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       主   文
一 原告が被告に対し昭和四四年一〇月七日付譴責処分の付着しない労働契約上の
権利を有することを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
〔請求の趣旨〕
 主文と同旨
〔請求の趣旨に対する答弁〕
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
〔請求原因〕
一 被告は、自動車、鉄道車両、航空機等ならびにその部品の製造、修理および販
売を主たる業とする株式会社である。原告は、昭和四一年四月一日被告会社に雇用
され、現在産機部業務課に勤務している。
二 被告は、原告に就業規則第七〇条第一号、第九号の該当する行為があつたとし
て、昭和四四年一〇月七日原告を譴責処分(以下「本件処分」ともいう。)に付し
た。
 しかし、本件処分は、なんら処分事由がないのになされたものであるから無効で
ある。
三 確認の利益
1 被告においては、年二回、夏と冬に賞与が支給されるが、賞与の中には被告が
査定する勤務成績に応じて一定の基準により支給される部分(成績配分)が含まれ
ている。その基準によれば、原告は、昭和四四年冬の賞与支給の際、成績配分とし
てその勤務成績に応じて等級3・A四、〇〇〇円、B三、三〇〇円、C二、五〇〇
円のいずれかの支給を受けられるはずであつた。しかるに、原告は、同年冬の賞与
支給の際、本件譴責処分を受けたことが理由となつて成績配分の支給を全く受けら
れなかつたし、現在までその支払を受けていない。
2 そのほか、原告は、今後においても本件処分を受けたことによつて昇給、昇格
および賞与の支給等について不当な差別扱いを受けるおそれがあり、また、職制か
ら監視されるなど事業上および精神上きわめて大きい不利益を受けられることにな
る。
3 被告の従業員就業規則(以下「就業規則」という。)には、次のとおりの定め
がある。
第六九条 懲戒は譴責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の四種とする。
一 譴責 始末書を提出せしめ将来を戒める。
(二は省略)
三 出勤停止 始末書を提出せしめ一〇日以内出勤を停止する。
四 懲戒解雇 予告期間を設けず即時解雇する。
(第二項は省略)
第七一条 従業員が次の各号の一に該当するときは出勤停止又は懲戒解雇に処す
る。
(一ないし一〇は省略)
一一 懲戒を受け尚改悛の見込のないとき
(一二、一三は省略)
 右各規定によれば、原告は、本件処分を受けたことによつて始末書を提出すべき
義務を負い、その意に反しても始末書の提出を強制されることになるし、本件処分
を不当として争うときは、懲戒を受けなお改悛の見込みのないときとして出勤停止
または懲戒解雇の処分を受けるおそれがある。
四 よつて、原告が被告に対し昭和四四年一〇月七日付譴責処分の付着しない労働
契約上の権利を有することの確認を求める。
〔本案前の抗弁〕
一 本件訴えは、実質的には本件処分の無効の確認を求めるものであつて、権利ま
たは法律関係に属しない単なる過去の事実行為の無効について確認を求めるもので
ある。また、本件処分の有効、無効は、原告の現在における法律的地位の安定との
間になんら関連がない。
 したがつて、いずれの点からしても、本件訴えは不適法である。
二 苦情処理手続の存在
1 被告と原告の所属する富士重工業労働組合(以下「組合」という。)とは、人
事上の取扱い等に関する組合員の苦情を迅速、公正に処理するため、労働協約によ
つて二審制の苦情処理手続を設けており(労働協約書第二八条ないし第三五条)、
組合員の苦情は、この手続によつて解決がはかられる。第一審たる事業所苦情処理
委員会は事業所ごとに設置し、被告および組合を代表する各五名以内の委員で、第
二審たる中央苦情処理委員会は被告および組合を代表する各六名以内の委員で、そ
れぞれ構成される(同第三一条、第三二条)。そして、苦情申立ての当事者双方
は、事業所苦情処理委員会の裁定について中央苦情処理委員会に対し苦情申立てを
する場合を除き、右各委員会の裁定に拘束されるのである(同第三四条第二項、第
三五条第三項)。
