弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

-1-
平成25年5月9日判決言渡
平成21年(行ウ)第6号一般乗用旅客自動車運送事業経営許可処分等差止請求事

主文
1原告一般社団法人A協会の訴えをいずれも却下する。
2原告B株式会社,原告C株式会社,原告D株式会社及び原告E株式会社の北
海道運輸局長が参加人に対し平成21年3月27日付けでした一般乗用旅客自
動車運送事業の許可の取消しを求める訴えをいずれも却下する。
3原告B株式会社,原告C株式会社,原告D株式会社及び原告E株式会社のそ
の余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,参加によって生じたものを含め原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1北海道運輸局長が,参加人に対し,平成21年3月27日付けでした一般乗
用旅客自動車運送事業の許可を取り消す。
2北海道運輸局長が,参加人に対し,平成24年6月22日付けでした一般乗
用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,札幌市,江別市,北広島市及び石狩市(ただし,平成17年10月
1日に編入された旧α村及び旧β村の区域を除く。)(以下「札幌交通圏」と
いう。)における一般乗用旅客自動車運送事業(以下「タクシー事業」という
ことがある。また,一般乗用旅客自動車運送事業を営む者を「タクシー事業者」
ということがある。)の健全な発展を図ること等を目的とする原告一般社団法
人A協会(以下「原告協会」という。)及び札幌交通圏においてタクシー事業
を営むその余の原告ら(以下「原告事業者ら」という。)が,北海道運輸局長
(以下「本件局長」という。)が行った,道路運送法(昭和26年6月1日法
-2-
律第183号。以下「運送法」という。なお,法令並びに告示及び公示につい
ては,特に断らない限り処分当時のものを指す。)4条に基づく参加人に対す
る前記第1,1の一般乗用旅客自動車運送事業の許可(以下「本件許可」とい
う。)及び前記第1,2の運送法9条の3に基づく参加人に対する一般乗用旅
客自動車運送事業の運賃及び料金の認可(以下「本件認可」といい,本件許可
及び本件認可を「本件各処分」という。)はいずれも違法であるとして,本件
各処分の取消しを求める事案である。
2前提事実等(争いのない事実,当裁判所に顕著な事実,掲記の証拠及び弁論
の全趣旨により容易に認められる事実並びに法令の定め)
(1)当事者等
ア原告協会は,札幌交通圏における一般乗用旅客自動車運送事業の適正な
運営とその利用者に対するサービスの改善を通じてその事業の健全な発
展を図り,もって社会公共の福祉に寄与することを目的とし,上記の目的
を達成するため,次の事業を行う,昭和38年4月9日法人成立の一般社
団法人であり,平成24年3月1日,社団法人F協会を名称変更し,移行
したことにより設立された。
①一般乗用旅客自動車運送事業の適正な運営及び健全な発達に資する
ための調査,研究及び対策
②資料の収集並びに統計の制作及び配布
③一般乗用旅客自動車運送事業に関する啓発,講習会の開催及び広報活

④関係諸官庁との連絡
⑤交通道徳の高揚及び普及並びに交通事故防止の啓発
⑥運転者の登録事務及び教育講習に関する事項
⑦その他本会の目的を達成するために必要な事業
イ原告事業者らは,いずれも札幌交通圏において,本件各処分より前から
-3-
一般乗用旅客自動車運送事業を営む株式会社であり,原告協会の会員であ
る。
ウ参加人は,運送法に基づく一般乗用旅客自動車運送事業,一般乗合旅客
自動車運送事業,一般貸切旅客自動車運送事業,特定旅客自動車運送事業
及び貨物軽自動車運送事業等を目的とする,平成20年10月10日設立
の株式会社であり,Gタクシーの名称で一般乗用旅客自動車運送事業等を
展開するいわゆるHグループに属している(甲20)。
エ本件局長は,運送法88条2項,運送法施行令1条2項に基づき,国土
交通大臣から旅客自動車運送事業に関する許認可につき権限の委任を受
けた地方運輸局長である。
(2)本件各処分に関連する法令の定め
ア運送法1条は,運送法の目的を,貨物自動車運送事業法(平成元年法律
第83号。以下「貨物事業法」という。)と相まって,道路運送事業の運
営を適正かつ合理的なものとし,並びに道路運送の分野における利用者の
需要の多様化及び高度化に的確に対応したサービスの円滑かつ確実な提
供を促進することにより,輸送の安全を確保し,道路運送の利用者の利益
の保護及びその利便の増進を図るとともに,道路運送の総合的な発達を図
り,もって公共の福祉を増進することである旨規定する。
イ運送法2条3項は,「旅客自動車運送事業」とは,他人の需要に応じ,
有償で,自動車を使用して旅客を運送する事業で運送法3条に掲げるもの
をいう旨規定し,運送法3条は,一般乗用旅客自動車運送事業(1個の契
約により乗車定員10人以下の自動車を貸し切って旅客を運送する一般
旅客自動車運送事業)を,旅客自動車運送事業のうちの一般旅客自動車運
送事業(特定の者の需要に応じ一定の範囲の旅客を運送する特定旅客自動
車運送事業(2号)以外の旅客自動車運送事業)の一つとして規定する(1
号ハ)。
-4-
ウ運送法4条は,一般旅客自動車運送事業を経営しようとする者は,国土
交通大臣の許可(以下「事業許可」という。)を受けなければならない旨
規定し,運送法6条は,事業許可について,国土交通大臣は,次の基準に
適合するかどうかを審査してしなければならない旨規定する。
①当該事業の計画が輸送の安全を確保するため適切なものであるこ
と(1号)
②前号に掲げるもののほか,当該事業の遂行上適切な計画を有する
ものであること(2号)
③当該事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであるこ
と(3号)
エ運送法8条1項は,国土交通大臣は,特定の地域において一般乗用旅客
自動車運送事業の供給輸送力が輸送需要量に対し著しく過剰となってい
る場合であって,当該供給輸送力が更に増加することにより,輸送の安全
及び旅客の利便を確保することが困難となるおそれがあると認めるとき
は,当該特定の地域を,期間を定めて緊急調整地域として指定することが
できる旨規定し,同条3項は,国土交通大臣は,上記緊急調整地域の指定
をした場合には,運送法4条1項の許可の申請が一般乗用旅客自動車運送
事業に係るものであって,かつ,緊急調整地域の全部又は一部を含む区域
を営業区域とするものであるときは,許可をしてはならない旨規定する。
オ運送法9条の3第1項は,一般乗用旅客自動車運送事業者(一般乗用旅
客自動車運送事業を経営する者(運送法8条4項))は,旅客の運賃及び
料金(旅客の利益に及ぼす影響が比較的小さいものとして国土交通省令で
定める料金を除く。)(以下「運賃等」ということがある。)を定め,国
土交通大臣の認可(以下「運賃等認可」という。)を受けなければならな
い旨規定し,運送法9条の3第2項は,国土交通大臣は,運賃等認可は,
次の基準によってしなければならない旨規定する(ただし,①については,
-5-
特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関
する特別措置法(平成21年6月26日法律第64号。以下「特定地域特
措法」という。)附則5項により,運送法9条の3第2項1号の規定の適
用については,当分の間,「加えたものを超えないもの」とあるのは,「加
えたもの」とする旨規定されている。)。
①能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを
超えないものであること(1号)
②特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものでないこと(2号)
③他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこ
ととなるおそれがないものであること(3号)
④運賃及び料金が対距離制による場合であって,国土交通大臣がその算
定の基礎となる距離を定めたときは,これによるものであること(4号)
カ運送法88条2項,運送法施行令1条2項により,国土交通大臣の事業
許可及び運賃等認可の各権限は,地方運輸局長に委任されている。
キ運送法89条1項2号は,地方運輸局長は,運賃等認可について,必要
があると認めるときは,利害関係人又は参考人の出頭を求めて意見を聴取
