弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の請求
被告は,原告に対し,金285万6400円及びこれに対する平成15年1
月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 請求原因
(1) 当事者
ア 原告は,平成11年からA新体操クラブ(以下「本件クラブ」とい
う。)の名称で新体操の教室を開いているものであり,平成14年8月当時,F体
育館(神戸市a区所在),G体育館(兵庫県b市所在),H体育館(神戸市a区所
在)の3つの体育館を借りて新体操教室を開いていた。
イ 被告は,平成12年4月から原告に講師として雇用され,上記3つの体
育館における本件クラブの体操教室で生徒に新体操を教えていたものである。
(2) 本件に至る経緯
ア 被告は,本件クラブのほか更に3箇所の新体操クラブにおいて講師をし
ていたもので,原告は被告が多忙であることからアシスタントを入れることを被告
に進言していたところ,平成14年8月16日,H体育館で本件クラブの生徒らに
新体操の指導をしていた被告は,その途中で気分が悪くなり,当日のその後の指導
を続けられなくなった。
イ 原告は,被告が多忙な中でかなり無理をして疲れているのではないかと
考え,平成14年8月25日,被告に電話をして,その体調を尋ね,アシスタント
を入れることを再度進言するとともに,生徒への指導を徹底して行う為にも8月中
は指導を休んで,その間に大会に向けての指導方針を練ってほしい旨を伝えた。
ウ しかし,被告は,その後,大会に向けての生徒の指導方針について何も
言ってこなかったばかりか,同年9月3日のF体育館での指導も事前の連絡もなし
に欠席したことから,原告は,被告が同年8月末日で自主退職したものと判断し,
同年9月4日,被告が本件クラブを辞めた旨を生徒の父兄らに伝えた。
(3) 被告の不法行為
被告は,同年9月6日,原告が本件クラブの生徒を指導していたH体育館
において,原告に内緒で生徒の父兄らを集め,その前で,「私は解雇された。新た
に私の教室を開くので,本件クラブを辞めて,私の教室に来て下さい。」と述べ
て,被告が新たに開く新体操教室に加入するよう勧誘し,同年9月10日には,F
体育館の教室において,同教室の生徒の父兄らに対し,同様の勧誘を行った。
その結果,本件クラブからの生徒の退会が相次ぎ,43名いた生徒中,2
3名が退会したため,本件クラブの生徒数は20名に減少した。なお,退会した生
徒のうち被告が新たに開設した教室に入会したのは5名であった。
上記被告の行為は,原告が被告を解雇した事実はなく,むしろ,被告の方
から原告に何の連絡もせずに来なくなって退職したものであるにもかかわらず,本
件クラブの生徒の父兄らを集めて,原告に解雇されたとの虚偽の事実をことさらに
言い触らし,父兄らの同情を引き,被告が開設する新教室への勧誘を行って生徒を
引き抜く行為にほかならず,退職後の行為とはいえ,原告に積極的に損害を与える
意図のもとになされた背信的な営業妨害行為であって,これが原告に対する不法行
為にあたることは明らかである。
(4) 損害
被告の上記不法行為によって,原告は,次のとおりの損害を被った。
ア 営業損害      155万6400円
上記退会した生徒23名分の1か月の月謝総額は,12万9700円で
あり,この売り上げ減を回復するためには最低1年を要する。
12万9700円×12=155万6400円
イ 慰謝料           100万円
原告は,被告の上記不法行為によって,その信用を毀損され,本件クラ
ブの営業を妨害されたもので,その被った精神的苦痛は大きなものがあり,これを
金銭に評価すると,100万円を下らない。
ウ 弁護士費用          30万円
エ 以上合計      285万6400円
(5) よって,原告は,被告に対し,不法行為による損害賠償金285万640
0円及びこれに対する不法行為後であることが明らかな平成15年1月26日(本
訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める。
