弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役1年8月に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
              理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成15年6月13日午後10時47分ころ,前照灯を点けずに普通
乗用自動車を運転して,兵庫県a市b町c番d号先神戸電鉄n駅北側踏切手前で踏
切遮断機がおりていたため一時停止中,交通指導取締りに従事していた兵庫県a警
察署地域課勤務の警察官A(当時22歳)から事情聴取を受けた際,その要請を無
視して自車を発進させ,同日午後10時50分ころ,同市e町f番g号先路上にお
いて,信号待ちのため停車中,追跡してきた交通指導取締りに従事中の同警察署自
動車警ら隊勤務の警察官B(当時44歳)から無灯火運転等について再度事情聴取
を受け,同車外運転席側横に佇立していた同警察官から,右手を車内に差し入れて
同車のエンジンキーを回してエンジンを切られるや,同車の開放された運転席側窓
から,同警察官に対し,その顔面及び胸部を数回足蹴にする暴行を加え,もって,
同警察官の職務の執行を妨害するとともに,前記暴行により,同警察官に対し,加
療約5日間を要する顔面・胸部打撲及び頸椎捻挫の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)ー括弧内の甲,乙に続く数字は検察官請求証拠番号ー
省略
(補足説明)
第1争点の整理等
 弁護人は,被告人は,判示普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)
を運転して停止中,本件犯行現場において,B(以下「B警察官」という。)か
ら,同人が警察官であるとはわからないまま,開いていた運転席の窓越しに,いき
なりハンドルを持っていた右腕等をつかんでねじるようにしてエンジンキーを抜こ
うとされ,車外に引きずり出されそうになったので,助手席側に上半身を逃げるよ
うに倒して抵抗したところ,足や下半身を持たれて車外に引きずり出されたもので
ある,前記警察官の行為は法令上の根拠のない違法な公務執行であるから,被告人
の行為は公務執行妨害罪の構成要件に該当しない,また,被告人は,現場に至るま
での間にも,警察官から職務質問を受けた認識はなく,身分を明らかにすることな
く一方的に被告人に対し暴行を加えたB警察官の行為に対し,被告人は身の危険を
感じて抵抗したものであり,仮に,その際,B警察官に傷害を与えたものであると
しても,正当防衛又は誤想防衛が成立する,以上,いずれの観点からも公務執行妨
害罪及び傷害罪のいずれについても無罪である旨主張し,被告人も当公判廷におい
てこれにそう供述をする。
   当裁判所は,前掲関係各証拠によれば,判示事実は優に認められ,弁護人の
主張は理由がないと判断したのであるが,以下,その理由につき若干補足する。
第2判断ー以下,証拠に付した括弧内番号は検察官請求証拠番号を示すー
1関係各証拠によれば,平成15年6月13日,兵庫県a警察署勤務の警察官
であるC(以下「C警察官」という。)が運転し,B警察官が助手席に,同警察官
A(以下「A警察官」という。)がその後部座席にそれぞれ同乗して,3名の警察
官は,県道oa線を北から南に向かってパトカー(警ら用無線自動車。以下「本件
パトカー」あるいは,単に「パトカー」という。)に乗務して,交通指導取締りの
ため警ら中,同日午後10時47分ころ,兵庫県a市b町i番j号先の交差点手前
約50メートルの地点において,同交差点内を無灯火で転回した後東進していく被
告人車両をB及びC警察官が現認し,挙動不審車両として赤色灯を点灯させて同車
両の追跡を開始したこと,被告人車両は,前記交差点から約50メートル東方の同
町k番l号先神戸電鉄n駅北側踏切手前(以下「第1現場」という。)で踏切遮断
機がおりていたため一時停止したこと,本件パトカーは被告人車両の約3メートル
後方に停止し,B警察官から被告人に対し職務質問するように指示されたA警察官
は,パトカーから下車して,被告人車両の運転席横で中腰の姿勢で,開いていた運
転席の窓から被告人に対し,「こんばんわ,a警察です。」「交差点で変なUター
ンしていたけど,どうかしましたか。」などと呼びかけ,車内から酒臭がしたた
め,「お酒のにおいがしますね,飲んでるんと違いますか,ちょっと検査しますの
で,端に寄って下さい。」と言い,手で移動先を示したこと,被告人は「何,知ら
んで,おれちゃうで。」,「知らんで,飲んでないで。」などと答えたこと,その
際,同警察官は,活動帽を被り,警察官の夏服の制服の上に夜光衣を着用していた
