弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     一 原判決を取消す。
     二 被控訴人は控訴人に対し、佐賀市a町字bc番地所在、家屋番号d
番、木造瓦葺二階建店舗(右c番地内の東側にある間口二間奥行四間の建物)を明
渡さねばならならい。
     三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
     四 本判決は控訴人において、金二万円の担保を供するときは、仮りに
執行することができる。
     五 被控訴人において、金三万円の担保を供するときは、右仮執行を免
れることができる。
         事    実
 控訴代理人は、主文第一項から第三項までと同旨の判決竝びに担保を条件とする
仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の
負担とするとの判決竝びに担保を条件とする仮執行の免脱の宣言を求めた。
 事実及び証拠の関係は、
 控訴代理人において、「佐賀市a町字bc番地の宅地及び同地上の建物(本件係
争家屋を含む)は、元来控訴人の父Aの所有で、同人は元佐賀県小城郡e村及び同
郡f町等に数十町歩の田畑を有した資産家で、民主自由党支部長、佐賀県農業協同
組合連合会会長等の要職にあつた人物である。控訴人は同人の次男に生れ、昭和九
年日本大学法学部を卒業後今次の終戦まで、満州国の官吏として勤務し、昭和二十
一年夏妻子六名と共に、右e村のA宅に引揚げた。しかるに同人は、農地改革のた
め、昭和二十二年中その所有の田畑を殆んど買収されたので、控訴人は近隣の都市
たる佐賀市において職を求める外生計の途なきに立ち至つたので超和二十二年六月
頃父Aから、前記宅地建物の贈与を受け、ここを生活の本拠とすることとなつた。
ところが、右家屋はAにおいて明治の末期からBに賃貸し、同人はその中本件係争
家屋を昭和二年頃から被控訴人の亡夫Cに無断転貸し、昭和二十一年七月二十二日
同人死亡後は引続き被控訴人に無断転貸していたのであるが、右建物は、建築以来
百数十年を経過して腐朽甚だしく、倒壊等によつて人命及び周辺の家屋に危険を及
ぼす虞があつたため、近隣の者から厳しく、これが取除き方を要求されていた。ま
た、控訴人は父Aから、右家屋を取毀しその敷地に相当の家屋を新築して貰うこと
となつたので、既に老令に達したAに不慮の不幸でもあれば、新築実現の機を喪う
虞もあつたので、至急右家屋の明渡を受けて、建築に着手する必要があつた。よつ
て、控訴人は昭和二十二年末頃から屡々Bに対し前示事情を告げて家屋の明渡を求
め、同人を介し被控訴人に対してもBの明渡と共に明渡すよう転借部分の明渡を求
めたところ、Bはこれを承諾し、正当事由に基く合意解除により同人は昭和二十三
年六月中右家屋から退去して、これを明渡した。そして同人退去直後からは再三に
亘り控訴人が直接被控訴人に対し前示事情を告げて明渡を求めたのである。従つ
て、被控訴人の転貸借につぎ、仮りに父Aもしくは控訴人の承諾があつたとして
も、右転貸借は、控訴人とBとの間になされた右合意解除による賃貸借の終了を被
控訴人に通知した時から六月を経過した日、即ち晩くとも昭和二十三年十二月末日
には終了したものと見るべきである。
 仮りに然らずとするも、Bが明渡した直後控訴人が被控訴人に対してなした明渡
の請求は、同時に転借人たる被控訴人に対する解約申入の意思表示を包合するもの
と解すべきところ、前示の如き控訴人に存する事情の外に、控訴人はBが明渡した
部分を取毀して、その跡に控訴人の現在家屋を新築したが、全く空地がないので、
朽敗甚だしい被控訴人現住家屋を解体し、その跡地を庭先、流し場等に使用する必
要があるから、この事由は前示事情と相俟つて、右解約申入の正当性を理由づける
ものといわねばならない。
 仮りに右主張が理由ないとしても、朽敗甚だしく、その存在自体が周辺居住者に
危険と損害を被らせる本件家屋は、借家法の保護を受くべき家屋に該当しないか
ら、被控訴人の転借権は、借家法の適用外にあり、従つて控訴人とBとの間の賃貸
借の合意解除と共に消滅している」と述べ、
 被控訴代理人において「被控訴人の夫C死亡の日時及び訴外Bがその居住部分の
家屋を明渡し、その跡に控訴人が家屋を新築して家族と共に居住していることは認
めるが、本件家屋が朽敗甚だしい旨の主張事実及びBと控訴人との間に賃貸借の合
意解除がなされたとの事実は否認する。仮りに合意解除がなされたとしても、右合
意解除は信義則の適用制約を受けることは当然である。ところで、本件轉貸借は控
訴人にとつて、左程の不利益となるものではなく、控訴人には本件家屋を必要とす
