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平成14年(行ケ)第646号 特許取消決定取消請求事件(平成15年9月10
日口頭弁論終結)
          判          決
       原      告   富士電機株式会社
       訴訟代理人弁理士   酒   井   宏   明
       同          中   辻   史   郎
       同          宮   田   英   毅
被      告   特許庁長官 今井康夫
指定代理人   千   壽   哲   郎
同          田   中   秀   夫
同          大   野   克   人
同          宮   川   久   成
同          伊   藤   三   男
          主          文
特許庁が異議2002-70493号事件について平成14年1
1月13日にした決定を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,発明の名称を「自動販売機」とする特許第3203134号発
明(平成6年9月19日特許出願,平成13年6月22日設定登録,以下「本件発
明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許につ
いて,その後,特許異議の申立てがされ,異議2002-70493号事件として
特許庁に係属し,原告は,平成14年7月23日,特許請求の範囲の記載等につき
訂正請求をした(以下,この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)。
 特許庁は,同事件について審理した結果,同年11月13日,「訂正を
認める。特許第3203134号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」と
の決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年12月2日,原告に
送達された。
 2 本件訂正に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範
囲の記載
【請求項1】内部に商品収納室が形成されている断熱構造の本体と,前記
本体の前部に設けられると共に下部前面に商品取出口が設けられている外扉と,前
記外扉に対向配置されると共に前記本体の前面開口を開閉する内扉と,前記内扉の
下部に前記商品取出口に対応するように設けられ,前記商品収納室内に設けられた
商品シュートを滑落する商品を前記商品取出口へ搬出するための商品搬出口と,前
記商品搬出口に上端が軸支され,重心位置を前記商品取出口側に寄せるとともに前
記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように前記商品取
出口側に湾曲して形成された前壁を有し,該重心位置を前記商品取出口側に寄せる
ことによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前記商品搬出口の前
縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉とを備えたことを特徴とする自動販売
機。
【請求項2】前記搬出口扉を透明な部材にて形成したことを特徴とする請
求項1記載の自動販売機。
【請求項3】前記搬出口扉の前壁の内壁面に縦方向のリブを多数形成した
ことを特徴とする請求項1記載の自動販売機。
【請求項4】前記搬出口扉の前壁の下部に横方向のリブを複数形成したこ
とを特徴とする請求項1記載の自動販売機。
(以下,【請求項1】~【請求項4】に係る発明を「本件発明1」~「本
件発明4」という。)
3 本件決定の理由
 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認めた上,本
件発明1は,実願昭55-151456号(実開昭57-73773号)のマイク
ロフィルム(甲4,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発
明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,ま
