弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し原判決別紙第二物件
目録記載の建物部分を収去して同上第一物件目録記載の宅地二五坪二合を明渡せ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言
を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の主張並びに証拠の関係は、被控訴代理人において乙第五号証、同第
六ないし第一二号証の各一、二を提出し、当審における被控訴会社代表者A本人尋
問の結果を援用し、控訴代理人において、「乙第五号証の成立は認める。同第六な
いし第一二号証の各一、二の成立はいずれも不知。」と述べ、当審証人B、同C、
同Dの各証言と当審における控訴人本人尋問の結果を援用したほかは、原判決事実
摘示と同一であるからこれを引用する。
 但し原判決事実摘示のうち別紙被告の抗弁に対する原告の答弁三の(一)中に、
「被告会社の設立後のものであり」とある(原判決一二枚目裏二行目)のを「被告
会社の設立前のものであり」と訂正する。
         理    由
 一 被控訴会社が原判決別紙第二物件目録記載の建物を所有していることは当事
者間に争いがなく、そのうち同目録記載の建物部分が同上第一物件目録記載の宅地
(以下本件土地という。)上に存することにより被控訴会社が本件土地を占有して
いることは被控訴会社の明らかに争わないところであるからこれを自白したものと
みなす。
 二 成立に争いのない甲第一号証、同第一一号証、原審並びに当審証人Dの証
言、原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果を総合すれば、「控訴人は昭和
二一年春東京工業学校を卒業後、直ちに実父Dの主宰する品川軽車運送有限会社で
運転手として働きDの事業の手助けをしていたがゆくゆくはDの跡をついで運送業
を経営する意図を有しており、かつDのすすめもあつたところから、Dの友人Eが
出物として進言した本件土地を将来に備えて買取ることとし、昭和二三年一二月二
一日Dを代理人として当時疎開跡の空地てあつた本件土地を代金約三万五、〇〇〇
円でその所有者から買受け、かねて旧円封鎖の際にDから贈与を受けていた金員
に、自から貯えた資金を加えて右代金の支払を了し、同日東京法務局品川出張所受
付第一〇、八五五号をもつて自己名義に売買を原因とする所有権取得登記を経由し
じ後Dにその管理一切をまかせた。」ことが認められ、この認定に反する原審証人
F、同Aの各証言並びに当審における被控訴会社代表者A本人の供述はいずれも採
用し難く、他に右認定を左右するに足る資料はない。
 三 そこで進んで本件土地についてはたして被控訴会社にその主張のような賃借
権があるか否かについて判断する。
 各成立に争いのない甲第二号証、同第四ないし第六号証、同第一〇号証、乙第五
号証、原審証人Dの証言によつて成立の真正を認め得る甲第七号証、当審における
被控訴会社代表者A本人尋問の結果によつて各成立の真正を認め得る乙第六ないし
第一二号証の各一、二、原審証人D、同A、同G、同F、当審証人Cの各証言、当
審における被控訴会社代表者A本人尋問の結果を総合し、これに本件口頭弁論の全
趣旨を参酌すれば、
 「控訴人の実父Dは、昭和一七年八月七日安全自動車株式会社から東京都品川区
ab丁目c番地にある木造トタン葺二階建建物の一階店舗部分を賃借し、該店舗に
おいて会社組織により運送業並びに自動車の修理、整備事業を営んでいたが、昭和
二五年頃右賃貸人会社から同社のガソリンスタンドの経営の開始を理由に店舗の明
渡を要求され結局右要求に応ぜざるを得なかつたので、Dは昭和二〇年以来の事業
の協力者であつたA及びあらたな協力者Gとはかり、その結果、かねてDの買受け
所有していた東京都品川区ad丁目e番のfの土地六二坪六合三勺と同地上の鉄筋
コンクリート造瓦葺平家建倉庫(一八坪)及び右土地の東側に隣接する前記控訴人
の所有でDの管理する本件土地を使用して小型自動三輪車の販売及び修理業を営む
こととし、そのためにあらたな会社の設立を目論み、同年八月二三日未登記であつ
