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平成一四年三月二〇日宣告裁判所書記官 馬場範明
平成一〇年刑(わ)第二六三一号、平成一二年特(わ)第五六六号 建造物侵入、電波
法違反被告事件
           判       決
本籍  沖縄県平良市字a番地
住居  千葉県松戸市b丁目cd番地eハイツf号室 
         無 職
                      Aこと
                        B
                        昭和C年D月E日生
           主       文
被告人を懲役二年六月に処する。
未決勾留日数中六〇〇日をその刑に算入する。
この裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
           理       由
(罪となるべき事実)
 被告人は、いわゆる革マル派の構成員であるが、
第一 同派の構成員らと共謀の上、平成九年三月二日、千葉県浦安市gh丁目i番
j号所在のFマンションG号室において、同室に設置した無線機を使用して警察無
線通信を傍受した上、そのうちからいわゆる革労協主催の集会を巡る警備実施状況
等を内包する警視庁通信指令本部と現場警備本部間の警察無線通信を選別し、同室
に備付けのノート等に記録して整備するとともに、右傍受内容を東京都練馬区kl
丁目m番n号所在のHビルI号室に在室する革マル派の構成員に速報し、右受報者
をして同室に備付けのファイル帳に転記させて、同室に出入りする同派の構成員の
閲覧に供し、又は同派の構成員からの問い合わせに即応し得る状態に置き、もっ
て、無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を漏らし、かつ、窃用し、
第二 同派の構成員らと共謀の上、平成九年一一月二七日午後三時過ぎころ、東京
都府中市op丁目q番r号所在の関東医療少年院において、いわゆる神戸児童連続
殺傷事件により関東医療少年院送致決定を受けて同少年院に収容されている少年と
の面会に訪れる両親と接触等をするため、あらかじめ同少年院の内部を調査する目
的で、面会人の親族を装って、同少年院院長のJが看守する同少年院の正門から敷
地内に立ち入って同少年院の庁舎内に侵入し、もって、正当な理由がないのに、人
の看守する建造物に侵入し
たものである。
(証拠の標目)
(省略)
(事実認定の補足説明)
第一 違法収集証拠の主張について
一 弁護人は、判示第一及び第二の各事実につき、その証拠は、いずれもHビルI
号室又はFマンションG号室から違法に押収されるなどした違法収集証拠又はその
毒樹の果実であって、証拠能力を有しておらず、それらの証拠を除いては犯罪の立
証がないので、被告人は無罪である旨主張する。
 しかしながら、本件各証拠がいずれも証拠能力を有することは、第三三回公判期
日の証拠採用決定において詳細に説示したとおりであり、後記二の点を除き、右採
用決定に付け加えて判示すべき点は存しない。
二 弁護人は、第三五回公判期日の最終弁論において、第一〇回及び第一二回の各
公判調書中の証人N1の各供述部分(甲一六〇)につき、平成一〇年二月一八日付
けのいわゆる第二次差押えには、差押許可状において差し押さえるべき物とされて
いないパソコンを差し押さえた重大な違法があるので、このパソコンのハードディ
スクに入っていたデータから情報を得て証言した同証人の右各供述部分は証拠から
排除されるべきである旨新たに主張している。
 しかしながら、証人N1の右各供述部分は、HビルI号室から押収された多数の
フロッピーディスクの解析結果について証言したものであり、これを精査しても、
右パソコンのハードディスクに入っていたデータから得た情報を基にした内容は含
まれていないのであるから、同証人の右各供述部分を証拠から排除すべき理由は存
在しない。したがって、弁護人の右主張は、理由がないので、同証人の右各供述部
分を職権により証拠排除することはしない。
第二 建造物侵入事件について(判示第二の事実)
一 弁護人は、判示第二の建造物侵入の事実につき、被告人は、いわゆる神戸児童
連続殺傷事件で関東医療少年院に収容されていた少年の両親に会う目的で同少年院
