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令和2年7月21日判決言渡
平成29年(行ウ)第520号損害賠償請求行為請求事件(住民訴訟)
主文
1本件訴えのうち,次の(1)から(3)までの訴えをいずれも却下する。
(1)社会福祉法人Aに対して不当利得返還請求をすることを求める訴え5
(2)B及びCに対して不法行為に基づく損害賠償請求をすることを求め
る訴え
(3)Dに対して不法行為に基づく損害賠償請求をすることを求める訴え
のうち,違法な補助金交付決定による不法行為に係る部分
2原告のその余の請求を棄却する。10
3訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,社会福祉法人Aに対して456万3200円及びこれに対する平成
27年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ。15
2被告は,D,B及びCに対し,456万3200円及びこれに対する平成2
7年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の連帯支払を請求せ
よ。
第2事案の概要
α市長は,α市内で保育園(以下「本件保育園」という。)を営む社会福祉20
法人A(以下「本件社会福祉法人」という。)に対し平成26年12月から平
成27年3月までの期間(以下「本件対象期間」という。)に合計456万3
200円の補助金の交付決定をした(以下,この補助金を「本件補助金」とい
い,その交付決定を「本件交付決定」という。)が,本件保育園は,平成26
年12月に1名の児童を入所させたことにより,本件対象期間について,α市25
の定める要綱の基準を満たさなくなっていた。α市は平成28年6月に要綱を
改正し,改正後の規定を平成20年4月から遡及適用するものとした結果,本
件保育園は本件対象期間中も要綱の基準を満たすこととなった。
本件は,α市の住民である原告が,①本件交付決定は違法であり,α市は本
件社会福祉法人に対して本件補助金相当額の不当利得返還請求権を有するにも
かかわらず,α市長は同請求権の行使を違法に怠っている,②α市長であるD5
(以下「D市長」という。)及びα市の職員2名(以下「本件職員ら」という。)
が違法な本件交付決定によりα市に本件補助金相当額の損害を被らせたことは
不法行為に該当し,α市はD市長及び本件職員らに対し同不法行為に基づく損
害賠償請求権を有するにもかかわらず,α市長は同請求権の行使を違法に怠っ
ている,③D市長が違法に要綱を改正することにより本件社会福祉法人の本件10
補助金返還義務を免れさせ,α市に本件補助金相当額の損害を被らせたことは
不法行為に該当し,α市はD市長に対し同不法行為に基づく損害賠償請求権を
有するにもかかわらず,α市長は同請求権の行使を違法に怠っていると主張し
て,地方自治法242条の2第1項4号本文の規定に基づき,α市の執行機関
である被告を相手に,次の(1)から(3)までの各請求権を当該怠る事実の相手方15
に対して行使することを求める住民訴訟の事案である。
(1)本件社会福祉法人に対する,上記①の不当利得金456万3200円及び
これに対する民法704条に基づく年5分の割合による利息の返還請求権
(主文1(1),請求の趣旨1。以下「本件請求権1」という。)
(2)D市長及び本件職員らに対する,上記②の不法行為に基づく損害賠償金420
56万3200円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害
金の支払請求権(主文1(2)及び(3),請求の趣旨2。以下「本件請求権2」
という。)
(3)D市長に対する,上記③の不法行為に基づく損害賠償金456万3200
円及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求権25
(主文2,請求の趣旨2。以下「本件請求権3」という。)
1関係法令等の定め
(1)本件に関係する法令等の定めは,別紙2-1から2-7までに記載したと
おりである。
(2)α市における補助金の交付について
社会福祉法58条1項は,国又は地方公共団体は,必要があると認めると5
きは,厚生労働省令又は当該地方公共団体の条例で定める手続に従い,社会
福祉法人に対し,補助金を支出することができると規定する。
これを受けてα市が定めた「社会福祉法人の保育所に対する補助金の交付
に関する条例」(昭和46年α市条例第11号。甲5。以下「本件条例」と
いう。)は,α市長が,東京都知事の認可を受けてα市の区域内で保育所を10
経営する社会福祉法人に対し,民間保育所補助事業に係る運営費補助金を交
付することができるとし,その内容として,基本額等のほか,零歳児加算額
を定め,零歳児認可定員等に応じて定まる児童1人当たりの月額に,零歳児
の入所児童数を乗じて得た額を支払うものとしている(3条1項,別表)。
また,本件条例11条は,同条例の施行について必要な事項はα市長が別に15
定めるものとしている。
本件条例11条の規定を受けて定められた「社会福祉法人の保育所に対す
る補助金の交付に関する条例施行規則」(平成20年α市規則第43号。甲
6。以下「本件規則」という。)は,運営費補助金の交付を受けようとする
社会福祉法人の代表者は「α市民間保育所運営実施要綱(平成20年α市20
告示第376号。甲7。以下「本件要綱」という。)による実施基準に基づ
き補助金交付申請書を提出するものとし(2条,3条),その申請を受けた
α市長は,その経費や申請金額等が補助要件(本件条例に定めるほか,本件
要綱に定めるものを含む。以下同じ)に適合していること等の所定の審査基
準に照らして審査をし,補助金の交付又は不交付の決定をするものとしてい25
る(4条)。
(3)保育所の設備に係る面積の基準について
児童福祉法(平成24年法律第67号による改正前のもの。以下同じ)は,
都道府県は,児童福祉施設の設備及び運営について,条例で基準を定めなけ
ればならない旨を定め(45条1項),都道府県がその条例を定めるに当た
っては,児童福祉施設に係る居室の床面積等については厚生労働省令で定め5
る基準に従い定めるものとしている(同条2項2号)。
上記の「厚生労働省令で定める基準」に当たる「児童福祉施設の設備及び
運営に関する基準」(平成26年厚生労働省令第17号による改正前のもの。
乙4)32条は,保育所の設備の基準として,乳児室(主に零歳児のベッド
が設置される部屋をいう。以下同じ)の面積は,乳児又は満2歳に満たない10
幼児1人につき1.65㎡以上でなければならず(2号),ほふく室(主に
1歳児がほふく歩行を行うための部屋をいう。以下同じ)の面積は,乳児又
は満2歳に満たない幼児1人につき3.3㎡以上でなければならない(3号)
旨を定めている。
また,児童福祉法45条の規定を受けて東京都が定めた「東京都児童福祉15
施設の設備及び運営の基準に関する条例」(平成24年東京都条例第43号。
乙5)41条1項3号は,保育所の基準として,乳児室又はほふく室の面積
は,乳児又は満2歳に満たない幼児1人につき3.3㎡以上でなければなら
ない旨を定めている。
(4)本件要綱における零歳児加算額の実施基準について20
ア本件要綱の改正前
本件要綱は,補助金の交付を受けようとする民間保育所の施設長は別表
第1に定める実施基準に基づき当該民間保育所を運営するものとしてい
る(3条)ところ,平成28年6月28日に改正される前の別表第1は,
運営費補助金の零歳児加算額の実施基準として,「乳児室及びほふく室を25
通じて,零歳児1人につき,5平方メートル以上の有効面積があること。
ただし,定員を超えて入所させる場合にあっては,当該年度に限り定員を
超えた児童1人につき3.3平方メートル以上の有効面積があれば差し支
えないものとする。」と定めていた(以下,かかる本件要綱の基準を「面
積基準」という。)。
なお,ここでいう「定員」とは,東京都から認可を受けた定員(以下「認5
可定員」という。)のことであり,「定員を超えて入所させる場合」とは,
α市が定める保育所実施の最低基準の範囲内で認可定員を超えて入所さ
せることであって,この認可定員を超えた部分の定員を「運用定員」とい
