超えないように勤務割で予定されるということ
を合せ考えれば、この変更が運航の安全低下につながるような疲労の増大をもたら
すものではない。
(二) 原告らの主張
 被告の、平均して一日当たり一五分の乗務時間増が可能になるにすぎないという
主張は、一般の製造業や事務職とは異なる運航乗務員の乗務のあり方を全く無視し
て、ことさらに時間延長の内容を小さく見せようとするものである。運航乗務員の
乗務において、月間五時間の制限延長の意味するところは一月当たりもう一日又は
もう一パターンの業務を命じられる可能性が出てくることにほかならない。
2 変更の趣旨・目的について
(一) 被告の主張
 右のと
おり、改定前の本件就業規程及び勤務協定における一暦月及び一暦年の最大乗務時
間は、一暦月八〇時間、一暦年八四〇時間であったが、この月間、年間の乗務時間
制限は、夏期とか年末年始等特定の繁忙期における対応を窮屈なものとしていた。
そこで、この制限を緩和し、被告の運航規程の制限と同様の制限とすることによ
り、繁忙期の対応を容易にし、人員の効率化を図る必要性があった。
 我国における競合他社である全日空や日本エアシステムの勤務協定を見ると、一
暦月及び一暦年の乗務時間の制限は、全日空が一暦月九〇時間、一暦年九六〇時
間、日本エアシステムも一暦月九〇時間、一暦年一〇〇〇時間となっており、それ
らとの均衡上、運航乗務員のより効率的な活用を可能にすることによって生産性の
向上をはかり、コスト競争力を高めるためにも、運航規程が定める限度まで乗務時
間の制限を緩和する必要があった。
(二) 原告らの主張
 被告の主張は争う。
3 外国人乗務員の実績について
(一) 被告の主張
 被告の運航規程では、昭和四一年八月一日の改定以降、一暦月の最大乗務時間は
八五時間、一暦年の最大乗務時間は九〇〇時間である。
 この基準は、労使協定の適用を受けず運航規程の規制のみを受ける外国人運航乗
務員の実績によって、十分安全性が確かめられたものである。
 平成二年一月から平成三年一二月までの二年間乗務を継続していた外国人乗員合
計五二名の実績を示すと、年間の乗務時間が旧協定の八四〇時間を超えていた者は
平成二年に二八名(約五四パーセント)、平成三年に二七名(約五二パーセント)
で、月間の乗務時間が旧協定の八〇時間を超えていた者は平成二年に延べ一四二名
(延べ六二四名中約二三パーセント)、平成三年に延べ一二五名(同約二○パーセ
ント)である。
(二) 原告らの主張
 被告の外国人運航乗務員についていかなる実績があったとしても、それをもって
安全性が確かめられたとはいえない。被告が外国人運航乗務員の実績を主張した趣
旨が「運航規程の基準で実施したが今まで事故に至るようなことはなかった。だか
ら安全性が確かめられた。」というものであれば、それは現場で必死に安全運航を
支えている乗員に責任を押しつけただけに過ぎず、過去の重大な事故の歴史を持つ
航空会社として許されざる主張である。
4 就業時間が変更されていないことについて
(一) 被告の主張
 原告ら運航乗務員の労働時間は、
乗務時間、勤務時間、スタンバイ時間、デッドヘッド時間(乗務のための移動の時
間)、訓練時間のほか地上勤務の時間などその態様は様々であるが、これらすべて
が労働法上の労働時間といえるかどうかは別としても、これらすべてを含む就業時
間について、本件就業規程の変更において、四週間の就業時間の定めが削除された
が、一暦月及び三暦月の就業時間は変更されておらず、一暦月の最長就業時間を一
七五時間、一暦月の基準就業時間を一四五時間としている。乗務時間、勤務時間制
限は、この総就業時間を一回当たりの乗務という特定の労働に使うことのできる時
間の制限である。
 労働基準法上の所定労働時間は週四〇時間であるが、これを月間に換算すれば一
七七時間、年間に換算すれば二〇八五時間である。変更後の月間、年間乗務時間制
限に乗務前後の勤務時間やその他の労働時間を加えたとしてもその水準は法定労働
時間を大きく下まわるものであり、その勤務の内容、特殊性、責任の重大性など他
の一般の労働とはやや異色の面があることを考慮にいれても、なお短時間の勤務時
間制限であることは疑いを入れない。
(二) 原告らの主張
 運航乗務員の労働時間としては、乗務時間が最も重要である。それは、航空法施
行規則に二四時間、一暦月、三暦月、一暦年の乗務時間の制限が規定されているこ
とからも明らかである。就業時間は、運航乗務員の労働実態を示すものではなく、
月間就業時間が変更されなくても、月間-年間の乗務時間が延長されれば、実質的
な労働時間の延長となる。
 就業時間は、被告が独自に作り上げた概念であって運航乗務員の労働実態を示す
ものでは全くない。月間就業時間は変更されなくても、月間-年間の乗務時間が延
長されれば、実質的な労働時間の延長・労働強化となるのであり、又、疲労の慢性
的蓄積を招き、航空の安全を危険にさらすことにもなることは明らかである。
5 労働密度の増加について
(一) 原告らの主張
 月間及び年間の乗務時間として計上される乗務時間は、ダブル編成及びマルティ
プル編成の場合、休息時間を含んでいるので、従来マルティプル編成で月間七〇時
間乗務していたことと、シングル編成で七〇時間乗務することでは、この月間の乗
務時間のカウントのうえでは変わらないが、その実際の労働密度の内容は全く異な
る。
 ここでいう休息は、操縦室内の簡易ベッドで横になる程度であり、騒音や振動等
にさらされ
ている状態であるが、実際に操縦業務に携わっているのとは、肉体的・精神的に全
く異なった状況である。
 被告においてこれまでマルティプル編成又はダブル編成で実施していた路線はそ
のほとんどが編成を切り下げられたため、月間・或いは年間の乗務時間制限で制限
される勤務内容もさらに密度の高いものとなった。
 例えば、三名編成機における一〇時間の飛行では、従来、協定によればマルティ
プル編成により実施されていたため、二名の機長と一名の副操縦士、加えて二名の
航空機関士が乗務していた。機長と副操縦士についてみれば、三名は交替で乗務に
就くため、一人当たりが実際に操縦室で業務に当たる時間はフライトタイムの三分
の二にあたる六時間四〇分であり、残りの三時間二〇分が休息時間である。また航
空機関士では二名で交替するため半分の五時間が実際の業務時間、残り半分が休息
時間となる。しかし、改定後の本件就業規程の下では一〇時間の飛行はシングル編
成で実施されるため、機長・副操縦士・航空機関士とも一〇時間すべてが実際に業
務に就く時間となる。
 右状況を前提として、事業規模が拡大され、それに伴った乗員数増加が行われて
いない中では被告の運航乗務員一人当たりの労働密度は高くなる。被告から、これ
だけの労働密度及び量の変化に対する安全性の検証は一切提出されていない。
(二) 被告の主張
 原告らは、事業規模が拡大され、それに伴った乗員数増加が行われていない中で
は一人当たりの労働密度が高くなると主張するが、安全性を損ねるような月間・年
間の労働密度の変化をもたらすわけではないから、その主張のような安全性の検証
が必要とは解されない。
 マルティプル編成からシングル編成への変更に伴う安全性の問題は、一連続の乗
務時間制限の緩和が何ら安全性を損ねるものではないということの中に包含されて
いる。のみならず、原告らの主張は当然マルティプル編成よりシングル編成の方が
労働密度は高いとする前提に立っていると解されるが、一暦月八五時間、一暦年九
〇〇時間という運航規程上の乗務時間制限は一貫して変わっておらず、したがっ
て、終始シングル編成で月間八五時間乗務しても安全性を損ねるような疲労の蓄積
をもたらすものではないとされてきたことになる。このことにかんがみれば、この
問題のために別途安全性の検証をする必要ない。
6 運航乗務員の健康への影響
(一) 原告らの主張
 本件就業
規程の変更における月間・年間の乗務時間制限の緩和は、運航乗務員の健康へ悪影
響を及ぼす。
 職場で平成九年に行われた乗員組合のアンケートで機長管理職を含めた九五パー
セントの運航乗務員が「今の勤務基準では定年まで健康に乗務する自信がない。」
と答えている。
 平成八年五月に、同様に乗務時間が多くなっている被告の客室乗務員であるP5
6がホンコン滞在中クモ膜下出血で倒れるという事態が発生しており、また、平成
九年五月には一名の被告の副操縦士がシンガポールの宿泊ホテルで脳血栓の疑いを
もたれる症状となり勤務を中断して病院に収容されるという事態が発生している。
(甲第二五七号証、第二五八号証)
 被告は平成八年六月一二日の乗員組合との団体交渉の中で、「勤務基準の改定に
当たり、会社として具体的な路線において、実際の運航検証を行っていないし、運
航乗務員の健康を管理する産業医に意見を聞いていない。」と発言しており、被告
として運航乗務員の健康上の医学的検討を行っていない。
(二) 被告の主張
 平成八年五月に被告の客室乗務員P56がホンコン滞在中クモ膜下出血で倒れた
こと、平成九年五月に一名の被告の副操縦士がシンガポールの宿泊ホテルで脳血栓
の疑いをもたれる症状となり勤務を中断して病院に収容されたことはいずれも認め
るが、これらがここで問題にされている月間、年間の乗務時間制限緩和の結果であ
るという根拠は全くない。
7 実際の運用状況について
(一) 被告の主張
 乗務時間の制限が一暦月で五時間(一暦年で六〇時間)緩和されたことにより、
確かに被告は従来より一暦月で最大五時間多く乗務を指示しうることになったが、
その程度は一暦月一〇日の休日が付与されることを考えれば平均して一日一五分の
ことであるし、現実にも、ごく限られた繁忙期を除けば通常は制限枠にかなりの余
裕をもった乗務指示がなされている実態である。ちなみに、第一事件原告ら二七名
についていえば、その全員が組合の執行委員であったこともあり、平成五年度の月
間平均乗務時間は九ないし三五時間である。
 しかも被告は運航企画部長名により、連続する三暦月の乗務時間が勤務割配布時
(予定段階)で二四〇時間(改訂前の制限時間の三箇月合計時間)を超えることか
ないように運用することを指示し、現にこの指示に従った運用がなされている。従
って、この月間・年間の乗務時間制限の緩和という改定により、運航
乗務員が特段の不利益を受けるとはいえない。
(二) 原告らの主張
 確かに被告が主張するとおり、最近の勤務実態からすると月間八〇時間・年間八
四〇時間を超えることは少ない。しかし、それは、被告が大きな増便がない中で、
各々の乗務パターンの編成を減らし、あるいは不必要な他社への運航委託、ウェッ
トリース等を行っているためである。これは、被告が今回の就業規程の改定で拡げ
た月間、年間の乗務時間制限の枠を利用していないだけであり、事業計画を拡大し
ている一方で採用を縮小している現状を考えれば、将来不利益を受けることは確実
であり、被告もこれを否定していない。
 これは、同様に勤務協定が破棄され、就業規程が改定された客室乗務員の職場
で、平成五年一一月一日以降、月間の乗務時間が八〇時間を超えるケースが多発し
ている実態を見れば明らかである(甲第一六号証、平成六年一〇月五日付け客乗ニ
ュース)
(三) 被告の反論
 甲一六号証(平成六年一〇月五日付け客乗ニュース)には、平成六年八月に乗務
時間が八〇時間を超えた被告の客室乗務員が一七一五人いる旨の報告が記載されて
いるが、八月は一年のうちの再繁忙期であり、元々月間の乗務時間制限を八〇時間
から八五時間に緩和した主たる理由は繁忙期対策だったことからしても、このよう
な繁忙期に乗務が八〇時間を超えるケースが増えるのは当然といえる。原告らが、
あたかも本件就業規程の変更以降日常的に八〇時間を超えているかのごとき主張主
張をしているが、それは公正ではない。
 なお、平成六年度を通して見ても、八〇時間を超えたものが一〇〇〇名以上にな
ったのは、八月、一〇月、平成七年一月のみであり、平成六年四月ないし六月は各
月多くても五〇名程度であった。
8 宇宙放射線の被曝について
(一) 原告らの主張
 月間・年間の乗務時間制限の緩和は運航乗務員の宇宙放射線の被曝の観点から
も、不利益を増大させるものである。
 高度一万二〇〇〇メートルの上空を飛行する運航乗務員は、地上より一〇〇乃至
二〇〇倍の自然放射線(宇宙線)を浴びている。太陽や星から飛来する宇宙線は高
度が高い程、線量が増すからである(甲三六四号証三〇頁)。ニューヨーク便など
国際線の年間平均乗務時間に従事する運航乗務員は、日本の平均的な原発労働者の
年間被曝量五mSVの二倍を超える放射線を被曝している(甲一二四号の一証)。
日本人の癌死亡平均は二五%のと
ころ、被告会社の運航乗務員の死亡者(在職及び退職後死亡者)の五四・九%が癌
で死亡している(甲三五八号証、四頁)。宇宙放射線被曝との関連は否定できず、
運航乗務員にとって、宇宙放射線被曝は深劾な問題である。
 国際的には、運航乗務員を調査をし、被曝労働者として扱い、対策が検討されて
いる。海外の調査では、操縦士に脳腫瘍などの癌が多発しているとの報告もある。
カナダでは、一年間以上乗務した操縦士ら九一三名を追跡調査した結果、脳腫瘍で
死亡した者は一般の四倍以上にのぼったとのことである。スイスやスウェーデンで
は、航空乗務員を被曝労働者として認めている。放射線被曝に関する国際的な基準
を作っている国際放射線防護委員会(ICRP)は、国際線に二〇年乗務すれば一
万人の内、二三~二六人に致命的な癌が発生するとしている。ICRPは、九〇年
に日本政府に対し、航空乗務員を被爆労働者として扱うよう勧告している(甲七号
証、甲一二四号証の一)。これを受けて、科学技術庁長官の諮問機関である放射線
審議会の基本部会は右勧告を受け入れる方針を決め、宇宙からの放射線にさらされ
ている航空機の乗務について厳重に注意するよう報告書に盛り込む方針であると伝
えられている(甲一二四号証の二)。
 運航乗務員にとって、宇宙放射線被曝は避けられない。専門家は、「日本を発着
する国際線は世界でも例を見ないほど、放射線量の多い地域を飛行するものが多
い。これだけの被曝環境にありながら、何の法的規制もないのはおかしい」と指摘
している。
(二) 被告の主張
 宇宙放射線の被曝料は許容量を下回るものである。
9 国内他社との比較
(一) 被告の主張
 全日空の労使協定上の一暦月及び一暦年の乗務時間の制限は、一暦月九○時間、
一暦年九六〇時間である。日本エアシステムでは、労使協定上は一暦月の乗務時間
制限が一〇〇時間とされており、一暦年の制限については勤務協定上に定めがない
ので、運航規定上の制限が適用されることになり、運航規定上の一暦年の乗務時間
制限は一〇〇〇時間である。
 被告の本件就業規程変更後の一暦月及び一暦年の乗務時間の制限は、全日空や日
本エアシステムの乗務時間制限よりも厳しい制限になっている。
(二) 原告らの主張
 全日空における勤務協定上の一暦月及び一暦年の乗務時間の制限が一暦月九〇時
間、一暦年九六〇時間であること、日本エアシステムの勤務協定上の一暦月
の乗務時間の制限が一〇〇時間であること、日本エアシステムの運航規定上の一暦
年の乗務時間制限が一〇〇〇時間であること認める。
 国内他社との乗務時間制限を比較する場合、その路線構成等を考慮する必要があ
る。
 被告において、乗務時間制限が問題となるのは主に長距離国際線を乗務するB七
四七又はB七四七一四〇〇型機に乗務する乗員のみであり、国内線や近距離国際線
に乗務する乗員が、月間・年間の乗務時間制限まで乗務することははとんどない。
なぜならば、以下に述べるように、長距離路線ではその就業時間・勤務時間におけ
る乗務時間の占める割合が高く、どうしても月間・年間の乗務時間数が国内線・短
距離国際線に比べてはるかに多くなるからである。
 また、運航乗務員の勤務には乗務の他にシミュレーター勤務や各種地上教育など
があり、それらの勤務時間、就業時間が約二〇ないし四〇時間程度必要となるの
で、短距離路線の場合、月間の就業時間の制限を受け、乗務時間制限まで乗務する
ことはない。
 このように、主に長距離国際線に乗務する乗員は、その就業時間、勤務時間にお
いて乗務時間の占める割合が高く、乗務時間が多いので、月間、年間の乗務時間制
限の適用を受けやすいが、主に短距離路線国際線や国内線を乗務する乗員は、勤務
時間・就業時間が多いため、勤務時間・就業時間において月間・年間の時間制限を
うけ、乗務時間の点については、月間・年間の時間制限の適用を受けにくく、被告
が比較の対象としている全日空や日本エアシステムは主に国内線主体の航空会社で
あり、右のような事情から実体的に月間、年間の乗務時間制限は大きな問題となら
ない。このため、日本エアシステムでは、勤務協定上年間の乗務時間制限の取り決
めがない。ただし、航空法では月間、年間の乗務時間制限を運航規程で設けること
が義務づけられているため、運航規程において設定されているのである。
10 国際線を主体とする国外他社との比較(クレジットアワー制度)
(一) 原告らの主張
 国外他社の多くは、かなり以前からクレジットアワー制度と呼ばれる制度又はそ
れ類似した制度を取り入れている。クレジットアワー制度とは、実乗務時間の外に
シミュレーター時間や地上勤務時間、有給休暇あるいは離基地日数等をある一定の
法則(係数)を決めてクレジットアワーと呼ばれる乗務時間に換算し、それらのク
レジットアワーを実乗務と同様に乗務手当の
支払いの対象とするだけでなく、月間、年間の乗務時間に繰り入れ、乗務時間制限
の適用対象とする制度である(各国のクレジットアワー制度の詳細は、会社作成甲
七九号証の一に詳しい)。
 これに対して被告では実乗務時間のみを乗務時間制限の適用対象としている。
 例えば、UAL(ユナィテッド・エア・ライン)の月間乗務時間制限は八五時
間、BA(ブリティッシュ・エア・ライン)の月間乗務時間制限は八六時間である
が、これはいずれもクレジットアワーであって、本来の乗務時間でカウントする
と、いずれも六〇時間程度であり、逆に被告の月間乗務時間八五時間をこれらのク
レジットアワーに換算すると一〇〇時間を超えると考えられる(甲第八〇号証)。
 また、被告会社の運航乗務員と、クレジットアワー制度を採用しているノースウ
エスト、パンナム、英国航空などの運航乗務員の月間の実乗務時間・クレジット換
算時間を、昭和五七年から昭和五九年の資料に基づき、被告機長のクレジット換算
はアメリカで使用されている一般的計算方法を用いて比較すると、次のとおりとな
る(甲七一号証四頁)。
       月間実乗務時間  クレジット換算時間
ノースウエスト  四八・九     七一・二
パンナム     四九・七     七一・七
英国航空     三六・〇     六五・六
被告機長     五六・七     八八・七
 また、乗員組合の調査によるデルタ航空のクレジット制度によれば、平成一〇年
の三つのスケジュールを元にクレジット換算したところ、(予定)実乗務時間五四
時間は換算後一〇九時間一〇分、同様に五六時間は換算後一〇二時間三五分、三四
時間は換算後九九時間五八分となった(甲三三九号証の一、二)。なお、被告の計
算でも会社の乗務時間をノースウェストのクレジットアワーに換算すると、七六・
六時間となる計算結果が示されている(乙一四九号証)。
 このように被告における運航乗務員の月間・年間乗務時間は、従来から国際水準
に照らして、際だって長時間に及んでいた。
(二) 被告の主張
 一暦月、一暦年の乗務時間制限を国際的に見れば、米国の基準では二名編成機の
場合、一〇〇時間・一〇〇〇時間、三名編成機の場合、一二〇時間・一〇〇〇時
間、英国の基準では一〇〇時間・九〇〇時間であり、当社の乗務時間制限は、それ
らに比べたらかなり厳しいものである。
 原告らの外国他社の多くはクレジット
アワー制度ないしその類似の制度を取り入れているから、この点を考慮した上で比
較しないと比較の意味をなさないとの主張はその限りでは正しいが、例示として挙
げている比較例は的確を欠いている。
七 勤務完遂の原則について
1 原告らの主張
 前記(第二、一、5、(二))のとおり、従来の勤務協定には、「乗務割の一連
の乗務の実施中における乗務時間、勤務時間、又は着陸回数の延長及び中断は、他
の乗員と協議し、機長の決定による」(Ⅰ-12(1))との規定があり、改定前
の本件就業規程にも「乗務割の一連の乗務の実施中における乗務時間、勤務時間ま
たは着陸回数の延長及び中断は、機長が他の乗務員と協議し、決意する」(一二条
一項)との規定があった。
 しかし、この点については、本件就業規程の変更によって、「乗務割上の一連続
の乗務に係わる勤務は、開始後完遂することを原則とする。」、「但し、他の乗員
と協議し、運航状況、乗員の疲労度その他の状況を考慮して運航の安全に支障があ
ると機長が判断したときは中断しなければならない」と改定された(一二条一
項)。
 本件就業規程の変更以前の旧就業規定及び勤務協定によれば、乗務開始後何らか
のトラブルが生じ、乗務時間を延長して乗務時間制限を超える乗務を行わなけれ
ば、予定された乗務が完了しない場合でも、乗務時間制限等の遵守が原則であり、
機長は、当該乗員の疲労を考慮し、勤務協定上の乗務・勤務時間制限を基に延長・
中断の判断を行い、延長の判断がされるのは例外的であった。
 しかし、本件就業規程の変更によりこの原則と例外が逆転し、改定後の本件就業
規程の乗務・勤務時間制限にかかわらず、被告は交替乗員の手配や休養の準備を行
わず、当該乗員の疲労度を確認することなく、目的地までの継続乗務を原則とした
対応を行っており、機長の判断も、乗務時間制限等の遵守の方がむしろ例外的とな
った。
 さらに、勤務協定の下では、制限時間を超えることが判明した場合、地上の支援
部門では、できるだけ交替乗員や休養を与えるための施設の手配を行いその状況を
乗員に伝えたうえで、機長に判断を重ねていた。勤務協定が有効であった平成五年
四月に会社の運航乗員企画部業務グループ(現在の運航企画部)が地上支援部門に
勤務するスケジユーラーの教育用に記布していた「運航管理」というマニュアルの
七頁で、「運航乗務員の勤務に関する協定について」の補足説明とし
て「既に乗務した区間についてはACUTUALのブロック・タイムで、また、こ
れから乗務を予定している区間については別に定める乗務ダイヤにて乗務時間を算
出することとなります。」としていたのは(甲第七八号証)、これにより時間制限
をオーバーするときは、中断か延長が問題になるという趣旨を述べているものであ
る。
 従来は、このように、乗務時間制限の厳守が原則、即ち乗員交替が原則であった
が、本件就業規程の変更後は、ダイバートの場合の会社の地上支援体制にも変化が
生じ、容易に交代乗員を送り込める千歳、大阪、福岡といった国内空港はもとより
羽田又は成田といった基地に於いても予め交代乗員が用意されていないという事態
が数多く発生している。又、いざ機長が乗員の疲労等を考え中断を決定しょうとし
ても、交代乗員がいない状況では、継続乗務を余儀なくされているというのが実態
である。
 過去の会社と乗員組合の勤務協定や運航規程(昭和四〇年)には、機長判断でこ
れらの制限を超える場合でも「延長勤務時間は、国内線にあっては二〇分、国際線
にあっては四時間を超えてはならない」と規定されており、ノースウエスト航空で
は三名編成機の勤務時間制限としては、予定の段階で一三時間、実績で一五時間ま
でと言う制限を設けている(甲第七九号証)。
 平成五年八月に発生したアメリカインターナショナル航空DC八型機の事故に関
する米国NTSB(国家運輸安全委員会)の事故報告書(甲第七三号証)では、乗
員の疲労が事故の原因との結論を出しているが、その中で「一般に個人が自分の疲
労状態を正確に評価することは離しく、多くの場合大して疲れていないと評価する
傾向が強い」という疲労問題の専門家のレポートが紹介されている。さらにこの会
社の地上支後部門で勤務するスケジューラーの「運航乗務員が疲労で乗務できない
時は、必要な休養時間を確定し、ホテルで休養することになっていたが、そのよう
なことはほとんど経験したことがない」との証言や事故機の副操縦士の「今までの
経験から拒否すれば本当に疲れてるの」と言われるだろうから仕方がないと思っ
た」との証言が紹介され、「競争圧力が高まると航空会社が運航乗務員の効率と会
社の利益を最大にするためにこの基準一杯で運航することになり得る。会社自身が
ポリシーを変更することも、個々の運航乗務員が疲労の限界を考慮するのに今より
積極的になることもあり得
ないと判断されるので、疲労に起因する事故の再発を防止するには法規を改定する
必要がある」との勧告が出されている。
 この勧告からも明らかなように、既に疲労した機長に何の客観的な基準もなし
に、原則的に勤務の完遂という規程の中でかつ乗員交替の準備もできておらず、個
人の姿勢に中断の判断のみを委ねることが、いかに危険であり、万が一事故が発生
した場合の責任の所在をことさら曖昧にする規程であるかは明白である。
 この点に関する本件就業規程の変更により、以後、原告らは、乗務開始後は、い
かなるトラブルがあろうと、乗務割上の目的地に到着するまで(例え交替要員が確
保できても)乗務を強いられることになる。
 機長の判断が歯止めになるとしても、原則と例外が逆転し、「延長することが妥
当か否か」を判断することと、「中断することが妥当か否か」を判断するのでは、
おのずと違いが現れる。その結果、実質上就業規程の乗務時間等の制限が意味をも
たなくなり、乗員に過重な勤務を強い、また、乗員の疲労が与える運航の安全性が
おろそかになり、ひいては乗客ともども乗員の生命・身体に対する安全が脅かされ
る結果となる。
 平成六年二月一二日、成田空港が大雪のため多くの便がダイバートした。一例と
して、同日着予定のホノルル発成田空港行八九便が札幌に着陸後、継続すれば明ら
かに改定後の本件就業規程上の制限を超えることが分かっていながら成田空港まで
乗務させられた。その結果、乗務時間は一二時間二六分、勤務時間は二一時間四〇
分となった。これは改定後の本件就業規程の制限を乗務時間で三時間二六分、勤務
時間で八時間一〇分も超え、さらに、運航規程の勤務時間制限を六時間四〇分も超
えている。
 また、平成八年一月二二日に七〇五便、七〇六便(名古屋発香港便、香港発名古
屋便の往復乗務、合計予定乗務時間 七時間四〇分、予定勤務時間一〇時間四五
分)のケースが発生している。この勤務は一〇時に名古屋を出発し、香港で折り返
して一九時に名古屋に到着する予定であったが、当日は香港の天候が悪かったため
に、目的地香港上空まで飛行し、上空待機をし、天候回復を待ったが結局着陸する
ことができず、台湾の台北空港へ着陸した。この時点で乗務時間は六時間であっ
た。その後、燃料を補給し香港へ向かい着陸することができた。香港に到着したの
は、日本時間の一八時五二分、乗務時間は合計八時間二分であった。こ
こで次の香港発名古屋便の乗務をすれば乗務時間は一一時間を越え、勤務時間も一
四時間を超えることが明らかであり、三回着陸の制限である乗務時間七時間三〇
分、勤務時間一二時間の制限を大幅に超える状態であった。運航乗務員は体の疲労
を考え、航空機を降りる準備をしていた。しかし、被告の説明は、乗務員が問題な
ければすぐに出発できるし、旅客は待っているというものであった。乗務員が疲労
を理由に無理だと主張しても、被告は旅客のホテルも無いことを理由に挙げ、さら
に、判断は二、三分でして欲しいといわれ、継続乗務せざるをえない状況であっ
た。最終的に名古屋到着時間は二二時三六分、乗務時間は一一時間七分、勤務時間
が一四時間二一分という勤務であった。この乗務に就いた乗務員は「結果論になる
が、その時自分が大丈夫と思っていても、かなり、危ない状態になっていたと思
う。」と感想を述べている。
 被告は、本件就業規程の変更の前後で、この点に関する規定の趣旨は全く変わら
ない旨主張しているが、被告の運航企画部が本件就業規程の変更に際して被告の各
部門に配布した文書(甲第七七号証)には、「勤務完遂の原則」について「この項
大幅改訂」と記載されており、右主張が誤りであることは明らかである。被告は、
この点についても、単に文言が変わったという趣旨で「この項大幅改訂」と記載し
たに過ぎないと主張するが、被告は変更箇所については「新設条項」、「大幅改
定」、「表現変更」と説明を使い分けているのであり、この点に関する変更(一二
条)は実質の変更であるからこそ、スタンバイに関する変更(第二一条)とともに
「この項大幅改定」と説明しているのである。
 なお、原告らは、勤務時間制限を超えるとき、乗員交替又は休養をとらせること
が可能な場合に、交替あるいは休養をとらせるかそれとも同一乗員に勤務を継続さ
せるかを問題にしているのであり、それが不可能な場合を問題にしているのではな
い。
2 被告の主張
 乗務時間、勤務時間の制限は予定段階の制限である。
 予定された乗務の変更が機長の判断によるという趣旨は本件就業規程の改定の前
後で変わらない。
 予定の乗務が開始された後はこれを完遂することが原則である。この点に関して
も何ら変更がない。
 本項に関して安全上の問題は全く関係ない。被告としても、不測の事態が生じた
場合にも運航の安全に支障が生じないよう万全の支援体制を確立する
よう努めていることはいうまでもない。
 したがって不利益を論ずる余地がないが、この規定の趣旨を詳述すれば以下のと
おりである。
 すなわち、航空機の運航は様々な要因によって予定の変更を余儀なくされること
がしばしばあり、予定どおりに終わらないことが少なくないという実態にあるが、
そういう状況のもとにおいても、予定された乗務が開始された後(乗務割の一連の
乗務の実施中)は、その開始された乗務が完遂されることを原則とすることは道理
である。運航規程においても従来より「運航乗務員は、との乗務割に従って乗務を
完了するものとする。」と明記されている。
 また、このことは労使ともに承認してきたものであり、「運航乗務員の勤務に関
する協定書の解説」(乙第二号証)には、勤務協定のこの点に関する規定につい
て、「運航の安全に支障がないと機長が最終的に判断した場合には乗務割の一連の
乗務はこれを完了するという原則を採り入れた。従って、この反対に乗員の疲労状
況を含めて運航の安全に支障があると最終的に判断した場合は一連の乗務の中断を
機長は決定することができる」と協定の背景を説明し(二頁)、当該条項につい
て、「今回の協定では、予定された乗務は運航の安全性に支障なき限り完遂するこ
とを原則とした。この場合完遂の可否に際しては他乗員と協議の上機長の最終判断
により決定される。」と解説している(二二頁)。
 しかしながら、被告は、いかなる状況においても予定された乗務の完遂を求める
わけではなく、運航を継続するか中断するかは当該航空機の運航の責任を担う機長
が諸般の事情を考慮して決定すべきとするものである。
 この点に関する本件就業規定の変更は、このような当然の事理を条文上で明確に
するとともに、機長が決定を下すに当たっての判断の指針をも示したものである。
 なお、運航の安全に支障があると判断された時には、機長は運航を「中断しなけ
ればならない」と定めているのは会社の安全重視の姿勢を示すものでもある。
 これを要するに、いったん乗務が開始された後に何らかの要因によって乗務時間
等の制限を超えることになるとか、運航の安全に支障を来すおそれが生じた時、運
航を継続するか中断するかの判断決定が機長にゆだねられていることには何ら変わ
りがなく、変更の不利益性を云々するべき性質のものではない。この改定によっ
て、「原則と例外が逆転」したとする原告らの主張は全
く取るに足らないものである。
 原告らは、機長が中断の判断をしたときのみ、それから初めて交替乗員の手配や
休養施設の手配を行うのである」と主張するが、事実に反する。イレギュラー発生
時における運航乗務員の交替措置に対しての被告の方針は本件就業規程の変更の前
後を通じて全く変わっていない。
 そのことは、本件就業規程の変更以前の昭和六〇年三月六日付け業務連絡(乙第
一二二号証)と変更後の平成六年一〇月一七日付け業務連絡(乙第一二三号証)と
を対比すれば明らかである。
 実際にイレギュラー発生時にその対応に当たる被告の運用グループは、イレギュ
ラーの第一報を受けると、イレギュラーが回復し継続乗務をした場合の乗務・勤務
時間の検証、乗員交替の場合の乗務割変更のシミュレーション、交代乗員を地方へ
送り込む場合の手段の検討等の初動を開始するが、機長の判断がタイムリーに確認
できない場合等には、継続乗務を行うと大幅に本件就業規程の時間制限を超えるこ
とが明らかであれば、運用グループの初動の中で、呼出しや送り込みを行ったりし
ている(乙第一四三号証ないし一四五号証)。
 原告P26の陳述(甲第三五八号証四八頁)からうかがうに、原告らの主張は、
昭和六〇年三月の業務連絡(乙第一二二号証)の「制限を超えそうな場合は直ちに
手配を行う努力を払った上で」を「直ちに乗員手配を始めて機長の判断に委ねる」
と読み替える一方、八五年業務連絡と同旨である九四年一〇月の業務連絡(乙第一
二三号証)の「可能な範囲で乗員交替に対応できる準備を行った上で、その手配状
況も含めて機長に説明し」を、機長が乗務中断を決定したときにはじめて乗員交替
の手配を始めることを意味しているとすりかえる独断に基づくものであるが、現場
ではそのような曲解をすることなく、従前どおり誠実に対応していることは乙第一
四三号証で述べられているとおりである。
 原告らは触れていないが、イレギュラーの発生により制限を超えて乗務・勤務し
た場合に、勤務協定では「少なくとも一二時間の休養を与える」とされていたとこ
ろ、改定後の本件就業規程一二条二項では「次の一二時間以上の休養を予定する地
点で少なくとも一五時間の休養を与える」旨の規定が置かれたが、ここにいう休養
は予定されるだけでは足りず、現実に与えられなければならないものと理解されて
おり、この改定は運航乗務員の疲労等を配慮した改善である。
 な
お、平成六年二月一二日の例は勤務協定下でも起こり得ることである。
 また、平成八年一月二二日の七〇五便、七〇六便(名古屋-ホンコン往復便)の
経緯については特に争わないが、この継続乗務については機長が運航の安全に支障
がないと判断した結果によるものであった。
 原告らは、甲第七七号証八頁における第一二条の「備考」欄に、「大幅改訂」と
あるのは、単に文言が大幅に変わったという趣旨に過ぎないものを、実質の大幅改
定と説明されたものであるとするが、それは被告の説明を曲解するものである。
八 休養時間について
1 前提となる被告の主張
 被告は、休養に関する本件就業規程の規定を以下のような趣旨の下に、前記(第
二、一、5、(三))のとおりに変更した。
(一) 休養に関する原則規定の整理
 前後を連続する一二時間以上の休養で枠付けされた一連続の乗務に係わる勤務と
いう概念を導入し、これに伴って、一連続の乗務に係わる勤務の前には連続一二時
間の休養を予定することを明確にする一方で、従来解釈上の議論があった「宿泊地
における休養」という規定を廃止した。
(二) 滞在地における休養時間の基準の整理
 従来滞在地での休養時間を決める基準が明確でなかったのでその明確化を図るこ
とにしたものであって、その基本は、時差については産業医の意見等を踏まえて、
時差の解消は基地で行うという考えを基本として休日に反映させる一方、滞在地で
の休養は乗務後の一過性の疲労解消を狙いとするということにおいた。そのため、
疲労の増大に関わりがある長大路線における乗務時間の要素と深夜時間の要素を考
慮して、基本休養時間に付加する休養時間を定めることにした。長大路線の乗務時
間の考慮としては、予定乗務時間が九時間を超え一〇時間までの場合には六時間、
一〇時間を超え一一時間までの場合には九時間、一一時間を超える場合には一二時
間の休養時間をそれぞれ基本休養時間に付加すること、深夜時間の考慮としては出
発地の深夜時間分を加味するというものである。
(三) 航空機遅延等やむをえない場合の最低休養時間の設定
 従来航空機の遅延等やむをえない場合の最低休養時間は、連続する二四時間とい
う枠から来る制限に内在していただけであったが、「一連続の乗務に係わる勤務」
という枠組みに変更したことに伴い、最低休養時間を一〇時間とはっきり定めると
ともに、実際の休養時間が予定した必要休養時間の一
二分の一〇に満たなかった場合には、休日を一日追加することをも新たに定めた。
(四) 一連続の乗務に係わる勤務の制限時間内での例外的取扱い
 休養の前後の乗務時間及び勤務時間の合計が一連続の乗務に係わる時間制限内で
あれば、これをもって一連続の勤務とみなすことができるので、必要休養時間の適
用外とした。もっともこれは新しい取扱いを定めたというものではなく、旧協定下
の取扱いと同趣旨のものである。
(五) 連続して便乗し勤務時間が一五時間を超える場合の取扱い
 旧協定において、東京から連続して一二時間以上デッドヘッドした場合、次の乗
務に先立ち連続二四時間を与える旨定められていたが、これは欧州線が南回りでし
かも直行便がなかった昭和四一年当時に定められた内容で、状況が大きく変化して
実情にマッチしなくなっているし、その規定の解釈が必ずしも労使間で一致してい
ると言い難いところもあったことから、これを改めることにしたものであって、乗
務時のシングル編成における最大勤務時間が一五時間であること、その一連続の乗
務に係わる勤務の制限を超えた場合は少なくとも一五時間の休養を与えることにし
たこととの均衡を考え、デッドヘッドして勤務時間が一五時間を超えた場合に一五
時間の休養を与えることを定めた。
2 運航規程上の宿泊を伴う休養の休養時間について
(一) 被告の主張
 運航規程上の休養時間は、平成五年二月二〇日以前には「連続する二四時間中の
乗務時間及び勤務時間」制限の反射的効果として確保されてきたものであり、つま
り、連続する二四時間中、最大の勤務時間一五時間と移動時間各三〇分を差し引い
た残りの八時間が休養時間の保証であった。
 同日の運航規程の改定で、「基地以外の休養地で少なくとも連続一二時間の休養
を与える」旨の原則が明確にされたが、この定めは、乗務時間・勤務時間の制限を
超えて乗務した場合に少なくとも一二時間の休養を付与する旨の定めである。
(二) 原告らの主張
 確かに平成五年二月の改定前の運航規程において休養時間の定めは明文化されて
いなかった。これは、運航規程は、安全に対する必要条件ではあるが、十分条件で
はないからである。
 従前の運航規程では、休養の前に予定されていた業務が不測の事態により延長を
余儀なくされた場合に、その後に引き続く休養時間を最低一二時間確保するという
内容が記されていることから、事前に予定されていた休
養時間が少なくとも一二時間以上予定すべきであるという前提が存在していた。
3 本件就業規程の変更以前の宿泊を伴う休養の休養時間について
(一) 原告らの主張
 勤務協定Ⅱ-16は次のように規定していた。
「 (2) 宿泊地における休養
 宿泊地における休養は、少なくとも一二時間とする。但し
イ 本協定「適用」第九項に示す連続する二四時間中の乗務及び勤務時間の制限を
超えない場合には、宿泊地に於いて一二時間の休養をとらずに飛行することができ
る。
ロ マルティプル編成の場合、運航乗員が運航状況、疲労度等について判断し、機
長が充分これを配慮して八時間とすることができる。」
 勤務協定では、乗員交替を行う場所を「宿泊地」と定義しているが、宿泊を伴う
休養の場合、すなわち、航空機を一旦降機し、ホテル等の休養施設に入り、翌日便
名の異なった便に乗務する場合には、その場所は右宿泊地であり、一二時間の休養
時間が確保されるべきである。その理由を以下に述べる。
 この規定本文からしても、「宿泊地では休養時間の最低基準」が一二時間として
規定されていることは争いようのないことである。
 被告がその主張の根拠としているただし書イは、イレギュラーに対処するために
例外として設定された経緯がある。すなわち、分裂以前に乗員組合が締結していた
勤務協定では、「宿泊地における休養は、少なくとも一二時間とする」と規定され
ていたのみであって、ただし書の項目は規定されていなかった。その後、実際の運
航において前日の到着便が遅延した場合、一二時間の休養時間が確保できないた
め、翌日乗務する予定の乗員を変更させるか、出発便を遅延させなければならない
状況が発生し、第二組合である運航乗員組合が締結した協定では、これを回避する
ためにただし書きの項目を設定し、連続する二四時間中の制限を超えない場合に限
り、例外を認めたものである。つまりこの但し書きの項目は、予定の段階では、少
なくとも一二時間の休養時間を確保するが、イレギュラー等で航空機遅延が発生
し、一二時間を確保することができない場合、連続する二四時間中の制限を超えな
い場合に限り、次の乗務に就くことができるよう規定したものであり、その規定を
引き継いだ今回破棄された勤務協定でもそのように運用されていた。ただし書がイ
レギュラーの場合の例外的規定であることは、ただし書ロが「運航乗員が運航状
況、疲労度等について
判断し」として、イレギュラーが発生した場合であることを当然の前提として規定
していることからも明らかである。なお、ただし書ロで、マルティプル編成の場合
について最低休養時間を八時間としているのに対してただし書イではこうした規定
を置いていない理由は、シングル編成の場合、「二四時間中の勤務時間制限」は勤
務協定上最大一三時間であったことから自ずと最低限度の休養時間が確保されるの
に対し、マルティプル編成のそれは最大二〇時間であり、「二四時間」の枠の中で
は休養時間の確保が果たせないことから特に規定したものである。
 昭和五七年の被告の航空機の羽田沖事故の際、事故機の運航乗務員の乗務パター
ンは、羽田から福岡に最終便で行き、福岡で宿泊し、翌日同一の航空機で福岡から
羽田への始発便で帰るというものであり、福岡から羽田への右始発便の事故であっ
たが、この勤務においては福岡において一二時間の休養時間が与えられておらず、
そのことが国会で指摘された後、国内線における乗務パターンの作成の運用は(同
一の航空機を使用するか否かにかかわらず)宿泊を伴う休養地において予定段階で
一二時間の休養時間が確保され、航空機の遅延等が発生した場合でも一〇時間の休
養時間が確保されるようになった。羽田事故後の宿泊を伴う勤務についての運用
は、勤務協定上当然のことであったが、被告は、国会で約束したのは国内線におけ
る取扱のみであるからとして、こうした運用を国内線に限り、国際線については宿
泊を伴う勤務について一二時間の休養時間を保障しようとしなかった。またこのと
き、被告は乗員組合に対して前述の内容の協定の改定案を提案したが、同時に国内
線の連続乗務日数を四日に延長する等の内容がパッケージとされていたために、協
定改定には至らなかった。このような経緯に照らしても、勤務協定の前記規定は、
宿泊を伴う休養地を宿泊地と解釈すべきである。
 被告はその後、この但し書きを拡大解釈し、予定の段階から前夜到着した航空機
がそのまま翌朝まで空港に停留して同じ乗員が乗務して出発する場合は、「乗員交
替が行われないので宿泊地ではない」と主張し、予定段階から一二時間の休養時間
を満足しない乗務パターンを作成、強行してきた。本件就業規程の変更で被告は、
この「宿泊地」の定義を規定から削除しているが、これは被告が主張する前述の理
論をすべての宿泊地に適用させるためのものであり、
明らかに休養時間の削減である。
 このことは就業規程改定後の平成五年一一月一日以降被告が、強行実施している
乗務パターンを見れば明らかであり、これらの乗務パターンを可能とするために
「宿泊地」の定義を削除したことは明白である。
 被告は同項ただし書イについて「通常イレギュラーに対処するための特別の措置
を定める必要は、それが制限から外れるからである。そう見れば、『連続する二四
時間中の乗務及び勤務時間の制限を超えない場合』を条件として定めるただし書イ
は、むしろイレギュラーを想定したものではない、と解するのが自然な理解」だと
主張するが、イレギュラーが常に「二四時間の乗務及び勤務時間の制限」を超える
ものではもちろんないし、「休養時間の付与自体を意図したものでない」と被告も
認めるところの右「二四時間」の制限の遵守を要求しているからといって、これが
イレギュラーを想定した規定ではないなどと言えるはずもない。右規定は、休養の
最低基準である一二時間を守りえないようなイレギュラーが発生しても、少なくも
「二四時間枠」の制限は確保して運航乗務員の疲労蓄積をふせごうとする規定と見
るのが、「自然な理解」である。
 以上から明らかなように、本ただし書は、その「ただし書」としての規定の仕方
からも、制定の経緯からも、規定の内容からしても、イレギュラーの場合を想定し
ての規定であることは明らかであり、従来の勤務協定の下では、予定の段階から
「一二時間未満の休養を挟む勤務」など認められるべきものではなかったのであ
る。
(二) 被告の主張
 勤務協定における「宿泊地における休養」とは、「宿泊地」が「あらかじめ乗務
員交替地として定められた場所をいう」(Ⅰ-五)と定義付けされていたことから
も明らかなとおり、要員交替のための休養であり、一連の乗務の連続性を断つ性格
を有するものである。そのような性格を有する「宿泊地における休養」は「すくな
くとも二一時間とする」旨、定められていた。
 右の「宿泊地」の定義から明らかなように、「宿泊を伴う勤務」の中の宿泊場所
が必ずしもこの協定でいう「宿泊地」であるということにはならない。「宿泊地」
を右のように限定して定義付けした理由は、「連続する二四時間」の枠内での勤務
協定の時間制限により乗員交替をしなければならない場合の休養は原則として「少
なくとも一二時間とする」が、それ以外の休養は必ずしも一二時間を
予定しなくてもよいので、これを区別する必要があったからである。
 本件就業規程の変更は、「連続する二四時間」という枠付けでなく、一二時間以
上の休養で枠付けされた「一連続の乗務に係わる勤務」の枠内で乗務時間・勤務時
間を規制するという考え方をとっており、したがって、この休養を与える場所が、
右でいう「宿泊地」であるか否かは特段の意味を持つものではないことからこの限
定を削除することにしたものであって、問題になる余地はない。
 これは、航空機の遅延等やむを得ない事態が発生した場合で、予定した休養を与
えられない場合でも、休養の前後の乗務時間及び勤務時間の合計が一連続の乗務に
係わる勤務の時間制限以内である場合には、これらをもって一連続の乗務に係わる
勤務と見なすことができるから、その間に狭まる休養については特に最低限度を定
めなくともよい、という考えにもとづく定めである。これは、勤務協定が、少なく
とも一二時間とされている宿泊地の休養であっても、連続する二四時間の制限を超
えない場合は、「一二時間の休養をとらずに飛行することができる」(ⅡⅠ一六
(2)ただし書)とし、休養時間の最低保障をしていないことと同趣旨である。
 原告らは、勤務協定一六条ただし書がイレギュラーの場合の例外規定であると主
張するが、それは誤りである。ただし書ロがイレギュラーが発生した場合であるこ
とを前提としてきていされているとしても、そのことからただし書イも当然にイレ
ギュラーの場合を意味することになるわけではない。通常、イレギュラーに対処す
るための特別の措置を定める必要は、それが制限から外れるからである。そうみれ
ば、「連続する二四時間中の乗務及び勤務時間の制限を超えない場合」を条件とし
て定めるただし書イは、むしろイレギュラーを想定したものではないと解するのが
自然な理解である。
 また、ただし書イにおいて最低限度の休養時間が確保されているという原告の主
張は誤りである。原告の主張は、宿泊の前後の勤務時間を当然に旧協定における勤
務時間制限ぎりぎりの時間のように想定して展開されているが、比較的短時間の乗
務、勤務を挟んで宿泊することもあり、そのよう場合、勤務協定上の時間制限から
「最低限度の休養時間の確保」が導き出されるわけではない。
 また、原告らは、ただし書イは従前こうしたただし書が一切なかったところに、
イレギュラーに対処するための例外と
して設定された経緯があると主張しているが、これも誤りである。昭和四一年一〇
月二二日締結の協定以前に、昭和三六年五月八日締結のジェット協定の付帯覚書5
や、昭和三八年五月一五日締結の協定、附則一三に既に同趣旨の定めがなされてい
た。
 原告らの主張の根拠は、「翌日便名の異なる便に乗務する」という点にあり、そ
れこそ乗務員の交替に他ならないとしているものと解されるが、そもそも連続する
勤務の途中で予定された宿泊をするということは、一つの便の乗務が終わって降機
し、宿泊した後翌日次の便に乗務するということであり、翌日乗務する予定の便が
前日とは「便名の異なった便」になるのは当然のことであるから、原告らの主張
は、勤務途中の宿泊のすべてが「宿泊地」における宿泊であるというに等しい。そ
うであるならば、原告らの主張においては「宿泊地における休養」にあたらない宿
泊などあり得ないことになるが、それでは「宿泊地」を限定した勤務協定の定義付
けはまったく無意味な定義付けだったことになる。
 原告らは、羽田沖事故の後の国内線における運用について、「乗務パターン作成
(予定)の段階で一二時間、航空機の遅延等が発生した場合でも最低一〇時間の休
養時間が確保されるようになった」と主張するが、これは誤りであって、事実は、
予定段階で一〇時間、イレギュラー発生の場合でも九時間を確保するという内規に
基づいた運用がなされてきたのである。付言すれば、昭和五七年四月一〇日に被告
が提案した勤務協定改定案では、国内線の勤務終了後の休養を予定段階で一二時
間、遅延・イレギュラー発生時は一○時間とする内容になっていたが、この改定案
は協定化されなかった。
4 宿泊地における休養時間と運航の安全性
(一) 原告らの主張
 宿泊を伴う勤務において、人間の生理的生活リズムを維持し、特に国際線の乗務
に就くものが時差を解消するためには、乗務時間、勤務時間が何時間であるかにか
かわらず、八時間の睡眠時間を確保する必要がある。運航乗務員は、乗客乗員の生
命を預かる職務であるので、勤務における体調維持のためなおさらその必要性は高
い。そして、八時間の睡眠時間を確保するためには、チェックイン後の軽い休憩、
当日の乗務の反省、翌日の乗務の準備、入浴、食事、出勤準備に最低四時間は必要
なので、最低でも一二時間の休養時間が必要である。
 本件の就業規程の変更により、宿泊を伴う休養に最
低一二時間の休養時間が確保されなくなったが、それがいかなる安全性の低下に繋
がっているか、実態に即して説明する。
 運航規程及び就業規程の変更により、一二時間未満の休養時間を強行されている
代表的なパターンとして成田→香港→成田の折り返し業務がある。平成九年の夏ダ
イヤにおいてMD一一型機によって運航される七三五便→七三〇便を例に説明す
る。
 当該乗務の成田出頭時刻は一六時四五分、成田→香港の乗務時間は四時間三五分
である。香港到着は日本時間で二二時五〇分である。香港のホテルに到着するのは
二三時五〇分頃、ほとんど翌日の午前○時である。翌朝の出頭時刻は日本時間で一
〇時四五分であるからホテル出発は一〇時一五分、その一時間前の九時一五分にウ
ェイクアップコールがある。ホテルのチェックインからコールまで九時間一五分、
翌日の乗務の準備を手早くすまし、風呂に入ってすぐ眠り、コールまで眠ったとし
て八時間ちょうどの睡眠である。実際は翌朝コール前に朝食を取ることも多く、ま
た到着後食事をとることもある。計算上は八時間であっても必ずしも実質睡眠時間
が八時間とれるとはいえない。このように見ればほぼ八時間の睡眠時間が確保され
ているのであるから安全上影響はないように写るかもしれないが、出発遅延などに
より大幅にホテル到着が遅れることもあれば、直前のパターンの時差を引きずった
状態である時もあり、必ずしも全員が確実に八時間眠れる保証はない。
 このような基本パターンが連日繰り返される状態と、一二時間の休養が確保され
たパターンが繰り返される状態を比較すれば、睡眠不足で十分な休養を取ることが
できなかった運航乗務員が翌日の勤務に就く可能性が飛躍的に増える。香港→成田
の乗務時間は三時間〇五分である。睡眠負債が乗務開始後に睡眠要求を引き起こさ
ないとは断言できない。
(二) 被告の主張
 成田→香港→成田の折り返し乗務においては、ホンコンでの休養時間が一二時間
未満になっていることは争わないが、そうだからといって運航乗務員の多くが睡眠
不足になっているというものではない。それにもかかわらず、「睡眠不足で十分な
休養を取ることが出来なかった乗員が翌日の勤務に就く可能性が飛躍的に増える」
といい、「睡眠負債が乗務開始後に睡眠要求を引き起こさないとは断言できない」
などと主張するのは欺瞞的である。
5 デッドヘッドの際の休養時間について
(一) 変更
の内容
(1) 原告らの主張
 勤務協定では、東京より連続して一二時間以上航空機にデッドヘッドする場合、
ヨーロッパ各国、北米の東海岸各地等がこれに当たるが、次の乗務に先立ち、少な
くとも二四時間、やむを得ない場合は一八時間の休養を有することが定められてい
た(勤務協定Ⅱ-20)。
 改定後の本件就業規程では、連続してデッドヘッドする場合、勤務時間が一五時
間を超える場合は、次の乗務に係わる勤務の前に連続一五時間の休養を有すると
し、更にやむを得ない場合は一〇時間の休養でもよいことにされたが(一六条四
項)、現在、実際には東京より連続してデッドヘッドする場合で、勤務時間が一五
時間を超える場合というのは存在せず、次の「一連続にかかる勤務の前」の一二時
間の休養(新就業規定一六条一項)が与えられるのみとなった。従来一二時間以上
のデッドヘッドに与えられていた「少なくとも連続二四時間」の休養が全く付与さ
れなくなり、休養時間が削減された。
(2) 被告の主張
 本件就業規程の変更により、デッドヘッドの際の休養時間について、次の乗務の
前に休養が与えられる場合の適用対象の範囲と次の乗務に先だって与えられる休養
時間が変更された。
 もっとも、旧協定に定める「連続二四時間」は休養時間、地上輸送時間等を含め
た便乗終了地点における総経過時間である(乙第二号証前掲「解説」三六頁参照)
から、これを考慮して両者を比較すべきである。
 ところで、一二時間のデッドヘッド時間と一五時間の勤務時間(出発予定時刻の
一時間前からの計算)、二四時間の到着地総経過時間と一五時間の休養時間とを比
べれば、それぞれに差があることは認められるが、前述したとおり一連続の乗務に
係わる勤務の前には少なくとも連続一二時間の休養を与えるという原則が明確にさ
れているのであるから、長時間便乗後の乗務についても、この原則をそのまま適用
することで足りるともいえるところを、右の休養時間の原則を踏まえながら一定時
間を超えたデッドヘッドについて従来の経緯も考慮して休養時間の配慮をしようと
したものであり、勤務時間、休養時間という基準のとり方の合理性、またその各時
間の長さの妥当性、デッドヘッドの増加、機内の居住性の向上等を総合すれば、こ
の変更によって、運航乗務員のデッド・ヘッドによる疲労からの回復が阻害され、
運航の安全が低下するなどというおそれは全くない。
(二) 東京サン
フランシスコ間のデッドヘッドに関する覚書の破棄による不利益について
(1) 原告らの主張
 「東京サンフランシスコ間のデッドヘッドに関する覚書」では、東京サンフラン
シスコ間のデッドヘッドについては、次の乗務に先立ち少なくとも連続二四時間の
休養時間、やむを得ない場合でも連続一八時間の休養時間を有することが定められ
ていた。ところが、改定後の本件就業規程では、東京-サンフランシスコ間のデッ
ドヘッドにかかる勤務時間は一五時間を超えず、「TYO-SFO問のDEAD 
HEADの際の休養に閑する覚書」は平成五年一〇月三一日解約されているので、
次の乗務に先立って予定される休養時間は一二時間でよいこととなり、さらに、や
むを得ない場合は、一〇時間でよいことにされ、休養時間が削減された。
 被告は「TYO-SFO問のDEAD HEADの際の休養に閑する覚書」につ
いて、その「連続二四時間」「連続一八時間」は「総経過時間」であると主張して
いるが、これは誤った解釈である。右覚書は、東京(当時は羽田)-サンフランシ
スコ問の直行便が開始された折、本来であればTYO(東京)-SFO(サンフラ
ンシスコ)の飛行時間は、一二時間未満であるために、勤務協定Ⅱ-20の規定
(連続二四時間又は連続一八時間の休養)の適用は受けないが、時差に伴う乗員の
疲労等を勘案し、労使交渉の結果、勤務協定Ⅱ-20と同じ休養時間を確保するた
めに締結された「覚書」である。したがって、往路東京から便乗でサンフランシス
コに到着した乗員は、次の乗務に先立ち連続二四時間の休養時間が確保されなけれ
ばならなかった。
 しかし、改定後の本件就業規程では、往路においてデッドヘッドする場合、「運
航乗務員が連続して便乗する場合で、勤務時問が一五時間を超える場合は、」の規
定以外は、一律に一二時間の休養時間で次の乗務につける(一六条一項)としてお
り、東京(現在は成田)-サンフランシスコ間の飛行時間が九時間一五分(平成六
年夏期ダイヤ・勤務時間に換算すると一〇時間-五分)であるために、従来二四時
間確保されていた休養時間が、一二時間でよいことにされている。これは、明らか
に休養時間の削減である。
 〇〇二便デッドヘッド→サンフランシスコ(宿泊)→〇四七便乗務という乗務パ
ターンは、平成六年四月から被告が強行実施しているものであるが、この乗務パタ
ーンのサンフランシスコにおける休養
時間は、一四時間四五分しか確保されていない。
 勤務協定、覚書の下では二四時間の休養時間が必要とされており、もう一日前の
〇〇二便便乗でサンフランシスコに到着していた。すなわち、〇〇二便デッドヘッ
ド→サンフランシスコ(宿泊)→サンフランシスコ(宿泊)→〇四七便乗務となっ
ていた。
 平成六年度冬期ダイヤを例にとり、具体的に述べると、当該乗員は乗務ダイヤが
九時間〇〇分の〇〇二便(成田発現地時刻午後六時〇〇分)にデッドヘッドし、サ
ンフランシスコに現地時刻午前一〇時〇〇分に到着する。三〇分間の移動(手荷物
の受け取り、税関検査等に要する時間、加えて交通事情も影響し、航空機到着から
ホテルに到着するのは実際には一時間乃至一時間三〇分かかるが、計算上三〇分と
扱っている。)の後、休養施設(ホテル)に到着するのは午前一〇時三〇分(実際
には二時ないし二時三〇分ころ)である。従来の協定、覚書に基づく乗務パターン
では、二四時間の休養が確保されていたため、次の〇四七便(サンフランシスコ→
成田)乗務のための休養施設出発は、その夜一泊した後、翌々日未明の午前一時一
五分となり、休養時間は三八時間四五分(実質三八時間程度)となる。一方、現在
実施している乗務パターンでは、休養施設(ホテル)に午前一〇時三〇分(実際に
は一一時ないし一一時三〇分ころ)に到着し、翌日未明の午前一時一五分に休養施
設を出発するため、休養時間は一四時間四五分(実質一四時間程度)のDAY R
EST(夜間がなく、昼間の時間帯の休養のみ)となっている。このような乗務パ
ターンが実施可能となることを見れば、今回の一方的な勤務基準の改定がいかに大
きな労働条件の切り下げであるかが明らかである。
(2) 被告の主張
 「TYO-SFO問のDEAD HEADの際の休養に閑する覚書」における
「連続二四時間」及び「連続一八時間」も「休養時間」ではなく、右「総経過時
間」を意味するものであり、右覚書によって連続二四時間又は一八時間の「休養時
間」が定められていたとする原告らの主張は誤りであり、改定後の本件就業規程一
六条一項及び二項の規定により、右覚書で定められていた休養時間が削減されたと
する原告らの主張は誤りである。
(三) 勤務協定のⅡ-20の「二四時間」、「一八時間」の意義
(1) 原告らの主張
 勤務協定のⅡ-20に定める「二四時間」及び同ただし書に定める「一八時間」

、「総経過時間」ではなく、「休養時間」を意味している。
 勤務協定は、「DEAD HEADの際の休養」のタイトルの下に、「少なくと
も連続二四時間を与える。但し、便乗航空機遅延等、やむをえない場合には当該地
到着後連続一八時間を与えた後に乗務することができる。」と規定しているのであ
って、「連続する二四時間」あるいは「連続する一八時間」が休養時間を意味して
いると解釈するのが当然である。
 また、被告が提出した「解説書」は、現在争われている協定のものではない。
 今回破棄された勤務協定を締結するに当たっての当時の被告の説明では、当該
「二四時間」について、「REST24HR」という言葉を使って説明しており、
この「REST」とは「休養時間」を意味することが明らかである(甲第八号
証)。
 さらに、仮に二四時間及び一八時間が被告主張のとおり「総経過時間」であると
した湯合でも、休養時間は削減されている。
 何故ならば、デッドヘッド後の場合、「総経過時間」から地上輸送時間(空港、
休養施設間の移動時間)、ブリーフィング時間(業務開始から航空機出発までの時
間)を差し引いたものが「休養時間」であり、現行規程では差し引く時間は最大で
も二時間三〇分と決められている(従来の協定から変更されていない)。
 したがって、前記「二四時間」及び「一八時間」が被告が主張する「総経過時
間」であると仮定しても、従来の勤務協定の下では、それぞれ「二一時間三〇分の
休養時間」及び「一六時間三〇分の休養時間」が確保されていたことになり、改定
された本件就業規程の「連続一五時間の休養」及び「連続一〇時間の休養」(一六
条四項)はこれすらも削減したものとなっている。
(2) 被告の主張
 勤務協定Ⅱ-20本文に定める「二四時間」及び同ただし書に定める「一八時
間」は、当該地到着後、当該地出発までの総経過時を意味するものであり、勤務協
定Ⅰ-3-(1)に規定された「休養時間」(休養施設に到着したときから次の業
務につくため同施投を出発するまで)を意味しない。このことは、勤務協定Ⅱ-2
0ただし書に「当該地到着後連続一八時間」と規定されていること、日本航空運航
乗員組合と被告との間に昭和四一年一○月二五日に締結された「運航乗員の勤務に
関する協定書」に関して両者が共同で作成した解説において「ここでいう二四時間
又は一八時間とは休養時間(HOTEL TIME)地
上運送時間BRIEFING TIME等を含めた「便乗終了地点に於ける総経過
時間」である。」と解釈されていること、乗員組合が右の解釈に基づく運用を長年
にわたって認めてきていることから明らかである。
6 デッドヘッドの後の休養時間と運航の安全性について
(一) 原告らの主張
 高い高度を飛行する航空機の中は低気圧、低酸素、低湿度であって、それらが運
航乗務員の心身に及ぼす高負担、高負荷はコクピットの中と客室の中とで違わな
い。連続して一二時間以上もこうした地上とは異なる環境下のおかれた運航乗務員
にそこでの心身の疲労を十分回復することなく次の乗務を強いることは、その健康
及び運航の安全に悪影響を及ぼすものである。
 被告は機内の居住性の向上を改定の理由の一つとして主張しているが、勤務協定
ではデッドヘッドの際の座席等級は原則としてファーストクラスと定められていた
が、勤務協定破棄後、就業規程には座席等級についての定めがなく、「運航乗員部
長通達」による運用がされるに止まっているが、同通達によれば、デッドヘッドの
際の座席等級は原則としてビジネスクラスに格下げになっている(甲第八三号
証)。従前のファーストクラスと比較して現在のビジネスクラスの居住性が優れて
いるということはない。さらに、原則がビジネスクラスでも、ビジネスクラスが有
償旅客等の予約又は搭乗により使用できない場合には、その他のクラスを使用する
ことになる。これらのことから、機内の居住性の向上はデッドヘッド後の休養時間
削減の理由とはならない。
(二) 被告の主張
 変更後の本件就業規程の定めるデッドヘッド後の休養時間の付与について、何ら
運航の安全上の問題は生じない。
 原告らは、デッドヘッドの座席等級の取扱いの変更についても触れているが、も
ともと旧勤務協定を締結した昭和四八年当時の座席は二等級制(ファーストクラス
とエコノミークラスのみ)だったので、これを踏まえて協定に定められた。その後
ビジネスクラスが導入され、居住性も向上したなどの事情を考慮すれば、社会常識
に照らしてデッドヘッドの座席等級をビジネスクラスとするのは妥当な取扱いとい
うべきである。また、デッドヘッドの乗務員と有料旅客とのどちらにビジネスクラ
スの座席を提供するかという場合に、後者を優先するのは社会常識の次元の問題で
あろう。
7 自宅スタンバイ後の休養時間について
(一) 原告らの主張
 勤務
協定では、自宅スタンバイ終了後、次の乗務に先立ち、国際線においては少なくと
も一二時間の、国内線においては少なくとも六時間の休養時間が与えられる旨規定
されていた(Ⅱ21(1)、(2))が、改定後の本件就業規程ではこれが削除さ
れた(一九条)。
 そもそも休養とはすべての勤務から解放されることであるが、スタンバイはすべ
ての勤務から解放される状態に当たらず、自宅スタンバイ後の休養時間を削除する
のは、スタンバイを休養と同視するものであり、不当である。運航乗務員は、自宅
スタンバイ中、起用される可能性のある路線の乗務に対応するための情報の確認作
業や行く先の気候に対応するための服装等の手荷物などの乗務に向けたさまざまな
準備作業を行っており、体を休めているわけではない。さらに、本件就業規程の変
更により、スタンバイからの起用対象便が特定されなくなり、国際線、国内線を区
別もなく準備をしなければならなくなったことを併せ考えると、さらに負担は増大
している。
(二) 被告の主張
 自宅スタンドバイはいわゆる呼び出し待機であり、その実質は休養に近いもので
あるから、この時間を連続一二時間の休養に包含し、休養時間の原則そのままの適
用をすることに何らの問題も認められない。
九 国際線基地帰着後の休日について
1 変更及び不利益性の内容
(一) 原告らの主張
 従来の勤務協定では、国際線の乗務において、離基地日数一日の場合一日の休日
を付与されることが定められていたが(勤務協定Ⅱ-一六6(3)ロ(ロ))、改
定後の本件就業規程ではこれがゼロに削減された(一七条二項(2)a)。
 また、最大時差四時間以内かつ離基地日数二日以内の場合、基地帰着後の休日を
与えず、一回の乗務パターンを限度として引き続き乗務を予定することがあるとし
ており(本件就業規程一七条二項(3)-従来の勤務協定では不可能であったとこ
ろ本件就業規程の改定で実施可能となったものである)、こうした規定により基地
帰着後の連続勤務が可能とされた。
 従来の勤務協定では、離基地日数九日の場合、四日の休日が付与されることが定
められていたが(勤務協定Ⅱ-一六(3)ロ(ロ))、就業規程では三日に削減さ
れた。また、離基地日数一二ないし一四日の場合、五日の休日を付与されることが
定められていたが(勤務協定Ⅱ-一六(3)ロ(ロ))、改定後の本件就業規程で
は四日に削減された(一七条二項(2
))。
 何れも乗務後の休日の削減であり、本来休日となるべき日が勤務日となり、運航
乗務員は大きな不利益を受ける。
(二) 被告の主張
 これまで国際線乗務の場合、基地帰着後の休日は、離基地日数のみを基準として
いたが、本件就業規程の変更により離基地日数のみならず離基地期間中の最大時差
及び一日当たりの平均乗務時間をも考慮して定めることにした。これは全体として
休日の取扱いの合理化を図ったものであり、その結果、従来より休日数が増加する
勤務と減少する勤務が生ずることになるのであって、これを一概に不利益変更とい
うことはできない。
 今回の改定においては、一暦日に一○日の休日を付与するという原則(本件就業
規程一七条一項)には変更なく、基地における休日の与え方(同条二項)が見直さ
れたにすぎない。すなわち、月間の休日数は変わらないまま、「乗務後の休日」と
いう、付与する時期に対応した日数に若干の変更を見たということである。
 見直しによって休日数減(いずれも一日)を見たのは、離基地期間一日、九日、
一二日ないし一四日のケースであり、離基地期間五日の場合は一日増となってい
る。
 離基地日数だけを基準にする考え方にとらわれると、やみくもに休日数が一日減
らされたかのように見えるかも知れないが、現実には休日滅のままで終わるのでは
なく、最大時差あるいは労働密度による休日付与条項の適用によって、減ぜられた
一日が従来どおりになる、さらには従来の日数に付加され一日休日増になる、とい
う事例も少なからず見られているのである。従って、離基地日数を基準とする休日
数だけをみるならば、離基地日数一日の場合に休日ゼロをはじめ、前記のような休
日減は合理的というべきである。
 一定以上の時差がある場合その解消に時間を要するということは多くの者が自ら
体験するところであり、これは時差の解消のためには早く帰ってきて基地で解消を
図る方がよいという産業医の意見等を参考にしたものであるので、このような基準
の新設は合理的なものである。
 離基地期間中の一日当たりの乗務時間が六時間以上の場合には休日一日を追加付
与することによって、労働密度に対する配慮を行った。近距離の路線であっても集
中勤務すれば休日増になり、この新設も労働条件の改善である。
 いずれにしても、国際線に乗務して基地に帰着した運航乗務員に付与される連続
休日数の定めに関する改訂が、運航乗務員の
疲労の回復を妨げ、運航の安全を阻害するおそれは全くない。
2 離基地日数一日の場合の休月削減について
(一) 原告らの主張
 勤務協定では、国際線の乗務の場合、離基地日数一日の場合、一日の休日を与え
られることが定められていた(Ⅱ、16、(3)、ロ、(ロ))、改定後の本件就
業規程では右場合には休日は与えられないこととされた(一七条二項(2)a)。
 これらの基地帰着後の休日数の削減は、勤務協定下では休日となっていた日が勤
務日となったものであり、原告らに不利益なものである。
 勤務協定では、離基地日数のみを基準として休日数が定められていたが、時差の
大きな路線や乗務時間の長い路線については、別途確認書あるいは路線別協定等に
より、この離基地日数を基準とした休日に加えて付加休日が確保されていた。
 改定後の本件就業規程では、離基地日数による休日に加えて、離基地期間中の最
大時差八時間以上の場合(ただし一二時間を超える時差については二四時間から当
該時差を減じたもの)に一日、離基地期間中の予定された総乗務時間を離基地日数
で除した一日当たり乗務時間が六時間以上の場合に一日の休日を与えるとしてい
る。
 ここで問題としているのは、離基地日数一日の場合の休日数であるが、時差八時
間以上の路線を離基地日数一日(日帰り)で乗務することはないので、ここで問題
となるのは一日当たりの乗務時間が六時間以上となるか否かである。
 すなわち、勤務協定では、国際線において離基地日数一日(日帰り)の勤務につ
いた場合、乗務時間にかかわらず必ず一日の休日が確保されていた。
 しかし改定後の本件就業規程では、離基地日数一日(日帰り)の勤務についた場
合、乗務時間が六時間以上にならないと休日は付加されない。
 被告は、香港、北京、マニラ、グァム、サイパンに日帰り乗務した場合には、一
日の休日が付与されるとしているが、この主張は、比較の対象を誤るものである。
勤務協定の下では、予定者陸回数二回の場合の乗務時間は八時間三〇分、勤務時間
は一三時間に制限されていたために、香港、マニラ線の乗務に就く場合、往復乗務
は行われておらず、必ず一泊二日とするかあるいは片道デツドヘッドとするかの運
用が行われていた。被告の主張は、従来実施不可能であった乗務を取り上げて、勤
務協定と改定後の本件就業規程における付加休日数を比較するものであり、比較の
対象を誤るものである。
 