することができる旨規定し,同条2項は,地方運輸局長は,運賃等認可に
ついて利害関係人の申請があったときは,利害関係人又は参考人の出頭を
求めて意見を聴取しなければならない旨規定し,同条3項は,上記各意見
聴取に際しては,利害関係人に対し,証拠を提出する機会が与えられなけ
ればならない旨規定する。
ク運送法施行規則56条は,運賃等認可について,運送法89条に規定す
る利害関係人とは,運賃等認可の申請者(1号),運賃等認可の申請者と
競争の関係にある者(2号)又は利用者その他の者のうち地方運輸局長が
当該事案に関し特に重大な利害関係を有すると認める者(3号)のいずれ
かに該当する者をいう旨規定する。
-6-
ケ平成21年10月1日,特定地域特措法が施行された。
コ特定地域特措法1条は,特定地域特措法の目的を,一般乗用旅客自動車
運送が地域公共交通として重要な役割を担っており,地域の状況に応じて,
地域における輸送需要に対応しつつ,地域公共交通としての機能を十分に
発揮できるようにすることが重要であることにかんがみ,国土交通大臣に
よる特定地域の指定及び基本方針の策定,特定地域において組織される協
議会による地域計画の作成及びこれに基づく一般乗用旅客自動車運送事
業者による特定事業等の実施並びに特定地域における運送法の特例につ
いて定めることにより,特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の
適正化及び活性化を推進し,もって地域における交通の健全な発達に寄与
することである旨規定する。
サ特定地域特措法3条1項は,国土交通大臣は,特定の地域における一般
乗用旅客自動車運送事業の次の状況に照らして,当該地域の輸送需要に的
確に対応することにより,輸送の安全及び利用者の利便を確保し,その地
域公共交通としての機能を十分に発揮できるようにするため,当該地域の
関係者の自主的な取組を中心として一般乗用旅客自動車運送事業の適正
化及び活性化を推進することが特に必要であると認めるときは,当該特定
の地域を,期間を定めて特定地域(以下「特定地域」という。)として指
定することができる旨規定する。
①供給過剰(供給輸送力が輸送需要量に対し過剰であることをいう。)
の状況(1号)
②事業用自動車1台当たりの収入の状況(2号)
③法令の違反その他の不適正な運営の状況(3号)
④事業用自動車の運行による事故の発生の状況(4号)
シ特定地域特措法5条は,一般乗用旅客自動車運送事業者であって特定地
域内に営業所を有するもの及びこれらの者の組織する団体(以下「一般乗
-7-
用旅客自動車運送事業者等」という。)は,一般乗用旅客自動車運送が地
域公共交通として重要な役割を担っていることを自覚し,当該特定地域に
おいて,地域における輸送需要の把握及びこれに応じた適正かつ合理的な
運営の確保を図るための措置,地域における利用者の需要の多様化及び高
度化に的確に対応した運送サービスの円滑かつ確実な提供を図るための
措置その他の一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化のために
必要な措置を講ずるよう努めなければならない旨規定する。
ス特定地域特措法8条1項は,特定地域において,地方運輸局長,関係地
方公共団体の長,一般乗用旅客自動車運送事業者等,一般乗用旅客自動車
運送事業の事業用自動車の運転者の組織する団体及び地域住民は,地域計
画の作成,当該地域計画の実施に係る連絡調整その他当該特定地域におけ
る一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化の推進に関し必要な
協議を行うための協議会(特定地域特措法9条1項。以下「適正化等推進
協議会」という。)を組織することができる旨規定する。
セタクシー業務適正化特別措置法(昭和45年5月19日法律第75号。
以下「タクシー特措法」という。)1条は,タクシー特措法の目的を,指
定地域において,タクシーの運転者の登録を実施し,特定指定地域におい
て,タクシー業務適正化事業の実施を促進すること等の措置を定めること
により,タクシー事業の業務の適正化を図り,もつて輸送の安全及び利用
者の利便の確保に資することである旨規定する。
ソタクシー特措法34条1項は,特定指定地域内におけるタクシー事業に
係る次の業務を行う者で特定指定地域ごとに国土交通大臣の指定するも
の(以下「適正化事業実施機関」という。)は,当該業務の実施に必要な
経費に充てるため,当該特定指定地域内に営業所を有するタクシー事業者
から負担金を徴収することができる旨規定する。
①タクシーの運転者の運送法に違反する運送の引受けの拒絶その他運
-8-
送法又はこの法律に違反する行為の防止及び是正を図るための指導(1
号)
②タクシーの運転者の業務の取扱いの適正化を図るための研修(2号)
③タクシー事業の利用者からの苦情の処理(3号)
④タクシー乗場その他タクシー事業の利用者のための共同施設の設置
及び運営(4号)
(3)本件許可に関する審査基準
ア本件局長は,一般乗用旅客自動車運送事業(1人1車制個人タクシーを
除く。)の許可及び認可申請について,運用の統一性,透明性を確保し,
事案の迅速かつ適切な処理を図るために,輸送の安全の確保のための適切
な事業計画及び事業の遂行能力に関する主要事項の審査基準として,「一
般乗用旅客自動車運送事業(1人1車制個人タクシーを除く。)の許可及
び認可申請の審査基準」(平成14年1月23日付け北海道運輸局公示第
54号。以下「本件許可基準」という。)を定めている(甲4)。
イ本件許可基準で定める事業許可(運送法4条1項)の申請に対する審査
基準は,別紙1記載のとおりである(甲4)。
(4)本件認可に関する審査基準
ア本件局長は,一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可申請に
係る運送法9条の3第2項に基づく審査基準として,「一般乗用旅客自動
車運送事業の運賃及び料金の認可申請の審査基準について」(平成14年
1月23日付け北海道運輸局公示第60号。以下「本件認可基準」という。)
を定めている(乙24の1)。
イ本件認可基準では,自動認可運賃を設定して公示し,公示した自動認可
運賃に該当する運賃の認可申請については,申請の公示を省略するととも
に,速やかに処理を行うこととし,自動認可運賃に該当しない運賃の認可
申請で運賃改定申請以外のものの認可に当たっては,認可の要件に沿って,
-9-
適正な原価に適正な利潤を加えたものであること,利用者間に不当に差別
的な取扱いをするものでないこと及び他の事業者との間に不当な競争を
引き起こすおそれがないことを個別に審査することとしている(乙24の
1)。
ウ本件認可基準で定める運賃等認可の申請に対する処理手続等は,別紙2
記載のとおり(ただし,引用部分省略)である(乙24の1)。
(5)本件許可に至る経緯
ア参加人は,平成20年11月7日,本件局長に対し,運送法4条に基づ
き,札幌交通圏における一般乗用旅客自動車運送事業の許可を申請した
(以下「本件許可申請」という。)(甲1)。
イ参加人は,平成21年1月29日,本件許可申請について,事業計画等
の内容を一部変更する追加申請書(以下「本件追加申請書」という。)を
提出した。
ウ本件局長は,本件許可申請について,平成21年3月27日,参加人に
対し,次の条件を付して本件許可をした。
①運輸開始の期間は,許可の日から1年以内に行うこと。
②運輸開始までに社会保険等(健康保険,厚生年金,労働者災害保険及
び雇用保険)加入義務者が社会保険等に加入すること。
③運輸開始の状況に関する評価,経営の見通し及び運転者の労働条件に
関する方針の達成状況並びに関係指標の実績などを記載した書類を運
輸開始から6か月経過後に提出すること。
(6)本件認可に至る経緯
ア参加人は,平成24年2月28日,本件局長に対し,運送法9条の3に
基づき,別紙3一般乗用旅客自動車運送事業運賃料金表(札幌A地区)記
載のとおりの一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可を申請
した(以下「本件認可申請」という。)。なお,本件認可申請の運賃等は,
-10-
自動認可運賃を下回るものであった。
イ本件局長は,本件認可申請について,平成24年6月22日,参加人に
対し,次の条件を付して本件認可をした(丙16)。
①この運賃及び料金の実施期間は,平成24年6月27日から平成25
年6月26日までの1年間とする。
ただし,本認可内容に違反した場合,運送法等関係法令違反により車