う。
イ本件要綱の改正後10
面積基準を定める本件要綱の別表第1は,平成28年6月28日に制定
された「α市民間保育所運営実施要綱の一部を改正する要綱」(甲14。
以下「本件改正要綱」という。)により改正され(以下「本件改正」とい
う。),本件改正後の面積基準は「乳児室及びほふく室を通じて,零歳児
1人につき,おおむね5平方メートル以上の有効面積があること。(以下,15
上記アと同じであるため省略。)」となった。本件改正要綱の附則におい
て,改正後の別表第1の規定は平成20年4月1日から適用するものとさ
れ,同日から本件改正要綱の施行日の前日までの民間保育所の運営は,改
正後の別表第1の規定に基づき行われたものとみなすこととされた(以下,
かかる附則の規定に基づく改正後の別表第1の規定の適用を「本件遡及適20
用」という。)。
2前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨
により容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア原告は,α市の住民であるとともに,平成15年からα市の職員であり,25
保育所に対する運営費補助金の交付に係る事務を所管する「子ども青少年
部子育て支援課(以下「子育て支援課」という。)に所属していたことが
ある。原告の子育て支援課での担当業務は,平成23年10月1日から平
成26年3月31日までは認可保育所の入所審査業務であり,同年4月1
日から平成29年3月31日までは子育て施策の計画業務及び施設整備業
務であった(甲20)。5
イD市長は,平成22年4月21日からα市長の職にある。
ウB(以下「B課長」という。)は,平成22年10月から平成27年3
月まで,子育て支援課長の職にあった者である(乙12)。
エC(以下「C主査」という。)は,平成26年5月から平成29年3月
までの間,子育て支援課の保育担当主査の職にあった者である。当時の保10
育担当の業務は,保育所の運営に関する事項全般にわたり,入所の決定や
補助金の交付等に関する事務も行っていた。(乙13)
オ本件社会福祉法人は,α市内において本件保育園を設置運営する社会福
祉法人である。
(2)本件補助金の交付等15
ア本件保育園は,α市長に対し,次の一つ目の表の「申請日」欄記載の各
日付けで,本件条例の定める民間保育所補助事業等に係る補助金の交付を
申請し(これらの申請を「本件各申請」といい,その申請書を「本件各申
請書」という。),α市長(D市長)は,本件各申請に対し,同表の「交
付決定日」欄記載の各日に,補助金の交付決定をした(甲1~4〔枝番号20
を含む。以下同じ〕)。同決定による補助金の最終交付日は,平成27年
3月25日である。また,同決定により交付された補助金の合計額は次の
二つ目の表の「合計額」欄記載のとおりであり,そのうち運営費補助金額
は同表の「運営費補助金」欄記載のとおりであり,更にそのうち零歳児加
算額に相当するもの(本件補助金)の額は,同表の「零歳児加算額」欄(一25
つ目の表の「本件補助金額」欄と同じ。)記載のとおりである。したがっ
て,平成26年12月から平成27年3月までの4か月間(本件対象期間)
に交付された本件補助金の合計額は,456万3200円である(上記の
補助金交付決定のうち,本件補助金に係るものが,本件交付決定である。)。
申請日交付決定日本件補助金額
平成26年12月1日
(甲1の1)
平成26年12月1日
(甲1の2)
114万0800円
平成27年1月5日
(甲2の1)
平成27年1月5日
(甲2の2)
114万0800円
平成27年2月1日
(甲3の1)
平成27年2月1日
(甲3の2)
114万0800円
平成27年3月1日
(甲4の1)
平成27年3月1日
(甲4の2)
114万0800円
合計額運営費補助金零歳児加算額
平成26年
12月分
792万3300円574万4800円114万0800円
平成27年
1月分
861万0300円571万3800円114万0800円
平成27年
2月分
827万4800円572万9300円114万0800円
平成27年
3月分
834万9800円572万9300円114万0800円
イ本件保育園は,平成26年12月にα市職員の子供で当時零歳児だった
児童(以下「本件児童」という。)を入所させたことで,同月から平成2
7年3月までの期間(本件対象期間)において,本件改正前の面積基準を
満たさない状態となり(不足面積は,児童1人当たり約0.035㎡〔甲
8〕。),本件補助金は同基準を満たさないで交付されたものであった。
なお,本件改正前の面積基準を満たさなかった補助金の額は,本件児童
1名に係る零歳児加算額(4か月の合計28万5200円)にとどまらず,5
本件対象期間に入所していた零歳児の児童16名に係る零歳児加算額(本
件補助金合計456万3200円)の全額にわたる(甲1~4)。
(3)本件要綱の改正について
α市長(D市長)は,平成28年6月28日に本件改正要綱(同日施行)
を定めた。これにより,本件改正前の面積基準における「乳児室及びほふく10
室を通じて,零歳児1人につき,5平方メートル以上の有効面積があること。」
との要件は,本件改正後には「乳児室及びほふく室を通じて,零歳児1人に
つき,おおむね5平方メートル以上の有効面積があること。」となり,従前
の要件に「おおむね」が加えられることとなった。そして,本件改正要綱が
附則において本件遡及適用を定めたことにより,本件補助金の交付にも本件15
改正後の面積基準が適用されることなり,その結果,本件補助金の交付は面
積基準に反しないこととなった。(関係法令等(4)イ)
(4)原告による監査請求
ア原告は,平成29年9月21日付けで,α市監査委員に対し,本件保育
園は本件対象期間において本件改正前の面積基準を満たしていなかった20
から本件交付決定は違法であるとして,①本件交付決定の取消しを求める
とともに,②本件交付決定に関与したB課長及びC主査(本件職員ら)に
対し不法行為に基づく損害賠償請求をすることを求める監査請求をした
(甲16。以下「本件監査請求」という。)。
イα市監査委員は,平成29年10月4日付けで,原告に対し,本件監査25
請求は監査請求期間(本件補助金に係る最後の交付決定がされた平成27
年3月1日から1年間)を経過した後にされたものであり,そのことにつ
いて「正当な理由」(地方自治法242条2項ただし書)があったとは認
められないなどとして,本件監査請求を却下する旨の監査結果を通知した
(甲15)。
(5)本件訴えの提起5
原告は,平成29年11月1日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
3争点
(1)本案前の争点
適法な監査請求の前置の有無
(2)本案に関する争点10
ア本件請求権1について
本件社会福祉法人に対する不当利得返還請求権の成否(本件交付決定の
違法,無効)
イ本件請求権2について
D市長及び本件職員らの違法な本件交付決定による不法行為に基づく損15
害賠償請求権の成否(本件交付決定の違法性,損害の発生の有無)
ウ本件請求権3について
D市長の違法な本件改正による不法行為に基づく損害賠償請求権の成
否(本件改正の違法性,損害の発生の有無)
4争点に関する当事者の主張20
争点に関する当事者の主張の要旨は,別紙3記載のとおりである。なお,同
別紙に定義した略語は,本文においても用いる。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,本件訴えのうち,本件請求権1及び2に係る訴えは適法な監査
請求の前置を欠く不適法な訴えであるから却下すべきものであり,本件請求権25
3については,本件改正によりα市に損害が生じたとは認められず,原告の主
張する損害賠償請求権の成立を認めることはできないから,これに関する原告
の請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。
その理由の詳細は,以下のとおりである。
1認定事実
前記前提事実並びに甲8,11,証人B,証人C,原告本人,掲記の証拠及5