また、前記香港、マニラ線に従来どおり片道デツドヘッド(便乗)で日帰り乗務し
た場合、勤務協定の下では一日に休日が付加されるが、改定後の本件就業規程の下
では休日は付加されず、いずれもゼロとされる。
 さらに被告の主張は、往復乗務した場合に乗務時間が六時間以上となる路線のみ
を取り上げて、休日数の削減がないような主張をしているが、これも正しくない。
例えば上海やハバロフスク線に日帰りで往復乗務した場合、従来の協定の下では一
日の休日が付加されるが、改定就業規程の下では乗務時間が六時間未満のため休日
は付加されず、いずれもゼロとされる。
 本件就業規程の改定により、最大時差四時間以内かつ離基地日数二日以内の場
合、基地帰着後の休日を与えず、一回の乗務パターンを限度として、引き続き乗務
を予定する可能性が生じ(改定後の本件就業規程一七条二項(3))、基地帰着後
の連続乗務が可能になった。
 その結果、運航乗務員は、乗務による疲労を回復させる機会を奪われ、過重な勤
務を強いられることになった。
 例えば、香港往復後、再度香港を往復する乗務パターンや、香港往復後引き続き
ホノルル線に往復乗務し、復路は名古屋又は大阪に向かう乗務が実施されるように
なった。香港往復後の再度の香港往復は運航規程違反であり、実施できないはずの
スケジュールであるが、改定後の本件就業規程上は可能なために実際に被告におい
て命じられたものである(甲第一一二号証)。
 香港往復乗務が行われるようになったことにより負担が増大し、さらに、香港往
復乗務後の一過性の疲労を回復する休日が削減されたので、その疲労を回復するま
もなく次に乗務に就かなければならず、引き続き行われる乗務の種類については、
就業規定上何らの制限もないことも併せ考えると、運航乗務員の勤務の負担は過重
であり、運航の安全性に与える影響は無視できないものとなった。
(二) 被告の主張
 勤務協定に存在した離基地日数一日の場合に一日の休日を与える旨の規定は改定
後の本件就業規程には存在しないが、その場合の休日が全く与えられないわけでは
ない。改定後の本件就業規程の下でも、香港、北京、マニラ、グァム、サイパンに
日帰り乗務した場合には、一日の休日が与えられる。
 香港線、マニラ線とも、従来日帰り往復乗務が行われていなかったことは事実で
ある(香港線の場合、一九八七年成田開港以後)が、それが予定着陸回数二回の
乗務時間制限(八時間三〇分)のため実施不可能だったからだとばかりはいえな
い。香港線の場合、往復乗務時間が八時間三〇分を超えることになったのは九四年
冬期のことであるし、マニラ線も常に往復乗務時間が八時間三〇分を超えていたわ
けではない。
 離基地日数一日(すなわち日帰り)でかつ六時間未満の乗務である上海線やハバ
ロフスク線に乗務して帰着後、休日が付与されなくなったのは事実であるが、これ
らの路線は短距離路線であって、国内線では従来の時間制限のもとでも可能な、着
陸回数四回で六時間、着陸回数三回で七時間三〇分を超えない日帰り乗務をした
後、休日がゼロであることと対比すれば、国際線であるというだけのことで休日の
取扱いが違っていたことになる。よって、これを見直して同レベルの取扱いにする
ことにした。妥当な見直しというべきである。
 香港往復後、引き続きニューヨーク往復乗務を行うという原告主張のパターン
は、運航スケジュール上運航規程の制限に反して実施不可能である。
3 連続乗務について
(一) 原告らの主張
 勤務協定では不可能であったが、改定後の本件就業規程では、最大時差四時間以
内かつ離基地日数二日以内の場合、基地帰着後の休日を与えず、一回のの乗務パタ
ーンを限度として引き続き乗務を予定することがあるとされており(一七条二項
(3))、これにより基地帰着後の連続業務が可能とされた。これらの基地帰着後
の休日数の削減は、勤務協定下では休日となっていた日が勤務日となったものであ
り、原告らに不利益なものである。
 被告は、改定後の本件就業規程の思想が、いわゆる「集中勤務・集中レスト」な
るものであることを繰り返し主張してはばからない。しかし、この思想は要するに
「まとめて働き、まとめて休む」ということであり、一過性の疲労についてはその
回復の機会を与えないというもので、その思想自体からして、運航乗務員に過重な
負担を強いるものであることは明らかである。しかもこれは、人間の生理に反して
疲労したままの運航乗務員が乗務することを何ら問題視しようとしない、安全性無
視の思想であって、放置することは許されないものである。
(二) 被告の主張
 改定後の本件就業規程一七条二項(3)の規定は、休日数を削減するものではな
い。いわゆる集中勤務、集中レストの考え方を導入したものであって、休日数につ
いては合計したものが勤務終了後に与えられること
になっている。したがって、これを労働条件の切り下げと見る余地はない。
 原告らは運航乗務員の上においては、集中勤務・集中レストといった発想は本来
なじまないと主張するが、被告がそれを提唱する趣旨は、安全を脅かすような勤務
の集中をあえて行ってまで休日の集中を図ろうということではなく、当然一連続の
乗務ごとに運航規程及び就業規程の定めに従い、乗務員の健喪及び安全運行を維持
するために必要な休養を付した上で、一定範囲の勤務の集中を行い、従来より休日
を集中して与えられるようにしようというものであるから、本来なじまないという
ことはない。
4 離基地日数九日及び一二乃至一四日の場合の休日削減について
(一) 原告らの主張
 勤務協定では、離基地日数九日の場合、四日の休日を与えられるべきことが定め
られていたが(勤務協定Ⅱ、16、(3)、ロ、(ロ))、改定後の本件就業規程
ではそれが三日に、離基地日数一二日ないし一四日の場合、五日の休日を与えられ
べきことが定められていたが(勤務協定Ⅱ、16、(3)、ロ、(ロ))、改定後
の本件就業規程ではそれが四日にそれぞれ削減された(一七条二項(2))。
 これらの基地帰着後の休日数の削減は、勤務協定下では休日となっていた日が勤
務日となったものであり、原告らに不利益なものである。
 改定後の本件就業規程によれば、この国際線勤務の場合最大時差八時間以上とな
って初めて一日の付加休日が与えられるだけである。つまり最大時差が八時間を越
えなければ付加休日はないのである。東南アジア線、ホノルル線、オセアニア線は
最大時差が八時間を超えない。オセアニア線のオークランドまでの乗務の場合、乗
務時間は約一一時間余りであるが、一日当たりの乗務時間は六時間に満たず、また
時差が一時間であるため付加休日がない。
(二) 被告の主張
 離基地日数が九日以上となる国際線勤務の場合には、最大時差が考慮されること
により、一日の休日が付与されるので、原告らの主張するような休日の削減は生じ
ない。
一〇 国内線連続業務について
1 原告らの主張
 勤務協定では国内線の乗務はは連続三日を超えないことが定められていた(勤務
協定Ⅱ、16、(3)、イ)。これは、一回の乗務時間が国際線と比較して短い国
内線では、乗務中の作業の中で離着陸が最も密度の高い作業であり、離着陸回数や
上空への上昇や降下回数が増えるほど、運航乗務員の疲労は増大
するので、乗務の負担は一日当たりの飛行回数(便数)に比例する。それゆえに乗
務回数を一定限度に制限することが必要であるからである。
 ところが、改定後の本件就業規程では、これが五日に延長された(一五条一
項。)
 国内線に関しては、一日当たりに乗務する便数(飛行回数)が多く、乗員の疲労
は、離着陸回数や上空への上昇、下降回数が増えるほど増大する。勤務協定では二
四時間中の最大予定着陸回数は四回までにと規定されていた(勤務協定Ⅱ、9、
(1))が、天候などのトラブルが発生した場合以外は、一暦日最大予定着陸回数
三回までで運用されていた。したがって、最大連続乗務日数三日の場合、一連続の
勤務で最大九回着陸の飛行を行っていた。
 ところが、改定後の本件就業規程では予定着陸回数四回の勤務時間制限が一一時
間に延長されたため(二条一項)、一暦日当たり四回まで運用されるようになった
上に、連続乗務日数も五日に延長されたために一連続の勤務で最大二〇回の飛行を
命じることも可能となった。
 これらは、乗員の疲労に大きく影響する不利益変更であるのみならず、運航の安
全上の観点からも問題がある。
2 被告の主張
 被告は、一連続の乗務日数に一日当たりの最大予定着陸回数を乗じた回数の乗務
を命ずるという運用をするわけではなく、定められた枠内で乗員の疲労や運航環境
を考慮して適切な運用を行っている。
 被告は、勤務協定下において、国内線連続三日間の乗務においては規定上最大一
二回までの着陸を予定することが可能であったが、着陸回数を一日三回、連続三日
間で九回までとする運用を行ってきた。
 したがって、改定後の本件就業規程下、五日間の連続乗務において最大二〇回の
着陸を予定することが可能であっても、被告がその範囲いっぱいの業務命令を行う
と解するのは誤りである。
 改定後の本件就業規程が連続乗務日数の制限を五日までとしたのは、一日の着陸
回数が一回とか二回と少ない場合にまで連続乗務日数を三日に制限することは乗員
の起用が窮屈であったので、運用上の柔軟性を確保するためにそれを緩和したに過
ぎず、月間休日数に変更はなく、また、休養時間も十分に確保されていることを勘
案すると、これをもって労働条件の大幅な切り下げと見る余地はない。
 連続乗務日数に関する就業規程の定めとしては、5-8-2の2(2)cに「連
続する七暦日のうち少なくとも一暦日(外国においては連続
二四時間)の休養を与える」という制限がある中で、勤務協定の16(3)イに
「国内線の乗務は連続3日を限度とし」と定められていた。これは被告会社の国内
線が幹線に限られていた「四五-四七体制」当時そのままであるが、八五年一二月
に航空政策が変更され、他社の国際線参入が認められる一方、被告会社の国内線も
幹線に限定されなくなったので、被告会社も国内ローカル線に参入してゆくことに
なった。その結果として地方発着の路線が拡大され、それに伴って機材はローカル
空港からローカル空港へと移動し一定期間基地に戻らない機材運用(機材繰り)が
多くなった。連続乗務日数が三日と制限されている中で、このような一定期間基地
に戻らない機材繰りが増えると、運航乗務員が往きにローカル空港へ、あるいは帰
りにローカル空港から、デッドヘッドするパターンが不可避的に多くなった。この
ような運航乗務員のデッドヘッドを少なくし、運航乗務員の弾力的かつ効率的な運
用を図るためには、国内線の連続乗務日数制限を緩和する必要があった。
 一方他社の状況を見ると、現に全日空もJASも、被告会社の制限が三日の当時
から四日の連続乗務日数制限の下で運航している。よって被告は、これらの他社の
例も参考にしながら、国内線では時差もなく深夜時間帯の飛行も少ないこと、以前
から運航乗務員の間に集中勤務・集中レストを希望する声が挙がっていたこと、五
日間の連続乗務をしたとしても、休日が三日付与されれば疲労から回復しえないと
は考えられないこと等を総合的に判断し、国内線について連続乗務日数の制限を五
日に変更するとともにその場合の付与休日数を三日とすることにしたのである。
 連続乗務といっても、各一連続の乗務と一連続の乗務との間に少なくとも連続一
二時間の休養が与えられることはいうまでもない。
一一 スタンバイについて
1 スタンバイの対象便が特定されなくなったことによる不利益性
(一) 原告らの主張
 勤務協定では、スタンバイは、国際線と国内線とを区別し、国際線については指
定された便について行うことが定められていた(Ⅱ、21、(1)、イ)。ところ
が、改定後の本件就業規程では、スタンバイにおける国際線と国内線との区別がな
くなり、スタンバイからの起用対象が、スタンバイ開始後午後一二時までのすべて
の便となった(一九条)。
 被告の国際線の路線は、四大陸に張り巡らされており、その行く先
は季節も気候も様々である。
 例えば、一九九四年一月に組まれていたB七四七型機の行く先の都市を挙げれ
ば、
(北アメリカ)
①サンフランシスコ ②ロスアンジェルス ③シカゴ ④ニューヨーク ⑤ワシン
トン ⑥バンクーバー ⑦アンカレッジ
(南アメリカ)
①メキシコ
(太平洋)
①グァム ②サイパン ③ホノルル
(オセアニア)
①ケアンズ ②ブリスベン ③シドニー
(アジア)
①ソウル(但し現行は国内線扱い) ②香港 ③シンガポール ④クアラルンプー
ル ⑤バンコク ⑥マニラ ⑦ジャカルタ ⑧デンパサール(インドネシア)
(ヨーロッパ)
①フランクフルト ②アムステルダム ③ミュンヘン ④ミラノ ⑤ローマ ⑥モ
スクワ
の二八都市となる。こうした都市への運航の組み合わせパターンは二〇〇通り以上
にもなる。こうして毎日合計二三ないし二五便が組まれている。
 これに、八ないし九便の国内線が加わる。さらにイレギュラー(遅延等予定外の
事態)が発生した場合、臨時便が組まれる場合、これらもスタンバイの対象路線と
なることは勿論である。
 これらのすべてが遅延等の予定外の事態が発生した場合に起用対象となる。
 運航乗務員は、こうした多様な路線に関する情報をあらかじめ確認準備した上
で、乗務に就かねばならない。
 運航乗務員は、運航先の情報を事前に確認することなく、何時でもいかなる路線
でも乗務して、万全の運航が果せるというものではない。
 国際線においては、国により法律(航空法)に違いがあることは勿論である。そ
ればかりではない。気象条件一つをとっても、航路によって異なるのは当然のこ
と、空港における気象条件すら同一国内であっても空港の位置(何れの方向に海が
あり、また山があるか)によって異なる。着陸する際の進入経路も空港ごとに違
い、さらに一つの空港でも複数の進入経路が設けられているのが普通である。例え
ば羽田空港の場合は九通りの進入経路がある。管制室との無線がとぎれた場合の対
応、着陸復行の経路、エンジン故障の場合の対応、燃料投棄の場所等、すべて空港
ごとに異なる。
 運航乗務員はこうした多種多数の情報、しかも常に最新のものを了解しておかね
ばならない。そのために乗務前に運航マニュアル等によって復習し、乗務に臨むの
である。これは航空機の安全運航上、必要不可欠な事前準備作業である。
 しかしながら、事前にどの便に起用されるか判断できず、さらにスタンバイ
からの起用は、その性格上会社からの連絡受領後直ちに出発しなければならないケ
ースも多く、起用が決まってから事前の勉強をするのは、実質的に不可能である。
 また服装等の手荷物についても、国際便では行き先の季節、気候に合わせた準備
が必要であるが、起用対象が特定されていないと、すべての場合を想定して準備を
行わなければならない。
 自宅スタンバイでは形態として自宅に居るが、例えばSO4という形態では午前
四時に呼び出しの連絡が入る可能性がある勤務である。そこから遡って十分な休養
時間をとるためには前日の夕刻から飲酒もできない一種の緊張状態に置かなければ
ならず、その呼び出しに備えてマニュアル等の差し替えも準備しておかなければな
らない。
 結果的に呼び出しがなかったとしても、待機中はマニュアルの復習等、普段なか
なかできない業務に準じた事を行っており、待機をしているからといって、その実
体が休養に近いというわけではない。
 スタンバイから起用されると、運航乗務員のその後の月間スケジュールは大きく
変更することになるが、前記のとおり起用対象となる便のパターンは多様であり、
勤務日数についても、一日ないし九日までの幅がある。しかも、臨時便が組まれる
場合、九日以上の勤務になることもあり、生活設計の上で被る負担は従来に比べて
増大している。
(二) 被告の主張
 本件就業規程の変更におけるスタンバイ制度の改定は従来のスタンドバイ制度
が、被告にとって制約が多く弾力的・効率的な運用を妨げる面があったし、運航乗
務員からも拘束時間が長いことに対する不満の声が出されていたので、合理的な内
容に見直そうとしたものである。
 すなわち従来のスタンドバイ制度は、国際線・国内線の区別、国際線における便
指定の制限(特定の一便ではなく、指定された二つの便の間のすべての有資格の便
を指す)、起用されないでスタンドバイを終了した後の休養の付与、非常に長い拘
束時間(国際線で最大一二時間、国内線の自宅スタンドバイで最大一八時間)等、
種々の制約があったので、見直しを検討した結果、国際線・国内線の別、国際線の
便指定の制限、スタンドバイ終了後の休養の制度を廃止すれば、スタンドバイの拘
束時間を国際線・国内線とも八時間に短縮して運航乗務員の負担を軽減しても、弾
力的・効率的運用は可能であると判断されたので、そのように改訂することにし
た。
 なおスタンドバイ終了後
の休養に関しては、出社スタンドバイについては従来通り一二時間の休養を与える
が、自宅スタンドバイについてはその実態が休養に近いものであることから、これ
を廃止することにしたのである。
 運航乗務員は、スタンバイからの起用対象便が特定されていなくても、超用され
る可能性の中で行き先別にその気温等を考慮してそれなりの準備しているのが通常
であるから、手荷物の準備に困難が生ずるとは思われない。
 事前の勉強については、起用が決まってから事前の勉強のための時間的余裕が足
りないと言うことは考えられないので、安全性への影響もあり得ない。スタンドバ
イからの起用が運航の安全上で問題を生じかねないとすれば、それは起用された運
航乗務員がその当該便の安全運航に不適格者であった場合ということになるが、起
用に当たっては、路線資格等必要な乗務要件を確認した上で適格者を起用してい
る。さらに、運航乗務員は乗務に際して、事前に気象状況、空港使用上の注意事項
その他、当該便の固有の情報を与えられることになっており、従って、指定便制度
が廃止されたからといって何ら安全上に問題は生じない。
 原告らは、スタンバイからの起用によりその後の月間スケジュールが大幅に変更
されることを問題視しており、スタンバイからの起用に当たって被告は、本人のス
ケジュールへの影響のみならず、他の乗員のスケジュールにも影響が出ないような
起用を可能な限り行う運用を従来から行ってきているところであるが、時として起
用の結果当該乗員の月間スケジュールに大きい変更を生ずることも避けがたいこと
もある。これはスタンバイからの起用を必要とする事態が種々であって、事後のス
ケジュールへの影響を回避することが不可能な場合も起こりうるからである。した
がって、右の問題は、航空機の定期運行について生ずる不測の事態をスタンバイ制
度によってカバーしようとする場合に生ずるやむを得ない減少であって、本件就業
規程の変更とは無関係な問題である。
 原告らは国際線の行き先が二八都市に上ることを強調し、あたかも二八都市への
路線のどれにでもスタンバイから起用され得るように主張をするが、原告のうち副
操縦士は基本的には路線別の組織(例えば、主に北アメリカ路線を担当する米州路
線室)に配属されており、したがってスタンバイからの起用も各自が所属する組織
の主たる担当路線を基本としているので、行き先も一定の範囲
内のものになると言うべきである。一方航空機関士は、資格要件が路線とは関係な
く定められていることから、原告らの主張はあたらない。
 また、旧協定の下でも、スタンバイの起用対象は、指定された最初の便の出発時
刻から最後の便の出発時刻までの間に出発するすべての便であったから、起用され
る便が特定されていたわけではない。
 SO4だからといって午前四時から起きて待機している乗員はほとんどいない。
会社からの連絡に支障を来さないことを前提に、通常の生活に近い状態で待機して
いるのである。
3 スタンバイの対象が乗務以外の勤務となったことについての不利益性
(一) 原告らの主張
 勤務協定ではスタンバイからの起用対象は乗務についてのみとされていた(勤務
協定Ⅰ、8及びⅡ、21)が、改定後の本件就業規程では、乗務以外の勤務にも起
用が可能である旨規定されている(二条(5)及び一九条三項)。そうすると、ス
タンバイからの起用対象には、スタンバイも含まれることになり、形式的には、ス
タンバイのためのスタンバイも可能になる。
 スタンバイ制度はあくまでも定期便を運航する航空会社として定時牲を確保する
ために設けられた制度であり、その性質上乗務以外の勤務に起用できるものではな
い。
 このことは、航空法一〇四条により規定が義務づけられている運航規程にも「5
 待機(STAND-BY)」の項において「(1)待機とは、運航乗務員が、不
時の乗務割の変更に備え、休養施設において、乗務につき得る態勢にあることをい
う。(2)会社は、定時運航確保等のため待機運航乗務員を指名する。」と規定さ
れていることからも明らかである(甲第一〇号証)。
 被告は、他の乗員のシミュレーター訓練・審査への同乗勤務について、「勤務内
容が不利益となる要素は全くない」と主張するが、他の乗員の訓練・審査の同乗勤
務といえども、事前に準備を行って行くのが通常であり、突然の起用には問題があ
る。
 実際に、午前三時から午前一一までの自宅スタンバイ中の午前一〇時頃に午前一
一時から午後七時までの出社スタンバイを命じられたとの事実がある。このような
事態は運航乗務員の生活設計を破壊するものである。
(二) 被告の主張
 乗務以外の乗務として考えられるのは、他の乗員のシミュレーター訓練、審査へ
の同乗勤務であり(運航乗務員訓練・審査就業規程二〇条参照)、その場合、乗務
に比べて勤務内容が不利益
になるとは考えられない。
 勤務協定及び改定前の本件就業規程ではスタンバイを「乗務割の不時の変更に備
え、休養施設において乗務に就きうる状態を維持することをいう」と定義付けして
いたが、これも起用の柔軟性確保のため、右の「乗務に就きうる」を「乗務等に就
きうる」と改定した(就業規程二条五号)。それとともに、「起用対象」を「当該
日の二四時までに開始する勤務とする」と明示することにより、時間的範囲も含め
てすべての勤務に起用することが可能な形になった。
 原告は、スタンバイからの起用の対象を乗務以外の勤務にまで拡大することは、
「その趣旨を逸脱するもので問題である」と主張するが、スタンバイから起用され
る「乗務以外の勤務」とは、現実には、他の乗員のシミュレーター訓練・審査への
同乗勤務であり、そのかぎりでは起用後の乗員の月間スケジュールに大きな変更を
もたらすおそれもないし、これらへの起用により他の乗員の訓練・審査が訓練・審
査計画に遅れることなく、効率よく実施されることになることを考えれば、このよ
うな起用がスタンバイ制度設定の趣旨を逸脱するものとは到底いえない。
このような勤務への起用が乗務への起用に比べて不利益だなどという論拠は認めら
れない。
 また、乗務以外の勤務にスタンバイは含まれない。これはスタンバイ制度の性質
上当然のことであり、原告らの主張は誤った解釈を前提とするものである。起用さ
れるべき「乗務以外の勤務」にスタンバイが含まれないことは、「当該日の勤務を
指定された時点で当該日のスタンバイは終了する」との定めからも明らかである。
4 スタンバイについての本件就業規程の変更に乗務員に有利な点はあるか
(一) 被告の主張
 勤務協定及び改定前の本件就業規程においては、国際線における連続する二四時
間中のスタンバイ及び国内線の出社スタンバイが一二時間限度、国内線の自宅スタ
ンバイが一八時間限度とされていた(旧協定二一、旧規程二一条)。自宅スタンバ
イが、休養に近い実質をもつものであるとはいえ、一八時間の拘束は長すぎるとい
えなくもないこと、スタンバイの運用をより効率的に行うようにすれば、スタンバ
イ全体の拘束時間の短縮を図りうると考えられたことから、いろいろな検討の上、
出社スタンバイも含めて拘束時間を八時間限度とすることにした。
 スタンバイにおける拘束時間の短縮は原告ら運航乗務員にとって有利なものであ
る。

二) 原告らの主張
 勤務協定において、国際線の場合の特定使スタンバイ(例えば、サンフランシス
コ行〇〇二便という形で、便を特定して行うスタンバイ)の拘束時間は一二時間、
国内線の場合のスタンバイ(午前三時から午後九時までの時間を指定して行うスタ
ンバイ)の拘束時間は一八時間が限度であり、改定後の本件就業規程はその拘束時
間を国際線、国内磯を問わず、八時間を限度としているが、その実質をみると、乗
務員にとって被告が主張するような利益をもたらすものではない。
 すなわち、改定後の本件就業規程は、自宅スタンバイにおいて、起用されなかっ
た場合のスタンバイの終了時刻をスタンバイ開始後八時間としているが、他方、そ
の起用対象を「STAND BY開始以降当該日の二四時までに開始する勤務とす
る」(一九条三項)としているのであって、例えば午前○時にスタンバイを開始し
た場合、午前七時五九分に、その日の二四時に開始する勤務を指定することができ
るのである。
 勤被協定では、国内線スタンバイの場合、対象勤務が勤務開始が午前三時から午
後九時の乗務に限定されていたことと比較すると、必ずしも短縮されているとは言
えない。
 また勤務協定の場合は、国際線スタンバイの場合、「STAND BYすべき最
初の便の出発予定時刻の四時間前より始まり、最後の便の出発時刻の四時間後に終
了する」(Ⅱ-21、(一)ロ)と規定されており、国際線スタンバイに関しても
必ずしも短縮されているとは言えない。
 さらに、勤務協定では、いずれの勤務にも起用されなかった場合に、スタンバイ
終了後、一二時間(国際線)又は六時間(国内線)の休養時間が必要であったが、
改定後の本件就業規程では被告も認めているとおり、これらの規定が削除されてい
る。
 被告は「自宅(休養施設)におけるスタンバイという勤務の実態に鑑み、休養時
間の取扱いを変更した」としているが、就業規程の改定如何にかかわらず、どちら
も同じ自宅スタンバイであり、取扱いを変更する合理的な理由は見当たらない。ま
た自宅におけるスタンバイといえども休養時間ではなく、従来確保されていた一二
時間及び六時間の休養時間が削除された不利益は大きい。
第五 当裁判所の判断
一 確認の利益
 労働協約や就業規則によってまず労働条件の基準を決定し、その基準に従って個
別的労働契約における労働条件を具体的に決定するのが実情であるとされるが、本
件は、本件就業規程の定める勤務基準(労働条件の基準と同じ意味である。以下一
般的に考察するときは「労働条件の基準」といい、被告における労働条件の基準に
着目するときは「勤務基準」という。)のうち、本件就業規程の変更により新たに
設定された勤務基準に基づく勤務上の義務を履行する義務が存在しないことの確認
を請求する訴訟であるから、就業規則の定める労働条件の基準が直接の対象として
取り上げられているのであり、確認の利益の有無が問題になる。
1 紛争の成熟性
 本件で争われている労働条件の基準(勤務基準)は、乗務時間制限及び勤務時間
制限に関する労働条件の基準が端的に示しているように、乗務割作成のための枠組
みとしての意義を有するから、業務命令の根拠となり、これを体現しているのは乗
務割である。そこで、乗務割が決定、告知され、これに体現される業務命令が発令
されて初めて具体的な義務として現実化するのであり、その義務を現実化する乗務
割が作成されていないものについては、本件就業規程の変更により新たに設定され
た勤務基準に基づく勤務上の義務を履行する義務の存在しないことの確認を請求す
ることは、いまだ具体化・現実化していない将来の法律関係についての確認を請求
することになり、紛争の成熟性を欠くのではないかという問題がある。
 たしかに、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上
の義務のうち、被告がいまだにその義務の履行を求めたことがないものについて
は、現時点では必要な条件が整わないために、被告にその義務の履行を求める意思
がなく、将来条件が整ったときに義務の現実化を図る意思であることがあり得る。
このような場合には、想定されている条件が整わない限り、裁判所が適切に判断す
る基礎となるべき具体的、かつ、確実な情報、資料を入手することが困難であり、
具体的な事実関係を離れた無意味な裁判をすることになるおそれがあるという、将
来の法律関係について確認の利益を否定する根拠が妥当することになるから、紛争
の成熟性を欠くものとして確認の利益を否定するのが相当である。これに対し、被
告が既に本件就業規程の定める勤務基準に基づく勤務上の義務の履行を求めたこと
があるものについては、当該義務の根拠となる本件就業規程の定める勤務基準も労
働契約の内容の一部であり、現在の法律関係を形成するものであると考えて差し支
えないから、紛
争の成熟性に欠ける点はなく、確認の利益を肯定するのが相当である。
2 確認の対象、勤務上の義務を争う法形式
 右のとおり、被告が既に本件就業規程の定める勤務基準に基づく勤務上の義務の
履行を求めたことがあれば労働契約の内容の一部であり現在の法律関係を形成する
と考えてよいとして、それは、実は、乗務割が決定されこれに基づく業務命令が発
令されて初めて具体的な義務として現実化すると考えていることにほかならないの
ではないか、したがって、本来の確認の対象は乗務割に従う義務又は当該乗務割に
体現される具体的業務命令に従う義務の有無なのではないかが問題となる。これ
は、争う対象として何が適切かの問題である。本件就業規程の変更により新たに設
定された勤務基準に基づく勤務上の義務一般の不存在確認を求めるべきか、当該乗
務割に従う義務の不存在確認又は当該乗務割に体現される具体的業務命令に従う義
務の不存在確認を求めるべきか、さらには、当該業務命令に従わないことを理由に
される懲戒処分、解雇等を待って争えば足りると解すべきかが問題となる。
 本件訴訟の趣旨・目的は、原告らが、被告の業務命令に従わなければ、懲戒処分
を受け、又は解雇されるおそれがあるので、そのような事態を防止するために、そ
の前提である本件就業規程の定める勤務基準中、本件就業規程の変更により新たに
設定された勤務基準に基づく勤務上の義務を一般的に取り上げ、これを履行する義
務の不存在をあらかじめ確定しておくことにあり、予防的訴訟としての実質を有す
るため、右の確認の対象が何か、どのような法形式が適切かの問題は、このような
予防的訴訟が適法かの問題にほかならない。
 個別的な業務命令は、当該業務命令に従ってしまえばその無効確認を求めること
はできないし、運航業務に従事するよう指定された日時が過ぎ去ってしまえば、過
去の事実となってその無効確認を求めることができなくなる。個別的な業務命令
は、被告においては前月二五日に交付される勤務割により一箇月分が発せられるこ
とになるが(改定後の本件就業規程(甲第四号証)五条二項。航空法及び同法施行
規則並びに被告の運航規程及びオペレーション・マニュアルでは「乗務割」の語を
使用しているが、本件就業規程では「勤務割」の語が用いられている。)、このよ
うな短期間のものであり、しかも、運航の都合等により変更され得るものであるか
ら、乗務割に従う
義務の不存在確認を訴訟で争うことは困難であり、結局、運航乗務員が当該業務命
令に従わないことを理由にされる懲戒処分、解雇等を待って争うべきこととなる
が、これでは、個別的な業務命令を争うべきであるといっても、実際には争えない
に等しい。そうすると、当該乗務割に従う義務の不存在確認又は当該乗務割に基づ
く具体的業務命令に従う義務の不存在確認を求めるべきであるとする見解は、結局
は懲戒処分、解雇等を待って争うべきであるとする見解に帰着するが、このような
結果は原告らに酷であるから、右見解は相当ではないといわざるを得ない。民事訴
訟においては、就業規則の当該規定が労働条件を一義的に定めており直接労働者の
具体的権利義務を定めているといえる場合(勤務開始時刻、終了時刻、労働時間、
休日及び休暇等を定めている規定、基本給を具体的に定めている規定等で、その労
働者の職種、地位等により適用される規定が一義的に決まっているような場合)は
もちろん、就業規則が労働条件の基準を定めているにとどまり、使用者がこれに基
づいて具体的に決定して初めて個別的労働契約における労働条件が定まる場合であ
っても、前記のとおり現在の法律関係である契約上の義務の有無をめぐる紛争とい
える限りは、その労働条件の基準の内容次第で個別的労働契約における労働条件の
内容が左右される実質にかんがみて、その労働条件の基準について契約当事者間に
その内容につき争いのある限り、確認の利益を肯定することができると解するのが
相当である。そうであるとすれば、勤務上の義務の有無を争う法形式の中で実際上
の必要性にかなったものを当事者に選択させて差し支えないと考えられる。本件に
おいてもいったん乗務割が決定され、被告が本件就業規程の定める勤務基準に基づ
く義務の履行を求めたことによってそれ以降の勤務上の義務についても紛争の成熟
性が満たされたものについては、当該義務の根拠となる本件就業規程の定める勤務
基準も、現在の法律関係を形成するものであると考えて差し支えないから、原告ら
は、勤務上の義務の有無を争う法形式として、本件就業規程の変更により新たに設
定された勤務基準に基づく勤務上の義務の不存在確認を求めることを選択すること
ができるものと解するのが相当である。
3 右のように、個々具体的な乗務割及び業務命令に基づく義務とは別に、当該義
務の根拠となる本件就業規程の定める勤務基準
も現在の法律関係を形成するものであると解する以上、個々具体的な乗務割又は業
務命令が終了するとそれ故に本件就業規程の定める勤務基準も消滅してしまうとい
うわけではなく、被告が以後確定的に本件就業規程の定める勤務基準に基づく義務
の履行を求めない意思であることが認められる場合は別として、運航乗務員は依然
として本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務
の不存在確認を求めることができるものと解するのが相当である。したがって、い
ったん本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務
を取り込んだ乗務割が決定されたが、その後に作成された乗務割には本件就業規程
の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務が含まれないことと
なった場合であっても、被告が以後確定的に右義務の履行を求めない意思であるこ
とが認められる特段の事情のない限り、確認の利益を肯定するのが相当である。
4 本件就業規程に基づく勤務基準の人的適用範囲
 右に述べたとおり、いったん乗務割が決定され、被告が本件就業規程の定める勤
務基準に基づく勤務上の義務の履行を求めたことによって紛争の成熟性が満たされ
れば、当該義務の根拠となる本件就業規程の定める勤務基準も現在の法律関係を形
成するものであるととらえ、これに基づく勤務上の義務の有無を争う法形式とし
て、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務の
不存在確認を求めることができるが、その義務は被告の運航乗務員であれば誰でも
負うわけではないから、本件就業規程の定める勤務基準の人的適用範囲には限界が
ある。以下この点について検討する。
(一) 航空法によれば次のとおりである。
 運輸大臣は、申請により、航空業務を行おうとする者について、定期運送用操縦
士、事業用操縦士、航空機関士その他の資格別に航空従事者技能証明(以下「技能
証明」という。)を行う(同法二二条、二四条)。技能証明は、運輸省令の定める
ところにより、航空機の種類についての限定がされ、さらには、航空機の等級又は
型式についての限定がされることがある(同法二五条一項、二項)。技能証明は、
資格別及び種類別に運輸省令で定める年齢及び飛行経歴その他の経歴を有する者で
なければ受けることができない(同法二六条一項)。機長として、航空運送事業の
用に供する航空機であって、構造上、
その操縦のために二人を要するものの操縦を行う業務を行うには、定期運送用操縦
士の資格の技能証明及び航空身体検査証明が必要であり、機長以外の操縦者として
航空運送事業の用に供する航空機の操縦を行う業務を行うには、事業用操縦士の資
格の技能証明及び航空身体検査証明が必要であって、かつ、技能証明につき同法二
五条の限定をされた航空従事者は、その限定をされた種類、等級又は形式の航空機
についてでなければ、右各業務を行ってはならず、航空機に乗り組んで発動機及び
機体の取扱い(操縦装置の操作を除く。)を行うには航空機関士の資格の技能証明
及び航空身体検査証明が必要である(同法二八条一項、二項、別表)。運輸大臣は
技能証明は学科試験及び実地試験に合格した者に対して技能証明を行う(同法二九
条)。運輸大臣は、同法二五条二項又は三項の限定に係る技能証明につき、その技
能証明に係る航空従事者の申請により、その限定を変更することができる(同法二
九条の二第一項)。航空従事者は、航空機に乗り組んでその航空業務を行う場合に
は、技能証明書の外、航空身体検査証明書を携帯しなければならない(同法六七
条)。航空機乗組員は、運輸省令で定めるところにより、一定の期間内における一
定の飛行経験がないときは、航空運送事業の用に供する航空機の運航に従事しては
ならない(同法六九条)。航空運送事業の用に供する航空機の運航に従事する航空
機乗組員のうち、操縦者は、操縦する日からさかのぼって九〇日までの間に、当該
航空運送事業の用に供する航空機と同じ型式の航空機に乗り組んで離陸及び着陸を
それぞれ三回以上行った経験を有しなければならない(同法施行規則一五八条一
項)。当該航空運送事業の用に供する航空機と同じ型式の模擬飛行装置を運輸大臣
の指定する方式により操作した経験は、右飛行経験とみなされる(同法施行規則一
五八条三項)。
 定期航空運送事業の用に供する航空機には、運輸省令で定める当該路線における
航空機の機長として必要な経験、知識及び能力を有することについて運輸大臣の認
定を受けた者でなければ、機長として乗り組んではならない(同法七二条一項)。
(二) 運航乗務員がどのような勤務を命じられるかは、航空法が右のとおり規定
しているため、技能証明に係る資格(運航乗務員にとっては職種に相当する。)、
航空機の種類、さらに機長の場合は路線資格によって異なる。副操縦士に
ついては、航空法は機長の場合のような路線資格を定めていないが、被告の社内要
件として、空港ごとの乗務経験を有することが必要とされている(甲第二二二号証
(八頁から九頁まで)、第二七〇号証(一頁、三頁)、乙第一〇〇号証(一五
頁)、原告P9本人尋問の結果(平成九年一二月-八日付けの本人調書一七項、一
八項)及び証人P57の証言(平成一〇年六月二六日付けの証人調書二九項)によ
りこの事実を認める。)。航空機関士には路線資格又は空港ごとの乗務経験の有無
による制約はない。
 副操縦士及び航空機関士は、被告において、乗務機種ごとの乗員部の、その下の
路線室、さらにその下の、主席と呼ばれる機長又は先任航空機関士をグループ長と
するグループに所属し、B七四七型機及びB七四七-四〇〇型機では主として路線
室ごとの担当路線に乗務するが、その他の機種では乗務機種のほぼすべての路線に
乗務する(甲第二七〇号証(二頁から三頁まで)、第五〇五号証(一頁)、第五二
六号証(六枚目から七枚目)、第五八九号証、乙第一一五号証及び弁論の全趣旨に
よりこの事実を認める。)。すなわち、副操縦士及び航空機関士については、乗務
機種を中心に、所属する路線室の事情により、行うべき業務の内容が確定するとい
うことができる。そこで、原告らが本件就業規程の変更により新たに設定された勤
務基準に基づく勤務上の義務の不存在確認を求めることができるか否かについて
は、本件で争われている、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に
基づく勤務上の義務ごとに、各原告が、口頭弁論終結の時点で有する技能証明に係
る乗務機種につき、所属する路線室において、その義務の履行を求められたことが
あるか否か、口頭弁論終結までに求められていないとしても、当該原告と同じ乗務
機種につき技能証明を有し、同じ路線室に所属する当該原告と同じ職種の他の副操
縦士又は航空機関士がその義務の履行を求められたことがあるか否かを検討し、現
にその義務の履行を求められたことがあれば、当該原告について確認の利益を肯定
すべきであり、また、当該原告が現にその義務の履行を求められたことがなくて
も、同じ路線室に所属する当該原告と同じ職種の他の副操縦士又は航空機関士がそ
の義務の履行を求められたことがあれば、当該原告もその義務の履行を求められる
現実的な可能性があるということができるから、当該原告について確認の
利益を肯定すべきである。
(三) 副操縦士が機種移行し、また、航空機関士が副操縦士に移行することがあ
ることは事実であるが、機種移行及び副操縦士への移行はいまだ不確定な将来の事
実であるから、現に機種移行し、又は副操縦士へ移行する前に機種移行後に求めら
れることがあるべき義務の不存在確認を請求することは、具体化・現実化していな
い将来の法律関係についての確認を請求することになる。現に所属する路線室では
同じ職種の運航乗務員の誰一人としてその義務の履行を求められたことがない場合
に、他の路線室の運航乗務員がその義務の履行を求められたことがあることを理由
に確認の利益を肯定するのは行き過ぎであり、当該運航乗務員が機種移行してその
路線室に配置換えとなった時点で確認の利益を肯定すれば必要かつ十分であると考
えられる。したがって、運航乗務員が機種移行又は副操縦士への移行をする前であ
っても右確認を求める原告適格があると解するのは相当ではない。
5 以下においては、まず、本件で争われている本件就業規程の変更により新たに
設定された勤務基準に基づく勤務上の各義務について、被告が既にその履行を求め
たことがあるか否か、被告がいまだにその義務の履行を求めたことがないものがあ
れば、それについて、現時点では必要な条件が整わないために、被告にその義務の
履行を求める意思がなく、将来条件が整ったときに義務の現実化を図る意思である
か否かを検討し、その上で、各原告ごとに、口頭弁論終結の時点でのその職種、乗
務機種、路線室を明らかにし、本件就業規程の変更により新たに設定された勤務上
の義務ごとに、各原告が、有する技態証明に係る乗務機種につき、所属する路線室
において、その義務の履行を求められたことがあるか否かを検討するほか、当該原
告と同じ職種で同じ乗務機種につき技能証明を有し、同じ路線室に所属する他の副
操縦士又は航空機関士がその義務の履行を求められたことがあるか否かを検討し
て、当該原告が本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務
上の各義務の履行を求められる現実的な可能性があるか否かを検討する必要があ
る。
 そこで、実際に行う作業としては、まず、各原告ごとに、口頭弁論終結の時点で
のその職種、乗務機種、路線室を確定し、各原告が現に所属する路線室において、
本件就業規程の変更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義
務ごとに、各原告又は同じ路線室に所属する同じ職種の他の運航乗務員がその義務
の履行を求められたことがあるか否かを検討し、この有無に応じて各原告に確認の
利益があるか否かを判断することとする。
6 原告らのうち、口頭弁論終結の時点で機長に昇格している者は原告P5外四名
であり、これらの原告に関しては8で述べるとおりである。
 その余の各原告の口頭弁論終結の時点での乗務機種、路線室、本件就業規程の変
更により新たに設定された勤務基準に基づく勤務上の義務ごとに見た、各原告が現
に所属する路線室における、その義務の履行を求められたことの有無は以下のとお
りである。
(一) 弁論の全趣旨により、被告の運航本部には別紙「日本航空運航本部乗員
部・路線室図」のとおりの各乗員部及び各路線室があることが認められる。また、
別表「確認の利益-1 原告らの現在の所属路線室等」の「証拠等(認定の根
拠)」欄記載の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、各原告が口頭弁論終結の時点で
所属する乗員部(これによって乗務機種が自明である。)及び路線室は同表記載の
とおりであること(機長に昇格した者、機種移行訓練、副操縦士への移行訓練中と
認められる者は、同表の「所属路線室等」欄にその旨記載した。)、別表「確認の
利益-1 原告らの現在の所属路線室等」の番号1から5まで、10、16、1
7、20、21、28、32、35、43及び46の原告らは航空機関士であり、
その余の原告らのうち、原告P5外四名を除く者らは副操縦士であること、以上の
事実が認められる。
(二) 甲第五三九号証、第五四〇号証、第五九二号証及び弁論の全趣旨によれ
ば、各原告が、別表「確認の利益-2 原告らが命じられた具体的勤務」から「確
認の利益-6 原告らが命じられた具体的勤務」までに記載のとおり、各請求に該
当する具体的勤務を命じられたことが認められる(これらの表には、各原告が各請
求に該当する具体的勤務を命じられた回数を記載した。)。
(三) 右認定に基づき、各原告がその勤務を命じられた当時に所属していた路線
室ごとに、かつ、該当する各請求別に、命じられた具体的勤務を分類整理すると、
別表「確認の利益-7」から「確認の利益-11」(原告らが命じられた各請求に
該当する具体的勤務(乗員部・路線室ごとの整理))記載のとおりとなる。これら
の表によって、各路線室ごとに、原告らについて、各請求に該当す
る義務の履行を求められたことがあるか否かが明らかになる。
(四) 右(三)の事実及び甲第五八六号証によれば、別表「確認の利益-13 
所属乗員部・路線室ごとの各原告の確認の利益一覧表」のとおりである。◎印は、
これに対応する路線室に所属している原告又は所属していた原告が、対応する請求
に該当する勤務を命じられたことが認められるものであり、○印は、これに対応す
る路線室に所属し、又は所属していた原告ら以外の運航乗務員(副操縦士、航空機
関士)が、対応する請求に該当する勤務を命じられたことが認められるものであ
り、×印は、これに対応する路線室に所属し、又は所属した、どの副操縦士又は航
空機関士についても、対応する請求に該当する勤務を命じられたことが認められ
ず、又は、現在訓練中で路線室に所属しておらず、その地位として当該請求に該当
する勤務を命じられたことが認められないものである。機長昇格者の各請求には△
印を付けた。
7 以上を前提に、各原告ごとに各請求について確認の利益が認められるか否かに
ついて判断すると、以下のとおりとなる(別表「確認の利益-13 所属乗員部・
路線室ごとの各原告の確認の利益一覧表」参照)。
(一) 原告P75は、B七四七乗員部米州(第一、第二)路線室に所属する副操
縦士である。原告P75は、この地位において、請求一1から同一4まで、同一
6、同二、同四1から4まで、同五1、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係
る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一5、同三及び同五
2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な
可能性があることを認めるに足りる証拠がないから、これら各義務の不存在等の確
認を求める利益はない。
 よって、原告P75の請求一5、同三及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下
する。
(二) 原告P34、原告P35、原告P36及び原告P37は、B七四七乗員部
欧州(第一、第二)路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位にお
いて、請求一1から同一4まで、同二、同四1、同四2、同四4、同五1、同六、
同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利
益があるが、同一5、同一6、同三、同四3及び同五2記載の各請求に係る勤務上
の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに
足りる証拠がな
いから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。
 よって、原告P34、原告P35、原告P36及び原告P37の請求一5、同一
6、同三、同四3及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。
(三) 原告P38、原告P39、原告P40及び原告P41は、B七四七乗員部
アジア・オセアニア(第一から第三)路線室に所属する副操縦士である。右原告ら
は、この地位において、請求一1から同一4まで、同二、同四1、同四4、同五
1、同五2、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在
等の確認を求める利益があるが、同一5、同一6、同三、同四2及び同四3記載の
各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性が
あることを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求め
る利益はない。
 よって、原告P38、原告P39、原告P40及び原告P41の請求一5、同一
6、同三、同四2及び同四3記載の各請求に係る訴えは却下する。
(四) 原告P42、原告P43、原告P44、原告P45、原告P46、原告P
47、原告P48、原告P49、原告P50及び原告P51は、B七四七乗員部フ
ライトエンジニア室に所属する航空機関士である。右原告らは、この地位におい
て、請求一1から同一4まで、同一6、同二、同四1から同四4まで、同五1、同
五2、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確
認を求める利益があるが、同一5及び同三記載の各請求に係る勤務上の各義務につ
いては、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠は
ないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。
 よって、原告P42、原告P43、原告P44、原告P45、原告P46、原告
P47、原告P48、原告P49、原告P50及び原告P51の請求一5及び同三
記載の各請求に係る訴えは却下する。
(五) 原告P14、原告P15、原告P16、原告P17、原告P18及び原告
P19は、B七四七-四〇〇乗員部米州(第一から第三)路線室に所属する副操縦
士である。右原告らは、この地位において、請求一1、同一2、同一6、同二、同
四1から同四4まで、同五1、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上
の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一3から同一5まで、同三及
び同五2記載の各請求
に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があるこ
とを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益
はない。
 よって、原告P14、原告P15、原告P16、原告P17、原告P18及び原
告P19の請求一3から同一5まで、同三及び同五2記載の各請求に係る訴えは却
下する。
(六) 原告P20及び原告P21は、B七四七-四〇〇乗員部欧州(第一から第
三)路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位において、請求一
1、同一2、同二、同三、同四1から同四4まで、同五1、同六、同七1及び同七
2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同
一3から同一6まで及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、そ
の履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、
これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。
 よって、原告P20及び原告P21の請求一3から同一6まで及び同五2記載の
各請求に係る訴えは却下する。
(七) 原告P22、原告P23、原告P24、原告P25、原告P26及び原告
P27は、DC一〇乗員部(第一、第二)路線室に所属する副操縦士である。右原
告らは、この地位において、請求一1、同一2、同一4、同一5、同二、同四1、
同四4、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の
確認を求める利益があるが、同一3、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び
同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実
的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等
の確認を求める利益はない。
 よって、原告P22、原告P23、原告P24、原告P25、原告P26及び原
告P27の請求一3、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各
請求に係る訴えは却下する。
(八) 原告P28及び原告P29は、DC一〇乗員部フライトエンジニア室に所
属する航空機関士である。右原告らは、この地位において、請求一1、同一2、同
一4、同一5、同二、同四1、同四4、同六、同七1及び同七2記載の各請求に係
る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一3、同一6、同
三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る勤務上の各義務につい
ては、その
履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足りる証拠はないから、こ
れら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。
 よって、原告P28及び原告P29の請求一3、同一6、同三、同四2、同四
3、同五1及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。
(九) 原告P30、原告P31、原告P32及び原告P33は、MD一一乗員部
(第一、第二)国際路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位にお
いて、請求一1、同一2、同二、同四1、同四2、同四4、同六、同七1及び同七
2記載の各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同
一3から同一6まで、同三、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る勤務上
の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに
足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益はない。
 よって、原告P30、原告P31、原告P32及び原告P33の請求一3から同
一6まで、同三、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係る訴えは却下する。
(一〇) 原告P10、原告P11、原告P12及び原告P13は、B七六七乗員
部(第一から第三)路線室に所属する副操縦士である。右原告らは、この地位にお
いて、請求一2、同一4、同二、同四1、同四4、同六、同七1及び同七2記載の
各請求に係る勤務上の各義務の不存在等の確認を求める利益があるが、同一1、同
一3、同一5、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に
係る勤務上の各義務については、その履行を求められる現実的な可能性があること
を認めるに足りる証拠はないから、これら各義務の不存在等の確認を求める利益は
ない。
 よって、原告P10、原告P11、原告P12及び原告P13の請求一1、同一
3、同一5、同一6、同三、同四2、同四3、同五1及び同五2記載の各請求に係
る訴えは却下する。
(二) 原告P2及び原告P4はB七四七型機の副操縦士への移行訓練中、原告P
1はB七四七-四〇〇型機の副操縦士への移行訓練中、原告P3はB七六七型機へ
の機種移行訓練中である。右原告らが、これらの地位において、請求一から七まで
に係る勤務上の各義務の履行を求められる現実的な可能性があることを認めるに足
りる証拠はないから、右原告らには右各義務の不存在等の確認を求める利益はな
い。
 よって、原告P2、原告P4、
原告P1及び原告P3の本件訴えはいずれも却下する。
8 原告らのうち、原告P5外四名は、口頭弁論終結時までに機長に昇格してい
る。
 本件確認の訴えの請求の原因は、原告らが副操縦士又は航空機関士として職種を
限定して雇用され、勤務していること、原告らの労働条件は旧勤務協定及び改定前
の本件就業規程の定めるとおりであること、しかるに、被告が、原告らには改定後
の本件就業規程の規定が適用され、これを根拠に原告らの勤務基準は改定後の本件
就業規程の定めるとおりであると主張していること、以上のとおりである(第三、
一)。しかし、被告は、原告P5外四名に関しては右の請求原因事実を否認してお
り、原告P5外四名に関して右の請求原因事実を認めるに足りる証拠はない。右に
述べたように、原告P5外四名は副操縦士でも航空機関士でもなく機長であり、甲
第四号証によれば、本件就業規程は、運航乗務員に適用があるが管理職運航乗務員
には適用されず、機長は管理職運航乗務員に含まれ、その就業条件については管理
職運航乗務員就業規程が適用されることが認められる。もっとも、同号証によれ
ば、管理職運航乗務員就業規程は、管理職運航乗務員の就業条件につき本件就業規
程及び運航乗務員訓練・審査就業規程の定めを準用していることが認められるが、
これによって右の判断が異なるものではない。前記の請求原因事実は、原告P5外
四名について確認の利益を基礎付けるべき事実であるから、これが認められない以
上、原告P5外四名の訴えは、確認の利益を欠くものである。よって、原告P5外
四名の訴えは不適法として却下する。
9 原告P20外一一名は本件就業規程の変更された平成五年一一月一日当時運航
乗務員訓練生であり、その後に運航乗務員になった者である。被告は、本件確認の
訴えが、被告が原告らの同意を得ないまま、本件就業規程を改定し、旧勤務協定及
び改定前の本件就業規程に定められていた勤務基準が変更されたことを根拠にして
いるものであり、確認の利益を肯定するには、平成五年一一月一日以前に既に運航
乗務員として旧勤務協定及び改定前の本件就業規程に定められていた勤務基準の適
用を受けていた者であることを要すると主張し、これを理由に、原告P20外一一
名が本件確認の訴えの原告適格を欠くと主張する。
 しかしながら、就業規則は、新規に作成されたものであると変更されたものであ
るとを問わず、それが
合理的な労働条件の基準を定めている限りにおいて法的規範性が認められる。した
がって、たとえ、新規採用の労働者であっても、就業規則の定める労働条件の基準
のうち、合理性を欠くと考えるものについては、その旨を主張して、就業規則の定
める当該労働条件の基準に基づく勤務をする義務の不存在確認を請求するか、又は
自らが合理的な内容であると考え、当該労働契約の内容となっていると考える労働
条件の発生要件事実を主張立証してその労働条件の確認を求める利益を有するので
あり、これらの確認を求められた場合は、使用者は就業規則の定める当該労働条件
の基準が合理的な内容のものであることを主張立証することを要し、これが主張立
証されれば原告(労働者)の請求は棄却となり、これが主張立証されなかったとき
には、確認請求が就業規則の定める当該労働条件の基準に基づく勤務をする義務の
不存在確認であれば請求を認容し、確認請求が、原告(労働者)が合理的な内容で
あると考え、当該労働契約の内容となっていると考える労働条件の存在の確認であ
れば、その発生要件事実が主張立証されれば請求を認容すべきものと解するのが相
当である。既存の労働契約との関係について、既得の権利を奪い、従前の労働条件
を不利益に変更する就業規則の作成又は変更については、その必要性及び内容の両
面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、な
お当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理
性を有するものであることを要するのに対し、労働契約締結に伴い適用されること
になる就業規則の定める労働条件の基準の合理性については、内容自体の合理性だ
けが問題となるから、合理性が否定されることは通常はあまりないものと思われる
が、だからといって、新規に採用された労働者に労働契約関係を規律する就業規則
の定める労働条件の基準の合理性を争う機会を与えないことは相当ではない。新規
採用に当たり、労働者が労働条件については就業規則の定めるところによる旨を使
用者と合意していても、通常、就業規則の定める労働条件の基準が合理的な内容の
ものである限りこれによるという趣旨であると解するのが相当であるから、特段の
事情のない限り、前記のとおりに解するのが相当である。殊に、就業規則の定める
業務遂行の安全性にかかわる労働条件の基準については、その安全性に問題のない

働条件の基準であって初めて合理的な労働条件を定めているということができるか
ら、その安全性に問題がある場合であっても、当該就業規則の作成、変更後に採用
された労働者であることを理由に、当該就業規則の定める労働条件の基準の合理性
を争えないと解することは相当ではなく、従前これと異なる労働条件で勤務してい
た者であるか否かを問わず、就業規則の定める労働条件の基準のうち、業務遂行の
安全性にかかわる労働条件の基準が安全性に問題があると主張して、自らが合理的
な内容であると考え、当該労働契約の内容となっていると考える労働条件の確認を
求める利益を有するものと解するのが相当である。
 原告P20外一一名は、本件就業規程中、乗務時間制限及び勤務時間制限等の運
航乗務員の業務遂行上の安全性にかかわる勤務基準については、内容自体の合理性
を争う趣旨であり、その余の勤務基準については不利益変更の合理性を争う趣旨で
あると解される。本件確認の訴えの核心は、原告らが被告の主張する勤務基準が不
合理であると考えてこれに基づく勤務をする義務の不存在確認を求めるとともに、
自らが合理的な内容であると考え、当該労働契約の内容となっていると考える勤務
基準の存在の確認を求めるにあるから、これらの点を満たす限り、確認の利益を肯
定して差し支えないものと考えられる。したがって、原告P20外一一名は、乗務
時間制限及び勤務時間制限等の運航乗務員の業務遂行上の安全性にかかわる勤務基
準の内容自体の合理性を争う確認請求についても、また、不利益変更の合理性を争
う確認請求についても、確認の利益を有するのであり、本件就業規程の改定が原告
P20外一一名にとって不利益変更に当たるか否かは、本案において理由があるか
否かの問題として判断すべきものと解するのが相当である。
 原告P20外一一名が本件確認の訴えの原告適格を欠くとの被告の主張は理由が
ない。
二 運航乗務員の労働時間その他の労働条件に関する法規制と航空機の航行の安全
1 運航規程に定める乗務割の基準と航空機の航行の安全について
 航空機の航行には一定の確率で危険性が伴うが、その社会的効用が大きいことに
かんがみると、社会通念上容認できる程度にまで危険の現実化を防止することがで
きるのであれば、その危険に対する有効適切な措置を執って航空機を運航させよう
というのが一般に支持されている考え方であるように思われる。
 航空法は、航空機の航行の安全を図るための方法を定めることを目的の一つとし
(同法一条)、航空機の備えるべき要件及びその充足確保のための措置(「第三章
 航空機の安全性」同法一〇条以下)、航空従事者の必要な技能及び身体的条件の
確保のための措置(「第四章 航空従事者」同法二二条以下)、航空路、飛行場及
び航空保安施設の指定・整備(「第五章 航空路、飛行場及び航空保安施設」)、
航空機の運航に当たって関係者が遵守すべき事項(「第六章 航空機の運航」同法
五七条以下)について規定している。すなわち、同法は、安全運航に必要な性能を
備え、十分に整備された航空機を確保し、その航空機につき十分な操縦技術を有
し、運航する路線及び空港の離着陸の経路等に関する必要な知識を有し、通常、心
身の良好な状態を維持し、状況に応じた適切な判断、措置を執ることのできる運航
乗務員が運航業務を遂行することができるようにし、航空路、飛行場及び航空保安
施設の指定・整備が適切に行われて安全運航の確保に必要かつ十分な措置が執ら
れ、運航に当たっては、気象条件に問題がないか否かを確認し、航空機の航行に重
大な支障を来さない気象条件において離着陸及び航行を行うこととし、航空機の運
航に当たって関係者が遵守すべき事項を遵守することによって、航空機の航行に伴
う危険性を低いものに制御することができるものと考えて所要の規定を整備してい
るものということができる。しかし、右の各点がすべて充足されているとしても、
運航乗務員が疲労のため状況に応じた適切な判断、措置を執ることができないとす
れば、航空機の航行の安全を確保することができなくなるから、さらに、運航乗務
員に業務遂行に支障が生ずるような疲労が蓄積しないようにする措置が必要であ
る。そこで、同法は、乗務割作成の基準を定めることにより運航乗務員の乗務時間
及び乗務時間以外の労働時間を規制している。
 すなわち、同法六八条は、「航空運送事業を経営する者は、運輸省令で定める基
準に従つて作成する乗務割によるのでなければ、航空従事者をその使用する航空機
に乗り組ませて航空業務に従事させてはならない。」と規定している。この乗務割
は運輸大臣の認可を要する運航規程において定められる(同法一〇四条一項は、
「定期航空運送事業者は、運輸省令で定める航空機の運航及び整備に関する事項に
ついて運航規程及び整備規程を定め、運輸大臣
の認可を受けなければならない。」と規定し、同法一〇四条二項は、「運輸大臣
は、前項の運航規程又は整備規程が運輸省令で定める技術上の基準に適合している
と認めるときは、同項の認可をしなければならない。」と規定し、同法施行規則二
一四条は、航空機乗組員の乗務割が運航規程で定められるべき事項であり、技術上
の基準として航空機乗組員の乗務割が同法施行規則一五七条の三の基準に従うもの
であることを規定している。)。同法施行規則一五七条の三は、乗務割の基準を次
のように規定している。航空機乗組員の乗務時間制限に関し考慮すべき事項とし
て、当該航空機の型式、操縦者については、同時に運航に従事する他の操縦者の数
及び操縦者以外の航空機乗組員の有無、当該航空機が就航する路線の状況及び当該
路線の使用飛行場相互間の距離、飛行の方法並びに当該航空機に適切な仮眠設備が
設けられているかどうかの別を掲げ、これらの事項を考慮して、少なくとも二四時
間、一暦月、三暦月及び一暦年ごとに航空機乗組員の乗務時間が制限されているこ
と、航空機乗組員の疲労により当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間
及び乗務時間以外の労働時間が配分されていること、以上のように規定している。
要するに、航空法及び同法施行規則は、航空機の航行に伴う危険性を低いものに制
御するためには、運航乗務員に過度に疲労が蓄積しないようにすることが必要であ
り、そのために乗務時間制限並びに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の適切な
配分が必要であると考え、それらを決定するに当たって考慮すべき事項を規定して
いる。
 航空法施行規則が掲げる右各考慮要素は、後述する二名編成機であるか三名編成
機であるか、シングル編成か、マルティプル編成か、ダブル編成か、長距離路線で
あるか否かにもかかわるものであるが、航空法及び同法施行規則の規定の趣旨は、
航空機の航行に伴う危険性を低いものに制御するために、運航乗務員に過度に疲労
が蓄積しないようにすることにあるから、殊にシングル編成による二名編成機又は
三名編成機で長距離路線に運航する場合に生ずる疲労の実態、長距離路線運航に不
可避的な時差の影響等についても、科学的調査の結果を踏まえて考慮する必要があ
るし、乗務時間制限並びに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の適切に配分され
ることを基準としていることからすれば、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の
前後の休養時間並びに当該業務の前にこれに近接して遂行する業務の内容・時間も
適切に定められることを要すると規定しているものと解するのが相当である。これ
らの乗務割作成の考慮要素は、運航ダイヤその他の個別、具体的事情いかんによっ
て、運航乗務員の疲労への影響が大きく異なりうるから、定期航空運送事業者が、
運航ダイヤその他の個別、具体的事情に即して実情にかなった乗務割を決定しない
限り、運航乗務員に過度に疲労が蓄積して航空機の航行の安全を害する事態を防止
することは困難である。したがって、航空法が、運航規程の認可に当たり運輸大臣
においてそのような個別、具体的事情を十分しんしゃくして乗務割が所定の基準を
満たすか否かを判断すべきものと規定していると解することはできず、運輸大臣と
しては運航規程の認可に当たり概括的、定型的審査を行うにとどめざるを得ないの
であって、航空法及び同法施行規則が規定する前記の乗務割の基準には、右のよう
な内在的制約があることに注意しなければならない。すなわち、運輸大臣は、定期
航空運送事業者が前記のように運航ダイヤその他の個別、具体的事情に即して実情
にかなった乗務割を決定することを期待できるか否かという観点から、乗務割につ
いて概括的、定型的審査を行うにとどまるのであるから、乗務割が所定の基準を満
たすものとして運航規程が認可されても、いかなる事情の下でも当該乗務割に従っ
ている限り航空機の航行の安全に支障がないという保障を意味するはずがなく、航
空機の航行の安全の確保は、定期航空運送事業者が運航ダイヤその他の個別、具体
的事情に即して相当な運用を行うことにかかっている。したがって、定期航空運送
事業者は、運輸大臣が運航規程を認可したことを理由に、運航規程に定められてい
る基準に従っている限り航空機の航行の安全に支障がないと考えてはならないので
あり、その基準を枠組みとしつつ、個別、具体的事情を踏まえて実情にかなった乗
務割を定め、もって、運航乗務員に過度に疲労が蓄積しないようにする上で実効性
を有するものであるようにすることが肝要であり、運航規程に定められている基準
に行ぎ過ぎがある場合には、これを合理的に限定しなければならない責任があるこ
とに十分思いを致さなければならない。このように、航空法及び同法施行規則は、
定期航空運送事業者が、航空機の航行の安全を害さないように、自らの責任におい

