弁護士法人ITJ法律事務所

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          主    文   
 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 請求
   被告は原告に対し,5851万9846円及びこれに対する平成11年7月25日か
ら支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   原告は被告の発行する新聞を販売する販売店であったが,本件は,被告が原
告の注文した部数以上に新聞を送付する「押し紙」によって,原告が損害を受けた
として,不法行為に基づく損害賠償を請求している事件である。
 1 当事者間に争いがない事実
   原告の父であるAは被告(当時の商号は株式会社岐阜日日新聞社)との間で,
昭和33年ころ,一定地域内において専属的に被告の発行する新聞を販売する新
聞販売店契約を締結した。原告は,Aの死亡後,昭和60年4月1日,従前の契約
を引き継ぐ形で,被告と新聞販売店契約を締結し,これ以来,原告は,「B販売所」
という名称で,被告から被告発行の新聞を購入し,これを戸別配達の方法で販売し
てきた。
   ところが,原告は,平成9年4月ころからアルコール中毒及び精神病により入退
院を繰り返すようになり,その間,新聞販売店の経営は,原告の妻C(以下「C」とい
う。)が行った。しかし,購読者の一部から新聞の不配,遅配,雨天時の新聞の濡
れ,集金の誤り等の苦情があり,Cは,被告の担当者に対して原告とCとの間の長
男や次男に販売店を引き継がせる話をしたが,平成11年4月,Cが原告の後継者
となることを話した。販売店の引継ぎを検討している最中の同年3月24日ころ,原
告は被告の取締役Dに対して電話をかけ,「アダルトの裏ビデオをあげるから,紙
を切ってくれ。」と申し入れた。
   被告は原告に対し,平成11年6月10日付けで前記新聞販売店契約を解除する
旨を通知した。
 2 原告の主張
   原告は被告に対し,前月分の実績に予備紙分として一定率(例えば,3パーセン
ト)を加えた部数しか注文していないにもかかわらず,被告は,その優越的地位を
利用して,注文した部数(以下「注文部数」という。)を超えて納品する「押し紙」を行
った。これにより,原告は,注文部数を超える新聞の対価として支払った新聞の代
金相当額の財産的損害(別紙岐阜新聞割当購入一覧表)を被った。
   よって,原告は被告に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,これまでの
損害の合計5851万9846円及びこれに対する平成11年7月25日から支払済み
まで年6分の割合による金員の支払いを求める。
 3 被告の主張
   被告が原告に対し,「押し紙」をしたことはない。また,被告は,平成11年3月24
日に原告からの電話があるまで,原告の注文部数は原告の意思に基づくものと考
えており,「押し紙」の認識を有していない。
   原告が実販売部数に予備紙分を加えた部数を超える部数を故意に注文すること
によって利益を上げる「積み紙」を行っていたと考えられる。販売店が受け取る折
込広告料は,原告の被告に対する注文部数の実績によって多寡が定まり,被告か
ら原告に対して支払われる奨励金は,注文部数が一定の値(基数)を超えると支給
され,又は増額される関係にあるから,「積み紙」をすれば,被告に対して支払う代
金は高くなっても,折込広告料及び奨励金が高くなり,配達をしないため配達の費
用が安くなり,かえってそのことによって原告が利得する場合があるからである。
 4 争点
   被告の原告に対する「押し紙」が行われ,不法行為に基づく損害賠償請求が認
められるか否か。
第3 判断
 1 本件の訴えは,当初,原告が被告の新聞販売店としての地位を有することの確
認及び「押し紙」に対して支払った代金を不当利得であるとして返還を求める請求
を請求の趣旨として提起された(顕著な事実)。原告は,本件の訴えに先立ち,新
