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         主    文
     原判決を左のとおり変更する。
     被控訴人は控訴人に対し、金一億八〇万円およびこれに対する昭和三七
年二月一三日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
     控訴人のその余の請求を棄却する。
     訴訟の総費用はこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の
各負担とする。
     この判決は、主文第二項にかぎり、控訴人において金額二、〇〇〇万円
の担保を供するときは、仮に執行することができる。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、二億四、〇二四
万円及びこれに対する昭和三七年二月一三日から支払いずみにいたるまで年五分の
割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」と
の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、な
お控訴人の当審における請求の拡張部分に対しては、請求棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は、次のとおり付加ま
たは訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
 一、 控訴代理人は、左のとおり述べた。
 (一) 終戦直後の東京都中央卸売市場の状況は、市場建物の一部は存在したけ
れども、入荷は少なく、広大な設備もほとんど利用されず、また、市場区域内の空
地には、焼跡よりコンクリート塊、壁土、瓦礫、焼トタン、塵埃等が捨てられ山を
築き、一部はいわゆる戦時菜園となつて、麦、野菜等が耕作されていたのであつ
て、市場敷地内に存する本件土地は、当時荒廃のままに放置された空地であつた。
 (二) 本件土地については、昭和二一年五月頃から市場関係係官と控訴会社
(当時の商号は不二食品株式会社)との間に話し合いが進められ、本件土地を借り
受けるについては、控訴会社が自費をもつて整地することが条件となつていた。そ
こで、控訴会社は、借受け後直ちに本件土地の一部を畑地として耕作していた者と
交渉して立ち退かせた上、aのA組に依頼し、八〇万円の費用を投じて整地を完了
し、本件土地を立派に宅地化した。控訴会社は、そこに一一棟の建物の建築を計画
したが、都経済局長からの申入れや建築制限令の施行等のため建築許可をえられな
いでいるうちに、請求原因三のとおり七五六坪が接収されたのである。なお、土地
使用料は当初坪当り一円であつたが、その後順次値上げされて、昭和三二年四月か
らは一ヶ月坪当り一六〇円、建物敷地部分は二四〇円となつた。
 (三) 進駐軍は、右七五六坪を接収したけれども、事実上これを使用せず、接
収は昭和二四年四月解除された(従前その時期を昭和二七年と主張していたのは誤
りにつき訂正する。)。その後も、被控訴人は右部分に事実上手を触れなかつたの
で、結局右土地は引き続いて控訴会社の管理下にあり、控訴人が被控訴人に提出し
た本件土地利用計画は、右七五六坪についても使用許可があつたものとの前提に立
つていた。このことは、本件土地につき代替地問題が出たときにも、控訴人が現に
使用している八四坪を除く全体を対象として話がすすめられたことからも窺うこと
ができる。
 (四) 控訴人は、昭和二四年末計画中の一部であつた五五坪の建物を建築し、
翌年一月から倶楽部営業を開始したが、この程度では市場側の要望である宿泊、会
合設備のある倶楽部を実現することはできないので、控訴人は右建物の建築と併行
して、市場側と常に交渉を保ちつつ、本格的なビルデイングの設計をしたが、被控
訴人の承認をえるにいたらなかつたものであつて、控訴会社が本件土地をほとんど
空地のままにしていたのは、被控訴人の責任であり、これを控訴会社に転嫁するの