た,本件発明2~4は,周知技術を勘案すれば引用発明に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものであって,いずれも特許法29条2項により特許を受
けることができず,本件発明1~4についての本件特許は,拒絶の査定をしなけれ
ばならない特許出願に対してされたものであるから,特許法等の一部を改正する法
律(平成6年法律第116号)附則14条に基づく,特許法等の一部を改正する法
律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項によ
り,本件特許を取り消すべきものとした。
第3 原告主張の本件決定取消事由
  本件決定は,引用発明の認定を誤り(取消事由1),本件発明1
~4の進歩性の判断を誤った(取消事由2~4)ものであるから,違法として取り
消されるべきである。
   1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)
本件決定は,引用発明の構成について,「前記搬出シュート(14)を
滑落してきた商品が内壁面に当接して滑落できるように前記商品取出口(8)側に
凸部を向けて屈曲して形成された前壁を有し」(決定謄本5頁第1段落)と認定し
ているが,誤りである。
(1) 引用発明の断熱扉18は,引用例(甲4)の第3図からはその側面形
状が商品取出口側に向けて凸となるような略「く」の字形状と見ることもできる
が,引用例の明細書の記載及び図面の内容を総合的に判断すると平板形状である。
本件決定は,「断熱扉枠(15)の正面図である第2図には,Ⅳ-Ⅳ線の近傍上方
位置に描かれた水平方向の実線が断熱扉(18)の屈曲部に対応するものとして示
されている」(同4頁段落g.)と認定しているが,断熱扉枠(15)の正面図で
ある第2図と,第2図のⅢ-Ⅲ線拡大断面図である第3図との整合性のみを考慮
し,第4図との整合性を全く考慮していないから,誤りである。すなわち,断熱扉
18が略「く」の字形状であれば,第4図には,開口部16を示す部分のほかに,
断熱扉18の下部内壁面に相当する部分としてハッチングが施されない部分が描か
れるはずである。また,引用例の明細書中には,断熱扉18が略「く」の字形状の
屈曲形状を成すとの記載も示唆もない。さらに,引用発明の解決しようとする課題
は,自動販売機の商品搬出口13の断熱性能を向上させることであるから,断熱扉
18が屈曲形状であれば,扉当鍔部34との隙間から冷気や暖気が散逸してしまう
ことになり,課題と矛盾する。したがって,引用例の明細書の記載及び図面の内容
から,搬出口扉の形状やその重心位置を正確に特定することはできない。
(2) 本件決定は,「引用発明において,搬出口扉が屈曲形状をしていて
も,断熱扉枠の側縁(29)が奥行き方向への所定の厚み(引用刊行物(注,引用
例)の第3図における左右方向,第4,5図における上下方向の厚み)を有する構
成により隙間が生じないことは容易に理解される」(決定謄本6頁「[相違点2]
について」第4段落)と判断している。しかしながら,引用発明において,「断熱
扉側面と断熱扉枠の側縁とで開口部を塞ぐようになっており,断熱扉(18)の側
面においても冷気が漏れるような隙間を生じさせてはいない」とするならば,断熱
扉(18)が開閉移動する際に断熱扉側面と断熱扉枠の側縁との間に摩擦力が作用
することになり,断熱扉(18)の本来的な機能である開閉移動を著しく阻害し,
ひいては断熱扉(18)において商品詰まりを招来することにもつながる。引用例
の明細書には,そのような構成を採用する記載が一切ないのであるから,引用発明
の断熱扉は平板形状であると認定すべきである。
(3) 本件決定は,引用発明では商品取出口側に凸部を向けて屈曲して形成
された前壁を有していることを前提として,本件発明1の進歩性の判断をしている
以上,上記引用発明の認定の誤りは,直ちに本件決定の結論に影響を及ぼすものと
いうべきである。
   2 取消事由2(本件発明1の相違点2に係る進歩性の判断の誤り)
本件決定は,本件発明1と引用発明の相違点2として認定した「搬出口
扉に関し,本件発明1は『重心位置を商品取出口側に寄せる』とともに商品シュー
トを滑落してきた商品が『内壁面に沿って』滑落できるように『商品取出口側に湾