両停止以上の行政処分を受けた場合には,認可を取り消す場合がある。
②運転者の労働条件に係る法令の遵守を徹底するとともに,その著しい
低下につながらないよう配慮すること。
③別紙様式(省略)による輸送実績等について,実施期間において運送
法94条1項及び旅客自動車運送事業等報告規則3条に基づき歴月ご
とにとりまとめ,翌月の25日までに当局あてに提出すること。
(7)札幌交通圏のタクシー事業に関する状況等
ア札幌交通圏は,本件各処分当時,本件局長により,運送法8条1項所定
の緊急調整地域の指定に至る事態を未然に防止するための運用上の措置
として,以下の「特別監視地域」及び「特定特別監視地域」に指定されて
いた(甲6,7,乙4)。
①「特別監視地域」とは,供給過剰の兆候にある地域で,重点的な監査
や行政処分の厳格化等の措置を講じるものとされている。
②「特定特別監視地域」とは,「特別監視地域」のうち,タクシーの供
給拡大により運転者の労働条件の悪化を招く懸念が大きな地域で,運転
者の労働条件の悪化や不適切な事業運営の下で行われる供給の拡大に
ついて,事業者の慎重な判断を促すための試行的措置を講じるものとさ
れている。
イ本件局長は,平成20年度の特定特別監視地域等の指定に伴い,著しい
供給過剰を未然に防止するため次の施策等を公示した(平成20年7月1
-11-
1日付け北海道運輸局公示第44号による平成19年11月20日付け
北海道運輸局公示第57号の一部改正。以下「20年公示」という。)(甲
7)。
①特定特別監視地域に存するタクシー事業者を会員とする事業者の団
体にタクシー事業構造改善計画を作成させ,最寄りの運輸支局に提出さ
せる。
②増車に関する措置
a増車実施の際の労働条件等に関する報告制度
b増車届出事業者に対する事前監査制度
c基準車両数内の増車に対する監査の特例
d一定規模以上の減車に対する監査の特例
③新規参入に関する措置
a新規許可事業者に対する労働条件等に関する報告制度
b新規参入に係る最低車両数基準の引き上げ
c社会保険等未加入事業者に対する処分等
d新規許可前の現地確認
ウ原告協会は,20年公示を受け,平成20年9月29日,北海道運輸局
札幌運輸支局に,「札幌交通圏タクシー事業構造改善計画について」(甲
10)を提出した。
エ札幌交通圏は,平成21年10月1日,特定地域特措法の施行に伴い,
特定地域特措法3条1項所定の特定地域として指定された。
(8)本件の訴え等についての経緯
ア原告らは,当裁判所に,平成21年2月19日,被告に対し,①本件局
長による参加人への一般乗用旅客自動車運送事業の許可の差止め及び②
一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可の差止めを求める訴
えを提起した。
-12-
イ原告らは,平成21年4月7日,前記アの各訴えを,③本件許可の取消
し(前記第1,1)及び④本件局長が参加人に対し平成21年3月27日
付けでした一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可の取消し
を求める訴えに,交換的に変更した。
ウ当裁判所は,平成23年6月21日,行政事件訴訟法22条1項により
職権で参加人を本件訴訟に参加させる旨の決定をした。
エ原告らは,平成23年9月6日,前記イ④の訴えを,⑤本件局長が参加
人に対し平成23年6月24日付けでした一般乗用旅客自動車運送事業
の運賃及び料金の認可の取消しを求める訴えに,交換的に変更した。
オ原告らは,平成24年7月12日,前記エ⑤の訴えを,⑥本件認可の取
消しを求める訴え(前記第1,2)に,交換的に変更した。
3主たる争点並びに当事者及び参加人の主張
(1)主たる争点
①本件許可取消しの訴えの原告適格(原告らが本件許可の取消しを求める
につき法律上の利益を有するか)
②本件認可取消しの訴えの原告適格(原告らが本件認可の取消しを求める
につき法律上の利益を有するか)
③本件許可の適法性
④本件認可の適法性
(2)争点①(本件許可取消しの訴えの原告適格)について
ア原告ら
(ア)本件許可の根拠である運送法4条が,貨物運送に比し,旅客運送事業
に関して厳しい許可基準を課したのは,輸送力の安定的な確保及び安全
性の確保の必要性からである。運送法8条は,特定の地域において,タ
クシー事業が著しい供給過剰になり,輸送の安全及び旅客の利便を確保
することが困難となるおそれがあると認められるときには,当該特定地
-13-
域を緊急調整地域として指定することができるとし,緊急調整地域に指
定された場合には,新規参入や既存事業者の増車を禁止する旨定めてい
るもので,運送法8条は,既存事業者の被る業務上の支障について,特
に輸送の安全に及ぼす影響が大きいものとして,その支障が著しいもの
である場合に,事業許可(新規参入)を禁止し,既存事業者の業務を保
護する趣旨を含む規定と解することができる。運送法8条所定の措置に
よって運送法が保護しようとする輸送の安全は,究極的にはタクシー利
用者等一般市民の安全であるが,供給輸送力の増加によって過当競争が
進み,輸送の安全が害された場合,必然的にタクシー利用者の安全が害
され,その結果,タクシー事業者全般に対する国民の信頼を失墜させる
ことになるから,既存事業者が被る業務上の支障については,特に国民
の生活に及ぼす影響が大きいものとして,その支障が著しいときには,
既存事業者の業務を保護する規定と解することが相当である。
そして,札幌交通圏は,緊急調整地域の指定に至る事態を未然に防止
するために,供給過剰の兆候のある地域として特別監視地域に指定され,
さらに,特別監視地域のうち,供給過剰により運転者の労働条件の悪化
をまねく懸念がある地域として特定特別監視地域に指定されており,原
告協会の主導のもと,原告事業者らは,労働条件等に関する計画の提出,
増車前監査,増車見合わせ勧告を受けるなどの行政上の措置を講じられ
ることを余儀なくされ,自主的に減車に取り組んでいる。それにもかか
わらず,札幌交通圏へ,参加人が参入すれば,いたずらに供給過剰を増
進させ,原告事業者らの営業権が必然的に侵害されるおそれがある。
以上によれば,運送法4条所定の事業許可は,輸送の安全が阻害され,
それが著しいものである場合には,当該タクシー事業者の業務を禁止し,
既存事業者の行う業務を保護する趣旨も含む規定というべきである。
また,運送法6条は,許可基準として,「当該事業の計画が輸送の安
-14-
全を確保するため適切なものであること。」(1号)を定めているが,
乗務員の労働条件は,運行の安全確保,ひいては道路運送利用者の利益
利便に直結するものであり,本件許可基準でも,「適切な乗務割,労働
時間,給与体系を前提としたものであって,労働関係法令の規定に抵触
しないものであること」を定めており,運送法は,労働条件を事業許可
において考慮されるべき利益としている。そして,ある事業者にとって,
その労働条件が「適切な乗務割,労働時間,給与体系」か否かは,同業
他社との比較の視点から考慮されるものであるから,ある事業者の労働
条件が「適切な乗務割,労働時間,給与体系」か否かの判断は,同業他
社にとっても重大な影響を及ぼし得るものである。また,労働条件は,
使用者と労働者が協議の上決定するものであるところ,労働基準法に違
反する労働条件の下での低額運賃による顧客吸引力は,同業他社の労働
者への波及効果が甚大であり,労働基準法を守っている同業他社にとっ
ても看過できるものではないから,事業許可について,同業他社に処分
の違法性を主張させるべきである。
したがって,原告事業者らは本件許可の取消しを求めるにつき法律上
の利益を有する。
(イ)運送法1条が引用する貨物事業法は,1条で,その目的として,貨物
自動車運送事業の運営を適正かつ合理的なものとするとともに,貨物自
動車運送に関するこの法律及びこの法律に基づく措置の遵守等を図る
ための民間団体等による自主的な活動を促進することにより,輸送の安
全を確保する旨規定しており,札幌交通圏におけるタクシー事業の場合,
かかる「民間団体」とは,原告協会のほかにない。
また,タクシー特措法は,運送法と目的を共通にする関係法令であり,
原告協会は,タクシー特措法34条1項所定の適正化事業実施機関とし
て,同項各号所定の業務を行わなければならず,札幌交通圏内のタクシ
-15-
ー事業者やタクシー運転者に労働基準法や運送法に違反する事実があ
った場合,違反したタクシー事業者やタクシー運転者に対する指導等適
正化に資する措置を講じなければならない。原告協会のこのような措置
を講ずべきことを免れるという利益を,一般的公益の中に吸収解消させ
ることは困難である。