は不当である。
 したがつて、被控訴人の主張するごとく、市場業務の拡大に伴う市場内の混雑激
化の解消のため特別の必要があつて許可を取り消し、また、七五六坪については許
可を与えなかつたというのであれば、その理由を明らかにし且つ取消しまたは許可
を与えないことにより控訴会社が蒙るべき損害に対し補償の申出をするのが権利行
使上の信義というべきである。なお、右取消しまたは許可を与えない理由の認定
は、被控訴人の独断に委ねられているのではなく、客観的に妥当なものでなければ
ならないことはいうまでもない。
 (五) 被控訴人は七五六坪の土地の接収が解除されたにかゝわらず、約旨に反
して控訴人の使用を許可せず、また内九六〇坪については、昭和三二年六月二九
日、その翌日限り使用許可を取り消す旨控訴人に対して通告し、同年九月二二日行
政代執行法を濫用して、実力をもつて控訴人の右土地の占有を侵奪した。このよう
な措置は、当然被控訴人の責に帰すべき事由による債務不履行ならびに不法行為と
しての責任を伴うものである。
 なお、接収された七五六坪については、債務不履行のみを主張する。そして前記
行政代執行法により実力をもつて控訴人の占有が奪取されるにいたつたので、七五
六坪を控訴人に優先的に使用せしめるとの約定も、この時確定的に履行不能の状態
になつたものである。
 (六) 控訴人は被控訴人から使用許可をうけた一、八〇〇坪のうち現在使用中
の八四坪を除き一、七一六坪の賃借権または土地使用権を失つたのであり、その損
害額は、右賃借権または使用権の財産権としての価格である。なお控訴人は被控訴
人の要請によつて、使用許可に際し、相当の費用を支出して整地をしており、期間
についても、その定めがなかつたことは前示のとおりであるから、損害賠償ないし
損失補償の額を定めるにあたつては、この点も考慮されなければならない。
 したがつて、控訴人が被控訴人から賠償ないし補償をうけるべき額は、昭和三二
年九月当時における本件土地の賃借権ないし使用権の価格坪当り一四〇、〇〇〇円
の割合によるべきであり、(イ)内九六〇坪については、一三四、四〇〇、〇〇〇
円、(ロ)七五六坪については、一〇五、八四〇、〇〇〇円が控訴人の蒙つた損害
ないし損失であるということができる。
 よつて、本訴において請求を拡張し、被控訴人に対し、(イ)、(ロ)の合計二
億四、〇二四万円およびこれに対する昭和三七年二月一三日から支払い済みにいた
るまで年五分の割合による金員の支払を求める。
 二、 被控訴代理人は左のとおり述べた。
 (一) 本件土地が東京都中央卸市場の敷地内に存すること、本件賃貸借の成立
当時本件土地が荒廃の状態にあつたこと、七五六坪の土地の接収が昭和二四年四月
に解除されたこと、土地使用料が控訴人主張のごとく値上げされたことはいずれも
みとめる。
 (二) 接収にかかる土地について債務不履行はない。本件土地は行政財産であ
るから、接収された七五六坪について将来接収解除のときは優先的に控訴人に使用
を認めるといつても、それによつて私法上の契約が成立したものとみることはでき
ない。それは、単に、将来接収が解除となつたときは、市場の諸事情が接収時と変
りなく、使用を許可しても支障がないと認められる場合には、再び控訴人に使用を
許可するという趣旨の行政上の方針を明らかにしたものにすぎない。ところで接収
が解除された昭和二四年当時は、ようやく市場業務が活発となり場内は狭あいをつ
げてきたときであつたため、市場整備計画を考慮しなければならなくなつた関係で
本件土地を控訴人に使用させることは、市場の管理運営に支障があつてできなくな
るにいたつたのである。
 (三) 被控訴人は、本件土地の使用期間は一年と定められたものと主張する
が、もしそれがみとめられないならば、期間は、実質上においては、市場の管理運
営上、管理者(都知事)において本件土地を必要とする事態が生ずる時までという
べきである。けだし、本件のような公共用財産は、その公共目的に妨げとならない
限度で、第三者に使用させることができるだけであり、したがつて公共目的に妨げ