前記のような個別、具体的事情を踏まえて実情にかなった乗務割を決定することを
前提としつつ、運航規程の認可の際の審査基準を定めているに過ぎないものであ
り、運輸大臣が自ら運航ダイヤその他の個別、具体的事情に即して乗務割の内容を
審査することを規定しているわけではないから、その意味では、認可された運航規
程に定められている運航乗務員の乗務割の基準は、少なくともこれを超えてはなら
ないという趣旨での大枠としての乗務時間制限並びに乗務時間及び乗務時間以外の
労働時間の配分としての意義を有するにとどまるものである。定期航空運送事業者
の責任は、国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(ワルシャワ条
約)、ヘーグ議定書、旅客との間で締結される特約により規律されるので顕在化し
ないが、定期航空運送事業者は、航空法による規制とは別に、旅客運送契約に基づ
き旅客に対し安全配慮義務を負う。また、定期航空運送事業者は、労働契約に基づ
き運航乗務員に対しても安全配慮義務を負うが、認可された運航規程に定められて
いる運航乗務員の乗務割の基準に従っていたというだけで当然に右安全配慮義務を
履行したとはいえないから、前記のように解すべきことは、この観点からしても当
然のことである。本件に即し、後者に絞って論ずると、定期航空運送事業者は労働
契約に基づき運航乗務員に対して負担する安全配慮義務を履行するには、個別、具
体的事情を踏まえて実情にかなった乗務割を定める必要がある。定期航空運送事業
者が個別、具体的事情を踏まえて実情にかなった乗務割を定める場面は、労使間交
渉による労働協約の締結、使用者による就業規則の作成又は変更、労働契約の締結
によって具体的な業務の労働時間その他の具体的な労働条件を決定するに当たって
である。これらに関する点は後述するが、航空法及び同法施行規則は、右に述べた
ような意味での具体的な労働条件の決定に当たって、それが航空機の航行の安全性
を損なう内容のものとならないように、前記のような考慮すべき事項を踏まえて乗
務時間制限並びに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間の適切な配分がされなけれ
ばならないという枠組みを課しているにとどまるものである。同法施行規則一五七
条の三の規定内容も、前記の事項を考慮して、少なくとも二四時間、一暦月、三暦
月及び一暦年ごとに航空機乗組員の乗務時間が制限されていること、航空機乗組員
の疲労
により当該航空機の航行の安全を害さないように乗務時間及び乗務時間以外の労働
時間が配分されていることを規定しているにとどまり、「少なくとも」という文言
からは最低基準を定める趣旨であることがうかがわれるところである。
 右に述べたことは、乗務割に関する審査の面からも裏付けられているように思わ
れる。すなわち、乗務割は、運輸大臣の認可を受ける運航規程において定めること
とされており(航空法一〇四条、同法施行規則二一四条)、航空法一〇四条一項の
違反者に対しては罰則がある(同法一五七条一号)が、運航規程の認可について
は、同法一〇四条二項が「運輸大臣は、前項の運航規程(中略)が運輸省令で定め
ている技術上の基準に適合していると認めるときは、同項の認可をしなければなら
ない。」と規定しているものの、同法施行規則は、二一四条で航空機乗組員の乗務
割が一五七条の三の基準に従うものであることを規定しているだけであり(なお、
運航規程の認可申請については同法施行規則二一三条が規定している。)、運航規
程の認可の際に、運輸大臣が、前記のような多様な事実を考慮し、各種の場合を想
定しつつ、当該認可申請に係る運航規程において、航空機の航行の安全性が損なわ
れることのないように、乗務時間が制限され、乗務時間及び乗務時間以外の労働時
間が配分されているかを審査・判断することを定めている規定はない。したがっ
て、航空法及び同法施行規則は個別、具体的な各種の場合を想定して総合的に対応
しようとしているのではなく、前記のような意味で大枠を規定するにとどまるもの
と解するのが相当である。運輸省航空局技術部長作成の「定期航空運送事業者の行
う国際運航に従事する航空機乗組員の連続二四時間以内の乗務時間制限及び編成に
関する基準」(制定・空航第五七七号 平成二年六月二六日、一部改正・空航第二
〇四号 平成四年三月三一日、一部改正・空航第九八五号 平成四年一二月二一
日、乙第八七号証、第八八号証)は、専門分野の学識経験者等による専門的技術的
知見に基づく意見を踏まえた上で、右の技術上の基準の細目として右表題に関して
具体的数値をもって規定しているが、その内容が前記のような個別、具体的事情を
考慮し、各種の場合を想定しているものとはいえないことに照らしても、右のよう
に解するのが相当である。
2 運航乗務員の労働時間その他の労働条件と安全性
 1で述べたことは航
空機の航行の安全確保にかかわるのであり、運航乗務員の労働条件とは一応区別し
て考えることができる。すなわち、航空法及び同法施行規則は、航空機の航行の安
全確保のために乗務割の規制により航空機乗組員の疲労を防止することを立法理由
としており、労働基準法による労働時間の規制が、労働者が人たるに値する生活を
営むための必要を充たすべきものとしての労働条件の最低基準を定めていることと
は目的を異にするものである。しかし、労働条件を決定するに当たって、労働者の
生命、身体の安全の確保も図られなければならず、この点も労働条件決定の目的と
いうべきであるが、運航乗務員の生命、身体の安全を確保するように労働条件を決
定することは、取りも直さず、航空機の航行の安全確保のために乗務割を決定する
ことを意味する。航空法及び国法施行規則は、前記のような意味で大枠を規定する
にとどまるものであり、運航規程が認可されたからといって、その乗務割の基準が
運航乗務員の疲労の観点から航空機の航行の安全に合理的な疑いが生じないといえ
るものであるかどうかは、個別、具体的事情いかんにかかわるというほかはなく、
定期航空運送事業者が航空機の航行の安全確保のために、個別、具体的な事情を踏
まえて実情にかなった乗務割を作成、運用しなければならないことは既に述べた
が、このことは、正に労働条件決定、業務命令発令の場面においてされるべきこと
である。したがって、認可された運航規程の定める基準に従って乗務割で定められ
ていさえすればその内容が労働時間の規制としても原則としてその合理性を肯定で
きるわけではないことは当然のことであり、運航乗務員の労働条件及び具体的乗務
内容は、労働協約、就業規則、労働契約により、個別、具体的な事情を十分踏まえ
て、運航乗務員の疲労により運航乗務員の生命、身体の安全を害さないように決定
されることを要するものと解するのが相当である。運航乗務員は、労働契約に基づ
く使用者の一般的又は個別的な業務命令により、航空機の運航業務に従事し、指示
された出発地から離陸し、目的地に到着させる義務を負うから、使用者が運航乗務
員に対し、特定の路線を運航する航空機の乗務を命ずれば、当該運航乗務員は、出
発地を離陸し目的地に着陸するまでの間、使用者の決定した運航ダイヤに従い、指
定された航空機に搭乗し、当該航空機の運航業務に従事して運航を完遂する義務を
負う
が、運航乗務員がこの義務を適切に履行することができるか否かは、運航上気象条
件に問題がないか否かの確認、航空機の性能、十分な整備等の外的・物的要因のほ
か、十分な操縦技術と知識を身に付けた運航乗務員が、運航業務を遂行するに当た
り心身の健全な状態を維持し、状況に応じた適切な判断、措置を行えるようにする
ことが不可欠であり、このような運航乗務員自身の心身の状態、操縦技術及び判断
能力いかんによって航空機航行上の安全が左右され、とりも直さず乗務員自身の安
全が左右されるという点に特質を有する。そこで、運航乗務員の心身の状態につい
てはこれが航空機航行上の安全を損なわないよう、厳しい身体検査を行い、適格性
を確認することが必要であるが、それだけでは十分ではなく、実際に運航業務に従
事する際に疲労が過度のものとなり、集中力、判断能力の顕著な低下を来し、着陸
時や事態の急変等の際に適切な措置を執ることができなくなる事態の発生を未然に
防止しなければならない。運航乗務員自身が運航業務に備えて睡眠時間の調整その
他の体調の維持管理に努力しなければならないのはもちろんであるが、運航ダイヤ
及び乗務割を決定するのは使用者であるから、運航乗務員自身の努力によって賄え
ることにはおのずと限界があり、運航業務に従事する時間が過大なものとなった
り、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労と相まって安
全運航に支障を来すことがないように、使用者が乗務時間及び乗務時間以外の労働
時間その他の労働条件に合理的な制限を設ける必要がある。使用者は、安全に運航
できるよう整備した航空機を運航の用に供し、安全運航に不可欠な航空路、飛行場
及び気象条件等に関する適切な情報を入手し、運航乗務員に提供する等の義務を負
うほか、自分が支配し、決定する運航ダイヤ及び乗務割に関し、航空機の出発時刻
(ブロック・アウト・タイム)及び到着時刻(ブロック・イン・タイム)、ブロッ
クタイム、時差の関係、運航乗務員がその運航によって受ける疲労度等を考慮し、
安全にその運航業務を遂行できるように運航乗務員の人的構成、休憩・仮眠時間を
設定し、もって、運航乗務員の生命、身体の安全を確保する義務を負うものと解す
るのが相当であり、このことに基づいて考えれば、前記のように解するのが相当で
ある。したがって、運航規程が認可を受けていることを理由に、定められている乗
務割
の基準の内容をそのまま労働条件の基準として取り込んだ就業規則の内容が当然に
運航乗務員の生命、身体の安全を確保し得る合理的なものということはできず、裁
判所は、当該就業規則の内容が運航乗務員の生命、身体の安全を確保し得る合理的
なものであるか否かについて審理、判断することができるものと解するのが相当で
ある。
 被告が、運航に関する安全基準は、その時点における知見を基とした社会通念に
照らして多くの人々に納得される安全確保のための基準であり、労働の量、密度が
一定限度を超えた場合には運航乗務員の疲労が運航の安全を阻害する危険があると
いう意味での限界を定めているものであり、その基準を守っていれば事故の発生が
完全に防止されるというものではないと主張するところは正しいし、さらに、被告
も認めるとおり、乗務時間及び勤務時間は運航の安全を阻害するような過度の疲労
をもたらす内容であるか否かという点において航空機の航行の安全に関係する。そ
れ故に、事故の発生のために個別、具体的事情を踏まえた有効適切な措置が執られ
る必要がある。乗務時間制限及び勤務時間制限が厳しいために、運航乗務員に相当
程度の余力が確保されるのであれば、それがセーフティ・マージン(安全の余裕
度)となり、運航乗務員自身の努力によって運航の安全が阻害されないようにする
ことが可能であるが、乗務時間制限及び勤務時間制限が緩和されればされるほど、
運航乗務員の余力は減少し、セーフティ・マージン(安全の余裕度)が乏しくなっ
ていくから、緩和の程度次第では運航乗務員自身の努力によっては賄い切れず、航
空機の航行の安全を阻害するような事態が生じ得る。被告は、個別、具体的事情を
踏まえて実情にかなった乗務割を定め、もって、運航乗務員に過度に疲労が蓄積し
ないようにする上で実効性を有するものであるようにして必要かつ十分なセーフテ
ィ・マージン(安全の余裕度)を確保する責任があるというべきである。このこと
は、正に運航乗務員の労働条件及び具体的乗務内容の決定に当たって履行されるべ
きことである。運航乗務員の労働条件及び具体的乗務内容は、労働協約、就業規
則、労働契約により、個別、具体的な事情を十分踏まえて、運航乗務員の疲労によ
り運航乗務員の生命、身体の安全を害さないように決定されることを要するものと
解するのが相当である。使用者は、運航乗務員に対し、安全に運航できるよう航空
機を整備する義務を負うほか、その航空機でその路線を運航するのに要する時間、
時差の関係、運航乗務員がその運航によって受ける疲労度等を考慮し、安全にその
運航業務を遂行できるように運航乗務員の人的構成、休憩・仮眠時間を設定し、も
って、運航乗務員の生命、身体の安全を確保する義務を負うものと解するのが相当
だからである。したがって、使用者が就業規則により運航乗務員の労働条件の基準
を決定するときは、その労働条件の基準が運航乗務員の生命、身体の安全を害さな
いようなものであるときに、当該就業規則の合理性を肯定することができるものと
解するのが相当である。被告は、本件就業規程の定める勤務基準については、就業
規則の不利益変更の要件としての合理性の判断要素である社会的相当性を備えてい
るか否かという観点から検討されるべきであると主張するが、採用することはでき
ない。
3 運航乗務員の労働条件の基準を定める就業規則の内容自体の合理性と不利益変
更の合理性
 航空機による旅客の運送の事業も労働基準法の適用事業であり(同法八条四
号)、同法三二条所定の労働時間の制限の適用があるが、これについては、同法三
二条の二により、就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期
間を平均し一週間当たりの労働時間が四〇時間を超えない定めをした場合において
は、特定された日において同法三二条二項の労働時間を超えて労働させることがで
きることとされ、また、同法三四条一項所定の休憩については、労働基準法施行規
則三二条により、使用者は休憩時間を与えないことができることとされている。し
たがって、労働基準法の規制は緩やかなものにとどまり、使用者は、右各規定に基
づき、就業規則等により別異の定めをすることができ、認可された運航規程中の乗
務割の基準どおりに乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件の基準
が定められているならば、強行規定違反の問題は生じないこととなる。しかしなが
ら、前記のとおり、運航乗務員の労働時間その他の労働条件及び具体的乗務内容
は、労働協約、就業規則、労働契約により、個別、具体的な事情を十分踏まえて、
運航乗務員の疲労により運航乗務員の生命、身体の安全を害さないように決定され
ることを要する。運航乗務員の労働時間その他の労働条件の基準が労働協約によっ
て定められた場合において、これが認可された運航規程中の乗務割の基準
どおり又はその枠内で決定されているときには、その労働協約の公序違反は想定し
難く、労使対等の立場で個別、具体的な事情を踏まえて合理的な内容が取り決めら
れたものと推認することができる。運航乗務員の労働時間その他の労働条件が個別
の労働契約により取り決められた場合には、公序違反の事態も考えられないではな
いが、そうでない限り、同様の推認をすることができる。これに対し、使用者が、
労働協約又は個別の労働契約を締結することなく、就業規則を制定、変更して乗務
時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件の基準を一方的に決定した場合
には、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件に合理的な制限が設
けられているか否かは、使用者(定期航空運送事業者)の判断が合理的であるか否
か次第であるということができる。使用者(定期航空運送事業者)が就業規則を制
定して運航乗務員の労働時間その他の労働条件の基準を定める場合には、就業規則
の内容が合理的なものである限りにおいて、これに同意しない運航乗務員に対して
も拘束力が生ずるが(最高裁昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三
号三四五九頁)、その合理性を肯定するには、運航業務に従事する時間が過大なも
のとなったり、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労と
相まって安全運航に支障を来すことがないように、乗務時間及び乗務時間以外の労
働時間その他の労働条件の基準に合理的な制限が設けられていることが必要であ
る。使用者(定期航空運送事業者)は、就業規則を定めるに当たって、それが個
別、具体的事情を踏まえて実情にかなったものとなるようにしなければならず、航
空法及び同法施行規則所定の認可を受けた運航規程中の乗務割の基準の定める乗務
時間制限、勤務時間制限の枠内にあることだけでは直ちにその合理性を肯定するこ
とができない。これを被告についていうならば、甲第四号証により、本件就業規程
において同法三二条の二第一項の規定する定めがされていることが認められるか
ら、労働基準法違反の問題は生じないが、被告は、殊に、一日八時間を超えて労働
させることになる乗務時間を設定する場合において、休憩時間を与えないこととし
ているとき(労働基準法施行規則三二条)は、乗務時間が、個別、具体的事情を踏
まえて実情にかなった、過度のものとならないようにしなければならないのであ
り、運輸大
臣が認可した運航規程に定められている乗務割の基準に従っていることによって右
の理が左右されるものではない。
 したがって、使用者(定期航空運送事業者)が就業規則を制定し、又はこれを変
更することによって運航乗務員の乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労
働条件の基準を定め、又はこれを変更すれば、その限度までを内容とする業務命令
を発することが可能となり、航空機の航行の安全の問題に直結するから、その就業
規則の合理性を判断するには、運航業務に徒事する時間が過大なものとなったり、
当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積している疲労と相まって安全運
航に支障を来すことがないように、乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の
労働条件に合理的な制限が設けられていることが必要であるが、就業規則の内容が
認可を受けた運航規程中の乗務割の基準の範囲内であるという理由だけで直ちにそ
の合理性を肯定することはできず、当該就業規則の規律するところに従ってその乗
務時間の勤務に就くことが、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積し
ている疲労を併せて考えても、安全運航に現実に支障を来すことがないものという
ことができるだけの合理的な根拠がある場合に、当該就業規則の作成、変更の合理
性を肯定すべきである。前記のとおり、社会通念上容認できる程度にまで危険の現
実化を防止することができるのであれば、その危険に対する有効適切な措置を執っ
て航空機を運航させようというのが一般に支持されている考え方であるから、内容
が科学的、専門技術的見地から見ても、また、従前の実績から見ても、一般的な水
準にかなった相当なものであるということができるならば、合理的な根拠に基づく
ものということができる。これを肯定するには、科学的、専門技術的見地から見
て、当該具体的業務を規律する基準として当該就業規則の内容が相当なものという
ことができるか、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合と比較して見劣りし
ない、水準にかなったものであるか否か、過去の運航実績、事故事例に照らしても
特段問題のない相当なものということができるかという観点から検討して判断すべ
きである。しかし、近年、社会的、経済的需要にこたえるため航空業界において二
四時間運航体制を採らざるを得なくなる中で、航空機の性能の向上により運航に必
要な運航乗務員の人数が以前よりも減員された態勢で
長時間の連続飛行を行うことが可能となっており、新たな水準の設定が問題の核心
であるから、従前の水準を基準とすることでは対処し切れない事態が現に生じてい
るといわなければならない。そこで、従前の水準を超えるような場合であっても、
科学的、専門技術的見地から見て、当該具体的業務を規律するものとして当該就業
規則の内容が相当なものということができるだけの保障があるのであれば、使用者
(定期航空運送事業者)があらかじめ安全性について十分検討した上で、危険に対
する有効適切と考えられる措置を執り、安全性を損なわない相当な範囲内に収まる
ように内容を決定し、事後的にも、必要な情報を集めて安全性を検証し、疑義が生
ずれば適切な措置を執るフィードバックの仕組みを整備しており、これが有効に機
能しているということができるときに、合理的な根拠に基づくものということがで
きる。これを肯定するには、使用者(定期航空運送事業者)が当該就業規則を制定
するに当たり、前記のような個別、具体的事情をどこまで考慮し、どのような根拠
に基づいて内容を決定したか、当該就業規則に基づいて行われた運航業務の実情は
どうか、当該就業規則に基づいて行われた運航業務について、その実情を検討し、
事後的に安全性を検証し、疑義が生ずれば適切な措置を執るフィードバックの仕組
みが整備され、有効に機能しているか否かという観点から検討して判断すべきであ
る。前記のとおり、運航乗務員の労働時間その他の労働条件が労働協約によって定
められた場合には、労使対等の立場で個別、具体的な事情を踏まえて合理的な内容
が取り決められたものと推認することができるから、使用者が労働組合と十分交渉
し、労働組合としても受入れ可能であるとして労働協約を締結した上で当該就業規
則が作成、変更されたものである場合には、当該就業規則の内容が合理的であると
推認することができるが、これは、使用者が右に述べた事前の検討を十分行ったこ
とを裏付ける間接事実として位置付けることができる。このように、使用者が合理
的な根拠に基づいて就業規則を作成、変更したというには、科学的、専門技術的見
地から見て相当と認められ、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合と比較し
て見劣りせず、過去の実績に照らして一般の水準にかなったものであるということ
ができるか、又は科学的、専門技術的見地から見て、当該具体的業務を規律するも

として当該就業規則の内容が相当なものということができるだけの保障があり、使
用者(定期航空運送事業者)が当該就業規則を制定するに当たり、想定される危険
を十分認識し、この危険の発生を未然に防止することができるように、個別、具体
的事情を十分考慮し、相当と認められる根拠に基づいて相当な限度内で就業規則の
内容を決定しており、かつ、事後的にも、当該就業規則に基づいて行われた運航業
務の実情に照らして危険が十分制御されていると認められ、若しくは、当該就業規
則に基づいて行われた運航業務について、その実情を検討し、事後的に安全性を検
証し、疑義が生ずれば適切な措置を執るフィードバックの仕組みが整備され、有効
に機能していると認められることを要するものと解するのが相当である。
 就業規則の変更についていうならば、就業規則の不利益変更については、最高裁
判所の判例がその要件及び判断手法を明らかにしているところであり(最高裁判所
昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁、最高裁判所昭
和五八年一一月二五日第二小法廷判決・裁判集民事一三〇号五〇五頁、最高裁判所
昭和六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁、最高裁判所平成四
年七月一三日第二小法廷判決・裁判集民事一六五号一八五頁、最高裁判所平成八年
三月二六日第三小法廷判決・民集五〇巻四号一〇〇八頁、最高裁判所平成九年二月
二八日第二小法廷判決・民集五一巻二号七〇五頁参照)、最高裁判所平成九年二月
二八日第二小法廷判決(第四銀行事件)の判示しているところに従い、変更の必要
性及び変更後の内容自体の合理性の両面から見て、変更による不利益性を考慮して
もなお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの
合理性を有するか否かを判断すべきであるが、就業規則の変更後の内容が、運航業
務に従事する時間が過大なものであったり、当該運航業務以前に業務に従事したこ
とにより蓄積している疲労と相まって安全運航に支障を来すようなものであれば、
乗務時間及び乗務時間以外の労働時間その他の労働条件の基準に合理的な制限が設
けられているとはいえず、変更後の内容自体の合理性が否定されるし、運航乗務員
の生命、身体の安全に対する危険が許容限度を超えて存在する以上、不利益性が著
しく大きいから、たとえ、変更の必要性が高度であっても、法的規範性を是認する
ことができ
るだけの合理性はなく、就業規則の変更に反対する労働者に対する拘束力はないと
解すべきである。
 したがって、就業規則の作成の場合であると、変更の場合であるとを問わず、前
記のような観点から総合的に検討して、運航業務の特質に照らし、当該就業規則の
規律するところに従ってその乗務時間の勤務に就くことが、当該運航業務以前に業
務に従事したことにより蓄積している疲労を併せて考えても、安全運航に現実に支
障を来すことがないものということができる場合、その他運航業務に従事する時間
が過大なものとなったり、当該運航業務以前に業務に従事したことにより蓄積して
いる疲労と相まって安全運航に支障を来すことがないように、乗務時間及び乗務時
間以外の労働時間その他の労働条件の基準に合理的な制限が設けられている場合
に、当該就業規則の作成、変更の合理性を肯定すべきである。
 以下においては、本件で原告らが問題としている勤務基準ごとに、科学的、専門
技術的見地から見て、本件就業規程の内容が具体的業務を規律する上で相当なもの
ということができるか、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合と比較して見
劣りしない、水準にかなったものであるか否か、過去の運航実績、事故事例に照ら
しても特段問題のない相当なものということができるか、被告が本件就業規程を制
定するに当たり、前記のような個別、具体的事情をどこまで考慮し、どのような根
拠に基づいて内容を決定したか、本件就業規程に基づいて行われた運航業務の実情
はどうか、本件就業規程に基づいて行われた運航業務について、その実情を検討
し、事後的に安全性を検証し、疑義が生ずれば適切な措置を執るフィードバックの
仕組みが整備され、有効に機能しているか否か、被告と労働組合との交渉の経過等
の観点から本件就業規程の変更の合理性を検討するが、乗務時間制限及び勤務時間
制限等については、本件就業規程の変更後の内容が運航の安全性にかかわるもので
あるから、安全運航に支障を来すことがないように乗務時間及び乗務時間以外の労
働時間その他の勤務基準に合理的な制限が設けられているか否かという観点から、
端的に本件就業規程変更後の規定内容の合理性を検討し、本件就業規程変更後の規
定内容の合理性を肯定できる場合には、更に不利益性の有無、不利益変更に当たる
場合には変更の必要性及び変更後の内容自体の合理性の両面から見て、変更による
不利益性
を考慮してもなお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することがで
きるだけの合理性を有するか否かを判断する。また、その他の勤務基準について
は、不利益性の有無、不利益変更に当たる場合には変更の必要性及び変更後の内容
自体の合理性の両面から見て、変更による不利益性を考慮してもなお当該労使関係
における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するか否
かを判断する。
三 本件就業規程改定後の運航状況
 本件就業規程改定後の運航状況は別表「確認の利益-2」から「確認の利益-
6」までに記載のとおりであるが、ここに主要なものを掲記する(争いのない事実
であるが、参照の便宜のため書証を示すと、甲第三四七号証、第五三九号証、第五
四〇号証である。)。なお、更に証拠に基づいて認定する必要のある事実は、証拠
を挙げて認定した。
1 シングル編成による二名編成機で予定着陸回数が一回の場合、連続する二四時
間中、乗務時間九時間又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務について
 ◎印を付したものが該当する乗務である。
(一) サンフランシスコ線
    成田→サンフランシスコ  八時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編成)
   ◎サンフランシスコ→成田  一〇時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダ
イヤ)(シングル編成)
                 一〇時間三五分ないし一〇時間五五分(甲第
五三九号証)(シングル編成)
(二) ロサンゼルス線
   ◎成田→ロサンゼルス    九時間三〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編成)
    ロサンゼルス→成田    一一時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダ
イヤ)(マルティプル編成)
   ◎関西空港→ロサンゼルス  九時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編成)
    ロサンゼルス→関西空港  一二時間二〇分(平成一〇年度乗務ダイヤ)
(マルティ編成)
(三) ホノルル線
    関西空港→ホノルル    六時間五〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編)
   ◎ホノルル→関西空港    九時間三五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編成)
                 九時間三五分(甲第五三九号証)
(四) オークランド線
    オークランド→成田    一〇時間四〇分ないし一〇時間五五分(甲第
五三九号
証)(シングル編成)
2 シングル編成による三名編成機(B七四七型機)で予定着陸回数が一回の場
合、連続する二四時間中、乗務時間九時間又は勤務時間一三時間を超えて予定され
た勤務について
(一) サンフランシスコ線
    成田→サンフランシスコ  九時間〇五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編成)
   ◎サンフランシスコ→成田  一〇時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダ
イヤ)(シングル編成)
                 一〇時間三五分ないし一〇時間五五分(甲第
五三九号証)(シングル編成)
(二) ロサンゼルス線
   ◎成田→ロサンゼルス    九時間三五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編成)
    ロサンゼルス→成田    一一時間三五分(平成一〇年度冬期用乗務ダ
イヤ)(マルティプル編成)
(三) バンクーバー線
    成田→バンクーバー    八時間三〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編成)
   ◎バンクーバー→成田    九時間五五分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編成)
(四) シドニー線
   ◎成田→シドニー      九時間三〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(甲第五三九号証)(シングル編成)
   ◎シドニー→成田      九時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)(シングル編成)
 これらのうち◎を付したものは、すべて本件就業規程の変更前の勤務条件によっ
ては命じることができなかったものである。
3 シングル編成で予定着陸回数が二回の場合、連続する二四時間中、乗務時間八
時間三〇分又は勤務時間一三時間を超えて予定された勤務について
(一) 香港線
   ◎成田・香港を一日で往復するパターン(成田→香港→成田)
    成田→香港        五時間(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)
    香港→成田        三時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)乗務時間八時間四〇分、勤務時間一二時間二〇分
(二) マニラ線
   ◎成田・マニラを一日で往復するパターン(成田→マニラ→成田)
    成田→マニラ       四時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイ
ヤ)
    マニラ→成田四時間(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)乗務時間八時間四
〇分、勤務時間一二時間二〇分
(三) デンパサール線
   ◎デンパサール(バリ島)→ジャカルタ→関西国
際空港を一日で行うパターン
    デンパサール→ジャカルタ  一時間三五分
    ジャカルタ→関西国際空港  六時間二五分
4 シングル編成で予定着陸回数が三回の場合、連続する二四時間中、乗務時間七
時間三〇分を超えて、又は勤務時間一二時間を超えて予定された勤務について
 弁論の全趣旨によれば、原告P36は、グアム発関西国際空港行JL九四四便の
乗務(グアムにおける予定出頭時刻午後一時四五分、予定出発時刻午後三時、予定
到着時刻午後六時四〇分、予定勤務終了時刻午後七時一〇分(予定乗務時間三時間
四〇分、予定勤務時間五時間二五分))、その翌日に伊丹発那覇行JL九一一便及
び那覇発羽田行JL九〇二便の乗務(伊丹における予定出頭時刻午前八時三〇分、
羽田における予定到着時刻午後二時五五分、予定勤務終了時刻午後三時二五分(合
計予定乗務時間四時間二五分、合計予定勤務時間六時間五五分))を命じられたこ
とが認められる。第一日目の勤務が終了してから第二日目の勤務の開始までの間に
は一二時間以上の休養が予定されているので、変更後の就業規程によれば、右休養
により、その前後の乗務それぞれが一連続の乗務として扱われ、それぞれ乗務時
間、勤務時間の制限時間内であればよいこととなり、それぞれの乗務はそれぞれ乗
務時間、勤務時間とも制限内のものである。しかし、JL九〇二便が羽田に到着し
たのは午後二時五五分ころであり、第一日目の午後二時五五分から第二日目の午後
二時五五分までの連続する二四時間中には、JL九四四便の予定乗務時間三時間四
〇分とJL九一一便及びJL九〇二便の合計予定乗務時間四時間二五分が含まれ、
これらを合計すると八時間五分ということになり、また、三回の着陸を行うことに
なるが、変更前の就業規程におけるシングル編成三回着陸の場合の連続する二四時
間中の乗務時間制限は七時間三〇分であるので、右二日間の乗務は変更前の本件就
業規程の基準によれば、乗務時間制限を超過するものであった。
5 シングル編成で予定着陸回数が四回の場合、連続する二四時間中、乗務時間六
時間を超えて、又は勤務時間一〇時間を超えて予定された勤務について
(一) 甲第三五八号証(二六頁)及び原告P26本人尋問の結果(平成一一年三
月二五日付け本人調書一二〇項から一二三項まで)によれば、本件就業規程改定後
次の乗務パターンがあったことが認められる。
◎羽田→広島→羽田
及び羽田→函館→羽田という二区間の乗務を一日で行うパターン
 乗務時間合計五時間一五分、勤務時間合計一〇時間二五分
(二) 甲第五一〇号証(一頁)によれば、本件就業規程改定後次の乗務パターン
があったことが認められる。
◎羽田→秋田→羽田の二往復の乗務を一日で行うパターン(過去三回あった。)
 乗務時間合計各約三時間二〇分、勤務時間合計一○時間二七分、一〇時間四〇
分、一〇時間四三分
(三) 甲第四一二号証(二頁)によれば、本件就業規程改定後次の乗務パターン
があったことが認められる。
◎福岡→ソウル→広島→ソウル→福岡の乗務を一日で行うパターン
 合計勤務時間一〇時間以上
(四) 甲第五三九号証(一九頁)によれば、本件就業規程改定後次の乗務パター
ンがあったことが認められる。
◎羽田→伊丹→札幌→伊丹→羽田の乗務を一日で行うパターン
 合計勤務時間一〇時間二〇分
◎福岡→ソウル→小松→ソウル→福岡の乗務を一日で行うパターン
 合計勤務時間一〇時間一〇分
6 マルティプル編成で、連続する二四時間中、乗務時間一四時間又は勤務時間二
〇時間を超えて予定された勤務について
(一) ニューヨーク線
    成田→ニューヨーク    一二時間二〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダ
イヤ)(B七四七-四〇〇型機)
   ◎ニューヨーク→成田    一四時間〇〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダ
イヤ)(B七四七-四〇〇型機)一四時間〇五分(甲第五三九号証、第五四〇号
証)
(二) アトランタ線
    成田→アトランタ     一二時間〇五分(平成一〇年度冬期用乗務ダ
イヤ)(B七四七-四〇〇型機)
   ◎アトランタ→成田     一四時間〇五分(平成一〇年度冬期用乗務ダ
イヤ)(B七四七-四〇〇型機)一四時間一〇分(甲第五三九号証、第五四○号
証)
四 本件就業規程による乗務時間制限に至るまでの経緯
1 米国における乗務時間制限に関する経緯について
 証拠(甲第三三三号証の一及び二)によれば、以下の事実が認められる。
 米国において初めてパイロットの乗務時間が制限されたのは昭和六年(一九三一
年)である。商務省航空商務局は、月間一一〇時間、七日間につき三〇時間、二四
時間につき八時間の乗務時間制限(特定のルートについては八時間を超える例外措
置があった。)を定めるとともに、七日ごとに連続した二四時間の休養を与えるこ
とを義務付けた。昭和九年(一九三四年)、第一
パイロットの月間乗務時間は一〇〇時間、年間乗務時間は一〇〇〇時間に制限され
た。二四時間につき八時間の乗務時間制限とその例外措置はそのまま残されたが、
例外措置の効力は停止され、最終的には廃止された。副操縦士の乗務時間も同様に
制限された。この乗務時間制限はほとんど変更されないまま、昭和一三年の民間航
空条例、さらに昭和三三年の連邦航空条例に引き継がれ、現在に至るまで効力があ
る。
 連邦航空局(FAA)とその前身であった各機関は、昭和三三年に至るまで、民
間航空法の乗務時間制限を何回も再検討・調査したが乗務時間制限の大きな変更は
行わなかった。しかし、その後、昭和三五年までに、連邦航空局の前身機関は民間
航空法のパイロットの乗務時間制限の改定が必要であると判断した。
 民間航空法は昭和四〇年に連邦航空法に再編・成文化され、パイロットの飛行時
間について、二名編成機につき八時間、三名編成機につき一二時間の制限が規定さ
れた。この飛行時間制限は現在まで改定されていない。
 連邦航空局は、乗務時間制限、休養規程等について、昭和五三年に立法提案通
知、昭和五五年に立法提案通知補足を発し、昭和五七年にも立法提案通知を発した
が、いずれも、航空業界等の意見を検討した後、撤回した。
 連邦航空局は、昭和五八年、交渉によって乗務時間制限を策定するための諮問委
員会を設立し、昭和六〇年、諮問委員会に提出された原案に基づいて立法提案通知
が発行され、同年、法律として成立し、施行された。その内容は、多くの法文解釈
問題を解決するとともに、乗務予定時間の違いに応じて一日ごとの休養時間を設定
することができるようにして、国内線事業者のスケジュール作成に柔軟性を与える
こと等であった。
 連邦航空法のその後の改正の動向については後述する。
2 技術革新と運航乗務員編成数の変化(新世代二名編成機の開発と我が国におけ
るその導入)について
 証拠(甲第二九一号証、第三三三号証の一、第三八〇号証、乙第一〇〇号証、第
一〇二号証、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 大型航空旅客機の運航乗務員編成数は、航空機の技術革新によって徐々に
減少してきた。昭和三〇年ころに開発された大型プロペラ機ストラト・クルーザー
は、操縦を担当する機長及び副操縦士、エンジンやシステムの操作のほか、故障の
隔離、回復操作を行う航空機関士、現在位置の確認や飛行ルー
トの確認を行うナビゲーター、良質の無線通信を確保するための航空無線士から成
る五名の運航乗務員により運航されていた。その後、無線技術の向上によって航空
無線士の業務が、また、慣性航法装置など航法システムの発達によってナビゲータ
ーの業務が、いずれも操縦士の業務となり、運航乗務員編成数は五名から四名、四
名から三名へと順次減少した。この間、操縦士の負担も、計器着陸装置や自動操縦
装置等の導入によって軽減された。
 昭和四四年ころには三名編成の大型航空旅客機であるB七四七型機が開発され
た。
 その後、昭和五五年ころから、コンピュータ制御技術を導入し、航空機関士の業
務を操縦士が行い二名編成で運航される第四世代機又は新世代機と呼ばれる、B七
六七型機、A三一〇型機、B七四七-四〇〇型機などの二名編成機が開発された。
ジェット旅客機の性能が向上して長距離路線の直行便が世界の趨勢となっていっ
た。
(二) 我が国の航空法は、従前は三名編成機の運航を前提としており、六五条二
項において、「四基以上の発動機を有し、且つ、三万五千キログラム以上の最大離
陸重量を有する航空機」には、「航空機に乗り組んで行うその発動機及び機体の取
扱(操縦装置の操作を除く。)」の業務を行うことができる航空従事者(航空機関
士)を乗り組ませなければならないと規定していたが、昭和六〇年一二月二四日法
律第一〇二号により同法六五条二項が改正され、右の部分が削除された。
(三) 被告は、昭和四四年以降三名編成機であるB七四七型機を、昭和五〇年以
降DC一〇型機を導入した(以下これらの三名編成機を個別に、又は総称して「在
来型三名編成機」又は単に「三名編成機」という。)。また、昭和五九年以降二名
編成機であるB七六七型機を導入した。
 被告は、平成二年以降B七四七-四〇〇型機、MD一一型機、B七三七-四〇〇
型機、B七七七型機を導入した(以下これらの二名編成機を個別に、又は総称して
「新世代二名編成機」又は単に「二名編成機」という。)。
3 運航乗務員の勤務に関する諸外国の運航基準や運航の実態等に関する調査につ
いて
 証拠(甲第七九号証の一から同号証の三まで、乙第一〇三号証、第一〇四号証の
一から同号証の五まで、第一〇五号証から第一一一号証まで)によれば、次の事実
を認めることができる。
 被告は、一九八〇年代半ばから一九九〇年代にかけて運航乗務員の勤務に関する
諸外国
の運航基準や運航の実態等に関する調査を実施した。
 ジェット旅客機の性能が向上して長距離路線の直行便が世界の趨勢となり、被告
においても一九八〇年代前半にはニューヨーク、ロサンゼルス等太平洋路線の多く
が直行便化され、欧州路線の直行便化が見込まれていた。しかし、例えば、ロサン
ゼルス-成田線で米国の主要航空会社がシングル編成で運航しているのに対し、被
告はマルティプル編成で運航しているというように、被告と欧米の主要航空会社と
の間に効率面で格差があった。被告は、当時の勤務協定がジェット機黎明期の昭和
三五年に締結された協定を原型としているためにかかる制約があり、路線構成の変
化に対応するように勤務協定を見直す必要があると認識するに至り、これを契機と
して長距離運航時代の要請に合致した勤務基準を求めて調査研究、検討を行った。
被告は、昭和六一年に欧州及びシカゴ各直行便が就航するに当たって、運航本部が
欧州の主要航空会社四社(ルフトハンザ航空、英国航空、エールフランス航空、K
LMオランダ航空)に担当者を派遣し、勤務条件についての詳細な調査を行い、
「欧州航空各社の勤務条件調査報告」(乙第一〇四号証)にまとめたほか、昭和六
三年一月一二日に策定された「昭和六三-六六年度中期計画」(乙第一〇六号証)
をきっかけに、勤務協定改定とオペレーションマニュアルに定められた運航乗務員
の勤務に関する基準の改定の本格的検討に入り、米国をはじめとして航空先進国数
箇国の資料収集に努めた。
4 B七四七-四〇〇型機の就航と運航規程の改定
(一) 運輸省航空局による日本航空機操縦士協会への検討依頼と中間報告
 証拠(甲第七五号証)によれば以下の事実が認められる。
 運輸省航空局は、平成二年八月に我が国においてB七四七-四〇〇型機が太平洋
線に就航することとなることを契機に、同年五月、我が国の定期航空運送事業者
(航空会社)の航空機乗組員の長距離運航における乗務時間制限及び編成の基準を
制定することとし、社団法人日本航空機操縦士協会(JAPA、以下「日本航空機
操縦士協会」という。)にその内容の検討を依頼した。
 日本航空機操縦士協会は、右依頼を受けて、「長距離運航に係わる乗員編成につ
いての検討委員会」(以下「検討委員会」という。)を設立した。検討委員会は、
日本航空機操縦士協会顧問のP58を委員長とし、日本航空機操縦士協会副会長P
59、早稲田
大学人間科学部教授P60、財団法人航空医学研究センター研究所長P61、社団
法人日本航空機開発協会市場調査部長P62、航空宇宙技術研究所人間工学研究室
長P63、被告の産業医P64、全日本空輸株式会社の産業医P65、その他日本
航空機操縦士協会の顧問二名及び会員八名(委員合計一八名)を委員とするもので
あった。
 検討委員会は、連続する二四時間における乗務時間制限及びそれに関連する編成
の基準を中心に検討を行い、同年六月二五日、「定期航空運送事業者が行う国際線
の運航に従事する航空機乗組員の乗務時間制限及び編成基準(案)について」と題
する中間報告(以下「中間報告」という。)を取りまとめた。
 中間報告のうち、乗務時間制限に関する点はおおむね次のとおりである。
 中間報告は、定期航空事業者が、運航規程に「国際運航に従事する航空機乗組員
の連続する二四時間内の乗務時間制限及びその編成」を定めるに当たって、国が示
す基準を作成することを目的とする。
 定期航空運送事業者は、次の時間を超えて、航空機乗組員の乗務を予定してはな
らない(巡航中に機長の交替業務を行う副機長の資格要件は省略。)。
最小航空機      乗  員  編  成      乗務予定時間
乗務員                              
        一名の機長及び一名の操縦士      八時間以下 
二名の操縦士  一名の機長及び二名の操縦士      八時間超、 
                           一二時間以下
        一名の機長及び三名以上の操縦士    一二時間超 
二名の操縦士  一名の機長及び一名の操縦士並びに一名 一二時間以下
及び一名の航空 の航空機関士                   
機関士     一名の機長及び二名の操縦士並びに二名 一二時間超 
        の航空機関士                   
 乗務時間制限については、疲労、時差等に関する安全面からの解析から定量的に
一定の数値を導きだすことは困難と考えられるので、安全運航の実績が積み重ねら
れてきている欧米諸国の基準、具体的には米国連邦航空法(FAR Federa
l Aviation Regulations)及び英国CAP(Civil 
Aviation Publication)を参考とした。
 米国連邦航空法は
単純で適用が容易であるところが長所であるが、乗務時間制限の基本部分の制定が
古く、最近の長距離運航を行う二名編成機の基準として適当か疑問がある。英国C
APは乗務時間帯、時差等に応じて定められているところが長所であるが、考慮す
べき要素が多いので、乗務スケジュール作成に困難が伴い、また、遅延等が発生し
た場合の弾力的な対応が困難である。
 乗務時間帯、時差等の考慮の有無については、我が国の航空会社が就航している
国際路線に二つの基準を適用しても実際には大きな差は出ず、米国連邦航空法の二
名編成機の八時間制限については、一般的に安全側にあるものと考えられることか
ら基準適用の利便性を考慮し、米国連邦航空法を基本として基準を定める。
 しかし、当該部分の連邦航空法制定は四〇年以上前の、二名編成機が長距離国際
線に就航することが全く予想されていない時代のものである。最近の二名編成機は
技術革新により仕事量が大幅に軽減されており、三名編成機に適用される制限時間
と差を設けるべきではないとも考えられるため、右時間制限は暫定的なものとし、
二名編成機の制限時間について引き続き検討を行っていくこととする。
(二) 運輸省航空局技術部長による基準の制定(平成二年)
 証拠(乙第八七号証)によれば以下の事実が認められる。
 運輸省航空局技術部長は、平成二年六月二六日(検討委員会の中間報告の行われ
た翌日)、空航第五七七号「定期航空運送事業者の行う国際運航に従事する航空機
乗組員の連続二四時間以内の乗務時間制限及び編成に関する基準」(以下「技術部
長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準)」という。)を発した。
 技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準)は、定期航空運送事業者の
有償の国際線運航に従事する航空機乗組員の連続二四時間以内の乗務時間制限及び
編成に関する基準を定めることを目的とし、乗務時間制限については、検討委員会
の中間報告と同様の内容の基準を定め、定期航空運送事業者は、基準に定める時間
を超えて、航空機乗組員の乗務予定時間(時刻表の運航予定時間に基づき算定され
る当該便の出発予定時刻から到着時刻まで)を設定してはならないこと、一二時間
を超える乗務が予定されている場合には、航空機内に適切な仮眠設備を設けること
を定めた。
(三) 被告の運航規程の改定(平成二年)
 証拠(甲第一号証(一四〇頁)及び弁論の全趣旨)によれば
以下の事実が認められる。
 被告は、平成二年八月一日付けで、被告の運航規程中、国際線シングル編成の場
合の乗務時間・勤務時間制限を、着陸回数に関係なく次のとおりにする旨変更し
た。
         乗務時間制限  勤務時間制限
(改正前)
   三名編成機  一〇時間    一三時間
   二名編成機   八時間    一三時間
(改正後)
   三名編成機  一二時間    一五時間
   二名編成機   八時間    一三時間
 ただし、被告は、運航規程の右変更に際し、同年七月二六日付けで、「一九九〇
年八月一日付OM改訂に関する暫定的措置について」と題する運航本部長レター
(OGZ-Y-010)(甲第一号証一四〇頁)を発して「三名編成機をシングル
編成で国際線を乗務する際の連続する二四時間中の乗務時間制限について、当面、
従来どおり一〇時間で運用する」とすることを運航乗務員に通知し、運航規程の右
変更後も、三名編成機シングル編成の国際線運航乗務員の乗務時間・勤務時間制限
については右レターに沿った運用を行い、この運用は本件就業規程の変更が行われ
るまで続けられた。
(四) 検討委員会の疲労度・仕事量調査と最終報告(平成四年六月から一二月)
 証拠(甲第七五号証及び証人P57の証言(平成一〇年六月二六日の証人調書一
六六項から一七八項まで))によれば、以下の事実が認められる。
(1) 検討委員会は、平成三年六月から、中間報告による二名編成機の乗務時間
制限の基準の再検討に着手した。検討委員会の行った再検討の基本的な視点は次の
とおりである。
 乗務時間制限は航空機乗組員の疲労による航行の安全の阻害を防止する観点から
定められており、乗務時間制限を定める上で考慮すべき最大の要素は航空機乗組員
の疲労である。仕事量と疲労との定量的関係は確立されていないが、仕事量のレベ
ルは疲労に大きな影響を与えるものと考えられることから、B七四七-四〇〇型機
と在来型B七四七型機を代表例として、新世代二名編成機と在来型三名編成機との
疲労度及び仕事量についての比較を行い、二名編成機の乗務時間制限値を延長する
ことが可能かどうか、可能であるとすれば延長がどの程度かについて検討するべき
である。
 検討委員会は、右のような視点から検討を行い、ボーイング社におけるB七四七
-四〇〇型機の仕事量の評価の調査等をもとに検討を行って、新世代二名編成機の
仕事量
は在来型三名編成機と同等以下との考えに至ったが、さらに、平成四年二月から七
月にかけて、被告及び全日本空輸株式会社の協力の下に、成田-ニューヨーク線に
運航するB七四七-四〇〇型機の運航乗務員及び成田-ワシントン線に運航する在
来型B七四七型機の運航乗務員(編成はどちらもダブル編成)に対し、その疲労度
及び仕事量等について生理学及び心理学の両面からの測定、解析を行った上で、平
成四年一二月に運輸省航空局に対して最終報告書を提出した。
 最終報告書は、諸外国の実情と仕事量及び疲労度の検討を柱としている。
(2) まず、諸外国の実情は次のとおりである。
ア 国際民間航空条約第六付属書には、運航者は、航空機乗組員の飛行時間と飛行
勤務時間を制限する規則を制定しなければならず、これらの規則は国によって承認
されなければならないとされ、制限の設定の指針は示されているが、具体的な数値
を定めた乗務時間制限の基準は示されていない。平成二年二月以降、国際民間航空
機関(ICAO)は右規定及び指針の見直しを検討しているが、連続する二四時間
の乗務時間制限値はいまだ提示されていない。ヨーロッパ航空当局において、ヨー
ロッパ各国の航空機乗組員の乗務時間制限に関する基準の統一化を図る作業が進め
られ、連続する二四時間、七日間、二八日間、一二箇月間等における乗務時間制
限、二名編成機の一飛行での飛行時間制限等についての具体的な数値が検討されて
いるが、いまだ結論には至っていない。
イ 米国連邦航空規則第一二一章の規定する国際線定期航空運送事業者に適用され
る連続する二四時間の飛行時間についての計画段階での制限値は、二名編成機につ
いてはシングル編成が八時間まで、マルティプル編成が一二時間まで、ダブル編成
が一六時間まで(ダブル編成の基準は米国連邦航空局の内規)、三名編成機につい
てはシングル編成で一二時間まで、マルティプル編成では一二時間を超えて無制限
である。
ウ 英国航空局通達三七一号は、二四時間以内の飛行勤務時間(航空機乗組員の出
頭時刻から最後の飛行の到着時までをいう。)の計画段階での制限を定めている。
飛行前の休養状態、勤務の開始時刻、離着陸の回数及び航空機乗組員の編成に応じ
て定められている制限値は、二名編成機については、飛行時間が七時間を超える場
合において、離着陸が一回のときは、最大一二時間三〇分、最小九時間三〇分であ
り、三名編成
機については、離着陸が一回の場合は最大一四時間、最小一一時間である。航空機
乗組員の交替要員が乗務する場合は、その人数及び機内の仮眠設備の有無によって
異なるが、最大一八時間まで延長が可能である。英国の右基準は、昭和四七年一一
月に、当時の基準の見直しを目的として設立された乗務時間制限に関する委員会の
検討結果に基づいて設定された。この委員会は、航空機乗組員の疲労が運航の安全
に及ぼす影響について定性的な検討を行い(その検討においては二名編成機と三名
編成機の基準に差を設けるべきか否かは検討されていない。)、休息不足が蓄積し
ないよう仕事及び休息時間のサイクルについて考慮することが重要であるとの結論
を得て、乗務時間制限について勧告した。
エ 検討委員会は、米国、英国を含め欧米・豪州諸国一三箇国(米国、カナダ、英
国、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、
スイス、ベルギー、オーストラリア、ニュージーランド。なお、フランス、イタリ
アについては、その当時の調査で確認が取れなかったので、参考として昭和五九年
のICAO Circular 52-AN/47/6に掲載された内容を掲記し
ているが、以下の数字に含めていない。)の二名編成機及び三名編成機のシングル
編成基準を調査した(なお、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーは同一の基準
を用いている。)。これによると、次のとおりである。
① 制限値の定め方
 米国のように制限値を一定の値としている国 米国を含め六箇国
 英国のように勤務の開始時刻等に応じた制限値を設定している国あるいは条件を
付して制限値の幅を設けている国
                      英国を含め七箇国
② 制限の対象
 乗務時間の制限を飛行時間のみで制限している国 米国のみ
 飛行勤務時間(飛行勤務時間の定義は国によって航空機乗組員の出頭時から飛行
終了まで、あるいは出頭時から飛行後の作業終了までとされている。)のみで制限
している国  英国を含めて九箇国
 その両者で制限している国           三箇国
③ 二名編成機と三名編成機との区別の有無
 二名編成機と三名編成機とで乗務時間制限に差を設けている国
                         三箇国
 差を設けていない国              一二箇国
④ 二名編成機のシングル編成による一飛行の制限

 飛行時間   最小八時間から最大一二時間
 飛行勤務時間 最小九時間三〇分から最大一六時間
 飛行時間制限で一二時間を許容している国  フィンランドだけ
 飛行時間制限一二時間にほぼ相当すると考えられる飛行勤務時間一四時間又はそ
れ以上の時間を許容している国
   カナダ、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、スイ
ス及びベルギーの八箇国
オ 外国航空会社には、労働協約等によって国の制限よりも短く乗務時間制限を設
定している会社が見られた。新世代二名編成機のシングル編成の長大路線の運航の
例としては、次のとおりである(平成四年度(一九九二年度)冬ダイヤによる)。
 フィンランド航空 MD一一型機 成田-ヘルシンキ間
                   一〇時間二〇分
 オーストリア航空 A三一〇型機 ウィーン-ニューヨーク間
                   一〇時間〇〇分
 スイス航空    MD一一型機 チューリッヒ-アトランタ
                   一〇時間二五分
 カナディアン航空 B七四七-四〇〇型機 バンクーバー-成田間
                    九時間四五分
(3) 次に、仕事量の検討の内容は次のとおりである。
 乗務時間制限は、航空機乗組員の疲労による航行の安全の阻害を防止する観点か
ら定められており、仕事量は乗務時間を直接的に規定するものではないが、許容範
囲内であっても仕事量のレベルが高ければ疲労が蓄積される可能性があるから、検
討委員会は、新世代二名編成機と三名編成機の運航乗務員の仕事量の比較検討を行
った。ボーイング社は、新世代二名編成機であるB七六七型機及びB七四七-四〇
〇型機の型式証明取得時に仕事量の評価を実施している。そこで、検討委員会は、
右比較検討を行う上で、ボーイング社が行った仕事量の評価手順とその結果につい
て調査を行った。
ア 仕事量評価の手法
 ボーイング社による仕事量評価は、①コンピュータによる理論解析評価、②シミ
ュレーターによる評価、③実機による評価の三段階で行われた。
 コンピュータによる解析では、操縦士の操作時の手と目の動きを定量化して機種
間で比較する「仕事量の定量化評価」と、操縦士が標準的な飛行で目、手、会話に
費やした時間の割合の平均値を求めて機種間で比較評価を行う分析(Time l
ine analysis)等が
採用された。また、操縦士が、シミュレーター及び実機において、アンケート用紙
に記載された仕事量の各項目及び各要素について主観的評価を行う手法が採用され
た。
イ B七六七型機型式証明取得時の手順
 コンピュータによる理論解析評価においては、燃料、電気、油圧、空調系統の通
常操作、故障時操作について、前記の定量的評価が実施され、また、仮想のライン
フライト(シカゴ-セントルイス)での時間的余裕度について前記の分析(Tim
e line analysis)等による評価が実施された。
 シミュレーターによる操作時間実測値はコンピュータ解析値とほぼ一致した。ま
た、操縦士が、シミュレーター及び実機において、アンケート用紙に記載された仕
事量の各項目及び各要素について主観的評価を行い、シミュレーターと実機のテス
トの結果はほぼ一致し、B七六七型機の仕事量は従来型のB七三七型機と比較して
同等かそれ以下であるとの結果が出た。
ウ B七四七-四〇〇型機型式証明取得時の手順
 コンピュータによる理論解析評価においてイと同様の定量的評価及び前記の分析
(Time line analysis)による評価が実施された。
 シミュレーターにより様々な仕事量の状況を引き起こす故障の影響が評価され
た。実機における仕事量評価としては、総計一二〇〇飛行時間以上に及ぶ全体のテ
スト飛行の中で適宜、また、最終段階での総計四〇時間のテスト飛行で連邦航空局
とボーイング社の操縦士による前記主観的評価が実施された。
 これらの評価結果に基づき、B七四七-四〇〇型機の仕事量は三名編成機である
在来型B七四七型機及びボーイング社の二名編成機であるB七三七型機と同等かそ
れ以下であるとの結果が出た。
エ ヨーロッパ当局のB七四七-四〇〇型機の型式証明における飛行試験において
も仕事量の観点からはB七四七-四〇〇型機は在来型B七四七型機より優れている
と評価された。また、長距離運航における乗務時間の延長とは、巡航部分が延長さ
れることであるが、新世代二名編成機の操縦士の仕事量はシステムの自動化、情報
類の表示・提供方法改善等により軽減されており、このことはB七四七-四〇〇型
機に乗務している多くの操縦士も実感として認めていた。
 仕事量と疲労の定量的関係は確立されていないが、新世代二名編成機の仕事量の
レベルは三名編成機の仕重量のレベルと比べて同等又は改善されており、仕事
量の比較の観点からは、新世代二名編成機の乗務時間制限は三名編成機と同じであ
ってよいと考えられる。
(4) 疲労度の検討
 検討委員会は、実機飛行調査として、被告及び全日本空輸株式会社(以下「全日
空」という。)の新世代二名編成機と三名編成機の有償飛行に搭乗する操縦士の疲
労度等について生理学及び心理学の両面からの計測を行った。その調査の内容及び
結果は次のとおりである。
ア 調査項目
(イ) 生理学的検討
① 免疫学的検討
 血液中の白血球数、顆粒球数、リンパ球数、NK細胞活性、IL-1、IL-
6、TNF、IFN
② ホルモン学的検討
 唾液中のコルチゾール、尿中のアドレナリン、ノルアドレナリン、一七-OHC

③ 循環器学的検討
 血圧、脈拍、心電図変化、自律神経活動の変動
(ロ) 心理学的検討
 自覚疲労調査、フリッカー値測定、加算テスト、注意配分テスト、短期記憶テス

