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平成17年3月25日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成15年(ネ)第92号 損害賠償請求控訴事件(原審・札幌地方裁判所平成10年
(ワ)第3160号) 
口頭弁論終結日 平成16年11月12日
判        決
主        文
  1 控訴人Dの控訴のうち,原判決を取り消した上で,本件を東京地方裁判所に
移送する旨の裁判を求める部分を棄却する。
  2 原判決を次のとおり変更する。
   (1) 控訴人A,控訴人E,控訴人B,控訴人F及び控訴人Gは,被控訴人に対
し,連帯して20億円及びこれに対する控訴人A
      ,控訴人B及び控訴人Gにつき平成10年12月30日から,控訴人E及び
控訴人Fにつき同月31日から各支払済みまで 年5分の割合による金
員を支払え。
   (2) 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
  3 訴訟費用の負担は,次のとおりとする。
   (1) 控訴人C,控訴人D及び控訴人Hと被控訴人との間において生じた費用
については,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
   (2) 控訴人A,控訴人E及び控訴人Bと被控訴人との間において生じた費用に
ついては,第1,2審を通じてこれを5分し,その3を被控訴人の負担と
し,その余を控訴人A,控訴人E及び控訴人Bの負担とする。
   (3) 控訴人Fと被控訴人との間において生じた費用については,第1,2審を
通じてこれを2分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人F
の負担とする。
   (4) 控訴人Gと被控訴人との間において生じた費用については,第1,2審とも
控訴人Gの負担とする。
  4 この判決主文第2項(1)及び第3項は,仮に執行することができる。 
事      実
第1 控訴の趣旨
1 控訴人D
  (1) 原判決を取り消す。
  (2) 本件を東京地方裁判所に移送する。
  (3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
 2 控訴人ら全員共通
  (1) 原判決を取り消す。
  (2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
  (3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
   本件は,被控訴人が,株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)の代表
取締役又は取締役であった控訴人らに対し,控訴人らが拓銀の取締役在任
中に実行されたカブトデコム株式会社(以下「カブトデコム」という。)に対する
後記第1ないし第3融資の3つの機会にわたる総額1200億円余の融資の際
における控訴人らには,それぞれ取締役としての善管注意義務違反等の法令
定款違反があったとし,これによって拓銀が被った損害についての商法266
条1項5号に基づく損害賠償請求権を拓銀から譲り受けたとして,上記各融資
に対応する各損害金の一部(第1融資分につき10億円,第2及び第3融資分
につき各20億円)について,各融資に関与した控訴人ら(第1融資関与取締
役として,控訴人A,控訴人D,控訴人E,控訴人B及び控訴人C,第2融資関
与取締役として,控訴人A,控訴人E,控訴人B,控訴人F及び控訴人G,第3
融資関与取締役として,控訴人A,控訴人E,控訴人B,控訴人F及び控訴人
H)の連帯による賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。
   原審は,被控訴人の請求をすべて認容したので,控訴人らは,原判決を不服
として,前記第1記載のとおりの裁判を求めて控訴した。
 1 事実
   本件の前提事実については,次に付加,訂正するほかは,原審が原判決書
「事実及び理由」欄「第二 事案の概要」中の「二 前提事実」とおりであるか
ら,これを引用する。
  (1) 原判決書4頁24行目から25行目の「東京証券取引所」を「日本証券業協
会」に改める。
  (2) 原判決書5頁6行目冒頭から同頁15行目末尾までを次のとおり改める。
     「カブトデコムからの出資比率が50パーセント以上で,人的なつながりが
強いいわゆる子会社には,兜ビル開発株式会社(以下「兜ビル開発」とい
う。後に株式会社リッチフィールドに商号変更した。カブトデコムが所有す
るビルの管理会社である。),山王建設株式会社(以下「山王建設」とい
う。)があり(なお,他に株式会社イプシロン(以下「イプシロン」という。)も
子会社であったが,昭和62年4月でカブトデコムに吸収合併された。),
カブトデコムからの出資比率が50パーセント未満ではあるが,人的なつ
ながりが強いいわゆる関連会社には,総合リゾート「エイペックスリゾート
洞爺」(以下「エイペックス」又は「エイペックス事業」という。)の事業主体
となった甲観光株式会社(以下「甲観光」という。平成5年3月19日にエイ
ペックス株式会社に商号変更した。)があった。
      次に,カブトデコムからの出資はないものの,特に人的関係と取引で縁の
深いいわゆる協力会社としては,轟建設株式会社(以下「轟建設」とい
う。)及び不動産仲介等を目的とする未来都市開発株式会社(以下「未来
都市開発」という。)があった。」
 2 争点
争点については,原判決書「事実及び理由」欄「第二 事案の概要」中の 
「三 争点」及び「四 争点についての当事者の主張」のとおりであるから,これ
を引用する。ただし,控訴人Dは,当審において,本件訴訟の専属管轄が被控
訴人の本店所在地を管轄する東京地方裁判所である旨及び被控訴人が商法
266条に基づいて控訴人Dの役員責任を問うことはできない旨の新たな主張
をした。控訴人らの原審及び当審における主張の要旨は次のとおりである(な
お,控訴人A,控訴人B及び控訴人Cは,当審において,控訴人Dの当審にお
ける上記主張及び控訴人Dの信託法違反をいう主張を除く他の控訴人らの主
張をすべて援用する旨陳述した。)。
  (1) 本件訴訟の専属管轄について
   〔控訴人Dの主張〕
  本件は,被控訴人が請求の主体となって控訴人Dの取締役としての責任を
追及している訴えであるから,その管轄は,商法268条1項により,被控訴
人の本店所在地である東京地方裁判所に専属する。
  したがって,専属管轄がない原審裁判所の判決を取り消した上で,本件を
東京地方裁判所に移送すべきである。
 〔被控訴人の主張〕
  本件は,拓銀の取締役であった控訴人Dに対し,商法266条に基づいて拓
銀が被った損害の賠償を求めるものであり,この場合における商法268条
1項の本店は,控訴人Dが取締役に就任していた拓銀の本店でなければな
らない。
  したがって,本件訴えの管轄は,拓銀の本店所在地の地方裁判所である
札幌地方裁判所に専属し,原判決には,専属管轄違背はないのであるか
ら,控訴人Dの上記主張は理由がない。
(2) 本件債権譲渡の存在及び有効性
 ア 本件債権譲渡の対象債権の存在
〔控訴人Dの主張〕
本件において,被控訴人は,商法266条に基づいて,控訴人らの取締
役としての損害賠償責任を問うているのであるが,控訴人らは,被控訴
人の取締役であったことはないのであるから,被控訴人の本件請求は,
本件債権譲渡の対象債権の存在を欠いており,主張自体失当である。
 イ 本件債権譲渡の存在
 〔控訴人Dの主張〕
        拓銀は,平成10年11月13日,札幌地方裁判所に本件と同一の訴訟
物に関する損害賠償請求訴訟を提起した。このような経過によれば,拓
銀が前記資産買取契約に基づき控訴人らに対する損害賠償請求権を被
控訴人に譲渡した事実はない。
    〔被控訴人の主張〕
        上記控訴人の主張は争う。
 ウ 株式会社の取締役に対する損害賠償請求債権についての譲渡権限の
帰属主体
〔控訴人A,控訴人B,控訴人C,控訴人E,控訴人F及び控訴人Gの主張〕
        会社が取締役に対して訴えを提起する場合,監査役が会社を代表す
る(商法275条ノ4)。したがって,監査役が訴えを提起するかどうかを判
断する権限を有する以上,会社の取締役に対する債権を処分する権限
は監査役のみに帰属すると解すべきである。本件債権譲渡は,拓銀の監
査役がしたものではないから,被控訴人は,いまだ損害賠償請求権を取
得していない。
        また,被控訴人は,拓銀の監査役らが,平成12年2月8日,本件債権
譲渡を追認した旨主張するが,本件訴訟が提起されたのは平成10年12
月15日であり,被控訴人が本件請求に係る債権を有しないままに提起し
た本件訴えの瑕疵が訴え提起時にまで遡って治癒されると解するのは,
法的安定性を損なうものであって相当でない(控訴人A,控訴人B及び控
訴人C)。
    〔被控訴人の主張〕
        商法275条ノ4の趣旨は,取締役と会社の利益の衝突及び馴合的訴
訟追行の防止にある。したがって,会社の取締役に対する損害賠償請求
権が第三者に譲渡された場合には,譲渡人と譲受人が別人格となるの
で,取締役と会社の間で利益の衝突や馴合的訴訟追行は起こらない。現
に,被控訴人と控訴人らとの間で利益の衝突や馴合的訴訟追行が起こる
余地は全くない。商法275条ノ4は,本件のような裁判外の債権譲渡に
ついて代表取締役の代表権を排除したものとは解されない。
        また,仮に上記控訴人らの主張のとおり,取締役に対する債権の処分
権限が監査役のみに帰属するとしても,拓銀の監査役らは,平成12年2
月8日,本件債権譲渡を追認し,同月11日ないし同月12日にその旨を
控訴人らに通知しているから,これによって本件債権譲渡は譲渡時に遡
って有効となった。
    エ 解散決議違反
    〔控訴人Dの主張〕
        拓銀は,平成10年6月開催の臨時株主総会の特別決議により,平成
11年3月をもって解散し,清算手続に入る旨の決議をした。これにより,
会社の存続の目的は,清算業務の遂行に限定された。ところが,拓銀
は,平成10年9月の取締役会において,控訴人Dに対し損害賠償を請求
をする旨の決議をした。このような取締役会決議は,会社の清算の範囲
を超えるものであり,上記株主総会特別決議に違反し,無効である。
    〔被控訴人の主張〕
        会社の資産である債権を処分することは,当然に清算事務に含まれ
る。
 オ 債権管理回収業務に関する特別措置法違反
    〔控訴人Dの主張〕
        金融機関が被控訴人に譲渡できる債権は金融債権に限られるところ
(債権管理回収に関する特別措置法2条),控訴人Dに対する損害賠償
請求権は金融債権ではないから,拓銀の被控訴人に対する本件債権譲
渡は無効である。
    〔被控訴人の主張〕
        本件債権譲渡は,預金保険法に基づき,預金保険機構と整理回収業
務に関する協定を締結した整理回収銀行が譲受人となり,破綻金融機関
である拓銀から債権を譲り受けたものであるから,債権管理回収業に関
する特別措置法は適用されない。
    カ 信託法違反
    〔控訴人Dの主張〕
        本件債権譲渡は,拓銀が訴訟当事者になることを回避し,被控訴人に
訴訟を行わせることを目的とするものであるから,訴訟信託に当たり,信
託法11条に違反し,無効である。
    〔被控訴人の主張〕
        本件訴訟は,拓銀破綻という緊急事態に対して,金融システムを維持
し預金者を保護するという国の施策に基づき,整理回収銀行が拓銀との
資産買収契約により譲り受けた資産の中に控訴人らに対する損害賠償
請求権が含まれることから,その公共的使命を達するために提起された
ものであり,訴訟信託には当たらない。
    キ 商法245条違反
 〔控訴人Dの主張〕
        重要な営業用財産を譲渡する場合,株主総会の決議が必要であり
(商法245条1項),拓銀の定款には,巨額の譲渡損失が生じる貸出債
権を譲渡する場合,株主総会の承認を要すると定められている。前記資
産買取契約により拓銀が被控訴人に譲渡した貸出債権は,総資産の約
50%に達する資産であるから,株主総会の決議が必要であるところ,本
件ではその手続がなされていない。拓銀の被控訴人に対する貸出債権
の譲渡は法令及び定款に違反し,無効であるから,同じ資産買取契約の
中に含まれて行われた控訴人らに対する損害賠償請求権の譲渡も無効
である。
    〔被控訴人の主張〕
        前記資産買収契約は,営業譲渡を目的とするものでないから,株主総
会の決議を要しない。
ク取締役に対する損害賠償請求権の譲渡性
    〔控訴人Dの主張〕
        商法266条は,取締役に対する責任追及の主体を,当該取締役の属
する会社又は同会社の株主に限定しているから,同法に基づく損害賠償
請求権は性質上譲渡できない。また,拓銀以外の会社は,その債権の内
容が確定している場合を除き,商法266条1項5号に基づく損害賠償請
求権を行使できない。
    〔被控訴人の主張〕
        上記控訴人の主張は争う。
ケ 債権譲渡通知の効力
〔控訴人Dの主張〕
        拓銀の代表取締役による控訴人Dに対する債権譲渡通知は,債権の
特定を欠くから無効である。この通知の後になされた拓銀の監査役によ
る債権譲渡通知は,上記通知を有効とさせるものではない。
〔被控訴人の主張〕
        拓銀の監査役は,平成12年2月8日,控訴人らに対する損害賠償請
求権の譲渡及びこれに付随する一切の行為を追認し,同月12日まで
に,控訴人らにその旨を通知した。 
 コ権利濫用
     〔控訴人Dの主張〕
        控訴人Dは,拓銀に対して主張できる抗弁を有するところ,本件債権
譲渡により,控訴人Dの拓銀に対する抗弁が事実上切断され,控訴人D
の立場が著しく不利になる。したがって,本件債権譲渡は権利の濫用に
当たり無効である。
     〔被控訴人の主張〕
        控訴人Dが抗弁を有するのであれば,民法468条2項に基づく判断が
なされれば足りるのであって,本件債権譲渡によって控訴人Dの立場が
著しく不利になるということはないから,権利濫用をいう控訴人Dの主張
は失当である。
(3)銀行の取締役の注意義務
  ア 銀行の取締役の一般的注意義務
     〔被控訴人の主張〕
        取締役は,会社に対して,善管注意義務(商法254条3項,民法644
条)及び忠実義務(商法254条ノ3)を負うほか,会社の業務決定ないし
業務執行を実施する機関として,会社の業務決定ないし業務執行に際し
て会社を名宛人とする法令を遵守する義務を負うといえるから,商法26
6条1項5号の「法令」には,会社を名宛人とする法令も含まれる。また,
取締役は,会社を名宛人とする法令の趣旨に沿った業務運営をすること
を会社から委任されているものといえるから,これを遵守することは,会
社に対する忠実義務,善管注意義務の内容をなしている。
        これを銀行の取締役についていえば,銀行法が,銀行を名宛人とし
て,銀行業務の公共性を実現するため,銀行業務の健全かつ適切な運
営をすることを義務付けている(銀行法1条,3,4条,13条,25ないし2
7条)から,銀行の取締役は,業務執行において銀行法を遵守する義務
を負っており,商法266条1項5号の「法令」には銀行法が含まれ,また,
銀行法の趣旨に沿った業務決定・執行をしていたか否かが,銀行の取締
役の忠実義務,善管注意義務の内容をなす。
        したがって,銀行の取締役は,経営判断について裁量権を有している
ものの,銀行法の趣旨に反してはならないという観点からその裁量に一
定の制約がある。
     〔控訴人らの主張〕
        銀行の取締役が一般の株式会社の取締役に比べて重い注意義務を
負担すると解すべき理由はない。
  イ 融資判断における銀行の取締役の注意義務
     〔被控訴人の主張〕
        融資判断において,銀行の取締役に一定の裁量が認められるとして
も,上記のような制約から,銀行の取締役は,公共性,安全性,収益性及
び成長性といった観点に留意して融資すべきか否かを決定する注意義務
を負う。
        また,取締役の裁量判断が正当化されるためには,その前提として,
判断に至る過程において当然尽くすべき情報収集,分析をしていなけれ
ばならない。銀行の取締役が,本来重視すべき要素を軽視し,本来重視
すべきでない要素を重視し,その結果,検討すべき事項について検討が
不十分である場合には,融資判断における裁量を逸脱したものといわな
ければならない。
        控訴人らは,長年にわたって銀行実務に携わってきた金融の専門家
であり,かつ,いずれも投融資会議ないし経営会議の構成員として一定
金額以上の融資決裁や拓銀の経営に重大な影響を及ぼす融資先に対
する方針決定を委ねられた立場にあったから,会議に付議された案件の
決裁においては,提出された資料の表面上の結論や外見的整合性にと
らわれず,従前の取引経緯から当然に検討されるべき事項が検討されて
いるか,資料作成の前提としていかなる情報が収集されているかを検討
し,資料に不備がある場合には,さらなる調査を命じる注意義務があった
というべきである。
        また,控訴人らは,各取締役がすべての審議案件について詳細な調
査・検討義務を負うのではなく,当該案件を担当する部署が作成・提出し
た資料を前提として審議すれば足りる旨主張するが,争う。担当取締役
が提出した資料等を信頼すること自体の当否が問われるのであり,提出
された資料が信頼に足りるものであったかどうかといった事情は,案件を
審議する各取締役の注意義務を判断する上での一事情にすぎない。
     〔控訴人A,控訴人B,控訴人C,控訴人E,控訴人F,控訴人H及び控訴人
Gの主張〕
        融資の決裁は,取締役の経営判断であるから,当該融資が結果とし
て回収困難ないし不能となった場合であっても,これを行った取締役の判
断をもって直ちに善管注意義務,忠実義務違反と断ずべきではなく,その
判断に通常の企業人として看過しがたい過誤,欠落があるかどうかを,
貸付の条件,内容,返済計画,担保の有無,内容,借主の財産及び経営
状況等の諸般の事情に照らして判定すべきであるといういわゆる経営判
断の原則が適用されるべきである。
        具体的には,融資判断に一見して明白な誤りや不合理な判断がない
限り(控訴人A,控訴人B,控訴人C及び控訴人H)又は意思決定の過
程・内容につき通常の企業人として著しく不合理な点がない限り(控訴人
E及び控訴人F),当該融資判断は取締役の裁量の範囲を逸脱するもの
ではなく,融資を決裁した取締役に善管注意義務,忠実義務違反はない
というべきである。
        そして,銀行という巨大な組織の上部機関として融資決裁を行うので
あるから,上記のような判断は,担当部署が提出した資料や説明に一見
して明らかな不備がない限り,担当部署の提出した資料や説明を前提と
して行えば足りるのであって,銀行の取締役が自ら調査したり,担当部署
の資料や説明に不備がないのにさらなる調査を指示すべき注意義務は
ない。
(4) 第1融資に関与した取締役の責任の有無
 〔被控訴人の主張〕
  ア 第1融資は,いずれもカブトデコムの子会社及び関連会社等に対して,
各借主には融資を返済するだけの事業収益力がなかったにもかかわら
ず,各借主が取得するカブトデコム株式に担保を設定して,その売却代
金により返済することを予定した融資であり,その回収を,カブトデコムと
いう一企業の株式の価値に全面的に依存するという構造を持っていた(I
の保証予約もなされたが,同人の資産の大半はカブトデコム株式であっ
たから,カブトデコム株式の価値に依存していたことに変わりはない。)。
        本来,銀行の融資は,事業収益力のある企業に対して資金を提供す
るものであり,第1融資のように,事業収益力のない企業に対し,当初か
ら担保の処分によって回収することを予定する融資は,担保品の価格変
動が直接に回収可能性に大きな影響を与え,担保品の価格変動のリス
クを銀行が負うことになるという危険を含んでおり,銀行実務において厳
に戒められていた。
        このことは,拓銀の内部規定で,第1融資直後の平成2年4月に明文
化された,「貸出運営上の留意点」に,「企業内容・事業計画・資金使途・
回収財源・商手の成因調査等に基づく判断を優先させ,『担保・保証』は
補完的な判断材料とする」,「返済財源(運転資金の融資においては売上
代金であり,設備投資資金の融資については,内部留保金(純利益+減
価償却費等-配当・役員賞与等))の検討が不可欠である」,「財テク,為
替投機等は,時として企業の死命を制するので,その規模が会社の体力
を超えたものではないか,潜在的な損失を内包したものではないか等十
分注意を払う。」等と規定していることからも明らかである。
        にもかかわらず,第1融資に関与した控訴人らは,融資を返済するだ
けの事業収益力のない借主に対し,担保であるカブトデコム株式にのみ
依存して第1融資を決裁した注意義務違反がある。
     イ 控訴人らは,当時,第三者割当増資等のエクイティファイナンスが盛ん
に行われており,これに対して銀行が資金をバックファイナンスして当該
株式を担保にとることも一般的に行われていた旨主張する。
        しかし,エクイティファイナンス及びこれに対するバックファイナンスが
一般的に行われていたとしても,第1融資のように,融資を返済する事業
収益力のない借主に対する融資が,当時一般的であったとは到底いえな
い。
        第1融資が銀行業務の本来の形式を逸脱した融資であったことは,旧
大蔵省銀行局の担当官が,第1融資に関して,平成2年6月7日に,拓銀
に対し,「売上高,経常利益に比べ引受高が大きすぎる,まともな返済財
源のない企業に貸出しをするのは問題である。」と指摘したこと,当時,マ
スコミが「異例の第三者割当を後押し」「不透明感が漂う第三者割当増
資」などと指摘していたこと,拓銀が,平成3年5月20日付けの文書にお
いて,第1融資について,「時代に流され,融資の基本がおろそかになっ
た」旨の反省を記載していること,平成5年に作成されたカブト問題特別
調査委員会の調査報告書において第1融資は組織的討議・検討が不十
分であったと評価していることなどから明らかである。
     ウ 第1融資におけるカブトデコムの実態に対する調査・検討は不十分であ
り,第1融資に関与した控訴人らには融資実行の判断をする上での注意
義務違反が認められる。
      (ア) すなわち,第1融資が,融資の基本を無視した担保依存型融資であ
った点をひとまずおくとしても,第1融資は,カブトデコムという一企業の
株式の価値に依存した融資であり,前記のとおり,従来の銀行業務の
在り方を大きく踏み越える異例の融資であった以上,カブトデコムにつ
いてあらゆる角度から綿密な分析と評価を行う必要があった。
      (イ) 特に,カブトデコムについては,拓銀内部において,問題を指摘する
意見があり(昭和62年3月の投融資会議の決裁書にL副頭取が慎重
意見を記載したことなど。),そのような意見に応じてなされた昭和63
年の事業調査室の調査では,「カブトデコムについては,子会社や関
連会社との仕組み取引とみられるものが相当数あり,カブトグループ
内の売掛金,買掛金が決済未了等のために異常にふくらんでおり,子
会社やグループ内の取引では,売上高が計上されても実際の入金が
ずれこんでいる。また,借入金が過大になっており,カブトデコムから子
会社への資金融通も行われている。」旨報告され,カブトデコムについ
ては,表面上の売上高,利益をみるだけではその財務内容を把握でき
ないこと,地価が上昇しているうちは,グループ内の取引によって利益
が上乗せされるが,地価が下落に転じると多額の不良債権を抱えるこ
とになる構造であることなどが判明していた。
      (ウ) そして,第1融資を決裁した平成2年2月13日開催の投融資会議資
料には,カブトデコムの平成元年1月から同年12月までの工事受注額
の75%が,カブトグループの自社開発プロジェクト又は関連先からの
受注であること,同年3月以降,借入金が急増(146億円から386億
円に増加)していること,札幌中心部及び東京を中心に積極的に土地
を取得していることなどが記載されており,その記載からは,売上の二
重計上,不動産市況の加熱に乗じて借入金で土地を取得していること
など,カブトデコムの業績について,昭和63年調査報告書に記載され
たのと同様の問題があることが窺われた。
      (エ) その他,上記投融資会議においては,今後金融環境の変化の中で
不動産事業の冷え込みも予想されるから,カブトデコムの不動産投資
の内容について十分に把握しておく必要があること,カブトデコムにつ
いては,人材不足が窺われることなどの問題点も指摘されていた。
      (オ) 以上のような経緯に照らすと,第1融資を決裁する前提として,表面
上の売上や利益に惑わされることなくカブトグループ間取引の実態を
解明するため,カブトデコムについて昭和63年調査のような詳細な調
査・分析をする必要があった。
      (カ) 控訴人Dは,カブトデコムが,平成元年3月に店頭登録を果たしてお
り,店頭登録のための厳しい審査を通っていたのであるから,第1融資
当時,カブトデコムの業績について問題がないと判断することは合理
的であったと主張する。しかし,そもそも,証券会社の審査を通ってい
れば,拓銀が独自の調査義務を免れるという関係にはない上,カブト
デコムは店頭登録後1年足らずであったし,平成元年3月当時の店頭
登録の審査基準は,上場する場合と異なり,明確化されておらず,証
券会社とは別に日本証券業協会独自に審査するということもなく,店頭
登録の審査は,各証券会社の証券審査部に任されている実情にあっ
たから,店頭登録されたからといって,業績に問題がないということは
できない。したがって,第1融資当時,カブトデコムが店頭登録企業で
あったということは,控訴人らが責任を免れる理由たり得ない。
      (キ) 平成2年2月13日開催の投融資会議において,法人部は,カブトデ
コムの売上高,経常利益,純利益の推移及び見通し,受注実績の内訳
の概要,主要勘定科目の推移,主な購入物件,株価動向等を記載した
簡略な資料を提出したにとどまり,昭和63年調査のような詳細な企業
調査を実施することなく,融資を付議した。
      (ク) 控訴人らは,一定額以上の融資についての決定を委ねられた投融
資会議の構成員たる取締役として,また,金融の専門家として,第1融
資を決裁する前提として,法人部に対して,昭和63年調査のような詳
細かつ綿密な企業調査を行ってカブトデコムの実態を明らかにするよ
う指示すべき注意義務があったにもかかわらず,平成2年2月13日開
催の投融資会議において,そのような指示をすることなく,漫然と第1
融資を決裁した注意義務違反がある。
      (ケ) 控訴人Dを除く控訴人らは,平成3年12月に実施された日銀考査に
おいて,日銀が,第1融資の債権をS分類(日銀考査の査定区分のうち
の一つで,おおむね旧大蔵省の第2分類に相当する。現在のところ最
終的な回収に疑問はないが,現に延滞し又は今後延滞が見込まれる
もの,赤字補填,滞貨,減産資金等の資金使途に問題があるもの,金
利減免,棚上げ等貸出金条件に問題があるものなど,その資産評価
に瑕疵を生じている貸出のこと。)としていないことを理由に,第1融資
は合理的な融資であった旨主張するが,同考査結果は,カブトグルー
プ全体の取引実態に踏み込むことなく出されたため,S分類とはされな
かったものの,日銀担当者が,カブトデコムに対する債権についてS分
類ではないかと指摘していることからすると,日銀考査によって第1融
資が正当化されたということはできない。
     エ 控訴人らは,上記投融資会議では,第1融資のマスタープランを決裁し
たのみで,個別借主に対する融資については,担当部が決裁したもので
あるから,投融資会議の構成員である控訴人らは,第1融資についての
責任を負わない旨主張する。
        しかし,平成2年2月13日開催の投融資会議資料の付議事項は,「第
三者割当増資に係わる取得資金を貸し出すこと」であり,融資先,貸出
額,実行日,貸出科目及び利率,期間,使途,返済財源,担保,保証等
具体的な融資の条件や,融資先の名称,融資金額,事業内容,資本金,
売上,経常利益,主要株主,設立年月日,カブトデコムとの関係など具体
的な融資の条件を特定した上で審議・決裁されており,各諸貸出申請書
には,「投融資会議にてご決裁済」「貸出条件はご決裁内容に同じ」「投融
資会議にて包括承認決裁案件に基づくもの」と記載して融資を実行して
いるから,上記投融資会議において第1融資の包括的決裁を行ったとい
うべきである。
     オ 控訴人らが,第1融資を決裁したことにより,拓銀は,第1融資の回収
不能額である192億1918万3951円相当の損害を被った。
        控訴人らは,上記回収不能額は,第1融資決裁後,拓銀の担当部が
回収できたにもかかわらずこれを怠ったために生じたものである旨主張
する。
        しかし,第1融資は,返済期限が3年で,2年分の利息をも融資してい
たことから,2年間は延滞が生じない構造になっており,借主である12法
人は,平成4年2月までの期限の利益を主張できる立場にあったから,拓
銀が担保権の実行として強制的に回収することはできなかった。無償増
資分については,直ちに売却することが可能であったが,Iが株価の下落
の懸念を表明していたため,借主らに任意の売却に応じてもらえず,回収
することが困難であった。平成4年3月には,カブトデコムの株価は5100
円と下落しており,さらに担保権を実行して大量の株式を市場に放出す
れば一層の株価の下落が予想されたから,これ以降,拓銀は株式の売
却が事実上不可能な状態となっていた。
     カ 以上のことから,第1融資の回収不能は,返済能力のない借主に対し,
カブトデコム株式のみに依存して,しかも,2年間の利息分も含めて融資
したという第1融資の基本構造に由来するものであったというべきであ
る。
  〔控訴人A,控訴人B,控訴人C及び控訴人Eの主張〕
     ア 第1融資は,カブトデコム株式の取得資金につき,取得した株式を担保
として融資したものであり,当時,盛んに行われていたエクイティファイナ
ンスに伴う引受株式を担保とするバックファイナンスである。