曲して』形成された前壁を有しているのに対し,引用発明では,商品シュートを滑
落してきた商品が『内壁面に当接して』滑落できるように『商品取出口側に凸部を
向けて屈曲して』形成された前壁を有している点」(決定謄本5頁~6頁[相違点
2])について,「本件発明1において,搬出口扉を『商品取出口側に湾曲して』
形成された前壁を有するようにした点の技術的意義は,『重心位置を商品取出口側
に寄せる』ことと『商品が内壁面に沿って滑落できる』ようにすることにあるもの
と認められるが,引用発明における搬出口扉(断熱扉)も,商品取出口側に凸部を
向けて屈曲して形成された前壁を有しているものであるから,その重心位置が商品
取出口側に寄せられる構成を有しており,その内壁面に沿って商品が滑落できるこ
とは当業者にとって明らかである」(同6頁「[相違点2]について」)と判断し
ているが,誤りである。
(1) 本件決定には,上記1のとおり,平板状の搬出口扉の形状を屈曲形状
であるとする引用発明の認定に誤りがあるから,その結果,本件発明1の進歩性の
判断も誤りがある。すなわち,引用発明における搬出口扉(断熱扉)は,屈曲せず
平坦であることから,商品搬出口を塞いだ状態の重心は扉の揺動中心となる横軸3
2の垂直下方に位置することになり,本件発明1のような商品搬出口に向かう方向
のモーメントがこの横軸32回りに作用するものではない。引用発明は,自動販売
機の商品搬出口13の断熱性能を向上させるための断熱扉枠の構成に特徴を有する
ものであり,これから搬出口扉に作用する横軸回りのモーメントによって商品搬出
口を塞いだ状態に維持するという着想は到底得られない。
(2) 仮に,引用発明における搬出口扉の形状が屈曲形状を成しているとし
ても,本件決定の本件発明1の相違点2に係る進歩性の判断は,誤りである。
ア 本件発明1においては,本件明細書(甲2)に添付した図面の【図
2】に示すように,搬出口扉の回転中心は軸部11cであり,搬出口扉の下部側を
大きい曲率で湾曲させることによって重心位置が搬出口扉の下部側に位置すること
から,重心位置が搬出口扉の上部側にあるときよりも回転中心である軸部11cか
ら重心位置までの距離が長くなる。このため,商品搬出口を塞いだ状態で搬出口扉
に作用する軸部11c回りのモーメントは大きくなり,商品搬出口を塞いだ状態を
維持して商品収納室6内の冷気や暖気の圧力によって搬出口扉が開くことを確実に
防止するために十分なものとなる。これに対し引用発明の断熱扉(搬出口扉)は,
引用例(甲4)の第3図に開示されているように,屈曲部分は断熱扉の上部側にあ
り,このため断熱扉(搬出口扉)の重心位置は断熱扉(搬出口扉)の上部側に位置
し,しかも,断熱扉(搬出口扉)の屈曲部分と横軸32を結ぶ面の垂直面に対する
傾斜角度は明らかに本件発明1における搬出口扉の傾斜角度よりも小さい。したが
って,引用発明の断熱扉(搬出口扉)に作用する横軸32回りのモーメントは本件
発明1の搬出口扉に作用する軸部11c回りのモーメントに比べて小さいものであ
り,商品搬出口を塞いだ状態を維持するために十分なものとはいえず,引用発明に
おいては横軸32にバネ部材を設け,このバネ部材の弾性力によって搬出口扉で商
品搬出口を確実に塞いでいると考えられる。
イ 引用発明における搬出口扉が屈曲形状をしている技術的意義は,牛
乳瓶のような細長い瓶が搬出シュートから滑落してきた場合に,確実に商品搬出口
から商品取出口へ導くためと考えられ,そのために断熱扉を平板状にした上で上部
で屈曲させているのであり,断熱扉を湾曲形状に形成することは初めから考慮され
ていない。したがって,引用発明では,断熱扉によって商品搬出口を確実に塞ぐた
めにバネ部材が必須の構成となっていることからも,本件発明1のように,重心位
置を商品取出口側にずらすことによってモーメントを作用させて搬出口を確実に塞
いだ状態を維持するという着想は生じ得ない。
ウ また,引用例には開示も示唆もないが,引用発明の曲折線が滑落し
てきた商品の当接位置よりも下方に存在するように断熱扉(18)を屈曲させたと
しても,曲折線によって分断された上方平面及び下方平面には,商品シュートを滑
落してきた商品に順次当接してこれをスムーズに案内させるような機能はなく,ま
た,滑り落ちる商品に対して断熱扉(18)がその落下を阻止しないためには,屈