を生ずる場合には、直ちにその第三者の使用を終了せしめうるのでなければならな
いことは、行政財産としての性格上当然のことだからである(当時の業務規程五八
条参照)。要するに、使用期間については、市場の管理運営上本件土地を必要とす
る時期の到来したときは使用関係を終了せしめるという趣旨が、使用許可処分に内
在しているというべく、この意味で、本件使用許可の取消しは、特定の使用期限の
途中で使用許可を取り消す場合とは性格を異にしている。
 (四) 被控訴人は、本件使用許可の取消しにより、損失補償の義務を負うもの
ではない。
 原判決理由にいう国有財産法二四条と地方自治法二三八条の五の規定は、いずれ
も普通財産の貸付期間中において、公共用等に供するための必要を生じたときに、
その契約を解除することができるものとし、その代わりに借受人に対し、よつて生
じた損失の補償請求を認めているのである。ところが、行政財産については、その
用途、目的を妨げない限度において例外的に使用を許可するのであるから、公益上
の必要が生ずれば、いつでもその使用を終了せしめる制約が使用許可に内在するも
のと考えられる。もつとも、使用期間が特定されている場合には、期間の途中で許
可を取り消すことは、借受人に不測の損害を生ぜしめることがあるので、国有財産
法一九条は、行政財産を使用させる場合にも、同法二四条を準用しているのであ
る。要するに、原判決が引用する諸規定は、特定の使用期間の途中において解約ま
たは使用許可の取消しができるという点に主眼が存するのである。しかるに、本件
土地については、使用期間の途中で使用関係を終了せしめたものではなく、市場の
運営管理のため公益上必要とする時期が到来したため、許可が取り消されたのであ
つて、事情の異なる本件の場合に、前記諸規定を類推適用する余地はない。
 (五) 仮りに、被控訴人に損失を補償する義務があるとしても、控訴人の主張
するような消滅した使用権自体に対する補償義務はない。控訴人の使用権はもとも
と市場に必要が生ずれば、いつ取り消されるかわからない制約を負らきわめて不安
定な権利であるとともに、性質上これを自由に売買等の取引の対象とすることはで
きないのであるから、控訴人が借地権なみにこれを評価して損失補償額とすること
は誤りである。
 なお、付言すると、本件においては、一、〇四四坪の土地に建坪五九坪の木造平
家建一棟があつただけで、その余の部分は現実には使用されず、放置されたままで
あつたのであり、同建物は、本件土地のうち使用許可の取消しをしなかつた八四坪
の土地の上に移転したので、本件使用許可取消しに伴なう建物撤去、営業上の得べ
かりし利益の喪失などは全く生じないですんだのである。
 三、 証拠として、控訴代理人は、当審証人B、同C、同Dの各証言、当審にお
ける控訴会社代表者E尋問の結果、鑑定人Fの鑑定の結果(鑑定書、鑑定補促書お
よび同人の当審における証人としての供述を含む)を援用し、被控訴代理人は、乙
第一一号証を提出し、当審証人G、同Hの各証言を援用した。
         理    由
 一、 原判決添付目録記載の土地が被控訴人の所有に属し、その開設にかゝる東
京都中央卸売市場内に存すること、昭和二一年当時において右土地が荒廃の状態に
あつたこと、控訴会社(当時の商号は不二食品株式会社)が昭和二一年七月二七日
被控訴人から目録第一記載の土地一、五〇〇坪を、同年九月三日目録第二記載の土
地三〇〇坪を、いずれも始期を同年八月一日、使用料を一ヶ月坪当り一円、使用目
的をクラブ、レストラン、喫茶、料理及びこれに附随する事業を営むため建物を建
築所有することとして借り受け、使用料はその後順次値上げされて昭和三二年四月
一日からは一ケ月坪当り一六〇円、建物敷地部分は二四〇円となつたことは、いず
れも当事者間に争いがない。
 二、 成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし五(ただし三については、記録
一一〇丁から一一四丁までを除く)、乙第二号証および記録上明らかな「中央卸売
市場の所在地、開設認可及び開設期日」(東京都中央卸売市場関係法規集所収)に
