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平成30年6月27日判決言渡
平成30年(ネ)第10014号損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成29年(ワ)第14909号)
口頭弁論終結日平成30年5月21日
判決
控訴人(一審原告)WDSC
同訴訟代理人弁護士渡辺実
被控訴人(一審被告)株式会社シーエム
同訴訟代理人弁護士石井琢磨
田中和慶
伏木壮太
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
用語の略称及び略称の意味は,本判決で付するもののほか,原判決に従う。
第1控訴の趣旨
1原判決のうち被控訴人に関する部分を取り消す。
2被控訴人は,控訴人に対し,180万円及びこれに対する平成29年5月2
5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の経緯等
(1)本件は,歯科医師らによる自主学習グループであり,「WDSC」の表示
を使用して歯科治療技術の勉強会を主催する活動等を行っている法人格なき社団で
ある控訴人が,被控訴人が企画,編集した本件雑誌中に掲載された本件各記事にお
いて「WDSC」の表示を一審被告A(以下,「一審被告A」という。)が自己の宣
伝広告に使用したことが不正競争防止法(以下,「不競法」という。)2条1項1号
の不正競争に当たると主張して,被控訴人及び一審被告Aに対し,不競法4条に基
づき,各自損害賠償金180万円及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達の
日の翌日)である平成29年5月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による遅延損害金の支払を求める事案である。
(2)原審は,「WDSC」の表示が,本件各記事の掲載時点において,需要者
である歯科治療を受けることを考えている者の間で広く認識されていたとは認めら
れないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
(3)控訴人は,原判決のうち被控訴人に関する部分を不服として控訴した。
2前提事実
本件の前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により
認められる事実)は,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1に記載のとおりであ
る。
3争点
本件の争点は,下記(1)及び(2)のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事
実及び理由」欄の第2の2に記載のとおりである。
(1)原判決4頁3行目を削除する。
(2)原判決4頁4行目に「(3)」とあるのを「(2)」と改める。
4争点に関する当事者の主張
本件の争点に関する当事者の主張は,下記(1)のとおり原判決を補正し,下記(2)
及び(3)のとおり当審における当事者の補充主張を加えるほかは,原判決「事実及
び理由」欄の第2の3に記載のとおりである。
(1)原判決の補正
ア原判決5頁14行目に「基礎付づける」とあるのを「基礎付ける」と改
める。
イ原判決6頁5行目及び6行目を削除する。
ウ原判決7頁26行目~9頁14行目を削除する。
エ原判決9頁15行目に「(4)」とあるのを「(3)」と,「(3)」とあるのを
「(2)」とそれぞれ改める。
オ原判決10頁2行目及び3行目を削除する。
(2)当審における控訴人の補充主張
ア本件は,それまで著名表示とは言い難かった控訴人を表示する「WDS
C」という表示が,初版発行予定部数を10万部とする全国誌である本件雑誌に,
控訴人の活動内容の紹介とともに掲載されて,予定発行部数が発行されたことによ
り,本件雑誌を購入した歯科治療を受けようとする読者に広く知られるに至ったと
ころ,このような「WDSC」との表示が周知となる過程に便乗して,自己が「W
DSC」の会員の歯科医師であると詐称して出所を誤解させることにより,「他人
の営業と混同させる行為」が行われた事案である。このように,「WDSC」との
表示が周知となる過程と混同行為が行われる過程は重複して存在していて,不即不
離の関係にあるが,このような態様は,店舗営業を中心とする地域立脚型経済か
