弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,別紙原告目録記載の各原告に対し,別紙請求額等目録請求額欄記載
の金員及びこれに対する第1事件原告らについては平成10年4月21日か
ら,第2事件原告らについては同年5月7日から,第3事件原告らについては
同年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
第2事案の要旨
山一證券株式会社(以下「山一證券」という)は,約2648億円に上る。
簿外債務が判明し,平成9年11月24日,大蔵省に対し,営業休止届を提出
して,経営破綻に陥ったものである。
本件は,山一證券の株式を購入した原告らが,監査法人である被告に対し,
山一證券の作成した平成4年3月期から平成9年3月期までの各有価証券報告
書のうちには,上記簿外債務に係る重要な事項について虚偽の記載があったに
もかかわらず,又は記載すべき重要な事項の記載が欠けていたにもかかわらず
(以下,これらを併せて「虚偽記載等」という,被告は上記有価証券報告。)
書の記載を虚偽でないものとして又は欠けていないものとして証券取引法以,(
下「証取法」という)193条の2第1項本文に基づく監査証明をし,その。
結果,原告らは,上記監査証明により,経営破綻した山一證券の株式購入代金
相当額の損害を被ったと主張して,証取法24条の4,22条,21条1項3
号に基づく損害賠償として,上記損害及びこれに対する各訴状送達の日の翌日
(第1事件につき平成10年4月21日,第2事件につき同年5月7日,第3
事件につき同年9月1日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払をそれぞれ請求した事案である(なお,別紙請求額等目録備考
欄に「内金」と記載のある原告らの請求は一部請求である。。)
これに対して,被告は,①山一證券の作成した上記各有価証券報告書に虚偽
記載等があったとは認められない,②仮に虚偽記載等があったとしても,監査
証明をしたことについて故意又は過失がなかった場合には賠償の責めに任じな
いとされているところ(証取法24条,22条,21条2項2号,被告には)
上記故意又は過失はなかった,③原告らには,被告のした監査証明と相当因果
関係のある損害が発生したとは認められないと主張して,原告らの請求を争っ
ている。
(,。)第3前提となる事実末尾に証拠等の記載のないものは当事者間に争いがない
1当事者
()原告ら1
(,,,,原告らただしI訴訟承継人原告A64同原告A65同原告A66
J訴訟承継人原告A79及び同原告A80は除く,I及びJは,別紙請。)
,,求額等目録購入日欄記載の日に同目録購入株数欄記載の数の山一證券株を
同目録購入額欄記載の金額で購入した(なお,一部の原告に関しては,この
購入の事実につき,後述するとおり当事者間に争いがある。。)
Iは,平成10年10月23日に死亡し,原告A64,原告A65及び原
告A66が相続した。
Jは,平成11年12月22日に死亡し,原告A79及び原告A80が相
続した。
()山一證券2
山一證券は,創業者が明治30年に東京株式取引所仲買人の免許を受け,
創業したことに始まり,その後「山一」ののれんのもとに証券業を営んで,
きたところ,昭和18年9月30日の小池證券株式会社との合併により設立
された株式会社である。
山一證券は,平成8年当時,資本金1266億0721万9000円,従
業員数約7300人で,日本の四大証券会社の一角をなす証券会社であり,
特に法人を顧客とする株式の公開,引受等のファイナンス部門の営業に力を
注いでいたことから「法人の山一」とも呼ばれていた(甲6),。
()被告3
被告(旧中央監査法人。平成12年4月3日に青山監査法人と合併し,現
在の名称となる。以下,名称の変更の有無にかかわらず,単に「被告」とい
う)は,公認会計士法34条の2の2第1項に基づいて設立された監査法。
人である。
被告は,平成2年以前から平成10年3月期までの間,証取法193条の
2第1項本文に基づき,山一證券の貸借対照表,損益計算書その他の財務計
算に関する書類で内閣府令で定めるものの監査証明を行ってきた。
2簿外債務発生の経緯(甲2,4,5の19,甲9,乙A275,弁論の全趣
旨)
()国内分について1
ア山一證券は,昭和60年ころから法人顧客の一任勘定取引を積極的に取
り付けるようになり,特に,特定金銭信託(委託者が信託銀行に金銭を信
託し,売買する有価証券の銘柄,数量,単価は委託者が決定し,信託終了
。「」。)時には原則として金銭が交付される信託契約をいう以下特金という
で,事実上,証券会社の営業部門がその運用を行う,いわゆる営業特金を
中心とした投資勧誘を行ってきた(以下,このような一任勘定取引を「営
業特金等」という。このような取引に当たって,山一證券は,顧客と。)
の間で,あらかじめ運用利率を保証する,いわゆるにぎりを行っていた。
しかし,バブル経済の崩壊に伴い,顧客が保有する有価証券に多額の含
み損が発生したことから,山一證券は,にぎりを理由に顧客から損失補填
を迫られるようになった。そこで,山一證券は,有価証券の含み損を表面
化させないため,決算期前後に,企業間の市場外での直取引によりその有
価証券を簿価(取得額に相当する)で売買する,いわゆる飛ばしを仲介。
するようになった。
ところが,平成3年ころ,損失補填問題を中心とした証券会社に対する
批判が高まり,顧客からも営業特金等の取引を解約したいとの意向が示さ
れるようになった。取引の解約に際しては,運用されていた有価証券に生
じた含み損が現実化する可能性があったところ,平成3年10月に証取法
が改正され(平成3年法律第96号。以下,特に同法により改正される前
の証取法を指して改正前証取法と改正された後の証取法を指して改「」,「
正証取法」ということがある,改正証取法が施行される平成4年1月。)
1日以降,損失補填が取引の前後を問わず原則として禁止されることとな
ったことから,山一證券は,それまでに含み損を抱えた有価証券を処理す
ることを迫られた。
大部分の顧客については,顧客において,その保有する有価証券の含み
,,損を負担する形で営業特金等の取引の解約がされたがにぎりだけでなく
飛ばしの受け皿として利用された7社が保有していた含み損を抱えた有価
証券について,山一證券は,やむを得ずこれを引き取ることを決定した。
(山一證券が最終的に含み損を抱えた有価証券を引き取ることとなった顧
客を併せて「最終7社」という。。)
イ山一證券は,上記の含み損を抱えた有価証券の引取りを次のとおりの方
法により行った。すなわち,山一證券は,平成3年3月から平成4年11
,(「」。),月にかけて日本ファクター株式会社以下日本ファクターという
エヌ・エフ・キャピタル株式会社(以下「エヌ・エフ・キャピタル」とい
う,エヌ・エフ企業株式会社(以下「エヌ・エフ企業」という,エ。)。)
ム・アイ・エス商会株式会社(以下「エム・アイ・エス商会」という)。
及びアイ・オー・シー株式会社(以下「アイ・オー・シー」といい,これ
らの5つの会社を併せて「NFら5社」という)の5社を設立した。そ。
して,以前から,最終7社を貸主,山一證券を借主,含み損を抱えた有価
証券の簿価(取得額に相当する)を借入金額とする金銭消費貸借契約が。
あり,山一證券が最終7社に対して問題の含み損を抱えた有価証券を担保
として差し入れていたものとした上で,日本ファクター,エヌ・エフ・キ
ャピタル及びエヌ・エフ企業が最終7社に対して上記消費貸借契約に基づ
く山一證券の債務を第三者弁済し,最終7社から担保の返還として上記有
価証券の引渡しを受けた。これにより,実質的には,山一證券は最終7社
から合計1207億円の含み損を抱えた有価証券を簿価で引き取ったので
ある(なお,ここで山一證券が引き取ることを決定した含み損を抱えた有
価証券が,いつの時点で実体法的に山一證券に帰属することとなったのか
については,後述するとおり当事者間に争いがある。以下,最終7社から
引き取った有価証券の含み損に相当する損失及び後述する方法によってこ
の含み損を隠ぺいすることにより発生した損失を,後述する海外で発生し
た同様の損失と併せて「本件簿外債務」という。。)
平成3年12月から平成4年3月にかけて引き取った有価証券の含み損
額の内訳は以下のとおりである。
()含み損額
株式会社新日化イー・エム・シー383億円
郵船アカウンティング・アンド・ファイナンス株式会社226億円
株式会社毎日の食卓センター40億円
日本農薬株式会社86億円
伊藤忠総合ファイナンス株式会社80億円
東急百貨店252億円
兼松総合ファイナンス140億円
(合計)1207億円
ウ上記のとおり,日本ファクター,エヌ・エフ・キャピタル及びエヌ・エ
フ企業は最終7社から含み損を抱えた有価証券を引き取ったが,株式会社
(「」。)の監査等に関する商法の特例に関する法律以下商法特例法という
1条の2第1項,2条1項により,資本金5億円以上又は負債総額200
億円以上の株式会社は会計監査人の監査を義務付けられていたことから,
この含み損による損失を表面化させないため,NFら5社で引き取った有
価証券を分散して保有するとともに,決算期を異にするNFら5社間の飛
ばしによって,それぞれの決算期の負債総額が200億円を超えないよう
に調整された。
エ山一證券は,NFら5社が含み損を抱えた有価証券を買い取るための資
金を次のとおりの方法により供給した。すなわち,山一證券がNFら5社
に対して国債を貸し付け,NFら5社は,山一證券との間で,この貸し付
けられた国債を現先取引(いわゆる売り現先と呼ばれる取引で,一定期間
経過後に,予め定められた価格で買い戻すことを条件として有価証券の売
却する取引をいう)することによって現金を取得した。。
また,上記有価証券の引取り後においても,NFら5社が貸債契約の更
新や現先取引のジャンプ(決済期限の延期)のための金利相当分の金銭を
次のとおりの方法により供給し続けた。すなわち,山一證券は,安田信託
銀行株式会社(以下「安田信託」という)やクレディ・スイス信託銀行。
株式会社(以下「クレディ・スイス」という)と特金契約を締結した上。
で,開設された特金口座の運用として国債を購入し,まずこれを株式会社
山一エンタープライズ(以下「山一エンタープライズ」という)に貸し。
付け,その後,山一エンタープライズからNFら5社に貸し付けられ,N
Fら5社は,山一證券との間で,この貸し付けられた国債を売り現先に出
すことによって現金を取得していた。
()海外分について2
ア昭和62年9月,タテホショックが起き,国債先物等で運用していた顧
客に多額の損失が発生したが,この顧客については山一證券がにぎりによ
る一任勘定取引を行っていたため,山一證券において含み損を抱えた国債
を引き取らざるを得なくなった。
また,山一證券の債券本部において,上記タテホショックにより,その
保有する有価証券が含み損を抱えることとなったり,平成元年,相場が急
落したため,購入した建設関連等の転換社債につき売却損が生じたり,平
成2年8月,予想に反してイラクのクウェート侵攻による円高が進んだこ
とによって評価損を抱えることとなったり,含み損を抱えたストリップ債
〔米国財務省長期証券(満期10年ないし30年)から利札(クーポン)
部分を切り離した元本部分の債券〕保有せざるを得なくなった。
さらに,山一證券の指示を受け,その海外現地法人である山一インター
ナショナル・ヨーロッパは,山一證券の顧客の海外現地法人の保有する含
み損を抱えた有価証券の損失補填を行ったり,山一證券は,山一インター
ナショナル・香港の抱える株式や転換社債等のディーリングによる含み損
を補填しようとした。
そのほかにも,山一證券は,その100周年に向けた平成8年9月中間
期決算における収益積み増しを図り,仕組み債の先取り利息を利用して収
,。益を確保しようとしたため多額の利落ちした債券を抱えることとなった
これらにより,山一證券が引き受けることになった損失をまとめると以
下のとおりとなる(なお,いつこれらの損失が山一證券に帰属することと
なったのかについては,前述の国内分に関するものと同様に,当事者間に
争いがある。。)
()最終損失
顧客の含み損247億円
山一證券の債券本部ディーリングによる含み損628億円
山一證券の海外現地法人で生じた損失58億円
山一證券の決算数字のための益出し22億円
(合計)945億円
イ山一證券は,上記損失を次のとおりの方法により補填した。すなわち,
昭和63年から平成5年にかけてバハマに設立されたヒル・トップ社ほか
3社,山一證券の海外現地法人である山一オーストラリア等及び顧客の海
外現地法人において含み損を抱えた有価証券を簿価(購入金額に相当す
る)にて引き取り,この含み損をいったん現実化した上で,仕組み債の。
先取り利息により穴埋めし,利落ち後の債券はヒル・トップ社等や山一オ
ーストラリア等が額面金額で引き取り,最終的に,山一オーストラリア等
に集約された上で,中国銀行等の金融機関に対して売り現先に出された。
なお,外国債券の現先取引(売り現先)においては,通常,証券そのも
のは決済機関に保管されていることから,相手方はそれが仕組み債である
ことに気づきにくく,帳簿上も仕組み債であることを明記する必要がない
,。ため債券が含み損を抱えていたとしても外見上明らかになりにくかった
3山一證券の有価証券報告書に対する監査証明
()証券取引所に上場されている有価証券の発行者である会社は,内閣府令1
(。。),,かつての大蔵省令以下同じで定めるところにより事業年度ごとに
,,その商号や属する企業集団経理の状況等の事業の内容に関する重要な事項
その他の公益又は投資者保護のため必要かつ適当なものとして内閣府令で定
める事項を記載した報告書(これを有価証券報告書という)を,その事業。
年度経過後3か月以内に内閣総理大臣に対して提出しなければならない証,(
取法24条1項柱書本文。)
そして,証券取引所に上場されている有価証券の発行会社が証取法の規定
により提出する貸借対照表,損益計算書その他の財務計算に関する書類で内
閣府令で定めるものは,監査法人等の監査証明を受けなければならず(証取
法193条の2第1項本文,この監査証明は,内閣府令で定める基準及び)
()。手続によって行わなければならないとされる証取法193条の2第2項
証取法193条の2の規定に基づく財務諸表等の監査証明は,監査を実施
した監査法人等が作成する監査報告書等により行われる〔財務諸表等の監査
証明に関する省令(平成11年大蔵省令第25号による改正前のもの)3条
1項〕ところ,監査報告書等は,一般に公正妥当と認められる慣行に従って
()。実施された監査等の結果に基づいて作成されなければならない同条2項
財務諸表等の監査証明に関する省令取扱通達は,上記一般に公正妥当と認
められる慣行に従って実施された監査等とはおおむね「監査基準,監査実施
準則及び監査報告準則の改定について(企業会計審議会平成3年12月2」
6日報告)に定めるところに従って実施されたものをいうものとする旨定め
ている(乙A275)。
()山一證券は,被告との間で,山一證券を監査委嘱者と,被告を監査受嘱2
者とし,商法特例法2条による計算書類等の監査証明及び証取法193条の
2による財務書類の監査証明を目的とした監査契約を締結した。
被告は,上記監査契約に基づき,山一證券の作成した平成4年3月期から
平成9年3月期までの各事業年度の有価証券報告書について,証取法193
条の2第1項本文による監査証明をそれぞれ行った(乙A179,弁論の。
全趣旨)
()山一證券の平成4年3月期から平成9年3月期までの各有価証券報告書3
。(,,にあった貸借対照表は別紙貸借対照表のとおりであった甲6甲A28
乙A275)
4本件簿外債務の発覚から破産まで
()山一證券は,平成9年7月30日,総会屋への利益供与事件で,東京地1
方検察庁及び証券取引等監視委員会の強制捜査を受けた。これを機に,当時
会長を務めていたKや社長を務めていたLを始めとする役員が退任し,新た
にMが社長に,Nが会長に就任した(甲2)。
()平成9年11月3日に三洋証券株式会社が経営破綻したことで金融不安2
が広がり,山一証券株についても売りが進み,さらに,同月6日,アメリカ
大手格付け機関であるムーディーズ・インベスターズ・サービス(以下「ム
ーディーズ」という)が山一證券の社債格付けを投資不適格に格下げする。
ことを検討していることを発表したことで,株価の下落に拍車がかかり,同
年10月25日に1株252円であった株価は,同年11月4日には236
円,同月7日には200円を割り込み,同月14日には100円となった。
同月17日,北海道拓殖銀行が経営破綻し,金融不安が一気に高まり,山
一証券株は,同月19日,一時59円にまで下落した。これを受けて,ムー
ディーズは,同月21日,山一證券の社債の格付けを投資不適格とすること
を発表した(甲8の5,甲A34)。
()平成9年11月22日,日本経済新聞朝刊に山一證券の本件簿外債務の3
存在に関する記事が掲載され,大蔵省のO証券局長は,山一證券が2000
億円を超える簿外債務(本件簿外債務)を抱えていることを公表した。そし
,,,,て山一證券は同月24日自主廃業に向け営業を休止することを決定し
大蔵省に営業休止届を提出した。
本件簿外債務は,同日時点で,国内分について1583億円,海外分につ
いて1066億円に上っていた。
()その後,山一證券は,平成11年6月2日,東京地方裁判所において破4
産宣告決定を受けた。
5山一證券に係る証取法等違反被告事件
K及びLは,山一證券に係る証取法等違反被告事件で,東京地方裁判所に起
訴された。
同事件については,平成12年3月28日,K及びLは,共謀して,含み損
を抱えた有価証券の簿外処理等により,当期未処理損失を平成7年3月期につ
いては2331億0400万円,平成8年3月期については2379億860
0万円,平成9年3月期については2718億4000万円,それぞれ圧縮し
て記載した有価証券報告書を,大蔵大臣に対してそれぞれ提出したなどとする
,。()犯罪事実が認定されK及びLをいずれも有罪とする判決が下された甲9
第4争点及び当事者の主張
1虚偽記載等の有無(争点①)
()原告らの主張1
ア本件簿外債務の山一證券への帰属について
(ア)背景事情
山一證券が損失補填や含み損を抱えた有価証券の保有を隠ぺいするた
めに複雑極まりない方法を用いたのは,証券会社による損失補填が社会
的な非難を受け,この結果,平成3年10月の証取法の改正により,事
後的な損失補填をも法の禁止するところとなったにもかかわらず,あえ
てこれを実行しようとしたからであり,また,損失補填の結果,山一證
券が保有することとなった有価証券の含み損が明るみに出れば,経営破
綻も免れないという危機的状況に陥っていたからである。
そうすると,山一證券の実行した隠ぺい工作は,山一證券が,当初は
社会的な非難を避けるため,後には経営破綻を免れるために行われたも
のにほかならない。
したがって,有価証券の含み損が山一證券に帰属するとするのは当然
である。
(イ)本件簿外債務が山一證券に帰属する法的根拠
a法人格否認の法理
(a)判例上,法人格が形骸に過ぎない場合,又は法人格が濫用的に
利用されている場合,その法人格は否認され,背後にいる実体が義
務の主体として扱われることが認められている(最高裁判所昭和4
4年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号511頁。)
(b)NFら5社は,金銭貸付業務,日用雑貨品の販売などを事業目
的とするが,事務所も従業員もなく,営業活動の実績は全くなかっ
た(甲5。)
(c)NFら5社は,いずれも山一證券グループに属する山一エンタ
ープライズと本店所在地を同じくし,資本金は最低限度の1000
万円に過ぎず,また,これらの資本金は山一エンタープライズが1
00%出資していた。
そして,山一エンタープライズは,山一證券グループの社内売店
業及びゴルフ会員権仲介業を中心業務とし,山一證券が5%,山一
情報システム株式会社(以下「山一情報システム」という)が5。
0%,株式会社山一證券経済研究所(以下「山一證券経済研究所」
という)が45%出資していた。。
山一情報システムは,コンピューターによる情報処理等を主たる
業務とし,山一證券グループがその株式の95%を保有していた。
また,山一證券経済研究所は,経済,資本市場,産業等に関する調
査研究等を中心的業務とし,山一證券・調査部ともいうべき会社で
あり,山一證券グループがその株式の100%を保有していた。
(d)平成3年12月から平成4月6月までの間,日本ファクターの
代表取締役を務めたPは,それ以前,長らく山一證券の取締役を務
めていた。
NFら5社の設立時から(日本ファクターについては平成4年6
月から,各社の取締役に就任していたQは,それ以前,山一證券)
・企画室に所属しており,NFら5社の取締役を退任した後,山一
證券の監査役に就任した。Qは,山一證券がNFら5社を使った損
失補填を実行することを決定した平成3年11月24日の役員会議
に出席するなど本件簿外債務の隠ぺいに積極的に関わっていた甲,(
2。)
山一エンタープライズ代表取締役や同清算人に就任したRは,か
つて山一證券の取締役を務めており,本件簿外債務の処理や経営改
善計画の策定を目的とした平成5年8月13日会議に出席するなど
していた(甲2。)
NFら5社の解散時における役員構成はすべて同じで,代表取締
役であったSは,山一エンタープライズの取締役を兼務していた。
,,(e)上記の点からするとNFら5社の法人格は濫用されていたか
形骸化していたというべきであるるから,NFら5社の法人格は否
認され,その背後にいる山一證券がその含み損を負担しなければな
らない。
また,山一證券は,その海外部門の業務に関して,同じく含み損
のある有価証券を海外のペーパー会社に引き取らせるなどし,最終
的に山一證券の海外現地法人である山一オーストラリアに集約させ
ていった。この場合も法人格が濫用されるなどし,法人格は否認さ
,。れるべきであるので背後にいる山一證券がその含み損を負担する
(f)なお,被告に対する証取法24条の4,22条,21条1項3
(),号に基づく損害賠償請求事件の別件判決乙A275においても
NFら5社及び海外ペーパー会社であるヒルトップ社等の法人格は
否認され,これらの国内,海外の会社の資産及び負債はすべて山一
證券に帰属するものとして貸借対照表に計上すべきであったと判断
されている。
b含み損の実質的帰属
(a)NFら5社の法人格を認めるにしても,NFら5社にはその名
義で引き取った含み損を抱える有価証券しか資産はなく,何らの事
業も行っていないのであるから,安田信託及びクレディ・スイスに
開設した特金口座経由で貸し付けた国債の返還請求権や,売り現先
