弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、鹿児島地方検察庁名瀬支部検察官事務取扱検事寺下勝丸作成
名義の控訴趣意書のとおりであるから、これを引用する。
 これに対し当裁判所はつぎのとおり判断する。
 一 論旨第一点(事実誤認)について、
 (一) 公訴事実二の1)に対する原判示無罪理由に事実の誤認があるとする論
旨部分について、
 所論は、被告人がAから公訴事実二の(1)記載のごとき電報作成を依頼された
際、その内容が虚偽であることを知つており、かおつ、「B」「C」なる人物は或
は実在しないのではないかとの未必的認識を有していたことは証拠上十分認定し得
るのにかかわらず、原判決が内容虚偽であること、および「B」「C」が実在しな
いことについては、いずれもこれを認めるに足る証拠がないとし、虚偽公文書作成
についての犯意を認めなかつたのは事実誤認であるというのである。
 よつて、右事実に関する被告人の所為を調査すると、原審において適法に取調べ
た証拠によると、つぎのとおり認定できる。
 被告人はその勤務先であるa地区電報電話局電報課に夜勤として勤務中昭和三〇
年九月二一日午後六時頃Aから、「私達は五人組の女ブローカーを作つて自分達の
資金を出し合い、不足の分は他から借りて、紬やドルを安く買い、東京、阪神方面
に売り捌く商売をしている。グループが集めた品は私の叔父Bが売り捌いて帰つて
来ているのだが、一年前からこの仕事を始めて以来一度も失敗したことはなく大変
儲かつている。叔父か全責任を持ち、私は女グループの責任を持つている。叔父は
成功していま鹿児島まで帰つて来て「品物の売捌が成功したから安心せよ、次のD
丸で帰つて来る」という手紙が来ているけれども、グループの人達が手紙だけでは
信用できないといつて信用してくれないので困つている。だから、「セイコウシク
オヤカクト二四ヒDニテクツB」と電報を作つてくれ、と申込まれたのに対し、被
告人は、「打つてない電報を打つた形で作ることは偽造であるからできない」と拒
否し、「Bという人が鹿児島まで来ているのであれば、そんな内容の電報を本人に
連絡して本人から打つて貰えばよいのではないか、本人との連絡はしてやる」と言
つたところ、Aは、「向うからこちらに連絡はつくけれども、住所が一定していな
いので、こちらからの連絡はできない」というので、「さつき鹿児島まで来ている
といつたではないか、連絡のとれない筈はない。事情はともあれ電報を作ることは
できない」と拒絶したところ、Aは、「料金を支払うから鹿児島にいるあなたの友
達に頼んで電報を打たせて下さい」というので、二階の電報課通信室で鹿児島回線
(海底線)を利用し、鹿児島局を呼んだところEが出た、同人には全然会つたこと
もなく、未知の間柄ではあつたが、同人につぎのような電報を鹿児島局の窓口から
発信してくれませんか、料金は明日早速現金で送るから」といつたところ、Eが引
受けてくれたので、Aが紙片に書いてあるとおり、宛名人「名瀬市b町○班C、」
通信文、「セイコウシタオヤカタト二四ヒDニテタツB、」発信人「鹿児島電報局
気付B」として発信を依頼した。Eは料金二〇〇円を立替え発信紙に右のとおり記
載して発信の手続をとつた。それから約一時間後に右のとおりの電報が「至急信」
として有線自動通信機によつて着信した。
 そこで、テープに印刷されたのを電報用紙に貼布し、着検に持つて行き、着検て
日付印、至急電報の印、発信局名、発信番号、受取人名の記録などの諸手続をすま
せ、階下の配達部門に昇降機で下ろし、被告人も階下に降りて行き、自転車置場の
ところに待つていたAに電報が来た旨を告げ、配達窓口の配達員に「この人はFで
あるが、Cさん達と商売仲間でいまからBさんの家に行くそうだから、この人に代
理受取をさせてくれ」といつて、配達員からAに交付させた。
 以上が証拠によつて認定できる公訴事実二(1)に関しての被告人の外形的事実
である。そして、検察官の指摘する証拠を綜合すると、なるほど、所論のとおり、
被告人はAから依頼された際、電文内容が、或は虚偽で「B」「C」も実在しない