に立ち入ったに過ぎないのであるから、①被告人の行為は、建造物侵入罪の構成要
件に該当せず、可罰的違法性も存しないものであり、②被告人は、建造物侵入罪の
故意を有しないのであって、無罪である旨主張する。
二 そこで、検討すると、関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。す
なわち、
(1) 関東医療少年院は、平成九年一一月二七日当時、二万四〇〇〇平方メートル余
りの敷地で、その周囲を高さ二メートル前後の金網フェンス、ネットフェンス、ブ
ロック塀及びコンクリート塀に囲まれ、敷地内には正門及び通用門から入る構造に
なっていたこと、それらの門は、いずれも平日の午前七時ころから午後七時ころま
で開放されていたが、各門の入口には、「許可なく構内への立入および撮影を禁じ
ます 関東医療少年院長」などと書かれた看板が設置されていたこと、同少年院の
敷地内には、庁舎・治療棟、男子病棟、男子教育棟、女子病棟、女子教育棟、体育
館等が設けられていたこと、庁舎の正面出入口は、右正門から緩やかなS字型の道
を約八二・八メートル進んだ所にあったこと
(2) 右少年院の庁舎は、東西に約三〇メートル、南北に約一〇メートルの二階建て
建物であり、一階及び二階は、いずれも建物のほぼ中央部分を東西方向に廊下が設
置されていたこと、庁舎一階は、廊下の西端が正面出入口に、廊下の東端が治療棟
に通じる施錠された鉄製ドアになっており、廊下の南側には、西から順に庶務課、
会計差し入れ室、印刷室、飲物の自動販売機が置かれた部屋及び応接室が設けら
れ、廊下の北側には、西から順に、面会人控室、宿直室、湯沸室、二階に通じる階
段、物置、便所、物置及び用度倉庫が設けられていたこと、庁舎二階は、廊下の西
側突き当たりが院長室となっており、廊下の南側には、西から順に会議室、次長室
及び書庫が設けられ、廊下北側には、西から順に更衣室、資料室、一階に通じる階
段、便所、資料室及び
医師当直室が設けられていたこと
(3) 被告人は、同日午後三時過ぎころ、知人の女性一人とともに、開放されていた
正門から右少年院に立ち入り、庁舎一階の正面出入口を通って、庶務課の窓口で受
付手続を経ることなく、面会人控室に入ったこと
(4) 右少年院には、その当時、いわゆる神戸児童連続殺傷事件により少年院送致決
定を受けた少年(以下「K少年」という。)が収容されていたこと
(5) 少年院は、家庭裁判所から保護処分として送致された者のうち、心身に著しい
故障のある一四歳以上二六歳未満の者を収容し、これに矯正教育を授ける施設であ
ること(少年院法一条、二条五項)、関東医療少年院では、その当時、面会・通信
の相手方の範囲は、①親族、②保護観察官、保護司、付添人、教師、ケースワーカ
ー、雇用主等の少年の権利の保護及び改善更生に資すると認められる者、③その
他、少年又は保護者から申出のあった者のうち院長が適当と認める者のいずれかに
該当し、かつ、矯正教育に害がないと認められる者とされており、面会の許可は、
院長が決裁していたこと(関東医療少年院面会・通信取扱細則)
(6) 警視庁公安部所属の警察官らが、平成一〇年一月七日から同月八日にかけて、
革マル派のアジトである東京都練馬区所在のHビルI号室の捜索差押えを行ったと
ころ、同室には、法務省職員録のコピー、関東医療少年院付近の地図のコピーに書
き込みをしたもの、同少年院職員の住所等を調査した結果を記載した用紙、同少年
院職員の住民票の写し等が置かれていたこと
(7) HビルI号室で発見された「少年院の下見」と題する書面(甲五一)には、
「【目的】われわれは、来月カシオが南十字星に面会に来る予定であることをつか
んだ。この機会をとらえ、カシオと直接接触しオルグることを追求することにし
た。そのさい、われわれが面会人を装って少年院の中でカシオと話をすることが可
能かどうかを、少年院に行って調査する。」と記載され、「【調査結果】」と題し
て、「われわれは、15時20分に院内に入り、15時55分に出てきた。」と記載されて
いるほか、少年院の面会システムの概要、職員の員数、女性の職員に声を掛けられ
たので入院している少年に面会に来る母親と待ち合わせている旨答えたことなどの
やり取り、どこまで少年院内に入れるかや職員の反応等を調査した結果が詳細に記
載されており、さらに、関