により買い取った国債の売り戻し時における代金請求権は,NFら
5社において,山一證券に対し,将来履行できないことが明白であ
った。
したがって,これらの請求権のうちNFら5社の保有する有価証
券等で担保されない部分,すなわち実質的には本件簿外債務に相当
する部分は,やはり山一證券がその損失として負担しなければなら
ない。
(b)本件簿外債務のうち海外分に関しても,山一證券は,新たに設
立した会社に含み損を抱えた有価証券を引き取らせるため,又は隠
ぺいするため,外国銀行と仕組み債の現先取引を行っていたが,本
来,この取引は金融取引として会計処理すべきであった。そして,
この場合,利落ちした仕組み債を資産に計上する一方で,外国銀行
に対する借入金を借入に計上する必要があり,その結果,山一證券
の資産は目減りすることになる。
仮に売買取引であるとしても,仕組み債の取得価格と償還価格の
差額分は,山一證券において負担しなければならない。
c通謀虚偽表示
(a)国内の含み損を抱えた有価証券の損失補填方法からすると,山
一證券と最終7社との間に消費貸借契約は存在しないのであるか
ら,山一證券から差し入れられたとされる有価証券は債権の担保と
なり得ず,日本ファクター等の第三者弁済も法的原因を欠くもので
あった。
すなわち,最終7社と日本ファクター等との上記取引は通謀虚偽
表示にほかならず,実際は最終7社と山一證券との間での取引だっ
た。したがって,含み損は山一證券に帰属することになる。
(b)本件簿外債務のうち海外分に関して,山一證券の海外の子会社
が,山一證券やその顧客の含み損を抱えた有価証券を簿価で買い取
る義務はないし,これらの子会社にこのような有価証券を引き取る
意思も能力もないのであるから,取引先や監督官庁等を欺くための
手段としての債務移転というほかない。
,,したがって上記取引についても通謀虚偽表示というべきであり
顧客の損失補填を企図した山一證券が,これらの含み損を負担する
というべきである。
イ虚偽記載等の有無について
(ア)虚偽内容の指摘の程度
a山一證券は,損失補填の結果生じた含み損を隠ぺいするため,貸借
対照表上の負債総額を始めとする各数値に虚偽の記載をしていた。
一般に含み損を隠す方法としては,貸借対照表の負債の部のいずれ
かの科目を過小に記載する方法,資産の部のいずれかの科目を過大に
記載する方法,そのいずれをも用いる方法が考えられるが,このよう
な方法がとられると,結果として資産や負債の総額が虚偽の数値とな
る。
貸借対照表中の資産や負債の総額が各数値の中で最も重要なもので
あることに疑いの余地はなく,これについて虚偽があれば「有価証,
券報告書のうちに重要な事項」について「虚偽の記載」があったこと
になるのは明白である。
山一證券自体,臨時報告書や営業報告書,半期報告書,営業休止届
出等において,負債総額が過小であったことや,財務諸表中の数値に
基づいて算出される自己資本規制比率が誤っていたことを認めてい
る。
b本件においては,本件簿外債務に関する記載が欠けているだけで,
有価証券報告書に「記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせた
いために必要な重要な事実の記載が欠けているとき」に該当するので
あるから,原告らとしては,これ以上にどの勘定科目にどのような内
容の虚偽があるのかということまで具体的に主張立証する必要はな
い。
そして,本件簿外債務に関する記載が山一證券の有価証券報告書に
欠けていたことについては,当事者間に争いがない。
(イ)虚偽記載等の内容
a証取法24条の4「重要な事項」の該当性
自己資本規制比率とは,控除後自己資本を分子,リスク相当額を分
母として算出される数値を指す。そして,この自己資本規制比率は,
内閣総理大臣への届出事項とされ(証取法52条1項,一定の基準)
を満たさないときには,内閣総理大臣が業務改善命令や業務停止命令
を発令したり,場合によってはその証券会社の証取法28条の登録を
取り消すことができるとされ(証取法56条の2,公益又は投資家)
への影響を計る重要な指標とされているのであり,有価証券報告書の
記載事項の中でもとりわけ重要な意味を有している。
したがって自己資本規制比率は当然に証取法24条の4にいう重,「
要な事項」に該当し,また,この算定の元となる控除後自己資本や財
務諸表中の数値(貸借対照表上の数値)も同様に「重要な事項」に該
当するというべきである。
b自己資本規制比率・控除後自己資本の記載の虚偽
,,(a)山一證券は平成3年ころから膨大な含み損を隠ぺいしており
平成9年11月には2600億円の簿外債務(本件簿外債務)があ
ることを公表して営業休止届を提出した。
そして,証券取引等監視委員会特別調査官作成に係る調査官報告
(甲A29)や山一證券の代表取締役であったK及びLに対する刑
事事件判決(東京地方裁判所平成12年3月28日判決。甲9)に
おいては,平成7年3月期から平成9年3月期における修正自己資
本比率について,以下のとおり認定されている(括弧内の数値は,
各決算期において実際に公表された有価証券報告書に記載されてい
た数値である。。)
平成7年3月期27.1%(260.9%)
平成8年3月期37.5%(268.5%)
平成9年3月期-91.0%(240.0%)
これらの修正自己資本規制比率は,当期未処理損失を計上しなか
った場合の数値であるとされるところ,上記各決算期において計上
すべき当期未処理損失は以下のとおり認定されている(括弧内の金
額は,各決算期において実際に公表された有価証券報告書に記載さ
れていた金額である。。)
平成7年3月期2776億3500万円
(445億3100万円)
平成8年3月期2220億7800万円
(150億0800万円)
平成9年3月期4280億2800万円
(1561億8800万円)
このように,平成7年3月期から平成9年3月期の自己資本規制
比率及びこれを算出する元となった控除後自己資本には虚偽記載が
あった。
(b)また,社内調査の結果,山一證券は,平成3年ころから100
0億円を超える含み損を隠ぺいし,これを秘密裏に償却する方法を
模索していたことが報告されている。
したがって,平成6年3月期以前の有価証券報告書の自己資本規
制比率や控除後自己資本の記載についても,上記と同様に虚偽であ
るということになる。
c貸借対照表上の記載の虚偽
(a)現金・預金の記載の虚偽
前記のとおり,含み損を抱えた有価証券については,山一證券に
帰属するところ,上場有価証券については,低価法(取得価格と時
価とを比較し,価格の低い方をその有価証券の評価額とする方法)
を採用することが義務づけられているのであるから,時価額にて山
一證券の資産として計上し,他方,日本ファクター等が上記有価証
券を取得するに当たり必要となった金額を,現金・預金の科目から
差し引く必要があった。
したがって,貸借対照表中,現金・預金の科目に虚偽記載があっ
たことになる。
(b)未払金の記載の虚偽
本件簿外債務につき,資産計上するか,負債計上するかについて
決まった考え方はない。そして,負債計上する場合に本件簿外債務
の発生経過を最も忠実に反映するのは,未払金の科目である。すな
わち,NFら5社が最終7社から引き取った有価証券の実際の評価
額は取得価格を大幅に下回るので,このような有価証券の引取りを
指示した山一證券は,NFら5社に対し,本件簿外債務に相当する
この差額分を支払う義務を負うことになるから,これをNFら5社
に対する未払金として,財務諸表上の負債欄に記載する必要があっ
た。
したがって,貸借対照表中,未払金の科目に虚偽記載があったこ
とになる。
(c)偶発債務損失引当金の記載の虚偽
NFら5社の法人格が否認されない場合,前記のとおり,山一證
券は,実勢価格が額面価格より低い国債の返還請求権や,売り現先
の条件成就による代金請求権を保有することになる。そして,これ
らの債権は,前記のとおりのNFら5社の実態からすれば,いずれ
回収不能となることは明らかであったのであるから,将来の特定の
損失というべきであり,その発生が当期以前の事象に起因し,将来
発生する可能性が高く,その金額を合理的に見積もることができる
場合に該当するので,偶発債務損失引当金として回収不能見込額を
〔()〕。財務諸表に計上しなければならない企業会計原則注解注18
また,本件簿外債務のうち海外分に関して,山一證券は,利落ち
した仕組み債を取得しているが,この債券は償還価格が取得価格よ
り相当低く,その差額は回収不能となるので「取り立つること能,
わざる見込み額(商法285条の5第2項,3項,285条の4」
第2項)として会計処理する必要がある。仮に,かかる仕組み債が
売り現先に出され,その取引が売買取引として会計処理されたとし
ても,買戻し時において,買戻し価格と仕組み債の時価との差額分
が損失として発生することは確実であるから,やはり偶発債務損失
引当金として,回収不能見込額を計上しなければならない。
したがって,貸借対照表中,偶発債務損失引当金の記載が欠けて
いたことになる。
ウ被告の主張に対する反論
(ア)被告は,平成9年11月24日に開かれた取締役会決議に基づき,
山一證券が本件簿外債務を負担することとなったものであり,平成9年
3月期までの財務諸表に計上する必要はなかったと主張する。
しかし,そもそも本件簿外債務は,山一證券が損失補填の事実を隠ぺ
。,いし続けてきたことから生じたものである臨時報告書や半期報告書は
それまでの隠ぺい工作をやめて事実を公表した結果作成されたものに過
,,。ぎず従来の異常な状態が本来あるべき適正な姿に戻ったに過ぎない
したがって,本件簿外債務は,山一證券の取締役会の決議によって初
めて山一證券に帰属することとなったのではない。
,,(イ)被告は損失補填取引は公序良俗に反して無効であるのであるから
山一證券に本件簿外債務が帰属することはないと主張する。
しかし,無効の可能性がある取引であるとしても,当事者がその無効
の主張をせず,補填相当額の返還も受けていない段階において,この取
引の事実を会計処理上無視するのは誤っているといわざるを得ない。損
失補填としての財貨の移動があった以上,移動の結果は財務諸表に反映
させるべきである。
また,平成3年12月31日までは損失補填は合法であったのである
から,この日までに行われた損失補填が公序良俗に反し無効となること
はない。損失補填が非合法化された平成4年1月1日以後に行われた損
失補填は,最終7社のうち,東急百貨店と兼松総合ファイナンスの2件
だけである。
したがって,損失補填取引が公序良俗に反するので,山一證券に本件
簿外債務が帰属しないということはない。
(ウ)被告は,有価証券報告書の虚偽記載等というのは漠然とした視点に
基づく主張であると主張する。
しかし,虚偽記載等は重要な事項に関するものであるから,自己資本
規制比率やこれを形成する要因である各勘定科目に虚偽記載等があれ
ば,法定の要件を満たす。自己資本規制比率が重要な事項に該当するか
否かは裁判所が決めることである。
そして,自己資本規制比率が被告の監査証明の対象であるか否かは,
重要な事項の議論とは全く関係がない。監査の対象は,財務諸表全般に
及ぶのであり,被告の関心のあるものだけが監査の対象又は重要な事項
であるのではない。関連当事者についても同様である。
したがって,被告の主張は当たらない。
()被告の主張2
ア本件簿外債務の山一證券への帰属について
(ア)本件簿外債務が山一證券に帰属した時期
a本件簿外債務については,平成9年11月24日の取締役会決議に
基づき山一證券が負担することとなったのである。
このことは,山一證券が,同日,大蔵省の指導を踏まえて,証取法
24条の2,10条に基づく有価証券報告書の訂正報告書ではなく,
証取法24条の5に基づく臨時報告書を提出していることや,同年1
2月26日に提出された半期報告書において,上記決議の事実を同年
10月1日以降に生じた会計取引と認識し,後発事象として取り扱っ
ていることからも窺われる。
また,営業休止届提出後,本件簿外債務の隠ぺいに利用された仕組
み債は中国銀行から買い戻され,クレディ・スイス・ファースト・ボ
ストン証券に売却されているところ,山一證券は,平成9年11月2
4日開催の取締役会において,山一オーストラリアが中国銀行から仕
組み債を買い戻すための資金を確保するため,保証状を差入れること
を決議し(乙A252,実行している。仮にこの仕組み債の現先取)
引を山一證券が行っていたのであれば,契約当事者として債務を負担
しているわけであるから,新たに保証状を差し入れる必要はなかった
はずである。このことからも,本件簿外債務は,同日の取締役会にお
いて,初めて山一證券が負担するものと認識されたのである。
b平成4年1月1日以降,法律上,顧客の損失補填を行うことが許さ
れなくなったのであるから,NFら5社が含み損を抱えた有価証券の
移管を受けたからといって,直ちに山一證券がこの含み損を最終的か
つ確定的に負担する意図の下に移管したとはいえず,むしろ最終7社
の保有する有価証券の含み損が現実化するのを一時的に繰り延べるた
めにされたとみるのが自然である。
また,仮に損失補填が行われたとすれば,これらは明らかに公序良
俗に反する取引であるから民法90条により無効であり,山一證券又
はその破産管財人は,最終7社に対し,損失補填相当額を不当利得と
して返還請求をする余地があるのであるから,やはりこれらの損失補
填が最終的に確定していたとはいえない。
(イ)本件簿外債務が山一證券に帰属する法的根拠に対する反論
a法人格否認の法理の主張に対して
NFら5社は,いずれも山一證券とは別の法人として,法的手続を
経て設立されているし,預金口座を開設して,現先取引や貸付金,借
入金等の金銭消費貸借契約を締結するなど,権利義務の主体として各
種の経済活動を行っているのであるから,単に登記簿上だけで存在し
ている法人でないことは明らかである。また,所有する株式について
は配当金を収受し,株式分割に際しては分割株式を受け入れるなどの
行為を行っていただけでなく,転換社債についても第三者から転換社
債利子を受け取っており,法人税や法人住民税,法人事業税も納めて
いた。
原告らは,山一證券が別会社の法人格をどのように濫用していたの
か,NFら5社の法人格がどのように形骸化していたのかについて,
一切明らかにしない。
したがって,原告らが主張するようなNFら5社の法人格の否認が
認められないことは明らかである。
b通謀虚偽表示の主張に対して
原告らの主張を前提とすると,最終7社と山一證券との間に通謀虚
偽表示があり,第三者であるNFら5社に有価証券を移管させたこと
となるところ,第三者であるNFら5社の主観により,この有価証券
移管の効果が左右されることとなるが,原告らはこの点について何ら
主張をしていない。
また,最終7社と山一證券との間で,いつ,どのようにして通謀虚
偽表示となる意思表示がされたのかについても明らかにしていない。
,,したがって原告らが主張する通謀虚偽表示の構成をもってしても
最終7社の保有していた有価証券の含み損が山一證券に帰属するとい
うことにはならない。
イ虚偽記載等の有無について
(ア)虚偽内容の指摘の程度に対して
原告らは,昭和60年ころから平成9年3月期までの各決算期を対象
として虚偽記載等を主張しているが,各期の有価証券報告書のうち監査
証明の対象となる開示内容に,具体的にどのような虚偽記載等が存在し
たのかを明確にしていない。
(イ)虚偽記載等の内容
a含み損の会計処理の方法
(a)原告らは,平成4年3月末の時点において,NFら5社の保有
している有価証券は多額の含み損を抱えており,それは山一證券の
財務諸表に記載されるべきであったと主張する。
しかし,上場株式については,市場の要因次第で株価は上昇した
り,下落したりするものであり,短期的,一時的な相場の加熱又は
冷え込みはあり得ても,当時,中長期的には株価は上昇すると一般
的に考えられており,実際,平成9年3月末から被告が監査報告書
を提出した同年6月にかけて,株価は上昇傾向にあった。
このような状況を踏まえると,NFら5社の保有する有価証券の
含み損を確定損失として計上することが必要となったのは,営業休
止届を提出した同年11月24日と考えるべきであるから,同年3
月末の時点までに,含み損を山一證券の財務諸表に損失として計上
する必要はなかった。
(b)仮に同年11月24日以前において,NFら5社の有する含み
損相当額の損失が山一證券に帰属するものとして会計処理する必要
があったとしたも,直ちに各期の財務諸表にこの損失を計上しなけ
ればならないという結論にはならない。
最終7社がこの含み損を抱えた有価証券を引き取る可能性と同年
4月以降の株価回復可能性を個別に検討し,必要額を把握した上,
損失引当金やNFら5社に対する貸倒引当金として処理すべきであ
った。実際,山一證券の営業休止後の平成10年3月期決算におい
ては,債権の回収が不能だった場合の会計処理を行っている。
b自己資本規制比率等の記載の虚偽に対して
被告の監査の対象は財務諸表全般に及ぶが,有価証券報告書のうち
財務諸表以外のものについては監査証明の対象外であり,仮にこの点
,。に虚偽記載等が存在したとしても被告が監査責任を負うことはない
自己資本規制比率は,平成4年7月20日の改正された証取法の施
行に伴い,経営保全命令の判断指標として導入されて以来,証券会社
によって重要な経営指標とされ,平成8年3月期からは有価証券報告
書にも開示されるようになった。
しかし,平成7年3月期以前の有価証券報告書には自己資本規制比
率に関する記載はないし,有価証券報告書において開示されるように
なってからも,監査の対象となる財務諸表を構成するものではなく,
監査の対象外である『第1会社の概況1.主要な経営指標等の推
』『.』。移及び第3営業の概況1概況に記載されていたのである
したがって,自己資本規制比率に虚偽があるか否かは,被告の監査
意見とは何らの関係もない。
c未払金による計上に対して
証券会社における未払金勘定とは「未払配当金,未払税金(自社,
が納付すべき有価証券取引税及び取引所取引税を含む)等一時的な。
債務で『預り金』以外のもの」を処理する負債勘定をいう。したが,
って,有価証券の含み損等はそもそも未払金勘定に含まれるものでは
ない。
また,平成9年11月24日に提出された営業休止届出に記載され
,,ている修正後貸借対照表において原告らの主張する本件簿外債務は
流動負債でも固定負債でもなく「その他引当金」として計上されて,
おり,未払金勘定とは一切関連していない。
d偶発債務損失引当金による計上に対して
原告らは本件簿外債務に相当する金額を偶発債務損失引当金として
計上すべきであったと主張するが,この主張は,後述する特金口座に
簿価相当額の資産が実在しないという原告らの主張とどのような関連
にあるのか明らかでなく,失当である。
2過失の有無(争点②)
()被告の主張1
ア会計監査において要求される一般的注意義務
(ア)会計監査人の監査契約上の義務とは,経営者が作成した財務諸表に
つき,通常実施すべき監査手続(監査実施準則一)を実施することにあ
る。
具体的には,会計監査人は,まず,経営者が作成した財務諸表の項目
の中から監査の立証命題である監査要点を設定し,これを検証するため
に必要な監査手続を実施する。そして,各監査要点について,適用可能
なすべての監査手続を行なわなければならないものではなく,各監査要
点に適合する監査証拠を入手し得る監査手続を選択して適用し,財務諸
,(,表が適正適法であるか検証することになるのである監査実施準則二
三。)
仮に会計監査人が虚偽記載等のある財務諸表について適正・適法意見
を表明したとしても,正当な注意を払って監査契約上義務となる監査手
続を実施していたのであれば,会計監査人の注意義務違反が問われるこ
とはない。
(イ)会計監査は,被監査会社と会計監査人との協力を前提にして成り立
つ社会的な制度であり,被監査会社の協力がなければそもそも会計監査
は行ない得ない。また,監査契約に基づいて監査をすることになる会計
監査人は,この契約で許された時間内に監査意見を形成することを要求
されているのである。
,,したがって捜査機関による捜査やかつての大蔵省検査等とは異なり
,,会計監査人による監査は効率的に実施するために試査によって行われ
強制調査権や反面調査権も付与されておらず,財務諸表監査の目的を超
えて,不正発見等の目的のために監査手続を追加することは要求されて
いない。
そして,会計監査人に注意義務違反が認められるのは,あくまで監査
権限が及ぶ範囲である。
会計監査人が通常実施すべき監査手続を行なったにもかかわらず,被
,,,監査会社が本来会計監査人に対して提供すべき資料を隠ぺいしたり
虚偽の説明をしたりするなどの監査妨害行為を行ったため,結果として
財務諸表の項目の中の重大な虚偽記載等を発見し得なかったとしても,
上記のとおりの監査固有の限界により,会計監査人は過失を問われるこ
とはない。
イ本件における会計監査
(ア)山一證券に対する監査体制
山一證券は,平成9年3月当時,いわゆる四大証券の一角をなす巨大
証券会社としての地位にあり,その主要業務の取扱高は年間約376兆
円,総資産は約3兆1519億円,営業収益は約2108億円に上るも
のであった。
被告は,平成9年3月期,このような巨大証券会社の監査に当たり,
1年間に公認会計士28名及び公認会計士補10名の合計38名の監査
チームを投入し,年間延べ3329時間を費して監査を行っていた。こ
れは,総資産(約4兆2343億円)及び営業収益(約2626億円)
において山一證券を大きく上回る日興證券株式会社(当時。現株式会社
日興コーディアルグループ。以下,商号変更の有無にかかわらず「日興
證券」という)に対して,同期に合計25名の監査チームを投入し,。
年間延べ2869時間を費やして監査を行ったことと比較しても十分な
ものであった。
また,平成4年3月期から平成8年3月期までの山一證券に対する監
査においても,十分な人員を配置し,十分な時間を費やしており,その
規模は日興證券に対する監査に劣るものではなかった(乙A107,1
83ないし190。)
(イ)営業特金についての監査手続
a山一證券において,営業特金に関する会計記録や監査資料,運用状
況(運用銘柄,運用損益等)を示す記録は一切存在しなかった。した
がって,被告としても,監査手続としては質問によらざるを得なかっ
たのである。
そこで,被告は,営業特金に関し,事後的に行われる損失補填取引
が違法でなかった平成3年9月中間期も含めて,実施可能な監査手続
であった質問書の提出に基づき回答を得て,また,日本公認会計士協
会証券業部会の定めに従い,経営者から確認書を入手するという監査
手続を実施した。この外にも,被告は,山一證券の取締役会,常務会
