弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,補助参加人に対し,460万円を支払うよう請求せよ。
2原告のその余の主位的請求を棄却する。
3訴訟費用は被告の負担とし,補助参加によって生じた訴訟費用は補助参加人
の負担とする。
事実及び理由
第1請求
(主位的請求)
被告は,補助参加人に対し,460万円及びこれに対する平成15年4月1
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(予備的請求)
1被告は,Aに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
2被告は,Bに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
3被告は,Cに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
4被告は,Dに対し,60万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
5被告は,Eに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
6被告は,Fに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
7被告は,Gに対し,20万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
8被告は,Hに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
9被告は,Iに対し,60万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
10被告は,Jに対し,20万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
11被告は,Kに対し,20万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
12被告は,Bに対し,20万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
13被告は,Lに対し,20万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
第2事案の概要
本件は,塩竈市の住民である原告が,同市が設置・運営するM市立病院が平
成10年度から同14年度にかけて当時の国立東北大学の医局に対して研究協
力金の名称でした同市の公金の支出が違法無効であるとして,地方自治法24
2条の2第1項4号本文に基づき,同市の市長である被告に対し,主位的に,
補助参加人を相手方として不当利得返還請求をするよう求め,予備的に,医局
の各代表者を相手方として不当利得返還請求をするよう求めた事案である(附
帯請求はいずれも各支出後の日からの遅延損害金請求である。。)
1前提となる事実(いずれも当事者間に争いがないか弁論の全趣旨によって認
められ,あるいは裁判所に顕著な事実である)。
(1)当事者等
ア原告は,塩竈市の住民である。
イ被告は,塩竈市の執行機関たる市長である。
ウ補助参加人は,東北大学及び大学院の設置・運営を目的として国立大学
法人法の定めるところにより平成16年4月1日に設立された国立大学法
人であり,設立の際,現に国が有する権利義務のうち同大学が行う業務に
関するものを承継した。
地方財政再建促進特別措置法(以下「地財再建法」という)24条2。
項本文は「地方公共団体は,当分の間,国・・・以下「国等」とい,,(
う)に対し,寄附金,法律又は政令の規定に基づかない負担金その他こ。
れらに類するもの(これに相当する物品等を含む。以下「寄附金等」とい
う)を支出してはならない」と規定するところ,従前の国立東北大学。。
(以下「東北大学」という)は,後記(2)の各支出当時,同項の規定する。
国に含まれていた。
エA,B,C,D,E,F,G,H,I,J,K及びLは,いずれも後記
(2)の各支出当時当該医局の代表者たる東北大学の教授で,国家公務員で
あった。
(2)医局に対する塩竈市の公金支出
塩竈市(M市立病院)は,平成10年5月13日から同15年1月21日
までに,以下のとおり,同市の公金を,研究協力金の名称で,東北大学の各
医局(括弧内はその代表者である)に,各回20万円ずつ合計460万円。
を支出した(以下,これらの支出全体を「本件支出,個別の支出を「本件」
支出①」のように番号を付していう。。)
(平成10年度)
①平成10年5月13日第三内科医局(A)
②11月24日眼科医局(B)
③12月10日整形外科医局(C)
④平成11年1月14日神経内科医局(I)
⑤2月10日第三内科医局(A)
(平成11年度)
⑥平成11年4月14日老人科医局(D)
⑦5月6日神経内科医局(I)
⑧6月29日第一内科医局(E)
⑨平成12年2月22日第一内科医局(E)
⑩2月22日眼科医局(B)
(平成12年度)
⑪平成12年10月20日肝・胆・膵外科医局(F)
(平成13年度)
⑫平成13年5月7日肝・胆・膵外科医局(F)
⑬5月16日老年・呼吸器科医局(D)
⑭10月5日神経内科医局(I)
⑮11月22日耳鼻咽喉・頭頸部外科医局(G)
⑯平成14年1月11日整形外科医局(C)
⑰2月1日消化器内科医局(H)
⑱2月13日産婦人科医局(J)
⑲3月25日老年・呼吸器科医局(D)
(平成14年度)
⑳平成14年12月9日消化器内科医局(H)
<21>平成15年1月21日糖尿病代謝科医局(K)
(平成10年度)
<22>年月日不詳眼科医局(B)
(平成11年度)
<23>年月日不詳小児病態学医局(L)
(3)住民監査請求
原告は,平成16年1月15日,地方自治法242条1項に基づき,塩竈
市監査委員に対し,本件支出ほかが地財再建法24条2項に違反する違法又
は不当な支出であるなどとして,損害をてん補させるなど必要な措置を講ず