2 原告は、昭和四四年一〇月二〇日、事業所苦情処理委員会の一つである本社苦
情処理委員会に対し本件処分の撤回を求める旨の苦情申立てをしたが、同月二八
日、右委員会から申立てを棄却する旨の裁定を受けた。そこで、原告は、この裁定
を不服として、さらに同年一一月二日、中央苦情処理委員会に対し右同様の苦情申
立てをしたが、同月二七日、右委員会からも申立てを棄却する旨の裁定を受けた。
3 苦情処理手続は、第三者機関による法律上一種の仲裁手続と解すべきものであ
るから、この手続により処理されて結論を見た事案は、法律上最終的に解決ずみと
なり、当事者は、仲裁判断の効果と同様、たとえ裁判によつてもその結論を争うこ
とはできない。
 本件訴えは、前記のとおり苦情処理手続により処理された事案の結論を争うもの
であるから、権利保護の利益がなく不適法である。
〔請求原因に対する答弁〕
第一項の事実を認める。
第二項の事実中、第一段を認める。第二段を否認する。
 第三項の事実中、1を認める。被告と従業員との間には、従業員が譴責等の懲戒
処分を受けたときは、その処分後最初になされる賞与の支給に限り成績配分の支給
をしないという事実たる労働慣行があり、被告および従業員は、この労働慣行によ
るべき意思を有する。原告が昭和四四年冬の賞与支給の際に成績配分の支給を受け
られなかつたのは、右労働慣行に基づくものである。2を否認する。3の第一段を
認める。3の第二段のうち、原告が本件処分を受けたことによつて始末書を提出す
べき義務を負うことを認めるが、その余を否認する。
〔本案前の抗弁に対する答弁〕
第二項の事実中、1および2を認める。3を否認する。
 苦情処理手続は、組合員の苦情を労使間で可能な限り自主的に解決するため、労
使双方の利益代表(被告についていえば、被告を代表する苦情処理委員は、人事部
長、a副部長、人事課長、研修課長および人事課々員であつて、組合員が苦情をも
つに至つた処分を行なつた被告の管理責任者である。)が協議をつくす労使間の交
渉の一形態である。この手続は、第三者機関による法律上一種の仲裁手続と解すべ
きものではない。かりに苦情申立ての当事者双方が被告主張のような意味において
事業所苦情処理委員会および中央苦情処理委員会の裁定に拘束されるものとすれ
ば、労働協約のそのような規定は公序良俗に反し、憲法第三二条に違反する。この
規定がなお有効であると考えられるとすれば、それは被告と組合とが労働協約を締
結した目的にそつて裁定を争わないという債務的効力を有するにすぎないのであ
る。
〔抗弁〕
一 被告会社電話交換手の訴外bは、昭和四四年七月下旬ごろ、自己の就業時間
中、その勤務場所である新宿ビル内の電話交換室で、就業中の従業員に対し、原水
爆禁止の署名を求め、さらに同年八月上旬ごろ、自己の就業時間中、スバルビル内
の被告会社電話交換室で、就業中の従業員に対し、原水爆禁止運動の資金調達のた
めに販売するハンカチの材料を渡してその作成を依頼するとともに、原水爆禁止の
署名を求めた。
 また、被告会社経理部財務課勤務の訴外cは、同年八月二〇日ごろ、自己の就業
時間中、上司に無断でその職場を離れて事務管理部へ行き、就業中の従業員に対
し、前記趣旨のハンカチを販売した。
右両名の行為は、就業規則第一八条第三号、第五号、第九号、第二三条に違反し、
第七〇条第四号、第六号に該当する。
就業規則の右各規定は、次のとおりである。
第一八条 従業員は秩序を維持し業務の運行を円滑にするため次の事項を守らなけ
ればならない。
(一、二は省略)
三 職場の秩序、風紀を乱す行為をしないこと
(四は省略)
五 他人の業務を故意に妨害しないこと
(六ないし八は省略)
九 勤務中上長に無断で職場を離れないこと
(一〇、一一は省略)
第二三条 従業員は会社構内において会社の業務に関係のない集会、演説、放送、
掲示、貼紙その他これに類する行為をするときはあらかじめ会社に届出て許可を受
けなければならない。
第七〇条 従業員が次の各号の一に該当するときは譴責又は減給に処する。
(一ないし三は省略)
四 社内の風紀秩序をみだし又は従業員の体面を汚すような行為をしたとき
(五は省略)
六 労働時間中みだりに職場をはなれ又は著しく自己の職責を怠る等怠慢の行為が
あつたとき
(七ないし九は省略)
二 被告は、同年八月二〇日ごろに右両名の行為を知つたので、その行為の範囲、
