弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中被告人等に関する部分を破棄する。
     被告人等を各懲役六月に処する。
     被告人Aに対し原審の未決勾留日数中四十日を右本刑に算入する。
     本裁判確定の日から三年間いずれも右各別の執行を猶予する。
     訴訟費用中住居不退去事件に関し生じた部分は被告人等の連帯負担とす
る。
         理    由
 被告人等弁護人山本治雄、小林為太郎の控訴趣意第一点について。
 しかし原判示第一事実中の面会時間については、証人Cは「当日三時五十分頃面
会することになつたが、農事行政に関する会議がある関係上、四時から農政クラブ
に行かねばならぬことを告げた」旨証言し、証人Dけ「被告人Aが、市長が東京へ
行つて来られた結果をきゝたいというたから取り次いだところ、市長は用事がある
から、十分間ほど会おうといつたのでその旨伝えた…四時のサイレンが鳴つたと
き、Aはサイレンも十分の中に這入るだろうなど冗談にいつていた云々」と証言し
ており、当日三時五十分から四時迄の十分間の約束であつたことが推知されるし、
さらに原判決挙示の証拠によると、被告人等に対する彦根市長Cの市長室退去要求
は室内に十分徹底するように明確になされたこと、及び当時E市会議長から「挨拶
するから少時待つてくれ」というような所論の発言は全然なかつたことが明白であ
り、記録を検討しても原判示第一事実が誤認とは思われないから、論旨は採用でき
ない。
 同第二点について。
 所論は原判決がその第一事実を有罪としたのは労働組合法第六条を空文化し憲法
第二十八条の保障する勤労者の団結権を無視するというのである。
 しかし原判決り挙示する証拠をよく調べてみると、彦根市長Cが失業者の熱望に
より失業対策予算獲得のため上京し昭和二十五年二月十四日午後彦根市役所に帰庁
し午後四時から農事行政に関する会議に出席することになつていたりであるが、午
後三時五十分頃庁内で被告人等にあい、その要望により右上京経過報告のため時間
を十分間と定めて市長室で面会し、右経過を詳細に説明し、そのうち所定時間も過
ぎ先約の会議出席時刻も経過するに至つたところ、被告人等十数名から失業者全員
即時就労の件以下全面講和即時締結等二十二項目を呈示し市長を取り囲みこれが即
時実施方を強要すると共に、一部の者は出入口に椅子等を置きCの退室を実力で阻
止し会議出席のため強いて退室すればどんな危害が及ぶかもわからないと感じさせ
るような不穏な形勢となつてきたのでCから本件退室要求の挙にいでたのにかゝわ
らず、右態勢を解くことなくして依然滞留し急報により市長室に赴いた警官の庇護
によりCが室外に脱出後も係員に対し「市長をどこへやつた連れて来い。東京で二
日間頑張つたように我々も泊り込んでこゝで頑張ろう。」などと気勢をあげて容易
に退室解散しなかつたという事情が窺われるし、原判決の認定する趣旨も畢竟ここ
にあるものと解されるのである。このような事実関係であるから被告人等の市長室
不退去は何ら正当な理由はなく、またいわゆる団体交渉としても正当な域を超えて
いるものというの外なく、従つて所論りように労働組合法第一条第二項により違法
性を阻却されるものではない。すなわち原判決が被告人等の所為をもつて住居不退
去罪に問擬したのは相当であり、もとより勤労者の団結権を無視したことになるい
われなく、憲法違反あるいは労働組合法違反の主張は不当な誇張といわねばなら
ぬ。
 同第五点について。
 所論は原判決が原判示事実に適用した滋賀県条例は憲法第二十八条の団体行動権
を直接取り締ろうとする一般規定であつて憲法違反の条例であるというのである。
 しかし、行進または集団示威運動については憲法第二十八条第二十一条の保障に
関係あることもちろんであるが、そこに自由の保障とか権利の保障とかいつても絶
対無制限のものではなく、公共の福祉のためにおのずから一定の限度があるべきで
あつてそのことは同法第十二条第十三条の規定の精神に鑑みても知り得るところで
あり、このことは所論のように「公共の福祉に反しない限り」と明記した同法第二
十二条第二十九条の場合に限ると解すべきではない。たゞ、右にいわゆる公共の福
祉の内容を具体的にどうみるかについては、きわめて慎重に厳格な一線が引かるべ
きであつて、みだりに便宜な取り扱い方をしてはならぬこともちろんである。この
見地から、原判決が適用した滋賀県昭和二十四年四月二十三日条例第二九号行進及
び集団示威運動に関する条例が果して憲法違反のものであるかどうかを考えてみな
ければならぬ。
 <要旨>まずその第一条で行進または集団示威運動で街路もしくは公共の場所を行
進しまたは塞ぎ他人がその街路もしくは公共の場所を使用する個人的権利を
排除または阻害するに至るべきものは公安委員会の許可を受けないでこれを行つて
はならない旨を規定し(行進または集団示威運動一般についてゞはなく一定の場合
に限つている)、そして第四条で、公安委員会はその行進または示威運動が公共の
安全に差し迫つた危険を及ぼすことが明らかである場合の外はこれを許可しなけれ
ばならないと明示し(第一項)、その許可を与える場合において参加者が秩序をみ
だしまたは暴力行為をすることによつて生ずべき公衆に対する危害を予防するため