また,原告協会は,札幌交通圏内のタクシー事業者の利益を保護する
団体であり,本件局長から指導勧告を受ける名宛人で,本件局長による
20年公示に従い,特定特別監視地域に存するタクシー事業者を会員と
する団体として,「札幌交通圏タクシー事業構造改善計画について」
(甲10)の提出を余儀なくされている。
したがって,運送法及びタクシー特措法の趣旨目的を参酌すれば,事
業許可について,原告協会の個別的利益を保護すべきものとする趣旨を
含んでいるというべきであり,原告協会も本件許可の取消しを求めるに
つき法律上の利益を有する。
(ウ)以上のとおり,原告らは,いずれも本件許可の取消しを求める訴えの
原告適格がある。
イ被告及び参加人
(ア)運送法4条1項及び6条の趣旨及び目的は,一般乗用旅客自動車運送
事業の利用者の安全あるいは利便を保護するものであるから,既存のタ
クシー事業者の利益を個別的利益としても保護すべきものとする趣旨
を含むと解することはできない。
そして,運送法は,平成12年5月26日法律第86号による改正(以
下「12年改正」という。)によって,いわゆる需給調整規制が廃止さ
れ,その後復活していないのであるし,事業者間において自由なサービ
ス競争が行われ,その結果,利用者の利便が増進されることを目的とし
ているのであるから,運送法の目的規定を根拠として,競業者の営業権
-16-
(既得権)が,個々のタクシー事業者の個別的利益として保護されてい
るということはできない。
原告らは,運送法8条が緊急調整措置を規定していることなどを理由
に,既存事業者の保護が運送法の趣旨に含まれるなどと主張するが,札
幌交通圏は,緊急調整地域に指定されていないのであるから,本件許可
の取消しの訴えについての原告適格を判断するに際し,運送法8条を考
慮要素に含めることはできない。
また,運送法及び原告らが指摘する関係法令については,いずれも目
的に関する規定(各1条)から,公共の利益を図ることを目的とするも
のであることが明らかであり,これらの法令に,事業許可(運送法4条)
に当たって,タクシー事業者及びその組織する団体の個別的利益を特に
保護する趣旨を含む規定は一切存しない。
そして,原告協会がタクシー特措法34条1項所定の適正化事業実施
機関であるとしても,その個別的利益を特に保護する趣旨の法令の規定
はない。
(イ)原告らが主張する原告らの利益は,これを保護する趣旨の法令の規定
が存在しない以上,いずれも単なる事実上の利益にすぎない。
原告事業者らが主張する営業上の利益は,これ以上他社が参入しない
状況で引き続き営業ができる権利ないし利益とでもいうべきものであ
り,需給調整規制が存在せず,許可要件の充足により新規参入が認めら
れるタクシー事業においては,上記の既得権益のような利益は,運送法
上,個々のタクシー事業者の個別的利益として保護されているものでは
ない。
さらに,原告協会が主張する利益は,その内容自体も,個別的利益と
して保護されているとする理由も不明であり,運送法が,原告協会の利
益を団体の個別的利益として保護していると解する根拠は一切ない上,
-17-
原告協会は,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和2
2年法律第54号)2条2項所定の事業者団体であり,原告協会の主張
は,札幌交通圏の既存事業者の既得権益を保護するため,新規参入を阻
止して一定の事業分野における将来の事業者数を制限しようとするも
のであるから,同法8条3号によって禁止されるべきものである。
(ウ)したがって,原告らは,いずれも本件許可の取消しを求めるにつき法
律上の利益を有しておらず,本件許可の取消しを求める訴えの原告適格
がない。
(3)争点②(本件認可取消しの訴えの原告適格)について
ア原告ら
(ア)運送法9条の3第2項3号は,運賃等認可の基準として,「他の一般
旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるお
それがないものであること」を定めている。その趣旨及び目的は,タク
シー事業においては人件費がコストの大半を占め,運転者の賃金が基本
的に歩合給であることから,過度の運賃の値下げ競争が起こった場合に
は,過労運転が常態化し,輸送の安全の確保が困難になるおそれがある
し,タクシー事業の運賃の設定及び変更を事業者の自由に委ねると,事
業者がその経営努力の範囲を超えて原価を著しく下回るような採算割
れの運賃を継続して,競業他社が排除されるような事態が生じ得ること
から,このような事態を防止することにある。
そうすると,運送法9条の3は,規定の文言のみならず,その趣旨及
び目的からしても,既存のタクシー事業者の利益保護を目的としている
ものというべきである。
そして,参加人は,Hグループに属するタクシー料金の不当な安値を
売り物とした会社であるため,参加人の初乗運賃(1.6㎞550円)
の認可は,既存事業者の健全な経営において,利用客の減少を招き,経
-18-
営に支障が出ることが避けられない。その結果,既存事業者は,対抗措
置として採算割れの運賃を設定することを余儀なくされ,タクシー業界
の不況とそれに伴う運転者の過酷な労働条件が社会問題となっている
現状からすると,既存事業者の侵害される利益の態様及び程度は,看過
できない程度に達している。
したがって,原告事業者らは,本件認可の取消しを求めるにつき法律
上の利益を有する。
(イ)運送法と目的を共通にする関係法令である特定地域特措法は,一般乗
用旅客自動車運送が地域公共交通として重要な役割を担っており,地域
の状況に応じて,地域における輸送需要に対応しつつ,地域公共交通と
しての機能を十分に発揮できるようにすることが重要であることにか
んがみ,運送法の特例を定めることにより,特定地域におけるタクシー
事業の適正化及び活性化を推進し,地域における交通の健全な発達に寄
与することを目的とする旨規定し(1条),特定地域特措法4条1項に
基づいて国土交通大臣が定めた基本方針(国土交通省告示第1036号。
以下「特定地域基本方針」という。)では,タクシー事業を巡っては,
長期的に輸送需要が低迷する中,車両数が増加するなどの影響もあり,
地域によっては収益基盤の悪化や運転者の労働条件の悪化等の問題が
生じ,タクシーが地域公共交通としての機能を十分に発揮することが困
難な状況となっており,こうした諸問題が発生している地域において,
タクシー事業者をはじめとする関係者が相互に連携協力を図りつつ,タ
クシーの地域公共交通としての機能を十分に発揮できるようにするた
めの取組を推進していくことは,極めて大きな意義があるとされている
(甲42)。
そして,特定地域特措法制定の立法理由は,平成14年に運送法が改
正され,免許制であったタクシー事業が許可制とされたことで,タクシ
-19-
ー業界が混乱し,タクシー事業の収益基盤が悪化した結果,不適正な事
業運営が横行し,事故発生件数の増加という国民の生命,身体に係る重
大な結果が生じている事実にある。
上記のような特定地域特措法の文言及び立法の経緯に照らせば,特定
地域特措法の趣旨及び目的は,供給過剰となったタクシー事業者の過当
な競争を抑制して,共倒れを防ぎ,事故の発生により国民の生命等に重
大な結果が生じることを回避することにあり,タクシー事業者の具体的
利益は,一般的公益の中に吸収解消させることは困難であり,上記特定
地域基本方針も考慮すれば,特定地域特措法は,個々のタクシー事業者
の個別的利益を保護べきものとする趣旨を含んでいるというべきであ
る。
(ウ)原告協会は,札幌交通圏のタクシー事業者の利益を保護する団体であ
り,前記(2)ア(イ)のとおり,原告協会は,タクシー特措法34条
1項所定の適正化事業実施機関であって,タクシー事業の適正化はその
事業の本質に関わるものであることからすると,原告協会の利益も法令
で保護されている利益に含まれているというべきであり,原告協会の被
侵害利益は,事業活動の自由である。
運送法9条の3の趣旨及び目的は,タクシー事業者が採算割れの運賃
を継続して競業他社が排除されることを防ごうというもので,健全なタ
クシー業界の確保にあるといえる。参加人の運賃設定には,明らかに採
算を無視した不合理な点があり,参加人が参入すれば,競業他社も対抗
措置として採算割れの運賃を設定することを余儀なくされる結果,健全
なタクシー業界の確保は阻害される。また,タクシー事業者に何らかの
不手際があった場合,本件局長はタクシー業界に是正勧告し,原告協会
は,その都度協議したり,改善計画書を作成したり,会員に周知徹底す