ることを被告へ勧告するよう求める監査請求をした(以下「本件監査請求」
という。。)
これに対し,塩竈市監査委員は,本件支出<22>及び<23>の合計40万円に
ついては,当該受領した金員が医局から一旦国庫へ納入された上で委任経理
金として支出されたので地財再建法24条2項に違反する国等に対する寄附
金に該当するとして,これによって塩竃市が被った損害40万円を補てんす
る措置を講ずるよう措置期限を平成16年5月31日として被告へ勧告する
一方,それ以外の本件支出①ないし<21>の合計420万円については,医局
が任意団体であり同項に違反する寄附金に該当しないとして,同年3月12
日,原告に対し,これらに対する監査請求を棄却する旨通知した。
(4)原告は,平成16年4月8日,本件支出①ないし<21>の合計420万円
につき,主位的に補助参加人を相手方として420万円の,予備的にそれら
の各支出先の医局の代表者を相手方として各支出を受けた金員の,各不当利
得返還請求をするよう被告に求める本件訴訟を提起し,さらに,上記(3)の
勧告に示された措置期間を経過した日から30日以内である同年6月4日,
本件訴訟の請求を追加的に変更し,本件支出<22>及び<23>の合計40万円に
つき,主位的に補助参加人を相手方として更に追加の40万円の,予備的に
当該支出先の各医局の代表者を相手方として更に追加の20万円ずつの,各
不当利得返還請求をするよう被告に求めた。
2本件の主な争点は,以下のとおりである。
(1)本件監査請求が適法か(訴訟要件)
具体的には,本件監査請求は本件支出<21>に関するもの以外は当該支出の
あった日から1年経過後にされているが,これについて地方自治法242条
2項ただし書の「正当な理由」があるかどうか。
(2)本件支出が地財再建法24条2項に違反し違法無効か(主位的請求にお
ける本件支出の違法無効事由)
具体的には,本件支出が東北大学に対する地財再建法24条2項の寄附金
等の支出に該当するかどうか。
(3)本件支出が贈賄として違法無効か(予備的請求における違法無効事由)
具体的には,本件支出が各医局の代表者に対する贈賄かどうか。
(4)被告の不当利得返還請求債権が時効消滅したか(主位的,予備的請求と
も)
具体的には,本件請求に係る不当利得返還請求債権の消滅時効期間に地方
自治法236条の5年の適用があるかどうか。
3争点に対する主張
(1)争点(1)(本件監査請求が適法か。すなわち,地方自治法242条2項た
だし書の「正当な理由」の有無)について
(原告の主張)
本件支出は,東北大学が研究科内に設置した研究助成金問題調査委員会
(以下「調査委員会」という)が平成15年12月12日に公表した「公。
立病院からの研究助成金の受け入れ状況等に関する調査報告書(以下「調」
査報告書」という)によって初めてその詳細が判明したものであり,それ。
以前は,塩竈市の住民が相当の注意を尽くしたとしても本件支出の事実を知
ることは不可能であった。そして,本件監査請求は調査報告書が公表されて
から34日後という相当期間内にされたから,本件監査請求のうち当該支出
のあった日から1年を経過したものは地方自治法242条2項ただし書にい
う「正当な理由」がある。
(被告の主張)
本件と同様の研究協力金の支出につき,米沢市及び石巻市では平成15年
10月22日に,釜石市では同月31日に,それぞれ監査請求がされたが,
これらはいずれも調査報告書の公表以前である。また,塩竈市は平成11年
1月1日から情報公開条例を施行しM市立病院もその実施機関であるから,
同条例により会計文書等を入手すれば本件支出を知ることができた。した
がって,本件監査請求のうち1年の監査請求期間を超えたものは「正当な理
由」がない。
(2)争点(2)(本件支出が地財再建法24条2項に違反し違法無効か。すなわ
ち,本件支出が東北大学に対する同項の寄附金等の支出に該当するか)につ
いて
(原告の主張)
ア地財再建法24条2項は,地方財政の脆弱化防止の観点から,同項ただ
し書に定める場合を除き,地方公共団体による国等への寄附等を一切禁止
したものである。したがって,同項の寄附金等とは,その名目,趣旨・目
的,金額の多寡,当該地方公共団体に利益となるかどうかを問わず,およ
そ国等への利益供与一般をいうと解すべきである。
なお,同項の寄附金等を被告の主張するように「本来国等の負担すべき
経費」をいうと解するとしても,本件支出は「医局の運営費」のためにさ
れたところ,後記ウのように医局が東北大学と実質的に同一の組織として
医学研究等をしている実態を考慮すれば「医局の運営費」には医学研究,
の費用も含まれる。そして,医学研究のための費用は本来東北大学が負担
すべき経費であるから,本件支出に係る「医局の運営費」は「本来国等の
負担すべき経費」に該当する。
イさらに,寄附金等を支出する直接の相手方が国等でなくとも,その相手
方の実態等に照らし実質的に見て国等に対して直接支出する場合と同じで
あって,法の禁止を潜脱する手段にすぎないような場合にも,地財再建法
24条2項に抵触すると解すべきである。
ウそして,東北大学の医学系研究科(以下「研究科」という)及びN病。
院の診療科(以下「診療科」という)の総体と医局は,実質的に同一の。
存在であり,医局に対する支出は東北大学に対する支出と実質的に見て同
じである。このことは,以下の(ア)ないし(エ)から明らかである。
(ア)医局と東北大学とは人的同一性があること
研究科と診療科は東北大学の組織であり,医局の構成員のうち研究科
と診療科に在籍する教官は大学と人的同一性がある。医局の構成員のう
ち医員は常勤ではないが日々雇用されて診療に当たる大学の職員である。
大学院生は,指導教官の指導の下に研究を行い,医師免許を有する者は
診療に当たることから,大学の構成員と評価されるべき存在である。医
局に属する出向者と大学院研究生は極めて少数で,組織としての人的同
一性を判断する際に考慮すべきほどの存在ではない。以上から,医局と
東北大学には人的同一性がある。
(イ)医局に組織としての独自性がないこと
医局には「特定分野における研究科と診療科の統合体」を超えた組,