こと,踏切遮断機が開くと,被告人は,「知らんで,もう行くで。」と述べて被告
人車両を発進させたこと,A警察官は,「待て,止まれ。」と叫び,そのころパト
カーから下車して近づいてきていたB警察官に被告人から酒臭がした旨告げ,同警
察官とともに走って被告人車両を追いかけたこと,C警察官はパトカーを運転し,
走って追跡中のA,B警察官を追い抜いて被告人車両を追跡し,前記踏切から約1
00メートル東方の前記県道oa線と国道176号線が交差する交差点(通称m交
差点)手前(以下「第2現場」という。)で赤信号のため停止していた被告人車両
の後方約3メートルの地点にパトカーを停止したこと,被告人車両に徒歩で追いつ
いたB警察官は,同車運転席側に立ち,開いていた運転席窓から被告人に対し,
「なぜ逃げる。」「エンジン止めろ。」などと声を掛けたが,被告人において顔を
正面に向けたまま応答しなかったため,同警察官において被告人が被告人車両を発
進させて逃走する気配を察知し,右手を運転席に入れてエンジンキーを回してエン
ジンを切ったこと,被告人は,B警察官の手をつかみ,「何するんや,車に触る
な。」などと言い,エンジンキーをつかんでいるB警察官の右手を引き離そうと引
っ張っていたが,突然,左手でハンドルをつかみエンジンキーを放さずにいた同警
察官に対し,その口辺りを足で蹴ったこと,同警察官がのけぞった隙に,被告人が
エンジンをかけたため,同警察官は再びエンジンを切ったこと,被告人は両足で交
互に数回にわたり同警察官の胸や顔を蹴ったこと,その後,C警察官の応援を得て
二人で被告人の足や腰を持って運転席の窓から引っ張り出し,激しく抵抗する被告
人を二人で制圧し,A警察官において被告人の左手に手錠をかけたこと,B警察官
は警察官の夏用の制服を着用していたこと,同日午後11時37分ころ行われた飲
酒検知の結果,被告人の呼気1リットル中に0.15ミリグラムのアルコールが検
出されたこと(検甲第18号証),以上の事実が認められる。
2  証人B,同C及び同Aの各公判供述は相互に符合した自然な供述であって,
その信用性は十分である。弁護人は,各警察官の公判供述,ことに,①第1現場で
A警察官が被告人に対し「こんばんわ,a警察です。」と呼びかけた旨のA警察官
の供述,②第2現場でB警察官が被告人車両の運転席窓から右手を運転席に入れて
エンジンキーを回してエンジンを切ると,被告人はエンジンキーをつかんでいるB
警察官に対し突然その口辺りを足で蹴った旨のB警察官の供述は信用性がないとい
うが,①については,被告人においても,よく聞き取れなかったがA警察官が被告
人に対し言葉を発していたこと自体は認めているのであり,前記A供述の信用性は
十分である。②については,被告人は,B警察官らから運転席窓から引きずり出さ
れそうになり,助手席側に上半身を倒してこれから逃れようとしたところ,足や下
半身を持たれて窓から引っ張り出されたというが,運転席ドアが開かないなどの事
情もないのに,B警察官らにおいて,いきなり,被告人を運転席側窓から引っ張り
出そうとしたとする被告人の公判供述は極めて不合理であるのに対し,被告人が足
蹴りしたためこれを制圧しようとして運転席側窓から被告人の足や下半身を引っ張
る態様で被告人を車外に引き出した旨のB供述は自然で合理的な供述というべきで
あり,その背後でこれを目撃していたC公判供述とも相まって,その信用性は十分
である。
3 弁護人は,被告人に対し自らが警察官であると名乗った旨のA公判供述が仮に
信用できるとしても,被告人は車内で大音量の音楽を聴いていたのであり,踏切の
騒音もあったから,被告人においてこれを聞き取れなかった,A警察官は活動帽を
被り警察官の夏服の制服の上に夜光衣を着用していたが,現場の明るさなど四囲の
状況に照らすと,被告人が同警察官を雨合羽のような服を着たガードマンのような
人影としか認識できなかったとしても不思議ではなく,かつ被告人は赤色灯を点灯
した本件パトカーの存在に気付いていなかったのであり,その旨の被告人の公判供
述は信用できるし,パトカーからのサイレンや拡声器による呼びかけはなかったこ
と等の事情をも併せ考えると,被告人にはB警察官が警察官であるとの認識がなか
った旨主張するが,前認定のとおり,被告人はA警察官の問い掛けに対し,「何,
知らんで,おれちゃうで。」,「何,知らんで,飲んでないで。」などと答え,
「知らんで,もう行くで。」と述べて被告人車両を発進させているのであるから,
同人が警察官であることを認識していたことは明白である。これを否定する被告人
の公判供述は,前記信用性の十分なA公判供述に対比しても,また,被告人が本件
で逮捕された直後から警察官であるとわからなかった旨抗議ないし主張した形跡が
