弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主       文
        被告人を懲役10年に処する。
        未決勾留日数中900日をその刑に算入する。
            理       由
(犯行に至る経緯)
1 被告人は,昭和29年9月に中華人民共和国台湾省台中市内で出生し,昭和53
年4月に台湾の男性との間でAをもうけたが,その後,台湾に旅行に来ていたBと
知り合って交際するようになり,台湾と日本を行き来するなどして同人との交際を
続け,その間の昭和57年7月に同人との間にCをもうけた。その後,被告人は,B
から婚姻を申し込まれたことから,日本人配偶者として日本で豊かな生活が送る
ことができ,かつ,2人の子も日本人として養育することができるなどと考えて婚姻
を決意し,昭和61年4月3日,Bと婚姻し,在留資格を「短期滞在」から「日本人の
配偶者」に変更した。その後,Bが同年9月に2人の子を認知し,被告人は,福井
市内において,B及び2人の子と生活するようになった。
2 被告人は,Bが会社を退職して稼ぎがなかったことから,家計を維持するために,
福井市内等の売春スナックで売春婦として稼働した。その後,平成3年ころからB
が製造会社で勤務するようになったが,稼ぎを家計に回さなかったので,被告人
は,家計を維持するために売春を続けた。その後,被告人は,加齢や病気による
体力の低下等の理由から,売春スナックで稼働することが困難になったので,い
わゆる愛人契約によって金を稼ごうと考え,売春スナックで知り合った複数の男性
との間で愛人契約を結んだ。Bは,上記手当を期待して,被告人の愛人関係を容
認していた。被告人は,Bとの離婚を考えたが,2人の子がいまだ幼かったことや
日本での生活を継続したかったことから,離婚を決意するには至らず,同人との婚
姻関係を継続した。
3 Bは,平成7年9月に福井市ab丁目c番d号所在のマンションDの4階の2406号
室(以下「被告人方」と略称。)及び1階の専用車庫(以下「被告人方車庫」と略
称。)を購入し,平成8年6月ころ,被告人及び2人の子とともに転居した。
4 被告人は,平成10年6月ころ,Bの薦めもあり,上記愛人らからの資金援助及び
借金等を原資として,福井市内においてスナックEを開業した。また,被告人は,同
年7月ころ,従業員の募集に応募してきたFを1か月10万円の給料で採用した。F
は,日本語を学習するために研修生として日本に入国し,受け入れ先の寮に住み
ながら土木作業員として稼働していたが,そこでの生活に不満を抱いていたことか
ら,スナックEの従業員募集に応じ,受け入れ先の会社に旅券を預けたまま,寮を
飛び出してスナックEで働くことを決めた。被告人は,FをスナックEの店舗内で寝
泊まりさせていたが,その後,被告人方に同居させるようになり,食事の準備,買
い物及び掃除等の家事を行わせ,使用人のように扱うようになった。また,被告人
は,Fとの間で肉体関係を持っていた。
5 Bは,スナックEの売上金だけでなく,被告人が愛人から得た手当も自ら管理して
自己の遊興費等に費消していた。被告人は,このことについて強い不満を抱いて
おり,たびたびBと口論になった。
  平成11年9月ころ,台湾で大規模な地震が発生し,その際,被告人は,義母の身
を案じて台湾に渡航したが,既に義母が亡くなっていたので,義母の葬儀を執り行
うこととなった。被告人は,親族に対する対面保持等の理由から,Bに対して台湾
に渡航するよう要請したが,Bは,仕事が忙しいことを口実にしてこれを拒否し,葬
儀に出席せず,また,香典も一切出さなかった。
6 被告人は,平成12年8月,台湾滞在中に客足が遠のいたことや被告人自身の体
力的な問題等を理由にスナックEを閉店した。その際,被告人は,清算手続等をB
に任せたが,清算後に残った金はわずか10万円であった。このころから,被告人
は,Bとの離婚を真剣に考えるようになり,2人の子に離婚の相談をするようになっ
た。被告人は,Bに対して離婚を申し入れたが,Bは2000万円を要求するなどし
て拒絶した。
  被告人は,Fに対し,Bに対する不満に加え,Bは死んだ方がいいなどと繰り返し
言うようになった。Fは,当初は被告人の言うことを本気にしていなかったが,被告
人からB殺害の依頼を受けたという旨の電話を中国にいる知人から受け,被告人
がBを本気で殺したいと考えているのではないかと思うようになった。Fは,被告人
らにとって雑用を命じることのできる便利な存在であり,特に,被告人にとっては愚
痴をこぼすことのできる存在であり,Bにとっては中国人女性を紹介してくれる存
在であったことから,被告人らは,スナックE閉店後もFを被告人方で生活させてい
た。Fも,被告人方以外に行くあてがなかったので被告人方に留まっていた。
7 被告人は,同年10月ころから,Fに対し,Bを殺したいと言うようになった。Fは,
被告人に対してBと離婚することを勧めたが,被告人はできないという返事をする
だけであった。その後,被告人は,同月末ころ,Fに対し,B殺害を依頼するように
なった。さらに,被告人は,同年11月初めころから,A名義の偽造パスポートや今
後の生活費や居住場所等のB殺害の成功報酬を具体的に示して,Fに対し,B殺
害を依頼するようになった。Fは,これらの報酬に魅力を感じ,また,被告人の境遇
に同情していたので,直ちに殺害を実行しようとは思わなかったものの,被告人に
対し,B殺害を承諾する旨の返事をした。
8 被告人は,Fが被告人方に滞在していてはB殺害後に捜査機関に疑いをかけら
れる可能性があるのでFが別に住む場所が必要であると考えており,一方,Bは,
愛人と密会するための部屋が欲しいと考えており,被告人とBの利害が一致し,F
は,同年12月初めころ,BがAの名義で賃貸借契約を締結してきた同市ef丁目g
番地所在のGの3階の307号室(以下「F方」と略称。)に入居することとなった。F
は,Bとの間で,F方の家賃月額4万5000円のうち2万5000円をBが負担する
代わりに,Bが女性を連れ込む間はFが外出するという旨の約束をした。なお,被
告人とBは,AとCに対し,Fは大阪へ行ったなどと伝えていた。
9 被告人は,Fに対し,B殺害の成功報酬として,3回にわけて合計約60万円の生
活費等を与えた。もっとも,Fは,直ちにBを殺害するつもりはなく,できるだけ実行
しなければならない時期を引き延ばしたいと考えていた。そこで,Fは,新しい携帯
電話の購入時期を遅らせていた。新しい携帯電話が必要であったのは,従前の携
帯電話では,その番号を知る者が多かったので,連絡を取り合うと犯行が発覚す
るおそれがあると被告人が考えたからであった。
  その後,Fは,平成13年1月20日ころに新しい携帯電話を被告人から受け取っ
たが,このころから,被告人は,毎日のように,Fに対し,B殺害を催促する電話を
するようになった。Fは,黙って被告人の言うことを聞いているだけであり,被告人
からの心理的重圧から逃れるため,パチンコに没頭して時間を過ごすようになっ
た。
10 被告人は,FがなかなかB殺害の実行に及ぼうとしなかったことから,何度もFを
被告人方に呼び出すなどしてB殺害を催促し,さらに,同年2月8日ころ,F方にお
いて,Fに対し,Bを酔わせ,洋酒の瓶で殴れ,交通事故に見せかけるために頭部
を1回だけ殴れ,ビニール袋を繋ぎ合わせ,その中に死体を入れ,Bが使用する
自動車を使ってマンションDまで運べ,死体を被告人方車庫に搬入し,外の様子を
見て人がいないときに自動販売機のある路上に死体を棄てろ,血を集めて路上に
撒け,被告人が見張りをする,などという具体的な殺害方法を指示し,さらに,同
月11日を実行日とする旨の指示を出した。そのころ,Fは,死体を運ぶために使
用するため,福井市指定のビニール袋を繋ぎ合わせる作業を行った。
11 Fは,同月11日午後8時ころ,B殺害の実行に及ぶに際して不安になったので,
被告人に対して電話をかけたところ,被告人から,BをF方へ誘う方法やBを酔わ
せる方法等についてアドバイスを受けた。
  しかし,Fは,同日,Bを殺害することはできなかった。そこで,Fは,翌同月12日
の午前零時ころ,Bに同行して被告人方に赴いたところ,玄関前で被告人から睨
み付けられた。Fは,帰宅途中に被告人に電話をかけ,殺害を実行できなかったこ
とを詫びたところ,被告人は,Fを叱責し,さらに,同日午前10時ころにも,Fに電
話をかけ,Bの殺害を失敗したことについて文句を言うとともに,再度,B殺害を催
促した。
12 Fは,同月14日昼ころ,被告人に呼ばれ,被告人方に赴き,ビデオを見るなどし
て数時間過ごした。その際,Fは,被告人に対し,同日の夜にBがF方に来ることを
伝えなかった。その後,被告人は,Bから,同日の夜にF方に行くことを電話で伝え
