弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 被告は、原告に対し、二九八八万六四〇〇円及びこれに対する平成七年一〇月
七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
第一 請求
 被告は、原告に対し、四六六七万円及びこれに対する平成七年一〇月七日から支
払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、被告の従業員であった原告が、被告に在職中、女性であることを理由に
昇給における差別を受けたことが、不法行為もしくは労働契約の債務不履行にあた
るとして、同期入社、同職種の男性従業員(五名)の賃金の平均額と原告に現実に
支給された賃金との差額相当の損害金及び右差別による慰藉料等の各支払を求める
事案である。
一 前提事実(いずれも当事者間に争いのない事実もしくは弁論の全趣旨により容
易に認められる事実である。)
1 当事者
(一) 被告の概要
 被告は、大正八年に設立された、主として医薬品の製造販売および輸出入を業と
する株式会社であり、本社を大阪市中央区〈以下略〉に置き、東京、名古屋、福
岡、札幌に支店を待ち、資本金約二一二億円、従業員数約七〇〇〇名である。
(二) 原告の職歴概要
 原告は、昭和一八年一月一三日に広島県尾道市で出生した女性であり、昭和四〇
年三月、静岡薬科大学(現在の静岡県立大学)を卒業後、同年四月、被告に正社員
として入社し、翌年三月、薬剤師免許を取得した。入社後、原告は本社第一営業部
製品係(後の製品部)に「DI担当者」(後述)として配属され、昭和五四年六
月、製品担当(以下「製担」という。)となり、その後一貫して同じ製品部の向精
神薬担当者として勤務したが、平成七年六月に退職した。
2 原告の担当業務の経緯等
(一) 被告製品部の製品担当制
 原告が入社した昭和四〇年以前から平成六年一〇月まで、被告は、医薬品の販売
促進について「製品担当制」を採っていた。そして、全製品の「製担」を集めて一
つの部とし、製品部と称した。被告は製担を、担当する製品の責任者として位置付
け、担当薬剤の標準的説明方法の設定、医薬情報担当者(「ディテールマン」、
「Dマン」ともいうが、以下では、最近の呼称である「MR」という。)の教育、
生産管理等の職務を与えていた

 製品部は「製担」とその学術面を補佐する「DI(ドラッグ・インホメーショ
ン)担当者」(能力給区分における職種は後述のOCT=オフィスクラークテクニ
シャン。)と一般事務を補佐する「内勤」(職種は後述のOC=オフィスクラー
ク)の三職種で構成され、薬効別に六ないし八グループに分かれていた。
 MRは、学術部に属し、医薬情報担当者として、病院や開業医を担当して薬品の
宣伝等を行い、また、医師等から医学、薬学等に関する情報を入手することを職務
とする。
(二) DI担当者(職種OCT)時代
 原告は入社後、製品部のmグループ(向精神薬、抗癌薬、アメリカシェリング社
製品担当)のDI担当者として配属され、向精神薬であるニューレプチル、ベゲタ
ミン、ベンザリン等について学術情報の収集・分析・加工や説明書の作成、社内外
からの問い合わせ回答や生産・販売予測と在庫管理等の実務を担当した。原告が被
告に入社した昭和四〇年当時、大卒薬系男子でDI担当者などの一般事務職(OC
T)に配属される者はいなかった。
 原告は、被告に旧第四学術部(精神科専門)が創設された昭和五〇年から同五三
年にかけて、DI担当者でありながら、大学病院精神科や精神病院を訪問して向精
神薬のディテール・トレース(個々の病院を回って個々の症例ごとに薬の効果と副
作用について担当医師と討議しつつ、現場での当該薬への理解を深めてもらうこ
と)により、その販売を拡大した。同時に、現場の医師や研究者や病院関係者と直
接接触しながら、ベンザリン、ベゲタミンの適切な使用方法を確認し、それに基づ
いてパンフレットを作成するなど、製担の業務に試験的に従事した。
(三) 製品担当時代
 原告は、昭和五四年六月二一日、三六歳で、被告における女性初の製担となっ
た。
(1) 平成六年一〇月に組織改変されるまで、製担の職務は「定められた製品の
販売を量的にも質的にも拡大すること」(販売拡張)など六項目が定められ、担当
製品の販促責任者として必要な情報の収集・分析・加工、販売戦略の立案、説明
書・パンフレット等の販促ツールの企画・作成、MR(医薬情報担当者)の教育、
医師・薬剤師・一般消費者からの問い合わせへの回答、不良品等の苦情対応、販売
条件の決定、販売予測とそれに基づく生産在庫管理、その他担当製品に関連する諸
々の対外交渉などの職責を負っていた。
(2) 昭和六三年三月、原告は、シオノギ製
薬研究所で開発され申請中であった新しい睡眠薬「リスミー錠」(以下「リスミ
ー」という。)の担当を命じられ、それまでの担当品目であるベンザリン、ベゲタ
ミン等に加え六品目を担当することになった。リスミー発売(平成元年六月二〇
日)の一年後の時点で、製担の中で女性は原告一人であり、役付者(後述の課長待
遇以上の従業員)でないのも原告一人であった。
(四) 課長待遇への昇格以降
 原告は、製担になってから一一年を経過した平成三年四月、四八歳で課長待遇に
昇格した。右昇格時点において、製品部で課長待遇の女性は原告のみであった。
 平成六年一〇月、被告では総合的な製品担当制が廃止され、販売条件の決定、販
売予測と生産在庫管理、不良品等への対応などは営業計画部に移行され、製担の職
務は学術面に絞られた。製担の販売拡張責任がなくなり、より業務範囲の限定され
た「DI製担制度」に変更された。
3 被告の給与体系
 被告の従業員の給与については、労働協約に別紙一ないし三のとおり定められて
いる。ただし、現在の能力給区分が導入されたのは昭和五九年以降である。
(一) 給与の運用基準
(1) 能力給について
 労働協約六二条は「能力給は、各人の仕事の生産性により決定する。」と定めて
いる。「仕事の生産性」とは、仕事そのものと仕事の遂行能力、すなわち、「職務
そのもの」と「職務遂行能力」の二要素から成り、昭和五九年以降、被告では給与
の運用基準を次のように定めている。
① 能力給区分の設定
 各人の職務、職務変更、昇進、昇格などに対応して、しかるべき能力給になるよ
うに、役付者については待遇別(部長待遇、次長待遇、課長待遇)に、一般従業員
については職務レベル別に能力給区分を設定し、二〇種類の能力給区分がある(別
紙四の1)。役付者のレベル判定は、主として職務遂行能力を反映した待遇毎に能
力給区分が設定されているが、一般従業員の場合には、まず入社時にその人が保有
する技術、技能を判定し、各個人の入社時の担当職務が決定する。具体的にいえ
ば、「技術、技能、作業」という職務レベルの差と、「補助職」かどうかという責
任度によって区分される(別紙四の2)。
② 標準者基準額の設定
 各能力給区分には、経験年数(学歴、卒年に基づく標準年齢に置き換える)毎に
標準者の基準額を設定している。
 標準者基準額は、前年度の実績をべースとして、被告と労働組合(以下「組合」

いう。)の間での協議で妥結した昇給原資(調整給原資を除く能力給原資)を「ど
の能力給区分の」「どの経験年数の層に」「いくら配分するか」を協議し、双方の
合意を経て決定される。この結果各人が該当する能力給区分、経験年数の標準者の
昇給後の基準額が決定する。能力給区分7と同11の標準者基準額を比較すると、
同一条件では前者が後者より高額である。
③ 能力給基準額の設定