2 請求原因に対する被告の認否及び主張
(認否)
(1) 請求原因(1)の事実は認める。
(2) 同(2)のアの事実のうち,被告が本件クラブのほか更に3箇所の新体操ク
ラブにおいて講師をしていたこと,被告が,平成14年8月16日,H体育館で本
件クラブの生徒らに新体操の指導をしていたところ,途中で気分が悪くなったこと
は認め,その余の事実は否認する。同(2)のイの事実のうち,原告が,平成14年8
月25日,被告に電話したことは認め,その余の事実は否認する。同(2)のウの事実
のうち,原告が,平成14年9月4日,本件クラブの生徒の父兄らに「お知らせ」
と題する書面(乙2)を配布し,被告が本件クラブを辞めた旨を伝えたことは認
め,その余の事実は否認する。
(3) 同(3)の事実のうち,被告が平成14年9月6日に原告が本件クラブの生
徒を指導していたH体育館に赴き,本件クラブの生徒の父兄らに対し,「私は解雇
されたと思っています。」旨を述べたこと,同月10日,F体育館の教室でも本件
クラブの生徒の父兄ら対し同様のことを述べたこと,本件クラブの生徒で被告の指
導を受けるようになった者がいることは認め,その余は不知ないし否認する。
(4) 同(4)は争う。
(被告の主張)
被告は,平成14年8月25日,原告から電話でいきなり,指導を休むよう
に言い渡されたもので,被告としては「分かりました。」と答えるほかなかった
し,被告としては,その時点で原告から解雇されたものと受けとめざるを得なかっ
た。そこで,被告は,本件クラブを辞めた経過を生徒の父兄らに説明すべく,平成
14年9月6日H体育館に,同月10日F体育館に赴き,父兄らに「8月25日に
原告から電話があり,もう来なくていいと言われました。私は解雇と受け取ってい
ます。」との説明をしたものである。その際,被告が,生徒の父兄らに対し,本件
クラブを退会して被告の新教室に入会するよう不当に勧誘して,原告の営業を妨害
するような行為をしたことは一切ない。被告の新教室の開設は,被告の指導を求め
る父兄や生徒らの熱意に
押されて父兄らと一緒にしたものである。原告は,生徒数の減少を主張するが,こ
れは被告が営業妨害をしたからではなく,原告において後任の指導者を確保するこ
とができないために,原告の経営する本件クラブが父兄らの支持を失った結果にほ
かならない。
第3 当裁判所の判断
1 事実経過
請求原因(1)の事実,同(2)のアの事実のうち,被告が本件クラブのほか更に
3箇所の新体操クラブにおいて講師をしていたこと,被告が,平成14年8月16
日,H体育館で本件クラブの生徒らに新体操の指導をしていたところ,途中で気分
が悪くなったこと,同(2)のイの事実のうち,原告が,平成14年8月25日,被告
に電話をしたこと,同(2)のウの事実のうち,原告が,平成14年9月4日,本件ク
ラブの生徒の父兄らに「お知らせ」と題する書面(乙2)を配布し,被告が本件ク
ラブを辞めた旨を伝えたこと,同(3)の事実のうち,被告が平成14年9月6日に原
告が本件クラブの生徒を指導していたH体育館に赴き,本件クラブの生徒の父兄ら
に対し,「私は解雇されたと思っています。」旨を述べたこと,同月10日,F体
育館の教室でも本件クラ
ブの生徒の父兄らに対し同様のことを述べたこと,本件クラブの生徒で被告の指導
を受けるようになった者がいることは当事者間に争いがなく,同争いのない事実,
証拠(甲1~3,7,乙1~9,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨を総合す
ると,次の事実が認められる。
(1) 原告は,平成11年から,A新体操クラブ(本件クラブ)の名称で新体操
の教室を開いており,平成14年8月当時,F体育館(神戸市a区所在),G体育
館(兵庫県b市所在),H体育館(神戸市a区所在)の3つの体育館を借りて授業
を行っていた。その当時,生徒数は合わせて43名であった。
(2) 被告は,平成12年4月から,被告の後輩で本件クラブで新体操の指導を
行っていたBの紹介で原告に講師として雇用され,本件クラブで新体操の指導を行
っていた。
ちなみに,被告は,高校,大学時代を通じて新体操部に所属していたもの