られ,同日午後10時24分ころ,Fに対して電話をかけ,Bが同日夜にF方に来る
ことを被告人に伝えなかったことを怒り,再びB殺害を催促したが,Fは,まだBが
来るかどうか分からない旨返事をするにとどまった。
13 Bは,同日午後11時ころ,F方を訪問した。被告人は,同日午後11時49分こ
ろ,Bの携帯電話に電話をかけ,BがF方にいることを確認した上,BにFに代わる
ように伝え,電話に出たFに対し,今日はBを必ず殺しなさい,もしできなければF
方から出て行けなどと命令した。Fは,この電話によって,大きな精神的プレッシャ
ーを感じ,もはやBを殺す以外に道はないと観念し,Bと酒を飲むなどして殺害の
実行に及ぶきっかけを探していた。その後,翌同月15日午前1時ころ,BがFのズ
ボンの中に手を入れてくるなどの同性愛行為に及んできたので,Fは,Bに対し,と
っさにひじ鉄を食らわせたところ,倒れたBがFを罵るような言葉を発して起きあが
り,Fに対して殴りかかってきた。そこで,Fは,この機に乗じて,Bを殺害してしまお
うと考えて,本件各犯行に及んだ。
(犯罪事実)
 被告人は,Fと共謀の上,B(当時48歳)を殺害し,その死体を交通事故に見せか
けて遺棄しようと企て,Fにおいて
第1 平成13年2月15日午前1時ころ,福井市ef丁目g番地所在のG307号室の当
時のF方6畳間において,殺意をもって,Bに対し,その顔面及び後頭部を洋酒
の瓶(重さ約1.22キログラム)及び金属製ダンベルの錘円盤(重さ約1.75キ
ログラム)で多数回殴打するなどの暴行を加え,頭部裂創,顔面裂創及び上顎
骨亀裂骨折等の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,同人を上記
骨折に基づく出血液の吸引により窒息死させて殺害し
第2 同日午前1時過ぎころ,上記F方において,上記死体をビニール袋を繋ぎ合わ
せた袋様のものに入れ,カーテンを巻きつけてガムテープ等で梱包するなどし,
その後,同所からGの西側にある駐車場に駐車中の普通乗用自動車の助手席
内に同死体を搬入した上,同日午前3時50分過ぎころ,同所から同市ab丁目c
番d号所在のマンションDの敷地内まで運搬し,さらに,同日午前6時50分こ
ろ,マンションDの南側路上に同死体を放置し,もって,死体を遺棄し
たものである。
(事実認定の補足説明)
 弁護人は,本件各犯行は,Fが単独で偶発的に行った犯行であって,被告人がFと
の間で本件各犯行につき共謀したことを裏付ける証拠は存在せず,被告人は無罪で
ある旨の主張し,被告人も当公判廷においてこれに沿う供述をしている。
 そこで,以下,当裁判所が,被告人がFとの間で本件各犯行の共謀を行った事実を
認定した理由について補足的に説明する。
第一 Fの公判証言の信用性
   本件の主たる争点は,被告人との間の共謀について供述する証人Fの公判供
述(第4回ないし10回,12回ないし22回,25回ないし29回,31回ないし35回
公判調書中の各供述部分。以下「Fの公判証言」という。)の信用性の有無であ
る。
 一1 当事者間に争いがなく,かつ,本件各証拠により,容易に認められる事実は,
以下のとおりである。
   (1) 平成13年2月14日午後11時ころ,GのF方をBが訪れ,Fと2人で酒を飲
んでいたところ,被告人は同日午後11時49分ころ,Bの携帯電話に電話
をかけてBと話をしたが,その際,Fとも(北京語で)会話をした。そして,翌
同月15日午前1時ころ,BがFに対して同性愛行為を迫ったことをきっかけ
として,FはBの顔面や後頭部を洋酒の瓶やダンベルの錘で多数回殴るな
どの暴行を加えてBを殺害し,その後,その死体をマンションDの被告人方
車庫まで運び込み,同日午前6時50分ころ,同マンションの南側路上に死
体を放置して遺棄した。
   (2) Fは,Bを殺害してから,死体を被告人方マンション前路上に遺棄した直後
までの間に4回にわたり(午前3時41分,午前3時54分,午前6時42分,
午前6時52分),被告人に携帯電話で電話をかけているほか,同日午前4
時ころ,マンションDの被告人方居室を訪れてBの服を持ち出し,Bの死体
の服を着替えさせている。
   (3) 被告人は,Fからの4回目の電話の後,1人で1階まで下りて様子を見に行
った。さらに,被告人は,娘(C)に対して,Fは大阪にいるという虚偽の事
実を告げたのみで,Fからの上記電話のことを伝えなかった。そして,被告
人は,その後被告人方を訪れた警察官に対しても同様にFから電話があっ
たことを黙っていた。
   (4) 被告人の携帯電話からFの携帯電話へ電話をかけた回数に関し,平成13
年1月1日から同月19日までの19日間については,1日平均5回,FがN
TTドコモの携帯電話を受け取った同月20日以降同年2月14日までの26
日間については,1日平均約3.7回であり,一方,Fの携帯電話から被告
人の携帯電話へ電話をかけた回数は,同年1月20日以降同月2月14日
までの26日間について,1日平均約0.5回であった。
   (5) Fは,同年2月16日,出入国管理及び難民認定法違反(旅券不携帯)で現
行犯逮捕された。被告人は,同日か翌17日ころ,Cに依頼して被告人の
携帯電話に登録されていた電話番号の一部を消去してもらった。
  2 検討
    以上の各事実を総合すれば,Bの殺害及び死体遺棄を実行したのはF1人で
あるが,ア Fが,犯行前に被告人と頻繁に携帯電話で連絡しあっているこ
と,特に,直前に被告人と会話をしていること,イ B殺害後,Fは人目に付き
やすい場所である被告人方マンション前付近路上に死体を遺棄していること
(現に,遺棄するところを目撃されている。),ウ 殺害してから遺棄するまで
の間には相当の時間を要しているが,この間にFは,被告人に4回にわたり
電話をかけ,かつ,Bの衣服を取りに被告人方を訪れていること,エ 被告人
は,家族(娘のC)にもFの居場所や上記4回にわたる電話を隠していたこと
などの犯行前後の被告人とFの行動自体からすると,両者の間に事前の共
謀があったことが窺われる。
二 Fの公判証言の要旨
  1 Fは,平成10年7月ころから,被告人が経営するスナックEで従業員として稼
働するようになり,その後,同年8月ころから平成12年12月ころまでの間,
被告人方で居住し,家の掃除をするなど家政婦的な仕事をした。Fは,被告
人が複数の愛人から金銭の援助を受けていることを知っており,Bもそのこと
を知っていると思っていた。また,Fは,被告人と肉体関係にあり,本件時まで
その関係は続いていた。被告人らの家計は,被告人が愛人から受け取って
いた金で維持されており,Bは,自分で稼いだ金を自分の遊興費に使ってい
た。Bは,スナックEの売上げも被告人が稼いだ金もすべて管理しており,被
告人は,不満を漏らしており,Fも,被告人のこのような境遇に同情していた。
    平成11年9月ころに台湾で大地震が起こった際,Fは,被告人の義母の安否
を確認するために被告人と一緒に台湾に渡航した。その後,被告人の義母
が既に亡くなっていたことから,葬儀をすることになったが,Bは,仕事が忙し
い等の理由で出席せず,また,香典も出さなかった。
  2 平成12年8月にスナックEが閉店することになったが,Fは,仕事もないので,
このまま被告人方にいるしかないと考えた。このころから,被告人とBが喧嘩
をする回数は以前よりも増えていった。喧嘩の原因は,Bの金の使い方及び
女性関係であり,喧嘩の中で離婚話が出たこともあり,被告人は,Fに対し,
Bは死んだ方がいいと言っていた。
    その後,Fは,同年9月末ころ,中国にいる知人から,被告人にB殺害を依頼さ
れたという旨の電話があったことから,被告人が本気でBを殺したいと思って
いるのではないかと感じるようになった。Fは,被告人方から出て行きたいと
考えたが,パスポートもないのでそのまま被告人方に留まるしかなかった。
  3 被告人は,同年10月ころになると,Fに対し,Bを殺したいと言うようになった。
Fは,被告人に対してBとの離婚を勧めたが,被告人は,離婚したら被告人に
は何も残らない,Bは被告人を金の成る木と考えているので,離婚に応じな
いなどと説明し,不可能であると返事をしていた。このころ,Fは,被告人とB
の喧嘩の中で,Bが,被告人に対し,離婚したいならば2000万円払えなどと
言うのを聞いたことがあった。
  4 被告人は,同月末ころ,Fに対し,Bを殺害することを依頼し,さらに,同年11
月初めころ,Bを殺害することを承諾した場合の成功報酬を提示した。成功
報酬とは,A名義の偽造パスポート,今後の生活資金,Fが事業を起こす際
の資金,今後の居住場所及び連絡用の新しい携帯電話を提供するというも
のであった。Fにとってもっとも魅力的な条件は,上記パスポートであったが,
結局,受け取ることはできなかった。
  5 その後,Fは,BにF方への入居に関する手続をやってもらい,同年12月初め
