弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役2年に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,自己が運転する普通乗用自動車の助手席に同乗中のA(当時21歳)
に強いてわいせつな行為をしようと企て,平成15年5月26日午前1時15分こ
ろ,兵庫県a市fg番地のh所在のiの東方約50メートル先路上に停車中の同車
内において,同女に対し,「寝んかい,やらせんかい。」などと怒号して,同女の
反抗を著しく困難にし,同女の乳房を触ったりなめるなどし,もって,同女に強い
てわいせつな行為をしたものである。
(証拠の標目)―括弧内の甲,乙に続く数字は検察官請求証拠番号―
省略
(補足説明)
第1 当事者の主張等
 1 本件公訴事実の要旨
被告人は,徒歩で通行中のAを認めるや,強いて同女を強姦しようと企て,
平成15年5月26日午前1時ころ,兵庫県a市bc丁目c番d号e北側路上にお
いて,同女(当時21年)に対し,矢庭に,その背後から,右手で同女の口をふさ
ぎ,左手でその左肩をつかむなどして,同女を被告人の普通乗用自動車の助手席に
押し込み,直ちに同車を運転して発進し,同市内を走行中の同車内において,同女
に対し,「騒いだりドア開けようとしたら,山へ連れてって殺すぞ。遠いとこに連
れてって埋めてまうぞ。」などと怒号し,さらに,同女の顔面を手拳で数回殴打す
るなどの暴行,脅迫を加え,同日午前1時15分ころ,同市fg番地のhから東方
約50メートル先路上に至るまでの間,同車を疾走させ,同女をして同車内から脱
出することを不能なら
しめて不法に監禁し,同日時ころ,同所に駐車中の同車内において,同女に対し,
「寝んかい,やらせんかい。」などと怒号し,同女の顔面を手拳で数回殴打するな
どの暴行,脅迫を加え,その反抗を抑圧して,強いて同女を姦淫しようとしたが,
同女がすきを見て逃走したため,その目的を遂げなかったものである。
 2 弁護人の主張の要旨
   被告人はA(以下「被害者」という。)を監禁した事実も強姦しようとした
事実も全くないから,監禁及び強姦未遂の各罪いずれについても,被告人は無罪で
ある。
 3 当裁判所は,本件公訴事実中,監禁の事実及び強姦未遂の事実中被告人に強
姦の犯意があったとする点については,本件全証拠によっても,なお合理的な疑い
を容れる余地が残るから,結局,犯罪の証明がない旨,強姦未遂の事実について
は,前掲関係各証拠によれば,被告人が判示強制わいせつ行為に及んだ限度,強制
わいせつ罪の限度においては,これを認めるに十分であると判断した。以下,その
理由について,補足して説明する(以下,日付は全て平成15年を,かっこ内の
甲,乙に続く数字はいずれも検察官請求証拠番号をさす。)。
第2 本件公訴事実に関し,証拠上容易に認められ,弁護人らにおいても特に争っ
ていない事実は,以下のとおりである。
 1 被害者が被告人にその運転する自動車(以下「犯行車両」という。)に押し
込まれた場所として指示する場所(前記公訴事実記載の監禁場所。以下便宜上「本
件監禁現場」という。)は,兵庫県a市bc丁目c番d号所在のe北側路上であ
り,同所は,住宅街に位置する幅員約3.7メートルの道路である(甲17)。ま
た,被害者が被告人から強姦未遂の被害を受けた場所として指示する場所(判示の
強制わいせつの現場。以下便宜上「本件犯行現場」という。)は,同市fg番地の
h所在のiの東方約50メートル先路上であり,同所は,山陽新幹線の高架下付近
に位置する幅員約3.8メートルの道路である(甲17)。
 2 被告人が所有し,日常運転していた車両(以下「被告人車両」という。)
は,車両番号(ナンバー)「神戸500×・○△△」,車体の長さ411センチ
メートル,車幅169センチメートルの日産ラシーン(白色)である。同車の後部
はハッチバックドアとなっており,同ドアには予備タイヤが取り付けられている
(甲23,24)。
 3 被害者は,5月26日午前1時ころから同日午前2時ころまでの間に,同市