聞販売店としての地位保全,新聞の供給(引渡断行),原告による新聞販売店の
営業の妨害禁止を求めて,仮処分命令の申立て(乙第1号証)も行ったが,これが
却下された(乙第3号証)ため,即時抗告を申し立て(甲第72号証),抗告審におい
て和解が成立した(乙第4号証)。この和解においては,平成11年6月10日付けで
原告と被告との間の新聞販売店契約が解除されたことを確認し,この契約に付随
して差し入れられた預託金を被告は原告に返還し,被告は原告に対し解決金を支
払い,本件の訴えに係る請求のうち,原告が被告の新聞販売店としての地位を有
することの確認請求は取り下げられた。そのため,本件訴訟においては,原告の不
当利得返還請求について証人尋問や本人尋問を行ってきた。ところが,最後に実
施した原告本人尋問において,「押し紙」に対して注文部数を超える分に相当する
代金額を,原告が注文部数を超過していることを知りつつ被告に支払っていたと明
確に供述したため,民法第705条があることから,原告のそれまでの不当利得返
還の主張は総崩れとなり,原告は,急遽不法行為による損害賠償の主張に改めた
(顕著な事実)。
 2 戸別配達の方法による新聞の販売を行う原告は,被告との間で新聞販売店契約
を締結しているが,新聞販売店は,いわゆるテリトリー制であり,一定の地域内に
同一の新聞を販売する販売店が競合しないようにされている(甲第2号証,乙第1
3号証)。原告は購読者に配達して販売する新聞を被告から継続的に購入するが,
注文部数は販売店が被告に連絡し,注文部数を増加するときは,月末の26日ころ
までに電話でその旨を被告に連絡し,減少するときは,翌月5日までに電話で連絡
することになっていた(争いがない。)。被告は,販売店から部数の増減の連絡がな
い限り,従前の部数を供給するが,販売店への請求書には,「貴店が新聞部数を
注文する際は,購買部数(有代)に規定の予備紙等(有代)を加えたものを超えて
注文しないでください。本社は,貴店の注文部数を超えて新聞を供給することはい
たしません。また,貴店において本社の請求部数に疑義のある場合は,書面をもっ
て翌月定数日までに本社に申し出てください。」との注意書きがある(乙第8号証)。
 3 原告は,被告による「押し紙」があったと主張する。原告の主張する「押し紙」と
は,販売店の注文部数を超えて被告が新聞を供給することをいうが,「押し紙」が
不公正な取引方法として問題となるのは,被告が優越的地位を利用して,販売店
の注文部数を超えて新聞を供給し,かつ,それに相当する代金を請求するからで
あると解される。そこで,原告の注文部数及び被告が販売店への代金請求の内訳
として掲げた部数との差が問題となる。
   販売店の注文部数とは,原告が実際に注文した部数のことであり,前記のよう
に,購読者数に増減があれば,月ごとに変動するはずである。ところが,原告本人
尋問の結果によれば,このような変動があっても月ごとの注文部数の増減の連絡
をしないことが多かったことが認められ,甲第3号証から第60号証まで(各枝番を
含む。)の請求明細の部数に月ごとの変動がほとんど見られないことからも,原告
は,購読者の変動に応じて注文部数を管理し,これを前記の方法で被告に告知す
ることを怠っていたことが認められる。もし,原告が注文部数の増減を被告に告知
したにもかかわらず,被告が応じなかったのであれば,その段階で両者の紛争が
表面化したはずであるが,そのような事実は認められない。
   ところで,甲第3号証から第60号証まで(各枝番を含む。)によれば,被告が販
売店への代金請求の内訳として掲げた朝刊の部数につき下記の変動が認められ
る。
          記
  平成6年11月 1370部から1440部へ増加し,平成7年10月まで続く。
  平成7年11月 1440部から1490部へ増加し,平成9年10月まで続く。
  平成9年11月 1490部から1580部へ増加し,平成10年10月まで続く。
  平成10年11月 1580部から1590部へ増加し,平成11年4月まで続く。
   前記認定のとおり,原告は注文部数の管理に無頓着であったから,原告から部