東医療少年院の面会受付票が貼付されていたこと(なお、「南十字星」はK少年
を、「カシオ」はK少年の両親を示す暗号であると認められる。)
(8) 右「少年院の下見」と題する書面には、「97年11月27日」、「354」、「9
52」の記載があるところ、右「354」の記載は、HビルI号室から押収された
各フロッピーディスク(甲一一七から一五三まで)の分析から、「A」という組織
名の革マル派の構成員を示すことが判明したこと、また、同室から押収されたファ
イル帳や用紙等に記載された「A」の病院への通院状況や健康診断の受診状況等
は、被告人の実際の通院状況等に一致すること
(9) 右「少年院の下見」と題する書面には、関東医療少年院の敷地、建物、庁舎内
の一階及び二階の構造等を詳細に記載した図面三通(甲五二から五四まで)が添付
され、敷地及び建物について、「監視カメラ等は、見あたらなかった」との記載
や、二階の会議室について、「大きな男の声が聞え会議中と思われる」との記載等
もなされていたこと
(10) 革マル派の発行する機関紙「解放」には、神戸児童連続殺傷事件が国家権力
による謀略であるとして、K少年の無罪を主張する記事や、被告人の逮捕につい
て、S同志が少年院に立ち入ったことを建造物侵入とするのは不当逮捕であると弾
劾する旨の記事等が掲載されていること、「権力の恐るべき犯罪神戸小学生惨殺事
件の真相」などと題するパンフレットが、関東医療少年院の職員の住居に送付され
たが、同パンフレットの発行元の所在地や連絡先は、それが革マル派系の団体であ
ることを示していること
(11) 関東医療少年院では、平成一〇年二月上旬ころ、警察から、被告人らが庁舎
内に立ち入ったことを知らされ、それ以降、庁舎の周囲、出入口、階段等に赤外線
センサーを、庁舎出入口に監視カメラをそれぞれ設置し、通用門を二四時間施錠す
る扱いにし、庁舎一階の庶務課出入口のガラスを全面透明ガラスに切り替え、治療
棟の体育館前の渡り廊下に目隠しを取り付け、庁舎一階に許可なく立入りを禁止す
る旨の貼り紙を新たに掲示し、外周のフェンスにも許可なく立入り及び撮影を禁止
する旨の看板を二、三か所に取り付けるなど、少年院内の警備を強化したこと
などの事実が認められる。
三1 そして、関東医療少年院の職員であったN2は、当公判廷において証人とし
て尋問を受けた際、次のように証言している。すなわち、私は、平成九年一一月当
時、関東医療少年院において、少年の入退院や面会等を事務分掌とする分類保護担
当の統括専門官として勤務していたが、同月二七日、同少年院に収容中のK少年に
面会に来た母親との応対を終えた後、面会人控室にいた中年女性二人に応対した。
私が、「お話を伺ってましたでしょうか。どんな用件でしょうか」と尋ねると、女
性らは、「ここに収容されている少年のお母さんと待ち合わせをしているんです」
などと答えた。そこで、私は、その少年の名前を聞いて調べたところ、同少年院に
は在院していないことが分かったので、女性らにそのことを伝え、少年の母親に電
話してみるように勧
めたが、女性らは、電話をする素振りはなく、「もうちょっと待ってみますから」
などと言っていた。女性らは、とてもおどおどした様子だった。私が平成一〇年二
月に警察から見せてもらった書面には、私と女性らが行ったやり取りが記載されて
いた。N2は、以上のような趣旨の証言をしている。
2 これに対し、被告人は、関東医療少年院への立入りについて、当公判廷におい
て、次のように供述している。すなわち、私が関東医療少年院に行ったのは、K少
年の両親に何とか会って励ましたいと思い、同少年院に行けば両親に会うチャンス
があるのではないかと考えたからである。私がその庁舎内に入ったところ、かなり
開放的な印象であり、私は、特に職員に声を掛けられることもなく、面会人待合室
に入ったり、ちょっと首を出して自動販売機のある部屋を見てみたり、一階のトイ
レを貸してもらったりしたが、二階には行っていない。私は、革マル派の構成員で
はない。私が同少年院内で職員から用件を聞かれるなどしたかについては、黙秘す
る。被告人は、以上のような趣旨の供述をしている。
四1 そこで、まず、被告人らの本件少年院への立入りの目的及び態様が、どのよ
うなものであったのかについて検討する。
2 この点、HビルI号室で発見された「少年院の下見」と題する書面は、その日