外延がどこまで広がつているか等事実関係を明確に把握し、規律保持の見地から懲
戒処分の要否、程度等を判断するため、予備調査を行なつたうえ、人事部員三、四
名をもつて、同月二二日、右行為に関連したり、または目撃したと思われる従業員
九名(訴外d、同e〔以上、経理部財務課〕、同f、同g〔以上、事務管理部〕、
同h、同i、同j〔以上、電話交換室〕、同k〔産機部〕および同l〔機械事業
部〕)から事情を聴取するとともに、翌二三日、bおよびcから事情を聴取した。
その結果、bおよびcの就業規則違反の事実関係が明らかになつてきたが、右調査
の過程において、訴外m(スバルサービス部)、同n(人事部付)および原告も右
両名の行為に関与していることがわかつた。そこで、被告は、同月二五日、m、n
および原告からも事情を聴取した。
三 原告に対する事情の聴取は、人事部人事課長o、同課員p、同部労政課長qの
三名(ほかに書記として労政課員r)が、前同日午前一〇時ごろから午前一一時三
〇分ごろまでの間、人事部会議室で行なつた。その際、右三名は、原告に対し、ハ
ンカチの作成者および作成依頼者の氏名、その作成枚数、原水爆禁止の署名の依頼
およびハンカチの作成、販売に関する行為者の氏名、その時間、場所等を具体に尋
ねた。これに対し、原告は、ハンカチを作つたことがある旨を答えたが、その他の
質問に対してはほとんど全く答えなかつた。
四 一般に、従業員は、企業秩序の保持に努め、企業活動が円滑に運営、推進され
るよう協力すべき条理上当然の義務がある。この義務の一環として、従業員は、企
業内で秩序びん乱行為が発生することを防止するとともに、もし企業内でそのよう
な行為が発生し、企業がその事実の調査を行なうときは、積極的に右調査に応じて
協力しなければならない。このことは、就業規則第一七条、第一八条第一号、第七
〇条第三号にも規定されている。
 しかるに、原告は、右のような調査に応じて協力すべき義務に違反し、被告の原
告に対する事情の聴取(調査協力命令)に対し全く協力しなかつたのである。この
行為は、就業規則第七〇条第一号(第一七条、第一八条第一号違反)第九号(第三
号準用)に該当する。
 就業規則の右各規定は、次のとおりである。
第一七条 従業員は上長の指示に従い上長は従業員の人格を尊重し互に協力して職
場の秩序を守り、明朗な職場を維持して作業能率の向上に努めなければならない。
第一八条 従業員は秩序を維持し業務の運行を円滑にするため次の事項を守らなけ
ればならない。
一 会社の諸規則、命令を守ること。
(二ないし一一は省略)
第七〇条 従業員が次の各号の一に該当するときは譴責又は減給に処する。
一 会社の諸規則通達等に違反したとき
(二は省略)
三 他人の不都合行為を故意にかくしたとき
(四ないし八は省略)
九 その他各号に準ずる程度の不都合の行為があつたとき
〔抗弁に対する答弁〕
第一項の事実中、第一段について、bが原水爆禁止の署名を求めたり、あるいはハ
ンカチの材料を渡してその作成を依頼するなどした時間が自己の就業時間中であつ
たこと、その相手の従業員が就業中であつたことを否認する。bが初めに行つた場
所はスバルビル内の被告会社電話交換室(休憩室)であり、次の場所は新宿ビル内
の被告会社電話交換室である。その余を認める。第二段を認める。第三段を否認す
る。第四段を認める。
 第二項の事実中、被告が被告主張の日に原告から事情を聴取したことを認める。
その余は知らない。
 第三項事実を認める。しかし、その際、原告が具体的に尋ねられた事項は、被告
主張のようなことばかりではなく、むしろ第一五回原水禁世界大会富士重工本社内
実行委員会のメンバー、資金カンパと署名の集計状況、活動家の思想状況等に関す
ることが中心であつて、もつぱら原水爆禁止運動の実態、組織についてのものであ
つた。
 第四項の事実中、就業規則に被告主張のとおりの規定があることを認める。
 原告には、本来、被告の調査に応じて協力すべき義務はない。のみならず、原告
に対する事情に聴取をした時点において、被告は、原告自身に就業規則違反行為が
なかつたことを確定的に知つていたし、bおよびcの就業規則違反事件の調査をほ
ぼ終了し、その全容をすでに知つていたのである。被告が原告から聞き出そうとし