 各能力給区分の各標準年齢毎の標準者基準額が決定されたあと、「評価」に応じ
た能力給基準額を設定する。各能力給区分には、標準年齢毎の標準者基準額が決め
られているが、さらに、標準年齢毎に一定の評価ランクを設け、評価ランク毎に能
力給の基準額が設定されている。従って、同じ能力給区分、同じ標準年齢であって
も、「評価」により能力給基準額は異なる。
④ 評価及び査定
 評価は、勤続三年以上の従業員に対し、Appraiser(アプライザー)で
ある直属上司が行い、与えられた職務について「理解力」「判断力」「正確さ」
「迅速性」等の項目を五段階で評価し、その総合点からS、A、B、C、D、Zの
六ランクに評価する。
 入社後の昇給は、まず各人の属する各部門において、その部門の上司がその人の
担当職務において発揮された能力や具現化した業績を評価し、次いで人事部では、
原則として、能力給基準額に近づくように査定を行い、その人の昇給後の能力給を
決定する。
 実際には、各部門の上司の評価に基づいて、人事部が査定リスト(能力給基準額
付)を所属部長経由で上司に通知し、査定内容について所属部長が確認し(上司の
意見を聞く場合もある)、修正意見がある場合は再度人事部にフィードバックさ
れ、内容を確認して修正される場合もある。修正意見がない場合は、査定リストで
知らされた内容で確定し、人事部から決定リスト(査定リストと同様に能力給基準
額付)として所属部長を経由して上司に通知され、部門における評価結果と人事部
が査定した結果とともに、本人に対する説明が実施される。
(2) 調整給(昭和五九年に新設)について
 調整給は、被告と組合とが協議のうえ、別に定める調整給支給基準により有扶世
帯主に支給される。調整給については、一切の評価、査定を行うことなく、また男
女の別なく標準年齢により定額で支給する(別紙五)。
 昇給時には、労使交渉で昇給総額の中で調整給部分の昇給原資が決められ、昇給
後の調整給
金額基準が決定される。役付者にも同じ基準が適用され、調整給支給対象者は自動
的に調整給の昇給が実施される。
(3) 役職給について
 役職給は、役付者に対して「待遇」(部長待遇、次長待遇、課長待遇)別に定額
で支給され、昇格によって支給が開始または増額され、昇給とは無関係である(別
紙六)。
(二) 賞与の配分方法ならびに支給期日
(1) 組合員の場合
 半期(夏季は前年一〇月から当年三月、冬季は当年四月から当年九月の各六か月
間)の業績評価を実施し、P2、P1、SD、M1、M2およびZの六段階の評価
ランクに位置づける。Pはプラス、SDはスタンダード、Mはマイナス、Zは長期
欠勤や産休等の特殊事情がある者を意味する。
 まず、組合と妥結後の協定により、評価ランクSDの査定月数(能力給に対する
月数)が決定する。
 次に、P2からM2各評価ランク毎の査定月数が自動的に上下各〇・二五か月の
幅で設定される(評価ランクZは、主として勤怠状況等の特殊事情がある場合に、
M2以下の査定ランクとして個別に決定する)。
 一方、期末(夏季は三月三一日、冬季は九月三〇日)時点での調整給対象者に対
して、協定内容にある年齢毎の定額(調整加算)が、評価とは無関係に加算され
る。この結果、組合員の賞与は「能力給×評価ランク別査定月数+調整加算」で決
定される。
(2) 役付者の場合
 評価の決定方法は組合員と同様である。
 査定月数は、組合員の決定内容と会社の業積を勘案し、組合員に準じた形で会社
が決定する。なお、役付者には調整加算はなく、全て「能力給×評価ランク別査定
月数」で決定される。
(3) 支給日
 賞与の支給日は、夏季が七月一〇日、冬季が一二月一〇日である。
4 被告における職種、職制及び待遇
(一) 被告では、職種名を、①仕事の種類、②職制、③待遇の三つを記号化し、
それらを組み合わせることによって決定している(別紙七)。
① 仕事の種類の記号化の例としては、研究関係ならばResercherの頭文
字R、開発・製品関係ならばPlannerの頭文字Pなどがある。
② 職制は、第一次のAppraiser(評価者=上司)をOとし、その上にあ
たる第二次を02、さらに上の第三次を03で表す。
③ 待遇には、部長待遇、次長待遇、課長待遇の三種類があるが、待遇の区分に関
係なく、これらを「役付者」として捉えている。
 そして、職制の位置にある者(第一次ない
し第三次Appraiser)の職種名は、右①仕事の種類、②職制の二つの記号
の組合せによって決定するが、職制の位置にない者(非Appraiser)の職
種名には③待遇が関係するので、非Appraiserで役付者の場合には、一般
従業員と区別するため、Specialistの頭文字Sを付ける。従って具体的
には、開発・製品関係で第三次Appraiserの場合はPO3、第二次はPO
2、第一次はPO、非Appraiserの役付者はPS、非Appraiser
で一般の場合はPとなる。
 また、一般事務職の職種名は、職制の位置にある者はOCF、役付者であって職
制の位置にない者はOCS、一般の者はOCT、OCで表す。
(二) 原告が製担に任じられた昭和五四年六月当時の職種名は、①仕事の種類と
③待遇の二つの組合せによって決定し、②職制は表していない。そして、仕事の種
類の表現は現在と同様であるが、③待遇は「役付者」が1、「一般」が2で表され
ていた。具体的には、開発・製品関係で役付者の場合はP1、一般の場合はP2と
表現されていた。
5 原告の職務歴と能力給の推移等
(一) 原告は昭和四〇年四月、被告に入社し、入社後、一般事務職(職種名OC
T)として勤務した後、昭和五四年六月に製品担当者(職種名P2)を命ぜられ、
平成三年四月に課長待遇(職種名PS)に任ぜられたが、平成七年六月に被告を退
職した。原告の課長待遇昇格時に製品部で課長待遇の女性は原告のみであった。
(二) 原告と同期入社で平成六年九月現在製担である男性従業員は、a、b、
c、d、eの五名である(以下、この五名を「同期男性五名」という。)。同期男
性五名はいずれもいわゆるMRを経由してから製担となっているのに対し、原告は
MRは経験せず、入社以来一貫してDI担当者または製担として向精神薬を扱って
きた。原告及び同期男性五名の入社時の職務、職歴および昇格時期は別紙八のとお
りであり、同期男性五名のうち、A、D、Eは、いずれも原告の退職時(平成七年
六月)には部下のいない製担(PS)であった。昭和三七年から平成七年までの大
卒新入社員のうち、MRとして採用された者の男女別数は別紙九のとおりである。
(三) 平成七年一一月一○日現在の被告における課長待遇以上の役職別、男女
別、学歴別、年齢別の人員分布は別紙一〇の1、2のとおりである。また、被告に
おける女性役付者の平成八年一
一月ころの時点での所属、入社年度、入社時の配属先および昇格時期は別紙一一の
とおりである。
(三) 原告に支給された能力給及び賞与の推移は別紙一二のとおりである。ま
た、昇給面での組合員平均賃上額と原告の昇給額との対比は、別紙一三の1、2の
とおりである。
 原告に実施された査定結果、原告に適用された能力給区分とその標準者基準額、
評価ランク別の能力給基準額は別紙一四の1、2のとおりである。また、原告、原
告と同年代の大卒男性従業員及び原告と同期入社の大卒女性従業員(原告より早く
課長待遇に昇格)の能力給の支給額の比較は別紙一五のとおりである。
二 争点
1 被告による不法行為もしくは債務不履行の成否
(一) 能力給における原告と同期男性五名との格差
(二) 右能力給等の格差の理由(男女差別の有無)