j町k丁目l番m号所在のDj店(以下「D」という。)の店員からメモ用紙とペ
ンを借りた(甲10,17)。
 4 5月26日午前零時41分から同日午前1時36分にかけて,被害者は,D
に設置された公衆電話から同人が交際中のBの携帯電話に9回電話をかけた(甲4
2,50)。
 5 被害者は,5月26日午前1時56分ころ,Bとともに,兵庫県a警察署n
交番を訪れ,強制わいせつの被害に遭った旨の被害申告をし,その後,同日午前2
時30分ころ,兵庫県a警察署に赴いた上,犯行車両のナンバーであるとして,
「神戸300 ○:△△」と記載した紙(甲47)を同署警察官に任意提出した
(甲1,12ないし14,51)。また,同日午前5時45分から同日午前5時5
0分までの間に,ジャンパーを着た被害者の全身の様子やジャンパーを脱いだ状態
の姿が同署警察官により写真撮影された(甲15)。
 6 被害者は,6月2日午前2時ころ,Cとともに,前記n交番を訪れ,同日前
記強姦未遂の犯人から声をかけられた旨申告した(甲51)。
第3 B及びC供述の要旨及びその信用性
 1 Bの第4回公判期日における証言(以下「B供述」という。)の概要
5月25日夜,被害者とDで待ち合わせをしていたところ,残業で遅くな
り,翌26日午前零時52分ころ被害者にあと2,30分で到着する旨電話で話し
たが,同日午前1時26分ころ,再び被害者から電話があった。その際,被害者は
泣いており,何を言っているのかわからないような状態だった。被害者が車に乗せ
られて乱暴され,車のナンバーを覚えているというので,ナンバーを控えるように
指示した。Dに到着すると,被害者は泣いており,事情を聞いても何を言っている
のかわからない状態であった。被害者を連れてn交番及びa警察署に行った。警察
で事情を話す際,被害者は積極的に話をすることができず,横にいた私の問いかけ
に対し,被害者が肯定したり否定するという方法で事情聴取が行われた。なお,D
に到着した際,被害者のブラジャーはホックが外れていたが,私が指示して,その
ままの状態で警察に行った。また,被害者の右頬は全体的に赤っぽくなっており,
歯が痛いと言っていた。
 2 Cの第3回公判期日における証言(以下「C供述」という。)の概要
6月2日午前1時ころ,被害者と連れ立って歩道を歩行中,車に乗った男か
ら「何しとん。」と声を掛けられてナンパされていた被害者が,急に異常なほど震
えて「あいつや。」と私の腕をつかんできた。車の運転席に男が1人乗っていたの
が見えた。すぐにその車は速度をあげて逃げて行った。その後,二人でn交番に行
った。
 3 各供述の信用性
   B,Cの両名には嘘を述べる動機は見当たらず,その供述内容にも不自然な
点はなく,それぞれその信用性は十分である。
第4 被害者供述の概要及びその信用性
 1 被害者供述の概要
被害者の第2回及び第3回公判期日における証言(以下「被害者供述」とい
う。)の概要は,以下のとおりである。
  (1) 5月25日,Bと待ち合わせをし,Dに自転車を運転して向かい,同日午
後10時ころから翌26日午前零時40分ころまでの間,同所でBを待っていた
が,同人から3,40分遅れてくる旨の連絡を受け,その間を利用して,忘れ物
(トリートメント)を取りに行くため,当時居住していた兄の家まで歩いて戻るこ
とにした。同日午前1時ころ,徒歩で本件監禁現場にさしかかった際,後ろから車
のライトが近づいてきて消えた後,後から近づいてきた男に,背後から,いきなり
口を押さえられ,左肩をつかまれて,そのまま後ろに8メートルほど引きずられ
て,同所に駐車していた車の助手席に乗せられそうになった。気が動転し,恐怖感
から叫び声を上げることはできなかったが,車に乗せられないよう,同車の助手席
ドア下の縁をつかみ,しゃがんで抵抗したものの,背中を2回ほど押されたため,
前に倒れて同車助手席に乗せられた。助手席のドアがどの時点で開けられたのかは
わからない。
  (2) 犯人の男は猛スピードで車を発進させたため,走行中の車内で,助手席の
ドアを開けようとしたが,ドアは開かず,男が,「それ以上叫んだら殺すぞ,山に