時及び内容のほか、コード番号「354」が被告人と一致する人物を示すものであ
ることなどに照らすと、被告人らが行った本件少年院への立入りについて報告した
ものと認められる。また、右書面は、その発見状況や暗号の使用状況等から、被告
人らが革マル派の内部において自分たちの行動を報告した文書であることが認めら
れ、その記載内容は、前記三の1掲記のN2の証言と一致するものであって、信用
性が極めて高いということができる。したがって、被告人らの本件少年院への立入
りの目的及び態様は、基本的には、右書面に記載されたとおりのものであったと認
められる。そして、右書面に本件少年院の庁舎二階の図面や状況等に関する記載が
あることに鑑みると
、少なくとも被告人又は同行した女性のいずれかは、庁舎二階にまで立ち入って調
査を行ったことが十分に認められるのである。
3 さらに、革マル派は、その当時、神戸児童連続殺傷事件について、権力の謀略
であるとして非常に関心を持ち、本件少年院の職員らの住民票の写しを入手するな
どしてその身上等を調査していたこと、革マル派の発行する機関紙「解放」におい
て、被告人のことを「S同志」と記載していること、「354」のコード番号や
「A」という組織名が、被告人と一致することなどに照らすと、被告人は、「35
4」又は「A」などと呼ばれる革マル派の構成員として、コード番号「952」の
革マル派の構成員とともに、本件少年院への立入り行為に及んだことが認められ
る。
4 以上の事実によれば、被告人は、革マル派の女性構成員一名とともに、本件少
年院に収容されているK少年との面会に訪れる両親と接触等をすることを企て、そ
の下見調査のために本件少年院に立ち入り、庁舎一階の庶務課の窓口に置いてある
面会受付票を入手する一方で、受付手続を経ることはせず、職員であるN2から用
件を尋ねられた際には虚偽の事実を申し述べるなどしながら、少なくとも被告人又
は同行者のいずれかが庁舎二階にまで立ち入って、詳細に本件少年院内の様子や職
員らの状況等を調査したことが、十分に認めることができるのである。
五 次に、被告人らの本件少年院への立入り行為につき、建造物侵入罪が成立する
のかどうかについて検討する。
1 構成要件該当性及び可罰的違法性について
 弁護人は、被告人らの本件少年院への立入りは、K少年を支援してその両親に会
おうとしたことによるものであり、何ら違法な目的を有しておらず、また、その立
入りの態様も許容される範囲内のものであって、建造物侵入罪の構成要件に該当せ
ず、可罰的違法性も存しない旨主張する。そして、弁護人は、その前提として、官
公庁の建物の場合には、個人の住居の場合と異なり、管理権者の意思を絶対化すべ
きではなく、その建物の設置目的等によって、外形的に立入りが許容されていると
認められる範囲内の行為であれば、建造物侵入罪には該当しないと解すべきである
旨主張している。
 しかしながら、当該建物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入り
の目的等から見て、現に行われた立入り行為につき管理権者がこれを容認していな
いと合理的に判断されるのであれば、建造物侵入罪の成立を免れるものではないの
であって、その理は、官公庁の建物であっても何ら異なることはないというべきで
ある。
 この点、関東医療少年院の次長であるN3は、同少年院への立入りにつき、当公
判廷において証人として尋問を受けた際、次のように証言している。すなわち、関
東医療少年院に立入り可能な外来者は、親族や付添人等の面会人で少年の改善更生
に資する者、あるいは納入業者等の施設の運営上必要な者に限られている。平日の
日中に同少年院の門が開放されているのは、少年の改善更生のために協力が必要な
面会人が来訪しやすくするためと矯正教育への周囲の理解と協力を得るためであっ
て、少年院に無関係な者が自由に立ち入ることを認めているわけではない。収容少
年の面会人等であっても、自由な立入りが認められるのは庁舎一階部分のみであ
り、庁舎二階への立入りは認めていない。収容少年の両親と接触するための現地調
査の目的で立ち入るこ
とは、面会人らにも迷惑であり、少年の改善更生に無関係であって認められない。
鎌田は、以上のような趣旨の証言をしており、その証言内容は、十分に信用するこ