の議事録をすべて査閲し,営業特金に関する記録は一切存在しないこ
とを確認した。
したがって,被告において,営業特金に関する監査手続につき,注
意義務に反する事実は全く存在しない。
b大和証券株式会社(以下「大和証券」という)を始めとする各証。
券会社に対する調査嘱託の結果によれば,営業特金等による顧客の運
用に係る損益額を証券会社が把握する術はなかったことが明らかとな
っている。顧客が信託銀行に特金勘定取引口座を設定し,山一證券に
顧客口座を設けたとしても,そこに記録されるのは売買取引が行われ
た事実や決済された事実を示す記録だけであり,特金勘定取引口座全
体の運用状況(運用銘柄,運用損益等)を示す記録は一切存在せず,
これが証券会社の実務であったのである。
そもそも営業特金は顧客の資産であり,山一證券の財務上状態に影
響を与えるものではなく,その会計帳簿に計上されることもない。こ
のことは,野村證券株式会社(以下「野村證券」という)の調査嘱。
託に対する回答書からも明らかである。
また,山一證券と顧客との間で一任勘定取引を行うとする契約書と
いうものも存在しない。大和証券は,当時,法人顧客との間で一任勘
定取引を正式な契約を交わした事実はなく,担当者が口約束等によっ
て行っていた運用サポートが失敗したことにより,結果として損失補
填を行ったと回答しており,そもそも一任勘定取引という取引区分は
なく,特別な帳簿やデータ,記録による区分管理等が行われていたこ
ともないとも回答している。このことは営業特金についても同様であ
る。
この点,証券会社が業務に関して作成しなければならない書類は,
証取法188条に基づき,証券会社に関する省令第13条に法定帳簿
として具体的に列挙されている。法定帳簿の一つである顧客勘定元帳
の記載事項及び記載要領は「証券会社の財産経理並びに定期報告等,
の取扱いについて」の「第四法定帳簿等」に定められている(乙A
239)が,ここには原告らが主張するファンドに関する規定は存在
しないばかりか,顧客の売買損益も記載事項とされていない。
したがって,原告らの主張する,営業特金の動向を把握するために
顧客の勘定元帳の調査,顧客一覧表や損益状況表の入手や分析,ファ
ンドがどのように解消されたかといった監査手続は,被告において実
施することが不可能であったのである。
c原告らは,被告が山一證券に対して行った平成3年9月中間期以前
の事業年度の監査手続にも過失があり,特に昭和60年ころから平成
4年3月期までの営業特金の動向について注意すべきであったと主張
する。
しかし,そうであるならば,原告らとしてはまず各事業年度の財務
諸表にどのような虚偽記載等があったのかを具体的に明らかにすべき
であるが,原告らはこれを一切していない。
また,原告らは,事後的に行われる損失補填取引が違法な取引とさ
れていなかった平成3年12月31日以前の監査において,被告に対
し,損失補填取引を違法とする改正証取法が適用されることを前提と
する監査を要求している点でも,その主張は明らかに失当である。こ
のような主張は,業務監査を担当する監査役に対しては主張できると
しても,会計監査人である被告に対して主張できる法的根拠はなく,
被告の過失を裏付ける根拠とならない。
原告らの平成3年9月中間期以前の監査に過失があったとの主張が
成立する前提としては,改正前証取法においても違法な取引,虚偽記
載等が存在したことの立証を要するため,最終7社が信託銀行との間
で特金契約を締結していたこと,山一證券が顧客に対して利回り保証
を行っていたこと,これらの事実が存在することを前提として,その
事業年度の財務諸表に虚偽記載等が存在したことの3つ事実の存在が
不可欠である。これらをすべて立証できなければ,平成3年9月中間
期以前の財務諸表に虚偽記載等が存在し,監査手続に過失があり,監
査報告書と損害との間に因果関係が存在するとの主張の前提要件が成
立しないが,原告らはこれらのいずれについても十分な主張を行って
おらず,また,立証できないでいる。
さらに,上記のとおり,営業特金については山一證券の財務上状態
に影響を与えるものではなく,その会計帳簿にも計上されるものでは
なかったことから,原告が主張するような営業特金の動向を把握する
ことは不可能であった。
,,d原告らが主張する監査上の過失はそもそもどの顧客の運用に関し
いつ,いくらの運用損失が存在したことを監査手続によって把握しな
ければならなかったのかが明らかでない。
最終7社については,単に受け皿となったに過ぎないとする取材結
果もあり(甲A34,最終7社の営業特金等による損益状況を示す)
資料は存在するという原告らの主張と明らかに矛盾している。
原告らは,営業特金やプロパーとは証券会社が法人顧客から資金を
預かり,証券会社が運用方法を一任されるものと定義しているが,調
査官報告書(甲A13)から明らかなとおり,最終7社及びNFら5
社から山一證券が資金を預かったり,運用方法を一任されていた事実
は認められない。しかも,調査嘱託事項において前提としている「一
任勘定取引=運用損失だけが山一證券に帰属する取引」などという前
提は全くあり得ない。
したがって,被告が実施可能な監査手続の範囲において,原告らの
主張する最終7社が保有していた含み損を抱えた有価証券の解消取引
を把握する方法は,この点からも存在しなかったといえるのである。
(ウ)NFら5社の存在についての認識
山一證券の本件簿外債務の隠ぺいを実行していたNFら5社について
は,山一證券の子会社や関連会社でもなく,山一證券が取引している約
300万もの顧客の1つにしか過ぎないし,山一證券の帳簿上でもひと
まとまりで存在しているわけでもないのであるから,被告において,こ
れら会社が山一證券とどのような関係に立つのかについて,認識できる
状況にはなかった。
NFら5社は,法人格が否認されるような実体でもなければ,別個の
法主体として各種経済活動を行っていたのであるから,山一證券とは別
個の会計処理が行われていた。そして,NFら5社は,いずれも山一證
券の商法上の子会社や証取法上の連結決算対象会社ではなく,また,山
一證券の有価証券報告書での子会社や関連会社にも該当せず,これらに
対して被告の監査権限は及ぶものではなかった。
また,仮に被告が山一證券の年間数百兆円の債券売買取引の中から山
一證券とNFら5社との間の債券売買取引を監査の対象として抽出した
としても,その取引が約定どおり受渡し及び代金決済が履行され,取引
価格も時価相当額であれば,取引自体を異常と認識できないばかりか,
取引の相手方であるNFら5社を異常な顧客と認識するなどということ
はおよそ不可能である。
通常,グループ会社を設立する際には,取締役会議事録や常務会議事
録,稟議書を閲覧することにより,その会社の設立理由,目的,概要等
を把握することができるが,NFら5社の設立は通常の承認手続がとら
れておらず,また,投資額が山一證券の会計帳簿に記載されないため,
この点からもその存在を把握することが不可能であった。
したがって,被告において,NFら5社を突き止め,これらが保有す
る含み損を抱えた有価証券の存在を認識することはできなかった。
(エ)「飛ばし」取引の有無に留意して監査を実施したこと
「」,,いわゆる飛ばしとは含み損を有する有価証券を保有する企業が
その損失を表面化させないために,一般的には決算期前に市場外の直取
引で他の企業に対し,時価と乖離した価格によって売却する取引である
ところ,被告はこれが監査の最重点項目であるとの認識に下に山一證券
の監査手続に当たった。そして,被告は,飛ばし取引が行われるとすれ
ば非上場債券である外債の可能性が高いとして,外債の売買取引価格の
適否を重点的に監査をした。
,,,その結果平成4年3月期に590億円同年9月期に3674億円
平成5年3月期に2245億円に上る債券の時価乖離取引があったこと
を検出した。
,,,これを踏まえて被告は山一證券に対して説明を求めただけでなく
専務取締役から顧客に対する引取り交渉の経緯書を,副社長からこれら
の取引のリスクは顧客に帰属する旨の念書や違法取引又は飛ばし取引が
ない旨の確認書を徴求し,実際の取引状況を確認した。また,このよう
,,な取引の存在を関連各部長に周知させるため平成4年12月1日以降
一種の社内稟議制度としての取引経緯書の作成を徹底させ,それを元に
時価乖離取引の状況を把握し,その内容を検証した。さらに,このよう
な異常な取引が存在する事実を平成4年3月期,同年9月期及び平成5
,()。年3月期の監査概要書に記載し大蔵大臣に提出している乙A191
このような被告の努力もあり,時価乖離取引は平成6年3月期以降減
少し,被告は,平成7年3月期までにはすべて整理されたことを確認し
た。
,,,以上のとおり被告としては飛ばし取引について正当な注意を払い
十分な監査を実施している。
(オ)特金勘定についての監査手続
a特金勘定に対する監査は,その運用収益を各期ごとにまとめて会計
処理するのが一般的であり,山一證券においても同様の処理が行われ
ていた。その方法は,特金口座にある資産の運用の結果,得られた収
益を一括して,損益計算書上では金融収益としての受取利息勘定,貸
借対照表上では預金としての特金勘定又は未収収益勘定に計上されて
いた。そして,特金勘定の具体的な運用の記録は,山一證券の帳簿上
は一切記録されず,信託銀行の発行する「運用状況報告書(資産別取
引明細表を含む」に記載されていた。。)
被告は,このような会計処理方法を踏まえ,概況把握,内部統制の
,,,,評価及び検証勘定残高の実在性評価の妥当性勘定残高の信頼性
期間帰属の適正性,取引記録の信頼性,表示の妥当性という8つの監
査要点に基づき,特金勘定に対する監査において通常適用される監査
手続を十分に実施し,貸借対照表項目である特金勘定及び特金の運用
収益に係る未収収益勘定,損益計算書項目である受取利息勘定がいず
れも適正であることを確かめた。
b原告らは,平成5年3月期(第53期)に特金が約1700億円増
加しており,極めて不自然であって,被告としてはその点に当然気づ
くべきであったと主張する。
しかし,同期は,定期預金等の減少のため,現金・預金全体として
は1010億円の増加に過ぎず,総資産額約2兆7千億円の山一證券
において,この程度の増加は特に異常なことではなかった。また,直
前3年間の現金・預金残高の推移や,同期の商品有価証券や短期借入
金,受入保証金代用有価証券等の前期比からしても,特に多額な増加
であると認識すべきものではなかった。
さらに,被告は特金勘定が増加している事実に配慮して,新たに設
定された特金口座(安田信託,クレディ・スイス等)全部の契約書を
査閲し,口座の設定に係る稟議書等を入手して,その設定目的,運用
内容,社内における承認,処理の適正性等を確かめていた。
したがって,原告らの上記主張は失当である。
c原告らが主張する特金勘定を通じての貸債取引は,安田信託に設定
された特金口座において行われていたようであるが,安田信託が作成
し,山一證券に対して交付されたとみられる貸付債券取引明細表及び
貸付債券残高明細表のいずれも,被告は提出を受けていない。また,
被告に対して特金口座に債券が実在することを示す「債券残高兼時価
明細表」が提出されており,特金勘定の残高確認手続に際しては,安
田信託から被告に対し,残高確認書が発行されていた。
したがって,被告は,山一證券の中間期末及び決算期末の各監査に
おいて,貸債取引の存在を認識することができなかったのもやむを得
なかった。
d被告が特金口座を監査するに当たって,被告に対し,貸債に係る貸
付債券取引明細表等が被告に対して提出されなかったため,貸債に関
する運用指図書を試査の対象として抽出する機会がなかった。運用指
図書を調査することで検証しようとした内部統制の有効性という監査
要点について,被告は運用状況報告書中の明細表等や運用指図書の写
しを利用するなどして確認した。これは,個々の運用指図書に基づく
運用の状況が各運用資産ごとに集約して示される運用状況報告書を利
用することによって,より効率的かつ信頼性のある監査を実施するこ
とができると考えたからである。
したがって,被告において,信託銀行が作成した運用状況報告書を
中心として,運用指図書との照合を試査によって行った監査手続を選
択し,これを実施したことに注意義務違反を問われるような過失はな
い。
e山一證券が監査資料として提出した安田信託作成に係る運用状況報
告書(乙A101の3)の1枚目「2貸借対照表」及び3枚目「債
券残高兼時価明細表」のいずれにも,運用形態が貸付公社債であるこ
とが表示されていない。これについては,クレディ・スイス作成に係
る運用状況報告書(乙A101の7)の1から2枚目「資産・負債の
部」及び3枚目「有価証券残高明細表」の記載も同様に貸付公社債に
関する記載はない。これらは国債の現物が信託銀行によって管理され
ていることを示しており,国債が貸し付けられたことにより信託銀行
名義となっていないことが全く表示されていない。これらの内容は,
もし貸債残高が存在したとすれば事実と異なる記載であったこととな
り,被告は,虚偽の内容の運用状況報告書を山一證券から説明を受け
ることなく監査資料として使用していたことになる。
また,期末日現在の運用資産に未収利息が存在すれば,我が国の会
計基準によると必ず未収利息を計上しなければならないとされている
が,安田信託は「コールローン未収利息」はこれを177円として計
上しているが,有価証券貸付料の未収利息は一切計上していない。ク
レディ・スイスも国債の未収利息は計上しているが,有価証券貸付料
の未収利息を一切計上していない。
これもまた,運用状況報告書が正しい運用の成果を報告していなけ
ればならないという受託者たる信託銀行が果たすべき善管注意義務を
履行せずに作成され,ゆがめられていたことになり,そのような運用
状況報告書が監査資料として提出されていた事実を示すものである。
f原告らは,被告が特金口座から山一エンタープライズに対する貸債
の有無を調査せず,また,山一エンタープライズの財務内容,資金繰
り等の調査をしなかったと主張する。
しかし,上記のとおり,被告が受領した安田信託及びクレディ・ス
イス作成に係る運用状況報告書には,運用の成果及び報告日(山一證
券の決算日)現在の運用状況が正確に記載されていなかったのである
から,特金口座に貸債残高が存することを把握することは不可能であ
り,当然,山一エンタープライズに対する貸債の存在についても突き
止めることは不可能であった。また,このほかに作成されていたはず
の貸付債券取引明細表や貸付債券残高明細表はいずれも隠ぺいされ,
被告は監査資料として提出を受けていない。
さらに,平成4年4月1日から平成9年1月31日までの山一エン
タープライズの営業報告書中に記載された貸借対照表及び損益計算書
(乙A43の1ないし5)には,貸債取引に係る貸付有価証券や借入
有価証券,有価証券貸付料,有価証券借入料といった項目の記載は一
切なかった。
その上,被告は,山一土地建物株式会社の平成9年3月期の期末監
査の際,山一證券グループを統括的に管理し,各グループ会社の監査
役であったTに対して山一エンタープライズの財務状況の説明を求め
たところ,同人は虚偽の平成8年1月期と平成9年1月期の比較貸借
対照表(乙A44)を示し,貸付有価証券や借入有価証券は存在しな
いという誤った説明を行った。
したがって,被告において,特金口座を通じて山一エンタープライ
ズに対する貸債取引の存在を把握することは不可能であった。
(カ)未払金についての監査手続
山一證券の未払金勘定については,前記のとおり,未払配当金や未払
税金等がこれに該当するが,いずれの決算においても期末の勘定残高は
少額であり,極めて重要性の低い勘定科目であった。
そこで,被告は,概況を把握した上で,取引記録の信頼性を確かめる
との監査要点の下に,勘定明細書と日計表兼総勘定元帳とを突き合わせ
をするとともに,前期末残高との増減分析を実施した。
そして,被告は,取引記録の信頼性,負債の網羅性を確かめるという
監査要点の下に,取引税未払金や解約源泉税未払金,住民税未払金,債
券未払金等の主な残高について,各金額につき関連調書と突き合わせを
して一致していることを確かめ,負債の計上額の妥当性及び計上漏れが
ないことを確認した。
さらに,負債の網羅性を確かめるという監査要点の下に,取締役会議
事録及び常務会議事録を査閲し,負債のうち未払金として計上されてい
る取引以外に未払金として取り扱うべき会計事象が発生していないこと
を確かめた。
以上の監査手続を経て,被告は結論として問題となる事項は存在しな
いと判断したものであるから,何ら過失に問われるようなことはない。
(キ)海外現地法人に対する監査手続
a原告らは,海外現地法人を利用した本件簿外債務の隠ぺい工作に対
する被告の監査の不備として,海外現地法人の有価証券取引を調査し
なかったことを挙げている。
しかし,隠ぺい工作を構成する因子であった仕組み債の現先取引は
すべて山一オーストラリアで行なわれており,山一證券の会計帳簿に
は記録されていなかった。
営業休止届提出後,この仕組み債は中国銀行から買い戻され,クレ
。,ディ・スイス・ファースト・ボストン証券に売却されているそして
前記のとおり,山一證券は,山一オーストラリアが中国銀行から仕組
み債を買い戻す資金を確保するための保証状を差し入れることを取締
役会で決議しているところ,仮にこの現先取引が山一證券を当事者と
して契約されたものであるならば,新たに保証状を差入れる必要はな
かったはずであり,このことからも山一オーストラリアの行っていた
現先取引が山一證券の会計帳簿に記録されておらず,山一證券が負担
する債務として事前に認識すべき手段がなかったことは明らかであ
る。
b山一オーストラリアは,その決算書の注記において,将来,含み損
,,を抱えた債券を買い戻す契約を有していることに何ら言及せず逆に
将来,山一オーストラリアにとって不利な契約は存在しないと記載し
ており,山一オーストラリアの会計監査人であるKPMGは,決算書
全体を「適正」とする監査報告書を作成していた。また,山一オース
トラリアは,現先取引明細を決算期ごとに山一證券に報告することと
なっていたが,仕組み債を利用した現先取引の存在について一切報告
していなかった。
このように,KPMGの監査報告書,山一オーストラリアの決算書
の注記内容及び現先取引明細の不報告は,被告に対して,仕組み債を
利用した現先取引の存在を完全に隠ぺいする結果をもたらすものであ
った。
しかも,山一オーストラリアの財務数値は,決算書(乙A113の
1)からも明らかなとおり,総資産額や純資産額,利益額のいずれも
極めて僅少で,山一證券の連結財務諸表における重要性が低く,海外
子会社の循環的な往査においても後順位であった。
したがって,被告においては,やはり仕組み債を利用した現先取引
の存在を把握することは不可能であったのであり,被告に何らの過失
もない。
(ク)現先取引に対する監査
a原告らは,山一證券の社内ルールである山一證券発行の公社債ハン
ドブックによれば,現先取引の取引限度額は取引先の純資産額の30
%に止めなければならないとする旨の記載があると主張する。
しかし,原告らは,この公社債ハンドブックなるものを提示し,記
載されている内容の真偽を明らかにし,誰が,誰に対して定め,いか
なる期間に適用されていたものなのかを明確にすべきであるにもかか
わらず,これを一切していない。当時の大蔵省の行政指導通達や同事
務連絡,日本証券業協会の理事会決議,山一證券の社内規則のいずれ
においても,証券会社(ここでは山一證券)の直前営業年度末純財産
額の30%とするものは存在するも,原告の主張するような内容の準
則は存在せず,その記載を根拠とする主張は誤りである。
b原告らは,山一證券とNFら5社との間の現先取引では,国債の現
物ではなく,日本銀行発行信託銀行名義の「登録済み通知書(山一證
券㈱特金口座」と表示された通知書が使用されており,山一證券の)
現先取引の取引記録の監査を実施し,現先取引契約書とともに保管さ
れているはずのこの通知書を発見することができれば,山一證券の特
金口座に存在するはずの国債が山一證券に売り現先に出されている異
常事態を発見し得たと主張する。
しかし,国債の売買は,平成2年5月以降,日本銀行金融ネットワ
ークシステム(以下「日銀ネット」という)国債系が稼働し,日銀。
ネット加入者のオンライン請求に基づく登録手続を行い,一件登録す
るごとに登録済通知書を交付することはせず,日に1回,その日に行
った登録の件数,金額及びその結果としての登録残高をオンラインに
より通知するというシステムとなった。
したがって,原告らの主張するような登録済通知書なるものは発行
されておらず,特金口座にあるはずの国債が売り現先に出されている
事態を発見することは不可能であった。
c原告らは,山一證券とNFら5社との間の現先取引が山一證券の現
先取引の約50%を占めていた旨主張する。
しかし,山一證券の債券売買高は年間200兆円から300兆円で
あり,原告らの主張するNFら5社との現先取引高約3兆8000億
円はその2%にも達していない。原告らがその主張の根拠とする「法
的責任判定委員会」なるものの報告書に記載された「約50%」との
比率は多くの誤りを含んでおり,信用するに足りない。
また,NFら5社による売り現先取引は,山一證券の中間期末及び
決算期末には取引を完結していたのであり,仮に被告がNFら5社の
現先取引を試査の対象としても,その取引はすべて取引価額が適正な
価額で行われ,契約期日に代金決済と債券の受渡しが行われて契約ど
おりに取引が完結していることになり,何ら監査上の問題とはならな
かった(平成9年3月期につき乙A38。)
したがって,原告らの上記主張は失当である。
,,d原告らは山一證券の現先取引の取引先であるNFら5社について
被告はそれらの規模等の調査を怠り,また,現先取引が短期資金調達
機能を有していることを踏まえ,貸付金に準じた監査手続を実施すべ
きであったにもかかわらず,これを怠った旨主張する。
しかし,取引先の適格性のチェックは会計監査ではなく業務監査の
対象とされるものであり,本来,山一證券内の業務監理本部や与信審
査部が行うべき業務であって,仮に適格性を欠く取引先と取引が行わ
れていたとしても,被告としてはその取引が取引事実に基づいて山一
證券の会計帳簿に正確に記載されていれば,適正意見の形成に何らの
支障を来すものではない。
そして,被告は,現先取引自体は証券会社における通常の営業活動
,,の一環として実施されている取引に過ぎず債券売買取引として捉え
これらの現先取引が時価と乖離した価格で行なわれていないか,現先
レートが市場レートと乖離していないかなどに留意して監査を行い,
約定どおり取引が履行されていることを確認している。
したがって,被告において,NFら5社をの規模等を調査し,取引