た右六二坪六合三勺の土地と同地上の倉庫についてとりあえずD名義の所有権取得
登記を経由するとともに、当時の右倉庫の使用者食糧営団からその明渡を受け、さ
らに右土地上にこれに隣接する控訴人所有の本件土地に約一〇坪跨つて建坪約三〇
坪の木造トタン葺平家建工場を建築し、同建物の築造による本件土地の使用につい
ては控訴人の承諾を得、ついで昭和二六年八月頃右倉庫の南側にこれと接着して木
造瓦葺二階建事務所(一、二階各六坪)を、右工場の北側にこれと接着してバラッ
ク建宿直室(約九坪)をそれぞれ建築し、右の各建物を事務所、工場、自動車車庫
等に使用し、本件土地の空地部分を控訴人の承諾を得て修理車の置場または野外作
業所として使用して、品川ダイハツ株式会社の商号のもとに、Dの主宰する事実上
の会社として自動三輪車の販売及び修理業を開始するに至つたが、これとともに、
正規に右商号の会社の設立の準備をはじめ、昭和二六年一二月一五日定款を作成
し、同二七年六月一七日その認証を受け、同年九月一二日には将来会社成立の暁こ
れに使用させる目的で発起人の一人であつたGが設立準備中の被控訴会社の名にお
いてその取締役会長名義で、―一方相手方は、本件土地についてはDが前記包括的
管理権に基づき所有者たる控訴人の代理人となり、D所有の前記土地及び地上の倉
庫、事務所、工場、宿直室については同人が本人として―Dとの間に、右各土地建
物を包括して一体とし、これを被控訴会社において期間は別に定めることとし賃料
一ケ月金一万五、〇〇〇円の約定で賃借する旨の契約を締結してその旨の土地家賃
貸借契約書(乙第一号証)を作成し、右土地建物の引渡を受け、同年一〇月六日被
控訴会社の設立登記がなされた後はD及びGが代表取締役に控訴人は監査役にそれ
ぞれ就任し、被控訴会社は従来の営業をそのまま引継ぎ、右土地建物を従前どおり
使用し、Dに対しては毎月金一万五、〇〇〇円宛の約定賃料を支払つていたが、そ
の後被控訴会社の事業が次第に発展するについて被控訴会社自らも本件土地の東側
に隣接する土地を購入し、これと本件上地を含む右従前の賃借地上に営業所、作業
所、車庫等を新築または改築して現在に至つている。」ことを認めることがてき
る。
 もつとも前掲乙第一号証の土地家賃貸借契約書には、賃借物件たる土地中に本件
土地の表示がなく、賃借坪数として記載されている九三坪も実際とは相違している
ことが認められるけれども、原審証人G、同A、当審における被控訴会社代表者A
本人の各供述によれば、右賃貸借の衝にあたつたG及びAらは当時本件土地が隣接
のD所有の東京都品川区北品川二丁目一六八番の三の土地六二坪六合三勺及び区道
部分約五坪と一体として事務所、工場、車庫修理車置場等の利用に供されており、
しかも右両者の土地を区分する明確な境界もなかつたところから、本件土地は隣地
と一体としてDの所有に属するものと考え、一方Dも本件土地が控訴人の所有であ
ることをとくに明言しなかつたため、右両土地及び区道部分を一体として実測して
Aが算出した九三坪を契約書に記載したことが認められ、また右契約書中に賃借建
物として表示された木造瓦葺二階建一棟(三〇坪)は、原審証人Aの証言当審にお
ける被控訴会社代表者A本人の供述によれば、本件賃貸借契約当時存在した前記一
八坪の倉庫とこれに接する二階建事務所(一、二階各六坪)を一棟の建物としてそ
の延坪数を表示したものであることが認められるから、右契約書中の土地の地番坪
数、建物の坪数が実際と相違して記載されたとの事実は、なんら前記賃貸借を否定
するに足りず、また右契約書に本件土地部分の賃貸借についてDが控訴人を代理す
る旨の表示がなされていないことは控訴人主張のとおりであるが、代理人たるDに
代理意思のあつたことは前記認定のとおりであり、一方相手方たる被控訴会社側に
おいては本件土地の賃貸人がDでなく控訴人であつても一向に妨げない意図であつ
たことが本件口頭弁論の全趣旨上明らかであるから、右代理表示の欠缺のゆえをも
つて、本件土地につき賃貸人を控訴人とする賃貸借を否定すべきではなく、前段認
定に反する原審並びに当審証人D、当審証人B、原審並びに当審における控訴人本
人の各供述部分はたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足る資料はない。