とができる。
 そして、本件少年院が矯正教育を目的とした施設であり、収容している少年や親
族らのプライバシーの保護の必要性も高く、一般人に開放された施設ではないこ
と、本件少年院の正門及び通用門には、許可なく構内に立ち入ることを禁止する旨
の看板が設置されていたこと、被告人らの立入りに気付いた本件少年院の職員であ
るN2が、被告人らに来院の用件を尋ねていること、被告人らの立入りが発覚した
後、本件少年院の警備が強化されたこと、本件少年院の庁舎二階は、院長室や会議
室等が設けられているだけで、およそ一般人に開放される性質のものではないこと
などの事情に照らすと、本件少年院の管理権者において、被告人らの行った調査目
的での立入りを容認していないことは明らかであり、被告人らの行為は、建造物侵
入罪の構成要件に該当
するといわざるを得ない。
 また、面会人らの立入りすら認められていない庁舎二階にまで立ち入り、内部の
様子を詳細に調査するなどしたその立入りの態様に加えて、少年院という施設の性
質や使用目的等を合わせ考えると、被告人らの本件少年院への立入り行為には、可
罰的違法性も十分に認めることができる。したがって、弁護人の右主張は、理由が
ない。
2 故意について
 弁護人は、本件少年院への立入りにつき、被告人には建造物侵入罪の故意がなか
った旨主張し、また、被告人も、当公判廷において、許可を得ないで少年院内に立
ち入ってはいけないという掲示には気付かなかったと述べるなど、右主張に沿った
供述をしている。
 しかしながら、前記「少年院の下見」と題する書面によれば、被告人らが、本件
少年院の様子を子細に観察していたことが窺われるのであり、被告人らが、正門入
口に設置された許可なく立ち入ることを禁止する旨の看板に気付かなかったという
被告人の右供述は、にわかに信用し難いところである。そして、そもそも、被告人
らが、本件少年院の職員であるN2から話し掛けられた際に、立入りの目的につい
て虚偽の答えをしているというその具体的な行動自体が、被告人らにおいて、本来
の立入り目的を職員に知られれば、職員から立入りを拒絶されるという認識を有し
ていたことを明瞭に示しているということができるのである。したがって、被告人
に建造物侵入罪の故意があったことは、十分に認められるのであって、弁護人の右
主張は、理由がない

六 以上から、結局、被告人らの本件少年院への立入り行為について、建造物侵入
罪が成立することは明らかというべきであるから、弁護人の無罪の主張は、理由が
ない。
第三 電波法違反事件について(判示第一の事実)
一 弁護人は、判示第一の電波法違反の事実につき、証明不十分であるとして、被
告人が無罪である旨主張し、また、被告人は、全く身に覚えがないと供述するほか
は黙秘をしている。
二 そこで、検討すると、関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。す
なわち、
(1) 警視庁公安部所属の警察官らが、平成一〇年四月九日から同月一〇日にかけ
て、革マル派のアジトである千葉県浦安市所在のFマンションG号室の捜索差押え
及び検証を行ったところ、同室には、デジタル無線信号を解読する機能を備えた再
生機と録音機が接続された多数の無線機が設置されていたこと、同無線機の周波数
は、警視庁等の主に警察関係無線のものに設定されており、同室内には、警察無線
を傍受して録音したデジタルオーディオテープのほか、大量のカセットテープやフ
ァイル帳等が置かれていたこと
(2) FマンションG号室で発見された「小島防衛ノート(契約更新・行事)№1」
と記載された水色ファイル帳(甲一八三)には、同室が昭和五四年ころから使用さ
れており、「A」がその契約更新等に従事していた旨が記載されていること(な
お、「小島」は、FマンションG号室を示す暗号であると認められる。)
(3) 平成九年三月二日、革労協系の団体によって、警視庁L警察署管内のM区民館
での集会及び警視庁N警察署管内のO公園までのデモ行進が行われ、L警察署警備
課警備係勤務の巡査部長N4は、右集会等につき、同警察署現場警備本部の無線担
当員として、その動向や現場警備本部の部隊活動状況等を警察無線を使用して警視
庁通信指令本部に報告したこと、その際に使用していた周波数は、共通一系と呼ば
