弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決を次のとおり変更する。
第1審判決を次のとおり変更する。
(1)被上告人は,上告人に対し,1万円を支払え。
(2)上告人のその余の請求を棄却する。
2訴訟の総費用は,これを10分し,その1を被上告
人の負担とし,その余を上告人の負担とする。
理由
第1上告人の上告理由のうち監獄法46条2項の違憲をいう部分について
表現の自由を保障した憲法21条の規定の趣旨,目的にかんがみると,受刑者の
その親族でない者との間の信書の発受は,受刑者の性向,行状,監獄内の管理,保
安の状況,当該信書の内容その他の具体的事情の下で,これを許すことにより,監
獄内の規律及び秩序の維持,受刑者の身柄の確保,受刑者の改善,更生の点におい
て放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があると認められる
場合に限って,これを制限することが許されるものというべきであり,その場合に
おいても,その制限の程度は,上記の障害の発生防止のために必要かつ合理的な範
囲にとどまるべきものと解するのが相当である。そうすると,監獄法46条2項
は,その文言上は,特に必要があると認められる場合に限って上記信書の発受を許
すものとしているようにみられるけれども,上記信書の発受の必要性は広く認めら
れ,上記要件及び範囲でのみその制限が許されることを定めたものと解するのが相
当であり,したがって,同項が憲法21条,14条1項に違反するものでないこと
は,当裁判所の判例(最高裁昭和40年(オ)第1425号同45年9月16日大
法廷判決・民集24巻10号1410頁,最高裁昭和52年(オ)第927号同5
8年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁)の趣旨に徴して明らかであ
る。論旨は採用することができない。
第2その余の上告理由について
論旨は,違憲及び理由の食違いをいうが,その実質は事実誤認若しくは単なる法
令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項
に規定する事由のいずれにも該当しない。
第3上告人の上告受理申立て理由のうち新聞社への手紙の発信不許可の違法を
いう部分について
1原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)上告人は,昭和61年7月,東京地方裁判所において,現住建造物等放火
等の罪で懲役18年の判決を受け,平成元年7月,最高裁判所が上告を棄却したこ
とにより同判決が確定し,これに基づき,同年10月5日,熊本刑務所に収容さ
れ,同日以降,同刑務所で服役していた者である。
(2)上告人は,平成11年6月17日及び同月21日,参議院議員A及び衆議
院議員Bあてに,「受刑者処遇の在り方の改善のための獄中からの請願書」(以下
「本件請願書」という。)を送付し,また,同年10月4日付けで熊本地方検察庁
あてに熊本刑務所職員等についての告訴告発状(以下「本件告訴告発状」とい
う。)を送付した。
(3)上告人は,平成11年10月13日,本件請願書及び本件告訴告発状の内
容についての取材,調査及び報道を求める旨の内容を記載したC新聞社あての手紙
(以下「本件信書」という。)の発信の許可を熊本刑務所長に求めた。
(4)熊本刑務所長は,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は特に必
要があると認められる場合に限って許されるべきものであると解した上で,本件信
書の発信については,権利救済又は不服申立て等のためのものであるとは認められ
ず,その必要性も認められないと判断して,これを不許可とし,上告人に対し,平
成11年10月15日,その旨を告知した。
2本件は,上告人が,被上告人に対し,熊本刑務所長が違法に本件信書の発信
を不許可としたことによって精神的苦痛を被ったとして,国家賠償法1条1項に基
づき,慰謝料を請求する事案である。
3原審は,上記の事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の請求
を棄却すべきものとした。
上告人は,本件信書の発信の許可を求める前に,国会議員に対して本件請願書を
送付し,また,検察庁に対して本件告訴告発状を送付しており,しかも,本件信書
には,刑務所の実情を明らかにして処遇の在り方の改善を図るという上告人独自の
信念に基づき,本件請願書や本件告訴告発状の取材,調査及び報道を求める旨の内
容が記載されているが,本件信書の発信が上告人の権利救済又は教化改善のために
特に必要であるとは認められず,他に特別の必要を認めるべき証拠もないのである
から,熊本刑務所長が本件信書の発信を不許可としたことに違法があるということ
はできない。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
監獄法46条2項の解釈上,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は,
その必要性が広く認められ,前記第1の要件及び範囲でのみその制限が許されると
解されるところ,前記事実関係によれば,熊本刑務所長は,受刑者のその親族でな
い者との間の信書の発受は特に必要があると認められる場合に限って許されるべき
ものであると解した上で,本件信書の発信については,権利救済又は不服申立て等
のためのものであるとは認められず,その必要性も認められないと判断して,これ
を不許可としたというのであるから,同刑務所長が,上告人の性向,行状,熊本刑
務所内の管理,保安の状況,本件信書の内容その他の具体的事情の下で,上告人の
本件信書の発信を許すことにより,同刑務所内の規律及び秩序の維持,上告人を含
めた受刑者の身柄の確保,上告人を含めた受刑者の改善,更生の点において放置す
ることのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があるかどうかについて考慮
しないで,本件信書の発信を不許可としたことは明らかというべきである。しか
も,前記事実関係によれば,本件信書は,国会議員に対して送付済みの本件請願書
等の取材,調査及び報道を求める旨の内容を記載したC新聞社あてのものであった
というのであるから,本件信書の発信を許すことによって熊本刑務所内に上記の障
害が生ずる相当のがい然性があるということができないことも明らかというべきで
ある。そうすると,熊本刑務所長の本件信書の発信の不許可は,裁量権の範囲を逸
脱し,又は裁量権を濫用したものとして監獄法46条2項の規定の適用上違法であ
るのみならず,国家賠償法1条1項の規定の適用上も違法というべきである。これ
と異なる原審の判断には,監獄法46条2項及び国家賠償法1条1項の解釈適用を
誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。これと同
旨をいう論旨は理由がある。
そして,熊本刑務所長は,前記のとおり,本件信書の発信によって生ずる障害の
有無を何ら考慮することなく本件信書の発信を不許可としたのであるから,熊本刑
務所長に過失があることも明らかというべきである。
そこで,上告人の被った精神的苦痛の程度について検討するに,本件信書の内容
等の前記事実関係に照らし,慰謝料は1万円とするのが相当である。
第4結論
以上によれば,本件請求は,上記の限度で理由があるから認容し,その余は棄却
すべきであるから,原判決を主文第1項のとおり変更する。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官泉徳治裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官
島田仁郎裁判官才口千晴)

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