        第1融資等の融資額は254億円であったのに対し,担保は,カブトデ
コム株式(平成2年2月当時時価2万0500円)を138万5000株(時価
合計283億9250万円),I(資産約400億円(内訳は,カブトデコム株式
が約378億6350万円,りんかい建設株式が約39億円,不動産約8億
円であった。なお,Iの負債は30億円であった。)の個人保証予約であり,
担保価値は合計約683億円であった。したがって,第1融資等は,カブト
デコム株式の時価が7623円(2万0500円×(254億円÷683億円)=
7623円)以下に下落して初めて時価ベースで担保割れとなる状態であ
った。
        なお,融資を事業収入で返済しなければならないという規範は存在し
ない。融資の可否を決める重要な要素は,回収可能性であり,十分な担
保があれば,返済原資が事業収益,投資資産の売却代金のいずれであ
ってもよいというべきである。
     イ カブトデコムの実態に対する調査・検討について控訴人らには注意義
務違反はない。
      (ア) 融資の適否の判断は,一般的に,回収可能性と受け取る利息の収
支バランスから,通常の企業人として融資することが合理的か否かと
いう基準でなされる。
         そして,回収可能性については,担保にしたカブトデコムの株価の動
向が重要であり,株価の動向は,経済情勢や当該企業の業績等から
判断されるから,第1融資においては,経済情勢やカブトデコムの業績
を調査・検討する必要があった(もっとも,株価の動向は,国内,国外
の経済事情等,予測不可能な複合的要素によって形成されるのである
から,確実な予測は不可能である。)。
      (イ) 前記のとおり,第1融資においては,十分に余力のある担保が徴求
されていたため,当時2万円台であったカブトデコム株式が,7000円
台に下落するおそれがあるか否かの予測をすれば足りる状況であった
から,カブトデコムの売上高,経常利益の推移及び見通し,事業の状
況,その他株価に関する諸要素の調査がなされていれば十分であり,
第1融資の決裁時には,これらの点についての法人部の調査結果が
報告されていた。
         これに対し,被控訴人は,昭和63年調査報告書がカブトデコムにつ
いて消極的な評価をしていたこと,平成2年2月13日開催の投融資会
議資料にカブトデコムの売上高の75%がグループ間取引である旨の
記載やカブトデコムの借入金が増加している旨の記載があることから,
昭和63年調査のような詳細な調査が必要であったと主張する。
         しかし,昭和63年調査報告書は,当時カブトデコムの財務内容が悪
いにもかかわらず,その点について質問してもIの了解がなくては教え
られないという対応であったことと,要求した資料の提出に協力しても
らえなかったことから消極的評価をしているのであって,カブトデコムの
経営方法の問題性を指摘したものではない。そして,カブトデコムは,
拓銀が主力銀行になって以後は,拓銀の調査に協力していたから,上
記調査報告書に記載されていた問題点は解決済みであった(控訴人E
は,そもそも,上記調査報告書を見ていない。)。なお,特定の企業に
ついて積極意見と消極意見が併存することは通常あることであって,
融資判断は,そのような状態を前提になされるものである。
         また,グループ内取引は,通常のディベロッパーや建設業者におい
て行われていることであって何ら特殊なことではないし,グループ内企
業が土地を販売して土地販売の売上高を計上し,建設の仕事をして建
設の売上を計上するのであるから,何ら問題ない。このような場合の事
業リスクは,最終的にグループ外に販売できないという点であり,グル
ープ内取引が75%というのは高い数字であったが,当時は,物件や会
員権が売れなくなるということは予想されていなかったから,それが問
題であるという認識は持ち得なかった。
         カブトデコムの借入金については,事業が拡大すれば借入金が増加
するのは当然であり,カブトデコムは,第三者割当増資によって540億
円もの自己資本(自己資本比率45.61%)を取得する予定であったか
ら,386億円程度の借入金は問題ではなかった。
      (ウ) 第1融資当時,日本経済は力強く成長しているというのが周知の事
実であり,バブル経済の崩壊などは予測できない状態であった。
         また,カブトデコムの業績について,法人部は,平成2年3月期,平
成3年3月期,平成4年3月期の各売上高(420億円,700億円,100
0億円と推移する見込み),各経常利益(60億円,85億円,110億円
と推移する見込み)を調査検討し,その結果,カブトデコムは,今後も
高成長を継続すると考えられた(建設業の売上見通しは受注高によっ
て2,3年後まで見通せるから,上記見通しは信頼性が高かった。)。ま
た,カブトデコムは,①不動産ブーム,建設業界の活況を背景に順調
に業績拡大しており,②市内商業地の手持物件が多く,開発による進
展が期待でき,③市内中心部の物件が多く,値下がりは考えられず,
④店頭登録により信頼度向上が予想されていた。さらに,カブトデコム
株の高値の理由として,①経営指標(EPS,PER,PBR)が優れてい
ること,②安定化比率が高いこと,③エイペックス等のプロジェクトに対
する期待が大きいこと,④野村証券グループ挙げての支援があること
が報告された。
         以上のとおり,カブトデコムの資産価値や収益を基準とした株式の理
論価値の観点から,今後,収益の増加に伴い自己資本が拡大すると
考えられたから,1株当たりの資産価値が増大し,今後の収益拡大に
よって1株当たりの収益還元価値も増大することが予想され,カブトデ
コムの株式が暴落することはまず考えられなかった。
         さらに,第1融資は,拓銀に,ユーロ市場での調達コスト+0.5%以
上の利息収入をもたらすものであった。
         このように,第1融資は,リスクが小さく,収益が大きい融資であっ
た。
      (エ) 以上のとおり,平成2年2月13日開催の投融資会議に法人部が提
出した資料や報告は,当時2万円台であったカブトデコム株式が,700
0円台に下落するおそれがあるか否かの予測をするに十分なものであ
った。
         そして,前記のとおり,拓銀という巨大組織の中の上部機関である投
融資会議においては,その構成員は,担当部署の提出した資料・報告
に一見して不合理な点がない限り,担当部署にさらに調査するよう指
示すべき注意義務はなく,担当部署が提出した資料・報告を前提として
判断すれば足りる(特に,控訴人Eは,東京駐在の国際部門担当の代
表取締役副頭取であり,カブトデコムとの取引を担当したことがなかっ
たから,担当部署の資料・報告に一見して不合理な点がない限り,さら
なる調査を指示することは不可能であった。)。
          したがって,控訴人らには,法人部に対してさらに調査するよう指
示すべき注意義務はなかった。
     ウ なお,旧大蔵省銀行局の担当者は,平成2年6月,第1融資の借主に
返済能力がないこと等の問題点を指摘していたが,返済能力がなくとも,
担保によって回収可能であれば問題がないことは前記のとおりである。
        また,カブト問題調査報告書は,第1融資が,当初,Iと控訴人Gのトッ
プ同士の話合いから始まったことを指摘しているにすぎず,第1融資が不
合理な融資であったという趣旨ではない。
        さらに,平成3年12月の日銀考査において,第1融資によって生じた
債権はS分類とされず正常債権とされていることからも,第1融資の決裁
が合理的であったことは明らかである。
     エ 平成2年2月13日開催の投融資会議は,第1融資全体のマスタープラ
ンを検討しただけで,個別の融資の決裁はそれぞれの担当部が行ってい
るから,控訴人らは,第1融資の決裁を行っていない。上記投融資会議に
は,個別の借主の貸借対照表,金融機関取引状況表,その他融資決裁
に必要な資料が添付されていなかったことからも明らかである。
     オ 第1融資の一部が回収不可能となったのは,第1融資後に拓銀の回収
担当者が,債権回収を怠ったことによるものであって,第1融資の決裁と
は相当因果関係がない。
      (ア) 第1融資において,担保を設定した株式は,2年間売却できないこと
になっていたが(なお,2年間の売却制限については,カブトデコムと借
主との取決めであって,拓銀に対する制約ではない上,借主も,やむを
得ない事由があるときは売却することができたから,2年内に売却する
ことも不可能ではなかった。),無償増資によって新たに担保となった
株式については,いつでも売却可能であった。
      (イ) 平成2年5月,84%の無償増資が実施され,これによって,担保にと
った12法人の株式は,91万9800株増加して合計201万4800株(1
09万5000株×1.84)となった。当時の株価が1株4万1400円であ
ったから,このうち,4分の1以下の47万2705株を売却すれば,第1
融資の195億7000万円を回収できたことになる。
      (ウ) カブトデコム株式の平成元年から平成4年までの年間出来高は,30
9万株,229万株,195万株,275万株と推移しており,少な目ではあ
るが,これは,株主安定化比率が高く,値上がり期待や無償増資の期
待から,保有者が手放さないことによるものであった。無償増資後も株
価が値上がりしていることや,上記投融資会議資料に割当希望者が百
十数件あった旨記載されていることからも窺えるように,潜在的買需要
は大きかった。したがって,担保にとった株式は,売却しようと思えばい
つでも売却できる状態であった。
なお,単一銘柄の株式を担保にとることは銀行実務においてしばし
ばみられることであった。
〔控訴人Dの主張〕
     ア 被控訴人は,第1融資が借主の返済能力を無視した融資であった旨主
張するが,借主の返済能力については,個々の融資申請の際に所定の
決裁権者が検討すべきことであったから,これに関与していない控訴人ら
に責任はない。
     イ 第1融資について,控訴人Dに被控訴人が主張するような注意義務違
反はなかった。
      (ア) 第1融資を決裁するに当たって,被控訴人の主張するように,カブト
デコムの実態について,昭和63年調査のような詳細な調査をすべきで
あったとはいえない。
          被控訴人は,平成2年2月13日開催の投融資会議資料には,カブ
トデコムの売上高の75%がグループ間取引である旨の記載やカブト
デコムの借入金が増加している旨の記載があったこと,従前から拓銀
内部にカブトデコムとの取引についての消極意見があったことから,第
1融資の決裁に当たって,カブトデコムの実態について詳細な調査が
必要であったと主張する。
          しかし,グループ内取引自体はどこでもなされていることであるし,
カブトデコムにおいては,資金が滞ることなく,売上高及び利益が伸び
続けていたことから,グループ外にも物件の販売ができていたと考えら
れた。また,借入金の増加は,業績の拡大にはつきものであり,さら
に,カブトデコムは,借入金とともに預金が増加していた(平成2年3月
期は584億円で,前年比522億円増)。
          特に,控訴人Dは,当時,東京に駐在して業務に専念しており,道
内のカブトデコムの企業内容や動向とは無縁であった。
          昭和63年調査報告書は,昭和62年3月期決算を基に作成された
もので,その後3年が経過しており,その間,カブトデコムの経営規模・
財務構成は格段に拡大是正され,平成元年3月に,主幹事証券会社
である国際証券の審査部の厳しい審査を通り,店頭登録を果たしてい
たことから,関係会社取引等整理させるものは整理され,改善整備さ
れたはずであった(店頭登録には実質基準があり,取引関係に不健全
なものはないか,関係会社に対する債権保全が十分か調査することに
なっている。内容そのものは上場の場合と同じである。)。さらに,カブト
デコムは,今後,第1融資に係る第三者割当増資により,低金利の資
金542億円を入手して,資本金が626億円(昭和62年3月期は8億5
300万円であったから,その73.3倍)になるなど,財務構成が拡大さ
れる予定であった(実際,平成2年11月13日,平成3年7月13日開催
の各経営会議において,第三者割当増資の経営改善効果が現れてい
たことが報告されている。)。また,今後,拓銀から人材派遣が予定さ
れており,カブトデコムの経営については,拓銀の指導性が確保される
見込みであった。
          以上のような事情から,カブトデコムは,昭和62年に事業調査室
が調査したころとは別の企業といってもいいほど様変わりしており,昭
和63年調査報告書において指摘された問題点は解決済みと考えられ
た。
          したがって,第1融資の決裁に当たり,控訴人らに,昭和63年調査
のような詳細な調査・検討を行うように指示する注意義務はなかった。
      (イ) 第1融資等は,12法人及び6個人が,カブトデコム株式138万500
0株を取得するのに対し,上限254億円を融資するというものであり,
カブトデコム株式1株に対する融資額は約1万8000円(254億円÷1
38万5000株)であった。これに対し,保全は,12法人及び6個人から
担保に徴求したカブトデコム株式1株の時価が2万5000円,実効担保
価格(掛目70%)1万4000円であり,実効担保価格ベースで35億40
00万円{(1万8000円-1万4000円)×138万5000株)}の保全不
足があったが,当該不足分は,I(資産407億円)の保証予約で確保す
ることができた。上記投融資会議における法人部の報告によれば,カ
ブトデコムは,順調に成長拡大しており,株価も上昇中で,今後も業績
拡大,株価上昇が見込まれ,経営に不安点はないというものであった
から,安全性の高いものであった。
         第三者割当増資で取得した株式は2年間売却できないことになって
いたが,無償増資で引き受けた株式については,いつでも売却可能で
あり,第1融資の決裁の際に,無償増資によって取得した株式を売却し
た場合には売却代金を全額弁済に充ててほしいという趣旨を,各取扱
店及び借主に徹底する旨の報告がなされた。また,第1融資の構造
上,12法人は,2年目以降の利息を支払うのが困難であったから,12
法人は2年以内にカブトデコム株式を売却して返済するであろうと考え
られた。
         カブトデコム株式の出来高実績はかなり高いもので,上記投融資会
議において,たくぎん抵当証券及びたくぎんファイナンスサービスが,
平成2年1月にカブトデコム株式5万株を売却した事実が報告された。
株価2万円として1か月17万株を売却すれば6か月で回収可能である
ところ,1か月17万株を売却することは十分可能であった。
         その他,第1融資は,拓銀に大きな利益をもたらすものであった上,
拓銀が支援してきていたカブトデコムの社業発展に資するという意義を
有していた。
         このように,第1融資は,安全で利益の大きい融資であったから,第
1融資を決裁したことに注意義務違反はない。
     ウ 平成2年2月13日開催の投融資会議は,カブトデコムが当初一般公募
による増資を予定していたが,株価が高騰したため,一般公募することが
できず,第三者割当増資による増資に変更したことから,こうした一連の
手続に拓銀が協力することについての賛同を求められたものであって,
第1融資の個別の融資についての検討や決裁はしていない。
        また,副頭取は,投融資会議の構成員として協議に参加するが,最終
的な決裁は頭取が行うものであって,副頭取は決裁権限を有していない
から,控訴人Dは,第1融資を決裁していない。
     エ 第1融資の一部が回収不能となったのは,第1融資後に,拓銀の回収
担当者が債権回収を怠ったことによるものであって,第1融資の決裁とは
相当因果関係がない。
       (ア) 第1融資決裁当時,第1融資の回収に不安がなかったことは,前記
のとおりであり,平成2年5月に84%の無償増資が実施され,これによ
って,担保にとった12法人の株式は,91万9800株増加して合計20
1万4800株(109万5000株×1.84)となった。この約91万9000
株の時価は,平成2年5月末で244億円(1株2万6600円),同年12
月末で220億円(1株2万4000円),平成3年12月末で203億円(1
株9590円)であったから,これらのどの時点で売却しても第1融資額
合計を回収することは可能であった。
         また,平成3年5月に60%の無償増資が実施され,これによって,担
保にとった12法人の株式は,さらに120万8800株増加して合計322
万3680株(201万4800株×1.6)となった。
         以上の無償増資によって,直ちに売却可能な合計212万8600株
が発行されたことになる。
       (イ) ところが,第1融資実行後,拓銀の回収担当であった総合開発部
は,株価が低下して担保割れの状態になっても,Iが株価下落に懸念を
示したことなどを理由に,担保権実行や追加担保の徴求などすること
なく,第1融資の回収を怠った。このような拓銀の回収懈怠は,第1融
資決裁後の平成2年10月に拓銀が採用したインキュベーター路線の
現れであると考えられるが,それは,第1融資の決裁後に拓銀が選択
した方針であり,第1融資の決裁とは無関係である。
       (ウ) 被控訴人は,3年間は期限の利益があったから,拓銀は強制的に
回収することはできなかった旨主張するが,銀行取引約款5条2項に
は,債務者が取引約定に違反したとき,保証人が取引約定に違反した
とき,その他債権保全を必要とする相当の事由が生じたときには,銀
行側の請求によって期限の利益を喪失させることができると定めてい
る。そして,12法人は,平成3年5月から平成4年11月までの間に合
計43万2000株を処分していながら,その売却代金を返済に充ててお
らず,Iは,個人保証を予約していたにもかかわらず,平成4年3月31
日までに1375億円の保証債務を負っており,これらは約定違反であ
るから,拓銀の請求により期限の利益を喪失させることは可能であっ
たはずである。
       (エ) したがって,第1融資の一部について未回収になっているのは,総
合開発部の債権回収義務懈怠によるもので,第1融資を決裁したこと
とは相当因果関係がない。
     オ ところで,第1融資は,ユーロ円貸付で行われた。ユーロ円は,借主が
拓銀を通じて直接ロンドンの銀行から借り入れるものであり,拓銀は,そ
の返済を保証する立場にあった。第1融資については,12法人は,いず
れも拓銀の仲介で外国の他の銀行から同額の借入をして,第1融資を当
該期限に弁済した。第1融資とこれを弁済するための融資は独立してい
るから,最初のユーロ円債権の弁済がなされた時点で,投融資会議が決
裁した第1融資は,弁済により消滅した。
     カ 仮に,控訴人Dに第1融資の決裁について注意義務違反があり,これと
拓銀の被った損害との間に相当因果関係があったとしても,拓銀には,
第1融資による損害の発生について,前記のように回収を怠った過失が
あったから,過失相殺がなされるべきである。
(5) 第2融資に関与した取締役の責任の有無
  〔被控訴人の主張〕
     ア 第2融資は,資金繰りに行き詰まったカブトデコムに対し,その資金需
要に応じて融資し,延命を図るというもので,救済融資の類型に該当す
る。
       (ア) 救済融資は,そもそも経営状態が苦況にある企業に対してなされ
るもので,回収可能性が低い融資であるが,再建の見通しのある企業
について,倒産させるよりも再建させる方がより多くの貸付金を回収で
きることもあるから,救済融資をすることが合理的な場合もあり得る。
そして,救済融資が適法であるというためには,第1に,融資先の実
態を把握し,第2に,再建策の実現可能性について検討し,第3に,当
該融資を行うことにより新たな損害の拡大とならないように十分な追加
担保を徴求する必要があるといえる。
なお,第2融資は,カブトデコムに対して500億円を融資する内容で
あったが,第2融資決裁前の平成4年2月ころ,拓銀からカブトデコム
に対する融資残高は711億円(平成4年8月5日には総授信額1003
億円)に達しており,銀行法上の大口融資規制(普通銀行の場合,貸
出金の自己資本中に占める割合が20%以内まで)によれば,当時の
拓銀の同一企業に対する融資の上限は905億円であったから,第2
融資は,銀行法上の大口融資規制に反するものであった。また,当
時,拓銀の年間業務純益が300億円程度であったから,第2融資は,
拓銀の経営に重要な影響を与えるものであり,なおさら慎重な判断を
する必要があった。
       (イ) カブトデコムについては,平成3年7月23日開催の経営会議にお
いて,自社開発プロジェクトの特性から,その実態を把握するためには
カブトグループであるカブトデコム,山王建設,兜ビル開発,甲観光,山
三西武地産及び丸三昭和通商の6社について調査する必要があるこ
とが報告され,同年12月の日銀考査において,カブトデコムに対する
債権の一部がS分類ではないかとの指摘を受けたことにより,控訴人
らは,カブトグループ全体の実態を把握する必要を痛感し,平成4年1
月28日開催の経営会議において,総合開発部に対し,「カブトグルー
プ全体のバランスが今後どのようになるか分かるようにする」という指
示をしていた。
         また,第2融資が付議された同年3月23日開催の経営会議におけ
る総合開発部からの報告によって,カブトグループ間で取引が決済で
きず,資金繰りが行き詰まり,カブトデコムが資金調達せざるを得ない
状態になっていることが窺われた(カブトデコムが実質的に大幅な減収
減益になっており,短期借入金,長期借入金,販売用不動産,短期貸
付金,長期貸付がいずれも増大していた。)。したがって,拓銀は,カブ
トデコムの実態を把握するために,カブトグループ内での資金及び物
の流れを連結ベースで把握する必要があった。
    イ 総合開発部は,第2融資決裁のための資料として,上記カブトグループ6
社の連結財務諸表及び連結損益計算書を作成せず,カブトグループの
資金及び物の流れを連結ベースで把握するために必要な調査をしなかっ
た。
        また,平成4年4月3日開催の経営会議に提出されたカブトデコム,兜
ビル開発,甲観光及び山三西武地産のカブトグループ4社についての連
結財務諸表は,カブトグループ全体に及ぶものではなく,簡便法(通常,1
00%子会社で,規模が小さく,子会社の損益額が親会社を含めたグル
ープ全体の損益額に大きな影響を与えない程度であることが明らかな場
合の企業集団を対象としてなされる連結計算の方法)によってなされたも
のであり,時間的にも,平成4年3月23日開催の経営会議後わずか10
日の間になされた調査であったという点で不十分なものであった。
        第2融資の決裁の際に,総合開発部が報告したカブトデコムの再建策
は,カブトデコムがカブトグループ全体で,貸付金に見合う資産があること
を前提に,バーター取引を織り交ぜながら,580億円の物件を売却し,山
三西武地産への貸付金については,同社保有のプロジェクト物件(いわ
ゆる8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件)の価値増加分から
回収するほか,甲観光及び兜ビル開発へ物件を売却し,カブトグループ
会社との取引の際,他行借入金を返済しないで承継するなどというもの
であったが,以下のとおり,いずれも実現可能性ないし実効性に欠けるも
のであった。その上,総合開発部は,カブトデコムが再建する上で重要な
エイペックスの事業採算性について検討しなかった。
      (ア) 平成4年3月23日開催の経営会議において,総合開発部は,カブト
グループの保有不動産について簿価合計と時価合計を算出し,トータ
ルで支出済み額を回収できる見込みであると報告した。
         しかし,この報告における時価評価は,カブトデコムが平成3年12月
時点の国土法価格を基準に算出したものであるが,平成3年は,地価
が東京圏では住宅地で10%下落し,札幌においても下落に転じた状
況であったから,国土法価格は実際の地価を大幅に上回っていたと考
えられる。
         また,上記報告は,山三西武地産が保有する物件について,容積率
アップ及び特定街区指定を見込んで,8.6プロジェクト物件の時価を4
47億6500万円,5.4プロジェクト物件の時価を172億1200万円と
評価して成り立っているが,当該物件はいずれも上記経営会議の時点
で凍結プロジェクト物件と報告されており,8.6プロジェクト物件に関し
ては,ダイエーをキーテナントにすることも実現困難となっており,平成
4年3月末の時点で容積率変更がなされる見込みがあったのか疑問を
感じる記載であった。同年9月の経営会議資料では,8.6プロジェクト
物件が時価265億2300万円,5.4プロジェクト物件は時価83億円と
されており,同年3月23日開催の経営会議における総合開発部の報
告どおりの資産価値があったとは考えられない。
         以上のように,総合開発部のカブトグループ保有資産の価値につい
ての報告には明らかな不備があった。
      (イ) なお,平成3年7月23日開催の経営会議では,カブトデコムは,平成
4年3月までに12物件を売却するとして具体的な物件名を挙げていた
にもかかわらず,その後,このうちの2件しか売却できていないことが
明らかになっており,当該2件もカブトグループ内での売却にすぎなか
った。同年3月23日開催の経営会議では,M総合開発部長から,Iが
(時価より高額な)不動産の取得簿価での売買に固執しているため,売
却が進まない旨の報告がなされていたのであるから,たとえ拓銀がカ
ブトデコムに不動産の売却を促しても,売却が進む状況にはなかった
のであり,第2融資を決裁するに当たっては,具体的な不動産売却促
進方法を検討する必要があった。
      (ウ) また,平成5年1月27日開催の経営会議において,カブトデコムのカ
ブトグループ外への売上高は,平成元年3月期以降38億円のみであ
ったという実態が明らかにされており,カブトデコムの実態を把握してい
れば,カブトデコムの再建が不可能であることは明らかであったし,山
三西武地産への貸付金の回収財源とされた8.6プロジェクト物件及び
5.4プロジェクト物件については,前記のとおり,いずれも凍結プロジ
ェクトであると説明されていたから,当該プロジェクトの資産価値増加を
当て込んで山三西武地産に対する債権を回収可能債権と評価するこ
とは不合理であった。
      (エ) さらに,他行借入金の引継については,プロジェクト物件の売主はカ
ブトグループの会社であるから,結局カブトグループ全体の収支改善
にはつながらず,わずかにプロジェクト物件の仕入れの際に行われた
他行,ノンバンクからの借入を拓銀が肩代りすることを防ぐという意味
しかない。甲観光等への物件売却は,カブトデコム単体の収支改善,
借入金の圧縮につながるとしても,カブトグループ全体の収支改善,借
入金の圧縮にはつながらず,上記資金需要圧縮策は,カブトグループ
全体をみれば,何ら改善をもたらすものではなかった。
      (オ) エイペックスについては,当時,カブトデコムが手がけていた最大の
事業であり,カブトデコムの今後を見通す上で重要で,控訴人らもその
ように認識していた(平成4年3月23日開催の経営会議において「優
先事業はエイペックス」,同年4月3日開催の経営会議においても「優
先事業はエイペックス,状況によっては事業計画の再検討」と指摘して
いる。)。
         ところが,エイペックスは,会員権販売代金によって事業費をまかな
う計画であったが,平成3年10月には,すでに会員権の販売は断念せ
ざるを得ない状況で,会員権販売収入がない場合の代替計画を検討
する必要があった(会員権が販売できるまでのつなぎとして,拓銀から
207億円,拓銀以外から414億円の借入金があったから,会員権が
販売できない場合,資金が入ってこないというだけでなく,開業後,少
なく見積もっても年間20億円の利息債務が発生するということにな
る。)。その他,エイペックスについては,投資額の安易な増額,それに
伴う安易な会員権販売計画の変更がなされており,さらにカブトデコム
によるグループ会社からの会員権一括買上げ,カブトデコムとグルー
プ会社間の売買代金の相殺処理とその過程での不明朗な反対債権の
計上,カブトデコムから関連会社への会員権転売等,カブトデコム内で
の経理上の操作による売上金の不透明さ等の問題があった。
         したがって,カブトデコムの今後を見通す上で,エイペックスの採算
性は検討しなければならない事項であり,第2融資の決裁に際して,こ
の点について調査,検討をしていない総合開発部の調査には不備が
あった。
     ウ 第2融資の際に設定された担保は,いずれも実効担保価格ベースで保
全不足であった。第2融資を決裁した控訴人A,控訴人E,控訴人B,控
訴人F及び控訴人Gは,時価ベースでは保全不足はなかった旨主張する
が,時価を基準に担保評価することは銀行実務一般では行われていない
上,そもそも,控訴人らのいう時価評価は,カブトグループ会社間で設定
された買取価格(平成4年4月3日,同月27日開催の各経営会議におけ
る報告),国土法価格,平成2年7月の鑑定評価額,平成3年9月の簿価
(平成4年5月28日開催の経営会議における報告)となっており,時価評
価としても適切なものではなかった。
        また,上記のような時価ベース評価では保全不足は生じないという主
張は,山三西武地産が保有する8.6プロジェクト物件の時価を447億6
500万円,5.4プロジェクト物件の時価を172億1200万円と評価して
成り立っているが,これらの時価評価に不備があったことは前記のとおり
であった(平成4年9月開催の経営会議資料では,8.6プロジェクト物件
が時価265億2300万円,5.4プロジェクト物件は時価83億円とされて
おり,仮にこの数字を前提にすると,時価ベースでも第2融資によって82
億8400万円の保全不足拡大になる。)。
     エ 第2融資について,平成4年3月23日開催の経営会議における総合開
発部の調査・検討は,前記のとおり,不十分なものであったから,控訴人
らは,拓銀の経営の重要事項の決定を委ねられた経営会議の構成員た
る取締役として,また,金融の専門家として,総合開発部に対し,カブトデ
コムの実態,再建計画の見込み,担保等について,さらなる調査・検討を
指示すべきであった。