る措置を執らざるを得ない立場にある。参加人が参入することによって,
-20-
原告協会が被る不利益の内容及びその程度は受忍すべき範囲を超えて
いる。
また,特定地域特措法8条は,特定地域において,タクシー事業の適
正化及び活性化の推進に関し必要な協議を行うための適正化等推進協
議会を組織できるものとし,特定地域基本方針は,タクシー事業者のほ
か,タクシー事業者の組織する団体を適正化等推進協議会の構成員とし
ているから,タクシー事業者の組織する団体の利益を一般的公益の中に
吸収解消させることはできず,個別的利益として保護すべきものとする
趣旨を含んでいるというべきであり,原告協会は,上記タクシー事業者
の組織する団体である。
したがって,原告協会の利益は,個別的利益として保護されているも
ので,原告協会は,本件認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有
する。
(エ)以上のとおり,原告らは,いずれも本件許可の取消しを求める訴えの
原告適格がある。
イ被告及び参加人
(ア)運送法9条の3で一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金を定め
又は変更する際に国土交通大臣等の認可が必要とされるのは,一般乗用
旅客自動車運送事業が高度の公共性を有しているため,その運賃及び料
金が一般公衆に与える影響も重大であって,これを自由に放任すること
ができないからである。また,タクシーの運賃等は,基本的に距離制運
賃とされ,降車の際に初めてその金額が確定するものであることから,
利用者にとって分かりやすいものとする必要がある。すなわち,運送法
9条の3の趣旨は,利用者の安全を確保し,利用者の利益を保護すると
ころにある。
そして,運送法9条の3第2項1号の要件は,事業者の自主性や創意
-21-
工夫が尊重され,上限価格の範囲内において弾力的な運賃設定が可能と
なるようにしたいわゆる上限価格の基準であるが,利用者は,一般道を
通行中のタクシーや駅,宿泊施設等で客待ちしているタクシーを特段の
選択の余地なく利用せざるを得ない状況にあり,タクシー事業者が,こ
のような優位な立場を悪用して高額な運賃等の設定を行う可能性があ
るため,利用者保護の観点から設けられたものである。同項2号の要件
は,タクシー運賃を設定する場合に,思想・信条等によって異なる運賃
を適用するなど,特定の利用者に対してのみ著しく異なる取扱いをする
ことのない,公平かつ公正な運送サービスの提供が求められるためであ
る。同項3号の要件について,「他の一般旅客自動車運送事業者との間
に不当な競争を引き起こすおそれ」がある場合とは,事業者の経営努力
の範囲を超えて原価を著しく下回るような採算割れの運賃を継続して,
競業他社を排除するような場合をいい,企業の合理化など経営努力によ
る低運賃ではない,殊更競業他社を排除するような運賃等の設定が,事
業者間の適正な競争を困難にすることから,これを防止し,事業者間の
競争を促進することによって利用者の利益保護及び道路運送の総合的
な発達を図り,公共の福祉を増進するという運送法の目的を実現するた
めである。同項4号の要件は,タクシーの運賃は,基本的に距離制運賃
(時間距離併用制を含む。)で,乗車距離に応じた運賃額が適用され,
初乗運賃が低廉でもその後の加算運賃により不当に高くなるおそれが
あり,降車の際に初めてその額が確定することから,利用者にとって分
かりやすいものとする必要があるためである。
原告らは,運送法9条の3第2項の規定が,既存のタクシー事業者の
利益の保護を目的としている旨主張するが,上記のとおり,そのような
趣旨は含まれていない。同項3号にいう「一般旅客自動車運送事業者」
とは,タクシー事業者のみを指すのではなく,路線バス事業者や貸切バ
-22-
ス事業者を含むものであり,タクシー事業者間の不当な競争を個別に取
り出し,それが引き起こされないことを要件としているものではない。
また,同項3号が運賃の下限を規制し,事業者間において不当な競争が
生じることを防止しているのは,原価を割るような著しく低い運賃は,
輸送の安全に必要な経費が削られている場合が多く,そのためタクシー
による交通事故が多発するなどして輸送の安全が阻害され,利用者の利
益を損なう事態が生じるからであり,同号は,輸送の安全を確保し,利
用者の利益を保護するといった公益の保護を目的とするものであって,
競業他社の営業権の保護を目的とした規定ではない。
運送法89条1項2号及び運送法施行規則56条は,運賃等認可にあ
たって,競争関係にある者に対する意見聴取の手続を定めているが,そ
の趣旨は,意見聴取を通じて競争関係にある者の個別的利益を保護する
ものではなく,運賃等認可にあたり,当該交通圏の状況に照らして,運
送法9条の3第2項3号の要件の充足を検討する限りにおいて,競争関
係者の意見を聴取するにすぎないものである。
タクシー事業者及びその組織する団体が,特定地域特措法8条所定の
適正化等推進協議会の構成員とされていること,原告協会がタクシー特
措法34条1項所定の適正化事業実施機関であることなどは,運送法9
条の3第1項の運賃等認可をするに当たって,上記構成員や適正化事業
実施機関の個別的利益を,それ以外の者と区別して特に保護する趣旨の
法令の規定がない以上,原告らの原告適格を根拠付けるものではない。
そして,原告らが指摘する関係法令である特定地域特措法及び貨物事
業法は,いずれも公共の利益を図ることを目的とするもので,運送法9
条の3第1項の運賃等認可をするに当たってタクシー事業者やその組
織する団体の個別的利益を特に保護する趣旨を含む規定は一切存在し
ないから,原告らの原告適格を基礎付けるものではない。
-23-
(イ)原告らが主張する原告らの利益は,これを保護する趣旨の法令の規定
が存在しない以上,いずれも単なる事実上の利益にすぎない。
原告らの主張は,既存のタクシー事業者より運賃が安い参加人の進出
によって,既存のタクシー事業者の健全な経営が損なわれるというもの
であるが,運送法は,事業者間のサービス競争を促すことで,利用者の
利便の増進を図ることを目的の一つとしているのであるから,運送法が,
参加人が進出する前の事業環境において引き続きタクシー事業ができ
る権利や利益を,個々のタクシー事業者の個別的利益として保護してい
るわけはない。
(ウ)したがって,原告らは,いずれも本件認可の取消しを求めるにつき法
律上の利益を有しておらず,本件許可の取消しを求める訴えの原告適格
がない。
(4)争点③(本件許可の適法性)について
ア被告及び参加人
(ア)本件局長は,参加人による本件許可申請を受け,本件許可基準に従い,
参加人から提出された書類を精査したほか,参加人に対するヒアリング
を実施し,さらに必要書類の提出を求めるなどして,運送法6条各号所
定の要件を審査した(以下「本件許可要件審査」という。)が,この間
に,参加人から本件追加申請書が提出された。
本件許可申請は,本件許可基準及び運送法6条各号所定の要件を満た
していたため,本件局長は,平成21年3月27日,本件許可をしたの
であって,本件許可は,適法に行われている。
(イ)原告らは,原告らがIシステムと呼ぶ「給与=総収入―(固定経費+
変動経費)+諸手当」とする給与体系を参加人が採用しており,労働関
係法令の規定に抵触し,名義貸しに該当するなどと主張するが,そのよ
うな事実はなく,参加人は,乗務員に労働条件を明示しているし,本件
-24-
許可要件審査においても,原告らが主張する事実は認められなかった。
したがって,本件許可に取り消されるべき違法はない。
イ原告ら
(ア)参加人は,最低賃金違反となることは避けているものの,給与計算制
度として,「給与=売上―経費」となるIシステムを用いており,利益
配分による給与調整で基本給も維持されない場合があり,乗務員に固定
経費として車両のリース料,保険料,租税公課,社会保険料の会社負担
分等を負担させ,変動経費として,燃料費,オイル費,制服代等を負担
させるもので,参加人の給与体系は,労働基準法24条1項所定の全額
払の原則に違反しているし,乗務員をあたかも個人事業主として扱って
いるもので,名義貸しにほかならないから,運送法33条にも違反して
いる。
参加人は,乗務員に業績手当を支給しているが,業績手当は,「業績
手当支給原資-基本給-基準外手当-諸手当」とされ,この「業績手当
支給原資」は,「売上-固定経費-変動経費」であるが,乗務員に対し,
この「固定経費」及び「変動経費」の内容や業績手当支給原資がマイナ
スとなった場合翌月以降に累積されることを説明していない。また,参