曲の度合いをできるだけ小さくしなければならず,その結果,横軸回りのモーメン
トを大きくすることはできない。
エ 以上のとおり,引用発明の屈曲形状は,商品詰まりを確実に防止す
ることと,断熱扉(18)に作用する横軸回りのモーメントを大きく設定すること
とを両立できない構成ということができるから,引用発明の搬出口扉が屈曲形状を
していると仮定した場合においても,引用発明の搬出口扉から本件発明1の湾曲形
状の搬出口扉を容易に想到することはできない。したがって,引用発明における搬
出口扉の屈曲と本件発明1における搬出口扉の湾曲の相違は単なる設計事項にすぎ
ないとする本件決定の判断は,誤りである。
   3 取消事由3(本件発明1の相違点3に係る進歩性の判断の誤り)
 本件決定は,本件発明1と引用発明の相違点3として認定した「搬出口
扉で商品搬出口を塞ぐ態様に関し,本件発明1は『重心位置を商品取出口側に寄せ
ることによって生じるモーメントの作用により』行われるとしているのに対し,引
用発明では,『バネ部材の付勢力により』行うとしている点」(決定謄本6頁[相
違点3])について,「引用発明においても,『商品取出口側に凸部を向けて屈曲
して形成された前壁を有』した搬出口扉(断熱扉)を備えている以上,バネ部材の
付勢力の有無に拘わらず,該搬出口扉(断熱扉)には商品搬出口を塞ぐ際に『重心
位置を商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用』が働いている
ことは明らかである」(同6頁~7頁「[相違点3])について」)とし,バネ部
材の有無について,「確かに,引用刊行物(注,引用例)には付勢力を与える手段
としてバネ部材を設けた構成が記載されてはいるが,扉で開口部を塞ぐ場合に,そ
の塞ぐ力の程度を調節するため或いは塞ぐ動作を確実にするためにバネ部材を用い
ることは周知慣用手段であるところから,引用発明は,バネ部材により一層強固に
塞ぐ構成を開示したものと解すべきであり,商品取出口側に凸部を向けて屈曲して
形成された前壁を有した搬出口扉(断熱扉)を備えている以上,バネ部材がない状
態であっても商品搬出口(開口部)が塞がれるものである」(同7頁第3段落)と
しているが,誤りである。
(1) 引用発明の断熱扉と本件発明1における搬出口扉の技術的意義につい
ては大きな相違があり,全く着想も異なっていることは,上記のとおりであり,引
用発明の断熱扉には全くモーメントの作用が働かないか,働いたとしても商品搬出
口を塞いだ状態を確実に維持する程度の大きさのモーメントは働かない。このた
め,本件発明1においてはバネ部材の必要性が全く存在しないのに対し,引用発明
における搬出口扉には商品搬出口を塞いだ状態を確実に維持するためにバネ部材が
必須の構成要素であり,バネ部材がない状態であっても,断熱扉はモーメントの作
用により開口部を塞いでいることを前提とした本件決定の進歩性の判断は,誤りで
ある。
(2) 被告の引用する特開平3-40189号公報(乙1)には,蓋の重心
を軸支位置の垂直下方よりも前側に位置させる形状が記載されているが,この蓋は
前面開口部を塞ぐ蓋,すなわち,本件発明1における商品取出口扉に該当するもの
であり,強制的に循環する冷気や暖気によっても開くことがないように商品収納室
の開口部を塞いだ状態に維持できる程度の大きさのモーメントを作用させるという
発想を得ることはできない。また,乙1の蓋(32)は,商品取出口を塞ぐための
扉であることから,当然に商品シュータを滑落してきた商品が当接して開くもので
はなく,内壁面に沿って商品が滑落できるようにしたものではない。
4 取消事由4(本件発明2~4の進歩性の判断の誤り)
本件発明1の進歩性の判断は,以上のとおり,誤りであるから,本件発
明1の従属項である本件発明2~4の進歩性の判断も誤りである。
  第4 被告の反論
     本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由
がない。
   1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1) 引用発明の「断熱扉(18)」が「前記搬出シュート(14)を滑落
してきた商品が内壁面に当接して滑落できるように前記商品取出口(8)側に凸部
を向けて屈曲して形成された前壁を有し」たものであることは,以下の点から明ら