で,その間各種の大会に出場し,それら大会での優勝経験も有していた。また,被
告は,自らもC新体操クラブという名称の新体操教室を開いており,平成14年8
月当時は,本件クラブの3つの体育館での教室の指導の外,自ら主催するC新体操
クラブの教室の指導も行い,さらにそれ以外に他の2箇所の新体操クラブの教室で
も指導を行っていた。
(3) 被告は,平成14年8月16日,H体育館で本件クラブの生徒に対して新
体操の指導をしていたが,体調が悪くなって立っていられなくなり,その場に座り
込んだ状態で指示や号令を出すことによって,その日の指導を終えた。もっとも,
体調異常は,一時的なもので,被告は,その後,特に医師の診察を受けることもな
かった。
(4) 原告は,同月25日,被告に電話し,同月16日の被告の体調不良に関
し,多忙から疲れているのではないかと尋ねるとともに,以前から原告が言ってい
るようにアシスタント1名を入れた方がよいのではないかといった話をし,併せ
て,bで行われる新体操の競技大会に関し,被告が小学校3,4年生の振付の規定
を確認せずに,小学校1,2年生の振付の規定によって指導していたことを挙げて
注意すると共に,明日からの本件クラブでの指導をしばらく休むように申し入れ
た。
被告は,原告のこの申し入れを,その口調や前後の話等から,暗に解雇を
申し渡されたものと受けとめたことから,同電話の終了後,被告に原告を紹介して
くれた後輩で,本件クラブの指導もしているB(ただし,当時は,産休のため休職
中)に,原告から電話があり,休むように言われたこと,解雇されたものとしか思
えないことを伝えた。
(5) 原告は,同月26日か27日ころ,B及びBと同様に被告の後輩で本件ク
ラブで新体操の指導にあたっていたDの両名から,被告が本件クラブからいなくな
るのであれば,B,D両名も辞める旨の電話を受けた。
原告は,上記電話から,被告が辞める意思であることを知ったが,被告に
これを直接確認することはせず,同月30日,同月分の給料を被告に宛てて郵便で
送金すると共に,被告が9月から授業を休むこと,後任の講師は決定していない
が,11月開催の大会等に向け練習は平常通り行うとの趣旨を記載した書面を,本
件クラブの一部の生徒の家にファクシミリ送信した。
(6) 同年9月の本件クラブの初めの授業は,3日のF体育館の教室であった
が,被告はこれを欠席した。被告は,その欠席につき原告に連絡をしなかったが,
原告の方でも,被告に連絡を取るようなことはしなかった。
原告は,翌4日のG体育館での授業に際し,生徒の父兄らに対し,被告が
同年8月で本件クラブの講師を辞めたこと,幼稚園,小学校低学年の指導をしてい
たDも同年9月から来てもらえなくなったこと,9月からの指導は,原告と原告の
妹のEがこれを行うことを記載した「お知らせ」と題する書面を配布した。
(7) 一方,被告は,同年9月6日,原告が生徒の指導にあたっていたH体育館
に赴き,そこに集まっていた生徒の父兄らに対し,「8月25日に原告から電話が
あり,もう来なくていいと言われました,私は解雇されたと受け取っています。」
と,被告が本件クラブの講師を辞めた経緯を説明するともに,父兄らの中に引き続
き被告の指導を受けることを希望する声もあったことから,H体育館の使用申込を
行って,同月9日から,H体育館で被告が主催して新体操教室を始めることとし,
その旨父兄らに伝え,参加希望者を募ると共に,約8名の父兄らに連絡先を記載し
てもらった。
次いで,被告は,同月10日に,原告が生徒の指導にあたっていたF体育
館に赴き,H体育館におけると同様,そこに集まっていた生徒の父兄らに対し,被
告が辞めた経過を説明するとともに,H体育館で新たな教室を被告が開いているこ
とを伝え,その参加希望者を募ると共に,連絡先を記載してもらうよう依頼した
が,F体育館では,連絡先を記載してくれた父兄はいなかった。
(8) 本件クラブでは,上記の経緯から,被告だけでなく,その後輩のD及びB
両名も講師を辞めたが,その後任者は1年近く見つからず,その間,原告及び原告
の妹のEが直接指導にあたる状態が続き,そのような中で,本件クラブに所属して