れているものであったこと
(4) FマンションG号室で発見された「大衆運動 共一メモ・’97 3」と題する
ファイル帳(甲一八一)には、警察無線通信を傍受した内容が時系列順にメモ書き
されていること、また、同室で発見された「大衆運動ファイル 97年」と題するフ
ァイル帳(甲一七八)、「まとめ’97・3~4月」と題するグリーン色ファイル帳
(甲一七九)及びノート(甲一八〇)には、それぞれ「硫黄春闘集会」等の標題
で、右傍受した内容のうちN4巡査部長が警察無線を使用して報告した内容が、選
別されてまとめられていること(なお、「硫黄」は、革労協を示す暗号であると認
められる。)
(5) 警視庁公安部所属の警察官らが、平成一〇年一月七日から同月八日にかけて、
前記HビルI号室の捜索差押えを行った際に、同室一二畳洋間のロッカー内には、
日付順に整理された多数の「連絡ノート」と題するファイル帳が置かれていたこ
と、それらの中の「連絡ノート 91・11/20~」と題するファイル帳(甲一七五)
の一二月二日付けの欄には、「A」からの連絡として、N3巡査部長の無線通信内
容に合致する内容が記載されていること、また、同室で発見された「スコア1」と
題するファイル帳(甲一七六)の一九九一年一二月二日付けのページには、「A」
が他の革マル派の構成員とともにFマンションG号室に配置された旨が記載されて
いること(なお、革マル派のファイル帳の日付については、五年三か月遡って作成
されており、右各記載は
、平成九年三月二日付けのものであると認められる。)
(6) 「A」は前記第二認定のとおり、被告人の革マル派内部における組織名である
こと
(7) FマンションG号室で発見された「小島における情報収集活動を理論化するた
めにⅠ」と題するパンフレット(甲一八二)には、同室における革マル派のメンバ
ーが、警察無線通信の傍受により、警察の活動情報を収集して分析し、その内容を
HビルI号室に報告することを任務とし、その目的は、革マル派の活動を警察の検
挙から防衛し、さらに、集会や集団示威運動についての警察の警備実施状況等を知
ることによって対立セクトの動向を探ることにあることなどが、暗号を用いて記載
されていること
などの事実が認められる。
三 右認定の各事実によれば、革マル派においては、FマンションG号室で警察無
線通信を傍受し、その内容をHビルI号室に報告することが組織的かつ継続的に行
われていたことや、被告人が、平成九年三月二日、FマンションG号室において、
同室に配置された他の革マル派の構成員とともに、N3巡査部長が行った警察無線
通信を傍受し、その内容を選別してノート等に記録して整備し、さらに、HビルI
号室の同派の構成員にその内容を速報し、右受報者をしてその内容を同室に備付け
のファイル帳に転記させたことなどが認められる。
四 そこで、被告人らのこれらの行為が、電波法一〇九条一項に定める「無線通信
の秘密を漏らし、又は窃用し」たことに当たるか否かを検討する。
1 無線通信の秘密について
 弁護人は、私人間の通信の秘密でない場合には、その保護の必要性を厳格に解釈
すべきであるところ、本件無線通信は、警察無線であるから私人間のの通信ではな
く、その内容も革労協系団体の公開されている集会及びデモの状況を内容とするも
のであって、秘密性のある通信には当たらない旨主張する。
 しかしながら、電波法一〇九条一項の文理上からも、同項で保護される無線通信
の秘密は、これを私人間の無線通信に限定して解釈すべき根拠はなく、警察無線で
あっても、その存在及び内容に非公知性及び秘匿の必要性のある場合には、これに
当たることが明らかである。そして、本件無線通信は、革労協系団体の集会及び集
団示威運動に対する警察の警備実施状況や警備態勢等を内容とするものであるが、
このような警察の警備実施状況等が非公知であることは明らかであり、それが公に
された場合には、警察活動に重大な支障を生じさせるおそれもあるのであるから、
秘匿の必要性が存することも多言を要しないところである。したがって、本件無線
通信の内容は、同項に定める「無線通信の秘密」に該当するというべきであって、
弁護人の右主張は、
理由がない。
2 秘密の漏洩及び窃用について
 電波法一〇九条一項に定める「窃用」とは、無線局の取扱中に係る無線通信の秘
密を発信者又は受信者の意思に反して利用することであって、当該行為がその利用