かである。
 ア 引用例(甲4)には,「商品搬出に際し,搬出シュート(14)よ
り滑動してくる商品(2)は断熱扉枠(15)の断熱扉(18)を第3図中,矢印
A方向に押し開いて商品取出口(8)の内部に落下する」(6頁第2段落)と記載
されている。
 イ 第3図における,搬出シュート(14)上にあって商品搬出口(1
3)に向かって滑動している商品(2)及び商品搬出口(13)に嵌込まれた断熱
扉枠(15)の開口部(16)を塞いでいる断熱扉(18)(実線で描かれたも
の)の相互の位置関係。
ウ 断熱扉(18)の形状について,第3図においては,開口部(16)
を塞ぐ位置に実線で描かれた形状及び時計方向に回動した位置に二点鎖線で描かれ
た形状が,いずれも商品取出口(8)側に凸部を向けて屈曲した断面形状となって
いる。
エ 断熱扉枠(15)の正面図である第2図においては,Ⅳ-Ⅳ線の近傍
上方位置に描かれた水平方向の実線が断熱扉(18)の屈曲部に対応するものとし
て示されており,とりわけ,第2図及び第3図に記載された「扉18」は,明らか
に「商品取出口(8)側に凸部を向けて屈曲した形状」であり,「平板」形状では
ない。
(2) 引用例(甲4)の第4図の断面図は,その断面を示すハッチングの付
け方において,第2図及び第3図に記載された「扉18」の断面として正確に整合
がとれたものとはなっていないが,図面全体からみて,第4図のものが,断面のハ
ッチングの付け方を誤ったものと解するのが相当である。また,第1~第3図と第
4図との整合関係が明確でないとしても,当業者は,第1~第3図の記載から,
「断熱扉(18)が搬出シュート(14)を滑落してきた商品が内壁面に当接して
滑落できるように前記商品取出口(8)側に凸部を向けて屈曲して形成された前壁
を有しているもの」という技術的事項を把握することができる。
(3) 屈曲形状の断熱扉(18)は,開口部(16)を塞いでいるとき(第
3図において実線で描かれた断熱扉(18)の位置),その内壁面は断熱扉枠の側
縁の開口面よりも奥まった位置にあり,断熱扉側面と断熱扉枠の側縁とで開口部を
塞ぐようになっており,断熱扉(18)の側面においても冷気が漏れるような隙間
を生じさせてはいない。したがって,原告主張のように,断熱扉が屈曲形状である
ことをもってして,断熱性能の向上に矛盾するものということはできない。以上の
とおり,引用発明の「断熱扉(18)」が「前記搬出シュート(14)を滑落して
きた商品が内壁面に当接して滑落できるように前記商品取出口(8)側に凸部を向
けて屈曲して形成された前壁を有し」たものであるとした本件決定の認定に誤りは
ない。
   2 取消事由2(本件発明1の相違点2に係る進歩性の判断の誤り)につい

(1) 本件発明1の特許請求の範囲は,「湾曲」形状に関して,「重心位置
を前記商品取出口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁
面に沿って滑落できるように前記商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有し」
と規定するのみであるから,「湾曲」形状とは,「重心位置を商品取出口側に寄せ
る」ため,及び,「商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できる
ように」する程度の「湾曲」形状という意味しかなく,それ以上の具体的な湾曲の
形状・構造等について何ら限定がされていない。したがって,原告の主張は,本件
発明1の構成に基づかない主張として失当である。
  また,本件発明1の「湾曲」形状と引用発明の「屈曲」形状とは,と
もに商品取出口側に凸部を向けて屈曲した形状という点で共通しており,当該形状
により重心位置は商品取出口側に寄っているから,横軸回りのモーメントについて
も同様の作用を生ずるものであり,またその内壁面に沿って商品が滑落できること
も当業者にとって明らかであるから,「屈曲」形状とするか「湾曲」形状とするか
により,作用効果上格別な差異を生じさせるものではない。
(2) 原告は,引用発明の断熱扉をその上部で屈曲形状としているのは,細
長い瓶のような商品を,商品取出口に確実に導くためである旨主張している。
  しかしながら,当業者は,刊行物に記載された事項から種々の技術的