 <要旨>四 ところで株式会社の設立前にその設立後の営業に必要な敷地もしくは
建物を賃借する行為はいわゆる開業準備行為として会社設立のために法律上
または経済上必要な行為とは異なり、財産引受に関する商法の特別規定に服する場
合のほか、設立中の会社の機関たる発起人の権限に属するものということはできな
いから、発起人がたとえ設立中の会社の名において右のような開業準備行為をした
としても、その効果は設立後の会社に帰属するものではなく、無効な行為として、
設立後の会社においてこれを追認することも許さないとするのが通説判例の一致し
た見解であるが、他面設立後の会社が新規契約として右と同種の契約を締結するこ
とは別に法の禁止するところではない。
 いま本件についてこれをみるに、前記賃貸借契約が財産引受に関する商法所定の
方式をふんでいないことは口頭弁論の全趣旨上明らかであるから右は無効な契約と
して、その効果を被控訴会社に帰属せしめるに由なく、被控訴会社において追認を
なすことも許されないが、前段において認定したところに本件口頭弁論の全趣旨を
加味すれば、「被控訴会社は昭和二七年一〇月六日設立以来前記賃貸借契約を承継
したとの意思のもとに約定賃料を支払つており、一方Dおよび控訴人も被控訴会社
の役員として当然右の事実を知りながら、被控訴会社の前記土地建物の使用につい
て、その後昭和三七年頃役員間に紛争が生じ本訴等の提起となるまでは、なんらの
異議を述べたこともなかつた。」ことを認めることができるから従前右当事者双方
ともに黙示的に前記賃貸借契約の承継を承認していたものというに妨げなく、無効
な行為といえども、当事者双方諒解のうえ相互にこれを承認するときは、民法第一
一九条但書の無効行為追認の法意に準じ、当事者の効果意思を尊重して、新たなる
行為をなしたものと解するのが相当であり、しかも設立後の会社の同種新規契約の
締結は別に法の禁止するところでないことは右説示のとおりであるから、本件の場
合にあつては、被控訴会社が設立後に新規にDおよび控訴人との間に前と同様の内
容の賃貸借契約を締結したと同視して差支えなく、従つてこの賃貸借を無効とすべ
き理由はない。
 控訴人は右賃貸借の衝にあたつたGは被控訴会社の代表権がなく、またDは被控
訴会社の設立後代表取締役に就任したことによつて双方代理になるから、本件賃貸
借は当然無効であり、たとい契約当事者がこれを有効と考えていたとしても法律行
為の要素に錯誤があつてその効力を生ずるに由ないと主張するけれども、控訴人の
右主張はいずれも被控訴会社の設立準備時代の行為を非難するものであつて、被控
訴会社の設立後に新規に賃貸借契約がなされたと同一視されること前段認定のとお
りである本件の場合にあつては、問題とするに足りないから右主張は採用の限りで
ない。もつともDは被控訴会社設立とともにその代表取締役となつたものであるか
ら、右新規契約については商法第二六五条の制限を受けることになるが、成立に争
のない乙第三号証によれば昭和三八年一一月九日に開かれた被控訴会社の取締役会
において追認の決議がなされたことが認められるからこれまた問題とならない。
 五 とすると、じ余の判断をまつまでもなく、被控訴人は控訴人に対して有する
賃借権に基づき本件土地を占有するものであることが明らかであるから、控訴人の
被控訴人に対する土地所有権に基づく本訴請求は失当であり、(なお控訴人の主張
は、使用貸借の終了を原因としても明渡を求めるかのようにもみられるが、使用貸
借と両立しない賃貸借の成立が認定されること前記のとおりであるから、この点も
もとより失当である。)これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由が
ないから、これを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五
条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 古山宏 裁判官 川添万夫 裁判官 右田尭雄)

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