た事項は、右両名の就業規則違反事件の調査に必要な範囲を逸脱している。原告
は、被告の同事件の調査に必要な範囲では任意に供述して事情の聴取に対し協力し
た。原告には、それ以上の協力義務はない。
〔再抗弁〕
一 本件処分は、原水爆禁止運動に対する弾圧であつて、原告の右運動を支持、拡
大しようとする思想、信条の故になされたものである。したがつて、本件処分は、
憲法第二一条、労働基準法第三条に違反するので無効である。
二 被告主張の処分事由は全く根拠がないか、または合理性を欠くので、本件処分
は権利の濫用として無効である。
〔再抗弁に対する答弁〕
 第一項、第二項の事実を否認する。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 被告が自動車、鉄道車両、航空機ならびにその部品の製造、修理および販売を
主たる業とする株式会社であること、原告が昭和四一年四月一日被告会社に雇用さ
れ、現在産機部業務課に勤務していること、被告が原告に就業規則第七〇条第一
号、第九号に該当する行為があつたとして昭和四四年一〇月七日原告を譴責処分に
付したことは、当事者間に争いない。
二 本案前の抗弁について
1 譴責処分の付着しない労働契約上の権利を有することの確認請求について
 本件訴えは、原告が被告に対し譴責処分の付着しない労働契約上の権利を有する
ことの確認を求めるものであるが、原告が被告に対し労働契約上の権利を有するこ
とは当事者間に争いないので、その実質は譴責処分の不存在(無効)の確認を求め
ることに帰着する。
 就業規則第六九条に原告主張のとおりの定めがあることは当事者間に争いない。
右規定によれば、譴責処分は、従業員から始末書を提出させて将来を戒める懲戒方
法であるから、その性質は、権利または法律関係に属しない単なる事実行為にすぎ
ない。もとより、確認の訴えは、権利または法律関係の現在における存否の確認に
ついて許され、単なる過去の事実行為の存否の確認については許されないのが原則
である(その例外は証書真否確認の訴えである。)。このことは、現在の紛争を解
決するためには、現在の法律関係を明確にすることがもつとも有効にして直接的で
あるという訴訟制度の目的にはい胎するところである。しかし、現在の法律関係と
過去・将来の法律関係ないし事実行為とを区別し、この大前提から現在の法律関係
だけが確認訴訟の対象となり、それ以外のものは一切その対象とならないという結
論を導き出すことを当然とするものではない。論理はむしろ逆である。現在確認訴
訟で解決すべき利益が存するかどうかの判断が先行し、その要件が充足される限
り、現在の法律的紛争の存在を肯定すべきなのである。ある事実行為(たとえば法
律行為)の存否が原因となつて原告と被告との間に紛争が生じているため、その紛
争を解決する必要はあるが、紛争の内容を具体的に特定できないために、一定の権
利または法律関係の存否の訴えを提起することが困難である場合や、直接に紛争の
かなめをなす法律行為の効力の確認の判決をした方が、争いのある全法律関係の抜
本的な解決に役立つこともある。このような場合には、事実行為であつても、確認
訴訟の対象として適法であると解すべきである。それが現在の法律関係の確認を求
めるものではないから不適法であるというのは、形式論であつて確認訴訟の機能を
曲解するものである。
 本件処分は、使用者たる被告が従業員たる原告に対してなした懲戒処分であつ
て、原告の意に反するものである。たとえそれが単なる過去の事実行為であつて
も、本件処分を受けたことによつて原告の現在の権利または法律関係になんらかの
影響があり、しかも、直接その処分の不存在(無効)を確認することが原告と被告
との間にある紛争の解決のためにもつとも有効にして適切であり、逆に権利または
法律関係の確認を求めさせるのが無理であつて、しかもそれがう遠な方法と認めら
れるような場合には、例外として原告に本件処分の不存在(無効)の確認、すなわ
ち本件訟えにおいては、譴責処分の付着しない労働契約上の権利を有することの確
認を求めるについて法律上の利益があるものと解すべきである。
 被告においては、年二回、夏と冬に賞与が支給されるが、賞与の中には、被告が
査定する勤務成績に応じて一定の基準により支給させる部分(成績配分)が含まれ