(三) 賃金における右男女差別が不法行為(労働基準法四条違反)もしくは債務
不履行(労働契約上の平等取扱義務違反)を構成するか
2 不法行為もしくは債務不履行が成立する場合の損害額
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1(一)について
(一) 原告の主張
 同期男性五名の昭和六〇年七月から平成七年六月までの能力給の平均値は別表1
の「同期男性5名の能力給平均」欄記載の金額を下回ることはない。また、原告が
右期間において支給された能力給は別表1の「原告の能力給」欄記載のとおりであ
る。したがって、原告と同期男性五名との能力給の格差は、別表1の「能力給差
額」欄記載のとおりである。
(二) 被告の主張
 原告の能力給が別表1に記載のとおりであること、これと同期男性五名の能力給
との間に格差が存在することは認めるが、その余の事実は否認する。
2 争点1(二)について
(一) 原告の主張
 次のとおり、原告と同期男性五名との能力給の格差は不合理な男女差別によるも
のである。
(1) 入社時の職種
 原告と同期男性五名とで、被告への採用において特別な区別は説明されず、原告
は薬学の専門知識を有する大卒として採用された。能力別、将来の職種や配転等の
労働条件による採用区分や、補助職と基幹職といった区分も採用時に被告から説明
はされなかった。
 しかし、事実上、大卒男子DI担当者といった補助職につく者はなく、補助職で
あるDI担当者は主として薬系大卒女子、内勤は短大卒と高卒女子であった。ま
た、被告では、同じ職務であっても、男女で初任給の格差があり、昭和五
二年当時も大卒男女の平均で格差があった。
(2) 原告の担当業務
 昭和五〇年に旧第四学術部(精神科専門)が創設されたとき、原告は大学病院精
神科や精神病院を訪問し、向精神薬のトレース・ディテール(被告独自の市販後追
跡調査)を行い、その過程でベンザリン、ベゲタミンの適切な使用方法を確認し、
それに基づいてパンフレットを作成するという課題が与えられた。
 昭和五四年五月三〇日、第九二九回製品会議(製担の活動報告会議)で、原告
は、その経過と作成したパンフレットを使った販促活動の成果を報告した。この製
品会議報告が、当時の(故)f副社長に認められ、同年六月二一日付で、ベンザリ
ン、ベゲタミン、ピレチアの「製担」の辞令が原告に下りた。それ以降、原告は、
東京と大阪で毎月一回開催されていた学術部のDO会議(ディテールマンの課長以
上が出席)に製担として出席できるようになり、午後に開かれる分科会で担当する
薬剤ベンザリン、ベゲタミンについて自分の意見を発表することができるようにな
った。
 原告は、昭和五五年六月、ニューレプチールのトレース・ディテールを和歌山医
大、奈良医大を訪問して行い、その売上を伸ばし、後にここでの症例を報告するこ
ともできた。また、昭和五六年三月一一日には、製品会議でベンザリンの売上の二
桁成長を報告し、同年四月、全国の第四学術部のMR約六〇名にベンザリン、ベゲ
タミンのディテール手順を徹底するために、女性としては初めて出張面接指導を行
った。昭和五八年四月には、原告の担当製品が拡大し、ベンザリンは第四学術部限
定だったのが全社になり、レスミット、スルモンチール、ミグリステンが新たに原
告の担当製品となった。さらに、被告社内で開かれる勉強会で原告がベンザリンの
特徴を説明するなどした結果、昭和六〇年から同六二年にかけて、昭和五八年度以
降下降していたベンザリン販売が上昇に転じた。
 昭和六三年には、原告の担当製品にリスミーが加わった。自社開発の新薬である
リスミーは被告の重点商品であり、担当者となった原告は、上司の次長と内勤の三
人でチームを組んで販売戦略を立案し、説明書やプレゼンテーション用のスライ
ド、教育用テキストを作成するなど連日、夜九時から一〇時まで残業が続いた。平
成元年二月から四月、東京から東を次長、西を原告が分担し、全国の分室(営業
所)を廻ってMRの製品教育を行った。リスミーが発売された平
成元年六月二〇日以降は、原告の業務は、大学病院をはじめ全国の重要な病院の医
局、薬局へ製品説明に行くことに移り、その数は最初の一年で一〇〇件近くに上っ
た。この時期は出張が続き、出張先の事務所やホテル、移動中の飛行機や列車の中
でも質問に回答を書くという状況で、たまに帰宅できても深夜を過ぎるのが常態で
あった。リスミー発売一年後に、ようやく、アシスタントの増員が認められ、学術
部から課長(大卒男子)が配属された。リスミーを担当して二年間で、原告は昭和
六三年六月二日会長・本部長面接(次長と共同)、平成元年五月一〇日第一一二九
回製品会議(次長と共同)、同年一〇月二六日会長・本部長面接(次長と共同)、
翌平成二年五月三〇日会長・本部長面接(次長と共同)と四回経過を報告し、承認
を得た。これらに加え、リスミーの責任者である原告は、再審査のための市販後使
用成績調査票の設計に携わり、審査マニュアルを作成し、地域、病院の規模・科等
に偏りがないよう、学術部に調査票の割当依頼する業務もあった。販売が軌道に乗
ると、原告は、次の段階である調査票を収集し、内容を審査する業務に追われた。
また、その過程で重篤な副作用や未知の副作用の報告があると、医薬情報部の作成
した厚生省への報告(案)を審査し、製担として原告の意見を報告した。さらに、
市販後調査の一環として、平成二年八月から一二月末に「ベンザリンおよびリスミ
ーとアルコールとの相互作用試験」を北里大学医学部精神科g教授らに依頼し、東
病院臨床薬理試験部で実施した。その結果は、同教授らにより、平成三年九月の世
界睡眠学会、平成四年三月の日本生物学的精神医学会等で発表された。
 このように、原告は同期男性五名と異なり、MRは経験せず、入社以来一貫して
DI担当者または製担として向精神薬を扱ってきたが、右社内経歴の差は、原告の
製担の職務についての専門性を裏付けこそすれ、製坦業務を行ううえでの能力や資
格の面で原告と同期男性五名との給与格差を正当化する要素にはなりえない。
(3) 課長待遇への昇格
 一方、役職として、原告は平成三年四月、四八歳で課長待遇職に昇格したが、製
担になって一一年を経過しており、同年代の男性製担に比べ五年から一〇年遅れた
昇格であった。製品部で課長待遇の女性は原告のみであり、その後も、平成六年に
女性が一名だけ製担になったにすぎない。
 課長待遇へ昇格した後も、退
職するまで、リスミーの製品説明会及びDM勉強会の頻度は減少したものの、講師
として函館などの遠方まで出張するなど、従前どおりの多忙さであった。
(4) 原告の能力給区分
 原告の能力給は、昭和五四年に製担になった後も、技術補助職としての区分11
(ただし、昭和五九年に明確にされる以前のもの。以下では、便宜上、昭和五九年
度以降の能力給区分を使う。)に据え置かれた。平成三年四月、課長待遇になるこ
とにより、原告にはようやく能力給区分4が適用された。
 製担の業務内容としては、製品ごとに違いはあるものの、基本的な職務の性質や
専門性は本質的に変わらない。そして、原告は、入社以来一貫して向精神薬を扱
い、この分野の製品に関しては会社でも随一の知識と経験を有する製担であった。
また、前述のとおり、原告の業務内容は、いずれの時点をとっても他の製担と同
等、もしくはそれ以上のものであり、特に昭和六三年にリスミーの担当となった後
の原告の勤務は、その量及び質の両面において他の製担のそれより優れている。そ
れにもかかわらず、原告が女性であり、女性については被告が制度的に男性とは異
なる昇給基準や能力給の決定方法を採用していたことによって、同期男性五名と賃