よれば、東京市(都)中央卸売市場築地本場は、昭和六年六月一七日開設を認可さ
れたもので、本件上地を含む東京都中央区bc丁目d番地五八、五九七坪は、同市
場の指定区域となつていることが明らかであり、右市場が魚類、鳥類、そ菜、果実
等の卸売をし、東京都民の台所を賄うものとして重要な役割を果していて公共性の
強いことは公知の事実である。そして、成立に争いのない甲第一〇号証の五、乙第
六号証、第八号証の一、二、第九号証の一ないし三および原審における検証の結果
によれば、本件土地は右市場区域の東北部出入口にある海幸橋のたもとの一角を占
め、市場業務の円滑な運営のためには重要な影響をもつ位置にあること、また成立
に争いのない甲第一、二号証、乙第七号証を成立に争いのない乙第一号証の一、
二、同第二号証(市場業務規程)に対比すれば、控訴人の営業は、市場業務の付属
営業といわれるものであることが明らかである。これらの事実を考えあわせると、
本件土地は、いわゆる公有財産のうち行政財産に属するものとみとめるのが相当で
ある。
 控訴人は、本件土地を借り受けたことをもつて、私法上の契約が成立したものと
主張するけれども、当時施行されていた東京市条例昭和九年第三七号東京市中央卸
売市場業務規程―特にその四七条、五一条、別表参照―(乙第二号証)および原審
証人Iの供述によれば、右規程が土地についての公的な処分を除外する趣旨のもの
とは考えられず、控訴人が借り受けたのも、同規程に基づいてなされたことが認め
られるので、控訴人の主張は採用し難く、控訴人が借り受けたのは、行政財産につ
いてなされた使用許可処分によるものであるというべきである。
 三、 前示甲第一、二号証、成立に争いのない甲第三号証、同第七、第八号証、
第一一号証、当審における控訴会社代表者Eの供述によつて成立を認める甲第六、
第九号証、原審証人J、当審証人B、同H(一部)、原審及び当審証人Dの各供
述、当審における控訴会社代表者Eの供述、前示検証の結果を総合すると次の事実
を認めることができる。
 終戦直後頃本件土地は、市場外から焼土、瓦礫、コンクリート塊などが持ち込ま
れて山を築き、一部はいわゆる戦時菜園として野菜等が作られていたもの、概して
荒廃の状況にあつた(荒廃の状況にあつたことは争いがない)。被控訴人東京都
は、当時予算の関係で、これら残土を自らの手で整理することができないでいた
が、市場関係者側からは、休憩所や食堂等の施設が欲しいとの要望があつたため、
本件土地の使用を許可するにあたつては、控訴会社代表者Eに整地を依頼した。右
使用許可は、地上に建物を建築所有させることが前提となつており、当時建築資材
の入手が困難であつたことや、Eに整地を引き受けさせたこと等の関係から、特に
使用についての期限は付せられなかつた。控訴会社は、使用許可を受けると直ちに
耕作者を退去させ、相当の費用を投じて本件土地を整理し、宅地化するとともに、
その周囲に土手を築き正面入口に門柱を立てゝ、境界を明確にした。そのうちに、
本件土地のうち七五六坪が進駐軍に接収されることゝなつたので、被控訴人は昭和
二二年一一月二五日「連合軍のための使用が解除されたときはこれが使用につき優
先的に適当な措置を講ずる」との条件を付して、右部分の使用許可を取り消した。
右接収は、昭和二四年四月解除になり(右接収及び解除については争いがない)、
Eは、再び右部分の使用許可を申請したが、被控訴人はこれを許可しなかつた。し
かし、右部分と残余の一、〇四四坪の土地については、表面上特に別異の取扱いが
なされるようなことはなくして推移した。
 Eは、はじめは本件土地上に一一棟の建物を建築する計画を樹てたが、都経済局
の容れるところとならず、昭和二四年末木造瓦葺平家建店舗一棟建坪五五坪を建築
し、翌年から喫茶店等の営業をここでするようになつた。その頃Eは、アントニ
ー・レーモンド設計事務所に依頼して、コンクリート造り八階建の中央市場会館の
設計図を作つたりして、何回か本件土地の利用についての計画書を提出したが、い
ずれも被控訴人の方針に沿わず承認をうけるにはいたらなかつた。このようないき
