弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人酒井武義の上告趣意について
 所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決は、以下の理由により、破棄を
免れない。
 一 原判決は、第一審判決が被告人の本件行為を過剰防衛行為に当たるとしたの
は事実誤認であるとして、これを破棄し、自ら次の事実を認定判示した。
 被告人は、スナツクを営んでいる妻A(以下、Aという。)が自己に冷淡になり、
外泊を重ねたりしていることからAがB(当時四三歳、以下、Bという。)と情交
関係を持つているのではないかと強く疑つていたところ、昭和五八年二月二八日午
前零時ころ大阪市h区ab丁目c番d号ef階所在の自己の経営するスナツク「g」
(以下、gという。)に、Bが女性一名を伴つて客として訪れ、酒を注文して飲み
始めた。同店は、同月三日に開店したばかりであつたが、被告人は、そのことをB
に知らせていないのにBが来たので、同店の開店を知つた理由を尋ねたところ、B
がAから聞いて知つた旨答えたので、もともとBと顔を合わせたくなかつたのにA
が開店を教えたことに強い不満を抱き、かつ、AとBとの関係についての疑いを一
層深め、強い不快の念を抱きながらもそのまま時を過ごすうち、Bが同店内から、
Aの経営しているスナツクに電話をかけ、Aに対し、gに来るよう繰り返し誘いか
けているのを聞き、そのなれなれしい会話の調子からいよいよ右の疑いを深め一層
不快の念を募らせていた。同月二八日午前二時ころ、Aがg店内に入つて来たのを
認めるや、被告人は、来るはずがないと思つていたAがBの誘いに応じてやつて来
たことに激怒し、Aに対しその場にあつたウイスキーの空びんを持つて振り上げ、
「お前はなんで来たんや」と怒鳴りつけた。すると、Bは被告人から右空びんを取
り上げたうえ、被告人に掴みかかつて、カウンターの奥に押しやり、左手でそのネ
クタイのあたりを掴み、右手拳で頭部、顔面を繰り返し殴打し、首を締めつけるな
どのかなり激しい暴行を加えた(以下、これを第一暴行という。)。被告人はその
間全く無抵抗でされるがままになつていたが、AがBに対し、「あんた、やめて」
と呼んで制止しているのを聞き、Aのこの言葉遣いから、AとBとは情交関係を持
つていると確信するに至り、右両名に対し言い知れない腹立ちを覚えたものの、ま
もなく右暴行をやめてカウンター内から出て元の席に戻つたBからウイスキーの水
割りを注文されたので、三人分のウイスキーの水割りをつくつて差し出し、「なん
で殴られなあかんのかなあ」などと思わず小声でつぶやいた。すると、またもや、
Bは「お前まだぶつぶつ言つているのか」と言うなり、手許の右ウイスキー水割り
の入つたガラスコツプのほか灰皿、小鉢などを次々にカウンター内にいる被告人に
投げつけ始めた(以下、これを第二暴行という。)。ここに至り、被告人は、同日
午前二時二五分ころ、「なぜこんなにまでされねばならないのか。女房を取りやが
つて」と、それまで抱いていたBに対する憤まんや不快感を一気に募らせ、Bに対
する憎悪と怒りから、調理場にあつた文化包丁一丁を持ち出し、ことと次第によつ
てはBの殺害という結果に至ることがあるかもしれないがそれもまたやむをえない
と決意を固め、Bに向かつて「表に出てこい」と申し向け、カウンターを出て通路
(原判決に「道路」とあるのは誤記と認める。)を出入口の方へ行こうとしたとこ
ろ、Bからなおも客席にあつた金属製の譜面台(高さ約一・二メートル)を投げつ
けられ、更には「お前、逃げる気か。文句があるなら面と向かつて話しせえ」など
と怒鳴りながら後を追つてこられ、背後から肩を掴まれるなどしたため(以下、こ
れを第三暴行という。)、Bから更にいかなる仕打ちを受けるかもしれない、かく
なるうえは機先を制して攻撃しようという気持から振り向きざまに、右手に持つた
文化包丁でBの右胸部を一突きし、よつて、そのころ、同所において、Bを大動脈
起始部切破による心嚢血液タンポナーデにより死亡させたものである。
 二 原判決は、被告人の本件行為が正当防衛にも過剰防衛にも当たらないと判断
した理由として、Bによる第一ないし第三暴行は、同一場所で時間的にも接着して
行われたものであり、凶器を使用したものではないとしても、単に被告人の身体に
対する攻撃たるにとどまらず、生命に対する危険をもはらむ攻撃とみうるものであ
り、しかも被告人の本件行為の時点においても、ことと次第によつてはなおBによ
る同種の攻撃が繰り広げられる気配が残存していたというべきではあるが、被告人
は、右のとおり、Bに対する憎悪や怒りから、かつまた、機先を制して攻撃しよう
とする気持から、本件行為に及んだものであつて、自己の生命、身体を防衛せんと
する意思に出たものではないといわなければならない旨判示している。すなわち、
原判決は、被告人の本件行為は、Bによる自己の生命、身体に対する急迫不正の侵
害に対してなされたものではあるが、防衛の意思を欠くため、過剰防衛の成否を論