先として適格を有していたかを検証する必要はなかった。
(ケ)関連当事者取引に対する監査
原告らは,山一エンタープライズ及びNFら5社が財務諸表等の監査
(。証明に関する省令等の一部を改正する省令平成2年大蔵省令第41号
平成3年3月1日施行。以下「本件省令」という「その他の関連当。)
事者」に該当し,関連当事者との取引は会社からその内容を開示されな
くても通常の監査手続を実施しなければならない旨主張する。
確かに,山一エンタープライズは「その他の関連当事者」に該当する
が,関連当事者取引の開示内容は「監査証明」の対象にはしないとする
取扱いは「日米構造協議と系列ディスクロージャー(大蔵省企業財,」
務課課長補佐U(乙A39)によって確認されている。このことは,)
日本公認会計士協会が監査担当常務理事名により,平成4年4月に発表
した「関連当事者との取引の開示に関するQ&A(乙A41)におい」
ても明らかにされている。関連当事者取引は,平成11年4月1日以降
開始する事業年度から監査証明の対象となったものである。
また,関連当事者取引は,山一證券の会計帳簿に基づいて開示される
ものであるところ,原告らが指摘している特金勘定に係る取引は,山一
證券から信託を受けた信託銀行が,自己の名義において受託した財産の
運用を行うわけであるから,契約の当事者は信託銀行である。したがっ
て,山一エンタープライズ等との取引内容が山一證券の会計帳簿に記載
されることはない。
会計監査人は,通常の監査実務として,子会社や関連会社でもなく,
山一證券の財政状態及び経営成績に重要な関係を有するものとも認めら
れない会社に対して往査を行うことはない。山一エンタープライズは,
多数の子会社及び関連会社を有する山一證券の監査において,子会社で
も関連会社でもなく,また,資本金8000万円,自己資本額12億円
から25億円と多額の剰余金を有していたので,往査すべき必要性は全
くなかった。
被告は平成4年3月期の監査において山一エンタープライズがそ,,「
の他の関連当事者」に該当することを把握し,同期の山一證券の会計帳
簿に記載されていた山一エンタープライズとの取引高が関連当事者取引
として開示を要する基準値未満であったことを確認している(乙A4
2。)
NFら5社についてはそもそも山一證券からの出資が行われておら
ず,山一證券の関連当事者として存在するか,もし存在しているのであ
れば開示を要する取引が発生しているかは,山一證券から正しい資料の
提供が行われて初めて判断することが可能となるが,被告はこのような
資料の提供を一切受けていない。
したがって,この点においても被告に過失は認められない。
(コ)各種調査の結果
前記前提となる事実及び上記のとおり,山一證券は極めて精緻な方法
により本件簿外債務の存在を隠ぺいして続け,被告としてはこれを発見
することは不可能であった。
本件が発生した当時における監査基準,監査実施準則によれば,会計
監査人は通常実施すべき監査手続を実施すべきことが定められていたと
ころ,これを実施しても発見できなかったことは,被告が実施した監査
手続に過失が存在することを意味するものではない。
このことは,本件が報道された直後に,証券取引等監視委員会が山一
證券の監査に係る10年分の監査調書を領置して調査したが,監査手続
に過失があったとは認められなかったことや,山一證券破産管財人が証
券取引等監視委員会から返還された監査調書中の必要な部分をすべて謄
写した上で,被告に対して損害賠償請求訴訟を提起したが,被告に過失
があったとする事実が発見されていないことからも明らかである。公認
会計士法に基づく大蔵省による調査が行われたが,この調査においても
同様であった。
さらには,山一證券の株主が会計監査人である被告を相手とした損害
賠償請求事件はいずれも株主の請求を棄却する判決が確定している乙,(
275。)
このような各種調査がされたにもかかわらず,そのいずれにおいても
被告の過失は認められていないのである。
()原告らの主張2
ア会計監査において要求される一般的注意義務
(ア)過失責任を認定するに当たって要求される注意義務の水準は,その
個人ではなく,一般人・標準人を基準として定められる。そして,ここ
にいう一般人・標準人とは,抽象的なものではなく,当該具体的状況に
おける普通人を指すので,その者の職業や地位,環境等が考慮されるこ
とになる。
会計監査人は,監査の実施及び報告書の作成に当たり,職業的専門家
としての正当な注意を払わなければならないとされており(監査基準第
一・三,一般人の正当な注意義務よりも,より高度な水準が要求され)
ている。
(イ)会計監査の目的は,重要な虚偽記載等を看過しないことであり,こ
の目的に資する限度で,会計監査人は不正の発見に努めなければならな
い。
昭和25年に制定された監査基準・一般基準・七においては「監査,
人は,監査の実施に当たって,会計上の不正過失の発見に務め,重大な
虚偽,錯誤又は脱漏を看過してはならない」と規定され,平成3年に改
正された監査実施基準五では「監査人は,…財務諸表の重要な虚偽記,
載を看過することなく…「監査上の危険性を評価するに当たっては,」,
監査対象項目に内在する虚偽記載の発生の可能性に留意するのみなら
ず,経営環境を把握し,それが虚偽記載の発生をもたらす可能性を考慮
しなければならない」と定められている。
これらの規定に照らすと,会計監査人としては,不正や誤謬があり得
るということを常に念頭において監査に臨む必要があるというべきであ
る。
(ウ)「監査基準,監査実施準則及び監査実施準則の改定について(企」
業会計審議会平成3年12月26日報告)は,個別具体的な監査の範囲
・限界を示すものではない。
平成3年の改訂は25年ぶりのことであったが,このような長期間に
わたって,しかも,その間に監査環境の著しい変化があったにもかかわ
らず監査基準の全般的な見直しが行われず,監査規範(特に,監査実施
準則)についても全く見直しも改訂もなく推移してきたことは,我が国
の監査制度,監査規範上の欠陥を示しているといえる。被告が依拠する
平成3年9月中間期の監査規範は,このように時代に取り残されたもの
であった。
しかし,そもそも監査基準は一般的包括的な内容であるため,時代に
即した解釈が可能なものであり,監査の実務においては,監査の手法が
時代ととともに洗練されるのに伴って,監査基準に先行して次第に高度
な水準を要求するような方向に改められていったのである。
被告は,もともと古い監査基準に依拠していれば足りると主張してい
るだけでなく,古い監査基準を独自に緩やかに解釈して運用しているの
である。
(エ)特に,平成3年12月26日,監査基準及び監査実施準則が改訂さ
れ,平成4年3月期の監査からリスク・アプローチ(監査上の危険性を
踏まえた監査手続の実施)が導入された。リスク・アプローチについて
,,,は監査基準第二・三監査実施準則五によって規定されているところ
監査実施準則・五においては,企業を巡る景気動向等の経済状況,業界
の動向等をも含む経営環境の把握が要求され,会計監査人としては,経
営環境を把握して,それが虚偽記載等をもたらす可能性を考慮して,監
査計画を設定することが求められていた。
したがって,被告としては,この手法に則り,虚偽記載等が実行され
る危険性を十分に踏まえた上で,これに対応した監査計画を策定し,実
行しなければならなかった。具体的には,営業特金やプロパーの動向に
注目し,そこで発生した損失がどのように解消されたのか,解消に際し
て補填や不正な会計処理,重要な虚偽記載等がされていないかという点
を中心として監査を行う必要があった。
イ平成3年9月中間期及び平成4年3月期の監査手続に関して(営業特金
については後述する)。
(ア)改正証取法においては,事後的な損失補填は違法ではないとされて
いたが,平成4年1月1日から施行された改正後の証取法では,事後的
な損失補填をも含めて違法とされるに至った。
これを受けて,平成4年3月期には,駆け込み的に損失補填が行われ
る可能性が非常に高かったし,また,損失補填が社会的非難を浴びてい
る最中であったこともあって,損失補填が実行されても隠ぺいされ,適
切に会計処理されない可能性が大いにあった。
このような事情を踏まえると,証券会社の会計監査を担当する監査法
人としては,平成4年3月期の監査は他年度のそれと比較して特に重要
な意味を持つと判断して当然であり,損失補填につき特別の創意,工夫
を凝らし,相当の時間,労力を傾注して,虚偽記載等の有無を監査しな
ければならなかったといえる。
(イ)被告は,平成4年3月期期末監査において,関与社員2名,公認会
計士3名,公認会計士補7名,無資格者1名を監査要員として充ててい
る(乙A107)が,経験の浅い担当者の割合が多く,前述のとおり,
不正な会計処理のされる可能性の高かった山一證券に対する監査要員の
構成としては適当ではなかった(甲A60。)
また,このときは営業特金に対する監査に特に人員を集中すべき重要
,,な時期であったにもかかわらず被告はそのような配慮をすることなく
支店に対する監査に多くの日数をさき,しかも支店に対する監査の大部
分を公認会計士が担当するなど,監査資源の配分を誤っている(甲A6
0。)
確かに,被告は,平成4年3月期において,損失補填にも一応配慮し
た計画を立ててはいたようであるが,それは若干の配慮に過ぎず,損失
補填の重要性に比して計画内容は杜撰に過ぎ,全く不十分なものであっ
た(甲A60。)
,,,また被告は平成3年当時に一任勘定取引を行っていた企業のうち
,,,その後一任勘定取引を解消した顧客の有無名前解消の経緯について
質問を行ったり,関係資料の提示を求めたりしていない。これでは,平
成元年ころから証券会社各社で営業特金の解消に努める傾向にあったこ
とからすると,一任勘定取引の解消に伴う損失補填やそれに伴う虚偽記
載等を看過してしまうのも当然である。
,,,(ウ)被告は損失補填後それが山一證券の帳簿に記録されるに至れば
外債の取引記録に時価乖離取引として現れる可能性が強いと認識してお
り,同期においては時価乖離取引額の適否に重点を置いた監査をしたと
主張している。
しかし,被監査会社が虚偽記載等をしようとする場合,会計監査人に
容易に発見できない方法を工夫するものである。この点,債券の時価乖
離取引は既に公表された手口である(乙A276)から,会計監査人に
見破られる可能性が高いので,山一證券があえて発覚しやすい同じ手口
を用いる可能性は低いと考えるべきである。専門家たる会計監査人とし
ては,山一證券がより発覚されにくい手口を編み出すであろうことを視
野に入れて監査に当たるべきだった。
したがって,時価乖離取引の監査だけでは不十分であったといえるの
である。
(エ)被告は,平成3年9月中間期及び平成4年3月期の監査に関して,
陳述書(乙A11,12)を受け取っているので,飛ばし取引や損失補
填はなかったと考えたことにつき過失はないと主張する。
しかし,この陳述書はいずれも非常に簡単なもので「損失補填はな,
い」などの結論のみを記した抽象的なものである上,これらを裏付ける
資料も一切付されていない。
また,そもそも本件において被告の徴求した陳述書(乙A11)では
「特定の顧客の投資利回りの確保,投資損失の補填等,証券取引法,大
蔵省証券局長通達に反し,投資家の公平を損なう取引は行っておりませ
ん」としか記載されておらず,事後的な損失補填について何らふれると
ころではなく,不十分なものであった。
これに対して,被告は,陳述書の徴求は「通常実施すべき監査手続」
に代替して行ったのではなく,他に監査手続として実施可能な手続がな
いので,監査手続として実施したものであると反論する。
しかし,実施可能な手続がないのであれば心証は形成できず,監査報
告書に適正意見を記載することはできないのである。被告は,顧客の損
益状況を示す記録の提出を求めたり,その記録に関して質問したり,取
引先に確認したりすることができたのであるし,質問について創意工夫
を凝らしたり,ねばり強く回答を求めたりすることができたのであるか
ら,実施可能な監査手続がないということはあり得ない。このようにし
て力を尽くしても実際に十分な心証が得られないなら,適正意見を出す
ことはできないのである。
(オ)被告は,最終7社に対する損失補填がされた当時,損失補填は違法
ではなく,監査法人において損失補填に関して監査をする必要はなかっ
た旨の主張をしている。
しかし,改正前証取法50条1項3号は,証券会社又は使用人が有価
証券の売買等について生じた損失の全部又は一部を負担することを約し
て取引を勧誘してはならないと定めていた。この違反に対しては,罰則
こそなかったが,大蔵大臣は当該証券会社の免許取消又は6か月以内の
業務停止を命ずることができるとされていた(改正前証取法35条1項
)。,,,2号他方事後の損失補填は法の規制するところではなかったが
平成元年12月26日の証券局長通達で,損失補填を厳に慎むようにと
され,平成3年7月及び同年10月には,これを原因とした行政指導に
,。より証券会社4社の法人部門が最長3週間の営業自粛をしたのである
このように,証取法違反ではなかったにしろ,営業自粛を伴う損失補
填については,損失補填を隠ぺいすべく虚偽記載等がされるおそれがあ
ったのであるから,会計監査に当たり十分な注意が払われてしかるべき
である。
また,そもそも損失補填が合法か違法かにかかわらず,会計監査人た
る被告としては,財務諸表に重要な虚偽記載等をもたらす原因となる行
為について当然に監査しなければならなかったのである。このことは,
()「,監査基準委員会報告書第10号乙A1973項において不正とは
財務諸表の虚偽記載の原因となる,経営者,従業員又は第三者による意
図的な行為」といい,具体的には「証憑書類の偽造又は改ざん「会」,
計記録からの取引の隠ぺい又は除外」等をいうと定義されていること,
同報告書2項では「監査人は,不正及び誤謬による財務諸表の重要な虚
偽記載を看過しないように監査計画を立案し,それに基づいて監査を実
施しなければならない」と定めていること,同報告書18項では「監。
査人は,不正が存在するか又は不正が存在する可能性が高く,かつこれ
らによる虚偽記載が財務諸表に重要な影響を与えていると判断した場合
には,以下の手続を実施しなければならない」とされ,この手続とし。
ては「当該不正が財務諸表に与える影響額を確定するための十分な監査
証拠を入手する」と定められていること,監査基準委員会報告書第1。
1号(甲A57)10項では「監査人は,会計上の不正及び誤謬による
財務諸表の重要な虚偽記載を看過しないために,職業専門家としての正
当な注意による懐疑心をもって監査計画を立案し,監査手続を実施すべ
きであり,財務諸表の重要な虚偽記載の原因となる違法行為の発生又は
存在についても検討しなければならない」とされていること等からも。
明らかである。さらに,監査基準の解説書においても,同趣旨の記載が
認められる(甲A58。)
ウ営業特金等に対する監査
(ア)山一證券においては,山一證券が顧客から資金を直接預かってその
運用を任されるいわゆるプロパーと呼ばれる方法と,顧客が信託銀行に
対して特金又は特定金外信託を設定し,その運用を山一證券が任される
いわゆる営業特金と呼ばれる方法により,一任勘定取引を行っていた。
本件簿外債務の発生原因となった損失補填を行った最終7社について
も,上記プロパー又は営業特金により,山一證券が一任勘定による運用
を行っていた。
山一證券は,平成元年10月,その内部組織である営業特金整理委員
,()。会で特金残高が1兆8000億円あることを認識していた甲A34
そして,平成3年8月においても,営業特金の残高は1兆円を超えてい
た(このうち約5000億円が含み損であった模様である。甲2。営)
業特金は,最大で数百口座,残高合計は2兆円を超えていたともいわれ
る(甲A34。)
このような金額の大きさに照らせば,営業特金の運用状況が,山一證
券の貸借対照表や損益計算書に大きな影響を与えるものであったことは
明らかである。
(イ)平成4年1月1日の改正証取法の施行に前後して,各証券会社は営
業特金の解消を急ぎ,その解消に際してはしばしば損失補填が行われ,
山一證券もこの例外ではなかった。特に,山一證券は,上記のとおり多
額の営業特金を抱えており,これは同業他社と比較しても大きなもので
あった。
また,損失補填については,当時,激しい社会的非難を浴びていたこ
,,ともあって山一證券が損失補填の公表に積極的でないであろうことは
十分に想定できることである。
このような状況を踏まえれば,山一證券における損失補填額が他社よ
り多額に上るであろうこと,山一證券がこれを隠ぺいするために異常な
方法を用いてその結果を会計書類に反映させないことは容易に予想がつ
く。そして,被告としては,遅くとも昭和60年3月期以降,営業特金
の動向に注視すべきであったというべきである。
したがって,被告においては,この点を踏まえて十分な監査を行って
いれば,損失補填に端を発する虚偽記載等を当然に発見できていたはず
である。
(ウ)被告は,平成3年9月中間期の監査において,損失補填に関する質
問(乙A207)を実施したが,問題を発見するには至らなかったと主
張する。
しかし,被告は,山一證券の4972の特金勘定取引口座のうち,補
填先として公表された80の口座しか質問を行っておらず,網羅的とは
到底いえるものではない。
また,この質問についても,損失補填の可能性を把握するため,営業
特金を保有している全顧客名やそれぞれの損益状況を把握するべきであ
ったにもかかわらず,被告はそのような質問はしておらず,営業特金の
実態をつかむには不十分極まりないものであった。仮に全顧客について
質問することが煩雑に過ぎるなら,少なくとも金額や含み損が大きい顧
客名やその損益状況について質問すべきであった。
被告は,一部顧客については営業特金の実情や現状を質問しているも
のの,それらは全体のうちわずか5社である(乙A207。その上,)
それら5社は「紙上で問題となった」ために選び出されたのであって,
金額が大きく重要であるから質問の対象になったのではない。
さらに,質問に対する回答は,それぞれの質問に対応しておらず,回
答書(乙A207)は「特金勘定取引の現状(2枚)及び「特金勘定」
取引に係る確認書(1枚)と題する簡単な書面3枚のみで,具体的な」
顧客名や損益状況は何も記載されていない。そして,このような回答に
対して,被告は,さらに質問を続けるなどして,内容のある回答を得よ
うとしていない。
その上,被告は,この回答書につき山一證券が投資顧問をしていない
口座に関してだけしか受け取っておらず,投資顧問付きに相当する営業
特金に関して飛ばしや損失補填が行われていないことを示すものではな
く,これをもって平成3年9月末までに損失補填されたものではないと
いうことはできない。
被告としてはこの質問の際顧客名の開示を求めたり各顧客の特,,,「
金勘定取引に係る確認書」の写しの提示を求めたり,各顧客の損益状況
を質問していれば,最終7社の存在を把握し,これらが保有する有価証
券の含み損に対して損失補填が行われる可能性があることを認識し得た
はずである。仮に山一證券から顧客情報の開示を拒まれる可能性があっ
,,たとしても会計監査人としては開示を求める努力をすべきであったし
努力したにもかかわらず開示を拒まれた場合には,適切な監査ができな
いとして監査意見を差し控えるべきであった(監査基準委員会報告書第
14号(中間報告)第15項。しかし,被告はこれらのいずれも実行)
せず,山一證券の回答書(乙A207)を鵜呑みにしてしまったのであ
る。
しかし,被告は,いわゆるプロパーに対して,質問,確認のいずれも
行っていない。ここで,質問すればわかっていたか否かは,被告の過失
と関係ない。
なお,この「質問」は,平成4年3月期の監査においては実施されて
おらず,平成3年9月中間期の監査からさらに後退しているのである。
(エ)被告は,本件では平成4年以降の事業年度の有価証券報告書中の財
務諸表が問題とされているのであるから,平成4年3月期以降の監査に
ついて過失がなかったことを主張立証すれば足りると主張する。
しかし,虚偽記載等という結果が生じたのが平成4年3月期以降だと
主張されていることをもって,その結果の原因である過失行為も平成4
年3月期以降の行為に限られるということに論理必然性はない。平成3
年9月期以前から莫大な損失補填の可能性をはらんだ営業特金は存在し
ていたのであるから,損失補填の可能性を予見して,口座取引の実情や
現状を具体的に質問するなどして,損失補填が正しく会計処理されてい
るかどうか毎年監査していなければならなかったのである。被告がこの
ような監査をしてこなかったから,平成4年3月期以降の計算書類に虚
偽記載等が行われるようになったのである。
(オ)被告は,山一證券の会計帳簿に各顧客の株式売買の損益は記載され
ておらず,各顧客にどの程度の損失が発生していたのかを把握すること
が不可能であった旨主張する。しかし,論理的に考えて,記録がなけれ
ばおよそ正確な損失補填ができるわけがなく,また,記録を見せてもら
っていないから被告には過失がないというのは,記録を見る義務を負っ
ている被告のいうことではない。
また,被告は,証取法改正前の損失補填は監査の対象ではない旨主張
する。しかし,会計監査人としては,法に明記されていることのみを注
意しておけば足りるというものではなく,損失補填が大きな社会問題と
なっていた平成3年12月ころ,被告が山一證券の監査に当たり損失補
填監査の視点を持っていなかったことを正当化することはできない。
したがって,会計監査の対象となるか否かのメルクマールを適法か違
法かという点に求めている被告の上記主張は失当である。
(カ)被告は,平成3年9月中間期以前の監査に過失があるというために
は,山一證券が顧客に対して利回り保証を行っていた事実の主張立証が
不可欠である旨主張する。
しかし,山一證券等の証券会社が行っていた損失補填は,必ずしも事
前の利回り保証を前提としたものに限らず,事後的に行うこともあり得
。,,た特に利回り保証は改正前証取法においても違法とされていたため
会計監査人の目を欺くべく事後的な損失補填を装うことも十分に考えら
れたのである。
したがって,利回り保証の有無の確認はそれほど重要ではなく,むし
ろ顧客企業に大きな損失が発生していなかったか否か,仮に発生してい
たとするとその損失はどのように解消されたのかなどを調査することが
有効であると考えられ,実際,被告はこれを確認するために,質問を行
(),(,)()ったり乙A207陳述書乙A1112や確認書乙A13
を徴求したりしていたのである。もっとも,これらが不十分であったこ
とはこれまで述べてきたとおりである。
よって,被告の上記主張は当てはまらない。