        にもかかわらず,控訴人らは,そのような指示をすることなく,総合開
発部の不十分な調査・報告に基づいて第2融資を決裁した注意義務違反
がある。
        なお,第2融資の決裁時期については,上記経営会議で「需資が500
億円であることは了承,当社に需資500億円に対する融資というのは緊
急融資であることを認識させる」という結果となっているが,上記記載の
仕方,控訴人Gないし控訴人Bが,平成4年3月中に,Iに対して「今回貸
すのがもう最後で,これ以上はだめだぞ」という趣旨のことを述べていた
こと,同年4月3日開催の経営会議で早速500億円のうち160億円の融
資決裁がなされ,その後同年8月までの間に継続的に540億円の融資
がなされていることから,平成4年3月23日開催の経営会議において第
2融資の決裁があったものというべきである。
        また,第2融資には,権限規程による投融資会議の省略,大口融資自
主規制の潜脱といった行内の規程違反があった。
     オ 第2融資によって,拓銀は,第2融資の回収不能額である308億945
0万円相当の損害を被った。
 〔控訴人らの主張〕
     ア カブトデコムは,不動産がその取得簿価以上で販売できれば当然利益
が生じる構造であったから,第2融資の回収可能性は,プロジェクトごと
の資産価値と取得簿価をみれば把握することができ,第2融資の決裁に
おいて必要な情報は,第1に,カブトデコム全体の資産評価であった。さ
らに,カブトデコムがプロジェクトの凍結等によって資金需要を圧縮した場
合に,カブトグループ,特に山三西武地産の財務状況が影響を受ける
(財務状況が変化すると,第2融資後のカブトグループの資金調達の可
能性に変化が生じ得る。)と思われることから,第2に,資金需要を圧縮し
た場合のカブトデコム及び山三西武地産を含めたカブトグループの平成
5年3月期の財務状況であった。
     イ 被控訴人は,カブトデコムが資金繰りに行き詰まった原因は,カブトグ
ループ間の決済が滞るなど,カブトグループ間の取引に問題があったた
めであるとした上で,第2融資を決裁するにあたって,前記カブトグループ
6社の連結財務諸表及び連結損益状況を調査する必要があったと主張
する。
        しかし,カブトデコムの資金繰りが行き詰まったのは,地価の下落によ
り不動産市況が低迷し不動産が一時的に売れなくなったためであって,
カブトグループ間の取引に問題があったためではないから(グループ間で
の取引は,建設業,ディベロッパーの間では一般的に行われていることで
あり,そのような取引をしていることは特に問題とはならない。たしかに,
グループ間の取引を行っている場合には,グループ外に売却できないリ
スクが伴うが,第2融資決裁当時は,景気が調整過程に入っているもの
の,間もなく回復するという見方が一般的であったから,グループ外に売
却できないリスクは,当時,問題にならなかった。),第2融資の決裁に当
たって,カブトグループ6社の連結財務諸表及び連結損益状況を調査す
る必要はなかった。
        また,平成4年1月27日開催の経営会議において,カブトグループ全
体のバランスがどのようになるか把握できるように調査するよう指示して
いるが,これは,上記経営会議において,「カブトデコムが平成4年中に1
000億円の資金需要があるが,自社開発プロジェクトを再度見直して凍
結して,資金需要を圧縮する。」旨の報告があり,カブトデコムの資金需
要を圧縮することによって山三西武地産の資金繰りが困難になるおそれ
があったことから,山三西武地産を含むカブトグループの連結ベースで貸
借対照表を調査する必要があったからにすぎない。
        なお,平成3年12月の日銀考査において,当初,日銀から,カブトデコ
ムの同年9月末と同年12月末を比較すると借入金が増加していること,
不稼働資産が多いことなどの指摘を受けたが,総合開発部が,日銀に対
し,カブトデコムは,同年3月末後の回収金が大きかったため,たまたま
同年9月末の借入金が少なくなっていただけであることを説明し,また,カ
ブトデコムの資産を一つ一つチェックすることで不稼働資産は,総資産2
799億円のうち286億円にすぎないことを理解してもらったから,上記日
銀考査の結果は,特にカブトデコムの実態について疑問を抱かせるもの
ではなかった。
     ウ 被控訴人は,平成4年3月期の決算で,短期借入金,長期借入金,販
売用不動産,短期貸付金,固定資産等が増加していることを指摘して,
前記カブトグループ6社連結損益状況等の調査の必要性があった旨主張
するが,事業規模の拡大に応じて上記のような各勘定科目の金額が増
加するのは当然のことであって,カブトグループの業績悪化を示すもので
はないから,上記のような報告を受けてカブトグループの連結損益状況
等を調査すべきであったとはいえない。
        第2融資の決裁に当たり,総合開発部は,カブトデコムの資産価値に
ついて,融資判断に必要な調査をしていたのであって,これに不備はな
かった。
     エ 被控訴人は,資産価値の評価について不備があったと主張する。しか
し,国土法価格を基準として資産価値の評価をしていたことについては,
国土法価格は,高騰する地価を人為的に抑えようとして設けられたもの
であって,本質的に流通価格より低く設定されており,流通価格がピーク
から5%程度(平成4年3月に発表された公示価格の札幌商業地の下落
率は5%程度であった。)下落したあたりで,国土法価格と流通価格が合
致したと考えられるから,平成4年3月当時のカブトデコムの不動産を国
土法価格で評価したことは適切であった。そもそも,国土法価格は,国が
適切な価格として設定しているものであるから,それが妥当でないという
ことはできない。
        8.6プロジェクト物件及び5.4プロジェクト物件が特定街区に指定さ
れることを見込んで評価していたことについては,特定街区の指定には
特別な要件があるわけではなく,四囲を道路で囲まれた街区であること,
設計上有効空き地を設けることなどの客観的な要件を満たせばそれで指
定を受けることは可能であり,特定街区の指定がされる可能性は存在し
ていたから,その評価に誤りはない。また,特定街区に指定されるまでの
ことはなくても,容積率アップによって723億円の資産価値増加になると
評価されていたが,容積率アップの可能性が強く存在しており,723億円
の資産価値増額が見込まれた。実際には,容積率の見直しは平成4年1
0月16日に実施され,上記各プロジェクト物件の容積率はアップしなかっ
たが,同時点までは,容積率がアップする可能性が高いと報告されてい
たのである。そして,容積率アップを前提としなくても,凍結プロジェクト物
件全体の含み益は62億円であったから,やはり借入に見合う資産があ
ったことに変わりはない。また,上記各プロジェクト物件は凍結プロジェク
トとされていたが,これは,カブトデコムが資金を投入しないという意味で
あって,パートナーであるダイエーが資金を出して開発を続けることは可
能であった。
        平成3年12月の日銀考査において,日銀は,カブトデコムの資産を一
つ一つチェックして調査した結果,カブトデコムに対する債権を正常債権
と認定しており,この時点におけるカブトデコムの資産価値に問題がなか
ったことを示している。なお,総合開発部は,カブトデコム,兜ビル開発,
甲観光及び山三西武地産のカブトグループ4社の連結財務状況を調査
し,カブトデコムの資金需要を圧縮しても,山三西武地産の資金繰りに問
題はないことを,平成4年4月3日開催の経営会議において報告した。
     オ さらに,被控訴人は,カブトグループの実態,物件売却の可能性,山三
西武地産に対する債権の回収可能性について検討が不十分であり,エイ
ペックスの採算性について調査がなされておらず,その他の資金圧縮も
無意味であり,担保徴求も不十分であったとして総合開発部の調査・検
討が不十分であったと主張する。
        これらの事項が,第2融資決裁の上で重要でなかったことは前記のと
おりであるが,さらに被控訴人の主張について反論する。
       (ア) 総合開発部は,平成4年3月23日開催の経営会議で,物件売却の
スケジュールを具体的に記載したリストを示した上,このとおり売却す
る旨報告した。当時は,一般的には,平成4年の後半には景気が回復
すると予想されていたのであり,その後,不動産の価格が回復せず,
物件が1件も売れないと予想することはできなかったのであるから,控
訴人らが,上記報告どおりに物件が売れることを前提にして第2融資を
決裁したことに注意義務違反はない。
         仮に,物件の売却ができずに資金需要が発生したとしても,カブトデ
コムは,これに対応する資産を保有しており,平成5年3月期には自己
資本1132億円を保有する見込みであったから,物件売却の実現可能
性が低かったとしても,第2融資決裁の合理性に変わりはなかった。
       (イ) 山三西武地産に対する貸付金の回収財源とされた8.6プロジェク
ト物件及び5.4プロジェクト物件の資産評価に不備がなかったことは
前記のとおりである。
       (ウ) エイペックスは,平成4年3月当時は,順調に工事が進んでおり,会
員権も第1次賛助会員権,第2次賛助会員権を販売中(販売期間は平
成4年3月まで)であった。当時,景気が調整過程に入っていたことか
ら,会員権の販売がやや落ちていたが,平成4年後半には景気の回復
とともに再び会員権販売が伸びると予想されていた(経営会議資料も,
平成4年7月以降,会員権販売が再び軌道に乗る見込みで作成されて
いる。)から,採算性がないとは考えられなかった。
    平成3年12月に行われた日銀考査において,日銀の担当者は,会
員権購入者に対するエイペックスローン債権,たくぎん保証の甲観光
に対する求償債権(会員権預託金返還債務の保証)のいずれも正常
債権としており,当時,エイペックスの採算性に疑問がなかったことが
明らかである。また,平成4年9月以降に,悪化する経済状況の中でな
されたエイペックスの採算性シミュレーションにおいてさえ,会員権が全
く売れないと仮定してもキャッシュフローは10年間収支がプラスマイナ
ス0,ベストケースやミドルケースであれば十分に採算性があると報告
されている(なお,上記シミュレーションは,稼働率48%で予測されて
おり,平成5年6月のホテルオープン時には実際42.6%の稼働率で
あったことから,その予測は非常に優れたものであったといえる。)ので
あるから,平成4年3月の時点で,エイペックスについて,いかに詳細
に検討していたとしても,第2融資の決裁の上で問題となるものではな
かった。
    (エ) その他の資金圧縮策のうち,カブトグループ間の取引で他行借入を
引き継ぐこととし,甲観光や兜ビル開発に資産を取得させることについ
ては,他行借入の引継が拓銀に対する資金需要の圧縮になることは
問題がない。
          甲観光,兜ビル開発に物件を保有させることが資金需要の圧縮に
つながらないことはそのとおりであるが,これによって,拓銀グループ
のリスクの分散が可能であったから,当該資金圧縮策に不備があった
とはいえない。なお,第2融資の500億円という融資額は,カブトデコ
ムのみならず,甲観光,兜ビル開発に対する合計融資額である。
       (オ) 担保については,総合開発部が第2融資において設定した担保物
件は,時価ベースではフルカバーであった。
          たしかに,実効担保価格ベースではフルカバーではなかったが,金
融機関が店頭登録会社に対して授信する際,物的担保でフルカバー
することは求められておらず,実際,平成3年12月に行われた日銀考
査において,拓銀グループのカブトデコムに対する総授信額は557億
円(支払承認を含む),これに対する実効担保不足が261億円であっ
たが,カブトデコムの企業としての信用力,支払能力を総合的に勘案し
て,正常債権に分類されている。また,第2融資の担保は,すべて根抵
当権又は将来の根抵当権設定を前提とするものであり,現実の融資と
抵当権が1対1で対応する必要は全くなかった。したがって,総合開発
部の調査は,担保の点においても,特に不備はなかったといえる。
     カ 以上のように,第2融資決裁に際して,総合開発部は,融資判断に必
要な調査を行い,その結果を資料として提出していた。
        そして,投融資会議や経営会議において融資を決裁する場合,会議
に提出された資料に外形的に問題点があったという特段の事情がない限
り,決裁権者は,提出された資料を信頼してそれを基に意思決定をすれ
ば足りる(物件の評価は,路線価,公示価格,国土法価格,実際の取引
事例等を基に担当部が行う作業であって,経営会議の場で取締役が行う
ものではなく,特に本件の対象物件は合計103件に及んでいるから,控
訴人ら取締役は,担当部である総合開発部の提出した資料を信頼して意
思決定すべきものであり,仮に,カブトデコムの物件評価に何らかの問題
があったとしても,取締役の注意義務違反とはなり得ない。)ところ,本件
で総合開発部が提出した資料には,前記のとおり,外形的な問題点はな
かったから,控訴人らがさらなる調査を指示すべき義務はなかった。
        特に控訴人E及び控訴人Fは,東京駐在で,国際部門を担当するなど
しており,カブトデコムとの取引は一度も担当したことがなかったから,担
当部の提出した資料や報告に外形的に問題がない限り,さらなる調査を
指示する注意義務はない。
        仮に,控訴人らが,被控訴人の主張するとおり,総合開発部に連結損
益計算書等を作成させ提出させていたとしても,平成4年3月当時の連結
損益状況(営業利益63億円,経常利益12億円,法人税48億円を支払
った後の税引き後損益48億円の赤字)には何ら問題がなかった(48億
円という赤字は,自己資本1073億円であることを考えれば,第2融資を
否定するような要素ではなかった。)。
     キ 被控訴人が主張する手続的問題のうち,投融資会議を経ていないこと
については,経営会議は,投融資会議よりも上位の機関であり,経営会
議で十分協議の上決定された融資を実行する場合には,経営会議の決
議事項には投融資会議の決議も含まれるとの解釈で運用されていたの
であり,投融資会議を経ていないことは,何ら手続的な瑕疵というにはあ
たらない。
        拓銀の大口融資自主規制は,拓銀で作成したガイドラインであり,規
制金額に近い場合,又は規制金額を超える場合には,経営会議におい
てその方針を決定することとされていた。本件は,重要案件であるので,
このガイドラインに定めるとおり,経営会議で審議決定されたから,何らガ
イドラインに反しない。
        また,銀行法上の大口融資規制は,行政指導により定められた指標
であり,諸般の事情でこれを超えるときには,当局に事情を説明し,了承
を得ていた。
     〔控訴人Gの主張〕
     ア 因果関係について
        本件において被控訴人が第2融資の損害として主張するのは,第2融
資の未回収額であるが,未回収の経緯・理由は千差万別であり,全てを
融資決裁者の責任とすることはできないはずである。ところが,被控訴人
は,個々の融資が未回収になった経緯について何ら明らかにしておら
ず,第2融資の未回収と控訴人らの責任との因果関係は主張立証を欠
く。
     イ 商事消滅時効について
        拓銀と控訴人Gとの間の取締役委任契約は付属的商行為である。し
たがって,仮に,拓銀の控訴人Gに対する損害賠償請求が認められたと
しても,当該請求権は,付属的商行為によるものであり,控訴人Gの最終
決裁日である平成4年6月22日ないしその融資実行日である同年7月6
日から5年で商事消滅時効が完成するので,遅くとも平成9年7月6日の
経過により時効消滅した。控訴人Gは,平成14年7月15日の口頭弁論
期日において,被控訴人に対し,上記消滅時効を援用する旨の意思表示
をした。
(6) 第3融資に関与した取締役の責任の有無
  〔被控訴人の主張〕
     ア 第3融資は,カブトデコムが存続不可能であるとの共通認識の下にあ
えてなされた追加融資である。
     イ 存続不可能な企業に対する追加融資は,救済融資と異なり,回収不能
となることが確実であるにもかかわらずなされるものであるから,特段の
事情がない限りその目的の正当性を欠き違法である。
        存続不可能な企業への追加融資が違法の評価を受けないためには,
前提として,当該企業を直ちに倒産させた場合と融資を継続した場合の
得失の正確な予測と比較,具体的にはそれぞれの場合の保全状況の増
減の対比,時間的余裕を得ることにより貸付金の回収を図る具体策の実
現可能性,融資を継続することにより受けるメリットの具体的内容等につ
いて合理的な調査及び検討を行うことが不可欠である。
        そして,存続不可能な企業に対する追加融資が例外的に許される場
合であっても,当該融資は回収不可能になることが予想されるのである
から,保全について万全を期し,損害のさらなる拡大を防止する措置を講
じる必要がある。
     ウ 第3融資を決裁した控訴人A,控訴人E,控訴人B,控訴人F及び控訴
人Hは,存続不可能なカブトデコムに対して第3融資を行った理由として,
第1に,拓銀のカブトデコムの破綻によるリスクウェイトを軽減すること(未
登記扱い・登記留保扱いの担保権についての登記具備及び未入担保物
件に対する担保設定,エイペックスを存続させること,カブトデコム保有物
件に対する支配獲得(物件シフト)),第2に,カブトデコムに対する融資を
直ちに打ち切ることにより発生すると考えられる道内経済の混乱を回避
することを挙げているが,次のとおりこれらについて考慮しても,カブトデ
コムを延命させることによる利益がそのコストを上回るとはいえないから,
第3融資は違法な融資であった。
       (ア) 第3融資を実施することによって,たしかに,未登記扱い・登記留保
扱いになっている担保物件について登記を具備し,未入担保物件に担
保設定する時間的余裕が生まれるものの,第3融資として新たな融資
がなされ,これについて保全不足がさらに拡大する危険があったから,
上記措置が保全強化になるか否かについては,具体的・数値的にどれ
だけの保全不足が減少ないし拡大するかを検討しなければ分からない
状態であった。
         ところが,控訴人らは,これを検討することなく,平成4年10月26日
開催の経営会議において第3融資を決裁した。
         同年11月17日開催の経営会議において,ようやく保全不足の拡
大,縮小について具体的な数値を検討したが,その結果は,平成5年3
月までに209億円の保全不足拡大につながるというものであった。実
際,第3融資として,409億円が融資されたが,これに対して担保設定
された物件の実効担保価格は合計127億円であり(エイペックス全域
の土地建物の評価を100億円とした場合),第3融資のみで考えると2
81億7400万円もの保全不足拡大となった。
         控訴人らは,上記経営会議における209億円の保全不足という検
討結果は,国内に限定した検討結果であって,海外には未入担保物件
や担保余力のあるカブトグループ保有の物件が多く存在していたこと
から,海外物件を計算にいれると保全強化になる見込みであった旨主
張する。たしかに,同年9月14日の時点で,カブトグループの海外物
件については243億円の担保余力があることが報告され,同年11月
17日に,香港ウェリントンビルとアメリカの5物件を具体的に挙げて,2
00億円の国内環流が可能であることが報告されており,平成5年3月
15日には,カブトデコムのカブト・インターナショナルに対する債権の
譲渡担保やカブト・インターナショナルがタイに保有する物件の売却の
話が報告されているが,いずれも,カブトデコムからの説明を経営会議
で報告したもの,ないし,抽象的な方針にすぎず,実現可能性や回収
手続について裏付けがない。また,同年9月14日の報告以外は,第3
融資決裁後に報告されたものである。したがって,海外保有物件の売
却による借入金の圧縮は,平成5年10月までになされた第3融資を正
当化する理由とはなり得ない。
         そもそも,未登記扱い・登記留保扱いになっている担保物件につい
て登記を具備するのは,手続的作業の問題であるから,平成4年度中
には完了可能であったし,未入担保物件への担保設定は,平成5年1
月中には完了する見込みであったから,これらは同年3月まで融資を
継続することの根拠たり得ない。
       (イ) 次に,控訴人らは,エイペックスのホテルが完成すれば,エイペック
ス施設の価値が590億円となり,その価値相当額について,拓銀の保
全が強化される旨主張する。
         しかし,平成4年11月30日開催の経営会議の報告では,エイペック
スとロイヤルクラッシックを合わせて実効担保価格413億円とされてお
り,ロイヤルクラッシックには,すでに46億円の優先担保が設定されて
いたから,当該報告を前提にした場合,エイペックスの実効担保価値
は385億円である。また,エイペックスは,事業採算性に問題があり,
事業採算性のないリゾート施設がそのような価値を有することはあり得
ない(したがって,エイペックスの物的価値を把握するためには,エイペ
ックスの事業採算性の検討が必要であったが,平成4年10月26日の
時点ではなされていない。)。実際,拓銀及びエイペックスが破綻した
後,エイペックスは60億円で売却されており,平成4年10月ないし同
年11月当時,400億円以上の価値があったとは考えられない。
         控訴人らは,エイペックスのシミュレーション資料(平成4年11月30
日経営会議資料)及び収益還元法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロ
ー方式)によれば,エイペックスの事業価値は400億円であり,エイペ
ックスを存続させることにより,利払可能債権が増加する旨主張する。
         しかし,エイペックスは,会員権販売を断念し,当初の資金計画では
成り立たなくなっていたから,新たな資金計画を策定した上で,事業採
算性について検討しなければ,将来の利払可能性があるか否か分か
らない状態であったのに,控訴人らは,平成4年10月26日までに,そ
のような検討をしていない。同年11月30日開催の経営会議におい
て,この点がようやく検討されたが,そこでは,1口4800万円の会員
権を527口販売するか,これに相当する額(252億円)を増資によって
調達するかしなければエイペックスの事業は成り立たないとされてお
り,当時,そのような高額な会員権を572口も販売することは困難であ
ったから,エイペックスは成り立たない事業であったといえる。また,上
記検討結果は,ホテルの改装費用等の必要なランニングコストを度外
視したもので,正確な稼動収益のシミュレーション資料とはいえない。し
たがって,エイペックスの事業価値が400億円ということはあり得な
い。
         むしろ,エイペックスを存続させることにより,甲観光に対し,平成5
年5月までに311億円,同年6月以降120億円を新たに融資しなけれ
ばならないというコストが生じることになった。
         そのほか,エイペックス事業は,第1次会員権の販売については,カ
ブトデコムが総販売代理店として一括買上処理し,これを関連会社や
下請会社に半ば強引に売り付ける方法をとった結果,多数の買戻請求
がある等の問題があり,会員権の販売を促進するため,たくぎん保証
が預託金返還請求権を保証していたが,償還期限が到来した際に大
きな問題となることが予想されるなど,問題を抱えており,拓銀の支配
下において存続させることにはむしろ問題があった。拓銀は,平成5年
4月5日,旧大蔵省銀行局N課長補佐から,「エイペックスについては,
先行き問題が多い。当行がこれを完成させ運営していくことについて
は,問題が多く逆に拓銀の足を引っ張ることにならないか。途中でとり
こわしても良いくらいではないか。」との指摘すら受けていた。
       (ウ) カブトデコム保有物件に対する支配獲得(物件シフト)については,
物件シフトによって,シフト物件を拓銀関連会社の支配下におくことが
できるとしても,シフト物件は,いずれも含み損を抱えており,また,拓
銀が拓銀関連会社にシフト物件購入のための売買代金相当額を融資
しなければならないから,拓銀が回収困難な貸付債権を増加させ,さら
に受け皿会社の利払支援の必要を生じさせることになるのであるか
ら,物件シフトによって,拓銀のカブトデコムに対する債権の保全が強
化されるという関係にはなかった。
         むしろ,物件シフトによって,カブトデコムは,拓銀関連会社から入手
した売買代金で拓銀以外の金融機関の借入金を返済することになる
から(このようにして平成4年11月から平成5年7月27日までの間にカ
ブトデコムが他行に返済した資金は合計42億円,拓銀関連会社に返
済した資金は360億円であった。),カブトデコム破綻のリスクが拓銀
に集中する逆効果を生じさせるものであった。
       (エ) 以上のような実情から,物件シフトが拓銀にとって利益であるという
ことはできない。
         物件シフトの真の目的は,拓銀の保全強化ではなく,控訴人Hが日
銀札幌支店長との面談で述べているとおり,大口融資規制を回避して
カブトデコムに対する融資枠をあけるための手段であったといえる。平
成4年8月5日の融資実行後の総授信額は1003億円を超えており,
第3融資を実施するためには,大口融資規制の問題をクリアする必要
があった。大口融資規制は,銀行資産の危険分散を図り,銀行信用の
広く適正な配分に資するための規制であり,これを潜脱するような物件
シフトの手法を安易に認めることは許されない。
       (オ) 道内経済の混乱回避という抽象的な目的は,それ自体では,存続
不可能な企業に対する追加融資の正当化事由となり得るものではな
い。
         道内経済の混乱回避という抽象的な目的が正当化事由として補完
的に考慮され得るためには,追加融資による利害得失を慎重に検討
し,追加融資が問題の先送りにすぎないものではないか,追加融資以
外に経済の混乱回避の手段はないかなどの検討が不可欠である。
         この点,控訴人らは,工事業者の連鎖倒産回避や共同信用組合の
破綻による金融システムの崩壊の回避を主張するが,これらは,カブト
デコムの破綻時期を延期したとしても避けられない問題であったから,
第3融資は,これらの問題を先送りするにすぎない。
         また,工事業者の連鎖倒産回避のためには,中小企業に対する公
的な低利貸付や拓銀の支援融資など,ほかの手段も考えられた。
         さらに,共同信用組合の問題については,第3融資決裁当時,共同
信用組合の状況等については若干触れる程度で具体的な調査検討を
しておらず,第3融資決裁を判断する際の根拠となっていたとは思われ
ない。
         むしろ,第3融資によって,カブトデコムを延命させるために,拓銀
が,カブトデコムに対し,平成4年11月から平成5年3月までに365億
円,同年5月31日までにさらに200億円を融資する必要があり,同年
3月の段階で拓銀のカブトデコム単体への総授信額が1010億円に達
し,拓銀グループ全体からカブトデコム単体への総授信額が1190億
円に達し,このうち750億円が保全不足になると想定されていたから,
拓銀自体を危機的状況に陥らせるなどして道内経済を混乱させる危険
があった。
     エ 第3融資を行った真の目的は,拓銀が,エイペックスの構想,着工段階
から深く関与し,たくぎん保証がエイペックスの会員権者に対して預託金
返還請求権を保証していることから,一応施設を完成させることによって
エイペックス事業に関与したことが失敗であったことの表面化を避けて問
題を先送りすること,平成2年2月の第1融資は仮装融資(迂回融資)と主
張される可能性があるところ,法律上は問題はないが,道義上の問題は
残るので慎重に対応する必要があることなどにあったのであり,存続不
可能な企業に追加融資を行う合理的理由となり得ない。
     オ まとめ
        以上のように,第3融資は,回収不能になることが確実であり,拓銀が
これ以上カブトデコムに融資すると拓銀自体を危機的状況に陥らせる危
険すらあった。そして,前記のとおり,第3融資により拓銀が被るコストを
凌駕する正当事由も認められなかったのであるから,第3融資を決裁した
控訴人らには銀行の取締役としての善管注意義務違反があった。
        控訴人らは,追加融資することについて,旧大蔵省や日銀の了承を得
ていたと主張するが,控訴人らは,カブトデコムに対する融資を平成5年
3月ないし同年6月をタイムリミットとする方針であるという重要な前提情
報を伝えていないのであるから,旧大蔵省や日銀と協議していたことは追
加融資を決裁した控訴人らの責任を否定する根拠とはなり得ない。
        そして,拓銀は,控訴人らが第3融資を決裁した結果,第3融資の回
収不能額である374億9556万3900円相当の損害を被った。
〔控訴人E及び控訴人Fの主張〕
     ア カブトデコムの破綻が避けられないことが判明したことから,控訴人ら
は,カブトデコムの破綻に備えて,拓銀のリスクウェイト軽減の措置をとる
とともに,道内経済の混乱を回避するため,しばらくの間,相応の融資を
してカブトデコムを延命させなければならなかった。このような場合,カブ
トデコムを延命させるために必要なコストと,延命させることよって得る拓
銀の利益を比較検討しなければならず,その結果,拓銀の利益がコスト
を上回る場合には,延命のための措置を実施することは合理的判断であ
るというべきである。
        そして,第3融資は,以下のとおり,拓銀のリスクウェイト軽減措置と道
内経済の混乱回避のために行われたものであり,これによる拓銀の利益
はそれに必要なコストを上回るといえるから,第3融資を決裁したことに
は取締役の注意義務違反はないというべきである。
     イ カブトデコムを一時延命させるために拓銀が負担するコストは,①カブト
デコムの対する融資364億(平成4年11月17日の経営会議において算
出された額である。同月5日にすでに55億円の融資を実施していること
から,これを含めると419億円ということになる。なお,カブトデコムの必
要資金は,同年10月26日の段階では,735億円ないし971億円と算定
されていたが,これは暫定的なものであった。)のうち保全155億円でカ
バーされない209億円(又は264億円),②エイペックスの完成のための
資金415億円(同月30日の経営会議において算定した。)の合計624
