弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人平田省三の上告理由第一点、第二点及び第七点について
 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認する
ことができ、右事実関係のもとにおいて、被上告人の不法行為責任及び債務不履行
責任は認められないとした原審の判断は正当であつて、その過程に所論の違法はな
い。論旨は、いずれも採用することができない。
 同第三点について
 原審が認定した事実の要旨は、(1) 上告人Aが出生した昭和四四年一二月当時、
新生未熟児の観護療養に当たる小児科、産科、眼科医としては、未熟児網膜症(以
下「本症」という。)の治療のためにはその活動期の初期(オーエンスの分類のⅠ
期、Ⅱ期)に酸素濃度の適正管理を行い、副腎皮質ホルモン剤、ビタミン剤等を投
与することが臨床医家の間でのほぼ共通した方法であつたが、オーエンスⅣ期以上
に進行した場合には右の治療法も効果はなく、病状の進行を確実に阻止する方法は
存しないとされていた、(2) 原審口頭弁論終結の昭和五三年六月当時においては、
本症の治療法としての副腎皮質ホルモン剤等の薬物療法は、副作用を伴う危険の方
が大きいこと及び自然治癒との区別がつきにくいところから積極的な治療効果があ
ると確認されるに至つていないこと等の理由により、本症の研究者ないし臨床医家
の間では殆ど支持されなくなつていた、というのであり、右事実認定は、原判決挙
示の証拠関係に照らして、肯認することができる。
 右事実関係のもとにおいては、被上告人の経営する総合病院D病院の眼科医Eの
ステロイドホルモン剤投与の時期が遅きに失したか杏かについて論ずるまでもなく、
右の点に関する同医師の診療上の過失責任を認めなかつた原審の判断は、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することがで
きない。
 同第四点、第五点及び第六点について
 原審が認定した事実の要旨は、(1) E医師が上告人Aの診療に当たつていた昭
和四五年初めにおいては、光凝固法は、本症についての先駆的研究家の間で漸く実
験的に試みられ始めたという状況であつて、一般臨床眼科医はもとより、医療施設
の相当完備した総合病院ないし大学医学部附属病院においても光凝固治療を一般的
に実施することができる状態ではなく、患児を光凝固治療の実施可能な医療施設へ
転医させるにしても、転医の時期を的確に判断することを一般的に期待することは
無理な状況であつた、(2) 光凝固治療の実施時期を的確に判断するためには眼底
検査が必要であるところ、未熟児の眼底検査は、眼底の未熟性という検査対象の特
殊性からいつても特別の訓練を要する特殊作業であつて、本件当時における未熟児
の眼底検査についてのE医師の技術水準は、平均的眼科医のそれよりは進んでいた
とはいうものの、本症の専門的研究者には到底及ばなかつた、(3) 上告人Aの本
症の病変は、当時の専門家にも未知な複雑な臨床経過を示した、(4) E医師が上
告人Aの眼底検査をしたのは、光凝固治療を目的とするものではなく、副腎皮質ホ
ルモンの投与の時期を見はからうために実施したものである、というのであり、右
事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして肯認することができる。
 思うに、人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に
照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるが(最高
裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五巻
二号二四四頁参照)、右注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨
床医学の実践における医療水準であるから、前記事実関係のもとにおいて、所論の
説明指導義務及び転医指示義務はないものとしたうえ、被上告人の不法行為責任及
び債務不履行責任は認められないとした原審の判断は正当であつて、その過程に所
論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意
見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    横   井   大   三
            裁判官    環       昌   一
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    寺   田   治   郎

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