加人は,乗務員との労働契約締結時に,賃金について,売上を上げれば
上げるほど上がるとか,最低支給としての基本給はあるなどと大雑把に
説明するだけで,売上の増加に応じてどのように賃金が上がるのか,基
本給は毎月定額なのか時給なのか,時給なら時間単価はいくらかなど,
全く説明していない。このように,参加人は,労働基準法15条1項所
定の労働条件明示義務に違反している。
(イ)以上のとおり,参加人の給与体系は,本件許可基準の「適切な乗務割,
労働時間,給与体系を前提としたものであって,労働関係法令の規定に
抵触しないものであること。」との要件を満たしていない。
-25-
そして,参加人の給与体系は,乗務員の労働条件に直結しており,極
めて劣悪な労働条件を乗務員に課すもので,乗務員の加重労働環境を招
いて運転にも支障が生じ,運行の安全という極めて重要な法益を毀損し
かねないものであるから,運送法6条1号の「当該事業の計画が輸送の
安全を確保するため適切なものであること」との要件を満たしていない
ことが明らかである。
(ウ)本件許可要件審査において,本件局長が参加人から提出を受けた賃金
規定等では,賃金である業績手当の決定,計算方法が一切明らかにされ
ていないのであるし,本件許可前に,原告らが本件の変更前の訴えを提
起して,参加人が違法な賃金体系であるIシステムを採用するであろう
ことを主張し,指摘していたのであるから,本件局長は,労働条件明示
義務違反の有無等を精査すべきであった。それにもかかわらず,本件局
長は,これを行っていないもので,参加人の違反を見過ごして行った本
件許可には,裁量権の範囲の逸脱,濫用がある。
したがって,本件局長の参加人に対する本件許可は,明白な裁量権の
範囲の逸脱,濫用があるから,違法であって,取り消されるべきである。
(5)争点④(本件認可の適法性)について
ア被告及び参加人
(ア)本件局長は,参加人による本件認可申請を受け,本件認可基準に従い,
参加人から提出された書類に基づく審査を行い,参加人の収支について,
別紙4J(株)査定原価計算及び収支見込み記載のとおり査定した(以
下「本件査定」という。)。
本件局長は,本件査定により,参加人の平年度の収支率が100%を
上回り,参加人の申請運賃等によっても採算割れは起きず,収支を償う
ものと認められ,その他運送法9条の3第2項の基準に適合しているこ
とが確認できたため,本件認可をしたもので,本件認可は,適法に行わ
-26-
れている。
(イ)本件認可申請について,参加人が,原告らの主張する乗務員の労働時
間を過少申告するなどした事実はない。
したがって,本件認可に取り消されるべき違法はない。
イ原告ら
(ア)参加人は,給与体系として「売上―経費=支払給与」というIシステ
ムを採用しているが,最低賃金による時給及び賃金規定上の諸手当を最
低支給額として確保するために,乗務員の労働時間を過少に算定し,時
給方式である基本給及び時間外手当等を不法に削減している。
そして,参加人の賃金体系における基本給は時給制であるから,乗務
員の労働時間の過少算定は,給与の削減に直結し,参加人の収支に影響
を及ぼす。
(イ)以上のとおり,本件局長の参加人に対する本件認可は,参加人の申請
運賃等が収支を償わないものであったのに,過少に申告された人件費を
もとに行われたものであるから,本来認可を受けるべきではなかったに
もかかわらず,認可を受けたという点で違法であり,取り消されるべき
である。
第3当裁判所の判断
1取消訴訟の原告適格について
まず,本件では,原告らの原告適格が争点となっているところ,前記前提事
実のとおり,原告事業者らは,本件許可前から札幌交通圏でタクシー事業を営
んでいる者であり,原告協会は,札幌交通圏内のタクシー事業者を構成員とし,
タクシー事業の健全な発展を図ること等を目的とする団体であり,本件各処分
の相手方ではない。
行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するところ,同条
1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,
-27-
当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必
然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規
が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとど
めず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとす
る趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護さ
れた利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるお
それのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべ
きである。そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利
益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言の
みによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮され
るべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び
目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があると
きはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当た
っては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されること
となる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべ
きものである(同条2項)。(最高裁判所平成17年12月7日大法廷判決・
民集59巻10号2645頁参照)
以下,上記の見地から,処分の相手方ではない原告らが,本件各処分の取消
しを求める訴えの原告適格を有するか否かについて検討する。
2争点①(本件許可取消しの訴えの原告適格)について
(1)12年改正前の運送法は,運送法の目的について,「道路運送事業の適正
な運営及び公正な競争を確保するとともに,道路運送に関する秩序を確立す
ることにより,道路運送の総合的な発達を図り,もって公共の福祉を増進す
ることを目的とする」(1条)と規定した上,一般乗用旅客自動車運送事業
における需要と供給の均衡を図るため,一般乗用旅客自動車運送事業の経営
について免許制を採用し(4条),免許の基準として,当該事業の開始が輸
-28-
送需要に対し適切なものであること,当該事業の開始によって当該路線又は
事業区域に係る供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡とならないものであ
ることを要求するいわゆる需給調整規制を定めていた(6条1項1,2号)。
そして,運送法施行規則でも,免許申請書に,推定による一年間の取扱旅客
の種類及び運輸数量並びにその算出の基礎を記載した書面を添付すべきも
のとしていた(4条2項5号)。
ところが,12年改正では,運送法の目的について,「道路運送事業の運
営を適正かつ合理的なものとすることにより,道路運送の利用者の利益を保
護するとともに,道路運送の総合的な発達を図り,もって公共の福祉を増進
することを目的とする」(1条)と規定した上,一般乗用旅客自動車運送事
業の経営について許可制を採用し(4条1項),上記のような需給調整規制
を廃止した(6条)。
さらに,運送法の目的については,平成18年3月31日法律第19号及
び同年5月19日法律第40号による改正(以下,併せて「18年改正」と
いう。)によって,「道路運送事業の運営を適正かつ合理的なものとし,並
びに道路運送の分野における利用者の需要の多様化及び高度化に的確に対
応したサービスの円滑かつ確実な提供を促進することにより,輸送の安全を
確保し,道路運送の利用者の利益の保護及びその利便の増進を図るとともに,
道路運送の総合的な発達を図り,もって公共の福祉を増進することを目的と
する」とされた。
(2)運送法の目的を定めた規定(1条)については,前記(1)のとおり,1