さつから、本件土地上には、前記建物が一棟存在するだけで、その余は放置された
まゝの観があつたので、被控訴人当局も、漸次控訴人が本気になつて許可をうけた
事業を実施するつもりがあるのかどうかを疑うようになり、やがて一部は、小売り
買出人の自転車置場として事実上使用されるようになつた。
 一方、朝鮮戦争の頃から中央卸売市場への入荷は急激に増加し、市場業務は活溌
となるとともに、市場としては、本件土地をも自ら使用しなければ、入荷物や多数
集合する市場関係者の混雑を防ぐことができなくなり、また、本件土地が放置され
たまゝになつていることについて、世論の批判を浴びるようになつたので、昭和二
八、九年頃からは、本件土地全部の返還について、被控訴人側と控訴会社の間に話
し合いがなされ、被控訴人側では代替地の提供等種々の提案がなされたが、両者間
に、妥結を見るにはいたらなかつた。以上の認定に牴触するHの供述は採用し難
い。
 四、 以上認定の事実関係から見るに、
 (一) 控訴人の、右土地の使用許可により、公用廃止の処分があつたとの主張
は、とうてい採用し難い。
 (二) 本件土地の使用期間については、その定めがなかつたものと認めるべき
である。もつとも、乙第三、第四号証の各一ないし四によれば、控訴人は昭和二九
年以降は、毎年四月一日から翌年三月三一日までと限つて、一、〇四四坪の土地に
つき使用許可を願い出で、被控訴人はこれを許可していたことが認められるけれど
も、これは、被控訴人が業務規程四三条、同施行細則五三条に従い、第二三号様式
にようしめることとしたまでの
ことであつて、この事実によつて、直ちに控訴人が一年毎に限られた土地の使用を
了承して、願書を提出していたものとはとうてい考えられないから、昭和二七年以
降期間は毎年一年となつたとの被控訴人の主張は採用し難い。
 五、 被控訴人が、昭和三二年六月二九日昭和二三年東京都条例一四七号東京都
中央卸売市場業務規程を適用し、一、〇四四坪の土地のうち「九六〇坪(目録第一
の(二))につき、同月三〇日限り使用指定を取り消す。よつてこの場所に存在す
る建物(目録第三)を取消ししない土地(目録第一の(三))八四坪上に移転する
ことを命ずる。」との通告を控訴人に対してし、同年九月二二日行政代執行法によ
り実力をもつて、右第一の(二)の土地を回収したこと、これを目録第一の(一)
及び第二の土地とともに多数の者に使用させるにいたつたことは、被控訴人の認め
るところである。そして、前示三において認定した事実関係および弁論の全趣旨に
よれば、右使用許可の取消しは、市場業務の拡大に伴ない、当初使用を許可した当
時と著しく事情が変更し、市場秩序を保持し、公共の利益を保全するため必要があ
つたことと、控訴人の土地の使用が不必要又は不適当と認められたためにとられた
ものであつて、結局、公益上の必要からなされたものであることが認められる。な
お、前認定の事実によれば、本件土地の使用について、少なくとも初めのうちは、
控訴人は種々の計画案を提出し、熱意を示したけれども、後にその誠意を疑われる
ようになつたこと、そう思われても仕方がないような事情があつたことが窺われる
ので、被控訴人のとつた処置は正当のものであつたというべきである。したがつ
て、被控訴人の使用許可の取消しおよびこれに基づく執行は、適法な公権力の行使
というを妨げず、控訴人の不法行為の主張はこれを採用し難い。
 つぎに、控訴人の債務不履行の主張について考える。七五六坪の土地の接収に際
し、被控訴人が前示条件を付して右部分の使用許可を取り消したことは上述のとお
りであるが、前記二、および三で判示した事実と弁論の全趣旨を考え合わせると、
甲第三号証にいう「連合軍のための使用が解除されたときは、これが使用につき、
優先的に適当な措置を講ずる」旨の文言は、右七五六坪の使用を許可する場合に
は、控訴人を第三者より優先せしめるような措置を講ずるというにとゞまり、市場
業務の状況のいかんによつて、被控訴人が自ら使用する必要を生ずるにいたつた場
合に、これをも排除する趣旨であるとは、とうてい考えられない。換言すれば、被
