弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主         文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
         事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告らは,原告に対し,各自金3806万5053円及びこれに対する平成8
年5月10日から支払済みまで,年5分の割合の金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
第2 事案の概要
 本件は,被告各務原市が設置,管理する小学校の児童であった原告が,昼休み時
間にクラスメイトのG外2名と一緒に同小学校の管理にかかるコマを持ち出して遊
んでいたところ,Gのコマが原告の右眼に当たって負傷した事故について,被告各
務原市に対しては,学校のコマの管理や昼休み時間中の児童の安全管理に懈怠があ
ったとして国家賠償法1条に基づき,また,Gの両親である被告E及び被告Fに対
しては,親権者の監督義務に違反したとして民法709条に基づき,それぞれ損害
賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等
(1)被告EはGの父であり,被告FはGの母である。
(2)被告各務原市は,各務原市立H小学校を設置,管理する地方公共団体である。
(3)原告とGは,平成8年5月10日当時,H小学校の5年生のクラスメイトであっ
たが,同日の昼休み時間に,同クラスのIとJの4名で,生活科室に保管,管理さ
れていたコマ(本件コマ,木製で直径約6センチメートル・軸の長さ約6センチメ
ートル)を持ち出し,体育館で遊んでいたところ,午後1時30分ころ,Gが遊ん
でいたコマが原告の右眼に当たる事故(本件事故)が発生した。
(4)本件事故により,原告は右眼球打撲,右前房出血,硝子体出血,網膜出血,虹彩
離断,右網膜振盪症の傷害を負った。
2 争点
(1)Gによる加害行為の態様
(原告の主張)
 原告ら4名の児童は,当初,本件コマをひもで床に回して遊んでいた。その後,
原告ら3名が体育館のステージ側にいたところ,Gはステージに向かって立ち,コ
マを飛ばそうとした。そこで,原告ら3名がステージとは反対側の入り口方向に移
動したところ,Gは原告らに対し,「そちらにコマを飛ばすので危ない」と告げた
ことから,原告らは体育館のステージ側へ移動した。Gは,コマを持った右手をコ
マが左肩あたりにくるように曲げ,左から右へ腕を振ってコマを投げるとともに,
コマに回転をつけるため,自分も半回転してコマを飛ばそうとしたところ,コマは
反対のステージ方向へ飛んでしまい,原告の右眼に当たった。
(被告Eらの主張)
 Gは,普通のコマ回しをして遊んでいたのであり,コマを意図的に飛ばしたもの
ではない。
 Gは,原告ら3名が並んで見ている前方で原告らに背を向けて立ち,右手にコマ
を持って,半身の姿勢で上半身を右に傾けながら右手を右から左前方に振り出し,
前方にコマを放とうとした。これは,通常のコマの回し方である。ところが,コマ
を前方に放った後コマに回転をつけるためひもを強く引いた際,コマがひもから離
れないで後方へ飛んだため,原告に当たったものである。
(被告各務原市の主張)
 原告らが行っていたのはコマ回しであり,コマを飛ばしていたのではない。
(2)本件事故についての被告各務原市の責任
(原告の主張)
 本件コマは木製のもので,それ自体は危険な遊具ではないが,コマにひもを巻き
付けて投げるものであり,この回し方が悪ければ危険なものとなる。
 よって,小学校が本件のようにコマを用意する場合,学校の管理下において,児
童が安全にコマを扱えるように習熟させる必要があるが,H小学校ではコマを安全
に取り扱えるような指導をしていなかった。
 また,学校が用意するコマは,児童が勝手に使えないよう,学校において管理を
なすべき義務があり,児童が勝手に保管場所からコマを持ち出すことができないよ
う,保管場所に施錠するなどの措置をとるべきであるのに,コマが保管してあった
生活科室や用具入れの施錠もしていなかった。
 さらに,コマ遊びは学校の監督下でなされる必要があり,児童のみでコマ遊びを
することが危険であり,学校の指導下でなければコマ遊びをしてはならない旨児童
に指導をする必要があったのに,これを怠った。
 休憩時間には,体育館は施錠し,教師が適宜学校内を巡回するなどして,児童が
危険な場所にいないこと,危険な遊びをしていないことを確認し,監督すべきであ
ったのに,このような体制を取らなかった。
(被告各務原市の主張)
 コマの回し方やコマを扱う際の危険に対する対処を教えるため,1,2年生ころ
の授業でコマ回しを取り入れて指導している。
 H小学校では,昼休みには晴天であれば外でみんなで遊ぶよう指導されており,