億円(又は679億円)であった。
        これに対し,拓銀が得られる利益は,①未登記扱い・登記留保扱いの
担保物件についての登記手続経由によって115億1200万円,②未入
担保物件に対する担保設定386億円(実際に,平成4年11月から平成5
年1月27日までの間に,拓銀が新規に取得した担保は,カブト・インター
ナショナルないしマリーナビレッジに対する貸付金に対する担保取得125
億円,物件シフト,他行肩代りによって追加された保全が183億円,余力
のある物件に追加して取得した分が46億円,公開株式の担保差入れで
10億円,完成物件への担保設定による22億円,以上合計386億円で
あった。),③エイペックスの完成及び甲観光の分離による保全強化836
億円及び相当額(エイペックスの資産価値590億円及びたくぎん保証の
損失回避246億円の合計836億円,原状回復費用の回避,拓銀の信用
失墜の回避,甲観光の事業収益からの融資回収相当額),④海外物件
からの回収可能性243億円(平成4年9月14日の投融資会議において
算定され,同年11月17日の経営会議においては,香港ウェリントンビル
とアメリカの5物件の売却代金から200億円を国内に環流できると算定さ
れている。),⑤物件シフトによる保全強化相当額,⑥工事業者の倒産防
止及び共同信用組合の破綻による金融システム崩壊のリスク回避相当
額,以上合計1580億円及び相当額であった。
        なお,被控訴人は,第3融資を決裁した日を平成4年10月26日であ
るとして,この時点においては,上記のようなコストと利益との検討が不十
分であったと主張するが,控訴人らは,同年11月30日に第3融資を決裁
したものであり,同日までには十分な具体的検討をしていたから,被控訴
人の主張は当たらない。
     ウ 以上によれば,上記延命措置を実行することによる利益は1580億円
及び相当額であり,他方,これによるコストは627億円(又は679億円)
であったから,カブトデコムに対し,延命のために必要最低限の融資を行
い,延命措置をとることは合理的であり,第3融資を決裁したことに取締
役の注意義務違反はない。
     エ これに対し,被控訴人は,エイペックスは事業として成り立たないから,
資産価値はない旨主張する。しかし,エイペックスの事業収支は,最悪で
も10年後にキャッシュフローがプラスになり,その後元金返済が可能に
なるのであるから,事業として成り立ち得るものであった。被控訴人は,
物件シフトは拓銀に利益をもたらすものではなく,道内経済の混乱回避
は抽象的であって,第3融資によって拓銀が負担するコストの対立利益
になり得ないと主張する。しかし,物件シフトによって,物件を拓銀の支配
下におくことにより,物件を任意売却することができ,当該物件について
高順位の担保権や賃借権を設定されるリスクがなくなり,賃料収入を確
保できるという利益がある。工事業者の倒産回避については,拓銀の取
引先の救済になるという意味で拓銀の利益になるほか,共同信用組合の
破綻回避は,北海道財務局や旧大蔵省も非常に懸念していたことであっ
て,拓銀は,この点を考慮せずにカブトデコムに対する措置を決すること
はできない状況であった。被控訴人は,カブトデコムを一時的に延命させ
たとしても,工事業者の倒産防止にならない旨主張するが,平成5年3月
末まで延命させることによって,支払手形金額が332億円,工事未払金
が26億円,不動産事業未払金が51億円減少するから,工事業者の倒
産は大分防止できることになる(特に支払手形は,工事業者の資金繰り
に組み込まれているから,これが不渡りになると,直ちに連鎖倒産してし
まうおそれが大きいが,第3融資実施によってこれを大分回避することが
できる。)。
     オ 被控訴人は,カブトデコムに対する延命措置と共同信用組合の破綻回
避とは無関係であると主張するが,控訴人らは,第3融資決裁の前に共
同信用組合の貸出額の約半分がカブトデコムに対するものと推定し,数
か月の猶予を与えることにより,共同信用組合や北海道及び北海道財務
局が再建策等の対策を練ることによって共同信用組合の破綻を回避する
ことができたのであるから,カブトデコムの一時的な延命と共同信用組合
の破綻の回避とは大いに関係があった。また,日銀は,拓銀に対して,他
行に対する金利債務やノンバンクに対する債務についても拓銀が資金を
出すよう求めており,拓銀は,道内経済の混乱を回避する責任があった。
     カ また,被控訴人は,控訴人らが第3融資を決裁した真の目的は,エイペ
ックスの施設を一応完成させることによってエイペックス事業に関与した
ことが失敗であったことの表面化を避けて問題を先送りすることにあった
旨主張するが,エイペックス事業に関与したことが失敗であったとはいえ
ないから,被控訴人の主張は当たらない。すなわち,たくぎん保証による
会員権預託金返還債務の保証を決定した当時は,拓銀のカブトグループ
に対する総授信は379億円,担保が327億円,カブトデコムの預金が3
63億円,拓銀の保有するカブトデコム株の含み益が466億円であり,カ
ブトデコムは市場からの資金調達力もあった状態で,たくぎん保証の求償
権の保全については,エイペックスの全ての物件に担保が設定されてい
たから,当時の経営判断は不合理なものではなかった。また,平成3年1
2月の日銀考査においても,たくぎん保証の求償権は正常債権と認定さ
れている。
〔控訴人A,控訴人B及び控訴人Hの主張〕
     ア 第3融資は,存続不可能な企業に対する追加融資であったが,当該融
資の決裁は,取締役の経営判断であるから,その判断に通常の企業人と
して看過し難い過誤,欠落があるかどうかを,貸付の条件,内容,返済計
画,担保の有無,内容,借主の財産及び経営状況等の諸般の事情に照
らして判定すべきである。
     イ カブトデコムを延命させることによる拓銀のコストは,第3融資の融資額
であったが,控訴人らは,カブトデコムが要求する資金(平成5年3月まで
に651億円,平成6年3月までに1625億円の資金が必要で,圧縮したと
しても,1100億円が必要であると述べていた。)を,カブトデコムと再三
交渉して,平成5年3月までに合計409億円に減縮させた。
     ウ これに対し,カブトデコムを延命させることによる利益は,以下のとおり
であった。
      (ア) 既存融資の保全強化(未登記扱い・登記留保扱いの担保権について
の登記手続及び未入担保物件に対する担保設定)
         第3融資決裁当時,カブトデコムを延命させて,折衝を続けることに
よって,カブトデコムからさらなる保全強化を図り得る状態であった。平
成4年9月14日開催の投融資会議提出資料によると,カブトデコムの
国内保有物件は総額1558億8800万円(販売用オフィスビル1112
億9100万円,ホテル・リゾート325億9100万円,個人用分譲マンシ
ョン120億0600万円)と評価されていた。カブトグループの海外保有
物件は,上記資料で243億円の担保余力があることが報告され,同年
11月17日には香港ウェリントンビルとアメリカの5物件を具体的に挙
げて,200億円の国内環流が可能であることが報告されており,平成
5年3月15日にもカブトデコムのカブト・インターナショナルに対する債
権の譲渡担保やカブト・インターナショナルがタイに保有する物件の売
却の話が報告されている。さらに,同年11月17日の経営会議で,カブ
トデコム保有物件の賃貸収入は月額11億円であることが報告された。
         同月の経営会議においては,保全不足が209億円拡大する旨の報
告があるが,これは,国内物件に限定した計算の報告であり,海外物
件や賃料収入を考えると,保全強化を図り得る状況であった。
         被控訴人は,第3融資決裁当時,控訴人らが海外物件からの回収
について具体的検討をしていなかったと主張するが,前記のとおり,香
港ウェリントンビルやアメリカの5物件等の物件を特定して数字を計算
していたほか,拓銀からカブトデコムに派遣されていたP副社長を中心
にアメリカにオーシャンフロント1という会社を設立して,カブト・インター
ナショナルの他行借入金を肩代り融資した上で海外物件に担保を設定
し,海外物件を売却して,オーシャンフロント1を通じて売却代金を国内
に環流することなどを具体的に検討していた。ただ,いずれの方法も,I
の協力が前提であった。
         実際には,第3融資によってカブトデコムが延命している間に,拓銀
は,不動産(時価671億8100万円,実効担保価格433億6600万
円),有価証券(時価9億7474万1000円,担保掌握額6億6096万
5000円),海外物件(実効担保価格200億円),以上実効担保価格
合計640億2600万円について担保を取得している。海外物件につい
ては,香港ウェリントンビルの売却代金のうち11億円を回収したにとど
まったが,これは,Iが,平成5年3月ころ,拓銀の支援打ち切り方針を
察知したのか,拓銀に対して非協力的な態度を見せ始め,両者の信頼
関係が薄れたため,海外物件について計画していた投資の回収がで
きなかったためである。
      (イ) エイペックスの存続について
         拓銀のこれまで行ってきた融資のロスを極小化するためには,まず
エイペックスのホテルを完成させる必要があった。
         エイペックスのホテルは,平成4年10月までに拓銀から約400億円
の融資金を投入しており,すでに7割方完成していた。にもかかわら
ず,拓銀がカブトデコムに対する融資を打ち切ると,これまでの融資金
400億円が無駄になり,かつ,完成により取得できる担保物件(完成
時の時価590億円,担保価格413億円)を失うことになった。
         また,会員権は平成4年8月末の時点で1口最高3500万円のもの
を1080口(326億4000万円)販売しており(うち,一般ユーザーに販
売されたのは1054口316億6500万円であった。),その金額の80
%に相当する預託金返還債務をたくぎん保証が保証していた。
         さらに,エイペックスは,平成4年11月の時点で,すでに200人もの
従業員を雇用していた。
         したがって,仮に,拓銀がカブトデコムへの融資を直ちに打ち切って
エイペックスが破綻した場合には,会員権は紙切れ同然となり,たくぎ
ん保証の預託金返還保証債務履行の問題が生じるとともに,これまで
カブトデコムに対して支援を続け,エイペックスの会員権販売に関与し
てきた拓銀の信用にも悪影響を及ぼすおそれがあった(これがマスコミ
に取り上げられ,拓銀の不利益に作用することは明らかであった。)。
また,エイペックスに雇われていた200人全員が失業することになり,
この点でも大きな社会的影響が予想された。
         このように,ホテル完成前におけるエイペックスの破綻は,拓銀に大
きな不利益をもたらすものであったから,これは絶対に回避しなければ
ならなかった。それと同時に,カブトデコムは,エイペックスのために集
められた資金を他のプロジェクトに流用するなど,エイペックス事業の
完遂に支障になる行動をとっていたため,カブトデコムからエイペックス
の事業主体である甲観光を分離する必要があった。
         他方,同ホテルが完成して運営収入が生じると,そこから,利息の支
払を受けられる可能性があった。被控訴人は,エイペックスが事業とし
て成り立たない旨主張するが,ホテル及びゴルフ場が完成すれば3%
程度の利息支払は可能であり,控訴人らは,景気の回復を待って会員
権の販売を再開し,状況によっては増資も検討する考えであった。
         仮に,エイペックスがホテル完成後に倒産しても,ホテル完成によ
り,エイペックスの資産価値は保全できるし,拓銀の責任は,ホテルの
完成によって果たされていると考えられた。
         被控訴人は,第3融資の決裁日を平成4年10月26日であるとした
上で,控訴人らが,同日までにエイペックスの採算性等について十分
な検討をしていなかったというが,平成4年11月30日の経営会議にお
いて会員権が全く売れない場合まで想定してシミュレーションを行って
おり,検討は十分であった。
      (ウ) カブトデコム保有物件に対する支配獲得(物件シフト)
         物件シフトは,カブトデコムの管理下にある物件を,拓銀の支配下に
おくことにより,任意売却を容易にし,債権処理スケジュールを立てや
すくすることによって,拓銀の債権保全強化を目的とするものであっ
た。
         すなわち,カブトデコムは,拓銀が物件の売却を促しても簿価での売
却にこだわるなどしていたため,物件の売却が進まず,賃貸物件にお
いては,その収益をどのように利用しているのか不明瞭であったが,拓
銀の支配下におくことで,拓銀の判断で物件を売却できるようになり,
賃貸収入を拓銀が処分できるようになる。
         また,拓銀の管理下におくことで,拓銀の名声,影響力を利用して,
拓銀の取引会社をビルに入居させたり,各旅行代理店に営業したり,
拓銀の会合や従業員の福利厚生にホテルを使用したりするなどして集
客力を高めることができた。
         さらに,不動産価格がいずれ上昇することが期待されていたので,
拓銀関連会社に保有させることによって,将来,高い値段で売却できる
可能性があり,仮に不動産価格が上昇しなかったとしても,いずれ破
綻するカブトデコムの下においたまま,破産者の資産として価値を下げ
るより,拓銀関連会社の支配下においた方が,資産価値を維持するこ
とができた。
         物件シフトによって,拓銀は受け皿会社に買取代金を融資する必要
があったが,当該金額は,そのままカブトデコムに対する融資の返済
に充てられたので,結局,融資の債務者がカブトデコムになるか受け
皿会社になるかという違いにすぎず,拓銀の融資残高総額に変化はな
かった。
      (エ) 道内経済の混乱回避
         カブトデコムは,平成4年10月時点において,同年11月から平成5
年3月までの間に支払期日が到来する手形債務を389億7700万円
負っており,エイペックス以外の発注元に対して113億9400万円の
買掛金債務を負っていたから,カブトデコムの破綻は,関連先企業ば
かりでなく工事業者の連鎖倒産を起こすことが予想された。また,工事
業者には,拓銀の有力な融資先も含まれていたから,カブトデコムの
支払が滞って,これらの企業の資金繰りが悪化した場合,拓銀がつな
ぎ融資をしなければならないことが予想された。さらに,カブトデコムが
破綻すると,拓銀グループのカブトグループに対する貸出債権のうち2
000億円程度の保全不足が表面化し,拓銀の信用に悪影響を与え,
預金流出など拓銀の経営に悪影響を与えるおそれがあった。
         また,カブトデコムが破綻した場合,同社に対して多額の融資をして
いた共同信用組合が破綻するおそれがあり,同信用組合の破綻を回
避することが拓銀自身の利益のためにも必要であった。被控訴人は,
第3融資の決裁に当たって,控訴人らが共同信用組合の破綻の回避
問題について検討していなかった旨主張するが,平成4年10月26日
開催の経営会議資料に,共同信用組合が当時の総融資額約800億
円のうち45.9%に及ぶ約368億円をカブトデコム及びその関連会社
に融資していたことが記載されており,その後,同年12月から平成5
年3月までの間に共同信用組合等からの事情聴取結果をまとめて作
成した一覧表によると,共同信用組合からカブトグループに対する総
融資額は約400億円で,保全不足が約250億円であることが判明し
た。
         さらに,共同信用組合だけでなく,拓銀系のノンバンクもカブトグルー
プに対して多額の融資をしており,カブトデコムが破綻した場合,拓銀
系列のノンバンクに対する他行の資金引上げ,各ノンバンクの倒産を
招来し,拓銀自身の資金繰りを一気に悪化させ,拓銀自身の信用不安
につながることが大いに予想されたから,拓銀が突然この時期にカブト
デコムに対する融資を中止して同社を破綻に追い込むという選択肢を
とることは経営上不可能であった。
      (オ) 第3融資の真の目的
         仮に被控訴人が主張するような第1融資やエイペックス会員権の預
託金返還債務保証についての失態の隠蔽のために融資を続けたので
あれば,控訴人らは,カブトデコムに対し,相当長期にわたって融資を
継続する必要があり,平成5年3月ないし同年6月までと期限を区切っ
て融資をすることはなかったはずである。
         エイペックスに関しては,たくぎん保証が会員権預託金返還債務を
保証していたので,カブトデコムを破綻させてもエイペックスが破綻しな
いようにしたいと考えてはいたが,そのことがあるからといって,第3融
資の目的が控訴人らに対する責任追及を回避するための自己保身で
あると直結するのは論理の飛躍である。
     エ 以上のとおり,第3融資によって拓銀が得られる利益は,これによって
負担するコストに比して大きいものであったから,控訴人らが,第3融資を
決裁したことは合理的であり,取締役の注意義務に反するものではなか
った。
       控訴人らは,第3融資の実行に関して,旧大蔵省や日銀,北海道等に
報告をし,これらの監督官庁等が,金融システムの崩壊を懸念し,第3融
資に対する融資について異議を述べなかったことは,第3融資が,通常
の企業人として看過し難い過誤,欠落がないことを裏付ける重要な事実
であった。
        被控訴人は,控訴人らが,日銀及び旧大蔵省に対して,カブトデコム
に対する融資を打ち切るつもりであることを伝えていなかった旨主張する
が,控訴人らは,日銀及び旧大蔵省に対し,「カブトデコム本体は裸の形
で銀行の手を借りないで自力再建を果たす。」「カブトデコム本体は,後は
自助努力で建設業として生きていく。」などと述べており,この説明が拓銀
の融資打ち切りを意味していたことは,当時の旧大蔵省及び日銀双方と
も了解していたことであった。
     オ 控訴人らは,第3融資によってカブトデコムを延命させている間に,Iと
交渉し,関連会社を分離させ,物件シフトを行うなどして,債権の保全を
図っていた。現在なお未処分資産(特に海外物件)が存在しており,拓銀
が第3融資によって被った損害の額は,未だ確定していないというべきで
ある。
              理由
1 本件における事実については,次に付加,訂正するほかは,原判決書「事実及
び理由」欄「第三 当裁判所の判断」中の「一 認定事実」において摘示・認定し
た各事実のとおりであるから,これを引用する。
 (1) 原判決書79頁2行目の「平成2年」を「特に,平成2年3月2日付けたくぎん2
1世紀プロジェクト作成の第2回中間報告書において,中堅・中小インキュベー
ト事業と題し,中堅・中小の成長企業を主体に,経営情報サービスの提供を通
し,企業の成長と拓銀のリターンを拡大し,法人向けの中核事業として重点的
に取り組むことで拓銀の顧客ポートフォリオの若返りを図ることを目標に掲げ,
同年」に改める。
 (2) 原判決書79頁5行目の「もたらしていた」の次に「(乙ロ53)」を加える。
 (3) 原判決書88頁25行目から26行目の「東京証券取引所」を「日本証券業協
会」に改める。
 (4) 原判決書100頁13行目の「(合計で時価119億1400万円)」を削除する。
 (5) 原判決書100頁15行目の「徴した」を「徴し,その結果,株式担保119億14
00万円及び不動産・会員権担保2億6000万円を取得したものの,拓銀グル
ープ融資残高279億4600万円に対し,取得担保121億7400万円と大幅な
保全不足となった」に改める。
 (6) 原判決書127頁8行目の「(合計で時価119億1400万円)」を削除する。
 (7) 原判決書135頁3行目の「日銀の」の次に「支店長ないし」を加える。
2 前記引用に係る前提事実を含む事実を要約・整理した概要は,次のとおりであ
る。
 (1) 当事者等 
  ア 拓銀は,明治33年2月16日に北海道拓殖銀行法に基づき設立され,昭和
25年に普通銀行に転換し,昭和30年に都市銀行に加入し,昭和50年代
には,国内外に200を超える拠点網を有するようになったが,平成9年11
月17日に経営破綻し,平成11年3月31日,株主総会の決議により解散し
た。
  イ 各控訴人らの拓銀における役員歴の概要は以下のとおりである。
   (ア) 控訴人Aは,昭和27年3月に拓銀に入行し,常務取締役,専務取締役,
代表取締役副頭取(昭和61年7月から昭和63年3月まで東京駐在)
を経て,平成元年4月に代表取締役頭取に就任し,平成6年6月28日
に退任した。
   (イ) 控訴人Dは,昭和27年4月に拓銀に入行し,常務取締役,専務取締役を
経て,昭和63年4月に代表取締役副頭取(東京駐在)に就任し,平成2
年6月27日に退任した。
   (ウ) 控訴人Eは,昭和28年3月に拓銀に入行し,常務取締役,代表取締役専
務を経て,平成元年4月に代表取締役副頭取(東京駐在)に就任し,平成
5年6月に退任した。
   (エ) 控訴人Bは,昭和28年3月に拓銀に入行し,常務取締役を経て,平成元
年4月に代表取締役副頭取に就任し,平成5年6月に退任した。
   (オ) 控訴人Fは,昭和31年4月に旧大蔵省に入省し,旧大蔵省退任後の平
成元年6月,拓銀に入行し,専務取締役を経て,平成3年6月に代表取締
役副頭取(東京駐在)に就任し,その後副会長を経て,平成9年11月に
退任した。
   (カ) 控訴人Cは,昭和32年4月に拓銀に入行し,平成元年4月1日から平成4
年6月25日まで常務取締役,同月26日から平成5年6月28日まで専務
取締役,同月29日から平成6年6月28日まで代表取締役副頭取,同月
29日から平成9年11月20日まで代表取締役頭取の地位にあった。控
訴人Cは,常務取締役であった平成元年4月1日から平成2年6月28日
までの間は,業務本部長を兼任していた。
   (キ) 控訴人Gは,昭和32年4月,拓銀に入行し,各地の支店長,法人部長,
本店営業部本店長を経て,平成元年4月に常務取締役に就任し,平成2
年10月1日から総合開発部を担当していたが,平成4年6月25日に退
任した。
   (ク) 控訴人Hは,昭和35年4月に拓銀に入行し,各地の支店長,法人部長,
取締役旭川支店長を経て,平成4年6月27日に常務取締役に就任して
平成6年3月31日まで総合開発部を担当した。
  ウ カブトデコムは,その前身である兜建設が,業容を拡大する中で他社を吸収
合併するなどした上で,昭和63年9月,現在の商号に商号変更し,平成元
年3月,日本証券業協会に株式を店頭登録した。カブトデコムの資本金は,
平成2年2月と平成3年6月の2回にわたる第三者割当増資を経て483億3
600万円になった。
 (2) 拓銀における融資の運用基準及び大口融資手続の概要
  ア 拓銀においては,従前から,融資についての確実性(安全性)を維持し,収
益性を高めるための準則として貸出業務取扱規程が定められていたほか,
担保評価方法及び担保品カード作成要領によって債務者から徴求する担
保の評価方法等が定められていた。
  イ 拓銀においては,取引先企業が,担当店を通じて担当本部に融資を申請
し,融資額が6億円以下であれば担当本部の審査役が,20億円以下であ
れば担当本部長が,30億円以下であれば担当本部長又は担当取締役が
融資の是非を判断して決裁し,30億円超の場合は,担当本部長が,投融
資会議に付議して,投融資会議において決裁するというシステムであった。
また,融資が経営にかかわる重要事項と考えられる場合には,経営会議で
決裁された。
      上記のうち,投融資会議は,30億円を超える融資案件についての意思
決定合議体であり,頭取,副頭取,担当本部長により構成され,昭和59年
5月10日の常務会において,従前,常務会によっていた大口融資の決裁
を,より迅速に,効率的に行うという趣旨で設置された機関であって,案件を
担当本部長が付議し,構成員の協議を経て,頭取が決定することとされて
おり,通常は,書類持回協議によって行われた。
      これに対し,経営会議は,経営に関する重要事項を協議し,業務執行の
方針を確立する意思決定機関であり,頭取,副頭取,専務取締役,常務取
締役,総合企画部長により構成されていた。付議事項には,経営の基本方
針に関すること,経営に重大な影響を及ぼす可能性のある事象への対応方
針に関することなどが掲げられていた。
  なお,本件におけるカブトデコムに対する融資の窓口は,当初の拓銀西
野支店(昭和53年12月から昭和62年3月まで)から札幌西支店(昭和62
年3月から昭和63年6月まで),本店営業部(昭和63年6月から平成2年1
0月まで)へと推移し,担当本部は,第1支店部(昭和53年12月から昭和6
3年12月まで)から法人部(昭和63年12月から平成2年10月まで)へと推
移し,平成2年10月以降,総合開発部が窓口及び担当本部の役割を果た
すことになった。
  ウ 平成4年3月以降,カブトデコムとの取引が拓銀にとって重要な事項である
との認識から,カブトデコムとの取引については,投融資会議の上部機関で
ある経営会議において決裁されるようになった
 (3) 拓銀とカブトデコムとの関係
  ア 拓銀は,昭和60年ころから,金融自由化時代を乗り切るべく,事業収益を
挙げるため,道内企業,若手経営者の育成に注力するようになり,特に,平
成2年3月2日付けたくぎん21世紀プロジェクト作成の第2回中間報告書に
おいて,中堅・中小インキュベート事業と題し,中堅・中小の成長企業を主
体に,経営情報サービスの提供を通し,企業の成長と拓銀のリターンを拡
大し,法人向け中核事業として重点的に取り組むことで拓銀の顧客ポートフ
ォリオの若返りを図ることを目標に掲げ,同年10月までは法人部を中心
に,同月以降は育成企業担当部として新設された総合開発部において,道
内の若手経営者を中心に企業育成を行った(いわゆる,インキュベーター路
線)。インキュベーター路線の実行は,当初は,バブル経済を背景に,拓銀
に一定の収益をもたらしていた(乙ロ53)。
  イ 昭和59年末ころ,拓銀常務取締役業務本部長であった控訴人Bは,同常務
取締役調査情報本部長Jから,Iを紹介され,昭和60年ころ,拓銀法人部長
であった控訴人Gに対し,Iを紹介した。
      その後,控訴人Gは,昭和63年6月から本店営業部本店長として,また,
平成2年10月から平成4年6月ころまでは,総合開発部担当常務取締役と
してカブトデコムを担当することになった。
  ウ カブトデコム(兜建設)は,昭和60年ころ,拓銀に対し,主力銀行として株式
及び転換社債5000万円の引受けを要請し,第1支店部は,これを受けて,
カブトデコムの昭和56年から昭和60年の業績や財務状況等について調査
し,その調査結果は,以下のとおりであった。
   (ア) 業況
     自社企画の宅地造成プロジェクトを契機として業績は急速に進展し,表面
的には極めて順調であるが,カブトグループ内での受注が60%あり,関
連子会社の業況は,資料不足で判然としない。
   (イ) 財務内容
     昭和59年の増資の際に資金使途として申し入れていた借入金の返済及
び取引銀行の整理が実行された形跡はなく,増資で得た資金の使途は
不明であるほか,関連会社との間で資金操作が行われている節もあり,
財務内容は極めて不透明である。
   (ウ) 総括的意見
     カブトデコムの代表者であるIの手腕,既往の業績推移をみると,評価でき
る面がある。しかし,財務内容等に種々疑問点があり,また,依頼した資
料の提出も拒否されている。したがって,主力銀行として永続的・友好的
な取引関係を維持することは期待できない。企業実態が開示されること
が先決であり,当面の授信対応は,従来どおり保全重視でプロジェクトご
との個別対応にすべきである。
  エ カブトデコムは,拓銀に対し,昭和62年2月27日,札幌西支店を通じて,他
行借入分の肩代資金28億円の融資を申し入れ,第1支店部は,上記融
資案件を,昭和62年3月5日開催の投融資会議に付議したところ,同融
資案件は了承され,拓銀は,昭和62年に,カブトデコムの他行借入分の
肩代資金を融資した。
  オ 第1支店部は,昭和62年9月30日,融資部事業調査室に対し,カブトデコ
ムの実態等を調査するよう依頼し,同事業調査室は,カブトデコムほか関連
4社に関して,昭和62年3月期決算を中心とする調査を行い,その調査結
果は,昭和63年1月27日,当時の融資部担当の専務取締役であった控訴
人Dに報告された。同調査結果に基づく同事業調査室の意見は,カブトデコ
ムの財務内容は良好とはいえず,今後カブトデコムと取引する場合,各プロ
ジェクトにつき子会社及び関連会社の参画状況と資金の流れを早期に把握
すること,プロジェクトごとに貸付金の使途を管理すること,子会社及び関連
会社を含むグループ全体の業況について定期的に調査し,担保の管理を
行うこと,カブトデコムに関する情報を充実させることなどの点に留意する必
要があるというものであった。
  カ 昭和63年4月,控訴人Gが本店営業部本店長に就任し,同年6月,カブトデ
コムの取扱窓口が,札幌西支店から本店営業部に移った。
    拓銀のカブトデコム担当部署が本店営業部第1支店部であった時代の融資
状況は,おおむね以下のとおりであった。
   (ア) カブトデコムは,昭和63年7月28日,拓銀に対し,プロジェクト物
    件(総合メディカルビル)の敷地購入代金の一部として6億円の融資を要請
し,投融資会議は,これを了承した。
   (イ) カブトデコムは,昭和63年10月17日,拓銀に対し,運転資金として10億
円の融資を申請し,投融資会議は,これを了承した。
   (ウ) カブトデコムは,昭和63年11月17日,拓銀に対し,長期運転資金10億
円の融資を要請し,投融資会議は,これを了承した。
   (エ) カブトデコムは,昭和63年12月2日,拓銀に対し,プロジェクト物
    件の敷地の取得資金の一部として5億6000万円の融資を要請し,投融資
会議は,これを了承した。
   (オ) 以上の融資により,拓銀のカブトデコムに対する総授信額は62億3800
万円となったが,保全については,昭和63年12月に実施される先順位
抵当権の抹消によって,余力が9億6700万円となる予定であった。
  キ 昭和63年12月,カブトデコムについての所轄本部が,第1支店部から法人
部に移され,このころから,札幌においてもバブル経済が始まり,地価の上
昇が加速した。
  ク カブトデコムは,昭和63年,洞爺湖近くの山上に総事業費515億円,通年
営業の会員制リゾート施設であるエイペックスを建設・運営する構想を立
て,拓銀は,エイペックス事業を支援した。その概要は次のとおりであった。