金格差が生じ、原告は同種の職務を行う他の男性製担に比して著しく低い給与で勤
務することを強いられてきたのである。
(二) 被告の主張
 被告は、その給与体系、運用基準及び実施において男女で異なる取扱いをしてい
ない。役付者については、主として職務遂行能力を反映した待遇別(課長待遇、次
長待遇、部長待遇)に能力給区分が設定される。一般従業員の場合には、入社時に
その人が保有する技術、技能を判定し、各人の入社時の担当職務が決定され、その
担当職務によって、技術、技能、作業という職務レベルの差と、補助職かどうかと
いう責任度により区分されている能力給区分が決定される。
 従って、「同じ学歴」、「同じ年齢」の従業員でも、入社後のある時点で、「入
社時の職務」、「職歴」、「昇格の時期」などの相違によって各人の給与に格差を
生ずるが、その格差は男女によって異なる取扱いがなされた結果によるものではな
い。
(1) 被告における「入社時の職務」、「職歴」及び「昇格の時期」について
は、次のとおりである。
① 入社時の職務(職種)
 被告では、入社時に各人の希望とその人が保有する技術、技能及び適性などを考
慮し
、適材適所の観点から、会社が必要とする職務を明示し、これによってその人の職
務を決定しているが、入社時の職務決定について男女で異なる取扱いはない。
 被告は、昭和三三年に女性二名をMRに採用し、その後も継続して採用してき
た。また、原告が入社した前後の数年間をみても、被告は毎年一名ないし二名の女
性をMRとして採用しており、現に、原告と同期で入社したH女性もMRとして採
用されている。原告は、女性のMRの採用数を問題とするが、当時の医薬業界にお
けるMRの仕事の困難性により希望者が少なかったこと、仕事の成果が期待される
ほど上がらなかったことなどにより女性のMRの数が少なかったに過ぎない。
 製薬会社では、その企業活動において医学・薬学の基本的な専門知識の習得と、
新しい情報の日々の収集が不可欠であって、その源泉は現に医療行為の行われてい
る病院等にあるから、MRは日々医療活動に携っている医師等に「くすり」に関す
る情報を伝えるとともに、医師等から医学・薬学に関する最新の情報を直接入手す
ることが必須のことである。被告では、このような医薬情報活動の重要性とその難
易度の高さなどを考慮して、MRには男女を問わず優秀な人材を選任することを基
本方針としている。
② 職歴
 被告の給与体系の下では、一般従業員の場合、各職務(職種)ごとに当該職種の
経験年数に基づいて標準者基準額が設定され、それに「評価」に応じた能力給基準
額が決められる。従って、一般従業員の場合には、各人の職務内容とその職務の遂
行能力(評価)がそれぞれの給与に影響することになる。
 ただ、一般従業員に職務の変更があった場合には、職務レベルの下方移行時は降
給はなく、ある程度の昇給が保障されるが昇給額は少なくなり、一方、上方移行時
には一挙に新職務レベルの給与に移行するのではなく、段階的に上方修正される。
例えば、能力給区分7(技術職2)の人が能力給区分11(技術補助職1)に職務
変更となった場合、または逆の場合には、改めて適用する能力給区分を変更するこ
となく特別の措置を講ずる。このことは、通常の職務変更は、それまでの当該職務
における実績に基づき、新しい職務での活躍を期待するということであり、既にそ
の職務を何年も経験してきている人と、新しくその職務に就く人との間には歴然と
した経験差があるという事実に基づくものであって、男女の性差とは何の関係もな
い。
③ 
昇格の時期
 昇格は、その企業の任命権者に対し広範な裁量的判断をもって適宜包括的、合理
的な方法で評価することが任されているというべきであって、被告では昇格の際の
裁量的判断に当っては、その従業員の職務内容、勤務成績、適性など広範囲にわた
って評価の対象としているが、男女の性差によって評価を異にすることはない。従
って、女性で役付者に昇格している者がいる反面、男性で役付者に昇格していない
者もいるし、昇格の時期も区々である。
 原告と同じ製品部に在籍し、一般事務職(補助職OCT)から製担となったJ女
性は入社後二二年で課長待遇に昇格しているし、他部に在籍するK女性も一般事務
職(補助職OCT)から開発担当職となり入社後一八年で課長待遇に昇格してい
る。また、Z女性は入社後一四年で、原告の職種とは異なるがY女性は入社後一二
年で、それぞれ課長待遇に昇格し、いずれも次長待遇にまで昇格している。
(2) 原告の入社時の職務、職歴及び昇格の時期
① 原告は、昭和四〇年に一般事務職(職種OCT)として採用された。原告は、
原告が入社する際に、被告の人事担当者からMR(医薬情報担当職)等を包括した
「技術職」のあることを告知され、かつ原告の希望職種の確認が行われ、その結
果、原告の希望する内勤部門の一般事務職(職種OCT)が決定した。同期入社の
H女性は同様の手続において医薬情報担当職を希望し、MRが決定している。
② 原告は、その勤務態度等に問題がありながらも、一般事務職としての高い評価
を受けていたことから、昭和五四年六月に職種変更が認められ製担となった。
 被告では職種に変更があった場合でも、原則として能力給区分の変更は行わず、
課長待遇への昇格時までは従前の能力給区分内で「評価」が給与に反映する形で運
用されている。被告がこのような運用をしているのは、どの能力給区分においても
能力・成果の極めて高い人には能力給基準額をはるかに超えた能力給が支給されて
おり、一般従業員の場合、そのような人の多くは課長待遇への昇格が早期に達成さ
れているという現実があり、そして、どの能力給区分からも課長待遇への昇格の道
が開かれているからである。
 原告の場合、当時、被告においては現在運用されているような標準者基準額や能
力給基準額の設定がなされておらず(現在の能力給区分の設定は昭和五九年であ
る)、評価を昇給の幅に反映して査定する方式を採用して
いた。そのため、原告に対しては数年後に課長待遇への昇格が期待されていたから
能力給区分は11から7へ変更することなく、昇給額査定が行われた。
 別紙一二で明らかなように、原告には昭和五五年から同五七年まで大幅な昇給が
行われ、また、別紙一四で明らかなように、昭和五九年から平成三年で、右評価ラ
ンク別能力給基準額の#桁マークの付いているところが原告の評価位置であり、原
告の能力給基準額であるが、査定による実際の能力給は右査定結果表に示すとおり
能力給基準額を超えている。
③ 原告は、平成三年四月に課長待遇に昇格したが、二六年を要しており、他の女
性役付者の昇給の時期と比較してみても遅い。原告の課長待遇への昇格が遅れたの
は、職種変更後、本来なら数年で課長待遇へ昇格することが期待されていたもの
の、管理職候補としての職務遂行能力に課題があり、特に指導・育成能力のほか、
協調性や他者からの信頼度において問題があったからである。
 原告の能力給は、昇格の時期が遅いものであったため被告の給与体系のもとで
は、原告の標準年齢に該当する課長待遇の標準基準額とは大きく乖離しており、同
じ標準年齢でそれ以前に昇格していた人の能力給とも大きな差があった(一般従業
員と管理職としての課長待遇との間では、標準年齢が高くなるほど能力給基準額の
差が大きくなる)。そこで、被告は、原告については標準者基準額に向けてこの差
を埋める措置を採った。例えば、原告が課長待遇として初めて査定を受けた平成四
年には二万五〇〇〇円もの大幅な昇給が実施され、課長待遇に昇格したあとの標準
者基準額の昇給額と原告の昇給額とを比較してみても、平成五年は前者の昇給額が