人物であるかも知れないとの認識があつたと認定できないこともないようである。
 <要旨第一>しかし、電報の偽造ないし、虚偽作成はその電報自体についてである
から、通信士である被告人がたまたまAから依頼されて鹿児島局の知人
に同局発信の電報を依頼することの便宜を計ること自体は電報自体の作成について
の右犯罪の構成にはかかわりのないことであり、その内容が虚偽であることを被告
人が認識していても右の結論には影響はない。これは一私人が虚偽の発信を依頼し
ても、その依頼者が虚偽公文書に関する犯罪を構成しないのと同じで、被告人にお
いて通信士という身分を有していたとしてもその理に変りはない。通信士が自ら発
信人となつて料金を支払い発信紙による諸手続をすませ、内容虚偽の電報を発信し
たところで同様である。そして、右のような依頼の結果、そのとおりの電報か鹿児
島局から送信され、被告人がそのままこれを受信して電報を作成した場合、電文内
容が虚偽であることを認識していたとしても、その送信通りの電文を作成すること
は何等虚偽公文書作成とはならない。たとえ被告人がAから依頼された際、このよ
うな電報の発信を鹿児島局に頼むと、そのとおり送信され、被告人が受信すること
を予見していたとしても、同じである。
 そもそも、日本電信電話公社は、電信電話営業規則第一条所定の文字、数字、記
号による電報の発信の依頼があれば、そのまま発信する義務があり、その内容の審
査をする義務も権利もない。否、審査は、公衆電気通信法第四条、(検閲の禁
止)、第五条(秘密の確保)の限度において法禁行為である。これは憲法第二一条
につながる問題である。したがつて、発信依頼内容が虚偽であることを確認する術
はない。(たとえば、日本電信電話公社社員が知人より「コドモウマレタ」の発信
依頼があり、杜員はその知人に子供が生れていないことを知つていたとしても「コ
ドモウマレタ」とは或は別のことを意味する符号として使用されているのかもしれ
ないし、その事実を審査すること自体許されない。本件におけるAの依頼した電文
も本当はAのいうところの「成功したから親方と共に二四日Dにて出発する」意味
とは縁もゆかりもないことなのかも知れない。
 <要旨第二>つぎに、発信人不実在の点について検討する。被告人は鹿児島局のE
にはAの指示通り発信人をBとして依頼したのであるが、現実に発信す
るのはAであるから、発信人欄をBとするのはAがBから委任を受けている場合の
外、電信電話営業規則第八条の関係から不当である。しかし、そのゆえに、その電
報が発信人のない即ち発信依頼のない電報とはいえない。発信依頼はあくまで現実
にその行為をした現存人のAであり、AがBの名を使つたところで、それがAが依
頼した電報であることの実体には変りはない。そうすると、本件において被告人が
発信の依頼のない電報を、発信、受信の形をととのえて電報を勝手に件成したこと
にはならない。たとえ、電々公社社員において、甲が乙の名を使つて発信している
ことを認識していてもそのことにより或る場合他罪にふれることのあるのはともか
く、虚偽公文書作成の罪に該当するわけのものではない。すなわち、公文書たる電
報の偽造、変造ないし虚偽作成とは、(イ)作成権限のないものが作成する偽造、
変造、(ロ)発信依頼のないのに勝手に電報自体を件成する、(ハ)発信依頼と異
る内容のものを送信し或は受信文と異る内容の電文を作成する場合(日付などをも
含む)等をいうのであつて、本件のごときは該当しない。
 されば、所論指摘の誤認のあるなしにかかわらず、被告人の当該所為は虚偽公文
書作成とならないことの原判決の結論には影響はない。所論は別異の見解に立つて
原判決を非議するものであり、採用できない。
 (二) 公訴事実二の(2)に対する原判示無罪理由に事実の誤認があるとする
論旨部分について、
 所論は、電文の発信人が実在せず、かつ、電文内容も虚構のもので、Bが発信し
たものでないことを十分察知しながら、本件電報の送信方を鹿児島局に依頼したも
ので、電報を発信せしめると、必然的に虚偽電報が作成されることを被告人は職責
上十分認識し得たはずであるのにかかわらず原判決が、これらについての認識がな