   (ア) カブトデコムは,昭和63年12月,自らが元請として甲観光からエイ
    ペックスのコンドミニアム新築工事,スキーセンタービル新築工事,ロープウ
ェイ駅舎新築工事を受注し,平成元年11月には,ホテル建設工事を受注
し,これを鹿島建設株式会社ほか数社で構成する共同事業体に発注し
て,平成4年までに施設全体が完成する計画の下にその建設に着手し
た。
   (イ) 拓銀は,平成元年5月に,法人部においてエイペックス事業について検討
を行い,同年9月までに,法人部内にリゾート開発プロジェクトチームを組
織した。
   (ウ) エイペックスの総事業費は515億円(なお,平成2年12月には665億
円,平成4年11月には730億円に増額された。)が予定され,全額を会
員権販売収入から調達する予定で事業計画が進められた。また,会員権
については,預託会員制が採用され,会員権販売代金の8割を将来返還
され得るものとした。
   (エ) カブトデコムは,エイペックス事業について,会員権の販売が終了する
    までのつなぎ資金として,総額414億円の借入を予定し,拓銀に対し,このう
ち207億円を融資すること及び会員権の預託金返還債務合計412億円
を保証することを要請した。
     拓銀では,平成元年10月16日開催の投融資会議において,法人部から,
「207億円の融資の返済財源は,エイペックスの会員権(2000万円の
縁故会員権250口,2500万円の第1次会員権500口,3200万円の
第2次会員権500口,4500万円の第3次会員権400口)の販売収入合
計515億円で,すでに縁故会員権250口については,カブトデコムによ
って完売の見込みとされ,200口については,カード会社,エージェント
等からすでに引合いがある。」「保全は,エイペックス建設予定地及び建
設予定建物(担保価値は,施設を除いて450億円,施設込みでは1000
億円)の根抵当権設定である。」旨の説明がなされ,投融資会議は,207
億円を甲観光に融資することを内認し,預託金返還債務の保証について
は,銀行がリゾート会員権の支払承諾をすることに疑問があるとの意見
があったことから,旧大蔵省の意見を確認した上で認めることを内認し
た。
   (オ) カブトデコムは,平成元年10月21日,エイペックス事業について,記者
会見を行い,その際,カブトデコム担当窓口であった本店営業部本店長
の控訴人Gも同席し,拓銀支援の下にエイペックス事業が展開されること
が地元新聞で大きく報道された。
   (カ) 拓銀は,その後,旧大蔵省から,預託金返還債務の保証について,拓銀
自身が保証することは適切でないと指摘されたことから,平成2年12月2
5日,投融資会議を開催し,拓銀の子会社であるたくぎん保証をして預託
金返還債務合計532億円を保証させることを決定し,これを受けて平成
3年1月4日に,甲観光とたくぎん保証との間で,保証極度額532億円で
預託金返還債務の保証を委託する旨の契約が締結された。
  ケ カブトデコムは,上記エイペックス事業の着手と並行して,昭和63年12月2
6日,拓銀に対し,社債引受会社に対して,20億5000万円の社債支払保
証をするよう要請し,投融資会議は,これを了承した。
  コ また,カブトデコムは,平成元年3月22日,拓銀に対し,つなぎ資金20億円
の融資を要請し,投融資会議は,これを了承した。
    上記融資によって,拓銀のカブトデコムに対する総授信額は97億9600万
円となり,保全不足は実効担保価格で73億2100万円となった。
  サ カブトデコムは,平成元年3月,国際証券を主幹事証券会社として日本証券
業協会に店頭登録した。
 (4) カブトデコムの第1回第三者割当増資と第1融資等の実行
   カブトデコムは,平成2年2月,1株当たり1万5500円で350万株(合計542
億5000万円)の第三者割当増資を行った。拓銀は,原判決書別紙1の会社
名欄記載の12法人及び6個人に対し,株式取得資金及び2年分の利息を含
む合計約254億円を融資した(第1融資等)。
   第1融資等の概要は次のとおりであった。
  ア Iは,当初,1000億円の増資を実施することを計画し,その旨控訴人Gと協
議したところ,控訴人Gからの指導を受けて,1株当たり1万5500円で350
万株の増資を行って合計542億5000万円の資金を取得することにし,増
資の方法については,金融機関及びその関連会社のほか,カブトグループ
の子会社及び関連会社並びに個人に割り当てる第三者割当増資によるこ
ととした。割当の内訳は,金融機関及びその関連会社が78万5000株(2
2.4%),カブトグループ取引関連企業及び個人が271万5000株(77.6
%)であった。
  イ カブトデコムは,拓銀に対し,上記12法人及び個人6名(いずれもカブトデコ
ムと関係のある企業又は個人である。)に対し,発行する350万株の約4割
に相当する合計138万5000株の取得金合計214億6750万円(増資後
の資本合計の約34%)及びこれに対する利息2年分を254億円以内で融
資すること,拓銀自身が17万5000株の割当先になること(拓銀の株式保
有割合は,当該割当によって4.99%になる。)を申請した。
  ウ 拓銀の本店営業部・法人部は,上記融資について,弁済期を中期の3年と
し,割当先の引受株式の売却代金をもって返済を受け,その保全として,上
記引受株式(合計138万5000株,実効担保価格は,1株1万4000円で,
合計193億9000万円)に担保を設定するほか,Iとの間で保証予約の合意
をすることとした。
  エ平成2年2月13日開催の投融資会議
    拓銀の法人部は,平成2年2月2日,第1融資等を検討の上,報告書を作成
し,同月13日,投融資会議が開催され,第1融資等の案件が審議された。
控訴人Aは頭取として,控訴人D,控訴人E及び控訴人Bはいずれも副頭取
として,控訴人Cは常務取締役業務本部長として同会議に出席した(ただ
し,控訴人Dは,東京に駐在であったため,電話会議により参加した。)。同
会議に提出された法人部作成資料の概要は次のとおりであった。
   (ア) カブトデコムの第三者割当増資については,拓銀及び拓銀グループが発
行株式を引き受けるほか,カブトグループの子会社及び関連会社並びに
個人が引き受けるが,拓銀は,そのうちの12法人及び6個人に対し,取
得する株式代金及びこれに対する利息2年分を融資する。
   (イ) 第三者割当増資を選択したのは,カブトデコムの株価が急上昇し公募増
資できなくなったためであり,カブトデコムが割当先を同社の子会社等に
指定してきた理由としては,カブトデコムは,将来的に取引を継続できる
取引銀行が少ない上,引受額が巨額であったこともあって,金融機関に
引き受けてもらうことは難しく,株主安定化対策及びカブトデコム友好企
業に体力をつけさせて自社開発プロジェクトを推進する必要があること,
一般投資家については購入希望先を絞りきれなかったことなどが考えら
れる。
   (ウ) 第1融資の返済財源は,取得株式の売却代金であり,保全は,取得株式
に対する担保権設定及びIの保証予約である。なお,Iの資産の大半がカ
ブトデコム株式であることから,第1融資等の保全は,全面的にカブトデコ
ムの業績に依存することになる。
   (エ) 第1融資等による拓銀のメリットとして0.5%以上のスプレッドが見込ま
れ,拓銀の収益に大きく寄与する(実際に,2.0%ないし0.8125%の
スプレッドで貸し付けされ,順調に回収されれば,拓銀は,数億円の利益
が挙げられる見込みであった。)。
   (オ) カブトデコムの平成3年3月期の収支は,売上高700億円,経常利益85
億円,純利益40億円で,平成4年3月期には,売上高1000億円,経常
利益110億円,純利益50億円となる見込みであり,売上及び経常利益
が急伸しており,現在の受注内訳は,実質的に自社開発プロジェクトが大
半を占めているものの,東京方面を中心にその他の民間工事の受注も
増加するなど受注のすそ野が強化されており,海外でのリゾート開発等
の活動も行うなど,今後も業績が進展する十分な見込みがある。
   (カ) カブトデコムの株価は,平成2年1月31日現在で2万0500円と店頭銘柄
の中でも高値である。その理由は,カブトデコムの業績が好調であり,ES
P(一株利益),PER(株価収益率),PBR(純資産倍率)の各株価指標が
優れており,とりわけ,無償余力が143割であり,無償期待があること,
株式安定化比率が約85%と高く,浮動株が少ないこと,エイペックス事
業に対する拓銀全面支援の報道等大型プロジェクトへの期待があること
などが考えられる。
   (キ) 法人部の意見として,カブトデコムについては,今後の金融環境の変化の
中で,不動産事業の冷え込みも予想され不動産投資の内容を十分に検
討する必要があり,ワンマン経営,高成長のために人材不足が窺えるな
どの課題もあるものの,業績は,不動産ブーム,建設業界の活況を背景
に順調に拡大していること,札幌市内中心部の土地を多く有しており,こ
れらの活用により業績の一層の進展が見込め,また,保有土地の値下が
りは考えられないこと,今回の第三者割当増資により,調達コストが大幅
に引き下げられ,財務構成が是正されること,拓銀は,カブトデコムの圧
倒的主力銀行として相談を受け,指導する立場にあることから,拓銀の指
導性を保持すれば,カブトデコムの業績悪化を回避することができるこ
と,カブトデコム社長のIは,若手経営者の中でリーダーシップを発揮して
おり,同社を支援することで北海道内の若手経営者に対する拓銀のビジ
ネスチャンスが拡大することなどの理由から,第1融資等を採用したい。
  オ 投融資会議の結論
    上記投融資会議において,第1融資のほか,個人6名にも株式取得資金を
融資するとともに,これらに対する2年分の利息金相当額を融資することが
了承された。
    なお,カブトデコムの株価推移は,原判決書別紙6のとおりであり,平成元年
3月の終値は3060円で,その後,同年9月ころまでは,ほぼ横ばいに推移
し,同月以降上昇し,平成2年2月には終値2万9700円,出来高45万株と
なっていた。
  カ 個別の融資の実行
    平成2年2月9日ころから同月14日ころまでの間,上記各法人及び個人から
融資の申請があり,同月20日から平成3年8月20日までの間に,それぞ
れに対する融資が実行された。
  なお,第1融資等は,法人に対しては証書貸付(ユーロ円),個人に対して
はローン貸付の形で行われ,ユーロ円貸付の形をとることによって,当該融
資は日銀の貸出窓口規制の対象外となり,また,拓銀海外支店が手数料を
得ることができるという利点があった。 
キ カブトデコムによる無償増資等
  カブトデコムは,平成2年5月に第1回無償増資(1.84倍)を行い,第1融
資の担保となる株式は,201万4800株(時価535億9358万円)になっ
た。
  その後,カブトデコムの株価は,同年7月にピークを迎え,終値3万9000
円であったが,翌月以降,下落に転じた。
  また,カブトデコムは,平成3年5月に第2回無償増資(1.6倍)を行い,第
1融資の担保となる株式は,322万3680株(時価676億9728万円)とな
った。
  平成2年10月以降,第1融資の回収を担当した総合開発部は,前記12法
人に対し,無償増資による株式を売却して第1融資の返済に充てることを要
請したが,Iから,出来高が少ないのに,大量の株式を売りに出せば株価が
下落するおそれがある旨の懸念が表明され,結局,上記株式の売却は実
現されなかった。
 (5) 総量規制の実施
旧大蔵省銀行局長は,地価上昇や投機的土地取引の抑制等を目的とし
て,平成2年3月27日付けで「土地関連融資の抑制について」と題する通達を
発し,同年4月からいわゆる総量規制が実施された。
 (6) 第1融資後の旧大蔵省の反応
ア 平成2年6月7日,第1融資等に関して,旧大蔵省銀行局銀行課の担当者
から第1融資等についての銀行としての基本的な取組姿勢を文書で示して
ほしい旨の指導があった。
イ 続いて,旧大蔵省銀行局は,拓銀に対する検査を実施し,平成3年1月9
日現在の検査報告書を作成し,その中で,第1融資の融資先に対する債権
の一部は第2分類(旧大蔵省の資産査定における確実性4段階のうち,2段
階目に当たる分類で,債権保全上の諸条件が満足に満たされないため,あ
るいは,信用上疑義が存する等の理由によりその回収について通常の度合
を超えた危険があると認められる債権,及び何らかの理由により金融機関
の資産として好ましくないと判定されるその他の資産)と判定されたが,カブ
トデコムに対する債権については,海外不動産投資の動向に注意を要する
ものの,国内部門は増収増益であり,また,多額の増資により自己資本も
厚いことを考慮して非分類とされた。
ウ 上記の検査結果に基づき,平成3年4月23日,旧大蔵省銀行局長から拓
銀に対する示達がなされ,「融資の審査・管理については,債務者の実態把
握,特に財務諸表や事業計画の分析検討が不十分であり,本部審査も形
式的に流れている事例が多いので,本部における審査の充実を図る必要
があり,また,不稼働資産が増加し,資産内容が悪化しているので,その改
善に努める必要がある。」旨指摘され,速やかに適切な措置を講じることを
求められた。
 (7) 第1融資後の拓銀による融資の継続
ア カブトデコムの株価は,平成2年7月に3万9000円となり,ピークを迎えた
が,翌8月には下落に転じ,以降平成3年1月まで下降し続け,同月の終値
は2万2000円となった。
イ 一方,拓銀は,平成2年10月に,組織改編を行い,カブトデコムを含む育
成対象企業に対する融資を担当する部門として,総合開発部を発足させ
た。控訴人Gは,同月,総合開発部担当常務取締役となった。
  総合開発部内には,各取引先ごとに業務推進グループ及び審査グループ
が設けられた。総合開発部における融資の手続は,部内における融資申
請,検討,稟議資料作成を経た上で控訴人Gが決裁して,経営会議又は投
融資会議へ付議し,最終決裁に至るというものであった。
ウ 平成2年11月ころから,国内不動産市況が沈静化するようになり,総合開
発部は,カブトデコム及び関連会社の保有する不動産が固定化することを
懸念し,同月ころ,カブトデコムに対し,新規に土地を購入しないよう申し入
れた。
エ 平成2年11月13日,拓銀の経営会議が開催され,カブトデコムとの取引
について審議され,同会議において,総合開発部は,カブトデコムの希望に
沿う形での支援を継続したい旨の意見を述べ,これに対し,経営会議は,カ
ブトデコムと今後も同様の取引を行うことを了承した。
  なお,このころ,旧大蔵省銀行局による拓銀の検査が実施され,前記のと
おり,平成3年1月9日現在の検査報告書が作成され,また,同月から地価
税が導入された。
オ 平成3年2月25日開催の投融資会議おいて,カブトデコムに対し,既貸付
分46億円を回収して,プロジェクト資金等6件合計157億8000万円を融
資することが決裁され,実行された。
  しかし,エイペックス会員権の売れ行きは不振であり,会員権の販売を斡
旋していた拓銀は,平成3年3月から3か月間,特販キャンペーンを実施し
たが,同年5月22日現在で,第1次正会員権の販売目標150口に対して5
5口(その他成約見込み39口)の成約にとどまっていたことから,特販キャ
ンペーンを1か月間延長することとした。
  このころ以降,拓銀は,カブトデコムに対する貸付について,各プロジェクト
物件ごとに融資する形をとり,融資対象物件に担保を設定するようになっ
た。
  なお,平成3年の札幌市周辺の地価上昇率は,商業地で21.1%,住宅地
で27.5%であったが,地価のピークは同年中ころであり,それ以降は沈静
化し,さらに下落に転じていった。
カ カブトデコムは,不動産販売が不振であったことなどから,前記第三者割
当増資をしたにもかかわらず,平成3年3月期には現預金が前期と比べて1
17億0300万円減少し,467億0900万円となった(平成4年3月期にはさ
らに267億8400万円減少し,199億2500万円となった。)。
キ カブトデコムは,平成3年6月,第2回第三者割当増資をし,202万1000
株(1株1万8800円)を発行し,379億9400万円を調達した。拓銀グルー
プは,合計35万1000株を引き受けるとともに,拓銀の子会社であったたく
ぎんファイナンスが,第2回第三者割当増資の株式を引き受けた共同信用
組合の関連会社に対し資金20億円を融資した。
ク 拓銀では,平成3年7月23日開催の経営会議において,カブトデコムとの
取引について検討が行われ,総合開発部は,経営課題の改善を指導しつ
つ,従来と同様の取引方針と授信シェアを維持したい旨の意見を述べ,経
営会議は,カブトデコムに対して経営課題の改善を指導しつつ,従来と同様
の取引方針と授信を維持することを了承した。
ケ 拓銀調査部による調査
  拓銀調査部は,平成3年8月ころの不動産業界の経営環境について調査
を行い,住宅地の地価は下がる気配がなく,商業地については値下がり気
味で,一棟売りの貸家については,利回り,キャピタルゲインともにうま味を
失った旨の調査結果をまとめた(この調査結果は,平成4年2月ころ,拓銀
内部において公表された。)。
コ その後のカブトデコムに対する融資の推移等
(ア) カブトデコムの株価は,平成3年9月以降,大きく下降し始め,同年12
月の終値は,1万円台を割り9590円となった。
  拓銀は,平成3年中盤以降,不動産業の環境が明確に悪化の傾向を強
めてきた上,エイペックス会員権(第1次正会員権)の販売も伸び悩んで
いたことから,同年10月,カブトデコムに対し,自社開発プロジェクト物件
の新規着工凍結を申し入れた。
(イ) カブトデコムは,前記第2回第三者割当増資の4か月後である平成3年
10月末,拓銀に対し,支払手形決済資金として60億円の融資を申請し
た。拓銀は,投融資会議の承認を経て,これを賃貸用不動産プロジェクト
4件及び販売用不動産プロジェクト1件の資金として処理し合計65億90
00万円を融資した。各プロジェクト物件に根抵当権が設定されたが,時
価ベースで65億7700万円,実効担保価格ベースで39億円であった。
これにより,拓銀のカブトデコムに対する総授信額は,308億5100万円
から,約2割増の370億4200万円になった。
(ウ) カブトデコムは,平成3年11月末,中間納税資金及び運転資金として1
44億4000円の融資を拓銀に申請した。拓銀は,投融資会議の承認を
経て,賃貸用不動産プロジェクト6件及び販売用プロジェクト4件の資金1
39億5000万円並びに500万円未満の支払手形を現金払いに変更す
るための資金10億円として処理し合計149億5000万円を融資した。各
プロジェクト物件に根抵当権が設定されたが,時価ベースで137億590
0万円,実効担保価格ベースで88億9700万円であった。
(エ) 平成3年12月,日銀考査が実施され,担当係官から「拓銀のカブトグ
ループに対する融資残高が1800億円になっている。カブトデコム単体に
対する拓銀固有融資残高が,同年9月末には183億円であったのに,同
年12月末には399億7200万円になる見込みであり,固有融資残高が
大きく伸びるのは,カブトデコムの業績不振の現れであり,また,カブトデ
コムの資産には不稼働で不良化したものが多い。拓銀グループのカブト
デコムグループに対する債権の一部117億7300万円はS分類の指摘
を受けるに足る状況にある。」旨指摘された。日銀の査定区分のS分類
は,おおむね旧大蔵省の検査区分の第2分類に相当するものであり,
「現在のところ最終的な回収には疑問はないが,イ 現に延滞し,又は今
後延滞が見込まれるもの,ロ 赤字補填,滞貨,減産資金等資金使途に
問題があるもの,ハ 金利減免,棚上げ等貸出金条件に問題があるもの
等,その資産価値に瑕疵を生じている貸出」を意味するものであった。 
  これに対し,総合開発部は,融資残高やカブトデコム資産の稼働性につ
いて説明し,S分類の指摘を免れた。
(オ) 総合開発部は,平成4年1月27日開催の経営会議において,上記日
銀考査の結果について報告した。
  また,総合開発部は,カブトデコムに対する今後の対応について,企業
育成先として,今日に至った経緯を踏まえ,需資の圧縮を図りながら,今
後とも支援していきたい旨の報告をした。
  これに対し,経営会議は,カブトデコムグループの全体のバランスを解明
して,2か月後を目途に再度経営会議に諮ることを指示した(しかし,総合
開発部担当常務取締役であった控訴人Gは,カブトグループといっても,
どこまでがグループなのか明確でないなどとして,総合開発部員に積極
的にカブトグループの全体像を調査するよう指示しなかった。)。
(カ) カブトデコムは,平成4年1月,拓銀に対し,同年2月ないし3月に満期
の到来する支払手形の決済資金として210億円の融資を申請した。拓
銀は,同年2月上旬に開催された投融資会議の承認を経て,賃貸用不動
産プロジェクト4件及び販売用プロジェクト10件の資金として処理し合計
210億円を融資した。これにより,カブトデコムに対する総授信額は711
億7700万円となった。各プロジェクト物件に根抵当権が設定されたが,
時価ベースで202億3500万円,実効担保価格ベースで42億7700万
円であった。
(キ) 平成4年3月27日に国土庁から発表された同年1月1日時点の平成4
年地価公示及び同年6月15日発行の平成4年版土地白書によると,同
年の公示価格は,平成3年公示価格と比べ,全国住宅地で5.6%,全国
商業地で4.0%,東京住宅地で10.3%,東京商業地で8.0%,札幌住
宅地で2.7%,札幌商業地で5.1%それぞれ下落したことが明らかとな
った。
(ク) 第1融資において担保に差し入れられていた株式は,平成4年2月まで
は融資額相当価格を保持していたが,同月以降は,株式だけでは保全不
足の状態になった。
 (8)第2融資の経緯
ア総合開発部は,平成4年になって,カブトデコムとの間で将来の資金需要
について協議を行い,カブトデコムが当初予定していた平成4年度中の資
金需要額1300億円前後を1000億円にまで圧縮し,控訴人Gは,控訴人
Bに対し,カブトデコムの同年度の資金需要が1000億円であることを報告
したが,控訴人Bは,控訴人Gに対し,資金需要を500億円に圧縮すること
及びカブトデコムに対する上記融資について経営会議に付議することを指
示した。
  以後,カブトデコムに関する案件は,主に経営会議に付議されるようにな
り,これらの経営会議には,控訴人Aが頭取として,控訴人E,控訴人B,控
訴人Fが副頭取として,控訴人G(平成4年6月25日前)又は控訴人H(同日
後)が総合開発部担当常務取締役として出席した。
イ平成4年3月23日開催の経営会議における総合開発部の報告
  総合開発部は,上記経営会議においては,カブトデコムが,平成4年3月
期に初めて減収減益となり,同月末に予定されているカブトグループ会社と
のバーター取引がなければ大幅な減収減益になるところであったことを述
べた上,カブトデコムの現状,平成4年度の資金需要及び財務状況の見込
み,その他のグループ会社の平成5年度の見込み状況について,次のとお
り報告した。
  なお,総合開発部は,カブトグループの保有する不動産の評価について,
当時すでに地価は国土法価格の3割減にまで下落しているとの認識を有す
るに至っていたが,保有物件の洗出しが先決であるとして,カブトデコムの
申出どおりの評価額を報告した。
(ア) 平成3年9月期の時点のカブトデコムの保有物件は19件で,簿価見込
みが合計246億4900万円(平成4年3月期には29件に増加して簿価
見込み合計414億5500万円となる見込みである。),カブトデコム自身
の評価では時価(平成3年12月時点の国土法価格によるもの)が合計3
06億2600万円であり,含み益があり,投資利回が年5%前後で,カブト
デコムの安定収益源に育ってきている。
  推進プロジェクト物件は49件で,平成5年3月に完成すると仮定した場
合の簿価が合計1544億9600万円となる。そして,カブトデコム自身の
評価による時価が1674億5400万円になるから,推進プロジェクト物件
の資産価値は,トータルでほぼ確保されている。
  平成4年度以降,プロジェクトを凍結する物件は35件で,カブトデコム自
身の評価による時価が合計2434億3000万円になる。カブトデコムは,
この35件にこれまで合計316億6100万円を支出しているが,カブトデ
コムが事業主体から買い取った場合の価格は合計1299億5900万円
であるから,支出済額を回収できる見込みである。
(イ) 平成4年度における資金需要の見込みとして,販売用不動産及び会員
権がほとんど売れない場合,カブトデコムの平成4年度の借入純増額は
1101億8200万円となり,他行がカブトデコムへの融資を渋っている状
況であり,当該金額を拓銀が融資することになるため,総合開発部は,カ
ブトデコムに対し,借入額の圧縮を求めた。カブトデコムは,18件582億
5000万円の物件を売り切ること(もっとも,Iは,簿価での売却に固執し
ているため,カブトグループ外への売却は難航している状況であることも
報告された。),自社開発プロジェクトにおける物件引取の際に,新たな借
入をすることなく,物件譲渡先の借入を引き継ぐ形で決済を行うこと,推
進プロジェクト物件のうち246億5500万円の物件を兜ビル開発及び甲
観光に取得させることにより,平成4年度の借入額は,平成4年3月期と
比べピーク時に427億8100万円の,平成5年3月期に391億4000万
円の増加で済む見込みである。
(ウ) 平成4年度における財務状況の見込みとして,カブトデコムの上記借入
金圧縮方針が実現した場合は,平成5年3月期のカブトデコムの財務状
況は,資本・負債が合計3113億7200万円(自己資本1132億6300
万円,長・短期借入金1280億8100万円),資産が合計3113億7200
万円(販売用・賃貸用不動産659億9700万円,建設事業支出金276億
1400万円,長・短期貸付金918億5800万円及び現預金等その他投
資501億9800万円)となる見込みであり,資金運用面では,長・短期借
入金391億4000万円が販売用不動産・短期貸付金(自社開発プロジェ
クトの用地取得をする山三西武地産の資金に充てられる。)の増加,支払
手形の支払に使用される見込みである。
(エ) カブトグループ各社の平成4年度の見込み状況として,カブトデコム本
体及び主要3社を対象とする単純合算法による損益計算書が作成され,
これによると,平成5年3月期は,売上高1596億円,経常利益67億円,
当期利益23億円であった。
(オ) 総合開発部の意見
  カブトデコム並びに同社の子会社及び関連会社各社の平成5年3月期
の想定資産・負債状況と収支をみると,借入金に見合う資産を有してお
り,借入利息を支払うことが可能であるから,カブトデコムを拓銀の企業
育成先として今日に至った経緯を踏まえ,カブトデコムほか2社に対して5
00億円を限度として融資に応じたい旨の意見を具申した。
ウ 平成4年3月23日の経営会議の結論
  同経営会議において,カブトデコムの平成4年度の資金需要が500億円で
あることについて了解されたが,貸出については未了承とされ,総合開発部
に対し,カブトグループの連結バランス及び収支を把握し,全体像が分かる
ように報告し,カブトデコムに対し,500億円が緊急融資であることを認識さ
せること,人材派遣,総合開発部の内部体制見直しなどカブトグループの管
理体制を検討することを指示し,「カブトデコムは,一般的な企業(自社開発
プロジェクトによるグループ会社間での創受活動ではなく,一般的な建築土
木の仕事をする企業)を目指すこと,優先事業はエイペックスであること,状
況によっては事業計画の再検討,第三者割当増資の現状と補強対策を検
討すること,今後は,3か月ごとにグループ全体の状況を経営会議に報告
すること。」が指摘された。
エ平成4年4月3日開催の経営会議における総合開発部の報告
  総合開発部は,カブトグループ4社(カブトデコム,兜ビル開発,甲観光及
び山三西武地産)の平成3年3月期及び平成4年3月期(予想)の簡便法に
よる連結貸借対照表,上記4社の平成3年3月期,平成4年3月期及び同年
10月期の簡便法による損益状況表,平成4年度資金繰予定表を作成し,
上記経営会議に提出し,これらによって平成4年3月23日開催の経営会議
における説明を補充し,カブトデコムにおける平成4年度の資金需要が500
億円であるとした。上記損益状況表によると,カブトグループ4社の損益は,
平成4年3月期が売上高1341億円,経常利益114億円,当期利益52億
円であり,平成5年3月期が売上高1596億円,経常利益96億円,当期利
益45億円であった。
  総合開発部は,カブトデコムに対し,プロジェクト7件の資金160億円を融
資することを付議した。なお,各物件には根抵当権が設定される予定であっ
たが,その合計は時価ベース283億4300万円,実効担保価格ベースで6
0億1200万円であった。
オ 平成4年4月3日の経営会議の結論
  同経営会議は,「カブトグループの全体像について了解した。カブトデコム
に対し,160億円を融資することについて了承する。」とし,総合開発部に
対し,カブトデコムの海外子会社を含めた連結バランス及び収支を報告する
こと,山三西武地産の実態把握に努めること,カブトデコム及びIの保証状
況を報告すること,トップを交えた業況報告の場を設けること,海外物件を
含めて,保有物件の売却などによる借入圧縮に努めさせること,甲観光の
株式公開の延期を検討すること」などを指示した。
カ 第2融資の実行
  上記経営会議の決議に基づいて,平成4年4月6日から同月30日までの
間に,合計160億円の融資が実行された。さらに,拓銀は,カブトデコムに
対して平成4年度中に500億円を限度に融資を行うとの方針に基づき,平
成4年4月27日,同年5月28日,同年6月22日,同年8月3日の各経営会
議の決裁を経て,同年5月6日から同年8月25日まで,合計380億円をカ
ブトデコムに融資した。
  第2融資について,各プロジェクト物件について設定された根抵当権は,実
効担保価格ベースで合計164億1200万円,時価ベースで合計775億74
00万円であった。
 (9) 第2融資の決裁と並行して始められた総合開発部による調査検討
ア 総合開発部は,上記経営会議の指示に基づいてカブトデコムに関する調
査を実施したところ,平成4年6月末までに得られた調査結果は次のとおり
であった。
(ア) カブトグループの平成4年3月期決算
  カブトグループ(4社合計)の平成4年3月期決算状況は,売上高1343
億7900万円,売上総利益250億5300万円,営業利益160億7800