意思を反映するものと客観的に認められる程度に外形的に明確になった段階で成立
するものと解される。また、同項に定める「漏らす」とは、無線局の取扱中に係る
無線通信の秘密を第三者に漏らし、又は第三者が知り得る状態に置くことを指すも
のと解される。
 本件において、被告人らは、傍受した無線内容を選別し、FマンションG号室に
備付けのノート等に記録して整備するとともに、右傍受内容をHビルI号室に在室
する革マル派の構成員に速報し、右受報者をして同室に備付けの「連絡ノート」と
題するファイル帳に転記させている。そして、同ファイル帳は、同室一二畳洋間の
ロッカー内に保管されていたのであるから、同室内に出入りする同派の構成員の閲
覧に供する状態にあったと認められる。そして、被告人らが整備したファイル帳等
の記載内容を見ると、連絡事項を時系列順に並べただけのもの(甲一七五、一八
一)のほかに、特定の集会等ごとにその経過や警察の警備実施状況等を分かりやす
く整理してまとめたもの(甲一七八)や、無線周波数別に通信内容を分かりやすく
整理してまとめたもの
(甲一八〇)などが存在するのであって、その情報整理の方法等に照らすと、被告
人らがその整理した情報を利用する意図を有していたことは明らかである。さら
に、FマンションG号室から発見されたパンフレット(甲一八二)の記載内容か
ら、HビルI号室が、革マル派の各種情報を集積して組織防衛のために適切な指示
を出す場所と認められることを合わせ考えると、右のようなファイル帳等の整理に
より、そこに記載された内容は、同派の構成員からの問い合わせに即応し得る状態
に置かれたものと認められる。
 被告人らのこれらの行為は、法的に許容された無線傍受の範囲を超えて、警察の
警備実施状況等に関する無線通信の秘密を利用する意思が外形的に明確になったも
のであって、右無線通信の発受信者であるN4巡査部長や警視庁通信指令本部の合
理的な意思に反するものであることは明らかであり、また、第三者である革マル派
の構成員が右無線通信の秘密を知り得る状態に置いたものということができる。し
たがって、被告人らの右一連の行為が、無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を漏
らし、かつ、窃用する行為に該当することは明らかというべきであり、被告人が、
革マル派の構成員らと共謀の上、電波法一〇九条一項に違反する行為を行ったこと
は十分に認めることができ、弁護人の無罪の主張は、理由がない。
五 なお、弁護人は、本件電波法違反事件における被告人の逮捕について、捜査官
が、逮捕状の執行時期を異常に遅延させたものであって、被告人を不当に長期間拘
束し、その保釈を妨害するために行われた違法なものである旨主張する。
 しかしながら、被告人の右逮捕は、被告人が本件電波法違反の罪を犯したと疑う
に足りる相当な理由を認めて裁判官が適法に発付した逮捕状に基づき行われたもの
であって、弁護人の主張する逮捕時期の遅延によって、被告人の人権が著しく侵害
され、社会通念上許容し得ない事態が生じたとは認めることができず、また、逮捕
状の執行時期について捜査官の裁量を逸脱するような違法があったということはで
きない。したがって、弁護人の右主張は、理由がない。
(法令の適用)
(省略)
(量刑の理由)
 本件は、革マル派の構成員である被告人が、同派の構成員らと共謀の上、警察無
線通信を傍受してその秘密を漏らし、かつ、窃用したという電波法違反の事案(判
示第一)と、少年院の内部を調査する目的で、同少年院の庁舎内に不法に侵入した
という建造物侵入の事案(判示第二)である。
 まず、判示第一の犯行について見ると、被告人らは、FマンションG号室におい
て、多数の無線機、再生機、カセットテープレコーダー等を設置して、警察無線通
信を傍受し、警察無線通信のデジタル信号を解読して音声に変換し、得られた情報
を同室に備付けのノート等に記録して整備するとともに、革マル派の別のアジトに
速報して同所に備付けのファイル帳に転記させ、同所に出入りする同派の構成員の
閲覧に供するなどして、無線通信の秘密を漏らし、かつ、窃用したものである。こ
のように、被告人らは、自分らのアジトに大掛かりな設備を設けて継続的に警察無
線通信を傍受し、その内容を記録化して分析し、革マル派の組織活動を警察の摘発