エ平成5年3月期以降の監査に関して
(ア)損失補填に対する監査について
平成5年3月期以降の各期においても,被告は,平成3年9月中間期
に「特金勘定取引に係る確認書」を提出した企業のうち,特金口座を解
消した顧客企業の有無や名前を把握しようとはしなかった。
確かに,証券会社としては,損失補填完了後,その形跡をできる限り
隠ぺいするのが通常であり(甲7,その後に作成された帳簿や書類を)
いくら点検してもその事実の発見には困難が伴い,会計監査人に対して
その責任を問えない場合が出てくることは否定できない。
しかし,本件では,損失補填前に作成された顧客勘定元帳に,顧客に
損失が発生していたことや損失が解消されたことが記載されている可能
性が高かった。そして,損失補填が疑われない場合であっても,営業特
金が前記のとおり肥大化している状況下においては,顧客勘定元帳を精
査することは,会計監査上,基本的かつ重要な手続であるはずである。
さらに,営業特金にて発生した損失の補填が社会的問題にまで発展して
いた状況下であれば,この重要性が一層増すことはいうまでもない。
したがって,被告としては,損失補填問題が一段落した後である平成
5年3月期以降の監査手続においても,その可能性を念頭に置いて監査
に当たるべきであった。
被告は当時の山一證券の代表取締役社長であったLの作成に係る損,「
失補填はない」と記載された確認書(乙A13)を受け取っただけで,
何の裏付け資料もないままに満足していた。
しかし,質問及び確認が監査実施準則・三に定められる「通常実施す
べき監査手続」の一つであるのに対し,陳述書は監査実施準則・九にい
う「確認書」という名称で導入されることになるものである(陳述書と
いう名称は,この「確認書」が監査実施準則で導入される前の名称であ
る)ところ,これは「通常実施すべき監査手続」に含まれるものでは。
ない。確認書は,監査の実施に必要であると監査人が判断したすべての
資料が監査人に対して提供されたことの確認や,監査実施過程で質問に
より確かめた重要な確認事項の文書による再確認等のために用いられ
る,監査の前提となる基本環境を確認することにより経営者の財務諸表
作成責任の自覚を促すためのものであって,監査人の心証形成のために
用いるものではない。
(イ)特金口座残高に対する監査
a山一證券の特金残高の残高は,毎期の有価証券報告書中の財務諸表
中に記載されており,以下のとおり推移している。
平成2年3月(第50期)852億円
平成3年3月(第51期)875億円
平成4年3月(第52期)744億円
平成5年3月(第53期)2439億円
平成6年3月(第54期)2795億円
平成7年3月(第55期)2909億円
平成8年3月(第56期)2703億円
平成9年3月(第57期)2725億円
会計監査人は,数期間にわたっての金額の変化を分析し,顕著な変
化を発見した場合には,不正,粉飾等が存在する可能性を考えて,通
常より慎重な監査を行う義務を負うことになる(平成3年監査基準,
同年監査実施準則。甲7。)
第53期に金銭信託は約1700億円も増加しているが,これは当
,,時の山一證券の資本金1265億円を大きく上回るものでありまた
同期の金銭信託の残高の総資産に占める割合は,9%を超えていた。
この変化が不自然であることは,誰の目にも明らかである。
この点,被告は,1700億円の増加は山一證券の資産規模に照ら
せば異常に高額であるとまではいえないというが,約2600億円の
本件簿外債務により自主廃業に至ったことや,平成5年3月期前の過
去4年間で合計約2174億円の連結最終利益を粉飾したカネボウが
これにより上場廃止に追いやられたことに照らせば,1700億円が
異常に高額であることは明らかである。
そして,金銭信託は,含み損を生じていたとしても,原価法さえ採
用すれば,形式上隠ぺいすることが可能であり,粉飾に利用されやす
かった。また,山一證券の金銭信託は,そのリスクにおいて運用する
という性質のものであったことから,その監査に当たっては,資産と
しての実体があるかという点を確認する必要があった(監査実施準則
二。甲7。具体的には,特金口座に対する監査としては,特金口座)
開設の契約書や運用指示書を調査することが考えられる。
しかし,被告は,特金口座の残高確認手続において,単純にクレデ
ィ・スイス及び安田信託から回答された残高をそのまま信用し,それ
以上の調査を怠ったのである。
b山一證券は,平成4年9月から平成9年11月までの間,クレディ
・スイス及び安田信託に特金口座を開設し,NFら5社に対する債権
の貸付に利用していた。山一證券が設定していたクレディ・スイス及
び安田信託の特金口座から山一證券エンタープライズへの貸債残高
は,以下のとおり推移している。
安田信託クレディ・スイス銀行
平成5年3月1275億円450億円
平成6年3月1150億円450億円
平成7年3月1210億円450億円
平成8年3月1220億円440億円
平成9年3月1200億円550億円
9月1790億円
11月1790億円
これらの口座2口は,他と比較して,特に高額の残高のまま推移し
ており,しかも,これらの口座から毎年約1億円から3億円,年率に
換算すると約0.2%もの一定した「雑益「有価証券貸付料」又」,
は「その他収益・費用」が計上されていて,一見して異常な数値が,
数年間にわたって現れているのである。
貸債については,その貸借期間は1年間を超えないものとし,貸出
者は借入者から取引実行日までに取引担保金を受け入れるべきものと
され,かかる取引が行われた場合,3か月に1回以上の割合で,対象
債券や取引担保金等の残高について,残高照合を行わなければならな
いとされている〔日本証券業協会理事会決議(平成4年7月30日)
「債券の空売り及び貸借債取引の取り扱いについて。」〕
しかし,被告は,山一證券のこの貸債の有無の調査を怠った。
c被告としては,同業他社と比較しても異常な数値を示している特金
契約については,山一グループ会社に貸債されていないかなどを特に
注意して監査する必要があった。実際,被告においても,毎期の監査
に当たっての留意事項として「新規貸付先が山一グループである場,
合」と明記している(甲87の1。)
また,安田信託作成の特金契約の報告書によれば,その1頁目には
「公社債利息」以外に収入源の分からない「雑益」という項目が存在
しその2頁目の附属明細表によればこの雑益の全額が有,『』,「」「
価証券貸付料」となっていた。年間の「有価証券貸付料」総額を当時
の一般的貸付料率(0.2~0.3%程度)で割り返せば,この特金
資産のほとんどが一年中ほとんど継続して貸し続けられていることに
なることがわかり,その異常さに容易に気付くことができたはずであ
る。特に,貸債は,貸付金と同様のリスクのある取引であり,質的重
要性の高い監査項目であることからすれば,巨額の特金資産である国
債のほとんどが貸債され続けていることの異常性に当然気付いたはず
である。
,『』,「」また上記報告書の附属明細表には明確に有価証券貸付料
との文書があり,その「有価証券貸付料」の記載は継続的に計上記載
されているものであって,その一時的に計上されていたというもので
はない。実際,被告が保管している監査調書中に綴られていた安田信
託銀行の上記報告書の『附属明細表』には「有価証券貸付料」と明,
記されて,億単位の金額が現れているものだけでも,5期で11通に
上る。
,,「」さらに被告担当者が作成した監査メモ中にも有価証券貸付料
と手書きした書類も存在し(甲91,92,また,平成9年3月期)
の期末監査において,被告は,安田信託の当該特金の運用報告書(平
成9年3月10日付)の1頁目の「雑益」の数字にラインマーカーを
,(),引いておりその内容をチェックしている甲96ことからしても
被告が山一證券の特金口座にある1500億円を超える金額の債券が
貸債されていたことを認識していたことは疑いようのない事実であ
る。
d被告は,特金の実在性の調査について「残高証明書「債券残高,」,
」,,兼時価明細表をみれば受託財産である国債が信託銀行に現有され
貸債されていないことが読みとれるからその信頼は許されると主張す
る。
しかし,信託銀行の確認書には,誤謬・改竄のおそれはあり,決し
て無条件に信頼してよいものではない。とりわけ,損失補填が重大な
社会的関心を集めていた状況下では,顧客ファンドがどのように解消
されていったか,取引記録は信頼するに足りるか,資産・負債は実在
するかが重要な監査要点であったはずである。
被告は信託銀行の確認書に全幅の信頼を置く一方で,平成6年3月
期の期末監査では,昭和62年9月期から平成6年までの各期末にお
いて平成5年に特金残高が突如増加し,今後の問題として特金残高が
減少しない以上,勘定残高の重要性は高い,当然のことながら勘定内
容の重要性も高い(甲90,平成7年3月期でも特金残高が総資産)
の10.3%に達して含み損が拡大しており特金残高を早急に解消す
べきである(甲94)等と自ら指摘しているのであるから,なぜ特金
残高が高止まりしているのか,受託財産である国債はどのように運用
されているのか,巨額の有価証券貸付料(甲75ないし85)は本当
に支払を受けているのか,特金残高が毎年突出している安田信託銀行
及びクレディ・スイスだけでも本当に特金口座に財産が存在するの
か,実はこれは存在せず貸債に出されていないか,貸債されていると
すれば有価証券貸付料に未収が発生していないかなど,調査の手を伸
ばすべきだったのである。
e被告は,信託銀行の回答を信用したというが,それで,期中に1億
1700万円以上の多額の貸付料収入を生じ,期末には貸債として出
された約2500億円もの債券とともに,すべて回収されて実在する
と信じて許されるものではない。
前述した特金口座の残高をみれば,平成5年3月期から平成9年3
月期までの間,少なくとも何らかのまとまった,通常でない,オンバ
ランスにできない継続的な資金の需要があり,これを満たすために特
金口座が使用されていたことを疑うに足りる理由はあったといわざる
を得ない。
被告が入手した信託銀行の確認書は,決して被告の監査の不備を免
責させるものではない。確認書の記載を盲信するようであれば,専門
家集団による会計監査は意義を有しないことになる。
(ウ)現先取引に対する監査
a平成4年2月から平成5年1月にかけての,山一證券がNFら5社
との間で行われていた現先取引高は,以下のとおりであった。
日本ファクター1兆4412億8900万円
エヌ・エフ・キャピタル1兆8538億4800万円
エヌ・エフ企業3540億3600万円
エム・アイ・エス商会1831億2000万円
アイ・オー・シー(不明)
(合計)3兆8322億9300万円
そして,山一證券の社内ルールである山一證券発行の公社債ハンド
ブックには,現先取引の取引限度額は取引先の純資産額の30%に止
める旨の記載がある。
この基準を充足しているか否かを判断するには,取引先の決算書を
手に入れる必要があるが,被告は,このルールを無視し,NFら5社
に対する監査を怠った。
b証券会社が国債等の債権の現先取引を行う場合,相手方は上場会社
又はこれに準ずる法人で,経済的・社会的信用のある者に限られ,そ
の選定に当たっては顧客の財務内容・資金繰り状況・収益等に十分留
意しなければならないとされ,被告の監査マニュアルにおいてもその
ように規定されていた。
現先取引では,債券が担保として被監査会社に確保されているもの
の,債券が相場の変動によって損失が生じる危険性があるし,取引金
額が大きければ利息のみで莫大な金額に上ることから,貸し倒れに至
る危険性が大きい。
したがって,会計監査人は,監査実施準則・二に基づき,現先取引
の相手方まで調査する必要があった。山一證券で行われている現先取
引金額の大きさに鑑みれば,被告としては,現先取引の顧客一覧の提
示を求めるという極めて容易な手段を講じることができたはずであ
る。顧客名の調査を行っていれば,上記基準を満たさないNFら5社
が現先取引の相手方となっていること,しかもその取引金額が異常に
大きいことを知ることができたはずであり,その結果,本件簿外債務
の存在も発見することが可能であった。
しかし,被告は,平成4年3月期から平成9年3月期の決算に至る
まで,上記手続を怠った。
cまた,証券会社が,国債等の債券の現先取引を行う場合,他人の名
義登録債を原則として扱わない(他人名義の登録債の持ち込みを受け
ない)とされている。
この点,山一證券に対してNFら5社が売り現先に出した債券の登
録済み通知書の名義は,NFら5社の名義ではなく「山一特金口座,
口」であった。
会計監査人としは,上記基準が存在する以上は,現先取引の名義人
。,について当然注意を払うべきであったこの点の調査を行っていれば
NFら5社の存在を発見し,これらが山一證券から借り入れた債券が
再び山一證券に対して売り現先に出され,資金調達していたことを発
見できたはずである。
しかし,被告は,このような現先取引の監査を全く実施しなかった
か,あるいは,調査したがその異常性を看過して,山一の違反を何ら
指摘しなかった。
(エ)関連当事者取引に対する監査
a関連当事者との取引に関する情報は,本件省令によって,有価証券
報告書等届出会社に開示が義務づけられている。そして,関連当事者
との取引は,上記開示如何にかかわらず,監査実施準則により,一定
の監査手続を実施することが求められている。
ここで,本件省令1条27号の5にいう「その他の関連当事者」と
は,①「役員等を代表取締役として若しくはそれに準ずる者として派
遣している場合又は派遣されている場合,②「重要な資金の借入れ」
又は重要な資金の貸付けが行われている場合,③「相手会社にとっ」
て,商品若しくは製品等の売上・仕入れ・経費取引について,提出会
」,社との取引割合が過半程度を占める関係にある場合等の例を参考に
形式的,外形的側面だけによることなく,実質的・実体的側面にも留
,,意し相手先との間に支配又は重要な影響があるかを検討することで
その該当性を判断することになる(平成3年3月26日付け監査第一
委員会研究報告第4号「関連当事者との取引に係る情報の開示に関す
るガイドライン。」)
b山一證券は,取締役を務めていた人物や後に監査役に就任する人物
を,NFら5社に対し,代表取締役又は取締役として派遣していた。
また,山一證券は,NFら5社に対し,顧客から含み損を抱えた有
価証券を引き取るための資金や,損失補填の結果,保有することとな
った有価証券を管理するための資金をすべて提供していた。
したがって,上記基準に照らせば,NFら5社が「その他の関連当
事者」であることは明らかであり,金銭信託を利用して国債を貸し付
けていた山一エンタープライズも同様に該当するといえる。
しかし,そうであるにもかかわらず,被告は,NFら5社及び山一
エンタープライズとの取引に対して,監査手続を実施しなかった。
被告は,山一エンタープライズやNFら5社が監査対象に該当しな
いと主張するが,これらの設立当時から調査しようと意識したことも
なく,無関心そのものであり,過失と評価するにふさわしい。
(オ)海外現地法人に対する監査
a山一證券は,平成5年以前から,多額の含み損を抱えたストリップ
債や外国債券を保有していた。
そして,平成元年10月から同年12月にかけて実施された大蔵省
証券局検査課による定例検査により,山一證券は,主としてストリッ
プ債やワラント債の価格調整売買による400億円を超える法人顧客
ファンドに対する損失補填が指摘され,平成2年4月,山一證券は,
,。内部点検の結果として同金額の損失補填を大蔵省証券局に報告した
その後,山一證券は,平成3年7月29日,四大証券会社中最高の
約456億円の損失補填の公表を余儀なくされたが,未だに整理でき
ない多額の含み損を抱える法人顧客ファンドについての対策を早急に
講じる必要性に迫られていた。
b山一證券は,時価が額面を大幅に下回っても外見上明らかとならな
い仕組み債の特性を利用し,各種損失の簿外処理に使用した。ここで
の仕組み債は,山一證券に帰属する債務や損失をそのまま実現できな
いために発行した債券であり,これを海外現地法人に保有させて,損
失を隠ぺいしていた。
被告は,このような海外現地法人の有価証券取引について監査を怠
った。
3因果関係のある損害の有無(争点③)
()原告らの主張1
ア因果関係にある損害の範囲
(ア)山一證券が,有価証券報告書のうちの重要な事項に虚偽の記載を行
わなかったならば,山一證券はその営業を継続することができず,その
株式を一般に流通させることは不可能となったのであるから,原告らも
それを購入することはなかった。
すなわち,山一證券の真の自己資本規制比率は,遅くとも平成7年3
月末以降,100%を下回っており(甲A29,正しい財務内容を発)
表すれば,業務停止命令,登録取消しを免れない状態にあった(証取法
56条の2。実際,大蔵省のO証券局長が本件簿外債務の存在を公表)
した平成9年11月22日以前,山一證券は営業を継続し,株価は低迷
しつつも株式は市場にて流通を続けていたが,同日より後,直ちに山一
,。證券は営業を継続することが不可能となり自主廃業を余儀なくされた
山一證券の株価は1円と2円との間を変動し,株式はごく一部の者の間
でのみ取引されるようになり,一般的な投資の対象とはいい難い状態と
なった。
これ以前から山一證券株のリスクをうかがわせる事情はあったが,山
一證券が営業を断念したり,株式が一般投資の対象から除外される状態
に陥ったことは,本件簿外債務の公表前にはなかった。また,刑事記録
中の各取締役らの供述(甲A36ないし43)からも,本件簿外債務を
隠ぺいしたからこそ,山一證券は営業を継続することができ,その株式
は流通し得たことが明らかにされている。
したがって,有価証券報告書のうちに重要な事項に虚偽の記載がなか
ったならば,山一證券株は流通しておらず,原告らがそれを購入するこ
ともなかった。しかし,実際には,原告らは,別紙請求債権目録記載の
とおりの日付,購入数,購入代金において,山一證券の株式を購入した
のであるから,この購入代金相当額が原告らに発生した因果関係にある
損害額である。
(イ)確かに,虚偽記載等を行わなくても会社は廃業にまでは至らず,株
式も流通し得たというような場合には,原告らに生じた因果関係にある
損害額は,購入代金相当額と虚偽記載等がなければ形成されていたであ
ろう株価との差額であるとも考えられる。
しかし,このような仮定の株価を算出することはほとんど不可能であ
り,実際には,会社が虚偽記載等を訂正し,その訂正による市場の動揺
が消え,訂正による市場の反応を株価が吸収し尽くしたといい得るに至
った時点の株価を参考に推測するほかない。そうすると,本件において
は,本件簿外債務の存在を公表した後,山一證券株の株価は若干の動揺
期間を経て,直ちに無価値に帰したのであるから,やはり原告らに生じ
た損害額は,株式の購入代金相当額である。
(ウ)虚偽記載等と現実の株価が直結しないことは,有価証券届出書であ
ると有価証券報告書であるとを問わないところ,有価証券届出書の虚偽
記載等については,証取法19条1項で,損害賠償請求者である投資家
がその有価証券の取得に際して支払った金額から,請求時における市場
価格又は請求前にその有価証券を処分した場合はその処分価格のいずれ
かを控除した金額と法定されている。
そうすると,有価証券報告書のうちの重要な事項の虚偽記載等による
損害額は,このように法定こそされていないが,同様に,購入代金相当
額と損害賠償請求時の市場価格(市場価格がない場合は,その時点にお
ける推定の処分価格)との差額であると解される。
したがって,本件において,原告らが損害賠償を請求した時点で山一
證券株の株価は0円であったのであるから,前記のとおり,原告らの購
入代金相当額が損害額となるというべきである。
イ証取法19条2項類推適用という主張に対して
(ア)被告は,証取法19条2項の類推適用により,原告らの損害が有価
証券報告書のうちの重要な事項の虚偽記載等以外の要因によることを証
,,明すれば損害の全部又は一部の賠償責任を免れることになると主張し
山一證券株の株価の下落は,山一證券に対する信用の失墜,経営業績の
著しい悪化の発表等の要因によるものであると主張する。
しかし,前記のとおり,山一證券が本件簿外債務の存在を正しく公表
していれば,山一證券はその営業を継続することが不可能な状況にあっ
たのであり,実際,公表直後に自主廃業を余儀なくされたのである。原
告らは,虚偽記載等がなければ購入することのなかった株式を購入した
ところに損害があるのである。
したがって,株式購入後,株価が下落したことは損害額算定の上では
無関係である。
(イ)そうでないとしても,同条項は相当因果関係についての立証責任を
転換した規定であり,被告は,同条項の類推適用を前提にするのであれ
ば,虚偽記載等と原告らの損害との間に相当因果関係がないことを立証
しなければならないことになるが,前記のとおり,山一證券が本件簿外
債務の存在を公表していれば廃業を免れない状況にあり,実際に公表直
後に自主廃業をし,その株式は無価値となったのであるから,原告らの
主張する購入代金相当額の損害は,すべて虚偽記載等の結果として通常
生ずべき損害に当たり,被告の主張するような要因が株価を下落させた
ものとは認められない。
,()(ウ)被告は東京高等裁判所平成14年10月30日判決乙A264
,,を根拠に不適正な監査意見と損害との因果関係を否定しようとするが
同判決は民法上の不法行為責任を追及した事案であり,本件のように,
証取法上の監査証明に基づく責任を追及した事案とは異なる。
また,被告は,山一證券が平成9年3月期に1647億円にも上る当
期損失を計上していたことや,同年7月31日に行われた東京地検等の
捜査によって株価が下落したと主張するが,これだけでは,有価証券報
告書の虚偽記載等との無関係を主張したことにはならないし,立証とし
ても不十分である。
ウ倒産リスクを反映した株価であるという主張に対して
(ア)被告は,原告らは山一證券の倒産リスクを反映した低廉な株価で株
式を購入したのであるから,購入後の株価の下落は有価証券報告書のう
ちの重要な事項の虚偽記載等とは関係がないとの主張をしている。
しかし,この主張は,リスクを推認させる諸事情があることと,会社
自体がリスクの存在を正面から認め,正式に発表することとを混同する
ものである。同じ財務に関する情報であっても,その情報源が単なる噂
や新聞報道にとどまる場合と,会社自らの正式発表によるものとでは,
情報の質が異なり,市場への影響も全く異なる。
本件においては,原告らが山一證券株を購入した当時,噂や新聞報道
を根拠とする山一證券の財務状態は株価に反映されていたと考えられる
が,それだけでは山一證券株は市場の適正な評価を受けているとはいえ
ない。山一證券自らが本件簿外債務の存在を正面からは認めていないと