織としての独自性はない。すなわち,医局には,その名称,事務所,規
則,機関,意思決定方法等の点で判然とした独自のものが存在しない。
N病院の正規の役職である医局長の役割とされる「各診療科の運営」は,
まさに「各医局の運営」というべきものである。
(ウ)医局と東北大学とは活動内容が同一であること
医局の活動は,研究科と診療科が行うべき教育・研究・臨床診療の機
能を融合しながら効率よく行うものであり,まさに東北大学の活動その
ものである。
(エ)医局と東北大学とは活動資金が同一であること
校費,科学研究費補助金(以下「科研費」という,委任経理金等。)
の公金は大学の資金であって,医局の資金ではない。しかし,実際には
医局はそれらの資金を使って研究をしているから,医局と東北大学との
活動資金の同一性がある。また,医局が直接に受け入れる寄附金や,財
団法人O(以下「O財団」という)にされた寄附で同財団から指定研。
究助成金とされるものについても,寄附者の意図は「東北大学の医学研
究(教育,臨床を含む)のために寄附する」というものであるから,。
これについても医局と東北大学との活動資金に同一性があるといえる。
なお,近時,O財団を通す寄附は減り,奨学寄附金として直接東北大学
に寄附されるようになったが,これによっても研究教育に特段の支障は
生じていないのであり,このことからみると,研究科,診療科と医局は
実質的に同一の存在であって,従前に財団からされた寄附は新たに奨学
寄附金となって医局の研究資金を賄っているといえる。
(被告の主張)
ア地財再建法24条2項で規制の対象となる寄附金等とは「本来国等の,
負担すべき経費」に充当するための金銭の移動をいうと解すべきである。
しかるところ,本件支出は,実質的には,医局がM市立病院に対してし
た配慮(常勤・非常勤の医師の派遣,診療や手術の指導,当直業務の応援,
医師の医局での研修参加など)に対し感謝の念を表するためにしたもので
あって「本来国等の負担すべき経費」に充当するための金銭の移動では,
ない。したがって,本件支出は地財再建法24条2項の寄附金等に該当し
ない。
イ本件支出の相手方は医局であり,東北大学そのものではない。本件支出
を医局へ持参した担当者は,医局は東北大学の組織ではなく本件支出は地
財再建法24条2項に違反するものではないと認識していた。
ウ仮に,本件支出が地財再建法24条2項に違反するとしても,この支出
は地域住民の生命・健康の保護に資するものとしてされたこと,中小都市
の自治体病院としては国立大学の附属病院からの医師派遣に頼らざるを得
ない切実な実情にあること,本件支出は1年に1回ないし2年に1回程度
の頻度で各回20万円であり,M市立病院の約26億円から28億円の年
間予算のうちこれを支出した交際費の執行額は約106万円ないし248
万円で1パーセント未満にとどまり社会的相当性の範囲内にあることを考
慮すると,違法とまではいえないと解すべきである。
(補助参加人の主張)
ア本件支出の相手方である医局は,東北大学とは全く別個の集団である。
すなわち,医局は,研究科の教授と診療科長(通常は兼務)を中心に構成
される,研究と診療を円滑に進めるための医師らの任意の集団であり,法
令上・予算上の組織ではない。医局の構成員,すなわち医局員は,通常は,
現に研究科や診療科に所属する医師であるが,同窓生や同一の診療領域の
医師等も加わることがある。N病院に日々雇い入れられる医員という非常
勤職員の医師も医局に入っている。医学や医療の分野では,その特質上,
外部の医療機関,研究機関,製薬会社等の民間企業との交流連携が不可欠
であり,医局はその一つの場である。医局は,医師の医学知識の向上や医
療技術の研さん及び地域医療への貢献等の重要な機能を担っている。医局
は,東北大学と別個の組織だからこそ,地域の医療機関と連携して医局に
所属する医師の紹介派遣を効率的かつ円滑に進めることができる。
イわが国の国立大学の教育研究費用は国が負担する校費だけですべてを賄
うという制度にはなっておらず,外部資金の導入を制度上当然の前提とし
ている。外部資金としては,民間企業や篤志家からの奨学寄附金(委任経
理金として支出される,製薬会社等との受託研究契約に基づく受託研。)
究費,研究者個人又は研究者グループの申請による競争的研究助成金とし
ての科研費,民間機関等との共同研究契約に基づく共同研究費,O財団等
の財団法人等が事業として行う研究助成金,その他民間・公立病院,製薬
会社,同窓会,篤志家等からの寄附金がある。
本件支出は,こうした医局の研究運営に対する助成のために医局へ寄附
されたものであり,国が負担すべき経費に当たるものではない。
(3)争点(3)(本件支出が贈賄として違法無効か)について
(原告の主張)
医局から関連病院へ医局員を医師として派遣する人事は,医局の代表者で
ある教授の職務行為である。
本件支出は,教授がM市立病院へ医師を派遣する対価としてされた。この
ことは,本件支出の関係文書に,支出目的として「医師確保のため」などと
記載されていること,M市立病院の担当者及び受領した教授のいずれもが本
件支出を医師派遣の対価と認識していたこと,現金を封筒に入れて直接手交
し領収証も授受しないという不明朗な授受の態様であること,などから明ら
かである。したがって,本件支出は賄賂性があって公序良俗に違反し無効で
ある。
(被告の主張)
ア本件支出は医局の配慮に対して謝意を表する趣旨であり,医師派遣に関
してのものではない。本件支出の関係文書に「医師確保のため」などと記
載したのは一種の常套句にすぎない。
イ仮に本件支出が賄賂として違法であるとすれば,不法原因給付(民法7
08条)としてその返還を請求できないものである。
(補助参加人の主張)
本件支出は医局の研究運営に対する助成であり,医師派遣に関するもので
はない「医師確保のため」などと記載された文書は塩竈市の内部書類にす。
ぎず,医局はそのような趣旨で受け入れたものではない。
(4)争点(4)(不当利得返還請求債権は時効消滅したか。すなわち,地方自治
法236条の時効期間の適用の有無)について
(被告の主張)
本件請求に係る不当利得返還請求債権は普通地方公共団体の金銭債権であ
