弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 弁護人山中大吉の控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書記
載のとおりであるからこれを引用する。
 同控訴趣意について、
 原判決によると、原審は起訴状記載の公訴事実を引用して「被告人は、A鉄道株
式会社に雇われて、車掌監督兼助役竝びに車掌としての業務に従事中のものである
が、昭和二十五年七月五日第十列車(二輛連結)の後尾車掌として乗車し、同日午
前六時三十二分B駅を発車し、熊本終点に向う途中、同日午前七時二分頃、菊池郡
C駅を発車したものであるが、その際、D(五十七才)が後尾車輛の後部乗車口か
ら、同電車に乗車すべく、同乗降口の扉の側にある金棒に手をかけ、片足を乗降台
に踏みかけて来たが、同駅は右電車の進行方向に向つて、順次に第二ホーム、第一
ホームの設備があり、右第一ホームと電車側面との間隔は、約五寸位にして、乗客
が完全に乗車しないまゝ電車が進行すれば、乗客は右第一ホームと電車側面とに挾
まれる等の危険があるので、斯る場合は危険防止上完全に乗車しない乗客を車内に
引上げて完全に乗車せしむるか、又は急停車の信号を為す等事故万全の防止を期せ
ねばならない業務上の注意義務があるに拘らず、不注意にも之を怠つた為、右Dを
して、同駅第一ホームと電車側面とに身体を挾めしめて、同人を第一ホームと電車
との間に転落させ、因つて同人に下腹部圧窄膀胱破裂傷害を与え、同月五日午後三
時三十分頃菊池郡a村大字bc番地において腸腔内出血により死亡するに至らしめ
たものである」との全く公訴裏実と同一の事実を認定して、その証拠をあげ、しか
もそのうち措信した証拠によつて距離関係につき「一、本件電車の停車していた位
置からみて、後部車輛の後部昇降口は、第二ホームの西端から約十米、第一ホーム
の西端(本件被害発生地)から約十九米離れていた、二、被害者Dが右昇降口に乗
りかけた地点は、発車してから約三米位進行した地点であつて、同地点は、第二ホ
ームの西端から、約七米、第一ホームの西端から約十六米離れていた、三、被告人
が「ストツプ、ストツプ」と発声した地点は、第二ホームを通過した直後でおり、
従つて、発車後十四米位、被害者が乗りかけてから十一米位進行した地点である。
四、前部車輌の車掌が急停車信号をしてから本件電車が停車するに要した距離は、
約五米であつた」との趣旨の認定をなし更に、右のような距離関係と発車後第一ホ
ーム迄の電車の速度が大人が歩行して迫つく程度の速度であつた事情とを綜合して
考えるときは「被害者が乗りかけてから第一ホーム西端に衝突する迄の約十六米の
距離は、被害者が電車に乗りかけている姿を発見後、被告人において、直ちに本件
電車を急停車させる為の連絡の努力をすれば、十分これを停車せしめ得る距離であ
つたというべきである」と説示し。Dが本件電車に飛び乗ろうとした姿を発見した
際、直ちに急停車させる為の信号をしなかつたことに過失を認めて、被告人を業務
上過失致死罪に問擬処断して、有罪の言渡をしていることが明らかである。
 <要旨>案ずるに、郊外を専用軌道により高速度で運転される電車に乗務する車掌
は、停車駅で発車の合図をなし、電車が発車して進行を始めた直後、電車の
乗降台に足をかけて、飛びのろうとする乗客がある場合には、まずこれを制止して
下車を命じ、その者の挙動に細心の注意を払い、到底これを肯んじないで下車しそ
うにもないことを一瞬見極めた上、初めて急停車の信号をして、車体外にぶら下つ
ている乗客の生命身体に生ずることあるべき危険の発生を未然に防止すべき業務上
の注意業務があるものと解するのが相当である。この点に関して原判決が、発車
後、車掌において進行中の電車に乗りかけている乗客の姿を発見したときは、直ち
に電車を急停車させるための連絡の努力をなすべき業務上の注意義務があるものと
認定しているのは、郊外電車が通常専用軌道により高速度で運転されており、しか
も正確なダイヤにより、正時の発着を期して運行されている電車運転上の特質を看
過した社会通念に反する解釈に基ずくもので明らかに経験則違背の違法があるもの
といわねばならない。
 今、原判決のあげている証拠によると、判示C駅構内には長さ六米二十糎の第一
ホームの西方に約五米を隔てて長さ約四米の第二ホームがあつて、本件熊本行きの
二輛連結の電車が停車した場合、前車の前部及び後部の各乗降口は、右第一、第二
の各ホームに接着していて容易に乗降できるが、後車の前部乗降口は、第二ホーム
を相離れるので、第二ホームの西端から斜に、空間をまたいて辛うして乗降し得る
にすぎず、後車の後部乗降口は、全然ホームを利用し得られないし、しかも電車の
床は地上から約一米五糎の高さにあるため強いて乗車しようとすればまず、両手で
一米四十二糎の高さにある乗降ロの「とり手」をつかみ、片足を、通常乗務員専用
の乗降口の真下にある地上からの高さ六十糎の「足かけ」にかけて力を入れ、はず
みをつけて腰をあげ、地上の足を車内に踏み入れなければならないので、その乗車
は停車中通常人でも少々時間を要する状況に在つたこと、判示日時、判示C駅で前
認走のような状態で停車していた二輛連結の本件電車がその後尾車掌として乗務し
ていた被告人の客の乗降の終つたのを見極めてした前車の本務車掌Eに対する発車
