弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、弁護人川人
博、同友光健七、同戸張順平の上告趣意のうち、各判例違反をいう点は、所論引用
の判例はいずれも事案を異にし本件に適切でなく、憲法三二条、三七条違反をいう
点の実質は、単なる法令違反の主張であり、その余は、事実誤認、単なる法令違反
の主張であり、弁護人角田由紀子の上告趣意のうち、憲法三一条、三七条一項違反
をいう点の実質は、単なる法令違反の主張であり、その余は事実誤認、単なる法令
違反の主張であり、弁護人大塚一男の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論
引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違
反の主張であつて、いずれも、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 なお、原判決が認定したところによると、茨城県笠間市議会議員選挙に立候補し
たAが、その選挙区の被告人方を訪問し、応対に出た同家の主婦である被告人に対
し、自己の当選を図るため被告人を含む同家の家族に投票を依頼する趣旨で、靴下
各二足入りの本件小箱二個を差し出したところ、被告人は、右の趣旨を認識しつつ、
これを舅夫婦や被告人夫婦を含めた同家の家族に帰属させる意思をもつて受領した
というのであり、記録を検討しても、右認定にいまだ事実誤認があるとは認められ
ない。
 このように、選挙人である家族の一員が、当該物品が特定選挙における特定候補
者の当選を図るため自己及び同居の家族に投票を依頼する趣旨で提供されるもので
あることを認識しつつ、これを自己を含めた同居の家族に帰属させる意思をもつて
受領したときは、右物品の受領行為は、公選法二二一条一項四号にいう「供与を受
けた」行為にあたると認めるのが相当である。右の認識と意思をもつて当該物品を
相手方から受領した以上、受供与罪は既遂に達すると解すべきであるから、その後
において、本件におけるように、家族の者が供与者の買収事犯を摘発する意図で警
察官に対し自発的にその物品を提出しても、そのことによつて受供与罪の成否に消
長をきたすものではないと解すべきである。
 したがつて、被告人について受供与罪の成立を認めた原判断は、正当である。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。
 この決定は、裁判官木戸口久治の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見に
よるものである。
 裁判官木戸口久治の反対意見は、次のとおりである。
 私は、被告人の本件行為は、公選法二二一条一項四号にいう「供与を受けた」行
為にあたらないと考える。すなわち、
 記録によると、被告人は、舅夫婦と同居する農家の若嫁であつて、同家における
日頃の対外的な折衝は、贈答品の授受や来客との応接を含めて、舅や姑又は夫が取
り仕切つていたところから、被告人自身に関する事柄以外は、概ね同人らに相談し
たうえでことを処理するならわしになつていたことが認められる。また、本件当日、
立候補者Aが、被告人方を訪問した際、応対に出た被告人に対し、「おじいさんお
りますか」と尋ね、その来意が被告人の舅を訪問することにある旨を表示したこと、
被告人はAとは従前なんらの面識もなかつたものであることが認められる。これら
の事実と、原判決が本件の経緯として認定した(イ)ないし(カ)の事実を総合し
て、Aが本件物品を被告人に渡した状況をみると、被告人としては、Aが、自己の
当選をはかるため、被告人を含めたその家族の有権者の投票を得たいとの意図で本
件物品を持参提供するものであることはこれを察知したものの、その趣旨は、一家
の主宰者である舅や夫に本件物品を渡して自己の来訪の趣旨を伝達してほしいこと
にあるものと理解し、前記のごとき若嫁の立場上、自らの一存ではその受領諾否を
決することはできないと考え、舅夫婦や夫にA来訪の事実を告げて本件物品の処置
を同人らの判断に委ねる意思で、これを預つたにすぎないものとみるべきであつて、
自己に帰属させることは勿論、自己を含めた家族に本件物品を帰属させるとの意思
は有していなかつたと認めるのが相当である。
 加えて、記録によると、被告人は、本件物品受取直後に姑にその事実を報告し、
翌朝は幼稚園の保育参観のため早朝外出したものであるところ、被告人外出後に本
件物品を発見し、Aが持つて来たものであることを聞き知つた被告人の夫が、舅と
も相談のうえ、これは選挙違反であるとして、即刻、警察官に本件の経緯を報告す
るとともに本件物品のうちの一個を任意提出し、残りの一個は、夫の指示をうけた
被告人が、即日警察官に任意提出していることが認められるのであつて、本件物品
は、結局、被告人は勿論、その家族にも帰属しないままにおわつているのである。
 以上のごとき本件の状況を総合的に評価すると、被告人の本件行為は、公選法二
二一条一項四号にいう「供与を受けた」行為にあたらないというべきであり、これ
にあたると認めた原判断は、事実を誤認し、同号の解釈適用を誤つたものであつて、
この誤りは、判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反する
と考える。
 よつて、原判決は破棄されるべきである。
  昭和五九年一一月一三日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    木 戸 口   久   治
            裁判官    長   島       敦

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