連れて行って殺すぞ。」などと大声で怒鳴ったり,左手の甲で右頬を10発くらい
殴ってきたため,「やめて。」と言いながら,両手で顔をかばったが,5,6発顔
に当たった。
  (3) 男は,車を走行させて本件犯行現場で停車し,いきなり助手席のシートを
倒して「寝んかい。やらせんかい。」と言ったので,助手席ドアにもたれかかるよ
うな姿勢で両手を前に出すなどして抵抗したが,着用していた赤いジャンパーのボ
タンを外されてニットの半袖の服をまくり上げられた上,両手でブラジャーのホッ
クを外され,乳房をなめられた。「嫌や,やめて。」と言うと,男は「山に連れて
行って殺してまうぞ。」と言い,左手の甲で私の両頬や口の辺りを3,4発殴っ
た。また,男はズボンから陰茎を出し,私の首を押さえつけて,「しゃぶっていか
せえ。」と言ったが,「嫌や。」と抵抗した。このときも,男から殴られた際に
も,歯がぐらぐらしていたので,男に対し,「やめて,歯がとれるやん。」と言っ
たり,「尼崎に行かなあかんねん。」などと言った。そうこうするうちに,助手席
ドアのドアノブを見つけ,ドアノブを引っ張ってドアを押し開け,車から降りて走
って逃げ,Dまで戻った。逃げる途中,振り返ってナンバーを確認したが,男は追
いかけてはこなかった。なお,男の車は,小型のパジェロのような形の四角いジー
プタイプの車で,ナンバーは「神戸300 ○:△△」と読めた。
  (4) Dに設置してある公衆電話からBに電話で被害に遭った旨の報告をし,B
の指示により,Dの店員から紙とペンを借りて,その紙に覚えていた犯行車両のナ
ンバーを書いた。その後ほどなく,BがDに到着したので,Bとともにn交番に被
害申告した後,a警察署でも被害の内容を説明した。
  (5) 6月2日午前1時ころ,友人のCと一緒に歩道を歩いていると,車に乗っ
た男から「何しとん。」と声をかけられ,見ると,前記犯人の男であったため,震
えが止まらず,Cの腕をつかんでCに「犯人や。」「怖い。」などと言った。男も
私に気付いた様子で,猛スピードで走って逃げてしまった。
  (6) 5月26日の犯人の男と6月2日に声をかけてきた男は同一人物で,被告
人であることに間違いない。
 2 信用性
(1) 被害者の供述,特に被害状況や被告人との接点に関する供述部分は,捜査
段階から公判段階を通じてさほど変遷しておらず,前記BやCの公判供述とも合致
しているから,概ね信用してよい供述と一応考えられるが,被害者が被告人から本
件監禁現場で被告人車両に押し込まれて監禁されたとする部分(前記1(1))は,い
ささか具体性に欠ける供述というべきであるので,まずこの点から検討する。
 前記のとおり,被害者は,いきなり背後から口を押さえられ,肩をつかま
れて後方に約8メートル引きずられ,犯行車両(被告人車両)に乗せられそうにな
り,しゃがんで車の助手席ドア下の縁をつかんで抵抗したが,背中を2回押され,
前に倒れて車に乗せられた旨供述する。突然引きずられるなどされて驚愕し,激し
い恐怖感に襲われたにしても,被害者が,犯行車両までの約8メートル程度の距離
を犯人の男に引きずられて運ばれる間,全く無抵抗であったというのはいささか不
自然であるというべきであるが,被害者はその間口を塞がれていた上怖くて大声を
出すことはできなかったと述べるほか,その具体的状況につき供述するところがな
い。また,被害者供述によれば,犯人の男はしゃがんで抵抗している被害者を無理
矢理車内に押し込んだというのであり,犯人の男がその抵抗を排除するには少なく
とも若干の困難が伴ったものと考えられるところ,前記被害者供述は男から背中を
2回押されて足も含め身体全体が車の中に入ってしまい,男がそのまま助手席ドア
を閉めたというのみであって,犯行車両の構造等にもかんがみると,前記のとお
り,被害者が驚愕していたことなどの事情を考慮しても,やや具体性,迫真性に欠
ける供述といわざるを得ない。加えて,被害者の供述を前提にすると,犯人の男は
被害者を助手席に押し込んで同ドアを閉めた後,運転席側にまわって同ドアから乗