るから,その時効期間は地方自治法236条の5年の適用がある。したがっ
て,本件支出のうち支出時から5年を経過したものに関する不当利得返還請
求債権は,同条により当然に時効消滅した。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件監査請求が適法か。すなわち,地方自治法242条2項ただ
し書の「正当な理由」の有無)について
(1)地方自治法242条2項本文は,普通地方公共団体の執行機関,職員の
財務会計上の行為は,たとえそれが違法,不当なものであったとしても,い
つまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るものとしておくことが法
的安定性を損ない好ましくないとして,監査請求の期間を定めている。しか
し,当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裏にされ,1年を経過
してから初めて明らかになった場合等にもその趣旨を貫くことが相当でない
ことから,同項ただし書は「正当な理由」があるときは,例外として,当,
該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後であっても,普通地
方公共団体の住民が監査請求をすることができるようにしているのである。
したがって,上記のように当該行為が秘密裏にされた場合には,同項ただし
書にいう「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団
体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知
ることができたかどうか,また,当該行為を知ることができたと解されると
きから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものであ
る(最高裁昭和62年(行ツ)第76号同63年4月22日第二小法廷判決
・裁判集民事154号57頁参照。そして,このことは,当該行為が秘密)
裏にされた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって
調査を尽くしても客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該行為の存
在又は内容を知ることができなかった場合にも同様であると解すべきである。
したがって,そのような場合には,上記正当な理由の有無は,特段の事情の
ない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観
的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解され
るときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきもの
である(最高裁平成10年(行ツ)第69号,第70号同14年9月12日
第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照。)
(2)これを本件について見るに,証拠(甲3,9ないし11,乙2の1ない
し4,3の1ないし4,8ないし10,丙4,10,13,証人P,同B,
同H,同K)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア本件支出は,いずれも,M市立病院において支出先の医局を選定し,支
出負担行為については同病院の所管課長又は塩竈市助役が,支出命令につ
いては同病院の所管課長が,それぞれ専決処理した。
本件支出に係る支出負担行為書では,これらの支出は,M市立病院の会
計中の,収益的支出,科目「病院事業費用(款,医業費用(項,経費))
(目,交際費(節」とされ,摘要・明細欄には「当該診療科への研究))
協力金」と記載された。これらの支出負担行為書と同時に同病院の業務課
担当者が作成した起案文書には,支出の目的を「医師確保のため」と記載
された。
イ本件支出の方法は,M市立病院が各医局の代表者である教授側とあらか
じめ日程調整した上,同病院長及び同病院事務部長の両名が前渡しを受け
た現金を封筒へ入れて持参し東北大学内の部屋で教授と面会して直接手交
する方法でされた。その際領収証の授受はなく,同病院の主管課長が支払
を証明する書類を作成してこれに代えた。
ウM市立病院の年間予算は平成12年度から同15年度ころはおよそ26
億円から28億円であり,そのうち交際費は200万円から250万円で,
実際に執行された交際費は,平成12年度が百五十七万円余,同13年度
が二百四十八万円余,同14年度が百六万円余であった。
エQ新聞は,平成15年9月11日の新聞で,公立病院であるR市民病院
が平成14年度に東北大学医学部教授に現金を渡していたことが発覚した
などと報じた。
オこれを受けて東北大学は,平成15年9月17日,研究科内に調査委員
会を立ち上げた。
カ宮城県を中心とする地方有力紙のSは,平成15年9月22日の新聞で,
R市民病院が平成14年度に東北大学医学部教授に現金を渡していたこと
が先に発覚したが,さらに,O財団がM市立病院,T市立病院,U市立病
院,R市民病院などの公立病院から多額の金員を受け取っていたことも判
明し,東北大学が調査委員会を設置し実態解明に乗り出したなどと報じた。
キ東北大学の調査委員会は,平成15年12月12日,調査報告書を公表
した。この中に,東北大学の各医局が平成10年度から同15年度にかけ
てM市立病院から研究助成金等を受け入れたなどとする本件支出に関する
記載等があった。
クSは,そのころ,調査報告書の公表を受け,東北大学医学部問題取材班
の記事としてM市立病院から東北大学の医局への現金支払を大きく取り上
げ,額の多さでR市民病院に次ぐもので「R市民病院が現金攻勢をかけ,
ていたのは既成事実だったが,M市立病院もかなり寄附していたことは衝
撃を広げた」と記載した。。
,(3)上記認定の事実によれば,本件支出のうち同<21>以外のものについては