イ 調査対象路線
 被告と全日空の当時の最長路線である成田-ニューヨーク路線及び成田-ワシン
トンDC路線を調査対象路線とし、機材は、前者の路線につき二名編成機のB七四
七-四〇〇型機を、後者の路線につき三名編成機のB七四七型機を用い、いずれも
ダブル編成で、成田を出発してから帰着するまで二泊四日の日程であった。
 また、全日空がボーイング社から新造機を受領し本邦へ空輸する便(シアトル→
羽田)において、二名編成機のその当時の制限値を超える九時間一分の乗務におけ
る操縦士の疲労度等についても調査が行われた。
ウ 調査対象者
 調査対象者は、二名編成機と三名編成機それぞれ二〇名であり、対象とする操縦
士の年齢及び飛行経験を標準化するため、いずれも機長資格者のみとした。
エ データの採取時期及び採取方法
 検討委員会が委嘱した調査員(生理学的調査について三名、心理学的調査につい
て二名)が操縦士に同行し、一定のスケジュールに従って、往路、復路とも飛行
前、飛行中(休養時間の前後)及び飛行後の各段階で行われた。
 シアトルから羽田の空輸便での調査については、三人の操縦士が乗務したが、実
際の運航は二人の操縦士が担当し、飛行中のデータ採取の時間のみもう一人の操縦
士が交替業務を行った。
オ 調査結果
 できる限り条件を同一にして、生理学及び心理学の両面から比較検討した結果、
一部の調査項目においてB七四七-四〇〇型機の方が在来型B七四七型機に比べて
疲労度等が低いことを示唆す
るデータも見られたが、全体的には両者の間に有意な差がないことを確認した。
 なお、P57は被告の機長として、検討委員会の行った右疲労度調査に参加した
が、検討委員会の右結論について、自らの実感と格段の相違はなかったと感じてい
る。
(5) 検討委員会の結論
 検討委員会は、前記((1))の視点から行った検討、調査の結果を次のように
要約し、これに基づいて結論を述べている。
ア 検討、調査の結果の要約
 仕事量については(3)のとおりである。したがって、仕事量の比較検討の結果
からは、新世代二名編成機の乗務時間制限値は三名編成機と同等であってよいと考
えられるが、検討委員会では、さらに実機飛行調査を行い操縦士の疲労度等を計測
することとした。実機飛行調査の結果は(4)のとおりである。
 さらに、検討委員会の委員のうち運航乗務員の委員によるワーキング・グループ
において、B七四七-四〇〇型機に乗務している操縦士の経験に基づき、航法、シ
ステム操作、飛行機の性能、信頼性、居住性等の観点からB七四七-四〇〇型機と
在来型B七四七型機に乗務する操縦士が受ける仕事量、精神的な負担及び疲労度に
ついて比較検討を行い、B七四七-四〇〇型機と在来型B七四七型機の間で乗務時
間制限に差を設ける必要があるのかどうかを検討した。その結果、B七四七-四〇
〇型機は、在来型B七四七型機に比べ、全体的に仕事量、精神的な負担及び疲労度
が同等又は低くなっており、B七四七-四〇〇型機の乗務時間制限を在来型B七四
七型機の乗務時間制限より厳しくする必要はないとの結論を得た。
 この結論は、B七四七-四〇〇型機と同様のコンセプトにてシステムの自動化、
情報類の表示・提供方法の改善等、操縦環境の改良がなされている新世代二名編成
機一般に対しても適用されるものであると考えられる。
 また、乗務時間制限に関する調査対象国一三箇国のうち、二名編成機の飛行時間
制限で一二時間を許容している国及び飛行時間制限一二時間にほぼ相当すると考え
られる飛行勤務時間一四時間又はそれ以上を許容している国は併せて九箇国ある。
我が国の基準及び我が国の基準が基本としている米国の基準は三名編成機について
飛行時間制限の制限値を一二時間としているが、右九箇国では、二名編成機につい
てこれにほぼ相当するか又はそれ以上の制限値が許容され、適用されている。
イ 結論
 国際線長距離運航を行う新世代二名
編成機に乗務する航空機乗組員の乗務時間制限及び編成基準は、三名編成機に乗務
する航空機乗組員に適用される乗務時間制限及び編成基準と同一とすることが適当
である。
(五) 運輸省航空局技術部長による通達の発出(平成四年一二月二一日)
 証拠(乙第八八号証)によれば、次の事実を認めることができる。
 運輸省航空局技術部長は、検討委員会の最終報告を受け、平成四年一二月二一日
に技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準)を一部改正する通達を発出
した(空航第九八五号)。改正点は、二名編成機についてシングル編成(一名の機
長及び一名の副操縦士)の乗務予定時間を一二時間以下、マルティプル編成(一名
の機長及び二名の操縦士)の乗務予定時間を一二時間超とし、ダブル編成について
の基準を削除することであった(別紙「航空局技術部長通達(平成四年)別表」参
照)。この改正により、二名編成機の乗務時間制限及び編成に関する基準は、三名
編成機の基準と同様とされたことになる(以下右改正後の通達を「技術部長通達
(乗務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))」という。)。
(六) 被告の運航規程の改定
 証拠(乙第八五号証の二)によれば、次の事実を認めることができる。
 被告は、技術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準)が平成四年一二月
二一日に改正されたことを受け、平成五年二月二〇日、運航規程を改定し、乗務割
の基準について二名編成機と三名編成機との区別を廃止した。こうして、二名編成
機及び三名編成機とも、国際線についての連続する二四時間中の乗務時間制限及び
勤務時間制限は、シングル編成の場合にそれぞれ一二時間、一五時間、マルティプ
ル編成の場合にそれぞれ一五時間、二〇時間とされた。
五 B七四七-四〇〇型機の設計思想と在来型三名編成機における仕事量との比較
について
1 甲第二九一号証、第三〇八号証(二頁から三頁まで)、第三〇九号証(五頁か
ら六頁まで)、第三一〇号証(二頁から四頁まで)、第三一五号証(三頁から四頁
まで、七頁から八頁まで)、第三一八号証(六頁から七頁まで、一〇頁から一一頁
まで)、第三一九号証(九頁から一〇頁まで)、第三二〇号証(三頁)、第三二三
号証(四頁から五頁まで)、第三二四号証(四頁から五頁まで、六頁から八頁ま
で)、第三二七号証(一五頁から一七頁まで、二七頁から三〇頁まで)、乙第一〇
〇号証(五頁から六頁
まで、三〇頁から三一頁まで、三五頁、四六頁から五一頁まで)、第一〇二号証、
証人P57の証言(平成一〇年六月二六日の証人調書八四項、九七項、一一六項、
一一七項、一四〇項から一六五項まで)によれば、以下の事実が認められる。
(一) B七四七-四〇〇型機の設計思想について
 在来型のB七四七型機は、三名編成機であり航空機関士が必要であったが、B七
四七-四〇〇型機は、二名編成機であり、かつ、座席数約四〇〇の、いわゆるハイ
テク・ジャンボジェット旅客機である。ボーイング社は平成元年一月に米国連邦航
空局の型式証明を取得した。
 B七四七-四〇〇型機は、デジタル・コンピュータ分野における技術革新の成果
やCRT(ブラウン管)ディスプレイの新しい技術を採り入れてコクピット(操縦
席。以下「コクピット」又は「コックピット」という。)の設計思想を根本的に見
直し、確認、判断及び操作の自動化並びに情報の集約・統合・明確化を大幅に進め
て運航乗務員の省力化とミス発生の危険の縮小を実現するとともに、制御系統の多
重化によってシステムの故障に備えている。その設計思想は、右のようにして機長
及び副操縦士が在来型三名編成機でも行っていた仕事量を軽減し、航空機関士が行
っていたシステム管理にかかわる監視と操作の大部分をコンピュータが行うことと
し、全体としての仕事量は、在来型三名編成機において機長及び副操縦士が行って
いた仕事量の範囲内となるようにするほか、運航乗務員のミスによる事故発生の危
険を縮小させるというものである。二名編成機ではシングルパイロットによる操作
が可能であるように設計されており、たとえ一人のパイロットが離席しても残りの
パイロットで飛行に必要なすべての操作が可能であるとされる。
(二) B七四七-四〇〇型機による負担軽減
(1) パイロットの主な仕事には、①ナビゲーション(現在位置、行くべき方向
と経路、目的地までの距離と所要時間、必要な燃料などを確認する作業)、②飛行
経路のコントロール、③システムの操作、④管制との通信、⑤衝突の防止、⑥飛行
計画及びさまざまな判断などがある。このうち、①ナビゲーション、②飛行経路の
コントロール、⑥飛行計画及びさまざまな判断はパイロットの仕事のうち大きな割
合を占めるものである。民間航空機の飛行ルートは、通常、航空無線局を結んでで
きており、ナビゲーションには、航空無線局及び飛行ルートを
示しているジェプソン・チャート(ジェプソン社発行の航路図)と呼ばれるルート
マップを使用する。在来型のB七四七型機においては、現在位置から見た無線局の
方位、無線局までの距離、飛行ルートとの位置関係が計器によって表示され、自分
の現在位置、飛行ルートからのズレを知ることができるので、パイロットは、頭の
中に思い浮かべた地図の上に、右のように計器から得られた複数の情報を重ね合わ
せることによりナビゲーションを行っていた。これに対し、B七四七-四〇〇型機
に代表される第四世代機では、ナビゲーション・ディスプレイと呼ばれるカラーC
RT(ブラウン管)に、飛行とともに時々刻々変化する航路図そのものが表示さ
れ、その時の飛行ルートと現在位置が一目で分かるようになっているほか、旋回時
の予想経路、指定高度に到達する地点、気象レーダーの映像が分かりやすく表示さ
れる。パイロットは、現在位置を確認し、置かれている状況に応じて速度や高度の
変更、フラップやランディング・ギアなどの操作、各種のチェック、管制官との交
信等の操作、措置を開始するが、右のとおりナビゲーション・ディスプレイに現在
位置が一目で分かるように表示されるようになったことで、パイロットの負担は大
きく軽減されている。
 しかし、その反面、マップ・シフト(ナビゲーション・ディスプレイ上での自機
の位置が実際の場所とずれて表示される現象)といわれる不具合は、日常運航の中
でかなりの頻度で発生しているし、何らかの故障で表示が消えてしまったときに頭
の中で自機の位置を組み立て直すのにかなりの時間を要するという事態が発生して
いる。乗員は操縦室の表示が正確なのか神経を使って運航をせざるを得ない。
(2) また、在来型三名編成機においては、慣性航法装置(INS)が搭載され
ており、飛行ルート上の通過地点(ウェイ・ポイント)の緯度及び経度をあらかじ
め入力しておけば、右装置がそれを順に結んだルートを作成するようになっていた
が、長距離路線では通過地点の数が多いため、パイロットが飛行の前にそれらの緯
度及び経度をすべて入力することは、かなりの負担であった。これに対し、B七四
七-四〇〇型機に代表される第四世代機には、フライト・マネージメント・システ
ム(FMS)と呼ばれるコンピュータシステムが装備され、そこにはルートマップ
をはじめナビゲーションに必要な各種の膨大なデータが記憶されてい
るので、パイロットが路線を指定するだけで、すべての通過地点が自動的に入力さ
れるようになり、この面での負担は大幅に軽減されている(ただし、それが正しい
かは確認しなければならないし、航路が頻繁に変更される路線については、従来ど
おり、すべてのウェイ・ポイントを入力しなければならない)。
 さらに、従来であれば、パイロットは、離陸速度や最適巡航速度などをマニュア
ルから求めなければならなかったが、フライト・マネージメント・システムのメモ
リーにはその航空機の性能に関する情報も記憶されており、パイロットが必要とす
る情報を自動的に計算してカラーCRTディスプレイ上に表示されるようになった
こと、慣性航法装置(INS)は離陸後時間が経過するにつれて少しずつ位置の誤
差が生じるので、パイロットがルート上の無線局を利用して慣性航法装置の現在位
置を修正する操作が必要であるが、従来はそのために最も適切な無線局を選局する
のがパイロットの仕事であったのに対し、B七四七-四〇〇型機では、フライト・
マネージメント・システム(FMS)の指示に従ってそれが自動的に選定されるこ
と、従来はパイロットが着陸のための誘導電波を選局していたが、フライト・マネ
ージメント・システム(FMS)の指示で自動的に選ばれるようになったこと、以
上のように、従来パイロットが自ら行わなければならなかった操作、判断のかなり
の部分が自動化されたことにより、パイロットの負担は軽減されている。
 在来型三名編成機では、機体を制御するための飛行機の姿勢、速度、高度、上昇
率、降下率、機首方位等の情報は複数の操縦用計器に表示されたが、新世代B七四
七-四〇〇型機では、プライマリー・フライト・ディスプレイ(PFD)にこれら
の情報を集約・統合して表示されるほか、在来型機にはない新しい機能として、ウ
インド・シアー(風向・風速の急激な変化)に関する警報とそこから脱出するため
に必要な機首上げ角度の指示や、フラップやランディング・ギアの状態に応じた安
全速度の範囲が表示されるので、パイロットの状況認識を容易にしている。
 また、新世代機であるB七四七-四〇〇型機は、在来型三名編成機と比べてシス
テムが多重化されており、フライト・マネージメント・システム(FMS)が故障
の場合に備えて二台装備され、CRTディスプレイは同一規格のものが六つ装備さ
れているので、故障しても画面を他
のディスプレイに切り替えて表示することが可能であるほか、客室与圧コントロー
ル、オート・スロットル・コンピュータ、性能計算、航法計算、速度超過・失速警
報、フュエル・マネージメント等の様々な重要なシステムが多重化されている。
(三) システムの監視面での仕事量の増加
 しかしながら、在来型三名編成機では、航空機関士がシステムを監視、担当して
いたが、新世代機であるB七四七-四〇〇型機では、アイキャス(Engin I
ndication & Crew Alerting System EICA
S)と呼ばれるコンピュータシステム等の助力を受けながらも、機長及び副操縦士
が航空機関士の行っていた仕事の一部を担当することになっているので、この面で
は機長及び副操縦士の仕事量が増大していることは否定できないから、その仕事量
の内容及び負担の程度を見なければならない。
 エンジンの始動は、どのようなトラブルが発生するか分からない緊張する場面で
あり、注意力を要する作業である。長距離路線についていうならば、在来型三名編
成機では、航空機関士を含めた三名の運航乗務員が作業を分担し、エンジン一基当
たり一分以上かけて行い、四機あるエンジン全部を始動するのに五分程度必要であ
るが、B七四七-四〇〇型機では、オートスタート機能が完備され、スタートの操
作に要する時間はエンジン一機当たり三〇秒程度に軽減されている。したがって、
この点ではパイロットの仕事量は軽減されている。
 次に、エンジンを始動した後離陸し、巡航し、目的地に到達してスポットに入
り、エンジンを停止するまでの間の運航の全過程において、エンジンの作動状況を
監視し、飛行中のエンジンの回転数や排気ガスの温度等の異常を発見し、電気火災
や急減圧などのシステム・トラブルが発生した場合には、トラブルを認識・特定
し、重要度の判断及び必要な操作を行う必要があるが、在来型三名編成機では、航
空機関士がこの監視、判断、操作を担当していた。これに対し、B七四七-四〇〇
型機では、機長及び副操縦士がアイキャスの助力を受けながらも運航の全過程にお
いて航空機関士の果たしていた役割を代替することになる。もっとも、B七四七-
四〇〇型機ではアイキャスがエンジン、油圧、客室与圧、電気、燃料など主要なシ
ステムの作動状況を監視し、故障が生じたときには故障箇所の特定や重要度の判断
を自動的に行い、制御系統が多
重化されているものについては必要に応じてアイキャス・ディスプレイに表示した
上で、故障箇所を自動的に隔離し、代替システムに自動的に切り替え、故障箇所が
エンジン・油圧など主要システムの場合には、重要度をつけてアイキャス・ディス
プレイに警告を表示するようたなっているので、設計思想としては、在来型三名編
成機の航空機関士の仕事量よりは相当程度軽減されてはいる。しかし、在来型三名
編成機では、航空機関士が各システムの状況を示す約一〇〇個の計器、二〇〇個以
上の警告灯、一五〇個以上のスイッチを常時管理し、燃料やエンジンオイルのよう
に変化傾向のあるものについてはそれを常時把握することによって、故障に至る前
に不具合を発見することができていたのに対して(甲第二二一号証)、アイキャス
は、一定の限界値に到達して初めて、それが警告される仕組みになっており、アイ
キャス・ディスプレイに警告メッセージが表示されてからでは遅い場面があるの
で、運航乗務員はアイキャス・ディスプレイに機器の作動状況を呼び出して確認す
る努力をしている。このように、機長及び副操縦士の仕事量が右の面で在来型三名
編成機よりも増大していることは否定できない。
(四) イレギュラーな事態が発生したときの仕事量
 B七四七-四〇〇型機をはじめとする新世代二名編成機は、何らかのトラブルが
発生したときには、機長及び副操縦士だけで対応しなければならないが、特殊な気
象状態やその他機材故障等のイレギュラーな事態が発生したときには、精神的疲労
が高まり、ルーティンワークが軽減されたことでは賄いきれないから、パイロット
の仕事量は三名編成機に比べて格段に高くなっているというのが運航乗務員の実感
である。
2 1で述べたように、B七四七-四〇〇型機は、デジタル・コンピュータ分野に
おける技術革新の成果やCRT(ブラウン管)ディスプレイの新しい技術を採り入
れ、確認、判断及び操作の自動化並びに情報の集約・統合・明確化を大幅に進めて
運航乗務員の省力化とミス発生の危険の縮小を実現するとともに、制御系統の多重
化によってシステムの故障に備えているが、その設計思想は、右のようにして機長
及び副操縦士が在来型三名編成機でも行っていた仕事量を軽減し、航空機関士が行
っていたシステム管理にかかわる監視と操作の大部分をコンピュータが行うことと
した上で機長及び副操縦士に担当させ、全体としての仕事
量は、在来型三名編成機において機長及び副操縦士が行っていた仕事量の範囲内と
なるようにするほか、運航乗務員のミスによる事故発生の危険を縮小させるという
ものである。これを運航業務の実情から見ると、たしかに、機長及び副操縦士の業
務のうち、ナビゲーション、飛行経路のコントロール、飛行計画及び様々な判断に
おいて仕事量が軽減されているが、機長及び副操縦士が在来型三名編成機で航空機
関士が行っていたシステム管理にかかわる監視と操作の一部を担当することになっ
た点で仕事量が増加しており、平常の運航ならば右仕事量の軽減によって吸収でき
る程度のものということができるにしても、異常な事態が生じたときには、事態の
内容、深刻さに応じて、機長及び副操縦士が操縦、判断等に集中する必要が高まる
にもかかわらず、在来型三名編成機ならば航空機関士に分担させることができたシ
ステムの操作、管制との通信等まで行わざるを得ないため、機長及び副操縦士の仕
事量は在来型三名編成機に比べて大幅に増大するといわざるを得ない。したがっ
て、交替要員なしに機長及び副操縦士の二名編成でB七四七-四〇〇型機を運航さ
せる場合には、機長及び副操縦士が余力を十分に残しておくことが安全運航の観点
からは必要であり、機長及び副操縦士がルーティンワークだけで余裕がなくなって
いたり、長時間低い仕事量の業務を継続したために疲労が蓄積し、判断能力が低下
していれば、異常な事態が生じたときに機長及び副操縦士が適切な対応をすること
が困難な場合が起こり得る。B七四七-四〇〇型機は、在来型三名編成機に比べて
航続性能も大きく向上しているから、仮に交替要員なしに運航乗務員二名だけで航
続距離の延びた分を含めて運航させることとすれば、乗務時間が長くなることは免
れず、前記のとおり、長時間低い仕事量の業務を継続すると疲労が蓄積し、判断能
力が低下するが、右に述べたB七四七-四〇〇型機のコクピットの設計思想に、航
続距離の長大化による乗務時間の拡大を賄うような仕事量の減少、改善が織り込ま
れ、さらには、長時間低い仕事量の業務を継続することによって機長及び副操縦士
に疲労が蓄積し、判断能力が低下する事態に備え、これに対する有効な措置が執ら
れていたことを認めるに足りる証拠はないから(アメリカ合衆国連邦航空法が二名
編成機について八時間の乗務時間制限を定めていることは前記のとおりであり、B
七四
七-四〇〇型機開発当時この制限が緩和される見込みがあったことを認めるに足り
る証拠はない。なお、乙第一〇二号証によれば、被告がB七四七-四〇〇型機を導
入して運航させるに先立ち、平成二年一月に作成したパンフレットには、B七四七
-四〇〇型機の運航に際しても、長距離路線の場合は当然、必要に応じて三、四名
が交替で操縦することになること、B七四七-四〇〇型機が長距離機材であること
を考慮し、交替要員の搭乗はもちろん、コクピット内にパイロット専用のベッドを
設ける等運航乗務員の休養の充実にも努めていることを明記していることが認めら
れる。)、航続距離の長大化による乗務時間の拡大によって機長及び副操縦士に余
力が十分残っていない事態が生じれば、異常な事態が生じたときに適切な対応をす
ることが困難であるという意味において、安全性に疑義があるといわざるを得ない
ことになる。シングル編成による二名編成機の従前の乗務時間制限九時間までは右
の意味で特に安全性に問題がなかったことを前提にしてよいと考えられるから、従
前の乗務時間制限九時間を超えてシングル編成による二名編成機を運航する場合
に、その九時間を超えて運航に従事している機長及び副操縦士に余力が十分残って
いるか否かを検討する必要がある。
六 乗務時間制限に関する科学的検討
1 米国航空宇宙局(NASA)による運航乗務員の疲労に関する研究
(一) 研究の端緒
 証拠(甲第三三三号証の一及び二)によれば、以下の事実が認められる。
 一九八〇年代初頭(昭和五五年ころ)、米国連邦議会は、米国航空宇宙局(NA
SA)に対し、民間及び軍の運航乗務員について、疲労とサーカディアン・リズム
(体内時計・体内日周期)の問題を調査することを要請した。この結果、疲労が直
接・間接の原因となった運航乗務員による過失について米国航空宇宙局(NAS
A)の航空安全報告システム(ASRS:Aviation Safety Re
porting System)に寄せられた報告が分析された。米国航空宇宙局
(NASA)は、「航空機運航における乗員の要因」と題する一連の研究を企画立
案した。この研究は、時差の影響、短距離運航の影響、長距離運航が運航乗務員に
及ぼす影響に特別の重点が置かれた。
(二) 短距離運航における睡眠と疲労に関する研究
(1) P66博士(陸軍医療サービス隊の退役陸軍中佐で、米国航空宇宙局(N
AS
A)エイムズ研究所にかつて所属していた生理学者)は、昭和六〇年(一九八五
年)、「短距離運航における睡眠と疲労」と題する研究論文を発表した。この研究
は、運航乗務と乗務スケジュールが運航乗務員に及ぼす精神生理学的影響と、その
影響が航行の安全と効率に対して有する重要性に重点があった。二つの航空会社の
七四名の運航乗務員が参加し、実際のフライトについて研究が実施された。この研
究の結果は次のとおりである。短距離路線の乗務割により運航業務を行う運航乗務
員は、宿泊中には自宅よりも睡眠時間が短くなり、また、基地出発から日数が経過
するほど睡眠時間は短くなった。その程度は時間帯の違いによって異なり、また、
個人差があった。この睡眠時間の変化をもたらした要因は、出頭が早朝か否かと、
一日当たりの乗務回数であった。勤務時間の長さは、精神生理学的影響を決定付け
る要素とは見受けられなかった。乗務パターンの長さは疲労の程度に影響を与えて
おらず、三日目と四日目で疲労の程度は同等であった。
 この研究で明らかになったのは、短距離路線の乗務割により運航業務を行う運航
乗務員は、睡眠の質が低下するとともに睡眠時間が短くなることで、睡眠不足を経
験していることである。睡眠不足の原因は、パイロットが宿泊地で自宅にいるとき
とは別の時間に起床することにもよるが、スケジュールの立て方次第で避けること
のできるスケジュール作成上の要因によるものもあった。しかしながら、この研究
は、疲労の問題を軽減するための具体的な勧告をしなかった。
(2) P78博士(連邦航空局のヒューマン・ファクターに関する主任科学技術
アドバイザーであり、米国航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所にかつて所属し
ていた生理学研究者)は、昭和六一年(一九八六年)、「短距離航空輸送従事によ
る運航上の影響」と題する研究をまとめた。この研究の結果は次のとおりである。
乗務後の乗員は乗務前の乗員より睡眠時間が短くなり、より高い疲労度を訴えた
が、その疲労レベルは運航乗務員の能力に大きな影響を与えるものではなかった。
乗務後の乗員は乗務前の乗員よりよい運航能力を示した。それまで一緒に乗務をし
てきた運航乗務員は、乗務をしていなかった運航乗務員よりよい仕事をし、責任分
担についてよりよい理解を有し、よりよいチームワークを示した。勤務の時間的長
さ又はその密度が運航の安全に直接影響することが明
らかになったとはいえなかった。
 この研究は、運航乗務員のチームワークが疲労に対する効果的な対抗手段となり
得ること、過去に行われた疲労の影響の調査は運航の点からは必ずしも重要ではな
い能力指標を使用していたことをその結論とした。しかしながら、この結論は短距
離運航にのみ妥当するものであろうと指摘されている。この研究は、長距離運航に
おいては、勤務時間がより長く、時差が生じるのであって、これらは、低い作業量
の時間が長時間続く長距離運航には悪影響を及ぼし得ることを指摘している。巡航
時間が長いために低い作業量の時間帯が長いことは、短距離運航の場合に比べて、
より大きい疲労をもたらすであろうという。
(三) 長距離運航における睡眠と疲労に関する研究
(1) 米国航空宇宙局(NASA)のエイムズ研究所チームは、昭和六一年(一
九八六年)、「国際線運航乗務員の睡眠と覚醒」と題する共同研究を完成した。こ
の研究は、複数の時差帯を横切っての長距離運航における睡眠の質の変化に焦点を
合わせていた。
 この研究によれば次のとおりである。ほとんどのケースで睡眠の質は低下し、そ
の傾向は、東向きの飛行の場合の方が西向きの飛行の場合よりも顕著であった。こ
のことは、過去三〇年間にわたって行われた多数の研究結果と合致する。飛行後の
最初の睡眠を制限することで、滞在中に十分睡眠を摂取することが容易になるであ
ろう。
 この研究は、国際線の運航に関する睡眠題の生理学的論文としては初めてのもの
であった。
(2) P66博士は、昭和六二年(一九八七年)一〇月、国際運航安全セミナー
で、米国航空宇宙局(NASA)が行った長距離運航に関する研究の結果を詳細に
報告した。その要旨は次のとおりである。
 米国航空宇宙局(NASA)の航空安全報告システム(ASRS)には、長距離
運航に従事する運航乗務員から、疲労と睡眠不足がパイロットの運航上の重大な過
誤にいかに影響したかを描写する報告が継続的に寄せられている。運航上の過誤
は、(予定された)飛行高度からの逸脱、着陸許可を受けないままの着陸、誤った
滑走路への着陸、燃料計算の誤り等である。乗員の数が減少し、操縦室が高度に自
動化されるとともに、長距離航空機の航続距離が伸びており、このことによって、
運航乗務員の疲労と操縦室での眠気に対する対策の必要性について関心が高まるこ
とになると予想される。大多数の航空会社は
長距離路線に少なくとも一名の交替要員を配置するであろうが、時差の異なる地域
を横断することや、長い乗務時間のために倦怠感が増すことによって、既に生じた
懸念は更に深まるであろう。航空会社は、活動を刺激して運航乗務員にやる気を起
こさせる目的で、運航乗務員がコンピュータとかかわりを持ち、相互に働きかけを
するような飛行中の手順を開発するべきである。
 米国航空宇宙局(NASA)が行った長距離運航に関する研究の大きな目的は、
各種の乗務スケジュールと時差が運航乗務員の睡眠と任務遂行能力に及ぼす影響を
確認することであった。これらの点を研究すれば、最終的には、時差の影響を最小
限にとどめるような勤務スケジュールを作成するための科学的な指針を提供するこ
とができると信じている。仕事量が少ない時期に疲労は増加するので、二名編成機
の高度に自動化されたコクピットに疲れたパイロットが乗務している可能性を考え
れば、問題の焦点は乗員の作業量が多いことよりもむしろ作業量が少ないことに移
行してきている。仕事量が軽減されたことによって長距離運航に特有の油断・自己
満足(complacency)の問題はより深刻になると予想される。技術革新
の進められた航空機の就航によって航続距離も乗務時間も増大し、時差の変化が大
きい運航となっているから、運航乗務員のスケジュール作成にはより科学的な手法
を取り入れることが推奨される。一日のうちのどの時間帯かを無視して、単に経過
飛行時間だけに頼るような時間制限で運航乗務員のスケジュールを作成すべきでは
ない。八時間の日中の飛行は同じ時間の夜間飛行と同等ではない。しかしながら、
多くの国では、飛行時間の長さ又は飛行勤務時間が一定の時間を超えるか否かに基
づいて、運航乗務員の数を増やす必要があると定められている。規制を所轄する公
機関は、乗務時間制限と休養について規定するに当たって、一日の内のどの時間帯
に該当するかという要素を加えるべきであると勧めている。三名編成機において
は、任務遂行能力の向上のために考えられる措置として、操縦室でのうたた寝の時
間を予定することが示唆されている。この示唆の最も重要な点は、飛行中の休憩を
計画することである。運航乗務員は、この休憩中、コクピット内にとどまることを
要求されるであろうが、勤務についていかなる義務も負わないこととされよう。運
航乗務員がうたた寝を選択するか否か
は各人が決定する。しかしながら、二名編成機において右うたた寝を勧めることは
賢明ではないであろう。
(3) P66博士は、昭和六二年(一九八七年)、「航空におけるヒューマン・
ファクター」と題する書籍を執筆した。この書籍の「運航乗務員の疲労とサーカデ
ィアン・リズム」という章において、運航乗務員の場合には、工場の交替制の労働
者の疲労と比較して、乗務する時間の不規則性のために更に多くのストレスが生じ
ていること、運航乗務の数とそのタイミングは、勤務時間内においても、また、勤
務時間と勤務時間の間についても、様々な場合があるから、運航乗務員について
は、工場の交替制の労働者よりも頻繁に勤務と休養のスケジュールが変更されるこ
とになること、運航乗務員が休養できる適切な滞在時間も問題となり、運航乗務員
の適切な休養を確保するためには滞在のタイミングと充分な休養施設の確保が滞在
時間の長さよりも重要である可能性があること等が指摘されている。
(4) P76教授(マイアミ大学経営科学工場エンジニアリング専攻でヒューマ
ン・ファクター研究の提唱者)は、平成元年(一九八九年)六月に「新技術(グラ
ス・コクピット)輸送機のヒューマン・ファクター」と題する米国航空宇宙局(N
ASA)の報告書を発表し、自動化操縦室であっても必ずしも作業量が減るわけで
はないが、メーカーと航空会社がソフトウェアと手順を変更することで作業量を減
らせる可能性があること、現在の世代の自動化のコンセプトは健全であるがユーザ
ー・インターフェイスと最適な作業環境については欠いており、使いこなされてい
ないことを指摘した。
(5) P66博士は、長距離運航に関する操縦室でのうたた寝についての米国航
空宇宙局(NASA)の研究に参加した。この研究に関する平成二年(一九九〇
年)七月九日の雑誌の記事によれば、飛行中に短い休憩の時間を取ることで、特に
勤務スケジュールの最後の一区切りとなるフライトでの降下段階で、運航乗務員の
覚醒度を向上させることができたが、P66博士は、操縦室での休憩は安全弁の一
つであり、適切なスケジュール作成に代替できるものではないと述べた。P66博
士は、米国航空宇宙局(NASA)が乗務時間制限及び勤務時間制限を定めるため
の研究に情報を提供したいと考えていると述べた。
 米国家運輸安全委員会(NTSB)は、平成元年(一九八九年)五月一二日、交
通輸
送の安全性と疲労及び睡眠との問題に関して安全勧告を行った。この勧告は、航空
を含むすべての形態の交通輸送に関係する。勧告は、①疲労、眠気、睡眠障害、サ
ーカディアン(体内日周期・体内時計)が交通運輸システムの安全性に及ぼす影響
について、連携のとれた研究プログラムの実施を急ぐこと、②交代制勤務、勤務と
休養のスケジュール作成、健康、食事及び休養の適切な処方についての教育資料を
作成して、運輸業界の従業員及び経営者に伝達、配布すること、③すべての形態の
交通運輸事業の勤務時間制限に関する規則を見直し、それらの規則が統一性(一貫
性)が確保され、また、疲労と睡眠の問題に関する最新の研究結果が反映されたも
のとなるように改善することを求めた。①と②は優先実施項目とされ、③は長期実
施項目とされた。
(四) 米国航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所による「計画的コックピット
休憩」と題する研究
 甲第八九号証、乙第一三四号証によれば、以下の事実が認められる。
 米国航空宇宙局(NASA)のエイムズ研究所、飛行ヒューマンファクター本部
のP66博士、P55博士らは、長距離運航に乗務する運航乗務員がコックピット
において計画的に休憩を取ることによって、その覚醒度及び作業能力がどのように
改善されるかについて調査研究を行い、平成二年一二月に「計画的コックピット休
憩(長距離運航の運航乗務員の覚醒度と作業能力の改善)」との表題でこれを公表
した。この研究によれば、次のとおりである。
(1) 長距離運航に乗務する運航乗務員の疲労は安全にかかわる重大な関心事で
ある。長距離運航は、短時間にいくつもの時差帯を横切って移動することになり、
サーカディアンリズムを乱し、睡眠障害(睡眠不足)を引き起こし、不規則で、時
として長時間に及ぶ勤務スケジュールで勤務することを伴う。これらの要素は、運
航乗務員の作業能力と覚醒度を低下させるので、安全性と運航の効率が低下するお
それがある。米国航空宇宙局(NASA)の航空安全報告システム(ASRS)に
は、毎月のように、長距離運航に従事する運航乗務員から、疲労、眠気、睡眠欠如
がパイロットの運航上の重大な過誤を招いたことの報告が寄せられている。これら
の報告には、(予定された)飛行高度からの逸脱、誤った燃料計算、航路からの逸
脱、着陸許可を受けないままの着陸、間違った滑走路への着陸等の事例が含まれて
いた。徹夜
飛行、特に洋上飛行の場合の耐え難い眠気と疲労については、長距離飛行に従事す
る多くの運航乗務員が様々な経験談を述べるであろう。
 絶え間ない周囲の雑音・騒音、暗い照明、自動化された操縦装置といったコクピ
ットの環境は、こういった状況で、用心深さ・警戒心を保ち、覚醒状態にあること
を困難にする可能性がある。長距離運航スケジュールが増加し、フライトの本数が
増加すると同時に、睡眠不足と疲労の影響も大きくなり得る。したがって、長距離
運航の運航乗務員が、特に夜間飛行で、意図しない、本人の意志に反する睡眠に陥
ってしまうことを経験したとしても、驚くには当たらない。ほとんどの国の現在の
規則では操縦席で眠ることは禁止されているが、複数の子午線を横切る長距離飛行
において、疲労と眠気に打ち勝つために、この戦術(操縦席での仮眠)がどの程度
の頻度で積極的に行われているかは、明らかになっていない。運航乗務員の眠気と
疲労によって悲惨な結末を招くかもしれないおそれがあり、また、眠気と疲労に伴
って運航乗務員の覚醒度と作業能率が低下するため、適切な方法で実証的に研究す
ることにより、この複雑な問題に対処することが必要である。
 このような問題意識から、交替要員のいない長距離運航における運航乗務員の覚
醒度と作業能力を改善することを目的とした、操縦席での計画的な短時間の休憩の
効果の研究を実施した。
 この研究は、米国航空宇宙局(NASA)によって組織され、米国航空宇宙局
(NASA)と参加大学の協力研究者たちによって実施された。米国連邦航空局は
この研究に協賛し、承認した。ノースウェスト航空とユナイテッド航空は自発的に
この研究に参加した。
 ノースウェスト航空とユナイテッド航空の一二日間の離基地スケジュールのう
ち、中間の四本の太平洋線の定期便フライトで調査が行われた。調査は、バランス
を取るために、二本の西向き昼間フライト(ホノルル→大阪、ホノルル→成田)
と、二本の東向き夜間フライト(大阪→ホノルル、成田→ロサンゼルス)とで行わ
れた。最短フライトは約七時間、最長は九・五時間で、勤務時間は平均一一時間、
到着地での滞在時間は平均二五時間であった。いずれも三名編成機であるB七四七
型機がシングル編成により運航した。
 調査対象のフライトをまとめると、次のとおりである。
①ホノルル→大阪(西向き、昼間、飛行時間九・五時間、勤務時間一〇・六時
間、滞在地での滞在時間二九・四時間、)
②大阪→ホノルル(東向き、夜間、飛行時間六・九時間、勤務時間九・一時間、滞
在地での滞在時間二五・四時間)
③ホノルル→成田(西向き、昼間、飛行時間八・九時間、勤務時間九・九時間、滞
在地での滞在時間二四・三時間)
④成田→ロサンゼルス(東向き、夜間、飛行時間九・七時間、勤務時間一一・七時
間、滞在地での滞在時間二五時間)
 洋上での巡航飛行中に交替で操縦席に座ったまま仮眠をとることができる四〇分
間の休憩を与えられるグループ(休憩グループ)と、通常の運航どおりそのような
休憩が与えられないグループ(無休憩グループ)とが作られた。
 休憩時間の長さとその時間帯の設定が重要なポイントであると判断された。仮眠
についての実験室での研究によれば、四〇分あれば、その後の覚醒度と作業能力の
改善をもたらすに十分な量の睡眠を取ることが可能である。休憩時間が短ければ、
深い眠りに入ってしまい、目が覚めない、あるいは必要なときにすぐに完全な覚醒
状態になりにくいなどということを通常避けることができる。休憩時間は、仕事量
の低い洋上巡航中に設定され、降下開始の一時問以上前に終了するように設定され
た。
 それぞれのフライトで、その開始から終了まで、運航乗務員の脳波及び眼球運動
が、生理記録装置によって連続的に記録された。こうして、休憩グループの操縦士
について休憩時間帯に得られた睡眠の量と質が測定された。無休憩グループの操縦
士については、洋上の巡航中の特定の四○分間をそのフライトでの管理時間帯とし
て指定され、その時間中、通常の飛行業務を継続しつつも同様の生理的記録が測定
された。
 また、作業能力については、両方のグループに属する操縦士に対して反射神経反
応作業(PVT)のテスト(一〇分間の作業時間中にランダムな間隔でLDEの数
字が表示され、作業者は即座に対応するボタンを押し、それまでの経過時間が記録
されるもの)が実旋された。これによって、反応時間と注意力の持続が測定され、
また、着陸前の降下開始の一時間前から着陸までの間の脳波及び眼球運動について
の連続的な生理的記録が秒単位で分析され、覚醒度(注意力)のレベルの低下が評
価された。
(2) 調査結果は次のとおりである。
ア 運航乗務員は操縦席で仮眠することができる。眠りにつくまでの時間は、三番
目と四番目のフライトでは一番目と二番目のフライトより
顕著に短かった。離基地スケジュールの累積的影響が生理的な眠気のレベルの上昇
として表われている。
 休憩グループのパイロットは休憩を与えられた場合の九三パーセントのケースで
眠りにつき、眠りにつくまでの平均時間は一〇・三分間、眠りについた場合の睡眠
時間は、平均二三・二分であった。眠りにつくまでの時間は調査対象フライトのう
ちの三番目と四番目のフライトでは、一番目と二番目のフライトより顕著に短く、
四番目のフライト(④成田→ロサンゼルス(東向き、夜間、飛行時間九・七時
間))では、眠りにつくまでの時間は平均四分であり、それは極度の睡眠障害をも
つ患者にしばしば見られるほどの短さであった。四番目のフライトでは深い眠りが
顕著に増加し、浅い眠りは顕著に減少した。昼間飛行(一番目と三番目の西向きの
フライト)での睡眠は、夜間飛行(二番目と四番目の東向きのフライト)での睡眠
と比較して、顕著に浅い睡眠が多かった。
 また、無休憩グループの管理時間中には、前記のとおり通常の飛行を業務を継続
するように指示されていたにもかかわらず、その内の四名の操縦士について、二な
いし三分、一件については一四分に及ぶ、合計五回の睡眠が測定された。
イ 操縦席での仮眠はその後の作業能力の改善に効果がある。
 反射神経反応作業(PVT)のテストの結果は、休憩グループの乗員は、四つの
フライトを通じて、夜間飛行においてもフライトの後半についても相対的に一貫し
た作業能力を示し、作業能力の低下が見られなかったが、無休憩グループの乗員
は、四本のフライトの内、後のフライトになるほど、また、夜間飛行と、フライト
の後半で作業能力の低下が大きく、また、休憩グループは無休憩グループより早い
反応を示した。
 着陸前の降下開始の一時間前から着陸までの間の覚醒度(注意力)のレベルの低
下については、この時間中、休憩グループについては合計三七回、無休憩グループ
については合計一三五回の覚醒度の低下が認められ、特に着陸のための降下開始か
ら着陸までの間については、休憩グループでは一回も覚醒度の低下が認められなか
ったが、無休憩グループでは合計二四回の覚醒度の低下が認められた。
(3) 結論
 これらの調査結果から、この報告書は運航乗務員は計画的な機会を与えられれ
ば、操縦席で良質の睡眠を取ることが可能であり、それが長距離飛行で経験される
睡眠欠如に起因する居眠りを減少させ、
居眠りによって起こりうる運航上の危険性を減らすことができるであろうと結論付
けた。
 この米国航空宇宙局(NASA)の調査及び研究報告は、前記のとおり、航空機
の長距離運航における運航乗務員の計画的な仮眠の効果を実証するためのものであ
るが、その中で得られた無休憩グループの反応能力の低下と覚醒度の低下について
のデータは、シングル編成の長距離飛行における疲労に起因する安全性の問題につ
いて参考となるものである。
2 DLRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまと
め」と題する研究
 甲第五号証の一、二によれば、以下の事実が認められる。
(一) 平成五年五月、ヨーロッパ統合航空局(JAA)の医学顧問である、ドイ
ツDLR航空医学工科大学のP68博士及びP69博士によって、「長大路線の運
航-最近の研究のまとめ」と題する論文が発表された。この論文は、二名の運航乗
務員による長時間の運航が行われる長大路線が導入され、飛行の安全に関する深刻
な問題が生じていることを指摘し、科学的調査が始められ、法制化への動向を紹介
しているが、その中で、日本の検討委員会が行った二名編成機と三名編成機の疲労
度調査について、脳波、眼球運動についての調査が行われていないこと、この調査
は、交代要員を含む編成で行われており、シングル編成における乗務に置き換える
ことはできないし、一箇所の乗務区間でしか行われておらず、もっと多くの区間で
行われていれば違った結果が出た可能性があること、さらに、目的地での滞在時間
が現行の規則が必要だと定めているよりもかなり長いものであったことを指摘し、
検討委員会の出した結論には批判の余地があるとしている。
(二) 前記論文によれば、次のとおりである。
(1) DLR航空医学協会は、ヨーロッパ統合航空局(JAA)とドイツ運輸省
から、二名編成機で長距離運航をする場合の機内での、運航乗務員の覚醒度、警戒
心及び疲労度並びに二四時間周期の身体のリズムや睡眠といった右の各点に関係す
る要素について調査するように依頼を受け、平成三年、デュッセルドルフ-アトラ
ンタ路線、ハンブルグ-ロサンゼルス路線等でのフライトについて、脳波記録装置
及び動眼記録装置を使用した運航乗務員の生理的な覚醒度の調査、心電図を使用し
た肉体的及び精神的負荷の調査、並びに疲労感について二〇段階の、及び仕事量に
ついて一〇段階の主観的な評
価を行う調査を行った。
(2) 調査の結果
ア 睡眠時間
 デュッセルドルフからアトランタへのフライトのように西行きの乗務では睡眠時
間の変化はあまり見られないが、アトランタからデュッセルドルフのようにドイツ
に戻る復路(東行き)の乗務については七時間から八時間睡眠不足となった。この
睡眠不足の原因は東行きのフライトが夜間に始まることにあるに違いない。アトラ
ンタ→デュッセルドルフの復路便の前には、平均して、一・六時間の仮眠しか取ら
れていない。
イ 乗務員の疲労度(覚醒度)
 運航乗務員は、約一〇時間のフライトであるデュッセルドルフからアトランタ
(アメリカ東海岸)へのフライトについては、フライトの最中にはあまり疲労を感
じておらず、覚醒度は十分であり、作業能力に関しては危険のない範囲内のもので
あった。これに対し、約八時間のフライトであるアトランタからデュッセルドルフ
への復路のフライトについては、平均的にはやや疲労している状態にとどまるが、
そのうちの何人かの運航乗務員はかなりの疲労感があった。
 約一二時間のフライトであるハンブルグからロサンゼルス(アメリカ西海岸)へ
のフライトについては、運航乗務員は、出発後九時間まではあまり疲労を感じてお
らず、覚醒度は十分であり、作業能力に関しては危険のない範囲内のものであった
が、一〇時間後からは平均的にやや疲労している状態となり、一一時間後にはその
うちの何人かの運航乗務員はかなりの疲労感があった。約一二時間のフライトであ
るロサンゼルスからハンブルグへの復路のフライトについては、出発後五時間経過
後から平均的にやや疲労している状態となり、九時間経過後には平均的にもかなり
疲労している状態に近づいた。
(3) フライト中の疲労度に影響するのは、最後に睡眠を取ってから何時間起き
ているかである。
 デュッセルドルフからアトランタへのフライトが行われたとき、運航乗務員は出
発の二時間前に目覚め、フライトの最中にあまり疲労を感じておらず、覚醒度は十
分であり、作業能力に関しては危険のない範囲内のものであった。更にいうなら
ば、それは昼間のフライトであった。
 ハングルグからロサンゼルスへのフライトの場合は、運航乗務員はロサンゼルス
へ出発する前に平均して七、八時間起きていた。これは午後に出発するフライトで
あったからである。疲労度が危険な範囲に初めて入ったのは一一時間のフライトの
後で
あり、つまり、目覚めてから一九時間後のことである。
 ロサンゼルスからハンブルグへのフライトについては、運航乗務員は、そのフラ
イトが始まる前に、平均して一○時間起きていた。運航乗務員の何人かは、七時間
のフライトの後、つまり朝目覚めてから一七時間後にはかなり疲れたと感じ始め
た。アトランタからデュッセルドルフへの復路のフライトについては、フライトの
始まる前の午後(現地の深夜)に眠れなかった運航乗務員は、既に一六時間起きて
いることになる。フライトが三時間経過すると疲労度がもう増加し始めるが、それ
は最後に眠ってから一九時間後に当たる。
 通常の二四時間周期の身体の機能は、深夜に低下し、早朝に向かって向上するの
で、夜間飛行では疲労度がより進む。ロサンゼルスからハンブルグへのフライトで
は、二四時間周期の身体のリズムの変化から起こる右の二つの影響が疲労に関係し
ている。
(4) 結論
 乗務時間制限及び必要休養時間の設定は、科学的調査から入手できる限りのすべ
ての結果を考慮して検討されなければならない。
 これらを定めるための主な原則は、次のとおりである。
 短期間の疲労及び長期にわたる累積的な疲労を招く過度の疲労と不十分な休養と
いう事態を避けなければならない。不規則な勤務時間と時差の影響を考慮した適切
な睡眠パターンを維持させるべきである。
 これらの原則に照らすと、二名編成機のシングル編成での通常の乗務時間は一〇
時間を超えてはならない。この通常の勤務時間を延長させることは、追加される勤
務時間の長さと着陸する時刻や、一週間ごとの頻度を考慮して、例外的に認められ
るべきである。とりわけ、夜間飛行を含む乗務中には、睡眠不足や二四時間周期の
身体のリズムの影響で、運航乗務員の警戒心や作業能力が低下する可能性が高ま
り、二名編成機のシングル編成での長大路線の運航に重大な作業能力の悪化を引き
起こす。
3 米国航空宇宙局(NASA)のテクニカルメモランダム「民間航空における運
航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成・運用についての原則とガイドライン」
 証拠(甲第一〇二号証)によれば、以下の事実が認められる。
 米国航空宇宙局(NASA)は、平成七年(一九九五年)、米国航空宇宙局(N
ASA)テクニカル・メモランダム「民間航空における運航乗務員の勤務と休養の
スケジュール作成・運用についての原則とガイドライン」と題する文書を発
表した。
 この文書は、民間航空における勤務と休養のスケジュールに関する原則とガイド
ラインの問題に専門知識を有する科学者であるP66博士外四名(P67博士、P
66博士、P55博士、P68博士、P69医学博士)が集まって作業グループを
作り、作成されたものである。
 この文書によれば、次のとおりである。
(一) この文書は、民間航空における運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作
成の問題に対して科学的情報を提供することを目的としている。現時点での科学知
識に基づいて、航空機の運航に直接関係する「一般原則」を確立し、それをベース
に、民間航空における勤務と休養のスケジュールについての「具体的原則」、「ガ
イドライン」及び「勧告」を作成した。作業グループは、運航の実態を認識してい
るが、具体的勧告は科学的な根拠に基づいて作成するという規定方針を厳守してい
る。また、作業グループは、航空産業が一日二四時間にわたって稼働しなければな
らないことに起因する様々な問題に対しての唯一万能の解決策は存在しないと考
え、勤務と休養のスケジュール作成のガイドラインを補うために、航空産業として
考えられるその他の対応策も提示した。他に考慮しなければならないものとして、
経済面、法律面、コストと効果の比較その他の要因があるが、これらの問題は、作
業グループの研究範囲外である。
 航空産業においては運航の必要に応えるために二四時間稼動体制が要求される。
運航乗務員はこのような二四時間運航体制を支えることができなければならない。
複数の時差帯を横切って運航する必要がある。運航乗務員にとって、交替制勤務、
夜間勤務、不規則な勤務スケジュール、予想が立たない勤務スケジュール及び時差
の問題は日常的に繰り返されるが、それらは人間の生理に対する脅威であり、能力
低下を伴う疲労を生じさせるものであって、運航の安全が脅かされる。疲労、睡眠
及びサーカデイアン生理に関する科学的な情報を備え、これを可能な限り二四時間
運航体制の運航乗務に取り入れていくことが肝要である。このような科学的情報
は、セーフティ・マージン(安全性の余裕度)の維持、向上に役立つし、運航中の
乗員の能力と覚醒度を向上させることになる。
 航空の歴史を通じて、運航機材の性能と科学技術は目覚ましく進歩したが、人間
の生理的な能力は進歩していない。航空機の運航によって疲労、睡眠欠如、サーカ
ディアン
リズム(体内時計周期)の乱れなどが生ずることがあり、これらの生理的要因が原
因となって運航中に能力と覚醒度の低下が起こり得る。過去四〇年にわたって、睡
眠、サーカディアン生理、眠気ないし覚醒度及びこれらの要因に起因する能力の低
下等に関する科学知識は顕著に増えた。これらの要因についての科学的研究は、実
機及びシミュレーターで実験するに及んでいる。これらの研究の結果、現行の乗務
及び勤務の運用により運航乗務員に睡眠欠如、サーカディアンリズムの乱れ及び仕
事量が生じ、これらが原因となって能力低下を伴う疲労が運航乗務員に生じている
ことが確認された。人間は、航空機の運航にとって中心的な存在であり、二四時間
運航の需要に応えるために決定的に重要な役割を果たし続ける。それ故、航空機の
運航の安全と生産性を維持する上で、人間の生理的な能力とその限界が決定的に重
要な要因であり続ける。
 疲労、睡眠欠如、サーカディアン生理、及び交替制勤務スケジュールに関する研
究の結果、膨大な量の科学知識が得られたが、運航の要求に対してこれらの知識を
適用することは比較的新しいことである。これらの科学知識に対する認識が深まり
つつあるが、これらの知識を運航に関するスケジュールや法令を作成するに当たっ
て考慮し、個々人が対策や措置を執る上で参考にする等、運航の実際にこれらの知
識を応用することこそがもっとも効果的であろう。現行の連邦航空規則も航空会社
の運航スケジュールも、ほとんどこれらの知識を認知せず、取り入れていない。本
文書の第一の目的は、航空産業における勤務と休養のスケジュール作成に適用可能
な、科学的根拠に基づいた原則のアウトラインを示すことである。本文書の内容
は、科学的データによって裏付けられるガイドラインだけに意識的に限定した。
 航空産業における勤務と休養のスケジュール作成の要求に対する唯一絶対の、又
は完璧な解決方法は存在しない。航空業界で働くすべての人が安全についての連帯
責任を負うべきことを認識することが肝要である。航空システムの形成要素の一つ
一つについて、科学的な情報を取り入れ、運航中の能力や覚醒度を最大にするガイ
ドライン及び戦略を適用する方策が吟味されるべきである。具体的には、規則作成
上、スケジュール運用上、個々人が対応策を立てる上で、及び航空機の設計上、そ
のような吟味が行われるべきである。
 航空機事故はまれにしか
発生しないので、航空機事故の発生数は安全レベルを図るための最良の指針とはな
り得ない。航空産業及び航空旅客は安全とリダンダンシー(冗長性、一つのものが
損なわれても、それに変わる予備があること)に対して高い余裕を求める。航空産
業の活動が多くの分野で拡大し、科学技術の進歩によってより長距離の飛行が可能
になり、全体的な成長が継続しているので、セーフティー・マージン(安全の余裕
度)を維持し、それを可能な限り向上させることが大きな課題である。本文書の
「原則」のなかで言及されている複数の疲労要因は、セーフティー・マージン(安
全の余裕度)の低下を招き能力と覚醒度の低下という危険性を生じさせるものであ
り、「ガイドライン」はそれらの疲労要因に起因する危険性を最小限に抑える具体
的対策として作成されている。
(二) 民間航空における運航乗務員の勤務とスケジュール作成に関する一般原則
(1) 睡眠時間、休憩時間及び疲労回復時間が第一に考慮されるべきである。
ア 睡眠時間
 睡眠は、人間の生理にとって必要不可欠である。睡眠は、覚醒度と能力、積極的
な気分、及び総合的な健康と健全さを維持するために必要である。起きている間に
最良の能力と生理的覚醒度を発揮するために必要な、基本的な睡眠時間は、個人差
があるものの、平均的には二四時間中八時間であり、それに二時間足りないだけで
も急激な睡眠欠如状態となって疲労が生じ、その後の起きている時間の能力と覚醒
度を低下させることになる。睡眠不足は、何日か続くと、累積していく。睡眠不足
によって生じた生理的な睡眠欲求は眠ることによってのみ充足される。必要な睡眠
を取った人は、睡眠不足の人と比べて、長時間起きていても、また予定が変更にな
った場合でも、よりよい状態で活動することができる。
イ 休憩時間
 疲労による能力低下は、特定の仕事に従事した時間の長さに比例して大きくな
る。業務を中断して小休止をすることは、安定した適切なレベルの能力を維持する
ために重要である。最良の能力を確保するためには、休憩時間と睡眠時間の両方が
必要である。
ウ 疲労回復時間
 急激な、若しくは累積した睡眠不足からの回復、長時間の業務遂行からの疲労回
復、又は長時間にわたって起きていたことからの疲労回復も重要な課題である。運
航上の要求からこれらの要因が発生するので、疲労回復時間については疲労回復に
十分な時間の睡眠をとり、能
力と覚醒度を平常レベルまで回復させるのに十分なだけの時間を確保することが重
要である。二晩にわたり、各個人の通常の必要睡眠時間を満たすことで睡眠パター
ンを安定させ、受容できるレベルの覚醒度と能力までに回復させることができる。
 必要な睡眠を取ることと休憩時間を取ることによって、能力と覚醒度が向上す
る。必要な睡眠と休憩時間は、長時間起きている場合(例えば、勤務)やサーカデ
ィアンリズムが乱れる場合(例えば、通常と異なる勤務スケジュール)に、特に重
要である。疲労回復時間は、疲労の累積の影響を押さえ、個々人の能力と覚醒度を
平常レベルに戻すために重要である。
(2) 頻繁な疲労回復時間が重要である。
 頻繁な疲労回復時間は、疲労回復時間の頻度が少ない場合よりも効果的に疲労の
累積を低減させる。例えば、一週間ごとに疲労回復時間が設けられている方が、一
箇月ごとに疲労回復時間が設けられている場合よりも、急激な疲労に対して回復が
より効果的である。したがって、一週間ごとの最低休日数を確保することを求める
ガイドラインは、長期間にわたる疲労の累積の影響を抑制するために非常に重要で
ある。
(3) 一日二四時間のどの時間帯か。サーカディアン生理は睡眠と起きている間
の能力に影響を与える。
 人間の脳には体内時計があり、この時計によって身体の機能が二四時間のパター
ンで制御されている。この時計は、環境の昼と夜の周期に連動して睡眠と覚醒を交
互に起こさせることを支配しているだけでなく、人体の大多数の生理的機能、心理
的機能、行動機能の周期変動をも支配している。体温、ホルモン分泌、消化、運動
能力、精神的活動、感情その他多くの、身体の広範な機能が、二四時間のパターン
の時計によってコントロールされている。これらの機能は、二四時間をべースに、
規則正しく、一日のある時はハイレベル(活発)に、また別の時は低いレベル(低
調)というように変動している。覚醒と睡眠のサーカディアン(体内時計)のパタ
ーンは、日中は起きて活動し、夜間には眠るようプログラムされている。サーカデ
ィアン時計は一日を基準にこのパターンを繰り返す。二四時間サイクルの特定の時
間帯、すなわち、午前二時から午前六時までは、身体は眠るようにプログラムされ
ており、その時間帯は能力が低下する。サーカディアンリズムは変化に対して急速
には順応しないので、二四時間の運航需要に対応するに
は、一日のうちの何時であるかが、それに応じてサーカディアンの影響を受けるこ
とになり、重要な考慮要素である。例えば、夜間に働いている人は、生理的な睡眠
指令に逆行して覚醒状態を維持していることになる。生理的機能、心理的機能、行
動機能は、サーカディアンシステムによって低調な状態にセットされており、この
状態は、目覚めていて活動していることで補うことができるものではない。反対
に、同じ人が日中眠っていることは、生理的な覚醒指令に真っ向から逆行している
状態にある。サーカディアンシステムは、日中は高いレベルの活動能力をもたらす
ので、眠る能力は阻害されることになる。このように、サーカディアンリズムの乱
れは、急激な睡眠不足、睡眠欠如の累積、行動能力と覚醒度の低下、その他様々な
健康障害(例えば、胃腸障害)をもたらす。したがって、勤務と休養とのスケジュ
ール作成についてはサーカディアンリズムの安定がもう一つの課題である。
(4) 長時間連続勤務は覚醒度と能力に影響を与える。
 連続して長時間起きていること、長時間連続して勤務し、又は作業の監視をする
ことは、眠気と疲労を生む。勤務時間を繰り返していくことによりこれらの影響は
更に累積する。これらの影響を最小限に押さえるための一つの方法は、勤務時間
(例えば、運航中の継続して起きている時間)を制限することである。急性の影響
は一日ごとの時間制限で対応することが可能であり、累積的な影響は週ごとの時間
制限で対応することが可能である。累積疲労に対する具体的制限時間を設定するた
めのデータよりも、急性の疲労に対する時間制限ガイドラインの根拠となる科学デ
ータの方が豊富であるが、累積疲労を最小限に抑えるには、累積疲労に対する時間
制限(一週間ごと、あるいはそれ以上)は重要な課題である。
(5) 人間の生理的な能力の限界は運航乗務員にも当てはまる。
 疲労は人間の生理的な限界に基づいて起こる。能力の低下は、人間の生理的な限
界の反映である。運航乗務員の人間としての生理は一般の人々の生理と異なるもの
ではない。疲労、睡眠欠如、サーカディアン生理から生ずる人間の生理的な限界や
能力の低下にかかわる科学研究の結果は、運航乗務員にも当てはまる。
(6) 個人差がある。
 疲労が能力、生理的覚醒度に及ぼす影響の程度、疲労をどのように感じるかにつ
いては、相当の個人差がある。睡眠欠如の影響、夜間勤務が
及ぼす影響、必要な睡眠時間や疲労回復時間にも個人差がある。これらの個人差
は、年齢、睡眠の必要度、経験、総合的な健康の度合いその他の要因による。勤務
中の疲労の原因となる活動への参加についても個人差がある。この点で、勤務時間
開始前に長距離通勤をすることが問題となる。
(7) 絶対的な解決方法はない。
 航空産業には、種々様々な必要業務と運航環境があることを認識しなければなら
ない。ガイドラインや法令は、あらゆる人員と運航状況を完全にカバーすることは
できず、これらの問題に対する唯一絶対的な解決方法はない。
(三) 具体的原則、ガイドライン及び勧告
 以下は、航空産業の二四時間体制における勤務と休養のスケジュール作成・運用
の要請にこたえるための具体的原則、ガイドライン及び勧告である。これらは、前
記の一般原則に基づくものであり、航空運送全体に対して一貫したセーフティ・マ
ージン(安全の余裕度)が得られるように作られており、シングル編成による二名
編成等へ適用することを意図している。
(1) オフ・デューティー時間(勤務から解放される時間、休養時間)の確保
 オフ・デューティー時間とは、運航乗務員がすべての勤務から解放される、中断
を含まない、連続した前もって定められた時間帯である。
ア 十分な睡眠と休憩時間の必要性
 オフ・デューティー時間は、八時間睡眠(これが最も重要である。)、休憩時
間、オフ・デューティー時間帯に行わなければならないその他の活動(食事、シャ
ワー、ホテルのチェックイン・チェックアウト等)を三つの構成要素とするので、
それらを満たすために、すべての一連の二四時間中に、最低限でも中断のない一〇
時間を確保しなければならない。
イ 疲労回復時間の必要性
 前記のとおり、急性の睡眠不足や累積睡眠負債は能力と覚醒度を低下させるか
ら、その影響を最小限に抑えるために疲労回復時間が必要である。睡眠パターンを
安定させ、起きている間の能力や覚醒度を通常のレベルに戻すには、最低二晩連続
して通常の睡眠を取ることが必要であるから、標準的な、疲労回復を目的とするオ
フ・デューディー時間は、七日間の間に最低限連続する三六時間であるべきであ
る。
ウ サーカディアン低下の時間帯を含む標準時間乗務の後のオフ・デューデイー時

 サーカディアン低下の時間帯に起きていることは、日中起きていることに比べ、
能力の低下をもたらす疲労が起こり
やすい。サーカディアン低下の時間帯にかかる飛行勤務時間には、日中の飛行勤務
時間に比べ、能力や覚醒度の低下が起こる可能性が高い。したがって、七日間の間
に三回ないしそれ以上の飛行勤務の飛行勤務時間の全部又は一部がサーカディアン
低下の時間帯(午前二時から午前六時)にかかるときには、前記イの標準オフ・デ
ューティー時間(七日間中の連続する三六時間)は四八時間に延長すべきである。
(2) 勤務時間の制限
 勤務時間とは、運航乗務員が運航者(会社)から実施されるよう要求されるすべ
ての業務(飛行中の業務、管理業務、訓練、デッドヘッド、及び空港でのスタンバ
イ・リザーブを含む。)を実行している連続した時間帯であり、出頭時間から開始
し、すべての要求された業務から解放されるまでの時間である。
 二四時間中の累積の勤務時間は制限されるべきである。この制限は、二四時間中
に一四時間を超えないことが望ましい。
(3) 飛行勤務時間の制限
 飛行勤務時間とは、運航乗務員が飛行を含む勤務のために、出頭することを求め
られている時間に始まり、最終飛行区間の到着時間(ブロック・イン・タイム)で
終わる時間であって、飛行の準備のための業務(プリフライト業務)と飛行時間が
含まれる。
 「サーカディアン低下の時間帯」は、三時間ないしそれ以下の時差を生じる移動
を伴う飛行勤務の場合には、基地・居住地の現地時間で午前二時から午前六時、四
時間ないしそれ以上の時差を生じる移動を伴う飛行勤務の場合には、最初の四八時
間についてのみ基地・居住地の現地時間の午前二時から午前六時、基地・居住地か
ら離れて四八時間以上経過した場合には次の出発地の現地時間の午前二時から午前
六時と推定される。
ア 標準飛行勤務時間
 二四時間中の累積の飛行勤務時間は制限されるべきである。標準的運航の場合、
累積飛行勤務時間は、二四時間中に一〇時間を超えないことが望ましい。標準的運
航には複数の運航区間並びに昼間及び夜間の飛行を含む。
イ 延長飛行勤務時間
 累積飛行勤務時間の延長に当たっては、二四時間中一二時間までに制限し、か
つ、別途制約を受け、補償のオフ・デューティー時間を設けなければならない。こ
の制限は、飛行時間が一二時間経過以降に能力を低下させる疲労の傾向が著しく増
加したことを証明する航空界からのデータを含む多様な情報源からの科学的研究結
果を根拠にしている。現在の実態としては
通常運航で飛行時間が一四時間に及ぶことがあるが、科学的データに根拠を置けば
現在の実態とは異なるガイドラインとなる。能力を低下させる疲労は飛行時間一二
時間を超えると増大し、セーフティー・マージンが低下することになり得る。
ウ 延長飛行勤務時間制限と補償オフ・デューティー時間
 累積飛行勤務時間が一二時間まで延長された場合、次の制限を守り、補償オフ・
デューティー時間を与えなければならない。
① 着陸回数の制限
 事故のデータ並びに能力及び生理学的な疲労に関する研究によると、疲労による
「弱体化」と危険は運航のクリティカル・フェイスで増大し、特に降下と着陸時に
最も高くなることが証明されている。着陸の回数が一回増えるごとに業務要求が増
大し、業務遂行能力を更に低下させ、疲労による「弱体化」が進んだ時間を生む。
したがって、延長飛行勤務時間が一つの連続した一〇時間以上の飛行勤務時間(こ
の箇所に限り出発から到着までの乗務時間を意味する。)を含む場合には、運航乗
務員はその飛行後、それ以上の着陸をしないようにすることが望ましい。
② 最大累積延長飛行勤務時間
 飛行勤務時間は七日間に累積合計八時間までに限って延長することができるとす
ることが望ましい。
③ 補償オフ・デューティー時間
 延長飛行勤務時間から生じる急性の疲労からの回復を促進する目的で、オフ・デ
ューティー時間を追加することが望ましい。延長された時間分だけオフ・デューテ
ィー時間が延長されるべきである。
エ 延長飛行勤務時間と追加運航乗務員
 追加の運航乗務員が乗務し、睡眠の機会がある場合には、二四時間中一二時間の
前記の制限を超えて飛行勤務時間を設定することができる。各運航乗務員に勤務中
に一回ないしそれ以上の回数の睡眠の機会が与えられ、延長飛行勤務時間が一四時
間又はそれ以上の場合には操縦室及び乗客から隔てられ、遮蔽されている仰向きで
眠れる適切な睡眠設備があることを前提として、追加運航乗務員一人当たり四時間
まで延長することができるが、最大延長飛行勤務時間は一八時間までとする。
オ 更なる累積飛行勤務時間
 二四時間中の累積飛行勤務時間の制限、二四時間ごとの最短オフ・デューティー
時間及び七日当たりの所定のオフ・デューティー疲労回復時間は、特に短期間の疲
労に伴う「弱体化」及び考慮すべき事項に焦点を合わせている。短期の疲労回復に
よって補うことのできない疲労を最小
に抑え、かつ、長期にわたる過度の蓄積を抑制する目的で、累積飛行勤務時間制限
を推奨する。この分野では具体的ガイダンスを提供するに十分な科学的データがな
い。しかしながら、前記の一般原則の適用は可能である。例えば、より短い期間の
時間制限が検討されるべきであり、月間及び年間の累積飛行勤務時間に加えて、二
週間ごとの制限も設けられるべきである。また、これら累積飛行勤務時間制限は、
長期間になるほど下方へ調整されるべきである。
(4) 不測の運航状況に伴う例外
 例外規定を設けることによって運航者のコントロールの及ばない不測の状況に対
処することができる。例外規定は通常時に使うものではない。また、例外規定に基
づく運航を予定してはならない。
ア オフ・デューティー時間の短縮(例外)
 運航上の不測の必要性が生じた場合には、二四時間中のオフ・デューティー時間
を九時間まで短縮することができるが、その場合は次のオフ・デューティー時間を
一一時間に延長しなければならない。
イ 延長飛行勤務時間の例外
 運航者のコントロールの及ばない不測の状況においては、延長飛行勤務時間は最
大二時間まで延長することができるが、それに続くオフ・デューティー時間は延長
分と同じ分だけ延長されなければならない。
(5) 時差
 四時間以上の時差を生ずる乗務で、基地・居住地の時差帯から四八時間以上離れ
ていた場合には、基地・居住地の時間帯に帰った時から最低四八時間のオフ・デュ
ーティー時間が与えられることが望ましい。
(6) 待機(スタンバイ)
 「空港待機予備運航乗務員」とは、空港で待機する、飛行勤務時間への割当可能
な予備の運航乗務員をいう。これについては勤務に就いているとみなされ、勤務時
間に関するガイドラインが適用されるべきである。
 「呼出し待ち予備運航乗務員」とは、空港外の場所にいる、飛行勤務時間への割
当可能な予備の運航乗務員をいう。これについては、勤務と見なされないが、乗務
に就く前に睡眠の機会を与えられることが重要である。その運航乗務員が二四時間
の待機時間中のいつの時点で八時間の睡眠をとるべきかを事前に知らされており、
サーカディアンリズムの安定のため、その八時間は前日の睡眠時間帯から三時間以
上変動しないように設定され、さらに、八時間の睡眠帯は呼出しによって中断され
ないように設定されることが必要である。
(四) その他
(1) 航空産業にとって
重要な第一のステップは、疲労、睡眠及びサーカディアン生理についての幅広い知
識を学ぶことである。学んだ知識を日常運航に応用することができる。飛行中に能
力と覚醒度を保つために、運航乗務員個々人がとるべき具体的対策を推奨するため
に、これらの知識は役に立つであろう。
(2) 合理的な、人間の生理をベースにしたスケジュール作成・運用方法を実施
するにはこの科学知識が特に役に立つであろう。
(3) 交替要員なしの長距離運航においては、操縦室での計画的休憩が運航乗務
員の能力と覚醒度を向上させるのに有効であるが、交替要員の代用や適当な休養施
設の代用ではなく、飛行勤務時間を延長するための方策でもない。セーフティ・マ
ージン(安全性の余裕)を維持、向上するための対策の一環である。
(4) その他、運航中に可能な様々な対応策について検討を行い、可能な場合に
は実施すべきである。これには運航中の能力や覚醒度を向上させる科学技術の開発
と利用が含まれる。
4 睡眠覚醒リズムと時差症候群
 証拠(甲第五一八号証、第五三四号証)によれば、次のとおり認めることができ
る。
 人間の睡眠覚醒リズムは、通常の日常生活においては外界環境の二四時間周期に
同調したリズムを示しているが、外界からの時間の手掛かりを遮断されると二五時
間以上に変化することから、外界の明暗周期等に依存した二次的な現象ではなく、
体内に存在する生体時計により制御された一次的現象であると考えられている。生
体時計が刻む右の周期は概日リズム(サーカディアンリズム)と名付けられてい
る。人間の体内で概日リズム(サーカディアンリズム)を示す生体現象は、睡眠覚
醒リズム、体温リズムのほか、メラトニン、ホルモンの一種であるコーチゾルリズ
ム等がある。
 人間の睡眠覚醒リズムのもっとも大きな特徴は、通常は同じ周期を示し、一定の
位相関係を示す体温リズムやメラトニンリズム等との間に位相関係の乱れ(内的脱
同調)を生じる場合があることである。睡眠覚醒リズムと体温リズムとの位相関係
の乱れにより、睡眠の持続や睡眠内容に種々の障害が生じることになる。
 人間の生体リズムの周期は、二四時間ではなく約二五時間であることから、毎日
何らかのサイン(同調因子)を利用して、その周期を地球の自転によりもたらされ
る二四時間の明暗周期に一致させる必要がある。最近の研究により、人間において
も他の動物と同様、光が最も重
要な同調因子であることが判明している。人間における生体リズムの光による同調
は、光に対する位相反応曲線(どの時刻に光を浴びると、生体リズムがどのように
変化するのかを示す曲線)に従って達成される。
 メラトニンは、脳内に存在する松果体でL-トリプトファン(必須アミノ酸の一
つ)から合成されるホルモンであり、夜間に著しい高値を示し、日中にはほとんど
分泌されないという著名な概日リズム(サーカディアンリズム)を示し、睡眠依存
性のない内因性のリズムと考えられている。
 四時間から五時間以上時差のある地域を航空機で移動したときに出現する一過性
の心身機能の不調和状態を時差症候群という。睡眠障害、日中の眠気、精神作業能
力の低下、疲労感等の出現頻度が高い。時差症候群が発生する原因としては、生体
時計と到着地での生活時間との間に生じる脱同調(到着地は昼なのに生体時計の時
刻は夜中であるといった状態)と、生体リズムが現地時間へ再同調していく過程で
異なる生体リズム間に生じる内的脱同調とが考えられている。生体内には、睡眠覚
醒リズム系を制御する振動力の弱い生体時計(時間が狂いやすい時計)と、体温リ
ズムやREM睡眠を制御している振動力の強い生体時計(時間が狂いにくい時計)
との二種類の生体時計が存在する。時差飛行の後、目的地に到着した時点ではこれ
ら二種類の生体時計は共に出発時刻でのリズムを維持しているから、到着地での生
活時間と生体時計が刻んでいる時刻との間に脱同調が生じる。到着後、各種生体リ
ズムが現地時間へ再同調していく過程において、右二種類の生体時計間に内的脱同
調が生じることになる。これらの要因に、夜間飛行中の睡眠不足や機内の低酸素、
低気圧といった要因が加わり、時差症候群が形成されると考えられる。
 時差のある長大路線の運航に従事している運航乗務員には時差による睡眠覚醒リ
ズム障害と睡眠不足が蓄積される。
 時差症状の程度は、飛行方向、個人差、年齢、到着地における同調因子(明暗、
社会的接触)の強さなどによって異なるが、特に飛行方向は大きな要因であり、日
本からヨーロッパ方向への西方飛行に比較して、アメリカ方向への東方飛行に際し
て、時差症状、特に睡眠覚醒障害が強く認められることが知られている。昭和六一
年に発表された国際共同研究には、被告の運航乗務員も被験者として参加し、東京
からサンフランシスコへの東行きルートをとった
が、サンフランシスコの夜の睡眠は基準夜に比して短く、分断され、日中の眠気が
強くなっていることが分かり、西方飛行した他の航空会社の運航乗務員が時差地で
も全般によく眠ったのと対照的であった。そのような差異が生じるのは、飛行の方
向により生体時計の刻んでいる時刻と到着地での生活時間との位相関係が異なるた
めである。すなわち、東方飛行後の到着地における夜間の睡眠時間帯は、到着時点
では出発地におけるリズム位相を維持している生体時計にとっては午後から夕刻に
かけての時間帯に相当し(日本で夕方に仮眠をとる状態)、したがって入眠も困難
であり、いったん入眠しても、睡眠の維持が困難になるが、一方、西方飛行後の到
着地における夜間の睡眠時間帯は生体時計にとっては早朝から午前にかけての時間
帯に相当し(日本で早朝まで断眠した後の睡眠に類似している)、したがって入眠
も良好であり、睡眠の継続性も比較的保たれることになる。
 時差症状では睡眠障害と同様に日中の眠気が問題となるが、前記の国際共同研究
の被告の運航乗務員は、サンフランシスコ滞在中第二日目の午後に眠気が強くなっ
たが、主観的にはそのような眠気を感じていなかった。このような眠気の変化を起
こす原因にはいくつかの要因が考えられるが、中でも大きな影響を及ぼしているも
のとして、前夜の睡眠の質がある。
 到着後の現地時間への再同調についても、飛行方向により異なる。東方飛行後の
再同調は生体リズムの位相前進(時計の針を遅らせる方向)により、西方飛行後の
再同調は位相後退(時計の針を進める方向)により再同調が達成されることになる
が、生体リズム周期は二四時間以上(約二五時間)であるので、位相前進は位相後
退に比較して困難であり、東方飛行後の時差症候群の解消には、西方飛行に比較し
て時間を要することになる。時差が八時間であるサンフランシスコ到着後の時差症
候群の経過を検討した研究によれば、睡眠内容に関しては到着後第三夜までは睡眠
効率の低下、REM睡眠の減少などの睡眠障害が認められるが、到着後五夜以降で
日本における睡眠内容とほぼ同様の内容に回復し、コルチゾールリズムの回復には
七日以上を要するとの結果が得られているから、サンフランシスコへの飛行による
時差症候辟が完全に解消されるには少なくとも一週間以上を要すると考えられる。
5 マドリッド、コンプルテンス大学及びブエノスアイレス大学医学部
生理学教室の研究
 甲第五三八号証によれば、次のとおり認めることができる。
 マドリッド、コンプルテンス大学及びブエノスアイレス大学医学部生理学教室の
研究の研究者らは、「複数の子午線を横切る(トランスメリディアン)長距離運航
航空機パイロットにおけるバイオリズムと自律神経系ホメオスタシス(身体的平衡
維持)」と題する研究を行った。この研究のために、平成八年六月から一二月にか
けて、イベリア航空、Lineas Aereas EspanolasのB七四
七型機のマドリッド-メキシコ路線(西回り、フライトは一二時間、スペインとの
時差は七時間)、マドリッド-モスクワ-東京路線(東回り、フライトはモスクワ
でのストップオーバーを含めて一八時間、スペインとの時差は八時間)のパイロッ
トについて時差が生体に及ぼす影響についての生理学的、心理学的調査が実施され
た。この調査から得られた結論のうち、本件に関係すると思われるものの要点は次
のとおりである。
(一) この調査で東回りフライトの後のリズムの乱れがより高度であることが、
心理学的、生理学的パラメータにおいて確認され、長距離フライト後の休息時間で
は、充分なリシンクロナイゼーションを得ることはできないことがわかった。
(二) この研究において得られたデータを考慮すれば、ジェットラグから来るバ
イオリズムの崩壊が、激しいフライトスケジュールから来るバイオリズムの崩壊に
結びつくと、その相乗効果もあり、パイロットの能力は間違いなく通常よりも低下
するので、このタイプのフライトをシングルクルーで乗務することの受け入れは困
難である。現時点においては、フライトの安全は、少なくとももう一組の元気な追
加クルーが存在することによって保障されており、この安全レベルは追加クルーが
削減されると保障されない。
(三) フライト内の研究に基づいて徐々に強化されている非公式な基準によれ
ば、現在存在し、しかも最終アプローチでは潜在的に非常に危険である「マイクロ
スリープエピソード(無意識的な短時間の覚醒度の低下)」を減少させるために
は、パイロットに義務睡眠時間を設定することが適切である。マイクロスリープエ
ピソードはフライト条件(スケジュール、前乗務の疲労、飛行時間、ジェットラ
グ)がきつくなればなるほど頻繁になる。こういったフライト内休息は、コックピ
ット及び客室から可能な限り隔離されたコンパート
メントを準備すべきである。
(四) 特に注意すべき時間帯が存在することを考慮し、この時間帯の乗務を避け
るように乗務スケジュールを修正すべきである。それができないのであれば、運航
乗務に就く前に十分な休息時間が想定されるべきである。
七 諸外国のシングル編成の乗務時間制限及び勤務時間制限に関する基準
1 検討委員会の最終報告書における調査結果
 二名編成機のシングル編成における飛行時間の制限値は最小八時間から最大一二
時間であり、飛行勤務時間の制限値は最小九時間三〇分から最大一六時間であり、
二名編成機の飛行時間制限を一二時間としている国はフィンランドだけであった
が、飛行勤務時間のみで制限している国の内飛行時間制限一二時間にほぼ相当する
と考えられる飛行勤務時間一四時間又はそれ以上の時間を制限時間としている国は
カナダ、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェイ、スイス及び
ベルギーの八カ国であったこと、外国航空会社の乗務時間制限は労働協約等によっ
て国の制限よりも短く設定されている会社が多く、いわゆる新世代二名編成機のシ
ングル編成の長大路線の運航の例としては、フィンランド航空がMD一一型機で成
田-ヘルシンキ間一〇時間二〇分を、オーストリア航空がA三一〇型機でウィーン
-ニューヨーク間一〇時間〇〇分を、スイス航空がMD一一型機でチューリッヒ-
アトランタ一〇時間二五分を、カナディアン航空がB七四七-四〇〇型機でバンク
ーバー-成田間九時間四五分を運航していることが記載されている
2 諸外国の基準
(一) 証拠(甲第五五九号証、乙第一五九号証)によれば、諸外国におけるシン
グル編成の最長乗務時間・飛行勤務時間の制限は、おおむね次のとおりである(比
較しやすいように細部の異同を捨象した。なお、香港の勤務時間制限については、
別紙「香港の勤務時間制限」を参照)。
 (国名) (二名編成機)    (三名編成機)
       (飛行勤務時間)   (飛行勤務時間)
        (乗務時間)     (乗務時間)
  米国     八時間        一二時間
  英国     九時間(最短)から
        一二時間三〇分(最長)
                  九時間(最短)から
                 一四時間(最長)
  ドイツ   一〇時間(最短)から
        一四時間(最長)
 