車して車を発進させたことになり,その間若干の時間にせよ,助手席ドアを開けて
脱出可能な時間帯があったことになるが,その間の事情についても,気が動転して
いたためドアノブが見つけられなかったというのみの被害者供述は,そのまま信用
するにはやや躊躇を感じさせる内容の供述である。
 また,被害者は,助手席に押し込まれた際,最初からそのドアが開いてい
たのか,被告人が被害者を引きずりながらドアを開けたのかわからない旨供述す
る。被害者が実況見分の際指示した犯行車両の停車位置(甲17。写真3,4)を
前提とする限り,被告人が同ドアを前もって開放しておいて犯行に及んだとする
と,被告人が被害者を引きずったまま同ドアとその横に設置されているフェンスと
の隙間を通過して犯行車両(被告人車両)に乗せたことになるが,犯行車両とフェ
ンスとの間の間隔は約1.18メートルである(甲17)ことにかんがみると,ド
アの開放の程度やその態様次第では前記フェンスとの間を通過することはむろん不
可能ではないが,容易であったとは考えにくいところ,その間の具体的状況につい
て,被害者は供述するところがない。逆に,被告人が被害者を引きずりつつドアを
開けたとすれば,その間の事情につき,被害者の記憶に残っていても不思議はない
と考えられるところ,被害者はそのような供述は一切していない。
さらに,前記のとおり,被害者は,被告人車両(犯行車両)は後部ドアに
タイヤのついたジープタイプの車であった旨供述している。同人の公判供述では必
ずしも明確ではないが,捜査復命書(甲48)によれば,a警察署の警察官が,5
月26日午前2時40分に,犯人の使用車両は「ワゴンタイプの白色,後部にスペ
アタイヤが付いている,神戸300?・○△△」として該当車両の照会をしている
ことが認められるから,被害者は犯行直後から犯行車両後部ドアにはスペアタイヤ
が付いていた旨警察官に申告していたものと認められる。ところで,被害者供述に
よれば,被害者が5月26日に同車の後部ドアの外観を見る機会があったのは,主
として,車に乗せられた際と逃走の際の二度の機会であると考えられるが,前記被
害者供述によれば,被害者は,車に乗せられる際には,車を背にして後ろ向きで引
きずられて助手席に押し込まれたものであり,他方,逃走する際には,同車の進行
方向に走って逃げ,振り返って車を見たとはいうものの,正面から車を見たにすぎ
ないのであるから,被害者供述を前提にすると,被害者が被告人車両の後部ドアに
スペアタイヤがついていることに気づいてその旨供述している点は,スペアタイヤ
が車内から後部窓を通して見える可能性がないではないこと等を考慮しても,な
お,やや不自然かつ不合理であるといえるのであり,被害者がその供述する態様と
別の態様で被告人車両に乗り込んだのではないかと疑う事情の1つである。
  (2) 他方,被害者供述中,前記1(3)ないし(6)の供述部分の信用性は十分であ
る。すなわち,関係各証拠からは,被害者供述のうち,当日,被害者が被害にあっ
たとする時刻の直後にD前の公衆電話からBに対して被害に遭った旨の電話をし,
Bの指示により直ちにDの店員にメモ用紙等を借りて同用紙に犯行車両のナンバー
を書き留め,Bの到着後,同人に勧められて同人とともにn交番等に被害申告して
いることや,犯人に赤いジャンパーのボタンを外された,ブラジャーのホックを外
された等とする部分は,前記警察で撮影された被害者の写真等の客観的証拠や信用
性の十分なD店員の供述等と整合するなど,その信用性は十分である。
    また,前記のとおり,Bは,当公判廷において,被害者からの当日最後の
電話で被害を受けた旨聞いたが,その際,被害者は泣いて意味のわからないことを
言っている状態で,Dに到着すると,被害者の服装が乱れており,被害者は混乱し
て適切に事情を説明することができなかった旨,Cは,当公判廷において,6月2
日に被告人車両と酷似した車に乗った男から声をかけられた際,被害者が,その男
が犯人であるとして異常なほど震えていた旨それぞれ供述するところ,いずれも被
害者供述と一致するから,被害者のこの点に関する供述の信用性もまた十分であ