るなにらの理由もないのである。控訴人は既にその家族を容るるに余りある家屋を
新築し、殊にその一部を弁護士に対し弁護士事務所として賃貸している程である。
被控訴人は本件家屋に、二十数年来居住して、豆腐製造販売を営み、辛うじてその
日の生計を維持しているばかりでなく、商売の関係上どこえでも移転するという訳
にはいかないし 移転先もない。移転先があつたとしても、豆腐営業用の諸設備等
には相当の費用を要する。本件家屋の明渡請求は、権利の濫用でありしかも被控訴
人にとつては死活の問題である」と述べ
 控訴代理人において、甲第三号証から第五号証までを提出し、当審証人D、同E
の各証言、当審検証の結果及び当審控訴本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人に
おいて、当審検証の結果を援用し、甲第三号証から第五号証までの成立を認むと述
べた以外は、原判決つ「事実」に示す通りでるるから、ここにこれを引用する。
(但し原判決二枚目表二行から三行に跨る奥行「二間」とあるのを奥行「四間」に
改める)。
         理    由
 原審証人B(一回)の証言及び当審控訴本人尋問の結果竝びに当事者弁論の全趣
旨を合せ考えると、Bは明治時代の末頃から、本件家屋を含む佐賀市a町字bc番
地所在家屋を当時の所有者Aから賃貸居住していたところ、昭和二年中被控訴人の
亡夫Cは、本件係争家屋をBから転借し被控訴人と共に豆腐の製造販売を営んでき
たが昭和二十一年七月二十二日C死亡後は引続き被控訴人においてこれを転借し豆
腐の製造販売を営んで現在に至つていること及び、控訴人は昭和二十二年六月頃父
Aから本件係争家屋を含む前示土地建物の贈与を受けて、その所有権を取得した
(この事は当事者間争がない)ことが認められる。この認定に反し被控訴人がAか
ら係争家屋を賃借した旨の原審証人Fの証言及び原審竝びに当審被控訴本人尋問の
結果は信用できないし、その他にこの認定を動かす証左はない。従つて、被控訴人
がAから係争家屋を賃借した旨の被控訴人の主張は採用し得ない。
 そして、Bと被控訴人間の右転貸借は原判決説示のように、賃貸人たるAの暗黙
の承諾があつたものと認むるのが相当であるから、この点につき原判決の当該説示
を引用する。であるから本件係争家屋の転貸借が賃貸人の承諾のない無断転貸借で
あるとする控訴人の主張は理由がない。
 成立に争のない甲第一、二号証によると、控訴人は、昭和二十五年五月十日係争
家屋を含む前示土地建物について、同人名義に所有権取得の登記を経由しているけ
れども、原審証人Bの証言(一、二回)及び当審控訴本人尋問の結果竝びに当事者
弁論の全趣旨を合せ考えると、B及び被控訴人は後記認定の昭和二十三年六月にな
された賃貸借の合意解除前既に控訴人が右建物全部の所有権を取得したこと及びそ
の賃貸人たることを承認していたことが認められこれに反する証拠はない。
 原審証人B(一、二回)、同A、当審証人Eの各証言によると、Bは昭和二十三
年六月控訴人との間に前示家屋全部の賃貸借を合意解除し賃借家屋から退去じたこ
とが認められこれに反する証<要旨>拠はない。しかして賃貸人と賃借人とが賃貸借
を合意解除した場合、その合意解除が既存の転貸借に対しいかなる影響を及
ぼすかに関しては、法の明規するところがないけれども、少くとも、それが信義の
原則に遵い正当事由によるものと解される限り借家法第四条の規定を準用し、賃貸
人が合意解除による賃貸借の終了を、転借人に通知したときから、六月を経過する
ことによつて、転貸借は終了すると解するにおいて、異論の存しないところであ
る。
 今この見地に立つて、先ず第一に控訴人とB間の関係について考察し、次に念の
ため、控訴人と被控訴人間の関係についても考察することとする。
 成立に争のない乙第一号証の記載(但し後記措信しない部分を除く)前認定に供
した証人の証言、当審証人Dの証言、原審及び当審の各検証の結果、当審控訴本人
尋問の結果、原審竝びに当審被控訴本人尋問の結果の一部を当事者弁論の全趣旨に
合せ考えると、控訴人の父Aはかつて、政友会佐賀県支部長、同県農業会会長を歴
任した有力者で、相当の農地を有していたが終戦後の今次農地改革に依り、所有地
は殆んど買収された所謂没落者であること、控訴人は右Aの二男で長兄と共に満州
国の官吏として勤務していたが、昭和二十一年七月頃相前後して引揚げ帰国し、A
の住居である郷里佐賀県小城郡e村gに一応落着いたものの、知識階級の一員とし
て事務を取る以外には特殊技能もない控訴人としては、当時の経済的、社会的状勢
上からして先に認定したとおり係争家屋を含む本件宅地建物を父から贈与されたの
を機とし、近隣の都市たる佐賀市に出て職を求め自活することが最も適当であつ