ていること、その基準によれば、原告は、昭和四四年冬の賞与支給の際、成績配分
としてその勤務成績に応じて等級3・A四、〇〇〇円、B三、三〇〇円、C二、五
〇〇円のいずれかの支給を受けられるはずであつたこと、しかるに、原告は、同年
冬の賞与支給の際、本件譴責処分を受けたことが理由となつて成績配分の支給を全
く受けられなかつたし、現在までその支払を受けていないことは、当事者間に争い
ない。
 右の事実によれば、原告が昭和四四年冬の賞与支給の際に通常ならば受けられる
はずの成績配分の支給を全く受けられなかつたのは、本件譴責処分を受けたためで
ある。そして、原告は、本件処分が無効であるから、原告は被告に対して成績配分
に応ずる賞与請求権がありと主張し、被告は逆に本件処分が有効であるから原告に
は右賞与請求権がないと主張しているところに現在の法律的紛争があり、しかも原
告としてはその請求権の存在の確認を求める利益のあることは明白である。しか
し、賞与の中の成績配分の額は、被告が原告の勤務成績を査定して、原告を等級
3・ABCのいずれかに認定するという行為のない限りその金額を知ることができ
ない性質のものである。したがつて原告が被告に対し本件処分の無効を前提として
直接に成績配分に応ずる金額分の賞与請求権の存在確認の訴えを提起することは、
請求の内容をなす金額ないし具体的権利が特定しないという意味で困難である。そ
うすると、この紛争の解決のためには、本件処分の不存在(無効)を確認すること
がもつとも有効にして適切であると考えられる。原告は、伝統的な通説の立場を尊
重して、単刀直入に本件処分の無効確認を求めることを避け、本訴請求の趣旨を掲
げたものと善解できるから、本件訴えは正に確認の利益があるというべきである。
2 苦情処理手続の存在について
 被告と原告の所属する組合とは、人事上の取扱い等に関する組合員の苦情を迅
速、公正に処理するため、労働協約によつて二審制の苦情処理手続を設けており
(労働協約書第二八条ないし第三五条)、組合員の苦情は、この手続によつて解決
がはかられること、第一審たる事業所苦情処理委員会および第二審たる中央苦情処
理委員会の各委員の構成等(同第三一条、第三二条)、右各委員会の裁定の拘束性
(同第三四条第二項、第三五条第三項)および原告が被告主張のとおり右各委員会
に対し本件処分の撤回を求める旨の苦情申立てをしたが、いずれも申立てを棄却す
る旨の裁定を受けたことは、当事者間に争いない。
 証人p、同oおよび同sの各証言ならびに原告本人尋問の結果によれば、原告か
らの本件処分の撤回を求める旨の苦情申立てを裁定した第一審たる本社苦情処理委
員会の被告を代表する委員は、被告が指定したt・u両人事部副部長、o同部人事
課長、s同部研修課長およびp同部人事課員の五名であり、第二審たる中央苦情処
理委員会の被告を代表する委員は、被告が指定した右五名およびv人事部長であつ
たこと、これらの委員は、すべて原告がその撤回を求めて苦情申立てをした本件処
分を決定するについて直接に関与した者であり、被告においては、譴責処分などを
決定する実質的な権限は社長から人事部長に委任されていることが認められる。ま
た、o人事部人事課長およびp同課員が後に本件処分事由となつた昭和四四年八月
二五日の原告に対する事情の聴取を行なつた者であることは、当事者間に争いな
い。
 右事実によれば、本社苦情処理委員会および中央苦情処理委員会の構成員の一部
は、被告によつて指定された被告会社の社員であり、現に本件の場合被告を代表す
る委員は、全員が被告会社人事部に所属する被告会社の従業員であり、かつ、苦情
申立ての対象たる本件処分を決定するについて直接に関与した者であり、また、右
各委員会の委員のうち二名は、後に本件処分事由となつた昭和四四年八月二五日の
原告に対する事情の聴取を行なつた者である。
 民事訴訟法の規定する仲裁手続の適用ないし準用があるというためには、仲裁委
員会を構成する委員が処分当事者以外の第三者でなければならない。裁定を当事者
または当事者たる団体(本件においては被告会社)の機関または団体員に任せる苦
情処理手続は、仲裁人の第三者たることの要件を欠くから、仲裁手続としての効力
をじじない。
 ところが本件における苦情処理委員会の構成員の一部は、処分の当事者である被
告会社の従業員であるから、本件苦情処理手続を民事訴訟法第七八六条以下に定め