る。
    さらに,被害者が被害にあった直後に書き留めたという犯行車両のナンバ
ーの主要部分や,被害届に記載された同車の特徴は被告人車両のそれとほぼ一致す
る。
    そして,被害者は,被告人から,「寝んかい,やらせんかい。」等と申し
向けられた後,助手席のシートを倒され,胸を揉まれたり,服をまくりあげられて
ブラジャーのホックを外され,乳房をなめられた上,被告人の陰茎をなめさせられ
そうになった旨供述するところ,この供述は,具体的かつ詳細で迫真性のある一貫
した供述であって,弁護人の反対尋問でも揺らいでおらず,信用性の十分な前記B
供述により認められる,その直後と考えるべき前記被害者の挙動にも照らすと,そ
の信用性は高いというべきである。
(3) 弁護人は,被害者が助手席で抵抗しているのに助手席ドア側にあるレバー
を引き助手席シートを倒すことは困難である旨主張するが,被告人は平成15年1
月に同じ自動車内で強制わいせつ行為に及ぼうとした際にも同様に,その事件の被
害者が助手席で抵抗中,レバーを引いてシートを倒しているのであって,そのよう
なことは十分可能であるというべきであるから,弁護人の主張は理由がない。
  次に,弁護人は,被告人車両の助手席ドア付近から被害者の指紋が検出さ
れていないのは,被害者が同女のいうような態様で被告人車両に乗っていないこと
を示す事実であると主張するが,本件犯行日(5月26日)と指紋採取日(6月1
0日)に間隔があり,その間も被告人が被告人車両を使用していること,さらに
は,後述するように,被告人の供述によっても,被害者が自分から被告人車両の助
手席に乗り込んでドアを閉め,その後自分で同ドアを開けて立ち去ったことがある
というのであるから,被告人のこの弁解を前提にしても被害者の指紋等が同ドア付
近から検出されないことはおかしいことになるのであって,そもそも,弁護人の主
張は矛盾した主張といわざるを得ず,指紋が検出されないことに関する弁護人の主
張は理由がない。また,弁護人は,被害者の毛髪が被告人車両から発見されなかっ
たことについても同様の主張をするが,同様に理由がない。
  なお,弁護人は,被害者が当初述べた犯人の容貌風体が被告人のそれと異
なっていると主張するが,この点に関する被害者の供述は性犯罪の被害者が犯人の
容貌等についてする供述として特に不自然であるとは言いがたいものである上,弁
護人や被告人が主張するように,後記の被告人主張のごとき被害者と被告人との接
触があって,これを逆恨みした被害者が被告人を陥れようとしていたのであれば,
被害者が,故意に被告人の容貌等につき嘘を言ったことになるが,その合理的説明
はかえって難しく,弁護人の主張は採用できない。
  さらに,弁護人は,被害者が警察署に着くまでブラジャー等の身繕いを整
えなかったのは不自然であるというが,被害者は,Bの指示に従って服装を整えな
かったというのであるから,被害者のこの行動は特に不自然とはいえない。
  また,弁護人は,被害者の本件前の行動やBとの関係に関する供述が変遷
しているとする。しかし,これらの点は,兄の家を自宅と表現したとか,本件前D
に行った後いったん兄の家(自宅)に行こうとした理由やBとの関係等,本件被害
と直接結びつかない事柄に関する供述であるところ,性犯罪の被害に遭った直後の
供述においては,記憶に混乱が生じ,あるいは聞き手において誤解するなどして誤
った供述記載になったとしても特に不思議のない事柄に関する供述であり,その変
遷が被害状況の供述に関する信用性に影響するとはいえないから,弁護人の主張は
理由がない。
  そして,弁護人は,被害者が妻子あるBとの結婚話が進展しないことに苛
立ち,Bの気を引くため,前記のような虚偽供述に及んだものであるなどと主張
し,被害者と義父との不仲を含め,虚偽供述に及んだ動機について,るる「合理的
推測」を展開する。
  しかし,被害者はそもそもBに妻子があることを知らなかったのであっ
て,Bの離婚話が難航して結婚話が進まないことも知りようがなかったのであるか
ら,弁護人の主張は前提を欠く。また,被害者はBの気を引くためだけに虚偽供述