思想を把握することが可能であるところ,引用例(甲4)に記載された事項から
は,断熱扉枠に嵌込まれた断熱扉について,上部が横軸によって懸架されて,搬出
シュート(14)を滑落してきた商品が内壁面に当接して滑落できるように前記商
品取出口(8)側に凸部を向けて屈曲して形成された前壁を有した形状であるとい
う技術的事項をも把握することが可能である。本件決定においては,引用例から上
記の技術的事項を引用したのであり,この技術的事項に着目すれば,上記「屈曲」
形状は,断熱扉が開口部を塞いでいるときにおいても,その重心は当該断熱扉を懸
架している横軸の垂直下方よりも屈曲形状凸部側に位置するものであって,横軸の
垂直下方に向かう方向のモーメントを生じさせて搬出口を確実に塞いだ状態を維持
する形状であることが明らかである。例えば,前面開口部を塞ぐ蓋であって,当該
開口部上辺において開閉自在に軸支された蓋において,当該蓋の重心を軸支位置の
垂直下方よりも前側に位置させる形状とすることで,蓋の閉時は当該蓋の自重とそ
の重心位置により確実に閉状態となることは,特開平3-40189号公報(乙
1)に見られるとおり,本件出願前普通に知られていることである。したがって,
引用例には,本件発明1と同様の着想についても十分に想起させる技術的事項が開
示されているというべきである。
3 取消事由3(本件発明1の相違点3に係る進歩性の判断の誤り)につい

 引用発明はバネ部材を有しているが,引用発明の断熱扉が商品取出口側
に凸部を向けて屈曲した形状である以上,当該形状により重心位置は商品取出口側
に寄っているから,バネ部材がなくても横軸回りのモーメントが生じており,開口
部を塞ぐものであるから,当該バネ部材は,開口部をより確実に塞ぐための付加的
な構成を開示したものであって,技術的な矛盾は生じない。
4 取消事由4(本件発明2~4の進歩性の判断の誤り)について
本件発明1の進歩性の判断に誤りがないことは上記のとおりであるか
ら,本件発明2~4の進歩性も否定されるべきである。
第5 当裁判所の判断
   1 取消事由2(本件発明1の相違点2に係る進歩性の判断の誤り)につい

(1) 原告は,仮に,引用発明における搬出口扉の形状が屈曲形状を成して
いるとしても,引用発明の搬出口扉に作用する横軸回りのモーメントは商品搬出口
を塞いだ状態を維持するものではないとした上,このことを前提として,引用発明
の搬出口扉から本件発明1の湾曲形状の搬出口扉を容易に想到することができると
した本件決定の進歩性の判断は誤りである旨主張する。
  そこで,まず,引用発明について検討すると,引用例(甲4)には,
「本考案(注,引用発明)は,自動販売機の商品取出口の内部に複数個,並列状に
嵌込まれる断熱扉枠の改良に関するものである。従来,冷,温の瓶ないし缶入り商
品を販売する自動販売機における商品取出口の内部には,商品貯蔵庫内の冷気ある
いは温気が外部に散逸することのないように断熱扉が設置されているが,その断熱
扉は,商品貯蔵庫内の商品の種類数に応じた個数だけ並列状に設けられた各扉枠内
にそれぞれ,嵌込まれている。しかし,各扉枠は嵌込式であるため,嵌込後,相隣
る扉枠間に隙間が生じ易く,この隙間から商品貯蔵庫内の冷気あるいは温気が散逸
して庫内の温度が適正に保たれないという欠点があった。本考案は従来の上記欠点
を改善し,断熱性能を向上することができ,しかも嵌込みを簡易にならしめる自動
販売機の断熱扉枠を提供しようとするものであり,従ってその特徴とするところ
は,開口部を有する四角形枠体の前記開口部に断熱扉が嵌込まれた断熱扉枠におい
て,前記四角形枠体の前方開口部一側縁に接合鍔部を形成するとともに,該接合鍔
部の後面に凹溝を前記側縁長手方向に亘って形成し,前方開口部他側縁
には前記凹溝に嵌合可能な形状の凸条を形成した点にある」(1頁「考案の詳細な
説明」第1段落~2頁第2段落),「断熱扉(18)は四角形枠体(17)の開口
部(16)内の上部に軸受部材(31)で横架した横軸(32)に懸架されて該横
軸(32)回りに揺動自在とされている。その横軸(32)にはバネ部材(33)
が装着され,そのバネ部材(33)の付勢により,断熱扉(18)が常に開口部
(16)内周に張出した扉当鍔部(34)に接当して開口部(16)を閉鎖するよ
うになしてある」(4頁第1段落),「商品搬出に際し,搬出シュート(14)よ