数の増加を申し出ることはないと推認され,上記の変動は,その時期が甲第76号
証と符合し,被告が部数を増加させたものと推認される。また,上記の部数は,被
告が新聞を供給し,かつ,それに相当する代金を請求したときの部数である。
 4 被告の側で一方的に部数を増加させることのみで「押し紙」に当たるとすれば,
前記3の変動も「押し紙」に該当することになるが,これが直ちに原告に対する不法
行為となるわけではない。被告による一方的な供給部数の増加があったとしても,
事前又は事後にそのことを認識・認容して受領したときは,承諾がある以上,違法
性がなく,原告に対する不法行為とはならない。
   原告本人尋問の結果によれば,原告は,注文部数を上回る部数が被告から供
給されたことを認識しながら異議を述べず,被告の請求どおりに代金を支払ってい
たことが認められる。
   原告は,甲第63号証を提出して,押し紙等の違反行為があった場合において,
販売店が支部新聞公正取引協議会に緊急停止命令その他の措置を講ずるよう求
めることができることを立証しているが,原告がこのような措置を求めたと認めるに
足りる証拠はない(乙第20号証)。また,原告は,「押し紙」が不公正な取引方法に
該当すると主張しておきながら,本件の訴え提起直前になって,公正取引委員会
の地方事務所に口頭で説明をしたに過ぎず,私的独占の禁止及び公正取引の確
保に関する法律第45条第3項の書面による報告をしていない。
   原告は,被告が優越的地位にあることから,報復を恐れて,「押し紙」についても
代金を支払わざるを得なかったと主張する。新聞販売業においては,購読者が新
聞の記事内容の良し悪しによって新聞を選別することが行われにくく,他と差別化
することのできる高い質を持った商品によって競争するのではなく,テリトリー内に
おける限られた顧客を他社と争奪し合うため,成長性の乏しい分野における過当
競争となり,景品,値引き,新聞社と販売店の関係をめぐって多くの問題が発生し
てきた(甲第63号証)。そのため,販売店と新聞社との関係も,原告が認識するよ
うな封建的なものとなりがちなことは理解することができる。
   しかし,新聞販売店の中には,売買契約の一当事者としての自覚を持ち,注文
部数を超えていることを指摘し,正常な取引に戻したところもある(証人Eの証言)
し,代金を支払ってしまってからでは,部数について異議を述べることはできないと
考えている者もある(乙第22号証)。
   乙第21号証,第23号証及び第35号証によれば,販売店が受け取る折込広告
料は,原告の被告に対する注文部数の実績によって多寡が定まることが認めら
れ,たとえ「押し紙」があったとしても,販売店に利益が出ることがあることが認めら
れる。また,乙第14号証及び第17号証によれば,被告から原告に対して支払わ
れる奨励金は,部数が一定の値(基数)を超えると支給され,又は増額される関係
にあることが認められる。
   原告が売買契約の当事者として,「押し紙」相当の代金の支払いの拒絶や「押し
紙」相当の新聞の受領拒絶等の行動に出ず,「押し紙」と知りながら代金を支払っ
たのは,折込広告料や奨励金等の事情も考慮した上で,利害得失について自ら決
断して行ったことであって,その決断については,原告が自己責任を負わなければ
ならない。本件において,原告は,注文部数を上回る部数が被告から供給されたこ
とを認識しながら異議を述べず,被告の請求どおりに代金を支払っていたのである
から,被告の行為は不法行為とはならない。たとえ,原告が決断の過程において,
被告の「押し紙」に不満を持ったとしても,内心の不満に止まる場合には,不法行
為を構成せず,未だ紛争の成熟性が認められないから,司法判断に適合しない。
 5よって,原告の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟
法第61条を適用して,主文のとおり判決する。
 
岐阜地方裁判所民事第2部
 裁判官      古   閑   裕   二

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