弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 一 上告代理人岩佐善巳、同宗宮英俊、同大沼洋一、同兼行邦夫、同赤塚信雄、
同小見山進、同田原恒幸の上告理由第一点について
 1 原審の適法に確定した事実の概要は、次のとおりである。(1) D、E、F、
G、H、I、J(以下「本件被災者ら」と総称する。)は、労働基準法及び労働者
災害補償保険法が施行された昭和二二年九月一日に先立つ第一審判決別表(一)記載
の就労期間、同表記載のベンジジン製造業務就労事業場において、ベンジジンの製
造業務に従事した者である。(2) 同表記載の請求者ら(以下「本件請求者ら」と
いう。)は、上告人に対し、同表記載の請求年月日に、本件被災者らが、ベンジジ
ン製造業務に従事したことに起因して右の昭和二二年九月一日の後である同表記載
の発病日にぼうこうがん等の疾病にかかつたとして、労働者災害補償保険法に基づ
き、同表記載の保険給付を請求した。(3) 上告人は、本件請求者らに対し、いず
れも昭和五一年八月一九日付けをもって、右各保険給付の不支給決定(以下「本件
不支給決定」という。)をした。(4) 本件不支給決定の理由は、労働者災害補償
保険法による保険給付の対象となるのは、同法の施行日以降に従事した業務に起因
して発生した死傷病に限られるところ、本件被災者らがベンジジン製造業務に従事
した期間は、いずれも右施行日より前であるから、本件被災者らの疾病は、同法に
いう業務上の疾病とは認められないというものであった。
 2 所論は、右事実関係によれば、本件被災者らは、専ら労働基準法及び労働者
災害補償保険法の施行前にベンジジン製造業務に従事したにすぎないにもかかわら
ず、その疾病につき、労働者災害補償保険法の適用があるとした原判決には、同法
三条一項、一二条の八第一項、第二項、附則五七条二項の解釈、適用を誤った違法
があるというのである。
 労働者災害補償保険法に基づく保険給付の制度は、使用者の労働基準法上の災害
補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであるから(最高裁昭和五〇年(オ)
第六二一号同五二年一〇月二五日第三小法廷判決・民集三一巻六号八三六頁)、本
件被災者らの疾病が、労働者災害補償保険法による保険給付の対象となるといえる
ためには、右疾病が、労働基準法による災害補償の対象となるものでなければなら
ない。そこで、労働基準法による災害補償の対象となる疾病の範囲についてみるの
に、同法は、広く、業務上の疾病を災害補償の対象とするものであり(同法七五条
ないし七七条)、同法附則一二九条は、その文理からして、右の業務上の疾病のう
ち、同法施行前に疾病の結果が生じた場合における災害補償については、なお旧法
の扶助に関する規定による旨を定め、右の場合のみを労働基準法による災害補償の
対象外としているものと解されることにかんがみると、労働基準法の右各規定は、
同法の施行後に疾病の結果が生じた場合における災害補償については、その疾病が
同法施行前の業務に起因するものであっても、なお同法による災害補償の対象とし
たものと解するのが相当である。
 所論は、労働基準法に基づく使用者の災害補償責任は、使用者が労働契約に基づ
き労働者をその支配下に置き労務の提供をさせる過程において、労働者が負傷し又
は疾病にかかるなどした場合に、使用者にその損失を補てんさせる点にその本質が
あるのであるから、使用者は、その責任の根拠となる業務上の事由が生じた時点に
おける法規に基づく責任を負担するにとどまるものであると主張するが、災害補償
責任の本質が右のようなものであるからといって、可及的に被災労働者の救済を図
るという見地から、労働基準法の施行前に従事した業務に起因して同法施行後に発
病した場合をも同法の適用対象とすることが許されないとすべき理由はない。
 そして、労働者災害補償保険法もまた、同法の施行後に疾病の結果が生じた場合
については、それが同法施行前の業務に起因するものであってもなお同法による保
険給付の対象とする趣旨で、同法附則五七条二項において、同法施行前に発生した
業務上の疾病等に対する保険給付についてのみ、旧法によるべき旨を定めたものと
解するのが相当であり、健康保険法の一部を改正する等の法律(昭和二二年法律第
四五号)附則三条ないし五条の規定の文言も、右解釈の妨げとなるものではない。
また、一般に、保険制度に基づく保険給付は、本来、費用負担者から拠出された保
険料を主な財源とするものである以上、保険制度が発足する以前に原因行為があり、
結果がその発足後に発生した場合に、これを保険事故として保険給付をすることは、
例外的な扱いであるといわなければならないが、業務上の事由によって被害を受け
た労働者に対する補償を実効的に行うことを目的として労働者災害補償保険制度が
導入されたことなどから考えると、前記のように、労働者災害補償保険法がこれを
保険給付の対象としたことには、合理的な理由があるものということができる。
   そうすると、労働者災害補償保険法施行後に生じた本件被災者らの疾病は、
本件被災者らがベンジジンの製造業務に従事した期間が同法施行前であるからとい
って 同法七条一項一号所定の業務上の疾病に当たらないということはできず、同
法一二条の八所定の保険給付の対象となり得るものというべきである。以上と同旨
の原判決は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
 二 同第二点について
  本件不支給決定の理由は前示のとおりであり、上告人は、本件被災者らの疾病
が第一審判決別表(一)記載のベンジジン製造業務就労事業場における業務に起因す
るものであるか否かの点については調査、判断することなく、専ら本件被災者らが
右業務に従事した期間が労働者災害補償保険法の施行前であることを理由に、本件
不支給決定をしたことが明らかである。被災労働者の疾病等の業務起因性の有無に
ついては、第一次的に労働基準監督署長にその判断の権限が与えられているのであ
るから、上告人が右の点について判断をしていないことが明らかな本件においては、
原判決が、本件被災者らの疾病の業務起因性の有無についての認定、判断を留保し
た上、本件不支給決定を違法として取り消したことに、所論の違法はない。論旨は
採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全
員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    佐   藤   庄 市 郎
            裁判官    可   部   恒   雄

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