                一〇時間(最短)から
                 一四時間(最長)
     二名編成機と三名編成機とで区別されていない。
  フランス   八時間(最短)から
        一四時間(最長)
            一〇時間
                  八時間(最短)から
                 一四時間(最長)
                    一〇時間
     二名編成機と三名編成機とで区別されていない。
  オランダ  一四時間(最短)から
        一六時間(最長)
                 一四時間(最短)から
                 一六時間(最長)
     二名編成機と三名編成機とで区別されていない。
  スイス   一一時間(最短)から
        一四時間(最長)
                 一一時間(最短)から
                 一四時間(最長)
     二名編成機と三名編成機とで区別されていない。
  デンマーク 一〇時間(最短)から
        一四時間(最長)
                 一〇時間(最短)から
                 一四時間(最長)
     二名編成機と三名編成機とで区別されていない。
  オーストラリア
        一一時間
         八時間
                 一一時間
                  八時間
     二名編成機と三名編成機とで区別されていない。
  シンガポール
        一六時間
                 一六時間
     二名編成機と三名編成機とで区別されていない。
  カナダ   一五時間
                 一五時間
  香港     九時間(最短)から
        一四時間(最長)
                九時間
                 九時間(最短)から
                一四時間(最長)
     二名編成機と三名編成機とで区別されていない。
(二) 米国連邦航空法(FAR)の改定案
 証拠(甲第一二六号証の一、第三二八号証の一及び二、第五三六号証、乙第一六
〇号証の一及び二)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 米国では、平成二年一
〇月、米国航空宇宙局(NASA)と連邦航空局協同の運航乗務員の疲労調査報告
が行われたが、平成五年に、後記(三、22)のとおり、グアンタナモ湾の航空機
事故が発生し、平成六年五月に米国運輸安全委員会(National Tran
sportation Safety Board NTSB)が勧告を出し、ま
た、平成七年一月に米国航空宇宙局(NASA)は、前記ガイドラインを発表し、
また、同年一一月には、NTSBと米国航空宇宙局(NASA)が共催した運航乗
務員の疲労についてのシンポジウムが行われた。
 これらの流れを受けて、連邦航空局は、平成七年一二月、連邦航空法の改定案
(甲第三二八号証の一及び二)を発表した。改定案の目的及び背景について次のよ
うに述べられている。
 この提案の目的は、運航乗務員に対し、通常及び緊急安全業務を全うできるよ
う、十分な休養を得る機会を保障することにより、航空安全システムの向上を図る
ことである。
 航空業界は、運航の需要を満たすために二四時間運航をする必要がある。世界的
な長距離輸送、地域輸送、翌朝配達貨物等の増加及び短距離の国内輸送の増加によ
って昼夜兼行の需要が伸びる可能性がある。このような業界の需要を満たすために
運航乗務員は一日二四時間の運航を支えなければならない。国内線及び国際線はし
ばしば複数の時間帯をまたがなければならない。したがって、交替勤務、夜勤、不
規則又は予測できない勤務スケジュール、時間帯の変更等は今後も航空業界の常態
となるであろう。これらの要素は、行動能力を損なう疲労を招くことによって人間
の生理機能に影響を及ぼし、ひいては安全のレベルに影響を与える可能性がある。
 連邦航空局は、運航乗務員の勤務予定に関する規則に、疲労及び人間の睡眠生理
学に関する科学的情報をできるだけ組み入れることが肝要であると信ずる。そのよ
うな科学的情報は、飛行中の安全マージンの維持及び運航乗務員の最適の行動能力
と覚醒度の向上に役立つであろう。過去四○年間を通じて、睡眠、不眠症、サーカ
ディアン、疲労、眠気、覚醒度、行動態力の減退等に関する科学的知識が著しく増
加した。このような科学知識の一部によって、運航乗務員が現行の乗務に起因する
睡眠不足によって行動能力を損なう疲労を経験していることが証明された。疲労に
関する科学的知識を業務(例えば、スケジュールの作成、人事、疲労対策等)に組
み入
れれば安全に大いに資するであろう。
 改定案立案の第一の目的は、該当する規則に科学的知識を可能な限り組み入れる
ことにある。
 第二の目的は、あらゆる種類の業務を通じて統一性のとれた、明確な勤務時間制
限、飛行時間制限及び休養時間を定めることである。
 現行の規則は、複雑かつ時代遅れであるために改正する必要がある。国内線の飛
行時間制限及び一部のコミューターの制限は一九八五年に更新されたが、国際線及
び臨時便の運航に関しては更新されなかった。新型航空機が発達するにつれて、こ
れらの運航上の区別は以前ほどの意味がなくなった。今回の提案は、あらゆる種類
の業務を通じて(パート一二一で国内線、国際線及び臨時便の運航、並びにパート
一三五でコミューター及びチャーター便の運航等について)、同一の勤務時間制
限、飛行時間制限及び休養の要件を確立するためのものである。勤務時間制限、飛
行時間制限及び休養の要件は、飛行時間の長さ及び同乗する運航乗務員の数に基づ
いて差を付けることができる。
(2) 改定案の要点
ア 二名編成機の運航をシングル編成で行う場合について、パイロットの勤務時間
(Duty period、免許事業者が命じた飛行時間を伴う任務に就くために
出頭し、その任務から解放されるまでに経過した時間)、飛行時間及び乗務後の休
養時間を次のように定める。
 勤務時間   一四時間
 飛行時間   一○時間
 予定休養時間 一〇時間
 ただし、運航上の遅延が発生した場合には例外的に勤務時間を一六時間まで延長
することができる。
 実際の勤務時間が一四時間以内でしかも運航上の遅延が発生した場合には、乗務
後の休養時間を九時間まで短縮することができるが、次の休養時間は最低一一時間
なければならない。
イ 二名編成機の運航をパイロット三名(マルティプル編成)で行う場合
 勤務時間   一六時間
 飛行時間   一二時間
 予定休養時間 一四時間
 ただし、運航上の遅延が発生した場合には例外的に勤務時間を一八時間まで延長
することができる。
 実際の勤務時間が一六時間以内でしかも運航上の遅延が発生した場合には、乗務
後の休養時間を一二時間まで短縮することができるが、次の休養時間は最低一六時
間なければならない。
ウ パイロットが三名で、指定仮眠施設(連邦航空局が承認した乗員が睡眠を取る
目的で指定された区域)での睡眠機会を伴う場合
 勤務時間   一六時間か
ら一八時間
 飛行時間   一六時間
 予定休養時間 一八時間
 ただし、運航上の遅延が発生した場合には例外的に勤務時間を二〇時間まで延長
することができる。
 実際の勤務時間が一八時間以内でしかも運航上の遅延が発生した場合には、乗務
後の休養時間を一六時間まで短縮することができるが、次の休養時間は最低二〇時
間なければならない。
(3) この改定案が発表された後、平成一一年(一九九九年)六月、米国運輸安
全委員会(NTSB)は、米国連邦航空局長官に対し、次のとおり勧告した(甲第
五三六号証)。
ア 科学的な根拠に基づいた勤務時間規則を二年以内に制定すること。この勤務時
間規則は、勤務時間を制限し、予定の立つ勤務と休養のスケジュール作成を可能に
するものであり、サーカディアン・リズムと人間の睡眠及び休養の必要性に配慮し
たものであること
 (安全勧告A-九九-四五)
イ 一年以内に、飛行時間・勤務時間の規則の見直しを完了させ、飛行時間・勤務
時間制限が疲労と睡眠の問題に関する研究の結果を考慮したものとなるように、規
則を改定すること。新しい規則は、連邦法一四巻(航空法)一二一章の飛行時間・
勤務時間の制限、又は他の適切な規則を満足しない限り、航空会社が連邦法一四巻
(航空法)九一章に基づく飛行に運航乗務員を配置することを禁止すべきである。
 (安全勧告A-九五-一一三)
ウ 定期・不定期の有償飛行を行う運航乗務員の連続勤務の日数、勤務期間当たり
の勤務時間についての適切な制限を設定し、アラスカと合衆国の他の地域とで同一
の制限を適用すること。
 (安全勧告A-九五-一二五)
(4) 米国航空運送協会は、平成八年(一九九六年)二月二六日、米国運輸省及
び連邦航空局に対し、前記改定案が、科学的方法及び権威並びに基礎的な安全分析
の観点に照らして不完全かつ不適切であること等を理由として、前記改定案の撤回
を請願した(乙第一六〇号証の一及び二)。
 US-ALPA(米国のパイロットの組織)は、運航乗務員の実体験に基づく報
告である「疲労に関連するイベントレポート」や米国航空宇宙局(NASA)の疲
労に関する科学的研究を根拠として、前記改定案のうち、二名編成機のシングル編
成の飛行時間を八時間から一〇時間にすることに反対する意見書を提出し、IFA
LPAや日乗連も右の点について反対する意見書を提出した。
 現在に至るまで、米国連邦航空法は改正さ
れていない。
八 他社におけるシングル編成による二名編成機の運航実績並びに乗務時間制限及
び勤務時間制限
1 検討委員会の最終報告書における調査結果
 前記のとおり、検討委員会の最終報告書に掲記されている、外国航空会社による
新世代二名編成機のシングル編成の長大路線の運航の例は、次のとおりである(平
成四年度(一九九二年度)冬ダイヤによる)。
(1) フィンランド航空
 MD一一型機 成田-ヘルシンキ間 一○時間二〇分
(2) オーストリア航空
 A三一〇型機 ウィーン-ニューヨーク間 一〇時間〇〇分
(3) スイス航空
 MD一一型機 チューリッヒ-アトランタ 一〇時間二五分
(4) カナディアン航空
 B七四七-四〇〇型機 バンクーバー-成田間 九時間四五分
2 1の各路線について平成一一年七月現在で運航している航空機及び運航ダイヤ
 証拠(甲第五九九号証、第六〇〇号証の一から三まで、第六〇一号証の一から三
まで、第六〇二号証、乙第一六三号証)によれば、1の各路線について平成一一年
七月現在で運航している航空機及び運航ダイヤは次のとおりである。
(一) フィンランド航空 成田-ヘルシンキ間(シベリアルート)
 シングル編成による二名編成機MD一一型機で運航している。
 一九九九年夏ダイヤ 週二便
 ヘルシンキ→成田(往路)AY〇七三便
    一七時二〇分発翌日八時五五分着
       乗務時間九時間三五分
          夜間飛行を含む。
 成田→ヘルシンキ(復路)AY〇七四便
    一〇時五五分発一五時二〇分着(昼間の飛行)
       乗務時間一〇時間二五分
          夜間飛行を含まない。
(発着時間はいずれもその地の現地時間である。以下同様。)
 運航乗務員は、成田において三泊又は四泊の休日が与えられている。
(二) オーストリア航空 ウィーン-ニューヨーク間(大西洋ルート)
 シングル編成による二名編成機A三三〇型機及びA三一〇型機で運航している。
 一九九九年夏ダイヤ 週七便
 ウィーン→ニューヨーク(往路)OS五〇一便(A三三〇型機)
    一一時四〇分発一五時一〇分着
       乗務時間九時間三五分
          夜間飛行を含まない。
 ウィーン→ニューヨーク(往路)OS五〇三便(A三一〇型機)
    一七時一五分発二〇時四〇分着
       乗務時間九時間二五分
 ニューヨーク→ウィーン(復
路)OS五〇二便(A三三〇型機)
    一八時三〇分発翌日九時二〇分着
       乗務時間八時間五〇分
          夜間飛行を含む
 ニューヨーク→ウィーン(復路)OS五〇四便(A三一〇型機)
    二二時三〇分発翌日一二時五〇分着
       乗務時間八時間二〇分
          夜間飛行を含む。
(三) スイス航空 チューリッヒ-アトランタ間(大西洋ルート)
 シングル編成による三名編成機B七四七型機で運航している。ただし、二〇〇〇
年一月にB七四七型機がスイス航空から退役した後は、MD一一型機及びA三三〇
型機で運航する予定である。
 一九九九年夏ダイヤ 週七便
 チューリッヒ→アトランタ(往路)SR一二〇便
    一〇時〇〇分発一三時四〇分着
       乗務時間九時間四〇分
          夜間飛行を含まない。
 アトランタ→チューリッヒ(復路)SR一二一便
    一七時三五分発翌日八時一五分着
       乗務時間八時間四〇分
          夜間飛行を含む。
 滞在地(アトランタ)での運航乗務員の最低保障休養時間は二一時間三五分であ
る。
(四) カナディアン航空 バンクーバー-成田間(太平洋ルート)
 シングル編成による三名編成機DC一〇型機及びシングル編成による二名編成機
B七六七型機で運航している。
 一九九九年夏ダイヤ 週二便
 バンクーバー→成田(往路)CP〇〇三便(DC一○型機)
    一五時〇〇分発翌日一七時〇〇分着
       乗務時間一〇時間〇〇分
          夜間飛行を含まない。
 バンクーバー→成田(往路)CP〇〇三便(B七六七型機)
    一二時三〇分発翌日一四時三九分着
       乗務時間一〇時間〇九分
          夜間飛行を含まない。
 成田→バンクーバー(復路)CP〇〇四便(DC一〇型機)
    一九時五五分発一二時二五分着
       乗務時間八時間三〇分
          夜間飛行を含む。
 成田→バンクーバー(復路)CP〇〇四便(B七六七型機)
    一九時五五分発一二時四〇分着
       乗務時間八時間四五分
          夜間飛行を含む。
 滞在地において三泊又は四泊の勤務で実施。
3 主要航空会社の基準
 主要航空会社におけるシングル編成による二名編成機の運航実績を直接知るため
には、長距離路線について過去及び現在運航し
ている航空機の機種、編成及び乗務時間を調査する必要があるが、当事者の負担を
過大なものにしないため、2を除いて求釈明せず、主要航空会社の基準を把握する
ことで替えた。
 乙第一五八号証によれば、主要航空会社の乗務時間制限及び勤務時間制限は別紙
「他の航空会社の乗務時間制限及び勤務時間制限」のとおりである。英国航空、ル
フトハンザ航空、シンガポール航空及びカンタス航空の勤務時間等の制限の詳細
は、別紙「英国航空の乗務時間・勤務時間制限」、「ルフトハンザ航空の勤務条
件」、「シンガポール航空の勤務条件」及び「カンタス航空の勤務条件」を参照
4 全日空における勤務基準及び長距離路線の運航実績
 証拠(甲第五七号証、第三三五号証、第三八七号証、第五六五号証、乙第一一〇
号証、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。
 全日空は、昭和六一年、定期国際線に就航し、成田-ロサンゼルス線等を開設し
たが、その際、運航乗務員の組合との間で、成田-ロサンゼルス線について、冬ダ
イヤ(一〇月末から三月末まで)は、復路(ロサンゼルス→成田)をマルティプル
編成、往路(成田→ロサンゼルス)を原則シングル編成、往復乗務を行う場合には
マルチ編成とし、夏ダイヤ(三月末から一〇月末まで)は往復シングル編成とする
こと等を内容とする協定を締結し、それに従って運航していた。そのブロックタイ
ムは、平成元年の冬ダイヤで、東京→ロサンゼルスが九時間一五分、ロサンゼルス
→成田が一一時間三〇分、夏ダイヤで、東京→ロサンゼルスが九時間四五分、ロサ
ンゼルス→成田が一一時間一〇分であった。
 全日空は、平成五年、運航乗務員の組合との間で勤務協定の改定を行い、乗務時
間及び勤務時間は、三名編成機と二名編成機とで区別することなく、シングル編成
について着陸回数によって制限することとしたが(例えば、着陸回数が一回の場合
は乗務時間一一時間、勤務時間一四時間)、成田-ロサンゼルス線については、通
年マルティプル編成とすることを内容とする勤務協定を締結し、それ以降、それに
従って運航が行われている。
 全日空は、平成六年一〇月三一日から、シドニー→関西空港線を二名編成機にお
けるシングル編成で運航している。
 全日空は、平成一〇年九月、成田-サンフランシスコ路線を開設した。全日空
は、就航開始の同年一二月はサンフランシスコ→成田についてはマルティプル編
成、一月から
三月はシングル編成とするが、一人月一回に乗務を制限することとし、以後、前記
勤務協定の基準に従い、ブロックタイムが一一時間未満の場合についてはシングル
編成で運航されていたが、平成一一年の冬ダイヤについては復路(サンフランシス
コ→成田)のブロックタイムを一一時間五分と設定し、マルティプル編成で運航す
ることとなる見込みである。
九 シングル編成による三名編成機の乗務時間制限について
 証拠(乙第一五八号証、第一五九号証)によれば、各国及び各航空会社における
シングル編成による三名編成機の乗務時間制限は、次のとおりであることを認める
ことができる。
米国 一二時間
  ユナイテッド航空  一二時間
  ノースウエスト航空 一一時間三〇分
英国 九時間(最小)から一四時間(最大)まで(離着陸が一回の場合)(飛行勤
務時間)
  英国航空      一一時間三〇分
ドイツ 一〇時間(最小)から一四時間(最大)まで(飛行勤務時間)
  ルフトハンザ航空  一二時間
  ルフトハンザ貨物航空一二時間
フランス 八時間(最小)から一四時間(最大)まで(飛行勤務時間)
  エールフランス航空 一〇時間
オランダ 一四時間(最小)から一六時間(最大)まで(飛行勤務時間)
  KLMオランダ航空  九時間
スイス 一一時間(最小)から一四時間(最大)まで(飛行勤務時間)
デンマーク 一〇時間(最小)から一四時間(最大)まで(飛行勤務時間)
オーストラリア 八時間
  カンタス航空     八時間
シンガポール 一六時間(飛行勤務時間)
  シンガポール航空  一二時間三〇分
カナダ 一五時間(飛行勤務時間)
  カナディナン航空  一二時間三〇分
  エアカナダ航空   一〇時間三〇分
 右によれば、各航空会社におけるシングル編成による三名編成機の乗務時間制限
は八時間から一二時間三〇分である。
一〇 シングル編成による三名編成機の運航実績について
 証拠(甲第五号証の一(七頁、添付表2)、第三八〇号証(二八頁)、乙第一〇
三号証、第一〇四号証の五、第一〇五号証、第一一〇号証、第一三四号証によれ
ば、次の事実を認めることができる。
 ジェット旅客機の開発、性能向上に伴い長距離路線の直行化が世界の趨勢とな
り、被告においても一九八〇年代前半には太平洋路線の多くが直行便化され、その
後も欧州路線の直行便化が見込まれていた。被告は、昭和六一年に欧州、シカゴ直
行便が
就航するに当たり、ルフトハンザ航空、英国航空、エール・フランス、KLMオラ
ンダ航空に担当者を派遣し、勤務条件についての調査を行ったほか、その後も適宜
調査を行った。これらの調査の結果として長距離路線でシングル編成による三名編
成機の直行便が運航していたことが確認できるのは、次のとおりである(証拠上乗
務時間が確認できたものは記載した。)。
1 昭和六一年一月の調査により運航していたことが確認されたもの(乙第一〇四
号証の五)
 アムステルダム-ニューヨーク線
 アムステルダム-シカゴ線
 アムステルダム-トロント線
 (いずれもKLM)
2 昭和六二年三月の調査により運航していたことが確認されたもの(乙第一〇五
号証)
 成田-ロサンゼルス線
 (ユナイテッド航空、ノースウエスト航空、ヴァリグ・ブラジル航空、シンガポ
ール航空、マレーシア航空、全日空)
3 平成元年夏期の運航スケジュールが確認されたもの(乙第一一〇号証)
 成田-ロサンゼルス線
 成田→ロサンゼルス        ブロックタイム 九時間四五分
 ロサンゼルス→成田        ブロックタイム一一時間一〇分
4 平成五年五月調査結果が公表されたので、それ以前の時点で運航していたこと
が確認できるもの(甲第五号証の一)
 ハンブルク-ロサンゼルス線
 ハンブルク→ロサンゼルス     ブロックタイム一一時間四五分
 ロサンゼルス→ハンブルク     ブロックタイム一一時間
 フランクフルト-ロサンゼルス線
 フランクフルト→ロサンゼルス   ブロックタイム一一時間五〇分
 サンフランシスコ→フランクフルト ブロックタイム一一時間〇五分
 (いずれもルフトハンザ航空)
5 平成五年調査結果が公表されたので、それ以前の時点で運航していたことが確
認できるもの(乙第一三四号証)
 シアトル→成田        飛行時間九・九時間
 ホノルル→大阪        飛行時間九・五時間
 ロサンゼルス→ソウル     飛行時間一三・八時間
 ソウル→シアトル       飛行時間九・八時間
一一 諸外国及び他の航空会社によるマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び
勤務時間制限
 甲第五七号証、乙第一〇八号証によれば、マルティプル編成の場合の乗務時間制
限及び勤務時間制限は、米国の場合が無制限であるほか、別紙「他の航空会社の乗
務時間制限及び勤務時間制限」のとおりである。
一二 過去の航空
機事故
 後掲の各証拠によれば、運航乗務員の判断、操縦等に関係する航空機事故等とし
て、以下のようなものがあったことが認められる(被告の航空機の事故については
被告のことを「日航」と称する。)。
1 日航機サンフランシスコ湾着水事故
 昭和四三年一一月二二日、被告の東京発サンフランシスコ行きのDC八型機は、
サンフランシスコ空港にオートパイロットとフライトディレクターを用いて、自動
ILS進入を実施したが、サンフランシスコ湾を覆っていた低い雲と霧のため進入
灯や滑走路を視認できないまま高度を下げ過ぎ、滑走路手前の海上に着水し、乗
客、乗員は筏で脱出した。
 米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、事故の推定原因として、「自動ILS
進入の実施手順の適用が不適切であったこと」を挙げ、この手順の逸脱は「フライ
トディレクターとオートパイロットシステムに関する慣熟の不足及び使用頻度の少
なさも係わっている」とした。
 (甲第二四九号証)
2 全日空雫石上空自衛隊機接触事故
 昭和四六年七月三〇日、岩手県雫石上空で、訓練空域を逸脱した航空自衛隊の訓
練機が全日空のB七二七型機に接触し、両機は操縦不能の状態に陥り、空中で分解
しながら国鉄雫石駅の近くに墜落し、全日空機の乗客一五五名、乗員七名は全員死
亡し、自衛隊機のパイロットはパラシュートで水田に降下して助かった。
 運輸省事故調査委員会によれば、この事故の推定原因は、第一に、自衛隊機の教
官が訓練空域を逸脱したことに気づかず、機動隊形の訓練飛行を続行したことにあ
り、そのため、教官にあっては、視認するのが遅すぎて、訓練生が全日空機を視認
する直前に訓練生に対して接触回避の指示を与えたが、訓練機の回避に間に合わ
ず、また、訓練生にあっては、機動隊形の旋回飛行訓練に経験が浅く、主として教
官機との関係位置を維持することに気を奪われていて、全日空機を視認するのが遅
れ、接触約二秒前に自己の右側やや下方に全日空機を視認し、直ちに回避操作を行
ったが、接触の回避に間に合わなかったことである。第二に、全日空機パイロット
にあっては、訓練機を接触七秒前から視認していたと推定されるが、接触すること
を予測しなかっため、接触直前まで回避操作が行われなかったことである。
 この事故の結果勧告されたうちに、航空機のパイロットは飛行中は他機と衝突し
ないように見張りをしなければならないことを法的に明確にするこ
とがあり、昭和五〇年法律第五八号により航空法に七一条の二が追加され、操縦者
の見張り義務が規定されるに至った。
 (甲第二四二号証の一)
3 日航羽田滑走路逸脱事故
 昭和四七年五月一五日、被告のDC八型機が、羽田空港離陸時に滑走路を逸脱し
た。
 (甲第二四〇号証)
4 日航ニューデリー事故
 昭和四七年六月一四日、バンコク発デリー行きの被告のDC八型機が、デリーの
東南東約二八キロメートルのα、滑走路より手前のβ川の堤防に激突して、乗客七
五名、乗員一一名が死亡した。飛行実験の結果、事故機が飛行していた経路の途中
に逆L型に見える灯火があり、墜落地点付近には火力発電所の煙突に赤い障害灯及
び一群の灯火が認められたことから、運航乗務員が飛行の途中で何らかの外的状況
により逆L型に見える灯火を滑走路灯と誤認して降下率を増したと結論付けられ、
また、同機はILS進入を行っていなかったものと判断された。事故の原因として
は、運航乗務員が滑走路を視認することなく、また計器指示を逐一確認しなかった
ことによるものと推定された。また要因として、乗員の経験不足、責任感の欠如、
着陸進入時のcall outに関する手順の逸脱、IFR(計器進入)進入が望
ましい状況下でIFR進入を行わず、他の灯火を滑走路灯と誤認し、計器の点検も
行わなかったこと等も挙げられている。
 (甲第二三九号証、第二四〇号証、第二四九号証)
5 日航ソウル空港滑走路逸脱事故
 昭和四七年九月七日、被告のDC八型機が、ソウル空港着陸時、滑走路を逸脱し
た。
 (甲第二四○号証)
6 日航ボンベイ事故
 昭和四七年九月二四日、被告のDC八型機が、ボンベイ空港着陸時、誤って滑走
路の短いジェフ空港に着陸して滑走路を逸脱し、機体を大破した。乗客八名、乗員
二名が負傷した。原因は、ボンベイ・サンタクルズ空港へ目視進入中のパイロット
が滑走路を見失ったためとされている。
 (甲第二三九号証、第二四〇号証)
7 日航モスクワ事故
 昭和四七年一一月二九日、日本航空のDC八型機が、モスクワのシェレメチボ空
港離陸直後に墜落炎上した。乗客五三名、乗員九名が死亡した。原因は、離陸安全
速度に達した後、臨界迎角以上の機種上げ状態にしたため。グランドスポイラーの
レバーを誤作動又はエンジンのインレット部分の着氷(防氷スイッチの入れ忘れ)
が有力とされている。
 (甲第二三九号証、第二四〇号証)
8 日航ア
ンカレッジ事故
 昭和五〇年一二月一七日、アンカレッジ空港を出発しようとした被告のB七四七
型機が誘導路を地上滑走中に突風にあおられ機のコントロールを失って誘導路を逸
脱し、誘導路北側の平均傾斜一三度の積雪下土手を後方から崖下に滑り落ち、中破
し、乗客八名、乗員三名が負傷した。原因は、不十分な空港管理と機長の不適切な
判断とされているが、被告本社が、出発前に機長に対し、羽田空港が日本時間二三
時以降運用制限時間規制によって着陸できなくなることを緊急電報で連絡してお
り、機長はこうしたことを考慮して出発を決意したに相違ないと指摘されている。
 (甲第二三五号証、二三九号証)
9 KLMテネリフェ事故
 昭和五二年三月二七日、スペイン領カナリー諸島、テネリフェ島のロスロデオス
空港で滑走路を離陸しようとして滑走中のKLMオランダ航空のB七四七型機が同
じ滑走路を走行中のパンアメリカン航空のB七四七型機に衝突、炎上し、五八三名
が死亡した。
 KLM機はオランダ、アムステルダムを出発し、カナリー諸島のラスパルマスが
目的地であったが、ラスパルマス空港のターミナルで爆弾テロ事件があり、ラスパ
ルマス空港が閉鎖されたため、ロスロデオス空港へダイバートした。KLM機が着
陸したとき、パーキングエリアは既にダイバートしてきた航空機であふれており、
タクシーウェイにパークした。そこにパンアメリカン航空機も着陸してきて、同じ
タクシーウェイにパークした。
 その後ラスパルマス空港がオープンしたので、KLM機は管制塔に対してタクシ
ー(駐機場から滑走路の滑走開始地点まで走行すること)の許可を求め、許可を得
るとともに、滑走路の南東の端まで行くように指示された。通常は、滑走路と平行
に走るタクシーウェイ(誘導路)を通って行くべきであるが、パーキングエリアに
駐機している航空機があふれていたためそこを通れず、滑走路上を走行しなければ
ならなかった。KLM機が発進した後、パンアメリカン機も管制塔にタクシーの許
可を求め、管制塔は、パンアメリカン機にもその許可を与えるとともに、KLM機
と同様、滑走路の南東の端まで行くように指示をした。
 当時滑走路上には霧があり、視界は非常に悪かった。その後、管制塔は、滑走開
始位置である滑走路の南東の端に到着したKLM機が離陸のための滑走をすること
ができるように、滑走路を走行しているパンアメリカン機に対して、三番
目の誘導路を左へ入って待避するように指示をしたが、パンアメリカン機は指示さ
れた曲がり角を通過してしまった。一方、滑走開始位置に到着したKLM機は、管
制塔に対して、離陸準備が完了したことを告げ、離陸許可を求めた。管制塔は、パ
パ・ビーコンまでの飛行を許可するとともに、離陸後の進路を指示した。KLM機
は、パパ・ビーコンまでの飛行が許可された旨及び指示された離陸後の進路を復唱
するとともに、離陸動作に入ったことを告げた(We’er now at ta
ke off)。それに対して管制塔は、「オーケイ、・・・(二秒の空白)離陸
は待て、後で呼ぶから。」と送信したが、その送信の後半部分は混信のためかき消
され、KLM機の操縦室には届かず、KLM機のパイロットは、「オーケイ」のみ
聞き、離陸態勢に入ったことが指摘されている。実は、この通信が行われたとき、
パンアメリカン航空機はまだ滑走路上におり、この通信を聞いていたパンアメリカ
ン航空機の副操縦士は、「我々は、まだ、滑走路上を走行中だ」と送信した。管制
塔は、パンアメリカン航空機に対して「滑走路から出たら知らせよ」と指示し、そ
れに対して、パンアメリカン航空機は「オーケイ、出たら知らせよう」と送信して
いるが、既に離陸滑走を始めたKLM機の機長及び副操縦士はこのやり取りを聞い
ておらず、航空機関士だけが耳にして、「じゃあ、彼(パンアメリカン機)は滑走
路から出ていないのでは」と発言し、機長が反応しなかったため再び、「彼は滑走
路から出ていないのでは、あのパンアメリカンですよ。」といったが、それに対し
てKLM機の機長ははっきり「いや、出ている。」と否定し、離陸滑走を続けた。
その直後、KLM機はパンアメリカン航空機に激突し、両機は大破、炎上した。
 事故原因についてのスペイン当局の結論は、KLM機の機長が許可なくして離陸
し、タワーからの離陸を待てとの指示に従わず、パンアメリカン機が滑走路上にい
ることを報告したのに離陸をやめなかったこと等を挙げているが、オランダ当局は
これに反論し、KLM機は離陸を許可されたものと確信して離陸態勢に入ったが、
実際は許可が出ていなかったこと、運悪く偶然が重なったこと等を挙げている。
 (甲第二三七号証)
10 日航クアラルンプール事故
 昭和五二年九月二七日、香港発クアラルンプール行きの被告のDC八型機が、ク
アラルンプールに着陸直前、滑走
路手前七・四キロメートルの丘陵に墜落、大破し、乗客二六名、乗員八名が死亡し
た。原因は、機長が滑走路を視認することなく最低降下高度以下に降下し続けたた
めとされている。
 この事故を契機として、被告は、ジェット輸送機の離着陸時の一一分間に、事故
の約八〇パーセントが発生しているという事実に着目して、航空機運航の離陸及び
着陸の段階における安全阻害要因の調査解析を行い、諸対策を決定し運航安全の向
上を目的とするCEM(Critical Eleven Minutes)委員
会が設置された。
 (甲第二〇号証、第二三九号証、第二四九号証)
11 日航羽田沖事故
 昭和五七年二月九日、福岡発羽田行きの被告のDC八型機が、羽田空港への着陸
のために降下進入中、C滑走路南端沖合約三六〇メートルの海上に墜落し、乗客二
四名が死亡した。原因は精神的変調をきたしていた機長による異常操縦とされてい
る。
 (甲第二三九号証)
12 英国航空ガルングン事故
 昭和五七年六月二四日、クアラルンプール発パース行きの英国航空のB七四七型
機が、インドネシア上空を飛行中、インドネシアのガルングン火山の噴火による火
山灰に遭遇し、四基あるエンジンのすべてが停止した。副操縦士、航空機関士はエ
ンジンの再始動を試みたが、成功せず、機長は機体を操縦して、高度を下げ、ジャ
ワ島の南洋上に着水することを考えたが、エンジン停止から一三分後、火山灰空域
から脱出したことによって、エンジン再始動に成功した。
 当時、運航乗務員は、エンジン停止の原因が火山灰にあることがわからず、ま
た、事前にガルングン火山の噴火に関する情報を与えられていなかった。
 当該英国航空機の機長は、同様の事態を二名編成機でうまく処理できると思うか
との質問に対して、「非常に難しいと思う、オートパイロットがどれだけ使えるか
にもよるが、いずれにしても厳しいことには変わりはない。」と回答している。
 (甲第二四五号証)
13 メキシコ航空セリトス上空衝突事故
 昭和六一年八月三一日、ロサンゼルス郊外のセリトス上空で、メキシコ航空DC
九型機と小型機であるPA二八型機が、空中で衝突し、セリトス市内の住宅地に墜
落し、メキシコ航空機の乗客五八名、乗員六名、PA二八型機の乗客二名、パイロ
ット一名、地上の住民一五名が死亡した。原因としては、PA二八型機が目印を見
誤り、ロサンゼルス空港の管理空域(Terminal
 Control Area)に進入してしまい、当時、晴れており、視界は良好
であったが、両機のパイロットが、何らかの原因で相互に発見するのが遅れたこと
とされている。
 (甲第二四二号証の二)
14 東亜国内航空米子空港事故
 昭和六三年一〇月一二日、米子空港で、東亜国内航空株式会社(現在の株式会社
日本エアシステム)YS一一型機が離陸時に滑走路を逸脱するという事故が発生し
たが、その事故原因は、離陸滑走時高速状態において離陸断念の操作が行われた
が、過走帯までに停止できなかったことによるものと推定される。なお、副操縦士
が昇降舵を重いと感じ昇降舵操舵による機体の引き起こしができないと判断し離陸
断念操作を行ったことについては、水平安定板・昇降舵まわりに付着していたスラ
ッシュが離陸滑走中に凍結、氷着した可能性が考えられ、このことについては機体
の防氷作業が実施されなかったことの関与が考えられる。また、滑走路内に停止で
きなかったことについては、離陸断念時の速度が大きかったこと並びに滑走路面に
スラッシュがあったこと、主脚分担重量が小さかったことによるブレーキ効果の減
少があったことの関与が考えられる。
 (甲第二八九号証)
15 フライングタイガー航空クアラルンプール事故
 平成元年二月一九日、フライングタイガーのB七四七型機(貨物機)が、マレー
シア、クアラルンプール空港へ着陸降下中、管制官から、高度二四〇〇フィートに
降下せよと指示されたが、「了解、高度四〇〇フィートに降下する。」と復唱し、
その後、管制官からの訂正を受けずに、標高六〇〇フィートの丘に激突した。
 (甲第二三一号証)
16 アビアンカ航空ニューヨーク郊外事故
 平成二年一月二五日、南米コロンビア、ボゴタ空港を離陸しメデリン市空港を経
由して運航してきたアビアンカ航空B七〇七型機の定期旅客便が、ジョン・F・ケ
ネディ空港に降下進入をしようとしたが、悪天候によって航空管制官から、三回に
わたって上空待機を指示され、その間搭載燃料の適切な管理を怠り、また、燃料が
なくなりつつあるという緊急事態を航空管制官に正しく伝達できなかったため、二
度目の計器進入中に燃料が枯渇してエンジンが停止し、ロング・アイランドの北岸
近く、樹木の繁茂する住宅地の丘陵斜面に墜落し、七三名が死亡した。推定原因
は、右に述べたほか、悪天気象下で過密な空港に進入する国際線に情報を提供する

援システムを運航乗務員が活用しなかったこと、連邦航空局による不適切なトラフ
ィック・フロー・マネージメント、パイロットとコントローラー間で燃料枯渇寸前
の緊急事態であることが容易に理解できる標準化された用語がなかったこと、一回
目の着陸を試みた際に、ウィンドシア(急激な風向、風力の変化)に遭遇し、オー
トパイロット不具合のため手動操縦を長時間続けてきたことからパイロットが疲労
しており、燃料事情の懸念によって強まったストレスが加わって、着陸することが
できなかったこと、機長が英語が不得意で、管制官との通信を副操縦士に任せてお
り、それを理解していなかったと見られること等も事故の一因として指摘されてい
る。
 (甲第二四六号証)
17 マークエア航空アナラクリート空港事故
 平成二年六月二日、マークエア、B七三七機(貨客混用機)は、フェリーフライ
ト(航空機自体の移動)で、アラスカ州アンカレッジからアラスカ州アナラクリー
ト空港へ向かって飛行したが、アナラクリート空港の滑走路の手前七マイルの地点
で地上に激突した。原因として、機長が本来よりも早く降下を開始し、制限高度以
下に降下したこと、その際、チャート上の安全情報等についての誤信があったこと
等とされている。
 (甲第二三〇号証)
18 アリタリア航空チューリッヒ国際空港事故
 平成二年一一月一四日、アリタリア航空のDC九型機の定期旅客便が、チューリ
ッヒ国際空港へ進入降下中、グライドスロープをキャプチャーできず、そのまま山
の斜面に激突した。スイス連邦のAircraft Accident Inqu
iry Boardの事故調査報告書によると、この事故の原因は、VHF-NA
V-1の誤作動、機長による高度計の読み間違い、GPWS(地上衝突防止装置)
が作動しなかったこと、運航乗務員が、VHF-NAVの作動不良時にflagが
出ないこともあるのを知らなかったため計器の誤指示に気がつかなかったこと、運
航乗務員が進入中の基本的手順を守らなかったこと、進入中のクルー・コーディネ
ーションが不適切であったこと、副操縦士はゴー・アラウンドを開始しようとした
が、機長がそれを阻止したこと、着陸管制官は当該機体が高度四〇〇〇フィートQ
NHから降下を開始したことを見ていなかったこととされている。
 (甲第二九五号証の二)
19 UALコロラドスプリングス墜落事故
 平成三年三月三日、UALの
B七三七型機の定期旅客便が、コロラド州デンバーを離陸してコロラド・スプリン
グ空港へ向かい、同空港に着陸すべく滑走路への進入コースへのターン中、一時翼
は水平となったが、すぐ右へのロールが始まり、機首が垂直に下を向くまでロール
し、垂直になって地表に激突した。事故の原因は確定できなかったが、何らかの操
縦系統の故障、あるいは周辺の地形によって発生した異常ともいえる強い大気の擾
乱に遭遇し、操縦不能に陥ったことが考えられるとしている。
 (甲第二九五号証の一)
20 全日空乱気流事故
 平成五年二月一七日、全日空、B七六七型機が宮崎空港を離陸し、東京国際空港
に向けて飛行中、同空港の南東約二〇海里の上空で、同空港への降下を開始したと
ころ、関東地方上空の一面に積雲系の雲が観測され、雲にはいる前に、機長はベル
ト着用サインを点灯し、インターフォンで客室乗務員に対して着席するように注意
を与え、さらに、雲を回避しながら降下を続け、並の乱気流に遭遇し、その後も揺
れが続くことが予想されたので、座席ベルトを着用すること及び到着時刻が遅れる
ことを機内放送で告知し、禁煙サインも点灯させ、高度三〇〇〇フィートへの降下
を開始しようとしたところ、単発の強い乱気流に遭遇した。客室乗務員は機長から
の最初の注意があったときには、全員着席して座席ベルトを着用したが、その後、
今後も揺れが続くと予想される旨の機内放送があり、禁煙サインが点灯した後、客
室乗務員の内の三名が、歩くことができる程度の揺れであったため座席を離れ着陸
前の確認作業を開始し、他の客室乗務員二名も、着席したままベルトを外した状態
で確認作業の開始時期を伺っていたところ、強い揺れがあり、客室乗務員五名全員
が上方に飛ばされ、通路の床又は座席に叩きつけられた。二名が重傷、三名が軽傷
を負った。
 (甲第二三三号証)
21 日本エアシステム花巻空港事故
 平成五年四月一八日、日本エアシステムのDC九型機が、花巻空港において、風
向風速が大きく変動する強風下で、ウインド・シア(Wind shear風向・
風速の急激な変化)に対する十分な警戒をすることなく着陸のための進入を行い、
過走帯付近を通過する際、激しいウインド・シアに遭遇したため、機体が急激に降
下して、ハードランディングし、火災が発生した。この事故に関して、調査機関
は、「本事故は、風向風速が大きく変動する気象条件下で着陸しよ
うとした際、ハードランディングしたことによるもので、このような気象条件下で
着陸する場合は、常に機を失せず着陸復行をすることも含めて安全上最適の措置を
執るよう、細心の注意を尽くして運航することが必要である。なお、機長及び副操
縦士は、定期航空運送事業に従事する運航乗務員としての使命を自覚して、それぞ
れの職分に応じ、よりいっそう安全意識に徹することが肝要である。」としてい
る。
 (甲第二五〇号証)
22 アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AIA)航空グアンタナモ
湾事故
 平成五年八月一八日、アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AIA)
航空の米軍チャーター貨物便のDC八型機が、キューバ、グアンタナモ湾米国海軍
基地リーワードポイントの滑走路に進入中、滑走路の手前約四分の一マイルの地点
で墜落し、三名の運航乗務員が重傷を負った。
 事故を調査した米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、その報告書で、疲労に
起因する機長ら運航乗務員の判断力と飛行遂行能力の低下が事故原因であり、機長
は最終進入中に状況認識力を喪失し、その結果バンク角が深くなったとき速度を失
い失速に入り、素早い回復操作を実施することができなかったとしている。
 事故機の機長及び副操縦士は、事故の二日前、平成五年八月一六日の午後一一時
にアトランタ空港に出頭したところから四日間のパターンの乗務を開始していた。
同月一七日午前○時六分にアトランタ空港を離陸し、Charlotte経由で、
同日午前四時八分にYpsilanti空港に着陸した。ここで事故機の航空機関
士が登場し、以後行動をともにした。同所で機材変更が実施され、午前七時四六分
同空港を離陸し、セントルイス経由で、同月一七日正午ダラス空港に着陸していっ
たん勤務を終了し、次の出頭まで一一時間の休養時間に入った。この間、機長は五
時間、副操縦士は八時間、航空機関士は六時間の睡眠とった。同月一七日午後一一
時ダラス空港に出頭し、同月一八日午前○時にダラス空港を離陸、セントルイス経
由で、同日午前三時二五分にYpsilanti空港に着陸し、機材を変更し、搭
載貨物の種類分けが行われ、同日午前六時二〇分、同空港を離陸、午前八時にアト
ランタ空港に到着した。当初の予定では、その後は休養時間で、同日午後一一時か
ら勤務が開始されることになっていたが、スケジュールの変更が行われ、三名の運
航乗務員は、
再び空港に出頭し、同日午前一〇時一〇分アトランタ空港を離陸し、同日午前一一
時四〇分ノーフォーク空港に着陸した。この空港で約二時間三〇分かけて貨物が搭
載され、同日午後二時五分、この空港でブロック・アウト、同日午後二時一三分に
離陸し、グアンタナモ湾のリーワードポイント海軍基地に向かい、同日午後四時五
六分、事故が発生した。
 平成五年八月一七日午後一一時にダラス空港に出頭してから事故までの三名の勤
務時間は一八時間、飛行時間は合計約九時間であった。同人らの勤務はリーワード
ポイント海軍基地に到着後、折り返しアトランタヘ、フェリー便として帰還して終
了することになっていたが、それを含めると勤務時間は約二四時間、乗務時間は一
二時間であった。
 事故後の公聴会で、機長は、「ベースからファイナルへ旋回したとき、何となく
無気力でどうでもよい様な気分を感じたが、飛行場を探したか、パワーを増したか
減らしたか覚えていない。ファイナルで副操縦士がアプローチの具合がうまくいっ
ていないみたいなことを言っていた。ボイスレコーダーの記録を見ると本当にこう
だったのか疑問を感じる。私は何回か彼を振り返ったが、無気力な感じと彼の言葉
に無関心だったように覚えている。彼に聞き直さなかったし、誰にも質問を発しな
かった。航空機関士が速度をコールしていた記憶もない。夜間、安全に着陸させよ
うとしているのに、それらの言葉はいらだたしかったし、面食らいもした。多くの
キューを確認しなければならないのに、なぜ無気力だったのかわからないが、事故
当夜はまったくそうだった。」と供述した。
 米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、この事故に関して会社の対応を調査
し、次のように述べている。アメリカン・インターナショナル・エアウェイ(AI
A)の会長は、乗務スケジュールの作成について、競争に残るためには長い勤務時
間、すなわち、長い乗務パターンを指示しなければならないし、連邦航空規則が認
可するぎりぎりまで乗務することもあり、それは航空業界ではごく普通のことだと
述べた。会社によると、二四時間を超える連続勤務はアサインしないことになって
いるが、事故を起こした機長によると何回か二四時間の連続勤務をスケジュールさ
れたことがあるという。会社は、運航乗務員が疲労で乗務できないときは、運航乗
務員が必要な休養時間を確定し、ホテルで休養することになっていたが、そのよう
なことはほとんどなかったようである。疲れから乗務を断ったパイロットに対する
会社の対応は確定できなかったが、そのポリシィは個々のパイロットの判断とその
道徳的基準に任せているようであった。一般に個人が自分の疲労状態を正確に評価
することは難しく、多くの場合、大して疲れていないと評価する傾向が強い。競争
が激化している中で、極度に疲れた運航乗務員自身が、自己評価と自己申告によ
り、会社の圧力に抗して更なる乗務を指示しないように求めることを期待し、これ
によって安全メカニズムが機能することを期待するのは現実的でない。競争圧力が
高まると、航空会社が運航乗務員の生産性を高め、会社の利益を最大にするために
連邦航空規則の乗務時間制限の基準一杯で運航することになり得る。会社自身がポ
リシイを変更することも、個々の運航乗務員が疲労の限界を考慮するのに今より積
極的になることもあり得ないと判断されるので、疲労に起因する事故の再発を防止
するには法規を改正する必要がある。アメリカン・インターナショナル・エアウェ
イ(AIA)運航乗務員のスケジューリングは疲労と能力低下の要因であったと確
定する。
 米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、この事故を契機として、連邦航空局に
対して、疲労と睡眠問題について最新の研究結果が反映されるように、連邦航空法
の乗務・勤務時間制限の見直しと改善を急ぐことを、優先実施項目(クラス二)と
して勧告した。
 (甲第六九号証、第七三号証、第二九三号証の一及び二)
23 中華航空名古屋空港事故
 平成六年四月二六日、中華航空の台北発名古屋行きのA三〇〇-六〇〇R型機
が、名古屋空港に着陸降下中、副操縦士(二六歳)が機長に代わり操縦を担当した
が、自動操縦を解除し、手動で操縦中、誤ってゴーレバーを作動させて自動操縦装
置をゴー・アラウンド(着陸復行)モードにしてしまい、それによって機体の水平
安定板(スタビライザー)が機首を上げるように作動してしまった。それに気がつ
かないまま、副操縦士は、機長の指示の下、何とか機首を下げようとエレベーター
等を操作したが目的を達成できず、副操縦士に代わって操縦を担当した機長も、ゴ
ー・アラウンドモードを解除できず、機体は機首を上げ、急上昇しながら急速に失
速し、急角度で墜落した。この事故で、乗客二四九名、乗員一五名が死亡した。
 A三〇〇-六〇〇R型機は、当時、最新の自動操縦装置
を装備していたが、何らかの誤操作に伴って制御不能状態を発生させたことが数件
報告されており、その状態を改善するための改修措置が製造会社から指示されてい
たが、中華航空はその改修を実施しておらず、また、パイロットは、新型の自動操
縦装置の構造及び操作方法並びに右のような状況が発生することについて十分理解
していなかった。
 (甲第二四八号証)。
24 日航油圧故障
 平成六年六月二七日、被告の大阪発札幌行きのB七四七型機が、札幌に着陸し、
スポットに入る直前、後部客室で刺激臭を伴う煙が発生し、その後のスポットでの
点検で、ナンバー二の油圧作動油が二・二五ガロン減少していることが航空機関士
席の計器で確認された。この際の整備点検で、作動油量の計器が交換されたが状況
は変わらず、ナンバー二の作動油を一・五ガロン追加し、外部から漏れがないこと
を確認した上で、計器の故障として修理は次の羽田空港まで持ち越されることにな
った。大阪着陸後後部客室で再び異臭が発生し、一部の座席の床付近から煙が発生
した。大阪で再び整備点検が行われた結果、最後部貨物室天井の油圧配管に割れが
あり油圧作動油漏れが発見された。修理作業に時間を要するため、次便の札幌行き
は欠航になった。
 (甲第二四三号証の一)
25 日航エンジンフレームアウト
 平成六年六月三〇日、被告のジャカルタ発デンパサール行きのB七四七型機が、
ジャカルタへ向けて高度三万四五〇〇フィート付近を上昇中、突然第三エンジンが
停止した。そのためIN FLT ENG S/D CHECK LISTを実施
しながらエンジン一基が停止していても巡航可能な高度三万三〇〇〇フィートへ降
下中、更に第二エンジンが停止した。そのため、降下しながら二基のエンジンを同
時に再始動しようと何度も試みて、ようやくエンジンの再始動に成功したが、依
然、スラストレバーの動きにエンジンが追従しない状態が続き、高度三三〇〇〇フ
ィートに到達した後、四本のスラストレバーを出したところでようやくエンジンが
追従するようになった。デンパサールで一連の点検が行われたが、原因は特定でき
ないまま、当該機体は折り返し復路の便に使用された
 (甲第二四三号証の一)
26 カンザスシティ事故
 平成七年二月一六日、エアー・トランスポート・インターナショナル航空のDC
八型機が、マサチューセッツのウェストオーバーに向けて、第一エンジンを修理す

ために(当該機体の第一エンジンが故障していた。)、フェリー飛行(航空機自体
を輸送するための飛行)として、出発しようとして、カンザスシティ空港を三基の
エンジンのみを使用して離陸しようとしたところ、墜落、大破し、三名の運航乗務
員が重傷を負った。米国家運輸安全委員会(NTSB)は、事故の原因について、
当該運航乗務員が三基のエンジンによる離陸についての充分な訓練を受けておら
ず、それに必要な知識を持っていなかったこと、連邦航空法においてフェリー飛行
は運航乗務員に必要な休養時間を算出するときの基礎とされていないことに起因す
る当該運航乗務員の不十分な休養によって、運航乗務員が疲労していたこと等を指
摘している。
 (甲第五三七号証)
27 日航エンジンフレームアウト
 平成七年八月、日本航空サイパン発成田行きのB七四七型機が、成田へ向けて高
度三五〇〇〇フィートを巡航中、突然、第一エンジンのEPR(エンジン推力を示
す圧力計)がフラックス(計器が激しく動くこと)し始めたので、乗務員は直ちに
すべてのエンジン・イグニッションとアンチ・アイス(防除氷装置)を作動させた
が回復せず、第四エンジンのEPRもフラックスし始め、第一エンジンが停止し、
第四エンジンも停止した。
 当該便の乗員は、直ちにエンジンを停止又は再始動する場合の必要な処置(MU
LTIPLE ENGINE SHUTDOWN/RESTART CHECK 
LIST)を実施するとともに、緊急事態発生を宣言し、二基のエンジンで巡航可
能な高度へ向けて降下を始め、降下中高度三万フィート付近で第四エンジンの再始
動に成功し、その後第一エンジンも再始動できたため飛行を継続し、無事に成田空
港へ到着した。
 (甲第二四三号証の二)
28 日航香港空港機体尾部接触事故
 平成八年三月二〇日、被告の関西国際空港発香港行きMD一一型機が、香港空港
に着陸時に機体尾部を滑走路に接触させ、胴体後部を損傷させた。
 当時、香港空港付近は、低高度に雲があって、小雨が降っており、視程は六キロ
メートルであり、顕著なウィンドシアは観測されていなかった。同機は、滑走路へ
の最終進入旋回中に正規の進入経路を大きく右に外れ、機体は正規の進入路に戻る
ように動き、続いて滑走路の通常の着陸地帯に接地したが、管制塔によって接地時
に機体の後部で火花と火災が目撃された。エンジン停止後の点検で胴体後部が滑走
路に接
触してかなりの損傷を受けたことが判明したが、旅客の負傷や、機体以外の物件に
損傷はなかった。
 事故調査委員会の調査は、この事故の原因に関し、低高度に雲があったため機長
は曲線状の正規の進入路を維持できず、この経路より右側に進路を取り、この結
果、進入が不安定になったこと、機体はほとんど水平姿勢で接地し、その後、機首
上げの瞬間が発生したが、機長はそれをバウンドしたと受け止め、ゴーアラウンド
(着陸復行)するために昇降舵で引き起こし操作を行ったので、機首上げ姿勢は増
えたが、主脚の車輪が滑走路からわずか数インチ離れただけでもはやゴーアラウン
ドを行えない状態となっており、機体尾部が滑走路に接触したこと、機長はゴーア
ラウンドを断念してリバースレバーを操作し正常に再接地したこと、以上のように
指摘している。
 (甲第二九五号証の三)
29 日航成田空港離陸中断事故
 平成八年九月一三日、被告の成田発フランクフルト行きのB七四七-四〇〇型機
が、成田空港滑走路を離陸のため滑走中、第四エンジンが停止し、離陸を断念し
た。管制塔から、タイヤからの発煙及び出火を指摘され、誘導路上で乗客・乗員が
緊急脱出し、その際、一〇名が負傷した。
 (甲第二一四一号証)
30 日航パリ空港自動着陸事故
 平成九年四月、被告の関西国際空港発パリ行きのB七四七-四〇〇型機が、シャ
ルルドゴール空港の滑走路に自動操縦による着陸を実施中、機体が右にバンク(傾
き)を始め、滑走路を右にずれて着地し、二個の滑走路端のライトを破損したが、
乗員、乗客にけがはなかった。
 (甲第二四七号証)
31 日航乱気流事故
 平成九年四月一四日、被告のパリ発成田行きのB七四七-四〇〇型機が、成田空
港に向けて降下中、乱気流に巻き込まれて機体が上下左右に激しく揺れ、乗客一名
が重傷、七名が軽傷、乗員一名が軽傷を負った。乗員は、乱気流に巻き込まれる約
三分前に、レーダーで積乱雲を確認したため、シートベルト着用のサインを点灯さ
せ、警告音を数回ならした。
 (甲第二三二号証)。
一三 シングル編成による二名編成機の運航業務の実情
1 サンフランシスコ線の乗務の実情
 乙第一〇〇号証(五三頁から五六頁まで)及び証人P57の証言(平成一〇年六
月二六日付けの証人調書一八七項から一九五項まで)によれば、P57は、平成六
年二月、シングル編成による二名編成機(B七四七-四〇〇型機)の副操縦士とし

サンフランシスコ線の往復乗務を行ったこと、この乗務は四日間にわたるものであ
り、往路は成田発日本時間一八時二分、サンフランシスコ到着現地時間一〇時一五
分、乗務時間九時間一三分であり、サンフランシスコでの休養時間四六時間四五
分、復路はサンフランシスコ発現地時間一二時一〇分、成田着日本時間一五時二三
分、乗務時間一〇時間一三分であったこと、その復路において、乗客に急病人が出
る事態が発生し、乗務の後半はその対応に忙殺されるという経験をしたが、その際
に、二名でも努力して安全を確保しながら飛行することができ、特段の不安は感じ
なかったこと、P57は、右乗務までに副操縦士発令から起算すれば三〇年、機長
発令から起算すれば二四年の経験を有しており、DC八型機の機長時代には成田か
らアンカレッジ経由でサンフランシスコに行く路線に運航していたが、B七四七-
四〇〇型機の機長としてはサンフランシスコ線の路線資格を取得していなかったの
で、副操縦士として乗務したこと、以上の事実を認めることができる。
 しかしながら、他方、証拠(甲第三〇八号証(八頁、一三頁、一五頁、一六頁、
一七頁)、第三一〇号証(七頁)、第三一九号証(四頁から五頁まで、五頁から九
頁まで)、第三二三号証(四頁)、第四三二号証、第四六七号証)によれば、乗員
組合に寄せられたものを含めて現場の機長その他の運航乗務員の声としては、次の
ようなものがあることが認められる。すなわち、シングル編成による二名編成機
(B七四七-四〇〇型機)でサンフランシスコ線を運航するのは限界を超えてお
り、マルティプル編成で運航するべきであること、サンフランシスコから成田への
便の乗務では居眠りをしている運航乗務員がいること、フライト中交替で休まなけ
れば着陸時に目が開かないこと、東京に帰ってもなかなか身体が元に戻らず、長い
間に疲労がたまり不安であること、この乗務では、サンフランシスコ出発前に時差
で十分就寝できない夜を過ごし、日本時間の午前一時前にベッドを離れ、午前三時
にホテルを出て、日本時間の午前五時ころにサンフランシスコを離陸し、成田空港
に着陸し、スポットに入ったのが日本時間の午後三時三八分であったこと(一〇時
間四四分のフライト)、フライトの後の帰りの車の中で、同僚の機長と話をしてい
る内に、自覚しないまま寝てしまったこと、この路線における特徴的な点として、
夜間飛行が五時間三
〇分(夏)から七時間三〇分(冬)もあり、日本時間の深夜帯に及ぶことも相まっ
て、継続的な騒音と、機内気圧が地上のそれより二割程度減少している環境下にお
いて操縦席でじっと座っていると、必然的にレベルの低下が起こるので、意識レベ
ルを一定以下に下げないように二時間に一回程度は離席によるリフレッシュを試
み、また、操縦室内の沈黙があまり長くならないように会話をするというような努
力は当然行っているが、それでも一瞬我に返るとマイクロスリープ(意識レベルの
極端な低下)に陥っていたという経験をすることがたびたびあったこと、太平洋上
には、大抵の場合、二箇所から三箇所の前線帯や乱気流が予測される空域を通過す
ることがあり、特にこれらの空域に到着する二〇分から三〇分前には気象レーダー
をモニターし、あるいは風や外気温度の変化傾向の把握や他機の揺れに関する情報
を聴取し、当該空域を通過するまでの間、雲をよけるか、飛行高度や速度を変える
か、座席ベルトサインを点灯させるか等の判断を行うために、注意力を高め、一定
程度の緊張を余儀なくされるが、特にこのような緊張する場面のあとに訪れる前述
の意識レベルを低下させる環境に直面する時間帯にはこらえがたい眠気を感じるこ
と、これらの緊張感や眠気を我慢する時間帯の長短は、その時々の気象状態等の外
的要因や心身状態等の内的要因により左右されるが、いずれにしてもこれらが交互
に数回繰り返されることによって、確実に疲労は蓄積されて行くこと、起床してか
らおよそ一五時間から一七時間後、勤務を開始して一一時間後、乗務を開始して九
時間後、しかも日本時間の深夜三時に最もパフォーマンスを発揮することが要求さ
れる進入・着陸を行うことになること、したがって、特に問題となるこの進入、着
陸時の安全性については、これは乗務前の休養の質及び量とも充分であって、なお
かつ運航状況も良好な場合には許容できる範囲にあるものと感じるが、いずれかの
条件が厳しい事も少なからずあり、この場合は安全性に不安を覚えることもあった
こと、ある運航乗務員がサンフランシスコ線の乗務の際に経験していた具体的な時
間の経過は次のようなものであること、すなわち、便宜平成一〇年度夏ダイヤで説
明すると、往路は自宅出発が日本時間一四時四五分、出頭時刻が日本時間一六時一
五分、成田発日本時間一八時〇〇分、サンフランシスコ到着日本時間三時一〇分
(現地
時間一一時一〇分)、勤務終了日本時間三時四〇分(現地時間一一時四〇分)、ホ
テル着日本時間四時一〇分(現地時間一二時一〇分)、乗務時間九時間一〇分、勤
務時間一一時間二五分であること、サンフランシスコ到着一日目は、ホテル到着後
眠気をこらえつつ昼食をとり、日本時間六時(現地時間一四時)に就寝し、日本時
間一〇時(現地時間一八時)に目覚まし時計で無理に起床して夕食をとり、日本時
間一四時(現地時間二二時)に就寝するが、体内時計のために昼寝の感覚で三時間
前後で目覚めてしまい、日本時間一七時(現地時間一時)にベッドから出て乗務の
ための事務作業や準備をするか、テレビ・読書で時間を過ごすが、翌朝には起きて
日中に活動できるよう、ベッドから出ている時間があまり長時間にならないよう心
掛け、少なくとも三時間から四時間は部屋の明かりを暗くしてベッドに横になり、
日本時間二一時(現地時間五時)以降には本格的な睡眠が取れるので、就寝するこ
と、サンフランシスコ到着二日目は、日本時間○時ないし一時(現地時間八時ない
し九時)ころには起床して、できるだけ日光を浴びながら身体を動かすようなこと
をし、うとうと眠ることを避け、二日目の夜に眠れるように備え、日本時間一一時
(現地時間一九時)に夕食をとり、日本時間一五時(現地時間二三時)に就寝し、
二時間ないし三時間後に目が覚めてしまうが、日本時間二時(現地時間一〇時)の
モーニングコールまでに延べ六時間ないし八時間の睡眠を取ることができること、
こうして滞在地(サンフランシスコ)における三晩の間に得られる睡眠時間は一六
時間から一八時間程度であり、かつ体内時計の夜間に得られるものはその半分にも
満たない時間となってしまうので、復路便乗務前の体調は、基地を出発するときと
は大きな違いがあること、復路はホテル出発が日本時間三時(現地時間一一時)、
出頭時刻が日本時間三時(現地時間一一時三〇分)、出発が日本時間五時(現地時
間一三時)、到着が日本時間一五時三五分(現地時間二三時三五分)、勤務終了が
日本時間一六時三五分(現地時間○時三五分)、自宅着日本時間一七時三五分(現
地時間一時三五分)、乗務時間一〇時間三五分、勤務時間一三時間〇五分であるこ
と、復路で、往路と比較してプラスになるのは、夜間飛行がないということだけで
あること、サンフランシスコでの時差調整は困難であり、休養の質も充分ではない

で、サンフランシスコ出発時における心身の状態は、とてもそれから始まる過酷な
勤務に耐えられるとは言えないこと、実際にこの乗務中に襲われる眠気は激しいも
のがあり、往路で発生するマイクロスリープを超えてしまうことが常であったこ
と、着陸の際、肝心の進入及び着陸時に至って疲労度が極限に近づいてしまい、注
意力も散漫になったため、接地時にはかなりショックをかけた着陸をしてしまった
こと、飛行機を壊さなかったことは不幸中の幸いであったが、乗務後、自分の運航
を振り返ってみたときに細かいことを全く覚えていないことに気づき、背筋の凍る
思いがしたこと、サンフランシスコ線の帰りの便では、どうしても睡魔に襲われる
ので、安全性に影響があると思われること、以上のように認めることができる。
 乙第一〇〇号証(五三頁)及び証人P57の証言(平成一〇年六月二六日付けの
証人調書一九〇項)によれば、P57は、シングル編成による二名編成機(B七四
七-四〇〇型機)で成田-サンフランシスコ線の往復乗務を行ったのは一度だけで
あり、前記のとおり当時既にベテランの機長であった上、路線資格の関係で副操縦
士の立場で乗務したことが認められるから、P57がその際に感じたことと、繰り
返しこの路線で運航業務に従事することにより疲労が蓄積していく場合とは疲労度
が異なることが考えられる。他方、右に述べた運航乗務員の現場の声は、証人尋問
のように法廷における反対尋問を受けていないから、額面どおりに受け取ることは
できず、誇張も相当含まれていると考えるが、そのすべてが事実と異なるとは考え
られないし、その中でも、前記のとおり、具体的な時間の経過を追ってサンフラン
シスコにおける三晩の間に得られる睡眠時間が一六時間から一八時間程度であり、
かつ、体内時計の夜間に得られるものはその半分にも満たない時間となってしまう
こと、それ故に復路便乗務前の体調は、基地を出発するときとは大きな違いがあ
り、実際にこの乗務中に襲われる睡魔には抗しがたいものがあるという指摘は、乗
務の頻度、間隔にもよるが、この路線あるいは同様の運航スケジュールの路線での
乗務を繰り返していれば、たしかに睡眠障害が生じる等して右のような状況が生じ
ることがあり得ると思わせる説得力があり、その他の声と併せると、現実には運航
の途中(例えば太平洋上を巡航中)で寝入っている実態が一部にあるのではないか
と推測さ
れるところである。
2 ロサンゼルス線の乗務における疲労度
 甲第三〇八号証(二八頁から二九頁まで)によれば、ロサンゼルス線の乗務につ
いて、機長(非組合員)が名古屋からロサンゼルス(ブロックタイム一〇時間、フ
ライトタイム九時間三四分)まで運航乗務に携わったが、出発は日本時間の午後六
時五〇分と早く、後半は余り眠くなかったこと、ロサンゼルスの滞在が長いのでリ
フレッシュすることができ、余り疲れた感じはなかったこと、帰りの便はフライト
タイム一一時間三七分でマルティプル編成であったため、ヨーロッパ線よりは一時
間強短く、かつ、昼間のフライトであったから楽であったこと、ロサンゼルスでの
長期滞在で身体を休めることができるようなスケジュールを重視したいこと、以上
のような意見があることが認められる。もっとも、甲第三〇八号証(二八頁)によ
れば、この機長がシングル編成による二名編成機でロサンゼルス線の乗務に就いた
のはこれが初めてであることが認められる。
 他方、証拠(甲第三〇八号証(一六頁、二六頁、二七頁から二八頁まで、二九
頁))によれば、乗員組合に寄せられたものを含めて現場の機長その他の運航乗務
員の声としては、次のようなものがあることが認められる。すなわち、ロサンゼル
ス線(往路)のシングル編成による運航は大変きつく、ロサンゼルスでの進入が日
本時間の午前三時から五時ころとなり、生理的にも大変であること、名古屋発ロサ
ンゼルス行きの運航時間帯が成田発の便より更に遅く、シングル編成でフライトタ
イムも長いことから、到着時の疲労は相当なものがあり、体の中があつく感じられ
ること、到着後も現地時間が午後、ホテルで二時間から三時間睡眠をとった後、現
地での夕食の時間となるが、起きていることにも非常に苦痛を感じること、一回フ
ライトすると寿命がかなり短くなる感じがすること、初めて名古屋からロサンゼル
スまでの運航乗務に携わったが、乗務ダイヤ一〇時間二五分は実際にはフライトプ
ランで九時間一九分、実フライトタイムで九時間二三分、ブロックタイムでは九時
間五〇分であり、航行上の天候も比較的良好で自分自身としてはあまり疲れないと
いう自信があったが、フライトの後半にさしかかるとしばしば睡魔に襲われ、ま
た、最後のロサンゼルス空港にむけて進入、着陸のころの判断力、反応などが鈍く
なり、操作が遅れ気味になったこと、名古屋からロサンゼルスま
での運航乗務は完全徹夜フライトできつく、日曜日に出発する便は出発時刻が遅い
ので特にきついこと、ロサンゼルスでの進入、着陸のことを考えると途中休まない
とミスを犯しそうな気がすること、勤務がきつく、精神的、体力的にモラルを保て
る限界を超えていること等の意見があることがそれぞれ認められる。
 ロサンゼルス線の場合は、復路(ロサンゼルス→成田等)がマルティプル編成で
あり、かつてのサンフランシスコ線のように復路もシングル編成による二名編成機
で運航する場合とは異なるので、右に述べた運航乗務員の声も専ら往路(成田等→
ロサンゼルス)に関して述べられているが、前記の反対趣旨の機長の意見に照らす
と誇張が含まれている可能性を否定することはできず、証人尋問のように法廷にお
ける反対尋問を受けていないことからすれば、すべてをそのまま事実と受け取るこ
とはできないが、乗務ダイヤが一〇時間未満のものはいざ知らず、名古屋からロサ
ンゼルスまでの運航乗務のように乗務ダイヤが一〇時間を超えるもの(前記のよう
に実フライトタイムで九時間二三分程度のもの)については、フライトの後半にさ
しかかるとしばしば睡魔に襲われ、また、最後のロサンゼルス空港にむけて進入、
着陸のころの判断力、反応などが鈍くなり、操作が遅れ気味になったとの感想は、
実感を率直に語っているように思われる。
一四 シングル編成による三名編成機の運航業務の実情
 甲第三〇四号証(四頁)、第三〇六号証(五枚目から六枚目)、第三〇八号証
(八頁、一一頁)、第三一一号証(八頁)、第三一二号証(三枚目)によれば、乗
員組合に寄せられたものを含めて現場の機長その他の運航乗務員の声、意見として
次のようなものがあることが認められる。
 成田からサンフランシスコやロサンゼルスまで乗務すると、サンフランシスコ及
びロサンゼルス到着時には疲労困憊の状態である。
 バンクーバーから成田まで乗務すると、飛行の後半には疲労感が強く、懸命の努
力をもって安全運行を全うすべく努力はしているが、安全運行に特段の不安がない
とはとてもいえない状況である。
 成田からシドニーまでの乗務は、日本時間で午後九時から午前七時までの間全く
眠ることができない、徹夜での一○時間近い運航となり、特にきつく、安全上支障
がある。途中のITC(赤道付近の積乱雲)、夏場の台風を避けながら、けが人を
出さないように気を使いながら飛ぶこと
は本当に疲れる。何かアブノーマルな状況が発生した場合、安全にシドニーに着陸
する自信がない。徹夜で乗務を続けてきた到着前の心身の状況は、決してよいとは
いえず、着陸操作も機械的になりがちであり、幸運にも事故が起きなかったとしか
いえない。シングル編成となって五年近く経過し、日本に帰ってから、腰を中心と
して疲れがなかなか回復しないようになった。従来なら、帰着の翌日をゆっくりし
ていれば、疲れが取れてゆくのに、今は二日から三日経過しても取れず、次のフラ
イトに出ていくことになる。まるでボクシングのボディーブローがじわじわ効いて
くるようだ。
 成田→ホノルル→成田の臨時便、一泊三日の乗務に就いたがホノルル滞在二四時
間未満で、復路の乗務時間は八時間四〇分かかり、三人ともほとんど口を開かなか
った。眠ってはいないが、無言で睡魔と闘っている状況で、仮にエンジンが一基故
障しても、エンジンが失速に入り、音が出るか、何らかの警報音が鳴るまでだれも
気がつかないであろう。
一五 労働組合等との交渉及び本件就業規程変更の経緯に関する事実
1 前記のとおり、被告は、乗員組合に対し、平成五年一月二九日以来、被告の逼
迫した経営危機の概況と企業構造の見直しによる人件費効率向上の必要性を説明し
たうえ、「運航乗務員の勤務に関する協定」その他の協定を申し入れ、同年一一月
一日までの約九箇月の間に一九回の事務折衝と二六回の団体交渉を含む各種協議、
交渉を行ったが、妥結に垂らず、あらかじめ通告していたところに従って勤務協定
等の労働協約はすべて解約された。被告は、本件就業規程の変更に及び、全日本航
空労働組合の意見を聞いたうえ、同年一一月一五日に所轄の労働基準監督署に届け
出た。本件就業規程の変更に関して、全日本航空労働組合は「運航乗務員を組織し
ていないので、意見は差し控える。」として意見を述べず、乗員組合、機長組合、
先任航空機関士組合など運航乗務員の組合は反対の意見を表明していた。
 本件各事件の原告らは、その後機長に昇格した者を除いても三七名である。その
後乗員組合所属の副操縦士及び航空機関士のうち、合計八四六名に及ぶ者が当庁に
本件各事件と同一の請求に係る訴えを提起し(P70外八〇二名が平成一一年三月
に提起した平成一一年(ワ)第六二一九号及びP82外四二名が同年六月に提起し
た同年(ワ)第一三九九六号各義務不存在等確認請求事件)、現に当
裁判所に係属中であることは、当裁判所に顕著である。したがって、八八三名の運
航乗務員が改定された本件就業規程の定める労働条件の内容が不当であるとして争
っていることになる。この人数は、平成五年九月一七日の時点での副操縦士、航空
機関士及び訓練生合計一四七九名の約六〇パーセントに相当する。
2 被告の運航乗務員の他の組合からの意見
(一) 機長組合の意見
 甲第八七号証、第一六三号証、第二六四号証、第二七三号証によれば、被告の機
長組合は、現在も、本件就業規程の変更に伴う勤務条件の変更は、安全運行に悪影
響を及ぼしかねないとの認識の下に、これに反対していることが認められる。
 また、第二七五号証によれば、平成五年一二月に行われた機長組合のアンケート
(回答総数五五〇)において、本件就業規程の変更に伴う勤務条件の変更を適当で
あると回答した者は一・三パーセント、やむを得ないと回答した者は一七・二パー
セント、認められないと回答した者は七七・〇パーセントであったことが認められ
る。
 また、甲第二六五号証によれば、平成八年七月から九月ころに行った機長組合の
アンケートによれば、この一年間で自分が経験した機材の不具合(トラブル)が増
加していると回答した者が四五・九パーセント、増加も減少もしていないと回答し
た者が五〇・二パーセント、整備方式も含めた現在の整備体制の現状に疑問を感じ
ると回答した者が八一・八パーセント、現在の地上支援体制に問題があると回答し
た者が八四・九パーセントあったことが認められる。
(二) 先任航空機関士組合の意見
 甲第一六四号証、第二八八号証の一ないし三によれば、被告の先任航空機関士組
合は、本件就業規程の変更に反対していることが認められる。
一六 被告が本件就業規程改定前に安全性について検討した内容
1 証拠(甲第三八〇号証、第三八一号証、乙第一〇六号証、弁論の全趣旨)によ
れば、次の事実を認めることができる。
 平成元年二月ころ、被告の運航本部では、B七四七-四〇〇型機の導入をひかえ
て、当時の事業計画に対する乗員の応需能力の逼迫、特に副操縦士の不足が顕在化
してくる状況にあり、対応策として南米線、シカゴ線、欧州直行便のダブル編成に
よる運航をマルティプル編成にすること等についての交渉を乗員組合と行ってい
た。
 被告は、昭和六二年二月策定した「六二-六五年度中期計画」(昭和六二年二月
一八日付け、乙第一
一七号証)において「運航維持能力向上施策」として「健康問題に配慮しつつ編成
数を含む運航乗務員の勤務条件の総合的見直しを検討する」こととし、その翌年に
策定した「昭和六三-六六年中期計画」(昭和六三年一月一二日付け、乙第一〇六
号証)においても同旨の施策を確認していた。被告は、平成元年二月、この検討を
行い、乗員組合への勤務協定の提示案を決定すべく、役員レベルの勤務検討委員会
を設置した。運航本部内では同委員会のメンバーである運航本部長に対して必要な
意見具申を適宜行うため、各種乗員部長を中心とする運航本部内の関係部長会をテ
ーマごとに適宜開催することとなり、関係部長会で検討する資料を収集するために
主席クラスの運航乗務員を主体としたアドバイザリーグループ会議が設けられ、同
年七月までに議論が行われた。
 運航乗務員の勤務条件の総合的見直しの基本的考え方は、乗員組合との勤務協定
の原型が、ジェット機黎明時代の昭和三五年に当時の機材構成・機材性能を背景に
した路線構成をもとに設定されたものであることから、その後の時代の変化、技術
革新、路線構成の変化を踏まえ、運航乗務員の勤務の特殊性、生活パターン、健康
等に配慮しつつ、勤務・乗務時間帯、路線構成、時差等を反映した勤務条件を設定
し、併せて運航維持能力の向上に資するようにすること、なお、改定に当たって
は、被告の運航乗務員の稼働が飛行時間当たりの生産性に十分反映されていないこ
とに配慮しつつ、改定により図られた生産性向上の一定部分を還元すること、ま
た、勤務条件の見直しに当たって、国内外他社(全日空、ユナイテッド、ルフトハ
ンザ等)の勤務条件を参考にするとともに、乗員組合の勤務にかかわる要求につい
ても検討することというものであった。アドバイザリーグループ会議の検討項目
は、休日・休養(休日・休養の付与方法、水準、休日の固定化、連続勤務、スタン
バイの在り方、ブランクデイの取扱い)、勤務・乗務環境、勤務・乗務時間制限
(乗務・勤務時間制限、回数制限、デッドヘッドの取扱い、乗員編成)、スケジュ
ール運用上の取扱い(乗務完遂の原則等)であった。
 アドバイザリーグループ会議では、勤務時間、乗務時間制限について、乗務環境
を整えれば九時間の壁を超えることは可能であろうとの意見、安全面、健康面を考
えれば九時間の制限は妥当であるとの意見、路線によっては九時間超のところでも
シングル
編成の希望もあるが、条件次第であるとの意見、時間帯によって制限を変える考え
方は合理的であるとの意見、路線を決めて試行的に行えばよいが、場合によっては
元に戻すこともあることを明確にした上で行うべきであるとの意見、二名編成と三
名編成では時間の進み方が異なるとの意見、九時間が基本であとは路線別了解事項
で実施する方がよいのではないかとの意見が出され、改定の方向性として、時間帯
によって制限時間を変えるという考え方は合理的であること、水準を決めるに当た
っては条件整備が不可欠であること、一部路線から試行的に行うことも含めて考え
ることとされた。
 運航本部内の関係部長会においては、勤務の条件と休日、手当を組み合せて検討
すべきであるというのが全員の一致した意見であり、方向性としては、条件を整備
した上で個々の路線について効率化を図ること、本部として乗員組合との交渉で解
決可能な案を検討することとなった。しかし、南米線、シカゴ線、欧州直行便の編
成問題、B七四七-四〇〇型機導入問題及び外国人航空機関士導入問題が同時に並
行して進んでいたので、勤務協定改定を提案するにはタイミングがよくないとの判
断が経営においてされ、勤務協定改定の提案は見送られた。
 右に述べた検討の過程において、運航規程の乗務割の基準についての論議は行わ
れなかった。当時の運航本部運航乗員企画部長であった被告の機長であるP77
は、自分自身の経験及びそれまでの組合交渉等を通じて、運航乗務員の間では当時
の勤務協定の一着陸九時間、運航規程の最大一〇時間の乗務時間制限は妥当なもの
であるという意見が大勢であると認識しており、同人自身、運航の安全性及び乗員
の健康上の観点から、大幅に運航規程の基準を緩和してまで乗員の勤務条件を変更
する考えはもっていなかった。当時、運航本部の上層部は乗員との信頼関係を維持
したいと考えており、勤務協定を破棄してまで乗員の勤務条件の改定を強行すると
いう考え方は運航本部内では少数であった。
2 乙第一一二号証、第一一四号証、第一一五号証、証人P74の証言(平成一一
年一月二一日付けの証人調書三八項から四〇項まで、五六項から五九項まで、七三
項)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
 被告は、勤務協定ないし本件就業規程に定める勤務条件は、運航規程が定める安
全基準の内側で、合理的、かつ、妥当な労働条件といえる内容
はどういうものかという観点から検討すべきであると考えており、本件就業規程の
改定に当たっては、構造改革施策の一環として国際コスト競争力を強化する目的
で、人員効率を向上させることにより人的生産性を高めるという観点と、路線構成
の変化や機材性能の向上に合った、より合理的な勤務基準にするという観点とから
本件就業規程の改定を行った。
 平成四年二月策定された「九二-九六年度展望と九二-九三年度事業計画」(乙
第七号証)では、供給力の拡充、収益の極大化、徹底したコスト削減等について
「構造改革委員会」を設置して取り組んでいくことが決定され、同年六月に出され
た構造委員会の答申(乙第八号証)では、主要構造改革項目の一つとして人件費効
率の向上施策が掲げられた。そこで、P74運航企画部業務グループ長は、労務部
運航乗務職グループの担当者とともに、人件費効率の向上のため運航乗務員の勤務
基準改訂実施に向けて検討を進めた。前記のとおり、平成元年二月以降もアドバイ
ザリーグループ会議等において乗務時間制限及び勤務時間制限等が検討されたが、
今回の検討においては、人的生産性の向上と同時に、路線構成の変化や機材性能の
向上等の運航の実情にマッチした、より合理的な勤務基準作りを目指すこととな
り、編成の見直し、乗務時間制限及び勤務時間制限の緩和、スタンバイ制度の見直
し、勤務時間算定基準や休日・休養の整理、連続勤務の導入等について検討が進め
られた。
 ここで問題となる一連続の乗務における乗務時間・勤務時間制限の緩和について
見ると、競合する他社がシングル編成で運航しているのに、被告がマルティプル編
成で運航している路線があり、人的生産性を向上させるという観点からは、この点
が他社に比べて効率が劣る最大のポイントであったが、その原因はシングル編成に
よる連続する二四時間中の乗務時間・勤務時間制限が他社に比べて厳しいことにあ
った。そこで、被告の担当者らは、具体的にサンフランシスコ線やロサンゼルス線
をシングル編成で往復することができるか、他社はどうか、勤務基準として適切
か、ホンコン線、マニラ線の日帰り往復はどうかを検討し、国の基準が技術部長通
達によって一二時間となったこと、海外他社のみならず、全日空も運航規程の乗務
時間制限を一二時間としていること等を総合し、オペレーションマニュアルの制限
内であるならば安全性に関しては問題がないという認
識から、勤務基準としては乗務時間制限を一一時間とした。その際、日本操縦士協
会の答申を根拠に、三名編成機と二名編成機で乗務時間制限を区別する必要はない
と判断された。前記の平成元年の検討当時の検討結果は参酌されたし、運航本部内
には運航乗務員の職制がおり、乗員部長会が数回開かれて勤務条件改定の最終案が
決定されたが、運航乗務員の勤務の特殊性、生活パターン、健康等に配慮しつつ、
勤務・乗務時間帯、路線構成、時差等を反映した勤務条件を設定するという観点か
ら改めて意見聴取が行われたことはなかった(乙第一一四号証の記載(一〇頁から
一一頁まで)並びに証人P57及び同P74の各供述中右認定に反する部分(平成
一〇年一二月二日の証人P57の証人調書二五〇項)は前掲各証拠に照らしてたや
すく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。)。なお、平成元年
の検討当時運航本部運航乗員企画部長であった被告の機長であるP77は、平成二
年一〇月から平成五年九月に退職するまで運航本部長付運航乗務員の職にあった
が、平成四年の構造改革委員会の方針による「勤務基準の見直し」に際して、意見
を求められたことはなかった。
3 甲第二五九号証(甲第三三〇号証はこれと同一の文書)によれば、被告は、本
件就業規程の変更によって、運航乗務員の勤務条件を変更するに際して、サンフラ
ンシスコ線など具体的な路線についての安全検証の乗務は行っていないこと、ま
た、被告の産業医の意見は聞いていないことが認められる。
一七 被告におけるフィードバックのシステム
1 機長報告書
 乙第七一号証の一及び同号証の三によれば、被告のオペレーション・マニュアル
は、機長が、関連法規若しくはオペレーション・マニュアルの定めによる場合及び
その他必要と判断する場合には、飛行終了後、直ちにもよりの運航管理者又は運航
担当者を通じ、各機種別運航乗員部長宛に機長報告書を提出しなければならないこ
とを規定していること(オペレーション・マニュアル五-七-一)が認められる。
 甲第四七七号証によれば、被告の機長は、平成一一年三月一五日のサンフランシ
スコから成田までの乗務について、乗務ダイヤのブロックタイムは一〇時間五〇分
であるが、飛行計画の段階で既に一一時間一二分であり、実際の飛行では、飛行時
間(離陸から着陸まで)が一一時間二九分及びブロックタイムが一二時間五分とな
ったこと、巡航の
前半と後半に揺れがあり、機内食のサービスと重なり、特に後半の揺れについては
日本近辺に高度三万九〇〇〇フィート以下に乱気流があるとの情報がもたらされ、
最終的には高度四万一〇〇〇フィートまで上昇して、機内食のサービスを終えたこ
と、向かい風が強く、成田空港上空で約一〇分間の空中待機を命じられたため、更
に遅れたこと、巡航中、睡魔に襲われそうになり、通常の乗務における体調を維持
できないほどの疲労感を感じたこと、この乗務は過去のサンフランシスコ便の乗務
と比べて最もきつい勤務であったこと、乗務前の準備段階も含めると一三時間近く
を休息なしで、トイレに立つ以外は座り詰めとなったこと、サンフランシスコと日
本との時差は一七時間あり、いかなる自己管理能力、プロ意識をもってしても、こ
のシングル編成は過酷だと思うこと、この乗務時には成田の天候はよかったが、機
材故障、悪天候、ダイバージョン等があった場合、オペレーションマニュアルの運
航の基本方針に抵触する恐れもあるので、安全上の見地からこの便はマルチ編成に
よる運航を望むこと等を記載したキャプテン・レポート(機長報告書)を被告に対
して提出したこと、これに対し、B七四七-四〇〇運航乗員部及び運航企画部は、
当該乗務パターンが、オペレーションマニュアルの枠内である就業規程に則り設定
された勤務であり、定められた乗務割に従って乗務を完了することに安全上の問題
はないと考えていること、右機長が指摘したようなイレギュラー等の不測の事態の
発生により乗務割の基準を超える場合には、運航の安全を最優先するとの観点か
ら、乗務の中止、継続に関しては従来より機長の判断を尊重していること、冬期ス
ケジュールのサンフランシスコ線の勤務についてはきつい勤務であることは認識し
ているが、安全運行に努めて欲しいことを右キャプテンレポートに対する回答とし
たこと、以上の事実が認められる。
2 セーフティ・レポート
 乙第七一号証の一及び同号証の四によれば、被告のオペレーション・マニュアル
が次のように規定していること、すなわち、被告の運航に従事する者が、事故の未
然防止と安全対策への寄与を目的とし、自らの誤解や錯覚等に基づく誤った判断、
操作、作業等のヒューマン・ファクターに起因する事例、その他事故の潜在的要因
を含む事例についてセーフティ・レポートを提出することができること(オペレー
ション・マニュアル五-
七-二)、セーフティ・レポートは、記名又は無記名によって、書面の提出又は電
話等の使用を含む口頭の報告によって行うことができ、秘密保持のために必要な措
置が執られていること、セーフティ・レポートは、セーフティ・レポート委員会に
送付された後、安全上、技術上の検討を加えられ、必要なコメントともに運航関係
者へフィードバックされ、また、その後の安全対策上有効な情報については運航安
全委員会に報告されること、以上の事実を認めることができる。
3 通常の勤務における上司への報告
 甲第四五六号証、第四六一号証、第四六七号証によれば、被告の副操縦士が、グ
ループミーティングで、具体的な勤務について、無理があること、安全上問題があ
ることを指摘したが、取り上げられなかったという体験をしたことがあることが認
められる。
一八 本件就業規程中のシングル編成による二名編成機での予定着陸回数が一回の
場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合
理性(請求一1)
1 科学的、専門技術的見地から見た本件就業規程の当該規定の内容自体の合理性
 既に認定した科学的、専門技術的見地からの検討の結果に基づいて、本件就業規
程の内容自体の合理性を検討する。
(一) 技術革新の進められた航空機の就航によって航続距離も乗務時間も増大
し、短時間にいくつもの時差帯を横切って移動する、時差の変化が大きい長距離運
航が行われている。このような長距離運航は、運航乗務員のサーカディアンリズム
を乱し、睡眠障害(睡眠不足)を引き起こす。一日のうちのどの時間帯に飛行する
かによって睡眠不足と疲労への影響も異なる。運航乗務員は、絶え間ない周囲の雑
音・騒音、暗い照明、自動化された操縦装置といったコクピットの環境において、
長時間に及ぶ乗務を続ける。巡航中の仕事量は小さくてもこれが長時間続くため、
運航乗務員の作業能力と覚醒度は低下し、長距離運航に特有の油断・自己満足(c
omplacency)の問題が生ずるので、休憩なしで長距離運航に運航乗務員
を従事させることは、疲労、眠気、睡眠欠如により、(予定された)飛行高度から
の逸脱、誤った燃料計算、航路からの逸脱、着陸許可を受けないままの着陸、間違
った滑走路への着陸等の重大な過誤に結び付く危険がある。長距離運航の便数が増
加し、運航乗務員がその業務を繰り返すことにより、睡眠不足が累積し、疲労が蓄