から免れさせるとともに、対立する他の党派の動向に関する情報を得ようとしてい
たことが窺われるの
であり、判示第一の犯行は、その一環として行われた組織的かつ計画的な犯行であ
って、悪質というほかない。警察の警備態勢等に関する警察無線通信の内容が傍受
されて漏洩や窃用がなされることは、今後の警察の警備活動や捜査活動に看過でき
ない悪影響をもたらすものであって、この種の犯行については、一般予防の観点も
考慮する必要がある。しかも、被告人は、FマンションG号室において、右犯行の
実行行為の一部を自ら分担しているのであって、その果たした役割は大きなものが
ある。
 また、判示第二の犯行について見ると、被告人らは、いわゆる神戸児童連続殺傷
事件により関東医療少年院に収容されていた少年に面会に訪れる両親との接触等を
図るために、事前に同少年院の内部を詳細に調査する目的で、同少年院の庁舎内に
不法に侵入したものである。少年院は、非行を犯した少年を立ち直らせるために、
それにふさわしい平穏さが強く求められる施設であるところ、被告人らは、収容少
年の面会人にも立入りが認められていない同少年院の庁舎二階にまで侵入し、庁舎
の構造や職員数、監視カメラの有無等を調査している上、同少年院の職員から用向
きを尋ねられた際には、架空の少年の名前を告げてその少年の母親と待ち合わせて
いるなどと言葉巧みに申し向け、同職員を欺罔しているのであって、その態様は悪
質である。そして、
被告人らは、右調査の結果について、同少年院の敷地及び庁舎内の見取図等を添付
した「少年院の下見」と題する報告書にまとめているのである。さらに、被告人ら
の仲間の革マル派の構成員らは、同少年院の職員らの住民票の写しを入手するなど
手広く諜報活動を行っているのであって、判示第二の犯行は、その一環として行わ
れた組織的かつ計画的な犯行である。また、右犯行の発覚により、同少年院では、
庁舎の周囲等に赤外線センサーを設置し、渡り廊下に目隠しを取り付けるなどの措
置を講じることを余儀なくされたのであって、その職員や関係者らに与えた不安感
も軽視できないものがある。被告人は、他の革マル派の構成員一名ととともに、右
犯行のまさに実行行為を行っているのであって、その果たした役割は重大である。
 しかるに、被告人は、当公判廷において、右少年院の庁舎内に立ち入ったことは
認めているものの、電波法違反の事実については全く身に覚えがないと述べるな
ど、反省の態度を窺うことはできず、今後も革マル派の非公然活動家として再犯を
犯すおそれも完全に払拭することはできない。また、この種の組織的犯罪について
は、検挙が必ずしも容易ではなく、社会的非難も強いものがあることから、裁判所
としても、厳しい態度で臨む必要がある。
 したがって、以上の諸点に照らすと、本件の犯情は良くなく、被告人の負うべき
刑事責任には重いものがある。
 しかしながら、他方、被告人のために酌むべき事情も存在する。すなわち、判示
第一の犯行については、被告人らの本件漏洩及び窃用行為の対象は、公開の場所で
行われた集会及び集団示威運動に対する警備実施状況等であって、被告人らの行為
によって実際に具体的な害悪が生じたとの立証まではされていない。判示第二の犯
行については、収容少年の面会人の親族を装ったものではあるけれども、日中に開
放されていた正門から少年院内に侵入したというものである。被告人は、前科前歴
がなく、これまでにかなりの期間勾留されており、その間に不幸にも結核が発症し
て、未だに治療が必要な状態にある。
 そこで、以上のような被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮した上、主文の
とおり刑を量定し、今回に限り、その刑の執行を猶予することにした次第である。
(検察官澤田正史及び同外ノ池和弥、私選弁護人西澤圭助、同町田正男及び同武田
博孝各出席)
(求刑 懲役三年)
  平成一四年三月二〇日
    東京地方裁判所刑事第三部
        裁判長裁判官  服   部      悟
           裁判官  加   藤      学
           裁判官  宮   崎  か な え

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