ころ,F方に入居した。
    Fは,被告人から,生活資金として,同年11月5日ころ,約20万円が入金され
ていたH銀行のI名義のキャッシュカード1枚,被告人により20万8000円が
入金されて開設されたJ銀行の被告人名義のキャッシュカード1枚をそれぞ
れ受け取り,さらに,同年12月中旬ころ,被告人が米ドルを日本円に両替し
た現金約20万円を受け取った。
    Fは,F方へ入居し,また,生活資金も受け取ったので,Bを殺害しなければな
らなくなると思ったが,内心ではBを殺害したくないと思っていた。
  6 Fは,Bを殺害しなければならなくなる時期をできるだけ延ばしたいと思い,わ
ざと携帯電話の購入時期を遅らせていたが,平成13年1月20日ころにな
り,被告人から,NTTドコモの携帯電話を受け取った。そのころから,毎日の
ように,被告人から,B殺害の催促の電話がかかるようになったが,Fは,黙
って聞いているだけであった。
  7 その後,同年2月になると,Fは,被告人から,3,4回,被告人方に呼び出さ
れ,その際,被告人から,いつBを殺すのかなどとB殺害を繰り返し催促され
た。Fは,被告人からの催促の電話を逃れるために毎日のようにパチンコに
行っていた。
  8 被告人は,同月8日ころ,F方に来て,Fに対し,XOの洋酒瓶に水を入れてB
を殴れ,交通事故に見せかけるため頭部を1回だけ殴れ,繋ぎ合わせたビニ
ール袋の中に死体を入れ,Bの車を使用してマンションDまで運べ,死体を被
告人方車庫の中に入れ,外の様子を見て人がいないときに,コンビニの前の
自動販売機のある路上に死体を棄てろ,血を集めて路上に撒け,被告人が
見張りをする,などという具体的な殺害方法を指示し,さらに,同月11日を実
行日とせよという指示をした。なお,Fは,同月8日ころ以外にも,被告人か
ら,Bを殺害した後は,F方に住み続けること,しばらくは被告人に連絡しては
いけないことなどを指示されていた。
  9 Fは,同月11日の夜,不安になって被告人の携帯電話に電話をして被告人に
相談した。被告人は,Fに対し,パチンコに勝ったから奢ってあげると言ってF
方に誘い,Bには大きいコップを使わせるとよいなどBをF方へ誘う方法やB
を酔わせる方法等のアドバイスを与えた。その後,Bは,同日午後11時ころ
にF方に来たが,結局,Fは,この日,Bを殺害することはできなかった。そこ
で,Fは,Bと一緒に被告人方に行き,被告人の様子を見た。Fは,F方へ帰る
途中,被告人に電話すると,被告人から,なぜできないのか,何を考えている
のか,もう1回チャンスをやるなどと言われたが,返事はしなかった。翌同月1
2日,被告人は,Fに対し,前日のB殺害失敗に関する文句及びB殺害の催
促の電話をした。
  10 Fは,同月14日の昼ころ,被告人からの電話を受けて,被告人方に行った。F
は,Bから,その日の晩にBがF方に来ることを聞いていたが,その話を被告
人には伝えず,数時間過ごした後に帰宅し,F方に帰った後も,被告人からの
電話があったが,やはりBが来るという話を伝えなかった。その後,Fは,Bか
ら電話を受け,同日の夜にBが1人でF方に来ることを教えられた。さらに,そ
のころ,被告人から電話があり,その際,被告人は,Fに対し,Bが来ることを
自分に伝えなかったことを怒り,Bを殺しなさいと言ったが,Fは,まだBが来
るかどうかは分からないという旨返事した。
    その後,同日午後11時ころ,Bが1人でF方に来た。しばらくすると,被告人か
らBの携帯電話に電話がかかり,FがBから電話を代わると,被告人は,なぜ
嘘をついた,今日はBを必ず殺しなさい,もしできなければF方から出て行け
などと言った。Fは,この電話で,大きなプレッシャーを感じ,もはやBを殺す
以外に道はないと考え,Bと酒を飲みながら,Bを殺害するきっかけを探して
いた。
  11 その後,BがFの半ズボンのお尻の方に手を入れるなどの同性愛行為に及ん
できたので,Fは,Bに対し,とっさにひじ鉄を食らわしたところ,Bが罵る言葉
を発して起きあがり,殴ってきたので,足でBの腹部あたりを蹴るなどして反
撃した。
    Fは,この機に乗じて,Bを殺害しようと決意し,洋酒瓶及びダンベルの錘でB
の頭部を多数回にわたり殴りつけ,Bを殺害した。Fは,Bの首と手首の脈を
確認し,Bが死んだことを確認した。
  12 その後,Fは,交通事故に見せかけるにはBの身体から血が出すぎていたこ
とから,Bの死体から衣類を脱がせ,さらに浴室で血液や大便等を洗い流し,
Fの服に着替えさせた。そして,同月10日前後に用意しておいた3枚繋ぎの
半透明のビニール袋でBの体を覆い,さらにカーテンを巻き付け,その上にガ
ムテープを貼り付けるなどし,死体をBの車のところまで運び,助手席に乗せ
た。その後,Fは,車の中で,被告人の携帯電話に電話をかけ,Bを殺した旨
を伝えた。被告人は,信じられないように,本当ですかと聞いてきたので,F
は,簡単に殺害に至った経緯を説明し,Bの着替が欲しい旨を伝えたところ,
被告人は,分かったという旨の返事をした。
  13 その後,Fは,マンションDに着き,車からBの死体を下ろし,被告人方車庫内
に運んだ後,被告人の携帯電話に電話をかけ,Bの着替を下に持って来るよ
う頼んだが,逆に上に取りに来いと言われたので,仕方なしに,被告人方ま
で取りに行った。Fは,エレベータを使って被告人方玄関前に行くと,被告人
がドアを開けたので,被告人にも手伝って欲しい旨頼んだが,被告人から,1
人で行きなさいと言われたので,仕方なしに,階段で下り,被告人方車庫の
中でBの死体を着替えさせた。
  14 Fは,Bの死体を着替えさせていた途中,Bの眼鏡と路上に撒く血をF方に忘
れてきたことに気が付き,車でF方に戻り,タオルで床の血を集め,梅酒の瓶
に入れた。その際,Bの携帯電話がないことに気が付き,2回Bの携帯電話
に電話をかけたが,見つからなかった。
  15 Fは,被告人方車庫に戻り,マンションD前の路上に血を撒いた後,Bの死体
を放置する際に見張りをしてもらいたいと思って被告人の携帯電話に電話を
かけたが,被告人から,「なぜこんな遅くまでかかっているんだ」と怒られた
上,「どこでもいいから,急いでやれ」と言われた。Fは,Bの死体をマンション
Dの南側の路上に放置し,通りがかりの車を止めて,救急車を呼ぶように依
頼した。
  16 その後,Fは,F方へ戻る途中で,再度被告人の携帯電話に電話をかけ,死
体を路上に棄てた,走ってきた車の運転手に救急車を頼んだ,顔を見られた
かも知れない旨を伝えたところ,被告人は,「バカヤロウ」などと罵って電話を
切った。
    Fは,その後被告人からしばらく連絡するなと言われていたので,被告人に電
話をかけることはしなかった。また,被告人からもFに対して電話はかかって
こなかった。
 三 そこで,以下,Fの公判証言の信用性について検討する。
  1 Fの公判証言の要旨は上記のとおりであり,被告人の境遇に同情し,スナック
E閉店後もマンションDの被告人方に同居し,被告人と北京語で話し合う中,
Bに対する愚痴を聞くなどするうちに,様々の報酬を条件にB殺害を依頼され
るようになった経緯,その際の被告人の言動等,その依頼を表面上承諾して
から被告人から金銭等の便宜受けた具体的な内容,その後被告人から毎日
のようにB殺害を催促され,精神的に追いつめられていって犯行に及んだ状
況,殺害後死体遺棄する前後までの被告人とのやりとり等,具体的,詳細で
自然かつ合理的である上,実際に体験したものでなければ供述できないもの
という心情が迫真的に述べられている。
    また,Fの公判証言は他の証拠とも良く符合している。
    すなわち,(1) Fの公判証言のうち,Bは自分で稼いだ金を家計に回すことは
なく,被告人は,愛人から受け取っていた手当等で家計を維持していた,被
告人とBは,Bの女性関係を巡って喧嘩をしていた,スナックE閉店のころか
ら,喧嘩の際に離婚の話が出ていたという証言内容は,C及びその他の関係
人の供述の内容,さらに,この点については,被告人の公判供述の内容とよ
く符合している。(2) Fは,被告人から,B殺害の報酬として事前に3回にわた
り,合計約60万円を受け取った旨の証言をし,それぞれの状況を具体的に
証言しているところ,関係証拠によれば,①平成12年11月6日にH銀行のI
名義の口座(残高18万3901円)から5000円が引き出されていること,②
同日,J銀行の被告人名義の口座が開設され,20万8000円が入金されて
いること,③同年12月7日に被告人がJ銀行K支店において,米ドルを日本
円22万5855円に両替していることが認められ,Fの公判証言を裏づけてい
る。(3) Fは,平成13年2月8日ころに被告人からXOの瓶で11日にBを殴り
殺せと指示されたという旨の証言をするが,かかる証言は,XOと思われる瓶