ら,全国的な情報提供を手段とする全国情報展開型営業というべき業態への変化に
よって出現したものであり,原判決が援用する最高裁判所昭和63年7月19日判
決・民集42巻6号489頁(以下,「最高裁昭和63年判決」という。)が想定し
ていなかったものである。そして,不競法2条1項1号の「広く認識されているも
の」という文言は,本件のように,周知性獲得と混同行為とが同時に完成し,周知
性獲得の過程に便乗して混同行為を行う場合を含むものである。
イ原判決は,本件における需要者を歯科治療を受けることを考えている者
であると判断したが,本件における需要者は,本件雑誌の購入者である。原判決の
論理では,ある地域で飲食店を営む者が「○○食堂。美味しいのでおいで下さ
い。」との看板を掲げた場合,飲食店で飲食をしようとする者全員が需要者となる
と言っているに等しいから,周知性を有する表示を有する事業などほとんどこの世
に存在し得ないことになってしまう。
本件においては,本件雑誌を購読しない者が「WDSC」という表示に接するこ
とはないから,そのような者を需要者とする必要はない。
ウ原判決は,全歯科医師における控訴人の会員である歯科医師が占める割
合を周知性欠如の理由としているが,事業者の構成人員数とそれが用いる表示の周
知性とは直接の関係はない。本件においては,本件雑誌の購入者数こそが問題とさ
れるべきであり,10万部という発行部数は,周知性獲得に十分である。
(3)当審における被控訴人の補充主張
ア控訴人は,本件は,周知性獲得と混同行為とが同時に完成した場合であ
るなどと主張するが,最高裁昭和63年判決に反するものであり,失当である。
イ仮に本件雑誌(甲1)について周知性を基礎付ける事実として考慮した
としても,本件雑誌の発行部数及び販売部数が不明であること,原告の会員が63
人と小規模であり(甲1),歯科医師総数に占める会員数が0.06%程度である
こと(乙A1),本件雑誌以前の広告は平成26年雑誌くらいしかないこと(乙A
2),歯科医師である一審被告Aでさえ,同じ医院に勤める父親のBが控訴人の会
員であることを知らなかったこと(乙B28),控訴人の会員は,関東地方に偏在
しており,最も会員が多い県でさえ10人,会員が一人もいない都道府県が30も
あること(甲1)などから,全国規模での周知性は認められない。
ウ控訴人は,本件における需要者は,本件雑誌の購入者であると主張する
が,需要者を読者に限ると,発行部数の多寡は問題とならず,例えば10部しか販
売されない雑誌においても周知性が認められることになり,不合理である。不競法
2条1項1号の「需要者」には,現実の商品購入者(本件においては購読者)のみ
ならず,今後顧客となる可能性もある者等も含まれる。
エ控訴人は,事業者の構成人員数とそれが用いる表示の周知性とは直接の
関係はないなどと主張するが,本件における需要者は,全国の歯科治療を受けるこ
とを考えている者であるから,控訴人の規模は需要者に周知されているかどうかの
有力な判断材料の一つである。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,「WDSC」の表示が需要者の間に広く認識されているものとはい
えないから,原判決が控訴人の被控訴人に対する請求を棄却したことは正当であ
り,本件控訴は棄却すべきものと判断する。
その理由は,下記1のとおり原判決を補正し,下記2のとおり当審における控訴
人の補充主張に対する判断を示すほかは,原判決「事実及び理由」欄の第3に記載
のとおりである。
1原判決の補正
(1)原判決10頁7行目の「したこと(甲1),」の直後に「毎日新聞社が平成
25年3月に発行した「毎日ムック歯科最前線2013」(以下,「平成25年毎
日ムック」という。)において,控訴人の会長,副会長,広報の3名による座談会
(同誌132頁・133頁),控訴人の研修会(同誌134頁),控訴人の所属歯科
医院リスト(同誌135頁)に関する記事が合計4頁にわたり掲載されたこと(甲
5),」を加える。
(2)原判決10頁16行目~23行目を,次のとおり改める。
「控訴人は,日常歯科臨床における実技の習得を目的として定期的に講習会の開催
等を行っている,歯科医師らを会員とする法人格なき社団であり,会員の歯科医師
は,北は青森県から南は鹿児島県まで全国各地の歯科医院に所属する歯科医師であ
ること(甲1,3),本件雑誌は,「本気で探す頼りになるいい歯医者さん20
16」という題名の日本全国で販売される雑誌であって,表紙には「歯科治療の悩