び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)α市における保育所に係る補助金の交付について
アα市は,社会福祉法人が経営する保育所の運営と保育内容の充実を図る
ことを目的として,本件条例及び本件規則を定め,これらに基づき,α市
内において保育所を運営する社会福祉法人に対する補助金を交付してお10
り,その実施基準として本件要綱を定めている(関係法令等⑵,甲5,6)。
イ上記アの補助金のうち民間保育所補助事業に係る運営費補助金の零歳児
加算額については,平成19年度までは,東京都が定める「東京都保育所
事業実施要綱」(以下「東京都要綱」という。)における零歳児保育特別
対策事業として支出されていたが,平成20年度から東京都における交付15
が廃止されたことに伴い,α市独自の補助金として交付することとされ,
その実施のため本件要綱が平成20年4月1日に定められた。その際,東
京都要綱では「零歳児1人につき,乳児室及びほふく室を通じて,おおむ
ね5平方メートル以上の有効面積があること」を要するものとされていた
ところ,本件要綱では「おおむね」との文言を含まないものとされた(本20
件改正前の面積基準)。
(2)本件児童が入所した経緯
ア本件児童は,平成26年▲月▲日,α市職員であった父母の間にに出生
し,父母及び兄(平成22年▲月▲日生)と同居していた(以下,本件児
童の父を「本件父」,母を「本件母」,兄を「本件兄」という。)。25
本件母は,本件児童の出生前である平成26年▲月頃から視覚の異常等
があり,出産後の同年▲月▲日,原発不明多発悪性腫瘍と診断された。診
断時の症状は,既に全身に悪性腫瘍病変が広がり,骨転移や視野障害が認
められる末期の症状であり,診断した医師は,本件母の余命について,同
年末から年を越せるかどうかという僅かな期間である旨の宣告をした。本
件母は,同月▲日から平成27年▲月▲日まで入院治療を受け,退院後自5
宅で静養し,同月▲日死亡した。(甲11,乙11)
本件父は,本件母の病気が発覚した後,通院治療への付き添い,入院時
の看病,本件児童及び本件兄(当時4歳)の監護養育,日常家事等を基本
的に単独で行っていた。
イ本件父は,平成26年▲月▲日頃,α市職員であるE(以下「E課長」10
という。)に対し,本件母が末期癌であることが発覚し看病のため休暇を
取得すること,看病に集中するため本件児童の監護を依頼する必要がある
こと等の事情を話した。
E課長は,本件児童を保育所に入所させる必要があると考え,同日頃か
ら同月▲日頃までの間に,子育て支援課のB課長に相談し,本件児童が出15
生直後であることや本件母が末期癌で余命僅かであること等の事情を説
明した。
ウB課長は,E課長から上記イの説明を受けて,本件兄が通っていた本件
保育園の運用定員(関係法令等(4)ア)として本件児童を受け入れることが
できないかと考え,本件保育園の園長(本件園長)に電話をして,本件父20
の氏名等は伏せ,その状況の概要を説明した上で,零歳児の入所可能性を
尋ねた。これに対し,本件園長は,面積基準(本件改正前)を満たさなく
なることを理由に,零歳児の入所は困難である旨を回答した。
エ上記ウの電話から数日中に,B課長と本件園長との間で,再度,零歳児
の受入れの可否について協議が行われた。この時点で,本件園長は,対象25
とされている零歳児が本件児童であること(その両親がα市職員であり,
その兄が本件保育園に通所中であること)等を認識しており,その上で,
受入れは可能である旨の回答をした。
もっとも,この時点において,本件園長は,面積基準との関係から,本
件児童の受入れを一時保育として行うことを考えていた(甲33)。
オB課長は,上記エの協議の後,C主査に対し,本件保育園が本件児童を5
受け入れることで調整がついた旨を説明し,これに基づき,C主査におい
て本件児童の入所に関する具体的な手続を行った。
もっとも,実際に行われた本件児童の入所手続は,本件園長が念頭に置
いていた一時保育としての入所によるものではなく,正式入所(零歳児の
運用定員の増枠)によるものであったが,その手続を進めるに当たり,B10
課長又はC主査から本件園長に対し,面積基準の問題が解消されたのか否
かについて確認したことはなかった。
カ平成26年11月19日,本件児童について,同年12月1日から本件
保育園に入所させることを承諾する旨の決定がされ,本件児童は同日から
本件保育園に入所した(甲8)。15
本件園長は,α市から本件児童の入所決定通知書の交付を受け,これに
より本件児童が正式入所することを知ったが,同入所による面積基準違反
のため零歳児加算額に係る補助金の交付が受けられなくなるとの認識は
有しておらず,正式入所が認められてよかったとの感想を抱いただけであ
った(甲33)。20
(3)本件補助金の交付等
アα市は,平成26年12月分から平成27年3月分までの補助金につい
て本件社会福祉法人が提出した本件各申請書に基づき,同法人に対し,零
歳児加算額である本件補助金合計456万3200円を含む補助金を交付
した(前提事実(2)ア)。25
イα市が定める社会福祉法人が営む保育所に係る補助金の交付申請書の様
式では,4月申請時にのみ事業計画書を添付することとされており,その
ほかの月においては,零歳児加算額に関しては,零歳児入所児童1人当た
りの金額(本件については月額7万1300円)に零歳児入所児童数(本
件対象期間における本件保育園の零歳児入所児童数は,認可定員12人及
び運用定員4人〔本件児童を含む。〕の合計16人)を乗じた金額(本件5
については月額114万0800円)の交付を求める旨を記載することと
なっていたが,面積基準を満たすことについて記載する欄は設けられてい
なかった。本件社会福祉法人が提出した本件各申請書は,このような様式
に従って作成されたものであった。(甲1~4)
また,本件補助金の交付に係るα市の決裁において,本件保育園が面積10
基準を満たしているか否かについての審査は行われなかった。
ウ平成26年12月1日当時における本件保育園の乳児室及びほふく室の
面積は,乳児室が70.0㎡,ほふく室が100.6㎡の合計170.6
㎡であった。また,同日当時における本件保育園の1歳児の認可定員は2
5人,運用定員は5人であった。15
これを前提とすると,本件児童が入所する前の平成26年11月末日の
時点においては,面積基準で必要とされている有効面積に対して1.7㎡
の余裕が生じる状況であったのに対し,同年12月1日に本件児童が入所
して以降は,運用定員1人当たり3.3㎡の有効面積が必要とされる(関
係法令等(4)ア)ため,1.6㎡が不足する状況となった。これを,零歳20
児及び1歳児の総定員数(46人)で除すると,児童1人当たり0.03
5㎡の不足となる。なお,このような有効面積の不足の状況は,同月から
平成27年3月まで4か月間(本件対象期間)にわたり継続し,同年4月
には解消された。(以上につき,甲8)
(4)原告の通報とα市の対応25
ア平成26年3月までα市の子育て支援課に所属し,認可保育所の入所審
査業務に携わっていた原告は,平成27年夏頃,当時子育て支援課に所属
していたF(以下「F主事」という。同年10月に学校給食センターに異
動。)から,本件児童の入所に関し適正さを欠く行為があった旨の相談を
受け,自身の職務経験に照らして問題があると感じたことから,F主事の
異動後も独自に調査を進め,平成28年1月29日にB課長及びC主査に5
電話をかけて事情を聴いた(甲18,20,32)。そして,原告は,同
年2月24日付けでα市に対し通報をした(以下「本件通報」という。)
が,その内容は,α市から本件保育園(本件社会福祉法人)に対してされ
た本件補助金の交付は,本件保育園の有効面積(170.6㎡)が零歳児
加算の補助基準(172.2㎡)に違反することをα市職員が知りながら10
された不正なものであるなどというものであった(甲8,17)。
イα市は,本件通報を受け,G弁護士に対して事実関係等の調査を依頼し,
同弁護士から平成28年5月27日付けの報告書(甲17。以下「本件報
告書」という。)の提出を受けた。原告も,その頃,α市から本件報告書
の写しを受領した。15
本件報告書に記載された同弁護士の意見(本件補助金の交付に関する部
分)は,下記のとおりである。