り滑動してくる商品(2)は断熱扉枠(15)の断熱扉(18)を第3図中,矢印
A方向に押し開いて商品取出口(8)の内部に落下する。商品(2)の落下後,断熱
扉(18)はバネ部材(33)の付勢力により開口部(16)を閉じる」(6頁第
2段落),「上記実施例にて明らかなように本考案の断熱扉枠(15)によれば,
自動販売機の商品搬出口(13)の断熱性能を向上することができ,また該商品搬
出口(13)に対する嵌込みを簡易にならしめる等の利点がある」(9頁第3段
落)と記載されている。
(2) 上記記載によれば,従来の自動販売機における商品取出口の断熱扉
は,商品の種類数に応じた個数だけ並列状に嵌込式で設けられていたため,嵌込
後,相隣る扉枠間に隙間が生じやすく,商品貯蔵庫内の冷気あるいは温気が散逸す
るという欠点があったが,引用発明は,断熱扉枠の四角形枠体の前方開口部一側縁
に接合鍔部及びその後面に凹溝を形成し,他側縁には凹溝に嵌合可能な形状の凸条
を形成することにより,相隣る扉枠間に隙間が生ずることなく嵌込むことができ,
自動販売機の商品搬出口の断熱性能を向上し,また,この商品搬出口に対する断熱
扉枠の嵌込みを簡易にさせるという作用効果を奏するものと認められ,その特徴は
断熱扉枠の改良に関するものであって,断熱扉自体の構成にあるのではない。断熱
性能を向上させるためには,断熱扉(本件発明1の搬出口扉に相当)が開口部(本
件発明1の商品搬出口に相当)を塞ぐ必要があるところ,引用例には,上記のよう
に,断熱扉が開口部を塞ぐことに関して,「バネ部材(33)の付勢により,断熱
扉(18)が常に開口部(16)内周に張出した扉当鍔部(34)に接当して開口
部(16)を閉鎖するようになしてある」,「商品(2)の落下後,断熱
扉(18)はバネ部材(33)の付勢力により開口部(16)を閉じる」との記載
があるのみであり,断熱扉が開口部を塞ぐ機能は専らバネ部材の付勢力によってい
ることは明らかである。
  以上のとおり,本件発明1の搬出口扉に相当する引用発明の断熱扉
は,屈曲形状を成しており,それ自体の構成に引用発明の特徴があるわけではな
く,断熱扉が開口部を塞ぐ機能は専らバネ部材の弾性力によっているものであっ
て,断熱扉は,その横軸回りのモーメントにより開口部を塞いだ状態を維持するも
のではない。
(3) 他方,本件発明1の搬出口扉の構成について,特許請求の範囲の【請
求項1】は,「前記商品搬出口に上端が軸支され,重心位置を前記商品取出口側に
寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できる
ように前記商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有し,該重心位置を前記商品
取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後に前
記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ搬出口扉」と規定している。
このように,本件発明1の搬出口扉は,軸回りのモーメントにより商品搬出口を塞
いだ状態を維持するものである。
(4) 被告は,本件発明1の特許請求の範囲は,「重心位置を前記商品取出
口側に寄せるとともに前記商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落
できるように前記商品取出口側に湾曲して形成された前壁を有し」と規定するのみ
であるから,「湾曲」形状とは,「重心位置を商品取出口側に寄せる」ため,及
び,「商品シュートを滑落してきた商品が内壁面に沿って滑落できるように」する
程度の「湾曲」形状という意味しかなく,それ以上の具体的な湾曲の形状・構造等
について何ら限定されていないから,原告の主張は本件発明1の構成に基づかない
と主張する。しかしながら,本件発明1は,上記記載に続き,「該重心位置を前記
商品取出口側に寄せることによって生じるモーメントの作用により,商品の通過後
に前記商品搬出口の前縁部に当接して該商品搬出口を塞ぐ」と規定しており,湾曲
した搬出口扉は,軸回りのモーメントにより商品搬出口を塞ぐものであることは,
上記のとおりであるから,本件発明1は,このような機能を有するものとして搬出
口扉の湾曲形状等を規定しているものと認められる。したがって,被告の上記主張