ずる余地もないとしたものと理解される。
 三 しかしながら、刑法三六条の防衛のための行為というためには、防衛の意思
をもつてなされることが必要であるが、急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利
を防衛するためにした行為と認められる限り、たとえ、同時に侵害者に対し憎悪や
怒りの念を抱き攻撃的な意思に出たものであつても、その行為は防衛のための行為
に当たると解するのが相当であるところ(最高裁昭和四五年(あ)第二五六三号同
四六年一一月一六日第三小法廷判決・刑集二五巻八号九九六頁、同昭和四九年(あ)
第二七八六号同五〇年一一月二八日第三小法廷判決・刑集二九巻一〇号九八三頁参
照)、原判決が認定した前記事実自体から、被告人の本件行為が、Bから第三暴行
に引続き更に暴行を加えられることを防ぐためのものでもあつたことは明らかであ
ると思われるし、原判決が指摘する被告人のBに対する憎悪、怒り、攻撃の意思は、
それだけで直ちに本件行為を防衛のための行為とみる妨げになるものでないことは、
右に述べたとおりである。
 もつとも、原判決は、「弁護人の控訴趣意中、責任能力ならびに殺意の有無に関
する主張について」と題する項において、被告人が本件行為に先立つて「表に出て
こい」などと言つて挑発した旨認定判示しており(ただし、自判にあたつて示した
「罪となるべき事実」中にも、正当防衛、過剰防衛の成否についての説示部分にも、
この挑発という表現は用いられていない。)、被告人の右言葉をかなり重視してい
るようにうかがわれ、更に、被告人が「機先を制して攻撃しようという気持」から
本件行為に出た旨判示していることに照らすと、原判決は、被告人の右言葉から、
被告人は包丁を手にしてBを店外に呼び出して攻撃するつもりで自分から先に店外
に出ようとしていたところ、たまたま、店外に出る前にBから追いつかれたため、
本件行為に及んだものである旨推認し、本件行為は専ら攻撃の意思に出たものとみ
ているように理解されないでもない。しかしながら、挑発という点についてみると、
原判決の認定するところによつても、Bは「お前、逃げる気か。文句があるなら面
と向かつて話しせえ」などと怒鳴りながら、被告人を追いかけたというのであるか
ら、そもそもBに被告人が発した「表に出てこい」などという言葉が聞こえている
のか否かさえ定かではないというべきであるし(記録によると、当時Bの隣にいた
Bの連れの女性は被告人のそのような言葉は何も聞いていないと供述している。)、
少なくとも当時Bは被告人が逃げ始めたと思つて追跡したとみられるのであつて、
被告人の右言葉がBによる第三暴行を招いたものとは認めがたい。また、いずれも
記録からうかがわれるBにより全く一方的になされた第一ないし第三暴行の状況、
包丁を手にした後も直ちにBに背を向けて出入口に向かつたという被告人の本件行
為直前の行動、包丁でBの右胸部を一突きしたのみで更に攻撃を加えることなく直
ちに店外に飛び出したという被告人の本件行為及びその直後の行動等に照らすと、
被告人の「表に出てこい」などという言葉は、せいぜい、防衛の意思と併存しうる
程度の攻撃の意思を推認せしめるにとどまり、右言葉の故をもつて、本件行為が専
ら攻撃の意思に出たものと認めることは相当でないというべきである。
 そうすると、被告人の本件行為につき、防衛の意思を欠くとして、正当防衛のみ
ならず過剰防衛の成立をも否定した原判決は、刑法三六条の解釈を誤つたか、又は
事実を誤認したものといわなければならない。
 四 以上のとおり、原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令違反あるいは事実
誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。よつて、所
論に対し判断を加えるまでもなく、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄
し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である大阪高等裁判所に差し戻すことと
し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官土肥孝治 公判出席
  昭和六〇年九月一二日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    角   田   禮 次 郎
            裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    和   田   誠   一
            裁判官    矢   口   洪   一
            裁判官    高   島   益   郎

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