塩竃市の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても各支出のあった日か
ら1年以内に客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該支出の存在又
は内容を知ることができなかったと認められる。また,遅くとも調査報告書
が公表された平成15年12月12日ころには,同市の住民が相当の注意力
をもって調査すれば客観的に見て監査請求をするに足りる程度に当該支出の
存在及び内容を知ることができたというべきである。
しかるところ,本件監査請求は平成15年12月12日から34日後の同
16年1月15日にされたから,相当な期間内に監査請求がされたものとい
うことができる。また,特段の事情の存在については主張立証がない。
そうすると,本件監査請求のうち当該支出のあった日から1年を経過した
ものは地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由があると認めるこ
とができる。したがって,本件監査請求のうち当該支出のあった日から1年
を経過したものを対象とする部分も適法な監査請求というべきである。
(4)これに対する被告の主張を検討するに,以下のとおりである。
ア被告は,米沢市及び石巻市では平成15年10月22日に,釜石市では
同月31日に,それぞれ監査請求がされたが,これらは調査報告書が公表
される以前であるとして,塩竈市の住民においても同報告書の公表以前に
本件支出を知ることが可能であったと主張する。
しかし,前記認定の事実及び証拠(甲5,弁論の全趣旨)によれば,米
沢市及び石巻市で監査請求の対象とされた支出はいずれも医局に対するも
のではなくO財団に対するもので,その1か月前には両市の市立病院から
同財団への支出について新聞報道があったと認められる。そうすると,両
市で調査報告書の公表前に上記監査請求がされたからといって,塩竃市の
住民において調査報告書の公表前に本件支出を知ることができたと認める
ことはできない。
また,前記認定の事実によれば,被告が釜石市での監査請求がされたと
主張する日より50日も前にR市民病院から教授へ現金交付があったとの
新聞報道がされているところ,調査報告書が公表される前までは,各公立
病院からの支出先は財団であり,教授ないし医局へ直接「現金攻勢」をか
けたのはR市民病院のみであるとの新聞論調であったと認められる。そう
すると,被告の主張するように釜石市で調査報告書の公表前に医局に対す
る支出につき監査請求がされたとしても,この事実から直ちに塩竃市の住
民において調査報告書の公表前に本件支出を知ることができたと認めるこ
とはできない。
イまた,被告は,塩竈市情報公開条例が施行された平成11年1月1日以
降はM市立病院の会計文書等を入手すれば本件支出を知ることができた旨
主張する。
しかしながら,単に情報公開制度の下で請求によって当該情報に接する
ことができる機会を与えられているとの一事をもってしては,各支出のこ
ろに住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて各支出の存在及
び内容を知ることができたと解することは困難である。
もっとも,前記認定のとおり,平成15年9月11日から同月22日に
かけて,R市民病院が平成14年度に東北大学医学部教授に現金を渡して
いたことや同大学に調査委員会が設置されたことなどが新聞報道されたの
であるから,塩竃市の住民は,遅くとも同月22日ころには,M市立病院
から東北大学医学部教授への支出の有無及び内容に関心を払い,相当の注
意力をもって積極的に情報公開制度を利用し同病院の会計処理等に関する
情報を収集調査すべきことが期待されたといえなくない。そして,この制
度を利用し同病院へ会計処理等に関する情報公開を求めた場合には本件支
出の存在と内容を知ることができた可能性が高いともいえる。
そこで,この場合に住民がこれらを知ることができた時期がいつかを検
討するに,原告は平成15年9月22日から81日後の同年12月12日
に調査委員会が調査報告書を公表したことで実際に本件支出を知ったので
あるが,情報公開制度の利用によればこれより前に本件支出を知ることが
確実であったと認めるだけの証拠はない。
そうすると,同制度を利用することが期待されていると解した場合で
あっても,遅くとも同年12月12日ころには本件支出の存在及び内容を
知ることができたとの前記判断を左右するものではないというべきである。
,2争点(2)(本件支出が地財再建法24条2項に違反し違法無効か。すなわち
本件支出と東北大学に対する寄附金等の支出該当性)について
(1)地方自治法232条の2によれば,地方公共団体は,その公益上必要が
ある場合においては,寄附又は補助をすることができるものとされているが,
地財再建法24条2項は,その特則として,地方公共団体は,当分の間,国
等に対し,寄附金等を支出してはならないと規定し,ただし書で「地方公,
共団体がその施設を国又は公社等に移管しようとする場合その他やむを得な
いと認められる政令で定める場合における国又は公社等と当該地方公共団体
との協議に基づいて支出する寄附金等で,あらかじめ総務大臣の承認を得た
。,ものについては,この限りでない」としている。この地財再建法の規定は
従来から地方財政法4条の5(昭和27年法律第147号による追加)に
よって国の地方公共団体からの強制的な寄附金の徴収が禁止されてはいたが,
同条が禁止しているのは専ら国の側において強制的に寄附金等を徴収するこ
とにとどまり,地方公共団体の側から国に対して任意自発的な寄附をするこ
とまでも規制の対象とするものではないため,かかる規定があるにもかかわ
らず,国等がその優越的な地位を背景にして,本来自己の負担すべき経費に
つき自発的寄附という名目で地方公共団体にその負担を転嫁したり,あるい
は地方公共団体の側においても,国等の機関や施設等を誘致するために国等
の負担すべき経費を自ら進んで拠出したりするといった事例が後を断たず,
これを放置するときは,国等と地方公共団体との間の経費負担区分をみだし,