が同月16日以前の時点でF方にあったことと符合するものである。(4) Fは,
B殺害の条件として,もっとも魅力的であった条件は,A名義の偽造パスポー
トであったという旨の証言をしているところ,事件後にF方から押収されたF所
有の茶色革製のセカンドバッグの中には上記パスポートの写ししかなく,原
本は発見されていないことからも,Fの公判証言を裏付けている。
したがって,その証言内容の信用性は高いというべきである。
  2 弁護人の主張
   (1) 捜査段階におけるFの供述の変遷について
    ア Fは,捜査段階において,①死体遺棄及び殺人ともに否認の供述,②死体
遺棄単独犯の供述及び殺人否認の供述,③死体遺棄共犯の供述及び
殺人単独犯の供述,④死体遺棄及び殺人ともに共犯の供述,と4度に
わたり供述を変遷させており,この点から,弁護人は,変遷は不合理で
あり,このような変遷を経ているFの公判証言は信用できないと主張す
る。
    イ 検討
      確かに,Fは,捜査段階において,上記のとおり供述を次々に変遷させてい
る。しかしながら,Fは,「真実を話せば自分が不利な立場に立たされる
ことへの怖さがあるが・・・ありのまま聞いてもらいたい。」と供述しつつ,
被告人から指示があったことを述べており,また,同性愛行為を迫られ
て憤激して殺人に及んだという方が罪が軽くなると思い,殺人につき単
独犯であることを認めたという旨の供述をしていることからすれば,F
は,被告人からB殺害の指示があったことを供述すれば,本件が偶発
的な犯行ではなくなり,事前の共謀に基づく計画的犯行となり,自らの
罪自体がより重くなるということを承知の上で,本件が被告人の指示に
基づくものであることなど自己にとって不利益な点を含めて真摯に供述
する。
      また,Fは,被告人から,使用人扱いされていたとはいえ,行くあてのなかっ
たところ,スナックE閉店後も居候させてもらい,特に,被告人と同じ外国
人として,お互いの境遇を理解し合っており,一緒に中国や台湾へ渡航
するなどしていたのであるから,被告人とFとの間には信頼関係があっ
たといえるのであって,被告人がBの殺害及び死体遺棄の指示をしてい
なかったにもかかわらず,Fにおいて,単に,被告人への恨みから,あえ
て虚偽供述をしてまで被告人を本件に引き込むことは考え難い。
      したがって,捜査段階における供述の変遷についての弁護人の主張は理
由がない。
   (2) Fの公判証言の変遷,供述態度等について
    ア 弁護人は,Fが,被告人から何回位B殺害を指示されたか,承諾するまで
に何回位条件の提示がされたか,いつB殺害を決意したか,いつどこで
平成13年2月11日にBを殺害するという具体的な指示をされたかなど
の共謀の日時・場所・具体的内容・報酬等の共謀の核心的部分,いつ
福井市指定の半透明のビニール袋を繋ぎ合わせたか,いつXOの瓶に
水を入れたか,いつXOの瓶を割ったかなどの犯行準備状況について供
述を変遷させ,あるいはあいまいな供述をしているほか,何度か公判へ
の出頭を拒否し,弁護人の反対尋問の際,覚えていない旨供述したり,
場当たり的な供述態度を示している場面が多く見られることから,Fの公
判証言は信用できないと主張する。
    イ 検討
      しかしながら,Fの公判証言は,被告人から報酬を提示されてB殺害の指
示を受けたという根幹部分に関する供述については一貫しており,上記
変遷等は,単に記憶の混乱や不確実さ,忘却に基づくものというべきで
ある。すなわち,前記のとおり,Fの公判証言によると,Fは,スナックE
閉店後の平成12年8月ころから,被告人から,Bは要らないということを
しばしば聞かされ,その後,同年10月ころからは,B殺害を依頼される
ようになり,さらに,同年11月ころになると,B殺害の成功報酬を示唆さ
れるようになり,平成13年1月20日ころからは,毎日のように被告人か
ら電話でB殺害を催促され,しかも,複数回にわたり,被告人方やF方に
おいて,B殺害の方法等を指示されていたというのであり,一方,F自身
は,B殺害を承諾してはいたものの,被告人から生活費等の事前報酬
を受け取り,F方に引っ越し,さらに,携帯電話を換えた後でさえも,実行
の時期をできる限り引き延ばそうと考えていたのである。そうすると,被
告人からの度重なる催促に加え,Fの上記のような消極的な態度からす
れば,具体的に,いつ,どこで,どのような指示を受けたかという記憶に
混乱が生じても,ある程度やむを得ないといえる。
      また,Fに対する証人尋問は,多数回(第4回公判から第35回公判まで),
かつ,長期間(平成14年2月以降同15年11月まで)に及んでいる。し
かも,通訳事件であることを前提にしても,検察官の主尋問自体が合計
8期日を要するという膨大なものであっただけでなく,弁護人の反対尋
問の内容も,Fの身上経歴からBや被告人との関係,犯行に至る経緯,
共謀の形成過程・その内容,具体的かつ詳細な犯行状況,犯行後のF
の行動等実に広範囲にわたっており,捜査段階で作成された多数の供
述調書の供述相互間の供述の食い違いや公判廷における主尋問の供
述内容との食い違う点について詳細を極めたものとなっており,証人で
あるFにとって,かかる尋問にさらされることは多大な負担であったこと
は容易に推察できるところである。そうすると,主尋問時と反対尋問時で
記憶に後退があったとしてもやむを得ず,また,その間にF自身に対す
る判決が宣告されたことから,その失望感あるいは絶望感により記憶が
希薄になったともいえ,弁護人の反対尋問において,覚えていないと供
述したり,正確に供述できなかったとしても,やむを得ないといわざるを
得ない。
      したがって,上記変遷等は,Fの公判証言の信用性を損なうものではなく,
弁護人の主張は理由がない。
   (3) 共謀の具体的内容にわたる供述の合理性について
    ア 弁護人は,①FがBを殺害するに際し,被告人の指示どおりにBの頭部を
1回殴ったというのではなく,洋酒の瓶及びダンベルの錘で多数回にわ
たり殴っており,交通事故に見せかけるにはほど遠い殺害行為に及ん
でいること,殺害後も,Bの身体を洗ったり,路上に撒く血を水で薄めた
り,血を撒いた場所に死体を放置していないことなど,およそ交通事故
には見せかけられないものとなっていること,②Fは,B殺害後直ちに被
告人に報告をしておらず,殺害後3時間近く経過して初めて報告してい
ること,③その後もFは,被告人に対し,死体をどう処理すべきかについ
て相談らしい相談をしておらず,事前の指示どおりに進んでいないこと
についても被告人に全く説明していないこと,④B殺害後に最初に被告
人にかけた電話で,被告人に対してBを殺害したことを報告すると,被
告人は,少し信じられない様子だったと証言していることを捉え,B殺害
及び死体遺棄方法を被告人との間で共謀していたのであればおよそ不
自然かつ不合理ともいうべきFの行動が多く見られることから,Fの公判
証言は信用できないと主張する。
イ 検討
      ①の点について,被告人の依頼の趣旨は,被告人に替わってBを殺害する
ことに主眼があり,具体的なやり方・手口はある程度Fに任されていたと
解するのが合理的である。しかも,本件各犯行は,そもそも綿密に計画
されたプロの殺し屋による犯行ではなく,これまで何ら同様の経験のな
く,B殺害の実行にいつ着手するか逡巡していたFが被告人から執拗に
催促されて観念して遂に実行したのであるから,異常な緊張・興奮状態
の下で行われたものと考えるべきで,Bの頭部を1回だけ殴って殺害し
た上,交通事故に見せかけるという被告人の指示どおりにいかなかった
点は,Fの公判証言の信用性に影響しない。むしろ,Fが,被告人を本件
に巻き込むつもりというのであれば,実際の殺害行為と異なる指示を被
告人がしたというような供述をすることは通常ありえないのであって,に
もかかわらず,そのように供述すること自体,Fが真摯に供述しているこ
とを窺わせるものというべきである。
      また,②の点については,確かに,Fは,B殺害後直ちに被告人に報告をし
ていない。しかし,人の殺害という異常な出来事を実行したFがその緊
張・興奮状態から我に返ってから,当初の指示に基づいて,交通事故に
見せかけるために,血が出すぎていたBの身体を洗って着替えさせた
り,Bの死体を梱包して自動車に運ぶという作業を一人で行っているの
であるから,相当の時間と体力を要することはむしろ当然であると言え
る。そうすると,FがB殺害後直ちに被告人に報告しなかったからといっ
て,そのこと自体から,不合理とはいえない。
      さらに,③の点について,Fが被告人に電話をかけて被告人に手伝うように
求めても,被告人がかかわりたくないということで電話を切られているの
であって,時間に余裕がないFとしては,とりあえず,事前の指示どお