「本件補助金については重大な手続違反があり違法な支出であるから,α
市においては早急に返還の要否を検討すべきである。その際には補助金20
を交付すべき公益上やむを得ない事由の有無,すなわち平成26年11
月時点において本件児童に保護の緊急の必要性があったか否か及び本件
実施基準の違反により他の児童に与える影響が許容範囲内か否かを,関
係資料の収集及び関係者からの事情聴取を経た上で検討会議を開催する
こと等により慎重に判断すべきである。」25
ウ本件報告書の提出を受け,α市は,平成28年6月17日,本件補助金
の交付に係る事実関係等の確認及び検証のため,α市職員を構成員とする
検証会議(以下「本件検証会議」という。)を設置した。なお,本件検証
会議の設置については,α市の同年7月26日付けの書面で原告にも説明
された。(甲8,9)
エまた,α市長(D市長)は,平成28年6月28日,本件改正要綱を制5
定し,従前の面積基準のうち「5平方メートル以上の有効面積があること」
との部分に「おおむね」を加え,平成19年度まで適用されていた東京都
要綱と同様の文言とした(本件改正)。そして,本件改正要綱の附則にお
いて本件遡及適用が定められたことにより,本件要綱が制定された平成2
0年4月1日に遡って本件改正後の面積基準が適用されることとなった。10
(関係法令等(4)イ,上記(1)イ)
また,本件改正後の面積基準に係る運用について,平成28年7月14
日,α市の子ども青少年部長名において,「保育を受けることが著しく困
難であると認められる児童が保育所で保育を受ける場合のα市民間保育
所運営実施要綱の取扱いについて」が定められ,保護者の死亡や緊急に治15
療を必要とする疾病等により,児童が保護者による保育を受けることが著
しく困難になった場合には,例外的に,零歳児の運用定員が1人分増枠可
能となる面積の範囲内に限り,零歳児の認可定員に求められる1人当たり
5㎡の面積基準を緩和することができるものとされた(乙6)。
オ本件検証会議は,平成28年8月30日に検証結果を報告した(甲8)。20
その概要は,次のとおりである。
(ア)本件児童について即時に保育所に入所させるべき緊急性及び必要
性はあった。ただし,緊急対応における手続として,①緊急性及び必要
性を基礎付ける事情の確認が不十分であること,②緊急対応時の判断基
準及び手続等に係る内部基準が設けられておらず,不明確であったこと,25
③緊急対応であることに係る情報を組織内で共有した上でそれらの事情
を踏まえた適切な組織決定が行われなかったこと等の問題があった。
(イ)本件補助金交付における公益上やむを得ない事由の有無について,
①本件要綱において零歳児加算額及び面積基準が制定された趣旨,②面
積基準との不適合の程度,③本件補助金交付の必要性,相当性の有無を
総合的に考慮すると,本件補助金の交付には公益上やむを得ない事由が5
あったといえる。
(ウ)本件補助金交付の判断自体は,本件検証会議における事後的検証に
おいても適法であったことが確認されたと評価できるものであり,かつ,
本件改正により面積基準への抵触という手続的瑕疵も治癒されているの
で,本件交付決定に違法性はない。したがって,本件補助金の返還は不10
要である。
(5)本件監査請求
ア原告は,平成29年9月21日付けで,α市監査委員に対し,本件監査
請求をした(前提事実(4)ア)。
イα市監査委員は,平成29年10月4日付けで,本件監査請求を却下し15
た(前提事実(4)イ)。
2争点(1)(適法な監査請求の前置の有無)について
本件は,本件監査請求の対象とされた行為又は事実(前提事実(4)ア)が,本
件訴訟の請求の対象と社会経済的な行為又は事実として同一であるということ
ができるから,監査請求の同一性を満たすものと解される。したがって,以下20
においては,地方自治法242条2項に定める監査請求期間(1年)の経過に
より,本件訴えが適法な監査請求の前置を欠く不適法なものとなるか否かにつ
いて検討する。
(1)本件請求権1及び2に係る訴えについて
ア監査請求期間の制限が及ぶか25
(ア)普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとし
て地方自治法242条1項の規定による住民監査請求があった場合に,
その監査請求が,当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特
定の財務会計上の行為を違法であるとし,当該行為が違法,無効である
ことに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理
を怠る事実としているものであるときは,当該監査請求については,上5
記怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わっ
た日を基準として同条2項の規定を適用すべきものと解するのが相当で
ある。なぜなら,同法242条2項の規定により,当該行為のあった日
又は終わった日から1年を経過した後にされた監査請求は不適法とさ
れ,当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとして10
いるにもかかわらず,監査請求の対象を当該行為が違法,無効であるこ
とに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として
構成することにより同項の定める監査請求期間の制限を受けずに当該行
為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば,同法が同項の規定に
より監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるものといわざるを得15
ないからである(最高裁昭和57年(行ツ)第164号同62年2月2
0日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁参照)。
(イ)原告は,本件訴訟において,本件請求権1(本件社会福祉法人に対
する不当利得返還請求権)及び本件請求権2(D市長及び本件職員らの
違法な本件交付決定による不法行為に基づく損害賠償請求権)の不行使20
をもって財産の管理を怠る事実としているものであるところ,本件請求
権1は,不当利得の発生原因として本件交付決定が違法,無効であるこ
とを主張するものであり,本件請求権2は,D市長及び本件職員らの共
同不法行為として違法な本件交付決定がされたことを主張するものであ
る。したがって,監査委員がこれらの請求権の行使を怠る事実について25
監査を遂げるためには,本件交付決定が財務会計法規に違反する違法な
ものであるか否かを判断することが不可欠であり,これらの請求権の行
使を怠る事実について地方自治法242条2項に定める監査請求期間の
制限を受けずに是正等の措置を請求し得るものとすれば,同項の規定に
より監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されることとなる。
そうすると,本件請求権1及び2の行使を怠る事実は,いわゆる不真5
正怠る事実であって,その監査請求は,地方自治法242条2項に定め
る監査請求期間の制限に服すると解するのが相当である。
(ウ)本件交付決定に基づく本件補助金の最終の交付がされたのは平成2
7年3月25日である(前提事実(2)ア)ところ,仮に本件請求権1及び
2が発生したとすれば,D市長は同日からこれらの請求権を行使するこ10
とができたといえるから,同日を起点として1年間の監査請求期間を算
定すべきところ,原告が本件監査請求をしたのは平成29年9月21日
であるから,監査請求期間を経過している。
そこで,本件請求権1及び2の行使を怠る事実について,原告が監査
請求期間を経過して本件監査請求をしたことにつき,地方自治法24215
条2項ただし書にいう「正当な理由」があるか否かについて検討する。
イ「正当な理由」の有無について
(ア)普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても
客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を