る仲裁手続と解することはできない。
 したがつて、たとえ苦情処理手続により処理された事案であつても、本件訴えを
提起することはなんら妨げられない。
三 本件処分事由の存否について
1 原告に対する事情の聴取に至るまでの経過
 被告会社電話交換手のbが、昭和四四年七月下旬ごろ従業員に対し原水爆禁止の
署名を求め、さらに同年八月上旬ごろ従業員に対し原水爆禁止運動の資金調達のた
めに販売するハンカチの材料を渡してその作成を依頼するとともに、原水爆禁止の
署名を求めたことは、当事間に争いない。成立に争いない甲第一一ないし第一三号
証、乙第三号証の二、証人pおよび同bの各証言によれば、bが初めに行つた場所
はスバルビル内の被告会社電話交換室であり、次の場所は自己の勤務場所である新
宿ビル内の電話交換室であること、新宿ビル内の電話交換室では、bは、実働時間
外で休憩室にいた従業員hに対し、原水爆禁止の署名を求めたが、同女がbの求め
に応じて署名をしたのは、実働時間に入つた直後で勤務に従事するため、同女が電
話交換台に着席したときであつたことが認められる。
 また、被告会社経理部財務課勤務のcが、同年八月二〇日ごろ、自己の就業時間
中、上司に無断でその職場を離れて事務管理部へ行き、就業中の従業員に対し前記
趣旨のハンカチを販売したことは、当事者間に争いない。
 証人p、同o、同b、同c、同mおよび同nの各証言によれば、(一)被告会社
人事部は、同年八月二〇日ごろにcの前記行為の一部を知り、勤務時間中における
服務規律違反として予備調査を行なつたうえ、同月二二日、被告主張の従業員九名
から事情を聴取したところ、bの前記行為も知つたので、翌二三日、bおよびcか
らも事情を聴取したこと、(二)その結果、被告は、bおよびcの行為が、就業規
則第一八条第三号の「職場の秩序、風紀を乱す行為をしないこと」、第五号の「他
人の業務を故意に妨害しないこと」、第九号の「勤務中上長に無断で職場を離れな
いこと」、第二三条の「従業員は会社構内において会社の業務に関係のない集会、
演説、放送、掲示、貼紙その他これに類する行為をするときはあらかじめ会社に届
出て許可を受けなければならない。」との規定に違反し、就業規則第七〇条が譴責
または減給の懲戒処分事由として定める同条第四号の「社内の風紀秩序をみだし又
は従業員の体面を汚すような行為をしたとき」、第六号の「労働時間中みだりに職
場をはなれ又は著しく自己の職責を怠る等怠慢の行為があつたとき」との規定に該
当するものと判断したこと(就業規則の右各規定が被告主張のとおりであること
は、当事者間に争いない。)、(三)前記の事情の聴取から、bが原告およびm
(スバルサービス部)に対してもハンカチの作成を依頼したことやn(人事部付)
に対し集まつた資金カンパの金を渡したこと、原告がk(産機部)およびl(機械
事業部)に対しハンカチの材料を渡してその作成を依頼したこと等の事実もわかつ
たこと、(四)そこで、被告会社人事部は、同月二五日、原告から事情を聴取し
(この事実は、当事者間に争いない。)、引き続きnおよびmからも事情を聴取し
たことが認められる。
2 原告に対する事情の聴取
 原告に対する事情の聴取は、o人事部人事課長、p同課員、q同部労政課長の三
名(ほかに書記としてr労政課員)が、八月二五日午前一〇時ごろから午前一一時
三〇分ごろまでの間、人事部会議室で行なつたこと、その際、右三名は、原告に対
し、ハンカチの作成者および作成依頼者の氏名、その作成枚数、原水爆禁止の署名
の依頼およびハンカチの作成、販売に関する行為者の氏名、その時間、場所等を具
体的に尋ねたこと、これに対し、原告は、ハンカチを作つたことがある旨を答えた
が、その他の質問に対してはほとんど全く答えなかつたことは、当事者間に争いな
い。
 成立に争いない乙第七号証の一、証人p、同wおよび同oの各証言ならびに原告
本人尋問の結果によれば、(一)右事情聴取の際のおよその経過として、原告は、
p人事課員からハンカチを示され、「これを知つていますか。」と聞かれて「知つ
ています。」、「あなたも作りましたか。」と聞かれて「作りました。」、「だれ
に頼まれましたか。」と聞かれ、しばらくして「bさんに頼まれました。」とそれ
ぞれ答えたが、次に「何故、作りましたか。」と聞かれて「わかりません。」と言