することが懸念され、作業効率低下の度合いが大きくなり、航空機の航行の安全が
損なわれるおそれがある。
(二) DLRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のま
とめ」と題する研究によれば、ハンブルグからロサンゼルス(アメリカ西海岸)へ
の約一二時間のフライトについては、運航乗務員は、出発後九時間まではあまり疲
労を感じておらず、覚醒度は十分であり、作業能力に関しては危険のない範囲内の
ものであったが、一〇時間後からは平均的にみてやや疲労している状態となり、一
一時間後にはそのうちの何人かの運航乗務員はかなりの疲労感があったこと、ロサ
ンゼルスからハンブルグへの復路の約一二時間のフライトについては、平均的にみ
て、出発後五時間経過後からやや疲労している状態となり、九時間経過後にはかな
り疲労している状態に近づいたこと、以上の結果が判明している。これは西方飛行
の場合の結果であり、出発時間帯によって異なると思われるが、運航乗務員が出発
後九時間ないし一〇時間後からはやや疲労している状態となり、一一時間後には運
航乗務員によってはかなりの疲労感があったことは、注目に価する。同研究は、こ
の結果をも考慮して、二名編成機のシングル編成での通常の乗務時間は一〇時間を
超えてはならないこと、この通常の勤務時間を延長させることは、追加される勤務
時間の長さと着陸する時刻や、一週間ごとの頻度を考慮して、例外的に認められる
べきであること、とりわけ、夜間飛行を含む乗務中には、睡眠不足や二四時間周期
の身体のリズムの影響で、運航乗務員の警戒心や作業能力が低下する可能性が高ま
り、二名編成機のシングル編成での長大路線の運航は運航乗務員に重大な作業能力
の悪化を引き起こすことを指摘している。
(三) 米国航空宇宙局(NASA)のテクニカルメモランダム「民間航空におけ
る運航乗務員の勤務と休養のスケジュール作成・運用についての原則とガイドライ
ン」によれば、二四時間中の累積の飛行勤務時間は一〇時間を超えないことが望ま
しく、二四時間中一二時間までは延長することができ、例外的に更に二時間延長す
ることができるとしているが、能力を低下させる疲労は飛行時間一二時間を超える
と増大し、セーフティ・マージン(安全の余裕度)が低下することになり得ること
を指摘している。ここでいう飛行勤務時間とは、運航乗務員が飛行を含む勤務のた
めに、出頭する
ことを求められている時間に始まり、最終飛行区間の到着時間(ブロック・イン・
タイム)で終わる時間であって、飛行の準備のための業務(プリフライト業務)と
飛行時間が含まれる。被告では、乗務時間の算定はブロックタイムによるのであ
り、運航乗務員の出発前の出頭時刻は国際線の場合一時間四五分又は一時間三〇分
と定められている(甲第三号証、第四号証によりこの事実を認める。)から、飛行
勤務時間は乗務時間に一時間四五分又は一時間三〇分を加算したものとなる。した
がって、米国航空宇宙局(NASA)の提言によると、被告の乗務時間は、原則八
時間一五分から八時間三〇分、延長された場合でも一〇時間一五分から一〇時間三
〇分を限度とすることが望ましいということになるから、通常の予定乗務時間とし
ては八時間三〇分を超えて予定しないことが望ましく、これを右の限度まで延長す
る場合には、延長した時間分だけ休養時間を加算しなければならないということに
なる。米国航空宇宙局(NASA)の右提言はセーフティ・マージン(安全の余裕
度)を見込んでいる数字であるが、提言に係る時間より長く設定すればするほどセ
ーフティ・マージン(安全の余裕度)は小さくなっていくことになる。
(四) 科学的、専門技術的検討の結果は以上のとおりであり、次の二点に集約で
きる。
(1) 休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させることは、疲労、眠気、睡
眠欠如により、(予定された)飛行高度からの逸脱、誤った燃料計算、航路からの
逸脱、着陸許可を受けないままの着陸、間違った滑走路への着陸等の重大な過誤に
結び付く危険があるから、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込んで乗務
時間を制限する必要がある。この認定に反する証拠はない。
(2) 休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させる場合の連続乗務時間は、
通常の予定乗務時間としては、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を確実に見
込むならば九時間、控え目に絞り込むとしても一〇時間を超えて予定しないことが
相当である。通常の予定乗務時間をこれより短くすればするほどセーフティ・マー
ジン(安全の余裕度)を大きくしていくことになるし、通常の予定乗務時間をこれ
より長くすればするほどセーフティ・マージン(安全の余裕度)が小さくなってい
く。
 航空機の運航の必要性、経済性も考慮しなければならないから、セーフティ・マ
ージン(安全の余裕度)は
大きければ大きいほどいいということはできず、安全性を損なわないことを不可欠
の前提としつつ、航空機の運航の必要性、経済性も考慮して、通常の予定乗務時間
を何時間に設定すれば必要なセーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込むこと
ができるかを検討しなければならない。米国航空宇宙局(NASA)の提言及びD
LRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまとめ」と題
する研究は、右と同様の立場から検討を行ったものということができ、それぞれの
検討結果を総合して考えると、前記のとおり通常の予定乗務時間としてはおおむね
九時間から一〇時間を超えて予定しないことが相当であるとしているものと理解す
ることができる。
 これに対し、検討委員会は乗務時間制限として一二時間を提言している。検討委
員会も、もちろん、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込んで乗務時間を
決定しなければならないことを前提に、連続乗務時間を一二時間までに制限してお
けば安全性に欠ける点はないと判断したものと考えられる。そこで、次の(五)
で、検討委員会の右提言について検討した上で、米国航空宇宙局(NASA)の提
言及びDLRドイツ航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまと
め」と題する研究の検討結果と検討委員会の右提言とのいずれを採用するのが相当
かを検討する。
(五) 検討委員会は、前記のとおり、新世代二名編成機の機長及び副操縦士の仕
事量は三名編成機の機長及び副操縦士の仕事量と同等又はそれ以下であると判断
し、この判断を根拠に、新世代二名編成機の乗務時間制限は三名編成機のそれと同
じであってよいと判断した。検討委員会がこのような判断を行ったのは、その前提
として、前記のとおり、仕事量のレベルが疲労に大きな影響を与えるものと考えた
からである。
 しかし、前記のとおり、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させることの
問題点として、疲労、眠気、睡眠欠如により、(予定された)飛行高度からの逸
脱、誤った燃料計算、航路からの逸脱、着陸許可を受けないままの着陸、間違った
滑走路への着陸等の重大な過誤に結び付く危険があることが指摘されている。この
問題点に正面から取り組み、どのように解決すべきかを検討した上で、二名編成機
の乗務時間制限の問題を検討する必要がある。すなわち、シングル編成による三名
編成機及び二名編成機の乗務時間制限の問題
は、航空機の航続距離が伸びたことにより長時間の連続飛行が可能になったことに
よって、交替要員なしで連続飛行を行う時間的限界を何時間と定めるのが相当かと
いう問題を意味することになったのであるから、①シングル編成による三名編成機
の乗務時間制限は、従来の運航実績、運航の実情に照らし相当なものであるという
ことができるか(交替要員なしでの長時間に及ぶ連続飛行は、運航乗務員の疲労の
蓄積等により航空機の航行の安全に支障があること等が懸念されるが、どのような
問題があり、それはどのように解決され、あるいは解決されないまま問題が残って
いるのか)、②交替要員なしでの長時間に及ぶ連続飛行は、シングル編成による三
名編成機の場合とシングル編成による二名編成機の場合とで違いがあるか否か、検
討すべき点は何か(仕事量の異同に尽きるか)、以上のような問題点を検討しなけ
ればならないというべきである。たしかに、仕事量のレベルは疲労に大きな影響を
与えると考えられるから、仕事量の異同を検討しなければならないが、既に述べた
とおり、技術革新の進められた航空機の就航によって航続距離も乗務時間も増大
し、時差の変化が大きい運航となっており、一日のうちのどの時間帯に飛行するの
か、時差がどのように影響するのか、むしろ仕事量が軽減されたことによって長距
離運航に特有の油断・自己満足(complacency)の問題がより深刻にな
ると予想されているが、この問題に適切に対処するにはどうしたらよいかが検討課
題として指摘されているのであるから、仕事量のレベルの比較にとどまらず、時差
の変化が大きい長時間の運航に従事して低い仕事量の作業が長時間継続することに
より運航乗務員に生ずる眠気・疲労の問題に正面から取り組む必要があると考えら
れる。
 しかし、検討委員会は、シングル編成による三名編成機の長距離運航の運航実績
を根拠に、交替要員なしに長距離運航を行うことの問題点を正面から検討すること
なく、それを行うことを所与の前提としたものと考えられる。検討委員会は、その
上で、仕事量と疲労との定量的関係は確立されていないが、仕事量のレベルは疲労
に大きな影響を与えるものと考えられるとして、新世代二名編成機と在来型三名編
成機との疲労度及び仕事量についての比較を行った。すなわち、検討委員会の行っ
た検討の重点はこの比較にあった。疲労度の右調査も、両者の比較を主眼とした
ものであり、時差の変化が大きい長時間の運航に従事して低い仕事量の作業が長時
間継続することにより運航乗務員に生ずる眠気・疲労の問題に正面から取り組むも
のではなかったと考えられる。要するに、検討委員会は、シングル編成による三名
編成機の長距離運航を通じて浮かび上がった長距離運航に伴う問題点自体は十分検
討、考慮せず、専ら新世代二名編成機と在来型三名編成機の比較によって結論を出
したものといわざるを得ない。
 シングル編成による三名編成機の長距離路線の運航実績自体は2で取り上げる
が、以下においては、このような問題点があることを念頭におきつつ、シングル編
成による三名編成機の長距離路線の運航実績が、シングル編成による二名編成機の
運航の安全性の根拠となるということができるか否かを検討する。
 新世代二名編成機の機長及び副操縦士の仕事量が三名編成機の機長及び副操縦士
の仕事量と同等又はそれ以下であるということができるか否かの検討に当たって
は、両者の同様の乗務における仕事量全体を比較する必要があることはもちろんで
あるが、シングル編成による二名編成機の従前の乗務時間制限は九時間であったか
ら、この従前の制限乗務時間九時間を超えてシングル編成による二名編成機を運航
する場合に、その九時間を超えて運航に従事している機長及び副操縦士の仕事量が
シングル編成による三名編成機の機長及び副操縦士の仕事量と同等又はそれ以下で
あるということができるか否かが判断の核心となることに注意しなければならな
い。
 この観点から検討すると、新世代二名編成機は、全体的には機長及び副操縦士の
ルーティンワークを軽減しており、三名編成機の機長及び副操縦士の仕事量と同等
又はそれ以下にとどめているということができるから、シングル編成の二名編成機
であっても、離陸から八時間ないし九時間程度の運航乗務であれば、その間にフラ
イトイレギュラーが発生しても、ルーティンワークの軽減による余裕の中で賄うこ
とが期待できるであろう。しかし、右の時間を超えて運航乗務に従事していると、
仕事量としては少なくてもこれが長時間継続することにより機長及び副操縦士に疲
労が次第に蓄積し、その判断能力等が低下していくことは否定できないから、その
ような状態になってきた際にフライトイレギュラーが発生し、ゴーアラウンド(着
陸復行)、ホールディング(着陸前の空中での待機)、ダイバート(代
替空港への着陸)等を行う事態が発生したときには、操縦自体の仕事量が増加する
だけでなく、航空交通管制(ATC)との交信、会社との交信、客室との連絡、乗
客への連絡、クルー同士の意思の確認、刻々と変化する気象状況の把握等を行わな
ければならないことになるが、航空機関士が搭乗している三名編成機であれば、こ
れらの作業を分担することによって機長及び副操縦士の仕事量の増加を防ぐことが
できるが、二名編成機ではこれらの作業をすべて機長及び副操縦士が背負うことに
なるから、精神的緊張を含めて機長及び副操縦士の仕事量の増加は無視し得ないも
のがある。
 航空機の運航中に運航乗務員の一名が判断、操縦できない状態に陥った場合に
は、三名編成機と異なり、二名編成機では残りの一名ですべてに対処しなければな
らず、例えば、空中衝突回避のために機外見張りをするにしても、三名編成機と異
なり困難があるし、殊に右の事態が着陸時等に発生すれば直接事故に結びつく危険
性があり二名編成機に「シングルパイロットオペレーションが可能」という前提が
あるだけでは、右危険を払拭できない。この前提は通常の運航についてしか当ては
まらないからである。
 B七四七-四〇〇型機のコクピットの設計思想に、航続距離の長大化による乗務
時間の拡大を賄うような仕事量の減少、改善が織り込まれ、さらには、長時間低い
仕事量の業務を継続することによって機長及び副操縦士に疲労が蓄積し、判断能力
が低下する事態に備え、これに対する有効な措置が執られていたことを認めるに足
りる証拠がないことは、前記のとおりである。
 以上によれば、シングル編成による新世代二名編成機は、特段フライトイレギュ
ラーが発生せず、平穏に運航できることを前提にするのであれば、シングル編成に
よる三名編成機と同様に一〇時間から一二時間の運航乗務を遂行することは可能で
あるということができるが、フライトイレギュラーが発生したり、航空機の運航中
に運航乗務員の一名が判断、操縦できない状態に陥った場合には、シングル編成に
よる三名編成機よりも、機長又は副操縦士の仕事量が事態の深刻さに応じて増加す
ることを否定できないから、離陸から八時間ないし九時間経過後に右のような事態
が発生した場合については、シングル編成による三名編成機よりも安全性において
劣るといわざるを得ない。
 したがって、シングル編成による三名編成機の長距離路線の
運航実績が、シングル編成による二名編成機の運航の安全性の根拠となるというこ
とはできず、検討委員会が、シングル編成による二名編成機の乗務時間について、
シングル編成による三名編成機の長距離路線の運航実績を根拠に一二時間を提言し
たことは、合理的な根拠に基づくものとはいえず、相当ではないというべきであ
る。
(六) 以上を要約すれば次のとおりである。通常の予定乗務時間としてはセーフ
ティ・マージン(安全の余裕度)を見込む必要がある。これを見込まなければ、特
段フライトイレギュラーが発生せず、平穏に運航できた場合は別として、運航乗務
員が疲労のため既に余裕のない状態でフライトイレギュラーに対処しなければなら
ないことになる危険がある。米国航空宇宙局(NASA)の提言及びDLRドイツ
航空医学工科大学による「長大路線の運航-最近の研究のまとめ」と題する研究に
照らして考えれば、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を控え目に見込むにし
ても、通常の予定乗務時間としては一〇時間を超えて予定しないことが相当であ
る。
 本件就業規程は、出頭時間帯で乗務時間及び勤務時間の長短を区別する点では合
理的であるが、出頭時間帯が六時から七時五九分まで及び一五時から二一時五九分
までについて一〇時間三〇分の乗務時間を定め、出頭時間帯が八時から一四時五九
分までについては一一時間に及ぶ乗務時間を定めており、交替要員なしで、したが
ってまた、途中での休憩なしでこのような長時間の連続した長距離運航を可能にす
る乗務時間を定めて、現に前記のとおり平成一〇年度冬期用乗務ダイヤではサンフ
ランシスコから成田まで一〇時間五五分を予定して運航していたのであって、科学
的、専門技術的見地からするとその合理性に疑問がある。
2 他の航空会社の場合との比較
(一) 二名編成機をシングル編成で運航している他の航空会社の長距離路線との
比較
 二名編成機をシングル編成で運航している長距離路線の実例のうち、口頭弁論終
結の時点で乗務時間九時間を超える路線は、①フィンランド航空の成田-ヘルシン
キ間(シベリアルート)の路線のうち、成田→ヘルシンキ(復路)、乗務時間一〇
時間二五分と、②カナディアン航空のバンクーバー-成田間(太平洋ルート)の路
線のうち、バンクーバー→成田(往路)、乗務時間一〇時間九分だけである。
 被告が二名編成機をシングル編成で運航している成田→サンフランシ
スコ間の路線のサンフランシスコから成田までの乗務ダイヤでは乗務時間一〇時間
五五分が予定されていたのであり、他社を上回る長時間のものとなっていた。乗務
時間が一〇時間を超える場合には、乗務時間が長くなればなるほどセーフティ・マ
ージン(安全の余裕度)は減少していくから、乗務時間一〇時間九分、一〇時間二
五分と比較しても、乗務時間一○時間五五分ではセーフティ・マージン(安全の余
裕度)が乏しくなる。したがって、被告がその運航の安全性について、これを下回
る他社の実績を援用することはできない。
(二) 三名編成機をシングル編成で運航している他の航空会社の長距離路線との
比較
 各航空会社におけるシングル編成による三名編成機の乗務時間制限は八時間から
一二時間三〇分であり、運航実績としても、ほぼこれと同様であると考えられる。
検討委員会が、新世代二名編成機と三名編成機について、各機長及び副操縦士の仕
事量及び疲労度を比較検討し、新世代二名編成機の機長及び副操縦士の仕事量及び
疲労度は三名編成機の機長及び副操縦士の仕事量及び疲労度と同等又はそれ以下で
あると判断し、この判断を根拠に、新世代二名編成機の乗務時間制限は三名編成機
のそれと同じであってよいと判断したこと、しかしながら、検討委員会の右検討及
び判断には不十分な点があり、相当ではないことは、既に述べたとおりである。
 シングル編成による三名編成機の長距離路線の運航実績が、シングル編成による
二名編成機の運航の安全性の根拠となるということはできない。 
3 過去の運航実績、事故事例に照らしての検討
(一) 本件就業規程改定後六年間にわたって成田-サンフランシスコ線等が運航
されているが、人身事故が発生したことを認めるに足りる証拠はない。このことは
安全性を認める方向に働く間接事実としての意義を有する。
 しかし、他方、実際に成田-サンフランシスコ線の乗務に携わった運航乗務員か
らは、サンフランシスコにおける三晩の間に得られる睡眠時間が一六時間から一八
時間程度であり、かつ、体内時計の夜間に得られるものはその半分にも満たない時
間となってしまうため、この乗務中に襲われる睡魔には抗しがたいものがあるとい
う指摘がされ、あるいは成田-ロサンゼルス線の乗務に携わった運航乗務員から
は、ロサンゼルス空港にむけて進入、着陸のころの判断力、反応などが鈍くなり、
操作が遅れ気味になったとの感
想が述べられている等、運航の現実には厳しいものがあり、運航乗務員の疲労度の
面ではセーフティ・マージンがあるとは言い難い状況であって、運航乗務員にもっ
と余力がなければ、イレギュラーな事態が生じたときに対応しきれなくなる危険が
あることを否定することができない。
 そうすると、本件就業規程改定後六年間にわたって成田-サンフランシスコ線等
において人身事故が発生しなかったことが、本件就業規程の規定する乗務時間制限
及び勤務時間制限の安全性を推認させる間接事実としての意義は、相当程度減殺さ
れるものというべきである。
(二) 航空機事故は、件数は少ないが、その多くが離陸及び着陸の際に発生して
いる。長時間飛行により運航乗務員が疲労し、その目視、判断の誤りを来すことが
懸念されるが、前記の事故事例のうち、運航乗務員の疲労度が事故原因として取り
上げられたものは多くなく、シングル編成による二名編成機又は三名編成機の長距
離運航に伴う運航乗務員の疲労が事故原因とされたものはない。
 なお、米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、アメリカン・インターナショナ
ル・エアウェイ(AIA)航空グアンタナモ湾事故に関し、運航乗務員のスケジュ
ーリングは疲労と能力低下の要因であったと判断し、次のように指摘している。一
般に個人が自分の疲労状態を正確に認識することは難しく、多くの場合、大して疲
れていないと判断する傾向が強い。競争が激化している中で、極度に疲れた運航乗
務員自身が、自己評価と自己申告により、会社の圧力に抗して更なる乗務を指示し
ないように求めることを期待し、これによって安全メカニズムが機能することを期
待するのは現実的でない。競争圧力が高まると、航空会社が運航乗務員の生産性を
高め、会社の利益を最大にするために連邦航空規則の乗務時間制限の基準一杯で運
航することがあり得る。会社自身がポリシーを変更することも、個々の運航乗務員
が疲労の限界を考慮するのに今より積極的になることもあり得ないと判断されるの
で、疲労に起因する事故の再発を防止するには法規を改正する必要がある。米国国
家運輸安全委員会(NTSB)は、以上のように指摘しており、この事故を契機と
して、連邦航空局に対して、疲労と睡眠問題について最新の研究結果が反映される
ように、連邦航空法の乗務・勤務時間制限の見直しと改善を急ぐことを優先実施項
目として勧告した。
 シングル編成
による二名編成機又は三名編成機の長距離運航に伴う運航乗務員の疲労が事故原因
となった事案ではないが、航空機の航行の安全確保を考える上で貴重な指摘、勧告
である。
(三) 結局、被告によるシングル編成での二名編成機の過去の運航実績だけでは
安全性の根拠として十分とはいえない。また、シングル編成による二名編成機又は
三名編成機の長距離運航に伴う運航乗務員の疲労が事故原因とされたものはない
が、シングル編成による二名編成機の長距離運航が、シングル編成による三名編成
機の長距離運航の運航実績と比較して歴史も浅いことを考えると、右のとおり長距
離運航に伴う運航乗務員の疲労が事故原因とされたものがないことは、シングル編
成による三名編成機の長距離運航の実績として受け取るのが相当である。
4 被告が勤務基準を見直し、本件就業規程を変更するに当たり検討、考慮した内

 被告は、本件就業規程改定より前の平成元年二月から同年七月までの間、アドバ
イザリーグループ会議で勤務時間、乗務時間制限について検討している。この検討
の際には、運航乗務員の勤務の特殊性、生活パターン、健康等に配慮しつつ、勤
務・乗務時間帯、路線構成、時差等を反映した勤務条件を設定するという観点から
検討したのであり、改定の方向性としても、時間帯によって制限時間を変えるとい
う考え方は合理的であること、水準を決めるに当たっては条件整備が不可欠である
こと、一部路線から試行的に行うことも含めて考えることとしていた。しかし、被
告は、勤務基準を見直し、本件就業規程を変更するに当たり、右のうち、時間帯に
よって制限時間を変えるという考え方は取り入れたが、その余の考え方は取り入れ
ておらず、時間帯を考慮した以外はむしろ一律に乗務時間制限及び勤務時間制限を
緩和した。これは、被告が、勤務協定ないし本件就業規程に定める勤務基準は、運
航規程が定める安全基準の内側で、合理的、かつ、妥当な労働条件といえる内容は
どういうものかという観点から検討すべきであると考えており、本件就業規程の改
定に当たっては、構造改革施策の一環として国際コスト競争力を強化する目的で、
人員効率を向上させることにより人的生産性を高めるという観点と、路線構成の変
化や機材性能の向上に合った、より合理的な勤務基準にするという観点とから本件
就業規程の改定を行ったからであって、一連続の乗務における乗務時間・勤務時間
制限
の緩和については、結局、国の基準が技術部長通達によってシングル編成での二名
編成機についても一二時間となったこと、海外他社のみならず、全日空も運航規程
の乗務時間制限を一二時間としていること等を根拠に、運航規程の制限内であるな
らば安全性に関しては問題がないという認識から、勤務基準としては乗務時間制限
を一一時間としたのであった。被告は、前記の平成元年当時の検討のように、運航
乗務員の勤務の特殊性、生活パターン、健康等に配慮しつつ、勤務・乗務時間帯、
路線構成、時差等を反映した勤務条件を設定するという観点から運航乗務員職制の
意見を聴取することはせず、乗員部長会が数回開かれて勤務条件改定の最終案が決
定されたにとどまった。
 すなわち、被告は、勤務基準を見直し、本件就業規程を変更するに当たり、前記
のような個別、具体的事情を考慮しておらず、専ら技術部長通達(乗務時間制限及
び編成に関する基準(平成四年改正))を受けてこれと同一の内容に被告の運航規
程を改定し、これに基づいて本件就業規程を変更したものであり、技術部長通達
(乗務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))の根拠となった検討委員
会の最終報告以外に前記のような個別、具体的事情を考慮した上で内容を決定した
わけではなかった。
5 労働協約締結交渉等に表われる労働者自身の判断
 被告は、本件就業規程改定に先立ち、乗員組合に対し、平成五年一月二九日以
来、被告の逼迫した経営危機の概況と企業構造の見直しによる人件費効率向上の必
要性を説明したうえ、「運航乗務員の勤務に関する協定」その他の協定の改定を申
し入れ、同年一一月一日までの約九箇月の間に一九回の事務折衝と二六回の団体交
渉を含む各種協議、交渉を行っているから、乗員組合の理解を得ようと努力したこ
とは事実である。しかし、結局、交渉は妥結に至らず、勤務協定等の労働協約はす
べて解約され、本件就業規程が変更された。労働協約締結の交渉も取引自由の原則
によって規律される分野であり、労使間で利益調整が行われた結果労働協約締結に
結実するということができるから、乗員組合が安全性とは別の利害得失の観点から
の考慮によって「運航乗務員の勤務に関する協定」その他の協定の改定に反対した
であろう可能性を否定するものではないが、乗務時間制限及び勤務時間制限等航空
機の航行の安全に関係する勤務基準は、仕事がきつくなるのはいやだとか
、その対価としていくら欲しいかという次元の問題にすべて還元されるわけではな
く、運航乗務員の勤務による疲労度を左右し、運航乗務員自身の生命の危険に直結
する問題である。運航乗務員は、自分の運航乗務員としての経験に照らし、被告の
提案した乗務時間制限及び勤務時間制限等の勤務条件で安全に運航業務を遂行する
ことができるか否かを判断することができるし、その判断は現に運航業務を遂行す
る運航乗務員の実体験に基づくものとして重要な意義を有する。運航乗務員が当該
勤務条件で安全に運航業務を遂行することができると判断すれば、その判断は運航
の安全性の担保としての意義を有するといわなければならない。しかるに、乗員組
合、機長組合、先任航空機関士組合など運航乗務員の組合は本件就業規程の改定に
反対の意見を表明し、副操縦士、航空機関士及び訓練生の約六〇パーセントに相当
する八八三名が、改定された本件就業規程の定める労働条件の内容が不当であると
して訴えを提起して争っているから、本件就業規程の改定による乗務時間制限及び
勤務時間制限の勤務条件については、右のような意味での運航の安全性の担保がな
いといわざるを得ない。
6 安全性の事後的検討に基づくフィードバックの機能
 被告のオペレーション・マニュアルは機長報告書及びセーフティ・レポートにつ
いて定めており、被告においては、当該就業規則に基づいて行われた運航業務の実
情を検討し、事後的に安全性を検証し、疑義が生ずれば適切な措置を執るフィード
バックの仕組みが整備されているということができる。しかしながら、被告の機長
が、平成一一年三月一五日のサンフランシスコから成田までの乗務について、実際
の乗務時間、巡航中睡魔に襲われ、通常の乗務における体調を維持できないほどの
疲労感を感じたこと等を記載したキャプテン・レポート(機長報告書)を被告に対
して提出したが、B七四七-四〇〇運航乗員部及び運航企画部は、当該乗務パター
ンが、オペレーション・マニュアルの枠内である就業規程に則り設定された勤務で
あり、定められた乗務割に従って乗務を完了することに安全上の問題はないと考え
ていること、冬期スケジュールのサンフランシスコ線の勤務についてはきつい勤務
であることは認識しているが、安全運行に努めて欲しいことを右キャプテンレポー
トに対する回答としており、それ以後サンフランシスコから成田までの乗務につい
て運
航乗務員の疲労度を調査する等の措置を執ったことを認めるに足りる証拠はない。
 科学的な根拠に基づき、予定の立つ勤務と休養のスケジュール作成を可能にし、
サーカディアン・リズムと人間の睡眠及び休養の必要性を考慮した勤務時間制限及
び乗務時間制限を行うべきことは、前記の米国連邦航空局の改定案及び米国運輸安
全委員会(NTSB)の勧告が示しているところである。このような合理的な勤務
時間制限及び乗務時間制限を定めることは容易なことではなく、米国連邦航空局の
改定案がいまだに規則として結実していないことがそれを示しているといえよう。
しかし、それをすぐに実現することが困難であっても、航空機の運航の安全のため
に検討を継続し、実現に結びつけることが大切である。他方、航空機の長距離運航
の需要がある以上、それに応える必要があるから、右の検討が未了であっても、社
会通念上一応合理的と認められる勤務時間制限及び乗務時間制限を取りあえず定め
る必要があり、定期航空運送事業者がその勤務時間制限及び乗務時間制限に基づい
て乗務割を定めて運航することも、やむを得ないことである。しかしながら、その
勤務時間制限及び乗務時間制限が運航の実情にかなった安全なものであるか否かは
いまだ検証されていないのであるから、暫定的に運航の実績を見ながら、その勤務
時間制限及び乗務時間制限に基づく乗務割の合理性を検討し、運航の安全の確保に
努める必要があり、定期航空運送事業者は、運航の実情の把握に努め、運航乗務員
から指摘された問題点について十分検討し、安全性について再検討し、必要な措置
を執ることを要するのであって、このようなフィードバックのシステムが現実的、
かつ、有効に機能していると認めることができる場合に初めて社会通念上安全性の
保障があるということができる。
 本件についていうならば、検討委員会の最終報告は、サーカディアン・リズムと
人間の睡眠及び休養の必要性を十分検討したものということはできず、その乗務時
間制限の根拠が十分とはいえないことは既に述べたとおりであるから、これに基づ
いて運輪省航空局技術部長が定めた基準の合理性も暫定的、限定的なものにとどま
る。したがって、被告の定めた本件就業規程の内容が合理的なものであるか否か
は、被告が運航の実情の把握に努め、運航乗務員から指摘された問題点について十
分検討し、安全性について再検討し、必要な措置を執
ることを要するのであって、このようなフィードバックのシステムが現実的、か
つ、有効に機能していると認めることができる場合に初めて、航空法施行規則一五
七条の三所定の要件を満たすものということができる。シングル編成による新世代
二名編成機は、特段フライトイレギュラーが発生せず、平穏に運航できることを前
提にするのであれば、シングル編成による三名編成機と同様に一〇時間から一二時
間の運航乗務を遂行することは可能であるが、フライトイレギュラーが発生した
り、航空機の運航中に運航乗務員の一名が判断、操縦できない状態に陥った場合に
は、シングル編成による三名編成機よりも機長又は副操縦士の仕事量が事態の深刻
さに応じて増加することを否定できないことは前記のとおりであり、被告の運航乗
務員が、被告に対し、その問題点を指摘していることは、既に述べたとおりであ
る。しかし、被告は、前記のサンフランシスコ線の乗務についての機長報告書に対
する被告の回答の内容からすると、当該機長の意見を踏まえて運航の安全性につい
て十分再検討しているものとはいえないから、シングル編成による二名編成機で運
航する場合の乗務時間制限及び勤務時間制限について、運航の安全性に係るフィー
ドバックのシステムが現実的、かつ、有効に機能していると認めることはできな
い。
7 本件就業規程中のシングル編成による二名編成機での予定着陸回数が一回の場
合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の合理性に関する
結論
 通常の予定乗務時間としてはセーフティ・マージン(安全の余裕度)を見込む必
要がある。これを見込まなければ、特段フライトイレギュラーが発生せず、平穏に
運航できた場合は別として、運航乗務員が疲労のため既に余裕のない状態でフライ
トイレギュラーに対処しなければならないことになる危険がある。科学的、専門技
術的検討の結果に基づいて考えれば、前記のとおり、通常の予定乗務時間として
は、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を確実に見込むならば九時間、控え目
に絞り込むとしても一〇時間を超えて予定しないことが相当であるが、被告は本件
就業規程改定により、これを出頭時間帯に応じて九時間、一〇時間三〇分及び一一
時間とした。運航の安全性との関係で事の本質を端的に述べれば、被告は経営上の
必要性を理由にセーフティ・マージンを削減した。したがって、被告が右のとおり
定め
た乗務時間制限が運航の安全性を損なわない程度のものである(必要最小限度以上
のセーフティ・マージンが見込まれている。)というだけの合理的根拠があること
が必要であるが、この合理的根拠は見出し難い。
 すなわち、本件就業規程改定後六年間にわたってシングル編成による二名編成機
で成田発のサンフランシスコ線等が運航されているのに、特段の事故が発生してい
ないことは既に述べたとおりである。これは、事後的な事情であるとはいえ、安全
性を裏付ける間接事実としての意味を有する。しかしながら、他方、被告が右のと
おり定めた乗務時間制限は、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合と比較し
ても他にあまり類を見ない突出した内容となっている。また、使用者(定期航空運
送事業者)である被告は本件就業規程を変更するに当たり、専ら技術部長通達(乗
務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))を受けてこれと同一の内容に
被告の運航規程を改定し、これに基づいて本件就業規程を変更したものであり、技
術部長通達(乗務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))の根拠となっ
た検討委員会の最終報告以外に、前記のような個別、具体的事情を考慮した上で内
容を決定したわけではなかった。被告が出頭時間帯に応じて乗務時間制限を定めて
いる点は個別、具体的事情を一部考慮したものと評価できるが、一〇時間三〇分及
び一一時間の乗務時間はセーフティ・マージンを大幅に削減するものであるから、
これに代わるセーフティ・マージン確保の措置を講ずるか、右各乗務時間に基づく
運航を試行的に実施して運航の実情を踏まえて安全性について再検討することが必
要であるといわざるを得ない。しかるに、被告は、右代替措置を何ら講じていない
し、本件就業規程に基づいて行われた運航業務の実情として、被告の運航乗務員
が、被告に対し、その問題点を指摘しているにもかかわらず、被告は、当該機長の
意見を踏まえて運航の安全性について十分再検討しておらず、運航の安全性に係る
フィードバックのシステムが現実的、かつ、有効に機能しているとはいえない。も
ともと、被告は、乗員組合と十分交渉し、乗員組合としても受入れ可能であるとし
て労働協約を締結した上で本件就業規程を変更したわけではなく、かえって乗員組
合の反対を押し切って本件就業規程を変更したのであるから、安全性の確保につい
ては、自らが個別、具体的事情を踏ま
えて十分検討し、前記のとおりセーフティ・マージンを削減しても他の手段又は運
航の実情に照らして問題ないことを確認しなければならないのであるが、実際に
は、国が作った基準の内側にあることを安全性の根拠にして本件就業規程を改定し
たというに等しく、前記のような個別、具体的事情を考慮した上で内容を決定して
おらず、セーフティ・マージンの代替措置の確保、フィードバックのシステムが現
実的に機能しているともいえないのであって、被告が根拠にした技術部長通達(乗
務時間制限及び編成に関する基準(平成四年改正))の根拠となった検討委員会の
最終報告に前記のような問題点があることを考えると、結局合理的な根拠に基づい
ているものということはできない。
 そうすると、前記のとおり本件就業規程改定後六年間にわたって成田発のサンフ
ランシスコ線等が運航されているのに、特段の事故が発生していないという運航実
績だけでは安全性の根拠として十分であるとはいえず、シングル編成による二名編
成機については、本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が一回の場合
の運航についての乗務時間制限に関する規定は、内容自体の合理性を欠くから、就
業規則としての効力がない。
 本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航について
の勤務時間制限に関する規定は、この場合の運航についての乗務時間制限に関する
規定とその目的、内容及び運航業務に及ぼす影響において不可分一体であり、乗務
時間制限に関する規定の合理性と同様に考えられるべきであるから、シングル編成
による二名編成機について右のとおり本件就業規程中のシングル編成による予定着
陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限に関する規定の内容自体の合理
性を肯定することができない以上、シングル編成による二名編成機については、本
件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が一回の場合の運航についての勤
務時間制限に関する規定についても、その内容自体の合理性を肯定することができ
ず、就業規則としての効力がない。
 そこで、確認の利益を有する各原告については、この点に関する勤務基準がどう
なるかが問題となるが、右各原告と被告との間の労働契約における各契約当事者の
合理的意思として、暫定的に従前の勤務基準を存続させる意思であると解するのが
相当であるから、シングル編成による二名編成機で予定着陸回数が一
回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する勤務基準は、連
続する二四時間中、乗務時間九時間、勤務時間一三時間の各制限を超えてはならな
いというものであると解するのが相当である。
一九 本件就業規程中のシングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の
場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合
理性(請求一1)
1 科学的、専門技術的見地から見た本件就業規程の当該規定の内容自体の合理性
 シングル編成による三名編成機での長距離運航についても、運航乗務員の作業能
力と覚醒度が低下し、長距離運航に特有の油断・自己満足(complacenc
y)の問題が生ずるので、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させること
は、疲労、眠気、睡眠欠如により、重大な過誤に結び付く危険がある。科学的、専
門技術的見地からすれば、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事させる場合の
連続乗務時間は、通常の予定乗務時間としては、セーフティ・マージン(安全の余
裕度)を確実に見込むならば九時間、控え目に絞り込むとしても一〇時間を超えて
予定しないことが相当であるから、この基準を上回る乗務時間一一時間(本件就業
規程がシングル編成による三名編成機について定める乗務時間)は、時間的にはセ
ーフティ・マージン(安全の余裕度)がなくなっていることが懸念される。しか
し、シングル編成による三名編成機での長距離運航の場合には、二名編成機と異な
る点がある。長時間の運航により機長及び副操縦士に疲労が次第に蓄積し、その判
断能力等が低下してきた際に、フライトイレギュラーが発生し、ゴーアラウンド
(着陸復行)、ホールディング(着陸前の空中での待機)、ダイバート(代替空港
への着陸)等を行う事態が発生したときであっても、航空交通管制(ATC)との
交信、会社との交信、客室との連絡、乗客への連絡、クルー同士の意思の確認、刻
々と変化する気象状況の把握等は、航空機関士がこれらの作業を分担することがで
きるから、機長及び副操縦士は専ら操縦に専念することが可能となる。また、米国
航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所による「計画的コックピット休憩」と題す
る研究の調査結果が示すように、運航乗務員は計画的な休憩の機会を与えられれ
ば、操縦席で良質の睡眠を取ることが可能であり、それが長距離飛行で経験される
睡眠欠如に起因する居眠りを
減少させ、居眠りによって起こりうる運航上の危険性を減らすことができる。三名
編成機の場合にはこのような措置も可能であるが、二名編成機の場合については、
右研究でもこのような計画的休憩は推奨されていない。このように、三名編成機の
場合にはシングル編成であっても、航空機関士の存在がセーフティ・マージン(安
全の余裕度)としての意義を有するから、長距離運航をを行っても、航空機の航行
の安全を損なわないだけの根拠があるということができる。
2 各航空会社におけるシングル編成による三名編成機の乗務時間制限は八時間か
ら一二時間三〇分であり、運航実績としてもほぼこれと同様であると考えられる。
既に一〇年以上シングル編成による三名編成機で長距離路線が運航されているの
に、特段の事故が発生していないし、被告が定めた乗務時間制限は、他の航空会社
(外国のものを含む。)の場合と比較しても特に突出した内容とはなっていない。
3 シングル編成による三名編成機の運航業務の実情としては、厳しい業務である
ことは否定できないが、1及び2のとおり、航空機関士の存在によりセーフティ・
マージン(安全の余裕度)が一応確保され、過去の運航実績上も十分なものがある
ことからすると、シングル編成による三名編成機の運航の安全に支障があるとまで
断ずることはできない。したがって、本件就業規程改定によるシングル編成による
三名編成機での予定着陸回数が一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務
時間制限は就業規則の不利益変更の問題としてその合理性を検討すべきである。こ
の点の検討は後に行う。また、改定後の本件就業規程の定めるシングル編成での三
名編成機の勤務時間制限は、最大一五時間に及び、他の航空会社の場合と比べると
かなり長時間のものとなっていることは否定できないが、右のとおり、勤務時間の
本体である乗務時間を制限する規定の内容自体の合理性を肯定できることからする
と、乗務時間以外の拘束時間が長いことによって右の判断が左右されるものではな
い。
二〇 「一連続の乗務に係わる勤務」をもって乗務時間制限及び勤務時間制限を行
う規定について
 原告らは、「連続する二四時間」から「一連続の乗務にかかわる勤務」への変更
の問題点を指摘するが、勤務基準として、任意の連続する二四時間で規制しない限
り、間に一二時間の休養時間が入っても航空機の航行の安全が損なわれることを認
めるに
足りる証拠はないから、この点に関する規定の内容自体の合理性は一応肯定できな
いわけではない。航空法施行規則一五七条の三が航空機乗組員の乗務時間が二四時
間ごとに制限されなければならないことを規定し、被告のオペレーション・マニュ
アルも連続する二四時間中の乗務時間制限及び勤務時間制限を規定しており、これ
らを遵守しなければならないことは被告が自認するところであるから、右変更に係
る不利益は、オペレーション・マニュアルの制限一杯まで乗務時間及び勤務時間並
びに着陸回数の増加があり得ることに帰着する。そうすると、この点の変更は、就
業規則の不利益変更の問題として右の各点につきその合理性を検討すべきである。
この点の検討は後に行う。
二一 本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航につ
いての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合理性(請求一
2)
1 科学的、専門技術的見地から見た本件就業規程の当該規定の内容自体の合理性
 科学的、専門技術的見地からすれば、休憩なしで長距離運航に運航乗務員を従事
させる場合の連続乗務時間は、通常の予定乗務時間としては、セーフティ・マージ
ン(安全の余裕度)を確実に見込むならば九時間、控え目に絞り込むとしても一〇
時間を超えて予定しないことが相当であり、勤務時間としては一二時間から一三時
間を超えて予定しないことが相当である。二回着陸の場合には、後記のとおりルフ
トハンザ航空が予定着陸回数が二回以上の場合に一五分から二時間の幅で予定最大
勤務時間を逓減していることに照らし、一回目の着陸による負荷の増大を考慮し、
通常の予定乗務時間としては九時間程度を限度とすることが望ましいと考えられ
る。この通常の予定乗務時間はセーフティ・マージン(安全の余裕度)と見込んで
いる数字であるが、これより長く設定すればするほどセーフティ・マージン(安全
の余裕度)は小さくなっていくことになる。したがって、本件就業規程が乗務時間
八時間三〇分を九時間三〇分へ変更し、かつ、勤務時間一三時間を一四時間へ変更
した点については、予定着陸回数が二回であることからすると、二回目の運航の終
了間際にはセーフティ・マージン(安全の余裕度)がほとんどなくなっているので
はないかが懸念される。
2 諸外国の規制、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合との比較
(一) 諸外国におけるシングル編成の最
大勤務時間の制限は、おおむね次のとおりである(比較しやすいように細部の異同
を捨象した。)。
 英国は二名編成機が九時間(最短)から一二時間三〇分(最長)、三名編成機が
九時間(最短)から一四時間(最長)である。
 ドイツは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一〇時間(最短)か
ら一四時間(最長)である。
 フランスは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、八時間(最短)か
ら一四時間(最長)である。
 オランダは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一四時間(最短)
から一六時間(最長)である。
 スイスは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一一時間(最短)か
ら一四時間(最長)である。
 デンマークは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一〇間間(最
短)から一四時間(最長)である。
 オーストラリアは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一一時間で
ある。
 シンガポールは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一六時間であ
る。
 カナダは、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、一五時間である。
 香港は、二名編成機と三名編成機とで区別することなく、九時間(最短)から一
四時間(最長)である。
(二) 証拠(甲第五七号証、第七九号証の二、第三三四号証の四)によれば、次
の事実を認めることができる。
 ノースウェスト航空は、予定着陸回数に応じた区別をせず、予定最大勤務時間を
一三時間とし、実勤務時間でも一五時間以内としている。
 ユナイテッド航空は、予定着陸回数が一回の場合を別として、予定最大勤務時間
を一二時間とし、実勤務時間でも一四時間以内としている。
 英国航空は、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予定着陸回数が
二回の場合につき、基地発のときの出頭時間帯別の予定最大勤務時間を一二時間三
〇分としている。
 エール・フランス(フランス国営航空)は、出頭時間帯別の予定最大勤務時間を
一三時間三〇分としている。
 ルフトハンザ航空は、シングル編成による三名編成機での予定着陸回数が一回の
場合の出頭時間帯別の予定最大勤務時間を一四時間としているが、予定着陸回数が
二回以上の場合は一五分から二時間の幅で予定最大勤務時間が逓減する。
 KLMオランダ航空は、シングル編成による三名編成機での予定着陸回数が二回
以下の場合の予定最大勤務時間を一二時間三〇分としている
が、同社は、出頭時間帯別に実勤務時間に対応した「上乗せ時間」を算出すること
としており、これらの合計時間が右予定最大勤務時間の範囲内に収まるようにして
いる。
 カンタス航空は、予定着陸回数を問わず、シングル編成による三名編成機での予
定最大勤務時間を一一時間とし、最大実勤務時間を一二時間としている。
 シンガポール航空は、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予定着
陸回数が二回の場合につき、基地発のときの出頭時間帯別の予定最大勤務時間を一
二時間三〇分としている。
(三) 右によれば、改定後の本件就業規程の予定最大勤務時間一四時間は、諸外
国の基準と比較すれば特に突出していないが、他の航空会社の予定最大勤務時間と
比較すると、予定時間としては規制の緩やかな部類に入っている。
3 過去の運航実績、事故事例に照らしての検討
(一) 該当するパターンとして次のようなものがある。
(1) 成田・香港を一日で往復するパターン(成田→香港→成田)
 成田→香港  五時間(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)
 香港→成田  三時間四〇分(平成一○年度冬期用乗務ダイヤ)
         乗務時間八時間四〇分、勤務時間一二時間二〇分
(2) 成田・マニラを一日で往復するパターン(成田→マニラ→成田)
 すなわち、成田→マニラ四時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)及びマ
ニラ→成田四時間(平成一○年度冬期用乗務ダイヤ)で、乗務時間八時間四〇分、
勤務時間一二時間二〇分である。
 成田→マニラ 四時間四〇分(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)
 マニラ→成田 四時間(平成一〇年度冬期用乗務ダイヤ)
         乗務時間八時間四〇分、勤務時間一二時間二〇分
(3) デンパサール(バリ島)→ジャカルタ→関西国際空港を一日で行うパター

 デンパサール→ジャカルタ 一時間三五分
 ジャカルタ→関西国際空港 六時間二五分
(二)(1) 乙第一〇〇号証(五三頁)及び証人P57の証言(平成一〇年六月
二六日付けの証人調書一八四項、一八五項)によれば、P57は平成五年一一月一
日以降成田→香港→成田の日帰りの往復乗務を数多く経験しているが、その往復を
通じて安全に不安を感じたことはないことが認められる。
(2) これに対し、甲第二七〇号証、原告P9本人尋問の結果(平成九年一二月
一八日付け本人調書一四八項から一六八項まで、平成一〇年三月四日付け本
人調書一二〇項から一四一項まで)によれば、原告P9は副操縦士としてホンコン
線を多数回往復乗務したことがあること、原告P9が成田発午前一〇時一五分の香
港行きに乗務する場合の日程は、午前五時起床、午前六時自宅を出発、午前七時四
五分ころ成田オペレーションセンター到着、午前八時四五分出頭時刻、午前一〇時
一五分成田を出発、日本時間午後二時一五分香港到着、おおむね日本時間午後三時
二五分ころ香港を出発(前掲各証拠には明示的には表れていない。)、午後八時〇
五分ころ成田に到着するというものであったこと(甲第五五二号証の一によれば、
平成一○年度冬期の運航ダイヤであるが、七三一便は成田午前一〇時発、日本時間
午後二時香港到着、七三二便は日本時間午後三時一〇分香港発、午後七時五〇分成
田到着であることが認められ、この事実に基づいて考えると、原告P9の場合はお
おむね右に認定したようなものであったと推認することができる。原告P9本人の
供述中この推認に反する部分は採用することができない。)、原告P9は午後八時
すぎに成田に到着すると相当疲労困憊しており、眠気に襲われそうになったり、努
力していても集中力が低下していることを実感していたこと、以上の事実が認めら
れる。また、甲第四五九号証及び原告P9本人尋問の結果(平成一〇年三月四日付
け本人調書一四一項)によれば、原告らで問題とされている着陸二回の乗務の後、
休日が付与されなかった者は特にいないが、その後訴えを提起したP70は名古屋
とマニラ間の日帰り乗務を二日間連続して行ったことが認められる。そのほか、香
港線の乗務について、本邦より、香港、マニラ、グァム、サイパンへの日帰り往復
乗務はとてもきつく、明らかに安全性や効率の悪い運航となっており、もしダイバ
ート等が発生したら継続勤務など考えられないとの機長の意見(甲第三〇八号証一
一頁)、往路はともかく、復路の乗務では、機内で口を開くのも億劫になるくらい
疲れを覚え、ささいなミスを犯しやすくなっているとの機長の意見(甲第三二六号
証七頁)があり、また、東南アジアの貨物便、クアラルンプール→バンコク→成田
の深夜二回着陸、勤務時間一二時間のパターンは体にきつく安全上も問題であり、
早朝、成田に着陸する際にランディングチェックリストを読み上げる時、外国人航
空機関士は意識を失った状態であったとの被告の機長の意見(甲第三〇八号証九
頁)
や、デンパサール線での帰りの徹夜便、しかも二回の着陸で、関西国際空港への早
朝への着陸はかなり厳しいとの機長の意見(甲第三〇八号証一一頁)がある。右各
意見は陳述書によるものである。陳述書による立証であっても、定型的、外形的な
事実や被告が確認することが可能であり、確認してしかるべき事実であるため、被
告が反対趣旨の陳述書を提出し、あるいは人証としての取調べにおける反対尋問の
機会を求めない以上、被告としてもその事実を積極的に争わない趣旨であると理解
してよい事実又は科学技術上の知識等の範疇に入る事実その他の客観的事実であれ
ば、これによって心証を形成することに格別問題はない。前記各意見は、そのよう
な事実とは異なり、自己の体験に基づくとはいえ、事実の評価を伴う意見と見るべ
きであって、その証明力は限定されたものにとどまるが、原告P9本人尋問の結果
のほか、前記各意見によれば、問題とされている着陸二回の乗務が相当に厳しい勤
務であることはうかがわれるところであり、原告P9が成田発午前一〇時一五分の
香港行きに乗務した場合のように、午前五時起床、午前八時四五分出頭時刻、午前
一〇時一五分成田を出発、日本時間午後二時一五分香港到着、おおむね日本時間午
後三時二五分ころ香港を出発、午後八時〇五分ころ成田に到着するという勤務形態
では、たしかに、成田に着陸するころには相当の疲労があり、集中力が低下してい
ておかしくないから、運航乗務員は、苦労しながら並々ならぬ努力で二回目の着陸
に取り組んでいるものと考えられる。経験豊富な機長であれば安全に不安を感じる
ほどでないとしても、運航乗務員一般について同列に論ずることは必ずしも適当で
はないから、右に述べたことは、証人P57の前記証言と必ずしも矛盾するもので
はない。
(二) 過去の事故事例で、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予
定着陸回数が二回の場合の勤務時間が一四時間以上であったことが事故原因とされ
ているものはない。このことは安全性を認める方向に働く間接事実としての意義を
有する。
4 被告が、シングル編成による予定着陸回数が二回の場合の運航についての乗務
時間制限及び勤務時間制限を各一時間延長するに当たって、個別、具体的事情を考
慮して安全性について十分検討したことを認めるに足りる証拠はない。また、運航
乗務員自身の判断による安全性の担保がないことは一八、5で述べ
たとおりである。
5 以上によれば、次のとおりである。本件就業規程が、乗務時間を八時間三〇分
から最大で九時間三〇分に変更し、かつ、勤務時間一三時間を最大で一四時間へ変
更した点については、予定着陸回数が二回であることからすると、二回目の運航の
終了間際にはセーフティ・マージン(安全の余裕度)がほとんどなくなっているこ
とが懸念される。また、改定後の本件就業規程の予定最大勤務時間一四時間は、諸
外国の基準と比較すれば特に突出していないが、他の航空会社の予定最大勤務時間
と比較すると、予定時間としては規制の緩やかな部類に入っている。他方、過去の
事故事例で、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予定着陸回数が二
回の場合の勤務時間が一四時間以上であったことが事故原因とされているものがな
いことは安全性を認める方向に働く間接事実としての意義を有するが、運航乗務員
にとっての勤務の実情が相当に厳しいものであることからすると、二回目の運航の
終了間際にはセーフティ・マージン(安全の余裕度)がほとんどなくなっていると
の懸念を払拭できない。しかるに、被告が、本件就業規程の改定に当たって、個
別、具体的事情を考慮して安全性について十分検討したことや、安全性に関する事
後的検討に基づいて適切な措置を執ったことを認めるに足りる証拠はなく、また、
運航乗務員自身の判断による安全性の担保がないことからすれば、二回目の運航の
終了間際に必要最小限のセーフティ・マージン(安全の余裕度)が確保されている
ことの証明はないことに帰する。この勤務基準の下で当然のことのようにこのよう
な乗務が反復、継続されていき、さらに、名古屋とマニラ間の日帰り乗務が二日間
連続して行われた実例が示しているように、二日間にわたってこのような乗務が繰
り返されることが例外ではなくなると、航空機の航行の安全を損なうおそれがあ
る。このことは、改定後の本件就業規程の当該規定の勤務基準としての内容自体の
合理性に疑義があることにほかならない。
 したがって、改定後の本件就業規程中、シングル編成による予定着陸回数が二回
の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の
合理性を肯定することはできない。
 この点に関する勤務基準については、一八、7において述べたことと同様であ
り、各契約当事者の合理的意思として、暫定的に従前の勤務基準を存続させる
意思であると解するのが相当であるから、シングル編成による予定着陸回数が二回
の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する勤務基準は、連続
する二四時間中、乗務時間八時間三〇分、勤務時間一三時間の各制限を超えてはな
らないというものであると解するのが相当である。
二二 本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の
場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の内容自体の合
理性(請求一3及び同一4)
1 科学的、専門技術的見地から見た本件就業規程の当該規定の内容自体の合理性
 二一、1で述べたとおり、科学的、専門技術的見地からすれば、休憩なしで長距
離運航に運航乗務員を従事させる場合の連続乗務時間は、通常の予定乗務時間とし
ては、セーフティ・マージン(安全の余裕度)を確実に見込むならば九時間、控え
目に絞り込むとしても一〇時間を超えて予定しないことが相当であり、勤務時間と
しては一二時間から一三時間を超えて予定しないことが相当である。ルフトハンザ
航空が予定着陸回数が二回以上の場合に一五分から二時間の幅で予定最大勤務時間
を逓減していることに照らし、各回の着陸による負荷の増大を考慮し、通常の予定
乗務時間としては三回着陸の場合で七時間三〇分程度、四回着陸の場合で六時間程
度を限度とすることが望ましいと考えられる。このガイドラインに照らすと、本件
就業規程がシングル編成による予定着陸回数が三回の場合の乗務時間制限を従前か
ら七時間三〇分とし、予定着陸回数が四回の場合の乗務時間制限を従前から六時間
としていることには問題はなく、予定着陸回数が三回の場合の勤務時間制限を従前
から一二時間とし、また、予定着陸回数が四回の場合の勤務時間制限を一〇時間か
ら一一時間へ変更した点についても、セーフティ・マージン(安全の余裕度)の点
では格別問題はないように思われる。
2 諸外国の規制、他の航空会社(外国のものを含む。)の場合との比較
 諸外国におけるシングル編成の最大勤務時間の制限及び他の航空会社(外国のも
のを含む。)の場合との比較は、二一、2(一)及び(二)で述べたとおりであ
る。
 改定後の本件就業規程のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回
の場合の予定勤務時間一二時間(この点は変更がない。)及び一一時間は、諸外国
の基準及び他の航空会社のそれと比較して特に突出して
いない。
3 過去の運航実績、事故事例に照らしての検討
(一) 該当する運航のパターンとして次のようなものがある。
(1) 羽田→広島→羽田及び羽田→函館→羽田という二区間の乗務を一日で行う
パターン
    乗務時間合計五時間一五分、勤務時間合計一〇時間二五分
(2) 羽田→秋田→羽田の二往復の乗務を一日で行うパターン(過去三回あっ
た。)
    乗務時間合計各約三時間二〇分、勤務時間合計一〇時間二七分、一〇時間
四〇分、一〇時間四三分
(3) 福岡→ソウル→広島→ソウル→福岡の乗務を一日で行うパターン
(4) 羽田→伊丹→札幌→伊丹→羽田の乗務を一日で行うパターン
(5) 福岡→ソウル→小松→ソウル→福岡の乗務を一日で行うパターン
(二) 甲第三五八号証(二五頁から二七頁まで)、第四一二号証(二頁)及び第
五一〇号証(一頁)によれば、四回着陸の勤務が相当に過酷なものであることがう
かがわれるが、これらによっても、航空機の航行の安全が損なわれるほどのものと
まで認めるに足りない。
(三) 過去の事故事例で、シングル編成による二名編成機又は三名編成機での予
定着陸回数が三回の場合につき勤務時間が一二時間以上、及び四回の場合につき勤
務時間が一一時間以上であったことが事故原因とされているものはない(もっと
も、米国での事故事例で参考になるものとして、四日間のパターンの乗務を行うべ
く一日目の深夜に離陸して同日二回着陸を行い、一一時間の休養時間後、翌日深夜
に離陸して三回着陸を行い、更に離陸したが、四回目の着陸を行うべく滑走路に進
入中、滑走路の手前の地点で墜落したという事故がある(グアンタナモ湾事故)。
事故までの三名の勤務時間は一八時間、飛行時間は合計約九時間であった。本件就
業規程の乗務時間制限及び勤務時間制限は前記のとおりであるから、この事故の場
合とは異なる。)。このように特段事故が発生していないことは、本件就業規程の
予定着陸回数が三回又は四回の場合についての乗務時間制限及び勤務時間制限の安
全性を認める方向に働く間接事実としての意義を有する。
4 以上によれば、次のとおりである。まず、本件就業規程がシングル編成による
予定着陸回数が三回の場合の乗務時間制限を従前から七時間三〇分とし、予定着陸
回数が四回の場合の乗務時間制限を従前から六時間としていることには問題はな
く、予定着陸回数が三回の場合の勤務時間制限を従前から
一二時間とし、また、予定着陸回数が四回の場合の勤務時間制限を一〇時間から一
一時間へ変更した点についても、セーフティ・マージン(安全の余裕度)の点では
格別問題はないように思われ、諸外国の基準及び他の航空会社のそれと比較しても
特に突出していない。また、過去の事故事例で、この点で問題になるようなものは
見当たらない。前記のとおり、四回着陸の勤務が相当に過酷なものであることがう
かがわれ、航空機の航行の安全の観点からすると、運航の間の休養時間の設定の仕
方に検討を要するように思われるが、労働条件の基準自体で、予定着陸回数が三回
又は四回の場合につき、運航の間の具体的な休養時間を定めて規制している諸外国
の基準や他の航空会社の基準等は、本件の証拠上明らかではなく、どの程度の頻
度・時間の休養時間を定めるのが相当かの基準が明らかでないため、被告の運航ス
ケジュールでどの点に不相当な点があるかを押さえることができない。そうする
と、予定着陸回数が三回又は四回の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限を定める
本件就業規程の当該規定が不合理であるとはいえない。したがって、本件就業規程
改定によるシングル編成による予定着陸回数が三回又は四回の場合の運航について
の乗務時間制限及び勤務時間制限は就業規則の不利益変更の問題としてその合理性
を検討すべきである。この点の検討は後に行う。
二三 本件就業規程中のマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限
に関する規定の内容自体の合理性(請求一6)
 科学的、専門技術的見地から見てマルティプル編成の場合の乗務時間を一五時間
に制限する規定が相当であることを認めるに足りる直接の証拠はない。しかし、諸
外国の基準及び他の航空会社と比較して被告の勤務基準が特に突出していることを
認めるに足りる証拠はない。運航実績及び過去の事故事例から見ても、特に問題は
認められない。
 したがって、本件就業規程改定によるマルティプル編成の場合の乗務時間制限及
び勤務時間制限についての乗務時間制限及び勤務時間制限は就業規則の不利益変更
の問題としてその合理性を検討すべきである。この点の検討は後に行う。
二四 本件就業規程中の勤務完遂の原則に関する規定の内容自体の合理性(請求
二)
 本件就業規程一二条一項は、「乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務は、開始後
完遂することを原則とする。但し、他の乗員と協議し、運航状況、
乗員の疲労度その他の状況を考慮して運航の安全に支障があると機長が判断した時
は中断しなければならない。」と規定している。この規定の意味は、離陸した航空
機は着陸させなければならないといった当然のことを規定することにあるのではな
く、予定された乗務開始後その終了前に、天候、空港、機材の異変等の様々な事情
により乗務時間制限又は勤務時間制限を超える事態が発生した場合において、専ら
航空機の運航の観点からだけであれば当該運航乗務員がそれ以上の運航を中止する
ことが可能なときであっても、予定された勤務を完遂するために必要な運航業務
(例えばダイバート)を更に続行しなければならないことが原則であることを明ら
かにするとともに、その例外として勤務を中断する場合の要件を定めていることに
あるものと解するのが相当である。
1 事故事例に照らしての科学的、専門技術的見地からの検討
 前記のとおり、米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、アメリカン・インター
ナショナル・エアウェイ(AIA)航空グアンタナモ湾事故に関し、運航乗務員の
スケジューリングは疲労と能力低下の要因であったと判断し、次のように指摘して
いる。一般に個人が自分の疲労状態を正確に認識することは難しく、多くの場合、
大して疲れていないと判断する傾向が強い。競争が激化している中で、極度に疲れ
た運航乗務員自身が、自己評価と自己申告により、会社の圧力に抗して更なる乗務
を指示しないように求めることを期待し、これによって安全メカニズムが機能する
ことを期待するのは現実的でない。競争圧力が高まると、航空会社が運航乗務員の
生産性を高め、会社の利益を最大にするために連邦航空規則の乗務時間制限の基準
一杯で運航することがあり得る。会社自身がポリシーを変更することも、個々の運
航乗務員が疲労の限界を考慮するのに今より積極的になることもあり得ないと判断
されるので、疲労に起因する事故の再発を防止するには法規を改正する必要があ
る。米国国家運輸安全委員会(NTSB)は、以上のように指摘している。
 本件就業規程は、乗務割上の一連統の乗務に係わる勤務を開始後完遂することを
原則とする旨明記する一方で、その例外として、機長が運航の安全に支障があると
判断した場合に中断しなければならないこととしているが、原則を明確に定めつ
つ、例外については、何も明確な基準を定めず、既に乗務時間制限、勤務時間制限
を超過し、疲労が蓄積している状態の中で、機長に、運航状況、乗員の疲労度その
他の状況を考慮して運航の安全に支障があるか否かの判断をすることを求める内容
となっており、米国国家運輸安全委員会(NTSB)の右の指摘に照らすと、航空
機の航行の安全を確保する安全弁の設定方法としては相当ではないといわざるを得
ない。
2 他の航空会社の基準との比較
 甲第三三四号証の四(一五頁、五二頁、五五頁)、第三四〇号証の一(九頁)、
乙第一〇四号証の三(二四頁)によれば、次の事実を認めることができる。
 ユナイテッド航空においては、一時間三〇分を限度としてパイロットの同意なし
に延長を命ずることができ、パイロットが同意した場合でも合計勤務時間一四時間
三〇分を超えて延長することはできないことを原則としているが、太平洋路線及び
大西洋路線ではこの合計勤務時間による制限はない。
 英国航空においては、機長が安全な運航を保障できる場合、勤務時間制限を超え
て勤務時間を延長してよいが、緊急の場合を除き、通常の勤務時間制限を超えて延
長できるのは最大限三時間までとされている。
 ルフトハンザ航空においては、勤務協定ではすべて機長の判断にゆだねられてい
るが、法により延長は二時間までと定められているので、この制約を受ける。
3 現場の実情
 甲第三一六号証(五頁から六頁まで)、第三二七号証(一八頁から一九頁まで)
及び原告P9本人尋問の結果(平成九年一二月一八日付けの本人調書一二一項から
一四四項まで)によれば、機長の声として、あるいは副操縦士から見て、本件就業
規程の定める勤務完遂の原則の下では、機長が乗務を中断する決断をすることが困
難な立場に置かれていることが指摘されている。
4 本件就業規程の勤務完遂の原則を定める前記規定は、極限的な状況もあり得る
中で、何ら明確な基準を定めることなく、乗務を中断する決断をすることが困難な
立場に置かれている機長に航空機の航行の安全をゆだねているものであるから、事
故事例に照らしての科学的、専門技術的見地からの検討によっても、他の航空会社
の基準と比較しても、相当なものではなく、航空機の航行の安全を損なう危険のあ
る規定であり、内容自体の合理性がないといわざるを得ない。
5 よって、機長が他の乗員と協議し、運航状況、乗員の疲労度その他の状況を考
慮して運航の安全に支障があると判断した場合でない限り、運航乗務員が、
乗務割上の一連続の乗務に係わる勤務を開始後これを完遂しなければならない義務
の不存在確認を求める原告ら(確認の利益を有する原告らに限る。)の請求は理由
がある。
 原告らは、さらに、乗務割の一連続の乗務の実施中、機長が他の乗員と協議の上
決定した場合を除き、着陸回数、乗務時間及び勤務時間についての各制限を超えて
乗務(勤務)する義務のないことの確認を求めているが、その内容は、右のとおり
認容した義務の不存在確認のほかは、着陸回数、乗務時間及び勤務時間についての
各制限を超えて乗務(勤務)する義務のないことに尽きるのであり、これらは原告
らが別に請求している内容と重複するものであるから、重ねて確認を請求すること
は不適法である。
二五 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間制限を定める規定の内容自体の合
理性(請求三)
1 科学的、専門技術的見地からの検討
 月間及び年間の乗務時間制限は、従来は勤務協定によりそれぞれ八〇時間及び八
四〇時間であったが、本件就業規程改定によりそれぞれ八五時間及び九〇〇時間に
延長された。しかし、右のとおり改定された本件就業規程の月間及び年間の乗務時
間制限の規定が、科学的、専門技術的見地から見て相当であることを認めるに足り
る証拠はない(この点の証拠自体が存しない。)。
2 諸外国の基準及び他の航空会社との比較
(一) 乙第一〇八号証によれば、諸外国の月間及び年間の乗務時間制限に関する
基準は、次のとおりであることが認められる。
   (月間乗務時間) (年間乗務時間)
 米国  一〇〇時間   一〇〇〇時間
 英国  一〇〇時間    九〇〇時間
 ドイツ         一〇〇〇時間
 (勤務時間制限は月間二一〇時間及び年間一八〇〇時間)
(二) 甲第七一号証、第七九号証の一によれば、ノースウェスト航空、ユナイテ
ッド航空、英国航空及びカンタス航空では、シミュレーター勤務時間、地上勤務時
間、離基地時間等を乗務時間に換算する乗務時間換算制(credited ho
ur system)が採られていること、他方、ルフトハンザ航空、エールフラ
ンス(フランス国営航空)及びシンガポール航空ではこのような制度が採られてい
ないこと、以上の事実を認めることができる。
(三) 被告は乗務時間換算制を採用していないから、この制度を採用している航
空会社と比較すれば、被告の月間及び年間の乗務時間制限が緩やかであるこ
とは否定できないが、右に述べたように、被告同様、乗務時間換算制を採用してい
ない航空会社もあるから、そのことをも勘案すると、被告の月間及び年間の乗務時
間制限の基準が特に突出しているということはできない。
3 運航実績及び過去の事故事例から見た検討
 甲第五四六号証によれば、原告P15が、平成九年五月に、副操縦士として、成
田とロンドンの往復乗務、成田とアトランタの往復乗務、成田からロサンゼルスま
で及びロサンゼルスから関西空港までの各乗務、関西空港から羽田までのデッドヘ
ッド、成田からシカゴまでの乗務にそれぞれ就き、同月の乗務時間は八三時間七分
となったこと、原告P15は月末には疲労がかなりたまり、万全とはいえない体調
で乗務したこと、シカゴでは夜十分睡眠が取れず、昼間も眠気が残ったこと、帰国
後の休日はひたすら身体を休め、次の乗務に備えることで精一杯であったこと、以
上の事実が認められる。しかしながら、右認定事実に基づいて本件就業規程中の月
間及び年間の乗務時間制限の規定が航空機の航行の安全を損なうものとまでいうこ
とはできず、他に過去の運航実績上これを認めるに足りる証拠はないし、過去の事
故事例から見ても特に問題は認められない。
4 したがって、本件就業規程改定による月間及び年間の乗務時間制限は就業規則
の不利益変更の問題としてその合理性を検討すべきである。この点の検討は後に行
う。
二六 本件就業規程中の国内線連続乗務日数最長五日を定める規定の内容自体の合
理性(請求六)
1 科学的、専門技術的見地からの検討
 国内線連続乗務日数は、従来は勤務協定により最長三日とされていたが、本件就
業規程改定により最長五日に延長された。右のように改定された本件就業規程の定
める国内線連続乗務日数が、科学的、専門技術的見地から見て相当であることを認
めるに足りる証拠はない(この点の証拠自体がない)。
2 他の航空会社との比較
 甲第三五八号証(三〇頁)によれば、全日空及び日本エアシステムでは国内線連
続乗務日数が最長四日と定められ、その日数には待機(スタンバイ)が含められて
いることが認められる。それらと比較すると、本件就業規程の定める国内線連続乗
務日数最長五日は長いものとなっている。
3 運航実績及び過去の事故事例から見た検討
 甲第三二一号証及び第三七九号証(三頁から四頁まで)によれば、国内線連続乗
務日数最長五日という類型には当
てはまらないが、国際線を含め、四日間の連続乗務ないし五日間に近い連続乗務を
経験した運航乗務員は、四日目以降になると疲労が蓄積し、四日目の乗務では航空
交通管制(ATC)との交信を間違えたり、小さいミスをしたりする度合いが増
え、五日目の乗務で進入時から着陸にかけて注意力の欠如を感じたりしたことが認
められる。米国での事故事例では、四日間のパターンの乗務を行うべく一日目の深
夜に離陸して同日二回着陸を行い、一一時間の休養時間後、翌日深夜に離陸して三
回着陸を行い、更に離陸したが、四回目の着陸を行うべく滑走路に進入中、滑走路
の手前の地点で墜落したという事故がある(グアンタナモ湾事故)。事故までの三
名の勤務時間は一八時間、飛行時間は合計約九時間であった。この事故は直接の先
例にはならないが、一連続の乗務にかかわる勤務の実態と連続乗務日数とが複合的
な事故原因となることを示している。
4 本件就業規程中の国内線連続乗務日数最長五日を定める規定の内容自体の合理