をしたというが,そうだとすると,被害者が5月26日当日のみならずその後も一
貫して捜査に応じて虚偽供述を維持し,さらに,6月2日に,Cとともに歩いてい
たときたまたま被告人以外の者から声をかけられたことを利用し,とっさに,被告
人から声をかけられたと演技までしてCをだまして同人とともに警察に行ったとい
うこととなるが,そのようなことは容易に考えがたく,被害者がBとの関係に行き
詰まって虚偽供述をしたと疑うべき事情はない。
(4) もっとも,前述のように,被害者供述中,被告人に監禁されたとする供述
部分は,その信憑性に若干の疑問があるところ,もし,被害者が被告人に声をかけ
られる(いわゆるナンパにあう)等して自己の意思で被告人車両に乗車したもので
あるとすると,このこと自体はBに知られたくない軽率な行動というべきことにな
る。加えて,被告人が強姦目的をもって路上でいきなり被害者を拉致して監禁した
ものであれば,自車の進行方向に被害者が逃走した際,被告人が被害者を全く追跡
していないことは,いささか不自然であるというべきであるが,被害者を誘って自
車に乗せた後性的行為に及ぼうとしたところ被害者が逃走したものであるとすれ
ば,特に不自然であるともいえないことになる。
第5 そこで,進んで被告人の供述について検討する。
 1 被告人は,以下のように弁解する。
5月中旬ころの午後11時15分ころ,Dに煙草を買いに行き,路上に駐車
中の被告人車両内で煙草を吸っていたところ,被害者が被告人車両の助手席にいき
なり乗り込んできた。被害者の髪の毛はボサボサで,顔はテカテカに光っており,
生ゴミのような変な匂いがした。被害者は,口元をタオルで押さえながら,「今か
ら尼崎行かなあかんねん。」,「助けて。」,「だんなが来る。」,「歯が取れそ
う。」,「歯医者に行かなあかんねん。」などと訳のわからないことを話しかけて
きた。被害者に対し,車から降りるよう何度も強い口調で求めると,被害者は泣き
出し,「ここでは降りられへん。」と言うので,「ここじゃなかったら降りるんや
な。」と言って,やむなく被害者を乗車させたまま車を発進させ,しばらく車を走
行した後,「ここでええやろ。」と被害者に対し,車から降りるよう促したとこ
ろ,被害者はふてくされた様子で無言のまま車から降りた。
2 そして,弁護人は,前記被告人の弁解を前提に,被害者が前記被害申告に及
んだのは,被告人の前記仕打ちを逆恨みしたためであろうとも主張する。
 3(1) しかしながら,そのように変な女が車に乗り込んできたのであれば,Dの
店員や周囲の者に助けを求めるなり,その場で何とかして降車させるのが自然であ
るのに,そのような女を乗車させたまま車を発進させたとする被告人の弁解は,ま
ずもって,その内容自体が極めて不自然である。
(2) また,被害者の被害申告の動機が被告人主張のようなものであったとする
と,被害者は,被告人のいう5月中旬ころに被告人に反感を持った後,同月26日
になって,前記のような方法でBに嘘を言って被害申告し,さらに前記のとおり6
月2日にも偶然被告人からナンパされたようにCに対し演技して再度警察署に出向
き,被告人への恨みを晴らそうとしたこととなるが,これも時期の点などからみて
極めて不合理である。なお,被告人は,この点,自分にとっては5月26日も5月
中旬に含まれる旨述べる(第5回供述調書速記録58ページ)が,これはあまりに
も強引かつ不合理な供述というほかはなく,採用の限りではない。
(3) さらに,前記のとおり,被告人の供述によれば,被害者と思われる変な女
が被告人車両に乗り込んできたとの事実は極めて特殊な経験であって,強く印象に
残るはずの出来事であるというべきところ,逮捕(6月9日午後10時45分)の
翌日である同月10日付けの被告人の警察官調書(乙9)中には,「私が襲ったと
される女性が,20歳くらい,金髪,赤色ジャンパーでジーパン着用の女性である
と聞きましたが全く覚えがない。」旨,同月13日付けの被告人の警察官調書(乙
10)中には,「本日(6月13日)は,よくよく考えてみると一点思い出したこ