い、「大体のところでいいのですよ。」と言われても沈黙して答えず、「原水禁富
士重工内実行委員会とはどういうものですか。」と聞かれて「どうして、そういう
ことを聞くのですか。」と反問し、「他の従業員で就業規則違反があつたので、実
態を調べる必要があるんですよ。」と言われたが、「答える必要がありません。」
と言つて返答を拒否し、その後はpらからいろいろ聞かれたり、また、答えるよう
に説得されてもほとんど答えなかつたこと、(二)その際、原告は、pらから第一
五回原水禁世界大会富士重工本社内実行委員会のメンバー、資金カンパと署名の集
計状況についても聞かれたこと、(三)また、原告は、p人事課員から原告がkお
よびlに対しハンカチの作成を依頼したかどうかについても聞かれたが、同課員の
話から被告ではすでにその事実があることを知つており、しかも原告がkらに対し
ハンカチの作成を依頼したのが休憩時間中であることもわかつているとのことであ
つたので、「なんで、そのようなことを聞く必要があるのですか。」と反問して答
えなかつたことが認められる。
3 事情の聴取に対する原告の協力義務の存否について
 企業は、個々の労働者から個別に提供される労働力を有機的に結合し、これを統
合することによつて運営される。雇用契約の締結により、使用者は業務を円滑に遂
行するため、労働者から提供される労働力を配分して、その効率的な運用のために
これを指揮監督する権限を有し、労働者は、これに対応して企業組織の中に組み入
れられ、その労務提供の時間、場所、方法等について使用者の発する必要な指揮、
命令に従うべき義務を負う。
 企業秩序は、多数の労働者を擁する企業の存立、維持のために必要な秩序である
から、使用者は、企業秩序が乱されることを防止するとともに、もし企業秩序に違
反するような行為があつた場合には、その違反行為の態様、程度等を調査して違反
者に対し必要な業務上の指示を与えたり、あるいは業務命令を発し、また、就業規
則等に基づき懲戒処分を行なうこと等によつて乱された企業秩序を回復、保持すべ
き必要がある。他方、労働者も、雇用契約の履行として労務を提供するについて
は、企業秩序維持のため使用者の発する発要な指揮、命令に従うべきことはもとよ
り、企業秩序を乱すような行為をしてはならないし、後記のような条件のもとにお
いては、使用者による企業秩序違反行為の調査に協力すべき義務を負う場合もあ
る。就業規則第一七条は「従業員は上長の指示に従い上長は従業員の人格を尊重し
互に協力して職場の秩序を守り、明朗な職場を維持して作業能率の向上に努めなけ
ればならない。」と規定し、さらに第一八条第一号は「従業員は秩序を維持し業務
の運行を円滑にするため次の事項を守らなければならない。一、会社の諸規則、命
令を守ること」と規定しているが(就業規則の右各規定が被告主張のとおりである
ことは、当事者間に争いない。)、これらも右のような当然の事理を表現したもの
と解される。
 以上のとおり、労働者は雇用契約の締結により使用者に対し労務提供の義務を負
担し、その義務の履行過程においてのみ企業秩序の支配に服するのであつて、雇用
契約およびこれに基づく労務の提供を離れて、使用者の一般的な支配に服するもの
ではない。換言すれば、労働者は、全人格を使用者に売り渡しているのではないか
ら、使用者に対し無定量の忠実義務ないし絶対的な服従義務を負うものではない。
使用者による企業秩序違反行為の調査に対する労働者の協力義務の範囲も、この観
点から自ら制約があるのであつて、この義務は、決して労働者の全行動領域にわた
る広範、無制限のものではない。労働者は、その職務執行中ないし職務執行に関連
して自己が直接に経験した第三者の企業秩序びん乱行為についてのみ、使用者の調
査に協力すべき義務を負うにすぎないものと解するのが相当である。たとえば、労
働者が職場内であつても休憩時間中にあるいは職場外でたまたま他の労働者の不都
合な行為を目撃したとしても、それが目撃者たる労働者の職務とはなんらの関係も
ないことである限り、後日、使用者から他の労働者の行為に関して調査されたとし
ても、これに答えるべき義務はない。もつとも、他の労働者に対する指導、監督責
任を使用者に対して負うべき立場にある管理職の場合は、問題は別である。これに