地方財政秩序を混乱させるおそれがあるので,あえて地方自治法の原則を修
正し,このような地方公共団体の国等に対する自発的寄附又は任意負担をも
原則として禁止することによって,上記の弊害を防止し,地方財政の健全化
を図る一方,上記寄附等を一律に禁止することが公益上又は社会通念上か
えって不合理な結果をきたすことがないよう一定の場合には事前に総務大臣
の承認を得たうえで寄附等をなしうることとしたものであると解される。
してみると,地財再建法24条2項は,地方公共団体の国等に対する寄附
金等について,同項ただし書に当たる場合を除き,強制的なものであると任
意的なものであるとを問わず,また,それが当該地方公共団体にとって必要
ないし利益であると否とにかかわりなく,すべてこれを禁止しているものと
いうべきである。また,この禁止の対象となる国等に対する寄附金等とは,
国等と地方公共団体との間の経費負担区分上本来国等の負担すべき経費に充
当するためのものが典型的であるが,それに限定されるものではなく,国等
の負担すべき経費であると否とにかかわりなく,同項ただし書に当たる場合
を除き,すべてこれを禁止しているものと解するのが相当である。
また,地方公共団体が寄附金等を支出する相手方が形式的には国等でなく
とも,その組織の実態等に照らし実質的にみて国等に対する支出と同視でき
るような場合も,同項に定める規制の対象になるものと解するのが相当であ
る。また,この場合,法の禁止を潜脱する意図の有無を問わないというべき
である。
(2)これを本件について見るに,前記前提となる事実及び後掲各証拠並びに
弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
ア医局の実態(甲3,丙4,10ないし15,24,26ないし28,証
人B,同H,同K)
東北大学の医局(以下,単に「医局」というときは東北大学の医局を総
称する)は,同大学の医学系研究科の各分野に所属する教員(教授,助。
教授など・大学院生・研修生に,その分野に対応する診療科に所属する)
診療科長・副科長・病院助教授・病院講師・病院助手・医員及び研修医が
加わって構成される医師の集団である(例外的に医師免許を有しない者が
いることもある。通常,診療科長を研究科分野の教授が兼ね,双方の。)
医師は兼務であることが多いが,研修医や医員のように兼務しない者もい
る。外部の病院等に所属しながら研修登録費を支払い医局に参加する者が
いることもあるが,基本的には各医局とも現に東北大学の研究科やこれに
対応する診療科に所属する上記の人員から構成されている。
医局は,研究科や診療科が法令の定めに根拠を持つ組織であることと対
比すると,そうした根拠がなく東北大学内に慣行的に存在する任意の集団
であり,診療のための研究,教育のための研究を含む研究すべてを包摂し,
医師同士の意見交換・症例交換による研究研さん,共同での研究・教育・
指導,無給者や公募による研究費等を獲得できない医師等による研究,実
験助手・秘書等や実験動物・機器・備品等の人的物的設備の共同効率的保
持利用,研究科と診療科間の医師同士の連携調整の場などとして機能して
いる。
医局では,通常,診療科の正式な役職である医局長が世話役となり,同
人が,診療科長(教授)の指示のもとで,医局の金銭の管理,医局員の意
見の取りまとめ,診療科と研究科間の医師の活動の調整,関連病院への医
師派遣の調整などをしている。医局は医局員全員から医局費(たとえば月
額5000円あるいは9000円といった金額)などを徴収し,週1回程
度全員による打合せ会を持っている。打合せ会で取り上げる事項は,金銭
の使途,医師の派遣・就職,学会リハーサル,医療事故の検討など広範囲
で,研究科や診療科と密接に関連する事項を含んでいる。
イ医局へ入る研究助成金とその後の流れ(甲17,19,丙1,10ない
し18,29ないし32,証人B,同H,同K)
医局は法令上の組織でないため,国から東北大学へ支払われる校費や委
任経理金が直接医局へ配分されることはない。文部科学省や日本学術振興
会からの競争的補助金である科研費も研究者・共同研究者に対するもので
あって医局が受取人となるものではない。O財団その他の著明財団法人か
らの各種研究助成金や褒賞金等も,研究者(個人又は共同)又は研究に対
して支払われるものであり,医局が直接受取人となることはない。
しかし,これら以外の民間会社・団体,医療機関,開業医,篤志家等か
ら,医局に対し,直接に研究教育助成の寄附金等が支払われることがあり,
それらは医局が研究等で使用する資金となる。また,医局の研究者らが自
分の取得した助成金・報奨金等を医局へ提供することもある。
医局は,こうして得た資金を,医局員らのために雇用する人たちへの給
料,研究のための備品等の購入費などに充てている。
ウ研究科の分野・診療科へ入る奨学寄附金(委任経理金)とその後の流れ
(甲3,17,丙2,3,5ないし13,18,証人B,同H,同K)
東北大学の研究科の分野・診療科を宛先とする奨学寄附金が国庫に入る
と,同大学に委任経理金として交付され,寄附の宛先とされた研究科の分
野・診療科用の国庫金として大学で管理される。奨学寄附金の寄附者は民
間会社,民間医療機関など外部の法人又は個人が主であるが,医局が中心
となって開催した学会の剰余金が医局の意向で寄附されること,医局の研
究者らが自分の取得した各種研究助成金や褒賞金等を寄附すること,同窓
会が寄附すること,医局が取得した前記の資金を寄附すること,などもあ
る。
これらの委任経理金の使途は当該寄附で定められた研究奨学の目的に沿
うことが必要であるが,研究科の分野・診療科は寄附金を受け入れるため
の研究奨学目的をあらかじめいくつか定めていて,東北大学(国)はそれ
に沿うものを奨学寄附金として受け入れている。その研究奨学の目的は,
たとえば眼科では,眼科教室臨床研究助成金,眼科基礎研究助成金ほか二
つ,消化器内科及び糖尿病代謝科(第三内科)では,第三内科糖尿病研究
助成金,第三内科教室臨床研究助成金,内科基礎研究助成金,糖尿病病因
研究助成金,第三内科消化器病態学研究助成金,分子代謝病態学分野に関