児童もこれを良く守っていたこと,理科室の薬品庫のような定型的に危険な場所は
きちんと施錠・管理されているが,本件コマにはそのような危険性はないこと,コ
マを含め,生活科室にある遊具,体育館にある遊具で生じた事故は本件以外にはな
いこと,生活科室も体育館も,使用のたびに施錠,解錠をし,その鍵をしかるべき
保管場所に返還させ,持出簿に記載させるなどの管理を行うことは,非常に煩雑で
あり,授業の効率的進行を著しく阻害し,児童の体育館使用を事実上全面的に禁止
するものとなることからすれば,生活科室や体育館に施錠していなかった事実はな
んら過失とはなり得ない。
 また,前記のとおり,H小学校では昼休み晴天時には外で遊ぶよう指導され,ほ
とんどの児童もこれを良く守っていたこと,教師は,昼休みにも,給食の後かたづ
けを指導したり,次の授業の準備をしたり,クラス遊びの日であれば特に,そうで
なくても可能な限り自身も運動場に赴き,クラスの児童と交わることでコミュニケ
ーションを図ったり,安全を確保していること,定型的な危険の存する場所にはき
ちんと施錠がされており,その他に学校内には通常使用をする限りにおいて危険な
施設はないことからすれば,休憩時間中の巡回は特に必要とまではいえない。
 児童の自主性を育てることも教育の重要な目的であり,昼休みは,児童の自主性
を育てる重要な時間帯である。また,H小学校では昼休みに体育館の使用を禁止し
ていたが,規則に違反して,遊んではならない場所で遊んでいた児童まで管理する
のは不可能である。
(3)本件事故についての被告Eらの責任
(原告の主張)
 被告Eらは,Gの親権者として,Gが遊びにおいて他人に怪我をさせることのな
いよう,安全に注意して遊ぶことを指導監督する義務があり,しかも,本件におい
ては,Gがコマ回しに習熟していないのであるから,通常のコマ回しとは異なる危
険な行為に及ばないよう,指導監督する義務があるのに,これを怠った。
(被告Eらの主張)
 被告Eらは,日頃からGに危険なことをしないよう注意してきており,指導監督
を怠った事実はない。
 仮に,本件において,被告Eらに一般的な指導監督義務違反があったとしても,
Gがコマ回しをしたことを見たこともない被告Eらが,Gが体育館で友人らとコマ
を回していて原告に当てるなど予想だにしなかったのであるから,事故発生の具体
的危険性を予見して監督注意すべき義務を怠ったとはいえない。
(4)過失相殺
(被告各務原市の主張)
 原告としては,狭い場所でのコマ回しには危険が伴うことを認識していたのであ
るから,他人がコマを回す際には,コマが自分の方向に飛んでくる可能性があるこ
とを予見し,コマを回す者から十分離れた場所まで移動し,飛んでくるものがあれ
ば回避できるよう注意すべきであるのにこれを怠ったことが,本件事故の一因とな
っている。
(5)損害
(原告の主張)
 原告は,本件事故により右眼を負傷し,平成8年5月10日から同年6月17日
まで39日間入院し,その後も通院治療を受けたが,視力は0.02に低下したま
ま回復せず,事実上その機能を失い,以下の損害を被った。
ア 本件事故による入通院慰謝料        200万0000円
イ 入院雑費      39日×1300円=   5万0700円
ウ 通院交通費                 12万3580円
  通院に伴う本人及び同伴者の交通費として,別紙(略)のとおり支出した。
エ 後遺症による慰謝料            850万0000円
  後遺障害等級8級相当
オ 逸失利益                3152万4866円
 後遺障害等級8級においては,労働能力喪失率は45%である。
 平成10年版賃金センサスの男子労働者学歴計の年収は569万6800円であ
り,症状固定時10歳,就労可能年数49年に対応するライプニッツ係数(中間利
息の控除を年5パーセントで計算)は12.2973である。
569万6800円×12.2973×0.45≒3152万4866円
 なお,中間利息の控除に当たっては,近時,我が国では極めて低金利の状況が続
いていることを考慮すべきである。
カ 弁護士費用                504万0000円
 日本弁護士会連合会の基準による着手金・報酬の合計
 以上の合計額から,本件事故による後遺障害について,原告が日本体育・学校健
康センターから支給を受けた620万円を控除した残額の内金として,金3806
万5053円及び本件事故時以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請
求する。
(被告各務原市の主張)
 原告の視力は,その努力もあり,本件事故のあった年の秋ころには,サッカーの
ナイター練習に参加できるほどに回復している。また,現在は自転車通学を行って
おり,生活に際し,矯正用眼鏡等の特別な矯正用具は用いておらず,視力も約0.