て、それ以外は生活の方途としても容易でなく、延いて右家屋を生活の本拠とする
の外なき事情にあつたこと、右贈与を受けた家屋(係争家屋を含む)は、百数十年
前の建築にかかり、建築上の見地からは既に命数に達し、白蟻の腐蝕もあり、殊に
係争家屋は数年前三十度位傾斜したため、昭和二十二年五月頃被控訴人において柱
を起し、隣家に無断で同家の煉瓦塀を礎台にして支柱を施したけれども、所詮は臨
時応急の措置であつて、現状の侭では地震、暴風等の外力を受くるようなことでも
あれば、何時倒壊しないとも限らない危険な状態にあつて、取毀すのが相当と推認
されること、又一方Bは永く佐賀市一流の洋服商「みのり屋」の技術長を勤めてい
たが、戦時における衣料品の統制強化に伴つてこれを退職し、右家屋で仕立屋を営
んでいたけれども、既に相当の年齢に達し(当時六十四才)且つ生活に余裕も生じ
ていたし、殊に同人の長男が佐賀県伊万里税務署の課長をしていたので、Bとして
は長男と同居し老後の身を楽しみたい心もあつたため、控訴人の解約申入れを異議
なく承諾して、前記合意解除が成立したことの事実を認めることができる。この認
定に牴触する乙第一号証の記載及び前示Fの証言竝びに被控訴本人尋問の各結果は
信用しない。その他に右認定を左右する証拠はない。
 右認定によれば、前記賃貸借の合意解除は、正に正当事由によるものと言うべき
であり、右合意解除当時控訴人が被控訴人に対し賃貸借終了の旨を通じて係争家屋
の明渡を求めたことは、当審控訴本人(同人の供述中Bが明渡した日時を昭和二十
四年夏頃と述べているのは、昭和二十三年夏頃の記憶違と認める)及び同被控訴本
人の各尋問の結果に徴し明らかであるから、被控訴本人の転借権は晩くとも昭和二
十三年十二月末日頃には消滅したものと解するのが相当である。従つて被控訴人は
控訴人に対し、係争家屋を明渡すべき義務がある。
 しかるに、被控訴人は事実摘示のように主張して、本件明渡の請求は信義則に反
し権利の濫用であると抗争するので、この点について一言する。被控訴人が係争家
屋を控訴人から直接賃借しているとすれば、被控訴人の右主張にも一応頷けるとこ
ろがあるけれども、被控訴人は先に認定した通り、Bから係争家屋を転借したもの
であつて、その基礎となるのは、Bの賃借権である。勿論右転貸借には当時の賃貸
人であつた控訴人の父Aの承諾という事実が介入しているけれども、基礎となつて
いる控訴人とBとの賃貸借が右認定のように適法に終了した以上被控訴人として
は、不満ではあろうが借家法第四条第二項の六月の猶予期間の存することに留意
し、同期間経過と共に自己の転借権の消滅することを覚悟せねばならない。殊に原
審証人Bの証言(一、二回)及び原審被控訴本人の供述によると、被控訴人は当時
の賃貸人たる控訴人の父Aの要求によりBが昭和二十一年九月なした明渡請求に対
し、同年十二月まで明渡の猶予を求め再度の明渡請求に対しては、昭和二十二年三
月末日までには必ず明渡す旨言明しながらこれを履行してないこと、そしてその法
律上の効力如何は兎も角、もともと被控訴人は係争家屋を賃貸人の要求次第何時で
も立退くという約束の下にBから転借したものであることが認められ更に当審証人
Eの証言、当審控訴本人及び同被控訴本人の各供述(被控訴本人の分はその一部)
によると、昭和二十三年春頃控訴人が被控訴人の移転迭として依賀市護国神社附近
に空家を物色し、その移転を求めた際、被控訴人は、本件係争家屋以外の同市松原
マーケツト内に雇女四、五名を使用し、相当盛大に飲食店を経営しておりながら、
移転の費用(五、六千円程度)がないと称して移転を肯んせず、右飲食店も他に処
分したことが認められる。これに反する当審被控訴本人の供述は採らない。
 かように転借家屋の明渡を約しながらこれを履行せず、又賃借し得べき家屋を斡
旋されたのにかかわらず、これを拒絶して移転の好機を自ら放擲した被控訴人の態
度を、前段合意解除の正当事由として認定した各事実に斟酌勘案すれば、控訴人が
被控訴人に対し係争家屋の明渡を求むることをもつて、権利の濫用であり信義則に
反するとなす被控訴人の主張の採用に値しないことは、多言を要しないであろう。
 されば、控訴人の本訴請求は、その余の主張に関する判断をなすまでもなくこれ
を認容すべく、右請求を排斥した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十
六条によりこれを取消し、訴訟費用の負担について、同法第九十六条、第八十九
条、仮執行及びその免脱の宣言について、同法第百九十六条を適用し主文の通り判
決する。
 (裁判長裁判官 桑原国朝 裁判官 鈴木進 裁判官 秦亘)

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