 国内線連続乗務日数を定める勤務基準の内容自体の合理性を判断するに当たって
は、一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間制限及び勤務時間制限並びに着
陸回数の規制と総合的に考察することが相当である。
 被告の国内線連続乗務日数最長五日は、国内の他の航空会社と比較して長い上、
本件就業規程は、連続乗務日数が五日の場合において、特に四日目及び五日目の一
連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間制限及び勤務時間制限を強化したり、
着陸回数を更に限定する等の特則を定めたり、休養時間の加算をする等の措置を全
く執っていないから、合理的制約のないまま、連続乗務日数最長五日と一連続の乗
務にかかわる勤務における乗務時間及び勤務時間の上限に近い線で乗務させる運航
スケジュールとが組み合わされる危険がないとはいえない。被告は、本件就業規程
改定後、国際線を含め、四日間ないし五日間の連続乗務を現に命ずるようになって
いるから、今後右のような組み合わせでの運航スケジュールで運用される可能性を
否定できず、また、勤務基準の内容自体の合理性の問題であるから、被告が現時点
でその制限枠の上限まで運用していないことによって合理性が備わるわけではな
い。
 被告が本件就業規程を改定して連続乗務日数を最長五日に延長するに当たって、
一連続の乗務にかかわる勤務における乗務時間制限及び勤務時間制限並び
に着陸回数の規制との関係を含めて航空機の航行の安全に支障が生じないようにす
ることを具体的に検討したことを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、本件就業規程中の国内線連続乗務日数最長五日を定める規定は、運
用次第では航空機の航行の安全を損なうおそれがあり、内容自体の合理性を欠くと
いわざるを得ない。
 この点に関する勤務基準については、一八、7において述べたことと同様であ
り、各契約当事者の合理的意思として、暫定的に従前の勤務基準を存続させる意思
であると解するのが相当であるから、国内線連続乗務日数に関する勤務基準は、最
長三日であると解するのが相当である。
5 よって、国内線連続乗務日数三日を超えて乗務する義務の不存在確認を求める
原告ら(確認の利益を有する原告らに限る。)の請求は理由がある。
二七 本件就業規程変更の必要性
1 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(当事者間に
争いのない事実を含む。)。
(一) 被告の経営状況について
(1) 経常損益の推移(甲一二五、甲一四六の二、甲二一四、甲五五四ないし甲
五五七、乙一二ないし乙一六、乙一八、乙一九、乙三六、乙一一七、証人P71)
 被告の昭和五九年度以降平成四年度までの経常損益の推移は次のとおりであった
(△は損失を示す。)。
 昭和五九年度   二二○億円
 昭和六〇年度  △ 一六億円
 昭和六一年度    三六億円
 昭和六二年度   三二四億円
 昭和六三年度   四三六億円
 平成元年度    五二七億円
 平成二年度    二四八億円
 平成三年度   △ 六〇億円
 平成四年度   △五三八億円
 平成五年度   △二六一億円
 平成六年度     二八億円
 平成七年度     四三億円
 平成八年度   △一六九億円
 平成九年度     七六億円
 平成一〇年度   三二五億円
 右のとおり、被告の業績は、昭和五九年以降平成二年ころまで、好調な経済の情
勢下で、飛躍的に需要が伸びたことや原油価格が下落したことにより順調に推移し
てきており、第一次オイルショックによる燃油の高騰により営業費用が増加した影
響を受けた昭和四九年度、昭和五〇年度にそれぞれ二六六億円、九八億円、羽田沖
事故のあった昭和五七年度に二七一億円、御巣鷹山事故のあった昭和六〇年度に一
六億円(ただし、営業利益は一九二億円の黒字)のそれぞれ経常損失を計上したこ
とがあるほかは
、平成三年度に経常損失を計上するまで経常利益を上げてきている。当時は、政府
機関をはじめ各種の経済研究機関は平成元年以降も我が国のGNPについて、三な
いし五パーセント内外の伸びを想定しており、被告も年間六パーセントの事業規模
の拡大を計画していた。ところが、平成三年ころ、旧ソ連邦の崩壊や東欧諸国の政
治的経済的混迷を迎える中で世界経済は低迷を深め、日本においても、個人消費と
民間設備投資の減退は景気後退の度を強め、バブル経済の崩壊をもたらすこととな
った。こうした経済情勢は航空需要に多大な影響を及ぼし、その結果、被告は、そ
れまでと一転して平成三年度から五年度にかけて三期連続で経常損失を計上するこ
とになり、営業損益に関しても、それぞれ一二九億円、四八一億円、二九三億円の
営業損失を計上し、特に、平成四年度は、営業損失四八一億円、経常損失五三八億
円と、被告の創業以来最も巨額の赤字となった。また、過去に被告が経常損失を計
上した際は売上高は若干なりとも増加していたのが、平成三年度から平成五年度に
かけて、売上高も、それぞれ前期比〇・四パーセント、七・二パーセント、五・〇
パーセント減少した。
(2) 営業収入の状況(乙一二、乙一四、乙二〇、乙二一、乙三七、証人P7
1)
 右の世界経済の低迷が世界の航空需要に与えた影響は大きく、特に国際線におけ
る状況は、世界的に深刻であり、平成三年度の有償旅客キロ(PPK)は第二次大
戦後初めて対前年度比マイナス三・七パーセントを記録し、世界の主要国際線航空
会社の多くは赤字になった。
 一方、被告においては、国際線総需要が四パーセントの増加を示し、被告も経常
利益を計上していた平成二年度、既に有償旅客キロ(PPK)が三・五パーセント
低下しており、日本発着国際線の供給シェアも昭和六一年度に三二・一パーセント
であったのが、平成元年度には二六・四パーセント、平成二年度には二四パーセン
トに低落していた。しかも、被告の売上げの内訳は、国際線の旅客収入・貨物収入
が営業収入の全体の六五パーセントを占め、国内線が二五パーセント、手荷物収
入・郵便収入・付帯事業収入等が残りの一〇パーセントと、国際線収入の割合が極
めて高かったことから、世界の経済情勢、日本のバブル崩壊の影響を受け、国際線
ビジネス旅客と日本発着貨物の需要が大幅に落ち込んだ。そのため、被告の国際線
収入は、昭和五五年以降、順調に
増加し、昭和六三年度、平成元年度では対前年度比一〇パーセント前後の増加とな
っていたのが、平成二年度には二・七パーセントの増加にとどまり、平成三年度に
前年度比マイナス三・二パーセントに転じて以降平成四年度対前年度比一一・〇パ
ーセント、平成五年度七・一パーセントとマイナス比が続くことになった。
(3) イールドの推移(乙二二ないし乙二四、証人P71)
 ただ、右のとおり被告の営業収入は落ち込んでいるものの、旅客数全体でみる
と、必ずしも減少し続けているわけではなく、営業収入水準が最も高かった平成二
年度の旅客数と比較すると、平成五年度一〇八パーセント、平成六年度一二〇パー
セントと増加している。そこで、収入を有償キロ(PPK)若しくは有償トンキロ
(RTK、有償の搭載物(旅客、貨物等)の重量に大圏距離を乗じたもの)で除し
たイールド(単位当たり収入、旅客一人ないし貨物一トンを一キロメートル輸送し
た場合の収入)の推移を、被告の国際線についてみると、昭和六一年以降平成二年
までは上昇を続けているが、同年をピークに以降急激に下降し、平成六年度には平
成二年度に比較してマイナス二八パーセントになっている。右数字は、旅客数の増
減がなかったと仮定した場合、平成六年度の売上高が平成二年度の二八パーセント
減となることを意味する。
 このようなイールド低下の原因は、バブル経済の崩壊以降、消費者の低価格志向
が定着してきたこと、ファーストクラス、ビジネスクラス等高額商品の需要が減少
したこと、価格競争の激化にあった。
 平成三年以降、世界経済の低迷により航空需要が低迷し、空席を抱えることにな
った各航空会社は、価格政策を大きく転換させ、低価格を前面に押し出して需要の
喚起とシェアの維持を図った。特に外国航空会社は、当時進行していた円高によっ
て一層の価格値下げ余力を獲得し、市場で激しい価格攻勢を続けた結果、市場では
海外旅行の低価格化が定着し、需要の減退とともに一人当たりの運賃単価も低下す
ることになった。また、各企業は、景気回復が遅れる中で、出張、渡航費用を大幅
に削減したため、運賃単価の高額なファーストクラスやビジネスクラスの旅客は大
幅に減少した。それを昭和六一年度と比較すると、平成三年度は若干下回る程度で
あったのが、平成四年度は約六割、平成五年度は五割以下となっている。例えば、
平成四年度の成田=ロンドン往復航空券で比較す
ると、ファーストクラスが約一三〇万円、ビジネスクラスが約七〇万円、エコノミ
ークラスは季節に応じて一〇万円ないし三〇万円であり、エコノミークラスの最も
安い時期で比較すると、ファーストクラスの運賃は、エコノミークラスの一〇倍以
上になり、ビジネスクラスもエコノミークラスの七倍となるのであって、高額商品
の需要の減少は、営業収入の減少に大きな影響をもたらす。
 なお、このようなイールドの低下は、一過性のものとは考えられなかった。航空
運送は、従来高い運賃である特定のお客が利用するものと認識されていたのが、現
在では完全に日常の交通手段であるとの認識が定着し、その結果、一般的な消費行
動の中で航空運送も低価格が求められるようになってきたからである。
(4) コスト競争力(甲五一、甲五二、甲五三の一、二、甲一四二、甲一四三、
乙二五ないし乙二九、乙三四、乙四六、乙五〇、乙七七、乙七九、乙八〇の一、証
人P71、証人P73)
 被告における営業費用の内訳及びその推移を見てみると、昭和六〇年ころまでは
半分以下であった固定費(機材費、人件費、不動産賃借料、広告宣伝費等)が平成
二年になると逆転し、変動費(燃油費、販売手数料、整備費等)が四三パーセント
で、固定費が五七パーセントを占めるに至り、昭和六〇年以降固定費は、生産量の
伸びを上回って拡大してきている。営業費用のうち、変動費は生産量に応じて拡大
するが、固定費は生産量と関連するものの、生産量に応じて増加するというのでは
なく、それよりも落ち着いた増勢を示し、その結果、生産量一単位当たりのコスト
は低減するものである。ところが、被告においては、八〇年代後半以降、固定費の
伸びが生産量(ATK、有効トンキロ、許容搭載重量×距離)の伸びを上回ってき
ている。それは、変動費の中で燃油費の占める割合が大幅に低下したのに対し、固
定費の中の機材費、人件費の割合が高くなってきたためである。昭和六〇年から平
成三年にかけての五年間に機材費は一・八六倍になっており、機材費には運航委託
費も含まれるが、機材費が増加した主たる原因は航空機の購入であった。しかし、
機材費の伸びは、当時、全日空や日本エアシステムも同様であり、それぞれ一・九
七倍、一・九八倍と高い伸びを示していた。とはいえ、固定費の増加の結果、損益
分岐利用率(ブレークイーブン、収支均衡となるのに必要な利用率であり、単位当
たり収入が
低いほど、単位当たりコストが高いほど、ブレークイーブンは高くなる。)は、昭
和六二年度以降六五パーセントを超え、平成四年度には六八パーセントに近い値に
なった。一方、利用率(ロードファクター、全体の生産量のうち、実際に売れた量
を示す指標)はバブル経済の影響による強い需要に支えられ、平成二年ころまで七
〇パーセント前後の高い値であったが、それもバブル経済の崩壊とともに低下し、
平成四年度には六五パーセントを下回った。
 また、被告と外国他社との単位当たりコスト(費用を有効座席キロ若しくは有効
トンキロで除したもの、有効座席一席若しくは許容搭載重量一トンを一キロ輸送し
た場合にかかる費用)を比較すると、平成二年度以降、被告の円建て単位当たりコ
ストは、平成三年度二三円、平成四年度二〇・三円、平成五年度一九・三円と低下
したものの、急速な円高によりドル建て単位当たりコストは上昇し、米国他社の自
国通貨建てコストが上昇しているにもかかわらず、ドル建てで被告のコストと比較
すると、平成四年ころ、被告のコストは外国他社より二ないし三割高くなった。
 被告の固定費に占める人件費の割合は、平成二年度で二六パーセントと固定費の
中で最も高率になっている。そして、平成三年度から平成五年度にかけての被告の
運航乗務員生産量単位当たりの人件費(運航乗務員総人件費/有効トンキロ)を外
国他社と比較すると、ルフトハンザに次いで被告が高く、平成三年度及び平成四年
度の運航乗務員一人当たり人件費(運航乗務員総人件費/運航乗務員数)を外国他
社と比較すると、平成三年度はルフトハンザ、キャセイパシフィックに次いで被告
が高く、平成四年度はキャセイパシフィックに次いで被告が高かった。しかも、被
告は、外国他社がほとんど行っていない運航委託を行っているため、本来は人件費
となるものがサービス委託費として処理されている関係から、実質的な人件費率及
び有効トンキロ(ATK)当たりの人件費、運航乗務員一人当たりの人件費はいず
れも更に高くなる。例えば、人件費率について、運航委託費を含めて、米国四航空
会社(平均)の国際線で比較すると、米国四航空会社二七パーセントに対し、被告
三三パーセントとなり、外国他社と比較して被告の人件費率が必ずしも低いという
ことはできない。また、このように一人当たりの人件費が高騰したのは、人件費は
自国通貨建ての割合が多いため、被告にお
いては円高の影響を強く受けたことも一因であり、被告の賃金水準を国内他社と比
較すると、運航乗務員についての基本賃金モデルで、すべての年齢において被告よ
りも全日空の方が高くなっており、乗務手当も全日空、日本エアシステムの方が高
くなっている。
 ところで、被告においては、その運航乗務員の総数は、平成四年度末で二四八〇
名で、二〇年前の約一・五倍に相当する一方、この間の総生産量(有効トンキロ)
は約三・七倍に拡大しており、運航乗務員の一人当たりの物的生産性は約二・五倍
に向上した。平成五年度の実績で、一人当たりの生産量について外国他社と比較す
ると、上位に位置している。この物的生産性の向上は、主としてジャンボ機保有比
率の拡大と国際路線の長大化に伴う一回当たりの飛行距離の伸び、さらには昭和六
〇年以降の大型機の積極的導入によってもたらされたものである。すなわち、ジャ
ンボ機保有比率の拡大と長大路線の増加は乗員一人当たりの生産量を引き上げ、B
七四七-四〇〇やMD一一等二名編成の機材の登場はこれに拍車をかけ、乗組員の
数を変えないで、あるいはむしろこれを減らしつつ船体を巨大化させて一回当たり
の積荷を増加させ、かつ長距離を往復する航路が増加した結果であったが、そのよ
うな大型化も限界状況にきていた。
(5) 営業外収支(乙一八、乙三四、証人P71)
 航空運送事業は、航空機の購入をはじめ巨額の設備費を必要とし、その借入金に
対する支払金利が巨額の営業外損失となるという構造的体質を持っている。被告
は、平成元年度まで毎年二〇〇億円台の巨額の営業外損失を計上しているが、その
大部分は金融収支の損失であり、航空機の売却等で営業外収益を計上できる場合に
その赤字幅が小さくなったり、黒字に転化したりしてきた。平成二年度、平成三年
度は、受取利息及び配当金が三四五億円、三〇一億円と膨れ上がっていたため、営
業外損失も小幅の赤字ないし黒字になっていたが、平成四年度以降受取利息及び配
当金が半減する一方、支払利息は四〇〇億円台から四〇七億円台と急増し、金融収
支は二六〇億円台から三五〇億円台の赤字となった。もっとも、平成四年度には所
有株式の売却等により三四三億円の営業外収益、平成五年度には二六六億円の航空
機材売却益をそれぞれ計上したため、営業外損益は五七億円の赤字ないし三一億円
の黒字となった。
(6) 営業外収支と航空機材等の設備投資(
甲二八、甲二九、甲三三、甲一五四、甲一五五、甲二〇五、甲二〇八、甲二〇九、
甲二一四、甲二一九、甲五七六、乙七、乙三四、乙三五、乙三六、乙三七、乙八
一、乙八三、証人P71)
 被告は、生産性の向上のためには適切な事業規模の拡大が必要であるとの判断か
ら、平成三年度、経営方針として供給の拡大を目指し、大量の航空機材を購入し、
外国人乗務員を導入し、他社への運航委託を次々と行った。こうした拡大基調は、
バブル経済崩壊後の平成六年度直前まで続けられた(ただし、昭和六〇年度から平
成二年度の機材費の伸びについてみると、被告が一・八六倍であるのに対し、全日
空、日本エアシステムはそれぞれ一・九七倍、一・九八倍であり、被告は、旅客便
総生産(ASK)の伸びにしても他の二社に劣っている。)。
 被告が特に平成三年度に事業規模の拡大が必要と判断した理由は、まず、当時の
景気低迷について、政府機関をはじめとする各種の経済研究機関と同様、深刻な事
態に至ることを予想しておらず、一、二年で回復に向かうものとの見通しを持って
いたこと、また、アジア地区を中心として人・物の流れは拡大傾向にあり、中長期
的に見た日本の海外渡航需要は順調であろうと見られていたにもかかわらず、日本
発着の国際線旅客に対する被告の供給力は他社に比較し、相対的に弱体化していた
ことである。被告は、シェアが大きければ販売力、価格支配力が強くなること等か
ら、成長している市場においては、シェアを維持することは重要な経営政策である
と考えていた。さらに、航空事業では、路線・便数等の行政の認可を得なければ生
産量の拡大はできないが、航空機・運航乗務員の手当てにはかなりの年月が必要で
あり、権益配分の際に適切に対応できる体制ができていなければ他社に権益を確保
されてしまうという事情があるところ、当時三大プロジェクトという大きなビジネ
スチャンスが到来しつつある状況にあったことから、被告は、これに適切に対応し
て将来の発展につなげなければならないと考えていた。
 具体的には、平成四年から平成八年の五年間の年平均投資額は三三〇〇億円、投
資総額一兆六〇〇〇億円に上る。その内訳は、航空機二五〇〇億円、地上設備及び
その他設備七〇〇億円であり、被告グループ内で五五機(B七四七-四〇〇型機四
○機、MD一一型機一〇機、B七七七型機五機)の機材購入が計画されたが、その
投資総額は、平成三年度
期末までの被告の資産が総額一兆五八〇二億円であるのに対し、この五年間の設備
投資はこれを上回るものであった(なお、後記のとおり、被告において、構造改革
施策以降投資額は毎年見直しが行われている。)。こうした設備投資は、被告の支
払金利の増加だけでなく、減価償却費の増加も招いた。
 また、被告は、大型機の相次ぐ導入によってその企業規模を拡大してきており、
旅客を対象とした航空機の営業機数では、平成二年以降大幅な増加はないものの、
大型化が進んだ結果、一機当たりの座席数が増加したため、総座席数は着実に増加
してきている。しかし、被告が導入した大型機の中で最も代表的な国際線長距離用
のB七四七-四〇〇型機の一機当たりの一日二四時間中の平均稼働時間をみると、
平成四年度のIATAのデータによれば、世界の主要航空会社中最低の七時間三三
分であり、最高のルフトハンザ航空の一五時間〇九分の半分以下という低稼働状況
にある。各社とも航空機の新規導入に当たっては、当初稼動が低い水準にある傾向
はあるものの、おおよそ二四時間中一三ないし一四時間の水準となっているが、被
告では導入当初の平成二年には六時間四七分、その後次第に上昇したものの平成六
年でも九時間三八分と最低の水準となっていて(なお、平成一一年は、一一時間に
伸びている。)、航空機材を有効に利用した座席提供がなされていない状況にあ
る。その原因は、被告の場合、B七四七-四〇〇型機を国内線に導入していたこと
にもあるが、座席利用率が低下していることとも一つの要因であった。被告の座席
キロと旅客人キロの推移をみると、大型機の導入により総座席数が増加するととも
に提供座席数が増加し、旅客人キロも増加しているが、座席利用率(旅客人キロ/
座席キロ)は、国際線、国内線ともに平成二年以降低下し、特に国内線について利
用率の低下が著しい。さらに座席一席当たりの旅客人キロは、特に平成二年七四・
二五パーセントであったのが、それ以降低下し、平成五年六七・五四パーセント、
平成六年六六・四〇パーセントとなった(なお、平成七年は六八・〇三パーセン
ト、平成八年は六八・九四パーセントとやや回復している。)。
(7) 特販費(甲三〇ないし甲三四、甲一五一、甲二〇六、甲二一四、乙七九、
乙八四)
 特販費とは、一定の販売額を達成した代理店に支払われる「販売報奨金」のこと
であり、実質的には券面額と実収入の差額
として生じるものである。会計上は、これを控除した上で売上げを計上することが
認められているため、その具体的な金額はどの帳簿にも記載されていない。したが
って、必ずしも全貌は明らかではないが、被告の公表及び乗員組合が公表された代
理店手数料率を用いて推計(平成六年度以降)したところによれば、次のとおりで
ある。
 昭和六一年度   六五一億円
 昭和六二年度  一〇〇七億円
 昭和六三年度  一七〇〇億円
 平成元年度   一七〇〇億円
 平成二年度   二二〇〇億円
 平成三年度   二三〇〇億円
 平成四年度   二三〇〇億円
 平成五年度   二五〇〇億円
 平成六年度   二一〇〇億円
 平成七年度   二五〇〇億円
 平成八年度   二九〇〇億円
 平成九年度   三一八八億円
 平成一〇年度  三二五〇億円
 右のとおり、特販費は、増加傾向にあり、被告の経常レベルでの赤字が最も大き
かった平成四年度についてみると、赤字額五三八億円は売上高の五・二パーセント
であるのに対し、特販費は二二・二パーセントとなっている。
 被告が特販費の投入を行うようになった目的は、もともとオフ期の販売促進が目
的であったが、円高メリットを利用して価格攻勢を強める外国他社への対抗策にも
なった。しかし、なお、この特販費の多寡が反映されるパック旅行の価格は被告を
利用する場合高額に設定されているほか、平成九年六月二一日付け「週間ダイヤモ
ンド」に掲載された旅行社一五二六社を対象としたアンケート結果によれば、被告
の料金に対する評価は、主要航空会社五四社中最低であった。また、同誌には、ヨ
ーロッパ路線についての販売報奨金の記載があるが、それによれば、日系エアライ
ンは片道正規料金四三万七四〇〇円に対し四万円、欧州系中堅エアラインでは一〇
万円を支払っている旨記載されている。
(8) 外国人乗務員の導入及び運航委託(甲三三、甲三五の二、甲一二六、甲一
二七の一、二、甲一二九、甲二〇八、甲二〇九、甲二一一、乙七、乙三六、乙六
五、証人P71)
 被告は、年度毎の具体的な事業計画とは別に毎年度末に翌年度から五か年度にわ
たる事業展望を策定しているが、平成二年度末、平成三年度末の五か年度の事業展
望は、各五年間の事業拡大規模を年度平均六パーセントとしていた。その根拠は、
政府機関や各種経済機関が平成三年度以降もGNPは三ないし五パーセントの成長
を続けることを予測
していたことをもとに、三大プロジェクトの進展による需要の拡大を想定すれば、
平成三年度から平成七年度までの間の総需要は各年国際線で九パーセント、国内線
で六パーセント拡大すると予測されたこと、一方、被告のイールドの伸びは将来期
待できないとの判断や円高、物価上昇を前提に収益率を維持するためには年五・五
パーセントの規模拡大が必要であったこと等である。しかし、事業規模を拡大する
には、機数と乗務員を増加させなければならないところ、乗務員の増加には相当の
期間を要するため、被告は、運行維持能力の補完として運航委託を採用することを
計画した。
 そして、被告が運航委託に投じた具体的な費用は以下のとおりであった。
 運航委託費   平成四年度  平成五年度
 エバーグリーン 一八五億円  一二〇億円
 カンタス航空   九九億円   九〇億円
 JUST     一一億円   二一億円
 JAZ      二八億円   二八億円
 (合計)    三二三億円  二五九億円
 しかし、平成三年度から平成八年度までの実際の事業規模の拡大は、景気低迷が
長期化したこともあり、実際には三ないし五パーセント程度にとどまった。
 また、被告は、右の運航委託のうち、平成六年三月二一日、エバーグリーン、カ
ンタス航空の運航委託を打ち切っている。
(9) ドル先物予約(甲三五の一、甲三八、甲三九の一、二、甲四三、甲九六、
甲一三二、甲五七六、甲一三三の一ないし三、甲一三四、甲一三五、甲二〇七、甲
二一四、甲五七九、証人P71)
 被告は、昭和六〇年八月から翌年三月にかけて最長一〇年にわたる長期の為替買
入予約を行った。被告が行った先物予約は一一年間で平均一ドル=一八四円で、合
計約三六億六〇〇〇万ドルとなっている。ところが、ドル相場は被告の行った予約
開始から約二か月後のプラザ合意を機に長期の円高に転じたため、結局は、為替差
損が発生した。各年度に発生した為替差損は以下のとおりであり、決済の終わった
平成六年度分も含め、確定した実損の総額は約一七六三億円、平成七年、八年度の
損失額の見込みも加えて、損失は二二〇〇億円に達する。
 予約年度 ドル予約額 レート 実勢レート 為替損益推計
 (百万ドル)(円)  (円) (億円、未満四捨五入)
 昭和六〇   三   一八四 二二一・六八  ///
   六一 二八七   一九五 一五九・八八  一〇一
   
六二 三二三   一九一 一三八・四五  一七〇
   六三 三三一   一九二 一二八・二七  二一一
 平成 元 三三一   一九二 一四二・八二  一六三
    二 三三二   一九一 一四一・五二  一六四
    三 三二六   一八六 一三三・三一  一七二
    四 三三一   一八六 一二四・七三  二〇三
    五 三九三   一八四 一〇七・七九  三〇〇
    六 三四七   一七九  九八・五九  二七九
    七 四八八   一七一 //////  四三九
                  (平成八年度見込み)
    八 一六八   一五五 //////
 被告が為替予約をしたのは、為替が変動相場制の下では、外貨取引の非常に多い
企業では常に為替リスクにさらされているため、為替の変動によって被りかねない
損失に備え、リスクヘッジのために一般的に為替予約を行っているところ、被告も
航空機の購入等により恒常的に大量のドルを必要としているので、リスクヘッジの
ためであった。そこで、被告は、将来必要とされるドル需要の三分の一については
為替予約を行った。将来必要とされるドル需要の三分の一について為替予約を行っ
たのは、為替相場が予約条件に照らし不利な方向に進んでもそれは三分の一に止ま
り、残り三分の二は逆に有利になるからである。しかし、一〇年間もの長期予約で
あることについては、監査役が「極めて危険」と警告していた。
 ところで、被告では、昭和五六年度にドル建て・マルク建てで長期為替予約を行
い、これにより五四億円の差益を得たことがあり、同年度は羽田沖事故による需要
減退があったため経常利益が二億円しかなかったにも関わらず、ドル建て・マルク
建て長期為替予約差益が五四億円生じたため、配当が可能となった。
 なお、昭和六一年度から為替予約したドルは、航空機購入の支払に充てられ、帳
簿上は差損が表面化せず、実損額も決算報告されていないが、円換算では一機当た
り他社より約八〇億円高い航空機を購入したことになっただけでなく、平成二年度
以降毎年約六〇億円程度減価償却費が増加することとなった。それを平成二年度に
ついてみると、固定費六一八三億円の一パーセント程度に相当する。
(10) P72証人による被告の経営状況に対する分析(甲二一四、甲二一八、
証人P72)
 P72証人は、被告の経営状況について、大
要次のように分析している。
 被告の平成四年度の経常損失について、運輸通信公益事業を営む資本金一〇〇〇
億円以上の法人に限っても、毎年三〇パーセント以上が損失を計上しており、長期
的な欠損法人は存続し得ないことになるため、企業は平均的には欠損、利益を繰り
返しながら成長していくものであると言え、このようにみると、長期的には、何ら
異常な事態という性格のものではない。
 また、資本利益率(一年間にわたって投下された資本額に対する利益あるいは損
失)で、平成四年度の被告の損益をみると、経常損失でマイナス三・二パーセン
ト、営業損失でマイナス二・八パーセントであり、経常損失では、昭和四九年度の
マイナス九・七パーセント、五七年度のマイナス四・三パーセントを下回り、営業
損失では、昭和四九年度のマイナス八・二パーセントを大幅に下回り、昭和五七年
度の一・三パーセントを若干上回る程度であるから、従来の被告の収益状況からみ
ると、平成四年度の損失は相対的に小さな水準である。
 大企業の公表利益は、一般的に会計制度によって実際よりも小さく計算されるも
のであり、企業の実態を認識するためには、「利益の費用化」、「資本の費用化」
による利益の縮小を考慮に入れて試算しなければならず、「利益の費用化」につい
ては、耐用年数を著しく短期間とすることで減価償却費を過大に計上していること
や現実離れした引当金(例えば、退職給与引当金は四〇パーセント程度計上してい
るが、従業員が一度にそれだけ退職すると、企業は成り立たない。)を計上してい
ること、「資本の費用化」については、資本準備金に充てられている株式プレミア
ム(株式の発行価額が額面額を超えた場合に生じるその差額)は実質的には利益で
あることなどを踏まえると、被告の場合、経常レベルでの実質的な資本利益率は、
平成四年度でマイナス一ないし二パーセントであり、昭和四九年度、昭和五七年度
のマイナス二ないし三パーセントをも下回っている。
 被告の赤字の原因として、例えば、昭和六〇年八月から翌年三月にかけて行われ
た為替予約による為替差損がなければ、収支はほぼ見合う状況であり、また、固定
費合計が一貫して上昇傾向にあるところ、人件費は大きな負担とはなっておらず
(固定費に占める人件費比率はほぼ二五パーセント前後で大きな変動はない。)、
減価償却費も航空機材のリース化や償却方法の変更によって縮小しているが
、航空機材賃借料の増加、支払利息を中心とする営業外費用の昭和六〇年以降の顕
著な増加、航空機の稼働率の低さ(B七四七-四〇〇について、主要航空会社中最
低である。)、座席利用率の低下(平成元年度には七四・二五パーセントだったの
が、平成五年度には六六・四〇パーセントとなっている。)などからして、旅客需
要を大幅に超えた、航空機材を中心とした設備の導入が主要因である。
 これを損益分岐点分析(企業の収益構造を分析するために、一般的に使用されて
おり、日本銀行の「主要企業経営分析」においても航空運輸業の大手二社につい
て、この分析を行っており、主要企業との比較分析に利用されている。損益分岐点
は、損益分岐利用率と異なり、経常損益レベルで企業の収支構造の分析を行う際に
使用される。)でみると、損益分岐点は、平成五年三月期一一〇・二パーセント、
平成六年三月期一〇五・二パーセントとなった。これは言い換えると、平成五年、
平成六年三月期では、実際の事業収入よりも、一〇・二パーセント、五・二パーセ
ントそれぞれ多くなければ、収益が均衡しない収益構造となった。
 さらに、被告の特販費について、不明朗であることを強く非難するとともに、平
成四年度の経常損失にしても、その額が特販費の二三・四パーセントに当たるか
ら、それが節約されれば、黒字に転換できたとする。
 そのほか、被告においては、内部留保(P72証人は、利益準備金、任意積立
金、当期未処分利益金、特定引当金、退職給与引当金、貸倒引当金、減価償却費、
資本準備金としている。)は、平成四年度前後も二〇パーセント以上の高い水準を
維持している。
 これらのことから、被告の低収益性は、企業経営に当たってはことさら異常な状
況ではなく、被告の内部留保は極めて高い水準にあり、赤字は企業の経営基盤をお
びやかすような水準のものではないと結論付ける。
 しかし、P72証人は、一方、世界的な規模で進んでいる航空事業での規制緩和
政策は、被告の収益性に大きな影響を与えており、世界の航空業界は、規制緩和の
流れの中で、厳しい競争に直面しており、被告においても収益構造の再構成が課題
であるとし、その方策として、長期的で安定的な安全確保、適正な投資、融資計画
に基づく事業の拡大などを挙げるとともに、不明朗な会計操作を批判し、公正な会
計処理とその情報開示の必要性を指摘する。
(二) 関連会社・子会社への投資
等(証人P71)
(1) JUST(日本ユニバーサル航空、国内航空貨物輸送会社)(甲二七の
一、二、甲三六、甲三七、甲一三〇の一、二、甲一三二、甲五七五、甲五七六)
 日本ユニバーサル航空は、早朝・深夜の旅客便に搭載されない、いわゆる「オー
バーフロー貨物」の摘み取り、宅配貨物の航空移転を見込んで、平成三年一月一一
日に被告、日本通運、ヤマト運輸の合意に基づき設立された(同年一二月時点での
被告の出資率は六九・三パーセント、出資額は七億五百万円)。そして、同年一〇
月一六日から専用貨物機を羽田=札幌線に就航させ、運航を開始したが、新千歳空
港の二四時間運用化の遅れにより、当初計画していた早朝・深夜の一日二便往復体
制が、一日一便往復での運航になったのに加え、貨物需要が当初の見込みを大幅に
下回ったことから計画どおりの運航ができず、平成四年九月に日本通運とヤマト運
輸から、同年一〇月からの積み荷保証の打ち切り通告を受け、運航開始から一年後
の平成四年一〇月一日に運航休止となった。この運航休止に至る間に生み出された
赤字補填のため、被告はJUST社に対し約八億円の追加投資を行った。また、J
UST社設立に当たり貨物用航空機が必要となったため、被告は、急遽、海外他社
から中古旅客機を購入し、貨物機への改造を行い機材を仕立てたが、予定を大幅に
上回る改造費を要することになり、新品を購入するよりも高額の二〇〇億円をかけ
ることになった。それにもかかわらず、当該改造貨物機は、JUST社の不振から
JUST社に購入させることができず、四機(ただし、そのうち一機は平成五年三
月から使用されている。)が遊休機材として米国に保管されることとなり、その保
管費用は一機年間三〇〇〇万円であった。また、JUST社の乗務員はほとんど外
国人運航乗務員に頼っていたため、運休になった後も、免許維持のために、飛ばな
い外国人運航乗務員に賃金の支払を続けた。しかし、結局、その後免許も失効し、
運航不可能な状況で会社だけが存続していたが、平成九年度決算では、一六億九八
〇〇万円の損失を計上し、資産価値は五億三二〇〇万円まで下落し、平成一一年三
月解散に至った。
 なお、JUSTの累積損失は約二四億円に達するが、被告は、平成一〇年三月期
にJUSTの株式の評価替えを実施し、それに伴う特別損失約一七億円を計上し
た。
(2) CAC(シティ・エアリンク株式会社)(
甲一三一、甲五七六)
 CACは、都市間の新しい高速公共交通機関として、本業とのネットワーク効果
を考慮して開始された事業であり、主として、羽田=成田空港間のヘリコプターに
よる旅客輸送を行う目的で、昭和六二年六月三日に設立されたが、就航率、ヘリポ
ートの設置、空港内のアクセス・発着枠・運用時間帯などの事業を左右する技術上
の諸問題の解決や諸規制の緩和がなされず、累積損失を重ねた上、収支の改善は困
難と判断されて、平成三年一一月運休となった。そして、被告は、この累積損失を
解消するため、平成四年度、CACに対し約一三億円の追加投資を行い、併せて約
三億円の債権放棄を行った。
 その後、被告は、株式を一三億七八〇〇万円で取得しながら平成七年度に清算
し、一三億一一〇〇万円の損失を出した。
 なお、CACについては、当初から運行関係者から技術的な問題点を指摘されて
おり、平成四年時点で、その経営状況に関し、乗員組合から問題点を指摘されてい
た。
(3) エセックスハウス・ホテルに代表される日本航空開発(JDC)の事業展
開(甲四〇、甲四一、甲四二の一、二、甲四三、甲一三二、甲三九〇の一、二、甲
二一〇、甲五七六、甲五七七の一、二、甲五七八)
 日本航空開発(JDC)は資本金一二〇億円、被告が六七・一パーセントの株式
を有する子会社であり、「ホテルを世界的に展開しようとするならアメリカでの知
名度を得ることが不可欠」であるとして、エセックスハウス(ニューヨーク)、日
航サンフランシスコ、日航シカゴ、日航香港などを所有直営方式で展開してきた。
そのうち、エセックスハウス・ホテルは、ニューヨーク・マンハッタン地区の「四
つ星」ホテルにランクされており、昭和六〇年、JDCが、マリオネット社から一
億七五〇〇万ドル(当時の為替レート一ドル=二四〇円で換算すると四二〇億円)
で購入したものである。その際、JDCは、自ら不動産鑑定機関の正式鑑定書を取
得することなく、ファースト・ボストン社の略式鑑定で、マリオネット社の言い値
で購入した。それは、高級ビルでも一平方メートル当たり三二〇〇ないし五四〇〇
ドル(五番街のティファニーでも六五〇〇ドル)が相場と言われる中で一平方当た
り一万八〇〇〇ドルとかなり高額であった。また、その購入資金は、日本生命その
他から合計一億七五〇〇万ドル(八〇パーセントに当たる一億四五〇〇万ドルを日
本生命から平均年利
一二パーセントで借入れ)の借入れによって賄った。
 昭和六二年三月二〇日付けの「JDC監査の報告」には、JDCについて、同時
並行的な急激なホテル展開により、早晩、財務的に破綻に瀕するほどの経営状況に
あり、JDCの招く経営破綻は、その規模からいっても、単に一子会社の問題にと
どまらず、親会社の大きな負担となり、その経営にも重大な影響を及ぼすおそれが
多分にあるもので、事業運営の意義は全くない旨指摘されている。さらに、この監
査報告書では、エセックスハウス・ホテルの問題解決なくしては、JDCの経営の
建て直しはあり得ず、同ホテルについては、経営のメドが立たない場合には、たと
え、現在、損失を被ることがあっても、エセックスハウス・ホテルを売却し撤退を
行ってでも、今後被る莫大な損失を防止すべきである旨指摘されている。
 しかし、JDCは、平成元年には、五四〇〇万ドルの見積もりで同ホテルの改修
工事を行い、超過分として更に一億四一〇〇万ドルの費用をかけており、その総コ
ストは購入価格の倍以上にも上った。
 また、被告は、平成元年に米国へのホテルへの投資会社としてPWC社(PAC
FIC WORLD CORPORATION)を、米国に資本金二〇〇ドルで設
立し、当時約一九一億円の投資を行い、平成四年には更に約六二億円もの投資を行
った。この六二億円の投資の目的は、主にエセックスハウス・ホテルの改装資金及
び米国の高利返済に充てるというものであった。
 このように、被告がエセックスハウス・ホテルヘの投資を続けたのは、元来ホテ
ル事業は装置産業であり、収益を上げるようになるまでに長期間を要するものとの
考えからであった。
 しかし、その後エセックスハウス・ホテルは赤字を出し続け、被告は、平成九年
六月二七日、JDCに対し、なおも三一九億円に上る財務支援を行い、その他修
理、運営維持費用を併せて九〇〇億円以上の費用をかけたが、結局、平成一一年一
月二四日に米ホテル運営会社に二億五〇〇〇万ドル(二八五億円)で売却すること
を発表した。また、被告は、その他の日航サンフランシスコ、日航シカゴ、日航香
港のいずれからも撤退した。
(4) 常電導磁気浮上式鉄道(HIGH SPEED SURFACE TRA
NSPORT(HSST))(甲四三ないし甲四六、甲一三二)
 被告は、昭和四七年から都心=成田空港間のアクセスとして、HSSTを開発し
てきた
が、昭和六〇年に、それまで約五二億円を投下していたHSSTの一切の技術等
を、一億二〇〇〇万円で株式会社エイチ・エス・エス・ティに譲渡した。しかし、
エイチ・エス・エス・ティは事業化のメドがたたず、しかも開発資金の大半を借入
金に頼っていたために、負債は平成四年九月頃の時点で約九〇億円に上り、その経
営は行き詰まった。その結果、平成五年一月同社の負債を整理し、同社の営業権・
特許権を引き継ぐ新会社エイチ・エス・エス・ティ開発株式会社が大手企業四九社
の出資を受けて設立された。同社の設立に当たって、被告は、二五億八〇〇〇万円
を出資し、エイチ・エス・エス・ティ社が抱えていた債務のうち、約八億四〇〇〇
万円の債権を放棄した。
 右投資について、被告は、「新会社エイチ・エス・エス・ティ開発株式会社は、
愛知県東部・横浜ドリームランド線などの大型誘致案件を中心に、受注・建設を推
進し、実現性の高い国内プロジェクトへの技術販売・建設請負による収入を前提と
し、平成八年度には単年度黒字化、二〇〇〇年には累損一掃、さらに二〇〇一年に
は五パーセント程度の配当を開始する計画である」旨の説明をしている。しかし、
HSSTそのものの技術については運輸省からの事業認可という形での承認は得て
いるものの、実際に運行させるとなると、軌道の設置等について建設省や自治体の
承認が必要となることから、そのまま事業化するには多くの問題を解決しなければ
ならず、この事業が被告に貢献利益をもたらすような事業体になるまでに長期間を
要することが予想される。
 なお、国内誘致の案件について、被告は、平成四年、HSSTについて「新技術
の優位性はすでに多くの関係者から高く評価されており、(愛知県東部丘陵線と横
浜ドリームランド線については)HSSTの採用をすでに正式に決定しています」
と文書で説明しているが、東部丘陵線について、愛知県は、「現在機種選定委員会
でHSST、新交通システム、モノレールの三機種で選定作業を行っている。夏頃
決定される予定」(企画部交通対策課平成一一年四月時点)と説明している。
 また、ドリームランド線について、横浜市は、「数年前にドリーム開発からドリ
ームランド線(以前はモノレールが走っていた)をHSSTに施設変更したいとい
う申請があった。しかし、ドリーム開発の親会社のダイエーは経営が厳しく新規投
資ができない状態で、計画は足踏み状態
」(都市計画企画調査課)としている。
 そして、平成九年度決算では、エイチ・エス・エス・ティは二〇億五〇〇〇万円
の損失を計上し、その資産価値は五億三〇〇〇万円まで低下した。
(5) PPH(PAN PACIFIC HOTELIERS INC)(甲一
三二、甲五七六)
 被告は、米国ハワイ州オアフ島西海岸のコオリナ・リゾートの開発・経営を目的
として、昭和五三年四月一八日設立のPPHを昭和六三年三月に買収して、同社を
被告の子会社にした(これらのために平成二年度に三五億円、平成三年度に九五億
円を投資している。)。被告がコオリナ・リゾートの開発を計画したのは、ハワイ
の旅行商品価値を高める目的であった。しかし、コオリナ・リゾートについては、
コオリナ・ゴルフ場(平成二年)とイヒラニ・リゾート&スパホテル(平成五年)
のみ完成したものの、ショッピングセンターについては着工未定となっている。
 そして、PPHは平成九年度決算で、二一〇億三四〇〇万円を損失として計上し
た。
(三) 航空業界をめぐる状況(乙四、乙七、乙九、乙四〇ないし乙四二、証人P
71)
 定期航空運送事業は平成六年八月一日をもって雇用調整助成金の対象業種として
の指定を受けるなど、被告に比べ円高や国際線における競争激化の影響をさほど強
く受けない他の国内航空各社も含め、国内経済の深刻な不況の影響を受けたため、
各社とも人件費効率の向上等一連の構造改革に取り組んだ。
 また、世界的に見ても、英国航空以外の欧米各社は九〇年代に入ってから軒並み
大赤字となった後、レイオフを含む大幅な人員削減や賃金制度の改革、サービスの
外注化等の合理化策に積極的に取り組み、コスト競争力を強めた結果、平成六年度
に黒字化している。英国航空については、既に昭和五五年から昭和五八年にかけて
一万七〇〇〇名もの人員削減という大きな経営改革を実施したため、九〇年代には
好調な業績を上げるに至っていた。
 さらに、需要の低迷と収支の悪化が続く中で、日本では、三大プロジェクトの完
成が間近に迫っていた。それに伴い、被告は、その事業展開や機材更新、増強など
により新たな投資と費用の拡大を余儀なくされることになると同時に、発着枠の拡
大に伴う外国他社の参入などにより他社との競争の激化は必至の情勢であった。
 しかも、長期的にみると、世界の航空界は自由化、競争促進の方向へ進んでお
り、熾烈な競争の下に企
業の淘汰が予想されるような状況であった。
(四) 経営状況の悪化に対して被告が行った対策(乙四ないし乙一一、乙三〇な
いし乙三三、乙三八、乙三九、乙四七ないし乙四九、乙五〇、乙五一、乙五八、乙
六四の一ないし八、証人P71)
 被告は、平成四年二月に「九二-九六年度展望と九二-九三年度事業計画」と題
する中期展望と事業計画を発表した。これは、平成三年度において、湾岸戦争によ
り需要が低迷する中、被告の企業競争力の低下傾向が強まり、一人当たり生産量
(ATK生産性)、販売量が前年比でマイナスを記録するとともに国際線旅客便の
供給シェアが昭和六二年の三四パーセントから二四パーセントに低下したこと、こ
の航空会社を取り巻く環境の厳しさはなお引き続くと予測されたことから、ブレー
クイーブン(損益分岐利用率)が高い赤字体質から脱却し、コスト競争力を高める
ことを最重要経営課題の一つに掲げ、社長を委員長とする構造改革委員会を設置し
て収益の極大化、徹底したコストの削減等に取り組んで行くこととしたものであっ
た。
 被告は、右事業計画に従い、平成四年二月二〇日、社長を委員長とする「構造改
革委員会」を設置し、同年六月一日、構造改革委員会は検討を重ねた結果を構造改
革委員会報告にまとめて発表した。その内容は、構造改革の目標を低ブレークイー
ブン体制の構築に置き、①国内線の充実など事業運営体制の再構築、②路線の再編
成など生産面の改革、③人件費効率の向上などコスト構造改革、④イールドの向上
など販売構造改革、⑤業務運営体制の見直しなど意識構造改革等、コスト競争力の
強化を最重要課題とするものであった。コスト構造の改革においては、投資規模の
抑制を含めた投資の見直し、人件費効率の向上、コストの外貨化が主要構造改革項
目と定められ、そのうち人件費効率の向上に関しては人員効率の向上と単価水準の
一層の適正化を図る施策を講じるものとされた。
 被告は、同年以降右施策に従い、シアトルヘの乗り入れ休止等不採算路線の見直
しを図る一方、パリ直行便の増便等高需要高収益路線の増強を内容とする国際線路
線の再編成、為替等の国際的な経済変動の影響を受けにくく、競争環境も比較的緩
やかで安定した事業分野であると同時に運航乗務員養成の場を確保できる国内線の
路線拡充、需要の変動に対する柔軟な対応を可能にする運航委託など運航形態の多
様化等収入増強策及びコスト競争力の
強化に着手した。さらに、被告は、平成四年度、前年度よりも多額の赤字が確実な
見通しとなったことから、平成五年一月「九三-九四年度サバイバルプランと九七
年度までの中期展望」を策定し、構造改革施策の前倒しをするとともに、航空機導
入の抑制、航空機調達及び運用におけるリース方式の活用、三大プロジェクト投資
の圧縮、新規関連事業投資の原則凍結等により「九二-九六年度展望と九二-九三
年度事業計画」に比較して、各年約一〇〇〇億円の投資削減を行うことにするなど
の見直しも行った(なお、平成六年一月の「九四-九五年度サバイバルプランと九
八年度までの中期展望」では、投資額を一五〇〇億円削減し、投資総額について前
回の計画を半減し、四四〇〇億円規模にすると、更に見直しが行われている。)。
被告は、営業費用の削減についても努力した結果、平成四年度は、前期比四・〇パ
ーセント滅の一兆〇八二〇億円に抑制するなどしたが、損益は五三八億円の経常損
失を計上した。平成五年度においてもこれらの施策は更に継続して実行され、特に
前記③人件費効率向上などコスト構造改革は、同年度以降の経営の最重要課題とし
て地上職、客室乗務職及び運航乗務職など被告の全部門にわたって実施されること
となった。
 本件の勤務基準の改定は、この人件費効率向上などコスト構造改革とつながりが
あり、労務部の運航乗務職グループ長以下と運航本部運航企画部の業務グループ長
以下が一緒になって、人件費効率向上のため運航乗務員の勤務基準改訂実施に向け
て検討を進め、路線構成の変化や機材性能の向上に合った、より合理的な勤務基準
の作成と、人的生産性の向上という観点から立案された。すなわち、それまでの勤
務基準を定める旧勤務協定は、いわばジェット機の黎明期(第一世代機といわれる
DC八型機が導入された時代)であった昭和三六年に締結されたジェット協定を原
型とし、昭和四一年に締結された「運航乗員の勤務に関する協定書」とほぼ同内容
の勤務基準を定めるものであって、制定後二〇年以上を経過していた。その後、め
ざましい技術革新の下に機材の性能が大幅に向上した第三世代機、第四世代機が順
次主力機となり、長距離路線の直行便化が進められる等、路線便数も当時とは大き
く変化した。他社はこうした運航環境の変化に対応してシングル編成による乗務の
制限時間を延長する等の措置を採ったりしていたが、被告ではこのような
路線便数や機材構成の変化に対応した勤務基準の見直しがなされないまま運航乗務
員の勤務が続けられてきた。例えば、昭和六一年当時には乗務時間制限に関する国
の具体的基準が定められていなかったという状況の下で、全日空はその運航規程を
改定して三名編成機シングル編成の乗務時間制限を一二時間とした上で、一一時間
を超えるロサンゼルス線のシングル編成による運航を始めたり、昭和六〇年から、
欧州線直行便の開設、米国との航空協定による他社の太平洋路線への参入等により
競争が激化する中で、米国他社が太平洋線をシングル編成で運航し、あるいは欧州
線直行便をマルティプル編成で運航したりしているのに対して、被告は太平洋線を
マルティプル編成で、あるいは欧州直行便をダブル編成で運航していた。
 地上職に関しては、平成四年度の定員に対し同五年度は七〇〇名の定員削減を実
施したほか、整備作業等の一部を海外に展開することによりコストの外貨化を図
り、これによって人件費効率の向上を実現し、さらに特別早期退職優遇措置の実
施、管理職進路選択制度及び管理職転進援助休暇制度を各導入して管理職等の削減
を図り、賃金等の面においては日曜祝祭日手当の定額化、シフト手当の解消、冬季
手当の減額、通勤制度の見直しなどにより人件費効率の向上を図った。客室乗務職
に関しても、外国人客室乗務員比率を増加させることによりコストの外貨化を図っ
たほか客室業務の委託化推進、前記特別早期退職優遇措置の実施による人員削減を
実現し、通勤制度を見直し通勤費の削減を図り、さらに賃金面においては特別乗務
手当の見直しなどを実施した。
 また、右の施策とは別に、会社は役員賞与の不支給、役員報酬の減額、役員専用
車の廃止、役員数の削減、顧問の勇退、広報宣伝販促費、日常交通費等の大幅削
減、さらには管理職月例賃金の減額、賞与の減額など経費の削減を行った。例え
ば、役員賞与は平成三年度決算以降不支給となっているほか、報酬は現在一三ない
し三〇パーセントの減額が行われている。役員専用車は平成四年度以降代表取締役
を除きすべて廃止された。平成五年度には役員数を三名削滅し、また二〇名の顧問
が勇退した。
(五) 航空審議会の答申(乙四三、証人P71)
 航空審議会は、運輸大臣の諮問機関であり、三四名の委員で構成され、うち三名
は航空会社の委員であり、残り三一名は労働界、言論界、マスコミ、学識経験者そ
の他の
産業界からの委員である。その航空審議会に設けられた競争力向上小委員会(委員
一五名)は、平成六年六月「我が国航空企業の競争力向上のための方策について」
という答申を行った。その答申は、「我が国航空企業を取り巻く環境が急激に変化
しつつあることを受け、今や緊急の課題となっているその競争力向上のため、航空
企業及び行政の双方が採るべき方策についてとりまとめたもの」とされているが、
「我が国航空企業の国際競争力の向上を図るための課題」の項では、「我が国航空
企業の向上を図るためには、以下の課題に適切に対処し、低コスト体質への転換及
び収益力の強化を図ることが必要である。その場合、基本的には、我が国航空企業
自らがこれらの課題に積極的に取り組むことにより、国際競争力の向上を図るべき
ことはいうまでもない。そのためには、競争意識を社内に徹底させるとともに、そ
の意識を持ってこれらの課題に取り組むことが極めて重要である」とし、これを受
けて「我が国航空企業の国際競争力の向上を図るための方策」の項では、低コスト
体質への転換を図るに際しては、総費用に占める固定費の割合が他産業と比べて相
対的に高いために固定費を中心にコストの削減を進めるべきであること、整備作業
の海外への展開や乗務員への外国人の導入等コストの外貨化を幅広く進めるべきで
あること、各社が業務を共同化することによりコストを削減すべきであること等を
指摘するほか、収益力の強化の方策、さらには行政による環境の整備として色々な
規制の見直しを進めるべきだとの提言をする等広範な内容の答申になっている。
(六) 本件就業規程の変更による経済的効果及び人員削減効果(甲四七、甲四
八、甲八七、甲四七六の一ないし三、甲四七八、乙一一四、乙一五〇、甲五六九、
証人P71、証人P73、証人P74、原告P26本人)
 本件就業規程の変更は、乗務時間、勤務時間の規制の緩和、指定便スタンバイの
廃止等を内容とするものであるところ、乗務時間、勤務時間の規制の緩和により、
これまでカバーできなかった長距離路線を通常の勤務で包摂することが可能とな
り、指定便スタンバイを廃止することによりスタンバイの起用範囲が拡大され、当
該要員の効率化が図られることになる。
 時間制限の緩和による具体的なマンニング削減効果(本件就業規程の変更前後の
必要乗員数の差)については、P73証人は一八〇名とし、P74証人は、
平成五年下期一〇〇名(二〇ないし三〇組に当たり、それは、平成五年三月一八日
に開催された「平成五年度実行委員会」説明会において、乗員組合に説明され
た。)、平成六年度四月時点で機長約五〇人(会社在籍機長数の約四パーセン
ト)、副操縦士約七〇人(同副操縦士数の約九パーセント)、航空機関士約三〇人
(同航空機関士数の約六パーセント)の合計約一五○人とし、平成一一年一月時点
で約二五〇名とする。一方、原告P26は一一〇名としている。平成一一年一月時
点で被告と原告らの試算に差が生じているのは、主として計算の前提となる算入要
素に差異があるからで、例えば、原告らは、当時運航のなかった路線や就業規則の
変更前後を問わずマルティプル編成である路線については算入していないが、被告
は、これらについてダブル編成の想定で算入したりしているためである。また、経
費については、特定経費で約三億円との数字が上がっていたが、具体的な資料はな
い。
(七) 本件就業規程変更後の被告の経営状況等(甲五五四ないし甲五五八、甲五
七八)
 本件就業規程変更後の被告の経常損益の状況は、既に述べたように平成五年度は
二六一億円の経常損失を計上したが、平成六年度二八億円、平成七年度四三億円の
経常利益をそれぞれ計上し、平成八年度は再び一六九億円の経常損失を計上したも
のの、平成九年度七六億円、平成一〇年度三二五億円の経常利益をそれぞれ計上し
ている。
 そして、平成一〇年三月一九日に開催された経営協議会において、被告は、平成
九年度業績を下方修正し、併せて「九八-二〇〇一年度中期計画」を発表した。そ
の内容は、ホテル・リゾート等の関連事業損失九七〇億円を特別損失として計上
し、被告本体の累積損失五七六億円と合わせて、一五四六億円の損失を資本準備金
等を取り崩し一掃するというものであった。平成九度損益計算書をみると、損失処
理計算書で任意積立金、利益準備金、資本準備金を合計で一五一七億円取り崩して
いると表示されている。これに伴い関連事業の見直し・整理を行い本業集中を図る
という計画であった。
 なお、平成九年度の有価証券報告書によれば、子会社・関連会社合計一〇社の損
失金額は、合計六〇七億三〇〇〇万円であった。
2 次に、前記認定を踏まえ、本件就業規程の変更の必要性の有無について判断す
る。
 ところで、原告らは、本件就業規程の変更は、賃金を除く基本的な労働条件(乗
務によって生ずる疲労、眠気、睡眠障害、体内リズム障害等を適切に規制し、安全
に運行することに専念できるよう保障した勤務基準ないし条件)の一方的な不利益
であり、労働者の健康、ひいては運航の安全性に重大な悪影響を及ぼすものである
から、その必要性については、「不利益を労働者に法的に受忍させることを許容で
きるだけの高度の必要性」がなければならないとし、それがあるというためには、
抽象的、一般的な経営危機による経費削減というだけでは足らず、本件就業規程変
更時の具体的なコスト削減効果の予測、実際のコスト削減効果、実現されたコスト
削減効果の被告の財政全体に対する比率、本件就業規程変更以外により打撃的でな
い他に取りうる手段のないこと、本件就業規程変更を行うべき緊急性について、被
告は主張、立証しなければならない旨主張する。
 本件就業規程の変更内容は多岐にわたっているが、前記のとおり、乗務時間制限
及び勤務時間制限等のように航空機の航行の安全にかかわるものについては、変更
後の内容が、運航業務に従事する時間が過大なものであったり、当該運航業務以前
に業務に従事したことにより蓄積している疲労と相まって安全運航に支障を来すよ
うなものであれば、変更後の規定の内容自体の合理性が否定されるし、運航乗務員
の生命、身体の安全に対する危険が許容限度を超えて存在する以上、不利益性が著
しく大きいから、たとえ、変更の必要性が高度であっても、法的規範性を是認する
ことができるだけの合理性はないと解すべきであって、この見地に立って既に判断
してきたとおりである。これに対し、航空機の航行の安全に直接関係しない勤務基
準を定める規定については、最高裁判所の判例法理に従い、変更の必要性及び変更
後の内容自体の合理性の両面から見て、変更による不利益性を考慮してもなお当該
労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有
するか否かを判断すべきである。この判断に当たっては、経営状況の悪化はもとよ
り、本件就業規程の改定に伴うコスト削減効果の予測、実効性、代替可能な他の手
段の有無、緊急性といった事情も一要素として考慮されることになるのは論を待た
ない。しかし、一方、判断に当たって考慮すべき事情はそれらにとどまらないし、
状況に応じて、考慮すべき事情にも差異を生じることになり、これもまた、各条項
ごとに個別的な検討が必要となると
いうべきである。
 各条項についての個別的な検討は、後述するとして、まず、ここでは、全体とし
ての本件就業規程の変更の必要性の内容及び程度について検討する。
3 被告は、本件就業規程の変更の必要性について、業績悪化を背景とした構造改
革施策の実施の一環として人件費効率の向上を図る目的であった旨主張する。
(一) そこで、まず、被告の経営状況について検討することとする。
(1) 被告の経常損益の推移をみると、被告は、第一次オイルショックによる燃
油の高騰により営業費用が増加した昭和四九年度、昭和五〇年度にそれぞれ二六六
億円、九八億円、羽田沖事故のあった昭和五七年度に二七一億円、御巣鷹山事故の
あった昭和六〇年度に一六億円(ただし、営業利益は一九二億円の黒字)のそれぞ
れ経常損失を計上したことがあるほかは、平成三年度に経常損失を計上するまで経
常利益を上げてきている。ところが、平成三年以降、被告は、平成三年度六〇億
円、平成四年度五三八億円、平成五年度二六二億円と三期連続の赤字となった。被
告にとって、平成三年度は完全民営化(被告は、もともとその株式を国が三〇パー
セント保有する特殊法人であったが、それは昭和六〇年一二月に廃止されてい
る。)以降の会計年度(昭和六一年度)でいえば初めての赤字であっただけでな
く、平成四年度の経常損失額は、特殊法人の時代を含めた創業以来最高額であり、
それまで、赤字になっても短期で業績を回復してきた被告にとって三期連続で経常
損失を計上したのは極めて異例のことであった。営業損益についても同様で、被告
は、昭和四九年度、昭和五〇年度にそれぞれ二七一億円、一一億円、昭和五四年度
に三億円、昭和五七年度に八三億円の営業損失を計上したことがあったほかは、営
業利益を上げてきたのが、平成三年度一二九億円、平成四年度四八一億円、平成五
年度二九三億円と三期連続で巨額の損失を計上したのであり、被告にとってやはり
極めて異例なことであった。売上高も、それまでは経常損失を計上した年度でさ
え、若干なりとも増加していたにもかかわらず、平成三年度一兆一一四六億三二〇
〇万円で前期比〇・四パーセント、平成四年度一兆〇三三九億六〇〇〇万円で前期
比七・二パーセント、平成五年度九八二三億一三〇〇万円で前期比五・〇パーセン
トのそれぞれマイナスと三期連続で減少している(以上前記1(一)(1)、乙一
三ないし乙一五、乙一八
、証人P74)。しかも、被告の売上げの六五パーセントを占める国際線収入は、
前期比で、平成三年度マイナス三・二パーセント、平成四年度マイナス一一・〇パ
ーセント、平成五年度マイナス七・一パーセントと、三期連続、かつ売上高全体の
マイナスを上回る割合で減少を続けた(前記1(一)(2))。また、国際線総需
要が四パーセント増加し、被告も経常利益を上げていた平成二年度、既に有償旅客
キロ(PPK)が前期比三・五パーセントマイナスとなっており、日本発着国際線
の供給シェアも昭知六一年度に三二・一パーセントだったのが、平成二年度には二
四パーセントにまで低落していた(前記1(一)(2))。
 このように三期連続で、売上高が減少し、経常損失及び営業損失を計上し、特に
平成四年度は過去最高の経常損失を計上したこと、しかも、被告の売上げの主要部
分を占める国際線収入の分野での売上げ減の割合が大きく、経常利益を上げていた
平成二年度ころから有償旅客キロ、日本発着国際線の供給シェアの各低下の傾向が
あり、被告の国際競争力が相対的に低下していた事情がうかがえることからすれ
ば、さらなる売上げ減、経常損失及び営業損失を生じ続けることも予想されるよう
な状況であったということができるのであって、被告の経営状況が悪化していたこ
とは明らかであり、被告が危機感を抱くに十分な事態に陥っていたというべきであ
る。
(2) ところで、原告らは、P72証人の分析(前記1(一)(10))を根拠
として、単会計年度の経常損失だけで経営状況を固定的に捉えることは誤りを犯す
ことになる旨主張する。
 確かに平成三年度まででいえば、被告の単会計年度の業績悪化は短期間で回復し
ている(なお、二期連続で赤字であった昭和四九、昭和五〇年度を見ても昭和五〇
年度については赤字額が大幅に減少しており、業績の回復は顕著であるということ
ができる。)し(前記1(一)(1))、国際線の営業を主力としているため世界
情勢の影響を受けやすい被告の場合、そうした外部的な要因が取り除かれることで
急速に業績を回復させることも考えられ、単会計年度の経常損失だけで経営状況を
固定的に捉えることが適当でない場合があることは否定できず、その限りで原告ら
の主張にも理由がないわけではない。しかし、一方、単会計年度の赤字であって
も、その原因及び今後の見通しによっては、重大な意味を持つこともあり、それを
無視し得ない場合もあるというべきである。そして、被告においては、平成三年度
以降三期連続で経常損失を計上した上、被告の営業の主力である国際線に関し、既
にそれ以前から国際的競争力の相対的な低下傾向が見られていたことからすると、
単会計年度の経常損失だけによる判断ということはできないと同時に、平成四年度
の赤字は、見過ごしにできない問題があったというべきである。
 なお、原告らは、単会計年度の計上損失だけで経営状況を判断するのは誤りだと
する根拠として、平成六年度以降被告が経常利益を上げていることも主張するが、
既に被告は、平成四年六月に構造改革施策を策定して以降、経営状況を改善するた
めの施策を順次実施していた(前記1(四))のであるから、その後被告の経営状
況が好転したからといって、本件就業規程の変更当時被告に経営状況の悪化という
事態は生じていなかったことの根拠とはならない。
(3) また、原告らは、P72証人の分析(前記1(一)(10))を根拠に平
成四年度の経常損失、営業損失を資本利益率(投下した資本額に対する割合)でみ
ると、それほど大きなものではないと旨主張する。
 しかし、原告らが比較の対象として挙げる昭和五〇年(昭和四九年度)、昭和五
八年(昭和五七年度)は、いずれも被告が完全民営化される以前のことであるし、
航空業界をめぐる状況も当時とは異なる(特に、業界全体の自由化、規制緩和の流
れの中で競争が激化し、運賃の低価格化が進行している状況下(前記1(三))で
は、短期間での大幅な売上げ増を期待するのは困難である一方、経営状況の変化に
迅速に対応できなければ、重大な結果を招くことにもなりかねないことは容易に推
測できる。)ことからすれば、単純に比較することはできない上、繰り返し述べて
きたように平成四年度のみ赤字であったのではなく、平成三年度から年々売上高が
減少し、三期連続で経常損失、営業損失を計上し、被告の国際的な競争力の相対的
な低下傾向が見られる状況だったことからすれば、被告の経営状況に問題点があっ
たことは明らかであり、平成四年度の赤字も資本利益率の観点から見て大きなもの
ではなかったとしても、企業経営の中で通常生じうる程度の赤宇で被告にとって深
刻なものではなかったということはできない。
(4) さらに、原告らは、P72証人の分析(前記1(一)(10))を根拠に
企業の本当の実力(体力)を評価す
るには、「公表された利益」から、引当金、貸倒引当金、退職給与引当金、減価償
却による「利益の費用化」、資本準備金による「利益の資本化」による「実質的な
利益」の縮小化を考慮に入れなければならないとし、これを前提として被告の実質
的資本率を経常損益のレベルで推計すれば、平成四年度はマイナス一ないし二パー
セントにすぎない、内部留保も高い水準を維持しており、被告には十分な企業体力
がある旨主張し、現に被告が平成一〇年、資本準備金一二九九億円、利益準備金七
三億円、任意積立金一四四億円の取り崩しを行って、特別損失九七〇億円、累積損
失五七六億円を一掃したことで明らかであるとする。
 確かに、引当金、貸倒引当金、退職給与引当金、減価償却費、資本準備金を計上
できないような会社であれば、それこそ単会計年度でも赤字が発生して資金繰りに
窮すれば倒産に直結するのであり、その意味でいえば、被告が平成三年度から三期
連続で赤字であったとしても、なお経営を存続していくことができるだけの、いわ
ゆる企業体力があり、直ちに倒産するという状況にはなく、その限度では、原告ら
の主張は肯定できる。
 しかし、資本準備金、利益準備金、任意積立金等を取り崩してまで損失を一掃し
なければならないという状況自体、既に健全な経営状況とは到底いえず、経営者と
しては、直ちに何らかの対策を求められる事態であるということができる上、その
後も赤字が恒常化することが予想されるとすれば、近い将来倒産の危機に瀕するこ
とは明らかなのであるから、経営者としては、そのような場合、これを放置するこ
とはできないのであって、経営上深刻な事態であるというべきである。
(4) したがって、本件就業規程の変更当時、被告の経営状況はまさに倒産の危
機に瀕していたということはできないとしても、少なくとも被告が早急に何らかの
対策を講じなければならないとの危機感を抱くのも当然である程度に悪化していた
ということはできる。
(二) しかし、被告が前記のような経営状況にあったとしても、本件就業規程の
変更の必要性は、直ちに肯定されるわけではない。本件就業規程の変更によって
も、経営状況の改善に何らの寄与もないとすれば、そもそも就業規則を変更する意
義はないからである。それには、被告の経営状況悪化の原因や被告の収支構造の問
題点について検討した上、本件就業規程の変更が被告の達成しようとした目的との
関係で有効なものであったかどうかについて検討する必要がある。
 そこで、まず、被告の経営状況悪化の原因及び収支構造の問題点について検討す
る。
(1) 被告においては、平成三年度から平成五年度にかけて、売上高が減少して
おり、それぞれ前期比〇・四パーセント、七・二パーセント、五・〇パーセント減
少しており、それを被告の収入のうち、その六五パーセントを占める国際線の旅客
収入・貨物収入についてみると、やはり平成三年度に前期比マイナスに転じ、平成
四年度一一・〇パーセント、平成五年度マイナス七・一パーセントの減少と売上高
全体の減少を上回る割合で減少している(前記1(一)(1))。これは、平成三
年ころの世界経済の低迷、バブル経済の崩壊が大きな原因であったことは、国際線
の平成三年度の有償旅客トンキロが第二次大戦後はじめて対前年度比マイナス三・
五パーセントになったこと(前記1(一)(2))からも明らかであるといえる。
しかし、被告においては、営業収入水準の最も高かった平成二年度、国際線収入は
二・七パーセント増加しているものの、昭和五五年以降順調に推移し、昭和六三年
度、平成元年度では前期比一〇パーセント前後の増加を示していたこと(前記1
(一)(2))からすると、既にそのころから国際線収入の伸びにかげりが見え、
さらに国際線総需要が四パーセント増加していたにもかかわらず、被告の有償旅客
キロは三・五パーセント低下し、日本発着国際線の供給シェアも昭和六一年度の三
二・一パーセントから二四パーセントにまで低落するという状況になっていたこと
(前記1(一)(2))からすれば、被告の売上高減少の原因は、世界経済の低迷
やバブル経済の崩壊のみではなく、被告の国際競争力の相対的低下傾向にもあった
ということができる。ただ、旅客数でみると、必ずしも減少しているわけではな
く、営業収入水準の最も高かった平成二年度と比較しても、平成五年度、平成六年
度は、一〇八パーセント、一二〇パーセントと増加しているというのであり(前記
1(一)(3))、結局、平成二年度に比較して平成六年度にはマイナス二八パー
セントにもなったイールド(単位当たり収入)の低下、言い換えれば運賃単価の低
下も売上高減少の一因であったということができる。こうしたイールド低下の原因
には、バブル経済崩壊後の景気回復が遅れる中で各企業が出張、渡航費用の削減に
努めた結果、エコ
ノミークラスと比較して、運賃単価が七倍から一〇倍以上もの高額になるファース
トクラスやビジネスクラスの旅客が大幅に減少したこともあるが、消費者の低価格
志向、価格競争の激化にあった。そして、世界の航空界が自由化、競争促進の方向
に進んでいることや航空機の利用が日常的な交通手段となって、消費者の低価格志
向に変化が望めないことに照らせば、イールドの伸びは期待できないとした状況で
あったという(前記1(一)(3))。
 これらのことからすると、被告の営業収入の減少の原因としては、平成三年ころ
の世界経済の低迷、バブル経済崩壊のみならず、被告の国際競争力の相対的低下及
び運賃単価、すなわちイールドの低下があったということができる。
(2) ところで、原告らは、こうした低収入単価は、巨額の特販費の投入によっ
て被告自らが作り出したものである旨主張し、また、巨額の特販費のわずかを削減
するだけで、被告の業績の悪化は回避できる旨主張する。
 確かに、特販費が年々増加傾向にあるのは明らかであるし、特販費は、会計上控
除して売上げを計上することが認められていることから、違法であるということは
できないものの、帳簿に記載されないため、それが適正なものであったかどうかに
ついて後に検証することができないもの(前記1(一)(7))で、そうした支出
の方法の当不当の問題が生じる余地はある。
 しかし、低価格化は、平成三年以降、世界の航空会社が価格政策を大きく転換さ
せ、低価格を前面に押し出して需要の喚起とシェアの維持を図ろうとしてきた状況
を無視して考えることはできず、円高を背景に外国航空会社が価格値下げ余力を獲
得し、市場で激しい価格攻勢を続け、それが消費者の低価格志向にも合致した結果
であり(前記1(三))、被告はむしろその対抗策として特販費を増加させなけれ
ばならない状況に追い込まれていたというべきで、被告が自ら低収入単価を作り出
したということは到底できない。また、こうした特販費の投入を被告が行わないと
すれば、外国航空会社の価格値下げに対抗できず、更に売上高を減少させるおそれ
があったことは、消費者の低価格志向からしても容易に推測できることであって、
原告らの主張するように、単純に特販費の削減によって業績悪化を回避することが
できたとはいえない。すなわち、世界的な低価格化の傾向の中にあって、原告らの
主張するように、特販費を削減した場
合、実際に被告が上げただけの営業収入を維持できない可能性も多分にあり、かえ
って営業収入が減少するおそれもあったことは否定できないからである。
 なお、この点に関し、P72証人も、特販費が帳簿に記載されず、不明瞭な支出
であることに対しては、強く非難するものの、その必要性までを否定していないこ
とからも、右のようにいうことができる(証人P72)。
 もっとも、被告が不必要なまでに特販費を投入していたというのであれば、原告
らの主張も根拠のないことではないが、平成九年時点でさえ、被告の料金に対する
評価は世界の主要航空会社中最低であり、例えば、ヨーロッパ路線について、被告
のキックバックが欧州系中堅エアラインの半額以下であること(前記1(7))に
照らせば、被告の特販費の投入が直ちに不必要なまでの、あるいは不適切というべ
き程度の額に達していたということはできない。
 したがって、直ちに特販費の投入が被告の業績悪化の原因であるということはで
きない。
(3) これまで、主として営業収入について検討してきたが、営業経費もまた営
業損益に重要な影響を与えるものであるから、この点について検討する。
 被告においては、昭和六〇年ころまでは営業経費中半分以下であった固定費(機
材費、人件費、不動産賃借料、広報宣伝費等)が平成二年度になると逆転し、変動
費(燃油費、販売手数料、整備費等)の四三パーセントに対し、固定費が五七パー
セントを占めるに至り、固定費の伸びが生産量の伸びを上回るようになっている。
被告において、ブレークイーブンをみると、昭和六二年度以降六五パーセントを超
え、平成四年度には六八パーセントに近い値になる一方、ロードファクターは平成
四年度六五パーセントを下回り、営業レベルでいえば、収支が均衡しない状況とな
った。また、単位コストを外国他社と比較すると、平成二年度以降、被告の円建て
単位コストは低下したものの、急激な円高によりドル建て単位コストは上昇し、米
国他社の自国通貨建てコストの上昇にもかかわらず、ドル建てで被告の単位コスト
を比較すると、平成四年ころ、外国他社より二ないし三割高くなった。(以上前記
1(一)(4))
 これらのことからすると、営業損益の悪化は、単位コストの上昇、すなわちブレ
ークイーブンの上昇とロードファクターの低下に原因があり、平成二年度以降その
割合が年々増加している固定費がブレークイーブン
の上昇に影響を与えたことは否定できない。
 ここで、原告らは、ブレークイーブンロードファクターによる分析は、営業レベ
ルのものにすぎないから巨額の営業外収益、営業外費用の発生する被告において
は、その収支構造を正確に示すものとはいえず、被告の収支構造を把握するために
は損益分岐点分析が必要である旨主張する。確かに、経常損益レベルで収益構造を
検討しなければならない場面では、原告らの主張するように損益分岐点分析が有効
であるということはできる。特に、被告においては、後記のとおり、営業外費用に
ついても問題があることからすれば、損益分岐点分析は不可欠ともいえる。しか
し、被告においては、売上高自体が減少し、平成三年度から平成五年度にかけて、
一二九億円、四八一億円、二九三億円の営業損失を計上し(前記1(一)
(1))、平成三年度及び平成五年度では、その額はそれぞれ六〇億円、二六一億
円と経常損失を上回っている状況であることからすれば、営業損益の悪化が無視で
きない問題であることは明らかである。しかも、航空業界における規制緩和が進行
していく状況の中にあっては、競争が激化するのは必至であり(前記1(三))、
被告がその中で存続していくために、営業レベルに問題があるとすれば、もはやそ
れを放置することができないことも明らかであり、営業レベルでの分析に意味がな
いということはできない。
 固定費のうち、人件費についてみると、自国通貨建ての割合が高いことから円高
による影響を強く受け、被告の運航乗務員生産量単位当たりの人件費及び運航乗務
員一人当たりの人件費は、外国他社と比較すると極めて高くなってしまった(前者
についてはルフトハンザに次いで、後者についてはキャセイパシフィックに次いで
それぞれ被告が高い。)。また、固定費に占める人件費率も、運航委託費を含めて
国際線だけで比較すると、単純に被告が低いということもできない。なお、被告に
おいて、運航乗務員一人当たりの生産性は二〇年で二・五倍に向上し、平成五年度
の実績で、外国他社と比較しても上位に位置しているということができるのである
が、それは主として、国際路線の長大化に伴う一回当たりの飛行距離の伸びと大型
機の積極的な導入によってもたらされたものであるが、被告においては、それはも
はや限界状況にきており、大型機の導入が遅れている外国他社と異なり、この面で
生産性を向上させることは
困難な状況に来ていたという。(以上前記1(一)(4))
(4) これに対し、原告らは、被告の経営状況悪化を営業費用の面でみると、そ
の原因は、過大な設備投資及び不要な運航委託である旨主張する。
 被告の設備投資には航空機の購入も含まれており(平成四年から平成八年までの
五年間に五五機、二五〇〇億円の計画)、これらが被告の固定費を上昇させること
になるのは明らかである。また、設備投資には多額の資金を必要とし、多額の借り
入れを行うことになるが、それは支払利息の増加を招くことになるだけでなく、設
備投資によって減価償却費も増加することから、これらが営業外収支の悪化を招
き、ひいては経常損益に悪影響を及ぼすことも否定できない。
 もっとも、航空運送事業は、航空機の購入をはじめ巨額の設備費を必要とし、そ
の借入金に対する支払金利が巨額の営業損失となるという構造的体質を持っている
こと、昭和六〇年度から平成二年度について被告の機材費の伸びが一・八六倍であ
るのに対し、全日空、日本エアシステムの機材費の伸びがそれぞれ一・九七倍、
一・九八倍であること、被告は、旅客便総生産(ASK)の伸びにしても他の二社
に劣っていること(前記1(一)(5))に加え、古い機材を新しい機材に更新す
ることは不可欠であるし、大型機の導入は、運航乗務員一人当たりの生産性を高め
ることになり、単純に不必要であったということはできないことなどからすると、
直ちに過大投資であったとは言い難い面はある。
 しかし、被告においては、主要な大型機B七四七-四〇〇の稼働時間が平成二年
六時間四七分、平成四年七時間三三分、平成六年九時間三八分で、それぞれ一四時
間五四分、一五時間〇九分、一五時間五〇分で主要航空会社中最高のルフトハンザ
と比較すると極めて短く、座席利用率も平成元年度の七四・二五パーセントから平
成五年度六六・四〇パーセントと低下しているほか、遊休化している機材もある。
(以上前記1(一)(6))
 こうした事実に照らすと、被告において、B七四七-四〇〇型機が国内線にも多
く使用されていたことを考慮してもなお、被告の設備投資に需要を超える面があっ
たことは否定できない。
 また、平成六年三月二一日にエバーグリーン及びカンタス航空に対する運航委託
を打ち切っていること(前記1(一)(8))からすると、実際には、運航委託に
一部不要なものがあったことも否定できない