する研究助成金,糖尿病病因に関する研究助成のため,臨床糖尿病代謝に
関する研究助成のため,と広範であり,およそ当該研究科の分野・診療科
に係る研究奨学に関する使途であればどこかの委任経理金の目的に適うよ
うなものとなっている。
そして,これらの委任経理金は年度を越えて使用することができるもの
とされ,具体的使途は,すべて,その宛先である研究科の分野・診療科の
医局で決めている。その使途は,たとえば,医局員らのために雇用した秘
書・診療検査技師・視能訓練士・研究助手らの給料,試薬・培養薬,機械,
実験器具・実験動物,書籍・雑誌の購入代金,学会・海外出張費用から,
旅費,通信費,現像代,研究連絡会等の会合費,研究者の招聘旅費・講演
謝金・接遇費,学会誌への投稿料,会場借り上げ費,必要な範囲における
軽微な改修費,奨学寄附金による研究に必要な光熱水料にまで弾力的に使
用されている。
また,医局が委任経理金を原資として雇った人員,取得した物品等と,
校費,科研費あるいは前記の医局の資金を原資として得た人員,物品等と
は,その利用に際しては基本的には特段の区別もされず,一体として医局
員の研究教育に供されている。
エ本件支出と研究助成のための寄附金性
(ア)本件支出は,支出負担行為書の摘要・明細欄に,たとえば第三内科
に対するものであれば「東北大学医学部第三内科への研究協力金」と記
載され,支出命令書及び支払証明書にも同じ記載がある。M市立病院長
は,支出先の医局を選定し「件名」として「研究協力金の支出につい,
て」と記載された起案文書や,摘要・明細欄に「当該診療科への研究協
力金」と記載された支出負担行為書の幾つかに院長として押印している。
同病院事務部長は,本件支出の際はその都度その資金の前渡しを受け,
同病院長と同道して予約の日に東北大学へ行き,教授に面会の上これを
手交している。本件支出は各回20万円であり,赤字経営のM市立病院
にとってわずかな出費とはいえない。本件支出を受領した各医局(ただ
し,後記の消化器内科の医局を除く)は,同大学研究科の調査委員会。
がした公立病院等からの受入れ資金の収支状況調査に対し,受け入れた
金銭が研究助成金であることを前提として,M市立病院からの受入金の
趣旨はすべて「医療技術向上のため受入」で,使途は「研究費及び教育
費へ支出「大学院生等の学会参加旅費・研究実施旅費等へ支出,」,」
「委任経理金へ支出「研究消耗品,東北大学整形外科談論会運営費,」,
大学院生の学会発表時の旅費援助「整形外科関連病院協議会で支」,
出」あるいは「研究費として支出」であって,残金は「医療技術向上の
ため費用として管理保管中」であると回答している。調査委員会は,こ
れらの回答が信用できると判断し,調査報告書にこれを記載し公表した。
東北大学の評議会が部局長を構成員として設置した医学部問題小委員会
は,平成16年3月16日,医学部問題中間報告書を公表したが,その
内容も,本件支出を含む公立病院等から受け入れた金員はすべて研究助
成金であることを前提とした記述になっている(前記1(2)ア,イに認。
定の事実並びに甲3,乙2の3及び4,3の1ないし4,8,丙4,証
人P)
これらの事実に,地方公共団体が寄附又は補助をできるのは公益上必
要がある場合に限られ(地方自治法232条の2,かつ最小限のもの)
であるべきことなどを考慮すると,本件支出は使途を全く限定しない単
純な贈与ではなく,医局に対する研究助成目的という使途の負担が付い
た寄附金であると認められる。
(イ)ところで被告は,本件支出は,医局がM市立病院に対してした,同
病院への医師の派遣,診療や手術の指導,当直業務の応援,同病院医師
の医局での研修参加などに対する感謝の念を表するためのものであると
して,あたかも単純な贈与であるかのような主張をし,これを手交した
同病院事務部長や受領した教授らも,その証人尋問で,これらの授受の
際「医局の運営のためお役立てください」との口上であったとして,。
「医局の運営」を強調し(証人P,同B,同H,同K,さらに証人H)
は「医局の運営」と言われたので研究費・研究助成金とは使途を区別,
したとして,研究助成目的には使用しないとの逆の限定付き贈与である
かのような証言をする(なお,H教授が所属する消化器内科の医局は,
前記調査委員会の収支状況調査に対し,同医局が受け入れた本件支出⑰
及び⑳は研究助成目的ではないとの解釈の下に,M市立病院からこれら
の金員を受け入れた事実はないと回答した。このため,糖尿病代謝科の
医局は,消化器内科が従前第三内科の医局に属していて同医局を糖尿病
代謝科の医局が承継したという経緯があることから,本件支出⑰及び⑳
は糖尿病代謝科の医局が受け入れたものとして回答した。丙4,証人H,
同K。)
しかし「医局』でお使いください」ではなく「医局の運営』の,『。『
ために」というのは持って回った表現であり,真実そのような口上で
あったかどうかは疑問の余地がないではない(上記証人らの証言中にも
「医局のためにお使いください」との口上であったとする部分もあ
る)が,いずれにせよ,医局は本来研究の場であるから,この文言の。
趣旨は「研究目的で使用されたい」との限定を付したものと解するの。
が自然である(逆に「研究目的外」の趣旨を伝えるのであれば,端的に,
「研究目的では使用しないでください」と言えば足りるものであ。
る。また,証人Pは,M市立病院前院長から,本件支出の使途が医。)
局の秘書の給与,大学院生の旅費・図書代等である旨説明を受けたこと
があると証言するが,秘書の給与は研究目的内であるし,大学院生の旅
費・図書代も委任経理金の目的によってはそれに含まれる場合もあるか
ら,必ずしも医局独自の支出を指すとはいえない。
そうすると,これらの証拠は本件支出が研究助成目的の寄附金である
との前記認定を覆すものでないといえる。
オ本件支出により受領した金員の実際の使途
証拠(丙4,12,16ないし18,証人B,同H,同K)を総合する
と,本件支出により受領した金員は,同⑳を除き,研究費及び教育費とし
て医局で実際に使用され,又は研究助成金として医局から委任経理金へ寄
附され,あるいは医療技術向上のための費用として医局に管理保管中であ