とがあるので話します。」「同月10日の取調べでは親類以外の女性を自車に乗せ
てはいないと話しておりましたが,よくよく考えて,変な女の話を思い出した。」
旨の各供述記載部分があるところ,被告人は,公判廷では,逮捕翌日の6月10日
午前中に,警察官から車に乗せたことのある者を述べてほしいと言われ,変な女の
話をしたが,調書は作成されなかった旨弁解する。
 しかしながら,被告人立会いのもと被告人車両内の指紋採取がなされた同
月10日午後1時35分(検53,54)以降には,被告人としても,誰を車に乗
せたかが極めて重要な意味を持つと認識し得たと思われ,被告人は,前記6月13
日付け警察官調書(乙10)に同月10日には変な女の話をしていないように書か
れていることは気にならなかった旨供述するが,同調書には「よくよく考えて」と
いう文言が2度も記載されているのであって,かかる供述は,前記被告人の供述か
らするとまことに不自然であり,被告人が同月10日の午前中には身上経歴の調書
しか作成されなかったとしている点(第7回19ページ)にも被告人の前記弁解と
齟齬がある。また,被告人は,6月11日の検察官に対する弁解録取の際,変な女
の話をしたのに調書にはとられていない(第5回64ページ,第7回6ページ)と
か,勾留質問の際は,重要であると感じなかったので変な女の話はしていない(第
5回65ページ),あるいは裁判官に話した(同67,68ページ)など,変な女
についての供述を始めた時期や,変な女の話の重要性についての認識等の供述を著
しく変遷させており,これも前記弁解と矛盾する。
(4) さらに,被告人は,逮捕時や勾留時に,犯行時刻等は全く聞かされておら
ず,無実なのだから,犯行時刻等には興味もなかった旨供述するが,そもそも犯行
時刻等を全く知らされていないということは手続上あり得ない上,無実を証明する
ためには,いつ,どこで犯罪が行われたのかは重要な事実であり,関心を抱くのが
通常であると考えられ,この点からも被告人の供述は信用性に乏しい。
(5) そうすると,被告人は,警察による被告人車両内の指紋採取後になって初
めて変な女の弁解を始めたものと認められ,その供述時期や,供述内容自体の不自
然性,不合理性にかんがみると,1でみた被告人の弁解はこれを信用することがで
きず,前記被害者の供述の信用性を左右しない。
 4 以上のとおり,被告人の弁解供述は信用しがたいものである。
第6 検討 
1 ここであらためて被害者供述の信用性について検討すると,すでに述べたと
おり,被害者が被告人車両内において被告人から性被害に遭ったとする点について
は,被害者供述は,その信用性が十分に認められるから,被告人が被告人車両に乗
車中の被害者に対し,性犯罪に及んだ事実については,これを優に認めることがで
きる。
 しかしながら,この点に関する被害者供述が十分に信用できることをも考慮
し,さらに,被害者が極度に驚愕,混乱していたとする点を考慮してもなお,被害
者供述中,路上で被告人から被告人車両内に拉致監禁されたとの部分については,
前記のとおり,いささか具体性に欠け,やや不自然かつ不合理であり,そのまま信
用するにはやや躊躇を感じさせる部分が残るのであり,加えて,そのような目でさ
らに証拠関係を検討すると,被害者がDに自転車で出かけているのに,自宅(兄
宅)にいったん戻る際は徒歩であったとする部分や,本件監禁現場から本件犯行現
場までの被告人車両の移動経路について被害者が明確に指示説明している部分も不
自然であるともいえるのであって,結局,被害者が被告人車両に拉致監禁された事
実については,なお,合理的疑いを入れる余地が残るといわざるを得ない。
2 また,前認定のとおり,被告人は,被害者に対し「寝んかい。やらせんか
い。」と怒号していること,被害者の着用していたニットの半袖の服をまくりあ
げ,ブラジャーのホックを外して胸をなめていること,陰茎を露出し,被害者にな
めさせようとしたことが認められるが,被告人は,前件の強制わいせつ未遂の際に
も,その被害者に対して,「ええやろ,やらせろや。」等と脅して強制わいせつ行