は,失当というほかはない。
  なお,本件明細書(甲2)に添付した図面の【図2】の実施例には,
搬出口扉の回転中心は軸部11cであり,搬出口扉の下部側を大きい曲率で湾曲さ
せることによって重心位置が搬出口扉の下部側に位置することが図示されているか
ら,重心位置が搬出口扉の上部側にあるときよりも回転中心である軸部11cから
重心位置までの距離が長くなり,その結果,商品搬出口を塞いだ状態で搬出口扉に
作用する軸部11c回りのモーメントは大きくなり,商品搬出口を塞いだ状態を維
持する効果を奏することが明らかである。
(5) また,被告は,特開平3-40189号公報(乙1)を引用して,開
口部上辺において開閉自在に軸支された蓋の重心を軸支位置の垂直下方よりも前側
に位置させる形状とすることで,蓋の閉時は当該蓋の自重とその重心位置により確
実に閉状態とすることは,本件出願前普通に知られているところ,引用発明の断熱
扉の屈曲形状は,断熱扉が開口部を塞いだときにも,その重心は横軸の垂直下方よ
りも屈曲形状凸部側に位置するものであるから,横軸回りのモーメントにより開口
部を確実に塞いだ状態を維持する形状であることが明らかであると主張する。しか
しながら,乙1に記載された蓋は,前面開口部を塞ぐ蓋,すなわち,本件発明1に
おける商品取出口扉に該当するものであって,商品収納室内を循環する冷気や暖気
の圧力が作用することはないから,小さなモーメントを発生させることによって開
口部を塞ぐことができるものである。一方,引用発明の断熱扉には商品貯蔵庫内を
循環する冷気や暖気の圧力が作用しているから,小さなモーメントを発生させても
開口部を塞ぐことはできない。また,引用例(甲4)の第2図及び第3図を見て
も,断熱扉が屈曲している曲折線は扉のかなり上部にあり,屈曲の傾斜
も緩やかであるから,その発生する横軸回りのモーメントはごく小さいものと推定
される。したがって,引用発明では,断熱扉が開口部を塞ぐ機能は専らバネ部材に
よることが記載されていると解されるのであり,乙1に開示の事実から,引用発明
の断熱扉の屈曲形状は,横軸回りのモーメントにより開口部を確実に塞いだ状態を
維持する形状であることが明らかであるということはできないから,被告の上記主
張は,採用することができない。
(6) さらに,被告は,引用発明はバネ部材を有しているが,引用発明の断
熱扉が商品取出口側に凸部を向けて屈曲した形状である以上,横軸回りのモーメン
トが生じており,開口部を塞ぐものであるから,当該バネ部材は,開口部をより確
実に塞ぐための付加的な構成を開示したものであると主張するが,断熱扉に横軸回
りのモーメントが生ずることと,商品収納室内を循環する冷気や暖気の圧力が作用
する開口部を塞ぐこととは同一視することができず,引用例の記載からは,断熱扉
が開口部を塞ぐ機能は専らバネ部材の付勢力によっていることは,上記のとおりで
ある。被告の上記主張も採用の限りではない。
(7) そうすると,引用発明の断熱扉の屈曲形状は,横軸回りのモーメント
により開口部を塞いだ状態を維持する形状ではなく,本件発明1の搬出口扉の湾曲
形状とは機能,作用を異にするものであるから,引用発明における搬出口扉の屈曲
と本件発明1における搬出口扉の湾曲の相違は単なる設計事項にすぎず,引用発明
の搬出口扉から本件発明1の湾曲形状の搬出口扉を容易に想到することができると
した本件決定の判断は,誤りであり,この誤りが本件決定の結論に影響することは
明らかである。
2 取消事由4(本件発明2~4の進歩性の判断の誤り)について
本件発明1の進歩性の判断が誤りである以上,本件発明1の従属項であ
る本件発明2~4の進歩性の判断も誤りである。
3 以上のとおり,原告の取消事由2及び取消事由4の主張は理由があるか
ら,その余の点について判断するまでもなく,本件決定は違法として取消しを免れ
ない。
  よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり
判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠原勝美
    裁判官 岡   本       岳
    裁判官 長   沢   幸   男

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