一万三〇〇〇円であるのに対し、原告の昇給額は二万五〇〇〇円、平成六年には前
者が一万一〇〇〇円に対し原告が二万八○○○円という極めて大幅な昇給となって
いる。
(3) 原告と同期男性五名との給与格差について
 原告と同期男性五名の入社時の職務、職歴及び昇格時期は、別紙八のとおりであ
る。また、同人らの勤務地の変遷をみると、Aは大阪、岡山、大阪、Bは大阪、岐
阜、名古屋、富山、大阪、Cは大阪、長崎、京都、大阪、Dは大阪、岐阜、金沢、
名古屋、大阪、Eは大阪のみである。
 同期男性五名は、いずれもMRを経験して製担となった者たちであり、その勤務
地も各地を転々とした者もいる。製担にとってMRの経験が必要なことは先に
述べたとおりである。原告はMRの経験もなく、転勤もなかった。
 原告と同期男性五名は、原告が被告を退職する直前のある時期に偶然同じ製担で
あったというだけであり、原告と同期入社の男性社員との給与格差は、それぞれの
入社時の職務、職歴及び昇格の時期の相違によるものであって、男女の性差による
のではない。とりわけ原告の「昇格時期の遅れ」が給与格差の大きな要因となって
いる。そして、原告の昇格が遅れた原因は、原告自身の適性にある。従って、もし
仮に原告が早い時期に課長待遇に昇格しておれば同期男性五名との給与格差は生じ
なかったはずである。現に、原告と同じ一般事務職(職種OCT)でありながら
(能力給区分は11)、入社後一四年で課長待遇に、その後次長待遇に まで昇格
したZ女性は同期入社の男性従業員の給与を上回っている。
3 争点1(三)について
(一) 原告の主張
 労働基準法四条は、同一労働同一賃金の原則を定めている。この原則は第一に、
同一の労働について男女で異なる賃金支払を行ってはならないことを意味するが、
第二に、仮に労働そのものは全く同一でなくとも、それが同一価値であれば男女同
額の賃金が払われなければならないという同一価値労働同一賃金の原則をも包含す
るものである。
 右原則に照らせば、被告は、原告が女性であることを理由に、質、量ともに男性
従業員と同等と評価しうる製担業務に従事させながら、男性従業員に比して著しく
低額の賃金しか支給しておらず、被告には労働基準法四条に違反する差別行為があ
る。
(1) 労働契約上の債務不履行(平等取扱義務違反)
 使用者は、憲法一四条一項、労働基準法四条等の平等の理念から導かれる信義則
上の付随的義務として、労働者を平等に取り扱う労働契約上の義務(平等取扱義
務)を負っている。しかるに、被告は、原告が女性であることを理由に、少なくと
も昭和六〇年七月一日から平成七年六月末日まで、原告の給与(能力給、賞与、退
職金)の支給決定に際して、男女で異なる支給基準を設け、ないしは男女で異なる
給与決定の運用を行ない、右労働契約上の義務に違反して原告に後述する損害を与
えた。よって、原告は被告に対し、労働契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権
を有する。
(2) 不法行為
 労働条件において女性を男性と差別して取り扱ってはならないことは既に確立し
た公序である。ことに、同一価値労働同一賃金の原則は、
労働基準法四条など強行法規によって規定された公序であり、差別扱いは是正され
なければならない。しかるに、被告はこれに違反して、原告が女性であることを理
由に、少なくとも昭和六〇年七月一日から平成七年六月末日まで、原告の給与(能
力給、賞与、退職金)の支給決定に際して、男女で異なる支給基準を設け、ないし
は男女で異なる給与決定の運用を行なうという義務違反行為を行い、原告に後述す
る損害を与えた。よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を
有する。
(二) 被告の主張
原告の主張は争う。
4 争点2(損害額)について
(一) 原告の主張
(1) 過去一〇年間の賃金差額(能力給及び賞与)並びに退職金差額
 原告は、被告の合理的理由のない性差別により、男性従業員に比較して著しく昇
給が遅れた結果、同一価値労働に従事しながら男性従業員に比較して著しく低額の
賃金しか受領しなかったため、以下の差額相当の損害を被った。
 すなわち、別表1のとおり、原告の能力給と同期男性五名の能力給平均との差額
をもとにした年間の能力給差額は、昭和六〇年七月から平成七年六月までの一〇年
間で、合計一九六八万六〇〇〇円、賞与差額(能力給の月当たり差額に原告の実際
の賞与支給月数〔乙一七・賞与査定LIST「査定値」「%」欄に記載〕を乗じた
もの)は合計一二三〇万九八一○円、退職金差額(退職時の能力給の月当たり差額
に支給月数三三・五を乗じたもの)は五一五万九〇〇〇円、賃金差額総額は三七一
五万四八一〇円となる。原告は、右の損害額のうち、三六八七万円の請求をする。
(2) 慰藉料
 原告は、入社三年目以来、毎年のように同年代同資格の男性従業員並の昇給を要
求してきたが、女性の中では最高クラスの査定であるとの被告の説明にもかかわら
ず、そもそもの昇給についての男女差別によって、同期同資格の男性従業員との能
力給の差額は年々拡大した。
 原告は努力は必ず報われると信じて、懸命に職務に励み、専門職として男性従業
員に優るとも劣らないだげの貢献を行ってきた。他方、被告も、原告が昭和五四年
に製担になった後の課長待遇への昇格については、性差別によって遅らせる一方
で、仕事の配分面では、原告に専門的で重い責任を伴う向精神薬の製担業務を任せ
てきた。その結果、同一価値労働同一賃金の原則に違反した状態が入社三年目以来
継続してきたのであり、そのことによる原告の人格権
の侵害、精神的苦痛は図りしれないものがある。
 以上の原告に対する差別待遇と、被告が享受してきた差別による利得とを勘案す
れば、被告は原告に対して少なくとも五〇〇万円の慰藉料を支払う義務がある。
(3) 弁護士費用
 原告は右各損害を回復するため日本弁護士連合会報酬規定に基づき四八○万円の
弁護士費用を支払うことを代理人に約した
(4) 請求
 以上のとおりであるから、原告は被告に対し、右損害金合計中、請求の趣旨記載
の金員及びこれに対する訴状送達の翌日である平成七年一〇月七日から支払済みま
で年五分の割合による金員の支払を求める。
(二) 被告の主張
原告の主張は争う。
第三 争点に対する当裁判所の判断
一 争点1(一)について
 甲二四、証人i、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、同期男性五名の昭和六〇
年七月から平成七年六月までの能力給の平均値は別表1「同期男性5名の能力給平
均」欄記載の金額以上であることが認められる。また、原告が右期間において支給
された能力給が別紙一二のとおり(別表1「原告の能力給」欄と同様。)であるこ
とは当事者間に争いがない。したがって、右期間において、原告と同期男性五名の
能力給には、別表1の「能力給差額」欄のとおりの格差(以下「本件能力給格差」
という。)があったということができる。
二 争点1(二)について
1 入社時の職種等
 甲一三ないし一五、二五、乙八、証人i、同j、原告本人に前提事実を総合すれ
ば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告の被告へ入社前の採用段階で、被告から採用区分について、能力別、
将来の職種や配転等の労働条件による採用区分や、補助職と基幹職といった区分な
どの具体的な説明はなく、原告自身、薬学の専門知識を有する大卒として採用され
たとの認識しか有していなかった。入社申込書(女子大学以上用)において、原告