反し、労働者が職場の内外を問わずその職務に関連してこれに悪影響も及ぼすおそ
れのある他の労働者の不都合な行為を実見したときは、労働者は、他の労働者の行
為に対する使用者の調査に協力すべき義務がある。けだし、この場合における他の
労働者の不都合な行為は、労働者の雇用契約の履行過程において、その完全な履行
に対する一種の障害事由として発生したものである。そして、このような行為は、
労働者の職務遂行に通常なんらの悪影響を及ぼすことが予想されるから、労働者は
労務提供の付随義務として、その障害事由の程度に応じて、場合によつては積極的
にこれを使用者に報告する義務を負い、受動的には使用者のその点に関する調査に
協力すべき義務を負うのである。被告会社の規則第七〇条第三号の規定する懲戒処
分事由たる「他人の不都合な行為を故意にかくしたとき」とは、前記のような他の
労働者の不都合な行為があつて、労働者が使用者に対しその報告義務があるのに、
調査に応ずることを拒否したような場合を指すものと解すべきである。ただし、こ
の場合においても、労働者が他の労働者の不都合な行為に自らも加担していて、使
用者の調査に協力すると、自分自身も不利益を及ぼすおそれのあるようなときは、
協力義務の存在を否定すべきである。けだし、何人も自己に不利益な陳述を刑罰ま
たは懲戒処分の危険をおかして強制さるべきではないからである。
 証人pの証言によれば、原告に対する事情の聴取は、被告において主としてbの
就業規則違反の事実関係をさらに明確に把握するため、すなわち、スバルビル内お
よび新宿ビル内においてどの範囲にわたつて同女の服務規律違反がなされたかを詳
しく調査し、就業規則違反行為の程度を知る必要からなされたというのである。し
かし、その際、原告が具体的に尋ねられた事項は、ハンカチの作成者および作成依
頼者の氏名、その作成枚数、原水爆禁止の署名の依頼およびハンカチの作成、販売
に関する行為者の氏名、その時間、場所等のほか、第一五回原水禁世界大会富士重
工本社内実行委員会のメンバー、資金カンパと署名の集計状況、kおよびlに対す
るハンカチ作成の依頼の有無についてであつた。このように、原告が具体的に尋ね
られた事項は多岐にわたつており、原告に対する事情聴取の目的との関連性につい
てはたやすく理解し難い事項が多い。原告に対する質問事項の内容は、労働者が調
査に協力すべき義務を負う場合の要件たる労働者の職務執行中ないし職務執行に関
連して自己が直接に経験した事項に該当すると認められるようなものではない。す
なわち、bが就業中の原告に対し原水爆禁止の署名を求め、原告の職務執行を妨害
しなかつたかどうか等を具体的に聞き出そうとするようなものではなく、むしろ原
告その他被告会社従業員の一部が行なつた原水爆禁止運動の組織、活動状況につい
て具体的に聞き出そうとしたものである。被告のこのような事項の調査の意図がど
こにあるかはとも角として、前説示したところによれば、原告には、このような被
告の調査に協力すべき義務は全くなかつたものといわなければならない。
 したがつて、原告が被告の原告に対する事情聴収(調査協力命令)に対し協力し
なかつたからといつて、この行為が、就業規則第七〇条が譴責または環給の懲戒処
分事由として定める同条第一号(第一七条、第一八条第一号違反)の「会社の諸規
則通達等に違反したとき」、第九号(第三号の「他人の不都合な行為を故意にかく
したとき」を準用)の「その他前各号に準ずる程度の不都合の行為があつたとき」
との規定に該当しないことはいうまでもない(就業規則の右各規定が被告主張のと
おりであることは、当事者間に争いない。)。
四 以上のとおり、本件処分は、なんら処分事由がないのに就業規則の適用を誤つ
てなされたものであるから無効であり、それにもかかわらず被告は本件処分が有効
であると主張しているのであるから、原告が被告に対し本件処分の付着しない労働
契約上の権利を有することの確認を求める利益がある。
 よつて、原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第
八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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