り,何とか交通事故に見せかけるよう考えて行動したと考えるのが自然
であり,やむなく血を撒いた場所とは異なる場所に死体を遺棄してしまっ
たことなど被告人の指示どおりにFが行動していないことについても,何
ら不合理ではない。
      次に,④の点について,Fが最初に電話をかけた際に,被告人が信じられ
ない様子であったという旨の証言に関し,被告人とすれば,本件まで何
度となくFに対して犯行を実行するように催促したが,Fがなかなか実行
に及ばなかったことからすれば,深夜,いきなりFからB殺害の報告を受
けたものの,半信半疑の気持ちから,とっさに,Fに対して本当に実行し
たのかを確認したというべきであり,被告人がそのような態度をとったと
しても何ら不自然ではなく,むしろ,自然な反応というべきである。
      したがって,上記弁護人の主張は,Fの公判証言の信用性を損なうもので
はない。
    ウ なお,弁護人は,平成13年2月9日,10日ころにBの死体を入れるために
ビニール袋を繋ぎ合わせたという旨のFの公判証言は,B使用に係る自
動車のトランク内から発見された青色ビニール袋の状態(青色ビニール
袋を繋ぎ合わせるために使用されていたビニールテープの内側に血痕
が付着していること)と矛盾する,すなわち,Fがこの青色ビニール袋を
繋ぎ合わせたものを事前に準備できたはずがなく,Fの公判証言は客観
的証拠と矛盾するなどと主張するが,Fの公判証言によれば,上記のこ
ろに準備したのは福井市指定の透明のビニール袋を繋ぎ合わせたもの
であり,弁護人が主張する青色のビニール袋ではないので,そもそも弁
護人の主張は理由がない。むしろ,かかる福井市指定のビニール袋を
繋ぎ合わせたものが存在することは,Fの公判証言とよく符合する。
    (4) 殺害等の報酬に関する供述について 
     ア 弁護人は,①Fが,A名義の偽造パスポートが最も魅力的な条件であっ
た旨の供述をしながら,パスポートの保管場所について被告人に確
認していないし,被告人方でパスポートを探そうともしなかったという
旨の供述をしたり,②また,B殺害後に身を隠すためのマンションであ
るにもかかわらず,F,B及び被告人が知っている者(L)が住むマンシ
ョンに引っ越したり,被告人から報酬として提示されたF方であるの
に,Bが手続をしなければ借りることができなかった旨の供述をした
り,③さらに,被告人から携帯電話の番号を他人に知られてはならな
いと言われていたにもかかわらず,妹には教えていたり,新しい携帯
電話の番号は他人に知られても構わないと思っていたなどという旨の
供述をしていることから,Fの公判証言は信用できないと主張する。
       加えて,弁護人は,④キャッシュカード2枚及び現金約20万円の合計約
60万円はB殺害の報酬ではない,Fがわずか60万円でB殺害を引
き受けたというのは不自然であり,かつ,⑤被告人にはFに対して今
後の生活費を保障するような状況にはなかったのであるから,これを
信じてB殺害を引き受けたとするFの公判証言は信用できないと主張
する。
     イ 検討
       しかしながら,①の点について,パスポートに関しては,あえて順位を付
ければ一番魅力的な報酬であったといえるが,それだけでFがBを殺
害しようと決意したものではなく,加えてパスポートを被告人又はBが
持っていることはFも知っており,直ちにパスポートが必要であるとい
う状況にあった訳でもない以上,保管場所を確認したり,パスポートを
探そうとしなかったことが不合理というわけではない(なお,仮に,Fが
上記パスポートの原本を持っていたとすると,Fがこれを処分する理
由は全くないところ,本件証拠上,Fが一人で海外渡航した事実は認
められないし,前記認定事実のとおり,米ドルを日本円に換金する手
続は被告人自身が行っていたことからすれば,Fは,上記パスポート
の原本を持っていなかったといわざるを得ない。)。
       また,②の点について,マンションに関し,被告人としては,B殺害後,Fと
一緒に被告人方で住むことが,捜査機関から疑いをかけられる点で
問題であっただけであり,Fが被告人方以外に住むことが必要であっ
たことからすれば,被告人が知っている者が住むマンションに引っ越
したことは弁護人が主張するほど不合理とはいえない。そして,手続
に関しても,Bが女性と過ごす隠れ家が欲しかったことから,たまたま
被告人とBの利害関係が一致しただけであり,Bが手続をしたこととF
方を報酬とすることとは特段矛盾しない。
       さらに,③の点について,携帯電話の番号に関し,Fは,Bを殺害すること
を承諾したものの,できればやりたくない,実行時期をできるだけ引き
延ばしたいと考えていたのであり,しかも,Fの連絡手段は携帯電話
だけであったことからすれば,他人に電話番号を教えることについて
深く考えていなかったといえ,不合理とまではいえない。
       次に,④の点について,まず,H銀行の口座については,被告人が給料
を現金ではなく,キャッシュカードの形で渡す必要などなく,むしろ,今
後の生活費として被告人からこれ以降も振込みがあることを期待して
Fが受け取ったとみるのが自然であること,また,J銀行の口座につい
ては,Fが不法滞在の身である以上,被告人名義でしか新しい携帯
電話を購入することは不可能であり,そのための口座を開設する必
要があったこと,仮に20万8000円の入金がFの所持金であったとす
ると,なぜ,被告人が同口座の通帳と印鑑を管理する必要があった
のか不明であり,不自然であること,米ドルがFのものであったとすれ
ば,Bに手続を依頼すれば足りるのであって,わざわざ被告人に両替
を依頼する必要はなかったこと,Fにとって,あくまで報酬は,今後の
生活費の確保をしてもらうことであり,60万円はその一部の前渡しに
すぎず,それだけでB殺害を承諾したわけではなかったこと,以上か
らすれば,上記弁護人の主張は,Fの公判証言の信用性を損なうも
のではない。
       さらに,⑤の点については,上記弁護人の主張は前提を欠くものである。
すなわち,Bが亡くなれば,被告人は,愛人からの手当を自由に使う
ことができ,また,保険金も入ってくるというのであって,そもそもFに
対して今後の生活費を保障することができる状況になかったとはいえ
ない。
 四 結論
   以上より,弁護人の主張はいずれも理由がなく,被告人からFに対してBの殺害
及び死体遺棄の指示があったという内容のFの公判証言は信用できる。
第二 被告人の自白調書について
   被告人は,当公判廷において,Fに対して本件各犯行を指示したことを否認する
が,捜査段階において,Fに本件各犯行を指示したことを認める旨の供述をして
いる。
   この点,弁護人は,各自白調書は,自然的関連性を欠き,また,任意性を欠き,
信用性もないと主張するので,以下,検討する。
 一 通訳の正確性(北京語の通訳で各自白調書が作成された点)について
  1 被告人の北京語の能力について
   (1) 弁護人は,被告人に対する取調べが被告人の母国語である台湾語ではな
く,北京語の通訳で行われていたことから,被告人が取調べの内容を理解
できず,また,言いたいことを伝えることができなかったから自然的関連性
を欠く旨主張する。
   (2) しかしながら,被告人は,Fと北京語で会話を繰り返していて,意思疎通に
ついて何ら困難な事情はなかったことからすれば,取調べが北京語の通
訳を介して行われていたからといって,被告人が取調べの内容をおよそ理
解できず,また,言いたいことを十分伝えることができなかったとは考え難
い。しかも,平成13年8月16日より前の被告人の検察官調書及び警察官
調書によれば,いずれの調書上も,被告人は,Fに対してBの殺害及び死
体遺棄を指示したことを明確に否認しているのであって,当公判廷におけ
る被告人の言い分と同様の内容が調書化されているといえ,仮に被告人
が取調べの際の北京語の通訳が理解できなかったというのであれば,当
初からFに指示したことを認める調書となっていてもおかしくはないところ,
そのような内容となっていない。そうすると,捜査段階の途中からFに殺害
等を指示したことを認める調書となった理由につき,北京語の通訳が理解
できないということでは合理的に説明することができず,上記の各自白調
書が作成されたときのみ,被告人が通訳を理解できなかったなどということ
はおよそ考えられない。したがって,弁護人の主張は理由がない。
   (3) なお,弁護人請求証拠番号39の「通訳人(中国語)による尋問及び供述に
係る所見」を作成したM証人の公判供述(第52回公判期日におけるもの。
以下「M証言」と略称。)によれば,被告人の北京語には,語彙の不足,文
法の誤りなどが相当数認められ,被告人の北京語の能力は必ずしも高く
なかったことが認められる。しかしながら,M証言によっても,捜査段階に
