弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を広島高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人前田修の上告趣意について。
 所論はまず、本件に適用された旅館業法六条二項、一二条の各規定が、居住、移
転の自由を保障した憲法二二条一項に違反する旨を主張する。旅館業法六条一項は、
「営業者は、宿泊者名簿を備え、これに宿泊者の氏名、住所、職業その他の事項を
記載し、当該官吏又は吏員の要求があつたときは、これを提出しなければならない。」
と規定し、ついで同条二項は、「宿泊者は、営業者から請求があつたときは、前項
に規定する事項を告げなければならない。」と規定して、宿泊者に氏名、住所、職
業等の告知義務を認めるとともに、さらに同法一二条は、「第六条第二項の規定に
違反して同条第一項の事項を偽つて告げた者は、これを拘留又は科料に処する。」
と規定して、右告知義務に違反し虚偽の事項を告げた宿泊者に対しては、刑事罰を
科することを明らかにしている。しかし、右のような規定は、これによつて居所も
しくは住居の設定および移転自体を制限しようとするものではなく、憲法二二条に
いう居住、移転の自由とは関係のない規定というべきであるから、右違憲の主張は、
その前提を欠き、適法な上告理由にあたらない。
 次に所論は、旅館業法六条二項、一二条の各規定が、何人も自己に不利益な供述
を強要されないことを保障した憲法三八条一項に違反する旨を主張する。旅館業法
は、旅館業に対して、公衆衛生の見地から必要な取締を行なうとともに、あわせて
旅館業によつて善良の風俗が害されることがないようにこれに必要な規制を加え、
もつてその経営を公共の福祉に適合させることを目的として制定されたものであり
(同法一条参照)、同法六条二項、一二条の規定もその目的を達成するために必要
であるとして設けられたもので、それ自体何ら自己が刑事上の責任を問われる虞あ
る事項について、告知することを強制されるものではない。ところで、憲法三八条
は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要さ
れないことを保障した趣旨の規定であるから、前述のような観点から設けられた同
法六条二項、一二条の各規定が、宿泊者に氏名、住所、職業程度の事項の真実告知
義務を認め、これに違反するときは刑事罰を科する旨を定めたからといつて、それ
だけでただちに憲法三八条一項に違反するものということはできない。このことは、
当裁判所の判例(昭和二七年(あ)第八三八号、同三二年二月二〇日大法廷判決、
刑集一一巻二号八〇二頁。昭和二九年(あ)第二七七七号、同三一年一二月二六日
大法廷判決、刑集一〇巻一二号一七六九頁。)の趣旨に徴して明らかであるから、
右違憲の論旨は理由がない。
 その余の所論は、量刑不当の主張に帰するものであつて、適法な上告理由にあた
らない。
 しかしながら、所論に鑑み、被告人に対する量刑につき職権をもつて調査するに、
原判決が是認した第一審判決は、被告人が昭和四一年六月四日から六日にかけて山
口県長門市aなど三か所の旅館で宿泊するにあたり、各旅館の営業者から宿泊者名
簿の記載を請求された際、それぞれ住所、氏名を偽つて告げたとの事実を認定し、
右三か所三泊の際の各事実につき旅館業法六条、一二条を適用して各拘留刑を選択
したうえ、刑法四五条前段、五三条二項により、被告人を判示第一、二、三各事実
につき各拘留二〇日に処していること、原判決も、量刑不当の主張を含む原審弁護
人の控訴趣意をすべて排斥して被告人の控訴を棄却し、第一審判決の量刑をそのま
ま維持していることが明らかである。けれども、本件につき第一審判決および原判
決が判示した事実関係のもとにおいては、被告人に対し右各犯行につき各拘留二〇
日に処した第一審判決の量刑をそのまま是認した原判決は、刑の量定が甚しく不当
であつて、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認めざるを得ない。
 よつて、刑訴法四一一条二号により原判決を破棄し、本件につきさらに審理を尽
くさしめるため、同法四一三条本文により、本件を原裁判所である広島高等裁判所
に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官 平出禾公判出席
  昭和四二年一二月二一日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠

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