知ることができなかった場合には,地方自治法242条2項ただし書に20
いう「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団
体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に
当該行為の存在又は内容を知ることができたと解される時から相当な期
間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである。もっと
も,当該普通地方公共団体の一般住民が相当の注意力をもって調査し25
たときに客観的にみて上記の程度に当該行為の存在又は内容を知ること
ができなくても,監査請求をした者が上記の程度に当該行為の存在及び
内容を知ることができたと解される場合には,上記「正当な理由」の有
無は,そのように解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどう
かによって判断すべきものである(最高裁平成10年(行ツ)第69号,
第70号,同14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1485
1頁,最高裁平成10年(行ツ)第86号同14年10月15日第三小
法廷判決・裁判集民事208号157頁参照)。
(イ)本件につきこれをみると,原告は,平成27年夏頃に子育て支援課
のF主事から相談を受けたことを契機として本件児童の入所に疑問を抱
くようになり,平成28年1月にB課長及びC主査から事情を聴くなど10
の調査を経て,同年2月24日付けで本件通報をしたところ,その通報
内容は,本件補助金の交付は本件保育園の有効面積が面積基準に違反す
ることをα市職員が知りながらされた不正なものであることをいうもの
であった(認定事実(4)ア)。このような本件通報に至る経緯に加え,原
告がα市職員であり,上記当時において子育て支援課に所属し,平成215
6年3月まで認可保育所の入所審査業務を担当しており(前提事実(1)
ア),α市の保育所に対する補助金交付の要件やその運用について専門
的な知識経験を有していたことを併せ考慮すると,遅くとも本件通報を
した平成28年2月24日頃には,原告は,相当の注意力をもって調査
すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に本件交付決定の存在20
又は内容を知ることができたというべきである。
(ウ)この点,原告は,自らがα市職員であったために,監査請求をする
ことによって左遷人事等の不利益な処遇を受けることを恐れたため,平
成29年9月21日に至るまで監査請求をすることができなかった旨主
張し,同主張は,原告が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて25
監査請求をするに足りる程度に本件交付決定の存在又は内容を知ること
ができたと解される時から「相当な期間」内に本件監査請求をしたこと
をいうものと解される。
しかし,原告は,本件通報を自らの実名で行っているところ,α市に
おいては,これが公益通報者保護法の適用を受けるものではないと解し
ながらも,事案の性質に鑑みて必要な調査,検討を行うとの姿勢の下,5
弁護士に事実関係等の調査を依頼し,その結果,平成28年5月27日
付けで,本件補助金の交付に重大な手続違反があり返還の要否を検討す
べきである旨の記載がされた本件報告書の提出を受け,同年6月17日
に本件検証会議が設置されたのであり,原告はα市から平成28年7月
26日付けでその説明を受けているのである(認定事実(4)イ,ウ,甲9)。10
これらに照らせば,仮に原告が監査請求を行うことにより不利益な処遇
を受けることを恐れていた事実があったとしても,遅くとも本件検証会
議の設置について説明を受けた平成28年7月26日頃以降は,不利益
な処遇を恐れて躊躇することなく監査請求を行い得る状況にあったとい
うことができる。15
それにもかかわらず,原告は,上記の時点から1年以上経過した平成
29年9月21日付けで本件監査請求をしたのであるから,原告が相当
の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度
に本件交付決定の存在又は内容を知ることができたと解される時から
「相当な期間」内に監査請求をしたということができないのは明らかで20
ある。
なお,原告は,本件検証会議における検証の結果,本件交付決定が適
法であるとされたことを指摘し,更に新たな内部資料を入手するまで監
査請求をすることができなかった旨主張するが,監査請求は監査委員が
当該行為について監査を実施する端緒となるものであり,監査請求をす25
る者がその請求時において当該行為の違法性ないし不当性について確信
を抱いている必要はないのであるから,原告が主張する事情は上記の認
定判断を左右するものではない。
(エ)以上によれば,本件請求権1及び2に係る訴えは,その監査請求が
地方自治法242条2項本文に定める監査請求期間内にされたといえ
ず,監査請求期間の経過につき同項ただし書の「正当な理由」を認める5
こともできないから,適法な監査請求の前置を欠く不適法な訴えである。
(2)本件請求権3に係る訴えについて
ア本件請求権3に係る訴えは,D市長の違法な本件改正による不法行為に
基づく損害賠償請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としてい
るものである。本件改正は,本件要綱の定める面積基準を緩和するもので10
あり(関係法令等(4)イ),それ自体として監査請求の対象となる財務会
計上の行為(地方自治法242条1項)に当たるものではない。また,原
告の主張によれば,D市長が違法な本件改正により本件社会福祉法人の本
件補助金返還義務を免れさせたことを不法行為とするものであるところ,
これは本件交付決定の違法性とは別に,本件改正(特に,本件改正要綱の15
附則において本件遡及適用を定めたこと)自体の違法性を問題とするもの
である。これらに照らすと,本件請求権3の行使を怠る事実について,地
方自治法242条2項の定める監査請求期間の制限を受けずに是正等の
措置を請求し得るものとしても,同項の規定により監査請求に期間制限を
設けた趣旨が没却されるものではない。そうすると,本件請求権3の行使20
を怠る事実は,いわゆる不真正怠る事実には当たらず,その監査請求は監
査請求期間の制限に服しないというべきである。
イこれに対し,被告は,本件改正についてはそもそも抽象的な要綱の改正
行為自体の違法性を観念することはできないなどと主張するが,かかる主
張の当否は本案(本件請求権3の成否)に関するものであるから,その主25
張は上記の認定判断を左右するものではない。
ウしたがって,本件請求権3に係る訴えは,その監査請求が監査請求期間
の制限を受けるものではなく,そのほかに違法な点は見当たらないから,
適法な監査請求を前置したものであって,適法な訴えというべきである。
(3)小括
以上によれば,本件請求権1及び2に係る訴えは適法な監査請求の前置を5
欠く不適法なものであるのに対し,本件請求権3に係る訴えは適法であるか
ら,以下,本件請求権3(D市長の違法な本件改正による不法行為に基づく
損害賠償請求権)の成否(争点(2)ウ)について検討する。
3争点(2)ウ(本件請求権3の成否)について
以下においては,事案に鑑み,本件改正によるα市の損害の発生の有無につ10
いてまず検討する。
(1)原告は,本件改正は本件社会福祉法人のα市に対する本件補助金返還義務
を免れさせるものである旨主張する。しかし,仮に本件交付決定が違法であ
っても,α市が本件社会福祉法人に対して本件補助金の返還を求めることが
できる場合に当たらなければ,そもそも本件社会福祉法人には本件補助金の15
返還義務が生じていないのであるから,本件改正により本件社会福祉法人が
その義務を免れたとはいえず,α市に損害が発生しないことになる。したが
って,α市が本件社会福祉法人に対して本件補助金の返還を求めることがで
きるか否かについて,以下検討する。
(2)本件条例及び本件規則の定め20
まず,α市が保育所を営む社会福祉法人に対して交付した補助金の返還に