おいて被告人が取調べの内容を理解できなかったとは認められない。
  2 取調べ時の通訳人の能力について
   (1) 弁護人は,捜査段階における取調べの際の通訳人であるNの北京語能力
の低さを問題視し,取調べにおいて被告人がその取調べの内容を理解す
ることができなかったなどと主張する。
   (2) しかしながら,関係証拠によれば,Nは,日常的な会話は十分可能であると
認められる以上,被告人との意思疎通に支障はなかったから,刑事事件
の通訳人として要求される能力に欠けるところはなく,弁護人の主張は理
由がない。
  3 被告人自体の日本語能力について
   (1) 関係証拠によれば,被告人は,昭和61年4月にBと婚姻してから本件取調
べまでの約15年もの間,日本に滞在していたこと,Bとの会話は日本語で
行われていたこと,その他の日本人との会話も日本語であったこと,Fの事
件の公判で日本語の質問に対して,通訳を待たずに回答している場面が
たびたび見られることなどからすれば,取調べ時において,被告人は,取
調官の日本語の質問を相当程度は理解していたと認められる。
   (2) そうすると,取調べにおいて,被告人は,その日本語と北京語との相互の理
解力により,取調べの内容を理解していたというべきである。この点,Nも,
当公判廷において,取調官が日本語で最初に質問をし,被告人が日本語
で答えることができるところは日本語で答え,日本語では理解できない部
分について,Nが北京語で通訳していたという旨の供述をしているのであ
り,この点は,O証人も,当公判廷において同様の供述をしている。また,
被告人自身,日本語で答えることが多かった旨を当公判廷において自認し
ているところである。
  4 以上のとおりであるから,取調べにおいて,被告人が取調べの内容及び調書
の記載内容を理解できなかったなどということはあり得ず,自然的関連性は
優に認められる。
 二 任意性について
  1 弁護人は,被告人がC型肝炎に罹患していたこと,長時間に及ぶ取調べが連
日行われていたこと,母国語ではない通訳が付されていたこと及び睡眠薬等
を服用していたことから,被告人は正常な判断能力を維持できる状態にはな
かったから,このような取調べから得られた上記各自白調書には任意性がな
いという旨の主張をする。
  2 確かに,被告人及びO証人の各公判供述によれば,被告人が,睡眠薬等の
影響やC型肝炎の影響もあり,さらに連日の長時間に及ぶ取調べで疲労して
いたことは認められる。
    しかしながら,関係証拠によれば,被告人は,B殺害の共犯者として追及され
ていることを理解し,Fに依頼してBを殺害したかという質問をされていたこと
を十分認識しており,逮捕後勾留期間の途中までは,そのような依頼はして
いないと明確に答えていたこと,取調官の質問が分からなかったときには返
事をしていなかったこと,平成13年8月16日に行われた検察官による取調
べの際に,被告人自ら,警察官に話すなどと言って取調べの担当者をP警察
官に変更してもらっていること,取調官から体調が悪ければ申し出るようにと
告げられていたが,体調が悪いので取調べを中断してくれと要望したことや
取調べ中に体調不良を訴えたことはなかったこと,調書の訂正を申し入れた
ことがあったこと,各自白調書において,後記のとおり,Fの供述する内容と
異なる内容の供述をしていることなどが認められるのであって,以上からす
れば,各自白調書の任意性は優に認められる。
 三 信用性について
  1 まず,各自白調書の要旨は,以下のとおりである。
   (1) 被告人は,平成10年6月ころから,スナックEの経営を始めたが,同12年8
月にスナックEを廃業した際,その手続をBに任せたが,清算後,被告人の
手許に戻ってきたのはわずか10万円であったので,Bが女遊びのために
ピンハネしたと思った。ところで,平成11年9月27日,被告人は,台湾大
地震の直後に亡くなった義母の葬式を台湾で執り行ったが,その際,被告
人からBに対し,再三台湾に来て葬式に出席するように頼んだが,Bは,
仕事が忙しい等の理由で,拒否したばかりか,香典も出さなかった。
     被告人は,スナックEを閉店したころから,2人の子が十分成長したこともあ
り,もうBは要らないと考え,Bとの離婚を真剣に考えるようになり,C及び
AにもBとの離婚を相談すると,子らはこれを承諾した。
     そこで,被告人は,Bに対して真剣に離婚を申し入れたが,Bは,離婚をする
つもりはない,離婚して欲しいのであれば,養育費として使った2000万円
を支払えなどと言ってきたので,離婚することはできないと感じた。被告人
は,Bの浮気のことをBの母親に相談したことがあったが,2人で解決しな
さいなどと言われるだけであった。
   (2) その後,被告人は,同年10月ころになると,Bは要らない,離婚してくれな
いのであれば殺すしかないという気持ちになった。しかし,被告人は,自分
の手で殺すのは心理的にも体力的にも困難であると思ったので,身近に
いたFにやってもらおうと考えた。
     そこで,被告人は,このころ以降,Fに対し,Bは要らない,Bを殺せと何度も
言うようになった。しかし,被告人は,それだけではFがBを殺してくれると
は思わなかったので,Bを殺してくれれば,日本で生活できるようにしてあ
げる,うまく殺してくれれば200万円の報酬をあげるなどと言ってB殺害を
依頼するようになった。これに対し,Fは,なぜBと離婚をしないのかと言っ
てきたが,被告人は,Bから2000万円支払わなければ離婚しないと言わ
れたということなどを説明した。Fの日本での生活の保障については,被告
人の手持ちの金からFに対して生活費を分け与えるつもりであった。
   (3) その後,被告人は,同年11月6日,Fに対し,生活費として,H銀行のI名義
のキャッシュカードを渡し,口座に入っている金を使っていいと言い,Fは,
同日,同口座から5000円を引き出した。また,被告人は,同日,J銀行の
被告人名義の口座を作り,同口座のキャッシュカードをFに渡した。なお,
被告人が同口座を作る際に入金した金は,もともとFの金であった。また,
被告人は,同年12月7日,J銀行で,Fが所有していた米ドルを日本円に
両替してあげたことがある。
   (4) 被告人は,同年10月ころから同年12月ころにかけ,Fに対し,B殺害を依
頼していたところ,そのころ,とうとうFが承諾した。その後,被告人は,平成
13年1月ころから事件当日までの間,B殺害の方法について何度もFと話
した。話の内容は,BをF方に誘い込んで殺す,自動車にぶつけられて死
んだように見せかける,そのため,Bを殴り殺してその死体を家の近くの自
動販売機の近くの路上に棄てるなどというものであった。
     ところで,B殺害の方法については,Fが言い出したものであるが,被告人
は,Fとの話し合いの中で,B殺害後,マンションDまで死体を運んで棄てる
というような話はしておらず,そのような指示をしたこともない。被告人は,
死体をGの近くの自動販売機に棄てるのがいいと思っていたが,Fは,Gの
近くでは自分が怪しまれるといって賛成しなかったことがあった。
   (5) その後,被告人は,同年2月14日,Fに電話をかけて被告人方に来るよう
誘ったところ,Fがやって来て,数時間くらい被告人方に滞在した後,同日
午後7時ころに帰った。この間,被告人は,Fとの間でB殺害の話をした覚
えはない。被告人は,FがBをいつ殺害してくれるのか気にはなっていた
が,Fが任せておけと言っていたので,任せておけばいいと思っていた。と
ころで,Fは,Bを殺そうとして,F方にBを誘い,一緒に飲んだが,殺害を
実行できなかったという日があった。その日,Bは,午前3時ころ酔っぱらっ
て帰ってきたが,その際,Fは一緒には来ていなかった。被告人は,いつか
はFがBを殺してくれるだろうと思ってFに任せていた。
   (6) 被告人は,同日,Fが帰った後,その日の夕食を作っていた。その後,被告
人は,Fが女の子と食事に行くと言っていたので,どうなったのか知りたい
と考え,同日午後10時12分にFに電話をかけ,Fに対し,帰ってきたの
か,ご飯はおいしかったかなどと聞いた。被告人は,同日午後10時19分
にBから電話がかかってきたこと,同日午後10時24分にFに対して電話を
かけたことは覚えていないが,同日午後10時52分にBから電話がかかっ
てきたことは覚えている。電話の内容は,Bが友達と飲みに行くというもの
であった。そして,被告人は,その約1時間後,Bに電話をかけ,その際,F
に電話を代わってもらった。被告人は,Bに対し,Bがまた女の子と遊んで
いると思って女といるのではないかなどと聞いたところ,Bが,F方にいる旨
の返事をしたので,本当にFといるかどうかを確かめるために,Fに代わっ