万円,経常利益118億9900万円,税引前利益107億5900万円,税
支払後の当期利益は47億9200万円であった。
(イ) カブトデコム及びIの保証債務負担状況
  カブトデコムの保証債務額は301億6700万円,Iの債務保証額は137
4億5900万円である(大半が自社開発プロジェクトないしカブトデコム株
式取得資金借入債務の保証である。)。
(ウ) カブトデコムの不動産販売状況等
  カブトデコムの不動産販売は,平成4年3月末に予定されていたバータ
ー取引が契約破棄となり,Iが東京で新たな売却先を探している状況であ
る。カブトデコムは,利回り,資産価値の高い物件を売りに出したが,難
航が予想される。
  不動産事業の販売が予定どおり進んでいないため,同年4月ないし6月
のカブトデコムの収入は,当初予定(同年4月3日の経営会議における報
告)より177億2600万円少ない。I自ら東京で不動産の販売交渉を進め
ているところである。
  他方,支出は,協力企業及び海外物件プロジェクト等への支援資金が増
加したものの,自社開発プロジェクトによる支出を抑え,完成物件の買取
りを延期したことから当初予定より131億7600万円少ない。
  工事代金の回収遅滞は,同年5月31日現在で合計196億4800万円と
なるが,このうち完成物件の販売によって回収できないものが63億210
0万円ある。
(エ) 拓銀とカブトデコムとの取引状況
  拓銀のカブトデコムに対する平成4年6月30日の融資残高は,当初予
定より113億2000万円又は36億6000万円の増加となる。カブトデコ
ムに対する融資残高を減少させるためには,カブトグループが保有する
不動産を売却する必要がある。
  カブトグループに対する総授信額は,カブトデコム又はIの保証に基づく
授信,カブトデコムの手形割引及びたくぎん保証によるエイペックス会員
権預託金返還債務保証を含めて合計2434億7000万円となる。その保
全については,約200億円の不足があると推定される。保全不足額につ
いては,同年6月中旬に公開される同年度の路線価に基づいて再度調
査する予定である。
  拓銀以外の金融機関の借入シェアを高める必要があり,自社開発プロ
ジェクト事業主体の借入の引継をする必要がある。
イ 控訴人Aは,平成4年6月25日,総合開発部の取引先の客観情勢が厳し
くなっていること,日銀考査において要注意先として指摘されたものがあっ
たことなどから,総合開発部の取引先について,新しい視点から実態を把
握する必要があると考え,控訴人Gを更迭し,同月27日,控訴人Hを総合
開発部担当常務取締役に選任し,控訴人Hに対し,控訴人Cと相談しなが
ら,カブトデコムの実態について洗い直すよう指示した。
ウ 上記指示に基づいて総合開発部が平成4年9月までに行ったエイペックス
の事業化についての検討結果は次のとおりであった。
(ア) エイペックス会員権は,販売が停滞し,キャンセルが相次ぐなど,カブト
デコムの協力企業を対象とする販売には限界があること,会員権売上3
34億3500万円のうち153億6200万円についてカブトデコムが流用し
ていたことなどが明らかになった。
(イ) 具体的な会員権の販売状況は,第1次賛助会員権が,募集240口中2
34口(46億8000万円),第2次賛助会員権が,募集180口中166口
(41億5000万円),当時募集中であった第1次正会員権は,募集880
口中すでに703口(その後681口に減少した。)が販売済みとされている
が,このうち177口はカブトデコムが販売総代理店として抱えており,さら
に売却する必要があるので,実質販売実績は526口(252億4800万
円)であった。第1次正会員権の募集期間は平成4年10月までである
が,同月中の消化は不可能な状態である。販売先の倒産や,販売時の
約束不履行などによってすでに64件(同年9月9日には90件に増加し,
その後も増加傾向であった。)のキャンセルがあった。
(ウ) 会員権販売が計画どおりに進行しなかった場合の資金需要について
みると,第2次正会員権が全く売れない場合には,エイペックス完成に27
7億円(同金額は,カブトデコムが甲観光に対して流用資金を返還した場
合のものであり,カブトデコムが流用資金を返還しない場合には403億6
600万円になる。)が必要である。そして,第2次正会員権が全く販売で
きなくても,カブトデコムが流用資金を返還した場合には,エイペックスは
4年ないし16年後にキャッシュフローが黒字転換し,第2次正会員権を5
年内に販売できた場合には,カブトデコムが流用資金を返還するか否か
にかかわらず,1年で黒字転換する見込みである。
エ さらに,総合開発部は,カブトグループの実態把握のための調査を実施
し,控訴人Hは,平成4年9月14日開催の投融資会議(本来の投融資会議
の構成員のほか,控訴人C及び当時東京在駐在中の常務取締役であった
Kが出席した。)において,おおむね次のとおり調査結果を報告した。
(ア) 平成4年3月期決算について
  カブトグループ6社の平成4年3月期の連結決算書がはじめて作成され
た。
  これに基づいて損益状況をみると,売上高は,カブトデコム単体では10
02億円であるが,カブトグループ6社連結では695億円に減少し,経常
利益は,カブトデコム単体では112億円であるが,6社連結では12億円
に減少し,税引きの後の最終損益は49億円の赤字になる。
  財務内容をみると,総資産は,カブトデコム単体では3100億円である
が,6社連結では4554億円に増加し,借入・割引残は,カブトデコム単
体では836億円であるが,6社連結では2220億円に増加し,カブトデコ
ムが資金支援を行わざるを得ないプロジェクト事業主体,カブトデコム株
式及び会員権の保有者である26社2個人への資金支援対策となってい
る資産・負債を合算すると,借入・割引残高は3341億円(うち拓銀グル
ープ1531億円)となる。自己資本比率は,カブトデコム単体では35.9
%であるが,6社連結では23.9%に低下する。
(イ) 今後の借入需要
  平成4年7月末までにカブトグループの総借入は3700億円に増加して
いるが,平成6年3月期までに1900億円の借入需要が発生し,カブトグ
ループの借入返済資金を借入でまかなうとした場合には,総借入は500
0億円に達する可能性がある。今後の借入需要を拓銀グループで支援し
た場合,カブトデコムに対する貸出は3700億円になる。
(ウ) 資産評価
  不動産については,総借入が5000億円に達すると想定した平成6年3
月の簿価合計は4818億円となるが,札幌地区でも国土法価格の6ない
し7割という売買事例が出ているほど不動産市況は悪化しており,このよ
うな時価が平成6年3月まで続くと仮定すれば,同時期の時価は3607億
円となり,1211億円の含み損が発生することになる。株式等のその他資
産は,簿価合計1425億円に対し,平成6年3月の時価は604億円とな
り,821億円の含み損があることになる。したがって,平成6年3月期にお
いて,資産全体で2032億円の含み損が発生することになる。
(エ) 平成6年3月期予想貸借対照表
  簿価ベースでは1382億円の実質資本があることになるが,時価ベース
では合計899億円の債務超過になる。
(オ) 収益力
  カブトグループにおける不動産及び会員権の販売並びに自社開発プロ
ジェクトの建設工事を除外した最低限の収益力は,年間49億円にとどま
り,最低限の管販費が43億円であるから,余力はあまりない。
(カ) エイペックス事業の現状と見通し
  総事業費は664億0800万円で,土地権利金,従業員宿舎に合計39
億0500万円,リース代に12億円を別途要しているので,合計715億1
300万円である。
  これに対し,収入は,会員権販売によるものだけであり,平成4年8月末
現在,募集予定口数1850口(第1次賛助会員,第2次賛助会員,第1次
正会員,第2次正会員)のうち,1300口数(第1次正会員まで)の募集を
行ったが,販売できたのは1080口,販売によって得られた金額は326
億4000万円であり,現在,総募集口数の57.4%しか販売できていな
い状況である。第1次正会員3500万円の残り200口の販売は至難と思
われ,第2次正会員権4800万円550口はまだ募集していない。
  したがって,土地権利金,従業員宿舎費用等を含めた総事業費約703
億円と第1次正会員権が完売できたと考えた場合の会員権販売収入39
6億円との差額である307億円が借入必要額となる。仮に第2次正会員
権を販売せずに307億円を借入によってまかなったとしても,金利低減
(5%適用),経費節減(10%適用)等の措置を用いれば,4年後にはキ
ャッシュフローが黒字に転換し,10年後には単年度決算が黒字に転換す
るので,事業化が可能である(ただし,ホテルの稼働率,それを前提とし
た将来予測等については,具体的検討がなされていない。)。
(キ) 平成2年2月第三者割当増資(第1融資等)について
  平成2年2月に行われた第三者割当増資の引受金及びこれに対する利
息合計247億8800万円(拓銀グループでは282億9400万円)の融資
は,取得株式の売却代金より回収する計画であったが,平成4年9月現
在で3億4800万円しか回収できていない。株価の下落に伴い,担保株
式の追加に加え,当初貸出条件にはなかった株式以外の不動産や会員
権を追加担保にしたが,大幅な保全不足となっている。
  利息の追加融資を止めてから,各借主が利息支払資金を調達してきて
いるが,現在では,12法人のうち8法人はカブトデコムからの借入に頼ら
ざるを得なくなってきており,個人についても6名のうち3名が平成4年6
月30日の利息支払を一時延滞する(現在も1名延滞中)など,資金調達
力が限界に来ている。保証人であるIにも資金的余裕はない。現在は,カ
ブトデコムの株価は1株3200円と半減している。今後は,各借主のカブ
トデコムとの関係,資金事情,各借主ごとに個別に対応せざるを得ない。
今後,延滞の発生などにより軋轢を生じるおそれがある。
オ 総合開発部は,平成4年9月28日開催の経営会議において,カブトデコム
の現状と当面の方針について,同月14日開催の前記投融資会議において
報告したのとほぼ同じ内容の報告をした上,拓銀のカブトデコムに対する対
応方針を提案した。
  提案の基本方針として,拓銀の社会的責任を果たすとともに,道内経済の
混乱を回避し,拓銀のリスクウェイトを軽減し,カブトデコムを社会に受け入
れられる一般的な会社にするという3点を掲げ,当面の具体的方針として,
海外,国内を問わずカブトグループ保有物件の売却及び賃貸を促進し,借
入金を回収し,エイペックスをカブトデコムから分離独立させるなど関係企
業を整理し,カブトデコムに人材を派遣するなどして組織・体制を改革すると
いうものであった。
  また,総合開発部は,カブトデコムの業績急落は,拓銀にとっても,日銀及
び旧大蔵省への対応を含めて影響が大きいとして,決算対策を行い,なだ
らかな業績低下にもっていく必要がある旨説明した。
  これに対し,上記経営会議においては,カブトデコムに対する今後の具体
的な方針は決定されなかったが,同年9月30日時点における拓銀グループ
のカブトグループに対する総授信額は2964億円に達し,時価ベースで19
40億円の保全不足が生じること,カブトデコムの債務保証額が1096億円
(うち426億円が対拓銀グループ)に達する現状であること,以後の見通し
として,平成6年3月までに,1100億円の資金需要が発生し,時価ベース
では899億円の債務超過に達するおそれがあることが判明したことから,
後記平成4年10月26日開催の経営会議における判断は,カブトデコムの
現状を前提とする限り存続不可能であるというものであった。
 (10) 第3融資に至る経緯
ア 平成4年10月26日開催の経営会議において,控訴人H及び控訴人Hの
相談役であった控訴人Cは,要旨次のとおり,調査結果を報告し,カブトデコ
ムに対する今後の対応を提案した。
(ア) 報告
  拓銀グループからカブトグループ(カブトグループのうち,カブトデコムの
自社開発プロジェクトの事業主体,大株主,取引企業の中から明らかに
カブトデコムの業績悪化による影響が少ないと判断される企業,個人を
除いた59社16個人)への融資のうち,カブトデコムと何らかの関係があ
る貸出額は,平成4年9月30日現在で2597億円(エイペックス会員権の
預託金保証債務等を加えた総授信額は2964億円)であり,また,同時
点における拓銀からカブトデコム単体に対する総授信額は992億1000
万円である。
  拓銀グループからカブトグループに対する融資2597億円の保全は,時
価ベース(カブトデコム株式の時価を0円,エイペックスの資産価値を既
存ゴルフ場のみの40億円,未完成建物の地上建物部分の資産価値を0
円とした場合)で1940億円の保全不足になっている。もっとも,この保全
不足は,エイペックスを含む担保物件の完成によって417億円減少する
(工事費用の貸出172億円,アメリカ物件への貸出95億円,エイペック
ス会員権預託金保証の求償債権150億円の保全が具備される。)。さら
に,エイペックスが完成することによって,カブトデコム関連債権400億円
の不良債権化が回避できる。
  不動産の売却を全く見込まず,自社開発物件の買取りも行わないとの前
提条件によるカブトデコムの資金需要は,平成5年3月までは651億円,
平成6年3月までとすると1625億円となり,最大限の圧縮をしたとしても
同月までで1100億円となる。
  平成4年9月中間決算の予想貸借対照表をみると,1097億円の自己
資本があることになっているが,資産項目の中の短期貸付金794億円及
び受取手形・売掛金514億円は,回収が困難なものがほとんどであり,
実質的には不良債権と考えざるを得ないから,これのみを考慮しても債
務超過状態にあると認識できる。なお,平成4年4月27日開催の経営会
議においては,カブトデコムの債務保証額は302億円であると報告され
ていたが,その後の調査の結果,債務保証額が1096億円(うち拓銀グ
ループは426億円)に達していることが判明した。このうち,798億円は,
平成4年3月以前に発生していたのに,平成4年3月の有価証券報告書
には287億円しか記載されておらず,虚偽記載がされたおそれがある。
  カブトデコムに対する今日までの拓銀の関わり具合及び不測の事態発
生による道内経済の混乱を回避する上からも,何とかカブトデコムの存続
を考慮すべきであるが,現状把握を前提とした場合,残念ながら,カブト
デコムは存続不可能と判断せざるを得ないものと思われる。
  拓銀は,エイペックス事業に深く関与しており,これを完成させる責任が
ある。また,第1回第三者割当増資について,迂回融資であったと主張さ
れる可能性があり,道義的責任の問題が残り,慎重に対処する必要があ
る。道内リーディングバンクとして,道内企業の連鎖倒産を避ける必要が
ある(カブトデコムの平成5年3月までの手形決済は,389億7700万円
が予定されていた。)。
  共同信用組合は,カブトグループに対し,総額368億円を貸し出してお
り,総貸出額の45.9%を占めている。共同信用組合の経営状況は,す
でに危機的な状況にあると思われる。共同信用組合が破綻すれば,拓銀
に対し支援要請が来ることが考えられる。
(イ) 提案の1 必要最低限の融資(第3融資)
  道内経済混乱回避策及び拓銀のリスクウェイト軽減措置をとるためには
数か月を要し,その間カブトデコムの倒産を回避する必要がある。そこ
で,カブトデコムに対し,平成5年3月(カブトデコムの手形決済が集中し
ている)ないし同年6月(エイペックスホテルがオープンする)までの間,延
命に最低限必要な資金を融資しながら,その間に,カブトデコムの破綻に
備えた措置を実施することとする。
  カブトデコムの資金需要を最小限に抑えるために,借入元利金の支払を
停止させる。ただし,工事代金の支払については,工事中の物件が12件
(エイペックスを除く)しかなく,大部分の物件が50%以上できあがってお
り,工事業者は拓銀の取引先が大部分であることから,支払を停止させ
ないことにする。上記のような方針を採用し,平成4年11月以降の支払を
すべて現金にした場合のカブトデコムの資金需要は,平成5年3月までで
735億円,同年6月までで971億円に達する。
  カブトグループの保有する物件(他行の担保になっているものを除く)を
拓銀の関連会社に購入させ,拓銀が当該会社に購入資金を融資し(その
際,金利は,当該会社の支払能力の範囲内とする。),カブトデコムが得
た売却代金を拓銀に対する返済に充てさせる(物件シフト)。
(ウ) 提案の2 リスクウェイト軽減措置
  拓銀のリスクウェイトを軽減させるための措置として,①未登記扱い(担
保設定契約を締結したが,委任状,印鑑証明,権利証等,設定登記に必
要な書類を入手していない状態)又は登記留保扱い(担保設定契約を締
結し,設定登記に必要な書類を入手しているが,登記を具備していない
状態)になっている担保権について正式に担保設定登記をし,②カブトグ
ループ企業が保有している未入担保物件に追加担保を設定し,海外部
門の物件を早期に売却し,売却益を,拓銀ロスアンゼルス支店のローン
回収に充てるなどし,さらに,③エイペックス,兜ビル開発等,自立して収
益可能な企業を分離独立させる。エイペックスは,完成すれば時価590
億円,担保価値413億円となり,今後エイペックスが完成すれば利払可
能債権は400億円増える。分離の方法としては,カブトデコムとの資金関
係の切断,資本構成の是正,会員権発行の厳正管理等によることにな
る。
イ 経営会議の結論
  経営会議は,総合開発部からの上記提案を了承し,第3融資を事実上決
定した。
ウ 拓銀のカブトデコムに対する申入れとカブトデコムの対応
(ア) 拓銀は,平成4年10月28日,Iに対し,今後,資金援助するに際して,
平成4年9月期の中間決算では実態を発表し,リストラ対策を実行するこ
と(ただし,エイペックスは軌道に乗せること。),当面の対応として,同年
11月以降は,手形決済等必要最低限の決済にのみ資金を使い,さらな
る手形の振出しをしないこと,資金を支出する場合には拓銀に報告する
こと,未登記・登記留保扱いとなっているものについては,設定登記手続
を行うことなどを申し入れた。
(イ) カブトデコムは,平成4年11月17日までに,拓銀に対し,再建計画案
を提出したが,総合開発部は,国内保有物件売却案は実現可能性が低
いものであり,海外物件売却案も検討すべき課題が多く,経費の削減案
についても金額内容ともに甘いところが多く,抜本的な経営のリストラが
望まれると判断し,同日の経営会議において,その旨報告した。
エ 平成4年10月26日に決裁された第3融資,リスクウェイト軽減措置等の
実施状況は,おおむね次のとおりであった。
 (ア) カブトデコム延命に必要な融資額の見積もり及び融資保全策
  平成4年11月17日開催の経営会議において,総合開発部は,次のよう
な報告をした。
  同年11月20日から平成5年3月まで,カブトデコムを延命させるために
必要な最低融資額が364億円(純増ベース361億円)である。これに対
し,取得し得る保全は,今後の工事完成物件の建物部分に対する担保設
定時価55億円,カブトグループ保有物件の担保余力部分に対する追加
担保設定時価100億円の時価合計155億円であり(なお,このうち95億
円は兜ビル開発への売却物件に対するものであるから,カブトデコムに
対する保全は60億円にとどまる。),新規貸出により209億円の保全不
足拡大になる。そして,同年4月から同年10月まで,カブトデコムを延命
させた場合には,カブトデコムに対する融資は200億円増加する。
  拓銀のカブトデコムに対する延命融資を,平成5年3月まで継続する場
合は,簿価合計約524億円の物件につき物件シフトを行うことになる。こ
の場合,拓銀は,関連会社に対して,物件購入資金合計約524億円を融
資し,カブトデコムは,売却代金によって,他行に対する借入金106億
円,拓銀グループ会社に対する借入金60億円,拓銀に対する借入金35
8億円をそれぞれ返済する。
  Iのカブトグループ外への物件売却が成功して既貸出分が回収されれば
これを根拠として上記資金需要に対して新規貸出をすることはできるが,
仮に物件が売却できなかった場合は,上記のような物件シフトによって,
カブトデコムに対する既貸出金を358億円回収し,これを根拠として新規
貸出をする。
(イ) 第3融資の実行
  平成4年10月26日の経営会議で決められた基本方針に基づき,平成4
年11月2日から平成5年3月31日まで,カブトデコムに対し,合計409
億円の融資がなされた。
(ウ) 第3融資についての回収財源,保全策等
  第3融資については,会員権在庫や海外物件の売却代金(平成4年12
月28日開催の経営会議において,カブトデコム算出の簿価が合計450
億円であることが報告された。)から回収されることが予定された。
  そして,第3融資については,不動産や株式に実効担保価格合計110
億9500万円の担保が設定された。
  また,平成4年11月2日以降の経営会議において,カブトデコムに対す
る融資に際し,カブトデコム保有の物件を関連会社に簿価どおりで購入さ
せ,拓銀が,物件購入会社に対し,当該購入資金を融資するとともに,カ
ブトデコムから同資金を回収するいわゆる物件シフトが了承され,拓銀
は,平成5年6月までの間に,合計987億1100万円を融資し,実効担保
価格336億0600万円の担保を得た。
なお,拓銀グループのカブトデコムに対する未登記扱い等担保権は,同
年11月中に登記手続がなされたが,その合計額は時価90億9600万
円,実効担保価格53億2300万円であった。
 (11) その後の経緯等
ア Iは,平成5年5月28日,拓銀がカブトデコムから分離させ,事業を継続さ
せることを予定している会社に,手形13枚(101億6000万円相当)を発行
させて受け取り,うち67億5000万円分につき共同信用組合から割引を受
け,I個人の債務保証の弁済に充てたことが判明した。
イ また,拓銀は,カブトデコムに対し,再構築案の検討を要請した上で,融資
継続のための必要最小限の条件を提示したが,平成5年7月2日,カブトデ
コムは,拓銀の提示した条件を拒否する旨の回答をし,さらに,カブトデコム
は,同年10月16日,エイペックス等に対して有する債権を,他の会社に譲
渡するなどした。
ウ 拓銀は,平成5年7月ころ,カブトデコムが譲渡担保に差し入れていたエイ
ペックスの株式30万1400株について譲渡担保の実行に着手し,これに対
し,カブトデコムは,拓銀を相手取り,株主たる地位の保全を申し立て,株式
所有権確認の訴えを提起した。
  こうした状況の最中の平成5年6月,エイペックスホテルがオープンした。
エ 拓銀は,平成5年10月26日,取締役会を開催し,カブトデコムに対する支
援を打ち切ることを決定し,同年11月1日付けの内容証明郵便で,カブトデ
コムに対し,その旨の通知をした。
オ カブトデコムは,現在も存続しているものの,平成10年3月期,資本金48
3億3600万円,売上高14億1400万円,経常損失68億0200万円,当
期純損失515億1100万円,純資産額がマイナス2350億0900万円の状
態であり,支払不能に陥っている。
  エイペックス事業は,平成5年の定員稼働率42.6%,売上20億1700万
円,償却前営業利益20億1400万円の赤字で,その後,定員稼働率及び
売上は低下し,平成8年には,稼働率21.3%,売上13億3600万円とな
り,9億7200万円の赤字となった。エイペックスは,施設全体を,平成9年
5月,株式会社カレントに賃貸し,同社は,ホテルの運営を株式会社ザ・ウイ
ンザー・ホテルズ・インターナショナルに委託し,ホテル名をザ・ウインザーホ
テル洞爺に変更して再スタートを図ったが,同年11月に拓銀が破綻したこ
とにより,資金援助が断たれ,平成10年3月にエイペックスも破産した。こ
の間,拓銀は,エイペックスに対する融資を続け,平成4年4月から平成9
年3月までの間の融資合計額は400億円を超えた(それ以前の分を合わせ
ると625億円となる。)。
  なお,エイペックスの破産管財人は,平成12年10月,エイペックスの施設
全体を60億円で売却した。
 (12) 各融資の回収状況
   第1融資は,平成11年3月10日の時点で,192億1798万3951円が回収
されておらず,第2融資は,308億9450万円が未回収のままであり,第3融
資額のうち,回収されたものは34億0443万6100円で,融資残高は,374
億9555万7000円となっている。
 (13) カブト問題調査委員会調査結果
   拓銀は,平成5年2月ころ,控訴人Eを委員長,控訴人Cを副委員長として,カ
ブト問題調査委員会を組織した。同委員会は,同年3月3日,「カブト問題特別
調査委員会報告」を作成した。同報告の内容は,おおむね以下のとおりであっ
た。
ア 本問題は,バブル経済最盛期に急拡大し,バブル経済崩壊を機に表面化
した。この意味で,一般のバブル企業と同一とみなされる一面も否定できな
いが,当時の時代背景,運用強化・収益第一主義といった施策が招いた結
果論だけでは済まされない要素も持っており,いわば特殊案件と位置付け
るのが適当である。
イ 拓銀は,バブル経済を背景に,道内経済活性化のため,道内企業,若手
経営者育成に注力するようになった(インキュベーター路線)。インキュベー
ター路線は,初期のころ,カウボーイ,ニトリ,はるやま,進学会等の道内新
興企業育成において成果を挙げており,昭和61年から昭和63年前半まで
は特に問題なく推移してきた。業務本部内に設置された法人部において集
中的にインキュベーター企業の業務推進,管理をするようになり,インキュ
ベーター路線は,行内の新しい路線として定着しつつあった。
  カブトデコムは,道内の若手・新興企業の一員であったが,昭和63年6月
に,札幌西支店から本店営業部に移管され,その後,取引規模を急速に拡
大していった。ここで問題となるのは,取引が急拡大したことよりも,仕事の
進め方にある。ことカブトデコムに関しては,一部の者を中心に検討,推進
され,組織的な案件の検討,討議等が十分に行われなかった。これは,顧
客から商売人との評価が高く個性の強い役員(控訴人G)に情報が集中し
たために,トップ情報に依存した中抜けの業務運営となり,組織体としての
チェック機能が十分に働かなかったことによる。カブトデコムとの取引のター
ニングポイントとなった平成2年2月の第三者割当増資についても,国際証
券主導ということも手伝って,十分な組織的討議・検討がないまま投融資会
議に付議され,承認された。第三者割当増資以降は,カブトデコムが大量の
無コスト資金を手に入れて,積極的な対内外投資を開始して急成長し,拓
銀においても,カブトデコムとの取引メリットが増大したことから,カブトデコ
ムは,拓銀のインキュベーター路線による成功例の代表格として行内外にP
Rされ,次第に,拓銀内部では,カブトデコム及び同社関連企業との取引に
ついては,同社の育成に資するという理由で個別案件の判断が甘くなる一
方,カブトデコムに対するマイナス情報は育成に水を差すとして,次第に表
立った議論を避けるようになった。
ウ また,平成2年まで,拓銀においては,拓銀グループ会社のリスクが拓銀
本体のリスクであるという明確な認識がなく,拓銀グループ会社の融資案件
について拓銀本体でチェックするということはなかった。そして,拓銀グルー
プ会社には,融資の専門家がいるという認識と,リスクを分散すべきという
認識に基づいて,拓銀からカブトグループに対して融資斡旋を行うことがあ
ったが,拓銀グループ会社では,これを本社からの指示的取引と考えてい
た。特にカブトデコム関係の融資については,拓銀本体が支援していること
から,拓銀グループ会社は,カブトグループへの融資は最終的に拓銀本体
のリスクに基づくものと理解し,疑問を持つこともないまま授信を増加させて
いった。
エ このような状況の下,平成元年9月末には542億円であったカブトデコム
との取引は,平成2年9月末には1511億円と1年間で約1000億円も急増
し,特に,カブトデコム本体に対する融資は,拓銀グループ全体で50億円
の増加にとどまっていたにもかかわらず,拓銀本体からカブトグループに対
する融資が470億円,拓銀グループ会社からカブトグループに対する融資
が500億円と,水面下で,ほとんど注目されることもないまま,授信がふく
れあがった。
  この時点までの問題点は,業務推進に当たって組織的チェックが働かなか
った点にあった。このような問題点が助長された環境としては,諸会議の場
で,「カブトデコムの業況は大丈夫か?」という問題提起はあったものの,担
当役員の個人的な能力を過信し,自分の担当以外の事柄については最終
的な口出しはし難いという組織風土上の問題があった。
オ 平成2年10月に,21世紀プロジェクトを経て,拓銀内部では組織の大幅
な見直しが行われ,従来の預貸一元体制から,業務推進と審査が分離され
るようになった。しかし,道内のリーディングバンク戦略を実現し,道内企業
を育成していくという目標のもと,インキュベーター路線を担当することにな
った総合開発部においてだけは,所轄先について事前事業調査を行うこと
を前提に,預貸一元体制を採用した。また,総合開発部において,所轄先
のグループを一括して管理することとし,カブトデコムについては,カブトデ
コムの直系企業のみならず,協力企業,友好企業の大半を総合開発部で
担当した。関連企業,友好企業も含めて育成することにより当行基盤の拡
大をねらったものであり,このこと自体は何ら問題はないが,グループ間で
複雑に絡み合って内在するリスクについての分析及び情報開示は不十分
であった。
 そして,平成3年に入り,バブルが急速に崩壊していく中で,総合開発部スタ
ッフによるカブトデコム及び同社グループ企業の実体解明が次第に進み,
同年5月から6月ころには次第に危機感を持つに至った。担当常務(控訴人
G)がカブトデコムの資金繰りに問題を感じたのも同年に入ってからではな
いかと推測される。しかし,同年中のカブトデコムは,会員権販売による資
金流入,第三者割当増資の実行によって破綻することなく推移しており,総
合開発部内部において,詳細を衆議に委ねようという考えと,ここまできた
以上育成すべきであるという考えとで,内部葛藤が1年以上にわたって続い
た。
カ 平成2年9月から平成3年9月までの間に,拓銀グループからカブトグルー
プに対する融資は合計650億円増加し,このうち拓銀本体又は拓銀関連会
社からカブトデコム以外の同社グループ会社に対する融資が600億円を占
め,また,平成3年末から平成4年3月にかけて,カブトデコムの資金繰りは
完全に破綻し,この間,カブトデコムは,従来からの預金数百億円をとりくず