関する本件条例の定めについて見ると,本件条例8条は,α市長が,補助金
の交付を受けた法人が同条各号のいずれかに該当する場合に,既に交付した
補助金の全部又は一部の返還を命ずることができるとして,補助金の返還を
求めることができる場合を列挙している。これは,不正な補助金交付申請,25
事後的な条件違反・目的外使用等があった場合(1,4,5号)や,事業計
画の縮小等により交付された補助金を使用しなくなった場合(2,3号)に
は,公金である補助金の返還を求める必要性が高い一方,交付された補助金
は保育所の運営費等として費消されるのが通常であるため,違法に交付され
た補助金について一律にその返還を求めるとすることは,かえって,社会福
祉法人が経営する保育所の運営と保育内容の充実を図るという本件条例の目5
的(1条)に反するものとなりかねないことから,補助金の返還を求めるこ
とができる場合を上記各号において定めたものと解される。そして,本件条
例8条4号において「不正又は虚偽の申請により,補助金の交付を受けたと
き」と定めていることについては,上記のような同条の趣旨に照らせば,違
法な補助金交付がされたことにつき申請者に帰責性がある場合に補助金の返10
還を求めることができるとするものと解するのが相当である。
そして,本件規則は本件条例の施行について必要な事項についてα市長が
定めるものであるところ,このうち本件規則13条及び14条は本件条例8
条の規定を受けてその補助金の交付決定の取消し及び返還の手続を定めるも
のであるから,本件規則13条各号に定めるα市長が補助金の交付決定を取15
り消すことができる場合についても,本件条例8条各号に定める補助金の返
還を求めることができる場合を具体化したものと解するのが相当である。そ
して,本件規則13条1号の「偽りその他不正の手段により補助金の交付を
受けたとき」は,本件条例8条4号の「不正又は虚偽の申請により,補助金
の交付を受けたとき」に相当し,また,本件規則13条3号の「その他この20
規則の規定に違反したとき」は,本件条例8条1号の「市長の指定する交付
の条件に違反したとき」に相当するものと解される(後者について,具体的
には,本件規則7条〔補助事業の内容の変更等に関する承認〕,8条〔補助
事業の遂行の状況に関する報告〕,9条〔補助事業が完了しない場合等の報
告〕,11条〔事業年度終了後の実績報告〕等がこれに当たるものと解され25
る。)。
本件においては,本件各申請の当時,本件保育園が本件改正前の面積基準
を満たしていなかった(前提事実(2)イ)ことから,このような状況下で本件
社会福祉法人がした本件各申請が,本件規則にいう「偽りその他不正の手段」
に当たるか否かが問題となる。
(3)「偽りその他不正の手段」に該当するか5
α市では,社会福祉法人が営む保育所に係る補助金の交付申請について,
4月申請時にのみ事業計画書を添付することとされており,5月以降の申請
においては,同計画書に記載された当該保育所の有効面積等を前提に,当該
月の申請書に零歳児入所児童1人当たりの金額及び零歳児入所児童数を記載
し,当該月の零歳児加算額に係る補助金を申請することとなっていた(認定10
事実(3)イ)。本件社会福祉法人が平成26年4月申請時に提出した本件保育
園の事業計画における有効面積等の記載が誤っていたとは認められず,また,
本件各申請書における本件対象期間の零歳児入所児童1人当たりの金額及び
零歳児入所児童数の記載が誤っていたとも認められないから,本件各申請を
受けたα市が上記各記載に基づいた審査を行えば,本件対象期間において本15
件保育園が本件改正前の面積基準を満たしていないことが容易に判明したは
ずであり,本件においてこのことが判明しないまま本件交付決定に至ったの
は,α市が本件交付決定に当たり面積基準に関する審査を行わなかったため
である(認定事実(3)イ)。
また,本件保育園が本件対象期間において本件改正前の面積基準を満たさ20
ないこととなったのは,平成26年12月1日から本件児童を入所させたこ
とによるものである(前提事実(2)イ)ところ,本件児童の入所について審査
及び入所承諾の決定を行ったのもα市であって,本件社会福祉法人(本件園
長)は,B課長に対して零歳児を入所させると面積基準を満たさなくなる旨
を伝えた上で,一時保育によることを念頭に,本件児童の受入れは可能であ25
ると回答したものにすぎない(認定事実(2)ウ~カ)。そして,実際には,本
件児童は一時保育ではなく正式入所することになったのであるが,面積基準
との抵触にもかかわらず正式入所の決定がされた経緯については本件社会福
祉法人の関知するところではなく,α市側の事情によるものといわざるを得
ない。
そもそも,本件要綱の定める面積基準は,東京都が定める最低基準(児童5
1人につき3.3㎡以上)を上回る児童1人当たり5㎡の有効面積を要する
ものとすることにより,より質の高い保育を確保することを目的としてα市
長が定めた実施基準であるところ,例えば,保護者の死亡や入院など,当該
児童を保育所に入所させる緊急の必要性を基礎付ける事情が存する一方,当
該児童の入所による有効面積の不足が保育に及ぼす影響が軽微なものである10
場合にも,常に面積基準を厳格に適用してこれを満たさない入所を一切認め
ないこととすれば,α市において面積基準を定めた本来の趣旨に沿わない結
果となりかねないことから,他の児童との公平性にも配慮しつつ,一定の例
外的取扱いを認めることは,本件改正前であっても可能な運用であったとい
うことができる(本件改正により「おおむね」との文言が加えられたことや,15
平成28年7月に定められた例外的取扱いの基準〔認定事実(4)エ〕は,この
ような例外的な事情の下における柔軟な運用が一定の条件の下において可能
であることを確認する趣旨によるものと解される。)。
そうすると,①零歳児の入所により面積基準を満たさなくなることを本件
園長からB課長に伝えていたという従前の経緯に加え,②平成26年11月20
当時,本件母が悪性腫瘍の末期の症状であって余命が僅かであると医師から
宣告され,本件父が本件母の看病及び2児(本件児童及び4歳児である本件
兄)の養育等を単独で行っていたという事情があり,これらの事情は本件園
長においても把握していたこと,③本件児童が入所することによる面積基準
に対する有効面積の不足は全体で1.6㎡(零歳児及び1歳児の児童1人当25
たり約0.035㎡)であり,本件保育園の保育に及ぼす影響は軽微なもの
であったことに照らせば,α市から本件児童を正式入所させる旨の入所決定
通知を受けた本件社会福祉法人において,本件児童に係る事情に基づき例外
的取扱いをすることに関しα市における内部的な検討を経た上で入所決定が
されたと信じたとしても,不自然ではないといえる。
以上によれば,本件社会福祉法人には,本件補助金の交付を受けたことに5
ついて,帰責性があるとはいえないから,同法人がした本件各申請が「偽り
その他不正の手段」に該当するということはできない。
(4)小括
そうすると,本件社会福祉法人は本件規則13条1号にいう「偽りその他
不正の手段」により本件補助金の交付を受けたものではないから,本件条例10
及び本件規則の規定に基づきα市が本件補助金の返還を求めることができる
場合に当たらず,本件改正により本件社会福祉法人がα市に対する補助金返
還義務を免れたということはできない。
したがって,本件改正によりα市に損害が生じたとは認められず,本件改
正(本件遡及適用)の違法性について検討するまでもなく,原告の主張する15
「D市長の違法な本件改正による不法行為に基づく損害賠償請求権」の成立
を認めることはできないから,同請求権の不行使を怠る事実として被告に対
しその行使を求める原告の請求は理由がない。
第4結論
以上によれば,本件訴えのうち,本件請求権1及び2に係る訴えは不適法で20
あるからこれらを却下し,その余の請求(本件請求権3に係る請求)について
は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第51部
裁判長裁判官清水知恵子25
裁判官田中慶太
裁判官伊藤愉理子は,転補につき,署名押印することができない。
裁判長裁判官清水知恵子
(別紙1省略)
(別紙2-1)