いう点も同じく株価に反映されているからであり,この点が正されて初
めて株式は適正な評価を受け得るのである。
(イ)被告は,平成9年11月21日の株価が山一證券の倒産リスクを反
映したものであると判示した東京高等裁判所平成13年10月25日判
決(乙A119の1,2)を引用する。
しかし,同判決は,買い注文の意思表示の錯誤無効又は詐欺取消を主
張した事案で,平成9年11月の株価が乱高下しているときのことであ
るから,原告には投機意思があり,意思表示の瑕疵を否定されるとした
ものであって,本件とは事案を異にする。
(ウ)したがって,山一證券株の株価には倒産リスクが反映されており,
原告らには虚偽記載等と因果関係にある損害はないという被告の主張は
妥当ではない。
エ山一證券の取締役らの責任であるという主張に対して
被告は,本件の有価証券報告書のうちの重要な事項の虚偽記載等につい
ては,山一證券の取締役らの行為が大きく寄与しているので被告に責任は
ないと主張する。
しかし,前記のとおりの被告の監査手続に照らすと,平成4年3月期以
前は,山一證券が隠ぺい工作を行うまでもなかった。すなわち,平成4年
3月期以前,被告は,山一證券に対し,その監査手続の一環として質問を
したり,陳述書を求めたりしているが,前記のとおり,これらはいずれも
不十分なものであったのであるから,山一證券が被告に対して隠ぺい工作
を行うまでもなかったのである。
したがって,山一證券の取締役らの行為があるからといって,被告が免
責されることはない。
オ純資産の主張に対して
被告は,平成9年11月24日時点での山一證券の純資産額が2000
億円から4600億円存在していたことから,本件簿外債務を公表したと
しても営業を継続することができたはずであるから,原告らの主張する山
一證券株の購入代金相当額の損害というのは失当であると主張する。
しかし,山一證券の当時の取締役等の関係者は,自主廃業をする以前か
ら,本件簿外債務を公表すれば山一證券は営業を継続することができない
だろうと予測しており,前記のとおり,実際に山一證券は本件簿外債務の
存在を公表した直後に自主廃業に追い込まれているのである。そもそも営
業継続が可能であるか否かは,被告の主張するように純資産額のみから単
純に判断することはできない。
また,山一證券の純資産が2000億円から4600億円存在したとい
いながら,山一證券が破産し,その資産は清算されることとなったにもか
かわらず,株主には一切還元されることはなかったのであるから,そもそ
もそのような純資産は実体のないものであったのである。
したがって,本件簿外債務の金額が平成9年11月24日時点での山一
證券の純資産額を超えていたので,原告らには虚偽記載等と因果関係にあ
る損害はないということはない。
()被告の主張2
ア原告らの主張立証の不十分性
(ア)原告らは,本件簿外債務の存在が公となったため,山一證券は営業
を継続することが不可能となり,平成9年11月24日に自主廃業に追
い込まれた結果,その株式は無価値となったことから,各株式の購入代
金相当額が損害となると主張する。
しかし,原告らは有価証券報告書のうちの重要な事項の記載が虚偽で
あることにより生じた損害の賠償を請求しているのであるから,虚偽の
記載があったときの株価と真実の記載があったとすれば形成されていた
であろう株価との差額が損害となるはずであるが,原告らはその具体的
な損害額の主張立証責任を果たしていない。
また,原告らの株式購入時期は,平成7年6月から平成10年1月ま
での2年8か月にも及び,この間,株価は800円台から3円までと大
きく変動しているのであり,原告らとしては,このように株価が大幅に
変動している状況の下で,各原告がいくら高く株式を購入することとな
ったのかを,その時々の状況を踏まえて,個別的に明らかにしなければ
ならない。
(イ)原告らは,山一證券が本件簿外債務の存在を明らかにしていれば経
営を継続することはできなかったはずであり,原告らとしても山一証券
株を購入することはなかったという。
しかし,本件簿外債務のすべてが山一證券に帰属し,これを損失とし
て計上するとしても,原告らの株式購入当時,山一證券は2000億円
から4600億円の純資産額を保有していたことからすれば,原告らの
主張する損害額の合計は,数千万円程度にしかならない。
そして,この請求可能額は,原告らが既に和解によって受け取った金
額を下回っているのであり,原告らの主張する損害そのものがもう存在
しないのである。
したがって,原告らの主張する損害額の算定が困難であるから,株式
購入額相当額が損害であるなどという主張は,損害額及び損害額と監査
報告書との因果関係の立証を放棄したものといわざるを得ない。
(ウ)仮に原告らの主張するように株式取得額相当額が損害であるという
のであれば,原告らは,被告によって違法な監査報告がされたこと,こ
のような監査報告によって山一證券が経営破綻したこと,原告らが株式
取得額相当額の損害を被ったこと,そしてそれぞれの間に因果関係があ
ることを主張立証しなければならないはずである。このことは,原告ら
と同じく山一證券の株主であった原告が被告に対して提起した損害賠償
請求事件の控訴審判決でも確認されている(東京高等裁判所平成14年
10月30日判決。乙A264。しかし,原告らは,これらの点を十)
分に主張立証していない。
これに対して,原告らは,被告こそが虚偽記載等と原告らの損害との
間に相当因果関係がないことを主張立証しなければならないと主張して
いるが,これは証取法19条2項の解釈を誤ったものである。被告とし
ては,監査手続に過失がないことを主張立証して責任を免れるほか,後
述するとおり,仮に過失があったとしても原告の損害が虚偽記載等では
なく,他の要因により値下がりしたことを証明してその損害額の全部又
は一部を免れるのである。
(エ)原告らが親族名義で山一證券株を購入しているのであるならば,原
告ら自身の預金口座から購入代金が支払われている事実を立証しなけれ
ば,いかに親族であることが立証できたとしても損害賠償の請求主体た
り得ないはずである。
そのほかにも,原告らの一部は,山一證券株の購入の事実に関し,十
分な立証を行っていない。その要旨は,別紙請求額等目録備考欄記載の
とおりである。
イ証取法19条類推の可否と他の要因による株価の下落
,,,(ア)原告らは原告らに生じた損害は証取法19条の趣旨に鑑みれば
当該株式を取得したときの価格と損害賠償請求時の市場価格との差額で
あると解すべきであるという。
そうすると,同条1項のみならず,他の要因によって損害が発生した
場合には免責されるとする同条2項についても当然に類推適用されると
いうべきである。
,,(イ)山一證券株の株価は平成9年6月末日終値が341円であったが
同年11月21日の終値は102円となり,239円(約70%)も下
落していた。また,山一證券は,同年3月期決算において,1647億
円の当期損失を計上し,時価情報として開示されている有価証券の含み
益が対前期比で523億円も減少したことが明らかにされた。さらに,
同年7月31日に東京地方検察庁及び証券取引等監視委員会の合同によ
る強制捜査が行われたことにより株価が急落し,同月から同年9月まで
の間,毎月年初来の安値を更新していた。
同月18日には元専務ら5名が,同月25日には前社長が逮捕され,
経営に深刻な影響を与えたこともあり,同年11月6日,格付け機関で
あるムーディーズが山一證券の債券の投資適格の格下げを検討すること
を発表した。そして,山一證券株の株価は,同月19日には遂に安値5
8円となり,同年6月最終値と比較して約83%もの下落を記録するに
至った。
(ウ)原告らは,山一證券も,O証券局長が本件簿外債務を正式に公表し
た同月22日以前は経営を継続し,株価は低迷しつつも,一応はその株
式は一般市場にて流通を続けていたと主張する。
しかし,山一證券株の株価は,報道され,又は公開されていた山一證
券に関する様々な要因を反映して,同日以前に1株58円にまで下落し
ていたのである。
そうすると,山一證券が営業を休止し,原告らの購入した株式が無価
値なものとなったのは,同月24日に山一證券がNFら5社の保有する
含み損を抱えた有価証券を自らの損失であると公表したからではなく,
山一證券自体の経営業績の著しい悪化や,それに伴う信用失墜といった
事情によるものであるから,原告らが主張するような虚偽記載等とは全
く関係なく,他の要因によって生じた市場価格の変動により下落を続け
たものである。
したがって,原告らの主張する金額が,そのまま損害額となるもので
はない。
ウ倒産リスクを反映した株価
(ア)平成7年6月から山一證券の株式を購入し出した原告らにとって,
平成9年11月の株価は,最初の取得価格と比較して著しく低いもので
あり,山一證券の倒産リスクが反映された株価であったということがで
きる。そして,原告らが最後に山一證券株を取得したときの株価は,倒
産リスクが反映された株価をさらに下回るものであった。
原告らの多くは,1株58円にまで下がった平成9年11月19日こ
ろに山一證券株を購入しているが,このような取引は,山一證券が倒産
するリスクを自らの責任とした上でのものと評価できる。
そして,平成7年6月から平成9年11月までに購入した株式の損失
は,上記のとおり,虚偽記載等が公表される以前に,既に倒産リスクを
反映した株価にまで下落しているのであるから,山一證券が倒産してそ
の株式の価値が0になったとしても,それによって生じた損失はすべて
原告らが負担すべきものである。
そうすると,有価証券報告書のうちに重要な事項に虚偽の記載が存在
したとしても,原告らの主張する損害はこのような記載と何ら因果関係
をもたないことは明らかである。この点,同月21日に1株101円で
山一證券の株式を購入した株主に関する訴訟において,東京高等裁判所
は,同日の株価は山一證券の倒産リスクが反映されたものである旨判示
している(平成13年10月25日判決。乙A119の1,2。この)
ような投資行為が,証取法,商法特例法,民法不法行為法理の精神に照
らし,監査報告書と投資家の損害との間に相当因果関係を認めることが
できないとした判決は当然というべきである。
(イ)この点,原告らは,リスクを推認させる諸事情があることと会社自
体がリスクの存在を正面から認め,正式に公表することとの間には情報
の質に決定的な違いがあると主張する。
しかし,山一證券の債券については,平成9年11月6日にムーディ
ーズが投資適格の格下げを検討することを発表し,同月15日には同じ
く格付け機関であるS&Pが投資適格を最低に格下げし,同月21日に
はムーディーズは投資不適格としたのであり,これらの決定的な情報を
受けて,山一證券の株価はさらに下落したのである。
この格下げの発表による株価下落によって生じた原告らの損害は,監
査報告書と何ら因果関係のないことは明らかである。
(ウ)なお,原告らは,本件に関して,既に1億円を超える和解金を受領
ずみであり,倒産リスクを反映した株価を示していた山一證券株に対す
る損失は,十分に補償されているものと解される。
エ山一證券の取締役らの責任
(ア)割合的因果関係とは,ある債務不履行の事実につき,他の原因事実
が寄与することによって初めて損害が発生するに至った場合,債務者に
すべての責任を負担させることは妥当ではないという考慮の下に,寄与
度に応じた因果関係を認めていくものである。
(イ)山一證券の取締役は,本来,会社財産を保全し,不正行為の防止を
行なうべき立場にありながら,会社の業務執行を担当する立場にあるこ
とを利用して,NFら5社による含み損のある有価証券の引取りや,そ
の後の徹底的な隠ぺい工作による監査妨害行為を長期にわたって行って
いたのであり,原告に生じたと主張される損害発生のほとんどの原因を
作出しているのである。
仮に被告の寄与が考えられるとしても,それは山一證券の会計監査人
として,適法意見の監査報告書を提出したということに止まるが,被告
は徹底的に監査を妨害されているのであるから,本来の任務を果たすた
めの前提を欠いている。
以上の事情に加え,取締役と会計監査人との間の役割の相違を考え合
わせると,結果として原告らに損害が発生したとしても,その損害は山
一證券の取締役らの監査妨害行為によるところが大であり,割合的因果
関係論に基づいた被告の責任も存在しないというべきである。
(ウ)原告らは,一方で,山一證券による虚偽の回答,虚偽の陳述書の提
出,監査契約に違反した重大な事実を認識した上で,会社ぐるみの隠ぺ
い工作の存在を主張していながら,他方で,被告の監査手続の過失を主
張する際,隠ぺい工作を行うまでもなかったなどという主張に変ってお
り,支離滅裂な主張内容となっている。
第5当裁判所の判断
1争点①(虚偽記載等の有無)について
()本件簿外債務の帰属について1
ア山一證券の平成4年3月期から平成9年3月期までの間の各事業年度の
有価証券報告書のうちに重要な事項について虚偽の記載があり,又は記載
すべき重要な事項の記載が欠けているかを判断するに先立ち,本件簿外債
務が上記各事業年度において山一證券に帰属するものとして会計処理すべ
きであったかについて争いがあるので,まずこの点を検討する。
,(,,,,,,イ前記前提となる事実に加え証拠甲25の1681013
16,19,甲9,甲A34,37ないし39,乙A141,143,1
44。いずれも枝番を含む)及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり。
認められる。
(ア)本件簿外債務の発端となった,最終7社の保有していた含み損を抱
えた有価証券の引取りは,主として,山一證券が顧客獲得に際して行っ
たにぎりや,有価証券の含み損を現実化させないために行われた飛ばし
に原因があった。
(イ)国内分の損失補填が行われた平成3,4年ころ,証券会社の一部の
顧客企業に対する損失補填が社会的非難を受けていたことや,平成4年
1月1日以降,それまで違法とされていなかった取引後の損失補填が改
,,正証取法により禁止されるところとなったことから山一證券としては
含み損を抱えた有価証券の処理を公表することができず,秘密裏に処理
しようと目論んだ。
海外分についても,山一證券が主導となった顧客に対する損失補填や
山一證券の決算に向けての利益計上等により保有することとなった含み
損を抱えた有価証券や利落ちした仕組み債を公表すると,世間からの批
判を受け,さらなる業績の悪化を招くことになりかねないと判断し,同
様に秘密裏に処理しようと考えた。
(ウ)Kは平成4年6月26日から平成9年6月26日までの間,Lは平
成4年6月26日から平成9年8月10日までの間,それぞれ山一證券
の代表取締役であったところ,K及びLは,平成3年ころ,山一證券幹
部との間で,顧客の保有する含み損を抱えた有価証券を山一證券が引き
取らざるを得ず,これをペーパー会社を通じて行うことを話し合った上
で,その実行を決定し,また,海外分の損失補填等についても同様に,
ペーパー会社等を利用して含み損を抱えた有価証券を引き取り,これを
隠ぺいすることについて相談し,その実行を指示した。
K及びLは,これに関連して,平成7年3月期から平成9年3月期ま
での山一證券の有価証券報告書に関し,本件簿外債務に係る当期未処理
損失が存在するにもかかわらず,これを記載しなかったなどの証取法等
違反被告事件で有罪判決を受けた。
(エ)約1207億円もの含み損を抱えた有価証券を引き取ったNFら5
社は,平成3,4年に相次いで設立されているが,いずれも資本金は1
000万円に過ぎず,その役員にはかつて山一證券で役員を務めた者が
就任していた。
NFら5社に対する出資は山一エンタープライズが行ってはいるもの
の,山一エンタープライズの株式は,山一證券が5%,山一情報システ
ムが50%,山一證券経済研究所が45%をそれぞれ出資していた。そ
して,山一情報システムは,コンピューターによる情報処理等を主たる
,。,業務とし山一證券グループがその株式の95%を保有していたまた
山一證券経済研究所は,経済,資本市場,産業等に関する調査研究等を
中心的業務とする,山一證券・調査部ともいうべき会社であり,山一證
券グループがその株式の100%を保有していた。
NFら5社は,山一證券の指示に従い,飛ばし等によって,含み損を
抱えた有価証券をNFら5社の財務諸表上に現れないようにした。
ウ以上の諸事情からすると,日本ファクター,エヌ・エフ・キャピタル及
,,びエヌ・エフ企業による含み損を抱えた有価証券の引取りは山一證券が
にぎりや飛ばしによって生じた含み損を抱えた有価証券の損失補填を目的
としたものであり,また,当時の代表者であるK及びLもこのことを十分
,,認識した上でその実行を決断しており証取法等違反の刑事事件判決では
少なくとも平成7年3月期以降,本件簿外債務は山一證券に帰属するもの
と判断されている上,さらに,この有価証券を引き取った,又は保有して
いたNFら5社はおよそ1207億円もの負債を抱え得る規模の会社では
なく,山一證券の意向を強く受け得る立場にあって,山一證券の指示に従
い含み損を抱えた有価証券を隠ぺいしたということができる。
そうすると,この含み損を抱えた有価証券は,実質的には,最終7社か
ら山一證券が引き取ったものと認めるのが相当である。
また,海外分についても,山一證券が主導となって損失補填等を行って
おり,これを隠ぺいするためにペーパー会社による移し替えを画策してい
ることからすると,実質的には,顧客等から山一證券が含み損を抱えた有
価証券(特に利落ちした仕組み債)を引き取ったものと認めるのが相当で
ある。
,,,そして上記含み損を抱えた有価証券を隠ぺいするために山一證券は
その後,前記前提となる事実のとおりの方法により,NFら5社に対して
資金を供給するなどしており,この資金供給が山一證券以外の意思や負担
に基づいて行われていたと認めるに足りる証拠はないから,上記有価証券
引取り後,隠ぺい工作に伴い発生した損失についても,当然山一證券が負
担するものと認められる。
したがって,顧客に対する損失補填等により生じ,これを隠ぺいするた
めに負った損失である本件簿外債務は山一證券に帰属し,その額に照らせ
ば,これを前提とした会計処理を実施する必要があった。
エこれに対して,被告は,本件簿外債務が山一證券に帰属したのは平成9
年11月24日の取締役会決議がされた際であり,それ以前には帰属して
いなかったと主張する。
しかし,前記前提となる事実及び前記イの諸事情に照らせば,同取締役
会で本件簿外債務について決議が行われたとしても,それは本件簿外債務
が山一證券に帰属することを確認した趣旨に過ぎず,同取締役会の決議を
もって初めて本件簿外債務が山一證券に帰属するに至ったとは解すること
ができないから,被告の主張は採用することができない。
被告は,本件簿外債務に関して,山一證券が有価証券報告書の訂正報告
書ではなく,臨時報告書又は半期報告書を提出していることや,中国銀行
からの仕組み債の買戻しの際に保証状を差し入れたことを自らの主張の根
拠としているが,いずれも本件簿外債務が公表され,しかるべき清算手続
に入るための準備以上のものと解することはできず,本件簿外債務が同日
に山一證券に帰属することとなったという決定的な証拠にはならないか
ら,上記認定に影響を及ぼすことはない。
オ被告は,日本ファクター,エヌ・エフ・キャピタル及びエヌ・エフ企業
による含み損を抱えた有価証券の引取りは,最終7社の保有する有価証券
の含み損が現実化するのを一時的に繰り延べたに過ぎず,直ちに含み損相
当額が損失となるものではないと主張する。
しかし,前記前提となる事実及び前記イからすると,最終7社の保有す
る含み損を抱えた有価証券は完全に日本ファクター,エヌ・エフ・キャピ
タル及びエヌ・エフ企業に引き取られた(実質的には山一證券に引き取ら
れた)もので,後に最終7社に対してこれを返還することが予定されてい
たとは到底解することができず,また,含み損額の巨大さやその後の株価
上昇の不確実性からしても,含み損の現実化を一時的に繰り延べしたに過
ぎないということはできない。
カ被告は,損失補填が行われたとすればその取引行為は公序良俗に反する
ので無効であり,山一證券は最終7社に対して不当利得返還請求権を有す
るから,損失補填が最終的に確定していたとはいえないとも主張する。
しかし,理論上,不当利得返還請求権が発生していたとしても,そのこ
とをもって直ちに損失補填に端を発する本件簿外債務が山一證券に帰属し
,,ないということはできないし仮にこのような請求権が発生するとしても
これを行使することは事実上不可能に近いものと考えられる(実際にこの
。),,ような訴訟が行われたと認めるに足りる証拠もない上前記のとおり
引き取った含み損額は莫大なものであったことからすると,このような実
現可能性の低い請求権があるからといって,損失補填が確定していなかっ
たとはいえない。
そうすると,損失補填取引が公序良俗に反するとしても,引き取った有
価証券の含み損相当額の損失が山一證券に帰属していないと解することは
できない。
キ以上のとおりであるから,本件簿外債務は山一證券に帰属し,山一證券
としては,平成4年3月期以降,これを前提とした有価証券報告書の作成
しなければならなかった。
()虚偽記載等の有無について2
アこのように,本件簿外債務は山一證券に帰属するので,これをその有価
,,,証券報告書に表す必要があったところ本件簿外債務が会計事象として
平成4年3月期から平成9年3月期までの有価証券報告書に表現されてい
なかったことは明らかである。
この点,企業会計原則注解(注18)では,引当金について「将来の特
定の費用又は損失であって,その発生が当期以前の事象に起因し,発生の
,,,可能性が高くかつその金額を合理的に見積もることができる場合には
当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ,当
該引当金の残高を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとす
る」とされ,これには債務保証損失引当金,損害補償損失引当金,貸倒。
引当金等が該当するとされている。
そして,本件簿外債務の発端となった最終7社から引き取った有価証券
の含み損に相当する損失は,確かに株価の上昇により解消することも考え
られなくはないが,含み損がそのまま損失となる可能性は高く,また,そ
の金額の算定は前記前提となる事実のとおりと合理的に見積もることがで
きるといえ,本来,山一證券としては,平成4年3月期以降,この含み損
に相当する損失に相当する金額を引当金(特に偶発債務損失引当金)とし
て計上する必要があったと認めるのが相当である。
また,海外分及び本件簿外債務を隠ぺいするに当たり被った損失につい