してしのいだが,同年4月以降は全く見通しがたたなくなり,同年上期業務
計画策定時に表面化することになった。
  担当常務(控訴人G)が,なぜに全容を明らかにすることを躊躇したのか,
その真意は不明であるが,環境は悪化してきているが,ここまできた以上,
カブトデコムの事業を完成させるべきであり,そうすることが道内の基盤拡
充に資するとの判断ではなかったかと推測される。
  また,カブトデコムが,会計上は認められているものの,実質的な粉飾決算
ともいえる売上,利益の操作や債務保証額の有価証券報告書への虚偽記
載を行っていたことが判明した。
キ まとめとしては,平成2年10月以前の段階では業務運営の不適切,それ
以降は報告不十分が問題であったと判断される。このため,各種マイナス
情報,疑問,不安があったにもかかわらず,投融資会議,経営会議におい
て,的確な議論,チェックができなかった。また,同月の時点においては,カ
ブトデコムについては,事前の業務調査が十分でなかったにもかかわらず,
事前の業務調査を前提とする預貸一元体制を採用したという組織制度上の
問題点もある。いわゆるバブル企業という側面も否定できないが,さらに,
経営者の資質を見抜けなかった経営判断上のミス及び制度上組織風土上
の弱点が加わった特殊案件であったと位置づけられる。
 (14) 債権譲渡
 拓銀は,破綻後に,預金保険法上の救済金融機関である株式会社北洋銀
行及び中央信託銀行株式会社との間で,営業譲渡等の契約を締結し,被控
訴人(合併前の商号は,株式会社整理回収銀行)との間で,平成10年11月1
1日,資産買取契約を締結し,貸付金及び拓銀が有する債務不履行に基づく
損害賠償請求権を,同月16日をもって譲り渡し,控訴人らに対する損害賠償
請求権の譲渡を同年12月3日ないし同月14日ころ,控訴人らに対し,通知し
た。
   なお,拓銀の監査役らは,平成12年2月8日,本件債権譲渡を追認し,同月1
1日ないし同月12日に,その旨を控訴人らに通知した。
3 争点(1)(本件訴訟の専属管轄)について
控訴人Dは,本件訴訟について,被控訴人が請求の主体となって控訴人Dの
取締役としての責任を追及している訴えであるから,その管轄は,商法268条1
項により,被控訴人の本店所在地の裁判所である東京地方裁判所に専属する
旨主張するが,同主張は,控訴人D限りの独自の主張であって,採用することは
できない。
すなわち,商法268条1項にいう「会社」は,当該取締役が就任中の又は就任
していた会社を指すことが明らかであるところ,本件は,拓銀の取締役であった
控訴人Dに対し,商法266条に基づいて拓銀が被った損害の賠償を求めるもの
であるから,この場合における商法268条1項の本店は,控訴人Dが取締役に
就任していた拓銀の本店でなければならない。
そして,本件記録によれば,本件訴えは,平成10年12月15日に原審裁判所
に提起されたものであるところ,当裁判所の職権に基づく調査嘱託の結果によれ
ば,拓銀の平成10年12月15日現在の本店は,札幌市a区bc丁目d番地である
から,本件の第1審の管轄は,原審である札幌地方裁判所に専属していたこと
が明らかである。
したがって,専属管轄違背をいう控訴人Dの主張は,理由がない。
4 争点(2)(本件債権譲渡の存在及び有効性)について
 (1) 本件債権譲渡の存在等について
控訴人Dは,被控訴人の本件請求が商法266条に基づくものであるとこ
ろ,控訴人らは,被控訴人の取締役であったことはないのでから,本件請求
は,譲渡対象債権自体の存在を欠くため,主張自体失当である旨主張するけ
れども,被控訴人の本件請求は,拓銀が商法266条に基づいて控訴人らに
対して有していた損害賠償請求権の譲受人としての請求であって,被控訴人
の役員であった者に対する商法266条に基づく請求ではないことは明らかで
あるから,控訴人Dの上記主張は,採用しない。
また,控訴人Dは,平成10年11月13日に拓銀が本件と同一の損害賠償
請求訴訟を提起したという経過に照らし,本件債権譲渡の事実はない旨主張
するけれども,本件債権譲渡がなされたことは前記引用に係る原判決が認定
するとおりである(なお,甲第2号証によれば,本件債権譲渡の対象とされた
債権中には拓銀の有する債務不履行に基づく損害賠償請求権及び役職員に
対し責任追及する一切の権利が含まれていたことが明らかに認められる。)か
ら,控訴人Dの主張は採用することができない。
 (2) 本件債権譲渡の有効性について
  ア 本件債権譲渡は拓銀の監査役しかできない旨の主張について
控訴人A,控訴人B,控訴人C,控訴人E,控訴人F及び控訴人Gは,拓
銀の控訴人らに対する損害賠償請求権を処分する権限は拓銀の監査役に
属するのに,本件では監査役が譲渡した事実はないから,被控訴人は控訴
人らに対する損害賠償請求権を取得していない旨主張する。しかしながら,
商法266条1項5号に基づく損害賠償請求権は,取締役の法令定款違反
行為を責任原因とするものであるが,その性質において,一般の債務不履
行に基づく損害賠償請求権と異なるところはない。ただ,会社の取締役に対
する責任追及が訴訟の場で行われる場合に,他の一般業務と同様に取締
役会及び代表取締役に訴えの提起及び訴訟の進行を委ねると,いわゆる
馴合いによる訴訟が懸念されることから,商法275条ノ4は,会社と取締役
の馴合いを防止するために,会社が取締役に対して訴えを提起する場合に
ついては,監査役が会社を代表する旨を定めたものである。それは,会社と
取締役との紛争を訴訟によって確定させる場合の規定であって,訴訟以外
の方法による任意の賠償等についてまで必ず監査役が会社を代表すべき
ことを定めたものではない。また,会社の取締役に対する損害賠償請求権
等が第三者に譲渡されることや譲渡後に第三者が当該取締役に対し,譲り
受けた損害賠償請求権の履行を求めて訴えを提起することは,商法275条
ノ4が目的とする,会社との馴合い訴訟の防止の趣旨に反するものでもな
い。もっとも,第三者への譲渡そのものが馴合いによる解決を目的として行
われたというような特段の事情が認められる場合には,商法275条ノ4の潜
脱行為と評価した上で,監査役による譲渡又は監査役の譲渡承認を要する
と解する余地がある。
これを本件についてみるに,拓銀から整理回収銀行に対する売却資産中
に控訴人らに対する損害賠償請求権を含めたことが商法275条ノ4の趣旨
を潜脱する目的でなされたと認めるべき証拠もない。むしろ,馴れ合い訴訟
を防止する観点からは,自行の取締役に対する損害賠償請求権について
は,破綻した金融機関の債権回収を主たる目的のひとつとする整理回収銀
行へ譲渡することこそが,経営破綻した拓銀の選択として好ましものであっ
たとすらいうべきである。
したがって,上記控訴人らの主張は採用することができない。
  イ 控訴人Dが本件債権譲渡の有効性について主張するその余の部分につい
ての当裁判所の判断は,いずれも,原判決中の判断のとおりであるから,こ
れを引用する。
5 争点(3)(銀行の取締役の注意義務)について
(1) 取締役は,会社との関係については民法の委任の規定が適用されるから,
会社に対して善管注意義務(商法254条3項,民法644条)を負い,また,商
法254条ノ3の規定により忠実義務を負う。また,銀行は,銀行法その他関連
法令の下に業務をすべきであるから,その取締役は,銀行法その他関連法令
を順守する義務があり,これに反する業務執行は善管注意義務違反となり得
る。
  そして,銀行は,広く国民一般から預金を受け入れるとともに,企業・個人・公
共部門等に対し必要な資金を供給することにより,経済活動の中枢を占める
資金仲介機能を果たし,もって国民経済の健全な発展に資するべき使命を負
っている(銀行法1条参照)。したがって,銀行は,私企業形態で経営され,創
意工夫を発揮しつつ,自己責任の原則の下に,その営業展開をするものであ
るが,銀行の公共性に鑑みて,全国銀行協会金融調査部編「図説わが国の
銀行」と題する図書(甲194)によれば,従来から,その重要業務の一つであ
る融資(貸付)は,公共性の原則(利害関係に立脚した情実融資の禁止等),
確実性(安全性)の原則(回収が確実な融資の実行),収益性の原則(銀行に
とって収益のある融資の実行),流動性の原則(自行の特性,経済情勢に応じ
た融資の実行)等の下に行われるべきであるとされており,拓銀における貸出
業務取扱規定等の内規も,以上の4原則に従った融資の励行がなされるよう
に定められたものと解され,このことは,拓銀の投融資会議や経営会議のよう
に取締役による審議により融資の可否・金額・融資条件等が判断される際に
も妥当する。
  もとより,取締役の経営上の判断には一定の裁量が認められるけれども,融
資について確実性と収益性があるとした取締役の判断が,その過程,内容等
の客観的諸事情からみて著しく合理性を欠くと認められる場合には,その判断
は,裁量を逸脱したものとして善管注意義務違反になると解され,取締役は,
商法266条1項5号に基づき,当該融資により銀行に被らせた損害を賠償す
る責任を負うというべきである。
(2) ただし,銀行における融資の場面や態様は多種多様であり,上記安全性や
収益性等の要請がすべての融資の場面で等しく妥当するとまではいえない。
すなわち,各銀行の性格や経営方針に始まって,個々の融資先との従来にお
ける取引関係の有無・濃淡や案件とされている融資の目的・性質等の要素が
上記の安全性・収益性等の要素とともに考慮されなければならず,そうした諸
要素(事情)を総合的に検討した上で,最終的に個々の融資の相当性が判断
されることになる。個々の融資によっては,公共性が最優先とされ,経済的収
益性が後退してもなお相当性を認めるべきものもあれば,安全性及び収益性
以外の要素をほとんど考慮することなく融資の相当性が判断されるべきものも
あり得るからである。
  そして,銀行の融資は,多かれ少なかれ,融資先を含めた融資環境について
の将来予測という不確実な要素を含むものであるから,個々の融資における
関与取締役の判断の合理性を検討する場合に,融資後の諸事情をあたかも
融資実行前の段階でも確実に予測し得た所与の事情であったかのようにして
取り扱うことは相当でない。特に,本件のように,事後的には,いわゆるバブル
経済の崩壊期におけるものと評価することができる融資にあっては,各融資時
に不動産市況や株式市況等について客観的な事後検討に耐え得るような予
測をすることが極めて困難であったのであるから,各融資実行時の関与取締
役の注意義務を措定するに当たっては,当時の経済状況,金融環境や一般
的な銀行の融資態度等時代的背景も加味するなど,より慎重な検討を要する
というべきである。
  また,銀行が行う融資の中には,短期的な1回限りの融資もあれば,長期に
わたる継続的融資もあり,あるいは,融資先限りの需要に終始するものもあれ
ば,当該銀行自身の経営方針に関わるものもあるのであって,後者における
銀行の利害は,当該融資による単体の収支では計ることができない場合もあ
り得る。そして,銀行の経営方針又は経営戦略を選択し,実行する場面におけ
る取締役の判断は,個々の取締役の経験と知識に基づく予測的判断を多く含
むもので,その際における取締役の予測や判断に対する責任を結果からのみ
帰納的に判定するのは相当ではない。上記の場面における個々の取締役に
は,各取締役の経験と知識に基づく予測的判断こそがまず期待され,この場
面における取締役の予測や判断をあらかじめ固定的に規制することは,取締
役の本来の職務と抵触することになりかねないし,取締役の時々刻々におけ
る予測や判断について,事後の結果に基づく損害賠償責任を課すということに
なれば,個々の取締役に能力を超えた客観的結果責任を課すに等しく,それ
は取締役の職務遂行を萎縮させ,各取締役の経験と知識による経営という本
来の株式会社の組織理念にも反することになるからである。
  したがって,各取締役について,その予測や判断の基礎となった資料の収
集・検討において杜撰であったとか,あるいは,当該案件について取締役が会
社と利益相反する客観的事情があったというような著しく不合理なものが認め
られ,当該取締役の予測や判断そのものが不誠実であったと認められるよう
な場合であれば格別,そうした不誠実性が認められない場合には,各取締役
の予測や判断と結果との不一致を捉えて注意義務違反を認め,商法266条1
項5号に基づく損害賠償責任を課すのは相当でない(なお,結果として予測や
判断を誤ったと評価される取締役に対し,降格・減俸あるいは解任等の方法で
問責することまでをも否定するものではない。)。
(3) 次に,個々の案件において,当該案件に関与した取締役が依拠し得る資料
の信用性や合理性については,これを一律に論じることはできず,各会社組
織における案件の決裁・実行要領の実態や資料収集・調査部門の成熟度及
び各案件の性質(緊急性の有無や対象金額の多寡等)に従って個別に検討さ
れるべきである。
  なお,本件における第1ないし第3融資はいずれも,拓銀の取締役会によって
決議されたものではなく,投融資会議又は経営会議によって協議され実施さ
れたものであることは,前認定のとおりであり,被控訴人の本件請求は,いず
れも,控訴人らが投融資会議又は経営会議に参加していたことを主要な責任
原因として捉えており,以下における控訴人らの具体的注意義務違反の有無
についての判断の前提に関わることであるので,控訴人らの具体的な注意義
務違反を検討する前に,控訴人らが各投融資会議や経営会議に参加したこと
をもって,取締役としての注意義務の根拠とし得るか否かについて判断する。
  まず,投融資会議や経営会議を拓銀の取締役会と同一に論じることはできな
いから,上記各会議に参加したというだけで,取締役会に出席した取締役と同
様の責任を課すことは相当ではない。
  しかし,投融資会議や経営会議は,拓銀の重要案件や融資案件等を審議す
るためのものであることは明らかであり,それに参加した役員の注意義務は,
各会議に参加していない役員に比較してより具体的な注意義務を負うというこ
とができこそすれ,各会議に参加した役員の注意義務や責任を軽減するため
のものであるとは到底解されないのであって,上記各会議に参加し,具体的融
資案件の相当性を判断した役員が,その判断過程において,役員として要求
される注意義務を欠いた場合に,注意義務違反の責めを免れると解するのは
相当ではない。
  また,本件における第1ないし第3融資は,いずれも投融資会議や経営会議
においてその必要性や相当性について判断され,いずれも参加した各控訴人
らが最終的には異議を留めることなくその実施を承認し,それに基づいて各融
資窓口部門において実施されたものであると認められ,上記各会議における
承認又は決定が拓銀内部における具体的な融資決済の実態を有していたと
認めるのが相当である。
  したがって,上記各会議における承認又は決定をもって,拓銀内部における
具体的執行力を持たないマスタープランを決めたに過ぎないとか最終決裁権
を頭取が有することから,単なる事前協議又は諮問のための決定に過ぎない
と解するのは,第1ないし第3融資の実態に沿わないものである。また,上記
各会議における判断に必要な事実の調査や資料の収集を統括することもまた
上記各会議の責任と権限に属していたと解するのが相当であるから,それら
の会議を構成した各控訴人らには,各付議案件について必要な事実の調査
や資料の収集を含めて各融資の必要性及び相当性を適切に判断すべき注意
義務があったというべきである。
(4) 以上の次第であるから,以下においては,第1ないし第3融資の各時期にお
ける拓銀の経営方針を基本としつつ,カブトデコムに対する拓銀の融資の目
的及び性質を勘案しながら,控訴人らに課されていた注意義務について検討
することする。
6 争点(4)(第1融資に関与した取締役の責任の有無)について
(1) 第1融資の性質
  第1融資に至るまでにおける拓銀のカブトデコムに対する関わり方及びその
後の経緯に照らすと,第1融資は,拓銀が当時の金融環境の中で推進してい
た企業育成路線(インキュベーター路線)の一環として実施されたものであるこ
と(なお,この点について,控訴人Dは,拓銀がインキュベーター路線を採用し
たのは,控訴人Dが拓銀の役員を退職した平成2年6月以後の同年10月から
のことであった旨主張するが,前認定のとおり,拓銀は,昭和60年ころから,
金融自由化時代を乗り切るべく,事業収益を挙げるため,道内企業,若手経
営者の育成に注力するようになり,特に,平成2年3月2日付けたくぎん21世
紀プロジェクト作成の第2回中間報告書において,中堅・中小インキュベート事
業と題し,中堅・中小の成長企業を主体に,経営情報サービスの提供を通し,
企業の育成と拓銀のリターンを拡大し,法人向けの中核事業として重点的に
取り組むことで拓銀の顧客ポートフォリオの若返りを図ることを目標に掲げ,
同年10月までは法人部を中心に,同月以降は育成企業担当部として新設さ
れた総合開発部において,道内の若手経営者を中心に企業育成を行ったの
であるから,そうした路線又は方針の拓銀行内における正式名称が平成2年
のどの時点で「インキュベーター路線」とされたかということによって,昭和60
年ころから始まっていた企業育成の路線又は方針の存在が否定されることに
はならないというべきである。)及び拓銀としては,カブトデコムの育成のため
の重要な事業としてエイペックス事業計画を全面的に支援することを対外的に
公表していたことから,カブトデコムの資金状態を事業計画推進に見合ったも
のとするために実施されたものと認めるのが相当である。
  すなわち,拓銀は,昭和60年ころから,金融自由化時代を乗り切り,事業収
益を増大させる方策として,北海道内における企業の育成及び若い企業経営
者の育成に力を注ぐようになり,そうした方針は,北海道におけるリーディング
バンクとしての拓銀に対する社会的要請にも適合するものであった。そして,
こうした方針に沿ってカウボーイ,ニトリ,はるやま,進学会等の道内の新興企
業育成が進められ,そうした企業育成策は,昭和63年ころまでは特段の問題
もなく推移し,相応の成果を上げていたため,拓銀行内においても,企業育成
路線にそった経営が定着するようになった。具体的には,拓銀における融資決
済の仕組みを従来のものよりも簡素・迅速にするため投融資会議を新設した
(昭和59年)のをはじめとして,平成2年10月には,育成対象企業を担当する
総合開発部を発足させるなどし,育成対象企業からの融資申請の受付,調
査・検討,融資の実行,担保の徴求,融資の回収等について,通常の拓銀に
おける貸付準則とは異なる取扱いが行われるようになっていた。こうした,企
業育成方針の設定やそのための組織改編等は,昭和60年代から平成初頭
にかけて推進されたものであるが,当時の金融環境に照らし,これが不当なも
のであったとか,以後の経緯・結果だけから遡って当時の拓銀の取締役に商
法254条ノ3所定の忠実義務違反があったというのは相当ではない。
  そして,拓銀にとっては,育成対象企業及び全面的支援事業として内外に公
表したカブトデコム及びエイペックス事業計画を軌道に乗せることは,銀行とし
ての信用に大きく関わるものであり,昭和63年ころから策定作業が始まった
エイペックス事業計画については,拓銀自体が平成元年9月ころまでにその計
画の策定に参画し,同年10月には,拓銀によるエイペックス事業計画の支援
が報道され,エイペックスの会員募集についても,拓銀による会員預託金返還
請求権に対する保証(実際には,拓銀の子会社であるたくぎん保証が上記預
託金返還請求権を保証した。)や具体的な販売活動を分担協力するなど,まさ
に都市銀行としては異例ともいいうる全面的な支援を展開していた。
  したがって,昭和63年から平成元年にかけて策定され,その後実行されたエ
イペックス事業計画は,拓銀の信用を基盤として推進されたものともいい得る
もので,拓銀としては,エイペックス事業計画の事業主体であるカブトデコムに
対する潤沢な資金供与によって,カブトデコムの存立及びエイペックス事業計
画等の推進を全面的に支援する必要があった。
(2) 第1融資当時の具体的な金融環境及びカブトデコムの状況
ア 第1融資当時の具体的な金融環境の詳細を的確に認めるに足りる証拠は
ないが,甲第152号証,乙ロ第9号証及び弁論の全趣旨によれば,昭和6
0年代は,日本全国で,不動産取引が活発に行われ,地価は上昇の一途を
辿り,そうした不動産市況を金融機関が旺盛な融資活動で支えていたこと,
また,金融機関による企業への融資方法として,融資対象となる企業が現
実に保有する不動産を担保の中心とするもののほかに,当該企業が保有
する他社の株式等の有価証券の資産性や担保価値を積極的に評価して融
資限度枠を設定するものや当該企業の将来における収益性に重点を置き,
当該企業の事業資金を端的に増資に対する投資(融資)として捉えた上で,
大口の増資引受先に対し,引受資金を融資し,その引受株式に担保を設定
させて保全を図るものなど,種々の融資方法が活発に取り入れられてい
た。また,銀行が徴求する担保の評価方法についても,担保対象物件の清
算価値を各時点の現実の時価を基準として厳格に推定するものののほか
に,対象不動産による将来の賃料収入予測等の将来的要素を大幅に取り
入れるなどして企業や資産の将来における継続的価値を推定した上で,現
在及び将来の担保価値を措定する手法などが採用されることも多く見られ
るようになり,そうした手法についても一つの選択肢として承認されていた。
  なお,弁論の全趣旨によれば,企業資産の算定方法や担保価値の把握の
仕方については,多様な議論が見られるところ,第1融資当時における取引
社会では,経済活動のさらなる進展に対する楽観的な予測が大勢を占めて
いたことから,企業価値を清算価値としてではなく,将来の事業における収
益可能性に重点を置いたものとして捉える手法が多く見られ,また,企業の
資金調達については,株式市場が極めて活況を呈していたことから,いわ
ゆるエクイティファイナンス等の新株発行による資金調達が容易に行える環
境にあり,当該新株の株式市場における価格については,当該企業の清算
価値とは連動することなく形成される傾向が強かった。
イ 上記のような種々の態様の融資方法や担保評価方法について,それらを
各特定の融資場面や特定の条件下に固定するまでの強固な会計上又は経
済上の原則や規範はなく,いわゆるバブル期の金融市場は,上記の手法が
混在し,あるいは同一時期に同一金融機関において併用されるなど,個々
の金融機関が特定の融資先との間においてどのような融資方法を選択す
るかは,まさに各金融機関の当該融資の目的や融資の性質に対する認識
にかかるものであって,例えば単発の融資であるか継続的融資であるか,
融資先と各金融機関との既往の関係はどのようなものであったか,今後の
関係をどのようなものとして想定するかといった要素又は事情に対応して様
々な対応があり得た。
ウ ところで,第1融資当時のカブトデコムの状況については,昭和60年に拓
銀の第1支店部が実施した調査及び昭和62年9月ころから行い,昭和63
年1月に控訴人Dに報告されたカブトデコムの昭和62年3月期決算を中心
とする調査の結果並びに平成2年2月13日開催の投融資会議に提出され
た法人部作成資料のほかには,当時としては見るべき資料はなく,上記各
調査結果及び法人部作成資料によれば,カブトデコム本体及び子会社等の
詳細な資産状況については精査未了であったが,カブトデコムの他行借入
れについて肩代わり融資を実行した昭和60年以降のカブトデコムの売上及
び経常利益の伸びは極めて好調で,売上(受注)額中に自社開発プロジェ
クトによるものが約75%を占めているものの,他社からの受注に増加傾向
が認められ,海外でのリゾート開発等を併せて業績の進展は十分に見込め
る状況にあった。また,上記資料には,カブトデコムの平成2年3月期の売
上高は418億円,経常利益は71億円,純利益は33億円であったところ,
平成3年3月期の収支として,売上高700億円,経常利益85億円,純利益
40億円を,平成4年3月期には,売上高1000億円,経常利益110億円,
純利益50億円を見込むことができ,平成元年3月に日本証券業協会に店
頭登録されたカブトデコムの当時の株価については,平成2年1月末日現
在で2万0500円と店頭銘柄の中で高値の位置にあって,その理由としてカ
ブトデコムの業績が好調であり,一株利益,株価収益率,純資産倍率といっ
た株価指標が優れており,とりわけ,無償余力が143割であり,無償期待
があることや株式安定化比率が約85%と高く,浮動株が少ない上にエイペ
ックス事業に対する拓銀全面支援の報道等大型プロジェクトへの期待があ
るといった状況報告及び見通しが示されていた。
  そして,拓銀の法人部としては,上記投融資会議に対し,カブトデコムにつ
いては,今後の金融環境の変化の中で,不動産事業の冷え込みも予想さ
れ,不動産投資の内容を十分に検討する必要があり,ワンマン経営,高成
長のために人材不足が窺えるなどの課題もあるものの,業績は,不動産ブ
ーム,建設業界の活況を背景に順調に拡大していること,札幌市内中心部
の土地を多く有しており,これらの活用により業績の一層の進展が見込め,
また,保有土地の値下がりは考えられないこと,新規増資により,調達コス
トが大幅に引き下げられ,財務構成が是正されること,拓銀は,カブトデコム
の圧倒的主力銀行として相談を受け,指導する立場にあることから,拓銀の
指導性を保持すれば,カブトデコムの業績悪化を回避することができるこ
と,カブトデコム社長(I)は,若手経営者の中でリーダーシップを発揮してお
り,同社を支援することで北海道内の若手経営者に対する拓銀のビジネス
チャンスが拡大することなどの理由から,第1融資等を採用したいとする意
見を上申した。
  なお,拓銀は,カブトデコムに対する授信額を昭和63年以降大幅に増加さ
せ,同年12月にはカブトデコムの社債引受先に対する20億5000万円の
支払保証をしたほか,平成元年3月にはカブトデコムに対するつなぎ資金2
0億円の融資を決定するなどして資金援助を行っていたが,さらに,同年10
月までに,エイペックス会員権販売が終了するまでのつなぎ資金207億円
の融資及びエイペックス会員に対する預託金返還請求権の保証(同保証に
ついては,平成2年12月,たくぎん保証が保証の主体となることとされた。)
を内定していた。
(3) 第1融資の骨子
  第1融資は,前述のとおり,拓銀が当時の金融環境の中で推進していた企業
育成路線(インキュベーター路線)の一環として実施されたもので,カブトデコ
ムに十分な自己資金を形成させるためのものであり,ひいては,カブトデコム
の育成のための重要な事業であって,拓銀が対外的に全面支援を公表し,具
体的な計画にも参画していたエイペックス事業計画を推進することにも繋がる
ものであった。そして,その方法として増資による方法を選択したものと認めら
れるところ,当時のカブトデコムの株価が急上昇中であったことやカブトデコム
が従来からの取引金融機関であった共同信用組合のほかには見るべき協力
金融機関を有していなかったことなどから第三者割当増資を選択し,割当先に
ついては,拓銀及び拓銀グループによる引受のほか,カブトグループの関連
会社,協力会社及び個人が引き受けることとし,拓銀は,引受先に対して,各
引受先が取得する株式代金及びこれに対する利息2年分を融資することとし
た。そして,第1融資の返済財源については,取得株式の売却代金をもって充
てさせることとし,保全策としては,各引受先の取得株式に対する担保権設定
及びIの保証予約によることとした。
  したがって,第1融資の保全は,全面的にカブトデコムの業績及び株価動向
に依存することになり(なお,Iの資産の大半がカブトデコムの株式であっ
た。),カブトデコムの業績が悪化して株価が下落した場合には担保もまた必
然的に減少するというリスクを抱えるものであった。なお,第1融資による拓銀
のメリットとしては,企業育成及びエイペックス事業の完成ということのほか
に,融資に伴ういわゆるスプレッド(口銭収入)が0.5%以上のものとして見込
まれていた(実際の融資におけるスプレッドは2.0ないし0.8125%であっ
た。)。また,第1融資及び第三者割当増資実行後の平成2年11月におけるカ
ブトデコムの保有現預金のうち,定期預金残高は360億円余であった(甲8
2)。
(4) 第1融資に関与した控訴人らの判断の相当性
ア 以上の事実及び事情を前提として,第1融資の相当性について検討する
に,第1融資は,総額250億円を超える規模のものであり,その融資額に
注目する限りにおいては,融資の必要性についてはもとより,融資の対象と
なる事業の収益可能性や保全方法等について,周到な調査検討とそれを
踏まえた保全対策等が講じられるべきであり,こうした観点から第1融資に
おける事前の調査検討や保全方法を見るならば,第1融資は,安全性が懸
念される融資であったから,控訴人らについては,第1融資についての調査
検討を統括するべき責任役員として,一般の融資案件におけると同等の注
意義務を十分に尽くしてはいなかったという余地がある。
イ しかし,上記のとおり,拓銀にとって第1融資の目的は,当時の金融環境
の中で推進していた企業育成路線(インキュベーター路線)の一環としてカ
ブトデコムを育成し,ひいては,カブトデコムにとって重要な事業であるだけ
でなく,拓銀自身が対外的に全面支援を公表し,具体的な計画にも参画し
ていたエイペックス事業計画を成功させるというところにあったことに鑑みる
と,第1融資は,拓銀にとって単なる一取引先企業に対する当該企業限りの
需要に基づく融資ではなく,自らが育成に着手した企業の資金の充実を図
るとともに,自らも計画に参画した事業を成功させるための融資としての性
格が強く認められる。
ウ そして,第1融資あるいはそれ以前の昭和60年ころから拓銀が選択した
企業育成路線については,これを違法又は不当であったと断じることはでき
ないのであり,それは当時の拓銀の経営を付託されていた取締役らの裁量
的判断に属するものであって,これを修正し,あるいは解任等の手段で弾
劾するのは,取締役会や株主総会及び各株主の権能ではあるものの,上
記取締役らに対し,商法254条ノ3及び266条1項5号に基づく債務不履行
責任としての損害賠償を求めるためには,上記路線の対象企業の選択や
育成方法の選択・実行過程における取締役としての不誠実な職務執行又
は注意義務違反が認められることを要するというべきである。
エ そこで,これまで認定した事実及び事情に基づいて,拓銀が育成対象企業
としてカブトデコムをその一つに選択したこと及び第1融資を新株発行の引
受先に対する融資という方法で実行し,その担保として各引受先の取得す
る株式を徴求するにとどまったことの相当性について判断するに,第1融資