てもらった。被告人がFに対し,女と一緒かどうかを確認すると,Fは,女は
いない旨の返事をした。そこで,被告人は,Fに対し,雪がひどいから,Bに
早く帰るように言ってくれなどと伝えて電話を切った。ところで,被告人は,
その電話では,Fに対し,早くBを殺せなどという催促はしなかった。被告人
は,FにBを殺して欲しいと思っていたが,このときには,Bを殺すいいチャ
ンスであるとまでは考えなかった。このときが被告人がBと電話をした最後
の時であった。
   (7) 被告人は,同日深夜から翌同月15日の早朝にかけて,Fから4回にわたり
電話を受けた。
     まず,同日午前3時41分にかかってきた電話において,Fは,Bと喧嘩をして
怪我をさせた,血がいっぱい出た,着替えが欲しいなどと言っていた。F
は,北京語でいえば,「打架打傷」,つまり,殴り合いの喧嘩をして怪我をさ
せたと言っていた。その時,Fは,「打死」とは言ってなかった。被告人は,F
にB殺害を頼んでいたので,北京語で「殺了他」と言った。これは,言葉上
は,「彼を殺せ」という意味であるが,被告人は,「死んでも仕方がない」と
いう意味で言った。そして,Fが,Bと喧嘩になって血がいっぱい出た,Bの
着替が必要であるなどと言っていたので,被告人は,そのような状態にな
ればそのまま放っておいてもBは死ぬであろうから,そのままにしておけば
いいと思った。被告人は,Fの話を聞いて,Bはもう死んでしまったと思った
ので,助けるのは無理だと思った。被告人は,Fの言葉から,Bが死んだと
感じ取った。Fが約束を守って,Bを殺害したと思った。
     しかし,被告人は,その話を聞いて急に怖くなった。確かに,被告人は,Fが
約束を守ってくれたということは理解していたが,自分がしたことに対し,後
悔の気持ちが出てきて,恐ろしいことをしてしまったと思い,とても怖くなっ
た。この電話の中で,被告人は,Fに対し,着替を取りに来るよう返事をし
た。
   (8) 次に,同日午前3時54分にかかってきた電話において,Fは,今服を取りに
来ましたなどと言った。その際,Fは,被告人に対し,着替を手伝ってくれと
は言わなかった。被告人は,Fが服を取りに来たと言ったので,「あ~,わ
かった」などと返事した。その後,被告人は,Fが被告人方に来たので,被
告人方のドアを開けたが,Bの着替はFが自分で勝手に出してきた。
   (9) さらに,同日午前6時42分にかかってきた電話において,Fは,被告人に対
し,コンビニに買い物に行ってくれと言ってきた。マンションDと道を挟んで
反対側にあるコンビニ店員が,駐車場で水を撒いており,Fの方を見ている
ので,その店員の目をそらして欲しいという要望であった。被告人は,F
が,Bの死体を道路上に棄てようとしていたときに,店員が見ているのでそ
の目をそらすために,コンビニに買い物に行ってくれという要望であると理
解したが,主婦が雪のひどい日の朝早くにコンビニに買い物に行くのはお
かしいと思ったので,その要望を断った。
   (10) そして,同日午前6時52分にかかってきた電話において,Fは,被告人に
対し,救急車を呼ぶことと被告人方車庫を片づけることを頼んできた。被告
人は,なぜFがそのようなことを頼んできたか分からなかったが,Fとかか
わりたくなかったので,これに応じなかった。被告人は,この電話の後,エ
レベータに乗って1階のホールまで下りたが,誰もいなかったので,慌てて
被告人方に戻った。警察官がいたから慌てて戻ったわけではない。
   (11) その後,被告人は,自分の携帯電話の発着信歴やメモリーに残っている
人に対して迷惑をかけたくなかったことから,Cに対し,発着信歴及びメモ
りーを消去するように頼んだ。
  2 検討
   (1) 各自白調書の要旨は上記のとおりであるが,被告人とBとの夫婦関係及び
被告人とFとの関係,Bが台湾への渡航を拒否したことやその後スナックE
を廃業した際の清算金の問題から被告人とBの離婚問題が生じたが,B
は離婚を拒否したこと,これらの問題等から被告人は,Bに対する不満・愚
痴をFに話すようになり,次第に被告人がBの殺害を考えるようになったこ
と,その実行役として,話し相手のFに報酬を提示して依頼したところ,Fが
承諾したこと(ただし,具体的な報酬の内容は除く。),その後被告人とFと
の間で,殺害方法や死体遺棄の方法等が話題となったこと等の事実につ
いては,信用性の認められるFの公判証言及び他の関係者の供述等と概
ね符合していて信用性が認められる。
     また,自白に至る経緯についても,既に検討したとおり,被告人は平成13年
8月8日に逮捕された後の取調べにおいて,当初否認していたところ,同月
16日に被告人の要請で取調官を変更してもらって共謀を自白したもので
あって,その経緯に不自然なところは認められない。
   (2) なお,弁護人は,日本と台湾の「お盆」の意味は異なるから,被告人が自白
するに至った経緯は不自然であると主張する。
     しかしながら,上記のとおり,わざわざ警察官に取調べを代わってもらったこ
とに加え,取調べ時点において,被告人の日本での滞在は,B及び子供ら
家族との共同生活の期間が約15年間に及んでることなどからすれば,日
本の通常の生活習慣・風習等はある程度理解していたと解すべきであっ
て,被告人が全く口にしていないのに,取調官が調書に勝手に創作したと
は考えられず,不自然ではない。
   (3) ところで,被告人の各自白調書中,①殺害の報酬内容(B殺害の成功報酬
額200万円,J銀行の被告人名義の口座の所有者,現金約20万円相当
の米ドルの所有者),②殺害及び死体遺棄の方法の提案者,③平成13年
2月14日の被告人からBへの電話をFがBと代わった際の被告人の言
動,④同月15日のFから被告人への4回電話の内容についてについて
は,Fの公判証言と異なっている。
     ①の点について,ア 200万円の成功報酬については,仮にFが被告人から
200万円を成功報酬として示唆されていたとすれば,生活費というあいま
いなものではなく,具体的な金額の提示である以上,あえてFがこれを隠す
必要はないといえるが,Fの公判証言で出ていないこと,イ J銀行の被告
人名義の口座への入金については,仮にもともとFの金であったとすれ
ば,Fが逮捕された時の所持金が1万円位であったことに鑑みると,わざわ
ざ被告人名義の口座に20万円もの金を入金することは普通考えられず,
また,Fの口座とするのであれば,通帳及び印鑑を被告人が預かる必要も
ないこと,ウ 現金約20万円相当の米ドルの両替については,もともとFの
米ドルであったとすれば,Fがあえて日本語が完璧ではない被告人に対し
て銀行での手続を頼む必要はなく,Bに依頼したのではないかと考えるの
が自然であること,エ A名義の偽造パスポートについては,被告人がB殺
害の成功報酬とすることは在留資格を有しないFにとって日本人になりす
まして活動する上で重要であることなどからすると,いずれも,信用性の認
められるFの公判証言と異なる上記供述部分は信用することができない。
     ②の点について,被告人は,自らの意思でFに対してB殺害を依頼している
のであるから,両者の間で殺害方法や遺棄の方法が話題となった際に,
被告人にB殺害の疑いがかからないような方法を考えるのが自然であり,
殺害方法等について何ら関心を持たないというのは不自然であること(仮
に交通事故に見せかけて殺すという方法をFが考えたとしても,被告人自
身もその方法を了知し,これを承諾していたはずである。),また,死体遺
棄の場所についても,Fが発覚の危険を冒してまでも時間をかけてマンショ
ンD付近の自動販売機前の路上で事故に遭ったかの様に装ったのは,被
告人の意向であったからと考えるのが自然であることからすると,信用性
の認められるFの公判証言と異なる上記供述部分は信用することができな
い。
     ③の点について,本件各犯行より以前に,FがB殺害を試みたが失敗に終わ
ったという日があり,その翌日の朝に約28分間も被告人がFに対して電話
をしているという事実が認められるところ,平成13年1月20日ころ以降,F
に何度もB殺害を依頼し,具体的な話し合いまでしていた被告人が,同年
2月14日の夜にBがF方にいることを知った際に,Fに対して,B殺害を全
く依頼しなかったなどということは,不自然,不合理であるから,信用性の
認められるFの公判証言と異なる上記供述部分は信用することができな
い。。
     ④の点のうち,1回目の電話内容について,Fは,被告人から,B殺害を何度
も催促されており,同日にようやくこれを実行できたのである。そして,Bの
死体を運ぶ準備が整ったところで,被告人に最初の電話をかけたのであ
る。このような状況からすれば,最初の電話において,Fが被告人に対して
Bを殺害したということを報告しないなどということはおよそ考えられず,か