ても同様のことがあてはまるので,山一證券は,遅くとも平成4年3月期
以降,これを引当金(偶発債務損失引当金)として計上すべきであった。
イこの点,山一證券が大蔵省に対して提出した平成4年3月期から平成9
()年3月期までの各有価証券報告書にある貸借対照表別紙貸借対照表参照
には,上記損失に相当する金額を計上した引当金(偶発債務損失引当金)
に当たる勘定科目は存在しない。
そして,その金額に照らして,この記載が本来であれば有価証券報告書
に記載すべき重要な事項であったことは当然である。
したがって,山一證券の平成4年3月期から平成9年3月期までの各有
価証券報告書には記載すべき重要な事項の記載が欠けていたこととなる。
ウなお,原告らは自己資本規制比率について虚偽があったと主張するが,
自己資本規制比率が上記各事業年度の有価証券報告書のうち,会計監査人
による監査証明の対象であったと認めるに足りる的確な証拠はないから,
原告らの主張は前提を欠くので採用することができない。
また,原告らは現金・預金や未払金に関して虚偽の記載があったとも主
張するが,前記の本件簿外債務の性質に照らせば,これを現金・預金や未
払金の勘定科目に計上するのは相当でないから,この主張についても採用
することができない。
2争点②(過失の有無)について
()前記のとおり,山一證券の作成した平成4年3月期から平成9年3月期1
までの有価証券報告書のうちに記載すべき重要な事項の記載が欠けていたと
ころ,これらを証取法193条の2第1項本文に基づき監査証明をした被告
に,記載が欠けていないものとして証明したことについて故意又は過失がな
かったと認められるか(証取法24条の4,22条,21条1項3号,同条
2項2号,以下で検討する。)
()注意義務の内容2
まず,上記故意又は過失がなかったと認められるか否かの判断の前提とし
て,被告にはどのような注意義務があったかについて検討する。
ア証拠(甲7,乙A221)によれば,平成4年3月期から平成9年3月
期までの監査に適用される,企業会計審議会作成に係る監査基準,監査実
施準則,監査報告準則及び改訂注記は以下のとおりであったことが認めら
れる(監査基準等はその後改訂がされているが,以下においては,特に断
らない限り,上記事業年度において適用される,平成3年12月26日改
訂後の監査基準等を指すものとする。。)
(。(ア)監査基準の設定について昭和31年12月25日改訂に当たって
なお,内容は要約してある)。
監査基準は,監査実務の中に慣習として発達したもの中から,一般に
公正妥当と認められたところを要約した原則であり,職業的監査人は,
財務諸表の監査を行うに当たり,法令による強制がなくても,常に遵守
すべきである。
監査基準には,監査人の適格性の条件及び監査人が業務上守るべき規
範を明らかにした監査一般基準,監査手続の選択適用を規制する監査実
施準則,監査報告書の記載要件を規律する監査報告基準の3区分によっ
て構成される。
監査を実施するに当たり選択適用される監査手続は,各企業の事情に
よって異なり,一律に規定することは不可能であるが,監査の能力や経
験は個々の監査人によって差異があり,監査手続の一切を監査人の自由
に委ねると社会的信用を得ることができない。他方,監査の実施に関し
て,公正妥当な任務の限界を明らかにしなければ,監査人の責任を過重
ならしめる結果となる。したがって,監査人の判断を規制すべき一定の
基準を設け,これを遵守させることが重要である。
(イ)監査基準,監査実施準則及び監査報告準則の改訂について(平成3
年12月26日改訂に当たって。なお,内容は要約してある)。
,,(。)今回の改訂に当たっては監査人は重要な虚偽記載脱漏も含む
を看過してはならないことを明記した。また,最近,内外ともにいわゆ
る不正問題に関連して公認会計士の監査機能に対する社会の期待の高ま
りがみられることから,監査上の危険性に対する十分な考慮を求めると
,,,ともに経営環境の適切な把握と評価の必要性について明言しさらに
監査要点として取引記録の信頼性を掲げ,監査手続に分析的手続を加え
るなどの改訂も行った。
(ウ)監査基準(一部のみ記載した)。
第一一般基準
一企業が発表する財務諸表の監査は,監査人として適当な専門的能
力と実務経験を有し,かつ,当該企業に対して独立の立場にある者
によって行われなければならない。
三監査人は,監査の実施及び報告書の作成に当たって,職業的専門
家としての正当な注意を払わなければならない。
第二実施基準
一監査人は,十分な監査証拠を入手して,財務諸表に対する自己の
意見を形成するに足る合理的な基礎を得なければならない。
三監査人は,内部統制の状況を把握し,監査対象の重要性,監査上
の危険性その他の諸要素を十分に考慮して,適用すべき監査手続,
その実施時期及び試査の範囲を決定しなければならない。
(エ)監査実施準則(一部のみ記載した)。
一監査人は,財務諸表の監査に当たり,監査基準に準拠して通常実施
すべき監査手続を実施しなければならない。
,,,通常実施すべき監査手続は監査人が公正な監査慣行を踏まえて
十分な監査証拠を入手し,財務諸表に対する意見表明の合理的な基礎
を得るために必要と認めて実施する監査手続である。
三監査人が選択適用すべき監査手続には,実査,立会,確認,質問,
視察,閲覧,証憑突合,帳簿突合,計算突合,勘定分析,分析的手続
等がある。
監査手続の適用は,原則として試査による。
五監査人は,監査計画の設定に当たり,財務諸表の重要な虚偽記載を
看過することなく,かつ,監査を効率的に実施する観点から,内部統
制の状況を把握するとともにその有効性を評価し,監査上の危険性を
十分に考慮しなければならない。
内部統制の有効性を評価するに当たっては,内部統制組織の整備と
運用の状況のみならず,それに影響を与える経営環境の把握と評価を
行わなければならない。
監査上の危険性を評価するに当たっては,監査対象項目に内在する
虚偽記載の発生の可能性に留意するのみならず,経営環境を把握し,
それが虚偽記載の発生をもたらす可能性を考慮しなければならない。
九監査人は,経営者による確認書を入手しなければならない。確認書
には少なくとも次に掲げる事項が記載されなければならない。
1財務諸表の作成責任が経営者にある旨
2監査の実施に必要なすべての資料を監査人に提供した旨
3重要な偶発事象及び後発事象
監査人は,確認書を入手したことを理由として,通常実施すべき監
査手続を省略してはならない。
イ以上のとおりの企業会計審議会作成による監査基準,監査実施準則等の
制定目的及び内容,そして,被告と山一證券との間で締結された監査契約
は証取法193条の2に基づく監査を目的とする準委任契約であると解さ
れること(前記前提となる事実3())からすると,監査人としては,財2
務諸表の監査に当たり,善良なる管理者としての注意義務をもって,主と
して監査基準に基づき通常実施すべき監査手続を実施する義務を負ってお
り,この通常実施すべき監査手続とは,監査実施準則の定めに従い,公正
な監査慣行を踏まえ,十分な監査証拠を入手し,財務諸表に対する意見表
明の合理的な基礎を得るために必要と認められる手続を中心とすると解す
るのが相当である。
ウこの点,原告らは,会計監査の目的は重要な虚偽記載等を看過しないこ
とであり,会計監査人である被告は不正の発見に努めなければならず,不
正や誤謬があり得るということを常に念頭に置いて監査に望む必要がある
と主張する。
確かに,会計監査に求められる役割の一つに財務諸表に虚偽の記載が存
在しないこと,あるいは記載すべき事項の記載が欠けていないことを明ら
かにするところにあることは,前記アの監査基準等にも現れているところ
であり,これを否定することはできない(甲A50,56,61といった
文献にも指摘されているところでもある。。)
しかし,他方で,会計監査人は,捜査機関や証券取引等監視委員会等と
異なり,強制捜査(検査)権限を持たず,被監査会社からの委託を受け,
被監査会社から受け取る報酬から合理的に割り出される人員及び時間をも
って監査手続を実施せざるを得ないこと,監査基準や監査実施準則も,こ
のような前提条件の違いを踏まえ,上記のとおりの定めを置くに至ったこ
と,前記前提となる事実のとおり,山一證券が被告に委託したのは法定監
査であり,特に不正発見を目的としたものではなかったことを考え合わせ
ると,虚偽記載等を発見できなかったことをもって直ちに被告の過失と捉
えるのは相当でなく,上記イのとおり,当時の会計監査の水準を踏まえ,
監査に関する職業的専門家として一般的に要求される程度の注意義務をも
って通常実施すべき監査手続等を実施したにもかかわらず虚偽記載等が存
したような場合は,過失はなかったといわざるを得ない。
原告らの指摘する文献(甲A59)には,財務諸表の重要な虚偽記載等
について「何が何でも発見しなければいけない」という記載も認められる
が,同文献の全体の趣旨からすれば,当裁判所の上記見解に反するものと
はいえない。
したがって,原告らの上記主張も,この限度においてのみ採用すること
ができるというべきである。
エ原告らは,平成3年の監査基準等の改訂により,平成4年3月期の監査
からリスク・アプローチが導入され,被告が山一證券の監査をするに当た
っては,虚偽記載等が実行される危険性を十分に踏まえた上,これに対応
した監査計画を策定し,実行する必要があったと主張する。
確かに,前記アのとおり,監査基準第二・三には「監査人は,内部統制
の状況を把握し,監査対象の重要性,監査上の危険性その他の諸要素を十
分に考慮して,適用すべき監査手続,その実施時期及び試査の範囲を決定
しなければならない」と,監査実施準則五には「監査人は,監査計画の。
設定に当たり,財務諸表の重要な虚偽記載を看過することなく,かつ,監
査を効率的に実施する観点から,内部統制の状況を把握するとともにその
有効性を評価し,監査上の危険性を十分に考慮しなければならない」と。
それぞれ規定されており,監査手続においてリスク・アプローチの考え方
を取り入れたといわれている(乙A281。)
しかし,証拠(平成14年1月25日付けの企業会計審議会作成に係る
「監査基準の改訂について。乙A281。以下,この改訂を「14年改」
訂」という)によれば,14年改訂は「主な改正点とその考え方」の。,
項で,平成3年12月26日の監査基準等の改訂において上記のとおりの
リスク・アプローチの考え方を採用したものの,その枠組みが必ずしも明
確に示されなかったこともあり,我が国の監査実務に浸透するまでには至
,,っていなかったことから14年改訂を行ったとの改訂趣旨を明らかにし
リスク・アプローチの意義,リスクの諸概念及び用語法,リスク・アプロ
ーチの考え方,リスク評価の位置付け等について詳細な説明を加えた上,
リスク・アプローチに関する各種条項を加えた(なお,同改訂で,監査実
施準則は廃止され,監査基準という一つの枠組みの中で,監査実施基準が
規定されることとなった)ことが認められ,これからすると,監査基準。
第二・三及び監査実施準則五は,監査人が監査を実施するに当たっての規
範といえるほどの具体性を有していたとはいえず,被告が厳格な意味での
リスク・アプローチを採用しなかったことをもって直ちに過失があったと
捉えることはできないというべきであり,被告としては,一般的に職業的
専門家として要求される程度の注意力をもって,14年改訂前の監査基準
等にいう監査上の危険性を踏まえた監査を実施する注意義務を負っていた
にとどまるというべきである。
オまた,原告らは,日本公認会計士協会の監査基準委員会報告書第10号
「不正及び誤謬(乙A197,280)及び同第11号「違法行為(甲」」
A57,乙A197,280)は,監査実施準則五に規定する財務諸表の
重要な虚偽記載等の原因となる不正及び誤謬又はこれに関する違法行為を
含む違法行為全般に関する監査実務の指針となるものであり,被告として
はこれらを踏まえた監査手続を実施すべきであったとも主張する。
しかし,上記2報告書は,いずれも平成9年4月1日以後に開始する事
業年度に係る監査に適用されることになるとされており,平成9年3月期
までの監査に関する争いである本件には適用されないので,これを監査実
務の指針として考えることはできない。
なお,原告らは,上記の平成14年の監査基準等の改訂や監査基準委員
会報告書第10,11号の作成については,監査実務を踏まえて後追い的
に行われたものであると主張し,原告らの指摘する文献(甲A59)には
監査基準等で定める監査手続に比べ,監査実務は進展していたといった記
載も見受けられるが,これは当時の監査実務についての一部の見解に過ぎ
ず,この記載をもって平成9年3月期以前の監査手続において被告が従う
べき監査規範が同記載どおりであったことを認定することはできない。
()被告が実施した監査手続の概要3
次に,各有価証券報告書を監査証明したことについて,被告に故意又は過
失がなかったと認められるかの判断の前提として,被告が実施した平成4年
3月期から平成9年3月期までの間の各期末の監査手続の概要についてみる
,(,,,,と証拠乙A1ないし911ないし1354ないし68101の3
7ないし9,乙A102の3,7ないし9,乙A107,185,187,
,,。。)189ないし191203ないし205207いずれも枝番を含む
及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおりの事実を認めることができる。
ア平成4年3月期以前
被告は,平成3年10月15日,平成4年3月期の監査に先立って,山
一證券に対し,平成3年6月下旬以降,世間で注目を受けることとなった
証券問題を受けての社内改革の具体的な内容等,昭和63年9月期から平
成3年3月期までの間に損失補填先として公表された80口座についての
同年9月末現在の取引状況,損失補填取引の実施手続,同年3月末及び同
年9月末における営業特金(プロパー,顧問付き,顧問なし)の各残高状
。,,(,況について質問したこれに対して山一證券は顧問なしのすなわち
投資顧問会社が付いていない)特金勘定取引を行っていた顧客のすべてか
,,,ら取引に係る一切の投資判断はすべて自己の判断と責任において行い
山一證券に対して売買の一任勘定を行わず,また,損失補填等を求めない
旨記した「特金勘定取引に係る確認書」の提出を受けたと回答した。
また,被告は,平成3年11月ころ,山一證券において顧客に対する損
失補填等が行われたかを質問したところ,当時,山一證券の取締役副社長
であったL及び常務取締役法人営業本部長は,同月12日,同年4月V
1日から同年9月30日までの間において,山一證券が特定の顧客の投資
,,利回りの確保や投資損失の補填等証取法及び大蔵省証券局長通達に反し
投資家の公平を損なうような取引をしたことはない旨書面にて回答した。
(乙A11,207,弁論の全趣旨)
イ平成4年3月期
被告は,同期の監査において,特に,海外顧客とのトラブル,海外現地
法人と海外顧客との間の異常な取引,子会社との取引及び子会社との間の
債権債務,飛ばし取引の実態について大蔵省にした回答,山一證券の特金
口座等を監査要点とした監査手続を実施するとともに,同期の財務諸表上
の各項目の監査手続を行った。
被告は,監査の過程で,山一證券と6社との間で時価乖離取引(取引総
額590億円,時価総額129億円)がされていることを発見したことか
ら,これらの取引に係る時価超過相当額のリスクが誰に帰属するものかを
質問したところ,山一證券の法人営業本部担当役員及び代表取締役は,い
ずれの取引についても顧客がリスクを負担するものである旨回答した。
,,,,また被告は損失補填リストを元に顧客勘定元帳を通査したところ
特に異常な取引は見つからなかった。
さらに,被告は,現先取引について監査を実施し,取引残高が6702
億9600万円あり,そのうち49億3600万円が評価損となっている
ことを発見した。
,,,そのほかにも被告は特金口座の含み損益について監査を実施したが
異常な取引を発見するには至らなかった。
被告は,平成4年5月8日,取締役副社長Wから,平成3年4月1日か
ら平成4年3月31日までの間,特定の顧客の投資利回りの確保,投資損
失の補填等,証取法及び大蔵省証券局長通達に反し,投資家の公平を行う
取引は行っていないこと,飛ばしといった時価と大幅に乖離した価格での
有価証券取引の仲介等を行ったり,取引当事者からその買戻しや損害賠償
を要求されたりしていないことを内容とする確認書を取得した(乙A1。
2,107,191の1,乙A203ないし205,弁論の全趣旨)
ウ平成5年3月期
被告は,同期の監査につき,特に特金勘定取引における運用資産の売買
状況,現先取引における異常な取引の有無,ストリップ債の整理状況,時
価乖離取引等の異常な債券売買の有無といった点を監査要点とする監査を
実施するとともに,同期の財務諸表上の各項目についての監査を行った。
,,,,そして被告は平成5年5月11日当時の代表取締役社長のLから
同期の監査に当たり,被告から要請のあった会計記録及びこれに関する資
料をすべて提出したこと,特定の顧客の投資利回りの確保,投資損失の補
填等,証取法及び大蔵省証券局長通達に反し,投資家の公平を行う取引は
行っていないこと,飛ばしといった時価と大幅に乖離した価格での有価証
券取引の仲介等を行ったり,取引当事者からその買戻しや損害賠償を要求
されたりしていないことを内容とする確認書を取得した。
また,被告は,特金勘定取引に関する監査として,特金口座を設定して
いた安田信託やクレディ・スイス等の信託銀行から決算日における残高が
記された運用状況報告書を取得した(甲86,87の1,2,乙A1,。
13,弁論の全趣旨)
エ平成6年3月期
被告は,同期の監査につき,特に現先取引に関する異常な取引や含み損
益の有無,時価乖離取引に関し,パソコンにより異常取引を抽出した上で
質問を行うこと,特金口座に関して運用資産の売買取引の相手方や売買対
象有価証券の銘柄,海外業務本部における子会社との取引高等を監査要点
とする監査を実施するとともに,同期の財務諸表上の各項目について監査
を行った。
また,被告は,特金勘定取引に関する監査として,特金口座を設定して
いた安田信託,クレディ・スイス等の信託銀行から運用状況報告書を取得
した(乙A2,185,弁論の全趣旨)。
オ平成7年3月期
被告は,同期の監査において,特に特金口座について運用資産の相手方
や売買対象有価証券の銘柄,時価乖離取引の有無,国際事務部における子
会社との取引高等を監査要点とする監査を実施するとともに,同期の財務
諸表上の各項目の監査を行った。
また,被告は,特金勘定取引に関する監査として,特金口座を設定して
いた安田信託,クレディ・スイス等の信託銀行から運用状況報告書を取得
した(乙A3,187,弁論の全趣旨)。
カ平成8年3月期
被告は,平成8年3月期の監査につき,特に,特金口座につき月次報告
書により運用資産の売買状況,期末の含み損益の把握,運用資産の売買相
手方及び売買対象商品がグループ会社でないか,時価乖離取引の抽出とそ
れについての説明を受けること,国際事務部につき子会社との取引高等を
監査要点とする監査を実施するとともに,同期の財務諸表上の各項目の監
査を行った。
また,被告は,特金勘定取引に関する監査として,特金口座を設定して
いた安田信託,クレディ・スイス等の信託銀行から運用状況報告書を取得
した(乙A4,189,弁論の全趣旨)。
キ平成9年3月期
被告は,平成9年3月期の監査につき,特に顧客勘定元帳の通査による
異常取引の有無の確認,特金口座につき月次報告書による運用資産の売買
状況及び含み損益の把握,売買相手方及び売買対象銘柄,国際事務部に関
係する異常取引の有無等を監査要点とする監査手を実施するとともに,同
期の財務諸表上の各項目の監査を行った。
そして,被告は,特金勘定取引に関する監査として,特金状況報告書を
入手してその概況を把握したり,運用報告書により元本,評価損益及び含
み損益についての情報をまとめたり,特金の運用が具体的にどのように行
われているかについて調査した。また,被告は,特金口座を設定していた
安田信託やクレディ・スイス等から運用状況報告書及び同月31日時点に
おける取引残高を記した確認書を取得した(乙A5ないし9,54ない。
,,,,,,し68101の37ないし9乙A102の37ないし9190
弁論の全趣旨)
()被告の故意又は過失4
そこで,被告に山一證券の平成4年3月期から平成9年3月期までの各有
価証券報告書について重要な事項の記載が欠けていないものとして監査証明
したことに故意又は過失がないと認められるか否かについて,原告が被告に
過失があったと指摘する点ごとに検討を加える。
なお,原告らは,被告が山一證券に対する平成3年9月期以前の監査手続
にも過失があった旨指摘するが,本件では,被告が上記事業年度の有価証券
報告書を監査証明したことについての注意義務違反が争われており,この注
意義務が平成3年9月期以前に発生していたとは捉え難いから,この点に関
する原告らの指摘は失当というほかなく,以下においては平成4年3月期以
降の監査手続についてのみ判断する。
ア被告の監査計画に関して
(ア)原告らは,証券会社による損失補填が社会的非難を浴び,また,事
後の損失補填をも違法とする改正証取法の施行を控え,秘密裏に駆け込
み的に損失補填が行われる可能性があったのであるから,特に平成4年
3月期の監査手続においては他年度に比較して損失補填の発見に努める
べきであったと指摘する。
確かに,前記前提となる事実のとおり,証券会社による一部顧客企業
に対しての損失補填が社会的な関心を呼び,非難の声が高まっていたこ
とや,改正証取法の施行により事後の損失補填をも違法と評価されるこ
,,,とになったことからすれば当時山一證券において損失補填が行われ
これが隠ぺいされる可能性があったことは否定できず,監査基準第二・
三,監査実施準則五からして,被告においてもこのような可能性がある
ことを踏まえた監査を実施すべき注意義務を負っていたといえる。
しかし,前記()のとおり,被告としては,このような損失補填が行3
われる可能性もあることを踏まえ,山一證券の幹部に損失補填の有無を
質問したり,損失補填の端緒となるような異常な取引がないかどうかを
確認したり,時価乖離取引の有無を調査したりするなどの監査を実施し
ていることからすると,監査に関する職業的専門家としての注意義務を
もって,監査実施準則一,三,五に定める通常実施すべき監査手続を実
施したと認めるのが相当である。なお,具体的な監査手続に関しては後
述する。
(イ)これに対して,原告らは,被監査会社が虚偽記載等をしようとする
場合,容易に発見できない手法を用いるはずであるから,単純に時価乖
離取引を監査するだけでは不十分であったと主張する。
しかし,前記()のとおり,被告は損失補填が隠ぺいされる可能性も3