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































(別紙2-2)

















































































































































































































































































































































































































































































































































(別紙2-3)
































































































































































































































































































調




便










































































































































































































調




便


















































































































(別紙2-4)


































α市




























































































































































































































































































































使









































使


































































































































































































(別紙2-5)





































α市
























































































































使

















































































































































(別紙2-6)

α市

















α市






























































































金助補費営運補



























































































































































(別紙2-7)















































































































































































(別紙3)
当事者の主張の要旨
1争点(1)(適法な監査請求の前置の有無)について
(被告の主張の要旨)5
(1)地方自治法242条2項による監査請求期間の制限が及ぶこと
ア財産の管理を怠る事実に係る請求であっても,それが特定の財務会計行為
が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければ,怠る事実
の監査が遂げられない関係にある場合には,いわゆる不真正怠る事実として
地方自治法242条2項の期間制限に服すると考えるべきである(最高裁昭10
和57年(行ツ)第164号同62年2月20日第二小法廷判決・民集41
巻1号122頁,最高裁平成10年(行ヒ)第51号同14年7月2日第三
小法廷判決・民集56巻6号1049頁参照)。
イ本件請求権1に関し,α市が本件社会福祉法人に対する不当利得返還請求
権の行使を怠っているとの主張について,不真正怠る事実に関する請求であ15
ることは明白である。
ウ本件請求権2に関し,D市長及び本件職員らにつき違法な本件交付決定に
係る善管注意義務違反が成立するとの主張について,善管注意義務違反が成
立するか否かを判断するためには,必然的に本件交付決定が違法なものであ
ったか否かという点について判断する必要があるから,これも不真正怠る事20
実に関する請求である。
エ本件請求権3に関し,D市長の本件改正は違法であり,α市はこの点につ
いて同人に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているとの主張に
ついて,そもそも本件要綱は本件補助金交付に係る内部的な給付基準を定め
たものにすぎないから,本件要綱に基づく補助金交付決定行為について違法25
性が検討されることはあっても,これとは別に,抽象的な要綱の改正行為自
体の違法性を観念することはできない。
オ以上のとおり,本件請求権1~3の行使を怠る事実は全て不真正怠る事実
に該当するものであるから,地方自治法242条2項の1年間の期間制限に
服するところ,本件補助金のうち最終の交付がされたのは平成27年3月2
5日であるのに対し,原告が住民監査請求を行ったのは平成29年9月215
日であるから,明らかに1年の監査請求期間を経過している。
(2)監査請求期間を経過したことに「正当な理由」がないこと
「正当な理由」の有無については,「当該普通地方公共団体の一般住民が相
当の注意力をもって調査したときに客観的にみて上記の程度に当該行為の存
在又は内容を知ることができなくても,監査請求をした者が上記の程度に当該10
行為の存在及び内容を知ることができたと解される場合には,上記正当な理由
の有無は,そのように解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうか
によって判断すべきものであ」(最高裁平成10年(行ツ)第86号同14年
10月15日第三小法廷判決・裁判集民事208号157頁)り,原告につい
て,監査請求が遅れたことにつきやむを得ない事由が認められるかを検討する15
必要がある。
本件についてみるに,原告は,平成28年2月24日に本件交付決定が不正
のものである旨の通報をα市長に対して行っているのだから,この時点で本件
交付決定が違法なものであると考え,通報を行い得る程度にその違法性を特定
していたといえる。20
したがって,原告は,平成28年2月24日から相当な期間内に監査請求を
すべきであったといえ,監査請求期間を経過したことに正当な理由はない。
(3)仮に,原告が違法性を認識し得たとする平成29年3月末頃を起算点とし
ても,その時点から約6か月後にされた本件監査請求が「相当な期間内」にさ
れたものとはいえないから,本件監査請求は不適法なものである。25
(原告の主張の要旨)
(1)地方自治法242条2項による監査請求期間の制限が及ばないこと
ア本件請求権3について,D市長が行った本件改正は,α市において違法に
支出された本件補助金の返還請求を不可能にさせるものであり,現に,α市
は,本件改正により本件交付決定の瑕疵が治癒されたとしている(甲10参
照)。したがって,本件請求権3の行使を怠る事実は不真正怠る事実に該当5
するものではなく,期間制限の適用はない。
イまた,本件請求権1について,α市が本件社会福祉法人に対して取得した
不当利得返還請求権の行使を怠る事実とする監査請求については,α市の補
助金交付やその額の決定がα市の財務会計法規に違反する違法なものであ
るか否かを判断しなければならない関係にはない。したがって,本件請求権10
3の行使を怠る事実は不真正怠る事実に該当するものではなく,原則どおり
期間制限に服さないというべきである(最高裁平成10年(行ヒ)第51号
同14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁参照)。
(2)監査請求期間を徒過したことに「正当な理由」があること(本件請求権1
及び3については予備的な主張)15
地方自治法242条2項に定める「正当な理由」は,行政機関の行為が普通
地方公共団体の住民に隠れて秘密裏にされ,普通地方公共団体の住民が相当の
注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて住民監査請求をするに足りる
程度の行為の存在または内容を知ることができない場合には,特段の事情がな
い限り,住民が相当の注意力をもって調査すれば知ることができたと解される20
時から相当な期間内に監査請求をしたかによって判断すべきである。
違法な本件交付決定は秘密裏に行われたものであるところ,α市は,その違
法性に関し様々な隠ぺい工作を行った。α市民が本件交付決定の違法性につい
て気付くことができたのは,平成30年1月に週刊誌によって本件訴訟が報道
されてからのことである(甲21,23)。25
また,原告においても,平成28年9月23日付けで,α市から本件交付決
定が適法である旨の通知を受けた(甲10)ため,本件交付決定が適法である
と考えざるを得ず,住民監査請求を行うことができなかった。その後,原告は,
平成29年3月末頃,内部文書(甲11~13)を入手することによって初め
て,α市が検討会議等において不正な公金支出の隠ぺいを行ったこと及び本件
交付決定の違法性を認識できたのである。5
加えて,原告はα市職員であるところ,本件交付決定の適法性を問題視して
いた他の市職員が左遷人事を受けた事実を知り,自らも住民監査請求を行えば
α市から左遷人事等の圧力を受けるのではないかと委縮していた。
以上の事情からすると,原告が請求期間を徒過して監査請求をしたことに
「正当な理由」があることは明らかである。10
2争点(2)ア及びイ(本件交付決定の違法性)について
(原告の主張の要旨)
(1)本件補助金は,その当時に施行されていた本件改正前の面積基準に違反し
て交付されたものである。同基準は一義的に定められており,α市長に同基準
に反して補助金の交付を行う裁量はない。15
(2)仮にα市長に補助金の交付に関し裁量が認められるとしても,以下に述べ
とおり,本件交付決定は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したもので違法
である。
α市においては,補助金の交付について明示の基準として本件要綱が設けら
れ,実際,α市は本件改正前の面積基準を厳格に運用していたのであるから,20
平等原則の要請からして,特段の事情がない限り,同基準を満たさない補助金
の交付は裁量権の範囲の逸脱又はその濫用になるというべきである。
被告は,本件児童の保護の緊急の必要性の有無について関係資料の収集及び
関係者からの事情聴取を行っておらず,平成26年11月時点において,本件
児童を本件保育園において保護すべき緊急の必要性があったとは認めること25
ができない。しかも,同月において,少なくとも,本件児童と同順位の45点
の児童が複数おり(甲13),また,本件児童が第2希望から第6希望として
いた保育園はいずれも面積基準を満たしており,その中には本件保育園から数
分で移動できる保育所も複数存在した(甲12)のであり,面積基準に違反し
てまで本件保育園に入所させる必要性も緊急性もなかったのに,本件児童を第