かる供述自体,不自然であることからすると,信用性の認められるFの公
判証言と異なる上記供述部分は信用することができない。
 四 結論
   以上のとおりであるから,被告人の各自白調書は,Fの公判証言の内容と一致
する限度において信用性が認められる。
第三 被告人の共謀に関する公判供述について
  被告人は,当公判廷において,Fに対して本件各犯行を指示したことはないという
旨の供述をするところ,Fの公判証言と大きく異なっているので,以下,その信用
性について検討する。
 一 被告人は,当公判廷において,平成13年2月15日にFからかかってきた4回
目の電話の後,救急車の音が聞こえ,Bのことが心配になったのでFの携帯電
話に電話し,1階まで見に行ったが,救急車がいなかったので,マンションのガ
ラス越しに血を確認しただけで,その場にいた警察官に何が起こったかなどを
聞くことなく被告人方に戻った,その理由は,日本語が不十分だから後でCに警
察官に聞いてもらおうと考えたからなどと供述する。
   しかしながら,そもそも,被告人の携帯電話の発信履歴にそのような履歴はな
い。仮に,被告人がFに対してB殺害を依頼していなかった場合,Bが死んでい
るかも知れないというような状況であることが分かったのであるから,被告人
は,Fに対してすぐに電話をかけて事実を確かめるのが自然かつ合理的な行動
であるが,被告人は,そのような行動をとっていない。
   また,被告人の日本語が不十分であったとはいえ,約15年間もBやCらと一緒
に日本で住んでいたのであるから,何が起こったか,誰が運ばれたかを聞くこと
は十分可能であったはずであり,夫の安否を確認するためにわざわざマンショ
ンの1階まで下りていったのに,それ以上の行動に出ないのは,妻のとる行動と
して,不自然,不合理である。
 二 さらに,被告人は,1階から被告人方に戻った後,CにBの携帯電話に電話を
かけさせているが,自分の携帯で電話しなかった理由について,当公判廷にお
いて,Cが着替え中で携帯を持っていたからついでにかけてもらったなどと供述
をする。
   かかる供述は,Cの公判供述と一致するところであるが,Fからの電話のことを
隠した上,着替え中のCにわざわざ嘘の理由をつけて頼んでかけさせた行動
は,同様に,不自然といわざるを得ない。
 三 次に,被告人は,Fが具体的方法まで示してBを殺害するという話をしていたに
もかかわらず,Fに対してその理由を聞かなかった,また,平成13年2月15日
の深夜にかかってきた最初の電話で,Fから,Bが怪我をした旨を伝えられたに
もかかわらず,何らの行動をしなかったなどと供述する。
   かかる供述も,同様に,不自然である。
 四 以上のとおり,被告人が供述するように,仮にFに対して本件各犯行を指示して
いなかったのであれば,被告人は,妻として本来とるべき合理的な行動をとって
おらず,そうすると,Fに対して本件各犯行を指示したことはないという旨の被告
人の公判供述部分は,信用することができない。
第四 結論
   被告人から本件各犯行を指示されて実行した旨のFの公判証言及び同証言に
沿う限度において被告人の各自白調書は信用でき,これらの証拠に加え,その
他関係各証拠を総合すれば,被告人がFに対してBの殺害及び死体遺棄を指
示して実行させたという事実は優に認められる。
   したがって,本件各犯行について,被告人とFとの間で共謀が成立する。
(法令の適用)
 1 罰      条
    判示第1の行為     刑法60条,平成16年法律第156号による改正前の
刑法199条(行為時においては上記改正前
の刑法199条に,裁判時においてはその改
正後の刑法199条によることになるが,これ
は犯罪後の法令によって刑の変更があった
ときに当たるから刑法6条,10条により軽い
行為時法の刑による。)
    判示第2の行為     刑法60条,190条
 2 刑種の選択
    判示第1の罪      有期懲役刑を選択(刑の長期は,行為時においては上
記改正前の刑法12条1項に,裁判時にお
いてはその改正後の刑法12条1項によるこ
とになるが,これは犯罪後の法令によって刑
の変更があったときに当たるから刑法6条,
10条により軽い行為時法の刑による。)
 3 併合罪の処理     刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の
刑に同法47条ただし書の制限内で法定の
加重)
 4 未決勾留日数の算入     刑法21条
 5 訴訟費用の不負担     刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の事情)
 1 本件は,台湾出身の被告人が,同じ外国人である共犯者と共謀の上,被告人
の夫である被害者を殺害してその死体を遺棄しようと企て,共犯者において,被
害者に対し,洋酒瓶等でその顔面等を多数回殴打するなどして被害者を殺害
し,さらに,その死体を車で運搬するなどして路上に遺棄したという殺人(判示第
1)及び死体遺棄(判示第2)の事案である。
 2 被告人は,被害者を殺害することを決意し,その実行役として,かつて自己の経
営する飲食店の従業員として雇用し,同店閉店後も被告人方に住まわせていた
共犯者に,今後の日本での生活費や被告人の息子名義の偽造旅券等の成功
報酬を提示するなどして,同人に本件各犯行を持ちかけて,承諾させた上,被
告人は,同人が本件各犯行に及ぶまでの間,毎日のように執拗に同人に対して
犯行を実行するよう催促して遂に同人に犯行を実行させている。以上の経緯か
らすれば,被告人は,自らの手を汚さずに,共犯者を犯行に巻き込んで犯行を
実行させてその目的を遂げているのであって,被告人が本件の首謀者であるこ
とは明らかであり,本件における被告人の役割は,共犯者に比して相当重い。
   また,被告人と共犯者との間で,事前に殺害方法及び死体遺棄の方法・場所な
ど本件各犯行についての具体的方法について,何度となく話し合って,準備する
など,本件各犯行は計画的な犯行であった。
   さらに,本件各犯行態様についてみると,相当の重さのある鈍器で頭部や顔面
を殴打するという本件殺人の態様及び交通事故に見せかけるために被害者の
死体を路上に遺棄するという本件死体遺棄の態様は,いずれも極めて冷酷かつ
残虐である。
   本件各犯行により,被害者は何物にも代え難い尊い生命を奪われたものであ
り,その結果が重大であることはいうまでもなく,妻である被告人及び被害者な
りに面倒を見てきた共犯者の手によって突然命を奪われることになった被害者
の無念さは筆舌に尽くし難い。被害者の遺族(両親)の処罰感情が強いのも当
然である。
   被告人は,当公判廷において,本件各犯行の関与を否定し,不合理な弁解に
終始するなどしており,反省の態度は認められなかった。
 3 以上の諸事情からすれば,被告人の刑事責任は重い。
 4 もっとも,被告人が本件各犯行を決意するに至った経緯等には酌むべき事情が
ある。すなわち,被告人は,来日してから長期間にわたり,家計を維持するため
とはいえ,売春等により金を稼がなければならなかったのであり,一方,被害者
は,自分の稼ぎを自己の遊興費等に費消して家計に回すことなく,被告人が稼
いだ金を管理し続ける一方で,浮気等に金をつぎ込んでいたのである。被告人
は,上記のような状況を耐えていたが,その後,2人の子が成長したことなどか
ら,被害者に対して離婚を申し入れたところ,被害者から,離婚したければ200
0万円を支払えなどと言われて拒絶された。このような状況の下で,被告人は,
被害者から自由の身になるためには,もはや被害者を殺害するより他はないと
決意するに至り,共犯者に依頼して本件犯行を実行させたのである。もとより,
殺害という不法な手段を決意した点は身勝手極まりないものであって,許される
ことではないが,被害者の理不尽ともいうべき態度が被告人の怒りを誘発して
犯行を決意させたことは明らかであって,被害者のかかる落ち度が本件犯行の
背景に在ることは,被告人のために酌むべき事情といえる。
   以上に加え,これまで被告人には前科がないこと,審理に長期間を要したため,
すでに4年以上もの間身柄を拘束されていることなど,被告人にとって有利若し
くは斟酌すべき事情を最大限考慮した上,被告人を主文記載の刑に処するのが
相当であると判断した。
   よって,主文のとおり判決する。
(求刑・懲役13年)
   平成17年10月5日
      福井地方裁判所刑事部
        裁判長裁判官   久 保   豊
            裁判官   谷 田 好 史
       裁判官中山大行は転補のため署名押印することができない。
        裁判長裁判官   久 保   豊

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