オーライの合図によつて間もなく発車し、進行を始めたところ、発車後三米の地点
で、急拠女学生のF(被害者の娘)が被告人の立つていた後車の後部乗降口からカ
バンと傘を車内に投げ込み、乗降口の両端にある「とり手」を捕えてその電車に飛
びのろうとしたので、発車後、六米三十五糎の地点で、被告人は同人を右手で車内
に引上げて元いた車掌の位置に戻つたが、そのとき、更に、被害者のD(当時五十
七年)が右「とり手」を捉えて電車の進行に合わせて走りながら足を前記「足か
け」にのせて、電車に飛びのろうとしてきたので、これを見た被告人は「危い、危
い降りよ」と声をかけて下車を命じたが同人は制止をきかないで、下車しようとも
せず、又電車の速度も増してきたし、同人が未だすぐ車上に上れる状態になかつた
ことのために、(そのとき被告人において、Dな車内に引き上げ得ない状況に在つ
た)更に続けて、下車を命ずるうち、車体外にぶらさがつている同人の身体の危険
を感じて、第二ホームを通過する頃すなわち、第一ホームの西端から約六米三十糎
前方の地点で、前車の本務車掌Eに大声で、急停車の合図をしたが、遂に及ばず、
右Dは第一ホームの西端附近に身体を衝突させて、手を「とり手」からはなして、
地上に転落した事実を認めることができる。(原判決において、本件電車の発車
後、約三米の地点において、被害者Dがその電車に飛びのろうとして来た旨認定し
ているのは、事実を誤認していることが明らかである。)
 ところで、当審における検証の結果によると、本件二輛連結の電車の事故発生当
時の停車位置から当時の状況に従い、その電車を発車させ、後車の後部乗降口が、
第二ホームの西端にかかつたとき、当時と同様に後車の後部にいる車掌から前車の
後部にいる本務車掌に口頭連絡による急停車の合図をし、更に同車掌から運転手に
信号によつて連絡する方法(後尾車掌から運転手には、この方法による外、直接に
連絡する設備はない)によつて、電車を停車させたところ、同電車は、十米十三糎
進行して後車の後部乗降口は、第一ホームの西端から、東方に一米十三糎の地点で
停車し、若し右の場合、後車の後部乗降口の車体外に人体がぶら下つておれば、そ
の身体はどうしても第一ホームの西端に衝突することが認められるので、尠くと
も、右第一ホームの西端から十米十三糎前方すなわち、第二ホームの酉端から西方
一米十三糎の地点において、急停車の措置を講じない限り、本件事故の発生は、到
底不可避の状態にあつたことが明らかであるから、本件事故の発生を未然に回避し
得たであろうためには本件電車が、発車後被害者のDが飛びのろうとした約六米三
十五糎前進した地点から、第二ホーム西端の西方一米十三糎の地点に差しかゝる迄
の間、すなわち後車の後部乗降口から第二ホームの西端迄の距離約十米から、六米
三十五糎に一米十三糎を加えた七米四十八糎を控除した約二米五十二糎位の距離
を、しかも加速度的に進行する時間内に、前掲乗務車掌として、通常負担する注意
義務の内容たる具体的措置を遂行しなければならなかつたものということができ
る。
 ところが、本件記録を調べても、右のとおり本件電車が発車後六米三十五前進し
た地点から、更に約二米五十二糎位の距離を加速度的に進行する時間内に、被告人
において業務上注意義務の履行として、急停車の措置を講ずべき前提たるDが同電
車に飛びのろうとするのを制止し、その下車を肯んじないことを見極めたという事
実、若しくは、それを見極め得たであろうという事実を認めるに足りる証拠は、毫
もこれを発見することができないので、本件事故の発生について被告人に業務上注
意義務の懈怠があつたものということはできない。
 してみれば原判決が、被告人は被害者Dが進行中の本件電車に飛びのろうとした
姿を発見したとき直ちに、急停車の措置を講ずべき業務上の注意義務があるのに、
これを怠つたために、本件事故の発生を見るに至つたもので、Dの死亡は被告人の
業務上の過失に基因するものと認定したのは、経験則に違背して、被告人が本件電
車の車掌として遵守すべき業務上の注意義務の解釈を誤つた結果、事実を誤認する
に至つたものでその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決
は、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条に則り破棄を免がれない。論旨は
理由がある。
 そして、当裁判所は本件記録及び原審竝びに当審において取り調べた証拠によつ
て、直ちに判決をすることができるものと認めるので、原判決を破棄した上刑事訴
訟法第四百条但書に従い。更に判決をすることとする。
 本件公訴事実は、冒頭摘示のとおりであるが、本件事故が被告人の業務上の注意
義務の懈怠に起因するものと断ずべき証拠が存しないため、結局本件公訴事実は犯
罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法第三百三十六条第四百四条に則り、
被告人に対して、無罪の言渡をなすこととする。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 大曲壮次郎)

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