は、入社後の職種について「1.研究所 2.製品係 3.試験」を希望として被
告に申告したところ、昭和三九年七月一〇日に採用が決定し、本社第一営業部製品
係(後の製品部)のDI担当者として被告での勤務を開始した。DI担当者は、職
種としてはOCTである。被告においては、昭和五九年に能力給区分(以下「新能
力給区分」という。)が整備されたが、それ以前の原告の雇用時においても、これ
に類した能力給区分に従った運用がされており、原告に適用された区分を新能力給
区分に当てはめる
と、その11(技術補助職2)に相当する区分となり、大卒の男性でこれに該当す
る従業員はいない。また、平成三年一二月一六日の時点で、製品部のDI担当者及
び内勤はすべて女性であった。
(二) 被告においては、大卒の男性従業員のほとんどが入社後、MRとして勤務
を始める。同期男性五名も、いずれもMRとして採用され、その後、b(別紙八で
「B」で特定される者)のみDI担当者を経験している。MRは、職種としてはH
Dであり、能力給区分は新能力給区分では7に相当する女性でMRとして採用され
た者は、昭和三八年から同四一年まで、多くても二名であり、原告の同期の女性で
は、MRとして採用されたのは一名のみである。その後平成六年までは女性でMR
として採用された者はいなかった(別紙九)。男性の場合、昭和三七年から昭和四
七年までは概ね毎年一〇〇名を超えるMRを採用しており、それより後も平成七年
まで五〇名から八○名程度を採用する年がほとんどである。
(三) 被告では、同じ学歴であっても、男女で初任給の格差があり、昭和五二年
当時も大卒男女の平均で別表2の1のとおりの格差があった。平成六年においても
大卒男女の平均で別表2の2のとおりの格差があった(ただし、二七歳以上の数値
は、男性では能力給だけでなく調整給も支給されるモデルである。)また、能力給
区分の差は、その基幹職である7と補助職である11を比較すれば、事実上、年を
経るごとに格差を増大するものとなっている。
2 原告の担当業務
 甲一一、二五ないし三〇、証人h、原告本人に前提事実を総合すれば、次の事実
を認めることができる。
(一) 昭和五〇年に旧第四学術部(精神科専門)が創設されたとき、原告は本来
なら製担の学術面を補佐するに過ぎないDI担当者であったが、大学病院精神科や
精神病院を訪問し、向精神薬のトレース・ディテール(被告独自の市販後追跡調
査)を行い、その過程でベンザリン、ベゲタミンの適切な使用方法を確認し、それ
に基づいてパンフレットを作成するという課題が与えられた。これは、自らの判断
ではなく、上司の指示を仰ぐという点を除けば、製担と同様の業務内容であった。
DI担当者でありながらこのような課題が与えられた従業員は原告のみであった。
 昭和五四年五月三〇日、第九二九回製品会議で、原告は、右課題を遂行する経過
と作成したパンフレットを使った販促活動の成果を報告した。
(二)
 この製品会議での報告後、原告は、同年六月二一日付で、女性としては初めての
製担となり、ベンザリン、ベゲタミン、ピレチアを担当した。同期男性五名と異な
り、MRの経験なく製担となった。それ以降、原告は、東京と大阪で毎月一回開催
されていた学術部のDO会議に製担として出席し、午後に開かれる分科会で担当す
る薬剤ベンザリン、ベゲタミンについて自分の意見を発表するようになった。
 原告は、昭和五五年六月、ニューレプチールのトレース・ディテールを和歌山医
大、奈良医大を訪問して行い、その売上を伸ばし、後にここでの症例を報告するこ
ともできた。また、昭和五六年三月一一日には、第一〇〇八回製品会議でベンザリ
ンの売上の二桁成長を報告し、同年四月、全国の第四学術部のMR約六〇名にベン
ザリン、ベゲタミンのディテール手順を徹底するために、女性としては初めて出張
面接指導を行った。
 昭和五八年四月には、原告の担当製品が拡大し、ベンザリンは第四学術部限定だ
ったのが全社になり、レスミット、スルモンチール、ミグリステンが新たに原告の
担当製品となった。さらに、被告社内で開かれる勉強会で原告がベンザリンの特徴
を説明するなどした結果、昭和六〇年から同六二年にかけて、昭和五八年度以降下
降していたベンザリン販売が上昇に転じた。
(三) 昭和六三年には、原告の担当製品にリスミーが加わった。自社開発の新薬
であるリスミーは被告の重点商品であり、担当者となった原告は、上司の次長と内
勤の三人でチームを組んで販売戦略を立案し、説明書やプレゼンテーション用のス
ライド、教育用テキストを作成するなど連日、夜九時から一〇時まで残業が続い
た。平成元年二月から四月、東京から東を次長、西を原告が分担し、全国の分室
(営業所)を廻ってMRの製品教育を行った。リスミーが発売された平成元年六月
二〇日以降は、原告の業務は、大学病院をはじめ全国の重要な病院の医局、薬局へ
製品説明に行くことに移り、その数は最初の一年で一〇〇件近くに上った。この時
期は出張が続き、出張先の事務所やホテル、移動中の飛行機や列車の中でも質問に
回答を書くという状況で、たまに帰宅できても深夜を過ぎるのが常態であった。リ
スミー発売一年後に、ようやく、アシスタントの増員が認められ、学術部から課長
(大卒男子)が配属された。
 リスミーを担当して二年間で、原告は昭和六三年六月二日会長・本部長面接(次
長と共同)、平成元年五月一〇日第一一二九回製品会議(次長と共同)、同年一〇
月二六日会長・本部長面接(次長と共同)、翌平成二年五月三〇日会長・本部長面
接(次長と共同)と四回経過を報告し、承認を得た。これらに加え、リスミーの責
任者である原告は、再審査のための市販後使用成績調査票の設計に携わり、審査マ
ニュアルを作成し、地域、病院の規模・科等に偏りがないよう、学術部に調査票の
割当依頼する業務もあった。販売が軌道に乗ると、次の段階である調査票を収集
し、内容を審査する業務に原告は追われた。また、その過程で重篤な副作用や未知
の副作用の報告があると、医薬情報部の作成した厚生省への報告(案)を審査し、
製担として原告の意見を報告した。さらに、市販後調査の一環として、平成二年八
月から一二月末に「ベンザリンおよびリスミーとアルコールとの相互作用試験」を
北里大学医学部精神科g教授らに依頼して実施した。その結果は、同教授らによ
り、平成三年九月の世界睡眠学会、平成四年三月の日本生物学的精神医学会等で発
表された。
(四) 平成三年四月に課長待遇へ昇格した後も、退職するまで、リスミーの製品
説明会及びDM勉強会の頻度は減少したものの、講師として函館などの遠方まで出
張するなど多忙な業務を担当した。
3 課長待遇への昇格
 甲二一、二五、三二、証人i、同h、同k、同l及び原告本人に前提事実を総合
すれば、次の事実が認められる。
(一) 被告における課長待遇、次長待遇及び部長待遇は、役職というよりは能力
給区分における職能資格としての性質を有するものである。
 大卒の従業員でみると、平成七年一一月一〇日の時点で、男性の場合、部長待遇
九五名、次長待遇三二四名、課長待遇六五〇名であるのに対し、女性の場合、部長
待遇○名、次長待遇一一名、課長待遇一四名であり(別紙八)、全従業員における
比率でいうと男性の場合約四割、女性の場合約一分である。被告においては、課長
待遇になる標準的な年齢として四〇歳程度が想定されている。
(二) 同期男性五名は、勤続一二年ないし一七年でいずれも製担になる前に課長
待遇に昇格しているのに対し、原告が製品部長と担当役員の推薦、人事部の審査に
よって課長待遇に昇格したのは勤続二六年(製担になってから一一年)の四八歳の