ないこと(勾留質問においてもその旨述べていないことは被告人の自認するところ
であるし,犯行直後警察官にその旨を述べたとか,取調べ警察官にその旨述べたが
調書にしてもらえなかったなどとする被告人の公判供述は全く信用できない。)等
に照らし,到底採用できない。
4 そこで,進んで,前記1認定の事実を前提にB警察官の公務執行の適法性につ
いて検討する。まず,第1現場において,B警察官から指示を受けて被告人に職務
質問したA警察官の行為は,無灯火で交差点内を転回するなど前認定の不審挙動車
両の運転者である被告人に対し,警察官職務執行法2条1項に基づき,質問するた
め車両の移動を求めるなどしたものであって,適法であることはいうまでもない。
そして,B警察官は,第1現場で,A警察官に被告人に対する職務質問を指示し,
手で移動先を示すなどしていた職務質問中のA警察官の姿を被告人車両の約3メー
トル後方に停止していたパトカー内から見ていた者であるが,A警察官の職務質問
を無視し,自動車を発進させた被告人に対し,A警察官とともにこれを走って追跡
し,職務質問を続行しようとし,第2現場において,被告人車両の運転席側に立
ち,開いていた運転席窓から被告人に対し,「なぜ逃げる。」「エンジン止め
ろ。」などと声を掛け,その後,右手を運転席に入れてエンジンキーを回してエン
ジンを切ったものであるところ,すでに第1現場において被告人がA警察官の指示
に従わず被告人車両を発進して逃走した本件の具体的状況を前提に考えると,第2
現場において顔を正面に向けたまま応答しないなどの被告人の挙動から,B警察官
において,被告人が被告人車両を発進させて逃走する危険があると判断したのは正
当であって,職務質問を可能にする状態に置くため,運転席内に手を入れ,あるい
はエンジンを切るなどして被告人車両の発進を阻止しようとした前記B警察官の行
為は,警察官職務執行法2条1項に基づく適法な職務行為であると認められる。
5 また,弁護人は,被告人のB警察官に対する暴行は,違法な公務執行に対する
正当防衛あるいは誤想防衛に該当すると主張するが,前記のとおり,B警察官の本
件公務執行は適法であり,本件は,被告人において違法な公務執行である旨誤信し
たものでもないから,弁護人の主張は理由がない。なお,被告人がB警察官に対し
その口付近を1回足蹴にした後,数回にわたり同警察官の顔面や胸部を両足で蹴っ
た行為中少なくともその一部の行為は,同警察官らが被告人を運転席側窓から引き
ずり出そうとした際に行われた可能性が高いが,この「引きずり出し」行為は,被
告人の前記公務執行妨害行為を制圧し,被告人を逮捕するために行われた適法な警
察官の職務執行行為であるから,これに対する正当防衛,あるいは誤想防衛の主張
もまた理由がない。
6 以上のとおり,公務執行妨害罪及び傷害罪につきいずれも無罪である旨の弁護
人及び被告人の主張は理由がない。
(累犯前科)
被告人は,平成13年7月10日神戸地方裁判所で覚せい剤取締法違反の罪によ
り懲役1年8月に処せられ,平成15年3月9日その刑の執行を受け終わったもの
であって,この事実は検察事務官作成の前科調書(検察官請求証拠番号乙4)及び
判決書謄本(同8)によって認める。
(法令の適用)
罰条  判示事実中,
        公務執行妨害の点刑法95条1項
傷害の点同法204条
科刑上一罪同法54条1項前段,10条(一罪として重い傷害罪につき定めた
懲役刑で処断)
累犯加重  同法56条1項,57条
宣 告 刑  懲役1年8月
未決勾留同法21条(180日算入)
訴訟費用刑事訴訟法181条1項ただし書(負担させない。)
(量刑の理由)
 本件は,判示の経過で,被告人が,警察官に対し暴行を加え,傷害を負わせた公
務執行妨害,傷害の事案であるが,その規範意識の乏しさのあらわれともいうべき
悪質な犯行であるところ,被告人に前記累犯前科を含む4犯の懲役前科があり,本
件犯行は最終刑の執行終了のわずか約3か月後の犯行であること,加えて,被告人
は公判廷において不合理な弁解を続けて止まず,本件犯行を直視してこれを省みる
姿勢が見られないなど,その規範意識の歪みには看過し難いものがあること等の事
情を併せ考えると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ないが,傷害の程度が
比較的軽微に止まったことなど被告人のために酌むべき事情をも考慮し,主文のと
おり量定した次第である。
よって,主文のとおり判決する。
平成16年4月13日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判官   杉 森 研 二

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