2年改正前の運送法では,公正な競争の確保や道路運送に関する秩序の確立
が掲げられていたのに対し,12年改正後の運送法では,新たに利用者の利
益の保護と道路運送事業の運営を合理的なものとすることが規定されると
ともに,上記の公正な競争の確保及び道路運送に関する秩序といった点が除
外され,18年改正では,さらに,輸送の安全の確保及び利用者の利便の増
-29-
進が追加され,手段として利用者の需要の多様化及び高度化に的確に対応し
たサービスの円滑かつ確実な提供を促進することが追加されている。すなわ
ち,運送法は,12年改正及び18年改正によって,輸送の安全確保ととも
に利用者の利益保護及び利便の増進を目的として掲げ,そのために需要の多
様化及び高度化に対応したサービスの提供を促進することとして,事業者間
の競争により,多様なサービスが提供され,利用者の利益が図られるように
したもので,事業者の利益の保護は,目的ではなく,目的実現のために常に
必要とされるものでもないことを明らかにしているというべきである。
そして,前記(1)のとおり,タクシー事業への新規参入について,12
年改正前の運送法は,タクシー事業を免許制とした上,タクシー事業におけ
る需要と供給の均衡を図るために,供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡と
ならないことを免許基準とする需給調整規制により,既存のタクシー事業者
を保護していたのに対し,12年改正後の運送法は,タクシー事業を許可制
とした上,事業許可の基準としても,上記のような需給調整規制を廃止した
のである。
そうすると,運送法の目的規定(1条)の中に,12年改正前と同様に道
路運送事業の運営を適正なものとすることが掲げられており,輸送の安全確
保,利用者の利益の保護や利便の増進,道路運送の総合的な発達といった目
的のために,道路運送事業者の事業が健全であることが必要であるとしても,
タクシー事業の許可については,運送法が,個々のタクシー事業者の営業に
関する利益を,一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず個別的利益とし
て保護していると解することはできない。
なお,原告らは,運送法4条が許可制を採用した趣旨について,輸送力の
安定的な確保が含まれており,原告らが事業許可について法律上の利益を有
する旨主張するが,上記のとおり,12年改正後の運送法においては,事業
者が新規参入するための要件として,供給輸送力が輸送需要量に対して不均
-30-
衡でないことなどは規定されていないのであるから,上記原告らの主張は理
由がない。
また,運送法1条が目的を共通にする関係法令として掲げる貨物事業法に
おいても,事業者の営業に関する利益の保護を,貨物事業法の目的等として
一般的に定めたり,事業許可について定めたりしていると解すべき規定はな
いのであって,貨物事業法の趣旨,目的等を参酌しても,運送法が,事業許
可について,個々のタクシー事業者の営業に関する利益を,個別的利益とし
て保護していると解することはできない。
(3)ところで,運送法8条は,国土交通大臣は,特定の地域においてタクシー
事業の供給輸送力が輸送需要量に対し著しく過剰となっている場合であっ
て,当該供給輸送力が更に増加することにより,輸送の安全及び旅客の利便
を確保することが困難となるおそれがあると認めるときは,当該特定の地域
を,期間を定めて緊急調整地域として指定することができ,タクシー事業の
許可申請が,緊急調整地域の全部又は一部を含む区域を営業区域とするもの
であるときは,許可をしてはならない旨規定する。
これは,特定の地域においてタクシー事業の供給輸送力が輸送需要量に対
し著しく過剰となっていて,当該供給輸送力が更に増加すれば,輸送の安全
及び旅客の利便を確保することが困難となるおそれがある場合,輸送の安全
及び旅客の利便の確保という目的のために,その地域のタクシー事業への新
規参入を認めないこととし,その限度では,既存のタクシー事業者の利益を
保護しているものといえる。しかし,前記(2)で検討した運送法の目的や
事業許可についての規定の趣旨等からして,これは,特定の地域が緊急調整
地域として指定された場合についていえるもので,指定がない状態で,一般
的に既存のタクシー事業者の利益を保護する趣旨を含んでいると解するこ
とはできない。また,前記前提事実のとおり,札幌交通圏が,運送法8条1
項所定の緊急調整地域の指定に至る事態を未然に防止するため,供給過剰の
-31-
兆候にある地域について,重点的な監査や行政処分の厳格化等の措置を講じ
るものとされた特別監視地域に指定され,さらに,特別監視地域のうち供給
過剰により運転者の労働条件の悪化を招く懸念がある地域として特定特別
監視地域に指定されているとしても,緊急調整地域として指定されていない
以上,これによって運送法の趣旨等が変更されるものではないというべきで
ある。
したがって,原告事業者らは,本件許可について,法律上保護された利益
を有するとは認められない。
(4)そして,前記(1)ないし(3)のとおり,事業許可について,運送法が,
タクシー事業者の営業に関する利益を,個別的利益として保護していると解
することはできないのであるし,札幌交通圏のタクシー事業の適正な運営等
を目的とした事業者団体である原告協会が,タクシー特措法34条1項所定
の適正化事業実施機関であったり,札幌交通圏内のタクシー事業者の利益を
保護する団体で,本件局長から指導勧告を受ける名宛人であったりしたとし
ても,運送法が,事業許可について,原告協会のような事業者団体の利益を
個別的利益として保護していると解すべき根拠はないのであり,事業許可に
ついて,原告協会が主張する事業活動の自由などといった利益は,専ら一般
的公益の中に吸収解消される利益にすぎないというべきである。
したがって,原告協会は,本件許可について,法律上保護された利益を有
するとは認められない。
(5)以上のとおり,原告らは,本件許可の取消しを求めるにつき,法律上の利
益を有するとは認められないから,本件許可の取消しを求める訴えの原告適
格がないというべきである。
3争点②(本件認可取消しの訴えの原告適格)について
(1)まず,運送法は,12年改正及び18年改正によって,輸送の安全確保と
ともに利用者の利益保護及び利便の増進を目的として掲げ,需要の多様化及
-32-
び高度化に対応したサービスの円滑かつ確実な提供を促進することとして,
事業者間の競争により,多様なサービスが提供され,利用者の利益が図られ
るようにしており,事業者の利益の保護は,運送法の目的とされておらず,
目的実現のために常に必要とされるものともされていないことは,前記2
(2)のとおりである。
次に,タクシー事業者の運賃等認可に関する運送法及び特定地域特措法の
規定について検討する。
運送法9条の3第1項は,一般乗用旅客自動車運送事業者が旅客の運賃及
び料金を定め又はこれを変更しようとするときは,国土交通大臣の認可を受
けなければならないとし,同条2項は,運賃等認可の基準として,①能率的
な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないもの
であること(1号),②特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするもので
ないこと(2号),③他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を
引き起こすこととなるおそれがないものであること(3号),④運賃及び料
金が対距離制による場合であって国土交通大臣がその算定の基礎となる距
離を定めたときはこれによるものであること(4号)を定めている。これに
ついて,運送法の目的(1条)を勘案すると,上記のような認可基準は,タ
クシー事業の公共性に鑑み一般公衆に与える影響が重大であることから設
けられたものであるが,上記③の要件(3号)は,タクシー事業者の合理的
な経営努力によるものではない採算割れの低額な運賃等が認可され,低額な
運賃等による事業者間の競争が行われると,安さを売り物にして,安全確保
に必要な経費が削減され,交通事故が増加するなど,運送法の目的である輸
送の安全の確保ができなくなり,利用者の利益の保護や利便の増進もはから
れなくなることから,このように不当な競争を引き起こすこととなる低額の
運賃等を認めない趣旨と解される。
また,運送法89条1項2号は,地方運輸局長は,タクシー事業者の運賃
-33-
等認可について,必要があると認めるときは,利害関係人又は参考人の出頭