 ところで、設備投資及び運航委託は、平成二年度末、平成三年度末の五か年度の
事業展望において、各五年間の事業拡大規模を年度平均六パーセントとしたことを
前提に行われたものであるところ(前記1(一)(6)、(8))、この間の実際
の事業規模の拡大が三ないし五パーセントにとどまったため、結果として、設備投
資が需要を超えることになり、運航委託に一部不要なものがあったということにな
ったのであるが、政府機関や各種経済機関が平成三年度以降もGNPについて三な
いし五パーセントの成長を続けることを予測していたこと、中長期的には日本の海
外渡航需要は順調であろうと予測されたにもかかわらず、日本発着の国際旅客に対
する供給力が低下していたところ、シェアの維持は極めて重要であったこと、三大
プロジェクトの進展による需要の拡大が予想されたこと、一方、イールドの伸びは
将来的に期待できなかったこと、三大プロジェクトに備え、機材の準備や運航乗務
員の確保は短期間に行えるものではないことなどの事情に基づいて行われたもので
あった(前記1(一)(6)、(8))。
 これらのことからすれば、設備投資及び運航委託に関する被告の経営判断が直ち
に誤りで非難されるべきものであるとはいえない面はあるが、結果として、設備投
資が需要を超え、運航委託の一部に不要なものがあったのは前述のとおりで、それ
が被告の経営状況の悪化の一因となっていることは否定できない。
(5) 次に営業外収支について検討する。
 航空運送事業は、航空機の購入をはじめ、巨額の設備費を必要とし、その借入金
に対する支払金利が巨額の営業損失となる構造的体質を持っているとしても、被告
においては、平成元年度までは、毎年二〇〇億円台の営業外損失を計上する程度で
あり、平成二年度、平成三年度はそれを巨額の受取利息及び配当金で補い、小幅の
赤字にとどめてきたのが、平成四年度以降、受取利息及び配当金は半減する一方、
支払利息は四〇〇億円以上と急激に増大し、大きな営業外損失を計上することにな
っている(前記1(一)(5))。
 既に営業費用について述べたように、被告は、設備投資を行うについて、結果と
して被告の予想どおりの経済成長が現実のものとはならなかったことや三大プロジ
ェクトへの対応を前倒しで行ったことから、設備投資が需要を超え、それが支払利
息を増大させたことは明らかである。
 したがって、この
面でも、需要を超えた設備投資が被告の経営状況悪化の一因であったことは否定で
きない。
(6) また、原告は、被告の経営状況悪化の原因として、ドル先物予約の失敗を
主張する。
 被告は、昭和六〇年八月から翌年三月にかけて最長一〇年にわたる長期の為替買
入予約を行ったが、ドル相場が被告の行った予約開始から約二か月後のプラザ合意
を機に長期の円高に転じたため、巨額の為替差損が生じ、昭和六〇年度から平成八
年度まで(ただし、平成七年度、平成八年度は推計)の累計で二二〇〇億円に達す
る。平成三年度から平成五年度にかけては、それぞれ一七二億円、二〇三億円、三
〇〇億円の損失となっている(前記1(一)(9))。ただ、被告は、為替予約し
たドルを航空機購入の支払に充てたため、帳簿上は差損を生じていない。しかし、
円高により、円換算すると、一機当たり他社より約八〇億円高い航空機を購入した
ことになり、営業費用のうちの機材費(固定費)を増加させることになったと同時
に、平成二年度以降、営業外費用のうち、減価償却費を毎年約六〇億円増加させる
ことになり、それは、営業外損失全体からみると、一パーセント程度に相当する
(前記1(一)(9))が、営業外収支に影響を与えなかったということはできな
い。
 ところで、被告のように、航空機の購入など、外貨取引の非常に多い企業は常
に、為替リスクにさらされているため、将来の為替変動によって被りかねない損失
に備え、リスクヘッジとして為替予約を行うのが一般的であり、被告もリスクヘッ
ジの目的で為替予約を行った(前記1(一)(9))。監査役の警告にもかかわら
ず、長期間の為替予約を行った点については、当不当の問題が生じる余地があるに
しても、監査役の警告に従わないことが直ちに経営判断の誤りということもできな
いし、期間が長いことや過去に被告が為替差益を上げたという事実(前記1(一)
(9))だけから、被告の行ったドル先物予約が投機目的であったと結論付けるこ
とはできないこと、被告のように外貨取引の多い企業の場合、為替予約自体は有効
であること(証人P72)などに照らせば、結果としての為替予約の失敗につい
て、直ちに被告の責任を云々することはできないというべきである。また、減価償
却費自体は、被告の減価償却の方法の変更によって、平成三年以降減少傾向にある
(甲一二四)。もっとも、だからといって、為替予約が営業外収支
に影響を与えなかったとはいえないことは、既に述べたとおりである。
(7) さらに、原告らは、被告の経営状況の悪化は、子会社・関連会社に対する
無謀な投資が原因である旨主張する。
 被告の子会社・関連会社への投資及びその損失については、前記1(二)のとお
りであり、原告の主張する被告の子会社・関連会社(平成九年度有価証券報告書
(甲五五七)によれば、被告の子会社・関連会社は合計約二〇〇社ある。)の収支
状況は悪く、被告の投資が被告にとって利益とならなかったものといわざるをえな
い。しかも、子会社・関連会社の損失は、平成九年度有価証券報告書の中で関連事
業費評価損として掲げられ、その額は合計六〇七億円余りに上っており、また、平
成九年度被告がホテル・リゾート等の関連事業損失九七〇億円を特別損失として計
上し、資本準備金等を取り崩して一掃しており(前記1(八))、そのことからし
ても、被告の子会社・関連会社への投資が多額の損失を招き、被告の財務内容を悪
化させる結果になったことは否定できない。
 しかし、一方、被告の経常収支の悪化の観点からみると、これらの子会社・関連
会社の投資とその失敗がどの程度の影響を及ぼしたのか判然としない面もある。例
えば、JUSTについては、機材の購入を被告が行っている(前記1(二)
(1))ので、機材費、借入金及び減価償却費の増加という形で被告の経常収支に
影響を与えた可能性はあるものの、その他については、関連事業評価損として計上
されている範囲で被告の財務内容に影響を及ぼしたことは明らかであるにしても、
経常収支への影響はなお明らかではない。
(二) これらのことからすると、被告の経営状況悪化の原因は、営業収支の面で
は、イールドの低下、円高による人件費の高騰、需要を超えた設備投資、運航委託
費などであり、営業外収支の面では、設備投資に伴う支払利息の増加、減価償却費
などであり、被告の健全な企業体質を阻害する要因として子会社・関連会社への投
資及びその経営の悪化を挙げざるを得ない。こうしてみると、被告の経営状況等悪
化の原因は、主として営業費用中の固定費にあるといえるものの、具体的には種々
の原因によっていることが分かる。これに対して、被告が平成四年六月に構造改革
施策を策定して以降、被告が実施してきた対策を検討してみなければならない。右
のように経営悪化には種々の原因があるにもかかわらず、その
多くを放置し、本件就業規程の変更という、いわば労働者のみにそのしわ寄せをす
ることは、経営状況の改善を図ろうとする観点から有効といえないばかりか、相当
ともいえず、その必要性を肯定することはできないというべきだからである。
 ただ、原告らの主張するように、経営状況悪化は経営者の責任であるとして、そ
のことから直ちに本件就業規程変更の必要性を否定する議論に与することもできな
い。確かに、既に業績が悪化した状況下において、緊急性、必要性に劣る投資を漫
然と行い続けるなどの事情があれば、その妥当性を問われることは当然のことであ
るし、経営責任があるとすれば、別途それが追及されることになることも、また当
然である。しかし、現に客観的に経営状況が悪化しているのに、その責任が経営者
にあるからという理由で、経営者が、例えば、その対策として就業規則の変更が極
めて有効であるにもかかわらず、それをできないとすれば、経営状況の悪化を徒ら
に放置することになり、更に重大な結果を招くことにもなりかねず、経営者として
はそのようなことが許されるはずもないからである。
(三) このような状況に対し、被告の取った対策、すなわち、構造改革施策は、
①事業運営体制の再構築、②生産面の改革、③コスト構造改革、④販売構造改革、
⑤意識構造改革を柱とし、具体的には、①については、国内線の拡充、新規事業投
資の見直し・効率化、②については、不採算路線を廃止し、高需要高収益路線の増
強を内容とする国際線路線の再編成、需要の変動に対応できるような運航委託、航
空機のリース化を図ること、③については、航空機投資及び設備投資の削減、人件
費効率の向上、④については、人員削減、人件費の直接的な削減、客室乗務職及び
運航乗務職への外国人の導入、整備作業の海外展開や本社業務の一部移転などコス
トの外貨化、⑤については、国際旅客に関し外人業務旅客やエコノミークラスの旅
客への取り組み強化、国内旅客に関しサービス強化、価格維持などのイールドの向
上、流通戦略、⑥については、新しい労使関係の構築、業務運営の見直し等を行う
ものであり、ブレークイーブンの高い体質から脱却し、国際コスト競争力の強化を
最重要課題とするものの、その具体的な施策は被告の経営全般にわたるものである
(前記1(四)、乙八)。
 さらに、「九三-九四年度サバイバルプランと九七年度までの中期展望」は、収
支改善を
最優先し、九三年度「収支均衡」、九四年度「黒字化」の実現、九五年度以降は安
定的な黒字化を目指すことを目的とし、①国内線重点展開の推進、②抜本的な費用
並びに投資の見直し及び効率化の推進によるコスト競争力の再構築、③マーケット
構造の変化に対応した販売・流通戦略の再構築、④九五年度以降は環境の変化に即
応しうる事業計画上の「柔軟性」確保を重点施策とするもので、構造改革施策を前
倒しし、深化させた内容である(前記1(四)、乙九)。
 これらを具体的に経営状況悪化の原因との関係でみると、国内線の拡充、サービ
ス強化、国際線路線の再編成、マイレージ制度の導入、増大する個人旅行への対
応、自社系流通の育成(乙八、乙九)などは、売上高の増加を図るものであり、人
員削減、人件費の直接的な削減、航空機投資及び設備投資の削減、運航委託や航空
機のリース化、客室乗務職及び運航乗務職への外国人の導入、コストの外貨化、国
際線路線の再編成などは、営業費用の削減、イールドの向上を図り、航空機及び設
備への需要を超えた投資を是正すると同時に、支払利息及び減価償却費の削減を図
る。特に投資削減については、航空機、三大プロジェクト等投資の抑制だけでな
く、新機関連事業投資の原則凍結なども含め、「九三-九四年度サバイバルプラン
と九七年度までの中期展望」は、「九二-九六年度展望と九二-九三年度事業計
画」に比較して、さらに平成五年度以降各年一〇〇〇億円の投資削減を図っており
(乙九)、これは子会社・関連会社への投資を含むもので被告の財務内容の健全化
をめざすものである。投資の削減は、その後も「九四-九五年度サバイバルプラン
と九八年度までの中期計画」において、平成六年度の投資は、一五〇〇億円削減
し、前計画を半減する四四〇〇億円まで削減することとされている(前記1
(四))。また、国内線の拡充は、運航乗務員のマンニングが逼迫しつつあった被
告にとって、運航乗務員の訓練確保の場の拡大という観点からも重要であった。
 右によれば、被告は、国際コスト競争力の強化を最重要課題とし、本件就業規程
の変更を除いても、同時並行的に経営状況悪化の原因に対応した、経営状況を改善
するための全般的な手段を講じていたということができる。
 もっとも、被告は、イールドの向上や営業費用削減のためにも種々の手段を講じ
てはいるが、既に述べたように実際問題として、イールドの向上は
それほど容易には期待できず、また大型機の導入による物的生産性の向上も既に限
界状況にあり、さらに円高による人件費の増加により、一人当たりの人件費、有効
トンキロ(ATK)当たりの人件費が外国他社に比較して高くなってしまったとい
う実情があった(前記1(一)(4))。しかも、外国他社は、九〇年代に入って
からレイオフを含む大幅な人員削減や賃金制度の改革、サービス外注化等の合理化
策を積極的に進め、英国航空の場合は、昭和五五年度から昭和五八年度にかけて一
万七〇〇〇人もの人員削減を行い、早くも九〇年代には好調な業績を上げており、
コスト競争力を強めてきた。さらに三大プロジェクトの完成に伴い、被告として
は、新たな投資と費用の拡大ばかりでなく、発着枠の拡大による外国他社との競争
激化も予想される状況にあった(前記1(三))。また、ここ二〇年余りの間に性
能が大幅に向上した新鋭機の導入に伴って、長距離路線の直行便化が進められる
等、路線便数も大きく変化してきた中で、昭和六一年全日空は、運航規程を改定し
て三名編成機シングル編成の乗務時間を一二時間として、一一時間を超えるロサン
ゼルス線のシングル編成による運航を開始したり、米国他社が太平洋線をシングル
編成で運航し、欧州線直行便をマルティプル編成で運航するようになったのに対
し、被告においては、ジェット機の黎明期に制定された旧勤務規程のまま、太平洋
線をマルティプル編成、欧州線直行便をダブル編成で運航しているという状況であ
った(前記1(六))。さらに、平成六年六月、運輸大臣の諮問機関である航空審
議会に設けられた競争力小委員会は、「我が国航空企業の競争力向上のための方策
について」という答申を行い、それによれば、航空企業を取り巻く環境が急激に変
化しつつあることを受けて競争力の向上が緊急課題であることを前提として、低コ
スト体質への転換及び収益力の強化を図ることが必要であり、低コスト体質への転
換を図るに際しては、固定費を中心にコストの削減を進めるべきこととしている
(前記1(五))。
 これらのこと、すなわち、他社がコスト競争力を強化していたこと、被告もまた
コスト競争力強化のために経営全般について対策を講じようとしていたこと、航空
業界においては、規制緩和が進行する中で競争が激化していくなど環境が急激に変
化しつつある中で競争力を向上させなければならないこと、そのために低
コスト化を図ることは、いわば共通認識ともいえたこと、そして、被告は、経営状
況悪化の原因に対する種々の対策を同時並行的に実施していたことなどからする
と、本件就業規程の変更は、経営状況悪化の原因を従業員のみにしわ寄せするもの
とはいえず、人件費効率を向上させてコスト競争力強化を図るものであるとすれ
ば、それは必要かつ急務であったというべきである。
(四) ところで、構造改革施策以降の被告の経常損益は、平成六年度二八億円、
平成七年度四三億円とそれぞれ経常利益を上げ、平成八年度には一六九億円の経常
損失を計上したものの、平成九年七六億円、平成一〇年度三二五億円とそれぞれ経
常利益を上げており(前記1(一)(1))、営業損益も平成七年度には黒字に転
じている(甲一二三)など被告の経常収支は改善してきており、実際に経費や投資
の削減も実行され、人員削減等も開始された(乙三〇、乙三八、乙三九)。こうし
たことによれば、被告の構造改革施策が一定の効果を上げてきたことがうかがえ
る。
 そして、本件就業規程の変更による効果については、抽象的には、乗務時間・勤
務時間制限の緩和により、これまでカバーできなかった長距離路線を通常の勤務で
包摂することが可能となり、また、指定便スタンバイを廃止することによりスタン
バイの起用範囲が拡大され、当該要員の効率化を図ることができる。具体的には、
根拠は必ずしも判然としないものの、特定経費三億円の削減効果があるとされる。
そして、マンニング削減効果については少なくとも一〇〇名以上と予測されている
(なお、マンニング削減効果について二五〇名との算定もあるが、路線の算入に不
適切なものがあり、右数値は信憑性に欠ける。以上前記1(七))。マンニング削
減効果とは、就業規則変更前後での運航乗務員の必要数の差であり(前記1
(七))、直ちにそれだけの人員を削減して人件費を削減するというような手段で
はないが、被告の運航乗務員養成制度では、機長になるまで最短でも一二年を要す
るなど乗務員の養成には時間がかかるところ、平成七年ころから機長の大量退役時
代を迎え、マンニングの逼迫が予想されていたこと、しかも、運航乗務員の採用実
績が、大量に採用した昭和四〇年代でも年間一二〇名から二八〇名、少数採用の昭
和五〇年代では年一五名程度であったこと(甲二〇八、甲二〇九)などからする
と、一〇〇名以上のマンニング削減効果は
大きいというべきである。すなわち、本件就業規程の変更により、機長の大量退役
時代に入っても、運航乗務員を増加させずに運航を維持していくことができるとす
れば、人件費の増加を抑制し、固定費に占める人件費の割合を相対的に低下させて
いくことができるのであり、人件費効率の向上に資するものであるということはで
きる。
(五) 以上のとおり、被告の経営状況、経営状況悪化の原因、それに対応して被
告が種々の手段を講じてきたこと、外国他社がコスト競争力を強めるべく人件費削
減等の合理化のみならず、勤務基準の見直し等も行っていること、規制緩和に伴
い、こうした世界的な競争は一層激化していくものと予想されること、被告におい
てはマンニングが逼迫しつつある状況にあったこと、本件就業規程の変更により一
定の人件費効率の向上が望めたことなどからすれば、人件費効率の向上を目的とす
る本件就業規程の変更全般についてみれば、必要性を認めることができる。
二八 本件就業規程改定に伴うシングル編成による三名編成機での予定着陸回数が
一回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限の変更の合理性(請求
一1)
 本件就業規程改定によるシングル編成での三名編成機の予定着陸回数が一回の場
合の乗務時間制限及び勤務時間制限が、運航の安全に支障があるとまで断ずること
ができないことは、既に述べたとおりである。
 乗務時間は、本件就業規程改定前は九時間であったが、本件就業規程改定により
最大一一時間に変更され、前記のとおり運航されているのであるから、運航乗務員
が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがなく、前記のように運航乗務員が
実情を訴えていることからすれば、その程度も相当大きいといわざるを得ない。ま
た、本件就業規程が一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時間制限とした
ことに伴う不利益もこれに加わらないとはいえない。
 しかし、本件就業規程改定によりシングル編成での乗務時間を最大一一時間にす
ることによってシングル編成での長距離運航が可能になるから、被告の経営上の必
要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定できる。
 また、シングル編成での三名編成機の長距離運航に伴う問題点については、航空
機関士の存在によりセーフティ・マージン(安全の余裕度)が一応確保され、過去
の運航実績上も十分なものがあることからすると、本件就業規程改定後の乗務
時間制限によるシングル編成での三名編成機の運航の安全に支障があるとまで断ず
ることはできず、諸外国の基準及び他の航空会社の場合と比べて特に突出している
とはいえない。休養時間の点については、本件就業規程は、一連続の乗務にかかわ
る勤務の前には連続一二時間の休養を予定し、予定乗務時間が九時間を超えて一〇
時間以内の場合は一二時間の休養時間に六時間の休養時間を加算し、予定乗務時間
が一〇時間を超えて一一時間以内の場合には一二時間の休養時間に九時間の休養時
間を加算し、予定乗務時間が一一時間を超える場合は一二時間の休養時間に一二時
間の休養時間を加算し、予定乗務が出発地の時間で二二時から五時に当たる場合は
その時間を加算することとしているから、乗務時間制限を従前の九時間から最大一
一時間にまで延長したことに伴う不利益を緩和する措置が執られている。ただし、
本件就業規程は、航空機の遅延等やむを得ない事態が発生して休養時間が次の一連
続の乗務にかかわる勤務の前に確保できない場合は、少なくとも一〇時間の休養を
与えることとしており(なお、休養時間が予定した時間の一二分の一〇に満たなか
った場合には、所定の休日に加えて一日の休日を基地帰着後に与えることとしてい
る。)、しかも、予定乗務時間が九時間を超える場合については、長時間の乗務時
間に見合った休養時間の最低保障に関する特則がないから、航空機の遅延等の事態
により到着時刻が相当遅延したときには、その遅延分だけは休養時間が減少するこ
ととなる。これでは乗務時間制限を最大一一時間にまで変更されたことによる前記
の不利益を緩和する措置として十分であるとはいえず、この例外規定を併せて考え
るならば、本件就業規程改定によるシングル編成による三名編成機の乗務時間制限
は、その休養明けの次の乗務に係る航空機の航行の安全に支障を来すおそれがあ
り、その合理性に疑義が生ずるが、この例外規定は、予定乗務時間が九時間以内の
場合に限って適用があるものと解するのが相当である。すなわち、改定後の本件就
業規程は、予定乗務時間が九時間を超える場合には、一連続の乗務にかかわる勤務
の前に予定する連続一二時間の休養のほか、前記のとおり乗務時間を加算すること
としており、航空機の遅延等の事態が生じてもこれらの休養時間は保障する趣旨で
あると解するのが相当である。
 右に述べた、セーフティ・マージン(安全の余裕度)
の一応の確保及び過去の運航実績に照らし、本件就業規程改定後の乗務時間制限に
よるシングル編成での三名編成機の運航の安全に支障があるとまで断ずることがで
きないこと、諸外国の基準及び他の航空会社の場合と比べて特に突出しているとは
いえないこと、休養時間が確保されていることの各点を併せて考えれば、本件就業
規程改定によりシングル編成での三名編成機の乗務時間制限を最大一一時間にした
規定の内容自体の合理性を肯定することができる。
 以上を総合的に考慮すれば、本件就業規程改定によりシングル編成での三名編成
機の乗務時間制限を最大一一時間にしたことは、それによる不利益が相当大きい
が、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必
要性に基づいた合理的な内容のものであるということができる。※
二九 本件就業規程中のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の
場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定の変更の合理性
(請求一3及び4)
 改定後の本件就業規程は、シングル編成による予定着陸回数が三回の場合の乗務
時間制限を七時間三〇分とし、予定着陸回数が四回の場合の乗務時間制限を六時間
とし、予定着陸回数が三回の場合の勤務時間制限を一二時間としている。これらの
点は従前と変更はない。変更した点は、予定着陸回数が四回の場合の勤務時間制限
を一○時間から一一時間へ延長したことである。この変更した点を含めて本件就業
規程中のシングル編成による予定着陸回数が三回の場合及び四回の場合の運航につ
いての乗務時間制限及び勤務時間制限に関する規定が不合理であるということがで
きないことは既に述べたとおりである。しかし、本件就業規程改定により、右のと
おり勤務時間制限が一時間延長され、前記のとおり運航されているのであるから、
運航乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがなく、前記のように勤
務の実情として相当過酷なものがあることからすれば、不利益の程度も相当大き
い。
 しかし、本件就業規程の前記の点の改定により運航が可能になったものがあるか
ら、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定で
きる。また、前記のとおり、四回の運航の間の休養時間の設定の仕方次第では航空
機の航行の安全が損なわれる事態が生ずることが懸念されるが、航空機の航行の安
全が直ちに損なわれるほどの
ものと認めるに足りる証拠はなく、改定後の本件就業規程の定めるシングル編成に
よる予定着陸回数が三回の場合及び四回の場合の予定最大勤務時間をそれぞれ一二
時間(この点は変更がない。)及び一一時間とする勤務基準は、諸外国の基準及び
他の航空会社のそれと比較して特に突出していないから、内容自体の合理性は一応
肯定することができる(この点については二二で既に述べたとおりである。)。
 そうすると、本件就業規程改定により、シングル編成による予定着陸回数が四回
の場合の勤務時間制限一〇時間を一一時間へ変更したことは、それによる不利益が
相当大きいが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度
の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができないわけで
はない。
三〇 本件就業規程の変更により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時
間制限としたことに伴う着陸回数増加の合理性(請求一5)
 本件就業規程改定により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務時間制限
としたことによって、連続する二四時間以内に置き換えれば着陸回数が増加したこ
とになり、これに伴って乗務時間及び勤務時間も増加することになるから、この負
担増は運航乗務員にとって不利益に当たるものが含まれている。
 しかし、本件就業規程改定の結果、連続する二四時間以内に置き換えれば着陸回
数が増加したことになるもののうち、まず、シングル編成による一連続の乗務にか
かわる予定着陸回数が二回から四回までの場合に該当するものについては、(これ
ら各場合に関する規定自体が変更されているため、その規定の内容自体の合理性を
別とすれば)運航乗務員にとっては乗務を命じられる業務内容が異なることになっ
ただけであり、あえて不利益があるというほどのことではなく、仮に不利益がある
としても、そのような運航が可能になったことが本件就業規程の改定の意味であ
り、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定で
きるから、右各場合に関する規定の内容自体の合理性の有無に応じて、変更の合理
性を肯定又は否定すれば足りる。
 次に、本件就業規程の変更により一連続の乗務にかかわる乗務時間制限及び勤務
時間制限としたことに伴って着陸回数が五回以上に増加した点は、運航乗務員にと
って従前の勤務基準の下では命じられることがなかった業務を命じられるようにな
った
ことになるから、不利益に当たる。
 甲第三五八号証(一四頁)、第五二〇号証及び第五三〇号証によれば、連続する
二四時間以内に置き換えれば着陸回数五回の運航が実際に行われたことがあり、こ
の乗務に就いた副操縦士は、最後の乗務では緊張感を維持することが困難となり、
とにかく勤務を早く終えたいという意識が働き、疲労感も伴い、管制指示を聞き漏
らし、通常ではしないような操作ミスをしたことが認められる。
 連続する二四時間以内の着陸回数が四回を超える場合に、科学的、専門技術的見
地から見て、航空機の航行の安全が損なわれないということができるか否かについ
ては、この点に関する証拠自体が存しないから、科学的、専門技術的見地から見
て、連続する二四時間以内の着陸回数が四回を超えても航空機の航行の安全が損な
われないことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。しかしながら、乙
第一〇四号証の二及び同号証の三によれば、ルフトハンザ航空及び英国航空は六回
までの着陸を想定して乗務時間制限を行っていることが認められるから、連続する
二四時間以内の着陸回数が四回を超えるにしても、他の航空会社の基準に照らして
これと同等程度のものにとどまると推認することができるのであり、内容自体の合
理性は肯定できないわけではない。本件就業規程中のシングル編成による予定着陸
回数が四回の場合の運航についての乗務時間制限及び勤務時間制限については、こ
れに関する規定の変更の合理性が認められることは既に述べたとおりである。他
方、本件就業規程の前記の点の改定により運航が可能になったものがあるから、被
告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定できる。
 そうすると、本件就業規程改定により、連続する二四時間以内に置き換えれば着
陸回数五回の運航が可能となったことは、それによる不利益が相当大きいが、なお
そのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基
づいた合理的な内容のものであるということができないわけではない。
三一 本件就業規程中のマルティプル編成の場合の乗務時間制限及び勤務時間制限
に関する規定の変更の合理性(請求一6)
 本件就業規程の改定により、マルティプル編成の場合の乗務時間制限一四時間は
一五時間に変更されているが、マルティプル編成の場合の乗務時間制限を一五時間
と定める規定の内容が不合理であるとい
うことができないことは、既に述べたとおりである。しかし、右のとおり乗務時間
制限が一時間延長されたことにより、該当する路線については運航乗務員の勤務の
形態がダブル編成からマルティプル編成となったため、運航乗務員は、操縦席に着
いている時間が長くなり、運航中の休憩時間が短くなり、その取り方が変わった等
の不利益を受けている(この事実は、甲第三〇六号証、第三〇七号証、第三一〇号
証、第三二六号証、第五二七号証、第五二九号証によりこれを認める。)。したが
って、運航乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがない。
 しかし、本件就業規程の前記の点の改定により、運航に必要とされる人員がある
程度削減されたものと考えられ、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の
必要性があったことは肯定できる。また、前記のとおり、本件就業規程中のマルテ
ィプル編成の場合の乗務時間制限を一五時間と定める規定は、諸外国の基準及び他
の航空会社のそれと比較して特に突出していないし、運航実績及び過去の事故事例
に照らして特に問題は認められないから、不合理であるということはできず、内容
自体の合理性は一応肯定することができる。また、証人P57の証言によれば、運
航乗務員の前記の不利益の程度は特に大きいとまではいえないことが認められる。
 そうすると、本件就業規程改定により、マルティプル編成の場合の乗務時間制限
一四時間を一五時間へ変更したことは、それによる不利益があるが、なおそのよう
な不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合
理的な内容のものであるということができる。
三二 本件就業規程中の月間及び年間の乗務時間制限の規定の変更の合理性(請求
三)
 月間及び年間の乗務時間制限は、従来は勤務協定によりそれぞれ八〇時間及び八
四〇時間であったが、本件就業規程改定によりそれぞれ八五時間及び九〇〇時間に
延長された。改定後の本件就業規程が右のとおり定めている点については、これに
よって運航の安全に支障があるとまでいうことができないことは既に述べたとおり
である。しかし、本件就業規程改定により、右のとおり月間及び年間の乗務時間制
限が延長され、前記のとおり運航されているのであるから、運航乗務員が従前に比
べて不利益を受けていることは疑いがなく、前記のように運航乗務員が実情を訴え
ていることからすれば、その程度も相当大
きいといわざるを得ない。
 しかし、本件就業規程の前記の点の改定により運航が可能になったものがあるか
ら、被告の経営上の必要性に照らし、この点の改定の必要性があったことは肯定で
きる。また、前記のとおり、本件就業規程が月間及び年間の乗務時間制限を右のと
おり変更したことによって運航の安全に支障があるとまでいうことができず、改定
後の右乗務時間制限は諸外国の基準及び他の航空会社のそれと比較して突出してい
るとはいえないし、運航実績及び過去の事故事例に照らして特に問題は認められな
いから、内容自体の合理性は一応肯定することができる。
 そうすると、本件就業規程改定により、月間及び年間の乗務時間制限を右のとお
り変更したことは、それによる不利益が相当大きいが、なおそのような不利益を法
的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容の
ものであるということができないわけではない。
三三 本件就業規程中の休養に関する規定の変更の合理性(請求四)
1 宿泊を伴う場合の最低休養時間の保障について(請求四1)
 甲第一号証(七八頁、八六頁、八七頁)、第九号証(一〇頁から一二頁まで)、
第一七号証、乙第一一四号証(二一頁)、証人P74の証言(平成一一年三月四日
付けの証人調書二七二項から三三四項まで)によれば、旧勤務協定では、宿泊地に
おける休養は、少なくとも一二時間とすること、ただし、連続する二四時間中の乗
務及び勤務時間の制限を超えない場合は、宿泊地において一二時間の休養を取らず
に飛行することができること、「宿泊地」とはあらかじめ乗員交替地として定めら
れた場所をいうこと、以上のとおり定められていたこと、昭和五七年二月九日に発
生した日航羽田沖事故を受けて、運輸大臣は、同年三月九日、被告に対し、「安全
運航確保のための業務改善について」と題する文書で勧告をし、この勧告の中に、
「乗務スケジュールの中に、宿泊地における休養時間が十分とはいえない事例が見
受けられる。従つて乗務割の基準中に、宿泊地における休養時間に関する規定を定
め、その確実な実施を図る必要がある。」という所見を掲げていたこと、同年四月
九日の参議院公害及び交通安全対策特別委員会において日航羽田沖事故が取り上げ
られ、当時の被告代表取締役及び専務取締役が参考人として出席したが、その際同
委員会に運輸大臣の右勧告に対する改善策を記載した文書を提出
したこと、この文書には、「運航乗務員の国内線宿泊地における休養時間につきま
しては、ご指摘の趣旨をふまえできる限り早急に労使間脇定の改訂を行い規定化
し、確実な実施をはかってまいる所存であります。なお、当面は国内線宿泊地にお
ける休養時間が不足することのないようスケジュールの作成及び運用に充分配慮い
たします。」と記載されており、当時の被告専務取締役は、同委員会において、
「本日以後は組合との協定が成り立つまでの間、ホテルにおける時間が十時間を割
らないように配分をするということで実行してまいります。」と述べたこと、被告
は、同年四月一〇日、乗員組合に対し、国内線に関しては、あらかじめ乗員交替地
として定められた場所であるか否かを問わずに、勤務終了後に原則として一二時間
の休養を与える旨の提案をし、協定締結を求めたが、協定締結には至らなかったこ
と、改定後の本件就業規程では、従前の宿泊地という概念がなくなり、代わりに
「一連続の乗務に係わる勤務」という概念が規定され、これを前提として、「一連
続の乗務に係わる勤務の前には連続一二時間の休養を予定する。また、休養に先立
ち予定する乗務が以下に該当するときは、一二時間の休養時間にそれぞれの時間を
加算した休養時間を予定する。(後略)」(一六条一項)、「前項の定めにかかわ
らず、航空機の遅延等やむを得ない事態が発生し前項で予定した休養時間が次の一
連続の乗務に係わる勤務の前に確保できない場合は、少なくとも一〇時間の休養を
与える。(後略)」(一六条二項)、「第一項ないし第二項の定めにかかわらず、
休養の前後の乗務時間及び勤務時間の合計が、第一○条に定める制限時間内であれ
ば、一〇時間の休養をとらず乗務を継続させることができる。」(一六条三項)と
規定されているが(第二分冊、第二、一、5、(三)参照)、一連続の乗務にかか
わる勤務の継続中に宿泊が予定されている場合については、その最低休養時間を保
障する旨の規定が手当てされていないこと、被告は、運輸大臣の前記勧告を受け
て、あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かを問わずに、勤務終
了後に十分な休養時間を確保する方針を打ち出したのは、国内線に限ってであり、
国際線については同様の方針を打ち出しておらず、現に休養時間が一二時間に満た
ない実例もあったこと、被告が国際線について同様の方針を打ち出さない理由とし
て挙げるの
は、連続する二四時間中の乗務時間制限及び勤務時間制限の枠内で徹夜便の乗務や
時差のある乗務を行うことは必然的に生ずることであり、到着地における休養が昼
間の場合か夜間の宿泊を伴う場合かで休養時間を設定する基準を別にすることに合
理的な理由はないと考えていることであること、以上の事実を認めることができ
る。
 右認定に基づいて考えれば、本件就業規程改定前には、労働協約、就業規則又は
労働契約において、あらかじめ乗員交替地として定められた場所であるか否かを問
わずに、宿泊を伴う場合には、勤務終了後に原則として一二時間の休養時間が与え
られることを内容とすることが定められたことはなく、被告が自己の判断で国内線
についてそのような運用を行っていたものと解するのが相当である。
 甲第三五八号証をもっても右認定を左右するに足りず、他に右認定に反する証拠
はない。
 したがって、本件就業規程が一連続の乗務にかかわる勤務の継続中に宿泊が予定
されている場合についてその最低休養時間を保障する旨を規定していないことは、
不利益変更には当たらない。また、右保障規定がないことを理由に、直ちに、本件
就業規程の乗務時間制限等の規定が合理性を欠くとまでいうことはできない。もっ
とも、日航羽田沖事故を契機に運輸大臣が改善を勧告し、参議院公害及び交通安全
対策特別委員会において同様に指摘された点は、宿泊地における休養時間を十分確
保する必要があるということであり、このことは国内線であると国際線であるとを
問わずに妥当することであって、被告が挙げる理由が両者を区別する合理的な理由
となるとは考え難いから、国際線についても、一連続の乗務にかかわる勤務の継続
中に宿泊が予定されている場合についてその最低休養時間を保障することが相当で
あり、早急に改善のための措置が執られることが望まれる。
2 乗務のために目的地に移動するデッドヘッド後の最低休養時間の保障について
(請求四2)
 旧勤務協定では、運航乗務員が東京から連続して一二時間以上航空機に便乗する
場合には、次の乗務に先立ち少なくとも連続二四時間を与えることを原則とし、便
乗した航空機の遅延等、やむを得ない場合には当該地到着後連続一八時間を与えた
後に乗務することができることとしていた(甲第一号証(九〇頁))。また、従前
の「東京-サンフランシスコ間デッドヘッド後の休養時間に関する覚書」では、東
京からサンフ
ランシスコまでのデッドヘッドについては、右に準ずる取扱いが取り決められてい
た。これに対し、改定後の本件就業規程では、運航乗務員が連続して便乗する場合
で勤務時間が一五時間を超える場合は、次の乗務にかかわる勤務の前に連続一五時
間の休養を予定することとし、便乗する便の遅延等やむを得ない場合には、到着後
少なくとも一〇時間の休養を与えることとしているが(一六条四項)、運航乗務員
が連続して便乗する場合で勤務時間が一五時間を超えない場合は、一連続の乗務に
かかわる勤務の前には連続一二時間の休養を予定するという規定(一六条一項)が
適用されることになる。
 旧勤務協定にいう連続二四時間が休養時間を意味するのか、総経過時間を意味す
るのか争いがあるが、本件就業規程改定により運航乗務員が従前に比べて不利益を
受けていることは疑いがない。
 しかし、被告は、前記認定の経営上の必要性に照らし、人員効率を高め、経費面
で削減可能なものはできる限り削減するという方針の下にこの点の改定を行ったも
のと考えられ、その必要性自体は一般的には肯定できる。また、右に述べたように
休養が予定されるから、次に乗務する航空機の航行の安全に支障がないと認めるこ
とができ、諸外国の基準又は他の航空会社の基準が証拠上明らかではないものの、
内容自体の合理性も肯定できないわけではない。
 そうすると、本件就業規程改定により、乗務のために目的地に移動するデッドヘ
ッド後の最低休養時間の保障を前記のとおり変更したことは、それによる不利益が
あるが、なおそのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度
の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができないわけではな
い。
3 自宅待機(スタンバイ)終了後の最低休養時間の保障について(請求四3)
 旧勤務協定では、自宅待機(スタンバイ)終了後、次の乗務に先立ち、国際線対
象の場合は一二時間の、国内線対象の場合は六時間の休養を得なければ次の乗務に
ついてはならないこととされていた(甲第一号証(九〇頁))。これに対し、改定
後の本件就業規程では該当する規定がなく、被告は右の最低休養時間の保障を廃止
する意図で規定しなかったものである。したがって、本件就業規程改定により運航
乗務員が従前に比べて不利益を受けていることは疑いがない。
 自宅待機(スタンバイ)といえども、運航乗務員は、その間、被告の指示を受け
次第、業務を遂行することができるように出勤する義務を負っており、適時にこの
義務を履行することができるようにするために、自宅ではあっても場所的に拘束さ
れる等被告の指揮命令下に置かれて労務の提供を継続しているのであるから、性質
上は手待時間であり、労働時間に該当する。また、甲第二二〇号証(四五頁から四
六頁まで)、第三一一号証(二頁から三頁まで)及び原告P9本人尋問の結果(平
成一〇年三月四日付け本人調書八一項)によれば、運航乗務員は自宅待機(スタン
バイ)中いつ呼び出しを受けるか気にかかり、精神的なストレスがあることが認め
られる。しかし、自宅待機(スタンバイ)中の負担は実際に乗務その他の勤務をす
る場合に比べて小さいから、その終了後休養時間まで付与しなければ次の乗務に係
る航空機の航行の安全に支障があることまで認めるに足りる証拠はない。
 被告は、前記認定の経営上の必要性に照らし、運航乗務員の生産性を高めるとい
う見地からこの点の改定を行ったものと考えられ、その必要性自体は一般的には肯
定できる。他方、改定後の本件就業規程は、一連続の乗務にかかわる勤務の前に予
定する連統一二時間の休養に自宅待機(スタンバイ)を包含することができると規
定しており(一九条一項)、この措置が採られると連続一二時間の休養中の大半を
自宅待機(スタンバイ)が占めることになるので、疑問がないわけではないが、自
宅待機(スタンバイ)中の負担が実際に乗務その他の勤務をする場合に比べて小さ
いことからすると、次に乗務する航空機の航行の安全に支障がないと認めることが
できないわけではなく、諸外国の基準又は他の航空会社の基準が証拠上明らかでは
ないものの、内容自体の合理性も肯定できないわけではない。
 そうすると、本件就業規程改定により、自宅待機(スタンバイ)終了後の最低休
養時間の保障を廃止したことは、それによる不利益があるが、なおそのような不利
益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な
内容のものであるということができないわけではない。
三四 本件就業規程中の国際線乗務後の基地における休日に関する規定の変更の合
理性(請求五)
 国際線乗務後の基地における休日について、旧勤務協定は別表9のとおり定めて
いた。改定後の本件就業規程は、別表10のとおり定めているほか、離基地期間中
の最大時差が八時間以上の場合は、別表1
0の休日に連続して一日の休日を与え、離基地期間中の予定された総乗務時間を離
基地日数で除した一日当たり乗務時間が六時間以上の場合は、別表10の休日及び
右時差に伴う休日に連続して一日の休日を与えることとしている。この結果、離基
地日数一日の場合には、旧勤務協定では一日の休日が与えられたが、改定後の本件
就業規程では乗務時間が六時間以上のときに一日の休日を与えられるほかは休日が
付与されなくなった。また、離基地日数九日の場合及び離基地日数一二日から一四
日までの場合の休日数は、右のようにして付加される場合を別として、各一日だけ
削減された。したがって、本件就業規程改定により運航乗務員が従前に比べて不利
益を受けていることは否定できない。
 しかし、右のとおり、改定後の本件就業規程が最大時差が八時間以上の場合や、
一日当たり乗務時間が六時間以上の場合に休日を付加することとしていることを併
せて考えると、運航乗務員が受ける不利益の程度は右の限度で減殺されている。ま
た、離基地日数一日の場合で、かつ、乗務時間が六時間未満のときにまで一日の休
日を与えなければ、その後の運航の安全に支障を来すほど運航乗務員に疲労が蓄積
することを認めるに足りる証拠はなく、離基地日数九日の場合及び離基地日数一二
日から一四日の場合の休日数が各一日削減されたことにより、その後の運航の安全
に支障を来すほど運航乗務員に疲労が蓄積することを認めるに足りる証拠もない。
諸外国の基準又は他の航空会社の基準が証拠上明らかではないが、右に述べた各点
からすると、改定後の本件就業規程の内容自体の合理性は一応肯定できる。他方、
前記認定の経営上の必要性に照らして考えると、被告が右の限度で休日制度の合理
化を図ったことには、必要性があったものということができる。
 そうすると、本件就業規程改定による不利益はあるが、なおそのような不利益を
法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容
のものであるということができないわけではない。
三五 本件就業規程中の待機(スタンバイ)に関する規定の変更の合理性(請求
七)
1 甲第一号証(九〇頁、九一頁、九四頁)、第二二〇号証(四五頁から四六頁ま
で)、第三五八号証(三一頁、三三頁から三八頁まで)、乙第九〇号証、第一一四
号証(一四頁、二二頁、三五頁から三七頁まで)、第一二〇号証、第一四三号証、
証人P74
の証言(平成一一年一月二一日付けの証人調書八八項から八九項まで、一三一項、
一八三項、平成一一年三月四日付けの証人調書七二項から七五項まで)、原告P9
本人尋問の結果(平成九年一二月一八日付け本人調書三八項から四九項まで、平成
一〇年三月四日付け本人調書六八項から一一八項まで)、原告P26本人尋問の結
果(平成一一年三月二五日付け本人調書一五三項から一七九項まで、平成一一年五
月一三日三六四項から三七六項まで)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 旧勤務協定は、待機(スタンバイ)について次のとおり規定していた。
(1) 国際線
イ STAND BYは、指定された便について行うものとする。
ロ STAND BYは、連続二四時間中は一二時間を限度とし、STAND B
Yすべき最初の便の出発予定時刻の四時間前から始まり、最後の便の出発時刻の四
時間後に終了する。
ハ STAND BY終了後一二時間の休養を得なければ次の乗務についてはなら
ない。
(2) 国内線
イ 自宅STAND BY
(イ) 自宅STAND BYは一八時間を限度とする。
(ロ) 自宅STAND BY終了後六時間の休養を得なければ、次の乗務につい
てはならない。
ロ 出社STAND BY
(イ) 出社STAND BYは指定休養施設に出頭すべき時刻に始まり、一二時
間を限度とする。但し、出社STAND BY開始後八時間以内に乗務すべき便を
指定しなければならない。
(ロ) 出社STAND BYで乗務を伴わない場合は、出社STAND BY終
了後一二時間の休養を得なければ次の乗務についてはならない。
(ハ) STAND BY中に連絡を受けた時は、STAND BYすべき便に遅
延が生じた場合においても乗務するものとする。
(二) 旧勤務協定では、国際線については、一二時間の待機(スタンバイ)拘束
時間があったが、待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用は指定された便に
ついて行うこととされており、また、待機(スタンバイ)すべき最初の便の出発予
定時刻の四時間前から始まることとされていたので、待機する運航乗務員にとって
どの便に乗務することになるのか予測可能性があり、これに備えて準備しやすかっ
た。国内線については自宅待機(スタンバイ)拘束時間が一八時間であり、起用対
象は限定されていなかった。被告は、旧勤務協定下で、当初は特定の一便を指定し
ていたが、昭和六〇年三
月以降二便を特定して指定するようになった。被告は、指定した二便の間の当該運
航乗務員が乗務資格を有するすべての便を指定できるという見解であったが、運用
上は、待機(スタンバイ)からの起用の対象となる便があらかじめ指定便として表
示されていた運航乗務員から起用し、指定されていた二便の間の便に該当する場合
には、当該運航乗務員に対する業務依頼の要素があると説明し、当該運航乗務員の
協力を得て乗務に就いてもらう扱いであった。また、被告は、乗務割により予定さ
れている次の乗務と時間帯、行き先が同一ないしこれに準ずる二便を指定する運用
を行っていた。
 改定後の本件就業規程は、国際線、国内線を問わず、待機(スタンバイ)拘束時
間を八時間に短縮したが、待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用対象を待
機(スタンバイ)開始時刻以降、当該日の二四時までに開始する勤務とすることを
規定し、国際線について待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用対象につい
て、あらかじめ指定していた二便とその間の便に起用対象の範囲を限定する制度を
廃止しただけでなく、あらかじめ指定していた特定の便への起用を優先させる運用
を取り止めた。この改定は、他の改定と併せて運航乗務員必要数削減を企図して行
われたものであり、現に削減効果が達成されている。
 被告は、本件就業規程の改定後の平成一〇年一〇月一〇日、午前四時から正午ま
での間待機(スタンバイ)中であった原告P26に対し、午前四時五分ころ、出頭
時刻が午前五時ころの便への乗務を指示したことがあり、原告P26は乗務を命じ
られた便の路線に関する情報の整理等をする十分な時間的余裕がないまま空港へ出
頭しなければならなかった。また、運航乗務員は、乗務を指示される便の予測可能
性が失われたため、今後待機(スタンバイ)中からの起用の頻度が多くなれば、体
調の管理が以前よりも難しくなることが考えられる。さらに、一回の自宅待機(ス
タンバイ)中の運航乗務員について見れば拘束時間が大幅に短くなり、負担が軽減
されたが、月間で見れば、自宅待機(スタンバイ)中の運航乗務員の総経過時間と
それ以外の業務の就業時間の合計時間の枠までは、勤務割に自宅待機(スタンバ
イ)中の運航乗務員を取り込むことが可能であるから、今後仮に被告が現時点まで
の運用を改め、待機(スタンバイ)中からの起用の頻度を増やせば、月間では、運
航乗務員の負担が
軽減されたことには必ずしもならなくなる。
2 右認定に基づいて考えると、本件就業規程の改定によって、一回当たりの待機
(スタンバイ)中の運航乗務員の拘束時間が大幅に短縮されたことは、運航乗務員
にとって負担が軽減された点であるが、今後仮に被告が現時点までの運用を改め、
待機(スタンバイ)中からの起用の頻度を増やせば、月間では必ずしも運航乗務員
の負担が軽減されたことにはならなくなる。他方、国際線についても、待機(スタ
ンバイ)中の運航乗務員からの起用対象が待機(スタンバイ)開始時刻以降当該日
の二四時までに開始する勤務とすることとされ、国際線について待機(スタンバ
イ)中の運航乗務員からの起用対象について、あらかじめ指定されていた二便とそ
の間の便に起用対象の範囲が限定される制度が廃止されただけでなく、さらに、運
用上あらかじめ指定していた特定の便への起用を優先させることとしていた措置が
取り止められたことにより、運航乗務員の受ける不利益は相当大きいものがある。
 待機(スタンバイ)は、天候や機材の故障、予定されていた運航乗務員の急病等
の不測の事態が発生した場合に、定期航空運送事業者が、公共交通機関の使命を果
たすべく、運航を確保し、定時制を維持することができるようにするために必要不
可欠な制度であり、労使双方ともこの点の認識では一致している。また、被告の現
時点までの運用が過度のものであったり、運航乗務員に特に大きな負担をかけるも
のであったことを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、被告は、本件就業規
程改定後、午前四時から正午までの間待機(スタンバイ)中であった原告P26に
対し、午前四時五分ころ、出頭時刻が午前五時ころの便への乗務を指示したことが
あり、原告P26は乗務を命じられた便の路線に関する情報の整理等をする十分な
時間的余裕がないまま空港へ出頭しなければならなかった。このような事態が現在
頻繁に生じていることを認めるに足りる証拠はないが、被告は、指定便制度の制約
を撤廃し、より効率的、弾力的な運用が可能であるようにし、運航乗務員の生産性
を高め、他の改定と併せて運航乗務員必要数削減を企図して待機(スタンバイ)の
改定を行ったものであり、前記認定の経営上の必要性に照らすと、その必要性自体
は一般的には肯定できないわけではないとしても、右に述べたように運航乗務員必
要数削減を企図して行われたものであり、
現に削減効果が達成されていること、改定後の本件就業規程による待機(スタンバ
イ)に関する勤務基準が前記のような内容であるにとどまり、対象となる便を限定
し、又は準備のための時間的余裕を織り込む等の制限規定を設けておらず、右の点
の改定により、運航乗務員が、乗務を命じられた便の路線に関する情報の整理等を
する十分な時間的余裕がないまま空港へ出頭しなければならない事態が現に生じて
いること、被告が、前記のような不測の事態が生じた場合だけでなく、運航乗務員
のマンニング状況を見ながら、営業サイドからの要請に基づく臨時便設定や客数の
状況による機材変更等の検討を行っていることをも併せて考えると、今後被告が更
に運航乗務員の人員削減を迫られる等の事情が生じた場合、被告が仮に現在の運用
を改めて待機(スタンバイ)中の運航乗務員からの起用の頻度を増やし、そのよう
な運用が反復継続、更に拡大されることによって、本来例外的措置であるはずのも
のが常態化していけば、運航乗務員の乗務の本来のスケジュールから次第に掛け離
れたものになっていき、乗務を指示される便の予測可能性が失われたことによる不
都合が増大し、あるいは運航乗務員が体調の管理が難しくなる等、恒常的に運航乗
務員に無理を強いるものになっていくおそれがないとはいえない。本件就業規程の
右改定が効率性、人的生産性を主眼に行われたものであるだけに、右のような懸念
がある。これは、本件就業規程の待機(スタンバイ)に関する規定に合理的な制限
が付されていないためであるから、勤務基準としての合理性に疑義があることを物
語っているものである。
 したがって、本件就業規程の前記規定については、その内容自体の合理性を肯定
することができない。
 そうすると、本件就業規程の右の点の改定は、経営上の必要性は理解できるもの
の、経営改善のための方策としては適当なものとはいえず、内容自体の合理性を肯
定することができないから、従前と比べて不利益を受けていることを考慮するまで
もなく、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできな
い。※
 原告P20外一一名は本件就業規程の変更された平成五年一一月一日当時運航乗
務員訓練生であり、その後に運航乗務員になった者であるから、運航乗務員となっ
たときに本件就業規程の適用を受けることになったものと解するのが相当である
が、本件就業規程の前記規定は、そ
の内容自体の合理性を肯定することができないから、原告P20外一一名も含め
て、原告ら(確認の利益を有する者に限る。)のこの点の請求は理由がある。
3 甲第三五八号証及び弁論の全趣旨によれば、自宅待機(スタンバイ)から起用
される業務の範囲が、従前は乗務だけであったのに、本件就業規程の改定後は乗務
だけでなく、シミュレーター勤務、出社スタンバイ乗務以外の勤務にまで広げられ
たことが認められる。たしかに、自宅待機(スタンバイ)の本来の趣旨とは異なる
面があるが、シミュレーター勤務、出社スタンバイ乗務以外の勤務に起用すること
が不当であるとまではいえず、運航乗務員にとってさほど不利益が大きいとも考え
られないから、不利益変更に当たるというほどのことではない。したがって、この
点に関する原告ら(確認の利益を有する者に限る。)の主張は理由がない。
三六 結論
 以上の次第であって、原告らの請求に係る訴えのうち、確認の利益を欠く等の理
由で不適法なものは却下し、適法な訴えについては、原告らの請求のうち、シング
ル編成による二名編成機で予定着陸回数が一回の場合、シングル編成で予定着陸回
数が二回の場合、勤務完遂の原則、国内線の乗務の連続日数及び待機(スタンバ
イ)に関し、主文掲記の限度で義務の不存在を確認したが、その余は理由がないか
ら棄却する。

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