為に及ぼうとしている(乙13)ことにかんがみても,「やらせんかい。」との発
言を含め,これらの事情のみでは,被告人に強姦の犯意があったものと推認するに
は十分でなく,強姦の犯意を認定するについては合理的な疑いを容れる余地が残る
というべきである。
 なお,被害者は,走行中の被告人車両内で,被告人から「それ以上叫んだら
殺すぞ,山に連れて行って殺すぞ。」と怒鳴られ,左手の甲で右頬を5,6発殴ら
れた旨供述するところ,手の甲で殴られたとすれば,被害の約4時間半後の写真
(甲15)に被害者が被告人から殴打された明確な痕跡がないことも必ずしも不自
然であるともいえないのであるが,前記のとおり,被害者が自己の意思で被告人車
両に乗車した疑いが残るとすれば,その直後にそのような暴行があったと認めるこ
とは,「被害者の右頬は全体的に赤っぽくなっていた。」旨の前記Bの公判供述を
考慮しても,やや困難となる。
よって,被告人の被告人車両内での犯行は,判示のとおりの強制わいせつ罪
の限度に止まるというべきである。
第7 まとめ
   以上のとおり,本件公訴事実中,被告人が被害者を監禁した点については,
本件全証拠をもってしても,合理的な疑いを容れる余地が残るので,結局犯罪の証
明がなく,被告人が被害者を強姦しようとしたが未遂に終わったとの点について
は,強制わいせつ罪の限度で犯罪事実が認められるに止まるが,監禁罪は判示強制
わいせつ罪と科刑上一罪の関係があるとして起訴されたものと認められるから,主
文において特に無罪の言渡しをしない。
(法令の適用)
 被告人の判示所為は刑法176条前段に該当するので,その所定刑期の範囲内で
被告人を懲役2年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中180日をその刑
に算入し,訴訟費用は刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担さ
せないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人が自動車内で被害者に対し,強いてわいせつな行為に及んだ事案
である。
 被告人は,密室というべき自動車内で,性的欲望を満たすべく本件犯行に及んだ
ものであり,動機に酌量の余地はなく,犯行態様も悪質である。被害者がこれによ
り受けた精神的苦痛は大きく,被害者及びその交際相手は被告人の厳重処罰を望ん
でいるが,被告人は,捜査段階から一貫して本件犯行を否認し,当公判廷において
も不合理な弁解に終始しただけでなく,被害者を侮辱するような言動にも及んでお
り,監禁の事実等が認められないことや被告人が本件により家族を失いかねない立
場にあることを考慮しても,その態度は見苦しいというほかはなく,遺憾ながら,
被告人には,事実を直視し自らを省みる態度は全く見られない。これに加えて,被
告人には,平成15年1月にも本件と類似した強制わいせつ未遂罪の前歴があるこ
となどを考慮すると,被告人の規範意識の乏しさや歪みには憂慮すべきものがあ
り,その刑事責任は重いというべきである。
 そうすると,本件においては,被告人は逃走した被害者を追いかけるなどしてお
らず,その犯意が強固なものとまでは認められないこと,公訴事実中監禁罪の成立
が認められず,強制わいせつ罪が成立するに止まること,未決勾留が相当期間に及
んだことなど被告人のために斟酌すべき事情をいかに考慮しても,本件はその刑の
執行を猶予すべき事案とは認められず,主文の刑はやむを得ないところである。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成16年4月13日
神戸地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官   杉 森 研 二
   裁判官橋 本   一
 裁判官沖敦子は差しつかえのため署名押印することができない。
裁判長裁判官杉 森 研 二

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