ときであった(別紙九)。また、平成三年一二月一六日時点で、製担のほとんどが
課長待遇以上の資格であり、
その中でも三分の二程度が次長待遇もしくは部長待遇であった。
(三) 平成八年一一月ころの時点での被告における女性役付者二三名のうち、課
長待遇に昇格した時点での勤続年数が原告より長い者は五名であり、残りの一八名
は原告より短い期間で課長待遇に昇格しているが(別紙一一)、右の一八名はいず
れも研究所もしくは工場勤務であり、本社の女性の中では原告が最も短期間で課長
待遇に昇格している。
4 評価、査定及び昇給額(適用された能力給区分)
 甲一七の一、二、甲二二、二五、乙一〇、一一、一六、証人i及び原告本人に前
提事実を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告がDI担当者(新能力給区分の11、技術補助職2に相当)であった
昭和五〇年当時の被告においては、技術補助職2のDI担当者から製担になる例は
なかったが、昭和五四年五月三〇日の第九二九回製品会議での報告やそれまでの業
務遂行状況等を評価され、出社時刻を多少問題とされつつも、同年六月二一日付
で、原告は女性としては初めての製担となり、ベンザリン、べゲタミン、ピレチア
を担当した。
 被告には当時、役付者になる場合以外、職種が変更された場合(例えば、技術補
助職から技術職へ等)でも、入社時に決定された能力給区分を変更する制度になっ
ていなかったため、製担になった後も、原告には入社以来のDI担当者の時と同じ
能力給区分11が適用され続けた。右製担となった時期において、原告と同期男性
五名の能力給との間には相当の格差が生じており、原告に適用される能力給区分は
変更されなかったが、製担となった翌年の昭和五五年から同五七年にかけて、原告
の能力給は組合の情報による平均額を大きく超え、二万円を超す大幅な昇給があっ
たものの、右格差を埋めるに至らなかった。また、原告は、昭和五九年から課長待
遇に昇格する直前の平成三年まで、評価ランクとしては製担としては最高のA2の
評価を受け続けたが、昇給額としては七五〇〇円から一万一〇〇〇円程度と、製担
になったばかりのころと比較すると低額であった。
(二) 平成三年四月に課長待遇に昇格した後は、原告に能力給区分4を適用さ
れ、昇給額も当時としては最高額の二万五〇〇〇円ないし二万八○○○円の昇給を
受けたが、評価ランクとしては、C3(平成四年)、B1(平成五年)、B2(平
成六年)と、それまでより低い評価を受けていた(別紙一四)。
(三) 同
期男性五名は、入社以来、課長待遇昇格まで新能力給区分で7に相当するものが適
用され、課長待遇昇格後は能力給区分4が適用された。
5 原告に対する男女差別の有無
(一) 前記前提事実及び右認定事実に鑑みるに、原告は、昭和四〇年四月から一
四年間のDI担当者を経て昭和五四年六月から製担となったが、男性製担と同様の
業務を担当し、その遂行状況は、男性製担、同期男性五名と比べて遜色のないもの
であったというべきであり、これは昭和五五年から同五七年の昇給額が二万円を超
える大幅な増額であること、昭和六〇年から平成三年に課長待遇となるまでの各年
の評価がA2であることからも裏付けられる。それにもかかわらず、原告の能力給
と同期男性五名の能力給平均との間には、前述のように月額一二万ないし一八万円
を超える格差が生じている。また、原告が課長待遇となり、能力給区分4となった
後は、その評価はC3、B1、B2であるが、その評価ランク別能力給の標準者基
準額を一〇万円以上下回り、同期男性五名との能力給平均との間には一四万ないし
一七万円を超える差が生じている。
(二) 被告は、右格差が生じた理由として、原告が一般事務職として新能力給区
分でいえば11にあり、原告が製担となった昭和五四年六月には、標準者基準額や
能力給基準額の設定がされておらず、評価を昇給に反映できたこと、数年後には課
長待遇への昇格が期待されていたから能力給区分を7へと変更する必要がなかった
こと、しかるに管理職候補としての職務遂行能力に問題があり、昇格が遅れたこ
と、課長待遇への昇格後は、その遅れによって標準者基準額との間の乖離が大き
く、その差を埋めるべく昇給したものの追いつかなかった旨を主張するところであ
る。
 確かに、昭和五五年から同五七年までは比較的大幅な昇給がされているが、その
間に同期男性五名の能力給平均との格差が解消したわけではないし、昭和五八年以
降平成三年まではその格差を埋めるような運用がされたことは窺えず、標準者基準
額が設定されてからは、その新能力給区分11を超えるものの、結局これに拘束さ
れ、他の製担の能力給区分である7への是正はされなかったものということができ
る。これによれば、本件能力給格差が生じた主たる理由は、原告が新能力給区分で
いえば11の能力給区分にあったこと、そして、職種の変更により製担となったに
もかかわらず能力給区分が変更されなかっ
たことにあるといえる。男性については、能力給区分11から出発する者はいない
から、このような問題は生じない。
 ところで、被告は、前述のとおり、大学卒の新規雇用者について、男性は全員を
新能力給区分でいえば7に当たる基幹織のMRとして採用し、女性については、昭
和四一年まで一、二名をMRとして採用したほか、殆どを新能力給区分でいえば補
助職の11に当たるDI担当者として採用しており、昭和四二年以降平成三年まで
女性をMRとして採用したことはない。そして、原告が雇用された昭和四〇年ころ
には、従業員の採用に当たって、その希望は聴取したものの、補助職、基幹職とい
った区分やその具体的な説明はされず、その補職は被告の人事上の必要によってさ
れていたものといえるのであるが、補助職に当たる能力給区分と基幹職に当たる能
力給区分とでは、その後の能力給に差が生じるものでありながら職種に変更があっ
ても能力給区分の変更は認められていなかった。これによれば、同じ大学卒であり
ながら、男性についてはそのすべてを基幹職たる能力給区分で採用し、女性につい
ては一時期若干名を基幹職たる能力給区分で採用しているものの、その殆どを補助
職たる能力給区分で採用したものであって、これは男女をもって区別したといわな
ければならないところである。ただ、乙六、七及び弁論の全趣旨によれば、MRと
いう職種は、対外的に病院等を担当し、勤務時間も不規則となり勝ちで、また転勤
もないではなく、相当に厳しい職種であったことが認められるところ、原告の採用
についても、担当職務について希望を聴取しており、また同期の女性でMRとして
採用された者もあることからすると、右区別をもって、不合理な男女差別とまでは
認定することはできない。
 しかしながら、被告は、昭和五四年六月に、原告を、その職種を変更して製担と
したのであるから、同じ職種を同じ量及び質で担当させる以上は原則として同等の
賃金を支払うべきであり、その当時、基幹職を担当していた同期男性五名の能力給
の平均との格差が少なくなかったことからすれば、生じていたその格差を是正する
義務が生じたものといわなければならず、その義務を果たさないことによって温存
され、また新たに生じた格差は不合理な格差というべきである。そして、被告は、
昭和五五年から同五七年までの昇給は、その是正を図ったものと評価できるもの
の、結局は是正に至らな
かったのである。これによれば、本件格差は、採用時における職務担当における男
女の区別に起因するものであり、右是正義務を果たさないことによって生じた格差
は、男女の差によって生じた不合理なものといわなければなず、即ち原告の賃金を