必要と認める条件を附することができる旨(第三項)を規定しているが、また一
方、第六条第七条において本条例は右第一条に規定する行進または示威運動を除き
公の集会を開く権利を禁止または制限しもしくは公安委員会、警察官、警察吏員そ
の他警察職員、県市町村吏員その他の職員に公の集会政治活動を監督しまたはプラ
カード出版物その他の文書、図画等を検閲する権限を与えるものではない旨、及び
この条例のいかなる部分も公務員の選挙に関する法令に矛盾しまたは選挙運動中の
政治的集会または演説の事前届出を要求するものと解釈してはならない旨を規定し
ている。そこで、右のような規定から条例の全趣旨をよく考えてみると、行進また
は示威運動が公共の安全に差し迫つた危険を及ぼすことが明らかなようなものはこ
れを許すべからざるものとして、そうでないものはもとよりこれを許すのである
が、そのように許すべからざる場合であるか、当然許さるべき場合であるかの弁別
判定をするため一応許可申請をさせて慎重に検討し過誤なきを期する目的であつ
て、この目的以外みだりに集会や一切の表現の自由または勤労者の団体行動をする
権利に干渉し制限を加えようとするものではないこと明らかである。このように公
共の安全に差し迫つた危険を及ぼすことが明らかなものを禁止することが憲法違反
でないことについては多言を要しないと思う。また、結局行つて然るべきものにつ
いても許可という形式をとるけれども、それは自由を否定禁止しておいてこれを解
除するという禁止に重点をおく趣旨ではなくて、全く右の目的のための一つの手続
的なものにすぎないと解せられるのである。もつとも、このように本来行つて然る
べきものについてまで一応にしろ許可手続を要するとせば、何時でも自由に行い得
ることにくらべると、いさゝか制限を受けることになるのであるが、要するに公共
の安全に対する危険防止のために帰着するとすれば、それは公共福祉のためにやむ
を得ないものとして認められて然るべき制限である。
 近時社会事情の激変に伴い、諸種の自由や権利の行使に当つて、やゝともすれば
他人の自由や権利の侵害を多く意に介しないかのような風潮を否定し難く、行進や
示威運動などの大衆運動においても民主的訓練が十分でないためか常軌を逸し破壊
的行動にさえ赴くようなことがないでもない。そして、地方公共の秩序を維持すべ
き滋賀県にあつても、街路または公共の場所でなされる行進や示威運動で他人の個
人的権利を害する程度に至るべきものについて、公共の安全に差し迫つた危険を及
ぼすことが明らかであるかどうかについて公安委員会をして予め検討する機会を与
え、またこのような危険がなく許すべき場合でも群集心理によつてあるいは生ずる
ことあるべき危害予防のための措置を講ずる必要上、事前許可申請の義務を課し、
もつて行進や示威運動の自由とこれによつて損ぜられることあるべき他の権利等と
の調和を図つたことは不許可の場合を限定明示して許可権の乱用を防止しようとの
配慮と相まつて結局所論のように憲法違反と解すべきものではない。
 同第四点について、
 しかし、普通地方公共団体たる市町村(以下単に市町村という)は特別市と異り
府県に包括されるのであり(地方自治法第五条第二項第二百六十五条第一項)、換
言すれば市町村は必ずいずれかの府県内にあり、府県内の地域は必ずやいずれかの
市町村に属するわけであつて、要するに府県と市町村とは地域的に必ず重複してお
り市町村り地域を除いた府県は想像できないのである。従つて府県の条例がその地
域内なる市町村の地域にも適用されることはむしろ当然であつて、本件滋賀県条例
はその区域内なる彦根市内の事件について適用がないとする論旨は何ら理由がな
い。
 同第三点について。
 しかし原判決挙示の証拠によると、(一)本件集団が反税とかF内閣打倒等の共
同目的を表現する多数り長旗、小旗、プラカード等を掲げ百余人一団となり原判示
個所を行進したことが認められるから、いわゆる集団行進による示威運動というべ
きであり、集団を構成する者が労働歌を高唱したり隊伍を組んだり駈足で走ること
は何ら示威運動の要件ではないし、(二)また本件示威運動を共謀計画したものが
被告人Bであることも十分窺われるところであり、(三)本件示威運動について許
可申請がなされていなかつたことは明白であるのみならず、許可申請の結果許可を
得ていたと信じていたとの心証をひくに足るものはないから被告人等に犯意がなか
つたものというを得ない。その他記録を精査しても原判決第二認定事実をもつて不
当とは思われないかう、論旨はすべて採用できない。
 同第六点について。
 所論に鑑み訴訟記録を精査してみると、被告人等に対する原審の科刑はやゝ重過
ぎると思われるから、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条により原判決を破
棄し、同法第四百条但し書に従い自判するを相当と認め、原判決の認定した事実に
そり摘示した法規及び刑法第二十五条刑事訴訟法第百八十一条をそれぞれ適用して
主文のとおり判決をする。
 (裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)

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