1希望である本件保育園に入所させたものである。5
以上によれば,本件交付決定は,α市職員に対して特段の便宜を図るもので
あり,平等原則に違反する不当な目的を有し,かつ,他の保育園であれば面積
基準を下回ることなく入園させることができたことなど考慮すべきことを考
慮しないでされたものであり,その判断内容は社会通念に照らし妥当性を欠い
ているというべきであるから,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するもの10
であることは明らかである。
(被告の主張の要旨)
(1)D市長が本件交付決定をしたことに裁量権の範囲の逸脱又はその濫用は認
められないこと
ア市は,「公益上の必要がある」と認められる限りにおいて,補助金の交付15
を行うことができる(地方自治法232条の2)。そして,公益上の必要性
があるか否かの判断については,事柄の性質上,迅速かつ諸般の事情を総合
的に考慮した政策的な判断を要するものであるから,市長に広範な裁量権が
認められる。
α市において,本件条例及び本件規則が補助金の具体的な交付要件を本件20
要綱によって定めることとした趣旨もこの点にあり,本件要綱は,補助金に
係る内部的な給付基準(裁量基準)に当たる。このような裁量基準を定めた
以上,その基準に一定の拘束力があることは事実だが,基準からの逸脱が一
切許されないと考えることは妥当でなく,合理的理由がある場合には「公益
上の必要がある」と認められる範囲で同基準と異なる補助金を交付すること25
も許される。
本件改正前の面積基準を満たさないまま交付された本件補助金になお「公
益上の必要がある」といえるかは,①要綱との齟齬が生じた理由,②要綱と
の齟齬の程度,③基準を満たさずとも補助金を交付することの必要性,④基
準を満たさない交付により生じる弊害の有無などを考慮した上で,運営費補
助金の零歳児加算額の制度の趣旨,目的に照らし,補助金の交付に相当性が5
認められるか否かにより判断すべきである。
イ本件交付決定の合理性
(ア)本件要綱の基準により零歳児加算額の補助金を交付している趣旨は,
一定の施設基準,職員配置基準を満たした保育園について,それらの整備
のために増加した経費を援助することにより,より質の高い保育の実現を10
目指すものであり,その究極の目的は児童福祉の向上にあるところ,α市
では,施設基準の一つとして,零歳児認可定員1人につき法定の3.3㎡
を上回る5.0㎡の保育スペースを確保することを加算の要件としてい
た。
(イ)要件との齟齬が生じた理由15
本件で面積基準違反が生じた理由は,入所について緊急性のあった本件
児童を受け入れたためであり,児童福祉の向上という補助金の理念にむし
ろ適合する対応によるものである。
この点,原告は,本件児童の入所手続はα市職員に対する特段の便宜と
して行われたものであり,そのような不公正な入所手続のために支払われ20
た補助金も不当なものであると主張する。しかし,本件児童については緊
急の入所の必要性があったからこそ本件保育園への入所が検討され,その
結果,本件児童は,同人が入所したクラスの待機児童中で最高順位の指数
の者であり,本件児童の入所による不公正は生じないことが確認できたた
め,入所決定に至ったものであり,α市職員の子であることを理由に特段25
の便宜が供与されたものではなく,平等原則に反するものでもない。
(ウ)要件との齟齬の程度
本件保育園の0歳児と1歳児の保育スペースについて,本件児童の入所
により生じた本件要綱との齟齬はわずか1.6㎡であり,児童1人に対し
不足していた面積はわずか0.035㎡にすぎず,このような軽微な面積
の不足が生じたとしても,実質的には当該スペースで保育されていた児童5
の保育環境への影響はなかった。
(エ)補助金交付の必要性
本件保育園には,施設基準及び職員配置基準を満たすための諸経費の加
算が現実に発生しており,それにもかかわらず,本件補助金を受け取るこ
とができなくなるとすれば,これが同園の運営に与える影響は甚大であ10
り,かえって保育の質の低下を招くことになりかねず,本件補助金の交付
を継続すべき必要性は極めて高かった。
(オ)本件補助金の交付により生じる弊害の有無
本件補助金を交付したからといってα市の財政に不当な影響を与える
ことはなく,他の保育所への補助額に影響が生じるということもなく,不15
利益を受ける者はいない。
(カ)以上の事情を総合的に考慮すれば,本件補助金の交付は運営費補助金
の零歳児加算額の制度の趣旨,目的にかなうものであり,これを交付した
ことは相当であり,裁量権の範囲内の措置として適法なものである。
(2)本件交付決定当時の手続上の瑕疵は治癒されたこと20
本件交付決定時点においては,その決裁に関与した職員らにより,本件改正
前の面積要件を欠いてなお補助金を交付することについて特段の検討の手続
がされたことを裏付ける資料はなく,十分な調査,検討なく,補助要件を欠い
た交付決定が行われたという手続上の瑕疵が存在したが,本件改正により,そ
の瑕疵は治癒された(本件改正が適法なものであることについては,後記4に25
おいて主張するとおりである。)。
3争点(2)イ(本件交付決定に関する善管注意義務違反の有無,損害の発生の有
無)について
(原告の主張の要旨)
(1)D市長は,α市の市長として善管注意義務を負うにもかかわらず,本件改
正前の面積基準を満たさないことが明らかであるのに本件交付決定をし,α市5
に本件補助金相当額の損害を与えた。
(2)B課長は,子育て支援課長として運営費補助金の交付決定を審議する立場
にあり,法令の要件に従って適法に補助金を交付するよう善管注意義務を負っ
ていたところ,本件保育園の園長(以下「本件園長」という。)から本件児童
を本件保育園に入所させれば本件改正前の面積基準を下回ることを伝えられ10
ていたにもかかわらず,本件児童を本件保育園に入所させた上,本件社会福祉
法人に本件補助金を交付することが補助要件を満たさず違法であることを認
識しながら,審議者として本件交付決定の決裁に関与し,決裁権者をして,本
件交付決定をさせたのであるから,B課長は,故意に違法な公金を交付させ,
α市に損害を与えたといえる。15
しかも,平成26年度決算の予備審査においても,α市職員が,面積基準に
足りないのに補助金を交付していることをB課長に報告していたにもかかわ
らず,原告が内部通報をするまでB課長は何らの対応を行わなかったことから
すれば,B課長が当初から,確信的な故意をもって,本件改正前の面積基準を
下回った本件補助金の交付に関与したことは明らかである。20
(3)C主査は,子育て支援課の保育担当主査として本件交付決定を審議する立
場にあり,法令の要件に従って適法に補助金を交付するよう善管注意義務を負
っていたところ,本件児童の入所段階からB課長の指示に基づき関与し,本件
交付決定の審議にも主査として関与し,決裁権者をして本件交付決定をさせた
のであるから,故意に違法な公金を交付させて,α市に損害を与えたといえる。25
(被告の主張の要旨)
(1)本件補助金の交付はα市長の裁量権の範囲内の措置であるから,D市長に
善管注意義務違反はない。
(2)本件交付決定について本来的に権限を有するのはα市長であり,α市事務
決裁規定に基づき同決定の専決を行うのは部長である。したがって,この点に
ついていえば,B課長及びC主査には財務会計上の権限はなく,「当該職員」5
(地方自治法242条の2第1項4号)に該当しない。
(3)α市職員であるB課長及びC主査は,本件交付決定に係る決裁の過程にお
いて審議者として関与し,本件の経緯,緊急性から,特段の手続をとることな
く回議用紙に交付を是とする旨の捺印を行ったが,それ以上に同人らが補助金
の交付を実現すべく決裁権者に働きかけたり,不当な措置を行ったという事情10
はない。また,B課長は,本件園長から本件児童を受け入れるとの連絡を受け
たことで,面積不足の問題は解消されたと認識しており,C主査も,B課長か
ら同問題については解決したと聞いていた。したがって,本件では,同人らの
審議者としての関与に注意義務違反や違法性は認められない。
(4)本件補助金の交付は適法なものであり,手続上の不備も既に治癒している15
から,α市に本件補助金の交付による損害はない。
4争点(2)ウ(本件改正の違法性)について
(原告の主張の要旨)
D市長が平成28年6月28日に行った本件改正要綱の制定は,平成20
年4月1日まで遡って本件要綱を改正するものであるところ,これは,遡及20
理由,遡及期間及び不利益を受ける者の有無の3点において他の要綱改正と
は異なり,特異性があるのであって,本件補助金の交付の違法性が指摘され
ている中,殊更に本件補助金の交付の手続の瑕疵を治癒することのみを狙っ
たものであり,本件補助金の交付の違法性を隠ぺいするとともに,補助金返
還を行わなくてよいようにするために行われたものであることは明らかであ25
り,そのような不当な目的を有しているから,裁量権の範囲を逸脱し又はこ
れを濫用したものであって違法である。
(被告の主張の要旨)
本件要綱は,補助金の交付基準についての細則を定めるものであるところ,
いかなる基準を満たした場合に「公益上の必要がある」として補助金を交付す
るかは,政策的な判断を要するものであり,α市長に裁量権がある。したがっ5
て,要綱を改め,交付基準をどのように改正するかについても,当然にα市長
に裁量権が認められる。
そして,平成28年6月28日の本件改正は,面積要件を従来の文言通りに
厳格に運用すると,理由の如何を問わず,緊急の必要性がある児童の入所まで
阻害されかねない事態が生じることが明らかになったため,「零歳児1人につ10
き,5平方メートル以上の有効面積があること」という基準を,もともと零歳
児加算を定めていた東京都の要綱の基準と同様に「零歳児1人につき,おおむ
ね5平方メートル以上の有効面積があること」と改正し,一定の裁量判断があ
り得ることが規定上からも明らかになるようにしたものであるところ,そのよ
うな本件改正には目的の正当性,手段の合理性が認められる。15
また,本件改正要綱は,平成28年6月28日に施行されたものだが,本件
要綱が制定された平成20年4月1日に遡って適用することとしている(本件
遡及適用)。原告は本件遡及適用についても,裁量権の範囲の逸脱又はその濫
用があると主張するが,本件改正の趣旨は,改正後の条項を制度開始当初に遡
及して適用することとし,仮に過去の同様の事例の存在が明らかになった場合20
でも,本件改正以後は「5平方メートル」という要件を形式的に適用するので
はなく,むしろ児童福祉向上の観点から,諸般の事情を総合的に考慮して補助
金交付決定の当否を判断するとしたものである。
このような本件遡及適用により不利益を受ける者はおらず,遡及の必要性も
認められるから,本件改正に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用は認められず,25
違法性はない。
5争点(2)ウ(本件改正による損害の発生の有無)
(原告の主張の要旨)
(1)補助金返還請求の根拠
本件条例の委任を受けた本件規則13条は,α市長は,被交付決定者が偽り
その他不正の手段により補助金の交付を受けたときや,その他本件規則に違反5
したときは,補助金の交付決定の全部又は一部を取り消すことができる旨を定
め(1号,3号),本件規則14条は,補助金の交付決定の全部又は一部を取
り消した場合において,既に補助金が交付されているときは,被交付決定者に
対し,返還を命ずることができると定めている。これらの規定の趣旨からする
と,α市長には違法な補助金の返還を請求しないという裁量はなく,その請求10
権の行使を怠るのは違法であると解すべきである。
仮に,α市長に補助金の返還を請求するか否かにつき裁量が認められるとし
ても,その裁量は無制約のものではなく,取消事由の内容等に照らして,補助
金の返還を命じず,又は補助金交付決定を取り消さないことが裁量権の範囲の
逸脱又はその濫用と評価すべき場合には,補助金交付決定の取消しをしないこ15
とが違法の評価を受けることになると解するのが相当である。
本件補助金の交付は,本件改正前の面積要件に違反しているところ,本件園
長は,内容虚偽の補助金の申請を行い,本件補助金の交付を受けているから,
不正又は虚偽の申請により補助金の交付を受けたといえる。よって,α市長は,
本件交付決定の全部を取り消し,本件社会福祉法人に対し,本件補助金の返還20
を命ずべき義務を負うものである。
(2)したがって,本件社会福祉法人は本来,α市長から本件補助金の返還を求
められる立場にあったところ,本件改正によりその請求を受けることを免れた
のであるから,α市には本件補助金相当額の損害が生じた。
(被告の主張の要旨)25
(1)要綱は行政の内部規定であり,本件要綱を改正したことにより何ら法的効
果が生じるものではないから,本件改正によりα市に損害は生じない。
(2)補助金返還請求権の発生根拠を欠くことについて
ア本件補助金の申請について不正,虚偽のないこと
本件社会福祉法人には,ことさら面積基準を偽ろうという意図はなかった
し,実際にも本件規則により必要とされる添付書類を付して申請を行ってお5
り,面積基準について偽った申請はしていない。したがって,本件は,不正
又は虚偽の申請により本件補助金の交付を受けた場合に当たらないため,こ
れを理由とする取消し及び返還請求を行うことはできない。
イ本件補助金の交付を取り消すべき理由はないこと
本件補助金の交付決定を取り消し,交付した補助金の返還を求めるべきか10
否かの判断は,本件交付決定に「公益上の必要」があったか否かという問題
と表裏の関係にあるのであり,交付決定にα市長の裁量権が認められる以
上,取消し等をすべきか否かの判断にも当然にα市長の裁量権が認められ
る。
そして,本件での取消理由に関する原告の主張は,本件改正前の面積基準15
を満たさない補助金交付であったという交付決定時の不備をいうものにす
ぎないところ,本件補助金の交付に違法性がない以上,これを取り消すべき
理由もなく,この点についてD市長に何らかの責任が生じる余地はない。
以上

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