を求めて意見を聴取することができる旨規定し,同条2項は,地方運輸局長
は,運賃等認可について利害関係人の申請があったときは,利害関係人又は
参考人の出頭を求めて意見を聴取しなければならない旨規定し,同条3項は,
上記各意見聴取に際しては,利害関係人に対し,証拠を提出する機会が与え
られなければならない旨規定し,運送法施行規則56条は,運賃等認可の申
請者と競争の関係にある者(2号)を,上記利害関係人として規定してお
り,申請者と同一交通圏のタクシー事業者は,これに該当する。
そして,不当な競争を引き起こすこととなる低額の運賃等が認可された場
合には,競争関係にあるタクシー事業者は,合理的な経営努力によってもこ
れに対抗することができず,安全確保に必要な経費を削減したり,運転者の
賃金を低く抑えたりして,関係法令に反する違法な営業をあえて行うか,タ
クシー事業から撤退するかの選択を余儀なくされるのであるから,運賃等認
可がその根拠法令に違反してされた場合に害されることとなる競争関係に
あるタクシー事業者の利益は,正当なものとして保護されるべきものである
し,これが害される態様及び程度は到底容認できないものである。
そうすると,運送法は,輸送の安全を確保し,道路運送の利用者の利益の
保護及び利便の増進を図る等の目的を達成するために,運賃等認可について
は,不当な競争を引き起こすこととなる低額の運賃等を認めず,競争関係に
ある事業者のこのような運賃等が認可されないという限度では,申請者と競
争関係にあるタクシー事業者の具体的な利益を保護しているものと認めら
れ,運送法は,このようなタクシー事業者の利益を専ら一般的公益の中に吸
収解消させるにとどめず,それが帰属する個々の事業者の個別的利益として
もこれを保護すべきものとしているというべきである。また,上記のとおり,
事業者の利益保護が運送法の目的ではなく,目的達成のために常に必要とさ
れるものでないとしても,運賃等認可については,輸送の安全確保等の一般
-34-
的公益を守るためにも,処分の適法性を的確に争うことができる者として,
競争関係にあるタクシー事業者に取消訴訟の原告適格を認めることが相当
といえる。
なお,被告及び参加人は,運送法9条の3第2項3号の趣旨は,企業の合
理化など経営努力による低運賃でない,殊更に競業他社を排除するような運
賃等の設定が,事業者間の適正な競争を困難にすることから,これを防止し,
事業者間の競争を促進することによって道路運送の利用者の利益保護及び
道路運送の総合的な発達を図り,公共の福祉を増進するという運送法の目的
を実現するためであり,公益の保護を目的とするもので,競争関係にあるタ
クシー事業者の利益の保護は含まれていないなどと主張する。
しかし,以上のとおり,運賃等認可については,上記の限度で競争関係に
あるタクシー事業者の利益が保護されているというべきであり,殊更に競業
他社を排除するような運賃等の設定に対しても運賃等認可の違法を主張す
る取消訴訟の提起が認められないとすべき理由はなく,被告及び参加人の上
記主張は失当である。
さらに,特定地域特措法附則5項は,運送法9条の3第2項1号の規定の
適用については,当分の間,「加えたものを超えないもの」とあるのは,「加
えたもの」とするとし,運賃等の下限についても制限しているが,運送法9
条の3第2項3号と同様にタクシー事業者に適正な利潤を確保させ,経営基
盤の悪化による安全確保に必要な経費の削減や運転者の労働条件の悪化等
を防ぐ趣旨と解され,この点からも上記の結論が支持されるのである。
したがって,原告事業者らは,本件認可について,法律上保護された利益
を有するものと認められる。
(2)原告協会は,タクシー事業者が組織する団体として,本件認可の取消しを
求める法律上の利益を有している旨主張する。
しかし,原告協会が,タクシー特措法34条1項所定の適正化事業実施機
-35-
関であったり,特定地域特措法8条所定の適正化等推進協議会の構成員であ
ったりしたとしても,前記(1)のような競争関係にあるタクシー事業者と
は異なり,不公正な競争となる低額の運賃等が認可されることによって,運
送法9条の3第2項3号の規定によって保護されるべき利益が害されるも
のではない。
また,原告協会は,不公正な競争となる低額の運賃等が認可されれば,健
全なタクシー業界の確保は阻害され,タクシー事業者に何らかの不手際があ
った場合,原告協会は,その都度協議したり,改善計画書を作成したり,会
員に周知徹底したりする措置を執らざるを得ない立場にあるから,事業活動
の自由が害され,原告協会が被る不利益の内容及び程度は受忍すべき範囲を
超えている旨主張する。
しかし,上記のような利益は,専ら一般的公益の中に吸収解消される利益
にすぎないというべきであり,運賃等認可について,以上に検討した運送法
の規定等が,原告協会のような事業者団体の利益を個別的利益としてこれを
保護すべきものとする趣旨を含んでいるとは解されないのであって,原告協
会は,本件認可について,法律上保護された利益を有するものとは認められ
ない。
(3)以上のとおり,本件認可の取消しを求める訴えについて,原告事業者らは,
法律上の利益を有するもので,原告適格を認めることができるが,原告協会
は,法律上の利益を有するものとはいえず,原告適格を認めることができな
い。
4争点④(本件認可の適法性)について
前記前提事実に証拠(乙24の1,26,丙16)及び弁論の全趣旨を総合
すると,本件局長は,参加人による本件認可申請について,参加人の申請した
運賃等が自動認可運賃を下回るものであったため,参加人から提出された書類
に基づき,参加人の収支について,別紙4J(株)査定原価計算及び収支見込
-36-
み記載のとおり本件査定を行い,本件査定によれば,参加人の平年度の収支率
が100%を上回り,参加人の申請運賃等によっても採算割れは起きず,収支
を償うものと認め,本件認可をするとともに,混乱が生じないよう万全の措置
を講じること等を指導したこと,本件査定は,本件認可基準に従い適法に行わ
れたこと,本件認可申請は運送法9条の3第2項所定の基準に適合するもので
あったことが認められる。
なお,原告事業者らは,参加人は,「売上―経費=支払給与」というIシス
テムを採用しており,最低賃金による時給及び賃金規定上の諸手当を最低支給
額として確保するために,乗務員の労働時間を過少に算定し,時給方式である
基本給及び時間外手当等を不法に削減しているもので,参加人の賃金体系にお
ける基本給は時給制であるから,労働時間の過少算定は,給与の削減に直結し
ており,本件認可は,参加人の申請運賃等が収支を償わないものであったにも
かかわらず,過少に申告された人件費を基に行われたもので,違法である旨主
張し,これに沿う記載がある参加人の乗務員であったK及びLの各陳述書(甲
45,46)を提出しており,K及びLの各証人尋問が行われ,いずれもこれ
と同趣旨の証言がされている。
しかし,上記各陳述書(甲45,46)の記載は,ほぼ同一の文章となって
いる上,K及びLの各証言によれば,労働時間の過少算定について客観的根拠
を有しているわけではないというのであるから,これらは直ちに採用すること
ができないものであり,さらに,Lの証言によれば,逆に給与計算上休憩時間
を減らし,労働時間を増やすために,休憩の途中でタクシーを動かす乗務員も
いたというのであるから,参加人が,本件認可申請に当たって,乗務員の労働
時間を過少に算定していたと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる
証拠はない。
したがって,原告事業者らの主張は理由がなく,上記のとおり本件認可は適
法に行われたものと認められる。
-37-
5結論
以上によれば,原告協会は本件各処分の取消しを求める訴えの原告適格がな
く,原告事業者らは本件許可の取消しを求める訴えの原告適格がなく,これら
の訴えをいずれも却下することとし,原告事業者らは本件認可の取消しを求め
る訴えの原告適格が認められるが,本件認可は適法に行われたと認められるの
で,原告事業者らの本件認可の取消しを求める請求は理由がなく,いずれも棄
却することとする。
よって,主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官長谷川恭弘
裁判官黒田真紀
裁判官戸畑賢太は,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官長谷川恭弘

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