は,当該融資そのものによる金利等の収益を目的とする通常の銀行融資と
はその性質を異にするもので,相当期間の長期にわたる融資先の育成及
びエイペックス事業の成就を見据えた拓銀としての将来における長期的な
営業戦略の一環としての性格が強く認められ,業務態様としては,拓銀にと
っての単純な貸付(融資)ではなく,また,もっぱら融資先の需要に基づいて
融資先の計算において実行された融資でもなく,拓銀にとっては,融資元本
の回収及び利息による収益を超える利益を目指したもの,あるいは,当該
融資先の営業拡大に伴うさらなる融資及び融資利益の拡大を目指した投資
的性格が色濃く認められるものであった。こうした投資的性格に鑑みるなら
ば,融資先に既存の物的かつ確実な担保提供を求めること自体が不可能
を強いるものであり,発展途上の企業を育成するという目的にそぐわないも
のとして不相当というべきである。
  もとより,何らの客観的な引当てや合理的な見込みもないままに多額の投
資(融資)を実行することは,銀行融資の健全性に反し,許されないものとい
うべきであるが,投資(融資)の引当てについて,必ず融資額に見合った強
固な物的担保(不動産・拘束性の預金等)を求めることは,少なくとも本件に
おける前記第1融資の性格に照らし,過大かつ不相当な要求であるという
べきであるし,第1融資当時の金融取引の実情として,資金需要者企業の
発行する新株を引当てとする融資の相当性も承認されていたと認められる
のであるから,第1融資がカブトデコムの新株を引当てとしたことを捉えて,
第1融資が不相当であったというべきではない。また,本件第1融資の相当
性を審理した前記平成2年2月13日開催の投融資会議は,拓銀の法人部
の報告で指摘されていた,カブトデコムの経営組織上の問題点やそれまで
の業務概要に見られるグループ内取引の重畳的計上といった問題点を踏
まえた上で,拓銀の指導による上記問題点の改善措置を伴わせるものとし
て第1融資を承認したものと認められるところ,そうした拓銀の指導による改
善措置の実効性については,拓銀のカブトデコムに対する融資額やメイイン
バンクとしての影響力及び第1融資によって拓銀が取得する株式数(拓銀
自身がカブトデコムの第1回第三者割当によって17万5000株の割当を受
けることによって,発行済み株式総数の4.99パーセントを保有することと
なっていた。)等に照らし,十分に期待できるものであったと認めることがで
きる。そして,上記投融資会議当時における不動産市況及び株式市況はい
ずれも活況を呈しており,カブトデコムの平成2年1月31日当時の株価が2
万0500円で(同年2月には2万9700円となり,出来高は45万株であっ
た。),株価に関する各種の指標も優れていたことや当時のカブトデコムの
主要事業であったエイペックス事業自体についての拓銀の参画状況等を併
せ考慮するならば,上記投融資会議において,第1融資には企業育成投資
に求められる客観的な引当てや合理的な見込みがあるものと判断したこと
については,相応の相当性を認めることができるというべきである。
  なお,前認定の事実によれば,上記投融資会議においては,主として拓銀
の法人部が作成提出した資料に基づいて,第1融資の相当性が審議された
ものと認められるところ,上記資料及び上記法人部の意見は,第1融資に
先立つ昭和60年の融資時における拓銀の第1支店部の調査結果や拓銀
の融資部事業調査室が昭和63年1月に報告した調査結果で指摘されてい
た問題点について,依然として同旨の指摘ができるものの,改善の見込み
があること及び育成の必要性があるというもので,同法人部の提出した資
料そのものが上記第1支店部及び融資部事業調査室の資料と整合しない
とか,連続性に欠けるものとは認められず,また,本件全証拠によっても,
同法人部の提出資料に同法人部の作為又は捏造による事項が記載されて
いたとは認められない。そして,上記投融資会議までに実行されていたカブ
トデコムへの融資状況やエイペックス事業の進捗状況に鑑みると,上記投
融資会議が,主として同法人部が提出した資料に基づいて,最終的に第1
融資の相当性を判断したことをもって,なお,資料が不足していたとか,さら
に客観的調査を指示する必要があったとまで断じることはできない。
オ 本件においては,以上の事実及び検討結果に加え,全証拠によっても,平
成2年2月13日開催の上記投融資会議に参加した控訴人らによる第1融資
を相当とした判断に,拓銀の取締役として尽くすべき注意義務違反があった
とは認められない。もっとも,結果からすると,第1融資に関わるほとんどの
債権が不良債権となり,拓銀がこの分の損害を受けたことは明らかである
が,これは,第1融資を了承した判断が誤っていたことによるものではなく,
主として,その後のバブル崩壊による土地下落という,当時においては予測
不可能な経済的要因に基づくものであり(当時予測不可能であったことは,
公知の事実である。),また,その後のカブトデコムやそのグループ企業の
業績を精査し,かつ,取得担保株の値動きを監視するなどして,第1融資の
取得担保が実効担保額を割り込んだ時点において,速やかに追加担保を
取得したり,債権回収を図るなどの対応を怠った当該担当役員の怠慢等に
起因するものというべきである。しかしながら,被控訴人は,この点につき,
何ら主張しない。
(5) したがって,平成2年2月13日開催の上記投融資会議に参加した控訴人ら
には,商法266条1項5号に基づく,第1融資による回収不能相当額について
の損害賠償責任はない。
7 争点(5)(第2融資に関与した取締役の責任の有無)について
(1) 第2融資の性質
ア 第1融資から第2融資に至る経緯に照らすと,第2融資は,客観的には,
既に資産状況が危殆に瀕したカブトデコムに対する融資であって,もはや投
資的融資としての合理性を失っていたと認めるのが相当である。
イ すなわち,前認定の事実経過によれば,第1融資の実行を決定した前記
平成2年2月13日開催の投融資会議後の同年4月からいわゆる総量規制
が実施され,同年11月ころから不動産市況が沈静化するようになったが,
拓銀は,平成2年10月に,組織改編を行い,カブトデコムを含む育成対象
企業に対する融資を担当する部門として,総合開発部を発足させて,それ
までの路線をさらに進め,カブトデコムに対する融資を継続したこと,それに
もかかわらず,エイペックス会員権の売れ行きは不振のまま推移し,カブト
デコムの不動産販売事業も不振で,平成3年3月期には現預金が前期と比
べて117億0300万円減少し,467億0900万円となり,途中で第三者割
当増資をしたものの,平成4年3月期にはさらに267億8400万円減少し,
199億2500万円となるなど,資産状況は悪化の一途を辿っていたこと,カ
ブトデコムの株価は,平成3年9月以降,大きく下降し始め,同年12月の終
値は,1万円台を割り9590円となったほか,平成3年12月に実施された日
銀考査では,拓銀のカブトグループに対する融資残高が1800億円と膨張
していることやカブトデコムの業績不振及びカブトデコムの資産不良化につ
いての懸念を指摘され,上記日銀考査の結果は,平成4年1月27日開催
の経営会議に報告されたこと,第1融資において担保に差し入れられてい
た株式は,同年2月までは融資額相当価格を保持していたが,同月以降
は,株式だけでは保全不足の状態に陥ったこと,同年3月23日開催の経営
会議では,総合開発部からカブトデコムが平成4年3月期に減収減益とな
り,同月末に予定されているカブトグループ会社とのバーター取引がなけれ
ば大幅な減収減益になること並びにカブトデコムの現状,平成4年度の資
金需要及び財務状況の見込み,その他のグループ会社の平成5年度の見
込み状況等について報告され,同年9月末までに行われたカブトデコムに
関する調査によって,エイペックス会員権は,販売不振が深刻なものである
ことや会員権売上334億3500万円のうち153億6200万円についてカブ
トデコムが流用していた事実が判明するとともに,この時期に及んではじめ
て作成されたカブトグループ6社の平成4年3月期の連結決算書によると,
6社連結の税引後最終損益は49億円の赤字となり,自己資本比率は,カブ
トデコム単体では35.9%であるが,6社連結では23.9%に低下し,平成
6年3月期予想貸借対照表上899億円の債務超過になる上,第1融資につ
いて大幅な保全不足となっている事態が明らかになったことがそれぞれ認
められるところ,少なくとも第1融資を断行し,あるいは,総量規制が行われ
た以降において,カブトデコムやその関連会社,協力会社の財務内容の実
態を明らかにすべきであるとの強固な指導方針が採られていれば,地道な
調査を継続することにより,同年3月ころまでには,上記実態の一端はかい
ま見ることができたはずであり,ひいては,上記9月までに明らかになった実
態に迫ることも容易であったと思われる。そして,少なくとも,第1融資の担
保となる株式の価格が低迷を続け,その回復が容易でないことは,平成3
年12月までの金融・株式・不動産の各市況から十分に予測しうることであっ
たし,カブトデコムの資金繰りについては,同年6月の第2回第三者割当増
資後も悪化の一途をたどり,同年10月末の手形決済資金65億円余の融
資をはじめとして,同年11月における納税資金及び運転資金149億円余
の融資を,さらには平成4年2,3月の手形決済資金210億円の融資を実
施せざるをえないほどの事態に直面していた(平成3年3月期の現預金保
有高は467億0900万円であったが,その後の同年6月における第2回第
三者割当増資を実施し,379億9400万円を調達したにもかかわらず,平
成4年3月期の現預金保有高は199億2500万円にまで落ち込んでい
た。)のであるから,平成4年3月23日及び同年4月3日開催の上記各経営
会議においては,カブトデコムの営業及び資産の状況について簡易な決算
報告で済ますことなく,より正確な実態を把握できる資料及び報告を求める
べきであったし,同年9月における上記調査結果の概要が同年3月又は4
月時点で明らかになっていたとすれば,その事態の深刻さに鑑み,拓銀とし
ては,後記第3融資におけると同様の最終的決断又は選択をすべきであっ
たというべきである。
(2) 第2融資に関与した控訴人らの判断の相当性
ア 以上によれば,上記各経営会議に参加した控訴人らにおいて,カブトデコ
ムの不動産販売の深刻な低迷等による株価の下落やエイペックス事業の
伸び悩み及び第1融資の担保割れの事態を認識し,あるいは,ことさらな調
査を要することなく容易に認識することができたのであるから,カブトデコム
が債務超過に陥ることが現実の問題となっていたことについても,これを認
識し,あるいは,容易に認識できたはずである。それなのに,上記控訴人ら
は,上記株価の低迷や第1融資の担保割れといった上記兆候を的確に認
識することなく,カブトデコムの営業継続を前提とした事業資金の融資を漫
然と継続したものと認められる。それは,もはや投資的融資を実施すべき前
提を欠く状況下におけるものであったから,事態の収拾を念頭に置きなが
ら,以後の融資については,それまでの融資とは異なった観点から相当性
や必要性が判断されるべきであったが,本件全証拠によっても,上記各経
営会議に参加した控訴人らにおいて,前記総合開発部が平成4年4月まで
に提出した資料以外の客観的資料を徴求し,あるいは自ら収集して,以後
の収拾策を検討していたと認めることはできない。
イ したがって,第2融資は,客観的には,既に資産状況が危殆に瀕したカブト
デコムに対する融資であって,もはや投資的融資としての合理性を失ってい
たにもかかわらず,融資そのものの相当性や必要性について,カブトデコム
の変調の上記兆候に基づいて改めて必要とされる客観的調査やそれに基
づく検討を経ることなく,第2融資の実施を了承した上記各経営会議に参加
した控訴人らには,取締役としての注意義務違反が認められる。
  もっとも,前記認定の事実によれば,前記平成4年3月23日開催の経営会
議においては,総合開発部に対するカブトグループの資産状況の把握やカ
ブトグループに対する管理体制の見直しを行うべきことが指示されていたこ
とが認められるのであるが,そうした指示の前提として当時懸念されていた
カブトデコムの株価の低迷や第1融資の担保割れといった事情は,それら
の原因及び解決方法についての客観的調査及びその結果についての検討
を待たずに判断を保留しうるような事情とは到底解されず,同年9月までに
行われたような調査を経ることなく,カブトデコムの事業継続を前提とした第
2融資の相当性を判断し,実施させたことは,やはり,取締役としての注意
義務に反するものであったし,こうした現実に危殆に瀕した企業に対して事
業資金を融資する場面における担当取締役にとって,融資の安全性確保を
措いても優先すべき裁量の領域を認めることは,後記第3融資について検
討するような場合を除いて,困難である。
  そうすると,この段階における拓銀のカブトデコムに対する融資は,従前の
事業継続資金としてはもはや相当性が認められず,また,以後の個々の融
資における安全性の確保という観点からは,カブトデコムの企業継続価値
を全く捨象し,徴求する担保についても,実効担保価値の確保を厳格に審
査すべきものであるところ,第2融資は,そもそも,カブトデコム及び関連会
社の企業継続価値になおも依拠していた点で,判断の前提において相当性
を欠いていたと認められるのみならず,実際に徴求された担保の実効担保
価格は,第2融資の額である540億円を大幅に下回る164億1200万円に
とどまるものであったから,第2融資を決定した上記各経営会議に参加した
控訴人らには,取締役としての注意義務違反が認められる。
  そして,第2融資によって,拓銀には300億円を超える回収不能債権が発
生したのであるから,第2融資によって,拓銀は同回収不能額相当の損害
を被ったものと認められる。
(3) 以上の検討結果によれば,上記各経営会議に参加した控訴人らには,取締
役としての注意義務違反が認められるところ,第2融資によって,拓銀には30
0億円を超える回収不能債権額相当の損害が発生したものと認められ,上記
控訴人らには,被控訴人に対し,上記損害の一部である20億円及びこれに
対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合に
よる遅延損害金を連帯して支払べき義務がある。
  なお,控訴人Gは,回収不能債権額相当の損害発生についての因果関係を
争うとともに,損害賠償債務の時効消滅を主張するが,控訴人Gを含む上記
各経営会議に参加した控訴人らには,取締役としての注意義務違反が認めら
れること及び第2融資によって,拓銀に300億円を超える回収不能債権額相
当の損害が発生したものと認められることは,前認定の事実から明らかである
し,商法266条1項5号に基づく損害賠償債務は,付属的商行為に基づく債務
ではなく,通常の債務不履行に基づく損害賠償債務と性質を同じくするもので
あって,その消滅時効期間は10年と解するのが相当であるから,控訴人Gの
上記主張は,いずれも採用しない。
8 争点(6)(第3融資に関与した取締役の責任の有無)について
(1) 第3融資の性質
ア 前記認定に係る第2融資以降の経緯に照らすと,第3融資は,客観的に
は,既に資産状況が危殆に瀕したカブトデコムに対する融資であったことが
明らかであるが,それは,それまでの拓銀のカブトデコム及びエイペックス
事業についての融資経過及び関与の深さに鑑みると,カブトデコムの即時
の倒産を回避して,従前からの拓銀の取引先企業等を含む関連倒産を防
止し,リーディングバンクを標榜する拓銀として北海道内の金融秩序を維持
するほか,その他の経済的混乱を回避するとともに,拓銀が全面的に支援
し,関与してきたエイペックス事業の独立と継続を図り,もって,拓銀の銀行
としての対外的信用を維持するという目的のもとに実施された融資として,
その相当性を肯定する余地があるというべきである。
イ すなわち,カブトデコムは,第2融資当時から既に倒産が危ぶまれる状況
にあったものと認められることは上記のとおりであるところ,第2融資にもか
かわらず,事態はさらに悪化し,前記平成4年9月までに実施された拓銀の
内部調査の結果,拓銀グループからカブトグループへの融資のうち,カブト
デコムと何らかの関係がある貸出額は,平成4年9月30日現在2597億円
で,同時点における拓銀からカブトデコム単体に対する総授信額は992億
1000万円となり,拓銀グループからカブトグループに対する融資2597億
円の保全は,時価ベースでも1940億円の保全不足になっていることが明
らかになり,カブトデコムの資金需要予測としては,平成5年3月までに651
億円,平成6年3月までに1625億円であるところ,平成4年9月中間決算
の予想貸借対照表を実査すると1300億円を優に超える不良債権が認め
られ,これのみを考慮しても債務超過状態にあると認識され,カブトデコム
の株価についても1株2500円にまで落ち込んでいた。
  ところで,このような事態に陥るまでの拓銀のカブトデコムに対する融資及
び支援の関係は,まさに拓銀がカブトデコムの育成者として関与してきたも
のであったのであるから,拓銀としては,直ちに育成を一切放棄した上で一
方的に自行債権の回収のみに徹すれば済むということはできず,また,エイ
ペックス事業についても,対外的に全面的な支援を公表した銀行として,然
るべき善後策を講じないままに支援を直ちに打ち切ることもためらわれるも
のであったということができる。さらに,拓銀のみならず,たくぎん保証等の
拓銀の関連会社によるカブトデコム及びそのグループ各社に対する融資そ
の他の授信状況もまた多額に及んでおり,カブトデコムと取引のある工事業
者の中には拓銀の取引先が多く含まれていたため,カブトデコムの支払停
止によって上記工事業者の連鎖倒産や拓銀の関連会社に深刻な影響を及
ぼすことをできる限り回避する必要があった。
ウ したがって,こうした必要性について配慮することなく,一切の融資を中止
し,自行債権の回収にのみ走ることは,北海道内に唯一の都市銀行として
存在していた拓銀として採用することが困難であったというべきであり,カブ
トデコムの即時の倒産を回避して,従前からの拓銀の取引先企業等を含む
関連倒産を防止し,北海道内における金融秩序を維持し,その他の経済的
混乱を回避するとともに,拓銀が全面的に支援し,関与してきたエイペック
ス事業の独立と継続を図り,もって,拓銀の銀行としての対外的信用を維持
することを目的として融資を追加継続したとしても,そうした融資継続の方策
を選択したことをもって,不合理な選択判断であったというのは相当ではな
い。
(2) 第3融資に関与した控訴人らの判断の相当性
ア 上記のとおり,カブトデコムの存続は不可能と判断せざるを得ない状況で
あることは明らかであったが,拓銀としては,それまでにエイペックス事業に
深く関与しており,これを完成させるべき社会的責任や道内リーディングバ
ンクとして,道内企業の連鎖倒産を避ける必要性(カブトデコムの平成5年3
月までの手形決済は,389億7700万円が予定されていた。)を無視するこ
とはできず,平成4年10月26日に開催された経営会議において,道内経
済混乱回避策及び拓銀のリスクウェイト軽減措置をとるためには数か月を
要するとの予測のもとに,その間におけるカブトデコムの倒産を回避するた
めの延命に最低限必要な資金を融資しながら,エイペックス事業のカブトデ
コムからの分離方策及びカブトデコムの破綻に備えた拓銀の負担軽減措置
をとることこととして,第3融資が決裁されたものと認められるところ,こうし
た選択は,拓銀とカブトデコム及びエイペックス事業とのそれまでの関わり
に照らして,必ずしも不合理とはいえず,また,拓銀にとって,エイペックス
事業をカブトデコムから分離させた上で完成させることにより,エイペックス
事業についての社会的責任を果たせるだけでなく,エイペックスを含む担保
物件の完成によってエイペックス関連融資の担保対象物件の価値が約41
7億円増加することが見込まれるなどエイペックス関連債権の不良債権化
が大幅に回避できるメリットもあったことに鑑みると,第3融資については,
その相当性を認めることができ,本件全証拠によっても,第3融資当時にお
ける事情として,第3融資以外の方法を必ず選択すべきであったとまで認め
る事情は見当たらない。
イ 被控訴人は,そもそも,第3融資は,存続が不可能な企業に対する回収見
込みのない追加融資であったから,追加融資を実行することの具体的な利
益等についての調査検討を尽くすべきであったし,第3融資によって拓銀が
被る負担等を凌駕するメリットについての確実な予測なしに実行された第3
融資には,合理性が認められないとか,第3融資の真の目的は,カブトデコ
ムの倒産によって,第1融資の仮装(迂回)融資的性質や拓銀が深く関与し
たエイペックス事業の失敗といった事実が明るみに出ることを先延ばしにし
て回避することにあったのであり,連鎖倒産による道内経済の混乱を避ける
という観点からすれば,拓銀自体がさらに多額の不良債権を抱えて経営に
破綻を来すことをこそ防ぐべきで,第3融資を道内経済の混乱回避というこ
とで正当化することはできない旨主張する。
  しかし,前記第3融資に至る経緯や経営会議に提出された資料等に照らす
と,第3融資が,拓銀の道義的責任や融資関連事業の失敗の露呈を先延
ばしにする目的で実施されたとは認められず,拓銀としては,関連倒産の回
避及びエイペックスの存続を真実の目的として第3融資を実施したと認める
のが相当である。また,被控訴人の主張のうち,道内経済の混乱回避等の
観点からすれば,拓銀自体の破綻こそ回避されるべきであった旨の主張に
ついては,平成9年11月の拓銀破綻という事実に照らし,首肯しうるものが
あるが,それは,第1融資以前からの拓銀の企業育成路線の採用や育成
先企業としてカブトデコムを選択したこと並びに第1ないし第3融資の実行
及び各融資の回収状況を事後的に評価した上でのものであって,第3融資
当時の客観的予測として,拓銀の破綻を現実に想定すべきであったとか,
そのためには,不良債権化したカブトデコムに対する債権の即時の回収の
みが必須の選択であったとか,エイペックス事業の存続にはメリットがない
ことが明らかであったとまではいえない。そして,平成4年9月になってはじ
めて明らかになったそれまでの第1融資及び第2融資の経緯並びにカブト
デコムの業績の推移等についての客観的事実に直面した当時の経営会議
参加役員としては,カブトデコムの存続が不可能となったことの認識及び採
りうる保全策についての検討を踏まえた上で,数か月のカブトデコムの延命
とその間における保全措置の進行及びエイペックス事業の存続を選択した
ことはやむを得ないものであったというべきである。
  もとより,危殆に瀕した企業に対する融資を実行するのであるから,採りう
る保全策を講じるべきことはもちろんであるが,拓銀の他の取引先企業の
関連倒産を防ぐことやエイペックス事業の存続を図ること及び拓銀としての
信用を維持することのメリットやデメリットを第3融資の額を基準として単純
にその回収額の有無や多寡によって評価するのは相当ではなく,第3融資
によって拓銀が目指した信用維持を含む経済的効果は第3融資の額を超え
るものがあったというべきである。このことは,エイペックス事業対象物件の
完成によって,拓銀の関連融資の担保による保全額が約417億円増加す
ることが見込まれていたことからも裏付けられ,こうした見込みの確実性を,
平成4年10月当時より後に発生した結果から帰納的に検討して弾劾する
のは相当ではない。
ウ なお,銀行の取締役としての判断要素を一律に決する客観的な基準はな
く,特定の処理方策の安全性や相当性については,各取締役の知識や経
験に基づく予測や判断の場面における裁量が認められるところ,その裁量
は,あくまでも,銀行の利益(公共性や公益性も含む。)をよりどころとして行
使されるべきものではあるが,対策を迫られている事項が,それまでに継続
してきた融資の失敗に起因するものであったとしても,その一事によって,
以後の対策における裁量の範囲が直ちに限定されるとまでいうことはでき
ないのであり,あくまでも,損失の拡大防止並びに損失の回復及び保全を
第1に検討すべきももあれば,臨時・暫定の次善の方策もまたやむを得ない
というべき事案もありうる。
  その際の各担当取締役の判断や予測について,その前提として常に精緻
な資料を求めることは,不能を強いることとなって,相当でない場合があると
いうべきである。
  これを本件についてみるに,前記平成4年10月の経営会議に参加した控
訴人らとしては,カブトデコムの即時の倒産を回避しながら善後策をとること
を選択し,また,エイペックス事業の存続を目指したのであるから,第3融資
の融資額自体の回収を最優先とするような審議・調査を行わなかったとして
も,そのことを捉えて,直ちに取締役としての注意義務違反があったという
べきではない。また,上記経営会議に提出された資料は,正確な調査を目
的として人選されたメンバーが,第2融資までの問題点やその後の経緯に
ついて,従前の資料とは異なる客観的相当性を認め得る調査を実施した調
査結果であり,かつ,危殆に瀕していたカブトデコムの当時の実情を反映し
ていたものと認められ,当時の段階で,上記資料を超える資料の追加や再
調査を求めるべき特段の事情は見当たらない。
エ 以上の事実及び検討結果に加え,本件においては,全証拠によっても,平
成4年10月26日開催の経営会議に参加した控訴人らによる第3融資を相
当とした判断に,拓銀の取締役として尽くすべき注意義務違反があったとは
認められない。もっとも,第3融資により,現在370億円余の債権が不良債
権となり,回収不能の状態となっているが,これは,上記第3融資のメリット
を取得する対価ともいうべきものであり,その損失はやむをえないものであ
る。そして,本来の責任は,第2融資を含む,総量規制実施以降の融資を漫
然と了承した担当役員や第1融資の回収を怠った担当役員に帰せられるべ
きものである。
(3) したがって,平成4年10月26日開催の上記経営会議に参加した控訴人ら
には,商法266条1項5号に基づく,第3融資による回収不能相当額について
の損害賠償責任はない。
9 まとめ
(1) 本件において,被控訴人は,銀行における融資の安全性確保等の観点か
ら,そもそも,カブトデコムについては,継続的かつ多額の融資を受ける適格
がなく,したがって,第2融資に合理性が認められないことはもちろんのこと,
第1融資自体が不相当であったとし,また,平成9年に拓銀が破綻したことに
照らすと,第3融資の時点では,何よりも拓銀自体の破綻回避を最優先にす
べきであった旨主張するが,昭和60年前後から平成4年ころまでにかけての
期間における経済状況及び金融環境については,現在の視点から様々な客
観的評価や分析が可能であるものの,当時の銀行実務において一般的に予
測されていた不動産・株式及び金融の各市況の推移とその後の現実の事態
の推移との間には乖離があったといわざるを得ず,また,個々の銀行実務担
当者間における,金融環境に対する見通しや金融市場における戦略のあり方
に対する見解の多様性についても,現在における許容度と当時における許容
度とには相当の開きがあると認めるのが相当である。
  上記のことは,客観的に危殆に瀕している企業に対して他に何らの手当て等
を施すことなく事業資金を融資することまでも許容されていたというものではな
い。しかし,他方で,銀行は自行の営利のみを追求するべきでなく,例えば,
継続的に支援してきた企業の倒産等に際しては,自行の有する債権の回収に
のみ走ることなく,倒産企業の従業員の保護や取引先企業の連鎖倒産の防
止及びその他の債権者との協調に必要な譲歩をすること等もまた社会的に期
待されているのである。したがって,融資先の債権回収に懸念が生じた場合
の対応として銀行が選択すべき方策としても,債権回収を何よりも優先すべき
ものからその他の社会的要請に重点を置いた上で,融資先の延命又はいわ
ゆる軟着陸を図るための融資を継続するなどの方策を採るべきことが社会的
にも求められ,かつ,相当性を認められるものがあることは否定できないところ
である。
(2) 第1融資については,当時の拓銀が,いわゆる企業育成路線を積極的に推
進していたことやリゾート開発事業に積極的に参画していったこと及び北海道
経済に占めていたリィーディングバングとして拓銀の役割や地位に鑑み,採り
うる一つの選択肢として首肯し得るものであった。また,育成先企業の選定段
階において,物的安定性ではなく将来性に重点を置いた選択をすることや融
資保全策として必ずしも清算的担保価値に重点を置かずに担保を徴求する手
法を採用したとしても,そのことを捉えて,拓銀の経営判断自体が誤っていた
と断じるのは相当ではない。そして,本件における第1融資について,それが,
安全性に大きな問題があったと事後的に評価されることはやむをえないとして
も,当時の選択としてもなお許されないものであったというほどに相当性を欠
いていたとまで判断するべき客観的事情は見当たらないというべきである。
(3) 第2融資については,当時のカブトデコムの状況及びエイペックス事業の進
捗状況並びに不動産・株式及び金融の各市況に照らし,もはやカブトデコムに
対する投資的融資を相当とするべき客観的事情は失われていたといわざるを
得ないから,この段階に至ってもなお従前の融資目的を見直すことなく融資を
継続したことの合理性を見出すことはできない。
(4) これに対し,第3融資は,それまでの拓銀のカブトデコム及びエイペックス事
業についての融資経過及び関与の深さに鑑み,カブトデコムの即時の倒産を
回避して,従前からの拓銀の取引先企業等を含む関連倒産を防止し,北海道
内における金融秩序を維持し,その他の経済的混乱を回避するとともに,拓
銀が全面的に支援し,関与してきたエイペックス事業の独立と継続を図り,も
って,拓銀の銀行としての対外的信用を維持するという目的のもとに実施され
た融資として,その相当性を肯定することができるというべきである。
10結論
よって,本件控訴中の控訴人Dの控訴のうち,原判決を取り消した上で本件を
東京地方裁判所に移送する旨の裁判を求める部分は,理由がないから棄却す
ることとし,同棄却部分を除く本件控訴に基づき,原判決を変更することとして,
主文のとおり判決する。
    札幌高等裁判所第2民事部
          裁判長裁判官   末   永      進
               裁判官   森       邦   明
               裁判官   杉   浦  徳   宏

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