控訴人は控訴人に対し、右土地につき再度使用を許可すべき義務を負うにいたつた
ものと解することはできない。したがつて、被控訴人が控訴人に対し、その後右部
分の使用を許可しなかつたからといつて、被控訴人が債務不履行の責を負うものと
いうことはできないといわなければならない。この点に関する原審及び当審証人
D、当審証人B、当審における控訴会社代表者Eの供述は、採用し難い。
 六、 よつて進んで、控訴人の損失補償の請求について考える。
 被控訴人は、行政財産においては、普通財産と異なり、使用を許可するのは例外
的な場合に限られ、公益上必要が生ずれば、いつでも使用を終了せしめうる制約が
使用許可に内在するのであるから、本件使用許可の取消しにより損失補償の義務は
ないと主張する。現行の地方自治法二三八条の五第三項によれば、普通財産につい
ては、貸付期間中に契約を解除された場合、借受人はよつて生じた損失の補償を求
めることができると明記されているのに対し、同法二三八条の四第五項は、行政財
産の使用を許可した場合において、公用若しくは公共用に供するため必要を生じた
とき、又は許可の条件に違反する行為があると認めるときは、普通公共団体の長
(中略)は、その許可を取り消すことができると規定し、損失補償の要否について
は、何ら触れるところがな<要旨>い。このことは、一見被控訴人の主張を裏付ける
もののごとくである。しかし、憲法二九条三項に、「私有財産は、正当な補
償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定するのは、いわゆる
プログラム規定ではなく、もし使用許可の取消しにより、財産上の犠牲が一般的に
当然に受忍すべき制限の範囲をこえ、特別の犠牲を課したものとみられる場合に
は、直接憲法二九条三項を根拠に補償の請求をすることができるものと解するのが
相当である。(最高裁昭和三七年(あ)第二、九二二号、昭和四三年一一月二七日
大法廷判決参照)。
 被控訴人の右主張は採用しない。
 ところで、本件土地の使用権については、一たん許可が与えられた以上、控訴人
に財産上の利益が存することはあらためていうまでもなく、したがつて、これを
「私有財産」というを妨げないから、つぎに控訴人が本件土地について損失補償請
求権を有するか否かを具体的に検討する。
 (一) 七五六坪の土地(目録第一の(一)および第二の土地)について。右土
地が昭和二二年進駐軍に接収されることとなつた結果、前記条件を付して使用許可
が取り消され、右接収は昭和二四年四月解除されたが、その後被控訴人は右土地に
つき控訴人に対し使用を許可していないこと、右条件は、被控訴人に対し、使用許
可を義務づけたものとは認められないことは、いずれもさきに判示したところであ
る。したがつて、補償請求権の有無は、昭和二四年四月接収が解除された時点にお
いて、被控訴人が使用を許可しなかつたことについて正当の理由があつたかどうか
にかかるものというべきである。(接収そのものは、憲法以前の問題であつて、補
償の対象にはならないと解する。)しかも、この場合に控訴人に補償されるべき金
額は、財産権を喪失したという積極的損害ではなく、使用許可が与えられたなら
ば、えられる筈であつた利益を喪失したという消極的損害にほかならない。控訴人
は、右部分の使用も事実上認められていたと主張し、本件土地が外観上七五六坪の
部分と他の部分とが区別して取り扱われていなかつたこと、代替地問題が出たとき
は、一、八〇〇坪の土地全体について、当事者間に話し合いがなされたことは、前
判示のとおりであるが、右七五六坪について使用料が納付されていたことは、控訴
人の主張しないところである(当審証人Bの証言中、被控訴人が一、八〇〇坪につ
いて使用料を徴収していたかのごとき供述部分は信用しない。)から、右部分につ
いて使用許可があつたものと同視することはできない、のみならず、控訴人はこの
意味においての補償請求をしているものでないことは、弁論の全趣旨に照らして明
らかである。さらに、地方自治法二三八条の趣旨を勘案すれば、控訴人は七五六坪