踏まえた上で監査手続を実施しているし,被告の実施した時価乖離取引
等の監査のほかに,当時,被監査会社が作成した財務諸表の虚偽記載等
を発見するための具体的な手法が一般的に実施されていたことを認める
に足りる証拠はないことからすると,被告が通常実施すべき監査手続を
怠ったということはできない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(ウ)また,原告らは,被告の立てた平成4年3月期の監査計画は当時の
損失補填の可能性に相応した内容になっていなかったと主張し,証人X
も同旨の証言をする。
しかし,証人Xは公認会計士であり,約27年の経験を有してはいる
ものの,金融証券業の監査の経験は全くなく,その証言する見解を直ち
に採用することはできない。証人Xが個別に不十分な点を指摘している
ところについては,後述する。
イ被告の監査体制について
(ア)原告らは,平成4年3月期の山一證券の監査に当たり,上記のとお
り損失補填の可能性があったにもかかわらず,十分な人員と時間を費や
さなかったと指摘する。
,(),,しかし証拠乙A191の1及び弁論の全趣旨によれば被告は
平成4年3月期の山一證券の監査に,合計35名(内関与社員3名,主
査1名,公認会計士15名,会計士補14名,その他2名)が,延べ3
040時間をかけて当たっており,当時,営業収益及び総資産について
は山一證券を超えていた,同じく四大証券会社の一つであった日興證券
の監査には,合計16名(関与社員2名,公認会計士10名,会計士補
4名)が延べ3126時間をかけて当たっていたことが認められること
からすると,山一證券の監査に充てられた人員及び時間は十分であった
というべきである。
また,前記前提となる事実のとおりの山一證券による本件簿外債務の
隠ぺい工作からすると,被告において合理的かつ可能な,これ以上の人
員及び時間をかけたとしても,そのことのみによって本件簿外債務の存
在を発見することはできなかったと認めるのが相当であり,これを覆す
に足りる証拠はない。
証人Xも被告のとった監査体制につき人員の観点からして不十分であ
ったと証言しているが,抽象的にその不十分性を述べるだけで,具体的
にどのように不十分であったのかを述べるものではないから,採用する
ことができない。
そうすると,被告としては,適切な人員及び時間をかけて山一證券の
監査に当たったと認められ,この認定を左右する事情は見当たらないか
ら,被告にはこの点に関する過失がなかったと認められる。
(イ)これに対して,原告らは,平成4年3月期の山一證券の監査に当た
り,被告としては営業特金監査に集中すべき時期であったにもかかわら
ず,支店の監査により多くの人員を配置し,本店の監査に十分な力を注
いでいなかったと主張し,証人Xも同旨の証言をしている〔証人Xの陳
述書にも同旨の記載がある(甲A60。)。〕
しかし,証拠(乙A107)及び弁論の全趣旨によれば,平成4年2
月24日から同年3月13日までに行われた期中監査においては,神戸
支店や姫路支店等の監査に公認会計士等6人が延べ30日を費やしてい
るのに対し,法人事務部や債券部等本店の監査に公認会計士等8人が延
べ35日を費やしており,また,これらの監査は時期をずらして実施さ
れていたこと,同年4月13日から同年5月8日までに行われた期末監
査においては,大阪支店及び名古屋支店の監査に公認会計士等3人が延
べ15日を費やしているのに対し,法人事務部や海外業務部等本店の監
査に公認会計士等12人が延べ82日を費やしており,また,これらの
監査は時期をずらして実施されていたことがそれぞれ認められる。
そうすると,前記前提となる事実のとおり,損失補填問題に絡み,本
店に対する監査に力を入れるべき状況があったとしても,被告が本店の
監査に投入した人員及び時間は,支店におけるそれと比較して相当であ
,。,ったと認められこの認定を覆すに足りる証拠はない証人Xの証言は
抽象的に不相当であると述べるに止まり,その見解は当裁判所の採用す
るところではない。
したがって,この点につき,被告にはやはり過失がなかったというべ
きであるから,原告らの主張は採用することができない。
ウ営業特金等の監査に関して
(ア)原告らは,被告としては営業特金等の残高に着目し,顧客の顧客勘
定元帳を確認して,各顧客にどの程度の損失があったかを把握すべきで
あったのに,被告はこれを怠った過失があると指摘する。
この点,証拠(甲2,甲A34)及び弁論の全趣旨によれば,山一證
券は,平成元年ころから営業特金等の残高を徐々に減らしていっていた
が,平成2年ころの残高は約1兆8000億円にも上っており,平成3
年8月においても1兆円を超えており,そのうち約5000億円が含み
損であったことが認められる。
しかし,前記前提となる事実のとおり,営業特金は,顧客が信託銀行
と特定金銭信託契約を締結し,顧客から手数料の支払を受けて,その口
座の運用を山一證券が主体となって行うものを指すのであるから,顧客
の営業特金における損益が山一證券の損益に影響を及ぼすことは原則と
してなく,このことはプロパーについても同様である〔平成16年6月
8日付け調査嘱託の結果によっても上記のことは裏付けられる(野村證
券・平成16年6月23日付け回答。)。〕
そうすると,営業特金等の残高は相当高額に上っていたとしても,山
一證券の会計には直ちに影響を及ぼすものではなかった以上,被告にお
いて,他にも財務諸表上の項目を監査する必要があった中で,これに最
大の注意を払うべきであったとはいえない。
(イ)そして,証拠(平成16年6月8日付け調査嘱託の結果)及び弁論
の全趣旨によれば,営業特金等の顧客の損益状況を山一證券が把握する
,,,ことができる資料は当時存在しなかったものと認められそうすると
被告においても,山一證券の行っていた営業特金等で,各顧客にどの程
度の損失が出ているのかを把握することは相当困難であったといえる。
これに対して,証人Xは,山一證券において営業特金等の顧客の損益
状況を把握できる資料はあったはずであると証言する。
しかし,前記のとおり,証人Xは金融証券企業の監査に必ずしも精通
していたとはいえず,また,実際にその証言にあるような顧客勘定元帳
を見たことはないとも述べ,ただあるはずであると証言するにとどまる
ものであることからすると,その証言を信用することできず,これをも
って原告らの主張する顧客勘定元帳が存在したと認めることはできな
い。そして,このほかに上記認定を覆すに足りる証拠もない。
(ウ)そうすると,前記()のとおり,被告は,平成4年3月期の監査で3
営業特金等に係る監査手続として質問を実施したとことが認められると
ころ,山一證券の財務内容に直ちには影響を及ぼすものではない営業特
金等という監査要点に関して,顧客の損益を直接把握することのできる
資料がないことから被告としては幹部に対する質問を実施するほかな
く,それに対して,顧問なしの特金口座を保有する顧客のすべてから,
自らの責任において運用を行うこと,損失補填を受けたり,要求しない
ことを表明する確認書が集められたとの回答を得ており,そのほかに当
時の監査慣行に照らして具体的に実施すべきであった監査手続は認めら
れないから,被告は,職業的専門家としての注意義務をもって,監査基
準第二・三,監査実施準則一,三,五に定めるとおりの通常実施すべき
監査手続を行ったと認められる。
したがって,この点について,被告に過失はなかったと認めるのが相
当である。
(エ)これに対して,原告らは,被告が山一證券の営業特金等の一任勘定
()取引に関して損失補填の有無を確認するために行った質問乙A207
は,山一證券の特金勘定取引4972口座のうち80口座に関してしか
質問をしておらず,網羅的なものではなかったし,また,原告らは,平
成3年当時に山一證券との間で営業特金等により一任勘定取引を行って
いた顧客について,被告は取引を解消した顧客の有無,解消の経緯につ
いて質問を行ったり,関係資料を収集しなかったので,その質問は不十
分であったと主張する。
しかし,前記のとおり,顧問なしの特金口座を保有する顧客のすべて
から,損失補填を行わない旨の確認書が取り付けられ,その旨の回答を
得ているわけであるから,被告の実施した監査手続が網羅的でなかった
とはいえない。
,,,,また前記前提となる事実のとおり被告は捜査機関とは異なって
山一證券の会計監査人に過ぎず,山一證券からの委任を受けてその監査
に当たっていたのであるから,糾問的に質問を実施したところで十分な
回答が返ってきたとは認め難いし,前記のとおり,本件簿外債務は山一
證券の幹部の主導によりその隠ぺいが図られてきたものであるところ,
,(),当時山一證券の企画室付部長であったQの陳述書乙A212には
本件簿外債務隠ぺいの枠組みを考案し,監査法人である被告にそれがわ
からないように工作をしてきた旨の記述があることからして,この点に
,,関する資料の提出を求めても十分な資料が出てきたとは思われないし
実際に最終7社の存在を突き止めたとしてても,これらが損失補填があ
ったことを明らかにしてくれるとは考えにくい。
その上,一任勘定取引があるからといって直ちに損失補填に結びつく
ものではなく,当時の状況からして具体的にこれらを結びつける資料等
,。も見当たらず原告らの主張は推測に推測を重ねたものというほかない
以上からすると,本件において実施された質問は,当時の職業的専門
家としての注意義務に照らして十分なものであったと認めるの相当であ
るから,前記認定を左右することはなく,原告らの上記主張は採用する
ことができない。
エ特金口座の監査に関して
(ア)原告らは,被告は山一證券の特金口座の動向に着目し,その残高が
実体を備えたものであるかを確認する必要があったのに,これを怠った
ところに過失があると指摘する。
この点,証拠(乙A14)によれば,山一證券の特金口座の残高は以
下のとおり推移したことが認められる。
平成2年3月期852億円
平成3年3月期875億円
平成4年3月期744億円
平成5年3月期2439億円
平成6年3月期2795億円
平成7年3月期2909億円
平成8年3月期2703億円
平成9年3月期2725億円
確かに,特金口座の残高が平成5年3月期から大幅に増加しているこ
とが認められるが,特金口座は貸借対照表上では預金勘定に分類される
〔乙A14,証人Y〕ところ,当時の四大証券会社を比較して,この預
(,金勘定のうちどの種類が多いのかはそれぞれ異なっていたこと例えば
山一證券は特金が最大の比重を占めているのに対し,野村證券であれば
定期預金が,大和証券であれば通知預金が,日興證券であれば外貨預金
が最大の比重を占めていた。乙A14)や,1事業年度で1000億円
を超える変動も特に珍しいものではなかったこと,山一證券の預金勘定
における特金の割合は,そのほかの証券会社の最大残高を構成するもの
の割合と比較してむしろ低いものであったことがそれぞれ認められる。
そうすると,この点を捉えて,被告において,これを不自然であると
考えるべきであったとはいい難い〔なお,同旨の見解を表明する意見書
も提出されている(乙A217の1,乙A218の1,乙A219の
1。)。〕
(イ)そして,財務諸表項目のうち預金については,預金先に対して確認
を行わなければならないとし,この確認も監査人が債務者等に直接発信
し,その回答も直接入手する方法によらなければならないとされる(監
査実施準則三,監査第一委員会報告第五十号。乙A18)ところ,証拠
(乙A1ないし9,101の3,7ないし9,乙A102の3,7ない
し9)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,山一證券が特金口座を設定
していたすべての信託銀行に対し,毎事業年度の監査において,山一證
券の特金口座の残高の確認をとったことが認められる。
なお,原告らは特金口座が簿外債務の温床になりやすかったと主張す
るが,平成4年3月期から平成9年3月期までの各期末の監査手続に当
たって,当時,特金口座における具体的な運用方法についてまで監査を
実施すべき注意義務があったことを基礎付ける的確な証拠はない。
そうすると,そのほかに特金口座の監査手続に関する慣行が存したこ
とを認めるに足りる証拠はないことからすると,被告としては,監査基
準第二・三,監査実施準則一,三に基づいて,通常実施すべき監査を行
ったといえるので,過失はなかったものと認めるのが相当である。
(ウ)これに対して,原告らは,被告としては山一證券の特金口座におけ
る具体的な運用方法まで監査すべきであったと主張する。
しかし,特金口座は貸借対照表で現金・預金科目に分類されているよ
うに,信託銀行からの運用状況報告書等により残高さえ確認できればそ
の金額が山一證券の資産として存在することの確認になるわけであるか
ら,決算期においていくらの残高が存在するのかが重要なのであって,
どのように運用されているかについては,財務諸表監査に当たってそれ
ほどまで重要とはいえない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(エ)また,原告らは,山一證券のこれらの口座から山一エンタープライ
ズへの貸債残高は高額のまま推移していたところ,これについての調査
をしていれば,巨額の特金資産である国債のほとんどが貸債され続けて
いることの異常性に気付いたはずであるのに,この点についての調査を
しなかったことに過失がある旨主張する。
,(,,,,しかし証拠乙A46101の37ないし9乙A102の3
7ないし9,乙A212,214の1,乙A215の1)及び弁論の全
趣旨によれば,公社債が貸し付けられている場合,一般的には信託銀行
から提出される運用状況報告書の資産欄に「貸付公社債」等と記載され
るべきであるところ,本件簿外債務の隠ぺいに当たり,山一エンタープ
ライズに対して国債の貸債が行われていたといわれる安田信託及びクレ
ディ・スイスの運用状況報告書にはこのような記載はなく,単に「公社
債」等と記載されるのみであったこと,安田信託及びクレディ・スイス
から提出された運用状況報告書には貸債取引明細書等の具体的な運用方
法を示す資料は添付されていなかったことがそれぞれ認められ,これら
からすると,特金口座には貸債が行われていないかのような外観を呈し
ていた。
そうすると,上記(ア)のとおりの特金口座の特性を考え合わせると,
監査の職業的専門家としても,山一證券の特金口座から山一エンタープ
ライズに対して貸債が行われていたことを予見することは不可能であっ
たと認めるのが相当である。
したがって,特金口座の具体的な運用方法にまで監査を実施しなくと
も,監査実施準則一に定める通常実施すべき監査手続を怠ったことには
ならず,監査の職業的専門家としての注意義務を尽くしていないともい
えない。
(オ)以上のとおりであるから,特金口座の監査に関して,被告に過失は
なかったものと認めるのが相当である。
オ現先取引の監査に関して
(ア)原告らは,NFら5社が山一證券との間で行っていた現先取引につ
き,その取引高は膨大なものであったのであるから,被告はNFら5社
が現先取引を行い得るだけの信用力を有しているかを監査すべきであっ
たのにこれを怠った過失があると指摘する。
しかし,証拠(甲2)及び弁論の全趣旨からすると,平成4年2月か
ら平成5年1月にかけてのNFら5社の現先取引高は,日本ファクター
が1兆4412億8900万円,エヌ・エフ・キャピタルが1兆853
8億4800万円,エヌ・エフ企業が3540億3600万円,エム・
アイ・エス商会が1831億2000万円であったところ,この当時の
山一證券の年間の債券売買高は200ないし300兆円であったことが
認められ,これからすると,必ずしも膨大な取引高であったとはいい切
れない。
そして,現先取引(売り現先)の実質は債券を担保に貸付を受けると
ころにあるところ,この債券の売買代金さえ適正な額であれば,通常の
債券売買とは異なる危険性を有するものではなく(いずれも債券の時価
の下落というリスクを引き受けるに過ぎない,それ以上に取引相手。)
方の信用力を調査する必要があったとはいい難い(なお,債券を売買す
ること自体の妥当性は,財務諸表とは全く関係がなく,これについて被
告が監査をすべき義務はない。。)
また,原告らの主張するような,現先取引の取引額は取引先の純資産
額の30%に押さえなければならないという山一證券内部の規則が存在
したことを認めるに足りる証拠はない〔なお,山一證券の直前営業年度
末における純財産額の30%とする社内規則が存在したことは認められ
る(乙A35。)。〕
以上の諸事情からすると,被告において,現先取引が適正な価格で行
われているかということを超えて,現先取引の相手方の財務状態等の信
用力についてまで監査すべき注意義務があったとはいえない(そのよう
な監査基準も見当たらない。。)
そして,被告は,前記()のとおり,時価乖離取引に着目して現先取3
引について監査を実施していたのであるから,通常実施すべき監査手続
を行ったということができ,過失はなかったと認められる。
(イ)これに対して,原告らは,NFら5社から山一證券に対して売り現
先に出された国債は「山一特金口座口」名義で登録されたものであっ,
たはずであり,他人名義登録債は原則として取り扱わないという準則に
違反していたのであるから,被告としてはこの点を十分に監査していれ
ば,NFら5社の存在に気づけたはずであると主張する。
しかし,証拠(乙A36,37)によれば,平成2年5月以降,国債
の売買に関して,日銀ネットが設立されたため,オンライン請求による
登録手続が実施されることとなり,取引ごとに登録通知書の発行をする
ことはなしに日に1回登録残高を通知するシステムになったことが認め
られる。
そうすると,原告らの主張するように,取引した国債がいかなる名義
,,で登録されていたかは明らかではないから原告らの主張は前提を欠き
被告にこの点についての過失は認められない。
カ関連当事者取引の監査に関して
原告らは,山一證券とNFら5社及び山一エンタープライズとの間の取
引は,財務諸表等の監査証明に関する省令等の一部を改正する省令(本件
省令)1条27号の5にいう「その他の関連当事者」に該当するので,こ
れらに監査手続を実施べきであったのにこれをしなかった点に過失がある
と指摘する。
しかし,証拠(乙A39ないし41)及び弁論の全趣旨によれば,上記
関連当事者取引は,平成4年3月期から平成9年3月期までの各事業年度
の監査においては監査証明の対象とはならなかったことが認められる(な
お,仮に監査証明の対象となったとしても,本件で主張されている有価証
券報告書の虚偽記載等は上記関連当事者取引に関するものではないから,
直ちに被告に過失があったということにはならない。。)
そして,前記()アの監査基準及び監査実施準則のどれをみても,山一2
證券の監査に関して,いかなる勘定科目との関係においてもNFら5社及
び山一エンタープライズの監査をすべき義務が発生するとは認め難い。
さらに,証拠(乙A42)によれば,被告が,平成4年3月期に,山一
證券と山一エンタープライズとの間の取引を監査したところ,福利厚生費
(被服費)及び器具・備品費(備品賃借料)として合計で約5億2000
万円の取引が行われていたに過ぎないことが認められ,監査を実施するに
当たり,特に注目すべき数値とはいい難かった。
その上,仮に山一エンタープライズに対して監査手続を実施したとして
も,平成4年から平成9年までの各財務諸表に山一證券の特金口座からの
貸債は一切記載されていなかったこと(乙A43の1ないし5)からする
と,山一エンタープライズが本件簿外債務隠ぺいに働いていたことをうか
がい知ることは不可能であったと認められる。
したがって,被告において,NFら5社及び山一エンタープライズに対
して監査手続を実施すべき義務があったとは認められず,これを怠ったこ
とについて過失はないと認めるのが相当である。
キ海外の現地法人に対する監査
原告らは,被告は山一證券の海外現地法人に対する監査を実施しなかっ
た点に過失があると指摘する。
,,,しかし前記アのとおり被告は海外現地法人の取引を監査要点に定め
監査手続を実施している。
また,証拠(乙A113の1,2,乙A158の1,2)及び弁論の全
趣旨によれば,利落ちした仕組み債が集約されていたといわれる山一オー
ストラリアについて,その会計監査人であるKPMGは,山一オーストラ
リアが平成9年3月31日現在で会社の状況,業績,キャッシュ・フロー
等の事項を適切に開示し,オーストラリアの監査基準,その他の会計業界
の規定する監査報告書作成基準に準拠している旨記された監査報告書が作
成され,被告はこれを受け取っているし,同じくKPMGから,平成4年
3月13日,海外ペーパー会社の一つであったヒル・トップ社が財務的に
安定しているということが記された書面を取得していることが認められ
る。
他方,原告らの主張はいかなる監査手続を実施すべきであったのかを提
示するものではなく,抽象的に監査手続の不備を述べるに止まる。
そうすると,被告においては,監査実施準則一に基づき,通常実施すべ
き監査手続を行ったものと認めるのが相当であり,この認定を覆すに足り
る証拠はない。
したがって,海外現地法人に対する監査について,被告に過失はなかっ
たと認められる。
()以上のとおり,原告らの指摘する点のいずれについても被告には過失が5
なかったと認められる。
そして,被告が前記()のとおりの監査手続を実施したことからすれば,3
被告は,山一證券の上記各事業年度の有価証券報告書を監査証明するに当た
り,職業的専門家としての注意義務をもって,監査基準等で定める監査手続
等を行ったということができ,また,当時の監査慣行に反した事情も見当た
らないことからすると,被告が上記の監査証明をしたことについて,被告に
は原告の指摘に基づき判断した上記各点以外に関しても過失がなかったと認
められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
なお,前記の諸事情に照らせば,被告が,重要な事項の記載が欠けている
ことを知りながら,平成4年3月期から平成9年3月期までの間の山一證券
の有価証券報告書を監査証明したものではなく,被告にはこの点につき故意
もなかったと認めるのが相当である。
3よって,被告は損害賠償義務を負うことはないので,その余の点を判断する
までもなく,原告らの請求には理由がないからいずれも棄却することとして,
主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第3民事部
裁判長裁判官本多俊雄
裁判官木太伸広
裁判官小川暁

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