女性であることのみをもって格差を設けた男女差別と評価しなければならないもの
である。
(三) 被告は、原告に数年後には課長待遇への昇格が期待されていたから能力給
区分を変更する必要がなかった旨主張するが、課長待遇への昇格が直ちに右格差を
解消するものであるかどうかには疑問があるばかりでなく、不合理を生じる期間が
数年であったとしても、その是正義務を免れるわけではなく、現実には、原告が製
担となってから課長待遇となるまで約一二年、当初の数年を除いても一〇年近く是
正義務を怠ったというべきである。なお、被告は、原告の課長待遇への昇格が遅れ
た原因として、管理職候補としての職務遂行能力に課題があり、特に指導・育成能
力のほか、協調性や他者からの信頼度において問題があった等主張するが、それ自
体具体性を欠くものであり、被告における課長待遇というものが、役職というより
は職能資格の側面が強いことに鑑みれば、同期男性五名と比較して課長待遇への昇
格が著しく遅れたことの合理性についても疑問があるといわなければならない。
 乙九ないし一三、同一四の一、二、同二八ないし三〇の二、証人i、同k、同l
及び原告本人によれば、原告は昭和四九年に要件を充たさない融資の申込みを被告
から受けた件で始末書を提出したこと、被告は原告を製担とするに当たって昭和五
三、五四年ころの同人の出勤時刻が始業時刻間際が多いとして問題としていたこ
と、シオネットの作成に必要な資料の提出が遅れたことがあったこと、昭和五九年
にタクシーチケット等紛失の件で始末書を書いたことが認められるが、出勤時刻が
問題となったのは昭和五三年から同五四年にかけての時期に限定されているし、そ
の他の件も、それだけで指導・育成能力、協調性や他者からの信頼度に欠けるため
に課長待遇への昇格を著しく遅らせるほどの事由であるとはいえない。これに、本
社関係での女性の課長待遇への昇格が男性従業員に比べて著しく遅く、数も少ない
という前記認定の事実をも併せて考えれば、原告に対する課長待遇への昇格につい
ても女性であることを理由として不合理な差別がなされていた疑いが強く、右昇
格の遅れをもって是正義務を果たさなかった理由とはなしえない。
三 争点1(三)について
 労働基準法四条は、男女同一賃金の原則を定めるところ、使用者が女性従業員に
男性従業員と同一の労働に従事させながら、女性であることのみを理由として賃金
格差を発生させた場合、使用者としては右格差を是正する義務があり、右是正義務
を果たさない場合には、男女同一賃金の原則に違反する違法な賃金差別として、不
法行為を構成する。本件においては、原告が他の男性従業員と同様の製担としての
業務を担当し始めた昭和五四年六月以降、原告が女性であることのみを理由に他の
男性従業員との間に賃金格差が生じており、被告は右賃金格差を是正する義務が生
じていたのに、これを果たさなかったことは前述のとおりである。してみれば、被
告に少なくとも過失による不法行為が成立するものというべきである。
四 争点2について
1 賃金差額
(一) 能力給差額
 被告は、原告に対し、賃金差別により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある
ところ、原告に生じた損害は差別がなければ支払われたはずの賃金額ということに
なる。そして、原告はその額として、同期男性五名の能力給平均額を主張するので
あるが、その主張の能力給平均額が同期男性五名の能力給の平均額を超えないこと
は前述のとおり認められるものの、同期男性五名は原告と異なりMRを経由して製
担となっており、製担の職務遂行にMRの経歴が有用であるとの被告の主張が理由
のないものではないこと、また、同期男性五名は原告より九年以上早く課長待遇と
なっており、課長待遇が職能資格の側面が強いとはいっても役職の側面がないわけ
ではないこと、原告の課長待遇への昇格の遅れに不合理な疑いがあるとしても、右
経歴の差もあって、直ちに同期男性五名と同時期に課長待遇になるべきであったと
まで認めるに足りる証拠はないこと、昇格には人事権の行使として、使用者の裁量
の範囲が大きいことからすれば、原告の能力給が同期男性五名の平均に達するとま
で認めることができない。しかしながら、原告が損害として請求する期間の始期で
ある昭和六〇年は原告が製担となって既に六年を経過した時期であり、過去の経歴
の役割は低減するはずであり、昭和六〇年以降の原告の製担としての職務遂行状況
は、A2に評価されるものであったこと、その他諸般の事情を考慮すれば、差別が
なければ原告に支払われたはず
の賃金額は、原告主張の同期男性五名の能力給平均額の九割に相当する額(別表3
「認定適正能力給額」欄記載の金額)と認めるのを相当とする。してみれば、能力
給についての原告の損害額は、別表3「認定能力給差額(年)」欄記載のとおり、
昭和六〇年七月から平成七年六月までの一〇年間で、合計一三五三万一二〇〇円と
なる。
(二) 賞与差額
 乙一七及び弁論の全趣旨によれば、従業員に支給される賞与の額は、能力給の月
額に賞与支給月数(乙一七「賞与査定LIST」中の、「査定値」「%」欄に記
載)を乗じた金額(一〇〇〇円単位で四捨五入したもの)であることが認められ
る。従って、賞与についての損害額は、各賞与支給時期における能力給差額に、賞
与支給月数を乗じた金額であり、別表3「認定賞与差額」欄に記載のとおりの金額
(合計八四六万六〇〇〇円)となる。
(三) 退職金差額
 甲三三及び弁論の全趣旨によれば、退職金の額は、退職時の能力給の月額に支給
月数を乗じた金額であること、原告の支給月数が三三・五であったことが認められ
る。従って、退職金についての損害額は、別表3「認定退職金差額」欄記載のとお
り、退職時の認定能力給差額九万五二〇〇円に支給月数三三・五を乗じた三一八万
九二〇〇円である。
(四) 賃金差額合計
 以上を合計すると、二五一八万六四〇〇円となる。
2 慰藉料
 前述のとおり、原告は、製担となった昭和五四年以降賃金差別を受けてきたもの
で、原告に生じた精神的苦痛には大きいものがあるが、その差別の態様、期間等、
諸般の事情を考慮すれば、右精神的苦痛の慰藉に要する額は二〇〇万円をもって相
当というべきである。
3 弁護士費用
 弁論の全趣旨によると、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、四八○万円
の費用及び報酬の支払を約していると認められるところ、本件事案の性質、審理の
経過、認容額に鑑みると、原告が本件賃金差別による損害として賠償を求めうる弁
護士費用の額は二七〇万円が相当である。
4 損害額合計
 右1ないし3の合計二九八八万六四〇〇円が、被告による賃金差別と相当因果関
係のある損害の額であるから、被告は、原告に対し、その損害を賠償義務を負う。
第四 結 論
 以上の次第であるから、原告の請求は不法行為に基づく損害賠償として二九八八
万六四〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成七年一〇月七日から支払
済みまで年五分の割合による遅延損害
金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄
却することとし、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第五民事部
裁判長裁判官 松本哲泓
裁判官 川畑公美
裁判官 和田健

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