み&不安を解消!」という記載があり,全国の歯科医院のリストが掲載されている
ほか,本件各記事が掲載されていること(甲1,2)からすると,本件における需
要者は,日本全国において歯科治療を受けることを考えている者といえる。控訴人
は,平成26年雑誌及び本件雑誌を購読した全国の読者が需要者である旨主張する
が,上記に照らし採用することができない。」
(3)原判決10頁24行目の「そこで,」の直後に「全国の」を加える。
(4)原判決11頁3行目の「表示が」の直後に「全国の歯科治療を受けること
を考えている者の間で」を加える。
(5)原判決11頁4行目~13行目を,次のとおり改める。
「本件雑誌が発行されるまでの間に,控訴人が全国誌に取り上げられるなどして
「WDSC」の表示が歯科治療を受けることを考えている者に対して広く使用され
たのは,平成25年毎日ムック及び平成26年雑誌において前記のとおりの記事が
掲載されたのみであり,平成25年毎日ムックの発行部数は明らかでなく,平成2
6年雑誌の発行予定部数も10万部に止まる。そうすると,平成25年毎日ムック
及び平成26年雑誌によって「WDSC」の表示に接した者は,本件における需要
者である全国の歯科治療を受けることを考えている者のうち,一部の限られた者に
すぎない。」
(6)原判決12頁2行目の「本件雑誌」から4行目の「照らせば,」までを,
「本件雑誌の発行予定部数が10万部に止まること(甲2)に照らすと,」と改め
る。
(7)原判決12頁12行目に「いたいか否か」とあるのを「いたか否か」と改
める。
(8)原判決12頁16行目の「である」の直後に「全国の」を加える。
2当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1)控訴人は,本件は,周知性獲得と混同行為とが同時に完成するものと主張
するが,不競法2条1項1号のいわゆる周知性要件は,同号が登録されていない標
章などの商品等表示を保護するものであることから,保護に値する一定の事実状態
を形成している場合にはじめて保護の対象とすることが適切であるという観点から
設けられているものである。したがって,前記1のとおり補正して引用する原判決
が説示するとおり,損害賠償請求である本件においては,控訴人が損害賠償請求の
対象とされている「WDSC」の表示の使用をした時点である本件各記事を掲載し
た本件雑誌の発行時において,周知性を備えていることを要すると解すべきであ
る。そうすると,本件雑誌の発行後に,需要者が本件雑誌を閲覧して「WDSC」
の表示に接することは,本件における「WDSC」の表示の周知性を基礎付ける事
実として考慮することはできない。
仮に本件雑誌を「WDSC」の表示の周知性を基礎付ける事実として考慮したと
しても,「WDSC」の表示が全国の歯科治療を受けることを考えている者の間で
広く認識されていたとは認められないことは,前記1のとおり補正して引用する原
判決が説示するとおりである。
(2)控訴人は,本件における需要者は,本件雑誌の購入者であると主張する
が,前記1のとおり補正して引用する原判決が説示するとおり,本件における需要
者は,全国の歯科治療を受けることを考えている者である。控訴人は,ある地域で
飲食店を営む者が「○○食堂。美味しいのでおいで下さい。」との看板を掲げた場
合に不都合な結論となるとも主張するが,前記1のとおり補正して引用する原判決
が説示するとおり,本件における周知性は全国の需要者の間に広く認識されている
か否かを基準とすべきものであり,控訴人の引用する,特定の地域において周知性
を備えたかどうかを判断すべき事案とは異なるものである。
(3)その他,控訴人の主張するところによっても「WDSC」の表示が需要者
の間に広く認識されているものとはいえないとの結論を左右するものではないこと
は,既に判示したところから明らかである。
第4結論
以上によると,控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した原判決は相当であっ
て,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決す
る。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森義之
裁判官
森岡礼子
裁判官
古庄研

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