かつたと認定したのは事実の誤認があるというのである。
 ところで、原審において適法に取調べえ証拠によつて認定できる右に関する被告
人の所為はつぎのとおりである。
 被告人はAより前記(1)の依頼を受けてから、四、五日後再び同女より、「叔
父が成功したので、四、五円したらG丸で帰るという手紙が来ているが、皆が手紙
だけでは信用せず、私達が鹿児島まで行くことになつた。四人一緒に行くと旅費だ
けでも相当かかるし、旅費は自分が負担せねばならないので困つている。何とか行
かなくてすむようにしたいから鹿児島局からの発信した電報をたのむ」旨申込まれ
たので、有料電話で鹿児島局のHに対し、AかBのいるという鹿児島市c町のI旅
館の秀夫に、「来る来るといつて来ないので、何時来るかをはつきりした電報を打
つように」と連絡することをたのんだところ、一時間位後にHから被告人に同旅館
にはBなる人物は宿泊した形跡はないとの連絡かあつたので、被告人はAにその旨
を伝えた。Aは被告人に、「Bは或いは広島に行つているのかも知れない、あなた
の友達にたのんで鹿児島から電報を打たせて下さい」としきりに懇願したので、右
Hに、料金は後で送ることにしてAの指示通り、発信人「B」名宛人「名瀬市d町
△班F」、通信文「GニテカナラズカエルシンパイスルナB」なる電信を送信する
ようたのんだ。Hは料金を立替えて発信紙に右のとおり記載して発信の手続をとつ
た。この電報は間もなく鹿児島局から送信され、a地区の通信士Jが受信し、証第
四号の電報が作成されAに配達された。
 以上が証拠によつて認定できる公訴事実二の(2)に関しての被告人の外形的事
実である。そして検察官の指摘する証拠を綜合すると、所論のとおり、被告人にお
いて、本件電文の発信人Bが実在せず、電文内容も虚構のものであるかも知れない
との認識があつたと認定できないことはないようである。しかし、前記(一)にお
いて判断したと同一の理由により、所論指摘の誤認のあるなしにかかわらず、被告
人の当該所為は虚偽公文書作成とならないことの原判決の結論には影響はない。論
旨は理由がない。
 二 論旨第二点(法令適用の誤り)について、
 論旨は原判決が、被告人が鹿児島局の職員に依頼して発信せしめたのは公務に関
してなされたものでないと認定したのは刑法第一五六条の公務の解釈を誤り、その
誤りは判決に影響を及ぼすというのである。
 しかし、記録によると、被告人が通信士であること、公器である海底線を利用し
たことは認められるが、被告人がAの求めにより鹿児島局職員に依頼したのは被告
人の電信業務に関してなされたものではなく、公器を利用した私用であることが十
分認められる。したがつて被告人の右の行為が公務員としての違背となるのは格別
公務に関してなしたものでないと判示した原判決は何等法令の解釈に誤りはない。
また、所論引用の大審院判例は戸籍事務を管掌する市町村長において、届出事項の
明白な虚偽を知りたる場合の説示で、戸籍簿は人の身分を公証する公簿で、その届
出は法律上の効力、効果を伴うため記載事項の適法にして真実に合するを期するた
め、戸籍吏は形式的審査権を有し、受理に当つては、実体的形式的要件を具備する
か否かを槇重に審査することを要する(民法第七四〇条・第七六五条第一項・第八
〇〇条・第八一三第一項等)ところから帰結された判例であつて、本件には適切で
ない。
 さらに論旨中被告人がAと共謀してE、Hを単なる道具に利用したものであるか
ら、被告人が法律上の地位を濫用して虚偽公文書を作成したことに帰するとの所論
は一において示した事実上の認定、法律上の判断に照し理由がない。論旨第二点も
採用できない。
 よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により棄却し、主文
のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 二見虎雄 裁判官 後藤寛治 裁判官 矢頭直哉)

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