については、補償請求権を有しないものと解するのが相当である。
 (二) 九六〇坪の土地(目録第一の(二))について。
 一、〇四四坪の土地中、八四坪(目録第一の(三))を除く九六〇坪について、
被控訴人が昭和三二年六月三〇日限り使用指定を取り消し、同年九月二二日行政代
執行法により、これを回収したこと、右取消し及び回収が適法な公権力の行使によ
り、控訴人に対してなされたものであることは、前に判示したとおりであり、右行
使が控訴人の責に帰すべき事由に基づくものとは、被控訴人もこれを主張していな
いのであるから、これにより控訴人に特別の犠牲を負わしめるものである場合に
は、被控訴人はその損失に対し正当な補償を与えるべきである。
 ところで、九六〇坪の回収は、個別的に控訴会社だけを対象としてなされたもの
であり、社会通念に照らしても、右取消しないし回収(侵害)は当然に受忍すべき
制限の範囲を越えないものとはとうてい云えないから、控訴人に特別の犠牲を負わ
しめるものであることは明らかである。したがつて、被控訴人は控訴人に対し正当
な補償をなすべき義務がある。
 控訴人は、右使用許可の取消しにより、九六〇坪の土地を使用することができな
くなつたのであるから、これによつて控訴人に生じた損害が補償の対象とされるべ
きであることは疑いを容れない。すなわち、右土地の使用権の喪失という積極的損
害が補償されるべきである。この点に関する被控訴人の見解には左袒することがで
きない。
 ところで、右土地の使用権は、私法上の借地権と同一視することはできないが、
建物の所有を目的とする借地権ときわめて相似することも看過すべきではない。控
訴人は、荒廃していた本件土地を被控訴人の依頼により、相当の費用を投じて整地
したのであり、このことはあたかも、借地権を取得するに際し、権利金を支払つた
のと対比することができる。しかも、右使用権が期限の定めのないものであつたこ
とは、さきに判示したとおりである。もつとも、建物所有の目的が市場の付属営業
に適するものであることを要し、かつ建物の建築、増改築等については知事の承認
をえなければならないし(業務規程四五条)、何らの名義をもつてするを問わず原
則として転貸等が禁ぜられている(同四四条)などの制約をうけているが、反面土
地使用料の額は通常の借地権の資料に比しきわめて低廉であることが明らかであ
る。そうとすれば、借地権価格は、本件土地使用権の価格の算定にあたつては、充
分に参考とするに値するということができる。当審における鑑定人Fの鑑定の結果
によれば、昭和三二年六月末及び九月末当時における本件土地の更地価格は、坪当
り一七五、〇〇〇円であり、借地権価格は、その八〇%をもつて適当とし、坪当り
一四〇、〇〇〇円と評価しているのであつて、その理由も概ね肯綮にあたつてい
る。ただ、借地権価格と本件土地使用権の価格を全く同一視していることは、いさ
さか首肯し難いので、当裁判所は、上来判示した諸事情を斟酌し、本件土地使用権
の価格は、更地価格の六〇%をもつて正当とし、右価格をもつて控訴人のうけるべ
き「正当な補償」と認める。したがつて、被控訴人は控訴人に対し
 175,000×0.6×960=100,800,000円
 の補償をなすべき義務がある。
 七、 以上に判示したとおりであるから、本件請求中、控訴人が被控訴人に対し
一億八〇万円及びこれに対する本件請求がなされた口頭弁論期日の翌日であること
記録上明らかな昭和三七年二月一三日から支払いずみにいたるまで年五分の割合に
よる損害金の支払を求める部分は正当であり、これを認容すべきであるが、その余
は失当としてこれを棄却すべく、これと趣旨を異にする原判決は変更を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言に
つき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 三淵乾太郎 裁判官 三和田大士 裁判官 園部秀信)

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