05あることからすれば,右眼の機能を事実上失ったとはいえない。
第3 争点に対する判断
1 前記争いのない事実等と,証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故に
至る経緯及び本件事故の態様等につき,以下の事実が認められる。
(1)H小学校においては,生活科の授業やクラブ活動の教材としてコマが常備されて
おり,1,2年生の生活科の授業の中で実際にコマなどの遊びを体験させていた。
コマの直径は約6センチメートル,軸の長さは約6センチメートルで木製であり,
ひもを軸に巻いて地面に投げて回す遊具であるが,それ自体危険な遊具ではないの
で,同小学校では施錠のない生活科室において保管していた。なお,本件事故以前
に,児童がコマで遊んでいた際に怪我をするなどの事故が発生したことはなかっ
た。
(2)本件事故が発生した体育館は,当時施錠はされていなかったが,雲梯など危険な
遊具からの落下や電気設備への接触などによる事故を防止するため,教諭と一緒の
場合を除いては,児童らが体育館で遊ぶことは禁止されていた。
(3)H小学校では,天気のよい昼休み(午後1時15分から)には,運動場で遊ぶよ
う指導がなされていたが,本件事故当日は,原告が手に怪我をしていたことから,
原告やGは,Iと一緒に生活科室にある遊具で遊ぶことにし,午後1時20分こ
ろ,3名がそれぞれ生活科室からコマを持ち出して,体育館へ移動し,まもなく,
Jも生活科室からコマを持ち出してきて体育館に集まった。
 原告ら4名の児童は,1人ずつ順番にコマを回して遊んでいたが,午後1時30
分ころ,Gがコマを右手に持って,原告ら3名を背にした状態でコマを回そうとし
た。Gが右腕を右から左前方へ振り出してコマを前方に放ち,さらにコマに回転を
つけるため体を右方向へひねるように回転させながら右手に持ったひもを引いたと
ころ,コマがひもから離れずにGの右後方へ飛んでいき,そこに立っていた原告の
右眼に当たった(なお,原告は,前記のとおり,本件事故発生当時,Gは,通常の
コマの遊び方とは異なり,体を半回転させてコマを飛ばして遊ぼうとしたと主張
し,原告本人尋問の結果及び同人作成の陳述書の供述記載はこれに沿うものであ
り,傷害事故証明書の事故の状況欄や「振替休日」と題する書面にある本件事故状
況を記載した図面も原告の主張を裏付けるかのごとくである。しかし,その遊び方
は,証人Gが供述する内容と対比してみるとやや不自然で理解が難しく,また,前
記傷害事故報告書には「(Gは)コマに回転をつけるため,自分も半回転して」と
あり,災害報告書には「(Gは)コマの回転をつけようと体を半回転させて」とあ
って,コマに巻いたひもを勢いよく後方に引けば,上半身を右にひねるような体勢
となり,体が右方向にある程度回転することもあることからすれば,これらの記載
は,証人Gの供述する内容とは矛盾しないと解されるし,上記証拠(略)中の文書
中の図面には,Gが原告らに背を向けて立っている状況が記載されていて,証人G
の供述と附合するから,結局,原告の上記主張を認めることは困難というべきであ
る。)。
(4)原告は,直ちに病院に搬送されて治療を受けたが,右眼球打撲,右前房出血,硝
子体出血,網膜出血,虹彩離断,右網膜振盪症の傷害を負っており,その後の視力
検査では,一応0.05の結果が出ることがあるまでになったが,右眼は事実上機
能を失っている。
2 被告各務原市の責任(争点(2))について
(1)原告は,H小学校には,コマの遊び方を児童に教育する義務や,児童がコマを持
ち出せないように保管場所に施錠する義務,学校の指導下でなければコマ遊びをし
てはならない旨の指導をする義務があるのに,これに違反した旨主張するが,前記
認定のとおり,本件コマは,直径約6センチメートル,軸の長さ約6センチメート
ルの木製のコマであって,比較的軽量なものと推認され,それ自体危険な遊具では
なく,本件事故までにコマ遊びによる事故が発生したことはなく,前掲各証拠によ
れば,それまで児童がコマを用いて危険な遊び方をしていたり,Gらが原告主張の
ような危険な態様でコマ遊びをしてきた経緯があるとは窺われないことに鑑みれ
ば,被告各務原市にコマの管理について原告主張の上述の各義務ないしその懈怠が
あったとは解されない。
(2)また,原告は,前記のとおり,H小学校は休み時間中の巡回監視義務や体育館を
施錠すべき義務を怠っていたと主張するが,本件事故は,学校の昼休み時間に,児
童が出入りを禁止されている体育館において生じたものであるところ,Gらが原告
主張のような危険な方法でコマ遊びをしていたわけではないことは既に判示したと
おりであり,また,体育館内でコマを用いて遊ぶこと自体にも格別の危険性はない
から,原告主張にかかる上記の義務と本件事故との間に因果関係があるとは認めら
れない。
(3)以上のとおり,被告各務原市に,原告主張の過失責任があるとは認められない。
3 被告Eらの責任(争点(3))について
 前記のとおり,Gは,格別危険な方法でコマ遊びをしていたわけではなく,ま
た,本件全証拠によっても,Gが,本件事故に至るまでの成育過程において,危険
な遊びをしたり,他人に怪我を負わせるなどの問題行動を示した経緯があるとは窺
われないから,被告Eらが,本件事故の発生を予見できたとは解されず,従って,
被告Eらに原告主張にかかる指導,監督義務の違反があったとは認められない。
4 結論
 よって,原告の請求はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき民
訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
岐阜地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官     中  村  直  文   
裁判官        末  永  雅  之
裁判官        加  藤     靖

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