ることが認められる。他方,上記証拠によれば,本件支出⑳は,消化器内
科の医局において,公立・民間の病院や医院などが直接に同医局へ持参し
て寄附した現金を入れる口座に入れたこと,しかるところ,同口座からは,
研究用器具の購入代金が支払われたこともあるが,多くの場合内部の懇親
的費用に支出されていることが認められる。そうすると,本件支出⑳につ
いては,研究目的で使用したといえるかどうか疑わしいものである。
しかし,実際の使途の一部に本来の目的に照らして不適切らしきものが
あるとしても,その事実は本件支出が研究助成目的でされたとの前記認定
を左右するものではないというべきである。
(3)以上アないしオに認定した事実によれば,診療のための研究及び教育の
ための研究を含む広義の研究とそれに要する経費との観点で見れば,医局と
東北大学の研究科・診療科とは実質上同一ともいうべき密接な関係にあり,
その結果,M市立病院が研究助成目的の寄附金として医局に対してした本件
支出は,同大学の研究科・診療科を名宛人としてした奨学寄附金と全く同様
に,医局によって使途・支出先が決められ,これによって取得した人的物的
設備等も医局において一体的に医局員のため研究に供されるものである。そ
うすると,本件支出は実質的にみて,同大学の研究科・診療科に対する奨学
寄附金の支出と同視できるというべきである。
以上によれば,本件支出は実質的に東北大学(国)への支出として,地財
再建法24条2項に違反し,違法無効というべきである。
(4)ところで被告は,本件支出を医局へ持参した担当者が医局は東北大学の
組織ではなく本件支出は地財再建法24条2項に違反するものではないと認
識していた旨主張する。しかし,本件では,本件支出が東北大学の医局に対
して研究協力金の名称でされたことは争いがなく,医局への支出が実質的に
同大学への支出と同視できるかどうかの評価が相違しているにすぎないし,
同法24条2項に違反することかどうかは客観的に判断すれば足り,違反す
ることの認識までは必要ないといえる。そうすると,被告のこの主張は失当
である。
また,被告は,本件支出が地財再建法24条2項に違反するとしても,そ
の目的,必要性及び金額から社会的相当性の範囲内にあるとして,違法とま
ではいえないと主張する。しかし,同項は,寄附金等の一律禁止による不合
理な結果を避けるためにただし書の特例を設けて妥当な調和を図っているの
であるから,この特例に当たらず同項に違反する以上は一律に違法無効とい
うべきであって,この主張も採用の限りでない。
3被告の東北大学に対する不当利得返還請求権の取得と補助参加人の承継
以上の説示によれば,本件支出は地財再建法24条2項に違反し違法無効で
あるところ,医局と研究科・診療科との実質上同一ともいうべき密接な関係か
ら,本件支出によって授受された金銭は,その都度東北大学の研究科・診療科,
すなわち東北大学(国)に実質的に帰属し,同大学はこれを法律上の原因なく
して利得し,被告はこれによって同額の損失を受けたといえるのであり,これ
によれば,被告は,各支出の都度,国(東北大学)に対し,各支出と同額の不
当利得返還請求権を取得したと認められる。
そうすると,補助参加人は,その設立と同時に,国(東北大学)が被告に対
して負担していた不当利得返還債務を承継したと認められる。
4争点(4)(被告の不当利得返還請求債権が時効消滅したか。すなわち,地方
自治法236条の5年の時効期間の適用の有無)について
地方自治法236条1項が金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利
及び普通地方公共団体に対する権利で金銭の給付を目的とするものにつき5年
の消滅時効期間を定めたのは,普通地方公共団体の権利義務を早期に決済する
必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから,
同項の5年の消滅時効期間の定めは,上記のような行政上の便宜を考慮する必
要がある金銭債権であって他に時効期間につき特別の規定のないものについて
適用されるものと解すべきである(会計法30条についての最高裁昭和48年
(オ)第383号同50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143
頁参照。)
これを本件についてみるに,普通地方公共団体が地財再建法24条2項に違
反する国等への寄附をしたことにより取得する不当利得返還請求債権は民法の
規定あるいは一般的衡平の原理に基づき発生する債権で,その時効期間を定め
た特別規定はないところ,この債権は通常の行政過程において多発するもので
はなく,特に行政上の便宜を考慮すべきものとはいえない。そうすると,この
不当利得返還請求債権には地方自治法236条1項の適用はなく,民法上の不
当利得返還請求債権と同じく10年の時効期間によるというべきである。
したがって,不当利得返還請求債権の一部が5年の時効期間の経過によって
同法236条により当然に消滅したとの被告の主張は理由がない。
5遅延損害金請求について
不当利得返還債務は期限の定めのない債務として債権者からの催告によって
遅滞に陥ると解されるところ,本件全証拠によっても,催告の事実を認めるべ
き資料はない。
したがって,補助参加人の不当利得返還債務が遅滞に陥ったと認めることは
できない。
第4結論
よって,原告の被告に対する主位的請求は,不当利得返還請求権を行使すべ
きことを怠る事実に係る相手方である補助参加人へ不当利得金460万円の支
払請求をするよう求める限度で理由があるからこれを認容し,その余(460
万円に対する遅延損害金の支払請求をするよう求める部分)は理由がないので
これを棄却し,主文のとおり判決する。なお,主位的請求を認容するので予備
的請求は判断の対象とならない。
仙台地方裁判所第二民事部
裁判長裁判官畑中芳子
裁判官中丸隆
裁判官佐藤隆幸は海外出張のため署名押印することができない。
裁判長裁判官畑中芳子

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