いた生徒43名のうち,23名が本件クラブを辞め,うち6名が被告の開いた上記
新体操教室に入会し,9名がBが開いていた(ただし,Bは,平成14年9月当時
は産休で休んでいたので,授業は被告が行っていた。)新体操教室に入会した。
2 不法行為の成否について
原告は,被告は,本件クラブを辞めた直後に新教室を開設し,本件クラブの
生徒の父兄らに虚言を弄して新教室への勧誘をしたものであり,被告の行為は,退
職後の行為とはいえ,原告に積極的に損害を与える意図のもとになされた背信的な
営業妨害行為であって,これが原告に対する不法行為にあたることは明らかである
と主張する。
そこで,検討するに,被告の新教室開設が原告に対する競業行為であること
は疑いのないところ,その開設は被告が本件クラブを辞めた直後になされたもので
あり,かつ,新教室への勧誘行為は本件クラブの生徒の父兄らに対して直接なされ
ていることからして,その勧誘行為が,被告が本件クラブの講師であった地位を利
用した側面のあったことも否定しがたいところである。しかし,前記認定事実から
すると,被告は,当初から本件クラブを辞めて新教室を開設することを密かに計画
してこれを実行したというものではなく,原告から突然休養を申し渡されたことか
ら辞めざるを得ない状況となったため,指導を辞めるに至った経緯を生徒の父兄ら
に理解してもらうべく,これを説明する過程で,父兄らから引き続き指導を求める
声があったこともあっ
て,新教室の開設をするに至ったものと認められ,その動機において,ことさら原
告に損害を与える目的をもって新教室を開設したものとまでは認められない。
もっとも,被告が本件クラブを辞めるに至ったについては,原告から被告に
休養の申し入れはあったものの,明確な解雇の意思表示はなされていないことから
すると,被告が生徒の父兄らに対し,「解雇されたものと思っています。」と説明
したことは不適切であったと思われないでもない。
しかし,確かに原告は,平成14年8月25日に被告に休養を申し入れた際
には,解雇という言葉は出してはいないものの,その1,2日後には,B及びDか
らの電話で,被告は,原告からの休養申し入れを解雇と受けとめ,本件クラブを辞
めさせられたものと考えていることを知り得たのであるから,単に一時的な休養を
求めたものであったのならば,被告に対してその意思を確認し,あるいは慰留して
然るべきであるのに,これをしないまま,同年8月30日には一部の父兄に被告が
辞めた旨を通知し,さらには,同年9月3日の授業を被告が連絡なしに欠席する
や,翌日の4日には,被告及びDが辞めた旨,及びそれに代わって原告及び原告の
妹のEが指導にあたる旨を記載した文書を父兄らに配布したことに照らすと,原告
が,被告に休養を求めた
については,暗に被告に退職を求める趣旨も含まれていたと認めるのが相当であ
る。
そうすると,原告からの休養申し入れを原告からの解雇の申し入れと被告が
受け取ったのも無理からぬところがあり,被告が,本件クラブを辞めるに至った経
緯につき,「解雇されたものと思っています。」と父兄らに説明した点もあながち
不当な説明であったとは認められず,少なくともこれをもって被告が虚言を弄した
ものとは言いがたい。その他,本件全証拠によっても,被告の父兄らに対する勧誘
行為に,原告の信用を著しく毀損したり,その他,社会的相当性を逸脱した背信的
な営業妨害行為となるような行為があったことを認めるに足りる確たる証拠もない
ことからすれば,被告の行為は,本件クラブを退職直後になされた競業行為ではあ
るとしても,営業の自由として許容された範囲内の行為であると認めるのが相当で
あって,違法であると
は認めることができない。
以上の次第で,被告の行為は背信的な営業妨害行為であって,不法行為にあ
たるとの原告の主張は,理由がない。
3 結論
よって,原告の請求は,その余について判断するまでもなく理由がないから
これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第4民事部
裁 判 官   上  田  昭  典

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